日本のケーススタディとなるか。「利島」という循環型社会。

伊豆七島のひとつ、「利島」。島の約8割の土地が椿の木に覆われており、その資源を活用し、世界基準のブランドを目指す。

TOKYO TREASURE ISLANDSこの地で生きる覚悟。「利島」という謎の島を知る。

東京は都市だけではありません。それが、11の島々から成る「東京宝島」です。その中のひとつ、「利島」は、都心から南へ約140km離れた人口約300人の島。

海をわたるゆえ、陸のように時刻通りの交通機関は整いません。大西風が吹く日には、定期船の着岸ができず、冬の就航率は、5割程度。しかし、この不便は、「利島」に限った話ではなく、ほか10島も過酷。理屈では同じ東京ですが、別世界。海外からの観光客を魅了する東京もあれば、ここもまた東京。本当の東京を知る人は、日本人ですら、いや、都民ですら少ないでしょう。

そんな「利島」は、山そのものが島であり、その象徴が「宮塚山」です。そして、この特異なかたちから、かつて、航海する人々にとって絶好の目印にもなり、航海の安全を祈る、神が宿る「神奈備(かんなび)」として崇められていたと伝わります。そのせいか、山や森林を神域とした昔ながらの古い信仰が「利島」には今なお残り、「宮塚山」そのものを御神体に、原生林に囲まれた「阿豆佐和気命本宮(あずさわけのみこと)」、「大山小山神社(おおやまこやま)」、「下上神社(おりのぼり)」の3つの神社が存在しています。そして、島民は親しみを込め、それぞれを「一番神様」、「二番神様」、「三番神様」と呼んでいます。

そのほかにも、「利島」の魅力は、様々ありますが、敢えてフォーカスするのならば、椿。その数は、約20万本。島のほとんどを埋め尽くし、最盛期を迎える冬には、島全体を赤く染めるほど咲き誇ります。

しかし、そもそも、なぜ、これほどまでに「利島」には椿が多いのか。それは、多くが人の手によって植林されたからです。

理由はいくつか挙げられますが、まずひとつは、防風林として。離島ゆえ、周囲に遮るものがなく、風速10mを超える強風が1年の1/3ほど発生するため、暮らしを守る役割です。

では、なぜ、それが椿だったのか。肉厚な葉は潮風にも強く、傷付きにくく、艶やかな表面は例え火山が噴火したとしても、葉に灰が積もりにくいなどの特性を備えているからです。また、玄武岩地質もまた、椿の生育に適しており、その約50%を構成する二酸化ケイ素は、植物の成長促進やストレス低減、病害虫への耐久性にも優れており、それらの要因から、利島の椿は、化学農薬も不要なのです。

理だけでなく、地にもかなった人の知恵。

そんな島の資源、椿との暮らしこそ、この地の持続可能な循環を生んでいるのです。

「利島」は、東京(本島)から南に約140km離れた場所に位置。周囲は約8km、面積は4.12k㎡という、小さな島。

二番神様と呼ばれる「大山小山神社」は、一番神様の「阿豆佐和気命本宮」からほど近くに。三番神様「下上神社」には、「阿豆佐和気命本宮」の妃も祀られ、信仰を辿る山廻りをすれば、「利島」の神秘に触れることができるに違いない。

TOKYO TREASURE ISLANDS人の手で変えた環境を人の手で価値化。

「利島」の椿を活かしたもの、それは椿油です。その歴史は長く、江戸時代より、年貢として椿油を納めていたという歴史的背景もあります。

現在、島の8合目(それより上は自然林)まで広がる椿山には、全て所有者が存在する農地であり、農家が育てています。収穫した椿の実は、島に1箇所ある製油所(利島農協が指定管理運営)にそれを持ち込み、重量に応じて農協が買い取るというケースが主になります。

椿は生育が遅く、植えてから実を安定的に付けるようになるまで15年〜20年かかるため、農業生産に向いているかいないかでいえば、後者になります。加えて、花が咲いてから実を収穫できるまで約1年。春から夏にかけては雑草を刈り、枝を間引き……。自然物のため、生育の確約はなく、台風などの被害もあります。安定的な収穫が難しいゆえ、収入が不安定になることも。では、なぜ「利島」はそれでも椿にこだわるのでしょうか。

椿は、「利島」の宝だから。

そこで「利島」は、椿のブランディングに取り組みます。その代表が、「神代椿」。

人の手で椿を植林し、自然環境を変えた資源を、人の手で価値化させたのです。ここに大きな意義があると考えます。

椿山からは、「大島」の絶景も望む。「利島」の日常は、同じ東京とは思えないほど、非日常が広がるが、同時に、どちらが別世界なのかという素朴な問いも心の中に沸き起こるだろう。

「利島」では完熟して落ちた実(種)を拾うため、それが大きく成長する夏に下草を刈り、綺麗な林床に仕上げる。この作業を地元では「シタッパライ」と呼ぶ。

集めた枝や落ち葉、古い実を野焼きすることもまた、古くから受け継がれている収穫作業の一環。

夏が終わり秋に入ると実(種)が完熟し、林床に落ち、地にも絶景を形成する。椿農家はそれをひとつ一つ丁寧に拾い上げる。この根気が必要とされる作業を地元では「トリッピロイ」と呼ぶ。

実(種)は、各自宅の軒先などで乾燥させたのち、島内にある椿油製油センターへ持ち込む。

「利島」の椿油は、ヤブツバキの種を100%使用。椿実の収穫から搾油、商品梱包まで、全てを島内で行う。まさに、メイド・イン・利島の逸品。

日本で唯一「COSMOS ORGANIC」認証取得した数量限定のプレミアムオイル「神代椿―雫―」(左)は、利島全体のわずか10%の藪椿からしか精製できない貴重な椿油(2011年時点)。そのほか、椿種子の一番搾り油のみを、色・香り・質感を大切に残し、濾過脱酸した椿油「神代椿―金」(中央)と椿種子の一番搾り油を濾過脱酸、更に精製し無色透明でサラッと仕上げた椿油「神代椿―銀―」(右)も揃える。

TOKYO TREASURE ISLANDSオンリーワンとナンバーワンを確立させたブランド作り。

「神代椿」を通して行われた「利島」の椿のブランディングの手法として着眼したことは、「COSMOS」認証でした。これは、オーガニックコスメの世界統一の認証基準であり、「COSMOS ORGANIC」と「COSMOS NATURAL」の2種に分類されます。2019年、「利島」の椿油(島全体の10%の椿から精製した椿油)は、前者を取得しました。

取得するためには、「内容成分の95%から100%が自然由来の成分であること」や「植物原料の95%〜100%が有機農法、遺伝子組み換えしていない農法によって作られた原料でなければならない」など、多くの厳正な項目をクリアしなければいけません。

「利島」は、認証取得に向け、生産者と園地ごとの収穫量の記録管理をはじめ、新たな苗の育成、選定した母樹の記録、そのデータから解析する苗が良く育つ母樹をトレースするなど、トレーサビリティ管理を徹底。

また、認証基準のひとつでもある「製品に使われているすべての成分、原料は、環境に悪影響を与えない生分解性のものでなければならない」においては、椿油の搾り粕を再利用。その一例として、肥料に使用できるよう、テスト製造を行い、環境負荷の少ない農園作りも目指します。

しかし、これらは取得までの道のりのごくごく一部。この場で全てを語り尽くせるほど容易ではありません。そんな「COSMOS」認証の困難の極みは、この事実を知れば、より伝わりやすいかもしれません。

「利島の椿油は、日本で唯一、COSMOS認証を取得」。

加えて、利島は、椿油の生産量日本一(生産量の変動によって異なる場合もあり)。つまり、オンリーワンとナンバーワンの双方を確立させたのです。

椿油の循環型生産に向けた活動のひとつとして、搾り粕の再利用にも取り組む。肥料として使用できるよう、テスト製造を行い、環境負荷の少ない農園作りを目指す。

TOKYO TREASURE ISLANDS各地域が抱える問題の打開策を「利島」に見る。

この「利島」のモデルケースには、いくつかのポイントがあると考えます。

ひとつは、前述、人の手で椿を植林し、自然環境を変えた資源を、人の手で価値化させたこと。

例えば、昨今においては、森林問題と直面している地域は少なくありません。特に針葉樹は、椿のように防風林に活用すべく植林されたものもあれば、建築資材として植林されたものなど、日本国土に多くあります。

しかし、その利用は減少し、数十年放置されることによって樹々は生い茂り、大地まで光が届かず、生態系の影響や自然災害の危険性も。これは、天災だけでなく、人災による被害も関わっているのではないでしょうか。

人の手で変えてしまった自然環境は、人の手で始末する責任が伴うと考えます。その始末の仕方を、「利島」は、循環型社会として取り入れ、適正に行われているのです。これが、自然に人が介在する意義。

そして、もうひとつは、世界基準を目指したブランド作り。国内だけでなく、国外に向けたゴールを設定することによって、逆に国内がついてくる仕組みは、「利島」で例えるならば、椿油のブランド作りだけでなく、今後、「利島」のブランド作りにも、大きく作用してゆくと考えます。

一方、「利島」に限らず、地方が抱える問題のひとつとして注視すべきは、高齢化、Uターン、Iターンなど、人の課題も。全てが一筋縄では解決しないもの、ことばかりですが、「利島」のモデルケースは、他県や他地域がその土地にある資産を価値化するためのヒントがあるのではないでしょうか。

そして、「利島」のモデルケースは、東京宝島のモデルケースという域を超え、日本のケーススタディと呼ぶに相応しい事例なのかもしれません。

椿は「利島」の命であり、椿油はこの島とともに生きる島民の覚悟の証なのです。

落ちた椿が地に広がる光景もまた、儚くも美しい。摘まれた実は椿油となり、そうでない実は土に還り、次の実へ繋ぐ栄養となる。