シリコンバレー的マインドセットの裏にはアジア的思想が隠されていた

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私は現在サンフランシスコのダウンタウンに近いテックハウスに住んでいる。テックハウスとは、その名から想像できるかもしれないが、プログラマーなどのエンジニアが10人ほどで共同生活を送っているシェアハウスである。 全く異なる国籍やバックグラウンドを持つ人たちが、日中はそれぞれ全く異なる企業で働き、帰宅するとみんなで談笑したり、時には激しい議論をすることもある。そして、驚くことにお互いの会社のプロジェクトや開発について議論し始めるのだ。お互いの会社のプログラムコードを見せあい、知識をシェアしあうのだ。 実はこれは決して私の住む家の中でのみ起こっていることではない。

エンジニア達が会社の枠を超えて繋がる文化

エンジニアに向けたミートアップに足を運ぶと、様々な企業で様々な開発を行なっている人たちが自社のラップトップを広げてお互いの開発について語り合い、議論をしている。時には、参加している企業の採用担当者に会社でのプロジェクトで自分を売り込んでいる人さえいる。 会社のパソコンは会社内でのみ使用し、持ち出すことを禁止していることも多い日本ではとても考えられないことだろうが、これはサンフランシスコで当然のように行われていることだ。 そこには、会社や利益などの概念を超えた、協力し、知識をシェアすることでより良いものを作りたいという、共通した概念があるように思われる。そして私はここにアジア的なマインドセットがあると考える。

アジア的マインドセットとは

そもそもアジア的なマインドセットとはどういったものだろうか。 私の感じた「アジア的マインドセット」とは、組織や個人を超えて、お互いの知識や技術をシェアし、より良いものを作ろうとする価値観だ。 枠組みを越えて協力し、シェアするような人々の姿やマインドは、アジア、特に長屋や隣組制度に代表されるような、日本文化に共通するところがあるように思う。もったいないとモノを大切にし、他者と助け合い、シェアする昔ながらの日本人に根付いた感覚と非常に似ているからだ。 私のルームメイトの1人に、家でハッカソンをよくしている理由を訊ねてみた。すると、シェアすることでより良いものを、より簡単に、より楽しく作れるのに何故しないのかと逆に質問されてしまった。 彼らにとってそのマインドセットは、組織のプロフィットなどよりもっと人間の本質的な考えや情熱、モチベーションでできているようだ。 繰り返すようではあるが、こう言ったマインドセットは、個人主義に象徴されるアメリカや西欧諸国より、アジアで古くから大切に受け継がれてきたはずだ。 アジアであるはずの日本よりも、西洋を代表するアメリカのサンフランシスコで、アジア的なマインドセットに基づいた動きや考えがあるというのは、少し皮肉めいた話である。

アジア的マインドセットのメリット

このような考え方は、今までになかった価値を生む可能性を存分に秘めていると考える。 なぜこのような考え方が価値を生むのだろうか。1つには、開発のスピードをあげることで、組織などの枠組みを超えた、社会全体のより早い発展や進歩を促すことができるためだろう。また、共により大きい優れた市場を作り上げることもだって可能だ。この考え方は、Githubが考える哲学にも共通している。

オープンイノベーションは日常茶飯事

日本でも度々、業務提携や事業提携といった動きは見られるが、もっとフランクで気軽でスピーディーな、このような動きはそれらよりはるかに可能性を秘めている。その上、同じ市場や分野内での提携という話に限ってではなく、他業種とのコラボも現場のスタッフレベルからスタートし、企業規模でのオープンイノベーションに繋がるきっかけになっている。むしろ、これが出来ていれば、わざわざ"オープンイノベーションプログラム"などを組む必要もないのだ。

事例: Microsoftを変革に導いたアジア的マインドセット

ここでアジア的マインドセットを活用した好例としてMicrosoftをあげたい。 2014年にMicrosoftのCEOに就任した、サティア・ナデラをご存知だろうか。サティア・ナデラは、インド出身のMicrosoft社で初のサラリーマン社長になった人物だ。 彼がCEOに就任した時、Microsoftの業績はかなり落ち込んでいた。世間や投資家の中では、「Microsoftは死んだ」とまで言われていた程だった。しかし、2018年4月時点でMicrosoftは世界の時価総額ランキングでAppleとAmazonに継ぐ、第3位に上っている。 こちらでは、最近のMicrosoftはApple, Amazonに並ぶ「イケてる」会社の一つとして捉えられ始めている。絶頂期にはダサダサなイメージと、既得権益ガチガチのイメージだった会社がである。実は、MicrosoftのこのV字復活の背景には、サティアナデラが行なったMicrosoft改革にある。 microsoft-charts 下記で紹介する、彼の行う企業戦略にはアジア的マインドセットがよく表れていると感じる。

1. Amazonとの大規模提携

Microsoftは昨年の8月にAmazonが開発する音声Alexaとの連携を発表した。具体的には、それぞれが所有するAI (cortanaとAlexa) 連携させるというものだ。 これはスマートスピーカーという形で日常に浸透しているデバイスをもつAmazonと、逆にデバイスは持たないがoffice365の大量のデータや、bingのサーチエンジンなどを保有するMicrosoftのcortanaの連携となる。 ライバルとも言える企業どうしが、互いの強みをシェアすることでさらなるサービスや技術の向上を目指す、その姿勢には、和の精神を重んじる、「アジア的なマインドセット」が表れていると思う。 もちろん、このような発表は度々ニュースに上がる提携の話の1つではあるが、今回の大規模な提携はとても世間を驚かせた。先日両社はデモを公開し、Amazonの販売するスマートスピーカー (Amazon echo) で交互に呼び出される、cortanaとAlexaの様子を見ることができた。

2. Linuxへの早い対応

またMicrosoftの提供するクラウドサービスAzureは、競合であるGoogle Cloud PlatformやAWSにかなり遅れをとってスタートした。にも関わらず、四半期決算で前期比の約90%と非常に高い成長率となっている。 その理由の1つが、自社の持つOSのWindowsだけではなく、その競合であるはずのLinuxユーザーへの対応を急いだことがある。実際に、Azureユーザーの40%以上 (2017年時点) がLinuxで占められている。 Amazonの例でもそうだったが、Windowsを保有するMicrosoftにとって、Linuxはより直接的な競合であることは間違いない。しかし、そのLinuxとただ競合としてではなく、ビジネスパートナーとして関わることができたのは、組織の枠にとらわれない「アジア的マインドセット」があったのではないだろうか。

3. ライバルと協力するマインド

彼が行った戦略の根底にあるのは、まさに私の感じている「アジア的マインドセット」の実践だ。 最近のMicrosoftのサービスは、その他にも拡張機能や互換性が非常に多く見られ、支持される理由の1つになっている。十数年前では考えられない状態である。 極め付けには、サティア・ナデラはAmazonのCEOであるジョフ・ベソスと共に、AppleやGoogleとの連携も申し入れがあれば、喜んで受けたいとまで発表しているほどだ。競合であるはずの企業(やサービス)と技術をシェアするマインドにより、互いの企業のサービス、それどころか社会そのものをより良いものを生む可能性を感じる。 これは今まで日本企業を含む、多くの企業が行なってきた既得権益を守ることを最優先するビジネス戦略とは大きく異なる。 このような「アジア的なマインドセット」に基づいた戦略よって、Microsoftは劇的な復活を遂げたのではないだろうか。

最後に

もちろん全ての会社で、前述したことが起こっているわけではない。特に最先端をいく企業は、そのサービスや製品の情報や発表が市場に及ぼす影響が非常に大きく、情報に関してはかなり厳しく管理されている。 しかしその最先端テクノロジーなどにより、ずっとスピード感の増している企業を取り巻く環境を生き抜くために、こういったアジア的なマインドセットは欠かせないものの1つになっていることは間違いないと思われる。 そして、これからさらにこのようなマインドセットに基づいた動きは多く見られるようになるだろう。競合他社との協力を進める企業がこれからますます現れれば、全てを自社内で補おうとしている企業に、勝ち目は次第となくなってくるかもしれない。 このような考え方は、これからの時代を企業が生き抜くために大変重要なマインドセットになっていくだろう。そして、そのマインドの広がりは、自社の利益だけを追求するのではなく、競合と協力してまで、心から社会を良くしようとする企業の方が評価されるようになる、もうワンランク上の資本主義社会さえも、もたらすかもしれない。 関連記事: 日本がシリコンバレーに100倍の差を付けられている1つの事

企業幹部によるシリコンバレー流組織変革方法

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最近オープンイノベーションがブームのように言われている。スタートアップへの投資やアクセラレータプログラムの立ち上げを通してスタートアップを支援することで、大企業が自社の次のビジネス機会を窺っていく動きが益々活発化している。 一方でスタートアップとコラボレーションを図って一時的に新しい試みができたとしても、自社のマネジメントや組織自体が旧来のままでは継続的なイノベーションは望めない。 以前下記の記事で「ビジネスにおけるデザイン活用の5つの価値」について紹介したが、最終的には「組織のイノベーション能力の向上」なくしては本当の意味でのイノベーションを生み出していくことはできない。 関連記事:なぜ経営にデザインが必要なのか?【DFI 2017より】 btraxではサンフランシスコでサービスアイディアの創出・開発を行うInnovation Boosterというプログラムの提供を通して、クライアント企業の組織変革の支援を行っている。 今回はこれまでのクライアントとのプロジェクトの経験を踏まえて、改めて組織変革を実現するための方法について提言したい。

ステップ1. Startupのファウンダーになったつもりで考える

大企業にありがちな「前例主義」を捨てて、社員全員がシリコンバレーのStartupの一員として活動することができたらどれだけ組織が変わるだろうか。 弊社のプログラムでは一定期間サンフランシスコに滞在することでサンフランシスコ・シリコンバレーのStartupのファウンダーのマインドセットを早期に身に付けることを推奨している。 実際にStartupから話を聞いたり、実際にリリースされているサービスを観察したりしながら、なぜそのようなサービスを思いついたのか、どのようにサービスアイディアを形にしていくのか、なぜその方法でリリースしたのかなどのInsightを得ていく。 Indie Bio Demo Day先日日本の大手企業のクライアントとSFで開催されたBiotech系のアクセラレーターIndieBioのDemoDayに参加した時の様子。プログラムに参加している14のStartupのピッチを通じて、BiotechのStartupがどのように要素技術をサービスアイディアに転換しサービスをリリースしようとしているのかについて様々な示唆が得られた。

もしもあなたがシリコンバレーのStartupのファウンダーだったら?

シリコンバレー現地に来て学ぶことが一番の近道だが、ここでもう一つ発想を鍛える方法を紹介したい。 それはbtraxCEOのBrandonが対談させて頂いたこともある大前研一氏が提唱する、RTOCSという0から1を生み出す発想法である。RTOCSとは「Real Time Online Case Study」の略だ。これは他人の立場に立って考える発想法で、「もしあなたが〇〇だったら」と考えることでその人が置かれている立場や状況においてどのような戦略や戦術でアプローチしていくのが最適なのかを考えていく方法である。 参考:「0から1」の発想術、大前研一 大前研一氏が学長を務めている大学院では毎週1回ある会社の社長やCEOをテーマにとり上げ、その人の立場に「成り代わって」考える授業を行っているが、ここではそれをさらに発展させてシリコンバレーのStartupのファウンダーの立場に立って考えてみることをお勧めしたい。 ご存知の通りシリコンバレーはStartupが集積している場所で、それだけ競争が激しく市場環境も日々目まぐるしく変わっている。日本よりも競争が激しいそのような環境の中でサービスを差別化して、ユーザからどのように認知や信頼を集めスケールアップしていくのかを考えていくだけでもかなりの訓練になる。それを実際に現地で一定期間生活をしながら行うことで、かなりリアリティのある発想を得ることができる。

ステップ2. 企業変革のプロセスを部分的に実践してみる

Startupのファウンダーのように考えることの価値を理解できたとしても、それを会社に説得し理解させていくのはとても難しい。我々のクライアントである大企業の幹部クラスの方々も社内にその価値を浸透させてイノベーション組織への変革を推進していくのに日々苦労されている。 組織変革を推進するための方法としてここでご紹介したいのは、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授であるジョン・P・コッターの「企業変革の8段階のプロセス」である。

大規模な変革を推進するための8段階のプロセス

  1. 危機意識を高める
  2. 変革推進のための連帯チームを築く
  3. ビジョンと戦略を生み出す
  4. 変革のためのビジョンを周知徹底する
  5. 従業員の自発を促す
  6. 短期的な成果を実現する
  7. 成果を活かして、さらなる変革を推進する
  8. 新しい方法を企業文化に定着させる
参考:企業変革力、ジョン・P・コッター コッターによれば、変革を成功させるためにはまずは会社全体の危機意識を高めていき、ある程度危機意識が浸透したタイミングで今度は変革を推進するチームを編成する。その後ビジョン・戦略を検討し社内に周知徹底した上で、変革ビジョンを妨害する障害を取り除きながら他の社員からの新しいアイディアや行動を促進し、まずは短期的な成果を幾つか実現していく。 そして、更にビジョンに合致したシステム・制度へと変革をしながら最終的に企業文化のレベルにまで高めていくことが、効果的なプロセスなのだという。 このプロセスを順番通りすべて実践しようとすると長期的で大がかりなものになるが、組織を早く変えたいのであればまずは部分的に実践し始めてみるのがお勧めだ。そこで、これらを部分的に実践するうえで筆者が効果的だと考える行動を3つ紹介したい。

シリコンバレーの最新情報を社内に発信していく

まずはじめに社内の危機意識を高めておくことが重要になるが、手っ取り早い方法としてシリコンバレーエリアの最新のイノベーション情報を継続的にウォッチして社内に共有していく方法が挙げられる。 btraxのクライアントで、自分の業務範囲とは関係なく、自主的に毎週新しいイノベーションの情報をピックアップして社内の主要メンバーにニュースレター配信されている方がいらっしゃる。freshtraxのBlog記事にも目を通して頂いているようだが、シリコンバレーで自社の脅威になりそうな情報や競合の動きなどをチェックして社内に情報発信していくというのは一つの危機醸成方法となり得る。 普段社内のプロジェクトなどで忙しくしているとなかなか外部の情報に触れる機会も少なくなり新しいことにチャレンジする意欲も減退しがちだが、このような役割を果たしてくれる人が社内にいることで自然と外の最新情報にも触れることができ、徐々に自社はこのままで良いのかという焦りに繋がる効果が期待できる。

定期的に人を送り込む仕組みを構築する

変革を成功させる8つのプロセスのなかで特に重要なのは、6の短期的な成果を積み上げて社内にアピールしていくことだ。ある大手企業はまずbtraxのInnovation Boosterプログラムに参加し、実際にシリコンバレーでマインドセットを身に付けたメンバーが社内で実績を見せることで、その後会社の研修制度の一つとして定着している。 このクライアントの場合は年に2回4~5人のチームを組んで約8週間サンフランシスコに滞在しサービスアイディアの創出・ブラッシュアップに取り組んでいる。 すでに多くの卒業生を輩出しそのメンバー同士で自発的に社内でイノベーションチームを組織化しており、まさに2の変革推進チームのような形で社内のイノベーション企業文化の醸成に努めている。上のプロセスとは順番が前後しているが、短期的な成果がチームを生み出し、またそのチームによって別の成果が期待されるという、好循環を実現した例だ。 AlumniクライアントのInnovation BoosterプログラムのAlumni会の集まり。次回プログラム参加者に対してOB自ら経験をシェアしStartupのマインドセットを引き継いでおり、社内のイノベーション意識醸成に一役を買っている。

実際にシリコンバレーでサービスをリリースしてしまう

ある程度現地での活動の足がかりを作った上で次に狙うべきことは、実際にシリコンバレーでサービスをリリースしてトラクションを作っていくことだ。 ただ現地に行ってマインドセットを身につけるだけではなく、実際にまずはβバージョンレベルでもリリースして現地のユーザから直接フィードバックをもらってブラッシュアップを続けていくことは社内の他の部門メンバーの意識を変えていく上でもインパクトが大きい。 ここ数年シリコンバレーエリアを中心にR&D拠点を設置して現地でのサービスリリースに真剣に取り組む日本企業も増えてきているが、旗振り役として社内で先陣を切ってチャレンジしていく姿勢を見せることで社内全体の活性化に繋げようという狙いが大きいように思われる。 btraxでもそのような現地拠点と一緒にサービス開発を行う事例も増えてきているが、今後よりデザイン機能を強化し、クライアントのデザインスタジオとして実際に現地でサービスをデザイン・リリースしてグロースハックまで支援していけるようサービスを拡充していく予定なのでご期待頂きたい。

イノベーション組織への変革に近道はない

コッターも組織変革を成功に導くのは時間のかかる非常に複雑なプロセスと述べているが、企業文化のレベルにまで高めていくのは相当根気がいる作業である。 これまで様々なクライアントと仕事をさせて頂く機会があったが、イノベーション組織作りに本気で取り組んでいる志のある幹部社員の方がリーダーシップを発揮して日々会社を変えようとチャレンジされている様子を垣間見てきた。 これからもbtaxとしてはそのような社員の方々を支援し、パートナーとして一緒になってイノベーション組織変革に挑戦していきたいと考えている。

世界を目指す経営者が今すぐ身につけるべき4つのマインド

executive mindset
企業人として過ごして35年以上。この間、様々な経験をしてきた。某IT系一部上場企業でのシステムエンジニアや商品企画開発、某精密機器メーカーの米国現地法人の経営、複数の米国企業の日本法人の立ち上げと経営など、その多くが企業経営である。 大手企業の経営者であった亡き父は、私が大学生の時に、「事業経営にとって大事なのは人と人の繋がりとネットワーク形成。だから友人はできるだけ多く作ること。これからはグローバルな友人も多く作ることがキーやな。」と事あるごとに言っていた。40年前の話である。 そんなことから米国の大学院に進んでみようと思ったのも事実である。そのようなわけで、これまで日本・海外で様々な企業のすばらしい経営者や経営層の皆さんと仕事をする機会があり、またここ数年は年齢的には後輩でもすばらしい経営者の皆さんと交流する機会も多くなってきた。また最近ではサンフランシスコ・シリコンバレー周辺の最先端の企業の経営者を知る機会も増えた。 成功している経営者は年齢を問わず、経営に対して一貫した考え方や信念を持っていることもわかってきた。つまり明確な経営マインドである。経営者が体現し発信する経営マインドは自然に社員に浸透していく。この記事ではそんな私の視点から、これからの企業経営にはどのような経営マインドが必要なのかを考えてみたい。

1.「I am on the earth」マインド

目指すは世界、そして地球!

戦後の経済成長期が終わり、日本がグローバル展開を視野に入れた1980年から1990年代前半の経営者は、「まずは日本で成功」→「いよいよ海外展開へ」という考え方で良かったのかもしれないが、2000年代に入ってから重要になってきたのは、「ビジネスは最初からグローバルを視野に」ということである。 そして現在、少し大袈裟かも知れないが、物事を世界規模から地球規模で考えるマインドを持つことが必要だ。私はこれを「I am on the earth」マインドと言っている。ちなみにこれは私の造語であるため英語的な正しさは一旦無視していただきたい。 時差をなくしたインターネットの普及は、日本に居ながらにして世界同時リアルタイムでのビジネス展開を可能にしたのだ。その後現在に至るまでインターネットは世界の隅々まで普及を続けている。地球の裏側の相手に瞬時にメッセージを送ることもできるし、お互いに時間を合わせれば顔を見ながらのオンライン会議だってできる環境である。 この環境を理解している経営者の皆さんと話をしていると「海外出張なんて本当に必要なときにしか行きません。おかげで時間の無駄が極端に減りました。」なんて声もよく聞くようになった。もちろん、成功している経営者や経営層に多い気がする。かく言う私自身もその昔は「今年は8回も海外出張しました、まったく忙しくて仕方がありません。」なんて言っていたこともあるので恥ずかしい限りである。 決して海外出張に意味がないと言っているのではない。F2F(Face to Face)は重要なときもある。要は出張をしなくても経営者にとって最も重要な仕事「Decision Making」を効率よくできる環境が既に整っているというメリットを活用すべきだ。 どんな業種であれ経営者は「I am in Japan」ではなく 「I am on the earth」マインドを持つことが重要だ。「I am in Japan」を捨てないと世界の流れに追いつけなくなる。 ここ数年、新興国地域の経営者の皆さんと話していると、「I am on the earth」マインドを持った方々が多い。そして社員個々にそのマインドを伝えている。 グローバルでの追いつき追い越せには大切な経営マインドである。 「I am on the earth」マインドを持たないとグローバル経営は難しくなる環境になっているし、社員個々が同じマインドを持つことは重要である。

2.「Bad things first, good things later」マインド

必要なのは健全でスピーディーな経営

所属していた米国企業の日本法人代表として、米国本社の戦略会議に出席したとき、会議の始まりにCEOが一言。 「各グループのリーダー、各国支社のリーダーの皆さん、それぞれ最も報告したくない問題点から始めてください、ここにいる全員でそれぞれの問題点をなるべく早く解決できるように議論しましょう」問題を後回しにしないということが鮮明な会議であった。 その場では問題をどう解決してどのように進めていくかの指針が議論される。それまでは、聞かれなきゃ黙ってるという傾向の会議の経験が多くあった私には、目が覚めるように新鮮であった。もちろんその後、参加者からは契約達成やプロジェクト達成の報告など嬉しい報告も報告される。問題点を共有し合ったあとの達成報告では参加者全員からの賞賛もあり、四半期ごとの会議が楽しみになった。 関連記事:海外から見た日本式ミーティングの謎 ビジネスはダイナミックに動くので、上手く行くこと(good things)も上手く行かないこと(bad things)もたくさんある。仕事を遂行する上で社員が抱えている問題を経営者が早く察知すれば、修正する時間や解決する方法も早く見つかる。私はこのマインドを「Bad things first, good things later」マインドと名付けて、その後様々な経営の場面でこのマインドを心がけてきた。経営者や経営層がこのマインドを持つことで、社員全員へも浸透していくこともわかってきた。 これは、問題を後回しにした結果発覚したときにはその問題が大きくなりすぎてもはや解決策さえも見えてこないという場面を最大限回避する方法だ。経営者や経営層が率先してこのマインドをもつことで、チームやプロジェクトごとの会議でもそれぞれのメンバーに「Bad things first, good things later」マインドが生まれてくる。 健全でスピーディーな経営をすることは経営者の使命である。そして日々様々な問題が起こるのがビジネスである。問題を一刻も早く察知して、解決策を社員全員が最も早い方法で解決していく企業体質にするためには効果のあるマインドだ。 「そんなことは日頃から心がけています」と思われる読者もいると思う。言われてみれば当たり前のことだからだ。しかしながら、経営者や経営層と話していると、このマインドを社員全員へ浸透させて実践している企業はそんなに多くないように思う。社員全員がこのマインドを持つことが重要だ。そのためには経営者や経営層が率先して実践していくことが重要だ。

3.「Knowledge Sharing」マインド

優秀な社員をつくるヒントはナレッジの共有にあり

もともと理科系出身の私は、経営に携わるようになってから様々な分野の勉強をしたり、その分野の書籍を読み漁ったりした。 経営、経済、人事、経理など少しでも経営の知識になればと思って勉強した分野もあれば、新しいビジネスを考えるには新しい技術を知ることが大切だと思って最新の技術書や工学書、医学書まで手を出したこともある。世の中の動きに追いつけなくなると思いベストセラー本と言われる書籍のほとんどにも目を通していると言っても過言ではない。 しかしながら、私の頭のメモリーは容量が小さくて貧弱なのだろうか、あるいは読書の仕方を間違ったのだろうか、読破した数多の本の内容の詳細はほとんど覚えていない。「広く浅い知識」という意味ではそれなりに意味はあったのかも知れないが、「広く深い知識」を目指して様々な分野の書籍を読み漁ってきた私としては反省しきりなのである。 振り返ってみると、その分野の専門家に直接聞いた話は鮮明に覚えている。成功している経営者に聞いた「経営のコツ」。公認会計士に聞いた「貸借対照表から読み取る会社の経営状況」。半導体の専門家に聞いた「量子コンピュータ」の話。遺伝子工学の専門家に聞いた「ゲノム編集」の話。枚挙にいとまがない。直接聞く話というのは鮮明に頭に入り、覚えている。 自分が何を考えているのかを専門家に伝えてフィードバックをもらうことも出来るし、経営の様々な場面で聞いたことを応用できるのだ。これまでの経験から、成功している経営者はその道の専門家に話を聞く機会を多く作っているのも事実である。 企業経営の現場を考えてみよう。経営者自身がどのようなテーマに興味を持って勉強しており、社員がどのようなテーマに興味を持って勉強していてどのようなテーマの専門知識を持っているかを、社内で共有できるような仕組みはとても重要だ。経営者や経営層に持ってほしいのは、社内での「Knowledge Sharing」マインドだ。経営者主催の定期的なワークショップで社員同士の専門分野の情報交換会、得意分野の発表会、専門の外部講師を招いての社内セミナー、など方法は多くある。 社内での「Knowledge Sharing」は、社員個々の様々な分野での知識吸収意欲が高まる。幅広い知識を持った優秀な社員を増やす試みとして多くの企業が取り入れている。社員が「この会社に所属していて本当に勉強になる」と思う企業体質を作るのには、経営者自身が「Knowledge Sharing」マインドを持つことが重要だ。優秀な社員ほど常に新しい知識を蓄積している。 経営者も社員に負けないように、常に新しいテーマ勉強して社員と情報交換することはとても大切である。 internal workshop 弊社ではCEOをはじめ社員全員が定期的に社内ワークショップを開催している

4.「Open Communication」マインド

経営者のマインドが作り出す風通しのよい環境

上記で述べてきた3つのマインドは経営者自身が心がけることも重要だが、社員個々に浸透させることも重要だ。経営者の持つ経営マインドを社員個々に浸透させるためにはオープンな社内コミュニケーションが重要だ。経営者が持つべき4つ目の経営マインドとして薦めるのは「Open Communication」マインドだ。 成功している企業の社員と話していると、「うちの社長は話をよく聞いてくれるんですよ」、あるいは「うちの会社はすごく風通しが良くって、上層部への生意気なアドバイスにも耳を傾けてくれるんですよ」なんてことをよく聞いた。こんなことを言う社員は目が輝いている。 また、つい最近のことであるが、成功している企業の経営者と、「うちにデジタルマーケティングのことなら何でも知っている社員がいてね、話を聞いてると本当に勉強になるんだ」、「先日、うちの社員に量子コンピュータの手ほどきを受けてね、なんだったら説明してあげようか」って会話をした。すごく嬉しそうな顔である。風通しの良い社内コミュニケーションができている企業だと思った。このような会社は、経営者だけでなく社員個々まで「Open Communication」マインドが浸透しているのだ。 経営者と社員個々のコミュニケーションや社員同士のコミュニケーションが効果的に行われる企業体質は、スムースなビジネス遂行を可能にするのではないだろうか。先日、シリコンバレーのユニコーン企業QuoraのCEOにインタビューする機会があった。「あなたが最も心がけていることはなんですか?」という質問に対して素早く返ってきたのは、「一緒に仕事をしてくれる社員の現場へ行って話を聞くこと」であった。現在も素晴らしい成長を続けている企業である。 日本でも過去には「社長室のドアはいつも開けておきますので、相談したいことがあればいつでも来てください」的な仕組みを試みた企業も多くあったが、期待するほどの効果があったとは聞いていない。社員から社長室のドアをたたくのは勇気が必要だからである。 昨今は社内にオープンなワーキングプレイスを設置したり、外部の方々も気軽に使えるカフェテリアを設置する企業も増えてきた。とても良いことだと思う。社内外を問わずに様々な仕事をしている人たちがコミュニケーションを取れる仕事環境は大変重要である。経営者自ら社員が仕事をしている現場に行って、仕事上の問題や状況を直接聞きアドバイスする。 経営者や経営層に行って欲しいのは、そのようなオープンな場へどんどん出て行き、率先して社員とオープンなコミュニケーションを取ることである。経営者自ら「Open communication」マインドを実践し、かつ示していくことが大切だ。 経営者や経営層と気軽に話せる場は仕事を楽しくし、かつ仕事効率を高めるのにも効果がある。経営者から直接聞く感謝や激励の一言、仕事のフィードバックなどはとても効果がある。

まとめ

以上、この記事では、私の経験と視点から、これからの経営者や経営層が持つべき経営マインドを考えてみた。上記の4つの経営マインドは、米国や欧州では主流の考え方である。実践している経営者の多くは社員に好かれるそして慕われる方々が多い。また企業そのものも、顧客にも好かれるし慕われる企業でもある。 上記の4つのマインドは正解ではないかも知れないが、国内外の多くの経営者や経営層の方々を見てきた私の経験値をもとにした示唆である。経営者は常に経営判断とその業績に追いかけられる大変な仕事をしている。激務の間隙を縫って、上記の4つのマインドを参考にして経営に取り入れてみるのはどうだろうか。  サンフランシスコ・シリコンバレー近辺の企業は最新テクノロジーやイノベーションの情報ばかりが注目されがちであるが、先に挙げたユニコーン企業のように社員の能力を最大限に引き出すために重要なマインドセットとは何かについても常に最先端な試みを取り入れている。 経営者や経営者自らが経営マインドを磨く、あるいは社員に経営マインドを浸透させるためには、このような最先端の取り組みを現地で体験することも効果があるかもしれない。決して無駄な出張にはならないはずだ。 参考:

今さら聞けないリーンスタートアップの基本

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書籍『リーンスタートアップ』が出版されて、7年近くが経つ。起業家エリック・リースによる、全く新しいスタートアップ論を示したこの本は、シリコンバレーを含め全米で一大ブームを巻き起こした。起業家や経営者の方はもちろん、デザイナーやエンジニア、マーケターの方も一度は耳にしたことがあることだろう。 しかし「リーンスタートアップとはなにか」と改めて聞かれると、言葉できちんと説明することが意外と難しいことに気が付く。「MVP」「Lean Canvas」等、単語こそ知っていたとしても、それらを体系化的にに説明するのは中々出来ないのではないだろうか。 そこでこの記事では、名前は聞いたことあるけどよくわからない・本は読んだことあるけどイマイチわからなかった・はたまたリーンスタートアップなんてよくある流行語でしょ、という人々に向け、リーンスタートアップの基本について紹介したい。

【リーンスタートアップの定義】

基本の基本から理解をする為に、まずは「リーンスタートアップ」という言葉の自体の意味から始めたい。この言葉は「リーン」という形容詞と、「スタートアップ」という名詞の2つの単語によって構成されている。まずはそれぞれの意味を軽く説明したい。

そもそもスタートアップとは?

そもそもスタートアップという言葉の定義でさえ曖昧になってしまっていないだろうか?その典型的な例が、ベンチャー企業との混同である。会社の規模感等が似ているからか同じ文脈で語られがちであるが、ベンチャー企業とスタートアップは似て非なるものだ。故に「起業する=スタートアップを興す」という等式は成り立たない。 では、スタートアップとは何か。彼らは数ある会社の中でもごく一部の特殊タイプである。簡単に一文で定義すると、「新しいビジネスモデルを開発し、ごく短時間のうちに急激な成長とエクジットを狙う事で一獲千金を狙う人々の一時的な集合体」と表現出来るだろう。詳しくはこちらの記事(ベンチャー企業とスタートアップの違い)を参考にして頂きたい。 startup_venture ↑ スタートアップとベンチャー企業を利益と時間の軸で比較した図。ベンチャー企業と違い、スタートアップはビジネスモデルが確定されていない為、最初は収益の目処が立たない。IPOやバイアウト等を通じ、最終的に大きなリターンを狙う収益モデルであるといえる。

そもそもリーンとは?

それではもう1つの言葉の説明に移ろう。リーンスタートアップという言葉の1番の特徴である「リーン」である。 英英辞典でのLeanの定義は以下になっている。 Lean: thin, especially healthily so; having no superfluous fat. 日本語に訳すと、「痩せ型の」や「脂身のない」といったところだろうか。 ではこの「リーン」という言葉はビジネスの世界でどのように使われてきたのだろうか。この言葉を初めてビジネスを語る文脈で使用したのが、マサチューセッツ工科大学のJohn F. Krafcikによる論文「Triumph of the Lean Production System」である。

トヨタとリーンの関係

この論文では、トヨタが編み出した生産管理システム(トヨタ生産方式)を体系化し、「リーン生産方式」という呼び名で紹介されている。「リーンスタートアップ」の中でも触れられているが、「リーン」という言葉とトヨタには深い関係があるのだ。 トヨタ生産方式の根底に流れる思想は「ムダの徹底的排除」である。これは欧米各国にはセンセーショナルな考えとして受け入れられ、日本企業が世界の自動車業界を席巻することを予感させた。その目標は「生産性の向上」であるが、当時資本主義経済の象徴的な企業であったフォードの目指した、大量生産によるスケールメリットによるアプローチとは全く異なるものだったのだ。フォードが力を入れたのが「量」なら、トヨタは「質」にとことんこだわった。 トヨタ生産方式は2つの考え方を柱として確立されている。
  • 「ジャスト・イン・タイム」:「各工程が必要なものだけを、小ロットで流れるように停滞なく生産する」というコンセプトによって実現される「生産効率性の向上」(ツール: かんばん方式)
  • 「自働化」:「異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない」というコンセプトによってもたらされる、「問題の顕在化・見える化」(ツール:アンドン)
このトヨタ生産方式は、後にMITによってリーン生産方式という形で体系化されることになる。つまり、リーンの意味を噛み砕くと、「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」によってもたらされる「ムダの徹底的排除」であると言えるだろう。 lean_manufactory ↑MITがトヨタ生産方式を体系化した結果生まれた「リーン生産方式」。ジャストインタイムと自働化を2つの柱とし、”Heijunka”や”Kaizen”等、日本人にも馴染みのある言葉が並んでいる。

リーンスタートアップとは?

これをスタートアップに応用したのが、「リーンスタートアップ」というわけである。無理やり一文で表すとすると「新しいビジネスモデルの開発」を「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」による「ムダの徹底的排除」というアプローチで目指すマネジメント論であると説明出来るだろうか。 リーンスタートアップの記事を読んでいると、「MVP」「Lean Canvs」等いろいろな用語が飛び交う。しかしそれらはあくまで(非常に強力であるが)ツールでしかない。上記した本質をわかっていない状態では、ツールに振り回されてしまい、それを使うこと自体が目的になってしまうことが少なくない。 本質の理解が無いと、想定外のことが発生した際の意思決定が浅い思考に基づいた表面的になものになってしまいがちである。ツールやプロセスに固執し過ぎることなく、その状況において最適な意思決定を下していく為には、それらの使い方をただ知っているだけでは不十分であることは間違いない。 更に、スタートアップとは個人ではなく組織である。その為、自分がリーンだと思っていたことが相手にとっては違った、ということも起こり得る。その結果、「このプロジェクトはリーンかリーンではないか」という議論が平行線を辿ってしまうこともあるだろう。 このような状況の一番の処方箋は、ツールの使い方やプロセスの進め方のおさらいではなく、本質の理解と共有ではないだろうか。付け焼き刃にならない為にも、まずは「リーンスタートアップ」とは何かを理解することから始めることが大切である。 lean startup ↑書籍『リーンスタートアップ』の副題は「ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す」となっている。

【リーンスタートアップは◯◯◯ではない】

リーンスタートアップとはアイデアを生む手段ではない

ここでよくある誤解が「リーンスタートアップ」とは、それさえ実行すれば誰でもイノベーションが起こせるようになる魔法の杖のように思えてしまうことだ。 しかし、ここでポイントとなるのは「リーンスタートアップ」とはあくまでマネジメントの方法論であるということである。もう少し噛み砕くと、「リーンスタートアップ」とはアイデアを事業化する際のプロセスをマネジメントするものである。つまり、「リーンスタートアップ」とはアイデア自体を生み出す手段ではない。 アイデアを生み出す、いわゆる「0→1」フェーズは「デザイン思考」が得意とするフェーズだ。誤解を恐れずにわかりやすく説明するとすれば、デザイン思考等で生み出された「0→1」を「1→10→100」へと大きくしていくマネジメント方法が「リーンスタートアップ」であると言っても大きく差し支えはないだろう。 designthinking_leanstartup

リーンスタートアップとは「とにかくやってみよう」ではない

また「リーンスタートアップ」と聞くと、計画云々は置いておいて「とにかくやってみよう」論を語っているものだと捉える人もいるかもしれない。しかし既に上記した通り、リーンスタートアップとはプロセスのマネジメント論である。つまり、「無秩序に数を打てばあたるだろう」を推奨しているものでは決して無い。 確かに、従来のように戦略を立てきっちりとしたタイムラインを引くのは不可能だろう。誰が顧客なのかやどのようなプロダクトを作るのかさえも確定していないのがスタートアップである。そのようなあらゆる不確実性が大きい環境において、きっちりとしたタイムラインはもちろん戦略でさえも陳腐化してしまう可能性が高い。ある程度明確なものがあり、それをベースに戦略やタイムラインを引く大企業のプロジェクトと同じ方法では通用しないのは明らかである。 しかしだからといって、「無計画」を良しとするものでもない。スタートアップのゴールは上記した通り「新しいビジネスモデルを成功させ、その結果世界を変える」である。であれば、情熱だけに従ってプロダクトを作るのだけでは不十分であることは明らかだ。 その情熱をムダにしない為の「リーンスタートアップ」である。スタートアップのように情熱的で混沌とした組織を管理する方法を示し、自己満足で終わらない新規事業開発を行えるようにする方法論である。本文の言葉を借りれば、「マネジメントの第2世紀」なのだ。 map_compass ↑ MITメディアラボの伊藤穰一氏の言葉を借りれば、"地図を捨ててコンパスを頼りに進め"である

【リーンスタートアップの特徴】

「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」

リーンスタートアップとはアイデアを事業化させる際のマネジメント論だと述べた。ではどのようにそのプロセスを管理するのか。その答えは、「仮説構築→実験→学び→意思決定」のプロセスを回し続け、立証された仮説を積み重ねていくことにある。 仮説構築_実験_学び_意思決定 このプロセス自体は目新しいものではないだろう。リーンスタートアップだけの専売特許でもない。多くの人が聞いたことがある形で訳すといわゆるPDCAサイクルである。デザイン思考のプロセスに当てはめるとすると「Empathize → Ideation → Define → Prototype → Validate」となるだろうか。 どの思考法を使おうともこのプロセスは避けられないのには理由がある。それは、アイデアとはその時点では思いつき・もしくは仮説でしか無いからである。それらは立証されて初めて価値を持つのだ。その為、アイデアを定性・定量どちらかの形で検証できる仮説に落とし込むことが必要となる。立証された仮説を積み重ねて行くことで、曖昧なものを確かなものに変え、進むべき道を決めていくのである。 リーンスタートアップにおいてもこれ例外ではない。それどころかむしろスタートアップを興すこと以上に「曖昧なものが溢れている状態」など無いだろう。スタートアップの目的が、既存マーケットにおける新規事業開発ではなく、ゼロからビジネスモデルを作り上げることである以上、「全ては仮説」として捉えることから始めることが求められる。 このような不確実性が高い状況では、仮説を細かく分解し、検証のサイクルを小さく多く回す方がムダが少なくなるだろう。サイクルを大きく少なく回すことのリスクが高いからである。小さな仮説を積み上げていく方が、結果的に効率的なプロセスになっている場合が多い。 更に、スタートアップはその性質柄、人・金・時間といったリソースが限られていることが常である。つまり、ムダなリソース消費は死を意味すると言っても過言ではない。その為、使用したリソースを意思決定出来た決断で割り算をした、意思決定のコストパフォーマンスが非常に重要であることは感覚的にわかるだろう。 つまり、「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」のサイクルをそのコストパフォーマンスが高い状態で回し、「ムダの無い意思決定」を下し続けることが、スタートアップをリーンな状態をキープする上で必要不可欠なことであると言えるだろう。 意思決定のコストパフォーマンス

意思決定を下すまでが1サイクル

ここで大切なのが、学びで終わらず意思決定までを行うということである。定性的な情報を必要とする仮説は学びは沢山得られるが、仮説が検証出来たかどうかがわかりづらい場合が多い。それに加えて、仮に検証出来たとしても100%の確実性を得られるケースは稀である。いくら前もって数値化出来たとしても、特にグロース前のフェーズではその数値の根拠が不明瞭なことが多い為、「まぁたぶん合ってる」くらいの結果になるケースが多いように思う。 しかし上記でも述べた通り、重要なのは意思決定のコストパフォーマンスである。仮説の検証を抜きにするのは論外であるが、だからといって100%の確実性を得られるまでやり続けるのも最適だとは言えない。学びを踏まえて、ある程度不明瞭なものがあっても、意思決定を下して進んで行くことが大切である。

顧客開発モデル

ところで、そもそもスタートアップにとっての1番のムダとはいったい何なのであろうか。トヨタが注目したムダの一つは、在庫を抱えることのムダであった。しかし、それはあくまで「顧客が欲しいものが作れている」という前提があってのものである。 一方、スタートアップの場合はそれすらも確約されていない。つまり、スタートアップにとっての1番のムダとは、「顧客から必要とされないものを作ること」であると言えるだろう。そんな問題を解決すべく生まれたのが、顧客開発モデルだ。 顧客開発モデルとは、顧客と対話を重ねながらプロダクトやビジネスモデルを作りあげていくメソッドである。提唱者のSteve Blank氏はスタンフォード大学などで教鞭を取り、ハーバード・ビジネス・レビューに”Master of Innovation”の1人として紹介されている、シリコンバレーの起業家の中で知らない人は居ないと言われている人物だ。 customer_development 顧客開発モデルは、彼の著書である「The Startup Owner's Manual」の中で提唱したことをきっかけに世の中に広く知られるようになる。その名前の通り、まるで辞書のような本である。その為すべてを詳しく説明することは避けるが、内容を概括すると「多大な時間とコストをかけて作った商品が実は『全く顧客から必要とされていなかった』という悲劇を免れる為に、会社の進捗管理を顧客ベースで行うこと」を提唱していると言えるだろうか。 このモデルによると、会社とは大まかに4つのフェーズにわけることが出来る。その4つが「Cusotmer Discovery・Customer Validation ・ Customer Creation ・Company Building」である。
  • Customer Discovery: 「顧客と話をし、必要とされるかどうか」の検証を行うフェーズ
  • Customer Validation: 「実際に市場に受け入れられるのか」の検証を行うフェーズ
  • Customer Creation:「グロース」の検証を行うフェーズ
  • Company Building: 組織を構築し、生産体制を整える段階
この中で、創業間もないスタートアップが当分の目標として据えるべきなのは、前半2つのフェーズを乗り越えることである。Steve氏は次のフェーズに移行して良いかどうか判断するチェックポイントとして、Problem Solution Fit (PSF) と Product Market Fit (PMF) を提唱している。
  • Problem Solution Fit (PSF):「Customer」の抱える「Problem」が明確で、それに対する「Solution」が提供出来ている状態
  • Product Market Fit (PMF) : 「Solution」が落とし込まれた「Product」が「Market」に受け入れられている状態
スタートアップの約80%近くがPMFを達成出来ずに潰れてしまうと言われている。その為、PMFが達成出来たらそのスタートアップはある程度の成功をおさめたと言ってよいだろう。 その証拠に、Netscapeの創始者で、FacebookやeBayのボードメンバーでもあるマーク・アンドリーセン氏は悩めるスタートアップのファウンダーに対して、「The only thing that matters is getting to product/market fit.(PMFを達成することだけがスタートアップにとって大切なことだ)」とのアドバイスを送っている。

顧客開発とは顧客の御用聞きではない

ここでのポイントは、顧客開発とは顧客の御用聞きのように振る舞うことを推奨している訳ではないということである。顧客の声を聞くとは、必要だと言われたFeatureをすべて足していくことでは決してない。亡きスティーブジョブズが言ったように、「You can’t just ask customers what they want and then try to give that to them. (顧客に何が欲しいかを聞き、それを与えようとするだけではいけない)」のである。 御用聞きにならない為には、発言の深掘りをする必要がある。簡略化すると、「OOOという機能が欲しいと言ったということは、XXXという問題がありそうだ。ということは△△△というソリューションで解決出来るかもしれない。」というようになるだろうか。その発言そのものよりもそこからどういうことが読み取れるかが大切である。顧客に耳を傾けることと顧客の声を鵜呑みにするのは全く違うのだ

リーンスタートアップの特徴

上記をまとめると、リーンスタートアップの特徴とは、「仮説構築 → 実験 → 学び → 意思決定」のサイクルを「顧客」に対して回し続けることが大切だということになる。ではそれを一体どのように行えば良いのだろうか。最後にこれらを実行する上で強力なツールとなるものを2つ紹介したい。

【リーンスタートアップ実行の上でのツール】

MVP

MVP_ピラミッド リーンスタートアップの1番の特徴としてあげられることが多いのがこのMVPである。MVPとはMinimum Viable Product の略称であり、実験を実行するのに最低限必要な機能を備えた製品のことである。噛み砕いて説明すると「構築した仮説に対してそれを検証するのに必要なものだけを備えた製品」となる。まさに、冒頭で述べた「生産効率性の向上」と「問題の顕在化」によってもたらされる「ムダの徹底的排除」というリーンな状態を体現したツールだと言えるだろう。 MVP_Car By Henril Kniberg 「問題の顕在化」を実現するには、そのMVPによって届けたい価値を意識してデザインすることが必要である。例えば、車のMVPは車輪ではなくスケートボードであるべきだ。車輪は車輪だけではユーザーにとって何の価値も持たないが、移動手段となって初めて価値を持つからである。検証したい価値を実現したMVPを使って初めて問題を顕在化させることが出来るのだ。「生産効率性の向上」を意識するあまり、「問題の顕在化」を果たせなければ、MVPとしての価値は0に近い。

Dropboxの例

DropboxはMVPを上手く使ったスタートアップとしてあげられることが多い。Dropboxといえば、先日IPOを行い「1兆円上場」を達成した企業である。そんな文句無しの”成功”を勝ち取ったスタートアップは、製品開発前にどのようにMVPを利用して、仮説を検証したのだろうか。 Dropboxは立ち上げ当時、複数のデバイスやチーム間での共有や同期が行えるクラウドストレージサービスを作り上げれば、利用する人が大勢居ると仮説を立てた。 しかし、実際に利用する人が居るかどうかはまだわからない。そこで、この仮説を検証する為に彼らがMVPとしてリリースしたのが3分間のデモ動画である。その動画では、Dropboxを実際にどのように利用するのかの大まかな流れが説明されている。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=vY3OtMBCEKY[/embed] 結果を測定すると、なんと一晩で75,000人もの人がE-mailを登録した。これにより上記の仮説は立証出来たとし、アイデアにある程度の確信を持って開発に踏み切ることが出来たのだ。 dropbox_slides ↑ 2007年、Dropboxがシード期だった頃のピッチスライドの一部。10年経った今もほとんど変わっていないことがわかる。MVP以外にも、スタートアップのお手本として参考にすべきところが多い。

MVPとはデモ版・β版ではない

MVPとは製品のデザインや技術的なことを検証する為だけのプロトタイプやデモ版とは似て非なるものである。MVPとは、出来の悪いプロダクトをリリースするというものでは決して無い。 例えば、リリースされたばかりのiOSは不具合が多いというのはAppleのお決まりパターンとなってきている。「Apple 人柱」と検索すると、「人柱覚悟でアップデートしてみました」というようなブログ記事が散見される。これは何かの仮説を検証する為にこのようにあえて設計している、ということが無い限りはMVPではない。 Appleを否定する訳では決して無いが、MVPがどうかと聞かれれば答えはNoである。

MVPとは「学びの為の道具」

MVPの制作において大切なのは、仮説ありきで作られる「学びの為の道具」であるということである。APPであれ、ビデオであれ、目的仮説の検証が出来れば何でも構わない。逆に言えば、かなり作り込まれたAPPであっても、目的仮説が検証可能になるように制作されていなければ、それはMVPとしては質が高くないとも言えるだろう。

Lean Canvas

leancanvas 仮説は基本的にMVPによって検証される。では、一体どのような要素について仮説立てを行う必要があるのか。それを図式化したのがビジネスモデルキャンバスであり、スタートアップ用に修正を加えたのがリーンキャンバスである。 ここで大切なのは、スタートアップが開発しているのはプロダクトでは無くビジネスモデルであるということである。そこでリーンキャンバスではビジネスモデルを構成する要素を9つに分解してある。これによりビジネスモデル全体から俯瞰してみた時に、どこまでの検証が進んでいるのかを確認することが出来るのだ。それぞれの要素についての簡単な説明は下記である。
  1. Problem: 抱えている課題は何か。
  2. Customer Segment: どのような人がターゲットなのか。
  3. Unique Value Proposition: 競合に対してどのような独自性があるか。
  4. Solution: 課題を解決する方法は何か。
  5. Channel: 顧客に対してどのようにアプローチするのか。
  6. Revenue Streams: どのような収益モデルか。
  7. Cost Structure: どれだけのコストが発生するか。
  8. Key Metrics: このビジネスモデルを評価する上で大切になる指標は何か。
  9. Unfair Advantage: 競合に対しての参入障壁は何か。
どのような要素の仮説が立証出来ているのか、はたまたまだ仮説立ても出来ていないのかが客観的に理解出来るのに加え、共通のフォーマットで管理することでチーム内での認識合わせにもおいても役に立つだろう。 また、それぞれの要素をリスクの高さを基準にすることで、優先順位を付けられるようになる。その為、マイルストーンを決める際にも役に立つ。スタートアップ発足時に作成し、学びがある度に更新し続けるのが1つの正しい使い方だろう。

【まとめ】

「今さら聞けないリーンスタートアップの基本」と題し、その言葉の定義から特徴、ツールまで紹介した。 読む前に感じていた、名前は聞いたことあるけどよくわからない・本は読んだことあるけどイマイチわからなかった・はたまたリーンスタートアップなんてよくある流行語でしょ、という印象が、少しでも良い方向に変われば幸いである。 参考: John F. Krafcik (1988) 『Triumph of the Lean Production System』 Eric Ries (2011)『Lean Startup』 Ash Maruya  (2012)『Running Lean』 Steve Blank and Bob Dorf (2012)『The Startup Owner's Manual』 Jeff Gothelf (2013) 『Lean UX』 伊藤賢次 (2012) 「トヨタ生産方式(「TPS」)の評価に関する一考察」 トヨタ生産方式 THE PMARCA GUIDE TO STARTUPS Part 4: The only thing that matters How DropBox Started As A Minimal Viable Product

やりたいことが見つからない人にセルフ鎖国のススメ

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「自分の本当にやりたいことが見つからない」おそらく今まで相談された中で最も多い質問。相手が起業家であれば、「このビジネスモデル、グローバルで通用すると思いますか?」というのも多い。 実はこの二つの質問に共通する第一のアドバイスとしては「とことん自分と向き合うこと」 結構意外かもしれないが、何をするべきかに迷ったときは、外からの情報を遮断して自分との対話をする必要がある。あまりにも多くの情報が縦横無尽に手に入ってしまう現代においては、自分の人生にとって価値よりもノイズになるものの方が多いような気がする。 自分が本当に好きなことは何か, 自分が今やるべきことは何か、そして過度に周りの評価を気にしすぎていないかを定期的に見直す必要があるだろう。

君、明日死んでもやりますか?

以前に孫 泰蔵が起業家に最初に聞く質問は「そのビジネス、君が明日死ぬとなってもやり続けたいですか?」である。投資家が起業家にもっとも求める資質の一つが「やり切る覚悟があるか」これは、裏を返すとそこまで情熱があるかということ。世界中で同じビジネスを始めても、生き残るかどうかは情熱の強さ = 好き度の差である。

価値観も発言も誰かの使い回し

ソーシャルメディアがこれほどまでに発達した現代、主要ニュースメディアだけではなく、個々の人たちが発する情報も容易に手に入れることができるようになった。その一方で、知らず知らずのうちに周りの情報に影響されていることも多いだろう。自分が気づかないうちに、いつの間にか誰かの発言の使い回しをし、考えたビジネスモデルもどこかで聞いたことのある内容になってしまうことも少なくはない。

無意識のうちに行動も左右される

周りからの情報が手に入りやすいということは、自分からの情報発信も容易にでき、その反響も即座に得られるわけで、それが行動指針の一つの軸になってしまう危険性もある。周りからの評価が無駄に気になりすぎて、オーディエンスウケする行動を最優先してしまう。そして、周りの動きが気になりすぎて本当に自分がやりたいことが見つからないというケースも意外と少なくない。

インスタ映えを最優先した行動パターンになっていないか?

日々の行動に影響を与えるのは受け取る情報だけではない。自分の言動が周りからどのような反応を得られるかを意識し、場合によっては優先してしまうこともある。行く場所、会う人、食べる物など、インスタ映えを大切にしすぎると、世の中に注目させることが目的になってしまい、いつの間にか他人のための人生になる危険性もある。なんちゃってリア充感至上主義の弊害であろう。

日本特有のユニークさを生み出した鎖国制度

そんな現代の状況で注目したいと思っているのが、日本が17世紀中頃から約200年間行っていた鎖国制度。江戸時代に醸成された文化や風習は、現在も非常にユニークなものとして世界中から注目されている。その一番の理由が、海外 (外部) からの影響が極力少なかったこと。ある意味、日本としてもっとも自分たちらしい文化を作り上げた貴重な期間だったような気がする。

必要なのは自分と向き合う時間

この鎖国制度から学べることとしては、外侮からの情報にあまり気を取られない、周りからの評価を気にしない考え方とその環境づくり。自分自身と向き合う時間を定期的に作り、自分らしさを追求するプロセスを設けることで、ユニークなアイディアや本当にやりたいことが見つかる気がする。 外部と触れることでインスパイアされるのも非常に重要であるが、自分を知ることも同じく大切。常にインプットし続けるのは息を吸い続けるぐらいに苦しい。そして、アウトプットをする前に自分というフィルター作りをする必要がある。

周りからの批判にエネルギーを無駄にしない

メディアで叩かれる。ソーシャルでディスられる。批判的なコメントが気になる。目立つ行動をすると必ずぶつかる精神的なハードルだろう。しかし、批判する人の8割以上はコンテキストをしっかりと理解していない。残りの2割は状況が全くわかっていない。おそらくそれが現状だとおもう。そんなことに大切な自分の時間も意識も費やす必要はない。

本当の自由とは他人と比べないこと

以前読んだ本にこんなフレーズを見つけた。 「人間は生まれた時が一番自由で、育っていくうちにどんどん不自由になっていく」 人生の最終的な目標が自由になることであるとすれば、それはいったいどうゆう状態なのだろうか。おそらく好きなことをして、周りからどう思われるか気にならない。そして、他人と比べることがない状態なんだと思う。周りを気にせずに好きなことをとことん追求する能力が備われば、どんな状態にあったとしても、精神的に自由と呼べるのかもしれない。

自分のユニークさは自分でしか作れない

これはごく当たり前のことであるが、意外と見落としがちである。外への探究心は内なる自分を知ることから始める必要がある。そのためには自分自身ととことん向き合う必要がる。一週間に1日でもセルフ鎖国する期間を設けることをおすすめする。本当にやりたいことは自分の中にある。
何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことである。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わない。 And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary - Steve Jobs
 

筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.

2017年に終わりを告げたスタートアップ5社に学ぶ教訓

startupfail 2017
早いものでもう2017年を振り返る時期となった。年々スタートアップの勢いが増していく中、大手企業はスタートアップへの投資や共創、そして買収に力を注いでいる。それだけスタートアップの存在が大きいということなのかもしれない。 弊社CEO Brandon K. Hillが2017年スタートアップトレンド – ユニコーンの次はデカコーンでも述べているように、未上場で評価額が10億ドルを超えるスタートアップは”ユニコーン”、10億ドルどころか100億ドルを超える評価額を持つスタートアップは”デカコーン”と呼ばれ、大成功を収めている。 しかしここで忘れてはいけないのが、その一方で急成長を遂げたが何らかの要因によって終了したスタートアップも数多くあるということ。 今回は、資金調達に成功したのにもかかわらず残念ながら2017年に終わりを告げたスタートアップ5社と彼らから学ぶべき教訓を紹介したい。 関連記事:ベンチャー企業とスタートアップの違い

成長企業の70%が失敗に終わる

まず念頭に置いてほしいのがスタートアップの消滅率。サービスの終了に追い込まれた理由は様々だが、リサーチ会社CB Insightsは成長スタートアップの70%が失敗するというデータを公表している。たとえばB2Cのハードウェアスタートアップについてシードレベルのクラウドファンディングキャンペーンを見てみると、その97%が失敗に終わるようだ。 この事実を考えるとむしろ失敗するのは当たり前のようにも思える。Statistaによるとスタートアップが失敗する理由は20ほどあるが、最大の要因はNo market need、つまり「もうマーケットにニーズがない」(42%)となっている。 Infographic: The Top Reasons Startups Fail | Statista↑上記のグラフは、Statistaより引用 それではこの事実を踏まえ、実際に今年終了することになったスタートアップの事例を見ていこう。

1. Jawbone

サービス概要:フィットネス・トラッキング・デバイス 投資家:DST Global、SV Angel、Wells Fargo & Companyなど 資金調達額:$590.8M 1999年に創業しかつてはBluetoothスピーカーのメーカーとして人気を集め、2011年にウェアブル市場に進出して注目を集めたJawboneが2017年7月にその幕を閉じた。 最大の要因としてはウェアラブル市場規模の縮少と言っても過言ではないだろう。2013年から2014年にピークを迎えたウェアラブル系ビジネスだったが、当時話題となったGoogle Glassはそのわずか2年後の2015年に消費者向けの提供を終了し、クラウドファンディングの王者PebbleはFitbitに買収されてしまったのだ。 ウェアラブル市場が縮小してしまった原因は、フィットネスバンドの必要性を感じるユーザーがあまりにも少なかったからだ。そこに拍車をかけたのがApple Watchで、トラッキングシステムを搭載したスマートウォッチの進出によりユーザーはフィットネスバンドを買うことに疑問を抱き始めたのだ。 そしてAppleの美しいデザインも大きな魅力となりウェアラブル市場のシェアを一気に獲得した。 ちなみに、Jawbone Co-founder兼CEOのHosain Rahmanは現在新たな会社Jawbone Health Hubの立ち上げ準備をしている。サービスモデルの領域をフィットネスからヘルステックに移行し、糖尿病や高血圧の改善、不整脈の発見、そしてストレスマネージメントなどを目的としたアプリケーションを開発中。まだ確定はしていないが、2018年の上旬頃にはソフトローンチが予定されている。

2. Beepi

サービス概要:中古車マーケットプレイス・サービス 投資家:DST Global、SAIC Capital、Sherpa Capitalなど 資金調達額:$150M 2013年に創業した車の所有者と中古車の販売人を繋げるプラットフォーム、Beepiは2017年2月に終了した。Beepiの大きな特徴は、売り手と買い手の間に入ることでフェアな取引を実現したこと。これにより、中古車業者の不透明な価格提示を回避することできるため、当初は大きなマーケットになることが予測された。 倒産の要因はお金の使い方がスマートではなかったこと。当時従業員の給料が異様に高かったこと、多くの残業代が支払われていたこと、そしてミーティングルームのソファに$10,000費やすなど金遣いが荒かったことが挙げられる。最終的にBeepiは約200人の従業員をレイオフすることになった。 また、ファウンダー達の気が変わりやすく将来の方向性が見えづらかったことも要因にあるそうだ。Fair.comと中古車ディーラーDGDGによる買収の話も一時上がったが、最終的には帳消しになった。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=eMbwUEzPB7Q[/embed]

3. Yik Yak

サービス概要:匿名のソーシャルメディア・サービス 投資家:Sequoia Capital、Draper Associates、DCM Venturesなど 資金調達額:$73M Yik Yakは特定の地域内で匿名のユーザーがチャットを楽しめるソーシャルメディアアプリを展開していた会社だ。こちらも2013年の創業だったが、4月にサービスを終了した。 失敗の要因はユーザーの行動を予測しきれなかったことにある。サービスをローンチした当初はターゲットである大学生達にうけたのだが、次第に”匿名を逆手にとった”オンライン上でのイジメが多発したことから、多くの学校でYik Yakの利用が禁じられたのだ。これを機に2016年のアプリのダウンロード数が2015年同時期比で76%も落ち込み、最終的には従業員を一時解雇せざるを得ない事態となった。 また、同年にニューヨーク大学と提携したセキュリティ・リサーチャー達が、アプリ上の個人情報がハッキング可能な状態だということを突き止め、Yik YakのCTOが会社を去ることになった。

4. Sprig

サービス概要:フードデリバリー・サービス 投資家:Accel Partners、Greylock Partners、CAA Venturesなど 資金調達額:$57M 2013年に創業し、フードデリバリーサービスを展開していたSprigも今年5月にサービスを終了した。実は昨年寄稿したこちらの記事でSprigをとりあげていたこともあり、まさかの急展開にスタートアップの生き残りがいかに大変かを実感した。 サンフランシスコにはフードデリバリーサービスが数多くある中、Sprigは「クリーンでシンプルな食事を通して健康に」というミッションのもと、ユーザーの健康に対する意識を変えるために、専属シェフによって生み出されたヘルシー料理を提供していた。そして特殊なデータサイエンスを活用して、なんとオーダー後およそ30分以内に配達を開始するという仕組みも構築したのだった。 しかし、健康志向のユーザー達は配達の時間よりも食材の質にこだわりを持つことを知り、新しいメニューを開発したり、カフェを開設したりと軌道修正に取り掛かった。試行錯誤を繰り返したが、ユーザーが求める食のクオリティに到達することはできなかったようだ。 Founder兼CEOのGagan Biyaniは「ユーザーが求めるクオリティが非常に高く、その期待に応えるためのクオリティを維持しながら大量生産をするのがとても難しかった」というコメントを残している。

5. Hello

サービス概要:睡眠トラッキング・デバイス 投資家:Temasek Holdings、Horizons Ventures、Acequia Capital 資金調達額:$40.5M 2012年創業、睡眠時間をトラッキングできるデバイスを開発したHelloが2017年6月に終わりを告げた。Helloのデバイスは腕に装着するのではなく部屋に置くだけで睡眠習慣を改善できるというもの。Kickstarterで資金調達に成功した後TargetやBest Buy等リテールでも陳列されていたほど話題となった。 今年の1月には25歳のFounder兼CEOJames ProudがForbes 30 Under 30の表紙を飾り、ネット上では様々なメディアがJamesを取り上げた。少し余談にはなるが、彼は9歳の頃独学でHTMLを学び、12歳の頃にはプロ顔負けのウェブサイトを制作していたという天才少年であった。 会社の閉鎖に追い込まれた要因は明確に公表されていないが、恐らくハードウェアをビジネスにする難しさにあるのではないだろうか。睡眠習慣の改善を図るデバイスはHello以外にも数多くあり、FitbitやApple WatchなどのウェアラブルデバイスやiPhoneのiOS上にさえ搭載されはじめた。これにより睡眠改善ツールがコモディティ化し、Helloの付加価値を生み出すことができなかったと思われる。 hello ↑上記画像はKickstarterのページより引用

スタートアップ5社から学ぶ教訓とは?

教訓① ピボットで軌道修正(Jawbone)

Jawboneから学べること、それは失敗を糧にプロダクトをフィットネス・トラッキング・デバイスからヘルステック・デバイスに変えてサービスをピボットさせたこと。 例として、フードレビューサイトのYelpの原点はEメールレコメンドサービス、SNSプラットフォームのTwitterの原点はブログサイトと当初は全く違うサービスを提供していたのだ。しかし、ユーザーのニーズやマーケットの変化に合わせてピボットさせたことで現在大きな成功を遂げている。このようにマーケットに合わせた軌道修正も時には必要となる。

教訓② 未来の消費者ニーズを見据えた思考(Hello, Yik Yak)

Yik YakやHelloからはどんなことが学べるだろうか。この2社に共通すること、それは未来のユーザー行動を予測できなかったことだと思う。 Yik Yakは大学生をターゲットにした匿名ソーシャルメディアを提供し当初は話題となったが、使い方を間違えると悪用されてしまうことまで思いつかなかった。そしてHelloは睡眠習慣の改善デバイスの重要が膨らんだ時にどう差別化を図るか想定できなかった。 変化し続けるユーザー行動やマーケットを読み解くカギとなるのは未来予測(Future forcasting)だと考える。未来予測とはただ未来を予知するのではなく、未来を生きる人たちの苦痛や問題を感じとり、何が必要となるかを予測するUXを起点とした思考プロセスである。 「データから予測される変化」と「人々のコアとなる価値観」を見出し、交差する部分をプロダクトやサービスに転換させる。こうすることで現在進行形のマーケットに依存することなく、常に未来を見据えたプロダクトやサービスを生み出していけるのだ。 現に、Teslaの生みの親Elon Muskは、無人運転車が当たり前になることを予測して自動運転車を作り、Airbnbのファウンダー達は宿泊施設・民宿のシェアの次に体験のシェアをはじめている。成功している起業家達は常に未来を見据えながらユーザーのニーズを模索し、自ら未来を切り開いているのだ。

教訓③ 資金管理はスマートに(Beepi)

Beepiから学べることは資金管理の仕方そのものだろう。おそらく良い人材を雇うためにありえないような額の給料を支払っていたのだと思うが、従業員の給料や経費は本来セールス状況を把握できる人間がきちんと管理すべきである。 当たり前のように思えるが、CFO(Chief Financial Officer)などの資金調達・運用・財務・経理の分野に特化した人材をしっかり確保することが大切だ。

教訓④ ユーザー視点を忘れない(Sprig)

Sprigに学ぶこと、それはサービスやプロダクトのクオリティとユーザーが求めるニーズを合致させること。そのためには技術ファーストではなく必ず顧客ファーストで物事を考える必要がある。 Sprigはオーダー後30分以内に配達を開始するという画期的な技術を生み出したが、ユーザーが求めていたのは「時間」ではなく「料理の質」であったことを見逃していた。フォーカスインタビューやユーザーテストなどを通して顧客が求めていることを常に探り、サービスの改善をしていくことが最も重要となる。 参考: ・"10 of the most-funded startups to fail in 2017""7 startups that were massively funded that died in the first half of 2017"