万葉の頃より愛される景勝地、和歌の浦の絶景を舞台に始まった「食」プロジェクト。
このプロジェクトは、令和5年度観光庁が実施する「地域の資源を生かした宿泊業等の食の価値向上事業」の実証事業の一環として、「ONESTORY」が事務局となり地域の方と協同して行う取組です。食の価値向上を目指すにあたり「文化財」「自然の風景地」「温泉その他の地域の観光資源」という3つの地域資源に焦点を当て実証先を検討し、「自然の風景地」をテーマとする実証先として、和歌山県和歌の浦地域が選定されました。
和歌の浦は、古くから和歌の聖地として和歌の神様が祀られ、多くの歌人たちがその美しさを詠ってきた由緒ある景勝地です。大阪から車や電車で1時間半ほど、今でも、穏やかな和歌山湾が目の前に広がる大パノラマの絶景に出会うことができます。平成29年には「絶景の宝庫 和歌の浦〜詠い継がれる、美しき風景」として、文化庁が認定する「日本遺産」にも登録されました。
2023年夏、古来より人々の心を動かしてきた和歌の浦の絶景という資源を最大限に生かし、ダイナミックな地形が生み出す景観と地域の食を掛け合わせた、地域一体となるロケーションダイニングを開発するプロジェクトが立ち上がりました。
「和歌浦温泉 萬波MANPA RESORT」代表の坂口宗徳氏を中心に、和歌の浦観光協会、和歌浦漁業協同組合、地域の宿泊施設や飲食店が連携し、目指したのは新たな“和歌の浦ならでは”の食体験、この場所でしか出会うことのできないロケーションダイニングです。
おなじみの地域食材と伝統製法「灰干し」の掛け合わせが拓く、和歌の浦の新しい「食」。
和歌の浦地域は、雑賀崎漁港、和歌浦漁港、田ノ浦漁港という3つの漁港があり、地元では紀州「足赤えび」と呼ばれる希少な「クマエビ」のほか、「和歌しらす」の名で親しまれる和歌の浦で獲れるしらす、雑賀崎漁港名物の鱧や、高級魚のクエなど、地元で水揚げされる新鮮な魚介が豊富です。
漁港から直送される獲れたての新鮮な魚介はお造りなどで提供されることが多く、それはもちろん絶品で和歌の浦の誇る味でもあります。魅力的な旬の食材が豊富にあり、それらを生かしたメニューもあるものの、この地域ならではの「食体験」としての提案ができていないこと、そして、和歌の浦を代表する名物料理として際立ったキーディッシュがないことが、地域の抱える課題でありました。
こうした課題に対して、「絶景×食」という切り口で、食を楽しむシチュエーションも含めた体験的な価値として、“和歌の浦ならでは”の食を探るのが本プロジェクトの目標でした。
メンバーの話し合いの中で、和歌の浦の絶景と「屋外」での調理や食体験は親和性が高く、特にバーベキューのような火を使った調理は和歌の浦のロケーションを生かした工夫をさまざま考えられるのではないかと、「屋外」での取組への可能性が検討されていました。そこで一般的なバーベキューではなく、素材を引き立たせる火入れ技術である薪火・熾火調理に注目し、そのエキスパートである横浜の薪火ダイニング「SMOKE DOOR」に今回のプロジェクトのアドバイザーを依頼することとなりました。ロケーションを生かした調理ができ、さらにそれが素材の良さを引き立てる技術であることが和歌の浦地域の目指す方向性と非常に相性が良く、メニュー開発だけでなく調理技術についてもプロのレクチャーを受けることで、地域に新たな技が根付くことが期待されました。こうした経緯でタッグを組むこととなった「SMOKE DOOR」代表の雨宮 龍氏、シェフのタイラー・バージス氏、小出 浩史氏の強力なサポートのもと、地元の料理人たちとともに新たな“和歌の浦ならでは”のメニュー開発が進められました。
地元の方の協力により地域食材の洗い出しが行われ、それらの食材をより深く知るために「SMOKE DOOR」チームはさまざまな生産者のもとを訪れました。その中で特に注目したのが、地域に伝わる「灰干し」の製法です。和歌の浦に60年以上続く「灰干乾燥製法」による水産物の加工業者「西出水産」を訪れ、その工程を視察した際に大きな可能性を感じたといいます。
灰干しとは、高い吸湿性を持つ火山灰の中で魚を乾燥させる技法のこと。水分を通す特殊なセロファンで魚を包み、灰の中で空気と紫外線に触れさせずに水分を抜いていくため、魚を酸化させずに旨みと良質な脂を閉じ込めた鮮度の高い干物に仕上がります。和歌山県では江戸時代、紀州でさんま漁が盛んだったことから、古くからさんまは地域の食材として根付いており、いまでも「灰干しさんま」が特に親しまれています。そのほかにもアジ、鯖、鯛などいろいろな魚介の灰干し干物があり、地元でもなじみの深い食材です。天日干しされた干物と比べて、焼くと身がふっくらとやわらかく凝縮された良質の脂と旨みが口の中に広がります。
この、地元の人にとってはなじみ深く昔から大切に継承されてきた製法が、新たな和歌の浦の食を考えるキーとなりました。これまでは魚介を扱う技として発展してきた製法ですが、「SMOKE DOOR」チームが発案したのはその製法を肉で実践するというアイデアでした。
「西出水産さんからセロファンと火山灰を提供いただいて、灰の中に入れる時間などいろいろ試行錯誤を繰り返してみたのですが、予想以上の仕上がりになり驚きました。素材のみずみずしさを残したまま熟成を行うことができるので、焼き上げた時に表面はカリカリッと中はジューシーに、お肉の色もキレイに、まさに理想的な完璧な仕上がりでした。全国的に見ても灰干しのお肉を作っているところはあまりないので、これは“和歌の浦ならでは”のメニューになりうるのではないかと可能性を感じました」と「SMOKE DOOR」の雨宮氏は評価しました。
「こんな考え方もあるのかと勉強になった」と和歌の浦のホテルの料理長が振り返るように、“灰干し×肉”という組み合わせは、地域の方にとっても新鮮な視点でした。まだまだ考えられることがある、地元食材と改めて向き合い新しい価値を引き出していこうと、みなさんも大いに刺激を受けたといいます。さらに、和歌の浦の名産でもある高級魚クエを灰干しにしたことも今回の挑戦のひとつです。シェフたちと「西出水産」との協同により、干物を作る時よりも短めの時間で灰干ししたクエを使った一品も開発されました。
地域に元からある食材と製法を、これまでとは視点を変えて掛け合わせることによって、新しい地域の可能性が広がっていく。シェフの斬新な発想で、メニュー開発は加速しました。
記憶に残る食体験を。この場所で味わうからこその価値。
去る11月15日(水)17時30分より、美しい夕陽に照らされた和歌の浦の浜辺で、地域の関係者を招いて絶景ロケーションでのコースディナーをモニター体験する実証実験が行われました。
和歌の浦の海を一望できる高台に建つ「和歌浦温泉 萬波 MANPA RESORT」が旗を振り、建物横の県有地となっている蓬莱ビーチを会場にコーディネート。まずはロビーに和歌の浦地域の宿泊施設や飲食店、漁業関係者など30名ほどが集まりました。
1品目は「足赤エビのトースト」です。「足赤エビ」は正式には「クマエビ」と呼ばれる和歌の浦の名産品で、プリプリとした柔らかな身と甘みが特徴です。サクサク、ジュワ、プリプリ、ねっとり、さまざまな食感が口の中に広がります。足赤えびのトーストに合わせて選ばれたのが、和歌山の蔵元「平和酒造」の「紀土」です。地域の酒と食のペアリングを楽しむこともこのロケーションダイニングの狙いです。
その後、蓬莱ビーチにセッティングされたメイン会場へ移動します。静かな浜辺に焚き火のはぜる音が心地よく響くロケーションで、夕方から夜へと刻々と表情を変える和歌の浦の美しい風景も一緒に味わうダイニングがスタートしました。
2品目の、「梅素麺と灰干しクエ」は、和歌山名産の紀州梅が練り込まれたピンク色の梅素麺と、生食用に軽めに灰干ししたクエを合わせた一品です。梅の酸味がきいた素麺のさっぱりした味わいに、ほのかな塩味と甘みを感じるクエの美味しさが重なりあい美味しさが広がります。こちらのメニューに合わせたのがオリジナルのレモンサワー。15時間かけて香りづけしたスモーキーな木の香りが鼻に抜け、引き締まった灰干しクエの風味とぴったりのマリアージュが楽しめます。
3品目は「布引大根のサラダ 胡瓜、山椒、金山寺味噌」。江戸時代より続く大根の名産地である和歌の浦の布引地域で採れた大根を、生のまま、薪で焼いたもの、1週間薪の上で燻したものの3種類のかたちでサラダにした一皿です。パリパリとした食感や、スモーキーな香り、やわらかな歯応え、大根のさまざまな魅力が引き出されます。サラダに合わせるのはクラフトビール。1品目に合わせた地酒「紀土」を製造する蔵元「平和酒造」による「平和クラフト」のホワイトエール。2022年には、「World Beer Cup」で金賞に輝き世界一にもなったクラフトビールです。
4品目は「アワビの地中焼き、肝のソース」。砂浜に掘った穴の中に昆布締めしたアワビを詰め、その上に載せた鉄板の上で焚き火を燃やし、2時間蒸し焼きにして仕上げました。会場の焚き火の下で、エンターテイメント性を持たせながらメインディッシュが調理できるという工夫は、砂浜を会場にしたロケーションならではの演出です。砂浜から、しかも焚き火の下から、アワビが取り出される様子にゲストのみなさんも興味津々でした。蒸し焼きにしたアワビに濃厚な肝のソースがかかり、磯の香りとアワビの旨みを凝縮した贅沢なメニューにペアリングされたのは熱燗です。夜になり気温も下がってきた浜辺でいただくアワビと熱燗の相性は、言うまでもありません。
つづく5品目は、「灰干しにした紀州和華牛の熾火焼き、梅山椒、山葵、赤柚子胡椒」です。12時間灰干しした和歌の浦の和華牛を熾火焼きで火入れし、表面をカリッと中をジューシーに焼き上げたもの。熾火焼きとは、「SMOKE DOOR」チームが得意とする調理方法で、直火で焼き上げるのではなく、薪を焚いて作った炭の熾火を使い、うちわであおぎ温度調節をしながら火入れをしていく技です。カリカリの表面と、灰干しして乾燥熟成させた牛の旨みと脂がぎゅっと凝縮された柔らかな身のコントラストが格別な美味しさを引き出します。「和歌山湯浅ワイナリー」の赤ワイン「和 メルロー木樽 2022」をペアリングしました。
6品目は、「薪焼きシラス丼、鶏出汁」。和歌の浦名産のシラスを豪快に薪火焼きした香ばしくウッディーな香りのシラス丼は新鮮な味わいです。お好みで鶏の身から丸ごととった濃厚なお出汁をかけていただきます。
7品目はデザート「温州みかんプリン 柿」です。和歌山県はみかん、柿ともに生産量全国一位を誇ります(※1)。旬の果物のデザートでディナーは締めくくりとなりました。
和歌の浦湾をバックに夜の砂浜で行われたロケーションダイニングは、静かな波の音と薪のはぜる音を聞きながら、和歌の浦の新しい食体験を提案する試みとなりました。
「とても手応えを感じています。今日がはじまりとして、ひきつづき皆さんと一緒に継続して事業をブラッシュアップできればと思っています」と、プロジェクトを主導する「MANPA」代表の坂口宗徳氏は意欲を語ります。
1月18日(木)はこの日の参加者の方や地域の飲食店や宿泊施設の方が集まり、レシピ講習会が開催され、実際の作り方や食材の加工などをSMORK DOORチームに質問しながら、理解を深めていました。
和歌の浦のプロジェクトはまだ始まったばかり。今回行われたロケーションダイニングで提案されたエッセンスをヒントに、それぞれの施設が主体となり、独自のダイニングやメニューを企画・実践していくことが次なるフェーズです。
この日に提案された7品の料理と食体験を元に、たとえばアワビのソースをヒントにオリジナルのメニューを開発したり、灰干しを使った料理を展開したり、浜辺で行う地中焼きを別の素材に発展させたり……、今回の実証実験をきっかけに、オリジナリティ溢れる新たな和歌の浦の味、ロケーションダイニングが各所から生まれていくことが期待されます。
※1 「和歌山県 - 果実収穫量の全国順位一覧」
■開催概要
観光庁では、令和5年度「地域の資源を生かした宿泊業等の食の価値向上事業」において、 地域資源と地域食材の積極活用等により食の価値を高め、宿泊業の付加価値向上を進めると同時に、地域経済への裨益効果を増大させる取組のあり方について検証を実施いたしました。
これにともない、本事業の取組内容を発表する事業成果報告会を開催することとなりました。
観光産業関係者の皆様(宿泊事業者、自治体の観光部門担当者、DMO、観光協会、観光事業者)をはじめ、ご関心のあるすべての方のご参加をお待ちしております。
■日程
令和6年2月20日(火)15:00-17:00
■参加費
無料
■開催方式
オンライン(Zoom)