鮮烈な記憶を焼きつけて終わった夢の時間。食の祭典『DREAM DUSK』の堂々たるフィナーレ。[DREAM DUSK ENCORE/福岡県福岡市]

当初は100席から始まったが翌年に150席に増席、3年目からは2日開催と拡大。今回の最終日は180席が即完売となった。

ドリームダスク アンコールやがて伝説として語り継がれる晩餐の幕開け。

「DREAM DUSK」、それは美食家たちの夢を叶える食の祭典。

国内最高峰の料理人たちが集まり、今宵のためだけの、たったひとつのコースを作り上げる。それはまるで、時間や距離の制約を越えて名店をハシゴするような、この上なく贅沢なコースとなる−−。

2016年、博多のリゾートホテル『ザ・ルイガンズ』を舞台にプロデューサーである本田直之氏の夢とともに始まった『DREAM DUSK』は、コロナ禍での延期を経ながら2022年の第5回『DREAM DUSK FINAL』をもって幕を下ろしました。

「回を重ねるごとに期待値が高まる中、常に前年を上回る内容を目指してきました。そして“これ以上はない”という場所まで到達した。すべてやり切った、と言える内容です」
本田氏は、惜しまれながらの閉幕をそう説明します。

しかしカーテンコールの拍手は、いつまでも鳴り止みませんでした。

その願いはただひとつ「アンコール!」。忘れ得ぬ美食の記憶を胸に、口々に再演を願うゲストたち。そしてついにその熱い期待に応え、『DREAM DUSK』が本当に最後の一度だけ、『DREAM DUSK Encore』として帰ってきたのです。

最高潮に達したゲストのボルテージ。開演はまもなくです。

『DREAM DUSK ENCORE』は、まさにファンたちのアンコールに応えて開催にこぎつけた。

ドリームダスク アンコール食べる前から期待が膨らむ、錚々たるシェフの顔ぶれ。

『ザ・ルイガンズ』のリゾートムード漂うエントランスを抜け、ウェルカムドリンクで乾杯。開場の合図とともに開かれた扉を抜けてダイニングに移り、席に着き、卓上に置かれたメニューに目を通す。

正確には“目を通す”ことは叶いませんでした。メニューリストのシェフの欄、その最上段に記された名に、目を奪われてしまったから。

天寿し 天野 功

それは“日本一”との呼び声も高い小倉の寿司店と、稀代の寿司職人の名。限られた席を多くの食通が奪い合う人気店であり、その親方がこのようなイベントに登場するとは、耳にしたことがありません。

驚きも冷めやらぬままメニューの続きを見ると、続く名にも驚きの連続。焼き鳥界のレジェンドである目黒『鳥しき』池川義輝氏、京都の気鋭店『肉料理かなえ』の北口亮佑氏、圭奈笑氏の兄妹、パリで日本人シェフ初となるミシュラン二つ星を獲得した『Blanc』の佐藤伸一氏、薪を使った前衛的イタリアンで食通を唸らせる『TACUBO』の田窪大祐氏。ドリンクディレクターには日本を代表するソムリエ・大越基裕氏。

これぞまさにドリームチーム。

一度ファイナルを迎え、アンコールとして再び相まみえることで最高潮まで高まっていた客の期待を、軽々と上回るような顔ぶれです。

乾杯のドリンクは、磨き抜かれたグラスに注がれるドン・ペリニヨン。シェフの顔ぶれもあって緊張が高まるなか、会場にシェフたちが登場しました。しかもあの名だたるシェフたちが、にこやかに手を繋いで会場に入ってきたのです。

会場は一気に和やかなムードに変わります。食は楽しむためのもの。コロナ禍を経て改めて確認された、人生を豊かに彩るための食の価値。その素晴らしさが伝わる演出です。

ウェルカムドリンクはシャンパン、グレンモーレンジィのハイボール、そしてエビアンスパークリング。

ペアリングの数に合わせ、用意されたグラスも7脚。ゴージャスなテーブルセットに胸が踊る。

会場の緊張感をほぐすように、手をつなぎ、笑顔で登場したシェフたち。

左からプロデューサー本田直之氏、『天寿し』天野功氏、『鳥しき』池川義輝氏、『肉料理かなえ』北口圭奈笑氏、『TACUBO』の田窪大祐氏、『Blanc』の佐藤伸一氏、『肉料理かなえ』北口亮佑氏、ドリンクディレクター大越基裕氏。

「九州中のドンペリニョンを集めた」という言葉通り、乾杯のシャンパンはおかわりができるほどふんだんに用意された。

ドリームダスク アンコールすべての料理が記憶に残る、奇跡のようなコース。

ひとり2〜3品の料理を作るコース。

寿司と焼き鳥と肉料理とフランス料理とイタリア料理。しかもそれぞれが強い個性で美食界を牽引してきた名店ですから、果たしてコースとして成立するのか、という疑問も浮かびます。

しかし心配は杞憂でした。シェフ同士が事前に何度も打ち合わせし、コースを綿密に練り上げる。それぞれが自身のベストを尽くしつつ、コースとしてのバランスも崩さないのは、全員が一流だからこそなし得たチームワークなのでしょう。

佐藤氏による前菜は、牡蠣のアイスクリーム仕立てにソローニュ産キャビアを贅沢に添えた逸品。続いては天寿しを代表するネタであるイカを小丼仕立てで。

「ホテル内で炭火が使えないことで、かえって鶏の新たな魅力を伝えられる」と気合を見せた池川氏は、2種類のタコスを考案しました。田窪氏渾身のボロネーゼは、本田氏が夏トリュフたっぷりとすりおろす演出も。北口氏のタン煮込みは、大振りなタンを目の前で捌くことで会場を湧かせました。

後に本田氏は振り返りました。

「ラグジュアリーが正装である時代は終わりました。いまのラグジュアリーとは、記憶に残る体験を心から楽しむこと」

ゲストもシェフたちも心から楽しみ、おいしければ“おいしい!”と大きなリアクションとともに伝える。それは型にはまり、決まったルールに則るこれまでのラグジュアリーとは一線を画す体験です。

さて続いてのメニューは握り寿司。

本田氏の合図で両開きの扉が開くと、そこには特設の板場が設けられ天野氏をはじめとした寿司職人の姿が並んでいます。そこに居た職人たちは『鮨よし田』『寿司つばさ』『鮨 唐島』、いずれも福岡でトップクラスに君臨する名店ばかり。これほどの猛者たちが一同に集まる、奇跡のような光景です。

しかし、ゲストたちは、またしても我が目を疑いました。

天野氏の隣に立つ、染の作務衣の人物。それは『四谷すし匠』で江戸前鮨に革命を起こし、ハワイ、そしてNYへと鮨の文化を伝える巨匠・中澤圭二氏その人でした。

天野氏と中澤氏。鮨の2大レジェンドが並び立つ光景にゲストはカメラを手に板場を囲みます。たしかに今日を逃せば二度と見ることができないかもしれない、まさに歴史的な瞬間。2日目のディナーには福岡の『 鮨近松』、東京の『鮨しゅんじ』も参加し、連日盛り上がりを見せました。

サプライズで湧いた会場の熱は、その後も冷めることはありません。田窪氏が得意の薪火でサーロインを焼き、池川氏は鶏の天むすで盛り上げ、北口氏の黒毛和牛の辣油和えそばで満足感も十分。

大越氏がセレクトしたドリンクも秀逸でした。それは一貫したベースラインを奏で続ける通奏低音のように、幅広い料理にそっと寄り添い、ひとつのコースという範囲に繋ぎ止める役割。目立ちすぎず、控えすぎずのセレクトは、料理を引き立てるペアリングの力を改めて感じさせました。

佐藤氏のアカシアの蜂蜜のアイスクリーム、そして田窪氏のフィナンシェで心地よい余韻とともに終わったこの日のコース。その味と演出は、ゲストの心に忘れ得ぬ記憶として刻まれたことでしょう。

『DREAM DUSK』、夢のような夕暮れ。その夢の時間は、いま幕をおろしました。

佐藤氏の一品目は牡蠣の旨みを凝縮した「Glace aux huîtres,Caviar imperial de Sologne.」

フランス仕込みの繊細かつエスプリのきいた料理が佐藤氏の真骨頂。得意の牡蠣料理を今日のためにアレンジした。

『天寿し』の「イカの小丼」。歯切れ良く、甘み豊かなイカをシンプルに味わう天野氏の真骨頂。

厨房ではその神業から学ぼうとする若き職人たちに囲まれる天野氏。このような交流が生まれるのも、食イベントの魅力。

『鳥しき』の「2 Tori Tacos」。炭火が使えない中で鳥の旨みを引き出す池川氏の技とアイデアが光る。

威勢のよい兄貴肌。池川氏の存在感が会場も厨房も賑やかに盛り上げた。

『TACUBO』の「ハタヤリン ボロネーゼ 夏トリュフ」。芳醇なトリュフがコクのあるボロネーゼと響き合う。

100人前以上のパスタを見事な手際で仕上げる田窪氏。味はもちろん、仕上げるタイミングにもシェフの技量が垣間見える。

『肉料理かなえ』の北口兄妹。にこやかな二人だが、心には肉にかける真摯な思いが潜む。

『肉料理かなえ』の「タン煮込み 季節のソース」。

天野氏と中澤氏の共演に、カメラを構えるゲスト。誰もが、この瞬間がいかに奇跡的なのかを理解していた。

生ける二人の伝説を前に、ひるむことのない次世代の寿司職人たちの姿も心強い。

大越氏のドリンクセレクトやサービスもこの日の大切な柱。ペアリングの持つ力を、改めて知らしめた。

ドリームダスク ファイナル惜しまれながらの閉幕と、見事なまでの有終の美。

一夜明けた翌日、『ザ・ルイガンズ』の野外スペースでスペシャルランチが開催されました。昨夜の晩餐が、和やかな中にも特別な体験を楽しむラグジュアリーな時間であったのに対し、このランチはまさにお祭り。晴れ渡る空の下、紙コップのドリンクと紙皿の料理を手に、思い思いのスタイルで食事を楽しみます。

ただひとつ、普通のお祭りと異なるのは、紙皿の上の料理が、名だたる名店、人気店の特別メニューだったこと。

ひときわ長い行列ができていたのは、東京『鳥しき』『鍈輝』、大阪『市松』『えんや』、福岡『ひょご鳥』六三四』の6名店が揃った『焼鳥達人の会』。ラーメン、餃子、ハンバーガー、ワイン、日本酒、クラフトビール。素晴らしいロケーションのもと、気軽に、楽しく美食をハシゴする最高の時間が続きました。

「福岡は、サン・セバスティアン以上の美食の町だと思っています。九州の最高の食材と腕の良い料理人が揃い、屋台の伝統からハシゴの文化もある。コンパクトシティに美食の要素が凝縮されているのです」

とプロデューサー本田直之氏は話します。

「当初“ありえない食のイベント”のテーマで立ち上がったDREAM DUSK。テーマは予約の取れない店ばかりを、ひとつのコースにすること。続けるうちに開場の一体感も高まり、想像以上のイベントになりました。僕はあらすじを作っただけ。この素晴らしい時間は、ゲストが作りあげたものだと思います」

それでも、これほど惜しまれながらも終わりを迎えるのは、日本の食文化に新たな可能性を提示するという責務を果たしたから。そして「記憶に残るうちに、夢のように終わるのが良い」という本田氏の願いから。

たしかに『DREAM DUSK』という夢の時間は、参加したゲストにも、そしておそらくシェフたちにも、忘れ得ぬ記憶となって刻まれたことでしょう。

翌日の福岡は、気持ちの良い晴天。ラフな姿のゲストやシェフたちが思い思いに楽しんだ。

ようやく炭火の前に戻った池川氏も、このリラックスムード。食の楽しさをゲストに伝えた。

入場制限のないランチはあっという間に大混雑。各料理の窓口の前には長蛇の列が伸びていた。
アウトドアランチは『HASHIGO: Restaurant Crawl  -人気店を一日で食べ歩く-』という名で拡大継続を予定。今後の展開にも期待したい。

アンコール、そして終幕。伝説的イベントのトリを飾るにふさわしい今回のシェフたち。

Text:NATSUKI SHIGIHARA