東京からやってきたシェフが、暮らすように過ごした佐賀。やがて見えてくるこの土地の本質。[シェフ・イン・レジデンスSAGA/佐賀県]

Chef in Residence SAGA長期滞在することで見える土地の本質。

2025年初春。
佐賀県で実施された「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。
それはその名の通り、シェフが佐賀県に長期間滞在し、常時とは異なる環境で過ごしながら、佐賀の食材や料理に触れる試み。選ばれた料理人が土地に溶け込み、生産者と語り、食材と向き合う時間です。

第4回となる今回、その役割を担ったのは六本木のモダンインド料理『ニルヴァーナ・ニューヨーク』の引地翔悟シェフ。より良い食材を探し、日本全国を飛び回る引地シェフをして、1週間にわたる産地滞在ははじめての経験です。

「実は佐賀県については、よく知らないんです。時間の許す限り、佐賀を見て回りたい」

誠実で真摯で向上心に満ちた若きシェフは、そう意気込みを語りました。

やがて時間の経過とともに変化していくそのまなざし。佐賀で出会った生産者との交流、そしてシェフが感じた「シェフ・イン・レジデンス」の本当の価値とは?

スパイスで食材の持ち味を引き出すモダンインド料理を軸とする引地シェフ。今回の滞在を通し、新たな視点で佐賀県産食材の魅力を伝える。

Chef in Residence SAGA生産者との深い交流により見えてくる、知られざる物語。

「これまでの産地訪問は食材を見て、その説明を受ける、いわば商談に近いような形でした。しかし時間に余裕がある今回は、じっくりと時間をかけて語り合うことができました。それこそ“なぜこの仕事をはじめたのか?”という生産者の方の人生まで。そこに込められた思いを知り、こだわりを知り、物語を知ることで、食材に対する理解がいっそう深まりました」

そう話す引地シェフ。

たとえば『はしま海苔』の橋間勝由さんの漁船に乗せてもらって上陸した“牡蠣礁”は、有明海の固有種であるスミノエガキが積み重なってできた島。
スミノエガキは、住之江地区に多く生息することから名付けられた天然の牡蠣で、一般に流通するマガキの2倍近いサイズがあり、甘みが強くえぐ味が少ないのが特徴です。
しかし放って置くとどんどん重なり海を侵食していってしまうのだといいます。塩の干満のタイミングをはからないと採ることも難しく、海苔漁師にとってはむしろ「邪魔者」の扱い。船上で生産者から聞くそんなストーリー。

「これほど素晴らしい牡蠣が、地元では違った目線で受け止められている。試食するだけではわからない食材への理解が、料理のアイデアにもつながります」
 

天然の牡蠣が積み重なって自然とできあがる牡蠣礁。料理人にとっては宝の山だが、地元の海苔漁師のとっては悩みの種にもなっている。

スミノエガキはこの大きさ。しかし大味ではなく、甘みも十分。加熱しても縮みにくいため、料理にも使いやすいという。

海から戻り、意見を交わす橋間さんと引地シェフ。橋間さんは採ったばかりのスミノエガキを蒸して試食させてくれた。

Chef in Residence SAGA景色、料理、出会い。滞在中のすべての時間が宝物。

出会いはさらに数多くありました。

フルーツトマトの甘さだけでなく、ロジカルな思考で水害に強い栽培方法も独自に生み出した『アグリッシュ』の吉田章記さん、唐津焼の伝統的な素材や技法をベースに新たな造形美を探求する気鋭の陶芸家・濱崎快素さん、自然と共存するように当地で最適な方法を模索し、驚くほどおいしいパクチーをつくる『江口農園』の江口竜左さん、引地シェフに「これほど香り豊かな牛肉は初めて」といわしめた長期肥育ホルスタイン・白富牛の吉原龍樹さん、秘めたポテンシャルでシェフの好奇心を刺激した未知の食材・エミューを育てる『きやまファーム』の高枝さん、地元に根づき、地元の味の根幹を支える『丸秀醤油』の秀島健介さん、そして引地シェフが「あの人は天才」と惚れ込んだお茶の名人『あはひの』の松尾俊一さん。

さまざまな出会いがあり、じっくり語り合うことで見えてくるそれぞれの物語。その中で、引地シェフのまなざしも、少しずつ変化してきました。

他者を尊重し、生産者に敬意を払う元来の性格から、これまでは「プロである生産者に自分が何かをいうのはおこがましい」と、食材に注文をつけることは自重していたという引地シェフ。しかし、コミュニケーションを重ね、じっくりと向き合ううちに、その姿勢が変わり始めたのです。

商業施設やホテルのレストランでは、生牡蠣の使用が禁止されている店も多い。殻を剥き、加熱した上で出荷してもらえれば使いやすい。オペレーションの中で取り扱いが難しいお茶は、ティーバッグにして販売してはどうか。

シェフからの生産者への進言。それは根底に生産者への揺るがぬ敬意があり、そして時間をかけて互いに信頼関係を築いたから生まれたもの。

「熱意ある生産者たちに、こちらも全力でぶつからなければ失礼になる」

そんな思いが胸の奥から湧いてきたのです。

さらに長期の滞在は、生産者との交流以外にも収穫をもたらしました。
滞在していたホテル『和多屋別荘』の小原嘉元社長の勧めで体験した、香りを調合する「創香体験」。

実は引地シェフは大学で心理学を学び、香りがもたらす効果を研究していました。食とも密接な関係がある分野ではありますが、早くから修業をはじめる人も多い料理人の世界にあって、厨房に立つスタートが遅かったことは引地シェフの中である種のコンプレックスのようになっていました。
しかしここで香りと食の融合「フレグランス・ガストロノミー」の可能性に触れたことで、自身の歩んできた道がひとつに結実したように感じられたといいます。

生産者訪問の合間に食べた現地の食事も、現地を案内してくれた県庁職員をはじめたとした生産者以外の方々との交流も、そして見聞きし肌で感じた佐賀の風景も、すべてが滞在の大きな収穫として、引地シェフの心に刻まれました。

白富牛の吉原龍樹さんとともに。食材そのものだけではなく、その向き合い方もまた、引地シェフの大きな刺激となった。

白富牛をその場でステーキに。ミルキーな香りがシェフを驚かせた。

『江口農園』の江口竜左さんは武雄のパクチー栽培の先駆者のひとり。つくりはじめた当初は手探りで、試行錯誤を繰り返したという。

江口さんのパクチーはみずみずしく、柔らかいのにしっかりと食感もあるという素晴らしい逸品。

独自に考案した方法でトマトを栽培する『アグリッシュ』の吉田章記さんを訪ねた一幕。トマトの味だけではなく、その背景にある物語まで話は広がる。

佐賀県は日本を代表する陶磁器の産地。自然と共存するかのような濱崎快素さんのアトリエで存在感のある陶板に一目ぼれした引地シェフ。作家のもとを訪ね、器のインプットをすることも料理のインスピレーションに繋がる。

Chef in Residence SAGA滞在を締めくくるシェフの決断、最後の晩餐。

「野菜、魚介、肉、お茶、調味料。すべての食材がハイレベルで揃う。実際に来てみて印象が大きく変わりました」

そう振り返った引地シェフ。
従来の「シェフ・イン・レジデンス」は、こうしてシェフに佐賀の食材を深く知ってもらい、その魅力を広く伝えてもらうことが目的でした。

しかし今回、深く佐賀を感じ、生産者と交流した引地シェフには、強い希望がありました。それは滞在の最後に、生産者の方々を招いて自身の料理を振る舞う晩餐を開くこと。
今回佐賀で出会った食材を、その生産者自身に食べてもらう特別なディナー。厨房の横に即席のダイニングをつくり、調理工程を眺め、話をしながら料理が完成する一夜限りのシェフズテーブルです。

「普段の僕の料理を出すのでは意味がありません。いつもの料理を、今回の食材に置き換えるだけなら失敗はないし、恥をかくこともありません。しかし今回、それでは不誠実だと思ったんです」

引地シェフは言います。

「生産者から食材という最後のバトンを受け取った。その食材に対して僕はこう思いました、みんなはどう思いますか? そうして話し合うことで、みんなで一歩前に進める。そのために、僕は食材から感じたままの料理を作ることにしました」 

それは誇りをかけて食材と向き合う生産者の熱意が、シェフに移ったような熱量でした。

佐賀の食材を、シェフの思いのままに表現した晩餐は大きな拍手とともに終了しました。
引地シェフはゲストたちを見送った後、深夜までかけてキッチンを隅々までぴかぴかに磨き上げました。

「お世話になった場所だから、来たとき以上に綺麗にして帰る。そうして“シェフってかっこいい”と思ってもらうことも、シェフインレジデンスの意義だと思います」

そんなシェフの姿勢もまた、佐賀県の生産者たちが心を開いてくれた理由なのかもしれません。

「料理は、料理人の手だけで完成するものではない」そう引地シェフは話します。
生産者が食材を育て、料理人が受け取り、食べる人がその味を記憶する。すべてのプロセスが繋がり、それがひとつの物語となる。

そんな事実を改めて示した晩餐と、「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。
一週間の滞在がひとりの料理人のまなざしを変え、そしてそのまなざしが食の未来を変えていく。そんな大きな循環が、まさに動き始めたのです。
 

佐賀で出合ったすべての食材を使って仕上げたコース。完成度そのものよりも、シェフがその食材に何を感じたのかを正直に込めた料理が並んだ。

スミノエガキはゆっくりと火を入れ、その水を煮詰めたスープで仕立てた豆のカレーを合わせた一品に。豆の甘みと牡蠣の甘みがつながる味わいを目指した。

白富牛の香りをまとわせたビリヤニ。個体差があり、肉主体のレストランでは使い道が限られる白富牛を活かす引地シェフの答え。写真奥は、佐賀のはったい粉で作ったナン。何度も発酵具合を調整しながら仕上げた。

黒米で仕立てたキールと松尾さんのほうじ茶でつくったチャイ。チャイは厨房の片隅で常に沸かし続け、ほのかなスパイス香がディナー中に常に漂う演出に。

生産者の皆さまを招いてのディナーは、引地シェフたっての希望。滞在の疲れも見せず、フルコースのディナーを仕上げた。

東京からやってきたシェフが、暮らすように過ごした佐賀。やがて見えてくるこの土地の本質。[シェフ・イン・レジデンスSAGA/佐賀県]

Chef in Residence SAGA長期滞在することで見える土地の本質。

2025年初春。
佐賀県で実施された「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。
それはその名の通り、シェフが佐賀県に長期間滞在し、常時とは異なる環境で過ごしながら、佐賀の食材や料理に触れる試み。選ばれた料理人が土地に溶け込み、生産者と語り、食材と向き合う時間です。

第4回となる今回、その役割を担ったのは六本木のモダンインド料理『ニルヴァーナ・ニューヨーク』の引地翔悟シェフ。より良い食材を探し、日本全国を飛び回る引地シェフをして、1週間にわたる産地滞在ははじめての経験です。

「実は佐賀県については、よく知らないんです。時間の許す限り、佐賀を見て回りたい」

誠実で真摯で向上心に満ちた若きシェフは、そう意気込みを語りました。

やがて時間の経過とともに変化していくそのまなざし。佐賀で出会った生産者との交流、そしてシェフが感じた「シェフ・イン・レジデンス」の本当の価値とは?

スパイスで食材の持ち味を引き出すモダンインド料理を軸とする引地シェフ。今回の滞在を通し、新たな視点で佐賀県産食材の魅力を伝える。

Chef in Residence SAGA生産者との深い交流により見えてくる、知られざる物語。

「これまでの産地訪問は食材を見て、その説明を受ける、いわば商談に近いような形でした。しかし時間に余裕がある今回は、じっくりと時間をかけて語り合うことができました。それこそ“なぜこの仕事をはじめたのか?”という生産者の方の人生まで。そこに込められた思いを知り、こだわりを知り、物語を知ることで、食材に対する理解がいっそう深まりました」

そう話す引地シェフ。

たとえば『はしま海苔』の橋間勝由さんの漁船に乗せてもらって上陸した“牡蠣礁”は、有明海の固有種であるスミノエガキが積み重なってできた島。
スミノエガキは、住之江地区に多く生息することから名付けられた天然の牡蠣で、一般に流通するマガキの2倍近いサイズがあり、甘みが強くえぐ味が少ないのが特徴です。
しかし放って置くとどんどん重なり海を侵食していってしまうのだといいます。塩の干満のタイミングをはからないと採ることも難しく、海苔漁師にとってはむしろ「邪魔者」の扱い。船上で生産者から聞くそんなストーリー。

「これほど素晴らしい牡蠣が、地元では違った目線で受け止められている。試食するだけではわからない食材への理解が、料理のアイデアにもつながります」
 

天然の牡蠣が積み重なって自然とできあがる牡蠣礁。料理人にとっては宝の山だが、地元の海苔漁師のとっては悩みの種にもなっている。

スミノエガキはこの大きさ。しかし大味ではなく、甘みも十分。加熱しても縮みにくいため、料理にも使いやすいという。

海から戻り、意見を交わす橋間さんと引地シェフ。橋間さんは採ったばかりのスミノエガキを蒸して試食させてくれた。

Chef in Residence SAGA景色、料理、出会い。滞在中のすべての時間が宝物。

出会いはさらに数多くありました。

フルーツトマトの甘さだけでなく、ロジカルな思考で水害に強い栽培方法も独自に生み出した『アグリッシュ』の吉田章記さん、唐津焼の伝統的な素材や技法をベースに新たな造形美を探求する気鋭の陶芸家・濱崎快素さん、自然と共存するように当地で最適な方法を模索し、驚くほどおいしいパクチーをつくる『江口農園』の江口竜左さん、引地シェフに「これほど香り豊かな牛肉は初めて」といわしめた長期肥育ホルスタイン・白富牛の吉原龍樹さん、秘めたポテンシャルでシェフの好奇心を刺激した未知の食材・エミューを育てる『きやまファーム』の高枝さん、地元に根づき、地元の味の根幹を支える『丸秀醤油』の秀島健介さん、そして引地シェフが「あの人は天才」と惚れ込んだお茶の名人『あはひの』の松尾俊一さん。

さまざまな出会いがあり、じっくり語り合うことで見えてくるそれぞれの物語。その中で、引地シェフのまなざしも、少しずつ変化してきました。

他者を尊重し、生産者に敬意を払う元来の性格から、これまでは「プロである生産者に自分が何かをいうのはおこがましい」と、食材に注文をつけることは自重していたという引地シェフ。しかし、コミュニケーションを重ね、じっくりと向き合ううちに、その姿勢が変わり始めたのです。

商業施設やホテルのレストランでは、生牡蠣の使用が禁止されている店も多い。殻を剥き、加熱した上で出荷してもらえれば使いやすい。オペレーションの中で取り扱いが難しいお茶は、ティーバッグにして販売してはどうか。

シェフからの生産者への進言。それは根底に生産者への揺るがぬ敬意があり、そして時間をかけて互いに信頼関係を築いたから生まれたもの。

「熱意ある生産者たちに、こちらも全力でぶつからなければ失礼になる」

そんな思いが胸の奥から湧いてきたのです。

さらに長期の滞在は、生産者との交流以外にも収穫をもたらしました。
滞在していたホテル『和多屋別荘』の小原嘉元社長の勧めで体験した、香りを調合する「創香体験」。

実は引地シェフは大学で心理学を学び、香りがもたらす効果を研究していました。食とも密接な関係がある分野ではありますが、早くから修業をはじめる人も多い料理人の世界にあって、厨房に立つスタートが遅かったことは引地シェフの中である種のコンプレックスのようになっていました。
しかしここで香りと食の融合「フレグランス・ガストロノミー」の可能性に触れたことで、自身の歩んできた道がひとつに結実したように感じられたといいます。

生産者訪問の合間に食べた現地の食事も、現地を案内してくれた県庁職員をはじめたとした生産者以外の方々との交流も、そして見聞きし肌で感じた佐賀の風景も、すべてが滞在の大きな収穫として、引地シェフの心に刻まれました。

白富牛の吉原龍樹さんとともに。食材そのものだけではなく、その向き合い方もまた、引地シェフの大きな刺激となった。

白富牛をその場でステーキに。ミルキーな香りがシェフを驚かせた。

『江口農園』の江口竜左さんは武雄のパクチー栽培の先駆者のひとり。つくりはじめた当初は手探りで、試行錯誤を繰り返したという。

江口さんのパクチーはみずみずしく、柔らかいのにしっかりと食感もあるという素晴らしい逸品。

独自に考案した方法でトマトを栽培する『アグリッシュ』の吉田章記さんを訪ねた一幕。トマトの味だけではなく、その背景にある物語まで話は広がる。

佐賀県は日本を代表する陶磁器の産地。自然と共存するかのような濱崎快素さんのアトリエで存在感のある陶板に一目ぼれした引地シェフ。作家のもとを訪ね、器のインプットをすることも料理のインスピレーションに繋がる。

Chef in Residence SAGA滞在を締めくくるシェフの決断、最後の晩餐。

「野菜、魚介、肉、お茶、調味料。すべての食材がハイレベルで揃う。実際に来てみて印象が大きく変わりました」

そう振り返った引地シェフ。
従来の「シェフ・イン・レジデンス」は、こうしてシェフに佐賀の食材を深く知ってもらい、その魅力を広く伝えてもらうことが目的でした。

しかし今回、深く佐賀を感じ、生産者と交流した引地シェフには、強い希望がありました。それは滞在の最後に、生産者の方々を招いて自身の料理を振る舞う晩餐を開くこと。
今回佐賀で出会った食材を、その生産者自身に食べてもらう特別なディナー。厨房の横に即席のダイニングをつくり、調理工程を眺め、話をしながら料理が完成する一夜限りのシェフズテーブルです。

「普段の僕の料理を出すのでは意味がありません。いつもの料理を、今回の食材に置き換えるだけなら失敗はないし、恥をかくこともありません。しかし今回、それでは不誠実だと思ったんです」

引地シェフは言います。

「生産者から食材という最後のバトンを受け取った。その食材に対して僕はこう思いました、みんなはどう思いますか? そうして話し合うことで、みんなで一歩前に進める。そのために、僕は食材から感じたままの料理を作ることにしました」 

それは誇りをかけて食材と向き合う生産者の熱意が、シェフに移ったような熱量でした。

佐賀の食材を、シェフの思いのままに表現した晩餐は大きな拍手とともに終了しました。
引地シェフはゲストたちを見送った後、深夜までかけてキッチンを隅々までぴかぴかに磨き上げました。

「お世話になった場所だから、来たとき以上に綺麗にして帰る。そうして“シェフってかっこいい”と思ってもらうことも、シェフインレジデンスの意義だと思います」

そんなシェフの姿勢もまた、佐賀県の生産者たちが心を開いてくれた理由なのかもしれません。

「料理は、料理人の手だけで完成するものではない」そう引地シェフは話します。
生産者が食材を育て、料理人が受け取り、食べる人がその味を記憶する。すべてのプロセスが繋がり、それがひとつの物語となる。

そんな事実を改めて示した晩餐と、「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。
一週間の滞在がひとりの料理人のまなざしを変え、そしてそのまなざしが食の未来を変えていく。そんな大きな循環が、まさに動き始めたのです。
 

佐賀で出合ったすべての食材を使って仕上げたコース。完成度そのものよりも、シェフがその食材に何を感じたのかを正直に込めた料理が並んだ。

スミノエガキはゆっくりと火を入れ、その水を煮詰めたスープで仕立てた豆のカレーを合わせた一品に。豆の甘みと牡蠣の甘みがつながる味わいを目指した。

白富牛の香りをまとわせたビリヤニ。個体差があり、肉主体のレストランでは使い道が限られる白富牛を活かす引地シェフの答え。写真奥は、佐賀のはったい粉で作ったナン。何度も発酵具合を調整しながら仕上げた。

黒米で仕立てたキールと松尾さんのほうじ茶でつくったチャイ。チャイは厨房の片隅で常に沸かし続け、ほのかなスパイス香がディナー中に常に漂う演出に。

生産者の皆さまを招いてのディナーは、引地シェフたっての希望。滞在の疲れも見せず、フルコースのディナーを仕上げた。