異国での挑戦。ふたりの日本人シェフが伝えたい、本当の日本の味。

9月6日〜8日の3日間、「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」にて行われた「シェフズ・テーブル・イベント」。東京・表参道にあるフレンチ「ラチュレ」オーナーシェフの室田拓人氏(左)と「瑞兆」ヘッドシェフの紀之本義則氏(右)は、初共演ながら、阿吽の呼吸でゲストを魅了。

Chef’s Table Event初対面だからむしろ良い。「瑞兆」×「ラチュレ」の共演。

9月某日、マカオにてふたりの日本人シェフがコラボレーションイベントを開催。その人物とは、活動の場を日本からマカオに移した「瑞兆」ヘッドシェフの紀之本義則氏と、東京・表参道に「ラチュレ」を構えるオーナーシェフの室田拓人氏である。

紀之本氏は、山代温泉の名旅館「べにや無何有」など、数々の名店で料理長を務めた経歴を持ち、室田氏は、「レストラン タテル ヨシノ」などで研鑽を積んだ実力派。ともに、ミシュランガイドにおいて1つ星を獲得しています。

舞台となる「瑞兆」を内包するのは、「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」。圧巻の建物は、伝統的な中国様式にヨーロッパのエッセンスを融合させ、東洋と西洋の文化を彷彿とさせます。

「私は、意味のあるコラボレーションしかしません」。

これは室田氏の言葉ではありますが、そこには、紀之本氏の想いも含め、ふたりの強い意志が込められていました。

初対面のふたりは、知らないからこそ互いを理解し合い、尊重する心が生まれ、良い緊張感が育まれながら、今回のイベント「シェフズ・テーブル・イベント」の構想はスタートしました。

「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」3階に位置する「瑞兆」。本格的な日本の割烹料理を提供し、料理人とお客様の交流を重視。350年の樹齢があるヒノキから作られ、空間においても上質な日本にこだわる。

5つ星の「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」には、世界初の「ザ・カール・ラガーフェルド・マカオ」、アジア初の「パラッツォ・ヴェルサーチェ・マカオ」も併設。まるで城のような佇まいで感動的な風景を形成する。

ホテルの内装もゴージャス。ただ空間に身を置くだけで高揚感にあふれる。

約1,900室の客室とスイートルームを完備。観光はもちろん、ビジネスにも最適なホテルとして人気を博す。

タイパ島の官也街「タイパ・ビレッジ」周辺には、ポルトガル式のコロニアル建築が目を引く「タイパ・ハウスミュージアム」(左)も。カラフルな「石街」(右)には、ローカルグルメやカフェ、バーなどが軒を連ねる。マカオに訪れたならば、観光も存分に堪能したい。

奇を衒わず、本質を伝える。

中国の特別行政区でありながら、元々はポルトガル領だったマカオは、東洋と西洋の文化が混在しています。食文化においてもそれは反映され、中国料理やポルトガル料理が多く軒を連ねているのが特徴です。

また、観光地としても栄え、タイパ島の官也街「タイパ・ビレッジ」は特に人気。わずか150mほどの細いストリートには、伝統的な菓子やフードを提供するショップが並び、常に賑やか。周辺には「タイパハウス博物館」なども点在しています。その他、鮮やかな建物が建ち並ぶ「石街」では、個性豊かなカフェやショップが軒を連ね、近年、マカオはエキサイティングな地域として国内外から注目を集めているのです。

では、「瑞兆」のような割烹や「ラチュレ」のようなフレンチは、そのような環境で市民権をえているのでしょうか?

「おそらくマカオの中で割烹と謳う和食は瑞兆のみだと思います。フレンチにおいても、室田シェフが手がけるような本格的な料理を提供されているレストランは数えるほどしかございません」と紀之本氏は話します。

つまり、今回のコラボレーションは、この地域にないもの同士の共演でもあるのです。マカオの人々にそれを伝えるだけでも十分意義を感じますが、難しさもあります。それは、味覚の違いでした。

「日本人が食べて美味しいと感じるものが必ずしも、マカオや海外で受け入れられるわけではありません。ウニも食べない、あん肝も食べない、頭の付いた魚は食べないなど、様々なお客様を見てきました。しかし、それは食べる習慣がなかっただけ。マカオでは、ただ料理を提供するだけでなく、料理の背景や文化、なぜこのようにして食べるのかなど、知識とともに提供することが大事だと感じました。今回のコラボレーションにおいても、そのようなプレゼンテーションを採用しました」と紀之本氏。

「ラチュレにも多くのインバウンドのお客様がいらっしゃいますが、そこで感じたことは、日本人の味覚と海外の方々の味覚が異なるという点でした。それは、アジア、欧米など、国や地域によって様々。美味しいと感じるストライクゾーンの違いをどう埋められるのかは、これからの時代、非常に重要。今回、コラボレーションに参加させていただいた理由のひとつは、マカオのお客さまをお迎えし、味をアジャストさせたいと思ったことでした。塩加減、旨味の感じ方、生ものの使い方……。紀之本シェフの技術はもちろん、プレゼンテーションやコミュニケーションの仕方を間近で見ることができたことも良い経験になりました」と室田氏。

ふたりが話す味覚の件は、日本は単一国民、島国文化ゆえ、一過性の味覚がDNAとして刻まれているのかもしれません。しかし、移民なども多い国や地域では、それぞれが異なる食文化で生まれ育っているため、そのゾーンは広い。どうすれば美味しいを届けられるのか。それは頭で考えるよりも行動あるのみ。答えは常に現場にあるのです。

そして、前出、室田氏が語った「良い経験」においては、こうした体験をすることで「特にスタッフにおいて良い経験になる」と言葉を続けます。「フランス料理はチームで作る料理」と話す室田氏は、ベストなチームワークを目指す一方、自身のレストランだけで料理をすることによってスタッフの視野が狭くなることも懸念。こういったイベントの際には同行させ、学びの場を与えているのです。

今回のコラボレーションは、昨今行われるアワードなどのランキング目的ではないため、ゲストにおいては審査員やジャーナリストはいません。「あくまでも、お客様に喜んでいただける本当の割烹と本当のフレンチを提供したい」とふたり。

「瑞兆」と「ラチュレ」がコラボレーションした理由は、実にシンプル。「世界の人に美味しいを届けたい」から。 奇を衒わず、本質を伝える。ただそれだけなのです。

今回のコラボレーションにおいて、ふたりが特にこだわったことは、マカオの人々が美味しいと感じる味の塩梅。味覚のゾーンを探る作業は、文化や歴史を学ぶところから始まるため、奥が深い。

コースの前半で供された前菜2種、「柿の白和え 吹寄せ盛り」(左)と「菊花蕪鶏射込み椀」(右)は「瑞兆」作。日本の秋の代表的な果物・柿に、椎茸、三つ葉や自家製のお豆腐ソースで和え、柿の中に盛り付け。トップには揚げ銀杏や揚げ里芋を飾り付ける。また、かぶの皮をむき、手で一つひとつ菊の花の模様を彫るお椀も秋の情緒を感じる。鶏肉のメンチを入れた後、鶏肉とかつお節で取ったダシでじっくり煮込み、最後は、和食を伝統的な作法として、お椀の蓋に霧吹きし、ゲストに提供。

日本の食材をフレンチの調理法で表現した「鰹藁焼き 秋野菜のコンディマン」は「ラチュレ」作。藁で秋のカツオを燻製し、わかめ、新生姜のジェリー、花穂じそなどの秋野菜に合わせる。トマトのスープ、かつお節とローズマリーオイルで仕上げたソースとともに。

食材に見た質の高さと危機感。

「日本人が手がけるフランス料理をマカオの人はほとんど食べたことがないので、感動していたのが印象的でした」。

これは、日頃見るゲストの表情を知るからこそ、その違いがわかる紀之本氏ならではの感想です。

一方、室田氏も別の角度から違いを見たと言います。それは食材です。

「今回、瑞兆さんが日本から空輸したノドグロを使用したのですが、その質の高さに驚きました。むしろ日本よりも良いのでは?と。そのおかげで、お客様にも満足いただけるような逸品が作れた一方、日本の良質な魚が海外に出てしまう危機感も覚えました」と室田氏。

室田氏は、海と魚を学ぶコミュニティ「Chefs for the Blue」のメンバーのひとりでもあります。神経〆や流通の進化も輸出の加速を手伝いますが、販売価格の問題もあるでしょう。需要と共有のバランスも注視する点です。

「こうした問題も現場にいなければわからないこと。すぐには解決できるものではありませんが、考え続けたいと思います」。

今回、ふたりがコラボレーションするにあたり、テーマがありました。それは、「日本の秋のテロワール」。一般的のように聞こえますが、マカオでそれを表現することは至難の技。なぜなら、日本ほど四季がはっきりしていないからです。

「割烹の醍醐味は、四季の味わいや旬の食材を愉しむことにあると思います。しかし、暑い時期が多いマカオの環境で日本の秋のテロワールを表現することは非常に困難ですが、挑戦したかった。正しい日本の食文化を伝えたかった」と紀之本氏。

かぶの皮を丁寧にむき、日本の秋に咲く花、菊をあしらった「菊花蕪鶏射込み椀」は、日本で供される割烹料理そのもの。同じく秋を代表する果物、柿を使用した「柿の白和え 吹き寄せ盛り」には椎茸や三つ葉を忍ばせ、揚げ銀杏や里芋を添えるなど、質の高いプレゼンテーションに、ゲストはパスポートのいらない日本を体験したに違いありません。

加えて、「瑞兆」のシグネチャーメニューでもある薩摩A5和牛を使用した料理では、日本スタイルとフレンチスタイルで調理。紀之本氏は、キャビアを加え、「薩摩 A5イチボとキャビアの押し寿司」として仕上げ、室田氏は、フォアグラとシャンピニオンデュクセルのムースをパイ包みに。ソースは黒トリュフを使ったソースペリグーで仕上げます。

そして、それぞれの技術と感性が互いを引き立て合ったコラボレーションメニュー、「黒鮑と森のきのこのフリカッセ」では、紀之本氏が三重県産の黒アワビを昆布と日本酒で2時間蒸したあと、室田シェフが白ワイン、キノコ、イノシシのベーコンで作ったソースで合わせ、「松茸炊飯」では、室田氏が作るフレンチのダシで紀之本氏が炊き込みご飯を作るなど、双方、絶妙なバランスでひと皿にまとまり、オリジナリティも豊か。

ふたりの日本人シェフが作る、日本の味で構成されたコースは、見事にマカオのゲストの美味しいにアジャストしました。

今回、提供されたメニューは全11品で構成。うち、2品は「瑞兆」と「ラチュレ」のコラボレーションメニュー。

はまぐり、秋野菜、パセリとバターで作ったスープの上に、軽く皮をあぶったのどぐろを載せた「のどぐろ初秋のスープ仕立て」(左)は、「ラチュレ」作。そして、「のどぐろ煎り米焼き 雲丹ソース」(右)は、「瑞兆」作。炭火でのどぐろを焼き、上に揚げた稲穂を加え、ぱりぱりな食感を与える。北海道のバフンウニと醬油で作ったソースなど、日本の食材をふんだんに使用。ともに、のどぐろは石川県産のもの。

「瑞兆」のシグネチャーメニューである薩摩A5和牛の料理を「薩摩 A5イチボとキャビアの押し寿司」としてアレンジ。軽く炙った薩摩A5和牛のランプとキャビアを酢飯に乗せ、花穂じそ飾り付け。

「薩摩 A5牛肉のウィリントン風ソースペリグリー」は「ラチュレ」作。室田氏は、「瑞兆」の定番である薩摩A5和牛ロースに、フォアグラとシャンピニオンデュクセルのムースをパイ包みに。ソースは黒トリュフを使ったソースペリグー。

今回、「瑞兆」と「ラチュレ」がコラボレーションしたメニューはふたつ。そのうちのひとつ、「黒鮑と森のきのこのフリカッセ」。紀之本氏は三重県産の黒アワビを昆布と日本酒で2時間蒸し、室田シェフが白ワイン、キノコ、イノシシのベーコンで作ったソースに合わせる。トップにはキノコのパリパリなチュイルを盛り付け。また、秋の落ち葉を踏んだ時の音を体感させるため、揚げた春巻きの皮を入れた演出は、山で狩りもする室田氏の発案。

ふたつ目の「瑞兆」と「ラチュレ」のコラボレーションメニュー「松茸炊飯」。和風の炊き込みごはんをフレンチのダシで炊き込み、マツタケなど、秋の食材を採用。まずはそのまま食し、その後、ダシと薬味を入れ、お茶漬けに。

マカオにいるからこそ伝えたい。国内にいると気付かない日本の価値。

海外で活躍する紀之本氏。そして、今回、海外を舞台にクリエイションした室田氏。それぞれ、国外に身を置くからこそ、世界との目線合わせや日本への気付きがあると言います。

「海外に行くと改めて思うのは、日本は色々なものが食べられる美食の国。レストランという環境以外においても美味しいものにあふれています。一方、便利になり過ぎている現代において、昔からある食文化や郷土料理がなくなり始めているようにも思えます。また、サスティナブルという点においてもまだまだ日本は遅れを取っている。日本人よりも海外の人の方が日本の文化に詳しいこともあるため、当たり前のようにある日本の価値に再発見させられることもあります。もっと勉強しなければいけないと思いました」と室田氏。

「マカオで日本料理といえば、寿司、天ぷら、鉄板焼きなどの印象を持つ人が未だ多く、割烹の意味を理解できる人はまだまだ少ないです。詫び錆び、情緒、おもてなしなど、食を通して、日本の文化と一緒に伝えたい。マカオは国柄、中国料理は多く、その技術はテクニックが長けている一方、味は濃く、やや大ぶり。日本料理の繊細さとは対局の食文化ですが、だからこそ、伝えたい」と紀之本氏。

今回のコラボレーションを通して、それぞれ多くの学びを吸収したふたり。進化、もとい深化した「瑞兆」と「ラチュレ」に、今後、期待が高まると同時に、2度目のコラボレーションを切望したい。

住所:住所:Rua do Tiro, Cotai, Macau
https://www.grandlisboapalace.com/en

TEL:+853-8881-1330
住所:Shop 302, Level3, THE KARL LAGERFELD MACAU
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