DINING OUT RYUKYU-SHURI再建の途にある「首里城」を舞台にした晩餐。
不思議なほどに、静かな夜でした。
それは音がないのではなく、心に波が立つような不協和音のない時間。2月の沖縄の風は優しく、暗闇に浮かび上がる首里城・瑞泉門は厳かに佇む。厨房から漂うスパイスの香りさえも、まるで自然の一部のようにすんなりと受け入れられます。あらゆる要素が、腑に落ちる感覚。これこそが最上級のおもてなしである、と誰もが確信できるような素晴らしい晩餐でした。
2024年2月、沖縄、「首里城」。
正殿が焼け落ちた数年前の火災の記憶も新しいこの場所で、なぜいま「DINING OUT」が開かれたのか。そしてこの日の晩餐は何を伝え、何を残したのか。
「DINING OUT RYUKYU-SHURI」の意味と意義を、その模様とともにお伝えします。
DINING OUT RYUKYU-SHURI郷土史研究家の案内でたどる、琉球王国のおもてなしの意味。
2019年10月31日、炎に包まれて焼け落ちた「首里城」。
その衝撃的な映像が記憶に残っている人も多いことでしょう。
沖縄の人々の多くは、失ってはじめて首里城がいかに心の支えとなっていたのかに気付かされたといいます。それゆえに首里城はすぐさま、再建の準備が進められました。現在の首里城は2026年の再建に向けた工事の最中にあります。
今回の「DINING OUT」の舞台は、そんな首里城でした。
レセプション会場でウェルカムドリンクを傾けるゲストの前に琉球史研究家の上里隆史氏が登場し、静かにこの王宮の歴史を語り始めました。
首里城の一帯を巡りながら上里氏が語るのは、琉球王国の歴史、文化、信仰、そして精神性。点在する御嶽(うたき)と呼ばれる聖地を前に、琉球王国の信仰の一端を垣間見ます。城壁の内部を巡り、最後にゲストが到着したのは「歓会門」の前。ここはかつての琉球王国が他国からの特使を王宮に迎えた門。その木の扉が厳かに開かれます。夕暮れに浮かぶ城壁、閉園時間を過ぎ静まり返ったこの場所が、本日の晩餐の会場です。
「軍事力を持たぬ琉球王国にとって、他国の特使をもてなし、良い条件を引き出すことは必要なことでした。つまりおもてなしは琉球王国の文化そのものなんです」。
上里氏はそう語ります。そして琉球王国にとってとりわけ大切な存在であった中国の特使を迎えるとき、最上級のおもてなしとして地元の食材を中国料理の技法で調理する膳が供されたのだといいます。
いま、その伝統を再現するのに、彼ほどふさわしい人物が他にいるでしょうか。「和魂漢才」、すなわち「日本人ならではの心と技術で表現する中国料理」を哲学とする稀代の料理人、「茶禅華」川田智也氏その人です。
DINING OUT RYUKYU-SHURI琉球王国の伝統と響き合う「和魂漢才」の哲学。
日本で唯一、中国料理でのミシュラン三つ星獲得。
そんな栄誉に輝いてもなお、川田シェフの物静かな佇まいは変わりません。南麻布『茶禅華』は、中国料理と日本料理の修業を重ねた川田智也シェフが、日本人らしい精神性、美意識、世界観のなかで中国料理を組み立てる店。シェフが哲学とする「和魂漢才」とは、和の心で仕立てる中国料理を意味しています。つまり、地元の食材と歓迎の心で賓客を迎えた琉球王国のおもてなしの伝統と、この上ない親和性を持っているのです。
川田シェフは今回の場所とテーマを聞いたとき「ぜひともやらせて頂きたい」と即答したといいます。そして多忙の合間を縫って沖縄を訪れ、地元の食材、そして琉球王国の歴史と文化をインプットしていったのです。
そのインプットの集大成として完成したこの日の料理。コースの皿数は15品にも及びました。地元の伝統料理や郷土料理を丁寧に紐解き、「その料理になった必然性」を考察し、要素を抽出し、自身の技とともに中国料理に昇華する。そんな地道な作業を繰り返した末の、この皿数なのでしょう。
地元では刺し身で食べられることが多い夜光貝は、紹興酒漬けやスープ、肝のリゾットで部位による味や食感の違いを表現、汁にするのが一般的なヤギは揚げて、四川料理の伝統的なソースとともに、海ぶどうは台湾の高山茶を使った出汁でお茶漬けに。
どれも意表を突くようなプレゼンテーションでありながら、口に運ぶと納得させられる味わい。それはこの地の自然や、この地で大切にされてきた食材への敬意が貫かれているからでしょう。
「外からのお客様を出迎えるにあたり、やはり自然というものは一番大切な要素。それらの自然を尊重し、最低限のそっと背中を押すような料理を目指しました」。
それこそが、川田シェフが「琉球王国式のおもてなし」として出した答えでした。
それは、王国に伝わるものをそのままの姿で見せることではありません。現代の気候、環境、社会、文化。それらに合わせて再構築された、現在のおもてなし。もし現在も琉球王朝が続いていたら、このような晩餐で賓客をもてなしたのだろう。そんな確信めいた想像が湧き上がる料理です。
DINING OUT RYUKYU-SHURI時代に合わせて進化する伝統。
「伝承というものは元の姿のまま一言一句変えることなく伝えていくこと。対して伝統というものは時代に合わせ、その瞬間で最高のものを統一して次に伝えていくことだと考えています。自分が目指しているのは、この伝統の部分。常に変化している人々にアジャストし、楽しませ、喜ばせることです」。
終演後、川田シェフはそんな言葉で、今回の「DINING OUT」を振り返りました。滅んでしまった王国、焼失してしまった王宮。いま再び建て直している首里城だからこそ、未来へ向けて伝える言葉が力強い現実感を帯びています。
2026年に再建される「首里城」正殿は、以前とまったく同じ姿で復元されるわけではありません。新たに見つかった資料、新たに発見された塗料、新たに使用される木材、作業を手掛ける沖縄の若き職人たち。そうして少しずつ変わりながら、「首里城」は沖縄とともに在り続けるのです。
そして同時に沖縄の人々は、やんばるの森にイヌマキの木を植樹しました。この木の成長に、未来への願いを託して。その木が育つのは100年後か200年後か。きっといま生きている人々は、その生育を見届けることはできません。それでも植えるのです。これから生まれてくる子どもたちに、沖縄の歴史を、文化を、想いを伝えるために。
主催:沖縄県文化観光スポーツ部 観光振興課
企画・プロデュース:ONESTORY
協力:沖縄美ら島財団
販売:ハレクラニ沖縄
協賛:オリオンビール、CHAMPAGNE TAITTINGER、瑞泉酒造、T GALLERIA、ホシザキ沖縄 *五十音順
Photographs:RYO ITO
Text:NATSUKI SHIGIHARA