NEW STYLE of TEA PARTY建築家・永山祐子が招集した、新進気鋭の3チーム。
「栗林大茶会」は、5つの空間から構成されました。ふたつは、既存の掬月亭と日暮亭から成り、残り3つは、新たに創造された空間。監修には、建築家の永山祐子氏を迎え、三井嶺氏、VUILD/秋吉浩気氏、KASA/コヴァレヴァ・アレクサンドラ氏+佐藤敬氏がそれぞれを手がけます。
「個性やアプローチが全く違う3チーム。このメンバーならば、特別名勝・栗林公園(以下、栗林公園)の自然と文化を尊重し、空間を設計できると思いました。それぞれがどのようにこの壮大な環境と共鳴するのか、私自身も楽しみでした」。
そう永山氏が話す通り、場所選びも空間設計も、三者三様、全く異なるアプローチ。突如現れた3つの空間は、栗林公園に新たな一景を生み、心地良い時間を育んでいました。
NEW STYLE of TEA PARTY景色だけでなく、生態系と一体化した三井嶺の建築野点席。
「栗林公園は、園内全てが見どころ。場所を選定するのが難しかったです」と、「臥松庵」を手がけた三井嶺氏は話します。選んだ場所は、西湖の湖畔でした。
「ここは、道が細く、地には根がはびこり、足元の悪さもあって、自然と歩みがゆっくりとなる落ち着いた環境。その時間の流れ方が、露地の奥にある茶室へと歩を進めていくときと似ているという印象を抱きました。場所が決まれば、あとは囲いさえあれば大丈夫。風景に溶け込むような、そして、茶の湯を楽しむお客様の意識に溶け込むような設えがあれば十分で、建築の存在は不要だと考え、景色に溶け込むように木を一本だけ使って野点の空間を作ることにしました。木は公園にたくさんある。ゆえに、映えない」。
その言葉に反した「映える」空間の覆いには、若松を採用。最初は生け花のように立てられて風景に溶け込んでいた若松が、茶席の始まりのタイミングでダイナミックに横倒しにされることで、茶にふさわしい木陰の空間を構築します。
松は、寿命が500年〜1000年と言われています。本来であれば、もっと長く生きられた植物を大地から切り離し、人間が空間を作ることに意義はあるのか。「臥松庵」には、命と向き合うメッセージも強く感じました。
「物事には必ず際(きわ)があり、それは自分自身が表現するテーマでもあります。生の際、死の際、朽ちる際、枯れる際……。そこと向き合いたい」。
「栗林大茶会」の開催期間は、8日間。その間、若松は、日毎、老いていきます。そして、その老いに比例し、風景に変化が生まれました。若松が止まり木となり、野鳥が羽を休める場になったのです。
それは、松の命をいただき、人間(=三井氏)が空間を作ることに意義があったのか、という問いに対し、「栗林公園」に住まう住人が答えを見出してくれたかのようでした。
「栗林公園」の生命体と一体化した「臥松庵」は、この瞬間、本当の意味で、風景になれたのかもしれません。
NEW STYLE of TEA PARTY歩まずとも、湖上から生んだ一景に想いを馳せる。
場という視点では、「栗林公園」の一歩一景の概念から逸脱したのがVUILD/秋吉浩気氏です。
「陸の景色だけでなく、水辺からの景色も美しいのが栗林公園の特徴だと思っています。実際、南湖には和船も出ており、古地図を調べると昔は北湖にも屋根付きの船が周遊し、現代における商工奨励館の方から殿様が掬月亭に向かったという文献も残されています。その風景を再現したかった」。
選んだ地、もとい水辺は、北湖。金属製のフレームや透明の床から成る「泳月庵」は、自然素材でないため、一見、異質になるかと思いきや、風景に馴染む。それは、デザイン設計の妙かもしれません。
「かつては、高松松平家の歴代藩主も楽しまれており、その厳格な世界は一番大切にしたいと思いました」。
しかし、「泳月庵」は、これが完成形ではありませんでした。
「本来は船として周遊したかったのですが、様々な事情があり、断念せざるを得ませんでした。いつかまた、船からの一景を作りたいと思います。そして、月明かりの下、湖上に映り込んだ月を愛でながら、夜茶会にも挑戦してみたいです」。
NEW STYLE of TEA PARTY内外をつなぎ、時をゆらぐ、一筆書きの風景。
「栗林公園は、松の奥には紫雲山を抱え、景色に高低差があり、広大な敷地ですが、歩く度にその風景を変え、とても豊かな体験を生み出しています。いくつもの風景が響き合い、例えば木々が暗がりをつくり、そこに流れる水に奥の真っ赤な橋が反射して、そこにやわらかな光が落ちる。ハッとするような風景が現象のように立ち現れては消え、とても美しい」と、KASA/コヴァレヴァ・アレクサンドラ氏。
「栗林公園を車で目指した時、既に街から紫雲山が見えるのですが、そこから見る山の雰囲気と園内からのものとで印象が驚くほど違う。つまり、同じものでも関係の持ち方次第で、見え方が変わるのだと感じました。そんな体験から、シークエンスな体験空間を作れないかと考えました」とKASA/佐藤敬氏。
KASAが選んだ場所は、「皐月亭」の裏手。何の変哲もない場所ですが、特に人通りが多いのが特徴。「来園者が普段気に留めないような場所」とふたり。しかし、目の前にはコヴァレヴァ氏が美しいと語った水辺があり、佐藤氏が語ったシークエンスな場でもある。ふたりにとっては好条件でした。
「露庵」と名付けられた空間は、横に伸びた白い床に、縦に伸びた白い布。白い布は、まるで巨大な掛け軸のようですが、共にキャンバスのような許容も感じます。ゲストの前にはサヌカイトの黒石をテーブルに見立て、凛とした空気を漂わせます。
「サヌカイトは、表裏でテクスチャーが違っていたり、切断面が緩やかなものや荒々しいものなど、様々なものを配しました」と佐藤氏。白い床も手伝い、墨が宙に浮いているような印象を抱きますが、実は一筆書きのように配置。「例えば、止めのところは曲線が綺麗なものを、線のところは真っ直ぐなものを、最後の払いは荒々しいものをなど、置く場所の順番も緻密に計算しています」と言葉を続けます。
「ここは何の変哲もない場所ですが、大きなムクロジの木があったところも惹かれたところです。それが自然の屋根を作り上げ、垂れた枝葉を潜るように入ることによって、にじり口の役割も果たしてくれます。既に空間があったところに、私たちが少しだけ建築的な操作を加えただけ」とコヴァレヴァ氏。
風が吹けば、縦に伸びた白が揺らぎ、晴れた日には、縦横の白に木漏れ日を映す。陽の傾きで、水辺に空間が映り込み、立体的な風景となる。それはまるで、ここだけに流れる時間が存在するかのようだ。
「自分たちの力だけでなく、自然の力も借りて新たな風景を作りたかった」とふたり。
改めて、この立地のことを思い出したい。
ここは、何の変哲もない場所ですが、特に人通りが多いのが特徴だ。
「露庵」の誕生後、「来園者が普段気に留めないような場所」が「来園者が最も気に留めるような場所」になったことは言うまでもない。
NEW STYLE of TEA PARTY続けることによって文化になる。次の準備はできている。
「香川の皆様や栗林公園の皆様のおかげで、栗林大茶会は、多くの反響を得ることができたと思います。しかし、これを1回だけで終わらせたくありません。続けることによって文化は生まれ、地に根付くと思うからです。建築的な視点で考えると、今回の3つの空間をアーカイブし、それ以外に、毎年、空間=一景を増やしていければ、より壮大な大茶会を創造できると思います」と永山氏。
「栗林大茶会」は、期間限定ゆえ、「臥松庵」も「泳月庵」も「露庵」も、今、その姿はありません。有り続ける景色も一景ですが、無くなる景色もまた一景。儚く消えてなくなった、3つの風景は、参加者だけでなく、通りすがりの来園者でさえ、その記憶に深く刻まれたに違いありません。
次の準備はできている。
会場:特別名勝「栗林公園」
住所:香川県高松市栗林町1-20-16
期間:2024年10月15日(火)〜10月22日(火)
時間:9:00〜/13:30〜
料金:33,000円(和菓子・飲料×5セット・呈茶体験)
主催:ONESTORY
共催:香川県
後援:公益社団法人 香川県観光協会
協力:株式会社ナイスタウン、フリット(翻訳サービス)
Photographs:SHINGO NITTA
Text:YUICHI KURAMOCHI