目から鱗の連続に驚嘆の声が漏れる。あるものをどうクリエイトするか?伊シェフが生み出すローカルガストロノミーの意味するもの。[長野県南木曽町]

囲炉裏でイワナを焼く南木曽の高橋渓流を訪れ、薪火でイワナをこんがりと焼くジャンルカ・ゴリーニ氏。イワナの身はもちろん、しっかりと焼くことで頭や骨から極上のスープを抽出する。

ローカルガストロノミーイベント「Cook The Forest 〜森を食べる〜」 。イタリア人シェフは南木曽町をどう表現したのか。

イタリア・エミリア・ロマーニャ州の山奥で6年連続星を獲得する名店『daGorini』。オーナーシェフであるジャンルカ・ゴリーニ氏は日本の、いや長野県南木曽町の食材にふれ語ってくれました。

「私の料理は山とともにあります。ですから、常に食材が潤沢にあるというわけではないんです。特に寒い冬の季節はね。だからこそ、自分の料理はシミュレーションができないと作れないわけではなく、リスクを取りながらでも今ある食材をクリエイティブしていきます。要は常に自分に対して、眼の前の食材を『ジャンルカだったら、どう使うんだ?』と自問する。するともうひとりの自分が奮い立ってきます。常に山と向き合い、あるものをクリエイトする。だからかな、似た環境の南木曽町にとても惹かれたんだ。やっぱり、自問して、『ジャンルカだったら、南木曽町でどんな料理を生み出すか。』答えはこうだ、ひとつひとつ生産者と向き合い成長しながらチャレンジする。ミスター岡部からローカルガストロノミーイベント「Cook The Forest 〜森を食べる〜」のオファーが届いた際に、真冬だからこそ受けたいと思ったんです」

そうなのです。さる2月下旬に長野県南部の南木曽町に降り立ち、すぐさま食材視察を3日連続、その後の試作をさらに3日、そのまま東京へと舞台を移し開かれたイベントこそが、今回ご紹介するガストロノミーイベント「Cook The Forest 〜森を食べる〜」。前回の記事では、ジャンルカ・ゴリーニ氏が巡った南木曽町の生産者とのふれあいをレポートしましたが、今回はいよいよ本番。意欲的なガストロノミーイベントで南木曽の食材がどうクリエイトされたのかに迫ります。

冒頭のジャンルカ・ゴリーニ氏のコメントは、視察後の談話より。南木曽で日常食べられている山菜いたどりや、木曽伝統の漬物すんき、糀味噌など、日本人でもどこか古臭いと感じられる郷土食材を連続で味わい、それをどう感じたかという質問の答えなのです。雪の残る山の町・南木曽町。食材乏しい、冬の南木曽町をイタリア人シェフ・ジャンルカ・ゴリーニ氏は、どう自らの料理へと昇華するのか。その意欲的なチャンレンジをレポートします。

フォレストゲート代官山日本食品総合研究所『調理室』で3日間開催されたローカルガストロノミーイベント「Cook The Forest 〜森を食べる〜」。食に感度の高い面々が全国から集まった。

客前で1品目を準備するジャンルカ・ゴリーニ氏。最終仕上げをゲストの目前で披露していく。

1品目「森のサラダ」。見た目はシンプルなサラダに見えるが、食べ進むうちにおこぎやスイバなど南木曽町ならではの野菜が顔を出す。わかめや海苔といったミネラル豊富な海の食材。これらも実は山の恵みであることを教えてくれる。

桜の花の塩漬けを大根のピクルスに忍ばせる。真冬のサラダと思いきや山菜の苦みや桜の香りなどで、春の到来を予感させるサラダに仕上げた。

2品目「森の魚」。親子でニジマスを養鱒する生産者植松氏にリスペクトを払った森の魚の皿では、ニジマスの身の上にぷりぷりのいくらをあしらう。捌いた後の頭や骨もソースに活用。

木曽駒ヶ岳の清流を利用する養鱒場が『いぶき養鱒場』。清冽な水の恩恵により驚くほど澄んだ味わいのニジマスなどを育んでいる。

“森”を冠したコースの構成に、南木曽への感謝が込められる。

まずはメニューに目を落とすと、すべての料理には“森”という言葉が冠されています。森のサラダ、森のスープ、森のラビオリ、森の肉……。

“森”とは、すなわち面積の94%が森林に覆われる南木曽町を意味するのでしょう。

期待に胸を弾ませながら、運ばれてきた最初の料理は「森のサラダ」です。

南木曽町のダイバーシティを表現したという一皿。ルッコラ、レタス、わさび菜、せりなどのほかに、春を告げる木曽地方の山菜おこぎ(南木曽の人々が親しんで呼ぶ“おこぎ”は、長野県南部地方特有の呼び名で、正式には「うこぎ」)、秋にとれた大根のピクルス、桜の塩漬け、雑草扱いされるスイバ(酸葉)、海のアクセントとして伊勢湾のわかめとのりなどがたっぷりと。

本店『daGorini』でも必ずフレッシュなサラダから始まるという1皿目は、まさにジャンルカ・ゴリーニ氏の原体験なのだといいます。

「私の祖父は家の前に畑を持ち、たくさん野菜を作っていたんだ。私も手伝いをしていましたが、よく勝手に畑に入り、そのまま野菜を味わい怒られていました。今ではその経験がいい思い出なのですが、その時からです。私は手間ひまかけて作ったとれたての野菜の美味しさを知っているのです。それは南木曽町でもそうでした。冬だから何にもないよと悔しがる生産者さん。でもですね、その後、必ずでもこれならある、いまはこれしかないと、どんどん見たこともない、山菜や野菜の保存食などが出てくるのです」

その体験をまさに一皿のサラダとして供してくれたのです。伊勢湾のわかめとのりが入っているのにも理由がありました。

94%が森林の南木曽町には木曽川が流れます。森を形成する腐葉土が木曽川を伝い200kmの旅をして伊勢湾の栄養に。魚種豊富な伊勢湾の恵みは、森のお陰で育まれる。海のものは山で作られる。そんな森の豊かさとともにそこに生きる生活の知恵、自然の循環、森の大切さを表現してくれたのです。

その後の森の魚は、ニジマスの一皿。木曽駒ヶ岳で育まれる水の美しさに驚いたと、ジャンルカ・ゴリーニ氏は表現します。親子で養鱒経営する『いぶき養鱒場』植松さんの仕事ぶりをそれこそがトラディションだと敬意を示し、料理も循環をテーマにニジマスの身といくらの醤油漬けをあわせます。さらに頭や骨からエキスを丁寧に抽出し白いソースに。ソースの酸味には、未成熟で形の不揃いだったいちごを使ったと笑います。本来であれば処分される骨や頭、未成熟で不揃いのいちごと、美味しさの理由の中に、食材へのリスペクトが自然と込められているのです。

森のスープに使用するキノコの試作風景。キノコのキャラクターを引き出すため、それぞれに異なる火入れや調理を施していく。

スタッフの理解を深めながら進む森のスープの試作風景。

4品目「森のスープ」。食膳に運ばれた瞬間、南木曽町の山の香りが立ち込めた。

5品目「森のリゾット」。あえて日本米を使用しリゾットにチャレンジ。完全無農薬のイセヒカリを使用。何度もトライした逸品。ヤギのチーズに、干し柿やどぶろくでアクセントを加えた。

7品目「森の肉」。森の肉には鹿肉を用意。味噌玉製法で作るパンチのある糀味噌を

まだまだ続く、Made in 南木曽のスペシャルプレート。

その後の森の貝では、またもや伊勢湾産のサザエをアレンジ。南木曽の3種の芋を合わせて、テクスチャーの違いで来場者を驚かせます。

続く白眉の森のスープは、テーマがウォーキングインザ・フォレスト(森の散歩)。木地師の里『木地屋やまと』の木の器に盛られた一杯は、まさに南木曽の森に佇んでいるような錯覚を覚える香りが立ち込めたのです。

「とにかく圧倒的に種類が多くて、それぞれにキャラクターがある。その個性をそれぞれ際立たせたいと思ったら森になったよ」とジャンルカ・ゴリーニ氏。

圧倒的な数とキャラクターと絶賛したのは南木曽のキノコだったのです。

ただし、それらをひとつの鍋でスープにしたわけではありません。

御岳ぶなしめじは蒸し。舞茸は味噌で。えのきは薪で香りをつけて、なめこはフライパンで焼き付けます。なかでも彼が特段、興味を持ったのはこうたけ(香茸)、地元では松茸以上に争奪戦だという広葉樹林に群生する香り豊かなキノコはあえて姿を見せず。秋に取ったものを乾燥させたこうたけで、丁寧に出汁を取ったのです。

仕上げにレモンとかやの実、チップにしたヒノキをあしらった森のスープは、驚くほどの香りと存在感で参加者を魅了したのです。

イタリア料理のプリモピアットであるパスタやリゾットは、日本人がどちらも大好きだよと聞いたので、ラビオリとリゾットの両方を提供。リゾットには放牧ヤギのチーズに柿やどぶろく、ラビオリには24時間かけて生み出すイワナのスープと、それぞれに生産者の顔が浮かぶ料理が並びました。

メインの森の肉。鹿のテンダーロインのステーキを糀味噌で味わった際に、うすうす気がついていた疑念は、確信へと変わりました。

そう、ジャンルカ・ゴリーニ氏は、今回の“森”を冠したコースの中に、南木曽で出会った生産者のすべての食材を料理に落としこんでいたのです。

左より今回のイベントの発起人でホテル「Zenagi」を運営する岡部統行氏(南木曽「ウェルネス農泊」推進協議会の代表も務める)、シェフの招聘に尽力した世界ナンバーワンフーディー・浜田岳文氏、シェフ・ジャンルカ・ゴリーニ氏

有志でチームに参加した最年少。長野県松本市出身で、辻調理師専門学校フランス校の卒業生・吉川瑠香氏はイベント後感動で思わず涙。

テロワールを生かした独創的な“田舎料理”を生み出し、世界から注目を集めている『daGorini』のジャンルカ・ゴリーニ氏。

長野県を中心に、東京山梨などから有志で今回のイベントに参加した料理人たち。

イタリア人の視点で見た南木曽町。そこに眠る土地のポテンシャルとは?

コースを食べ終えると、ある不思議な感覚に襲われました。

「南木曽の町には珍しい食材があるよのディスプレイだけにとどまらず、きちんと料理として積み上げている。シンプルにではなく、彼のクリエイティブできっちり手をかける。それが彼の感性であり、イタリアの伝統で日本人にはフレッシュなアプローチとなる。鹿に添えた味噌がその代表例。こういう会の場合、味噌を使いたい料理人は多いが、大量生産のどうでもいい味噌では意味がない。ジャンルカはクセの強い地元の糀味噌をジビエに合わせた発想が素晴らしいですよね。まさに、がっかり感の対局。日本にあるのに日本人が思いつかなかったことが悔しいですよね。たった1週間の滞在で食材が持つ個性を描き分けている。風味、テクスチャーとちゃんと向き合う、思考の深さが垣間見えました」とこの会に同席した、世界ナンバー1フーディーの浜田岳文氏は、食後にそう評してくれました。

そうなのです。食後に沸き起こった不思議な感情とは、悔しさにも似た驚きなのです。日本に根付いた伝統食や保存食。すぐ目の前にあるはずなのに、それを古臭いという固定概念で切り捨て、ガストロノミーイベントでなど、到底使うこともない。真新しいものには飛びつく我々の興味関心も、土地に根付いた伝統食にはどこか感覚が錆びついてしまう。それを全く違う土地から来たジャンルカ・ゴリーニ氏は、数日で軽々と飛び越え、日本人では思いも浮かばぬ調理法で森のコースに仕上げてしまったのです。

「訪れた生産者の食材は全員ほぼ使っている。簡単ではないけど、アイデアが浮かぶではなくて、顔を見て感情を感じて皿を作りました。パスタのカペレッティは、どのスープにするかずっと迷っていた。でも囲炉裏のイワナを見て、ストックにしたいと。もしくは、生産者の女性がふるまってくれたすんきの味噌汁。優しい酸味はグラニテにしたいと。木曽れんこんの甘さと粘りもデザートになるなと。出会ったみんなの顔を思い浮かべて、だんだんイメージができてきた。ナーバスにはならないで山にあるもので考える。南木曽を回った際の生産者のエモーションからアンサーがでてくる。そう自分を信じていたんだ。明日は南木曽に戻り、生産者さんのディナー会でフィニッシュだ。どんな顔をしてくれるかとても楽しみです。グラッツェ!」

イタリアの山の町から訪れたシェフ・ジャンルカ・ゴリーニ氏。

驚きと感動と、料理への情熱、山への感謝、生産者へのリスペクト……

ローカルガストロノミーとは、どれだけ地方を理解できるかに尽きるのでしょう。

それを約1週間の滞在で、誰よりも深く、誰よりも濃く、誰よりも熱く表現した今回の「Cook The Forest 〜森を食べる〜」。

ジャンルカ・ゴリーニ氏が描いた皿の数々は、数日の幻のように2度と味わうことができないのかもしれません。

ただし、終わりではないのです。怒涛のごとく彼と数日をともにした有志の日本人シェフたちは、またそれぞれの調理場へ、日常へと還るのです。きっと今後の彼らの料理には、その影響が描かれていくのではないでしょうか?

それこそがジャンルカ・ゴリーニ氏が言うところの、エモーショナルな瞬間なのでしょう。このイベントが残した軌跡は、きっとそんな波紋となり、広がっていくことを期待せずにはいられません。

東京でのイベントを終えた翌日、南木曽町へ戻り、お世話になった生産者を招待した特別ディナーが振る舞われた。

自らの作った食材がジャンルカ・ゴリーニ氏の調理により、スペシャルディナーとして供される。一堂、驚きと喜びが交錯し、楽しい宴となった。

住所:長野県木曽郡南木曽町田立222
https://zen-resorts.com/
南木曽「ウェルネス農泊」推進協議会
https://nagiso-wellness-tourism-council.com/


Photographs:TOMOHIRO MATSUNAGA
TextTAKETOSHI ONISHI