非日常となった美食が、再び日常に寄り添うとき。Destination Restaurants 2025が描く新たな風景[Destination Restaurants 2025/東京都港区]

日常のすぐ隣に生まれる食の旅。

初夏の東京、麻布台ヒルズの一角に、静かな熱気が満ちていました。

煌びやかな照明に照らされたステージには、選ばれし料理人たちが一堂に会しています。ジャケットに身を包んだその表情には誇りがあふれ、テーブルには各地から集まった食の関係者が静かに見守っている──

この日は「Destination Restaurants 2025」の授賞式。

地方の風土と食文化を讃えるこの舞台は、今年もまた新たな物語を迎え入れていました。

2021年、日本でもっとも歴史ある英字新聞『The Japan Times』により生まれたこの賞が掲げる理念は明快です。東京23区と政令指定都市を除く地域を対象に、料理人たちが土地の恵みと真摯に向き合い、文化や風景までをも料理に昇華する営みに光を当てること。それは単なるグルメガイドではなく、美味しさの先に広がる物語であり、地域が紡いできた歴史の蓄積です。

選考を担うのは、食文化の第一線を走る3名の審査員。世界の料理教育に貢献し続ける食育の旗手・辻調グループ代表の辻芳樹氏、食とライフスタイルを横断する独自の審美眼で知られるビジネスプロデューサー本田直之氏、そして世界の美食を食べ歩く美食家・浜田岳文氏。3名が日本各地に点在する候補店に赴き、その味のみならず地域の空気や歴史・文化まで感じながら厳正に審査します。

創設当初は「やがて候補が尽きるのでは」と危ぶむ声もあったこの賞。しかし蓋を開けてみれば、むしろ年を重ねるごとに候補は増え続け、審査員たちにうれしい悲鳴をあげさせています。料理人たちの挑戦は、いまや地方の風土に新たな光を当て、埋もれていた食や食文化を次々と掘り起こしているのです。

壇上の受賞者たち。写真左から『ファームレストラン クオーレ(北海道白糠町)』漆崎雄哉氏、『オステリア シンチェリータ(山形県南陽市)』原田誠氏、『ノンナ ニェッタ(茨城県つくば市)』川村憲二氏、『レストランKAM(埼玉県川口市)』本岡将氏、『ひまわり食堂2(富山県富山市)』田中穂積氏、『オーベルジュ オーフ(石川県小松市)』糸井章太氏、『くるますし(愛媛県松山市)』高平康司氏、『日本料理 別府 廣門(大分県別府市)』廣門泰三氏、『センティウ(鹿児島県鹿屋市)』内田康彦氏。『田舎の大鵬(京都府綾部市)』渡辺幸樹氏は欠席のため映像でコメントを寄せた。

審査員である学校法人辻料理学館理事長、辻調グループ代表辻芳樹氏。

同じく審査員を務めるレバレッジコンサルティング株式会社代表取締役社長・本田直之氏。

同じく審査員を務める株式会社アクセス・オール・エリア代表取締役・浜田岳文氏。

授賞式では受賞シェフたちの手によるフィンガーフードも提供され、会場を盛り上げた。

料理人たちが紡ぐ土地の物語

今回、「The Destination Restaurant of the year」に輝いた富山市『ひまわり食堂2』は、その象徴ともいえる存在です。

田中穂積シェフが作り出す料理は、富山の山々、川、海が育む食材と真摯に向き合いながら生み出されます。旬の野菜、近海の魚、地元料理人たちとのチームワークが、派手ではないもののアイデアが詰まった皿の上で静かに主張をする。そんな料理こそが『ひまわり食堂2』の持ち味です。

北海道白糠町の『ファームレストラン クオーレ』では、併設のめん羊牧場で育った新鮮な羊を使用し、土から食卓までの循環を体現しています。窓の外は北海道の雄大な自然。ここでは過ごす時間が単なる食体験ではなく、生きた営みの延長として存在しています。あるいは京都府綾部市の『田舎の大鵬』では、鶏を締めるところからゲスト自身が体験するコースで、食と命への向き合い方を考えさせます。

それぞれの店が内包する、そこだけの物語。そのためだけに足を運ぶ価値を感じさせる唯一無二の名店たちです。

さらに5回目を迎えるにあたり、少しずつ変化も見えてきました。

たとえば選出された店の顔ぶれに、地方の奥地だけでなく都市近郊やベッドタウンのレストランの名も散見されること。『ノンナ ニェッタ』(茨城県つくば市)、『レストランKAM』(埼玉県川口市)など、いずれも都市生活と地元の素材をつなぐ舞台となっています。そこにあるのは、気軽に足を伸ばせる距離の中に特別な体験を用意される新たな美食の形。食を起点に、人々の行動半径は確かに広がっています。それは、一度は「食を目的とした旅」という非日常になった食が、再び日常の延長線上に戻ってきたことを示唆しているようです。

壇上で受賞の喜びを語る『ひまわり食堂2』の田中穂積氏。

『ひまわり食堂2』の料理の一例。田中氏のアイデアやユーモア、食材に対する真摯な思いが皿の上に結実されている。

左上:『茶路めん羊牧場』に併設された『ファームレストラン クオーレ』。飼育から調理まで一貫して行うことで、内臓など新鮮でなければ食べられない部位まで味わえる。
右上:『田舎の大鵬』は1日1組限定。ゲスト自ら鶏を絞めるという鮮烈な体験から始まるコースには「食とは命をいただくこと」というメッセージが込められている。
右下:手打ちパスタをはじめ、チーズや生ハムにいたるまで自家製にこだわる『ノンナ ニェッタ』。つくば市の住宅街で、伝統的なイタリアの味に触れられる。
左下:『レストランKAM』は、店主・本岡将氏が祖父の古民家を利用してオープンしたファーム・レストラン。自家菜園の野菜を、南仏仕込みの技術で調理する。

食がつなぐ地域の未来と営み。

この『Destination Restaurants』によって光を当てられることで今、地方のレストランは単なる観光資源にとどまらず、地域の文化や経済の再生装置としての役割を強めつつあります。

消えかけた在来食材の復活、新たな生産者との出会い、そして若き料理人たちの挑戦。土地ごとに次々と新たな物語が紡ぎ出されています。

愛媛県松山市の『くるますし』は、瀬戸内の豊かな海の恵みと職人の研ぎ澄まされた技が響き合い、大分県別府市の『日本料理 別府 廣門』では、湯の町の静謐な空気感と繊細な和の美意識が一皿に凝縮されます。山形県南陽市、3室だけのオーベルジュ『オステリア シンチェリータ』は食を軸にした宿泊で、より濃厚な地元文化との接触を提供します。石川県小松市の『オーベルジュ オーフ』もまた、加賀の伝統と現代の感性を重ね合わせた一皿で、北陸の新たな美食文化を紡いでいます。さらに鹿児島県鹿屋市の『センティウ』では、南九州の力強い食材がイタリア料理の技法と交わり、ここでしか味わえない表現が生まれています。

料理とは、単に空腹を満たすものではなく、作り手の哲学と土地の息遣いに触れる行為でもあります。遠くの地へ旅でも、少し足を伸ばした日常でも、日本のどこかには心揺さぶる食の物語が待っているかもしれません。

その一皿の向こうに広がる物語が、これからの食の未来を照らしてくれるに違いありません。

老舗『くるますし』を現在守るのは、銀座『鮨よしたけ』で江戸前寿司を学んだ2代目。愛媛県産を中心に瀬戸内海や太平洋で揚がる四国の魚介類をおまかせコースで。

『日本料理 別府 廣門』の店主・廣門泰三は『柏屋 大阪千里山』で料理の道に入り、蕎麦打ちの名人として名高い高橋邦弘に師事。その後『銀座しのはら』で2番手を務めた経歴の持ち主。

3室のみのオーベルジュ温泉旅館『オステリア シンチェリータ』。山形牛をはじめ、土地で育った食材で作る料理で注目を集める。

廃校になった元小学校舎を利用した全国的にも珍しいフレンチのオーベルジュ『オーベルジュ オーフ』。地元食材と地元酒蔵の酒や糀などを組み合わせた料理が登場する。

鹿児島県南部、大隅半島の中程に位置する鹿屋市のイタリアン『センティウ』。使用食材の9割が大隅半島産という地域密着型の美食を提供。

歴代の「The Destination Restaurant of the year」受賞シェフたちも会場にかけつけた。中心の田中氏を祝うのは左から『L’évo』谷口英司氏、『Villa Aida』小林寛司氏、『HAGI』萩春朋氏、『ELEZO ESPRIT』佐々木章太氏。


Text:NATSUKI SHIGIHARA