読者が初体験した、美食の教養。
「OAD世界のトップレストラン」のレビュアーランキングで6年連続1位に君臨する世界一の美食家・浜田岳文氏の初となる書籍、「美食の教養 -世界一の美食家が知っていること-」が2024年6月に発刊。加えて、自身が主催するコミュニティ「UMAMIHOLIC」もローンチされ、双方を記念するパーティが開催されました。
ですが、今回フォーカスしたいのは、そのどちらでもなく、この日、たった一夜だけにクリエイションされた料理。構成は、大きくふたつのコンセプトに分かれ、前半は「未来の食材調理」、後半は「産地を守る食」。当日は、本書の読者を中心としたゲストが集い、まさに「美食の教養」を初体験することになります。
強いメッセージ性を感じる料理を手がけたのは、「イートクリエーター」。その名の通り、食を通したクリエイター集団です。所属するシェフ、「TOUMIN」井口和哉氏が前半を担い、「FUSOU」内田悟氏が後半を担います。
ふたりから生み出された料理は、社会に向けたテーゼが込められており、各料理が向き合う課題テーマは創造力を掻き立てる一方、一筋縄では解決できない難問ばかり。だからこそ、食べ手は学ぶ必要があるのです。全ての仕立てを俯瞰して見ると、それはまるで「美食の教養」のカリキュラム。講座名にも似た料理名を纏った全7品は、さながら1限目から7限目の授業のよう。
レッスン1、もとい、1品目は、「プラントベースキャビアのタルト」。フランス料理の伝統的なキャビアのタルトレットを海藻などから作ったヴィーガンキャビアで再現。プラントベースは、食資源の不足や環境保護の視点からも注目されており、植物性でも持続可能な美食を提案しています。
2品目は、「22世紀ひらめのマリネ」。22世紀ひらめというゲノム編集されたひらめは、少ない餌で大きく育つ環境に優しい品種。「水産業やタンパク質クライシスの問題を考えるきっかけになってほしい」という井口氏の願いも込められています。
3品目は、「固定種ビーツと発酵ハチミツ」。原料は、東京・青梅市でサステナブルな農業と養蜂を営む「OmeFarm」の白ビーツと非加熱ハチミツ。この畑では、農薬や化学肥料を使わず、植物性原料を中心とした堆肥作りを行なっており、都市型養蜂でミツバチの保護も支えています。ミツバチは、世界の食糧の1/3以上、全作物種数の約7割の受粉を支えている重要な存在。その命を守りながら作物を育てるという、循環型農業からこの料理は生まれているのです。
「こんなにも秀逸な観点で料理を構築できる若手シェフがいて、かつ美味しい。それが一夜限りで消え去られてしまうのはあまりにも惜しい。そして、悲しい。そう思ったのです」と浜田氏。
ゆえに、ここに記録として残す。そして、後半に続きます。
料理になる前のストーリーに意志は宿る。
後半、「産地を守る食」は、4品目となる「上ミノのプロシェット カシューナッツのデュカ」からスタート。井口氏とはまた違った視点で、内田氏が魅せます。
この料理は、牛のゲップに含まれるメタンガス削減に貢献するためのもの。牛の餌にカシューナッツの殻液を混ぜることによって、メタンガスの発生を抑制できる成果が研究で確認されており、「畜産業の環境問題へのひとつの筋道になれば」と考案されました。
5品目は、「鰻と蕎麦粉のガレット」。この鰻は、栃木県那珂川で約60年間川魚店を営んでいる人物が養殖したもの。使用する水を温めるボイラーには、人の手が行き届かない山を自ら切り開いた間伐材を使用しています。川の環境を守るために山を整え、自然を維持し、その過程で雇用も生み、地域活性化にも結実させているのです。
6品目は、「鮎の青竹蒸し寿司」。この料理は、シェフとして竹の新しい活用法を生み出したいと思い、考案されたものです。筍農家は、年に一度、春に優良な筍を採るため、365日欠かさず竹林を整備するも、ベストなコンディションを保つにはコストがかかります。そんな生産者を支援するために青竹を価値化。また、放置竹林への問題意識を高めるきっかけにもなれればというメッセージも込められているのです。
7品目、最後の料理は、「経産ジャージー牛のチーズバーガー」。乳牛の肉は、市場価値が低く、加工肉用の肉として牛種関係なく処分されている現状があります。このバーガーは、ジャージー牛の肉とジャージー牛のミルクで作られたチーズで仕立て、調理の技術を通して乳牛の美味しさを存分に引き出します。前述、牛のゲップ問題も然り、畜産の現状が強く発信されたひと品です。
前半、後半、計7品で構成された今回の料理。レストランでは、極めて再現性の低いコンセプトの創造を具現化できたのは、一夜限りだったから。
自然の恵みは無限ではありません。有限の資源を活かし、環境にも配慮した料理の理解を深めることは、シェフだけでなく、食べ手にこそ必要なことではないでしょうか。
クリエイションを発揮できるシェフを応援したい。
浜田氏は、そう語ります。
「今回、このイベントを開催するにあたり、まずひとつやりたいと思ったことは、レストランではできない料理でした。シェフの満足度とゲストの満足度は、必ずしも等しくはありません。やりたいことを100%できているレストランは、限りなく少ないと思います。ですが、一夜限りなら思いっきりやれる。今回のアイディアは、井口シェフと内田シェフによるもの。彼らは、料理を通して常日頃から社会問題や環境問題などと向き合い、自分ごと化している。私は、こういったクリエイションを発揮できるシェフを応援したい」。
例えば、ニューヨークの「イレブン・マディソン・パーク」は、100パーセントヴィーガン。コペンハーゲンの「ゲラニウム」は、ほぼ野菜中心。そのほか、世界から注目されるレストランにおいてもプラントベースに移行しているところは少なくありません。これらは、「環境問題への関心の高さによるものが大きい」と浜田氏は分析します。
「シェフとして、芸術よりなのか、職人よりなのかによってスタイルは変わると思いますが、いずれにしても世の中や社会にコミットしなければいけないと考えます。海外のシェフは、日本と比べ、その感度が高い。しかし、これはシェフだけの問題ではありません。なぜなら、今回のような料理を提供しても、食べ手がいなければ、需要と共有は成り立たないからです。ゆえに、レストランだけの問題ではなく、食べ手の問題でもあるのです」。
つまり、高級食材を採用した料理を求め、予約困難店というバリューに期待している食べ手にこれらの理解を得られるかといえば、それは容易ではありません。なぜなら、繰り返しですが、ゲストの満足度と等しくないからです。
「今回は、本を読んでいただいたゲストをお招きした会のため、このような料理を理解いただけるであろうという前提をもとに表現することができました。 井口シェフや内田シェフのように、若い世代のシェフは、クリエイション能力はあれど、それを発揮できる場が少ないのだと思います。この才能を引き出せるのは、食べ手次第。時に、コンフォートゾーンから一歩外に出ることは、大事なことだと考えます」。
東京は、多くの優良なレストランがあるにも関わらず、予約困難店はわずか。これは、食べ手のゾーンが狭いということにもつながります。
「大切なことは、一つひとつを深く理解すること。優れたシェフと出会い、その人が何を大事にしているのかを考察する能力を養うことは、本当の意味でレストランを楽しむことにつながります。UMAMIHOLICなどを通して、そういったことも伝えていきたいです」。
「僕らが口にするものには、多くの意味が隠れている(一部抜粋)」とは、世界No.1シェフと称されるコペンハーゲンの「ノーマ」率いるレネ・レゼピ氏が「美食の教養 -世界一の美食家が知っていること-」に寄稿した言葉。この意味を読み解けるか否かは食べ手次第。
「美食の教養」とは、「食べ手の教養」とも言い換えられるのかもしれません。
Text:YUICHI KURAMOCHI