Ritsurin Garden Premium Tea Ceremonyずっと栗林公園を世界に広めたかった。
高松の老舗料亭「二蝶」が特別名勝「栗林公園」(以下、栗林公園)の掬月亭と日暮亭の管理を担うことになったのは、2019年のこと。その直後、新型コロナウイルスが世界に難局をもたらしました。
「掬月亭では、香川三大茶会のひとつ、蓮見茶会が毎年行われていましたが、2020年夏、コロナ禍に見舞われ、初めて延期を余儀なくされました。以降、その代わりに何かできないかと、始めたのが芙蓉茶会でした。しかし、参加できるお客様は日本人に限るため、外国人の皆様にも茶事や栗林公園を広めたいという想いが常にありました。何かかたちにできないかと、色々試みたのですが、実現には至らず、そんな時にご縁をいただいたのがRitsurin Chajiでした。自分にとっては、まさに渡りに船。素晴らしい経験をさせていただきました」。
この言葉の主は、老舗料亭「二蝶」代表、山本亘氏。「Ritsurin Chaji」への参画のきっかけと、それ以前の想いをそう振り返ります。
「Ritsurin Chaji」のゲストは外国人が多数。本物の日本文化を体験してほしい亭主と本物の日本文化を体験したいゲストは、すぐに国境の壁を超え、心地良い時間を紡いでゆきます。
「非常に印象的だったのは、解説を熱心に聞いてくださり、学びへの向上心が高かったことでした。お客様も真剣ゆえ、自分も真剣勝負。ですが、気さくな皆様だったゆえ、楽しくお伝えすることができました。一番楽しまれていたのは、アレックスさんのようにも見えましたが(笑)」。
本物の日本とその文化度の高さを外国人へ伝えるのは至難の業。なぜなら、日本人ですらそれを理解している人が少ないから。今回、見事に成せたのは、山本氏が持つ知識とアレックス氏の知識が絶妙に結実し、亭主とガイドの機能が阿吽の呼吸で歯車が噛み合ったことにあります。
そして、何よりゲストを感動させたのは、掬月亭にて行われた茶事の体験でした。
Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony無意識に意識を向ける。何となく、いい感じに。
今回、食事を手がけたのは、「二蝶」料理長、山本 蓮氏。向附、汁、椀物、焼き物、強肴、進肴、香の物の7品で構成された内容は、ヴィーガンスタイル。
「ヴィーガンの取り組みをしてから約一年になります。ヴィーガンといえば、味が薄かったり、お腹いっぱいにならなかったりする印象があると思いますが、自分が意識しているのは、これがヴィーガンだったら、毎日でも食べたいと思える料理。満足感は意識しています」。
確かに、料理に物足りなさを感じることはない。むしろ、蓮氏の言う通り、食後は満足感に満たされる。その理由を紐解いてみようと思うと、「自分の料理は雰囲気なんですよね。何となく、いい感じに」。
雰囲気……、何となく、いい感じに……。なるほど。
しかし、この発言は、決してふわりとしたものではなく、無意識に意識を向けた料理を構築する上での感性だと考えます。
「例えば、ラーメンは、スープや麺がフォーカスされると思います。ですが、自分は、ネギや海苔などが実は味の決め手なんじゃないかと考えるんです。当たり前のように丼に添えてあり、何となく、いい感じにまとまっているように見えますが、その何となくが、結構重要なんじゃないかなと」。
そこでヒントになったのが胡椒。ラーメン然り、ある日、家族がクリームチーズに何となく、胡椒を降って食べているのを見て、これは白和えにも合うのでは!?と閃き、実験。今回、提供された、向附の柿、無花果、栗の白和えには、ブラックペッパーを少々効かせ、アクセントに。ゲストを感動させたひと皿でもあります。また、香りにおいてもセオリーを覆します。
古典的な料理は、季節によって旬のものを一連の流れで採用します。例えば、ゆずの時季になれば、先付けもゆず、焼き物もゆず、炊き合わせもゆず。流れとしては、概念通り。しかし、今回は、料理ごとに香りも変化。これにおいても、「何となく、その方が、いい感じになるかなと」。
実は、蓮氏は、フレンチのシェフでした。その後、実家である「二蝶」に戻り、料理長に。一変したスタイルのように見えますが、「フランス料理と日本料理は、技法が似ている」と話します。そして、「フランス料理でヴィーガンをやろうと思うと難しい。ですが、日本料理は相性が良い」と言葉を続けます。精進料理はその好例と言って良いでしょう。全てにおいて、柔軟な見解が、いい感じに作用します。
「蓮に任せてからは、自分は料理に関与していません。むしろ、調理場にすら入らない。自分のレシピも一切ありません」と亘氏。
これまで、何となく、いい感じに、を連呼してきた蓮氏ですが、この3つは、はっきりと答えていました。
「お茶の料理であること」、「基礎は父の料理」、そして、「僕は二蝶が好き」。
「二蝶」の由来は、二百余名の芸妓衆が活躍する「さぬき芸どころ」と言われていた時代、その雅なる往時の芸妓「二蝶」の名を受け継ぎ、その屋号は、ふたつの蝶が上へ上へ舞い上がる様、隆盛を願い、名付けられました。(二蝶HPより、一部抜粋)
「Ritsurin Chaji」で紡がれた時間は、まさに二蝶が舞うファンタジー。
茶事の際、床の間に活けられていたのは、枯れた蓮の花。これは、数年前に北庭に咲いた花を干したもの。
「今回、周遊できなかった北庭の雰囲気を少しだけでも感じていただければ」と亘氏。語られたのはそこまででしたが、子への愛も込められているのではないでしょうか。
料理は一変しても、精神は不変。
変化は時に恐怖であり、ましてや、客商売となれば、今まで足を運んでくれたお客様が来なくなるのでは、という不安も付きまといます。ゆえに、躊躇してしまいますが、継いだら任せる「二蝶」たるこの潔さ。きっとそれは家族だから決断できたのかもしれません。そして、家族だから何も怖くない。
ゲストは、それを順番に取り分けていただく。
Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony「二蝶」代表、山本亘が伝えたかった「ほんまもん」。
「Ritsurin Chaji」で伝えたかったことは、観光ではなく、文化体験。「本物の日本」です。
「文化という点では、高松は空襲にあった場所なので、お城も天守閣も、戦前の建物は、ほぼ残っていません。その中で奇跡的に残った場所は栗林公園です。だからこそ、栗林公園の魅力を伝えたかった。栗林公園でやりたかった」。
栗林公園は、讃岐国(現・香川県)を治めた生駒家に始まり、その領地を継承した高松藩の領主、高松松平家の下屋敷でした。そして、1868年まで200年以上にわたり、松平家によって維持されてきました。
「掬月亭はお殿様の散歩コースだったと言われています。ゆえに色々なところへの気遣いもそこかしこに潜んでいます。そんな掬月亭を“ほんまもん”の使い方をしてRitsurin Chajiをやりたかった」。
掬月の間は、床の間のある部屋(一の間)と、南湖に迫り出したお部屋(二の間)の2部屋が繋がっています。本来、ふたつ並ぶお部屋の場合は床の間のある方が格が高いとされますが、掬月の間は、床の間のある側(一の間)に比べて南湖側(二の間)の天井をより豪華にし、格を上げることによって両部屋を同格にしています。どちらに座しても平等にすることで、席にこだわらず自由に楽しめる空間設計としています。(栗林公園HPより、一部抜粋)
「掬月の間の奥には茶室もございます。武家屋敷には珍しく、挿床(さしどこ)を採用しています。床に向かって桟が入っているため、刺されるイメージがあり、極めて珍しい造りだと思います。ゆったりしているように見え、実は、その空間だけは生死を考える場所だったのかもしれません。それ以外にも、にじり口は部屋に設けるのが一般的ですが、横に設けられています。一般的には刀を持って入れないように小さくしていますが、ここは一回り大きく、刀を持って入れます。ほんまもんは、語りつくせないほどある。つまり、深いということがほんまもんの証。自分たちは、まだ先人たちから教えられたことしか知識にない。しかし、その先にある精神論や哲学を読み解き、学び、時代背景から逸れることなく、現代で表すならば、どういうことなのかを理解し、伝えていきたいです」。
本当の日本を享受するには、知識と教養は必須。つまり、ゲストの努力も求められます。
このような歴史への知見も然り、例えば、料理に合わせられた器は、日本、中国をはじめ、国や地域、時代も含め、多種多様。造りにおいても、赤絵、刷毛目、染付、焼締……。さらには、質素なお茶の料理だからこそ器は華やかに、薄暗い空間だからこそ、色味は派手になど、全て、ひとつ一つ理由があり、日本の美意識が宿ります。そんな感受性もまた必須。
もちろん、それを解説するための亭主とガイドですが、一度で理解できるほど、「ほんまもん」は容易い世界ではありません。
「意味を理解しなければ、価値も伝わりません。自分は建物も文化も人も守りたい」。
Ritsurin Garden Premium Tea Ceremony国や人種は関係ない。価値観でつながるこれから。
「実は、掬月亭には、こんなデータがあるんです。栗林公園の来園者数に対し、掬月亭の来亭者数は1割にも満ちません。来園者の26%は外国人なのですが、そこからの来亭者数は50%を超えているんです。グローバルな現代において、日本の文化を日本人が理解できるとは限りませんし、むしろ、外国人だから理解できることもある。栗林公園の魅力は、文化に興味のある人に伝えたい。それを実現させるためには、自分たちも変わるべきところがあると思っています。今回のように、外の方々とやることによって、この場所の可能性を多分に感じることができました」。
実は、亘氏は福井出身。元々は外の人なのです。「高松に住んで約25年。未だに入り込めない世界もあります」。しかし、「栗林公園」の歴史を振り返れば、松平家も余所者であり、香川を代表する人物、流 政之やジョージ・ナカシマ、イサム・ノグチという偉人もまた余所者。多種多様な「ほんまもん」の集積が、総合的な文化を生むのでしょう。
「Ritsurin Chajiを分岐点に、これから変化していきたいと思います。地元だけで考えると、どうしても内に向けた思考になってしましますが、外に向けた思考も大切だと思います。多くの日本人にも来ていただきたいですが、文化や歴史などを重んじる価値観がある人とつながりたい。そこには、国や人種は関係ないと思っています」。
いずれにしても全て一筋縄にはいかないテーマ。しかし、これは「栗林公園」に限った話ではありません。文化は趣味の世界ではない。日本の課題として、重く受け止めたい。
会場:特別名勝 栗林公園
住所:香川県高松市栗林町1-20-16
日程:2024年10月6日(日)、7日(月)、8日(火)、9日(水)
時間:各日15:00〜20:30
料金:220,000円
主催:ONESTORY
共催:香川県
後援:公益社団法人 香川県観光協会
協力:中西珍松園
Photographs:MIKUTO TANAKA
Text:YUICHI KURAMOCHI