文化は趣味の世界ではない。「ほんまもん」を伝え続けるために。

「Ritsurin Chaji」の亭主を務めた老舗料亭「二蝶」代表の山本亘氏。「料亭も茶事もトータルで日本文化。失われつつある、元来の日本を残したいと思っています」。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremonyずっと栗林公園を世界に広めたかった。

高松の老舗料亭「二蝶」が特別名勝「栗林公園」(以下、栗林公園)の掬月亭と日暮亭の管理を担うことになったのは、2019年のこと。その直後、新型コロナウイルスが世界に難局をもたらしました。

「掬月亭では、香川三大茶会のひとつ、蓮見茶会が毎年行われていましたが、2020年夏、コロナ禍に見舞われ、初めて延期を余儀なくされました。以降、その代わりに何かできないかと、始めたのが芙蓉茶会でした。しかし、参加できるお客様は日本人に限るため、外国人の皆様にも茶事や栗林公園を広めたいという想いが常にありました。何かかたちにできないかと、色々試みたのですが、実現には至らず、そんな時にご縁をいただいたのがRitsurin Chajiでした。自分にとっては、まさに渡りに船。素晴らしい経験をさせていただきました」。

この言葉の主は、老舗料亭「二蝶」代表、山本亘氏。「Ritsurin Chaji」への参画のきっかけと、それ以前の想いをそう振り返ります。

「Ritsurin Chaji」のゲストは外国人が多数。本物の日本文化を体験してほしい亭主と本物の日本文化を体験したいゲストは、すぐに国境の壁を超え、心地良い時間を紡いでゆきます。

「非常に印象的だったのは、解説を熱心に聞いてくださり、学びへの向上心が高かったことでした。お客様も真剣ゆえ、自分も真剣勝負。ですが、気さくな皆様だったゆえ、楽しくお伝えすることができました。一番楽しまれていたのは、アレックスさんのようにも見えましたが(笑)」。

本物の日本とその文化度の高さを外国人へ伝えるのは至難の業。なぜなら、日本人ですらそれを理解している人が少ないから。今回、見事に成せたのは、山本氏が持つ知識とアレックス氏の知識が絶妙に結実し、亭主とガイドの機能が阿吽の呼吸で歯車が噛み合ったことにあります。

そして、何よりゲストを感動させたのは、掬月亭にて行われた茶事の体験でした。

「日本人だからといって、日本の文化を理解できるとは限らないと思っています。海外の人も含め、文化に興味のある皆様に体験いただきたい」と亘氏。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony無意識に意識を向ける。何となく、いい感じに。

今回、食事を手がけたのは、「二蝶」料理長、山本 蓮氏。向附、汁、椀物、焼き物、強肴、進肴、香の物の7品で構成された内容は、ヴィーガンスタイル。

「ヴィーガンの取り組みをしてから約一年になります。ヴィーガンといえば、味が薄かったり、お腹いっぱいにならなかったりする印象があると思いますが、自分が意識しているのは、これがヴィーガンだったら、毎日でも食べたいと思える料理。満足感は意識しています」。

確かに、料理に物足りなさを感じることはない。むしろ、蓮氏の言う通り、食後は満足感に満たされる。その理由を紐解いてみようと思うと、「自分の料理は雰囲気なんですよね。何となく、いい感じに」。

雰囲気……、何となく、いい感じに……。なるほど。

しかし、この発言は、決してふわりとしたものではなく、無意識に意識を向けた料理を構築する上での感性だと考えます。

「例えば、ラーメンは、スープや麺がフォーカスされると思います。ですが、自分は、ネギや海苔などが実は味の決め手なんじゃないかと考えるんです。当たり前のように丼に添えてあり、何となく、いい感じにまとまっているように見えますが、その何となくが、結構重要なんじゃないかなと」。

そこでヒントになったのが胡椒。ラーメン然り、ある日、家族がクリームチーズに何となく、胡椒を降って食べているのを見て、これは白和えにも合うのでは!?と閃き、実験。今回、提供された、向附の柿、無花果、栗の白和えには、ブラックペッパーを少々効かせ、アクセントに。ゲストを感動させたひと皿でもあります。また、香りにおいてもセオリーを覆します。

古典的な料理は、季節によって旬のものを一連の流れで採用します。例えば、ゆずの時季になれば、先付けもゆず、焼き物もゆず、炊き合わせもゆず。流れとしては、概念通り。しかし、今回は、料理ごとに香りも変化。これにおいても、「何となく、その方が、いい感じになるかなと」。

実は、蓮氏は、フレンチのシェフでした。その後、実家である「二蝶」に戻り、料理長に。一変したスタイルのように見えますが、「フランス料理と日本料理は、技法が似ている」と話します。そして、「フランス料理でヴィーガンをやろうと思うと難しい。ですが、日本料理は相性が良い」と言葉を続けます。精進料理はその好例と言って良いでしょう。全てにおいて、柔軟な見解が、いい感じに作用します。

「蓮に任せてからは、自分は料理に関与していません。むしろ、調理場にすら入らない。自分のレシピも一切ありません」と亘氏。

これまで、何となく、いい感じに、を連呼してきた蓮氏ですが、この3つは、はっきりと答えていました。

「お茶の料理であること」、「基礎は父の料理」、そして、「僕は二蝶が好き」。

「二蝶」の由来は、二百余名の芸妓衆が活躍する「さぬき芸どころ」と言われていた時代、その雅なる往時の芸妓「二蝶」の名を受け継ぎ、その屋号は、ふたつの蝶が上へ上へ舞い上がる様、隆盛を願い、名付けられました。(二蝶HPより、一部抜粋)

「Ritsurin Chaji」で紡がれた時間は、まさに二蝶が舞うファンタジー。

茶事の際、床の間に活けられていたのは、枯れた蓮の花。これは、数年前に北庭に咲いた花を干したもの。

「今回、周遊できなかった北庭の雰囲気を少しだけでも感じていただければ」と亘氏。語られたのはそこまででしたが、子への愛も込められているのではないでしょうか。

料理は一変しても、精神は不変。

変化は時に恐怖であり、ましてや、客商売となれば、今まで足を運んでくれたお客様が来なくなるのでは、という不安も付きまといます。ゆえに、躊躇してしまいますが、継いだら任せる「二蝶」たるこの潔さ。きっとそれは家族だから決断できたのかもしれません。そして、家族だから何も怖くない。

7品で構成された今回の料理は全てヴィーガンスタイル。手がけたのは、老舗料亭「二蝶」料理長の山本蓮氏。柿、無花果、栗、白和え、ブラックペッパーの向附、小芋、黒胡麻、辛子の汁、ごはんから会が始まる。

飛龍頭、菊花、やまふしたけ、隠元の椀物。「自分のヴィーガンは、雰囲気。何となく、いい感じに」と蓮氏。

大トロ茄子の蒲焼の焼き物。蓮氏が「満足感を意識している」と語るよう、物足りなさは一切ない。加えて、翌日の体がすこぶる調子が良いのも特徴。

松茸、蓮餠、伏見唐辛子、刻み茗荷の強肴。「基本の出汁は全て同じ」。蓮氏は、それを理屈ではなく感覚=感性で料理を構築していく。

蒟蒻、薄揚げ、胡瓜、焼しめじ、モロッコ隠元、ぬた和え、芽紫蘇の進肴。「料理はレシピじゃない。美味しかったらそれで良い」と蓮氏の料理に対し、亘氏は言葉を添える。かく言う亘氏もまた、レシピを持たなかった。

沢庵、胡瓜、茄子の香の物。上記、進肴と香の物は、大きな鉢は器に盛り付けられ、
ゲストは、それを順番に取り分けていただく。

お酒の器も秀逸。料理も茶事も含め、器の存在が宴に彩りを添える。

掬月に見立てられた中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句の掛け軸はアレックス氏が用意。一年干した蓮の花は亘氏が活けたもの。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony「二蝶」代表、山本亘が伝えたかった「ほんまもん」。

「Ritsurin Chaji」で伝えたかったことは、観光ではなく、文化体験。「本物の日本」です。

「文化という点では、高松は空襲にあった場所なので、お城も天守閣も、戦前の建物は、ほぼ残っていません。その中で奇跡的に残った場所は栗林公園です。だからこそ、栗林公園の魅力を伝えたかった。栗林公園でやりたかった」。

栗林公園は、讃岐国(現・香川県)を治めた生駒家に始まり、その領地を継承した高松藩の領主、高松松平家の下屋敷でしたそして、1868年まで200年以上にわたり、松平家によって維持されてきました。

「掬月亭はお殿様の散歩コースだったと言われています。ゆえに色々なところへの気遣いもそこかしこに潜んでいます。そんな掬月亭を“ほんまもん”の使い方をしてRitsurin Chajiをやりたかった」。

掬月の間は、床の間のある部屋(一の間)と、南湖に迫り出したお部屋(二の間)の2部屋が繋がっています。本来、ふたつ並ぶお部屋の場合は床の間のある方が格が高いとされますが、掬月の間は、床の間のある側(一の間)に比べて南湖側(二の間)の天井をより豪華にし、格を上げることによって両部屋を同格にしています。どちらに座しても平等にすることで、席にこだわらず自由に楽しめる空間設計としています。(栗林公園HPより、一部抜粋)

掬月の間の奥には茶室もございます。武家屋敷には珍しく、挿床(さしどこ)を採用しています。床に向かって桟が入っているため、刺されるイメージがあり、極めて珍しい造りだと思います。ゆったりしているように見え、実は、その空間だけは生死を考える場所だったのかもしれません。それ以外にも、にじり口は部屋に設けるのが一般的ですが、横に設けられています。一般的には刀を持って入れないように小さくしていますが、ここは一回り大きく、刀を持って入れます。ほんまもんは、語りつくせないほどある。つまり、深いということがほんまもんの証。自分たちは、まだ先人たちから教えられたことしか知識にない。しかし、その先にある精神論や哲学を読み解き、学び、時代背景から逸れることなく、現代で表すならば、どういうことなのかを理解し、伝えていきたいです」。

本当の日本を享受するには、知識と教養は必須。つまり、ゲストの努力も求められます。

このような歴史への知見も然り、例えば、料理に合わせられた器は、日本、中国をはじめ、国や地域、時代も含め、多種多様。造りにおいても、赤絵、刷毛目、染付、焼締……。さらには、質素なお茶の料理だからこそ器は華やかに、薄暗い空間だからこそ、色味は派手になど、全て、ひとつ一つ理由があり、日本の美意識が宿ります。そんな感受性もまた必須。

もちろん、それを解説するための亭主とガイドですが、一度で理解できるほど、「ほんまもん」は容易い世界ではありません。

「意味を理解しなければ、価値も伝わりません。自分は建物も文化も人も守りたい」。

「掬月亭は、お殿様の散歩コースでゆっくりするところ。きっと政治の話もしなかったでしょう。空間の細部にも色々な気遣いが施されています。理想は、当時の使い方と同じように、現代においても“ほんまもん”の使い方をさせていただき、それえを伝えていきたい。そして、守り続けたい」と亘氏。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony国や人種は関係ない。価値観でつながるこれから。

「実は、掬月亭には、こんなデータがあるんです。栗林公園の来園者数に対し、掬月亭の来亭者数は1割にも満ちません。来園者の26%は外国人なのですが、そこからの来亭者数は50%を超えているんです。グローバルな現代において、日本の文化を日本人が理解できるとは限りませんし、むしろ、外国人だから理解できることもある。栗林公園の魅力は、文化に興味のある人に伝えたい。それを実現させるためには、自分たちも変わるべきところがあると思っています。今回のように、外の方々とやることによって、この場所の可能性を多分に感じることができました」。

実は、亘氏は福井出身。元々は外の人なのです。「高松に住んで約25年。未だに入り込めない世界もあります」。しかし、「栗林公園」の歴史を振り返れば、松平家も余所者であり、香川を代表する人物、流 政之やジョージ・ナカシマ、イサム・ノグチという偉人もまた余所者。多種多様な「ほんまもん」の集積が、総合的な文化を生むのでしょう。

「Ritsurin Chajiを分岐点に、これから変化していきたいと思います。地元だけで考えると、どうしても内に向けた思考になってしましますが、外に向けた思考も大切だと思います。多くの日本人にも来ていただきたいですが、文化や歴史などを重んじる価値観がある人とつながりたい。そこには、国や人種は関係ないと思っています」。

いずれにしても全て一筋縄にはいかないテーマ。しかし、これは「栗林公園」に限った話ではありません。文化は趣味の世界ではない。日本の課題として、重く受け止めたい。

会場:特別名勝 栗林公園
住所:香川県高松市栗林町1-20-16
日程:2024年10月6日(日)、7日(月)、8日(火)、9日(水)
時間:各日15:00〜20:30
料金:220,000円
主催:ONESTORY
共催:香川県
後援:公益社団法人 香川県観光協会
協力:中西珍松園


Photographs:MIKUTO TANAKA
Text:YUICHI KURAMOCHI

言葉ではなく、文化の通訳。本物の日本を語れるガイドの必須。

「今回は、本物を体験してほしかった。文化を過去のものにしてほしくない」とアレックス氏。それを伝えるためには、「まずは自身が学び、自身の言葉で語れることが必要」と言葉を続ける。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony体験だけでは補えない、アレックス・カーの力。

「Ritsurin Chaji」のガイドを担った東洋文化研究家兼作家のアレックス・カー氏。実は、アレックス氏が「特別名勝 栗林公園」(以下、栗林公園)を最初に訪れたのは、50年以上も前のこと。若かりしころ、徳島の祖谷に巡り合い、築300年以上の古民家を購入したことがきっかけでした。

「初めて栗林公園に訪れたのは1971年。当時は、本州と四国を結ぶ橋がなく、岡山の宇野港から連絡船で訪れるしか手段がありませんでした。それで祖谷に向かう途中、香川を経由し、栗林公園にも足を運んでいました。昔は、動物園もあったんですよ。以前から庭の雰囲気はとても素晴らしかったですが、今の方がより素晴らしい。その理由をRitsurin Chajiで理解できました。庭師の技術の賜物ですね」。

今回の目的は、「本物の日本を伝えること」。レセプションでは、人間国宝でもある漆芸家の山下義人氏のレクチャー、茶事は、老舗料亭「二蝶」、そして、舞台は、「栗林公園」。全て本物の日本を体現しているため、一見、申し分ないように見えますが、要慎しなければいけないのが、伝え方です。

難儀なテーマはもちろん、今回の目的を補足すると、その対象を外国人に置いたことも手伝います。しかし、1億2,156万1,801人(2024年1月1日現在・総務省HPより)いる全国の日本人の中でも「本物の日本」を知る人は少ないでしょう。それほどまでに、「本物」という言葉の奥は深い。

アレックス氏においては、日本人より日本の文化、歴史、伝統の知見に長けていることも適任理由のひとつですが、直訳ではなく、翻訳でもなく、通訳に長けていることも特筆すべき点。「Ritsurin Chaji」は、限られた日にちで少人数制で行われたため、むしろ、通訳も超えた、ひとり一人に合わせたオートクチュールなガイドを披露してくれました。

体験だけでは補えない、アレックス・カーという存在がリンクしたからこそ、「Ritsurin Chaji」は成立したと言っても過言ではありません。

今回、ゲストには多くの人と出会っていただき、言葉を交わす場も用意。「栗林公園」の庭師、漆作家、茶人……。アレックス氏は、彼らの話をそのまま翻訳するのではなく、言葉の奥に潜む本質を読み解き、言語化する。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony本物には全てにおいて理由がある。事実を伝えるだけでは、ガイドは務まらない。

これは、アレックス氏の言葉です。

「日本のガイドの多くは、ファクトを語るガイド。ですが、それはインターネットを検索すれば、どこにでもある情報です。もちろん、それで満足されるゲストもいると思いますが、よりディープな日本を知りたい人には、その人の性格やルーツを探りながら伝えることが必要だと考えます。これは、言葉の通訳ではなく、文化の通訳」。

「Ritsurin Chaji」に参加したゲストの特性は、国や人種も様々だったこと。アメリカ、セネガル、トルコ、カナダ、コロンビア……。唯一の共通点は、日本の文化を知りたい、学びたいという、向上心の高さでした。それに対して、アレックス氏は、ひとり一人、ひとつ一つ、丁寧にコミュニケーションしていきます。そして、もうひとつ、アレックス氏のガイドの特徴は、不足を補うことです。

「今回、二蝶の山本さんが亭主を勤めてくれましたが、料理もお茶もとても素晴らしかったです。そして、山本さんは、ゲストを喜ばせることに心を尽くし、難しいとされる茶事の間口を広げ、わかりやすく、丁寧に、解説してくれました。しかし、山本さんにとっては当たり前のことでも、ゲストにとっては知らないことが多く、その不足した箇所を補ってあげることによって、ゲストの理解は深まります」。

例えば、掬月亭で行われた茶事の際、山本氏より千宗旦の茶杓のお話がありました。しかし、アレックス氏は、千宗旦を説明するには、まず祖父である千利休のことをゲストに教えるべきと判断。山本氏の解説を通訳する際に、それらの情報もスマートに補足し、通訳。これは、不足した情報を補っただけにあらず。アレックス氏の豊富な知識とゲストに向けた観察力が長けているからこそ成せたガイド力、いや、人間力。

それ以外にも、庭園を周遊の際、ゲストには引き絵の風景と寄り絵の松をじっくりと眺めてもらい、解説だけでなく、見る時間も設けました。全てに語るべき背景があったことはもちろんですが、実は夜に向けての布石の効果も配慮。掬月の間で行われた食事の空間は、薄暗く、小さな灯のみ。内と外の境界線でもある襖を開けるも、当然、周囲は闇。だからこそ、日中、目に焼き付けた景色が功を奏するのです。

「ゲストは、松の景色を体験しているからこそ、闇に潜む見えない景色を想像することができます。見えないものに心を寄せ、趣を享受する情緒は、日本らしい奥深さを感じる精神だと思いますし、日本らしい美意識」。

実際、侘び茶は狭い小屋でやるため、日中であっても外の景色は見せません。薄暗い中で行う文化というスタイルもまた、アレックス氏はゲストに補足します。そのほか、掛け軸、生け花、作法、器、食べ方……。しかし、時にゲストは間違った行為をしてしまうことも。この日は、湿度も気温も高く、食前に用意したセンスで扇いでしまったゲストには、「これは扇ぐものではありませんので、亭主に団扇を借りましょう」と、優しく伝えます。

「今後、もしゲストがこのような場を経験する機会があれば、きっと自ら注視すべき点がわかるでしょう。今回、間違えてしまった作法でさえ、改善していると思います。なぜこの手順なのか、なぜこの味付けなのか、なぜこの演出なのか……。全てにおいて理由はあります。自分が大切にしなければいけないことは、その意味を理解してもらうガイドを務めることです」。

今回、ゲストは多くの学びを得たでしょう。しかし、彼らは茶人になるわけではありません。
アレックス氏は、「Ritsurin Chaji」を体験したゲストに対し、こんな想いを残しました。

「本物の客になってもらいたい」。

庭園内を周遊する際も、歴史を伝えるだけでなく、なぜそうなったか。その理由は何かなど、ファクトにはない背景や、それに重ねて自身の感想、想いも含め、通訳する。それが成せるのは、膨大な知識を備えているがゆえ。

盆栽のどこに日本人が美意識を宿るかなど、外国人だからこそ注視するポイントは、日本人にはない視点。

「器の時間、料理の時間、食材の時間、体験の時間、その時間にこそ価値がある。しかし、それらを学ぶこともまた時間がかかります」とアレックス氏。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony本物は、長い時間をかけるからこそ生まれる。

今回、「Ritsurin Chaji」の体験時間は、約6時間。一見、長いように見えますが、本来は全く足りません。

「日本の伝統芸能はもちろん、オペラやオーケストラなど、歴史ある様々な文化を体験する時間は、全てにおいてスローダウン。ゆっくり、ゆっくり、時間をかけ、それをディープに体験します。今回、お話を伺った人間国宝の漆芸家、山下さんもそうですよね。一回塗って0.03mm。100回塗って、ようやく3mm。途方にくれる作業です。美しいものは、それだけ時間をかけないと生まれない。だから時間をかけても本物は生き残るのです」。

今回、食事や茶事の際に用意された器はその好例。天正や万治から明まで。国や時代を超えても今なお残り続けたものとの邂逅体験を山本氏が果たしてくれました。しかし、どれだけ本物のものがあったとしても、歴史からその姿を失ってしまう不運も。それは、正しい人の手に渡らなかったこと。

実は、食事をいただく空間にあった掛け軸、「望美人兮天一方」は、アレックス氏が用意したもの。中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句であり、園内を周遊する際、ゲストとともに望んだ赤壁の名の由来と言われています。このような演出もまた、アレックス氏らしい仕掛けであり、おもてなしの心。

歴史的価値を持つものが次世代に継げるか否かは、いつの時代においても、その所持者次第。継いだものは、正しい人の手に継ぐことも使命なのです。

人間国宝でもある漆芸家の山下義人氏をゲストに招いた場では、日本の匠に外国人ゲストは興味津々。その興味がどこに向いているのか、何を伝えたら喜ぶのかなど、相手の気持ちも汲み取る才もアレックス氏は際立つ。伝えたいことと知りたいこと、両者は必ずしもイコールではない。

経験豊富なアレックス氏でさえ、「今回の茶事では初めての体験や学ぶべきことが多かったです」と話す。日毎、「今日も勉強になりました」と、亭主を務めた高松の老舗料亭「二蝶」代表の山本亘氏に声をかけていたのが印象的だった。

アレックス氏が見立てた掛け軸は、中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句。日中に庭園散策をした際の赤壁と結実するそれに対し、アレックス氏からの説明はない。必ずしも全てを伝えることがガイドではないのかもしれない。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremonyアレックス・カーとともに、価格と価値について考える。

実は今回、アレックス氏にとっても多くの学びを得たと言います。

「食事の際、ごはんが3回出てきます。最初は炊きたてすぐ、次は少し水分を吸ったもの、最後は、しっかり炊き上がったもの。この経験をしたことはありましたが、その意味は知りませんでした。理由を知った時、自分自身もその体験に価値を感じました」。

今回行われた「Ritsurin Chaji」は、「非常にバランスが良かった」とアレックス氏は振り返ります。

「フルの茶事を体験しようと思うと、約4時間は必要とされます。今回のように向上心の高い外国人であっても、それはなかなか難しいでしょう。かといって、一般的な観光客を対象にした薄茶一服、触れる程度の体験もまた違います。つまり、日本には両極端な体験が多いのです。そういう意味でRitsurin Chajiは、バランスが良かったと思います。また、三千家ある中でも、高松藩に務めていた背景を持つ武者小路千家の流派もゲストの理解度を深めました。食事の内容においても、茶懐石といえば派手なものが多い中、本来である質素なものが供されるだけでなく、その満足度を技術で補う料理は素晴らしいものでした。これが本当の意味での贅沢」。

決して高価なものが贅沢ではありません。価格の高い、安いを理解できる人はいますが、大切なことは、価値を理解する能力。

「日本は、文化にお金を使う人が少ない」。

かく言う、アレックス氏もまた、文化の理解度を「DINING OUT」で深めたと言葉を続けます。

「DINING OUTのホストを務め、多くの学びを得ました。料理人の想い、職人の哲学、食材が生まれる風土、街の歴史……。自らそれを学び、ゲストにひとつ一つ、丁寧に説明していき、その理由を体験することによって価値が生まれる喜びは、何ものにも変えられない。料理の時間、器の時間、食材の時間、体験の時間……。DINING OUTにもRitsurin Chajiにも、全ての時間軸が凝縮されています。そして、全てが本物として伝えたい日本の文化」。

アレックス氏曰く、究極のガイドは「一対一」。

「本物」と「価値」。このふたつのキーワードは、永遠のテーマだ。

会場:特別名勝 栗林公園
住所:香川県高松市栗林町1-20-16
日程:2024年10月6日(日)、7日(月)、8日(火)、9日(水)
時間:各日15:00〜20:30
人数:各日16名
料金:220,000円
主催:ONESTORY
共催:香川県
後援:公益社団法人 香川県観光協会


Photographs:MIKUTO TANAKA
Text:YUICHI KURAMOCHI

堂々たる日本人であるために。日本はもっと素晴らしい。

茶事の空間には、干した蓮の花が生けられ、中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句の掛け軸が。ここにも深い意味が多分に潜んでいる。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony儚く消えた、夢の4日間。

去る、10月6日から9日。香川県高松市にある「特別名勝 栗林公園」(以下、栗林公園)にて、「Ritsurin Chaji」が開催されました。

各日少人数制で行われたゲストの特徴は、本物の日本文化に触れたいと切望する外国人が多いことでした。アメリカ、セネガル、トルコ、カナダ、コロンビア……。昨今、インターネットやSNSの普及による情報過多の一方、本企画は募集期間も短く、告知もわずか。人数にも限りがあり、時代と逆行した施策と言っても過言ではありません。

表層上の観光が溢れる中、本物の日本を追求したい、本物の日本を伝えたいと集った有志には、地元・高松からは、老舗料亭「二蝶」が食事と茶をもてなし、ガイドには、日本人より日本をよく学び、日本を愛する東洋文化研究家兼作家のアレックス・カー氏を迎えます。

まず、最初にゲストが集められたのは、旧松平藩主の「檜御殿」があった場所に明治32年に建築された歴史的建造物「商工奨励館」。帝室技芸員の伊藤平左衛門が設計した建物は、細部までこだわり尽くされ、日本古来の建築様式たる格調の高さが伺えます。その貫禄は外装だけにあらず。レセプション会場となった2階に足を運べば、ゲストの目の前には圧巻の家具が並びます。それは、ジョージ・ナカシマのヴィンテージ。代表作でもあるコノイドチェアやラウンジチェア、ミングレンアンドンなどが惜しげもなく配されている空間は、美術館さながら。中でも1本の大木の形が想像できる大テーブルは、こことアメリカのジョージ・ナカシマのスタジオのみ存在する貴重なもの。

そんな作品群の眼福から会はスタートし、アレックス氏がゆっくりと口を開きます。

「みなさま、Ritsurin Chajiの世界へようこそ」。

レセプション会場となったのは、「商工奨励館」。圧巻な風景は、香川に所縁のあるジョージ・ナカシマの家具たち。もちろん、全てヴィンテージ。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony学ぶことで土地を知る。人間国宝を生んだ香川の才能。

「商工奨励館」では、「栗林公園」の歴史の解説だけでなく、工芸や民芸など、ものづくりの街としても名高いクラフトについても学びます。かの世界的に有名な照明デザイナー、インゴ・マウラーの作品にも起用された丸亀団扇やイサム・ノグチも絶賛した庵治石製品、高松張子から張子虎、打出し銅器から香川竹細工など、木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工したものは、香川が世界に誇れるもののひとつ。

そんな中から、今回は香川漆芸をフォーカス。語り手は、人間国宝でもある漆芸家の山下義人氏です。ゲストにサービスされたドリンクの器も山下氏が手がけたものでした。

江戸時代に高松藩主である松平家が、茶道・書道に付随して振興・保護したのが始まりです。5つの技法が国の伝統的工芸品に指定されていますが、そのうち、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)という3つの装飾技法は、香川にしかない伝統漆技法です」。

蒟醤は、漆の面に文様を彫り、その中へ朱漆または色漆を充填し、平らに研ぎ出すもの。存清は、存星とも書かれ、漆面に色漆で模様を描き、輪郭などを線彫り、手彫りしたもの。彫漆は、漆を幾層にも塗り重ね彫刻刀で模様を彫り表すもの。山下氏が得意とするのは、蒟醤です。

「日本の漆は、約1万年前の遺跡からも発掘されており、長い歴史を重ねて現在に至ります。時代を遡り、読み解くと、常に新しい技法が生まれ、最先端なもの作りをしてきたことがわかります。この繰り返しが私は伝統だと思っています」。

古き良きを守り続けるだけでは進化はありません。それは、「Ritsurin Chaji」においても大事にしていることでした。

そんな山下氏の話にゲストは聞き入り、塗りや模様など、話の内容によって視点を変え、目の前の器をじっくり眺めているのが印象的でした。特に、細かい手仕事の話には、唸りを上げていました。

「一回の塗りの厚さは、わずか0.03mm。100回塗ってようやく3mmです。ですが、漆は乾燥させ、少し時間を置いてから塗り重ねていかなければならないため、2日に1回しか塗れません」。

単純計算で考えても、3mmの厚さを出すには200日かかることになります。

テクノロジーの進化によって発展した時短とは真逆の手仕事には、だからこそ宿る本物の風格が漂います。そして、時を重ねるごとに美しさが増していくことも大きな特徴でしょう。

興味津々なゲストから、多くの質問が飛ぶ中、素朴な質問がふたつありました。

「どうして山下先生は、伝統工芸の道を歩んだのですか?」

「どうすれば技術を磨くことができますか?」

これに対し、山下氏はシンプルに回答します。

「出会い」。

前者は「漆」との出会い。後者は「師匠」との出会い。「出会いで人生は変わる」とは、山下氏が解の後に続けた言葉。

これは、漆の世界に限らず、全ての世界にも通じることだと考えます。

山下氏やアレックス氏との出会い、これから始まる「Ritsurin Chaji」との出会い。今回の出会いが、ゲストの人生にとって、何か良い作用が生まれることを願いつつ、園内へと向かいます。

今回、ガイドを務めたのは、東洋文化研究家兼作家のアレックス・カー氏。ただ情報を伝えるだけでなく、アレックス氏の知識と感性から紡がれた言葉の数々は、日本人でさえ、学びが多い。

レセプション会場には、人間国宝でもある漆芸家の山下義人氏がスペシャルゲストとして登場。香川の伝統漆技法、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)について語る。

ゲストに供されたドリンクの器も山下氏の作品。説明を聞きながら、その特徴を見て、触り、確認する姿も。

山下氏の作品群。細部にまで手仕事が宿り、ただそこにあるだけで圧倒的な存在感を放つ。ただ見るだけでなく、触れさせることを許容した山下氏の厚意は、ゲストに感動を与えた。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony見えないからこそ心眼開く、一歩一景。

この日は、生憎の曇り空。厚い雲が天に鎮座し、しとしとと雨もパラつく中、特別名勝「栗林公園」を周遊します。しかし、雨に濡れた松は、その姿も艶やか。わずかに香る樹々の匂いや湖の水面に広がる波紋は、晴れた日にはない情緒漂う風景を形成していました。

今回は、庭園の中心から南庭を主に巡り、鶴亀松、お手植松、箱松・屏風松などを見学します。鶴亀松は、110個の石を組み合わせた亀を形どった石組みの背中に鶴が舞う姿をした松を配したものであり、園内で最も美しい姿をした松と言われています。また、お手植え松は、5本の松が並び、それぞれ、宣仁親王(大正3年)、昭和天皇(大正3年)、雍仁親王(大正3年)、エドワード8世(大正11年)、能久親王妃富子(大正14年)が、来園を記念し、お手植えされた松。箱松・屏風松では、熟練の庭師が手入れについて語ります。

「北側にあった藩主の隠居所である桧御殿を箱松で下部を目隠しし、屏風松で上部を目隠ししていました。樹木は成長しますが、極力、昔のままの形を保つようにしています」。

その名の通り、綺麗な箱型に整えられた松は、優れた職人技によるもの。ここで、アレックス氏らしいガイダンスが光ります。

「箱松は表も綺麗ですが、裏側もとても綺麗です。ぜひ、見に行きましょう」。

枝が蔓延り、まるで血管のようなそれは、長い年月をかけ、生き抜いてきた力強さを感じます。

「栗林公園」の広さは、約23万坪。園内には約1,400本の松があり、そのうち約1,000本は職人が手を加えている手入れ松。その脅威な数字から、広域に見た庭園風景がフォーカスされてしまいますが、一本一本の松が美しいからこそ、絶景は生まれているのです。

アレックス氏は、ゲストに職人と合わせ、会話させることによって、その気づきを与えてくれたのです。教えることもガイドですが、気づきを与えることもまたガイド。これがアレックス流。

次いで、園内の南西に向かい、西湖の景を支えている石壁、赤壁を目指します。その色は、マグマの貫入に伴う高温酸化によるもの。その名の由来は、詩人・蘇軾(蘇東坡)が「赤壁賦」を詠んだことで有名な中国の揚子江左岸の景勝地、赤壁に因んで名付けられたとも言われています。

散策途中、富士山に見立てた芙蓉峰へ。ここからの眺望を体験するはずでしたが、曇天は変わらず。

ふと想う。「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」。

これは、幕末の幕臣・剣術家であり、明治期の官僚・政治家でもあった山岡鉄舟が詠んだ歌です。

富士山よろしく、芙蓉峰から望めるはずの景色は雄大な紫雲山。燦々と輝く太陽、青い空のもと、そびえるそれも圧巻ですが、美しさはひとつではありません。霧や靄に包まれ、まるで水墨画のような景色もまた一興。その解は、歌の続きにあります。

「もとの姿はかわらざりけり」。

曇ってしまって見えない景色があったとしても、もとの姿が変わることはありません。むしろ、想像力を掻き立てます。このような感受こそ、侘び寂びの趣であり、日本の美意識。

決して目に見えているものだけが全てではないという、まるで物事の本質に触れるような散策は、ゲストの心眼を開き、目に見えない一歩一景を堪能したに違いありません。

ゲストとともに園内を周遊。歴史や背景を知ることによって、ただの風景に奥行きを与える。

今回は、庭園の中心から南庭を主に巡り、鶴亀松、お手植松、箱松・屏風松などを見学。

箱松・屏風松を見たアレックス氏曰く、「技術の向上により、今の風景の方が、より昔に近いのでは」と推測。

散策中には、熟練の庭師による解説も。園内にある約1,400本の松のうち約1,000本は職人が手を加えている手入れ松。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony技術と感性で再構築されたヴィーガンの口福。

庭園周遊後、一同は、掬月亭へ。江戸初期に建てられた回遊式大名庭園の中心的建物であるそれは、歴代藩主が大茶屋と呼び、最も愛用していたと伝わります。

まず、ゲストは初莚観にて盆栽を鑑賞します。地植えの壮大とは違った盆中の景は、自然美と人工美が見事に調和。まるで芸術鑑賞をしているようです。その後、掬月へと間を移し、食事をいただきます。その内容は、ヴィーガン。

メニューは、向附、汁、椀物、焼き物、強肴、進肴、香の物の7品で構成。料理を担うのは、老舗料亭「二蝶」の若き料理長、山本 蓮氏。

「飯碗の蓋を開けていただき、左手に置き、その上に汁椀の蓋を重ねてください。この蓋はこのあとにお出しする焼き物や煮物、酢の物の取り皿にもお使いいただきます」。

そう話すのは、茶事への造詣も深い本日の亭主、山本 亘氏です。蓮氏の父であり、「二蝶」の代表でもある人物です。

「まずはご飯を一口お召し上がりください。炊きたてすぐ、水分が残り、芯がなくなったすぐのものをご用意しております」。

この日の汁は、11月に迎える茶の正月、炉開き前ゆえ、赤味噌と白味噌を半々に。具には小芋、辛子、黒胡麻を採用します。向附は、柿、無花果、栗の白和えブラックペッパーを少々効かせ、アクセントに。蓮氏の感性が光ります。

型は壊さず、現代らしいエッセンスが加わったそれは、前述、山下氏の言葉「常に新しい技法を生み、最先端なもの作りを繰り返すことが伝統(簡略)」を彷彿とさせ、プラントベースの概念を覆します。

その発想について蓮氏に聞くも、「感覚です。自分はレシピも作らないので」とさらり。これが若き頭脳かと思いきや、亘氏においても「レシピはありません」とひと言。おそるべし山本親子。おそるべし「二蝶」。

また、ゲストの体験価値が高かった点で言えば、ご飯が3回出てくることとその作法。

「次のご飯は最初にお出ししたものと比べると、ちょっと水分を吸ったご飯になります。そして、最後にしっかり炊き上がったご飯をお出しします。ですが、ご飯は少しだけ残しておいてください。全部食べてしまうとお腹いっぱいという合図ですので」と亘氏。

元来、柔らかいご飯はお客にお出しする贅沢品。固いご飯は自分たちが食べるもの。

「固いご飯はおにぎりやお茶漬けにできますから」と、さりげなくその理由も添えます。

最後のご飯は、おひつに入ったものを皆で回し、取り分け。以降に供される沢庵、胡瓜、茄子の香の物も同じスタイル。各ふたつずついただき、隣の人へ皿を回します。

食べるだけではなく、学びの要素も多い食文化体験は、このような行為も手伝い、ひとつのグルーヴが生まれていきます。

また、汁においても二杯供され、一杯目は飲みきり、二杯目はゆっくり飲むなど、7品の中には、食の方程式が多分にあります。程よい緊張感の中にも笑顔があるのは、亘氏の話術や人柄によるものでしょう。

食後に行われた茶会では、座布団の敷き方から茶席のマナーもレクチャー。その際に供された菓子は、高松の和菓子店「夢菓房たから」の練り切り。口に運んだその刹那、心地良い香りが広がります。その正体は、ヒノキから抽出した香りです。

「今回、和菓子の監修で入ってくださっている資生堂パーラー「ファロ」のシェフパティシエ、加藤峰子さんのアイディアになります」。

「二蝶」は、2023年に行われた「G7香川・高松都市大臣会合」でもヴィーガン&ハラールに対応した料理を披露。プラントベースの料理が「G7」で供されたのは、日本初。東京美術倶楽部の東茶会においても、約400名の規模に対してお茶の料理を供しました。

一方、悲しいかな、日本人が茶事の文化に明るくない現代社会において、それを継承する環境は縮小傾向。お店においても小さな個人店はあれど、「二蝶」のような規模感は限りなく少なく、貴重な存在と言えるでしょう。

また、食後の面白い体験もここに記しておきたいと思います。

お片づけは官休庵式。飯碗の上に汁椀、飯碗の蓋を置き、その上に汁椀を乗せ……。ゲストがそれを行う最中、亘氏が笑顔を浮かべ、こう話します。

「最後は、皆様で共同作業を行っていただこうと思います」。

その共同作業とは箸を落とすこと。皆は箸を持ち上げ、アレックス氏の合図とともに、折敷の上に落とします。

「One two three」。

6名の箸が指先から箸が離れた途端、カタカタカタッ!と音を立て、テーブルに落ち、静寂に響きます。

「本来はお行儀が悪いのですが、宴が果てた音の合図ということで」。

これもまた、ゲストは大満足の笑みを浮かべます。

やはり只者ではない山本親子率いる「二蝶」。

終始、相手を想う遊び心と相手に喜んでほしいというおもてなしの心が絶えない席となりました。

庭園周遊後は、掬月亭へ。初莚観では盆栽を鑑賞し、地植えの壮大とは違った盆中の景を堪能。

食事をいただく間は、掬月。障子を全開し、内外の境界線を取り払うも、周囲は闇。しかし、この闇がゲストの感性を研ぎ澄ます。

亭主を担うのは、高松の老舗料亭「二蝶」代表の山本亘氏。茶事への造形も深く、「山本さんは、本物の茶人」とは、アレックス氏の言葉。

供された料理は、ヴィーガン。まず最初の品は、炊きたてすぐ、水分が残り、芯がなくなってすぐのごはんと赤味噌、白味噌を半々にし、小芋などを具材にした汁、そして、柿、無花果、栗にブラックペッパーを効かせた白和え。

メニューは、向附、汁、椀物、焼き物、強肴、進肴、香の物の7品で構成。料理を担うのは、老舗料亭「二蝶」の若き料理長、山本 蓮氏。

食後に供された和菓子は、高松の「夢菓房たから」の練り切り。口に含んだ瞬間、ヒノキの香りが広がる特徴は、和菓子の監修を務めた資生堂パーラー「ファロ」シェフパティシエの加藤峰子氏のアイディア。

Ritsurin Chaji」最後の体験は、その名の通り、茶事。凛とした空気と和やかな時間のバランスが絶妙に共存する場作りは、類い稀なる亘氏のおもてなしの心によるもの。

座布団の敷き方から茶席のマナーもレクチャー。「“ほんまもん”をご堪能していただきたかった」という亘氏の想いは、ゲストにも届いたに違いない。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony時代に耐えて生き残ったものと邂逅する奇跡。

今回、見事に創出された一座建立の世界。料理やホスピタリティもしかり、その満足度を高めた一助として欠かせないのが、器の存在でした。日本はもちろん、中国や国が特定できないエキゾチックなもの、作家からアノマニス、年代もデザインもさまざま。亘氏の見立てが冴え渡ります。

向附には、竜田川 乾山写/染付兜鉢 尾形乾山、四つ椀には、けやき糸目四つ椀 後藤塗、煮物椀には、太陽と月が描かれた魯山人の写し 日月椀……。焼き物には南蛮焼き、進肴には赤絵、そのほか、御本刷毛目、源内焼手付鉢、茄子形燗鍋 2代辻与次郎、刷毛目 水垣千悦……。貴重かつ希少な器もとい、作品ばかり。

茶席においても驚愕のコレクションが怒涛のごとく登場。沢庵和尚、迎田秋悦、千 宗旦、藤村庸軒、村田耕閑、弘入、近藤道恵、長谷川一望斎、大森金長、素山(本名 柳田他次郎)、久保祖舜、三谷林叟、赤松陶濵……。伊部焼、砂張、薩摩焼、屋島焼……。

食事の席では、「逆さにすると兜のような形になるんですよ」、「明時代はコバルトブルーの配色が良いのが特徴ですね」など、ひとつ一つ、ゲストに解説します。それを聞くゲストは、装飾を見て、手で感触を確かめ、じっくり言葉との答え合わせをしていきます。
一方、茶事の席では、立ち振る舞いから座布団の座り方まで、亘氏は、きめ細やかに、かつユニークに伝授します。

「自分が表現する物事は、必ず説明できなければいけません」。

今回は、巧みな亭主とガイドを迎え、なかなか見ることも触れることもない作品を使え、それを掬月亭で体験できるという、これまでに類を見ない体験となりました。

「“ほんまもん”をご堪能していただきたかった」。

天正、慶長、万治、元禄、天保、明治、大正、江戸……。

ものの命は、人の命よりもはるかに長い。時代に耐え、生き残ったものと邂逅できる体験は、奇跡のほかありません。

食事、茶席、双方の満足度を高めた要素として、大きな役割を担ったのが器の存在。その全てが亘氏の見立て。

今回、体験価値を増したのは、貴重な器を見るだけでなく、使ったということ。「お茶の料理は華やかなものではないため、器も含めてお楽しみいただければと思いました。そして、薄暗い空間とあの灯だからこそ、あえて主張の強いものを選び、バランスを取っています」と亘氏。

茶席の器類も貴重なものばかり。作家ものから匿名のもの、国や地域においても、日本だけでなく多国籍。しかし、違和感なく一貫しているのは、亘氏の感性を通しているものという筋が通っているから。

茶席では、それぞれ異なる器を用意し、最後は皆で鑑賞。美術館クラスの品々に、ゲストは眼福。

Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony栗林公園という名の宇宙。闇に広がる無限の創造。

実は、掬月亭が夜の使用を許されたことは極めて稀。

刻一刻と時が経つにつれ、景色から色彩は消え去り、周囲は闇に包まれてゆきます。室内には最小限の灯が必要な情報のみを映し出し、研ぎ澄まされた世界を形成。目に見えるものが篩にかけられた分、聴覚や嗅覚の感性が覚醒していきます。

まず、最初に変化が訪れたのは聴覚。来園者がいた喧騒と比べ、無音の境地かと思いきや、徐々に機微な音に気づきを得ます。虫の音や風の音、日中の雨も音のみが残存し、この時においては重層的な自然のシンフォニーのひとつに。全てが心地良く、優しく耳に響きます。

料理や茶においても、素材そのものの香りが体の隅々まで巡るように染み渡ります。

食事と茶が供された空間は、掬月の間。広さにして、22畳。茶室はしばしば宇宙に例えられることがありますが、今回はそれに似る。

外に目を向ければ暗黒。一寸先の景色も見えません。しかし、その先には約25万坪の庭園が広がる事実があります。それほどまでに広がる世界の中、掬月亭という一点(22畳=約36坪/25万坪)に身を置く特別は、無限に広がる宇宙に身を置くことと近し体験となったのではないでしょうか。

この空間の存在しているのは、ゲスト5人、亭主ひとり、ガイドひとり。たった7人のみ。

「これまで体験したことのない日本文化でした」。

「歴史書で読んだようなことが実際に体験できるなんて、信じられません」。

「物事の全てに理由があり、それを学ぶことができてよかった」

多くの感動を呼ぶ中、ひとりのゲストが囁きます。

「まるで夢のようだった……」。

これは、我を忘れるほど、夢中になれたから。言葉のごとく、夢の中。これこそ、宇宙を超えた無限の創造の世界。しかし、残念ながら、夢は儚く消えゆくもの。

床の間に目を向ければ、枯れた蓮の生け花と「望美人兮天一方」の掛け軸。

「数年前、北庭に咲いた蓮を干したものです。今回、周遊できなかった区画のため、少しでも感じていただけと」と亘氏。そして、掛け軸は、アレックス氏が用意したもの。

「これは、中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句です。“天一方に美人を望む”という意味で、美人はお月さまを指しています。書は大徳寺の大徹宗斗和尚(1764〜1828)。禅の世界で天一方に月を望むということは、永遠に届けられない理想の世界への憧れになります。江戸時代の殿様と当時の来賓は中国の古典の教養があり、“赤壁”という名前を聞いただけで、この有名な一句が頭に浮かんだでしょう」とアレックス氏。

日中に見た赤壁、蘇軾の詩とはこのことであり、全てが結実します。

文化はある、歴史もある、技術もある。あとは、日本人次第。

日本はもっと素晴らしい。

日中、園内を散策している際に鑑賞した赤壁。名前の由来は、中国の古戦場・景勝地。下記、アレックス氏が見立てた掛け軸は、この風景と紐づく。

食事、茶席の空間に用意された掛け軸は、中国宋時代の歌人、蘇軾が書いた詩“赤壁賦”の一句。アレックス氏らしい、知性ある仕掛け。

会場:特別名勝 栗林公園
住所:香川県高松市栗林町1-20-16
日程:2024年10月6日(日)、7日(月)、8日(火)、9日(水)
時間:各日15:00〜20:30
人数:各日16名
料金:220,000円
主催:ONESTORY
共催:香川県
後援:公益社団法人 香川県観光協会


Photographs:MIKUTO TANAKA
Text:YUICHI KURAMOCHI