ローカル線の沿線をまるごと体感する新たな旅体験『沿線まるごとホテル』いよいよ始動。[Satologue/東京都奥多摩町]

異例の開業前受賞。ジャパン・ツーリズム・アワード最高賞。

ツーリズムの拡大、発展に貢献する取り組みを表彰する「ジャパン・ツーリズム・アワード」。2023年に発表された「第7回 ジャパン・ツーリズム・アワード」では、最高賞である国土交通大臣賞に『沿線まるごとホテル』というプロジェクトが輝きました。

『沿線まるごとホテル』とは、JR青梅線の駅舎をホテルのフロントに、沿線集落の空き家をホテルの客室に、そして地域住民とともに接客、運営を行うという、まさに沿線をまるごと楽しむホテル。

しかし実は受賞時には、ホテルはまだ開業前でした。この“開業前の受賞”という偉業こそ、世界観と構想が高く評価されたことの証明なのです。

さて、そんな『沿線まるごとホテル』がいよいよ動き出しました。まず宿泊棟に先立って2024年5月に開業したレストランとサウナを備えた『Satologue』。
一足はやく体験させてもらった施設の体験レポートをお届けします。

2024年5月に先行オープンした『Satologue』は、沿線まるごとホテルプロジェクトの中核となる施設。宿泊施設開業までの期間限定で特別メニューを提供している

都心から1時間30分で到着する秘境。

中央線の立川駅から青梅線に乗り、青梅駅で奥多摩行きに乗り換えて鳩ノ巣駅まで。都心から1時間30分程度の道のりですが、いつしか車窓は豊かな緑に覆われています。平日で雨模様だったこの日、4両編成の下り電車の乗客は数えるほど。通勤ラッシュは遠い世界のように感じられます。

鳩ノ巣駅からの移動手段は、レンタル電動トゥクトゥク。無人駅である鳩ノ巣駅に設置された、電動トゥクトゥクと電動アシスト自転車が、観光の二次交通とするのも、『沿線まるごとホテル』の取り組みのひとつです。

到着した『Satologue』は、築130年の古民家をリノベーションした建物。元は養魚場だったという敷地を活かし、ビオトープや自家菜園、わさび田など外構も美しく整備されています。訪れたゲストは食事の前に、スタッフの案内でこの敷地を歩く“フィールド散歩”に出かけます。

この日、案内に立ってくれたのは   『沿線まるごと株式会社』の代表・嶋田俊平氏。

「ただ空き家を再利用するだけではありません。季節によって変わる自然の美しさ、この地で営まれてきた生活や文化、そういう地域そのものを体験してもらえる場を整えていきたい」

そう話す嶋田氏。

先程の次世代モビリティも然り、地元住民によるサービスも然り。ただ観光施設をつくるのではなく、点ではなく面で、地域として観光客を受け入れるという構造こそが、『沿線まるごとホテル』のおもしろさなのでしょう。

敷地内に築かれたわさび田は、奥多摩に移住してわさび栽培に挑む“わさびブラザーズ”こと角井仁氏、竜也氏兄弟による

地域の自然を再現したビオトープには、多摩川の水が引かれている。やがて虫や魚、鳥が集まってくることだろう

かつて養魚場だった場所は、土を積んで自家菜園に。レストランの料理にも自家栽培の野菜が使われている

地域の食材を、モダンなフレンチベースの料理にアレンジ。

『Satologue』内のレストランの名は『時帰路(TOKIRO)』。もちろんここでの食事も地域の食材をふんだんに取り入れた内容。それを気鋭のシェフの手により、フレンチをベースとしつつ、この地の風土や歴史を落とし込んだガストロノミー料理に仕上げています。

この日のメニューは、治助芋のヴィシソワーズからはじまり、山梨産のマスのマリネ、東京シャモと蕗味噌のリゾット、東京和牛のロースト、いちじくの葉のブランマンジェという構成。繊細で都会的なエッセンスと、素朴で力強い食材が融合した独自の料理です。

地域性があり、その地に足を運ぶ価値がある店を指すローカル・ガストロノミー。その独自性や希少性を、東京で味わえることに新たな、そして大きな食の可能性を感じさせます。

『時帰路』の店内は木のぬくもりを感じさせる、ゆったりとした設え

料理の一例。食材の旬に合わせて、メニューが入れ替わる。ドリンクはワインのほか、青梅の『小澤酒造』の酒や、奥多摩の『VERTERE』のクラフトビールも揃う

©︎Daisuke Takashige
料理を手掛けるのは駒ヶ嶺侑太氏(右から2人目)と高波和基氏(左から2人目)のふたりのシェフ。名店で修業を重ねた若きふたりが奥多摩に移住して腕を振るう

自然に癒やされる、至福のサウナ。

食後はいよいよ自慢のサウナ『風木水(FUKISUI)』へ。

客室が開業したあかつきには宿泊客専用の施設となりますが、現時点ではサウナだけの利用が可能です。古い蔵を改装した薪サウナ、専用の水風呂、自然の中の外気浴フィールド、そして窓の外に深い森を見渡すラウンジがすべて貸し切りで利用できます。

ここで特筆すべきは、外気浴のためのスペースでしょう。木々に囲まれた森の中にリクライニングチェアを並べた心地よい場所。

「ここは多摩川の本流と支流に囲まれた三角州。三方向から川のせせらぎが聞こえるんですよ」

そう嶋田氏に言われ耳を澄ますと、確かに多方向から重層的な水音が聞こえ、目を閉じるとまるで川に包まれているような気分になります。それはいうなれば、天然のサラウンド音響。包み込む川音に鳥や虫の声、木々のざわめき、ときおり遠くを走る電車の音。サウナ室の高温や水風呂の低温は人為的につくることができても、決して人工的にはつくれないシチュエーション。この最高の環境に身を置くことで、改めて“整う”の意味が腑に落ちることでしょう。

こうしてランチを味わい、サウナを満喫した『Satologue』のひとときは終了しました。帰り道は再び青梅線の駅へ。去来するのは「もっとこの地を知りたい、また来たい」という思いです。それは短い時間の中でこの地の生活や文化の一端に触れられたからか、あるいは濃密な森の空気に心癒されたからか。いずれにせよ今後は奥多摩が、週末の小旅行の行き先の有力な候補となることは間違いないでしょう。

この『Satologue』に代表される、地域との関わりが深まる仕掛けが随所に詰まった『沿線まるごとホテル』。まずはこの青梅線からはじまり、今後はJR東日本の他路線へと拡大していく予定だといいます。駅舎でチェックインして、地元住民と触れ合い、古民家に泊まる。そんな新たな旅の形が、ここから広がっていくのかもしれません。

©︎Daisuke Takashige
林業で栄えた歴史を持つこの地の薪を使った薪サウナ。水着(有料)やガウン、サウナハットの貸出もあるので、手ぶらで訪れることができる

©︎Daisuke Takashige
ロウリュはセルフで。ロウリュ用アロマウォーターもある

©︎Daisuke Takashige
自然に包まれる外気浴フィールドは、至福の環境。時間を忘れてくつろぐことができる

広々としたラウンジもサウナ利用者の貸し切り。書棚には奥多摩で活動する『おくたま文庫』が選書した「人の“ふるさと”」をテーマにした書籍。気に入ったら購入することも可能

住所:東京都西多摩郡奥多摩町棚澤1
電話:0428-85-9310 (9:00〜17:00)
休日:火曜・水曜 (祝日の場合は翌日平日)
https://satologue.com/


Photographs:Daisuke Takashige 
Text:NATSUKI SHIGIHARA