中村シェフは、日本料理の名店『八雲茶寮』で副料理長を務めた経歴を持ち、「以前より、おせちは作っていたので、今回に活かせたと思います」と言葉を続けます。『八雲茶寮』の総料理長・梅原陣之輔氏もまた、『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバー。以前『ONESTORY』が『Smile Food Project』を取材した日のお弁当も担当していました。
「『Smile Food Project』は一度休止し、再始動していますが、医療従事者の方々は、止まることなく人命のために最前線で闘っています。彼らには“Go to eat”も“Go to travel”もありません。さらには、飲食業界以外にも苦しい業界は多々あり、給付金や協力金を支給されない人たちもいます。だから、それが得られる飲食店は、もっと元気でありたい」。
様々な波乱を巻き起こした2020年でしたが、『CITABRIA』にとっては積み重ねた努力が結実された年にもなりました。『ミシュランガイド東京2021』では、『レフェルヴェソンス』は三つ星に輝き、サスティナブルな取り組みと献身的な活動も評価され、「ミシュラン グリーンスター」も獲得。石田氏もまた、様々なジャンルで開拓する異端児を称える『Esquire』主催の「The Mavericks of 2020」を受賞。
「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画として、コラムニストの中村孝則さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN VOL.2』が開催されました。参加抽選への応募は50名を超え、その中から見事に参加資格を勝ち取った5名が参加しました。
中村さん自身も、これらの野菜を現地で試食した際は鮮烈なインパクトを受けたと振り返ります。とりわけ印象深いのが帛⼄⼥を使った新潟の郷土料理「のっぺ」です。
「正直、それまで里芋の魅力が今ひとつわかっていなかった。ぬめっともさっとしたところが苦手で積極的に選ぶ食材ではありませんでした。でも、長生館という老舗旅館でのっぺをいただいた時には、心から感動したんです。自分の知っている里芋とは全く別物で、なんてきめ細やかでさらっとした心地いい舌触りと。奥深い味わいなんだろうと」
その感動をもとに、中村さんは3品目の洋風のっぺを作りました。旅で立ち寄った、だし製品の直営店「ON THE UMAMI」で手に入れたトマトだしと、中村さんのお気に入りの食材であるグラノパダーノチーズを使った、ユニークなオリジナルのっぺです。
「生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE」の立ち上げは、「#onenippon」を製作中に見た海外のあるニュースがきっかけでした。それは、ネパールの首都・カトマンズから近代史上初めてエベレストが目視可能になったという内容でした。大気汚染が深刻な地域に起こったそれは、人の活動停止によって明らかに空気が澄んだ証拠です。
「生命体という視点で見れば、まだまだ地球上には未知の生物は多いと言われているそうですが、生物の重さで表した時、その90%は海洋生物だと言われているほど、種類、量ともに海は生命の宝庫(日本海事広報協会HP参照)。しかし、そんな海は外来によってその環境を脅かされていると思います。例えば、海の生命体がほぼ陸に上がることはないのに対し、陸の生命体が海に入ることは多分にあります。温暖化や海面温度の上昇なども陸が起こした海の問題だと思います。宇宙レベルで言えばおこがましい話かもしれませんが、少なくともその責任は人間にあると考えますが、地球上に生きる生命の総数で見ると人間は約0.01%という一説を見ました(WORLD ECONOMIC FORUM HP参照)。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだと思いますが、新型コロナウイルスはこの数値の生命体が発生した件だということは向き合うべきだと感じています」。
「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。
「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。
1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA&」)参加。 http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1
「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。
「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。
1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA&」)参加。 http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1
1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
11月7日(土)、「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画第1弾として、フードエッセイスト・平野紗季子さんと菓子研究家・長田佳子さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1』が開催されました。参加したのは、応募総数200名以上から約40倍の応募抽選を勝ち抜いた幸運な5名。スタジオと参加者5名の自宅キッチンをオンラインでつないで行われました。
1989年福岡県出身。2008年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 『The NoMad』(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ『Alinea』(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山『レクテ』(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン『Fäviken』(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー『Central』(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
これまで、福岡『La Maison de la Nature Goh』の福山 剛シェフ、美しいデザートで知られる『été』の庄司夏子シェフ、ミシュラン1つ星レストラン『Ode』生井祐介シェフ、「魚介フレンチ」レストラン『abysse』の目黒浩太郎シェフ、大阪のミシュラン2つ星レストラン『La Cime』の高田裕介シェフなど、今最も注目されているトップシェフが担当し、新しいアテの監修にあたった小林氏を推挙したのは美食評論家でありコラムニストの中村孝則氏です。それぞれの日本酒に合わせて作家が手がけたという酒器も楽しみのひとつです。
今回、限定的な素材を生かしながら新しいクリエイティビティに挑戦した小林氏。その料理が東京で食べられるのは12月末まで。前日20時までの要予約で、1回のセッションで4名まで受け付け可能です。日本のみならず世界で日本酒の価値を高めたいという『ヤヱガキ酒造』と、その思いに共感した小林氏との共演を、この機会にぜひご堪能ください
2018年に開催された「DINING OUT RYUKYU-NANJO」の感動が地元有志の力で蘇ります。
サンクチュアリ ダイニング「祈りの場」を舞台にしたレストラン、その感動を再び。
日本のどこかに数日間だけ現れるプレミアム野外レストラン『DININGOUT』。2018年11月に沖縄県南城市で開催された『DINING OUT RYUKYU-NANJO withLEXUS』は、琉球王朝創世の地を舞台に、『志摩観光ホテル』の総料理長・樋口宏江シェフが腕を振るい、参加したゲストを深い感動の渦に巻き込み、大盛況のうちに幕を閉じました。
キーパーソンの一人目は、南城市役所勤務の喜瀬斗志也氏。2018年の『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、主催地側の中心スタッフとして会場の提案、決定から開催までのあらゆることに尽力。琉球王国の歴史、神話、祭礼や伝統食文化について樋口シェフ、ホストを務めたコラムニストの中村孝則氏をはじめとする関係者にレクチャーし、二夜の宴を大成功に導いた影の功労者でもあります。
南城市には「琉球王朝のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界文化遺産に指定されている斎場御嶽をはじめ、国が重要文化財に指定する史跡を6か所も有する南城市。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』の話が浮上したのは、それらの有効な活用方法についての議論が進んでいた時期だったといいます。
「歴史公園などにするのが一般的ですが、ハード面だけでなく、ソフト面も含め、文化を発信する場として活用したい。そんな風に考えていた我々にとって、地域の多くの人々が関ることができて、歴史、伝統、食文化を包括的に発信できる『DININGOUT』は非常に魅力的で“これだ!”と、開催地として名乗り出たのです」
二夜のレストランを経験し、ハード面の整備ありきで考えていた史跡活用法が、がらりと変わることに。このままで、ありのままの姿で、場の力を十分に伝えられる。そのカギが、自分たちの足元に無数に眠っていたことに気付いたのです。
「この経験を、一回限りで終わらせないために、自分たちの手で、等身大の形で続けていきたい。そんな思いからSanctuary Dining in Nanjo実行委員会を立ち上げました。『DININGOUT』の反省点もある。例えば、南城市には素晴らしい食材がまだまだたくさんあり、それらをしっかりプレゼンすることで、広く沖縄ではなく、よりこの南城という地にフォーカスする形にできたのではないか、というようなこと。Sanctuary Diningに限らず、今後の課題にしていきたいです」
もう一人のキーパーソンは、『Sanctuary Dining』の一日目と二日目に料理長を務める那覇市の郷土料理店『月桃庵』の屋比久保シェフ。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、地元のキッチンスタッフを束ね、樋口シェフの右腕として活躍したベテラン料理人です。土地の食文化を伝える宮廷料理に取り組み、地元食材に関する知識も豊富な沖縄を代表するトップシェフ。
そんな田根氏の近作は、2020年4月に開業を迎えた『弘前れんが倉庫美術館』です。そのコンセプトは「記憶の継承」。2018年に『東京オペラシティ アートギャラリー』と『TOTOギャラリー・間』にて同時開催された大規模個展「未来の記憶|Archaeology of the Future」もしかり、両者に共通するのは「記憶」。
田根氏が日本で初めて手がけた美術館建築『弘前れんが倉庫美術館』は、2020年に開業。長く市民に愛されてきた建物を美術館として再生、継承する。Photograph:DAICHI ANO
2018年に『東京オペラシティ アートギャラリー』と『TOTOギャラリー・間』にて開催された「未来の記憶|Archaeology of the Future」。「Search & Research」にもとづき、建築における思考と考察のプロセスを展開。Photograph:Nacása & Partners Inc.
建築家。1979年東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016)、『新国立競技場・古墳スタジアム(案)』(2012)、『とらやパリ店』(2015)、『Todoroki House in Valley』(2018)、『弘前れんが倉庫美術館』(2020)など多数。フランス文化庁新進建築家賞、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞、アーキテクト・オブ・ザ・イヤー2019など多数受賞 。著書に『未来の記憶|Archaeology of the Future』(TOTO出版)など。
東氏の表現は、花が持つ美しさを芸術に昇華させ、更に価値化。そして、花に想像を超えた邂逅体験をさせる手法もまた、独自の世界観を生みます。宇宙へ飛び立つ「Exobiotanica - Botanical space flight -」や深海に沈む「Sephirothic flower : Diving Into the Unknown」はその好例です。
自身の創作以外では、ビッグメゾンとの取り組みも多く、「HERMES」や「FENDI」のウィンドー制作やインスタレーション、「DRIES VAN NOTEN」のショーでは「Iced Flower」が採用され、「YOHJI YAMAMOTO」のコレクションではフォトビジュアルを生地に転写。近年においては、「COMME des GARCONS」の川久保 玲さんに選ばれた逸材、「noir kei ninomiya」の二宮 啓氏と共に花のヘッドピースやマスク、ルックに生花を合わせるといった前衛的なコレクションを発表しています。
花には「希望」がある。改めてそう東氏が実感したのは、2011年。日本中に大きな衝撃を与えた「東日本大震災」の時でした。
「僕たちは、“JARDINS des FLEURS”というオートクチュールの花屋を2002年から始めています。注文に合わせてデッサンを起こし、花材を仕入れ、花束を作るお店です。今回、このコロナ禍で真っ先に花の業界は影響を受けると思っていたのですが、実際は想像と真逆でした。花をお買い求めになるお客様が非常に多かったのです。しかも、イエローやオレンジなど、ビタミンカラーの配色をご希望する方が多かったのも特徴のひとつでした。みなさん、誰かを元気付けたいと思っていたのです。“東日本大震災”の時にも同じ現象が起きていました」。
「JARDINS des FLEURS」は、特異な花屋です。まず、花屋なのに花がありません。理由は、前出の通り、オートクチュールにあります。誰にどんな用途でお花を届けたいのかという会話からオーダーはスタート。必要な分だけ花を仕入れ、各々に適した作品を提供しているため、通常の花屋に見る切花やブーケなどが陳列される風景がここにはないのです。
「自分も元々は花屋に勤めていました。しかし、そこでは売れるか分からない花が多分に並び、しおれてきてしまったら廃棄。場合によっては、古いものからお客様に提供するところも。そこに疑問を感じ、自分は必要な分だけ花を仕入れ、無駄をなくした花屋をやりたいと思ったのです」。
食材で言えば、賞味期限に似るのかもしれません。更には、それが生きる動物の品と考えれば想像するのは難しくないでしょう。
「命を無駄にしたくない」。
人々は、なぜ花を必要とするのか。届けたい先の見える化が形成されているのも「JARDINS des FLEURS」の大きな特徴です。
「これは、僕らが改めて“花の力”をお客様から学ばせて頂いたことなのですが、花は自分のために得るのではなく、誰かのために与える存在だということです。元気付けたい。励ましたい。勇気付けたい。それは依頼内容に如実に表れていました。やはり、花は生きる活力なのだと思いました」。
1974年、山形県生まれ。1998年に神田神保町の一誠堂書店に入社。2006年に独立し、茅場町の古いビルにて古書店・ギャラリー『森岡書店』を開業。その後、2015年に銀座へ移転し、一冊の本を売る本屋として『森岡書店 銀座店』を開業。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)など。
都内で活躍する料理人たちが滋賀県産の食材を肌で感じ、その美味しさを最大限に引き出した料理をそれぞれの店で提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。9月11日(金)より都内の各レストランでフェアは始まっていますが、その開催に先立ち、滋賀の食材の本質と美味しさの裏に潜むストーリーを掘り下げるべく、参加する料理人や食材バイヤーが現地の生産者のもとを訪問しました。
全ての視察を終えた帰り道、金井氏は滋賀の食材を「瑞々しく、香りが良い」と評しました。「香りを通して記憶に残るお菓子を作ること」を信条とする金井氏だけに、これは最上級の賛辞。生産者と交わした具体的な話から、すでにフェアに向けたアイデアも固まりつつある様子でした。「まずは箱を開けた時の香り、見た目、そして口に近づけた時の香り。そして口どけのスピード感に差をつけることで主張したい香りをどこに持ってくるか」と、自身のお菓子作りの理念を語る金井氏。「甘さは足すことができますが、香りや食感には素材の特徴が出てきます。そういう点で滋賀の魅力を伝えられるメニューを作りたい」と、金井氏は『Local Fine Food Fair SHIGA』への決意を語ってくれました。
傷がついたもの、粒の揃わないもの、捨てられる部位。日頃から食材を無駄なく使用することを意識する小出氏は、そんな値のつかない素材を、正規品と変わらぬ値段で買い求め、加工することを大切にしています。「大げさに言えば、未来への投資。農業が潤わなければ洋菓子はなくなってしまいますから。ただ単純に、捨てられるものに価値を見出すのが面白い、というのもあります」と話す小出氏。それだけに今回の視察で生産者と直接話せたことは、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けての構想だけでなく、今後の自身のクリエイションにも大きく役立ったといいます。そして「例えば若手生産者がブランディングを進める黒蜜葡萄。誰が、なぜ、この場所でそれを作るのか。そういう物語の部分まで伝えられるメニューを作りたい」と決意を語ってくれました。
今回の視察第二弾ではお茶とフルーツの生産者を巡りましたが、『Local Fine Food Fair SHIGA』では、これら以外にも滋賀の食材をふんだんに取り入れた料理が登場します。10月末まで、東京の7つのレストランにて開催していますので、ぜひ、この機会に滋賀の旬の恵みを味わってみてください。
都内で活躍する料理人たちが滋賀県産の食材を肌で感じ、その美味しさを最大限に引き出した料理をそれぞれの店で提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。9月11日(金)より都内の各レストランでフェアは始まっていますが、その開催に先立ち、滋賀の食材の本質と美味しさの裏に潜むストーリーを掘り下げるべく、参加する料理人や食材バイヤーが現地の生産者のもとを訪問しました。
全ての視察を終えた帰り道、金井氏は滋賀の食材を「瑞々しく、香りが良い」と評しました。「香りを通して記憶に残るお菓子を作ること」を信条とする金井氏だけに、これは最上級の賛辞。生産者と交わした具体的な話から、すでにフェアに向けたアイデアも固まりつつある様子でした。「まずは箱を開けた時の香り、見た目、そして口に近づけた時の香り。そして口どけのスピード感に差をつけることで主張したい香りをどこに持ってくるか」と、自身のお菓子作りの理念を語る金井氏。「甘さは足すことができますが、香りや食感には素材の特徴が出てきます。そういう点で滋賀の魅力を伝えられるメニューを作りたい」と、金井氏は『Local Fine Food Fair SHIGA』への決意を語ってくれました。
傷がついたもの、粒の揃わないもの、捨てられる部位。日頃から食材を無駄なく使用することを意識する小出氏は、そんな値のつかない素材を、正規品と変わらぬ値段で買い求め、加工することを大切にしています。「大げさに言えば、未来への投資。農業が潤わなければ洋菓子はなくなってしまいますから。ただ単純に、捨てられるものに価値を見出すのが面白い、というのもあります」と話す小出氏。それだけに今回の視察で生産者と直接話せたことは、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けての構想だけでなく、今後の自身のクリエイションにも大きく役立ったといいます。そして「例えば若手生産者がブランディングを進める黒蜜葡萄。誰が、なぜ、この場所でそれを作るのか。そういう物語の部分まで伝えられるメニューを作りたい」と決意を語ってくれました。
今回の視察第二弾ではお茶とフルーツの生産者を巡りましたが、『Local Fine Food Fair SHIGA』では、これら以外にも滋賀の食材をふんだんに取り入れた料理が登場します。10月末まで、東京の7つのレストランにて開催していますので、ぜひ、この機会に滋賀の旬の恵みを味わってみてください。
そう話すのは、『でんくしふろり』の空間を手がける、「株式会社エスキス」代表の建築家・インテリアデザイナーの甲斐晋介氏です。
「今回、ご縁をいただいたのは川手さんとの関係からです。最初の出会いは、自分が空間デザインを手がけた西麻布のフレンチ『OHARA ET CIE』だったと思います。まだ、大原正彦さんのもとで修行されている時代でした。その後、独立して開業した青山の『Florilege』と移転した今の神宮前の店舗、台湾に展開した『logy』を手がけさせて頂きました」。
甲斐氏は、『OHARA ET CIE』や『Florilege』をはじめ、日本の名だたるレストランの空間をデザインしています。千駄ヶ谷『Sincere』、代官山『abysse』、外苑前『L’EAU』、有楽町『TexturA』、京都『VEL ROSIER』など、どれも洗練された人気店ばかり。そのほか、虎ノ門『mement mori』と日比谷『Mixology Heritage』のバーや新潟『WineryStay TRAVIGNE』のホテルなど、活躍の場はさまざま。しかし、『でんくしふろり』のようなスタイルは初かもしれません。
「最初にお話を伺った時の印象は、絶対楽しい店になる! そう思いました。世界で活躍されているおふたりのお店なので、国内外からゲストが多くいらっしゃると思いますし、きっと期待値も高い。でも、最初の打ち合わせ段階では、ざっくりと串のお店……としか聞かせてもらえなかったのですが(笑)」。
そんな滋賀県産食材の美味しさや生産者の思いを東京の人々に伝えるのが『Local Fine Food Fair SHIGA』です。東京都内で活躍する料理人やパティシエが、まずは滋賀県へ視察に赴き、生産地を自分の目で見て、生産者と話し、食材の背景にあるストーリーを知る。そして、東京に戻り、滋賀県産食材を使った料理をそれぞれの店で提供するフェアを行います。一流の料理人たちが腕によりをかけて滋賀県産食材の魅力を引き出すのはもちろんのこと、自分の目で見て、耳で聞いてきたものをお客様に語ります。
水、大地、気候、そして人。
良い食材を生み出すには、これらの条件が必要です。広い大地があっても水がなければ、穏やかな気候でも土が悪ければ、あるいはすべての自然条件を満たしてもそこに熱意ある生産者がいなければ、本当に素晴らしい食材は生まれません。
この条件を満たす食材を我々は「Local Fine Food」と呼んでいます。
実は、「今年こそ『津軽森』の取材を!」とかなり前から意気込んでいたONESTORY取材班。その理由はいくつかありました。ひとつは、これまで「津軽ボンマルシェ」で紹介してきた多くの作家や生産者、たとえば陶芸家夫妻による『陶工房ゆきふらし』、リネン雑貨の『KOMO』、ドライフラワー作品を手掛ける『Flower Atelier Eika』、草木染製品の『Snow hand made』、キャンドル作家『YOAKE no AKARI』、放牧で豚を育てる『おおわに自然村』などが出店する、津軽中のいいものが集まるイベントだと確信していたこと。もうひとつは、津軽塗やこぎん刺し、津軽打刃物といった伝統工芸のみならず、多種多様な作品が集まる場所、つまり、今の津軽のリアルなクラフトシーンが垣間見える場所だと期待していたこと。そしてなにより、これまで取材してきた先々で「本当に気持ちがいい場所だから、一度行ってみて!」とおすすめされる、地元に愛されるイベントであることを実感していたからです。
街のシンボルであるレンガ倉庫に再びものづくりの火が灯ったのは、弘前市民の働きかけがきっかけでした。1980年代には美術家を中心としたグループにより、倉庫を美術館にする働きかけが起こるなど、その活用方法が議論され始めます。そして大きな転機となったのが2002年。弘前市出身の現代アーティスト、奈良美智氏による個展「IDON’T MIND,IF YOU FORGET ME.」の開催です。
弘前のアートの灯を繋ぐべく翌年誕生したのが、アート系NPO法人『harappa』。その後も2005年の「From the Depth of My Drawer」展、2006年の「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」展と2度に渡り奈良氏の個展の開催をサポートします。現職の前に『harappa』事務局員を務めていた小杉氏は「倉庫オーナー・吉井さんの活動から始まり、市民が関わって実現させた最初の展覧会では、美術専門家の参加はほんのひとにぎりでした。自分たちで作った新しいアートの場、そういう市民の想いがこの場所の根幹となり、今の『弘前れんが倉庫美術館』のスタートになったのだと思います」と語ります。
開館を記念した最初の展覧会のタイトルは「Thank You Memory ―醸造から創造へ―」。建築同様、記憶の継承に焦点をあてたこの企画には、弘前市民が制作に協力した作品や、倉庫に残されていた古い建具や資材を取り入れた作品、倉庫の改修工事の過程を記録した作品など、8人のアーティストと弘前の街のさまざまな要素が交錯します。吹き抜けの展示室にあるナウィン・ラワンチャイクン氏の作品《いのっちへの手紙》は、弘前のねぷたを模した全長13メートルの扇形の大型絵画。登場人物は過去と現在の弘前市民たちです。りんごの普及に努めた楠美冬次郎やレンガ倉庫を建てた福島藤助、シードル造りを始めた『吉井酒造』の人々……。「ここは彼らのように、私利私欲よりも人のためを想い、行動した人たちが作り上げた場所なんです」と小杉氏。「開館を延期中、ドイツのメルケル首相が『新型コロナ禍でも多彩な文化が存在し続けることが大事』と話しているのを見て、それこそが我々の役割なのだと。ちょうどこの建物ができた頃も、スペイン風邪が大流行した時代でしたが、バトンは今に繋がっている。それを途絶えさせないようにしていきたいと思います」。
日本の伝統工芸や産業に現代のクリエイションを加え、新たな価値を創出するプロジェクト『DESIGNING OUT』。世界的建築家・隈研吾氏をプロデューサーに迎え、「輪島塗」をテーマにした『DESIGNING OUT Vol.2』は、1年以上の準備、製作期間を経て過去前例の無い輪島塗の器を『DINING OUT WAJIMA with LEXUS』(2019年10月開催)にてお披露目しました。
1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」のベストビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA&」)出演。 http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1
上空から見たシードル・ゴールドの屋根。ⒸAtelier Tsuyoshi Tane Architects
弘前れんが倉庫美術館およそ100年の時を経て美術館に生まれ変わった弘前の歴史的建造物。
来る6月1日(月)、青森県弘前市としては初となる公立美術館がプレオープンします。その名も『弘前れんが倉庫美術館』。舞台となるのは、日本で初めてシードルが大々的に生産された場所としても知られる酒造工場。弘前市を象徴する、煉瓦造りの歴史的建造物が、およそ100年の時を経て、“醸造”から“創造”の場へと生まれ変わります。
醸造場だった煉瓦造りの建物は、貯蔵室や搾汁室、濾過室、瓶詰室として使われていた場所が、5つの展示室やスタジオ、ライブラリー、市民ギャラリーなどに。これらの建築設計を担当したのが、考古学的な(Archaeological)考察を重ね、場所の記憶を掘り起こし、さらには未来をつくる建築「Archaeology of the Future」を追求する建築家・田根剛氏です。その哲学は、まさに『弘前れんが倉庫美術館』の根幹と共鳴するものといってもいいでしょう。
そもそもミュージアム(美術館)の語源は、古代ギリシャ神話に登場する「記憶の女神」の娘である「学問・芸術の女神」たちの神殿の名に由来しています。つまり、記憶と芸術は不可分。美術館を過去、現在、未来をつなげる「記憶」をめぐる装置とも捉えられるでしょう。
それを物語るように、開館を記念する春夏プログラムも「Thank You Memory ―醸造から創造へ―」と命名。場所と建物の「記憶」に焦点をあて、煉瓦倉庫や弘前の歴史に新たな息吹を浮きこむ8名のアーティストによる、新作を中心とした作品を展示します。
たとえば、畠山直哉氏や藤井光氏は、煉瓦倉庫の改修過程を記録した写真作品や映像作品を展示し、笹本晃氏は、煉瓦倉庫の建材や資材を取り入れたインスタレーション作品を発表。海外アーティストでは、中国の尹秀珍(イン・シウジェン)氏が弘前市民より譲り受けた古着を使い、弘前の街をモチーフにした立体作品を、フランスのジャン=ミシェル・オトニエル氏がりんごにインスピレーションを受けたガラス彫刻とドローイングなどを展示します。そのほか、地域に広く愛されてきた、弘前出身のアーティスト奈良美智氏による《A to Z Memorial Dog》もおよそ2年ぶりに再展示。
過去と現在と未来、ローカルとグローバル、作り手と地域の人々と鑑賞者が交錯する地域の創造的な魅力を再発見できる施設として、『弘前れんが倉庫美術館』は弘前の新たなる象徴となっていくことでしょう。
そんな矢先に石井シェフのメッセージだったため、実現に向けスタートします。その後、石田氏以外にも賛同者や協力者は集い、2日後の2020年4月8日(水)に『Smile Food Project』は発足されます。石井シェフは、水産資源の未来を考えるトップシェフのグループ『一般社団法人 Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)』のリードシェフだったことも手伝い、同社も参画し、プロジェクトは加速していきます。
今回、話を伺ったのは『サイタブリア』代表の石田氏のほか、この日のお弁当を担当する『恵比寿 えんどう』の鮨職人・遠藤記史氏と和食料理店『HIGASHIYA-Tokyo』の総料理長・梅原陣之輔氏、そして、フードジャーナリストであり、『一般社団法人 Chefs for the Blue』の代表理事も務める佐々木ひろこさんです。
皆それぞれの役割は違いますが、共通して発する言語があったことが印象的でした。
それは、「純粋」と「黒子」です。
今回、この『Smile Food Project』のプロジェクトリーダーを『シンシア』の石井シェフとともに務める『サイタブリア』の石田氏ですが、「今回のプロジェクトは、『Chefs for the Blue』の多くの一流シェフの方々にご賛同していただけました。その思いはみんな一緒で、医療従事者の方々のことを思い、ただただ“純粋”な気持ちで日々料理を作っています。おいしいものであることは間違いないので、それに対して僕は仕組みを作る“黒子”です」と言います。
そして、遠藤氏も「僕らがこうして料理を作れるのは、その環境を作ってくれた石田さんのおかげです。石田さんの“純粋”な気持ちから生まれたこのプロジェクトを支えるために“黒子”として貢献したい」と話せば、梅原氏も「『Smile Food Project』も『一般社団法人 Chefs for the Blue』も本当に“純粋”なんです。自分のためではなく誰かのために活動し、より良い未来と社会を形成するために一生懸命。僕はそのプロジェクトを成功させるために参加させてもらった“黒子”ですから」と続けます。
今年1月に開催された『DINING OUT URUMA with LEXUS』でも活躍した福岡『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』の福山剛シェフは、今の状況について「レストラン業界は一度、立ち止まって考える時が来ている」と、話します。
「諸外国を見ていると、まだ毎日店を開けられることが、とてもありがたく思えます。一方で、ここ数年のフードバブル的な空気に、自分も含め業界全体が少し浮かれていた感が否めない。今は原点に立ち返って、料理人は改めてゲストのことを考え、ゲストの方々には自分にとってレストランがどういうものかを今一度考えて頂く時期なのかな、と。その先に、作り手と食べ手の、新しい絆が生まれると信じています」。
2020年3月22日、京都・清水の地に、新たな歴史を紡ぐホテル「The Hotel Seiryu Kyoto Kiyomizu」が誕生しました。その名は、この土地で古来より東山の護り神として信じられてきた「青龍」に由来。客室数48室、レストラン、プライベートバス、フィットネスジムなどを有するラグジュアリーな空間。築80年以上の元清水小学校をコンバージョン(用途変換)しました。
和×洋・モダン×アンティークなど違った要素を掛け合わせたデザインにより、この地の特徴を活かした、ここにしかない建物に。かつて講堂だった建物は、天井の高さを活かした開放的な44席のレストラン「restaurant library the hotel seiryu(レストラン ライブラリー ザ・ホテル青龍)」に生まれ変わりました。多くの書籍に囲まれたインテリアはかつての学校であった頃を彷彿とさせます。“養生ブレックファスト”がテーマの「京の朝食」は、選べるメインディッシュに本日のスープ、サラダ、お粥など日替わりのブッフェが味わえる贅沢な朝御飯。宿泊者以外も入店できるほか、多目的スペースとしてさまざまな用途に利用することも可能です。
また、屋上には京都を代表する「K6」のバーテンダー西田稔氏がプロデュースに参画したバー「K36」も。オーセンティックな空間のメインバー「K36 The Bar」(屋内)と、京都の街並みを一望できるルーフトップバー&レストラン「K36 Rooftop」(屋上)の2つのエリアで、希少なウイスキーやワインを用意。さらに、本格的なフードメニューも提供しているので、幅広い使い方ができそうです。