意志ある未来は、人間力が切り開く。第二回「新潟ガストロノミーアワード特別版」開催。

若手シェフに焦点を当てた第二回「新潟ガストロノミーアワード特別版」。302店中、30店を厳選。熟考した審査の結果、大賞、審査員特別賞、特別優秀賞、女性Chef賞に輝いた面々(前列)。そして、審査員たちと総合プロデューサーの岩佐氏(後列)。

新潟ガストロノミーアワード生みの苦しみの次なる必須は、継続の力。それを叶えたアワード。

「新潟ガストロノミーアワード」は、2023年2月に発足。主な取り組みは、地域の風土、歴史や文化を料理に表現するローカルガストロノミーの理念を体現している県内の飲食店や宿泊施設、特産品などを発掘することにあります。

記念すべき第一回は、発足直後の2023年3月に開催。「ONESTORY」の記事では、最後にこう締めくくらせていただきました。

「生みの苦しみの次なる必須は、継続の力」。

当時、本アワードの総合プロデューサーである岩佐十良氏は、SNSで記事をシェア。この言葉に対してコメント添え、投稿を締めくくっていました。

「まだ未確定でありますが、新潟ガストロノミーアワードは2年に一度の開催ベースで、そして隙間の1年は情報発信をベースに、新人シェフ&新店の支援、さらにサブアワード的なことをしていきたいと考えています」。

それから約1年後、2024年3月。第二回となる「新潟ガストロノミーアワード特別版」が開催。これからの新潟の食文化を担う40歳以下にスポットを当て、テイスト、プレゼンテーション、ローカリゼーション、サステナビリティなど、様々な項目を審査。302店中、30店がノミネートされ、大賞、審査員特別賞、特別優秀賞、女性Chef賞が発表されました。

特筆すべきは、もちろん大賞なのですが、受賞したのは異例の2店。35歳以上(Over 35)で完成度を評価するものと、35歳未満(Under 35)で将来性を期待するものと、基準を分け、ダブル受賞に。その理由について、特別審査委員長の中村孝則氏は、こう話します。

「大賞を選定するにあたり、審査を進める中、一番議論になったのが、完成度の高さを求めるのか、それとも将来性を求めるのかの2点でした。そのどちらも評価できるよう熟考した結果、30歳から40歳は、料理人人生の中で一番伸びる時期ということもあり、35歳未満と35歳以上に分け、O-35とU-35、ふたつの大賞を設定することにしました」。

O-35を受賞したのは、燕市「日本料理 魚幸」渡邉雄太シェフ。U-35を受賞したのは、新潟市「SAISON」ミドルミス怜シェフです。渡邉シェフは、京都の老舗料亭「菊乃井本店」や新潟市の「日本料理 蘭」などで研鑽を積んだ人物。ミドルミスシェフは、パリ「クラウンバー」で渥美創太シェフのもとやニューヨーク「ブランカ」で経験してきた人物。前述の通り、年代の違いはあれど、それ以上に、これだけスタイルの異なるシェフを比較し、甲乙を付けるのは困難を極めます。ゆえに、ふたつの受賞形態を設けたのも頷けます。しかし、人間として共通する点は多く、「ふたりは変化を恐れない」とは、副審査員である青田泰明氏の言葉。

変化とは恐怖にも置き換えられるのかもしれません。恐怖とは、何かを得た後に起こる心情とも言えます。その何かとは、今回で言えば、大賞です。より世界が広がれば、星、トック、ランキング……。得る喜びに伴う、失う怖さに恐れず、と言いたいところですが、少なくとも現状は心配ご無用。物怖じせず、大舞台に登壇した、ふたりの堂々たる様を見れば、まだまだ大いに暴れてくれるでしょう。
 

会場となったのは、新潟市内に位置する「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」内「能楽堂」。桧床の舞台、檜皮葺き屋根など、伝統的な形式を持つ。

左より、O-35を受賞した燕市「日本料理 魚幸」渡邉シェフ。U-35を受賞した新潟市「SAISON」ミドルミスシェフ。

繁華街でも大通りでもない場所に店を構える「日本料理 魚幸」。元々、「魚行」だったそこは、祖父は商売を、父が仕出しを、そして、3代目として渡邉シェフが「魚幸」として日本料理を営む。現在、店舗向かいに「UOYUKI SOUP CURRY」を父が営む。

新潟市、西堀通添いにある「SAISON」は、2023年6月に開業したばかり。ミドルミスシェフとサービスマネージャーの斎藤陽介氏のふたりで営み、彼らは幼馴染でもある。

「これだけ多くの優秀な若手シェフが新潟にいることにまず驚きました。日本はもちろん、世界中から注目されるガストロノミーツーリズムとして、新潟が発展していくアワードに育てていきたいと思います」と、特別審査員長の中村氏。

新潟ガストロノミーアワード前回と今回の違いに見る、私的「新潟ガストロノミーアワード」。

テーマや部門、審査員など、第一回と第二回の違いは多数ありますが、ふたつの視点から考察したいと思います。

まずひとつは審査員。メンバーの変更はあれど、大きな違いは、第一回にはシェフが参画していたという点です。その名に連ねていたのは、和歌山「Villa AiDA」小林寛司シェフ、大阪「La Cime」高田裕介シェフ、福岡「GohGan」(当時「Goh」)福山剛シェフ。トークセッションでは、「もっともっと食材に向き合うべき。今が限界なのか、もう一度考えてほしい(一部抜粋)」と、小林シェフは熱弁。もし今回の若手シェフがそんな声を聞くことができたら、大きな刺激になったのではと考えます。

加えて、授賞式翌日に訪問した特別優秀賞を受賞した新発田市「鮨 登喜和」でいただいた握り、柑橘の果汁で〆たメダイに極限まで薄くスライスした古漬けの白菜も印象的でした。そのアプローチについて、三代目・小林宏輔氏に聞くと、「小林シェフのアドバイスから生まれた一品」だと話してくれました。これは、料理人同士だからこそ生まれたケミストリー。もし高田シェフが渡邉シェフの料理を食べたらどんな言葉を発したのか。はたまた、もし小林シェフや福山シェフとミドルミスシェフが邂逅した先には新たな料理が生まれたのか。そんな「もし」の世界を想像してしまうのは、自分だけでしょうか。

逆に、第一回になく、第二回にあったもの。それは、生産者のフォーカス。実は、この生産者に主意を見ます。ローカルガストロノミーでは、地産地消が当然の条件。しかし、新潟の食材を県外で食べられないかといえば、そうではありません。神経〆、血抜き、冷凍、真空、乾燥、保存、そしてインフラなど、様々な技術とテクノロジーの発展によって、品質を保ったまま、県外でいただける条件は向上し続けています。このような状況の中、どう差別化させるのか。それは、生産者とシェフが一体になった意志あるガストロノミー、「Gastronomy “Will”」のアクションなのではないでしょうか。もう少し解説すると、大切な食材は県外に出さないという意志を生産者とシェフが連携し、新潟に行かなければ食べられない食材があるという環境を作ることに、次なる地産地消の形があると思うのです。

それを構築するには、当然、需要と供給がなければ成立しないため、シェフは新潟の食材を学ぶ必要があり、それを使いこなす技術も必要とされます。生産者においては、新潟の土地を最大限活かした食材を作り、引く手数多になるかもしれない食材を地元シェフだけに提供する覚悟も必要とされます。

現状における各地においても、その土地に訪れなければ食べられない食材は存在しますが、それは、食材の鮮度や消費量など、物理的に無理というものがほとんどでしょう。かく言う本件は、そうではなく、人の意志によって、外に出さないものを作るということです。しかし、トップシェフや一流レストランでは、情報戦にも長けているため、どこよりも早くコンタクトし、高価格帯においても仕入れるという構図があるのも事実。一例として、豊洲に集まることも理解できます。これは、生産者だけでは解決できなければ、シェフだけでも解決できません。地域一体となった意志ある有志たちの総力戦で向き合わなければいけない問題だと考えます。

今回のトークセッションでは、地元野菜や寄居蕪などの在来種の作付けにも取り組んでいる「宮路農場」宮路俊幸氏も参加。奇しくも、宮路氏は、渡邉シェフと同級生。

「宮路は、こだわりのある生産者。例えば、アスパラガスを30本欲しいと注文した際、そのアスパラガスは一回で30本使うのかと聞かれました。自分は、少ない本数を都度配達してもらうのが申し訳ないと思い、まとめて納品してもらおうと思ったのですが、都度、納品した方が質が良いと言い、数本単位で、毎回届けてくれるんです」と渡邉シェフは、話します。

そんな関係の連鎖が拡張すれば、新潟は各県のケーススタディになる、一歩先をゆく地産地消の形を構築できるのでは、と感じたのでした。

受賞式後に開催されたトークセッション。左より、特別審査員長の中村氏、大賞を受賞した「SAISON」ミドルミスシェフ(U-35)、「日本料理 魚幸」渡邉シェフ(O-35)、そして、生産者を代表して「宮路農場」宮路氏、副審査員長の青田氏が登壇。

新潟ガストロノミーアワード「点ではなく面」、そして「ガストロノミーツーリズム」。幾度となく登場したふたつの言葉。

「新潟がストロノミーアワード特別版」において、頻繁に登場した言葉があります。それは、「点ではなく面」。その意図について、副審査員長の青田氏は、サンセバスチャンを例に伝えていました。

「サンセバスチャンのシェフたちは、レシピを自分たちのレストランだけのものにするのではなく、料理をオープンソース化することによって世界一の美食の街と呼ばれるまでに成熟しました」。まさに、点ではなく面の好例です。

授賞式後の懇親会では、はじめましての方も多く、皆、積極的にコミュニケーションを図り、情報交換。様々を吸収できる柔軟な若手シェフに、このような機会を提供していることもまた、このアワードの特筆すべき点。

しかし、広大な新潟は、サンセバスチャンのように軒を連ねているところばかりではなく、街並みや風景も含め、視覚的にトリップできる地域が全てはありません。ゆえに、点と面の概念こそ取り入れるにせよ、新潟流の手法も模索しなければいけません。前述「Gastronomy “Will”」は、その手法のひとつとして脳裡によぎったものであり、地域一体となった意志ある有志たち(点)の総力戦(面)においても同様です。

一方、強烈な点に魅かれる事実も。前回、飲食部門の特別賞・特別優秀賞を受賞した三条市「Restaurant UOZEN」です。井上和洋シェフは、自らの手で狩猟を行い、漁に出て、畑で野菜を育てています。「これには敵わない」とは、東京の某有名シェフの言葉。井上シェフの料理は、キッチンの外から始まっているのです。

そして、もうひとつ頻繁に登場した言葉が「ガストロノミーツーリズム」。これは、世界中が取り組んでいる観光戦略ですが、特に日本は注目されているのではないでしょうか。しかし、ローカルガストロノミーの成熟がガストロノミーツーリズムの成熟に比例するかといえば、似て非なるもの。それは、宿泊の問題です。

これだけ多くの実力派レストランがあるのであれば、素泊まり需要さえあるのかもしれません。ほんの少し気の利いた客室、デザイン、湯、サウナ、サービス……。ホスピタリティにおいても、至れり尽くせりは不要。ハイクラスのホテルでなくとも、シームレスな快適性もまた、趣向の異なるラグジュアリーなのではないでしょうか。

もちろん、岩佐氏が運営する「里山十帖」などや第一回に旅館・ホテル部門で大賞を受賞した三条市「Snow Peak FIELD SUITE SPA HEADQUARTERS」は、それとはまた別の概念。いずれにしても、ローカルガストロノミーとガストロノミーツーリズムは運命共同体。ここにおいても、点ではなく面の概念が必要とされるのかもしれません。

「Where there is a will, there is a way」。

「意志あるところに道は開ける」とは、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの言葉。

ガストロノミーの概念はシェフ力によって補えるものですが、ガストロノミーの意志は、人間力が必要とされると考えます。

シェフの意志はどこにあるのか。生産者の意志はどこにあるのか。そして、新潟の意志はどこにあるのか。自然豊かな食の宝庫・新潟だからこそ、その未来は、人の意志に託されているのではないでしょうか。


Text:YUICHI KURAMOCHI


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