世界のベストレストラン50世界一に輝いたのは、デンマーク・コペンハーゲン「ゲラニウム」。日本勢は、「傳」、「フロリレージュ」、「ラシーム」、「ナリサワ」が健闘。
世界27の国と地域の食の識者40人ずつの投票によって、文字通りベスト50位のレストランが決まる『The World’s 50 Best Restaurants awards 2022』(以下、ワールドベスト50)。このランキングシステムが創設されたのは2002年。栄えある1回目のベスト1に輝いたのは、かの伝説のレストラン『エルブリ』です。それから今年でちょうど20年、去る7月18日にロンドンで行われたアワードは、まさに20年の集大成となる、華やかなものとなりました。というのも、コロナ禍をはさんで、これだけ多くのシェフやメディアが集まれたのは3年ぶり(2020年中止、2021年小規模開催)だったからです。世界を代表するトップシェフたちが、また一同に顔を揃えられたということに、皆、喜びを爆発させていました。会場となった『オールドビリングスゲート』は、1980年代初頭まで魚市場だったビクトリア朝の歴史的建造物。ブラックタイにカクテルドレスの男女、赤いマフラーを巻いたノミネートシェフたちが、グラスを手に行きかい、あちらこちらでハグを交わす姿はなんとも艶やかでした。
今回のアワードの一番の注目は、1位の行方。2021年は、2位の『ノーマ』がスライドして1位になるだろうというのが大方の予想でしたが、今回に関しては2位のデンマーク『ゲラニウム』がくるのか、はたまたこの10年近く、5位前後を死守しているペルー『セントラル』(昨年は4位)が念願の1位に輝くか、予想が分かれるところだったからです。話が前後しますが、『ワールドベスト50』では2018年以降、一度1位にランクインしたら、ベスト オブ ザ ベストとして殿堂入りし、ランク外となるルールができたため、こうした予想が成り立つわけです。
果たして、1位の座を射止めたのは、ラスムス・コフォードシェフ率いるデンマーク『ゲラニウム』、2位にビルジリオ・マルチネスシェフ率いる『セントラル』がつけました。コフォード氏は、料理界のオリンピックとも言われる技能大会『ボキューズ・ドール』でも、金・銀・銅賞を受賞した実力者で、ミシュランの三ツ星も獲得しており、まさに、今回の1位で、料理界の真の帝王となったといっても過言ではありません。昨年からメニューのミートフリー宣言をするなど、時代に先駆けている点も注目です。また、ビルジリオ氏は、クスコの伝統文化を繋ぐ支店『ミル』の開店や、アマゾンの生態系の研究に力を入れるなどの社会貢献のほか、7月には日本に支店『マス』をオープンしたばかり。一層の高評価は、日本人である我々にとっても喜ばしい限りです。
世界のベストレストラン50
日本勢も過去最高の4店舗のランクインと大健闘を見せました。その筆頭が20位の『傳』
で『The Best Restaurant in Asia』を獲得しました。昨年11位、悲願のベスト10入りはかないませんでしたが、コロナ禍でインバウンドが激減したなかではむしろ賞賛に値すると言えるでしょう。何より、これまで、タイ、シンガポール、香港に阻まれて、獲得できなかった、アジアNo1を手にしたわけですから、まさに傳の真価が発揮されたともいえます。長谷川在佑氏に喜びの声を聞くと、「順位はそれほど気にしていません。それより、何より嬉しかったのは、こうして世界のシェフたちとまた集まれたこと。久しぶりに彼らの顔を見て、おおいに刺激を受けましたし、また頑張ろうと思えました。僕にとっては、ワールドベスト50はカンフル剤みたいなものです」と話します。
世界のベストレストラン50
次点が、39位から30位にジャンプアップした『フロリレージュ』。川手寛康氏は「インバウンドがほぼなかった中で、多くの評議員が訪れ、評価してくださったことは、本当に嬉しいです。けれど、コロナ渦中のこの結果は仮のものだと思い、これには甘えないようにします。本当の勝負は来年だなと。今年後半からは海外でのコラボレーションも増えていますし、自分らしく頑張りたいですね」と。そして、日本にとっての吉報は、大阪の『ラシーム』が41位にランクインしたことです。高田裕介氏の感想は「大阪というハンデがある中、正直、そんなに評議員がきてくださっていたのかと驚いていますが、こうして会場へ来て、海外のシェフたちに会うと、自分自身もっと変化を受け入れ、進化しなければいけないと、強く感じますね」と決意を新たにしていました。そして45位に『ナリサワ』がランクインしています。19位からランクを落としたのは残念ですが、もとより海外票の多い『ナリサワ』にとっては、この状況はいたしかたのないものでしょう。それより、2009年に、初めて『ワールドベスト50』にランクインして以来、一年も欠かさずランクインし続けている店は、2022年の50店舗のうちでもごく少数であり、その貢献には心から賞賛を送りたいものです。
世界のベストレストラン50
最終的に日本は、最多入賞6店舗のスペインとイタリアに次ぐ、多勢入賞国となったわけで、真の美食大国であることを、世界に知らしめるにいたりました。
アワードの前日に「シェフズトーク」という、メディア向けのセッションがあり、その年のテーマとなることをシェフが語るのですが、そのひとつが「ホスピタリティ」でした。世界が政治的に厳しい局面を迎え、殺伐とした世の中だからこそ、一層、おもてなしの心が大切になるということを考えてのことでしょう。ホスピタリティに定評のある『傳』(かつて、アジア、ワールド共に、アート オブ ホスピタリティ賞を受賞)の女将のビデオインタビューが流れ、個々のゲストが求めているものを汲み取る力の重要性を語り、賞賛を得ていました。長谷川氏も、「じきに海外のお客様が戻ってきてくれると思いますが、いつでも迎えられるように、日々、自分やスタッフをブラッシュアップしています。もちろんうちだけでなく、成澤さんはじめ、『フロリレージュ』、また、ニューエントリーした『ラシーム』も含め、チームジャパンで一丸となって、海外のお客様を迎えていきたいですね」と心意気をのぞかせてくれました。そして、ロンドンの街の賑わいにふれ、日本も一日も早く経済活動が活発になるようにと、切実に思ったとも。
最終的に日本は、最多入賞6店舗のスペインとイタリアに次ぐ、多勢入賞国となったわけで、真の美食大国であることを、世界に知らしめるにいたりました。
アワードの前日に「シェフズトーク」という、メディア向けのセッションがあり、その年のテーマとなることをシェフが語るのですが、そのひとつが「ホスピタリティ」でした。世界が政治的に厳しい局面を迎え、殺伐とした世の中だからこそ、一層、おもてなしの心が大切になるということを考えてのことでしょう。ホスピタリティに定評のある『傳』(かつて、アジア、ワールド共に、アート オブ ホスピタリティ賞を受賞)の女将のビデオインタビューが流れ、個々のゲストが求めているものを汲み取る力の重要性を語り、賞賛を得ていました。長谷川氏も、「じきに海外のお客様が戻ってきてくれると思いますが、いつでも迎えられるように、日々、自分やスタッフをブラッシュアップしています。もちろんうちだけでなく、成澤さんはじめ、『フロリレージュ』、また、ニューエントリーした『ラシーム』も含め、チームジャパンで一丸となって、海外のお客様を迎えていきたいですね」と心意気をのぞかせてくれました。そして、ロンドンの街の賑わいにふれ、日本も一日も早く経済活動が活発になるようにと、切実に思ったとも。
もう1点、日本にとって喜ばしいニュースは、旭酒造『獺祭』が国際スポンサーに参入したことです。これまで、日本が参加し始めた2007年から一社もスポンサーに手を上げる企業がなかったのです。世界的なレストランの大会で、各国の飲料・食品メーカーが華やかにブースを出し、いたるところでロゴマークを目にし、パーティでは、皆それらの美味を飲み、食べ、集う中、美食大国を自負する日本から、スポンサーが出ていないことは、大変に寂しいことでした。それが今年は、『獺祭』の墨文字も眩しい、真っ白なブースが入口の至近に出され、世界中のシェフやメディアが「SAKE please!」と、『獺祭』の「ニ割三分」を楽しんでいる姿は、誇らしいものでした。これでようやく、日本が国際市場に参入できた、そんな気になったほどです。桜井社長も「日本のシェフが世界で勝負する姿は、日本人として心が震えました。獺祭がその力添えになれればこんなに嬉しいことはありません」と感激を言葉にしてくれました。
世界のベストレストラン50
10年間日本のチェアマンを務める中村孝則氏に、今回のアワードで印象的な事象をあげてもらうと「新規のランクインが12軒、カムバックが2軒と、計14軒のリストが刷新されたことでしょう」と言います。「この入れ替わりの激しさは、例年にないもの。つまり、コロナ禍で海外へ出かけることができなかった地域(主にアジア、南米)の評議員には、通常は自国に6票、他国に4票投票するところ、全票を自国に投じてもよいという救済措置が施され、多くの人が、これまで入れなかった自国のレストランに投票したためだと思われます。これまで、自国では名店でも、世界的なリストには上がってこなかったような、ローカルガストロノミーが、土俵に上がってきた。こう考えるのが順当ではないかと思います」と話します。
実際、これまで美食の国ではありながら、それほど多くの票を獲得してこなかったイタリアが、6店舗のランクインと、スペインと並ぶ、トップの入店国になったことも、ひとつにはこの理由が上げられるでしょう。6店舗中の新店は2軒。中でも初ランクインの12位セニガリアの『ウリアッシ』は、アドリア海沿岸の伝統にインスピレーションを受けたモダンな料理で、ハイエストニューエントリー賞を受賞。もう1軒は29位のサンカッシアーノ『セント ヒューベルト』です。また、8店舗の入店と、今回強さが目立った南米も同じくで、32位のリマ『マイタ』、47位リオデジャネイロ『オテーク』2店舗の新店がランクインしています。
相対的にコロナ禍で海外旅行がままならないなか、地方のレストランを掘り起こすという作業が進んだということが言えますが、完全にコロナ前の世界に戻った時、この現象がもとへ戻るのかは定かではありません。しかし、一度動き始めた波は止まらないのではないだろうか、というのが私の考えです。ひと昔前の、地球の裏側から季節外の野菜を取り寄せることが最高の贅沢だった時代から、その地へ足を運ばなければ食べられないものを、体験しに訪れることこそ贅沢という考え方が進む限り、ローカルガストロノミーへの探求は止まらないはずです。世界一位のレストランを決める大会であるワールドベスト50のランキングを、デスティネーションレストランマップとおきかえて読み込めば、なんとも楽しい、世界の新しい地図が見えてくるはずです。
Text:HIROKO KOMATSU