DINING OUT HIEIZAN第1回目の余韻をそのままに。第2回目は、敢えて「白椀」から始まった。
料理に願いと思いを託すー。
そんな料理哲学を持つ「ヴィラ アイーダ」小林寛司氏が、1回目の余韻をつなぐように供した一品目は、前回同様の「白椀」。寒い冬の山の夜に熱々のお椀で心身を温めてもらいたい。混じりけのないピュアな素材を身体に取り入れることで心身を調和して、健やかに食の喜びを享受して欲しい。言葉数の少ない彼が日ごろから伝えたいそんな願いが、口にした瞬間にくっきりと解像度が上がり、文字通り腑に落ちていきました。
2023年2月に開催された1回目の「ダイニングアウト比叡山」では、「精進料理の基礎を学ぶところから始め、規律を遵守しながらの初挑戦は難しかったですが、既存のイメージとは違う、自分に求められた創造性のある精進料理が完成しました」と語っていた小林氏。終演後、本人も「やりきった、出し切った」と話していましたが、再び挑戦。同年12月に開催された2回目の「ダイニングアウト比叡山」で供された精進料理は、進化したものではなく、深化したもの。技術の向上だけでは表現できない、精神が強化されたようなもの。それは、儚くも静謐で奥深く、穏やかなものでした。
テーマは、「一隅を照らす」。
DINING OUT HIEIZAN深化できた理由。それは、1回目の終了後に養われた旅という名の修行。
1200年以上の歴史を誇る「精進料理」という壮大なテーマを心の一隅に抱きつつ、1回目の終了後、小林氏は、これまでの人生で最も多くの旅を重ねてきました。
アメリカや南米、フランスやオーストリアなどのヨーロッパ、香港やシンガポールといったアジアの身近な国々まで世界中を飛び回り、料理人と知見を交わし、各地の食文化と対峙した時間。日本の食文化を国内外から複眼的に捉え直した体験。前述、技術の向上だけでなく、精神を強化できた理由は、そんな時間が小林氏を養ったのかもしれません。言い換えれば、それは修行とも言うべきか。培った経験は、今回の料理にも存分に発揮されました。
例えば、韓国「白羊寺」の尼僧、チョン・クワンさん手ずからの韓式精進料理との出会いがそのひとつです。
1回目は、伝統ある精進料理らしさに敬意をはらうあまり「今思うと豆腐や湯葉といった大豆の力に頼った部分もあった」と感じていた小林氏をもてなすため、山の味覚を携えて山から降りてきてくれたチョンさんの料理は野菜やハーブ、野草などを自在に使い、優しい味わいで盛り付けも大らかなものでした。
「その時その土地にある一期一会の恵みを、素材本来の持ち味を大切に自由な発想で使い切る。つまり普段から自分がやっていることと基本的には同じ考え方でした」と小林氏。
それが表現されたのが「地下茎」。この季節にはよく用いられる根菜にフォーカスしながらも、ビーツや紅芯大根、紫にんじんといった視覚を楽しませる彩りを揃え、チコリコーヒーのソースで苦味と風味を加えました。地下茎といえばほっこりした料理。そんなステレオタイプのイメージを軽々と超えていく、即興性があり自由で風通しがいい料理。そんな小林氏らしさが色濃く映し出されていたと思います。
また、技術的には、プラントベース宣言をして話題を集めたニューヨーク「イレブン・マディソン・パーク」やコラボイベントを行って厨房で意見を交わしたオーストリア「ティエン」といった世界的に著名なプラントベースのファインダイニングからも学びを得ました。
小林氏自身は植物をメイン食材としながらも「その土地のものをバランスよく食べることが食べ手の心身の調和に繋がる」と考え「ヴィラ アイーダ」では動物性の食材も使っています。そのため100%植物のブロス(出汁)を、スモークしたり発酵させたりと工夫を凝らすことでファインダイニングのクオリティに引き上げる手法に関心を持ったのかもしれません。
ここから生まれたのが、きのことレモングラスのブロス「煎椀」。あまりの馥郁とした芳醇な清らかさに一同がしんと静まり返った名作となりました。
今回、イタリアやアイルランドなどヨーロッパ、アフリカ、中国といった多国籍な外国人ゲストが参加していたのが1回目と2回目が大きく違うところのひとつ。料理の解説においても、有巳さんが英語でスピーチを行い、ゲストへの理解度を深めます。世界各地での人種を超えた交流の中で見つめ直した自身のアイデンティティ。日本古来の文化の美しさと小林氏らしい繊細な表現力が調和したのが、「想いの欠片」でした。
温めた石皿の上にカリフラワーや湯葉、百合根といった白い食材を中心に描いた雪降る里山の風景。水墨画を思わせる静けさに満ちたひと皿は、外国人ゲストに日本らしさを伝えるだけでなく、日本人にとっても日本の自然の尊さを再認識させるものでした。
その「想いの欠片」が供されるころ。夕暮れ時、わずかな明かりに包まれた堂内では、旋律や抑揚をつけて経文を唱える声明が始まりました。宗教的に異なる背景を持つ外国人ゲストにおいても、料理とメロディが聖なるものであることは、伝わったのではないでしょうか。イタリアのナポリや南アフリカ、中国といった「普段は非常に賑やかに音楽と食事と会話を楽しんでいます」と語るゲストも、和やかながらも厳かに晩餐に向き合っていました。
日本文化に親しみ、自分たちなりに理解し、リスペクトしてくれていた外国人ゲストたち。そんな彼らだけでなく、日本人ゲストも感嘆したのが締めくくりのデザート「蕪と柚子」。
カブと柚子といえば冬の定番の組み合わせ。何の変哲もない素材同士のありふれた組み合わせから、目の覚めるような味わいを創り出すのは、小林氏の得意とするところです。儚く繊細な甘さが重なっていて、すぐに消えそうなのに余韻が長い。「アンビリーバブル…」。ひとりの女性がそう囁きました。
「旅先での出会いや体験は、今回取り入れてみたものもあれば、消化するのに時間がかかるものもありますが、すべてこれからの僕の料理に活きてくるはずです」。
これからの小林氏の料理を変える可能性を持つ旅。例えば「人生最高の旅になりました」というペルーでは、インカ帝国時代の農業遺跡のほとりにある「ミル」を訪れ、食と生命と信仰が直結する少数民族の食文化に触れました。
また、「ガーデン(自家菜園)と料理を一体化する世界観を日本でもっとも体現している日本人料理人」として招かれた南仏マントンにある三つ星店「ミラズール」では、地形を生かして美しい風景の一部となっているパーマカルチャーのガーデニングに刺激を受けました。
これらの体験は、まだ小林氏が消化できていないものもあります。時間をかけ、結実された時、小林氏の料理はさらなる高みへと昇るのかもしれません。そんな小林氏が再び精進料理と向き合った時、どんな表現を成すのか。
「かつては季節の野菜をガストロノミーに昇華したいとクリエイティビティを追究した時期もありましたが、今は僕の料理を食べることで自然を感じて心身が整い、食べてくれる人が健やかでいて欲しい。そう願って料理しています」。
そんな願いとアイデンティティが2回目の「ダイニングアウト比叡山」には込められていたのです。
国内外において、イベントなどの出演依頼が引きも切らない現在。「自分が成長して料理をさらに深く向き合う」ことを大切に一つひとつに取り組んできた小林氏。「ダイニングアウト比叡山」では、「自分に求められた役割を考え抜き、期待を上回るをクリエーションを披露することが使命」と話します。
それが今回のテーマである「一隅を照らす」への現時点での小林氏のアンサー。
もし、3回目の「ダイニングアウト比叡山」があったとしたら……。
「僕がやらなければ誰がやるというのでしょう」。
主催:比叡山観光再始動協議会
企画・プロデュース:ONESTORY
旅行企画:第一観光
特別協力:天台宗総本山 比叡山延暦寺
協 力:宇佐国東半島を巡る会・文殊仙寺、小嶋商店、中村ローソク、日本航空、日本庖丁道清和四條流、日吉大社
Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHIFUMI ETO