シェフによる、シェフのための宴。スターシェフが一堂に会する“あり得ない夜”。[The Chefs Gathering/東京都渋谷区]

ホテルのバンケットキッチンが、クラブに。

とある日曜の夜、渋谷『TRUNK(HOTEL) CAT STREET』のバンケット・キッチン。クラブのように派手に飾られたその場所で、秘密の宴が始まろうとしていました。

まず会場で出迎えるのは100kg超級の本鮪。添えられた『やま幸』の競り札を見るまでもなく、ひと目で最高峰の逸品だと伺えます。煌めくネオンの照明、ガンガンと鳴り響く音楽、ずらりと並ぶドン ペリニヨン。さらに参加者の顔を見ると、さらなる驚きが待っています。それは日本を代表する、文字通りのトップシェフの面々。

あり得ない宴。奇跡の夜。

この『The Chefs Gathering』を知る人の多くは、そう語ります。

2017年に初開催された、シェフによる、シェフのための宴。5回目となる『The Chefs Gathering 2025』が、幕を開けました。

会場で参加者を出迎えた塩釜の巨大な本鮪。

仕掛け人の本田氏、『TRUNK(HOTEL)』の野尻氏の挨拶で幕を開けた。

開始直後からボルテージは最高潮。シェフ同士の交流で賑わう。

協賛はドン ペリニヨン。ドリンクサーブはドリンクディレクターの大越基裕氏が担当した。

自ら料理し、振る舞うシェフのためのイベント。

この『The Chefs Gathering』には基本的に、ただのゲストはいません。シェフたちは自ら料理をつくり、他のシェフたちに振る舞うのです。

バンケットキッチンのそこかしこに、無造作に並べられる完成した料理。皿が足りなければバットに盛られ、できたそばから手渡しで。それほどラフな雰囲気ではあっても、集うのはトップシェフたち。笑い合い、語り合い、ふざけ合いながらも、一度包丁を持てば一切の妥協なく自身の技術を料理に込めるのです。

『フロリレージュ』の川手寛康氏は、広島産のモリーユ茸に鰯を合わせ、シェフたちを驚かせました。パリからやってきた『Pages』の手島竜司氏はバジルオイルで仕上げたウフマヨ。ミラノ帰りの徳吉洋二氏は、イタリアの生ハムと鮪を合わせた一品を仕上げます。『鮨しゅんじ』の橋場俊治氏は、『やま幸』の山口幸隆社長が捌いたばかりの鮪を次々と握ります。『里山十帖』の桑木野恵子氏は、『cenci』の坂本健氏とコラボするために、地元新潟の山菜を摘んできました。

この日は“お金をもらってゲストに料理を提供する”という日常とは離れた、いわば遊びの時間。そして参加者の誰もが「本気で遊ぶ」ことの意義と楽しさを存分にわかっていたのです。

DJは美食家としても知られる音楽プロデューサーFPMこと田中知之氏。

鮪の解体は『やま幸』の山口社長自らの手で。

『フロリレージュ』川手氏の「モリーユ茸のイワシファルス」。

初参加となった『食堂とだか』戸高雄平氏と『天ぷら元吉』元吉和仁氏の合作「湯葉甘納豆チーズ 桜の香り」。

『鮨しゅんじ』橋場氏と、福岡『鮨 唐島』の唐島裕氏のタッグで生まれた握り。

それぞれの思いを胸に、料理と向き合うシェフたち。

「食べることで思いを分かち合う大切な時間」と能田耕太郎氏がいえば、『ブリアンツァ』の奥野義幸氏も「若いシェフにとって厨房で働くこと以外の経験を積むことも大切。今日ほど貴重な体験はない」とその思いを語ります。その言葉の通り『鳥しき』の池川義輝氏が鶏を焼く様子を、若手シェフたちが食い入るように見つめています。

郷土の誇りを胸にやってきたシェフたちもいます。

福島『丸新』の熊倉誠氏は「スターシェフに胸を借りる気持ち。その体験を持ち帰り地元に貢献したい」と謙遜しますが、持参した東北の食材の素晴らしさを自信を持って紹介していました。湯布院『ENOWA』のTashi Gyamtso氏も、朝収穫したばかりのアスパラガスを持って飛行機に乗りました。富山『レヴォ』の谷口英司氏も「富山の魅力を伝えるのも今日の使命。これを機に地方にも目を向けてもらえたら」と思いを語ります。

こうして、それぞれのシェフが、それぞれの思いを胸にしながら、美食と音楽と混沌の夜は続きました。

『丸新』熊倉氏がつくったのは「ブロッコリー見立て豆腐」「えんどう豆スリ流し」「ホタルイカと花わさび」の3品。

富山『ひまわり食堂2』の田中穂積氏の「豚バラとファラフェル キャロットラペ ミント添え」。

山形『OSTERIA SINCERITA』の原田誠氏の「馬肉ロースと根菜サラダのブーケ仕立て」。

『蕎麦おさめ』の納剣児氏は「クリームチーズの味噌漬け」に揚げ蕎麦チップをあわせた。

能田耕太郎氏がつくった「マグロとモルタデッラのピアディーナ」。

限界を定めぬ突飛な発想こそ、食の未来を拓く。

この「あり得ない夜」を現実のものとした背景には、ひとりの美食家の存在がありました。

その名は本田直之氏。

今回の40数名の参加シェフは、すべて本田氏の直接スカウト。つまりどの場所であろうと、本田氏が直接店を訪れ、料理を食べ、シェフと話し、今回の参加を願ったのです。

「同じジャンルのシェフ同士の繋がりはあっても、その垣根を乗り越えた繋がりはなかなかありませんでした。それはもったいないなと思ったんです」と本田氏。

その状況をなんとか打開できないか、と考えた末に生まれたのがこの「The Chefs Gathering」でした。その思いに「TRUNK(HOTEL)」代表取締役社長の野尻佳孝氏が共感し、現在の形になったのだといいます。

「どのジャンルにおいても業界を越えた繋がりがないと、広がりは生まれにくい。異なる技能を持つ人同士の親交からは、想像もつかないおもしろいことが起こるもの」そんな期待を胸に、本田氏は持てる知識と経験をフル稼働して、この「The Chefs Gathering」を開くのです。

これはシェフによる、シェフのための宴。

このような飛び抜けた発想から、日本の食の未来は築かれていくのかもしれません。

自身を「食の応援団」と語る本田氏(左)。思いを同じにする野尻氏(右)とともに。


Text:NATSUKI SHIGIHARA
Movie:NAOKI TOMITA