Chef’s Table Event初対面だからむしろ良い。「瑞兆」×「ラチュレ」の共演。
9月某日、マカオにてふたりの日本人シェフがコラボレーションイベントを開催。その人物とは、活動の場を日本からマカオに移した「瑞兆」ヘッドシェフの紀之本義則氏と、東京・表参道に「ラチュレ」を構えるオーナーシェフの室田拓人氏である。
紀之本氏は、山代温泉の名旅館「べにや無何有」など、数々の名店で料理長を務めた経歴を持ち、室田氏は、「レストラン タテル ヨシノ」などで研鑽を積んだ実力派。ともに、ミシュランガイドにおいて1つ星を獲得しています。
舞台となる「瑞兆」を内包するのは、「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」。圧巻の建物は、伝統的な中国様式にヨーロッパのエッセンスを融合させ、東洋と西洋の文化を彷彿とさせます。
「私は、意味のあるコラボレーションしかしません」。
これは室田氏の言葉ではありますが、そこには、紀之本氏の想いも含め、ふたりの強い意志が込められていました。
初対面のふたりは、知らないからこそ互いを理解し合い、尊重する心が生まれ、良い緊張感が育まれながら、今回のイベント「シェフズ・テーブル・イベント」の構想はスタートしました。
奇を衒わず、本質を伝える。
中国の特別行政区でありながら、元々はポルトガル領だったマカオは、東洋と西洋の文化が混在しています。食文化においてもそれは反映され、中国料理やポルトガル料理が多く軒を連ねているのが特徴です。
また、観光地としても栄え、タイパ島の官也街「タイパ・ビレッジ」は特に人気。わずか150mほどの細いストリートには、伝統的な菓子やフードを提供するショップが並び、常に賑やか。周辺には「タイパハウス博物館」なども点在しています。その他、鮮やかな建物が建ち並ぶ「石街」では、個性豊かなカフェやショップが軒を連ね、近年、マカオはエキサイティングな地域として国内外から注目を集めているのです。
では、「瑞兆」のような割烹や「ラチュレ」のようなフレンチは、そのような環境で市民権をえているのでしょうか?
「おそらくマカオの中で割烹と謳う和食は瑞兆のみだと思います。フレンチにおいても、室田シェフが手がけるような本格的な料理を提供されているレストランは数えるほどしかございません」と紀之本氏は話します。
つまり、今回のコラボレーションは、この地域にないもの同士の共演でもあるのです。マカオの人々にそれを伝えるだけでも十分意義を感じますが、難しさもあります。それは、味覚の違いでした。
「日本人が食べて美味しいと感じるものが必ずしも、マカオや海外で受け入れられるわけではありません。ウニも食べない、あん肝も食べない、頭の付いた魚は食べないなど、様々なお客様を見てきました。しかし、それは食べる習慣がなかっただけ。マカオでは、ただ料理を提供するだけでなく、料理の背景や文化、なぜこのようにして食べるのかなど、知識とともに提供することが大事だと感じました。今回のコラボレーションにおいても、そのようなプレゼンテーションを採用しました」と紀之本氏。
「ラチュレにも多くのインバウンドのお客様がいらっしゃいますが、そこで感じたことは、日本人の味覚と海外の方々の味覚が異なるという点でした。それは、アジア、欧米など、国や地域によって様々。美味しいと感じるストライクゾーンの違いをどう埋められるのかは、これからの時代、非常に重要。今回、コラボレーションに参加させていただいた理由のひとつは、マカオのお客さまをお迎えし、味をアジャストさせたいと思ったことでした。塩加減、旨味の感じ方、生ものの使い方……。紀之本シェフの技術はもちろん、プレゼンテーションやコミュニケーションの仕方を間近で見ることができたことも良い経験になりました」と室田氏。
ふたりが話す味覚の件は、日本は単一国民、島国文化ゆえ、一過性の味覚がDNAとして刻まれているのかもしれません。しかし、移民なども多い国や地域では、それぞれが異なる食文化で生まれ育っているため、そのゾーンは広い。どうすれば美味しいを届けられるのか。それは頭で考えるよりも行動あるのみ。答えは常に現場にあるのです。
そして、前出、室田氏が語った「良い経験」においては、こうした体験をすることで「特にスタッフにおいて良い経験になる」と言葉を続けます。「フランス料理はチームで作る料理」と話す室田氏は、ベストなチームワークを目指す一方、自身のレストランだけで料理をすることによってスタッフの視野が狭くなることも懸念。こういったイベントの際には同行させ、学びの場を与えているのです。
今回のコラボレーションは、昨今行われるアワードなどのランキング目的ではないため、ゲストにおいては審査員やジャーナリストはいません。「あくまでも、お客様に喜んでいただける本当の割烹と本当のフレンチを提供したい」とふたり。
「瑞兆」と「ラチュレ」がコラボレーションした理由は、実にシンプル。「世界の人に美味しいを届けたい」から。 奇を衒わず、本質を伝える。ただそれだけなのです。
食材に見た質の高さと危機感。
「日本人が手がけるフランス料理をマカオの人はほとんど食べたことがないので、感動していたのが印象的でした」。
これは、日頃見るゲストの表情を知るからこそ、その違いがわかる紀之本氏ならではの感想です。
一方、室田氏も別の角度から違いを見たと言います。それは食材です。
「今回、瑞兆さんが日本から空輸したノドグロを使用したのですが、その質の高さに驚きました。むしろ日本よりも良いのでは?と。そのおかげで、お客様にも満足いただけるような逸品が作れた一方、日本の良質な魚が海外に出てしまう危機感も覚えました」と室田氏。
室田氏は、海と魚を学ぶコミュニティ「Chefs for the Blue」のメンバーのひとりでもあります。神経〆や流通の進化も輸出の加速を手伝いますが、販売価格の問題もあるでしょう。需要と共有のバランスも注視する点です。
「こうした問題も現場にいなければわからないこと。すぐには解決できるものではありませんが、考え続けたいと思います」。
今回、ふたりがコラボレーションするにあたり、テーマがありました。それは、「日本の秋のテロワール」。一般的のように聞こえますが、マカオでそれを表現することは至難の技。なぜなら、日本ほど四季がはっきりしていないからです。
「割烹の醍醐味は、四季の味わいや旬の食材を愉しむことにあると思います。しかし、暑い時期が多いマカオの環境で日本の秋のテロワールを表現することは非常に困難ですが、挑戦したかった。正しい日本の食文化を伝えたかった」と紀之本氏。
かぶの皮を丁寧にむき、日本の秋に咲く花、菊をあしらった「菊花蕪鶏射込み椀」は、日本で供される割烹料理そのもの。同じく秋を代表する果物、柿を使用した「柿の白和え 吹き寄せ盛り」には椎茸や三つ葉を忍ばせ、揚げ銀杏や里芋を添えるなど、質の高いプレゼンテーションに、ゲストはパスポートのいらない日本を体験したに違いありません。
加えて、「瑞兆」のシグネチャーメニューでもある薩摩A5和牛を使用した料理では、日本スタイルとフレンチスタイルで調理。紀之本氏は、キャビアを加え、「薩摩 A5イチボとキャビアの押し寿司」として仕上げ、室田氏は、フォアグラとシャンピニオンデュクセルのムースをパイ包みに。ソースは黒トリュフを使ったソースペリグーで仕上げます。
そして、それぞれの技術と感性が互いを引き立て合ったコラボレーションメニュー、「黒鮑と森のきのこのフリカッセ」では、紀之本氏が三重県産の黒アワビを昆布と日本酒で2時間蒸したあと、室田シェフが白ワイン、キノコ、イノシシのベーコンで作ったソースで合わせ、「松茸炊飯」では、室田氏が作るフレンチのダシで紀之本氏が炊き込みご飯を作るなど、双方、絶妙なバランスでひと皿にまとまり、オリジナリティも豊か。
ふたりの日本人シェフが作る、日本の味で構成されたコースは、見事にマカオのゲストの美味しいにアジャストしました。
マカオにいるからこそ伝えたい。国内にいると気付かない日本の価値。
海外で活躍する紀之本氏。そして、今回、海外を舞台にクリエイションした室田氏。それぞれ、国外に身を置くからこそ、世界との目線合わせや日本への気付きがあると言います。
「海外に行くと改めて思うのは、日本は色々なものが食べられる美食の国。レストランという環境以外においても美味しいものにあふれています。一方、便利になり過ぎている現代において、昔からある食文化や郷土料理がなくなり始めているようにも思えます。また、サスティナブルという点においてもまだまだ日本は遅れを取っている。日本人よりも海外の人の方が日本の文化に詳しいこともあるため、当たり前のようにある日本の価値に再発見させられることもあります。もっと勉強しなければいけないと思いました」と室田氏。
「マカオで日本料理といえば、寿司、天ぷら、鉄板焼きなどの印象を持つ人が未だ多く、割烹の意味を理解できる人はまだまだ少ないです。詫び錆び、情緒、おもてなしなど、食を通して、日本の文化と一緒に伝えたい。マカオは国柄、中国料理は多く、その技術はテクニックが長けている一方、味は濃く、やや大ぶり。日本料理の繊細さとは対局の食文化ですが、だからこそ、伝えたい」と紀之本氏。
今回のコラボレーションを通して、それぞれ多くの学びを吸収したふたり。進化、もとい深化した「瑞兆」と「ラチュレ」に、今後、期待が高まると同時に、2度目のコラボレーションを切望したい。
住所:住所:Rua do Tiro, Cotai, Macau
https://www.grandlisboapalace.com/en
TEL:+853-8881-1330
住所:Shop 302, Level3, THE KARL LAGERFELD MACAU
https://www.grandlisboapalace.com/en/restaurants-n-bars/zuicho
TEL:03-6450-5297
住所:東京都渋谷区渋谷2-2-2 青山ルカビルB1F
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