トイレットペーパー買い溜めをデザイナーとして分析してみた

NRIとNTTの若手エースが語る、大企業でイノベーションに挑戦できる環境作りとは【DFI2019】

“イノベーション“や”DX”をバズワードで終わらせない為に大切な2つのこと

「誰にも使われない機能を持つ製品」が生まれてしまう2つの理由

【デザイン × 経営】ビジネスにおけるデザインの価値を追求する7人の起業家

designer founder startup
私たちの生活の中にはスタートアップによって生み出されたサービスが溢れている。TwitterやAirbnb、YouTubeはその一例だ。これらのサービスを今まで一度も使ったことが無い人が居れば、逆に興味深い。それくらい世の中へと急激に浸透した。 そんな上記の3つのスタートアップに、ある共通点があることをご存知だろうか。それが「創業者がデザインバックグラウンドを持つ」という点である。 「デザイナーがビジネスを興すなんて。」そんな風に思う人も居るかもしれない。しかしデザイナーが起業することはむしろ自然な流れだと言って良いだろう。なぜならスタートアップは「ある問題を解決する」というところから始まる、と同時に私たちbtraxの定義するデザインの意味は「問題解決」であるからだ。 これらのスタートアップの急成長はビジネス的に解く価値のある問題に対してデザインプロセスが大いに有用だということの証明でもあるだろう。 そこで今回の記事では、デザインバックグラウンドを持ちながら起業し、成功した人物を7人紹介したい

Brian Chesky / Joe Gebbia

Airbnb

airbnb founders デザイナーが立ち上げた会社としておそらく一番有名なのが「Airbnb」だろう。「Airbnb」とは世界中の人と部屋の貸し借りが出来るコミュニティー・マーケットプレイスだ。今や旅行を決めたらまず訪れるのはホテル比較サイトではなく「Airbnb」のウェブサイトという方も多いだろう。 創業者のBrian Chesky / Joe Gebbia / Nathan Blecharczyk のうち、Brianと Joe は RISD(リズディ:ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン)出身のデザイナーである。美大のハーバードとも呼ばれる有名校であるRISDで出会った2人に、本家ハーバード大学でコンピュターサイエンスを学んだNathanが加わり、「Airbnb」は生まれたのだ。 「Airbnb」はUberらと共に、近年最も注目されているシェアリングエコノミー市場を確立した。彼らは「信頼関係のデザイン」によって、「現地の人の家に泊まる」という今までに無い体験を実現したのだ。 この体験設計は創業者がデザイナーだったからこそ実現出来たということに疑いは無いだろう。詳しい内容は以前の記事(デザインがビジネスに与える影響 〜収益週200ドルのAirbnbが急成長した秘訣とは〜)に譲りたい。 airbnb UI 関連記事: ロゴのリデザイン ー なぜGapが失敗しAirbnbが受け入れられたのか デザイン最優先のAirbnbがユーザー獲得のために行う3つのマインドセットと4つのコアプロセス

Evan Sharp

Pinterest

evan sharp FacebookにTwitter、最近はInstagramが大流行中。そんなSNS全盛の時代に、特にデザイナーから圧倒的な支持を得るSNSがある。それがここサンフランシスコ発の「Pinterest」だ。 まるで写真をアルバムに貼っていくように、ネットで見つけたお気に入りの写真を保存、分類、共有することの出来る「Pinterest」の魅力は何と言ってもそのデザイン性。ファッション雑誌のようなインターフェイスは多くのデザイナーをユーザーとして獲得してきた。 pinterest UI ↑まるでファッション雑誌のような「Pinterest」のインターフェイス そんな「Pinterest」の共同創業者であるEvan Sharpもデザインバックグラウンドを持ち、「デザイン経営」を実践する1人。コロンビア大学院で建築を学んだ後に、Facebookでデザイナーとして活躍してたEvanは、勤務時間外の空いている時間にあるサービスを仲間と作っていたという。そのサービスが後に「Pinterest」となったのだ。 関連記事: 優れたUXを生み出す鍵はオフィスにある【インタビュー】Pinterest ケイティ・バルセロナ氏

Chad Hurley

YouTube

chad hurley もはや我々の生活に無くてはならないサービスとなった「YouTube」。「YouTuber」と呼ばれる新しい職種をも生み出し、小学生のなりたい職業ランキングで堂々の6位にランクインしたことは記憶にも新しい。また今や大手企業でYouTube上でチャンネルを持っていない企業を探す方が難しくなった。大人から子どもまで、非常に馴染みの深いサービスであることの証明である。 そんな「YouTube」の創業メンバーの1人もデザイナーである。共同創業者のChad Hurley は大学で美術を専攻した後、「YouTube」の立ち上げ前まではPayPal でデザイナーとして活躍していた。Paypalのオリジナルのロゴは彼によるデザインだ。その後、PayPalでの同僚であった、Steve ChenとJawed Karim と共に「YouTube」を立ち上げたのだ。 「YouTube」誕生のきっかけはあるパーティーでの出来事だという。ある日ChadはSteveと共に自宅でパーティーを開いていた。そのパーティーでビデオ撮影をしていChadはそれを参加者全員に送ろうとしたのだが、彼のビデオは高性能だったが故に容量が多く、何度やってもエラーになってしまったという。 そんな問題を解決する為にウェブサイト上で動画をシェア出来るようなサービスを思い付いたのだ。もし彼がそのパーティーで動画撮影をしていなかったらそんな問題にも気付かなかっただろう。 そして仮に同じ問題に気付いたといたしても、彼がデザイナーでなければ、ここまで成長するサービスになっていなかったかもしれない。YouTubeが爆発的に普及した2006年に執筆されたTime誌の記事によると、世の中に受け入れられた理由は「簡単さ」と「格好良さ」のバランスが良かったことだったという。 更に、「必要な動画はそこに存在しており、ユーザーはそれを探すだけ」という体験は、まるで大型スーパーマーケットを訪れる体験を想起させた。これらはデザイナーだからこそ設計出来た体験だと言えるだろう。 余談であるがこの頃のPayPalには今や世界を代表する起業家が多く在籍していた。TeslaやSpace Xの創業者であるElon MuskやLinkedinを作ったReid Hoffmanなど今のスタートアップ業界の重鎮たちが多数。彼らはPayPalマフィアと呼ばれている。もちろん、「YouTube」を立ち上げた3人もそのメンバーだ。 PayPal mafia ↑PayPalマフィアたち。世界を代表する起業家たちであることに気が付く。

Stewart Butterfield

Flicker / Slack

Stewart Butterfield オンライン写真の保存・共有サービスの草分け的な存在である「Flickr」 。すべての写真をクラウド上で管理し、友達同士でフォローし合うことでタイムライン上に表示される仕組みは今でこそ見慣れたものになったが、誕生当初は画期的であった。 競合であったSmugMugに買収されるなど、FacebookやInstagramの勢いに押されて衰退を余儀なくされたが、「Flickr」は写真共有サービスというジャンルを築いた会社であることは間違い無い。 企業向けチャットツールの「Slack」。ベイエリアでは導入していない会社を探す方が難しいほど普及率の高いチャットツールだ。その魅力はなんと言っても「手軽さ」と「便利さ」で、業務効率を上げたければ何をするよりもまず「Slack」を導入しろ、という声があがるほど。最も成長速度の早いスタートアップだと言われており、デイリーでのアクティブユーザーは800万人、課金ユーザーも300万人にも及んでいる。 slack graph 「Flickr」と「Slack」、この一見何の関連性のないサービスの共通点は何か。それはどちらのサービスもStewart Butterfieldという男が創業者であるという点だ。そしてそんな彼もデザインバックグラウンドを持つ経営者である。 特に「Slack」で実現した「ビジネスコラボレーションハブ」としてのチャットツールのデザインは、UXの観点から見ても非常に優れている。メールよりも簡単で、Lineよりもビジネスマンにとっては使いやすいUIと高い機能性は「Slack」を使ったことがある人は誰しもが頷いてくれるのではないだろう。 関連記事: Slack成長物語 〜世界のユーザーに愛されるプロダクト舞台裏〜

David Karp

Tumblr

daivd karp 手軽におしゃれなブログを楽しめると特にアメリカの若者の間で人気なのが「Tumblr」。デザイン性に加えて、リブログというTwitterでいうところのリツート機能をブログにも持ち込んだことで話題となり、一時期はブログもTwitterも「Tumblr」のせいで衰退してしまうのではないかという声も上がったほどのサービスだ。2013年に米Yahoo!に11億ドル(約1200億円)で買収されてからはパッとしないが、未だに根強い固定ファンがサービスを支えている。 tumblr UI ↑直感的にわかりやすい「Tumblr」のインターフェイス。「手軽さ」と「おしゃれさ」を兼ね備えたデザインだ。 そんな「Tumblr」を作ったのがDavid Karpだ。彼の経歴は有名創業者の中でも一際ユニークである。幼い頃からHTMLを学び、なんと11歳でビジネス向けのウェブサイトを立ち上げたのだ。そして14歳時には、ニューヨークを拠点とするアニメーションスタジオでデザイナーインターンとして働き初めている。その後高校を中退し、子育てサイトサービスの責任者になると、同会社が買収されたことをきっかけに独立。 ソフトウェアコンサルティングの会社を経て、「Tumblr」を創業する。デザインだけではなく、ビジネス・テクノロジーの知識も備えたまさに「天才」であると言えるだろう。

Jack Dorsey

Twitter / Square

Jack Dorsey Jack Dorseyはべイエリアで最も著名な起業家の1人だ。SNSサービスの「Twitter」とモバイル決済サービスの「Square」を創業した彼の名前は、たとえ起業やスタートアップに興味が無くとも一度は聞いたことがあるのではだろうか。 今では起業家としての側面が強い彼も、「Twitter」を始めた当初は実はファッションデザイナーになりたかったという。結局ファッション業界へと進むことはなかったが、PradaやDior Hommeのスーツ、そしてRick Owensのレザージャケットを愛する彼のコーディネートから溢れる美意識は、Tシャツにジーンズの多いシリコンバレーの起業家の中で一層際立っている。 Jack Dorsey fashion ↑ 彼のコーディネートはメンズファッション雑誌GQにも取り上げられるほど 厳密にはデザイナーではないJack Dorseyであるが、昔からデザイン思考実践者だったという意味ではビジネスにおけるデザイナーの考え方の重要性を理解していたといえる。デザイン思考の重要性を伝える1つの要素としてあげられるプロトタイプの実用例は彼の作った「Square」を用いて説明されるとわかりやすい。 btraxのSFオフィスから歩いて5分ほどのカフェでナプキンに書かれたこのペーパープロトタイプが「Square」の一番初めのプロトタイプと言われている。1枚のナプキンから、今や40,000店舗以上で導入されることになったサービスは生まれたのだ。 square prototype

まとめ

デザインバックグラウンドを持つ7人の偉大な起業家を紹介した。これらの成功例を知ると、デザイナーが会社を立ち上げることに対して特別な違和感を抱くことも無くなるだろう。近年急激に高まりを見せる、デザイン思考などのデザインをビジネスの文脈で語る場面にも辻褄が合う。 現代のビジネスにおいて、デザインは無視出来ない。それどころか、むしろ必要不可欠な要素なのだ。 参考記事: 10 Co-Founders Of Tech Companies Who Began As Designers The Designers-Turned-Founders Behind 5 Successful Startups Chad Hurley Story The fabulous life of Jack Dorsey, Twitter's billionaire CEO The YouTube Gurus  

アパレル業界の未来を紐解く6つの最新トレンド 【後編】

fashion
今までの常識が塗り替えられるような「イノベーション」が様々な業界で起こると予想されている時代において、ファッション業界はどのような歴史を刻んでいくことになるのだろうか。 前半の記事ではそれを紐解く手がかりになりそうなトピックとして、「ウェアラブルデバイス」・「実店舗」・「ラグジュアリー」という3つの言葉が再定義されることについて言及した。 後半となるこの記事では、ファッション業界が抱えている問題について注目したい。労働搾取や大量廃棄といったこの業界が長らく解決出来ずに抱え込んでいるものから、Amazonなどのプラットフォーマーとの協業という近年に急速に重要性が高まってきたものまで、3つの問題についてファッションブランドがどのような答えを出し始めているのかをまとめた。

【4. 社会問題解決こそが次世代のブランディング】

ブランドを構築する3つの要素

それがボールペンのような手に触れられるものであれ、アプリのような手では触れられないものであれ、ブランドを構成する要素は3つである。機能性・デザイン性・ストーリー性だ。 機能性とはそれはユーザーに何をもたらすのか、デザイン性とはそれがどれだけカッコいいのかまた使いやすいのか、そしてストーリー性とはそのモノに一体どんなストーリーが隠れているのか。バランスはそれぞれの製品によってまちまちであるが、この3つがいくらかの形で合わさってその商品の価値となる。 これはアパレル製品の制作においても同じである。こちらのNikeのAIR MAX 1 を例にあげれば、機能性はクッション性が高く足に負担が掛からないソール、デザイン性は名前の由来にもなっているミッドソールに搭載されている空気を可視化した「Visible Air」、そしてストーリー性はNikeが掲げてきた「Just Do It」というスローガンを中心に取り組んできた「保守的な社会への対抗心」や「本当の自分の開放」というメッセージだろうか。 Nike Airmax 1 ↑Nikeの代表的な製品となったAIR MAXシリーズの第1モデル。

社会問題を解決しているストーリー

今後は、この3つの要素の中でもストーリー性の性質に大きな変化が見られるようになるだろう。興味を引くようなストーリーだけ不十分になり、そのストーリーが社会問題を解決しているかどうかがより重要となる。そして、ストーリー性の重要性が他の2つを大きく上回る時代が到来するだろう。

サステイナビリティーの欠如

そこにはファッション業界が長い間直面してきたある問題が関係している。それがサステイナビリティー(持続可能性)の欠如である。 サステイナブルな状態とは、簡略に言えば需要と供給がマッチしている状態であるが、ファッション業界は大きく2つの面でサステイナブルな仕組みをデザイン出来ていない。労働のサステイビリティーと環境のサステイナビリティーである。 労働のサステイナビリティーの欠如については、死者が1,000人を超えたファッション業界最悪の事故がそれを象徴している。この根本的な原因は、先進国の生み出した大量生産・大量消費あきりにビジネスモデルが経済的弱者である供給側に限度の超えた負荷を与えていたことだろう。詳しくは以前の記事(いまブランドが捉えるべきは“ユーザーの意識変化” – サステイナビリティーが重要視される理由とは)を参考にして頂きたい。 ranapraza ↑『Rana Praza』崩壊は死者1,000人を超えるファッション業界最悪の事故となった 環境のサステイナビリティーの欠如については、ファッション業界は全産業の中で3番目に環境に悪い産業であるとされているのはご存知だろうか。例えば、衣服の製造には大量の水を消費する必要がある。1つのジーンズを作るだけでも、通常の製法で作るとその量は3,800リットル以上(シャワー53回分)もの水が使われるという。またThe World Bankは世界の20%の海洋汚染が衣服の染料によって引き起こされていると発表している。 reformation eco ↑米ロサンゼルス発のブランドReformationはECサイト上には、環境問題への喚起を促すページがある。同ブランドのキャッチコピーは”Being naked is the #1 most sustainable option. We’re #2. : 一番環境に優しいのは何も着ないこと。私たちは2番目ね ”だ。

購買基準は会社のビジョンが自分と重なるかどうか

今まで見えなかった情報に対する透明性が徐々に高まってきている現代において、以前よりも多くの消費者がこのような社会問題に対して当事者意識を持ち始めている。またミレニアル世代やその次のジェネレーションZ世代は「その会社のビジョンやミッションが自分と重なるかどうか」をモノを買う際の大きな判断軸にしているという。 問題意識が高い消費者に対して、社会問題を解決しているというストーリー性は機能性やデザイン性よりも重要性の高い項目として評価されることになるだろう。

サステイナビリティーによるブランディング

労働のサステイナビリティーがブランド構築の際に大きな役割を果たしたのが米ブランドEverlaneである。“Radical Trasnparency : 徹底的な透明性”という信念のもと、原価だけではなく値段の内訳をすべて公開している。 このような透明性の他、製品そのものの質や優れたマーケティングにより、Everlaneは今やアメリカにおいて最も人気のあるブランドの1つとなっている。先日サンフランシスコに店舗をオープンしたが、オープン日には店に入るだけでも2時間並ぶほどの大行列だった。オンライン上と取り扱っている商品はほとんど同じなのにもかかわらず、行列を作る老若男女達の存在が、Everlaneのブランド力を証明していると言ってよいだろう。 everlane eco ↑Everlaneは自社のEC上に世界各地の工場の様子を公開。誰がどのように製造されているのかを確認することが出来る。 環境のサステイナビリティーに挑戦しているのはドイツのスポーツブランドのアディダスである。海洋環境保護団体「Parley for the Oceans」協力のもと、海に廃棄されたプラスチックゴミを利用して作ったランニングシューズの販売を開始した。更に“Z.N.E ZERO DYE”と呼ばれる、染色をしない素材本来の風合いを生かした新商品を開発。染色をしないことで、出来るだけ水資源を節約することが狙いだという。これらの例に代表されるように、アディダスは自然環境に配慮した製品づくりを推進し、”サステイナビリティーカンパニー”としてのブランドを作りあげつつある。 adidas eco ↑左:Z.N.E ZERO DYE”を使用しているパーカー 右:海に廃棄されたプラスチックゴミを利用して作られたランニングシューズ 21世紀や22世紀において、これらのようなサステイナビリティーに対して強い問題意識を持った消費者の割合は今と比べられない程高くなるだろう。また機能性やデザイン性にも限界が来る。彼らにとって重要なのは、機能性やデザイン性ではなく、社会問題を解決しているというストーリー性だ。

【5. ファッション業界もユーザー中心のモノづくり】

大規模セールが象徴する業界の抱える闇

いろいろな分野で毎年行われる初売りセール。その中でも一番の盛り上がりを見せるのがファッションブランドやセレクトショップによるものだ。多くの人が行列を作り、開店と共に店の中に駆け込んでいく様子はもはや年始の恒例行事である。 しかしこの様子こそがファッション業界が抱えている闇を象徴しているといえる。それが、「大量の売れ残りが前提の価格設定」である。大量に売り残る前提で価格設定をし、定価で売れなかったらすぐセールに回す、という負のサイクルが、この業界において常態的に発生してしまっているのだ。 ラグジュアリーブランドの収益モデルからもこれは明らかだと言える。利益率の低いファッション部門はブランドアイデンティティを訴求する為に使われ、そのブランド力を活用し革製品のような定番商品が多い部門で利益を獲得するモデルが一般的である。ラグジュアリーブランドの革製品がセール対象外になることが多いのはその為だ。

「散弾銃商法」

このように「顧客が必要としていないものを作ってしまう」という問題が発生してしまっている本質的な原因は、そもそもの商品製造の仕組み自体にあるのではないだろうか。「流行を生み出す」という目的に対してとっているアプローチが今の時代とマッチしていないように思える。 現在多くのブランドは、消費者の理解を深めることなくとにかく数を撃てば当たると大量の種類の商品を生産するすることでヒット商品を見つけ流行を生み出そうとしているのではないだろうか。アパレルブランドのセールが大規模なのは、そのほとんどの”当たらなかった”商品がそのままセールに回されるからだとすれば辻褄が合う。ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏の言葉を借りれば、「散弾銃を色々な方向に振り回しながら撃っている」状態なのではないだろうか。

衣服もユーザー中心のデザインに

しかし現代は様々なデータが蓄積され分析ができる情報化社会であり、この流れはこれからも間違いなく加速する。そんな時代において、そのような「数を撃てば当たる」というやり方はあまりにも時代遅れである。 これからは消費者のデータを商品化することが求められるだろう。消費者に関する情報を集め、分析し、衣服へと変換していくのだ。いかに「データ」を起点に衣服を作れるかどうかが、これからのファッション業界で生き残れるかどうかの分かれ目と言っても過言ではないだろう。 それはつまり、ファッション業界にもユーザー中心のモノづくりの考え方が必要になってくるとも言い換えられるだろう。これから必要になるのは「アイデア」や「テクノロジー」ではなく、あくまでユーザー起点でのデザインである。「ユーザーのニーズを理解し、研ぎ澄ませた商品だけを生産する」というライフルを撃ち抜くような生産体制を敷くことが重要となる。

必要なのはサプライチェーンの再構築

しかしこれは現在のファッションブランドの体制のままで導入することは難しいかもしれない。なぜなら、企画・構想から実際に棚に並ぶまでに時間がかかり過ぎているからだ。通常の工程で服を生産すれば、実際に消費者の手元に届くのに約2年ほどかかってしまうという。これでは消費者のニーズに刺さる商品の製造は難しい。 その為まずはサプライチェーンの再構築を行い、企画者と生産者の距離を近くする必要がある。しかしだからといって企画までもをOEMへ投げてしまうのは本末転倒だ。その結果起こったのが「タグだけ違って他はほぼ一緒」のチェックシャツが様々なセレクトショップで販売されたことである。 あくまで必要なのは、ブランドのアイデンティティを保持しつつより早くスピードで商品を生産出来るサプライチェーンを整えることではないか。

サプライチェーンの再構築に挑むGucci

この重要性を認識し変革に動いているラグジュアリーブランドがある。それがAlessandro Michele体制になってから絶好調のGucciである。Gucciを傘下に収めるKeringのCEOであるJean-Marc Duplaix氏によると、グループとして最も優先順位が高いのはGucciのサプライチェーンの再構築だと話す。 その試みの1つとして、同社はGucci Art Lab を今年中にオープンする予定だ。イタリアに建設予定のこのLabでは、革製品の製造だけではなく、顧客トレンドの調査や新しい素材の開発を行う機関になる。製品開発の上流工程から下流工程までの距離を短くし、発表出来るコレクションの数を多くすることが狙いだという。 Gucci Art Lab ↑イタリアに建設されているGucci Art Lab の様子

セールが無くなりファッションショーのあり方が変わる

この流れがアパレル業界全体に浸透すれば、大量の売れ残りが減るだろう。その結果、「セール前提の価格設定」が見直され、正常なプロパーの価格で売られることになる。それに伴いセールの規模も縮小されていくだろう。 またこの仕組みの変革はファッションショーのあり方をも大きく変えることになるかもしれない。オートクチュールのコレクションは例外的な扱いで継続されるだろうが、より大衆向けのプレタポルテのコレクションは現在と同じ体制でずっと行われるとは考えづらい。2〜3月に来年の秋冬、9〜10月に来年の春夏に店頭に並ぶコレクションを行い続けるのは、21世紀・22世紀においてはあまりにも時代とのすれ違いが大き過ぎるだろう。

【6. プラットフォーマーと協業せざるを得ない時代】

ファッションブランドにとって長らく議論が続いていたのが、「Amazonのようなプラットフォームは協業すべき味方なのか、それとも競争相手になり得る敵なのか」である。 しかしこの議論の論点は今後変わることになるだろう。もはや議論すべきは、プラットフォームと協業するかどうか、ではなく、どのようにプラットフォームを協業するかになる。

プラットフォームとの協業によるデメリット

プラットフォームとの協業は様々な面でデメリットが生じることは事実である。その中でも特に顕著なのは、ブランディングへの影響だろう。ブランドを築くこととは顧客との関係性を築くことに他ならないが、プラットフォームに卸してしまうと、顧客との接点を減らしてしまうことになる。これはブランディングの観点から見ると大きな機会損失に他ならないだろう。 更に顧客データの蓄積という面でも大きなデメリットがある。以前の記事(これからの企業に不可欠な三種の神器とは)でも紹介したように、21世紀における良い企業と素晴らしい企業を分ける一つの指標がデータの取得量と活用方法である。柳井正氏がこれからの産業について「すべての産業は、情報を商品化する新しい業態に変わる」と話すように、ファッション業界も同様にデータの重要性は日に日に増していくだろう。 gafa-graph ↑GAFA (Google, Amazon, Facebook, Apple) は膨大なユーザーデータを武器に従来の産業分類の枠を超えたビジネスを展開し始めている。 プラットフォームに販売を委託するということは、そんな重要な顧客データの取得のいくらかを諦めることになる。裏返せば、Amazon等プラットフォームにとっての大きな武器とはそのデータである。この状況はファッションブランドにとっては、決して歓迎されることではない。

これからはプラットフォームと「どのように」協業するのかという時代

しかし、そのようなデメリットを考慮したとしても、やはりこれからはプラットフォームと”どのように”協業するのかという時代に突入しているように思う。その理由はプラットフォーマー達が築き上げる圧倒的な規模と顧客へのリーチ、そしてただのプラットフォームではなく、ブランディングプラットフォームへと変革しつつあることだ。 プラットフォームの代表格がAmazonである。Whole Foods Marketの買収やAmazon Goのオープン等生鮮食品に力を入れていると思われがちであるが、ファッション分野の成長も著しい。アパレル業界において、売上げトップの座を守り続けてきたのが、大手百貨店チェーンのMacy'sであった。 しかし、2018年にその座はAmazonに明け渡すことが決定的になっている。また成長率に関しても、Amazonのファッション部門が30%近いのに対してMacy’sは-4%が見込まれている等、両者の差はどんどん開いていく一方だろう。 Retail Sales Graph ↑長らく売上1位を維持してきたMacy'sが遂にその座をAmazonに奪われる。ECサイトが百貨店よりも服を売る時代を誰が想像出来ただろうか。

1日で約3兆円の取り引き

アメリカや日本よりも、オンライン上での購入に対して抵抗が無いとされている中国では、プラットフォーマーの影響力は更に大きいと言えるかもしれない。中国版アマゾンとも呼ばれているAlibaba が毎年11/11に行う Single’s Day Sale はたった1日で、約2.7兆円もの取り引きが発生したという。これは2018年現在、世界中で最も大きなオンラインショッピングイベントである。 Alibaba Single's Day ↑Single Day Sale に合わせて開催されたイベントの様子 このようなプラットフォーマー達の圧倒的なサプライチェーンと顧客へのリーチは、単独のブランドだけで築き上げるのは難しい。今後消費者達は何か欲しいものがあるととりあえずAmazonやAlibabaを開くことが増えるだろう。そのようなプラットフォームで自社の商品を扱ってもらうことは、多くのブランドにとって魅力的であることは間違いない。

ラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォーム

しかしいくら多くの顧客にリーチ出来るとはいえ、多くのラグジュアリーブランドにとっての悩みの種は、プラットフォームで購買可能になることによるブランド力低下である。現在もAmazonで購入出来る洋服は比較的カジュアルで安いものが多い。 そこで生まれたのがラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォームである。そこで扱われている商品は高級百貨店で扱われているようなブランドばかりであり、近所のモールに入っているブランドと混合されることはない。これならラグジュアリーブランドも、ブランドイメージの低下を気にすることなく扱ってもらえる。 ブランド力の低下どころか、このようなラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォームとの協業がブランディングの一貫になっているケースもある。例えば、そのようなプラットフォームの代表格であるFafetchはGucciとパートナーシップを結び、「Store to Door in 90 Minutes (90分配送サービス)」を提供している。FarfetchでGucciの商品を購入すると90分でユーザーのもとに届けられるのである。これはGucci単独ではなし得なく、Farfetchのような強力なサプライチェーン網を持つプラットフォームとのパートナーシップでだからこそ実現出来たサービスだと言えるだろう。 Farfetch Gucci 長らく議論になってきたファッションブランドとプラットフォームと関係性であるが、確かにブランディングや顧客データの面でデメリットはある。しかし圧倒的な規模と成長速度、またブランディングプラットフォームとしての役割を担いつつあることを考えると、協業しない手はないだろう。プラットフォーム上に取り上げられないデメリットが協業するデメリットをはるかに凌ぐ時代はすぐそこまで迫ってきている。

アパレル業界の未来を紐解く6つの現象 【前編】

fashion future trend
音楽や映画と並び、ファッションは「時代を映す鏡」としての役割を担ってきた。川久保玲氏や山本耀司氏がパリコレデビューし全身真っ黒のカラス族が現れたのは80年代であり、藤原ヒロシ氏らによって裏原系と呼ばれるジャンルが誕生したのは90年代だ。「A BATHING APE / アベイシングエイプ」や「NUMBER (N)INE / ナンバーナイン」などの人気ブランドが次々と誕生し、国内のファッション業界に最も活気があった時代ともいえる。 そんなファッション業界は2000年代に大きな転換期を迎えることになる。その起爆剤となったのは、より早くかつ安い洋服の製造・販売に成功したファストファッションブランドの誕生である。ユニクロの打ち出した1900円のフリースは、ファッション業界人だけでなく、多くの消費者にも衝撃を与えた。ユニクロを始めとしたファストファッションブランドは、ストリートの様子だけではなくファッションに対する価値観そのものを大きく変えたのだ。 では、これから続く21世紀・22世紀において、ファッション業界はどのような歴史を刻んでいくことになるのだろうか。今までの常識が塗り替えられるような「イノベーション」が様々な業界で起こると予想されている時代において、ファッション業界にはどのような変革が起こるのだろうか。それを紐解く手がかりになりそうな6つのトピックをまとめた。その前半となる今回の記事では近い未来にファッション業界で起こるであろう、3つの言葉の再定義に注目する。

【 1. ウェアラブルデバイスの再定義 - テクノロジーが”溶け込んだ”服 】

人間とWatson - 2人のデザイナー

毎年ニューヨークで開催され、ファッション界のアカデミー賞とも称されるのがMET Galaだ。COMME des GARÇONSのデザイナーである川久保玲氏も2017年に取り上げられ、日本のメディアでも大きく取り上げられたことは記憶にも新しい。 そんな2016年のMET Galaのセレモニーパーティーにおいて、錚々たるデザイナーが作り上げたドレスの中に、1つだけ”人間とAIの共同作業”によって作られたドレスを身に纏ったモデルが居たことはご存知だろうか。

コグニティブ(認識する)ドレス

英ブランドMarchesaによって初めて発表されたこのドレスは、「コグニティブ(認識する) ドレス」と呼ばれている。最大の特徴はLEDライトが取り付けられていることである。もちろんただのLEDライトではない。ライトの色はIBMのAIであるWatsonがその場観客のリアクションに応じて変更することが出来るのだ。人工知能であるWatsonは視覚を持っている訳ではない。しかし、データを感情に変換することで人の気持ちを汲み取ることが出来るようになったと言えるだろう。 cognitive dress ↑ 超一流デザイナーの作り上げたドレスの中でも際立つ”人間とAI”によってデザインされたドレル

欠点は明らかな”テクノロジー”感

しかし、そんな最先端の技術を駆使して作られた”コグニティブドレス”であるが、最先端であるが故の欠点が1つある。それは明らかに”テクノロジー”であるということだ。大きな祭典の場では話題性を持って受け入れられるかもしれないが、日常生活では着ることはとてもじゃないが難しい。

テクノロジーに気付かなくなる現象

これからテクノロジーの存在はもはや当たり前に時代になる。そんな時代においては論点はテクノロジーの存在に有無ではなく、そのテクノロジーをいかに生活の中に溶け込ませるかにあるのではないだろうか。 Apple の iPad Pro のCMはまさにこの例だといえるだろう。以前の記事(【2017年】社会への問題提起を行ったブランドプロモーション4選)で、AppleはこのCMで「コンピューターが私たちの生活に完全に溶け込んだ世界」を描いている可能性があることを示した。このテクノロジーが生活に溶け込む現象について、Xerox のパロアルト研究所のマーク・ワイザーは自身の論文の中で、「最も革新的なテクノロジーとは消滅するものである。日常生活に溶け込こんでいき、次第に生活の一部として当たり前の存在となる。」と説明している。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=sQB2NjhJHvY[/embed] ↑このCMに付けられた名前は『What's a Computer』

GoogleとLevi'sが提案する未来の洋服の形

この「テクノロジーに触れていることに気付かなくなる現象」は今後様々な業界で起こることになるだろう。もちろんファッション業界も例外ではない。 GoogleがLevi’sと共同で取り組んでいるプロジェクトが「Project Jacquard」である。作っているのは一見普通のデニムジャケットであるが、もちろんただのジャケットではない。使われている織り糸にセンサー機能を持つ極細のコードが紡がれているのだ。 これにより服をウェアラブルデバイス化することが可能となる。スマホとBluetoothで繋げば、スクリーンだけではなく服もスマホ操作の際のインターフェイスになるのである。 例えば、服を触るだけで、聞いている音楽を操作したり、かかってきた電話に対応したりすることが出来る。スマホをいちいち取り出すという手間が省ける為、特に自転車に乗っている時などに便利だろう。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=yJ-lcdMfziw[/embed] これはよくあるプロモーションムービーのような「将来的にこうなります」といった類いのものではない。先日ついに一般にも販売が開始され、誰でも購入することが出来るのだ。遠い未来の話ではなく、既に実現されていることなのである。

テクノロジーが衣服に「溶けている」状態

注目すべき点は、これは一見普通のデニムジャケットにしか見えないことである。IBMによる「コグニティブドレス」と比較するとその差は明瞭だ。両者とも最先端のテクノロジーを用いているのにもかかわらず、GoogleとLevi'sによって開発されたこの服は「テクノロジー感」は皆無だと言っていい。 これはつまりテクノロジーが衣服に「溶けている」状態の1つであると言ってもよいだろう。この「Project Jacquard」により、GoogleとLevi’sは全く新しいウェアラブルデバイスの形を示した。Fitbit等の今までのウェアラブルデバイスと比べても、ガジェット感は弱く、より生活に溶け込んでいることがわかる。 現在はシンプルな操作のみしか行えないが、この技術を応用することで実現可能なことはどんどん増えていくことは間違い無い。近い未来に、心拍数からカロリー消費まで、あらゆる身体データを取得出来る服が開発されてもおかしくない。 そうなれば、自転車を乗る人に限らず、ダイエット中の人から持病持ちの人まで、あらゆる人にとって、今までの服には無い価値を持つものになっていく。何かしらのテクノロジーが埋め込まれている衣服の方が当たり前になる時代が来るのかもしれない。もっともそんな時代では、それはもはやテクノロジーという呼び名では呼ばれていないだろう。

【 2. 実店舗の再定義 - D2Cブランドが生み出した新潮流 】

ファッション業界を席巻するD2Cブランド達

様々な業界において店舗数の削減に踏み切る企業が後を絶たないことはご存知だろう。もちろんファッション業界も例外ではない。大手百貨店チェーンの Macy’s はここ数年で63店舗を閉鎖し、1万人以上の社員を解雇した。Ralph Laurenは4年前にオープンしたばかりのニューヨーク5番街にある旗艦店の閉店を発表。Abercrombie & Fitchも60店舗の閉鎖を決定した。 そんな重苦しい状況の中、ファッション業界を中心に消費財全体を席巻しているのが、Direct to Consumer (D2C) と呼ばれる新しいビジネスモデルである。以前の記事(Direct to Consumer (D2C) 躍進の理由と大企業のジレンマ)で紹介したように、その特徴は自ら企画・製造した商品をどこの店舗に介すことなく主に自社のECサイト上で販売していることだ。 d2c brands ↑ファッション業界を中心に消費材業界でD2Cブランド達の勢いが止まらない

ロイヤリティ構築の為だけの店舗

D2Cブランドの成長において大きな役割を担ったのが「実店舗の再定義」である。従来の商品を販売するという役割はECサイト上で代替し、販売場所ではなくブランドロイヤリティの構築場所として実店舗の再定義を行ったのである。 従来考えられてきた実店舗の役割を大きく以下の3つにわけられるだろう。
  1. 商品の購入場所としての役割
  2. 広告としての役割
  3. 顧客とのロイヤリティ構築としての役割
このうち、購入場所としての役割は消費者行動の変化により拡大したEC市場により代替され、広告としての役割はSNSがその役割の一部を担うようになった。これは私たちの生活の中でも実感できる。Instagramについ先日から追加された、商品にタグ付けをすることでダイレクトにオンラインサイトへ行ける機能はこの動きを象徴している。日本への導入も時間の問題だろう。 しかし、そんな2つの役割とは裏腹に代替が難しかったのが、顧客とのロイヤリティ構築としての役割である。基本的にロイヤリティは顧客とのコミュニケーションと通して構築される。そのコミュニケーションにはSNSやニュースレター等すべてのタッチポイントが含まれるのだが、いくらテクノロジーが進化しようとも「直接会って話す」ことよりも優れたコミュニケーション方法は今のところ存在していない。そこで行ったのが、ブランドロイヤリティの構築場所としてリアル店舗の出店だったという訳だ。 guide shop ↑ Bonobosは自らの実店舗を販売を一切行わない「Guide Shop」として出店。予約すれば担当のスタッフがコーディネートの相談に乗ってくれる。 店舗数の削減を余儀なくされているファッションブランドであるが、もしECサイト売上げの比率の上昇に対応して店舗を減らしているのだとすれば、それは不十分だろう。ただ単純に売上げ比率の比重をECサイトにもってくるだけではなく、戦略的な店舗の役割を再定義をする必要があるのではないだろうか。 それには根本的な仕組みの変革までもが必要になるだろう。確かに、既存ブランドであれ、D2Cブランドであれ、ECサイトのデザインはオシャレでカッコ良い。しかしそれはあくまで表面的でしかなく、一番の違いは仕組みの部分にあるからだ。

大企業のジレンマ

しかし、これは歴史の長いブランドであればあるほど難しいものなのかもしれない。私たち消費者からすれば洋服という大きなくくりで見れば作っているものは一緒である。しかし同じファッションブランドであっても、D2Cとラグジュアリーブランドでは、サプライチェーンや収益のモデルが異なる。 真似しようとするのであれば、すべてを変えてしまうか、全く参考にならないかのどちらかになってしまうだろう。一部だけを取り入れようとしようものなら、過去のやり方と現在のやり方が混在した複雑で負担の大きいシステムになってしまう可能性が高い。 更に仮に改革を決めたとしても、現在のブランドの上に積み重ねる以上は、ブランドイメージとの兼ね合いに細心の注意を払わなければならない。下手に改革を進めてしまうと、今まで築いてきたブランドさえも損なってしまうかもしれないからだ。このような状況では、例え変化が必要なのはわかっていてもその決断は難しくなる。これこそが現在大手ファッション会社が抱いているジレンマではないだろうか。

治外法権を与え従来の管轄権から離した組織

ではそんな大企業はどうすればよいのか。その1つの答えとなるのが、従来の管轄の範囲から外し、治外法権のような権利を与えた組織を作ることだろう。治外法権とは、ある国の領土にいながらその国の統治権の支配を受けない特権のことである。 つまり大企業においての文脈において翻訳すると、大企業の中に所属しながらその会社のしがらみや風習・仕組み等の支配を受けない特権ということになる。これにより、予算の使い道を細かく稟議回に通す必要や、イノベーションの種になるような画期的なアイデアが中間管理職達によって潰される可能性が低くなる。その結果、大企業の抱えるジレンマに取り憑かれることなく、自由にその時代に最適な仕組みを作ることが出来るようになるのではないだろうか。 そしてここサンフランシスコやシリコンバレーはそんな治外法権を与えられた部門の集まりである。例えばAmazonの本社はシアトルであるが、Amazon Lab126 と呼ばれるラボはベイエリアにある。これは本社と組織的にも距離的にも離すことで、比較的自由な裁量権を与えることが狙いだろう。 現在は自動車や家電製品のメーカー企業に特に多いように見受けられるが、このような流れはこれからファッション企業にも生まれてくるかもしれない。21世紀や22世紀は様々な産業で既存の当たり前が壊される時代である。もちろんファッション業界も例外ではなく、また店舗の再定義はその当たり前の一部でしかない。

【 3. ラグジュアリーの再定義 - シェアリングエコノミーブーム後の世界 】

現代はシェアリングエコノミー全盛期

世界中でシェアリングエコノミーが業界を席巻している。シェアリングエコノミーとは、基本的には供給者と需要者を結びつけるプラットフォーム提供のサービスのことである。代表的な例はAirbnbとUberだ。Airbnbは空いている部屋を旅行者に貸し出すというサービスを始め、その領域は今や旅行先での体験全体まで広がっている。Uberも同様だ。その領域はタクシー業だけに留まらず、公共交通機関全体に及んでいる。 いかに時代に受け入れられているかは時価総額を見れば明瞭だ。Uberに対しては680億ドル(約7兆円)Airbnbに対しては310億ドル (約3兆5000億円) もの値段が付けられている。日本企業全体を見ても、時価総額が7兆円を超えている会社は両手で数えられる程度しかない。 uber and airbnb このシェアリングエコノミーは空いている部屋や座席だけに留まらず、所有物のレンタルという新しい潮流をも生み出している。今やサンフランシスコでは定番となったGetaroundは所有している車を他人に貸し出せるサービスであり、Armaiumではスタイリストがその人に向けて選んだ洋服やバッグをレンタル出来る。とてもじゃないが購入出来ない憧れの高級車やブランド品も、レンタルであれば気軽に使用することが出来る。この流れは業界を問わずあらゆる分野で加速することになるだろう。

シェアリングエコノミーが浸透し切った後の世界

では、いったいこのようなシェアリングエコノミーが世の中へ浸透し切った後の世界はどのようなものなのだろうか。1つ言えることは何もかもシェア出来る時代においては「所有する」ということに対しての価値は今よりも薄れるということである。以前のような高級車・高級ブランドバッグ=ステータスという概念は消え去るどころか、「お金の使い方が微妙」とさえ思われる可能性さえもある。 更にそのような時代において、ラグジュアリーという言葉の定義が見直されることになるだろう。何でもシェア出来る時代において、シェア出来るもののブランド価値は薄れていくだろう。ブランド構築において希少性には大きな役割を果たす。シェアが当たり前になれば、その希少性はおのずと下がり、その結果ブランド価値が薄れるという訳だ。 では一体どのようなものがラグジュアリーと呼ばれるものになるのだろうか。それは「シェア出来ないもの」である。では「シェア出来ないもの」とは一体なにか。その人の為だけに作られた製品、はその象徴的な例だろう。

ラグジュアリー = シェア出来ないもの

zozosuit そんな「シェア出来ないもの」の販売に挑戦している例がスタートトゥデイのプライベートブランドである「ゾゾ(ZOZO)」である。大きな話題となった採寸用のボディスーツである「ゾゾスーツ(ZOZOSUIT)」は、着用者の身体の詳細な採寸データを数値化することが出来る。これにより従来のS・M・Lのサイズ展開ではなし得なかった、その人だけの為の洋服を作り上げることが出来るのである。現在はTシャツとデニムだけの展開であるが、その数はどんどん増えていくことになるだろう。 今までラグジュアリーの意味してきたものとは、素材や機能、デザイン性に優れた商品であった。高級車や高級ブランドバッグ等がその例である。しかし、これからは「シェア出来るものはシェアする」時代である。ミレニアル世代やジェネレーションZ世代の「所有しない”贅沢”」という価値感も合わさり、所有することに対する価値はどんどん薄れていくだろう。そんな時代においてのラグジュアリーとは、「決して他人にシェア出来ないもの」になる。まさに、ラグジュアリーの再定義が起ころうとしているのだ。 今回の記事では「ウェアラブルデバイス」・「実店舗」・「ラグジュアリー」という3つの言葉の再定義に注目した。後半では、労働搾取や大量廃棄といった長らく抱えているものから、プラットフォーマーとの協業という近年に急速に重要性が高まってきたものまで、ファッション業界が抱えている問題について注目したい。 参考記事 ・Cognitive Marchesa dress lights up the nightJACQUARD AND LEVI’S. A PERFECT FIT.Uber’s latest valuation: $72 billionCompany value and equity funding of Airbnb from 2014 to 2017 (in billion U.S. dollars)ZOZOSUIT

今さら聞けないリーンスタートアップの基本

lean startup
書籍『リーンスタートアップ』が出版されて、7年近くが経つ。起業家エリック・リースによる、全く新しいスタートアップ論を示したこの本は、シリコンバレーを含め全米で一大ブームを巻き起こした。起業家や経営者の方はもちろん、デザイナーやエンジニア、マーケターの方も一度は耳にしたことがあることだろう。 しかし「リーンスタートアップとはなにか」と改めて聞かれると、言葉できちんと説明することが意外と難しいことに気が付く。「MVP」「Lean Canvas」等、単語こそ知っていたとしても、それらを体系化的にに説明するのは中々出来ないのではないだろうか。 そこでこの記事では、名前は聞いたことあるけどよくわからない・本は読んだことあるけどイマイチわからなかった・はたまたリーンスタートアップなんてよくある流行語でしょ、という人々に向け、リーンスタートアップの基本について紹介したい。

【リーンスタートアップの定義】

基本の基本から理解をする為に、まずは「リーンスタートアップ」という言葉の自体の意味から始めたい。この言葉は「リーン」という形容詞と、「スタートアップ」という名詞の2つの単語によって構成されている。まずはそれぞれの意味を軽く説明したい。

そもそもスタートアップとは?

そもそもスタートアップという言葉の定義でさえ曖昧になってしまっていないだろうか?その典型的な例が、ベンチャー企業との混同である。会社の規模感等が似ているからか同じ文脈で語られがちであるが、ベンチャー企業とスタートアップは似て非なるものだ。故に「起業する=スタートアップを興す」という等式は成り立たない。 では、スタートアップとは何か。彼らは数ある会社の中でもごく一部の特殊タイプである。簡単に一文で定義すると、「新しいビジネスモデルを開発し、ごく短時間のうちに急激な成長とエクジットを狙う事で一獲千金を狙う人々の一時的な集合体」と表現出来るだろう。詳しくはこちらの記事(ベンチャー企業とスタートアップの違い)を参考にして頂きたい。 startup_venture ↑ スタートアップとベンチャー企業を利益と時間の軸で比較した図。ベンチャー企業と違い、スタートアップはビジネスモデルが確定されていない為、最初は収益の目処が立たない。IPOやバイアウト等を通じ、最終的に大きなリターンを狙う収益モデルであるといえる。

そもそもリーンとは?

それではもう1つの言葉の説明に移ろう。リーンスタートアップという言葉の1番の特徴である「リーン」である。 英英辞典でのLeanの定義は以下になっている。 Lean: thin, especially healthily so; having no superfluous fat. 日本語に訳すと、「痩せ型の」や「脂身のない」といったところだろうか。 ではこの「リーン」という言葉はビジネスの世界でどのように使われてきたのだろうか。この言葉を初めてビジネスを語る文脈で使用したのが、マサチューセッツ工科大学のJohn F. Krafcikによる論文「Triumph of the Lean Production System」である。

トヨタとリーンの関係

この論文では、トヨタが編み出した生産管理システム(トヨタ生産方式)を体系化し、「リーン生産方式」という呼び名で紹介されている。「リーンスタートアップ」の中でも触れられているが、「リーン」という言葉とトヨタには深い関係があるのだ。 トヨタ生産方式の根底に流れる思想は「ムダの徹底的排除」である。これは欧米各国にはセンセーショナルな考えとして受け入れられ、日本企業が世界の自動車業界を席巻することを予感させた。その目標は「生産性の向上」であるが、当時資本主義経済の象徴的な企業であったフォードの目指した、大量生産によるスケールメリットによるアプローチとは全く異なるものだったのだ。フォードが力を入れたのが「量」なら、トヨタは「質」にとことんこだわった。 トヨタ生産方式は2つの考え方を柱として確立されている。
  • 「ジャスト・イン・タイム」:「各工程が必要なものだけを、小ロットで流れるように停滞なく生産する」というコンセプトによって実現される「生産効率性の向上」(ツール: かんばん方式)
  • 「自働化」:「異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない」というコンセプトによってもたらされる、「問題の顕在化・見える化」(ツール:アンドン)
このトヨタ生産方式は、後にMITによってリーン生産方式という形で体系化されることになる。つまり、リーンの意味を噛み砕くと、「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」によってもたらされる「ムダの徹底的排除」であると言えるだろう。 lean_manufactory ↑MITがトヨタ生産方式を体系化した結果生まれた「リーン生産方式」。ジャストインタイムと自働化を2つの柱とし、”Heijunka”や”Kaizen”等、日本人にも馴染みのある言葉が並んでいる。

リーンスタートアップとは?

これをスタートアップに応用したのが、「リーンスタートアップ」というわけである。無理やり一文で表すとすると「新しいビジネスモデルの開発」を「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」による「ムダの徹底的排除」というアプローチで目指すマネジメント論であると説明出来るだろうか。 リーンスタートアップの記事を読んでいると、「MVP」「Lean Canvs」等いろいろな用語が飛び交う。しかしそれらはあくまで(非常に強力であるが)ツールでしかない。上記した本質をわかっていない状態では、ツールに振り回されてしまい、それを使うこと自体が目的になってしまうことが少なくない。 本質の理解が無いと、想定外のことが発生した際の意思決定が浅い思考に基づいた表面的になものになってしまいがちである。ツールやプロセスに固執し過ぎることなく、その状況において最適な意思決定を下していく為には、それらの使い方をただ知っているだけでは不十分であることは間違いない。 更に、スタートアップとは個人ではなく組織である。その為、自分がリーンだと思っていたことが相手にとっては違った、ということも起こり得る。その結果、「このプロジェクトはリーンかリーンではないか」という議論が平行線を辿ってしまうこともあるだろう。 このような状況の一番の処方箋は、ツールの使い方やプロセスの進め方のおさらいではなく、本質の理解と共有ではないだろうか。付け焼き刃にならない為にも、まずは「リーンスタートアップ」とは何かを理解することから始めることが大切である。 lean startup ↑書籍『リーンスタートアップ』の副題は「ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す」となっている。

【リーンスタートアップは◯◯◯ではない】

リーンスタートアップとはアイデアを生む手段ではない

ここでよくある誤解が「リーンスタートアップ」とは、それさえ実行すれば誰でもイノベーションが起こせるようになる魔法の杖のように思えてしまうことだ。 しかし、ここでポイントとなるのは「リーンスタートアップ」とはあくまでマネジメントの方法論であるということである。もう少し噛み砕くと、「リーンスタートアップ」とはアイデアを事業化する際のプロセスをマネジメントするものである。つまり、「リーンスタートアップ」とはアイデア自体を生み出す手段ではない。 アイデアを生み出す、いわゆる「0→1」フェーズは「デザイン思考」が得意とするフェーズだ。誤解を恐れずにわかりやすく説明するとすれば、デザイン思考等で生み出された「0→1」を「1→10→100」へと大きくしていくマネジメント方法が「リーンスタートアップ」であると言っても大きく差し支えはないだろう。 designthinking_leanstartup

リーンスタートアップとは「とにかくやってみよう」ではない

また「リーンスタートアップ」と聞くと、計画云々は置いておいて「とにかくやってみよう」論を語っているものだと捉える人もいるかもしれない。しかし既に上記した通り、リーンスタートアップとはプロセスのマネジメント論である。つまり、「無秩序に数を打てばあたるだろう」を推奨しているものでは決して無い。 確かに、従来のように戦略を立てきっちりとしたタイムラインを引くのは不可能だろう。誰が顧客なのかやどのようなプロダクトを作るのかさえも確定していないのがスタートアップである。そのようなあらゆる不確実性が大きい環境において、きっちりとしたタイムラインはもちろん戦略でさえも陳腐化してしまう可能性が高い。ある程度明確なものがあり、それをベースに戦略やタイムラインを引く大企業のプロジェクトと同じ方法では通用しないのは明らかである。 しかしだからといって、「無計画」を良しとするものでもない。スタートアップのゴールは上記した通り「新しいビジネスモデルを成功させ、その結果世界を変える」である。であれば、情熱だけに従ってプロダクトを作るのだけでは不十分であることは明らかだ。 その情熱をムダにしない為の「リーンスタートアップ」である。スタートアップのように情熱的で混沌とした組織を管理する方法を示し、自己満足で終わらない新規事業開発を行えるようにする方法論である。本文の言葉を借りれば、「マネジメントの第2世紀」なのだ。 map_compass ↑ MITメディアラボの伊藤穰一氏の言葉を借りれば、"地図を捨ててコンパスを頼りに進め"である

【リーンスタートアップの特徴】

「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」

リーンスタートアップとはアイデアを事業化させる際のマネジメント論だと述べた。ではどのようにそのプロセスを管理するのか。その答えは、「仮説構築→実験→学び→意思決定」のプロセスを回し続け、立証された仮説を積み重ねていくことにある。 仮説構築_実験_学び_意思決定 このプロセス自体は目新しいものではないだろう。リーンスタートアップだけの専売特許でもない。多くの人が聞いたことがある形で訳すといわゆるPDCAサイクルである。デザイン思考のプロセスに当てはめるとすると「Empathize → Ideation → Define → Prototype → Validate」となるだろうか。 どの思考法を使おうともこのプロセスは避けられないのには理由がある。それは、アイデアとはその時点では思いつき・もしくは仮説でしか無いからである。それらは立証されて初めて価値を持つのだ。その為、アイデアを定性・定量どちらかの形で検証できる仮説に落とし込むことが必要となる。立証された仮説を積み重ねて行くことで、曖昧なものを確かなものに変え、進むべき道を決めていくのである。 リーンスタートアップにおいてもこれ例外ではない。それどころかむしろスタートアップを興すこと以上に「曖昧なものが溢れている状態」など無いだろう。スタートアップの目的が、既存マーケットにおける新規事業開発ではなく、ゼロからビジネスモデルを作り上げることである以上、「全ては仮説」として捉えることから始めることが求められる。 このような不確実性が高い状況では、仮説を細かく分解し、検証のサイクルを小さく多く回す方がムダが少なくなるだろう。サイクルを大きく少なく回すことのリスクが高いからである。小さな仮説を積み上げていく方が、結果的に効率的なプロセスになっている場合が多い。 更に、スタートアップはその性質柄、人・金・時間といったリソースが限られていることが常である。つまり、ムダなリソース消費は死を意味すると言っても過言ではない。その為、使用したリソースを意思決定出来た決断で割り算をした、意思決定のコストパフォーマンスが非常に重要であることは感覚的にわかるだろう。 つまり、「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」のサイクルをそのコストパフォーマンスが高い状態で回し、「ムダの無い意思決定」を下し続けることが、スタートアップをリーンな状態をキープする上で必要不可欠なことであると言えるだろう。 意思決定のコストパフォーマンス

意思決定を下すまでが1サイクル

ここで大切なのが、学びで終わらず意思決定までを行うということである。定性的な情報を必要とする仮説は学びは沢山得られるが、仮説が検証出来たかどうかがわかりづらい場合が多い。それに加えて、仮に検証出来たとしても100%の確実性を得られるケースは稀である。いくら前もって数値化出来たとしても、特にグロース前のフェーズではその数値の根拠が不明瞭なことが多い為、「まぁたぶん合ってる」くらいの結果になるケースが多いように思う。 しかし上記でも述べた通り、重要なのは意思決定のコストパフォーマンスである。仮説の検証を抜きにするのは論外であるが、だからといって100%の確実性を得られるまでやり続けるのも最適だとは言えない。学びを踏まえて、ある程度不明瞭なものがあっても、意思決定を下して進んで行くことが大切である。

顧客開発モデル

ところで、そもそもスタートアップにとっての1番のムダとはいったい何なのであろうか。トヨタが注目したムダの一つは、在庫を抱えることのムダであった。しかし、それはあくまで「顧客が欲しいものが作れている」という前提があってのものである。 一方、スタートアップの場合はそれすらも確約されていない。つまり、スタートアップにとっての1番のムダとは、「顧客から必要とされないものを作ること」であると言えるだろう。そんな問題を解決すべく生まれたのが、顧客開発モデルだ。 顧客開発モデルとは、顧客と対話を重ねながらプロダクトやビジネスモデルを作りあげていくメソッドである。提唱者のSteve Blank氏はスタンフォード大学などで教鞭を取り、ハーバード・ビジネス・レビューに”Master of Innovation”の1人として紹介されている、シリコンバレーの起業家の中で知らない人は居ないと言われている人物だ。 customer_development 顧客開発モデルは、彼の著書である「The Startup Owner's Manual」の中で提唱したことをきっかけに世の中に広く知られるようになる。その名前の通り、まるで辞書のような本である。その為すべてを詳しく説明することは避けるが、内容を概括すると「多大な時間とコストをかけて作った商品が実は『全く顧客から必要とされていなかった』という悲劇を免れる為に、会社の進捗管理を顧客ベースで行うこと」を提唱していると言えるだろうか。 このモデルによると、会社とは大まかに4つのフェーズにわけることが出来る。その4つが「Cusotmer Discovery・Customer Validation ・ Customer Creation ・Company Building」である。
  • Customer Discovery: 「顧客と話をし、必要とされるかどうか」の検証を行うフェーズ
  • Customer Validation: 「実際に市場に受け入れられるのか」の検証を行うフェーズ
  • Customer Creation:「グロース」の検証を行うフェーズ
  • Company Building: 組織を構築し、生産体制を整える段階
この中で、創業間もないスタートアップが当分の目標として据えるべきなのは、前半2つのフェーズを乗り越えることである。Steve氏は次のフェーズに移行して良いかどうか判断するチェックポイントとして、Problem Solution Fit (PSF) と Product Market Fit (PMF) を提唱している。
  • Problem Solution Fit (PSF):「Customer」の抱える「Problem」が明確で、それに対する「Solution」が提供出来ている状態
  • Product Market Fit (PMF) : 「Solution」が落とし込まれた「Product」が「Market」に受け入れられている状態
スタートアップの約80%近くがPMFを達成出来ずに潰れてしまうと言われている。その為、PMFが達成出来たらそのスタートアップはある程度の成功をおさめたと言ってよいだろう。 その証拠に、Netscapeの創始者で、FacebookやeBayのボードメンバーでもあるマーク・アンドリーセン氏は悩めるスタートアップのファウンダーに対して、「The only thing that matters is getting to product/market fit.(PMFを達成することだけがスタートアップにとって大切なことだ)」とのアドバイスを送っている。

顧客開発とは顧客の御用聞きではない

ここでのポイントは、顧客開発とは顧客の御用聞きのように振る舞うことを推奨している訳ではないということである。顧客の声を聞くとは、必要だと言われたFeatureをすべて足していくことでは決してない。亡きスティーブジョブズが言ったように、「You can’t just ask customers what they want and then try to give that to them. (顧客に何が欲しいかを聞き、それを与えようとするだけではいけない)」のである。 御用聞きにならない為には、発言の深掘りをする必要がある。簡略化すると、「OOOという機能が欲しいと言ったということは、XXXという問題がありそうだ。ということは△△△というソリューションで解決出来るかもしれない。」というようになるだろうか。その発言そのものよりもそこからどういうことが読み取れるかが大切である。顧客に耳を傾けることと顧客の声を鵜呑みにするのは全く違うのだ

リーンスタートアップの特徴

上記をまとめると、リーンスタートアップの特徴とは、「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」のサイクルを「顧客」に対して回し続けることが大切だということになる。ではそれを一体どのように行えば良いのだろうか。最後にこれらを実行する上で強力なツールとなるものを2つ紹介したい。

【リーンスタートアップ実行の上でのツール】

MVP

MVP_ピラミッド リーンスタートアップの1番の特徴としてあげられることが多いのがこのMVPである。MVPとはMinimum Viable Product の略称であり、実験を実行するのに最低限必要な機能を備えた製品のことである。噛み砕いて説明すると「構築した仮説に対してそれを検証するのに必要なものだけを備えた製品」となる。まさに、冒頭で述べた「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」によってもたらされる「ムダの徹底的排除」というリーンな状態を体現したツールだと言えるだろう。 MVP_Car By Henril Kniberg 「問題の顕在化」を実現するには、そのMVPによって届けたい価値を意識してデザインすることが必要である。例えば、車のMVPは車輪ではなくスケートボードであるべきだ。車輪は車輪だけではユーザーにとって何の価値も持たないが、移動手段となって初めて価値を持つからである。検証したい価値を実現したMVPを使って初めて問題を顕在化させることが出来るのだ。「生産効率性の向上」を意識するあまり、「問題の顕在化」を果たせなければ、MVPとしての価値は0に近い。

Dropboxの例

DropboxはMVPを上手く使ったスタートアップとしてあげられることが多い。Dropboxといえば、先日IPOを行い「1兆円上場」を達成した企業である。そんな文句無しの”成功”を勝ち取ったスタートアップは、製品開発前にどのようにMVPを利用して、仮説を検証したのだろうか。 Dropboxは立ち上げ当時、複数のデバイスやチーム間での共有や同期が行えるクラウドストレージサービスを作り上げれば、利用する人が大勢居ると仮説を立てた。 しかし、実際に利用する人が居るかどうかはまだわからない。そこで、この仮説を検証する為に彼らがMVPとしてリリースしたのが3分間のデモ動画である。その動画では、Dropboxを実際にどのように利用するのかの大まかな流れが説明されている。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=vY3OtMBCEKY[/embed] 結果を測定すると、なんと一晩で75,000人もの人がE-mailを登録した。これにより上記の仮説は立証出来たとし、アイデアにある程度の確信を持って開発に踏み切ることが出来たのだ。 dropbox_slides ↑ 2007年、Dropboxがシード期だった頃のピッチスライドの一部。10年経った今もほとんど変わっていないことがわかる。MVP以外にも、スタートアップのお手本として参考にすべきところが多い。

MVPとはデモ版・β版ではない

MVPとは製品のデザインや技術的なことを検証する為だけのプロトタイプやデモ版とは似て非なるものである。MVPとは、出来の悪いプロダクトをリリースするというものでは決して無い。 例えば、リリースされたばかりのiOSは不具合が多いというのはAppleのお決まりパターンとなってきている。「Apple 人柱」と検索すると、「人柱覚悟でアップデートしてみました」というようなブログ記事が散見される。これは何かの仮説を検証する為にこのようにあえて設計している、ということが無い限りはMVPではない。 Appleを否定する訳では決して無いが、MVPがどうかと聞かれれば答えはNoである。

MVPとは「学びの為の道具」

MVPの制作において大切なのは、仮説ありきで作られる「学びの為の道具」であるということである。APPであれ、ビデオであれ、目的仮説の検証が出来れば何でも構わない。逆に言えば、かなり作り込まれたAPPであっても、目的仮説が検証可能になるように制作されていなければ、それはMVPとしては質が高くないとも言えるだろう。

Lean Canvas

leancanvas 仮説は基本的にMVPによって検証される。では、一体どのような要素について仮説立てを行う必要があるのか。それを図式化したのがビジネスモデルキャンバスであり、スタートアップ用に修正を加えたのがリーンキャンバスである。 ここで大切なのは、スタートアップが開発しているのはプロダクトでは無くビジネスモデルであるということである。そこでリーンキャンバスではビジネスモデルを構成する要素を9つに分解してある。これによりビジネスモデル全体から俯瞰してみた時に、どこまでの検証が進んでいるのかを確認することが出来るのだ。それぞれの要素についての簡単な説明は下記である。
  1. Problem: 抱えている課題は何か。
  2. Customer Segment: どのような人がターゲットなのか。
  3. Unique Value Proposition: 競合に対してどのような独自性があるか。
  4. Solution: 課題を解決する方法は何か。
  5. Channel: 顧客に対してどのようにアプローチするのか。
  6. Revenue Streams: どのような収益モデルか。
  7. Cost Structure: どれだけのコストが発生するか。
  8. Key Metrics: このビジネスモデルを評価する上で大切になる指標は何か。
  9. Unfair Advantage: 競合に対しての参入障壁は何か。
どのような要素の仮説が立証出来ているのか、はたまたまだ仮説立ても出来ていないのかが客観的に理解出来るのに加え、共通のフォーマットで管理することでチーム内での認識合わせにもおいても役に立つだろう。 また、それぞれの要素をリスクの高さを基準にすることで、優先順位を付けられるようになる。その為、マイルストーンを決める際にも役に立つ。スタートアップ発足時に作成し、学びがある度に更新し続けるのが1つの正しい使い方だろう。

【まとめ】

「今さら聞けないリーンスタートアップの基本」と題し、その言葉の定義から特徴、ツールまで紹介した。 読む前に感じていた、名前は聞いたことあるけどよくわからない・本は読んだことあるけどイマイチわからなかった・はたまたリーンスタートアップなんてよくある流行語でしょ、という印象が、少しでも良い方向に変われば幸いである。 参考: John F. Krafcik (1988) 『Triumph of the Lean Production System』 Eric Ries (2011)『Lean Startup』 Ash Maruya  (2012)『Running Lean』 Steve Blank and Bob Dorf (2012)『The Startup Owner's Manual』 Jeff Gothelf (2013) 『Lean UX』 伊藤賢次 (2012) 「トヨタ生産方式(「TPS」)の評価に関する一考察」 トヨタ生産方式 THE PMARCA GUIDE TO STARTUPS Part 4: The only thing that matters How DropBox Started As A Minimal Viable Product

【2017年】社会への問題提起を行ったブランドプロモーション4選

2017brandpromotion-780x460
2017年ももう残りわずか。今年はどんな1年でだっただろうか。今回の記事は、2017年をブランドプロモーションの観点から振り返り、今年注目を集めた4つのプロモーションをご紹介したい。キーワードは”社会への問題提起”だ。

Heineken:飲んで、語って、新しい世界を広げよう

heineken_worldapart 日本で放送されているビールのCMと言えば、芸能人が「ゴクゴク」と音を立てながら美味しそうにビールを飲み干すというのが一般的ではないだろうか。しかし、オランダのビール製造会社であるハイネケンが打ち出した広告は従来のCMとは全く違うアプローチであった。

一緒に作業をしたパートナーが実は自分と全く異なる思想を持っていたら?

“World’s Apart”と名付けられたこの動画広告に登場するのは3組の2人組。それぞれフェミニストと反フェミニスト、環境活動家と温暖化懐疑者、そしてトランスジェンダーとトランスフォビアといったというように正反対の思想を持っている者同士。 最初はお互いの思想について一切知らされることなく、2人はスピーカーからの指示に従い共同作業を行っていく。次第に打ち解けていき会話が弾むようになってきた2人であったが、あるタイミングでお互いの思想がVTRによって明かされる。 先ほどまで仲良く作業をしていた相方が自分と正反対の思想を持っていると知り、困惑する2人。そこで最後の司令としてアナウンスされるのが、「この場を退場するか、ビールを飲みながら話し合いをするか、どちらかを選んでください」というもの。最後に彼らが下した決断は話し合いをし、お互いの意見を聞き合うことだった。 [embed]https://youtu.be/8wYXw4K0A3g[/embed] 今年の4月20日に公開されたこの動画は瞬く間に反響を呼び、わずか8日間で3,000,000 view を達成。現在までに14,605,509 回再生されている。

2017年の大ベストセラー:サピエンス全史

このCMを視聴して頭を過ぎったのが、2017年に出版されベストセラーとなった”Sapiens”。日本でも「サピエンス全史」との邦題で発売され、読まれた方も多いではないだろうか。 全編を通して非常に興味深い内容だったのだが、このCMを見て思い出したのが特に、「(ホモ)サピエンスは認知科学以降、遺伝子や環境の変化をまったく必要とせずに新しい行動を後の世代へと伝えていった」という一文。一見当たり前にも聞こえるが、生物学の視点から生物全体の行動を見渡してみると、これがいかに特異な特徴であることに気が付く。 例えば、DNA的に人間と似ているチンパンジーにもこれは起こり得ない。本文の言葉をそのまま借りれば、「一般に、遺伝子の突然変異なしには、社会的行動の重大な変化は起こり得ない。... チンパンジーのメスが、親戚のボノボから教訓を得てフェミニスト革命を起こすことはありえない。 … 行動におけるそのような劇的な変化は、チンパンジーのDNAに変化があったときにしか起こらない。」のである。 sapiens (↑「2017年に読んだおすすめの本は?」と聞かれたらこの本を勧める。まだ読まれていない方は年末年始の休みにぜひ。)

物語を語り、共感し、信頼し合う力

しかし、私たちサピエンスはチンパンジーとは違い、行動を変えるのに環境因子も遺伝子要因も必要としない。では、どのように行動を変化させるのか。本の中でその理由としてあげられているのが「物語を語り、共感し、信頼し合うこと」である。 このCMの最後で映し出される正反対の思想を持つ者同士がビールを飲みながら語り合う姿。その光景に私たち人間だけが実現出来る、DNAでも環境因子でもなく物語を語ることによる行動の変化への期待を抱かずにはいられない。 参考: サピエンス全史 関連記事: ストーリーこそがブランド価値の源泉である

Burger King:AI時代の炎上マーケティング

burgerking_googlehome ”AIの時代が来た”。2017年は何度もこのフレーズを耳にする年になった。多くの会社が投資を加速させる中、データの蓄積量という観点で見れば、先頭を走っているのはGoogleだろう。そんなGoogleのAIを呼ぶ際に使うフレーズといえばもうおなじみの、”Ok, Google”。この魔法の言葉を利用し、AI時代における炎上マーケティングを行った会社がある。それはアメリカのハンバーガーチェーンBurger Kingだ。 問題となっているのはBurger Kingのメイン商品であるワッパーバーガーの宣伝のために作られた15秒のこの動画。 [embed]https://youtu.be/t7Krn-DH3tw?t=19s[/embed] 動画の中でBuerger Kingの従業員は、15秒でこの商品の魅力を伝えるのは短すぎることを語る。そしてカメラを呼び寄せ、「Ok Google, ワッパーバーガーってなに?」と言い放ち、そこで動画は終了する。

Google Homeが”勝手に”喋り出す

ここからの体験は2つのパターンに別れる。もし視聴者がGoogle Homeを持っていなければここで広告は終了。持っていた場合には驚きの"続き”を楽しむことが出来る。 その続きの広告とはCMの中で彼の”OK, google”に反応して喋りだす自宅のGoogle Homeのこと。「Wikipediaによると、ワッパーバーガーは添加物の入っていない、100%牛肉で作られたパティを直火で焼いたものに、トマト、玉ねぎ、レタス、ピクルスを載せ、ケチャップ、マヨネーズと一緒に、ゴマ付きのバンズでは挟んだバーガーのことです」と、15秒ではとても伝えきれない、細かい情報を自宅のGoogle Homeから聞くことが出来る。

スマートホームIoTの危険性

2017年に普及率が爆発的に高まったものと言えば、Amazon Alexaを始めとするスマートホームIoT。それを上手く利用したユーモアのある面白い広告である。しかし、同時に音声インターフェイスが潜在的に持っていた危険性を顕在化させてしまったとも言えるかもしれない。2018年以降、どのように進化していくのか期待したい。

VETEMENTS:アパレル業界の抱える問題を”衣服の山”で表現

vetements_logo 世界でも有数のブランド街を挙げる上で外せないのがニューヨークの5番街。 マンハッタンのど真ん中に位置するこの通りは世界中の名だたるブランドが店を構えている。その中でも一際目を引くのが、ラグジュアリーデパートSAKS FIFTH AVENUEである。大きなウィンドウディスプレイには季節に応じた、きらびやかな装飾が施され、毎シーズン必ずディスプレイをチェックしに行くというファッション関係者達も多い。 そんな世界中から注目の集まるこのウィンドウで、2017年の7月に常識覆すディスプレイを行ったブランドある。それが今年最も注目を集めたフランス発ブランド、「VETEMENTS」である。彼らがディスプレイすることに決めたのは「無造作に積まれた衣服の山」であった。 vetements_saks_window Photo : Michael Ross

ファッション業界の過剰生産問題に対するアンチテーゼ

ブランドの世界観を全世界に伝えられるこの絶好の機会に、彼らから世界中のファッション関係者達へと放たれたメッセージは「ファッション業界の過剰生産に対する問題提起」だったのだ。↓はディスプレイと同時に投稿されたInstagramの投稿とその内容の日本語訳である。 vetements_instagram (Vetements Official Instagramより) ”ほとんどのブランドがゴミを作っています。在庫の山がアウトレットや倉庫に積み重なり、誰にも購入されないことが多い。偽りの数字を追いかけ、安定した成長の報告の為に、この業界は過剰生産という問題から目をそらしています。Saksはこの問題について話合う機会をこのメインウィンドウを通して提供してくれました。私たちは少ないことが豊かになる場合もあるということに気付く必要があります。

仕掛け人は2017年最注目のデザイナー

Demna GvasaliaPhoto: HYPEBEAST このVETEMENTSを率いているのがDemna Gvasalia (デムナ・ヴァザリア)。2017年最も注目度の高かったファッションデザイナーを1人と教えて欲しいと言われれば、ファッション関係者の多くが彼の名前をあげるだろう。 Alexander WangからBalenciagaのクリエイティブディレクターも受け継いだ彼は、2017年の第三四半期において、Gucciを抜き、同ブランドを最もホットなブランドへと押し上げるのに成功。彼の影響力は徐々に一般の人にも伝わってきており、近年ファストファッションブランドの”コピー”の標的になっているのは彼の作り上げた特徴的なシルエットであることは近くのショップに行ってみれば明らかだ。 参考:Fashion’s Hottest Brands and Top Selling Products in Q3 毎年最先端のトレンドを発表するキラキラした舞台のばかりが取り上げられがちなアパレル業界。しかし、その裏側には”伝統”を振りかざし、時代遅れのシステムが隠れていることも少なくないのが現実である。彼がディスプレイを通して発信した”過剰生産問題”もそのうちの一つ。2018年に彼がどんなアンチテーゼを行うのか、目が離せない。 関連記事:Direct to Consumer (D2C) 躍進の理由と大企業のジレンマ

Apple:『iPadが示す”コンピューター”の未来』

apple Appleといえば、毎年オシャレでカッコ良い広告を出す会社の一つ。先月iPhone Xの発売を開始し、大きな話題になったことも記憶に新しい。しかし今回はそのスマートフォンではなく、彼らが今年から発表したタブレット端末のCMに注目したい。先日公開されたばかりの iPad ProのCMである。 [embed]https://youtu.be/sQB2NjhJHvY[/embed] 動画の中で切り取られているのはiPad Proを使いこなす少女の日常。特徴的なのは決して机の前には座らないこと。芝生や階段、時には木の上でタブレットを使用する様子が描かれている。 その中でも注目したいのは最後の10秒の間でかわされる親子の会話だ。
What are you doing on your computer?
What’s a computer?
たった10個の単語で構成される会話のキャッチボール。しかし、ここにAppleが考えるコンピューターの未来が隠れているのはないだろうか。

1991年に執筆された論文:”21世紀のコンピューター”

この動画を見た時、頭に過ぎったのは1991年に執筆されたXerox のパロアルト研究所のマーク・ワイザーによる論文、「21世紀のコンピューター」だった。彼はこんな書き出しで読者の心を未来予想の世界へと引き込んでいく。 「最も革新的なテクノロジーとは消滅するものである。日常生活に溶け込こんでいき、次第に生活の一部として当たり前の存在となる 」 この2文で始まる彼の思い描くコンピューターの未来の姿。さらに、彼はその姿を表現する重要な言葉として「ユビキタス・コンピューティング」という言葉を提唱し、このような意味を与えた。 「人間に深く浸透している技術とはもはやその存在を感じさせない。…『筆記』という記憶を凌駕する技術をもはや技術だと思わなくなったように。 … 私の提唱する『ユビキタス・コンピューティング』とはただビーチにノートパソコンを持って行けるようになることではない。… コンピューターの存在を『意識しなくなる』と言っているのだ」 関連記事:今さら聞けないユーザーインターフェイス (UI) の基本

VRでもARでもなく、iPadにだからこそ感じるこれからのコンピューターの未来

彼の未来予想図と現在の世の中を比べてみるとどうだろうか。2017年のテクノロジー業界において、バズワードして飛び交ったVRとAR。しかし、これはマーク・ワイザーが思い描いていた世界とは異なる。特別な道具を装着して初めて体験出来る世界とはユビキタス・コンピューティングとはまさに正反対の場所に位置すると言えるだろう。 では、そんな彼の思い描く世界を実現し得るどんなデバイスなのか。ラップトップにもVRにもARにも抱けない可能性を、このiPad Proからは感じることが出来るのではないだろうか。

コンピューターが人間の生活に”溶け込んだ”世界

「『筆記』という技術」と同じように、やがてコンピューターも人間に深く浸透し、やがて生活に溶け込んでいくだろう。そうなれば、人間はコンピューターの存在を意識することなく、まるで自分の能力が拡張されたかのような錯覚に陥ることになる。 それは丁度、この動画の中少女が草むらの中で見つけた虫を写真に撮りその上に落書きをしていたのと同じような感覚だろうか。カメラではなくiPadで写真を撮り、ボールペンではなくApple Pencilで落書きしている彼女に、コンピューターを使っている意識は全く無いだろう。 iPad_pro 遠くない未来に待っているであろう、コンピューターが私たちの生活に完全に”溶け込んだ”世界。Appleによる未来予想図がこの動画によって表現されているようでならない。少女がiPadを持って街を駆け回る世界。そこでは”コンピューター”なんて言葉は時代遅れになっているかもしれない。だから、この動画のタイトルは”What's a computer”なのである。 参考:The Computer for the 21st Century