「 江戸東京リシンク展 -旧岩崎邸庭園でみる匠の技と現代アートの融合- 」のディレクターを務める 現代美術家の舘鼻則孝氏。
EDO TOKYO KIRARI コロナ禍を経てのリベンジ。「 旧岩崎邸庭園」の開催。江戸東京の伝統に根差した技術や産品などを新しい視点から磨き上げ、世界へと発信していく「江戸東京きらりプロジェクト」。その活動の一環として、展覧会「 江戸東京リシンク展 -旧岩崎邸庭園でみる匠の技と現代アートの融合- 」を開催。
ディレクターを務めるのは、国内外を通して活躍する 現代美術家の舘鼻則孝氏です。
本展覧会は 2021 年より毎年継続して開催されており、東京都の伝統産業事業者のコラボレーターとしても舘鼻氏を迎え、「日本文化の過去を見直し現代に表現する」という舘鼻氏の創出プロセスである「Rethink(リシンク)」を起点とし、歴史ある伝統産業の価値や魅力を新たなかたちで提案しています。
参画する 伝統産業事業者は、 計7者。 江戸うちわ/江戸扇子「伊場仙」、江戸刷子/東京手植ブラシ「宇野刷子ブラシ製作所」、江戸組子「建松」、新江戸染「丸久商店」、和太鼓「宮本卯之助商店」、東京くみひも「龍工房」、金唐革紙「金唐紙研究所」(特別協力)の出展事業者とともに、江戸東京の伝統ある技や老舗の産品といった「東京の宝物」の新たな価値を伝えます。
会場は、展覧会名にもある「 旧岩崎邸庭園」。1896年(明治29年)に岩崎彌太郎の長男で三菱第3代社長の久彌の本邸として造てられ、往時は約1万5,000坪の敷地に20棟もの建物が並んでいました。現在は3分の1の敷地となり、現存するのは 洋館・撞球室・和館の3棟。木造2階建・地下室付きの洋館は、鹿鳴館の建築家として有名な英国人ジョサイア・コンドルの設計によるものであり、近代日本住宅を代表する西洋木造建築です。館内の随所に見事なジャコビアン様式の装飾が施され、同時期に多く建てられた西洋建築にはない繊細なデザインが往事のままの雰囲気を漂わせ、それが今回の作品とも共鳴し、美しい空間を形成しています。
振り返ること2022年。実は、「 旧岩崎邸庭園」でこの展覧会の開催を予定していましたが、コロナ禍により、オンライン上での展示演出に。今回は、そのリベンジも果たします。
アートピースだけでなく、江戸・東京に受け継がれる伝統産業品や工芸品の展示、また、貴重な資料の展示から伝統産業の歴史にも触れることができるのも見どころのひとつ。それら全てを作品としてお楽しみいただきたい。
現代美術家 舘鼻則孝×東京くみひも 龍工房
現代美術家 舘鼻則孝×江戸うちわ・江戸扇子 伊場仙
現代美術家 舘鼻則孝×和太鼓 宮本卯之助商店
現代美術家 舘鼻則孝×新江戸染 丸久商店
上段左より、江戸うちわ・江戸扇子「伊場仙」、江戸刷子・東京手植ブラシ「宇野刷子ブラシ製作所」。中段左より、江戸組子「建松」、新江戸染「丸久商店」。下段左より、和太鼓「宮本卯之助商店」、東京くみひも「龍工房」。
会場となる「旧岩崎邸庭園」洋館の内装には、金唐革紙(きんからかわし)の装飾が施された空間もあり、工芸的な内装も展示作品(下記)と共鳴する。
現代美術家 舘鼻則孝×金唐革紙 金唐紙研究所
ジョサイア・コンドルの設計の洋館は、17世紀の英国ジャコビアン様式の見事な装飾が随所に見られ、イギリス・ルネサンス様式やイスラーム風のモティーフなどが採用される。
EDO TOKYO KIRARI 道具から作品へと昇華した、ふたつの伝統産業の声。今回、現代美術家・舘鼻則孝氏とコラボレーションした伝統産業の中から、「道具が作品へと昇華した」と喜びをあらわにしたのは、「宇野刷毛ブラシ製作所」と「江戸組子 建松」です。
隅田川のほとりに小さな工房を構える「宇野刷毛ブラシ製作所」は、創業1917年(大正6年)より刷毛作りで培われた技術をもとに、刷毛・ブラシの製造販売を行っています。現在は、三代目・宇野千栄子さん、四代目・三千代さんの母娘が伝統の手業を守り、従来の刷毛やブラシはもとより、時代のニーズに応じてデザイン性に富んだブラシを生み出しています。
「絵画作品を作るために使うブラシを製作していただきました。これまでは、それぞれの伝統産業と直接的に作品としてコラボレーションしてきましたが、今回は、道具のコラボレーション。使用している絵の具が粘り気の強いペースト状のため、あえて左官ブラシをお願いしました」と舘鼻氏。
製作した左官ブラシは、弾力性のある馬の毛を使用した長さ60cmの特別仕様。左官ブラシを絵画作品の仕上げに転用し、新たな作品を誕生させました。画面上で左官ブラシを引くことによって生じる、縞状の痕跡を意匠として活かすことを意図した技法研究が成され、絵画の世界では筆致と呼ばれる筆遣いとして画面に刻まれています。
また、ブラシの柄に装飾を施した舘鼻氏の創作に、四代目・三千代さんは「左官ブラシを作品作りの道具に起用する斬新な発想に驚きましたが、本来、見えることのない道具も作品として仕上げていただき、感動しました」と話します。
次いで、組子細工による伝統的な幾何学文様と舘鼻氏がアクリル絵の具で雷雲を描いた作品のコラボレーションは、「江戸組子 建松」によるもの。
組子工芸とは、平安末期に生まれた襖や障子などのいわゆる日本建築の建具のことであり、釘を一切使用せず、小さな木片を手作業で組み合わせ、様々な模様を編み出していく伝統的な木工技術です。
「普段は、障子や欄間を作っています。本来、木に着色することはないので、今回のように着色した組子は、私たちにはない発想です。実用品とは違った世界を見せていただきました」と、2代目田中孝弘は話します。
昨今、伝統産業は、後継者不足や暮らしの変化などから、危機的状況が囁かれることがあるも、「宇野刷毛ブラシ製作所」は東京手植ブラシとして海外からも人気を博し、「江戸組子 建松」においても、2024年の注文は受け入れできないほど、求める声が後をたたない。この違いは何か。
「伝統工芸は変わっていないという見方をされる方もいらっしゃいますが、変わっています。変わる勇気とその変わり方次第で、未来は大きく変わるのはないでしょうか」と田中氏。
しかし、ひとつ問題があるとしたら、「宇野刷毛ブラシ製作所」「江戸組子 建松」ともに「雇用」だと言います。給料、保険料など、支出と収入のバランスが崩れては、産業も崩壊してしまいます。人の増が技術の増に直結するわけではなく、時間、労力、資金の投資が伴います。
「これに関しては、まだ糸口が見つからず、解決していません」とふたり。
絶やさず、日本の文化をどう残していけるのか。その環境は、当事者だけでなく、国民全体で向き合うべき問題なのかもしれません。
現代美術家 舘鼻則孝×宇野刷毛ブラシ製作所。古くから職人に愛用されてきた「左官ブラシ」を絵画作品の仕上げに転用することによって、新たな作品が誕生。
現代美術家 舘鼻則孝×江戸組子 建松。雷雲のモチーフがレイヤーとなり、上から順に、桜亀甲、二重麻の葉、桔梗亀甲、雪型亀甲と並ぶ文様は、春夏秋冬を表現。
EDO TOKYO KIRARI 東京だけでなく、日本の伝統産業のために。今回に限らず、現代美術家・舘鼻則孝氏は作品を製作するにあたり、必ず職人に会い、工房に足を運び、作品作りに必要な表現アプローチが実現可能かを確認する手法を取っています。
「今回、自分が担う役割は、アーティストとして表現することはもちろんですが、それを通して伝統産業をより多くの人々に知ってもらうメッセンジャーになること。伝統産業を過去のものではなく、未来として魅せること。芸術という文化的な側面から伝統産業を価値化させることだと思っています」。
その価値化とは、舘鼻氏が創出プロセスの起点として大事にする「Rethink」でもあり、本展を主催する「江戸東京きらりプロジェクト」のコンセプトでもある「Old meets New」ともリンクします。
東京に限らず、日本全国の伝統産業と造形の深い舘鼻氏は、今の状況をどう見ているのでしょうか。
「東京と地方の伝統産業を同じフィールドで語ることは難しいと思っています。例えば、東京は、マーケットがあり、伝統工芸が産業工芸として成立できる環境にあります。地方の場合は、そうはいきません。どんなに高い技術を持っていても、外的要因に左右されることがあります」。
東京の場合、工房、店舗、さらには観光まで、一連につながる環境も少なくありません。その好例が浅草と言ってよいでしょう。しかし、それが高いクオリティとつながるかは別物。「伊勢神宮の式年遷宮ではありませんが、難度の高いテーマに挑戦し、それ乗り越えることによって今の技術を超えられるのではないでしょうか」。
今回になぞれば、そのテーマが、舘鼻氏が出展事業者に求めたものだったのかもしれません。だからこそ、伝統産業が輝くアートピースへと昇華したのでしょう。
海外に目を向ければ、現代彫刻家のアニッシュ・カプーアが漆を起用し、照明デザイナーのインゴ・マウラーが団扇を起用したように、日本の伝統産業は、世界レベルの芸術とも高い関係性を持っているのです。
また、地方といえば、元旦に襲った能登半島地震は、今なお、被害を受けています。漆や木地など、輪島をはじめとした伝統産業も焼失、全壊、半壊、倒壊など、日本の宝物が危機的状況に直面しています。
舘鼻氏もまた、石川の漆や蝋色での作品制作をした親交のある地域です。
「被害状況も地域によって様々。自分に何ができるかを言葉にするのは難しい。しかし、サポートしなければ、再起できない帰路に立たされていることは言うまでもありません。東京だけでなく、日本の伝統産業のために何ができるのか。常にRethinkしながら、向き合っていきたいと思います」。
失ってからでは手遅れ。我々もまた、Rethinkしなければいけない。
角度を変えて表現することによって、伝統産業が道具から作品に創出されたように、物事の見方も角度によって様々な想像力を掻き立てます。
Rethinkの思考を持って、 改めて本展覧会と対峙すれば、そこには美化された作品群の展示だけでなく、様々なメッセージを訴えかけてくるようだ。
Photographs:©Edo Tokyo Kirari Project, Photo by GION
Text:YUICHI KURAMOCHI
江戸東京リシンク展
期間:2024年3月1日(金)〜3月10日(日)
時間:9:00〜17:00
料金:一般400円ほか(旧岩崎庭園への入園料)
主催:東京都・江戸東京きらりプロジェクト
共催:公益財団法人 東京都公園協会
会場:重要文化財 旧岩崎邸庭園
展覧会ディレクター:現代美術家 舘鼻則孝
出展事業者:江戸うちわ/江戸扇子「伊場仙」、江戸刷子/東京手植ブラシ「宇野刷子ブラシ製作所」、江戸組子「建松」、新江戸染「丸久商店」、和太鼓「宮本卯之助商店」、東京くみひも「龍工房」、金唐革紙「金唐紙研究所」(特別協力)
公式HP https://edotokyokirari.jp/news/life/edotokyorethink2024/
舘鼻則孝 NORITAKA TATEHANA
1985年、東京都生まれ。東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻卒。卒業制作として発表したヒールレスシューズは、花魁の高下駄から着想を得た作品として、レディー・ガガが愛用していることでも知られている。現在は現代美術家として、国内外の展覧会へ参加する他、伝統工芸士との創作活動にも精力的に取り組んでいる。作品は、ニューヨークの「メトロポリタン美術館」やロンドンの「ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館」などに永久収蔵されている。
公式HP https://www.noritakatatehana.com/ja/