Tokyo Artissense東京から世界へ。仕掛け人は、世界一の美食家。
1月某日。東京都主催「Tokyo Artissense:A Female Chef Collaboration」が開催。仕掛け人は、「OAD世界のトップレストラン」のレビュアーランキングで6年連続1位に君臨する世界一の美食家・浜田岳文氏です。
「タイトルにある、Artissenseは、アルチザン(artisan)とエッセンス(essence)を組み合わせた造語。東京の食文化を示すもののひとつに職人技があると考え、今回は、3名の女性シェフを通して、それを堪能いただければと思っております」。
3名の女性シェフとは、「été」オーナーシェフ・庄司夏子氏、「純麦」オーナーシェフ・矢嶋純氏、「FARO」シェフパティシエ・加藤峰子氏です。
庄司氏は、「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」(現「レクテ」)、「フロリレージュ」を経て開業。「アジアのベストレストラン50」にて、2020年にはベストベイストリーシェフ賞、2022年には最優秀女性シェフ賞を受賞。矢嶋氏は、「麺処ほん田」を経て、ミシュランビブグルマンの人気女将として名を馳せ、開業。加藤氏は、2018年より「FARO」のシェフパティシエを務め、「アジアのベストレストラン50」にて、2024年にベストベイストリーシェフ賞を受賞。
3者、異なる道を歩んでいますが、一流と形容すべき活躍ぶりは、共通している点。
「今回のテーマは、食を通して、東京を世界に発信し、実際に東京に来てもらうこと。世界中のゲストは、日本の食を求め、旅をしています。それは、様々な統計から見ても間違いありません。その最たる地域が東京。それぞれ異なるバックグラウンドを歩んできた3名は、東京の多様性も体現していると思います」と浜田氏。
その多様性を味わうゲストは、世界中から招集されたシェフとジャーナリスト。まず、シェフの面々は、イギリス・カートメル「ランクリム」をはじめ、世界中に10店舗を経営するシェフ、サイモン・ローガン氏、デンマーク・コペンハーゲン「ヨーネア」のオーナーシェフ、エリック・ヴィルドガルド氏、イタリア・セニガッリア「ウリアッシ」のシェフ、マウロ・ウリアッシ氏。彼らの共通項は、ミシュラン三つ星を獲得しているということ。
そして、ジャーナリストにおいては、ドイツ・ベルリンで活動し、「世界のベストレストラン50」のチェアーも務めるロレイン・ハイスト氏、ヨルダン・アンマン出身の作家であり、写真家、そしてフード&トラベルライターからコンサルタントまで務めるリーン・アル・ザベン氏などです。
人選は、浜田氏。世界中のシェフやジャーナリストたちとコミュニティを持つ世界一の美食家のオーガナイズであれば、異論なし。
今宵、東京で活動する女性シェフ3名の才能が開く。
Tokyo Artissense一夜限りの幻のコース。世界の一流が日本の一流に舌鼓を奏でる。
供された料理は、コース仕立て。前半は庄司氏、中盤に矢嶋氏、最後に加藤氏が腕を振るいます。
計7品で構成された1品目は、「étéシグネチャー ウニのタルト」。塩味とスパイスの双方がウニの旨みを引き立て、それを、手で一口。皆、ウンウンと首を縦に振り、口元を緩め、笑みを浮かべ、隣同士、胸高鳴る期待が確信に変わったようにアイコンタクトを送り合います。
2品目は、「ポメロフラワー」。くり抜いたレモンの中には、カツオ、バジル、ヘーゼルナッツのタルタル、そして、ガスパチョソースを忍ばせ、素材の味を堪能したのち、ソースと混ぜ、いただくもの。蓋の見立てには、黄色ズッキーニと柑橘の粒をひとつ一つ並べ、まるでアートのよう。食だけでなく、ファッションやアートにも造詣が深い庄司氏の美意識が漂うプレゼンテーションです。
3品目は一転。「伊勢海老のパイ包み焼き」。「クラシックな料理もお楽しみいただければ」と庄司シェフは話すも、らしさは光る。一般的には、ビスクやアメリケーヌのソースを添えますが、ゆずで香りを効かせることによって、日本らしさも演出。もちろん、伊勢海老の火入れも抜群。そして、庄司氏のパートにおいては、カツオ、伊勢海老は、東京湾で獲れたものだということも特筆すべき点。新鮮で質の高い食材は地方という印象を覆すだけでなく、本イベントのタイトルに採用されるよう、TOKYOのポテンシャルの高さも再発見させました。
次ぐ、4品目からは、矢嶋氏。「純麦」スタイル同様、「ラーメン」と「かき氷」を供します。
「ラーメン」のスープの出汁は、東京しゃもを使用。「良い野性味を感じられる仕上がりになりました」と矢嶋シェフが話す通り、コクの中に力強さを感じ、それを纏った太めの麺は、すする度、旨みが増倍していくよう。東京Xのチャーシューもまた、一杯の完成度を高める重要なファクター。パイ包みからラーメンという斬新な流れも、違和感ではなく、サプライズと化し、既存のレストランではありえないコースに。前述、浜田氏の言う「東京の多様性」を感じる妙であり、これがTOKYOの面白いところ。
5品目、季節の柑橘を活かした「かき氷」には、酒粕を合わせ、NIPPONの文化も漂う味わいに。ここからコースはデセールへとグラデーションしてゆきます。
6品目からは加藤氏。「薔薇と檜とアーモンド」は、国産の自然農法の薔薇と在来種のオーガニックのイタリアのアーモンド、そして、東京で栽培されたいちごの華やかなデザート。
最後、7品目は、「イタリアで食後酒として飲むアマーロという数十種類の薬草をアルコールに漬け込み、砂糖を加えて作られた苦みが心地良いお酒にヒントを得た」と言う、「日本の里山の恵 花のタルト」。植物性の原材料でできたタルト生地の上には、アグロフォレストリーで育てられたバニラで華やかに香り付けした豆乳クリーム。さらに、その上に約20種のハーブや花々が彩ります。しかし、加藤氏の料理は、ただ華やかなものではありません。
「世界的に見ても森林問題は大きな課題ですが、日本においては、生態系や森を守るには間伐が必須だと考えます。1年で生育する野菜と異なり、木は成長に時間がかかります。数十年と生きた木を味わい、香る体験は、疲弊してしまっている森林と向き合う良い機会になるのではと。身体に取り込むことによって、内発的な感情が芽生えてもらえたら」。
この先、里山の景色は、果たして残っているのだろうか。タルトの食後、盛り付けられた余白も手伝い、そんな問いが胸に刺さる。
3人のコースは、ただ美味しいだけでなく、食を通して、社会と交わるきっかけにもなりました。そして、それを、強く、美しく、たくましい、TOKYOの女性シェフが織り成したことも、紛れも無い事実として、改めて、ここに記しておきたいと思います。
Tokyo Artissense「Fantastic!」「Amazing!」、そして「Perfect!」その感動が、今宵の成果を物語る。
サイモン氏は言います、「Fantastic!」。マウロ氏は言います、「Amazing!」。
「それぞれ、スタイルと個性が異なる3人のシェフで構成されたコースというのが非常に面白かったです。そして、これほどまでに高いクオリティを、こんなに若い女性が表現していることに驚きました。特に、矢嶋氏のラーメンのスープの風味が印象的でした」とサイモン氏。
ラーメンは、世界的にも確立した市民権を得た料理であり、本場日本のラーメンは、海外シェフからも人気を博しています。だが、「純麦」は住所非公開のため、外国人がたどり着くには、困難と思われますが、「その数は少なくない」と矢嶋氏は言います。そのエピソードに、美味しいものを食べたいという、海外からのフーディーの貪欲な探究心を感じます。
そして、エリック氏も矢嶋氏を支持。「ヨーロッパのかき氷は、もっとガリガリ。こんなにふわふわの食感は初めて。そして、冷たさを感じさせない技術も素晴らしい」と話します。
マウロ氏においては、加藤氏のデザートを絶賛。また、「イタリアにも優秀な女性シェフがいますが、そのメンバーが集う機会は、まずありません。そういった意味でも、このように女性がフォーカスされたプレゼンテーションは、大きな意義があると思いました」と、自国との違いも述べました。
また、ジャーナリストの女性2名からも、様々な意見が。
中東を中心に活動しているリーン氏は、「私の地域では、女性シェフが全くいませんでしたが、最近、少しずつ増えてきました。今回の3名のように素晴らしい女性シェフが、中東でも活躍できる場ができると良いと思っています。女性の料理は、やはりプレゼンテーションが美しい。今回は、étéシグネチャー ウニのタルトと薔薇と檜とアーモンドが印象に残っています」と話します。
また、「女性ならでは、という表現はしたくありませんが、やはり女性の料理は繊細」とロレイン氏も続けます。特に、庄司氏の「伊勢海老のパイ包み焼き」を高く評価し、「構築されたレシピと味の繊細さをソースに感じた」と話します。
パイ包み焼きといえば、フランス料理の定番。しっかりとしたソースに重厚感のある味わいがイメージとしてありますが、庄司氏のソースは、別物。前述、伊勢海老の殻をじっくり煮込んで旨味を凝縮するも、重すぎず、ゆずをアクセントに。加えて、そのゆずは奥多摩産を使用しているため、伊勢海老同様、TOKYOをテーマにした切り口も採用され、味だけでなく、文脈として料理を組み立てる緻密さにも、質の高さを伺います。
「女性シェフ、というキーワードは、自分のレストラン選びのひとつでもあります。私の地域(ドイツ ベルリン)でも、女性シェフの活躍は、まだ少ない。評価においても、過去、二つ星まで獲得したレストランはありましたが、まだまだこれから。大切なことは、女性シェフも男性シェフと同じように料理できることを認識することではないでしょうか」。
そして、ロレイン氏の評価は、料理だけに留まりませんでした。今回、コース提供前には、生田流箏(琴)奏者・十七絃奏者・作曲家・編曲家の明日佳氏やDJ・ピアニスト・作曲家の野崎良太(Jazztronik)氏を招き、日本音楽のライブも演出。食後には、女性シェフ3名のトークセッションも行われ、コースや料理の解説だけでなく、各々の哲学などについてなど、様々な議論も行われました。
「海外でフードイベントを開催する際、料理を提供するだけに留まるものが多いです。今回のように、文化体験や、なぜこのような料理になったのか、この味にした理由などを理解できる機会は、非常に珍しく、少人数制という規模感も日本らしいと思いました」。
音を聞き、料理を味わい、言葉でそれを理解する。イベント全体を体験したロレイン氏は、最後にこんな言葉を残してくれました。
「完璧という言葉を使うのは好きではありませんが、完璧なイベントでした。It’s Perfect!」。
Tokyo Artissense女性シェフのこれから。TOKYOのこれから。
食を通して、東京を世界へ発信することを目的とした一夜の表現として浜田氏が着目したことは、繰り返しですが、女性シェフと多様性。
「女性シェフと言っても、様々なスタイルがあります。今回は、全く異なる3名の女性シェフにお願いをさせていただきました。その理由は、ロールモデルの可能性を示したかったからです」と浜田氏。
今回、浜田氏の口からは、バックグラウンド、という言葉が多く出ていました。それを紐解くならば、スタイルがシェフとしての現在であれば、バックグラウンドは人としての過去とでも言うべきか。確かに、庄司氏、矢嶋氏、加藤氏は、スタイルだけでなく、バックグラウンドも全く異なります。
「今回の3名は、女性シェフではありますが、女性だから云々というわけではありません。実力と能力があるからこそ、活躍されています。ですが、本来はもっと多くの女性シェフが活躍できるはず。それは本人たちの問題ではなく、その場が少ないという問題を感じています」。
レストランを営んでいる以上、極端に例えるならば、料理を食べてもらう接点は、ゲストのみ。しかし、今回のように、海外で活躍する三つ星シェフやジャーナリストと接点を持つことによって、何か新しいものが生まれる可能性や新たな筋道ができる可能性を秘めている。
接点という意味では、驚くべき事実も。今回、3名のシェフのうち、日本と接点があったのは1名、マウロ氏のみ。ほか2名は、初来日でした。
「海のそばのレストランや魚介を使う料理をしているシェフもいるため、ぜひ東京の食材も体験して欲しかった。エリック氏においては、日本のエッセンスを採用したあん肝料理を提供していますが、日本であん肝を食べたことないので、ぜひ食べていただき、今後に活かして欲しいとも思いました」。
インターネットやSNS、情報過多の時代、その特徴を得ることは難しくなく、高い技術を持ってすれば調理できてしまうこともありますが、体験にまさるものなし。後日、浜田氏のアテンドのもと、日本のあん肝を食し、エリック氏が感動したことは言うまでもありません。ただ、趣旨を伝えるだけでなく、招いた相手においてもプラスになる配慮は、浜田氏らしいホスト。
そんな様々も含めた場作りやきかっけ作りが、今後、浜田氏がレストラン界に寄与する力点なのかもしれません。
「若い才能に触れてもらえる機会は非常に嬉しい。今回のように知っていただけるような企画を実施したり、女性がシェフとして続けていきたいという場を作ったり、キャリアパスのお手伝いもできればと考えています」。
女性シェフという点では、浜田氏が愛するひとりに、イタリアの北東・フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州「ラルジネ・ア・ヴェンコ」のシェフ、アントニア・クリュグマン氏という人物がいます。
「彼女にも深いバックグラウンドがある。そして、彼女と今回の3名の女性シェフの共通点は、強い意志」。
今後、女性シェフが活躍できる域を拡張するためには、当事者だけでは解決しない。周囲も含め、その意志を示すことによって、女性シェフだけでなく、TOKYOの未来が変わるのだと考えます。
女性のアワード、それに触れない星、そして、ランキング、トック。女性をフォーカスするのが良いのか、はたまた、そうでないものを平等と捉えるべきか。別の角度からは、体力、人生の節目、労働環境。飲食業に限った話ではありませんが、様々な要因が含まれるため、一筋縄にはいきません。
ただ、ひとつわかることがあるとするならば、TOKYOには、女性シェフの才能がまだまだあるということ。今回、浜田氏は、それを証明しました。
世界が度肝を抜くTOKYOのレストランシーンの本領発揮は、これからだ。
Photographs:AKIHIDE MISHIMA Styrism Inc.(FOOD)
Text:YUICHI KURAMOCHI