米国企業が実践するデザイン思考の活用例3選

文系、理系、オレ何系?

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タイトルのフレーズは先日、後輩の起業家でGoodpatchのCEOでもある土屋尚史とのPodcast対談で思わず口走ってしまった一言。 日本の高校に行っていた頃、いわゆる進路を決める際に自分が文系か理系かのどちらかを選択し、それに合わせて受験する学部を決めるわけだが、その当時の自分といえば、まさに「で、オレ何系?」という感じだった。 そもそも興味があるのは音楽。得意なのは美術。誰よりも優れていたのが自由研究と、入試には全く関係のない科目ばかり。特に苦手だったのが選択問題で、事前に答えが決まっている問題には全く興味がわかない。マークシートに至っては、ドットの集合がどんな柄になるかを重要視して選んでいたりしたため、ほとんど得点を取ることができない始末。 そんな状況で文系か理系かなんてのはどうでも良い。結局、圧倒的に女子の少ない理系を選んで大失敗だったが。そうなると大学受験も圧倒的に不利なのは当たり前。

日本では結果的に大学に入れない始末

そもそも入りたい大学も学んでみたい専攻も無い。まあ、無いというか、はっきりわからない。せっかく入るなら好きなことを学びたい。でも、日本の受験制度だとまずは文系か理系で分けて、その後偏差値に応じて、A大学の文学部、B大学の法学部、C大学なら商学部という形で受けるのが一般的とされていた。 自分にとっては極まりなく謎な仕組みだが、常識だった。じゃあ、本当に好きなことで受ければ良いかというと、音大に入るほどピアノはうまくないし、ロックバンドをやってるか入れる大学も見当たらない。

クリエイティブなことにしか興味がないハンデ

最終的に自分が専門としたのがデザインであるが、ではデザインやものづくりに興味があるタイプの人は文系なのか理系なのか?多分どちらでもあり、どちらでもない。文系と理系の両方の知識と感覚が必要なのだが、日本の高等教育で教えられる内容ほどの浅く広く意味なく学ぶのはちょっと違うと思う。 そうなってくると、本当に「オレ何系?」と言ってしまいたくなる気持ちもわかる。現在の日本ではクリエイティブ系の人が学びたくなるようなカリキュラムがまだまだ少ない。じゃあ美大に行けば良いのか?でも、最近注目されているような、UXデザインデザイン思考などの経営とデザインを融合させるための分野などは、日本の学校では絶対に教えてくれない。

アメリカでは入試のない大学も多い

もちろんハーバードやスタンフォードなどの名門校は、SATやらGMAPやらのテストに加えて、エッセーや面接、過去のボランティア活動など様々な側面から生徒を評価し、合否が決まる。その一方で、自分が行っていた公立のカレッジなんかは、入試がない。 日本の大学にことごとく落ちたこともあり、運良くサンフランシスコのカレッジに行き始めたのがその後の自分の人生を決定付けたのは間違いないだろう。あのまま受験に成功して日本の大学に入っちゃったりなんかしたら、正直これほどまでに熱中できる事に出会えていかの自信が無い。 参考: 米国のデザイン教育から学んだこと

専攻を決めるのも3年目から

自分の好きな事に出会えた一番の理由は、専攻を決めるのが一通り様々なクラスを受けてからの3年生になってからという仕組み。1-2年の頃はとりあえず必要な科目と興味のある科目を自分で選んで受けられた。そうする事によって、一般教養、音楽系のクラスに加えて、デジタルデザインのクラスを取ったことでその後のフォーカスを決めることができた。 これがもし入学時から専攻が決まっていて、途中で他のことに興味が湧いても、なかなか変換するのが難しいだろう。もしくは、自分の中でこっそり諦めて地道に学ぶべきことを学んでいたのかもしれない。 でも、好きでもないことを学ぶのはかなりしんどい。そもそも興味がなければ深掘りもしないだろうし、単位を取る以上の労力をかける必要すら感じなくなってしまう。 自分の場合は、運よくデザインに出会えたことで、他の教科が単位ギリギリでも、デザインのクラスでは誰にも負けないレベルで頑張れた。そもそも、4年制の総合大学にしっかりとデザイン科があり、現役バリバリのデザイナーが先生になっているのもありがたかった。

最近注目されているのはデザインやリーダーシップなどの分野

で、日本の場合であるが、現在教えていることのその多くが、暗記や計算などコンピューターやネットが得意とする分野が多い気がする。例えば「そんなことGoogleに聞けばすぐわかるよ。」的な内容だったりする。 その一方で、現実の世の中でどんどん必要とされてきているエリアは、クリエイティブ系の能力だったり、リーダーシップだったりするのではないかと思う。頭の良い人より賢い人。個人の処理能力よりもチーム全体のパフォーマンスをあげれる人など。 これは、特にアメリカでは顕著で、最近の従業員の待遇や給与水準にも反映されてきている。その理由の一つがおそらくそれらのスキルがGoogle検索やAIで代用しにくいエリアなのではないかと思う。 近いうちに単純作業や、知識重視の仕事、難しい計算などは殆どAIやロボットに取って代わられるのが目に見えているため、日本の受験勉強で費やすエネルギーの98%ぐらいは無駄になってしまうだろう。 それよりも面白いアイディアを出せることや、ユーザーを理解できること、そして多くの人を巻き込むことのできる能力の方が世の中では必要とされる。皮肉なことにこれらのほとんどが学校ではなかなか学ぶことができない。もちろん日本の入試で試されることは皆無だろう。 参考: 人工知能 (AI)や機械に絶対奪われない3つのスキル

最近のMBAではデザインを学ぶことも

アメリカだと、最近ではビジネス系の専攻でもデザインやプログラミングのカリキュラムを導入しているケースが少なくない。例えば、ハーバード大学のMBAプログラムでもデザイン思考のクラスを履修するようになってきている。 そして、一般的には文系とされているデザイン科も、数字やデータ的な側面から学ぶことで理系に分類される学位も増えてきている。ようなスキルを身につけ、今後のキャリアに活用するのかに重点がおかれるため、専攻、カリキュラム、学位全てがかなり臨機応変に構成され始めている。 参考: なぜアメリカのエリート大学生は起業を選ぶのか

文系と理系の2つに分ける限界

そもそも人間の属性を文系か理系かの二つに分けることに限界がある。冒頭でもある通り、今後注目されるクリエイティブ系の場合は、どちらに属すのだろうか?文系的な知識や能力も必要になれば、データやAIを活用する必要性を考えると理系的なスキルも必要になる。 では、理系の代表とも言えるエンジニア系はゴリゴリ理系を突っ走るのが良いのか?実はエンジニアとして会社から高く評価される人たちには、自分が作り出すものを相手にわかりやすく説明するための高いコミニュケーションが不可欠だし、ネット上で情報を配信し、注目されたければ優れた文章力もかなり役立つ。 したがって、一見理系だと感じる分野で、文系的能力が求められるケースも少なくはないと感じる。

文系ですがエンジニアになっても良いですか?

例えば高校生の段階で文系・理系に分けてしまうことでの一番の被害者は生徒自身だと思う。日本の学生からよく相談される質問の一つに「僕は文系なのですが、やっぱエンジニアを目指すのは無理ですよね?」がある。僕の答えは「Why not?」 どちらに分類されるかでその後のキャリアが決まってしまう。これは、選択肢を減らし、未来への可能性も下げてしまう。文系の人はエンジニアに向いていない、というしょーもないレッテルを貼ってしまう仕組みは罪である。そもそも、今後増えてくると思われるような、現在存在していない職業などはどのように解釈すれば良いのか? 例えば、UXデザイナー、なんて仕事が出てきたのはここ10年以内。果たしてこの役職に向いているのは、文系なのか理系なのか?答えはシンプルで、両方であり、逆にそれだけでは足りないこともある。ロジカル的な考え方と、ユーザーを理解するコミュニケーション能力、そして新しい事を想像できるクリエイティブの能力も必要になってくる。

このままだと世界的に見ても日本の教育制度はリアルにヤバイ

めまぐるしく変化する現在の世の中において、数十年間もあまり大きく変化していない日本の教育制度は、世界的に見てもとても異質なものだと思われる。いまでもテストで電卓もパソコンも使えないカンニングはNGなんていうのは、信じられない。 実社会では、テクノロジーをどれだけ活用できるか、どれだけ効率よく裏技を使えるか、そしてクリエイティブな発想ができるかが勝負の中で、それを絶対的に否定して評価しているのは、優等生になればなるほど人間の可能性を押さえつけられてしまっているとすら感じる。 現に、うちのインターンを経て立派にデザイン会社を経営しているGoodpatchの土屋もINFOCUSの井口も両方大学を卒業してないしね。それ以外の子達は超高学歴だったのを考慮しても、今の日本の高等教育は、やっぱ時代に合ってないのかな、って思ってしまう。 参考: レールを外れた僕らは自分たちのレールをデザインした  

筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.

【デザインスプリント入門】話題の高速サービス開発法とは

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デザインスプリントをご存知だろうか?米国グーグルで生まれたデザインスプリント(以下、スプリントとも表記)は、たった5日間で、デザイン、プロトタイピング、ユーザーへのアイデア検証を行い、ビジネス上の問題に答えを出すためプロセスのことで、オンライン上では「黄金メソッド」などと呼ぶ謳い文句も目にする。 スプリントは、FacebookやAirbnb、Blue Bottle Coffeeをはじめとするサンフランシスコ・ベイエリアの最先端企業から、国際機関、非営利組織、学校などでもすでに採用されており、大きな効果を上げているようだ。 また日本でも、23か国で世界的なベストセラーとなった考案者の1人であるJake Knapp氏の著作『SPRINT』の邦訳が今年出版され、彼自身が来日してイベントも行われた。またネット上ではスプリントに関する日本語記事も多数見つけることができる。 しかし、実際にはどんなものなのか、どんな効果が期待できるのか、あまりピンとこないという人も多いのではないだろうか。筆者は、最近クライアントと共にスプリントを経験したばかりだが、話題のデザインスプリント!という手軽なイメージとは裏腹に、とても泥臭く、想像以上に体力も気力消費するストレスフルな5日間であると感じた。 だが、チームメンバーと共に、限られた時間内でグッと集中して問題の解決に突き進むプロセスからは、言葉では表し難い達成感と普段の業務スタイルでは経験できないような思考回路を経験できたように感じる。間違いなく、スプリントを行うことによって得られるメリットは大きいだろう。 今回はbtraxでも活用しているデザインスプリントを通して感じたことを交えながら、その概要や活用方法について説明したい。

そもそもデザインスプリントとは?

デザインスプリントは、行動科学やデザイン思考などの考え方を体現したプロセスで、月曜日から金曜日のたった5日間で、検証すべきビジネスの問題(例えば、どのようなアプローチで新規事業を始めるべきか、新規顧客の離脱を防止したいなど)に対してデザインの観点から答えを導くプロセスだ。 5日間の基本構成は以下のようなプロセスになっている。 DAY 0 Preparation(調査して準備する) DAY 1 Mapping(自分たちの成し遂げたいことをマップアウトしながら、今回取り組むべき課題を共有する) DAY 2 Sketching & Deciding(解決策を書き出し、決定する) DAY 3 Storyboarding & Prototyping(ストーリーボードを使ってプロトタイプをプランする) DAY 4 Prototyping(プロトタイプをつくる) DAY 5 Test(ユーザーテストをして学ぶ) design sprint 最後にユーザーテストをすることによって、課題解決方法を検証することからもわかるように、あくまでUXに特化したものに有効なフレームワークであるということができる。 また、上記に示したプログラムはとても大まかなものだが、実際には分単位で区切られたフレームに沿って、セットしたタイマーの針とにらめっこしつつ、頭をフル回転させながらそれぞれの課題にに挑んでいくイメージだ。

デザイン思考と何が違うの?

「アイデアを考え、それを元にプロトタイプを作って、ユーザーテストを行い、仮説を検証する。」この大まかな流れだけを聞くと、デザイン思考と何が違うのだろうと感じる人も多いだろう。私もその1人だった。 実は、デザイン思考とデザインスプリントは、言うなれば親子のような関係であり、デザイン思考を実践に移すための方法の1つとして、デザインスプリントが存在する。 つまり、デザイン思考が問題解決のためのマインドセットであることに対し、デザインスプリントは、特定の問題を解決するためのアイデアをチームで共有し、それを試して学びを得るということを5日間という短時間で効率的に成し遂げることに特化したフレームワークであるという違いがある。 また、筆者の体感としては、スプリントはデザイン思考のプロセスの中でも、特にプロトタイプからテストの部分に比重を置いたフレームワークであり、デザイン思考のファーストステップである、ユーザーに共感し本質的な問題を探り定義するというエンパシーのプロセスは割合軽めに通るイメージだった。 そのため、デザインスプリントは、ある程度取り組みたい問題が明確になっている場合に、より効果を発揮するフレームワークであると言えるだろう。 関連記事:デザイン思考の本質とは?—新米ファシリテーターの経験を通して気づいたこと

デザインスプリントの凄さとは?

デザインスプリントは、その5日間という短時間でスピーディーに課題に対する解決策を探索していくということに特化している。そのために、いくつか特徴的な仕組みが存在するのだが、その中でも筆者の体験から特に印象的だった5点を挙げて紹介したい。

1. タイマーが必需品!短い制限時間内で最大限の力を発揮させる

プロトタイプを作成するのが1日だけというのもさることながら、スプリントでは、各日のスケジュールも短く時間で区切られているのが特徴的だ。前半の1日目、2日目では、各メンバーが持つ情報をチーム全体に共有したり、アイデアを練り上げたりする時間があるが、それらも15分から30分と細かく設定されている。 常にタイマーをセットし、メンバーは刻々と近づく制限時間の終了までに今の自分が出せる最大の力を出し切らなくてはと頭をフル回転させる。これを1日中続けるのは、なかなか過酷だったが、その環境こそがスプリントの重要なポイントであり、普段の業務のやり方では成し遂げられないような効率を生み出すように感じた。 そんな短時間では逆に焦って何もできなくなってしまうのではないかと不安に思うかもしれない。しかし、その時間内に最大限貢献するために、「今この中で自分が出せる最高のアイデアは?」「最高の情報は?」とアイデアも情報も直感的に取捨選択し、自分が1番重要だと思うものから順に自然と超効率的に動いていることに気づく。 筆者自身、スプリント中の時間がない中で、ふと思い出した情報をとっさに調べて、周りに共有したことがあったが、そのときの思考回路の回り方はいつになく速く、自分でも驚いたことを覚えている。

2. 部署をまたいだ少人数のチーム編成

スプリントでは、チーム編成がとても重要だ。CEOや財務、マーケティング、カスタマーサービスなど部署や役割をまたいでメンバーを集めるのが良いとされており、デザイナーだけ、エンジニアだけ…という偏ったチーム編成はスプリントではご法度である。 どんなに素晴らしい人でも全てを見ることはできない。様々な役回りのメンバーが集まることで、問題や課題に対して様々な角度からの見方を共有し、把握することができるのである。こうすることで、スプリントを通して社内に共通認識が生まれ、政治的などんでん返しも防ぐことができ、その後もスムースにことが運びやすくなるそうだ。 今回経験したスプリントでも、これまであまり一緒に働いたことのないメンバーが一堂に会し、それぞれ別の角度から意見を共有できたからこそ、生まれた気づきなども多かったように思う。

3. アイディエーションは個人作業で、意思決定は集団で

多様なアイデアを持った様々な人たちと議論することは、思いもよらないイノベーションを生み出す。そういったことを説くスピーチやオンライン記事などを最近よく目にする。しかし、スプリントはそのトレンドとは一見逆行するようなプロセスを踏む。 スプリントは、個人個人が制限時間の中で別々にブレインストームし、それを共有していくというスタイルをとっている。確かに、集団で複数の人が一緒に話し合いながらアイデアを練っていくプロセスは、1人で何かを考えるときにはないものを生み出す可能性が高い。 しかし、「集団でのブレインストーミングはときに機能しないことがある」とKnapp氏が言うように、皆が意見を言い合うことに終始してしまい、何も生まれないことも多々あるだろう。 特に限られた時間で効率的に集団からアイデアを生み出すというときには、それぞれが考え抜いたアイデアを別々に共有するというのは、とても効率的に感じたし、同じ時間を全員でのディスカッションに使っても出てこなかっただろうアイデアがそれぞれから共有されたため、とても新鮮に感じた。 また、スプリントでは最初から最後まで個人ワークというわけではなく、それぞれから出てきたアイデアにみんなで投票し、さらに様々な既存の解決策たちの良いところをミックスさせながら、1つのものに落とし込んでいくプロセスも踏む。そのため、個人ワークの効率性を重視しながらも、チームでのワークの要素も組み入れることで、決して独りよがりではないアウトプットに仕上がっていく。 Sprint Sketching

4. カレンダーは5日間スプリントで完全ブロック!

そして、これが最大の特徴とも言えるのだが、5日間のスプリント時間中は、基本的にデジタルデバイスの電源オフ、メールも外出中の自動返信設定、全ての会議などをその週からは外させてもらうという環境設定のもと、スプリントだけに完全コミットするというルールが存在する。 こうすることで、他のことに一切気を取られず、集中して、最大限の力をスプリントに注ぐことができるようになっている。筆者は、このルールに反してスプリント中に別のクライアントとのミーティングに出かけてしまったことがあった。 短期集中的なスプリントの性質上、その間にあまりに重要なことが多く進んでしまったため、状況についていくことができず、そのあとの貢献量が著しく下がってしまったという失敗を経験し、このルールの重要性を痛感した。 普段業務をしていると、様々なプロジェクトが同時進行していたり、横から人に話しかけられたりと、なかなか1つのことを集中して考え抜く機会は少ない。しかし、完全にスプリントにだけ向き合い、ある意味、極限状況に自分たちを追い込んで、課題解決に挑む本気さは、それぞれのメンバーの能力を最大限に発揮させると感じた。また、そこからチームの団結力や信頼関係も強固になると強く実感した。

5. 既存のアイデアから盗め?ゼロからイノベーションは生まれないという発想

最後にもう1つ、スプリントで印象的なのが、既存の解決策から学び盗る「Remix and Improve 」のプロセスである。実はスプリントのアイディエーションでは、全く新しいアイデアを、ゼロの状態から生み出すというわけではない。 スプリントが始まる前に調べた競合や既存の課題解決方法をチームでシェアし、それらをリミックスしていくという方法でプロトタイプするアイデアを決定していく。まさに、「Fake it, until make it!」 の実践である。 これまでに存在しない新しいものを作りたい、イノベーションを生み出したい!と先走りがちな私たちは、既存のアイデアを寄せ集めるなんて…と抵抗を感じるかもしれない。事実、筆者自身、初めてのスプリントでは、そのプロセスを頭で理解しようとしても、なかなか抵抗感がぬぐいきれず、終わってしばらくするまでなんとなく納得できない思いがあった。 しかし、イノベーションはゼロからは生まれない。素晴らしいイノベーションは、既存のアイデアの上に積み重ねられることの方が多いとKnapp氏も言及している。例えば、iPhoneは私たちの生活を大きく変えた発明品として、誰もが疑わないだろうが、携帯電話はそれ以前にも存在していた。それまでの失敗や成功があったからこそ生まれた発明品だったのである。 更に言えば、短時間で最大の効果を生み出そうとするスプリントの性質を考えても、このプロセスはなんとも合理的だ。筆者にとって、これは最も意外に感じたが、他の事例から学び、新たなものに作り上げていくプロセスには発見がとても多かった。 Sprint

最後に

スプリントの最大の凄さは、この超濃密な短期集中決戦を一度のみならず、何度か繰り返しながらビジネスの問題をクリアしていくという点にある。 あまり本文では触れなかったが、スプリントを始める前の準備における、競合や既存アイデアなど検証したい課題に関するリサーチ量は、スプリントの成功を大きく左右すると感じた。それらを踏まえて、限られた時間でチーム全員が本気で取り組むスプリントは、精神的・体力的にもタフである必要がある。 問題発掘のための共感のプロセスより、解決策のプロトタイピングとテストに比重を置くのがスプリントだと感じた。すでに成し遂げたいことが明確であり、チームで効率的にアイデアを共有して、それを試したい!というときには、スプリントを開催することを検討してみても良いかもしれない。 普段の業務や役割の垣根を超えたチームによる短期決戦的なスプリントのプロセスからは、通常では生まれない効果や結果を期待することができるだろう。 btraxでは、デザインスプリントを活用したプロジェクトも行っているので、自社の課題解決にスプリントを活用したいと思われる方は、ぜひお気軽に弊社まで問い合わせ頂きたい。 関連記事:

海外のCINOに学ぶ、組織におけるイノベーション創出の場づくりとは

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「我が社で何かイノベーションを起こしたい」こう考える経営者や新規ビジネス担当は少なくないのではないだろうか。まずは新規事業を任せられる積極的な人材を増やそう!と考えるものの、社内を見渡せば、言われた仕事だけを淡々こなす受動的な社員にあふれていて、イノベーションどころか、率先して業務の改善に関わろうとする社員もあまりいない。 最近、クライアントと接するなかで、そんな理想とは程遠い現実にため息をついているマネジメント層の声を直接耳にすることが多い。一方、世界を見渡すと、組織ぐるみでイノベーション創出力の向上に取り組んでいる会社が多く、Chief Innovation Officer (以下CINO)という役職まで一般的になりつつあることもわかってきた。 この記事では、CINOを中心に会社をイノベーション体質に変えていった事例2つを紹介しながら、組織にイノベーティブなマインドセットを浸透させるにはどうしたらいいのかを考えていく。

Chief Innovation Officerの台頭

近年、アメリカをはじめとする海外諸国では、「Chief Innovation Officer(CINO)」や「Director of Innovation」といった肩書きを持ち、社内でのイノベーションを専属で行う役員や管理職が急増している。 CINOは会社全体の経営にも大きく影響を与えうる活動を行う者であることから、CEOやCIO(Chief Information Officer)らと近い距離で仕事を行うことが多い。このような肩書を持つ人々は、’00 年代やそれ以前にもいたようだが、今ほど目立った存在ではなかった。 しかし、2015年以降 Chief Innovation Officer Summitというカンファレンスが、ロンドン、ニューヨーク、シドニー、シンガポール、上海、サンフランシスコなどの世界各都市で年間通して複数回開催されていることからもわかるように、CINOの存在感は高まっているようだ。 このカンファレンスでは、GoogleやHPのようなテック系大企業のみならず、航空会社のAirAsiaや生命保険会社のMetLife、Save the Childrenのような非営利団体やアメリカ国務省の健康推進部門など、ありとあらゆる分野でイノベーションをリードするCINOやそれに準ずる役職の人たちが登壇し、その知見を共有している。 この幅広い企業・団体名からも、幅広い業界で企業や団体が組織一丸となってイノベーション創造のために取り組んでいるということがわかるだろう。

組織をイノベーション体質にする仕掛けとは?

それでは、彼らCINOたちは実際にどのように組織をイノベーション体質にするように仕掛けているのだろうか?

1. どんどんアイデアを出させる環境づくり (PayPalの例)

Paypalはカリフォルニア・サンノゼを拠点とし、電子メールアカウントとインターネットを利用した決済サービスを提供する言わずと知れた大手企業だ。 1998年の創業時に関わったメンバーたちは、YoutubeやTeslaをはじめとする数々の有名企業を立ち上げたことから天才起業家集団(ペイパルマフィア)と呼ばれており、彼らが立ち上げたPaypalの企業文化は世間から注目されることが多い。 そんなPaypalは現在イノベーションの定義を「最低限の人員とコストで、アイデアをスピーディーにプロダクトやサービスの形に落とし込むことで、ユーザーの現在または未来のWantsやNeedsを満たすこと」としているそうだ。 現在Paypalでイノベーションを牽引しているのはDirector of InnovationのMikeTodesco氏だ。彼によると、イノベーションを起こす上で大切なものは、ユーザーのWantsやNeedsを満たすための突破口となるアイデアであるそうだ。 Paypalでは「誰もがイノベーター!」だと考えられおり、Todesco氏も、そのような突破口を見つけることは誰にでも可能であると語る。彼によれば、イノベーションに繋がるアイデアを見つける鍵は「多様性」が握っており、彼自身Director of Innovationとして、多様な人々から多様なアイデアを引き出すことに時間と熱意を注いでいるそうだ。 innovation lab 画像引用元: Paypal Stories そのための代表的な施策が、 世界各地にある数多くのオフィス内に設立されたPaypal Labだ。ここでは社員たちに普段の業務とは別に新しいアイデアやテクノロジーとの接点を与える機会を提供している。 普段は一緒に働く機会がないような社員たちを同じ空間に入れて、新しいサービスやプロダクトを考えさせるアイディエーションなどの取り組みを行っており、外部の技術者や学生を招くことも多いようだ。 また、ここで生まれたアイデアは実用化されることもあるため、参加者たちのモチベーションも高く維持することができる。 ここで大切にされているのは、できるだけ多様なアイデアをどんどん自由にシェアすること。どんなに非現実的で、一見馬鹿げているように見えるアイデアでも、まずは共有することを繰り返して推奨している。また、それを可能にするオープンで楽しい雰囲気を醸成するために、時折バレーボールやアーチェリーなどの催しも行いながら取り組みも行っているそう。 多様なアイデアを最大限に引き出し、尊重することで、組織をイノベーション体質に持ち込もうとしているのが、このPaypalの例だと言えるだろう。 関連記事:人材の多様性が組織を強くする【btrax voice #6 Yoonhwa Park】

2. 社員から出たアイデアを実走させる仕組みづくり (Accor Hotelsの例)

Accor Hotelsはフランスに本部を構え世界95カ国に展開する多国籍ホテルグループ。従来の物事のあり方を根本から覆すような「ディスラプション」を起こすことを常に考えており、ホテルオペレータでありながら、ファストブッキングやテレビ等のチャネルマネジメントを行うスタートアップであるAvailproなど、デジタル系の企業をどんどん買収していることで注目されている。 またAccor Hotelsは、デジタル分野のみならず、アーバンファーミングの技術をホテルの菜園に導入したり、外食産業における食品ロスを減らすためのシステムを導入したりして、食品廃棄を6割減らすことなどに成功し、従来のホテルにある大量消費廃棄の在り方を少しずつ変革させようとしている。 urban farming 画像引用元: Eco-business そんなAccor Hotelsでは、2016年からChief Disruption OfficerとしてThibault Viort氏が採用された。彼によるイノベーションの定義は「新たな機会を探索すること」。彼は、社内から出たアイデアを実走させてみたり、スタートアップとのコラボレーションをテストしてみたりと、新たな機会に数多く挑戦していく仕組みを作り上げることで、会社をイノベーション体質へと導いている。 その仕組みの1つが社内プラットフォーム「OPEN-IDEAS」だ。ここでは社員が気軽に新たなアイデアが共有し、定期的にそこからアイデアが採用され、いくつかのキーロケーションでテストされている。 彼らは、リーンスタートアップのメソッドに倣い、1、3、6、9か月ごとに、当初のアイデアがどのようにカスタマーに受け入れられているか、検証するサイクルもシステムとしてしっかり組み込んでいるという。これにより、AccorHotelsでは、最新のテクノロジーを組み込んだサービスをどんどん導入することに成功しており、既存のホテルの在り方を変える1歩を踏み出している。 Accor Hotelsは、従来のホテルにはなかったような新しいサービス案を日々テストし、取り入れていくシステムを構築することで、常にイノベーションを生み出そうと前のめりな会社のカルチャーを醸成している良例だ。 関連記事:今さら聞けないリーンスタートアップの基本

組織一丸となってイノベーション創出にコミットすること

Paypal、AccorHotelsどちらにも共通して取り組まれていることは、社員1人1人にイノベーションを起こす当事者である自覚を持たせるための試みだ。社員に新たなアイデアをアウトプットさせる機会を与え、それが会社のサービスとして実際に試作品化、実用化へと進んでいく仕組みがあることも、社員のイノベーション参加へのモチベーションを上げることにつながっているだろう。 イノベーション人材を増やすためには、大きな組織の中の誰か1人、どこか1部署だけが取り組んでも、現実的には難しいことも多い。やはり、重要になってくるのは、会社全体が一丸となってイノベーションを起こそうと努力することだ。会社のイノベーション創出を担当するCINOのような役職が組織に誕生することは、組織全体としてイノベーションに取り組もうという姿勢の現れの一端なのである。 まずは、組織全体としてイノベーションを起こすことにコミットした上で、社員1人1人がイノベーション創出の当事者である自覚を持たせられるような環境を整備することが必要とされている。 関連記事:

デザイン思考の本質とは何か?ー 間違いまくりだった新米ファシリテーターが一人前になるまで

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デザイン思考ワークショップのファシリテーターとして活動し始めて約1年。これまでに、デザイン思考の初心者であるワークショップ参加者の方々から「デザイン思考って失敗を恐れずトライアンドエラーを繰り返すプロセスのことですよね?」とか「この業界ではどのようにデザイン思考を使うべきですか?」と質問されることが度々あった。 実際にこのような質問を受けると、「ワークショップでうまく伝えられていなかったんだな」と反省させられる。失敗を恐れずトライするプロセスがデザイン思考でしょ?は半分正解だし、半分不正解だ。また、デザイン思考を使えばどんなときも何か秀逸なサービスが生まれるなんていうのは他力本願な勘違いである。 デザイン思考はあくまでユーザーを中心にした問題解決のための思考法であり、「使うもの(Tool)」というより「身につけるもの (Mindset/Skill)」であると私は考える。デザイン思考を用いて問題解決を図った結果、イノベーションが起こることは多分にあり得る。しかしそれは、実践を積んでデザイン思考を自分のものにした場合にのみ起こることだ。 大学・大学院を通して、国際社会学を専攻し、非営利分野でのキャリアを考え続けていた私は「デザイン思考は新しい問題解決の方法」とだけ聞き、世界中の問題をイノベーティブに解決しまくることを夢見て、デザイン思考に重きを置くイノベーションデザイン会社btraxでのインターンに参加した。 そんなビジネスもサービスデザインも何にも知らない新卒学生だった私が、インターン、アシスタントの道のりを経て、ファシリテーターになるまでに学び得たデザイン思考の本質をこの場を借りて共有したい。

デザイン思考をおさらい

デザイン思考とは、デザインのプロセスを通して、クリエイティブな問題解決を図る方法だ。具体的には、ユーザーへの共感をもとに問題を設定する、、失敗を恐れずにアイデアをテストして改善を繰り返す、といったデザイナーが用いる手法をそのプロセスとして組み込んでいる。 過去のデータや時には感覚を頼りに意思決定を行ってきた従来的な問題解決のアプローチに対し、デザイン思考は、ユーザーに共感することを通して、彼らが将来的に何を欲しいと思うのか本人たちも気づいていないような潜在的なニーズを探り、それをベースにビジネスの意思決定をサポートする。 そもそもデザイン思考という言葉が有名になったのは、カリフォルニアに本社を構えるデザインスタジオIDEO社の創業者ティム・ブラウン氏が2005年にハーバードビジネスレビュー誌において、「デザイナーの手法と感性はビジネスに応用可能である」と提唱したのがきっかけだ。 ※デザイン思考に関する定義は様々あるが、今回はIDEO社のウェブサイトを参考にした。 Design Thinking Process (Stanford大学 d-school)デザイン思考の基本5プロセスを表した図 関連記事:デザイン思考入門 Part 1 – デザイン思考の4つの基本的な考え方

 新人ファシリテーターが実践から学んだ「デザイン思考の本質」とは

1. ユーザー理解なくしては全く役に立たない

まず先に、デザイン思考はあくまで「人を中心にした問題解決ありきのイノベーションのためのもの」であることをもう一度念押ししておきたい。「人を中心とした」「問題解決ありき」だ。 何を言いたいかというと、「人を中心にした」というのが前提にあるため、ハッピーにしたい対象もわからずにデザイン思考は使えない。さらに、「問題解決ありき」なので、解決したい問題が特にないという場面でのイノベーション創出には向いていない。 「〇〇業界でいいサービスを作りたいので、デザイン思考を教えて欲しい」「××の技術でイノベーティブなことをしたいんです」といった相談はクライアントから度々よせられるが、その度に私は、デザイン思考が少し誤解されているように感じる。 誰を助けたいのか、どんな問題を解決したいのか見当がついていない漠然とした状態で、デザイン思考を使うことは基本的に出来ないからだ。 もちろん、それらの見当がついていないからといって、デザイン思考がビジネスアイデアの創出に全く役立たないというわけではない。忘れてはならないのは、デザイン思考をそのような場合に使うには「誰を救いたいか」を定める必要があるということである。 例えば、〇〇業界での新規サービス作りにデザイン思考を応用したいなら、まずは「ユーザーはどんな人かな?」「その業界ではどんな問題が存在しているんだろう?」と思考を巡らせてみたい。××の技術を使ったイノベーションなら、「××の技術はどんな問題を解決しうるだろう?」「その問題を抱えている人ってどんな人だろう?」といった具合になるだろう。 当たり前のように感じるかもしれないが、助けたい対象のことを深く知って共感すればするほど、デザイン思考は威力を発揮する。そのため、インタビューを通じて得られる一次情報は、デザイン思考における最高の武器だ。 DSC_1012ユーザーインタビューの後、じっくり議論する弊社のイノベーションブースター参加者 btraxのワークショップ内で、サービスアイデアに対してユーザーインタビューを行う前の参加者の様子を見ていると、ユーザーの抱える問題は何か、どこを改善すべきかといった議論がチーム内で白熱し、気づけば問題は机上の空論化、議論が迷宮入り…となってしまうことがよくある。 しかし、彼らが「これだ!!!」と本質的な問題を見つける瞬間は、決まってユーザーとの対話の後である。なぜなら、ユーザーとの直接対話は、ユーザーのリアルな仕草や声のトーン、身なり等たくさんの一次情報の宝庫だからである。それらは、ユーザーに対する共感をより深いレベルで促し、彼らの潜在的な問題を見つけやすくする。 失敗や間違いを極端に恐れがちな日本社会に慣れている参加者らは、完璧な準備を目指してしまい、まだ議論が道半ばだから…とユーザーに会いにいくことを躊躇しがちになってしまうようだ。しかし、ユーザーを理解しなければ、本当の問題を見つけて解決してあげられないのだ。 どんどんユーザーにぶつかって、様々な視点から彼らについて発見していくことがデザイン思考的イノベーションへの近道だと私は考える。

2. 今解決されるべき問題を真摯に追求すること

デザイン思考の鍵は問題を定義するDefineのプロセスであると私は強く感じている。つまり、いま見えている問題をいかにリフレーミングするかという点に、問題解決の方法がいかにクリエイティブかつイノベーティブになるかがかかっているのだ。 ここで私自身が落ちた穴についてご紹介したい。新人研修の一環としてまず私に与えられた課題は、「パレスチナの8歳の女の子をユーザーとしたサービスを考える」というデザイン思考ワークショップを受けること。 empathy map「エンパシーマップ」とは、ユーザーが普段「見る」「聞く」「話す」「考える」物事を書き出していき、ユーザーに共感することで、ユーザーがどんなことを潜在的ニーズとして抱えているのかを考えることを助けるフレームワークだ 結果、私は撃沈した。デザイン思考のフレームワークを使っているのに、出てくるアイデアはありきたりだし、なんの問題も解決するように思えなかった。さらに言えば、そんなの本当に女の子が喜んで使うの?というサービスしか思いつかなかった。 何が問題だったのか?当時すぐに思いついたのは、「ユーザーを知らなすぎたこと」。エンパシーマップに書き込んだことは、メディア等を通して報じられる中東から「推測」した情報のみ。「そんなことで彼らに共感することは全く不可能だったんだ、こんなことで彼らの潜在的ニーズを掴むなんてできるわけがない。」そう思った。 しかし、1年以上経って振り返ると、問題は「エンパシーマップを描けば、いいアイデアが湧いてくるはずという甘え」とそれによる「目の付け所の違い」にあったと分析する。 Empathy map sampleデザイン思考歴3日目くらいの私によるエンパシーマップ、共感の対象はパレスチナに住む8歳の女の子 というのも、実は、このエンパシーマップを描いた時、少なからず自分が持つ現地情報をもとに女の子に共感することによって、彼女の潜在的なニーズが浮かび上がりつつあった。例えば、命に関わりうる安全性の欠如により、子どもらしい外の世界に対する好奇心を抑圧しなくてはいけないという閉塞感を取り除くことだ。 しかし、私はそれを無視していた。原因は、当時先行して考えていた「パレスチナとイスラエルの子どもたちが仲良くなるようなサービスを作りたい!」というアイデアに引っ張られ過ぎていたことにあった。女の子が抱えるニーズを様々な角度から分析し、ニーズを満たす可能性を探索しようとするよりも、いかに先行していたアイデアを形にしていくかということにばかり執着していたのである。 実はこのタイプの落とし穴に引っかかるケースは、btraxのワークショップ参加者のなかにも多い。特に先に問題解決策としてのサービスを具体的に考案されていた場合に、それに引っ張られすぎて、どんなに共感してもユーザーの抱える本質的な問題に目を向けられなくなってしまうのである。 関連記事: デザイン思考では、自分の先入観を排除し、できるだけフラットに素直な気持ちでユーザーに向き合い、何が本当に解決されるべき問題なのか真摯に定義していくことが重要になってくる。先で述べたように、どんどんユーザーにぶつかることは大事なのだが、ただプロセスに乗っかるだけでは本質を捉えていない。 そういう意味で、「失敗を恐れずトライするプロセスがデザイン思考でしょ?」は半分正解で半分不正解なのである。

デザイン思考初心者なら「本」で理解しようとしてはいけない

ユーザーが誰なのかはっきりさせて彼らをより深く理解すること、そして何が彼らの本質的な問題なのかできるだけフラットな目線に立って追求すること。この2点が私が1年かけて学び得たデザイン思考の本質だ。 幸いなことに私はファシリテーターになるまで、インターンとして、アシスタントとして、デザイン思考の発祥の地サンフランシスコにあるbtraxで働きながら、たくさんのプロジェクトにおいてデザイン思考のアプローチを実践し、頭を悩ませまくる機会に恵まれた。 また、サンフランシスコ市内で行われる関連イベントやミートアップに参加したり、スタートアップ界隈で働く友人とたくさん関わったりして、理解を深めることが出来たのも大きかったと思う。 どんな本を読んでデザイン思考を学んだのか?とはよく聞かれるが、実質、私が最初から最後まで全部読んだ本は、IDEO社のトム・ケリー氏 著作である「Creative Confidence」のみであり、私はデザイン思考をほぼ実践を通じて学んだと言える。 実際のところ、まだ初心者だった時に関連本を読んでもあまりピンとこなかったのを覚えている。それよりも、実践を何度か通して、改めてその本を読んでみたときに、そこで説明されていることを初めて理解したように感じた。 関連記事:アメリカの大組織に学ぶ デザイン思考の活用事例

最後に:デザイン思考とスポーツは似ている

そして、今もデザイン思考に関してはプロジェクトごとに学ぶことばかりだ。例えば、インタビューではどのように質問をするとより深いインサイトが得られるか、問題定義のときの目の付け所などを少しずつ体得しているように感じている。これらは、必ずしも本で説明されることではないし、デザイン思考のベストな使い方は個人によって異なるように思う。 本を読んでも無駄!とは言わないが、たくさんの本を読破してデザイン思考を理解しようとすると、理論でがんじがらめになって混乱を招いてしまう可能性がある。 スポーツにおいても、トレーニングでコツをつかみながらベストな体の動かし方を覚えていくように、デザイン思考も身近にある実在する問題で繰り返しトライしながら学んでいくのがオススメだ。 デザイン思考を通じたイノベーティブな視点と問題解決スキルを磨くため、私も日々レベルアップに励んでいきたい。 関連記事:今さら聞けないリーンスタートアップの基本

アテンション・エコノミーの時代に求められるUXデザインとは

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まずは下記のインフォグラフィックをご覧ください。100年の間にトップの座に君臨する企業が大きく変わっているのがわかるかと思います。 1917年の頃は、鋼鉄や石油など「モノ」に価値がある企業がトップにその座を置いていました。それに比べて2017年はと言うと、トップにいる企業は殆どがFacebookやGoogleなど、モノではなく情報を提供しているIT企業です。 関連記事:サービスデザイン入門編【モノからサービスへ】 stat 過去100年間でトップに君臨したアメリカ企業のインフォグラフィック(画像転載元:howmuchより) この事実を踏まえると、過去100年間でモノから人のアテンション(関心)に力が働いているということでしょう。石油を例に挙げると、供給に対して資源が少ない場合(またはその資源の確保が困難な場合)石油の価値が高くなり、ガソリンや航空券の値段も高くなります。 しかし一方で情報を提供するIT企業の場合、情報が有り余る社会の中でその企業の価値を上げる資源とは何でしょうか?それは、私たちのアテンションです。 そして、昨今このアテンションを取り巻く社会「アテンション・エコノミー」がIT企業の中で台頭し初めているのです。今回はその概念やインパクト、そしてアテンション・エコノミーの時代に求められるUXデザインとは何か、事例を交えながらご説明します。

アテンション・エコノミーとは

アテンション・エコノミーとは一説によると、アメリカの経営学者ハーバート・サイモン氏によって提唱され始めたようです。 「情報が有り余る社会で不足する資源とは一体何なのか。それは人々のアテンションである。しかし、情報が豊かなものであればあるほどアテンションの度合いが低下するため、膨大な情報量の中からいかに人々のアテンションを集めるかが大切である」 それでは、人々のアテンションを集めるためにデザインされたテクノロジーはどんなものが挙げられるか見てみましょう。

事例1:Facebook

皆さんも馴染みがあるFacebookですが、普段メールの受信箱に下記のようなメッセージが届くことがあるかと思います。件名には『〇〇さんが写真にあなたをタグ付けしました』とあり、メールの本文にはその写真をすぐ見れるようにリンクボタンが設置されています。 fb このようなメールが届くと、自分がどんな写真にタグ付けされたのかが気になり、無意識についFacebookへのボタンを押してしまうかと思います。そしてFacebookページに飛んだ後に他の写真を見たり、タイムライン上でフィードを確認したりと、気がついたら多くの時間を費やしてしまっていた・・・なんて経験はないでしょうか? このように、Facebookは他の企業が欲しがる私たちのアテンションを掴む力があります。昨今、多くの企業の成功指数が「どれだけ多くのアクティブユーザーを長時間繋ぎとめるか」で計られてる中、Facebookはデザインを通じて私たちのアテンションを上手に引き寄せているのです。

事例2:LinkedIn

Facebookに限らず他のSNSでもアテンション・エコノミーは活用されています。ビジネス特化型SNSのLinkedIn(リンクトイン)を例に挙げましょう。LinkedInは就職や転職、仕事上のコミュニケーションなどを通じて人と仕事を繋げるプラットフォームを提供しています。そのため、友人達との写真を載せるFacebookとは異なり、通知内容はいたってシンプルです。 ユーザーがLinkedInに求める通知は、「〇〇企業から面接のリクエストが来ています」といったビジネスライクな内容でしょう。しかしそれだけではユーザーのアテンションを十分に集めることはできないので、「今日は知り合いの〇〇企業勤続2年目の記念日です!一緒にお祝いしましょう」というような、少し違和感のある通知もしばしばあります。 企業がいかに私たちのアテンションを集めることに注力しているのかが窺える内容かと思います。

事例3:Snapchat

もう一つユーザーを逃さないために画期的なデザインをしている事例として、Snapchat(スナップチャット)をご紹介します。Snapchatには‘Communication Streaks’と呼ばれる、友人同士が何日連続でスナップチャットを利用して会話したかを数値化する機能があります。 こうすることで、友人同士がまるで特別な関係を築いているかのような感覚になり、その関係を示す記録を途切れさせたくないがゆえに特に理由がなくてもメッセージを送る傾向にあるようです。 ここで考えなければいけないのは、友情を深めることが目的だとしたら、実際に友人に会うのではなくアプリ上だけでコミュニケーションを取るのが果たして本人の意思になるのか、それともSnapchatのデザインに自然とコントロールされているだけなのか。 今後私たちはテクノロジーに費やす時間をどれだけ自分たちでコントロールできるのかを考えるべきなのかもしれません。

テクノロジーへの依存がアテンション・エコノミーを加速

現代のミレニアル世代は一昔前と違って、実際に身体を動かすことよりもゲームやスマートフォンといったテクノロジーに依存しがちで、鬱傾向にあるとも言われています。 特にスマートフォンへの依存に関しては以前からメディアでも取り上げられており、その中でも最近よく聞くのはそのデザインがスロットマシンと同様の依存性効果を持つという内容です。 スロットマシンの依存性については「見返りのランダム化」がもたらす効果に着目した研究があります。この研究はスキナー箱とも呼ばれていて、箱の中にネズミと押すと餌がランダムに分配されるボタンを入れ、ネズミがボタンをどう押すのか確認します。ネズミがこのボタンを押すたびに出てくる餌の量が同じだった場合、ネズミは必要に応じてボタンを押します。 しかし、餌の量をランダム化(微量にしたり大量にしたり調節する)した場合、ネズミはもう食べる必要がないのにボタンを押し続ける行為に至った、という研究結果が出ています。つまり、スロットマシンのデザインはスキナー箱の条件付けと同じ効果を果たしているので、多くの人が依存傾向にあるのです。そしてスマートフォンも同様の条件付けのデザインがほどこされているのです。 特に結果のランダム化という面では、GmailやFacebook、その他アプリに導入されているPull-to-Refresh機能(引っ張って更新する機能)がまさにその役割を果たしています。メールやアプリを更新する度に脳がランダム化された見返りを求めて「次は何が表示されるのか」と感じ、同じ行動を続ける行為に走ります。 その結果、たとえ通知が来なくても自然とスマートフォンに手が伸びてしまい、新しいメールが来ていないかを確認したくなってしまうのです。 テクノロジーの普及と共に欲しい情報がいとも簡単に手に入るような時代になっています。しかし、その一方で企業はいかにユーザーの時間やアテンションを得るか、躍起になっているようにも思えます。上記に挙げた事例のようなデザインが多くなればなるほど、ユーザーはテクノロジーにコントロールされることになるので、私たち自身もアテンション・エコノミーについて深い知識を得るべきでしょう。

アテンションエコノミーの台頭によって見えてきた問題

それでは、アテンションエコノミーが広がっていくとどのような問題が起きるのでしょうか。
  • 日々の生活、仕事中における注意散漫
  • 思考時間を奪う、イノベーション創出やクリエイティビティへの妨げ
  • 依存や鬱に繋がる可能性
  • 孤立感
  • 個人の意思で何かを選択するHuman willの侵害

人々の意思を尊重したUXデザイン事例

テクノロジーは素晴らしいものですが、本来人々の生活をより良くするために生み出されたものなので、人々の生活をコントロールするようなことがあってはいけません。それでは人の意思を尊重したデザインとはどんなものがあるでしょうか。事例を2つご紹介します。

事例1:iOS

先日iPhoneを新しいiOSに更新したところ、運転中における新着通知の有無を問われ、これこそユーザーの意思を尊重したデザインだと感じました。なぜなら、私は普段運転中はiPhoneをGPSとして使っているため、今まで電話やテキストが来るたびに画面の1/4がその通知で覆われ、つい通知に促されるままに電話に出たりテキストを読んでしまっていたからです。 近年ドライバー・ディストラクションが大問題となっている中、新しいiOSのデザインは素晴らしいソリューションです。自動で運転していることを感知し、運転中は通知が来ない設定に。また、設定次第では「運転中なのであとで返信します」と自動で返信することも可能です。 apple 画像転載元:Appleより

事例2:Hipmunk

もう一つの事例にトラベルサイトのHipmunkを挙げたいと思います。Hipmunkでは他のフライト検索サイトとは異なり、「価格」と「時間」の上にもう一つ「Agony」フィルターを設けています。 本来Agonyとは肉体的・精神的に感じる激しい苦痛を指しますが、Hipmunkでは「価格、乗り換え数、飛行時間を組み合わせたもの」 であると定義しています。 hipmunk また、検索結果の画面では旅程が一目でわかるようなデザインにしています。確かに、ユーザーが探しているのは「価格か時間」なのではなく「価格と時間」なので、ユーザー観点なデザイン且つとても理にかなっています。 hipmunk2

まとめ

アテンション・エコノミーは新しい概念ではありません。しかし、ネガティブなニュアンスを持つ一方でテクノロジーと人間の関係性を見つめ直すきっかけとなり、昨今バズワードとして注目されています。 そして、欲しい情報がいとも簡単にインターネットで手に入る時代、多くの企業が人のアテンションを得ようと躍起になっています。一時的なユーザー獲得であればその方法でも良いかもしれませんが、やはり人の意思を尊重したUXデザインこそが良いサービスとして存続できるのではないでしょうか。 再度となりますが、今後はアテンションを得るためではなくユーザーが本当に求めていることを実現させるためのUXデザインを設計していく必要があるでしょう。 関連記事:誰にでも分かるUXの基本

営業しない営業?デザイン思考を営業に活用する海外トレンド

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昨年末、Salesforceよりある興味深い統計レポートが発表された。このレポートではグローバル企業3100社に対するリサーチから、最新のセールストレンドや営業の役割の変化について深い考察を示している。その中でも特に目を引いた報告が、セールスにおいて今カスタマーエクスペリエンス(CX)が非常に重要視されているという内容だ。 CXとは弊社btraxが強みとするUXやデザイン思考と同様、プロダクトやサービス開発における必要不可欠な考え方である。つまりこのレポートでは、セールスにおいて最も重要なKPI指標は売上やプロセスの改善ではなく、顧客満足度やネット・プロモーター・スコアなどのCXであるということを提唱しているのだ。 関連記事:デザイン思考を組織イノベーションに活用する10の方法 その理由のひとつに『ニーズの変化』がある。モノづくり大国の日本もそうだが、いいモノを作れば売れるという価値観の時代から今やモノが売れずサービスに価値が移り変わった現代となり、クライアントやユーザーのニーズそのものがより表面化しにくくかつ複雑化しているのだ。 まさに企業が解くべき問題が分からなくなった今、クライアントやユーザー体験の根本的な理解が必要不可欠で、クライアントさえも気づかない本質的な課題や価値を把握することが、顧客に最前線で接するセールスにも重要とされてきているのである。 そこで今回は、CX/UX・デザイン思考の観点でクライアントに新たな価値を届けるために抑えておくべきセールスの海外トレンドを3つお伝えしたい。

1. 課題の発見はお客様と一緒に

Sales 2.0から3.0の時代へ

日本の場合、例えば東京の会社が大阪から問い合わせを受けた際、日帰りで出張営業に行けてしまうが、アメリカではそのような営業をする企業は少ない。なぜならアメリカでは国土が広く営業の為の移動が非効率であるからだ。 また加えてSNS、Skype・Google HangoutのようなミーティングツールやCRMツールも普及した為、アメリカではインサイドセールスが今や当たり前となっている。つまり、直接クライアントに会い営業をすることに注力した時代から、ITを駆使し潜在顧客からのリードをどう集めるかといったSales 2.0の時代に移行したのだ。 そこに今、新たにデザイン思考の考え方を活用しMicrosoftやOracle, IBM等の競合他社を大きくしのぐ成長率を誇る、まさに新世代(Sales 3.0)のセールス手法を行う企業がアメリカで存在感を示している。欧州最大の企業向けソフトウェア会社のSAPだ。 ドイツに本社を置くSAPは1988年に米国へ進出し、現在は世界第4位の売上を誇るソフトウェア会社である。つまりSAPはアメリカで成功を遂げた数少ない外国企業とも言える。2005年にはデザイン思考を体系的に普及させる為、米国スタンフォード大学にd.schoolを設立したことでも有名な企業だが、同社はデザイン思考の考え方をクライアントへの提案力向上に活かしている。

グローバルで成功する企業は営業しない!?

私も以前、シリコンバレーでSAPの社員の方とミーティングをする機会を頂いたのだが、約8万人いるSAP社員のほとんどがデザイン思考を学び、顧客の本質的な課題やニーズはなにかという思考プロセスを各業務に活用しているという。 もちろんセールスを担当する社員も同様で、クライアントと接する際はサービス/プロダクト提案やソリューション方法を単に提示するのではなく、まずは顧客理解を徹底している。セールスが財務や経営企画など複数の部署をひとつひとつ回り、部門や部門間の課題、現場と管理職の見解の違い、個人単位の悩みまでもをヒアリングする。 また、時には課題を導き出すファシリテーターとしてクライアントの経営層と共にデザイン思考ワークショップを行い、クライアント企業と一緒になって経営課題の発見と明確化を行っている。 つまり課題解決そのものではなく、課題発見に焦点を当てたセールス活動、いわゆる課題のリフレーミングを行っているのだ。このアプローチにより、クライアントとはプレゼンを受ける側↔︎する側、決済側↔︎ソリューション提供側という関係性ではなく、課題を共に見出して解決を目指すひとつのチームという関係性を構築できている。この関係性を築く為のマインドセットが今後より求められるのである。

2. セールスは言わばCxO

前述のSAPはERPソフトが主軸の事業の為、セールス社員に必要とされるスキルや知識は当然IT関連のものであった。しかし、クライアントに新たな価値を提供する為には顧客の人事やマーケティング・経営企画に対する横断的な理解が必要である。 その意識改革までもをデザイン思考を用いて行っているのだ。この変革に供ない、セールスの評価基準も大きく変わった。ERPソフトの販売実績や売上をKPIとしていた過去から、人事・経営・マーケティング・IT部門までバリューチェーン全体との関係性構築がセールスの新たな評価基準に変わった。営業部門はまさに上流から下流までのプロセスを理解し新たなサービスを開発するサービス責任者(CSO)のようなポジションになりつつある。 なお、弊社btraxでもセールス部門のスタッフは私も含めBusiness Producerという役職名で業務をしており、デザイン思考やユーザー中心設計の考え方をセールス活動にフル活用し常にクライアントと接している。クライアント自身、まだ表面化できていない課題をデザイン的プロセスを通して明確化することに努めているのだ。 そしてBusiness Producerは売上や受注件数を追いかけるのではなく、どれだけ深くクライアントの課題を把握・理解できるかに注力し、プロジェクトを推し進めている。例えば、課題を引き出す為にクライアントとは対等な目線でディスカッションを行う。 その際、重要な事は我々が課題に対する答えやアイデアを提示をするのではなく、クライアント自身が課題認識と解決方法を見出せるようコミュニケーションを取ることである。デザイン思考でいうエンパシーマップ等のフレームワークを用いてクライアントの顧客理解などを共に行うのだ。 またクライアントとの対等な議論の為には、有価証券報告書などのIR資料の読み込みやミッションやビジョンといった経営理念・価値観の理解が必要不可欠なので、もし自分自身がクライアント企業の経営者(CEO)だとしたら何をすべきかという考えを常に持って活動をしているのである。 WS image クライアントとのディスカッションの様子

3. 最新テクノロジーを駆使したセールスツール

ここまで、アメリカのセールスにおけるマインドセットの特徴について述べたが、最後にセールス活動を支援するイノベーティブなセールスツールを紹介したいと思う。 冒頭で紹介したSalesforceのレポートによると、企業3100社に対する「セールス・営業業務の中でどのようなタスクにどの程度の時間を使っているか」という調査で、なんと業務時間のうち64%もの時間が直接のセールスの時間として使われていない、ということだ。セールスをミッションとした立場であるはずなのに、実質的なセールスを実施できていないという現状なのだ。 だからこそ、昨今MAやCRMツールを用いて営業や業務の効率化を図る動きが積極的なのもうなずける。今後ITやテクノロジーをセールスの業務にも活用する事がより当たり前になってくるであろう。 sales-statistics---how-reps-spend-time-compressor 画像転載元:15 Sales Statistics That Prove Sales Is Changing ここで、セールス活動をバックアップするサンフランシスコのスタートアップ、Chorusを事例として紹介したい。同社は会議の音声データを記録、文字起こし、要約を自動かつリアルタイムで行うAI議事録ツールを提供。昨年シリーズAで1600万ドルを調達、ガートナーによる『Cool Vendors in AI Core Technologies, 2017』にも選ばれている注目のスタートアップだ。彼らの顧客の中にはMarketo等の有名企業も名を連ねている。 既にミーティングの動画データを記録するオンライン会議システム等のサービスは存在するが、ミーティング内容をまとめ、『次回アクション』や『課題』といった重要コメントを自動把握・分類し、議事録にまとめあげてくれるサービスは革新的である。 また、分析機能としてミーティング参加者の誰がどれだけ発言をしていたか、または聞き手側だったかというようなパフォーマンスに関する分析データまでを得ることができる。 chorus Chorusのダッシュボード 以前、全米では毎日11億時間が会議の時間として使われているという記事を書いたが、このサービスでは会議つまり営業業務の効率化を図れ、ミーティングで議論した内容をクライアントと共有し認識を合わせることができる優れたツールだと感じる。私自身、セールス活動においてぜひ活用をしたいサービスだ。 そんなセールスにイノベーションを起こす、または起こそうとしている企業がアメリカ・サンフランシスコにはまだまだ存在しており、そしてなにより、デザイン思考を根底とした先進的なマインドセットとITツールを駆使したイノベーティブなセールスがアメリカでは実施されているのである。 Market-Map-Template-3.8.17-compressor 画像転載元:CB Insights

まとめ

最新テクノロジーや革新的なスタートアップの情報が注目されがちなサンフランシスコだが、サービス/プロダクトをユーザーにどう本質的な価値として届けるか、というセールスのマインドセット自体も先進的でイノベーティブなことがわかる。まさにクライアントのニーズの変化に順応したセールス手法を取っていると言えるであろう。 新規ビジネス開発の目的だけにとどまらない、CX/UX・デザイン思考を用いたセールスの手法やマインドセットのイノベーションという点において、サンフランシスコ・アメリカは最適な環境と言えるのではないだろうか。 本記事が、グローバル展開に課題を抱えていらっしゃる企業にとって少しでも営業・セールスのマインドセットの重要性のご理解に繋がり、課題解決の糸口としてなり得えたら幸いである。

今こそイノベーションラボ設立の時?大企業に学ぶ“失敗から学べる環境づくり”とは

innovation lab capital one
世界的な大企業では、イノベーションラボの設立はもはや当たり前になっているが、あなたの働く企業にはあるだろうか。イノベーションラボとは、そのまま直訳してイノベーション研究室という意味だ。つまり、既存事業に関わらず、新たなサービス、プロダクト、ビジネスモデルの可能性を探り、実験する場のことである。 形態としては実際にイノベーションラボとして物理的に実験室を設けてそこに専属スタッフを配置する場合と、 Googleのように全社員に対して業務時間の20%をラボの活動に使うことを認めるなど制度として設ける場合がある。主な形式としては大きく分けて、企業内でラボを完結させるインハウス型と外部団体や企業と提携するコラボ型の2つある。

なぜ今イノベーションラボ?

イエール大学の調査によると、企業の平均寿命はここ約60年で61年(1958年)から18年(2015年)へ大きく縮んでおり、この傾向はさらに加速傾向にあると予測されている。生活の必需品であるスマートフォンも登場してから10年程度しか経っておらず、いかに短いスパンで人々の生活が変化しているかということを象徴している。 ここ数年を見ても自動車業界では自動運転の普及によって大きな変革を求められているし、AIやブロックチェーンといった新たな技術が金融業界や小売業界をはじめとしたビジネスのあり方や人の生活の仕方を大きく変えていきつつある。 つまり、どの企業もそのような変化に対応しうる柔軟性なくしては生き残れない時代にさしかかっており、これまでの事業領域やあり方にこだわらず、新たなことにどんどん挑戦していくことが必要とされているのだ。 関連記事:近い将来テクノロジーが葬る10の産業

イノベーションラボ設立で狙えることとは?

イノベーションラボを設立することによる第一のメリットとしては、専用の部署を構えることにより長期的な視点で新たなアイデアを試すことができる点が挙げられる。新しいアイデアを軌道に乗せるには、時間もかかるし、失敗もつきものだが、通常の業務内ではなかなか許されないのが現状だろう。 しかし、イノベーションラボを創設すれば、トライ&エラーのプロセスがポジティブに受け入れられる環境を社員に提供することができる。それにより、新たなアイデアをオープンに受け入れる空気を会社内に醸成し、実践させて行くことによって、失敗を恐れずどんどんチャレンジしてみるデザイン思考型・アジャイル型のカルチャーを育むことも可能だ。 さらに、新たなモノづくりに携わりたいと考える能動的で優秀な人材を呼び入れ、逃さずに取り込んでいくことにもつながっていくだろう。 以下では、実際にイノベーションラボを取り入れた大企業の事例をインハウス型、コラボ型、複合型に分けて紹介する。 関連記事:デザイン思考入門 Part 1 – デザイン思考の4つの基本的な考え方

1. Capital One  <インハウス型>

Capital Oneはアメリカ・バージニア州に本部を構える銀行で、預金や融資、クレジットカードなどのサービスを提供している。そんなCapital Oneでは、2014年からニューヨーク、サンフランシスコ、ワシントンD.C.の3拠点でCapital One Labを設立した。 Capital One Labでは、「お金は単なる数字じゃない、誰かの食料品、初めての車、家、実家へ帰るための航空券…つまり人生そのものだ」という考えの下、人々の生活向上を目指して既存の枠に収まらないサービス開発・銀行のあり方に挑戦している。彼らは、カスタマーファーストの考えを大切に、デザイン思考をラボでの活動に取り入れている。 また同社は、カフェに銀行の機能を組み合わせたCapital One Cafeも各地にを展開しているが、サンフランシスコのCapital One Labはその上の2フロアに構えられている。新たなサービスのアイデアがあればすぐ下のカフェ利用者を対象に、ユーザーインタビューやテストを行うことが可能だ。 またCapital One Cafeのサービスとして提供されている、無料のファイナンス相談、ワークショップ、キャンペーン等は、ユーザーから生のインサイトを得る上で重要な役割を果たしている。 このようにCapital Oneは、自社の敷地内にユーザーとなる人々を呼び込むことで、これからの金融会社のあり方を模索するインハウス型イノベーションラボを展開している。 Capital One Lab の取り組みの様子Capital One Lab の取り組みの様子(画像転載元:Capital Oneの公式サイトより) 関連記事:アメリカの大組織に学ぶ デザイン思考の活用事例

2. Ford <コラボ型>

1903年創業のFordはアメリカミシガン州に本部を構える、言わずと知れた老舗の自動車企業だ。技術の革新によって、従来の自動車に代わる様々な移動手段が生まれることが予想される中、Fordでは「移動・自動走行車・顧客体験・ビッグデータ」にフォーカスを合わせ、他企業、非営利団体、教育機関とともに、様々な角度から新たな可能性を探る調査研究を行なっている。 また、2015年にはFord Research and Innovation Centerをカリフォルニア・パロアルトに設立し、シリコンバレーのモビリティイノベーションのハブとして、コラボラティブな取り組みを推し進めている。例えばここでは、テクノロジー関連4社や各大学と協力して調査や実験をしている。 この他にも2013年にFordが開発したオープンソース型のデータ収集プラットフォームシステムOpenXCをサンフランシスコ市内を移動する自転車に装着し、タイヤの回転速度やアクセルのタイミング等の走行データを蓄積・解析して利用する研究を行っている。 さらにFordのラボでは、アフリカやインドの開発途上地域において、現地非営利団体等と協力しモーターバイクで医療用品の流通をサポートする活動をしながら、データを集め、現地で必要な都市開発の計画に役立てるためのデータ活用方法も研究しているという。 このラボのほかにもFordは、ideaplaceというオンラインスペースを用意して、Ford社内やパートナー企業に限らずオープンにイノベーションアイデアを受け付け、挑戦する姿勢を示している。 Fordは、各領域の最先端をゆく団体とコラボレーションを図りながら、移動の未来を探る完全コラボ型でイノベーションラボに取り組んでいる。 自転車を活用したデータ解析プロジェクトの様子自転車を活用したデータ解析プロジェクトの様子(画像転載元:Fordの公式サイトより)

3. Accor Hotel <複合型:インハウスラボ+コワーキングラボ>

Accor Hotelは世界95カ国に展開するフランスに本部を構える多国籍ホテルグループ。ホスピタリティの未来を探るべく、社内にDisruption & Growthという部署を設立し、社員にデザイン思考を教育したり、より社内の意見交換がよりオープンになるような仕組みを作ったりして、イノベーションが生まれやすい企業文化を育む努力をしている。 例えば、社内プラットフォーム”OPEN-IDEAS”では、個人的にもチームとしてもアイデアをシェアすることができ、気に入ったものへの投票やコメントや意見の交換ができる場として活用されている。また、そこで出てきたアイデアはHotel Labsと呼ばれるいくつかのキーロケーションで試され、それに対して実際に従業員からフィードバックを集めるという仕組みができている。最近のケースでは、AccorHotelグループのホテル専用のグーグルグラスのようなものを作り、プロトタイプをテストしたという。 またAccor Hotelは、Thecampという巨大イノベーションラボの出資・設立を行っている。Thecampは、コワーキングスペースのような形をとっており、入居企業同士がパートナーシップを結ぶ関係で、イベント開催や意見交換などノベーションのためのコラボレーションが活発に行われている。入居団体もスタートアップ、非営利団体、大企業と幅広い。 他にも、Accor Hotelでは、6 months education programというイノベーションプログラムを社員に提供している。このプログラムでは、 参加者らが、毎回出されるテーマに則ってチームごとにプロジェクトを行い、最終成果として、プロジェクト結果をピッチし、パートナーになっている専門家やスタートアップからのフィードバックを受けている。 Accor Hotelは、企業内での文化づくりに注力しながらも、コワーキングラボのパートナーシップを使い、新たなホスピタリティのあり方に挑戦する複合型のイノベーションラボを推進している。 Accorhotel OpenideaOpenideaのプラットフォーム(画像転載元:Accor Hotelの公式サイトより)

番外編 大手日本企業A社のケース

最後に、弊社クライアントでITコンサルティングを行う大手日本企業のA社の例をご紹介したい。A社は、事業に積極的な若手社員の育成を当初の目的として、弊社のイノベーションブースターを利用され、結果的に実質的なイノベーションラボの設立に漕ぎ着いた。 イノベーションブースターに参加したA社の参加者らは、サンフランシスコ市内のオフィスで10週間のプログラムを通して、デザイン思考を学び、その考え方を基に、新規事業のアイディエーションからプロトタイプ、最終的に地元の投資家らがジャッジとして参加するピッチイベントに登壇された。 参加者らは、トライ&エラーのプロセスを通じて新たなものづくりに挑戦していくマインドセットを身につけ、帰国後プログラム卒業生が自主的にイノベーションラボを設立した。現在は、デザイン思考を軸に新規サービスの創出に関わる立派な一部署として認められている。 A社は、外部のプログラムを利用して社員にお試しラボを体験させ、結果的にインハウス型のイノベーションラボを設立させるに至った複合型の一例と言えるだろう。日本の大企業はアメリカの企業ほど柔軟になれない傾向が強く、イノベーションラボの導入には及び腰になりがちだが、これは一つの好事例として捉えられるのではないだろうか。 btrax Innovation booster Prototypingイノベーションブースターでのプロトタイピングフェーズの様子

まとめ

以上では4社の事例を紹介してきたが、他にもたくさんの大企業たちがそれぞれの方法でイノベーションラボを創設し、新たなものづくり、ことづくりに励んでいる。 特に、大企業では長年培われてきたものがある中、新たなものを作り出すのにはリスクが伴うかもしれない。だからこそ、「失敗することが許される<失敗して学べる」環境=イノベーションラボが重要なのではないだろうか。 物理的なイノベーションラボを作ることへのハードルが高ければ、まずはイノベーションのマインドセットを持った社員の育成から始めてみてはどうだろうか。コワーキングスペースやミートアップ、各種イベントなど、コラボラティブな可能性に触れる機会の多い場所に身を置いてみるのも良いかもしれない。 関連記事: 参考: