歴史を学び、文化を知った上で、いただく。その本質までを深く味わう、進化する琉球料理。

歴史という、進行形で紡がれる物語に自らも参加する。

たとえば歴史の授業のようにただ事実だけを伝えられたのでは、ここまで心に響くことはなかったかもしれません。しかし、そこに物語があり、あまつさえその物語の中に自分自身が組み込まれているなら、それは誰にとっても忘れ得ぬ時間となることでしょう。

今回実施された『Landscape Cuisine with Ryukyuan Hospitality』は、つまりそんな時間でした。

先人たちが歩いたその道をたどり、まさに再興の途にある首里城の現場を見学し、琉球王国の歴史を学び、そして伝統料理の必然性を身をもって知った上で、その伝統からさらに進化した料理を味わう。時空を超えて紡がれる物語に、「食べる」という行為を通して参加する。

そんな沖縄の魅力を味わい尽くす特別なキュイジーヌのはじまりです。

首里城からの眺め。冬の沖縄は夏に比べて観光客が少なく、気候も過ごしやすい。歴史や文化をじっくり巡るにはちょうど良い季節。

御嶽(うたき)とよばれる琉球王国の聖地。そこに込められた意味を知れば、その不思議な存在感も腑に落ちる。

首里城を歩きながら学ぶ、いまは亡き琉球王国。

ツアーは首里城からはじまりました。

ゲストの前に登場したのは、琉球史研究家の上里隆史氏。かつてこの地に生きた人々の息遣いまで聞こえるような臨場感のある解説が持ち味です。

首里城を歩きながら、上里氏の声が響きます。

いまは亡き琉球王国。日本と中国という大国に挟まれながら存続し得た小さな島国の秘密。両国の使者を心尽くしで迎え、この地の魅力を伝えたおもてなしの心。歓迎の席で振る舞われた泡盛や宮廷料理、そして琉球音楽と舞踊。

実際に舞台となった場所を歩きながら聞く解説に、当時の様子がありありと目に浮かびます。やがてツアーは、2019年の火事により失われた首里城正殿が再興されている現場へ。やんばるの木が使われていること、県内の若手職人が中心となって作業にあたっていること、そしてこの焼失を通して老若男女の沖縄県民の心がひとつになりつつあること。語られる言葉のひとつひとつが、心に染み込んできます。

続いては場所を移し、『角萬漆器』へ。ここは創業120年を越える、琉球漆器最古の老舗です。

琉球王朝時代から、愛される琉球漆器。中国から伝わった漆器の技法が温暖な気候と合わさり、発色鮮やかできらびやかな装飾が施される独特な漆器として発展してきました。賓客をもてなす食器としてだけでなく、琉球王国が日本や中国と貿易する際の重要な交易品でもありました。

ゲストを前にそう説明するのは、角萬漆器の六代目・嘉手納豪氏。嘉手納氏の案内で向かった工房では、熟練の職人がまさに琉球漆器を仕上げている最中でした。

王国を支え、使用されていた伝統が、いまも変わらずに存在し、生み出されていること。過去から流れてきた時間が、未来に向かって途絶えずに続いていること。その重みを感じてみれば、琉球漆器がいっそう鮮やかに見えてきます。

琉球史研究家の上里隆史氏。琉球王国に関する著書も多い上里氏が、奥深い琉球王国の文化や伝統を、平易な言葉でわかりやすく解説してくれた。

石の積み方、石碑の文字、湧き水のいわれや各建築物の様式まで、問われた内容に即座に回答する上里氏の知識量に驚く参加者たち。

現在の首里城の再興は、その作業工程を見学できるスタイル。これを通して、沖縄県民の多くが、首里城の存在を改めて強く感じているという。

今からおよそ600年前におこり、450年間にわたり存在した琉球王国。首里城公園には在りし日を偲ばせる遺構も数多く残されている。

『角萬漆器』6代目の嘉手納豪氏。県内きっての老舗であり、琉球漆器の文化を今に伝える重責も担っている。

鮮やかな朱の発色と、精緻な装飾が琉球漆器の特徴。とくに模様が立体的に浮き出る堆錦の技法は『角萬漆器』の真骨頂。

『角萬漆器』の一階はショップ。食器のほかアクセサリーなどの現代的な漆器も販売されている。

漆器の制作現場は、見ているだけで息が詰まるような精密な作業。熟練の職人の技術が垣間見える。

『角萬漆器』に併設されたカフェにて、しばしの休息。漆器でいただくお茶と茶菓子は格別。

使者を迎え、もてなすためだけに発展した琉球古典音楽。

次の目的地は那覇市内にある『福州園』。ここは那覇市と中国福建省福州市の友好都市締結10周年を記念して1992年に完成した中国式庭園。

比較的新しい名所ではありますが、この『福州園』がある那覇市久米というエリアは600年ほど前から福建省からの移住者が住み始めた地。中国との縁が深いこの地で、中国の伝統を忠実に再現した庭園を歩くことは、ひとしおの感慨をもたらします。

さらにこの場所にはレセプションイベントも用意されていました。

園内の一角に準備されたテーブルに着くと、登場したのは国指定重要無形文化財である琉球古典音楽の担い手、山内昌也氏。 山内氏の歌三線と、ひとりの踊り手で織りなす琉球王国式のもてなしです。

山内氏の奏でる音楽は、陽気な沖縄民謡のイメージとは異なり、どこか物悲しく、静謐で神聖な雰囲気。沖縄県立芸術大学音楽学部長でもある山内氏が、後に教えてくれました。

「琉球古典音楽というのは、首里城の中でだけ、海外からの使者を歓待、歓迎するために上演されていました。その琉球王国が明治12年に滅亡し、首里城で演奏されていた方々が食べるために各地を回って演奏していく中で変わってきたものが、現在の沖縄民謡の基礎になっています」

つまり、この日演奏された音楽は、完全にゲストを歓迎するためだけに生まれた芸能ということ。しかし、伝統的な音楽をそのまま現代に再現しているわけではありません。実はかつて琉球古典音楽は、大勢の演奏、踊り手によって上演されるのが一般的でした。

それを歌三線ひとり、踊り手ひとりという現代に合ったスタイルに変えたのがこの山内氏。

「さまざまな文化を取り入れて発展してきたのが琉球王国。時代に沿ったスタイルに変えていくことも、また自然なことだと思います」

沖縄と中国の親交を象徴する『福州園』。園内には中国から取り寄せた建材で織りなすさまざまな景観があり、見飽きることがない。

異国情緒があるのに、どこか懐かしさも感じさせる園内の風景。庭園全体がひとつのアート作品のような美しさを持っている。

円卓に用意された泡盛は、カラカラ(酒器)トチブグヮー(おちょこ)と呼ばれる伝統的な器で少しずつ味わう。

琉球古典音楽師範の山内氏。伝統的な音楽を守りながら、現代にふさわしい姿で伝えていく道を追求している。

山内氏が考案した歌三線ひとりと踊り手ひとりの上演は、それ自体がグッドデザイン賞を受賞するなど、国内外で高く評価されている。

県内と県外。ふたつの視点で見つめた、“今あるべき”琉球料理。

半日かけて伝統、文化を体験してきたツアー。ただの座学ではなく、実際に見て、触れて、聞いてきたからこそ、ゲストたちはまるで在りし日の琉球王国に旅したような気分で、その伝統を身近に感じてきました。

そしてその一日の集大成が、『ノボテル沖縄那覇』でのディナーです。

料理を担うのは福岡『Goh』で世界的評価を確立したシェフ福山剛氏と、『ノボテル沖縄那覇』の総料理長、前川守晃氏。ふたりで話し合いながら新たに解釈した琉球宮廷料理がテーマのコースです。

「琉球料理はおそらく、中国だけでなく、アジア各国などさまざまな文化を取り入れながら進化してきた料理。これからもいろいろな人がアレンジして、さらに進化していけば良いと思います」

豪放磊落な福山氏はそう話しますが、言葉の節々には今回の監修にあたって、さまざまな琉球料理を敬意をもって学び、体験してきたことが伺えます。

一方の前川氏はもう少し複雑です。実は前川氏は「琉球料理伝承人」という伝統的な琉球料理を守り、伝えていく役割も担う人物。その上で、前川氏は言います。

「私たち料理人の務めは、基礎を踏まえ、本質を守った上で進化した料理を提供し、より多くの人に琉球料理を知ってもらうこと。今回は福山シェフという世界的なシェフとご一緒させて頂きながら、その思いと真摯に向き合って料理をつくっていきたい」

そんなふたりが考案した料理は、まさに進化した琉球伝統料理と呼ぶにふさわしい内容。琉球漆器の器には、伝統的な琉球料理が盛り付けられます。しかし、たとえば田芋の煮物であるドゥルワカシーは、フリットにしてトリュフのソースとともに。ヤギはコンソメスープ、夜光貝はリゾット、ゆし豆腐はなんとカレー。それぞれがただの創作料理ではなく“進化した琉球料理”と感じられるのは、ふたりのシェフが伝統の本質を理解し、変えてはいけない部分を決して変えていないから。泡盛のエキスパートである『比嘉邸』バーテンダー・比嘉康二氏のドリンクも、料理と響き合います。

そんな料理とドリンクの質そのものもさることながら、半日かけて歴史を学ぶことで助走してきたゲストにとって、この時間はより感慨深いものだったことでしょう。おいしい料理、素晴らしい空間という横軸に、歴史という縦軸が加わることで感じる深み。この試みはきっと、これから沖縄の魅力をより深く、強く伝えるための強い武器となることでしょう。

福山氏(左)と前川氏(右)。前川氏は福山氏とのコラボで得た学びについて「シンプルかつ洗練された料理、メリハリある段取りとホスピタリティ、料理の丁寧さ、味と香りのバランスなど、挙げればきりがありません」と振り返る。

沖縄における泡盛のエキスパートである『比嘉邸』の比嘉氏。今回は料理との調和を考えながら、さまざまなドリンクを考案した。

前菜の盛り合わせは琉球王国の宮廷料理に使われた「東道盆(トゥンダーブン)」に盛り付け。ハーブを加えた泡盛とともに。

冬トリュフのピューレと削ったトリュフを乗せた田芋のドゥルワカシーのフリット。ドリンクは揚げ物に合わせ、爽快感のあるハイボール。

コンソメで炊いた美ら山羊に島人参、島牛蒡をあわせたスープ。玄米緑茶にフーチバー(よもぎ)をあわせたドリンクはノンアルコール。

福山氏の『Goh』のスペシャリテを沖縄県産食材でアレンジした夜光貝の肝とあおさの赤米リゾット。ドリンクは濃厚な料理に合わせ、酒精強化ワインのようなニュアンスを泡盛で表現。

やんばるアグー豚の煮込み料理。豚の脂身の濃度に合わせ、洗練された甘い香りを持つ泡盛「The MIZUHO」をチョイスした。

からしな、ゆし豆腐を使ったカレーは前川氏が「もっとも印象深い料理」と振り返る一品。県内産豆の深煎りコーヒーを加えたコーヒー泡盛とともに。

デザートは炊いた黒豆に黒糖寒天、黒糖アイス、黒糖ラム。沖縄の名産である黒糖を上質な菓子に仕立てた。

300年ほど前に中国の福州から琉球に伝わったという伝統菓子、きっぱんと冬瓜漬け。凝縮感のある古酒の泡盛とともに。

令和6年度高付加価値なインバウンド観光地づくり事業
主催:沖縄・奄美共同検討委員会
場所:沖縄県那覇市
企画:ONESTORY
協力:沖縄県調理師会、角萬漆器、ノボテル沖縄那覇

沖縄と奄美大島を舞台にしたガストロノミーイベント。ただ通り過ぎるだけでは知り得ない島の本質を伝える試み。

トップシェフの監修のもと、地元ホテルと料理人がゲストを迎える。

年間平均気温約23度、エメラルドグリーンの海に囲まれた沖縄。そして豊かな自然に囲まれた世界自然遺産の奄美大島。どちらも日本を代表する観光地であることは、疑いようもありません。そしてあまりに素晴らしい環境に満足し、私たちはときどき、ただのんびりと過ごすことで、その旅を謳歌します。

もちろんそれは旅のひとつの形でしょう。しかし沖縄、奄美には、それだけではない素晴らしさが眠っています。独特の文化があり、伝統があり、植生があり、食べ物があります。ただ「遊ぶ」だけでは知り得ない本当の島。学び、感じ、体験することで初めてわかる本当の魅力。

この度、そんな島の魅力を伝えるための、3つのガストロノミーイベントが行われました。観光庁による「高付加価値なインバウンド観光地づくりモデル観光地」に選ばれる沖縄・奄美エリア。島の潜在的な価値をいっそう高め、広めるため、トップシェフの監修のもと、現地のホテルや料理人が一丸となり、より深く、より進化した今の味を伝えるイベントが開催されたのです。参加者たちは食を通して、ただ通り過ぎるだけでは知り得ないリアルな島を体感しました。今回は旅行関係者などを招いた実証試験の形でしたが、そう遠くないうちに皆様に体験いただけるものとなるでしょう。

では3つのイベントがどのようなものだったのか、内容を振り返ってみましょう。