DINING OUT HIEIZAN「比叡山金台院」住職・礒村良定、翻訳家・ピーター・J・マクミランの対話から見えたそれぞれの答え。
「少し疲れが溜まっていたのですが、驚くことに小林さんの料理をいただくとそれが回復したのです」。
「ヴィラ アイーダ」小林寛司氏の料理哲学である「僕の料理を食べてくれる人が健やかでいて欲しい」を聞くと、今回、「ダイニングアウト比叡山」の翻訳を務めたピーター・J・マクミラン氏は感慨深げにそう呟きました。
医学的根拠はないものの、小林氏の料理は、心身に染み渡る何かがあるのかもしれません。
普段は寺社仏閣と縁が遠く、恐らく仏教に馴染みのない外国人ゲストが多く参加した2回目の「ダイニングアウト比叡山」。「仏教施設を初めて訪れる方もいらっしゃるかもしれません。そういった方にも少しでも理解の一助となるように、専門用語は極力使わず、基本的なことからお伝えするよう努めました」と「比叡山金台院」住職・礒村良定氏は言います。
さらに、万全の態勢を整えるために礒村氏と協力するのは、前述、かねてから親交のあるピーター氏。母国・アイルランドで哲学を修め、「万葉集」など和歌や日本の古典文学にも精通し、「比叡山」の歴史や仏教の教えにも造詣が深い人物です。
日本の伝統文化への深い知識と理解、リスペクトが根底にあることが伝わるピーター氏の言葉は、時に外国人としての視点にも寄り添い、礒村氏の解説を絶妙に補足します。結果的には、日本人ゲストにとっても「何となくわかるけれど、正確には理解しきれない」仏教の知見を深める貴重な体験となりました。
「日本人が食事の前に口にする”いただきます”という言葉。これは仏教に基づく宗教行為ですが、”特定の宗教を持たない”と自認している日本人の生活習慣に根付いている現象は興味深いです」とピーター氏。
礒村氏によると、「いただきます」とは「あなたの命を私の命に変えさせていただきます」という意味の短縮語。食事を摂ることで心身を維持するという、自分の使命を果たすための修行のひとつです。
仏教の観点からいうと、教えに基づき植物性の食材だけで調える精進料理は修行のひとつですが、外国人の目線に立つと、「今世界中で注目されているプラントベースの料理である」とピーター氏は言います。
「AIが予測したモデルによると、2024年から世界的にプラントベースへの移行が始まり、2075年までに世界中のほぼすべての人口がヴィーガンになるそうです。日本料理はかつお出汁を使うものもたくさんあるため、プラントベースとはかけ離れていると日本人でも思っている人もいますし、外国人も日本ではヴィーガン料理を見つけるのは難しいと思っている場合も多いです。ところが、日本には世界でプラントベースがトレンドになる1200年以上も前から、脈々と受け継がれてきた精進料理があります。小林氏が創りあげたような感動するほど美味しい精進料理は、これから世界に貢献するコンテンツになるでしょう」と、持論を述べます。
そんなピーター氏の言葉を聞き、「小林氏が精進料理の新しい可能性を開拓してくれた」と言うのは礒村氏です。
「本来の仏様の教えでは、肉や魚を食べてはならぬと禁止されてはいらっしゃらないのです。自分が暮らす土地がもたらす恵みを最低限だけありがたくいただき、あますところなく自身の身体に取り込み、その生命で各自の使命をまっとうするというのが本懐です。仏教の”殺生を禁ずる”という教えが”万物に神が宿る”という日本人独特の宗教観と融合して、現在の戒律ができました」。
食事という行為を修行のひとつとして捉える僧侶は、自身の食事には美味しさを求めないと礒村氏は言います。
「自身が美味しいものを食べたいという欲に流されないことも修行のひとつです。どうやって美味しく食べるかを考えるより、どういただけば生命をもっとも大切にしたことになるかを毎日考えること自体が修行です」。
一方、毎日、最澄様にお供えする食事は、限られた食材を使い切りながらも、可能な限り美味しく作って差し上げたいと自身の持ちうる限りのクリエイティビティを発揮します。これもまた修行のひとつ。これは、自分が美味しさを楽しみたいという利己的な考えではなく、食事を差し上げる方を最大限におもてなししたいという利他的な考えによるものといって良いでしょう。つまり、これもまた、修行。
「例えば私たちが椎茸を手に入れることができたら、まず乾燥させて出汁を取り、その出汁ガラを料理していただきます。今回のメニューの中にも椎茸を使用した料理があったのですが、同じ食材でも小林氏の手にかかるとこうも変わるのかと驚きました」と礒村氏が話したのは、生の椎茸の玄米寿司「薬菜」。
人それぞれが自分の中心に、自身の中に仏様を見い出すための宝石のような種を持っている。それが「一隅を照らす」という考え方。そうであるならば、食事もまたそれぞれが向き合って考え抜いたその先にそれぞれの答えがあってよいのかもしれません。
戒律に従い日々自己と向き合うのが礒村氏の精進料理。
「食べ手の心身を健康的に整えたい」という自然と融合した利他的な料理が、小林氏の精進料理。
そして、仏教の教えや精進料理を十分に理解しながらも「プラントベースを中心に、肉や魚を少量だけいただく”フレキシタリアン”という柔軟な食事を選択している」というマクミラン氏。
「それぞれの食事に、正解も不正解もありません。これが”一隅を照らす”ということです」と礒村氏は総括します。
生命をいただくことの感謝。それは、食材が生きてきた時間や育成から料理に関わるすべての人たちの時間=人生をいただくことでもあるのです。
小林氏の精進料理はもちろん、「滋賀院門跡」、「浄土院」、「根本中堂」、「日吉大社」、「式包丁」など、全ての体験が「ダイニングアウト比叡山」。まだまだその魅力は尽きません。
主催:比叡山観光再始動協議会
企画・プロデュース:ONESTORY
旅行企画:第一観光
特別協力:天台宗総本山 比叡山延暦寺
協 力:宇佐国東半島を巡る会・文殊仙寺、小嶋商店、中村ローソク、日本航空、日本庖丁道清和四條流、日吉大社
Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHIFUMI ETO