まだ見ぬ余市と出会う旅 名前は知っているけれど……。北海道余市町の真実の姿。
北海道余市町。
日本随一のワイン醸造地として、かのニッカウヰスキーの故郷として、あるいは国内で初めてリンゴが民間栽培された地やソーラン節の発祥地として、その名を耳にしたことがある人は多いことでしょう。
しかし知名度の高さと旅先としての魅力度はイコールではありません。
魅力的な観光地が多い北海道のなかで、旅の目的地としてはたして余市が入り得るのか? 結論からいえば余市は、訪れてこそ素晴らしさがわかる理想的な町でした。
景色、美食、人、宿、名産、肌に触れる空気や町の雰囲気。余市にあふれる数々の魅力を、2023年の夏に余市町の主催で行われたツアーの流れに沿ってご紹介します。
まだ見ぬ余市と出会う旅 余市の魅力に触れる1泊2日のツアーへ。
バスに乗って新千歳空港から余市へ。
2018年に開通した高速道路のおかげで、約1時間30分の道のりです。
今回のツアー参加者は、さまざまなフードビジネスを仕掛けるプロデューサーであり、日本屈指の食通として知られる本田直之氏、世界的な注目を浴びる博多の名店『Goh』の福山剛シェフ、ミシュラン二つ星を獲得する大阪『La Cime』の高田裕介シェフ、海外の富裕層向けのツアーを企画するレイチェル氏など錚々たる面々。世界各地の一流の味を体験してきたゲストたちが、余市の旬を巡ります。
余市町に到着し、まずはランチ。主役の食材は、余市町で2023年9月から売り出されるというからすみ「北琥珀」です。
このからすみは地元の水産加工会社『北海道吉田屋』が町のバックアップを受けて打ち出す新ブランド。最大の特徴はじっくりと熟成させた後、香り付けに余市で生産されたウイスキーを使用することにあります。
濃厚な旨味とチーズのような熟成感があるからすみが、サラダ、パスタ、リゾットなど多彩な料理で登場し、ゲストたちを唸らせました。酒肴にも最適なからすみの存在は、ワインとウイスキーの町という余市のイメージをより印象づける効果がありそうです。
まだ見ぬ余市と出会う旅 北海道でも指折りのフルーツ王国。
次いで一行が向かったのは『ニトリ観光果樹園』。その名の通り、株式会社ニトリの似鳥昭雄社長が、 “地元発展のために”との思いで前オーナーより引き継いだ果樹園で、春から晩秋の間さまざまな果実狩りを楽しむことができます。この日、食べ頃を迎えていたのはサクランボ。似鳥靖季氏の案内で広大な園内を歩きながら、ゲストたちは赤く色づいたサクランボを口に運びます。
実は余市は明治時代にアメリカから持ち帰ったリンゴの苗木が、はじめてこの地で実をつけたという日本におけるリンゴ発祥の地。さらにサクランボ、イチゴ、桃、ブルーベリーなどさまざまな果物が育てられるフルーツ王国。次いで訪れた『アイケイファーム余市』ではさまざまな品種が栽培されるブルーベリー畑の見学と試食を体験し、フルーツ王国の実力を改めて実感した一行。香り豊かでみずみずしいフルーツの存在は、北海道の中で比較的温暖で、豊かな大地に恵まれた余市の象徴といえそうです。
次なる目的地はミニトマトを栽培する『有限会社カワイ』。ハウスの中で色づくトマトに反応を示したのは、福山氏と高田氏のふたりのシェフでした。
生産者の川合秀一氏に品種、特徴、栽培方法など次々と質問を投げかけるふたり。それほど質問をぶつける理由は、トップシェフのふたりが驚くほど、川合氏のトマトがおいしかったから。
「香りが良く、旨味も強い」
とトマトを称賛するシェフ。各地の食材を知り尽くすシェフの称賛は、川合氏にとっても励みになったかもしれません。
まだ見ぬ余市と出会う旅 余市ワインの底力を知る“余市の審判”がスタート。
この日のディナーと宿泊は、余市駅前にあるホテル『Yoichi LOOP』にて。“ワインを楽しむホテル”として設計されたホテルで、素材感を活かしたシンプルな客室と、豊富なワインストックを備えたダイニングが魅力です。
ディナーはそんな『Yoichi LOOP』のダイニングにて、料理長・仁木偉氏が腕を振るうコース。『京都吉兆』で日本料理を学んだ後にフランス料理に転向し、さらにスペインに渡りガリシアやバスクの星付き店で修業を重ねた仁木氏が、地元食材を使ったコースを仕立てます。
そして合わせるワインは、余市町長・齊藤啓輔氏の発案により、ボトル全体を覆って隠したブラインドテイスティング方式に。それぞれの料理に合わせる2種のワイン、方や世界の銘醸地のワイン、方や余市のワイン。それを参加者が楽しみながら当てていく、という趣向。
それは言うなれば、いまから40数年前、フランス産だけが本格ワインといわれていた常識をカリフォルニアワインが覆した通称“パリスの審判”の余市版といえる試みでした。
ディナーには地元のワイン醸造家も同席し、緊張感ある晩餐になるかと思いきや、そこはワインと余市の穏やかな空気の力。テーブルは終始和やかで、ワインを囲む食卓の楽しさを改めて伝えてくれました。
しかしいずれもワインの造詣には自信のあるゲストたち、テイスティングには本気。シャンパーニュか余市か、ブルゴーニュか余市か、じっくりとグラスを傾けながら、真剣に吟味します。
結論は、発案者である齊藤町長も驚くほどに、見事なまでの真っ二つ。全問正解者はひとりとしておらず、それぞれの飲み比べでも、ほぼ半数ずつが余市産ワインをフランスワインと間違える結果に。それは余市産ワインが世界基準に達していることを証明する、歴史的なシーンとなりました。
YOICHI LUXURY TOURISMワインづくりの現場で聞いた、醸造家の本音。
一夜明けて翌朝。
この日はまず、昨夜のディナーでゲストたちを驚かせたワイナリーを見学します。日本ワインを語る上で必ず名の挙がる醸造家・曽我貴彦氏の『ドメーヌ タカヒコ』と、そこで2年間修業を積んだ後に独立した山中敦生氏の『ドメーヌ モン』。いまや日本を代表する2軒のワイナリーを巡り、試飲と解説を受けます。
曽我氏と、曽我氏の教えを受けた山中氏がともに目指すのは、農産物としてのワイン。特別な技術や道具を使って醸すのではなく、ブドウ生産者が真似できるようなワイン。それは決して雑につくるというのではなく、農産物のように自然や環境に任せながらつくるということ。
「町中のブドウ農家が、見様見真似でワインづくりに挑戦してほしい。そこからさらにおいしいワインが生まれてくる」
曽我氏はワインづくりやワインの未来を熱く語りながら、そう話します。
「プラタンクにブドウを房ごと入れて、農作業が落ち着いたらプレス。そこから自然発酵でワインはできます。テクニックはその先の話」
そう語る山中氏も思うことは同じ。余市がつくるワイン、余市だからできるワイン。余市が誇る二人の醸造家は、そんなワインが世界を席巻する日を夢見ています。
まだ見ぬ余市と出会う旅 ゲストたちが共通して感じた、余市のさらなる将来性。
農産物の話が続きましたが、日本海に面した余市町は当然、海産物も豊富。ワインやフルーツのイメージが強いかもしれませんが、実は余市町は新鮮なウニを塩水とともにパック詰めする「塩水ウニ」の発祥の地。古くからニシン漁が盛んで、豊富に揚がる魚介を無駄にしないために同時に発展した保存方法のひとつとして、「塩水ウニ」が考案されたのです。
そんな余市の魚介の実力を確認すべく、ランチに向かったのは『うに専門店 世壱屋』。さまざまなウニを食べ比べられる丼はその大迫力のボリュームだけでなく、繊細で甘み豊かな味わいでもゲストたちを驚かせました。
一行の最後の目的地は、余市の象徴でもある『ニッカウヰスキー余市蒸溜所』。いまも現役で稼働するウイスキー生産の現場であり、同社の理念を伝える大切な場。“日本のスコットランド”とも称される余市の自然、初代・竹鶴政孝がこの地を選んだ理由、ウイスキーづくりにかけた思い。重要文化財である蒸溜所を歩きながらゲストたちは改めて余市の魅力に感じ入っていました。
「人と自然と食がうまく繋がっている町。さらに新しいもの、未知のものを受け入れる気概もある。現状も良い町ですが、さらなる未来を感じることができる町です」
ツアーに参加した本田直之氏は2日間を振り返り、そう話しました。二人のシェフやインバウンドのプロフェッショナルも、同じように「さらなる将来性」に言及しました。これほどの魅力あふれる余市ですが、まだここはスタートライン。これから年を重ねるごとに、さらなる魅力と見どころが増していくことを予感しているようでした。