歴史的建造物を舞台に大塚瞳が特別コースを!
皆さま、突然ですが問題です。
九州本土の西北端、日本で初めて西洋貿易が行われた場所がどこかご存知でしょうか?ヒントは1609年(慶長14年)に和蘭船が入港し、1641年(寛永18年)長崎出島に移転するまでの約33年間、我が国唯一のオランダ貿易港として賑わった場所です。島の形はタツノオトシゴにも形容され、北は玄界灘、西は東シナ海を望む風光明媚な港町でもあります。小学校の教科書でフランシスコ・ザビエルとともに、この地を覚えた記憶がある方も多いでしょう。
そう、その地こそが今回ご紹介する平戸です。
街の中心・平戸地区は、旧平戸藩松浦氏の城下町で、鎖国が行われる以前、江戸時代初期までは中国、ポルトガル、オランダなどとの国際貿易港として発展。今なお街を歩けば、教会と寺院が隣り合わせ、フランシスコ・ザビエルの史跡や隠れキリシタンの集落、平戸城やオランダ橋、そここそに西洋文化と日本が初めて出会った痕跡が辿れるのです。
そんな歴史ある地区で、歴史的建造物を舞台にしたガストロノミーイベントが開催されました。平戸ガストロノミー2023「Firando Restaurant」と命名されたイベントは、11月に3度に亘り、平戸の食材を使ったスペシャルディナーが振る舞われたのです。
第1回の会場は「平戸城」、第2回の会場は隠れキリシタンの里として知られる春日集落「かたりな」、第3回は「平戸オランダ商館」。様々なジャンルの料理人がそれぞれに描いた平戸のメニューはこの地をよく知る人にも初めてだった人にも大いに喜ばれたという訳です。
今回は、第3回「平戸オランダ商館」×旅する料理家・大塚瞳さんの食事に密着。歴史とともに発展を遂げた平戸ならではの食事の様子をお届けできればと思います。
旅する料理家・大塚瞳による“長崎に近か料理”とは?
「今回は平戸オランダ商館という歴史的な建造物で、初めて料理をお出しするイベントに声をかけていただいたということに感謝しています。事前に平戸に保管されている絵巻や文献などを拝見しました。隠れキリシタンの方々がクリスマスをお祝いした料理の絵付きレシピや、東南アジアから平戸を玄関口に渡ってきた香辛料の資料などから壮大な歴史の流れを感じることができました。あぁ、我々が今普通に口にしている味付けや少し洋風のものは全て平戸から広まったのだと思うと震えました。自分が生きている年月はほんのわずかで、はるか昔に起こった出来事が今この時を作っているのだと思うと感動的です。ご飯を食べるということだけでない空間と物語を味わっていただけたら嬉しいです」
そう切り出した大塚瞳さん。最初の打ち合わせでは、ディナーのみ開催予定でしたが、彼女がたどり着いたのは、昼・夜の2回の開催と別々のコース料理。平戸を解釈するにはそれでも足りないけれどせめてものことだったそうです。この地の食事とは、いわば世界と日本をつなげた窓口であり、現代の料理へつながる橋渡し。そう考えるとさまざまな側面からこの地を表現したいというものでした。昼のコースでは地元・志々伎漁協婦人会有志の方々と平戸の郷土料理をアレンジしてくれました。
「長崎の料理は甘いと一言で表現されることが多いです。これは当時貴重だった砂糖が食文化に深く関係しています。ただ甘いではなく、この味付けは長崎に近か、これは遠かと表現します。せっかくならただ甘いといって不得意なものと認識するのではなく、自分の慣れ親しんだ場所の味を基準にすると長崎に近づいているという、この地ならではの素敵な表現を感じてもらえたら嬉しいです」
料理は二段重の器に盛られた魚介中心の前菜にはじまり、地元の老舗菓子舗のどら焼きの皮に出来立ての平戸豚と無花果を挟んだ酢豚サンド、長崎の肉じゃがは鯨で作られることから着想を得たというおでんは、郷土料理のエソのすり身揚げの中にゆで卵が入っているアルマードと共に。どれもが独創的ながら、すべて地元に根づいた食文化を再構築したもの。会場に訪れたゲストからも自然と「長崎に近かね」「アルマードがこんな素敵な料理になるのね」と次々に驚きと称賛の声が寄せられていきます。知らず知らずのうちに会場が和気あいあいとなるよう、長崎に近かという表現一つで地元の方を親しみやすく導く。そんな気遣いも大塚さんならではなのでしょう。
さらに驚いたのは実は歴史的建造物という会場の規制により、館内での火気の使用は禁止。それでも温かいものは温かいうちに、できたてをすぐに提供したいと、会場から数キロ離れたホテルの厨房で仕込みをした後、平戸オランダ商館の外で炭を起こし、屋外厨房で仕上げを行っていたというダイナミックさ。
火の使えない会場での平戸の郷土料理の再構築。そんな難題も軽々超える味わいに、昼の部は惜しみない拍手に包まれて、無事終了したのです。
地元民を巻き込んでこその食イベント。大塚瞳が平戸で表現したかったのは?
昼とは一転、夜の部では“生日前祝”と名付けられたディナーコースが振る舞われました。2024年に生誕400年を迎える鄭成功の“前祝”をテーマに平戸の食材を台湾風にアレンジした創作料理が食膳を彩ったのです。
鄭成功とは、平戸に生まれ、台湾に渡り鄭氏政権の祖となった、いわば台湾の英雄。国際都市であった平戸の持つ国交も魅力の一つであり、またしても平戸の食文化に繋がります。
「大好きな台湾とその料理。中でも台南が一番好きです。今回、鄭成功のことがあり平戸食材を台南料理中心に作る理由ができたことを嬉しく思います。また、夜の部は北松農業高校の生徒達がアシスタントを務めてくれます。先ほど初めて会ったばかりですが、料理のサービスなど即興のチームで行います」と大塚さん。
一日限り、一夜限りの体験であってもできることを精一杯やってもらう。そんな彼女の精神は、最初は引っ込み思案であった学生たちをも動かします。たどたどしいながらもプロの現場を体験することで、自ずと自主的に料理を運び、互いに指示を出し、フォローし合う姿が印象的でした。
地元を巻き込んでこその料理イベント。午前の部の志々伎漁協婦人会も夜の部の北松農業高校の学生も、平戸に根付いた風土や歴史、そして食文化の素晴らしさを自らの体験で再認識できたことでしょう。
日本の地域もまだまだ捨てたもんじゃない。いや、地域の魅力の再発見こそが、これからの日本の力になる。
歴史の街・平戸で行われた1日限りの食イベント。大塚瞳が表現したかったのは、きっと日本の食文化の豊かさであり、脈々と各地で受け継がれてきた郷土の風土や歴史なのです。国際港であった平戸の食文化の深さと、多様性。それを秋の木枯らしが吹き抜けるがごとく、刹那の爽やかな風のように表現した1日は、今後も平戸に語り継がれていくのではないでしょうか。
Photographs:KENTA YOSHIZAWA
Text:TAKETOSHI ONISHI
(supported by 平戸ガストロノミー実行委員会)