DXの波に乗れ!注目のファッションテックスタートアップ5選

D2C×グローバルに勝機あり!ファッション業界のグローバル課題とその解決策

アパレル業界の未来を紐解く6つの最新トレンド 【後編】

fashion
今までの常識が塗り替えられるような「イノベーション」が様々な業界で起こると予想されている時代において、ファッション業界はどのような歴史を刻んでいくことになるのだろうか。 前半の記事ではそれを紐解く手がかりになりそうなトピックとして、「ウェアラブルデバイス」・「実店舗」・「ラグジュアリー」という3つの言葉が再定義されることについて言及した。 後半となるこの記事では、ファッション業界が抱えている問題について注目したい。労働搾取や大量廃棄といったこの業界が長らく解決出来ずに抱え込んでいるものから、Amazonなどのプラットフォーマーとの協業という近年に急速に重要性が高まってきたものまで、3つの問題についてファッションブランドがどのような答えを出し始めているのかをまとめた。

【4. 社会問題解決こそが次世代のブランディング】

ブランドを構築する3つの要素

それがボールペンのような手に触れられるものであれ、アプリのような手では触れられないものであれ、ブランドを構成する要素は3つである。機能性・デザイン性・ストーリー性だ。 機能性とはそれはユーザーに何をもたらすのか、デザイン性とはそれがどれだけカッコいいのかまた使いやすいのか、そしてストーリー性とはそのモノに一体どんなストーリーが隠れているのか。バランスはそれぞれの製品によってまちまちであるが、この3つがいくらかの形で合わさってその商品の価値となる。 これはアパレル製品の制作においても同じである。こちらのNikeのAIR MAX 1 を例にあげれば、機能性はクッション性が高く足に負担が掛からないソール、デザイン性は名前の由来にもなっているミッドソールに搭載されている空気を可視化した「Visible Air」、そしてストーリー性はNikeが掲げてきた「Just Do It」というスローガンを中心に取り組んできた「保守的な社会への対抗心」や「本当の自分の開放」というメッセージだろうか。 Nike Airmax 1 ↑Nikeの代表的な製品となったAIR MAXシリーズの第1モデル。

社会問題を解決しているストーリー

今後は、この3つの要素の中でもストーリー性の性質に大きな変化が見られるようになるだろう。興味を引くようなストーリーだけ不十分になり、そのストーリーが社会問題を解決しているかどうかがより重要となる。そして、ストーリー性の重要性が他の2つを大きく上回る時代が到来するだろう。

サステイナビリティーの欠如

そこにはファッション業界が長い間直面してきたある問題が関係している。それがサステイナビリティー(持続可能性)の欠如である。 サステイナブルな状態とは、簡略に言えば需要と供給がマッチしている状態であるが、ファッション業界は大きく2つの面でサステイナブルな仕組みをデザイン出来ていない。労働のサステイビリティーと環境のサステイナビリティーである。 労働のサステイナビリティーの欠如については、死者が1,000人を超えたファッション業界最悪の事故がそれを象徴している。この根本的な原因は、先進国の生み出した大量生産・大量消費あきりにビジネスモデルが経済的弱者である供給側に限度の超えた負荷を与えていたことだろう。詳しくは以前の記事(いまブランドが捉えるべきは“ユーザーの意識変化” – サステイナビリティーが重要視される理由とは)を参考にして頂きたい。 ranapraza ↑『Rana Praza』崩壊は死者1,000人を超えるファッション業界最悪の事故となった 環境のサステイナビリティーの欠如については、ファッション業界は全産業の中で3番目に環境に悪い産業であるとされているのはご存知だろうか。例えば、衣服の製造には大量の水を消費する必要がある。1つのジーンズを作るだけでも、通常の製法で作るとその量は3,800リットル以上(シャワー53回分)もの水が使われるという。またThe World Bankは世界の20%の海洋汚染が衣服の染料によって引き起こされていると発表している。 reformation eco ↑米ロサンゼルス発のブランドReformationはECサイト上には、環境問題への喚起を促すページがある。同ブランドのキャッチコピーは”Being naked is the #1 most sustainable option. We’re #2. : 一番環境に優しいのは何も着ないこと。私たちは2番目ね ”だ。

購買基準は会社のビジョンが自分と重なるかどうか

今まで見えなかった情報に対する透明性が徐々に高まってきている現代において、以前よりも多くの消費者がこのような社会問題に対して当事者意識を持ち始めている。またミレニアル世代やその次のジェネレーションZ世代は「その会社のビジョンやミッションが自分と重なるかどうか」をモノを買う際の大きな判断軸にしているという。 問題意識が高い消費者に対して、社会問題を解決しているというストーリー性は機能性やデザイン性よりも重要性の高い項目として評価されることになるだろう。

サステイナビリティーによるブランディング

労働のサステイナビリティーがブランド構築の際に大きな役割を果たしたのが米ブランドEverlaneである。“Radical Trasnparency : 徹底的な透明性”という信念のもと、原価だけではなく値段の内訳をすべて公開している。 このような透明性の他、製品そのものの質や優れたマーケティングにより、Everlaneは今やアメリカにおいて最も人気のあるブランドの1つとなっている。先日サンフランシスコに店舗をオープンしたが、オープン日には店に入るだけでも2時間並ぶほどの大行列だった。オンライン上と取り扱っている商品はほとんど同じなのにもかかわらず、行列を作る老若男女達の存在が、Everlaneのブランド力を証明していると言ってよいだろう。 everlane eco ↑Everlaneは自社のEC上に世界各地の工場の様子を公開。誰がどのように製造されているのかを確認することが出来る。 環境のサステイナビリティーに挑戦しているのはドイツのスポーツブランドのアディダスである。海洋環境保護団体「Parley for the Oceans」協力のもと、海に廃棄されたプラスチックゴミを利用して作ったランニングシューズの販売を開始した。更に“Z.N.E ZERO DYE”と呼ばれる、染色をしない素材本来の風合いを生かした新商品を開発。染色をしないことで、出来るだけ水資源を節約することが狙いだという。これらの例に代表されるように、アディダスは自然環境に配慮した製品づくりを推進し、”サステイナビリティーカンパニー”としてのブランドを作りあげつつある。 adidas eco ↑左:Z.N.E ZERO DYE”を使用しているパーカー 右:海に廃棄されたプラスチックゴミを利用して作られたランニングシューズ 21世紀や22世紀において、これらのようなサステイナビリティーに対して強い問題意識を持った消費者の割合は今と比べられない程高くなるだろう。また機能性やデザイン性にも限界が来る。彼らにとって重要なのは、機能性やデザイン性ではなく、社会問題を解決しているというストーリー性だ。

【5. ファッション業界もユーザー中心のモノづくり】

大規模セールが象徴する業界の抱える闇

いろいろな分野で毎年行われる初売りセール。その中でも一番の盛り上がりを見せるのがファッションブランドやセレクトショップによるものだ。多くの人が行列を作り、開店と共に店の中に駆け込んでいく様子はもはや年始の恒例行事である。 しかしこの様子こそがファッション業界が抱えている闇を象徴しているといえる。それが、「大量の売れ残りが前提の価格設定」である。大量に売り残る前提で価格設定をし、定価で売れなかったらすぐセールに回す、という負のサイクルが、この業界において常態的に発生してしまっているのだ。 ラグジュアリーブランドの収益モデルからもこれは明らかだと言える。利益率の低いファッション部門はブランドアイデンティティを訴求する為に使われ、そのブランド力を活用し革製品のような定番商品が多い部門で利益を獲得するモデルが一般的である。ラグジュアリーブランドの革製品がセール対象外になることが多いのはその為だ。

「散弾銃商法」

このように「顧客が必要としていないものを作ってしまう」という問題が発生してしまっている本質的な原因は、そもそもの商品製造の仕組み自体にあるのではないだろうか。「流行を生み出す」という目的に対してとっているアプローチが今の時代とマッチしていないように思える。 現在多くのブランドは、消費者の理解を深めることなくとにかく数を撃てば当たると大量の種類の商品を生産するすることでヒット商品を見つけ流行を生み出そうとしているのではないだろうか。アパレルブランドのセールが大規模なのは、そのほとんどの”当たらなかった”商品がそのままセールに回されるからだとすれば辻褄が合う。ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏の言葉を借りれば、「散弾銃を色々な方向に振り回しながら撃っている」状態なのではないだろうか。

衣服もユーザー中心のデザインに

しかし現代は様々なデータが蓄積され分析ができる情報化社会であり、この流れはこれからも間違いなく加速する。そんな時代において、そのような「数を撃てば当たる」というやり方はあまりにも時代遅れである。 これからは消費者のデータを商品化することが求められるだろう。消費者に関する情報を集め、分析し、衣服へと変換していくのだ。いかに「データ」を起点に衣服を作れるかどうかが、これからのファッション業界で生き残れるかどうかの分かれ目と言っても過言ではないだろう。 それはつまり、ファッション業界にもユーザー中心のモノづくりの考え方が必要になってくるとも言い換えられるだろう。これから必要になるのは「アイデア」や「テクノロジー」ではなく、あくまでユーザー起点でのデザインである。「ユーザーのニーズを理解し、研ぎ澄ませた商品だけを生産する」というライフルを撃ち抜くような生産体制を敷くことが重要となる。

必要なのはサプライチェーンの再構築

しかしこれは現在のファッションブランドの体制のままで導入することは難しいかもしれない。なぜなら、企画・構想から実際に棚に並ぶまでに時間がかかり過ぎているからだ。通常の工程で服を生産すれば、実際に消費者の手元に届くのに約2年ほどかかってしまうという。これでは消費者のニーズに刺さる商品の製造は難しい。 その為まずはサプライチェーンの再構築を行い、企画者と生産者の距離を近くする必要がある。しかしだからといって企画までもをOEMへ投げてしまうのは本末転倒だ。その結果起こったのが「タグだけ違って他はほぼ一緒」のチェックシャツが様々なセレクトショップで販売されたことである。 あくまで必要なのは、ブランドのアイデンティティを保持しつつより早くスピードで商品を生産出来るサプライチェーンを整えることではないか。

サプライチェーンの再構築に挑むGucci

この重要性を認識し変革に動いているラグジュアリーブランドがある。それがAlessandro Michele体制になってから絶好調のGucciである。Gucciを傘下に収めるKeringのCEOであるJean-Marc Duplaix氏によると、グループとして最も優先順位が高いのはGucciのサプライチェーンの再構築だと話す。 その試みの1つとして、同社はGucci Art Lab を今年中にオープンする予定だ。イタリアに建設予定のこのLabでは、革製品の製造だけではなく、顧客トレンドの調査や新しい素材の開発を行う機関になる。製品開発の上流工程から下流工程までの距離を短くし、発表出来るコレクションの数を多くすることが狙いだという。 Gucci Art Lab ↑イタリアに建設されているGucci Art Lab の様子

セールが無くなりファッションショーのあり方が変わる

この流れがアパレル業界全体に浸透すれば、大量の売れ残りが減るだろう。その結果、「セール前提の価格設定」が見直され、正常なプロパーの価格で売られることになる。それに伴いセールの規模も縮小されていくだろう。 またこの仕組みの変革はファッションショーのあり方をも大きく変えることになるかもしれない。オートクチュールのコレクションは例外的な扱いで継続されるだろうが、より大衆向けのプレタポルテのコレクションは現在と同じ体制でずっと行われるとは考えづらい。2〜3月に来年の秋冬、9〜10月に来年の春夏に店頭に並ぶコレクションを行い続けるのは、21世紀・22世紀においてはあまりにも時代とのすれ違いが大き過ぎるだろう。

【6. プラットフォーマーと協業せざるを得ない時代】

ファッションブランドにとって長らく議論が続いていたのが、「Amazonのようなプラットフォームは協業すべき味方なのか、それとも競争相手になり得る敵なのか」である。 しかしこの議論の論点は今後変わることになるだろう。もはや議論すべきは、プラットフォームと協業するかどうか、ではなく、どのようにプラットフォームを協業するかになる。

プラットフォームとの協業によるデメリット

プラットフォームとの協業は様々な面でデメリットが生じることは事実である。その中でも特に顕著なのは、ブランディングへの影響だろう。ブランドを築くこととは顧客との関係性を築くことに他ならないが、プラットフォームに卸してしまうと、顧客との接点を減らしてしまうことになる。これはブランディングの観点から見ると大きな機会損失に他ならないだろう。 更に顧客データの蓄積という面でも大きなデメリットがある。以前の記事(これからの企業に不可欠な三種の神器とは)でも紹介したように、21世紀における良い企業と素晴らしい企業を分ける一つの指標がデータの取得量と活用方法である。柳井正氏がこれからの産業について「すべての産業は、情報を商品化する新しい業態に変わる」と話すように、ファッション業界も同様にデータの重要性は日に日に増していくだろう。 gafa-graph ↑GAFA (Google, Amazon, Facebook, Apple) は膨大なユーザーデータを武器に従来の産業分類の枠を超えたビジネスを展開し始めている。 プラットフォームに販売を委託するということは、そんな重要な顧客データの取得のいくらかを諦めることになる。裏返せば、Amazon等プラットフォームにとっての大きな武器とはそのデータである。この状況はファッションブランドにとっては、決して歓迎されることではない。

これからはプラットフォームと「どのように」協業するのかという時代

しかし、そのようなデメリットを考慮したとしても、やはりこれからはプラットフォームと”どのように”協業するのかという時代に突入しているように思う。その理由はプラットフォーマー達が築き上げる圧倒的な規模と顧客へのリーチ、そしてただのプラットフォームではなく、ブランディングプラットフォームへと変革しつつあることだ。 プラットフォームの代表格がAmazonである。Whole Foods Marketの買収やAmazon Goのオープン等生鮮食品に力を入れていると思われがちであるが、ファッション分野の成長も著しい。アパレル業界において、売上げトップの座を守り続けてきたのが、大手百貨店チェーンのMacy'sであった。 しかし、2018年にその座はAmazonに明け渡すことが決定的になっている。また成長率に関しても、Amazonのファッション部門が30%近いのに対してMacy’sは-4%が見込まれている等、両者の差はどんどん開いていく一方だろう。 Retail Sales Graph ↑長らく売上1位を維持してきたMacy'sが遂にその座をAmazonに奪われる。ECサイトが百貨店よりも服を売る時代を誰が想像出来ただろうか。

1日で約3兆円の取り引き

アメリカや日本よりも、オンライン上での購入に対して抵抗が無いとされている中国では、プラットフォーマーの影響力は更に大きいと言えるかもしれない。中国版アマゾンとも呼ばれているAlibaba が毎年11/11に行う Single’s Day Sale はたった1日で、約2.7兆円もの取り引きが発生したという。これは2018年現在、世界中で最も大きなオンラインショッピングイベントである。 Alibaba Single's Day ↑Single Day Sale に合わせて開催されたイベントの様子 このようなプラットフォーマー達の圧倒的なサプライチェーンと顧客へのリーチは、単独のブランドだけで築き上げるのは難しい。今後消費者達は何か欲しいものがあるととりあえずAmazonやAlibabaを開くことが増えるだろう。そのようなプラットフォームで自社の商品を扱ってもらうことは、多くのブランドにとって魅力的であることは間違いない。

ラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォーム

しかしいくら多くの顧客にリーチ出来るとはいえ、多くのラグジュアリーブランドにとっての悩みの種は、プラットフォームで購買可能になることによるブランド力低下である。現在もAmazonで購入出来る洋服は比較的カジュアルで安いものが多い。 そこで生まれたのがラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォームである。そこで扱われている商品は高級百貨店で扱われているようなブランドばかりであり、近所のモールに入っているブランドと混合されることはない。これならラグジュアリーブランドも、ブランドイメージの低下を気にすることなく扱ってもらえる。 ブランド力の低下どころか、このようなラグジュアリーブランド専用のオンラインプラットフォームとの協業がブランディングの一貫になっているケースもある。例えば、そのようなプラットフォームの代表格であるFafetchはGucciとパートナーシップを結び、「Store to Door in 90 Minutes (90分配送サービス)」を提供している。FarfetchでGucciの商品を購入すると90分でユーザーのもとに届けられるのである。これはGucci単独ではなし得なく、Farfetchのような強力なサプライチェーン網を持つプラットフォームとのパートナーシップでだからこそ実現出来たサービスだと言えるだろう。 Farfetch Gucci 長らく議論になってきたファッションブランドとプラットフォームと関係性であるが、確かにブランディングや顧客データの面でデメリットはある。しかし圧倒的な規模と成長速度、またブランディングプラットフォームとしての役割を担いつつあることを考えると、協業しない手はないだろう。プラットフォーム上に取り上げられないデメリットが協業するデメリットをはるかに凌ぐ時代はすぐそこまで迫ってきている。

アパレル業界の未来を紐解く6つの現象 【前編】

fashion future trend
音楽や映画と並び、ファッションは「時代を映す鏡」としての役割を担ってきた。川久保玲氏や山本耀司氏がパリコレデビューし全身真っ黒のカラス族が現れたのは80年代であり、藤原ヒロシ氏らによって裏原系と呼ばれるジャンルが誕生したのは90年代だ。「A BATHING APE / アベイシングエイプ」や「NUMBER (N)INE / ナンバーナイン」などの人気ブランドが次々と誕生し、国内のファッション業界に最も活気があった時代ともいえる。 そんなファッション業界は2000年代に大きな転換期を迎えることになる。その起爆剤となったのは、より早くかつ安い洋服の製造・販売に成功したファストファッションブランドの誕生である。ユニクロの打ち出した1900円のフリースは、ファッション業界人だけでなく、多くの消費者にも衝撃を与えた。ユニクロを始めとしたファストファッションブランドは、ストリートの様子だけではなくファッションに対する価値観そのものを大きく変えたのだ。 では、これから続く21世紀・22世紀において、ファッション業界はどのような歴史を刻んでいくことになるのだろうか。今までの常識が塗り替えられるような「イノベーション」が様々な業界で起こると予想されている時代において、ファッション業界にはどのような変革が起こるのだろうか。それを紐解く手がかりになりそうな6つのトピックをまとめた。その前半となる今回の記事では近い未来にファッション業界で起こるであろう、3つの言葉の再定義に注目する。

【 1. ウェアラブルデバイスの再定義 - テクノロジーが”溶け込んだ”服 】

人間とWatson - 2人のデザイナー

毎年ニューヨークで開催され、ファッション界のアカデミー賞とも称されるのがMET Galaだ。COMME des GARÇONSのデザイナーである川久保玲氏も2017年に取り上げられ、日本のメディアでも大きく取り上げられたことは記憶にも新しい。 そんな2016年のMET Galaのセレモニーパーティーにおいて、錚々たるデザイナーが作り上げたドレスの中に、1つだけ”人間とAIの共同作業”によって作られたドレスを身に纏ったモデルが居たことはご存知だろうか。

コグニティブ(認識する)ドレス

英ブランドMarchesaによって初めて発表されたこのドレスは、「コグニティブ(認識する) ドレス」と呼ばれている。最大の特徴はLEDライトが取り付けられていることである。もちろんただのLEDライトではない。ライトの色はIBMのAIであるWatsonがその場観客のリアクションに応じて変更することが出来るのだ。人工知能であるWatsonは視覚を持っている訳ではない。しかし、データを感情に変換することで人の気持ちを汲み取ることが出来るようになったと言えるだろう。 cognitive dress ↑ 超一流デザイナーの作り上げたドレスの中でも際立つ”人間とAI”によってデザインされたドレル

欠点は明らかな”テクノロジー”感

しかし、そんな最先端の技術を駆使して作られた”コグニティブドレス”であるが、最先端であるが故の欠点が1つある。それは明らかに”テクノロジー”であるということだ。大きな祭典の場では話題性を持って受け入れられるかもしれないが、日常生活では着ることはとてもじゃないが難しい。

テクノロジーに気付かなくなる現象

これからテクノロジーの存在はもはや当たり前に時代になる。そんな時代においては論点はテクノロジーの存在に有無ではなく、そのテクノロジーをいかに生活の中に溶け込ませるかにあるのではないだろうか。 Apple の iPad Pro のCMはまさにこの例だといえるだろう。以前の記事(【2017年】社会への問題提起を行ったブランドプロモーション4選)で、AppleはこのCMで「コンピューターが私たちの生活に完全に溶け込んだ世界」を描いている可能性があることを示した。このテクノロジーが生活に溶け込む現象について、Xerox のパロアルト研究所のマーク・ワイザーは自身の論文の中で、「最も革新的なテクノロジーとは消滅するものである。日常生活に溶け込こんでいき、次第に生活の一部として当たり前の存在となる。」と説明している。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=sQB2NjhJHvY[/embed] ↑このCMに付けられた名前は『What's a Computer』

GoogleとLevi'sが提案する未来の洋服の形

この「テクノロジーに触れていることに気付かなくなる現象」は今後様々な業界で起こることになるだろう。もちろんファッション業界も例外ではない。 GoogleがLevi’sと共同で取り組んでいるプロジェクトが「Project Jacquard」である。作っているのは一見普通のデニムジャケットであるが、もちろんただのジャケットではない。使われている織り糸にセンサー機能を持つ極細のコードが紡がれているのだ。 これにより服をウェアラブルデバイス化することが可能となる。スマホとBluetoothで繋げば、スクリーンだけではなく服もスマホ操作の際のインターフェイスになるのである。 例えば、服を触るだけで、聞いている音楽を操作したり、かかってきた電話に対応したりすることが出来る。スマホをいちいち取り出すという手間が省ける為、特に自転車に乗っている時などに便利だろう。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=yJ-lcdMfziw[/embed] これはよくあるプロモーションムービーのような「将来的にこうなります」といった類いのものではない。先日ついに一般にも販売が開始され、誰でも購入することが出来るのだ。遠い未来の話ではなく、既に実現されていることなのである。

テクノロジーが衣服に「溶けている」状態

注目すべき点は、これは一見普通のデニムジャケットにしか見えないことである。IBMによる「コグニティブドレス」と比較するとその差は明瞭だ。両者とも最先端のテクノロジーを用いているのにもかかわらず、GoogleとLevi'sによって開発されたこの服は「テクノロジー感」は皆無だと言っていい。 これはつまりテクノロジーが衣服に「溶けている」状態の1つであると言ってもよいだろう。この「Project Jacquard」により、GoogleとLevi’sは全く新しいウェアラブルデバイスの形を示した。Fitbit等の今までのウェアラブルデバイスと比べても、ガジェット感は弱く、より生活に溶け込んでいることがわかる。 現在はシンプルな操作のみしか行えないが、この技術を応用することで実現可能なことはどんどん増えていくことは間違い無い。近い未来に、心拍数からカロリー消費まで、あらゆる身体データを取得出来る服が開発されてもおかしくない。 そうなれば、自転車を乗る人に限らず、ダイエット中の人から持病持ちの人まで、あらゆる人にとって、今までの服には無い価値を持つものになっていく。何かしらのテクノロジーが埋め込まれている衣服の方が当たり前になる時代が来るのかもしれない。もっともそんな時代では、それはもはやテクノロジーという呼び名では呼ばれていないだろう。

【 2. 実店舗の再定義 - D2Cブランドが生み出した新潮流 】

ファッション業界を席巻するD2Cブランド達

様々な業界において店舗数の削減に踏み切る企業が後を絶たないことはご存知だろう。もちろんファッション業界も例外ではない。大手百貨店チェーンの Macy’s はここ数年で63店舗を閉鎖し、1万人以上の社員を解雇した。Ralph Laurenは4年前にオープンしたばかりのニューヨーク5番街にある旗艦店の閉店を発表。Abercrombie & Fitchも60店舗の閉鎖を決定した。 そんな重苦しい状況の中、ファッション業界を中心に消費財全体を席巻しているのが、Direct to Consumer (D2C) と呼ばれる新しいビジネスモデルである。以前の記事(Direct to Consumer (D2C) 躍進の理由と大企業のジレンマ)で紹介したように、その特徴は自ら企画・製造した商品をどこの店舗に介すことなく主に自社のECサイト上で販売していることだ。 d2c brands ↑ファッション業界を中心に消費材業界でD2Cブランド達の勢いが止まらない

ロイヤリティ構築の為だけの店舗

D2Cブランドの成長において大きな役割を担ったのが「実店舗の再定義」である。従来の商品を販売するという役割はECサイト上で代替し、販売場所ではなくブランドロイヤリティの構築場所として実店舗の再定義を行ったのである。 従来考えられてきた実店舗の役割を大きく以下の3つにわけられるだろう。
  1. 商品の購入場所としての役割
  2. 広告としての役割
  3. 顧客とのロイヤリティ構築としての役割
このうち、購入場所としての役割は消費者行動の変化により拡大したEC市場により代替され、広告としての役割はSNSがその役割の一部を担うようになった。これは私たちの生活の中でも実感できる。Instagramについ先日から追加された、商品にタグ付けをすることでダイレクトにオンラインサイトへ行ける機能はこの動きを象徴している。日本への導入も時間の問題だろう。 しかし、そんな2つの役割とは裏腹に代替が難しかったのが、顧客とのロイヤリティ構築としての役割である。基本的にロイヤリティは顧客とのコミュニケーションと通して構築される。そのコミュニケーションにはSNSやニュースレター等すべてのタッチポイントが含まれるのだが、いくらテクノロジーが進化しようとも「直接会って話す」ことよりも優れたコミュニケーション方法は今のところ存在していない。そこで行ったのが、ブランドロイヤリティの構築場所としてリアル店舗の出店だったという訳だ。 guide shop ↑ Bonobosは自らの実店舗を販売を一切行わない「Guide Shop」として出店。予約すれば担当のスタッフがコーディネートの相談に乗ってくれる。 店舗数の削減を余儀なくされているファッションブランドであるが、もしECサイト売上げの比率の上昇に対応して店舗を減らしているのだとすれば、それは不十分だろう。ただ単純に売上げ比率の比重をECサイトにもってくるだけではなく、戦略的な店舗の役割を再定義をする必要があるのではないだろうか。 それには根本的な仕組みの変革までもが必要になるだろう。確かに、既存ブランドであれ、D2Cブランドであれ、ECサイトのデザインはオシャレでカッコ良い。しかしそれはあくまで表面的でしかなく、一番の違いは仕組みの部分にあるからだ。

大企業のジレンマ

しかし、これは歴史の長いブランドであればあるほど難しいものなのかもしれない。私たち消費者からすれば洋服という大きなくくりで見れば作っているものは一緒である。しかし同じファッションブランドであっても、D2Cとラグジュアリーブランドでは、サプライチェーンや収益のモデルが異なる。 真似しようとするのであれば、すべてを変えてしまうか、全く参考にならないかのどちらかになってしまうだろう。一部だけを取り入れようとしようものなら、過去のやり方と現在のやり方が混在した複雑で負担の大きいシステムになってしまう可能性が高い。 更に仮に改革を決めたとしても、現在のブランドの上に積み重ねる以上は、ブランドイメージとの兼ね合いに細心の注意を払わなければならない。下手に改革を進めてしまうと、今まで築いてきたブランドさえも損なってしまうかもしれないからだ。このような状況では、例え変化が必要なのはわかっていてもその決断は難しくなる。これこそが現在大手ファッション会社が抱いているジレンマではないだろうか。

治外法権を与え従来の管轄権から離した組織

ではそんな大企業はどうすればよいのか。その1つの答えとなるのが、従来の管轄の範囲から外し、治外法権のような権利を与えた組織を作ることだろう。治外法権とは、ある国の領土にいながらその国の統治権の支配を受けない特権のことである。 つまり大企業においての文脈において翻訳すると、大企業の中に所属しながらその会社のしがらみや風習・仕組み等の支配を受けない特権ということになる。これにより、予算の使い道を細かく稟議回に通す必要や、イノベーションの種になるような画期的なアイデアが中間管理職達によって潰される可能性が低くなる。その結果、大企業の抱えるジレンマに取り憑かれることなく、自由にその時代に最適な仕組みを作ることが出来るようになるのではないだろうか。 そしてここサンフランシスコやシリコンバレーはそんな治外法権を与えられた部門の集まりである。例えばAmazonの本社はシアトルであるが、Amazon Lab126 と呼ばれるラボはベイエリアにある。これは本社と組織的にも距離的にも離すことで、比較的自由な裁量権を与えることが狙いだろう。 現在は自動車や家電製品のメーカー企業に特に多いように見受けられるが、このような流れはこれからファッション企業にも生まれてくるかもしれない。21世紀や22世紀は様々な産業で既存の当たり前が壊される時代である。もちろんファッション業界も例外ではなく、また店舗の再定義はその当たり前の一部でしかない。

【 3. ラグジュアリーの再定義 - シェアリングエコノミーブーム後の世界 】

現代はシェアリングエコノミー全盛期

世界中でシェアリングエコノミーが業界を席巻している。シェアリングエコノミーとは、基本的には供給者と需要者を結びつけるプラットフォーム提供のサービスのことである。代表的な例はAirbnbとUberだ。Airbnbは空いている部屋を旅行者に貸し出すというサービスを始め、その領域は今や旅行先での体験全体まで広がっている。Uberも同様だ。その領域はタクシー業だけに留まらず、公共交通機関全体に及んでいる。 いかに時代に受け入れられているかは時価総額を見れば明瞭だ。Uberに対しては680億ドル(約7兆円)Airbnbに対しては310億ドル (約3兆5000億円) もの値段が付けられている。日本企業全体を見ても、時価総額が7兆円を超えている会社は両手で数えられる程度しかない。 uber and airbnb このシェアリングエコノミーは空いている部屋や座席だけに留まらず、所有物のレンタルという新しい潮流をも生み出している。今やサンフランシスコでは定番となったGetaroundは所有している車を他人に貸し出せるサービスであり、Armaiumではスタイリストがその人に向けて選んだ洋服やバッグをレンタル出来る。とてもじゃないが購入出来ない憧れの高級車やブランド品も、レンタルであれば気軽に使用することが出来る。この流れは業界を問わずあらゆる分野で加速することになるだろう。

シェアリングエコノミーが浸透し切った後の世界

では、いったいこのようなシェアリングエコノミーが世の中へ浸透し切った後の世界はどのようなものなのだろうか。1つ言えることは何もかもシェア出来る時代においては「所有する」ということに対しての価値は今よりも薄れるということである。以前のような高級車・高級ブランドバッグ=ステータスという概念は消え去るどころか、「お金の使い方が微妙」とさえ思われる可能性さえもある。 更にそのような時代において、ラグジュアリーという言葉の定義が見直されることになるだろう。何でもシェア出来る時代において、シェア出来るもののブランド価値は薄れていくだろう。ブランド構築において希少性には大きな役割を果たす。シェアが当たり前になれば、その希少性はおのずと下がり、その結果ブランド価値が薄れるという訳だ。 では一体どのようなものがラグジュアリーと呼ばれるものになるのだろうか。それは「シェア出来ないもの」である。では「シェア出来ないもの」とは一体なにか。その人の為だけに作られた製品、はその象徴的な例だろう。

ラグジュアリー = シェア出来ないもの

zozosuit そんな「シェア出来ないもの」の販売に挑戦している例がスタートトゥデイのプライベートブランドである「ゾゾ(ZOZO)」である。大きな話題となった採寸用のボディスーツである「ゾゾスーツ(ZOZOSUIT)」は、着用者の身体の詳細な採寸データを数値化することが出来る。これにより従来のS・M・Lのサイズ展開ではなし得なかった、その人だけの為の洋服を作り上げることが出来るのである。現在はTシャツとデニムだけの展開であるが、その数はどんどん増えていくことになるだろう。 今までラグジュアリーの意味してきたものとは、素材や機能、デザイン性に優れた商品であった。高級車や高級ブランドバッグ等がその例である。しかし、これからは「シェア出来るものはシェアする」時代である。ミレニアル世代やジェネレーションZ世代の「所有しない”贅沢”」という価値感も合わさり、所有することに対する価値はどんどん薄れていくだろう。そんな時代においてのラグジュアリーとは、「決して他人にシェア出来ないもの」になる。まさに、ラグジュアリーの再定義が起ころうとしているのだ。 今回の記事では「ウェアラブルデバイス」・「実店舗」・「ラグジュアリー」という3つの言葉の再定義に注目した。後半では、労働搾取や大量廃棄といった長らく抱えているものから、プラットフォーマーとの協業という近年に急速に重要性が高まってきたものまで、ファッション業界が抱えている問題について注目したい。 参考記事 ・Cognitive Marchesa dress lights up the nightJACQUARD AND LEVI’S. A PERFECT FIT.Uber’s latest valuation: $72 billionCompany value and equity funding of Airbnb from 2014 to 2017 (in billion U.S. dollars)ZOZOSUIT