キャサリン妃の装いから読み解く夏の上品ワンピース術 元バイヤーの経験を生かした着こなし

 暑い日が続く夏には、涼しげなワンピースが着たくなります。気品漂う世界の王室関係者たちも、公の場でたびたびまとっているアイテムです。ロイヤルメンバーの中でも、英国のケンブリッジ公爵夫人、ケイト・ミドルトン(Duchess of Cambridge, Kate Middleton以下、キャサリン妃)の着こなし方は特に多彩でエレガント。独身時代にファッション業界でバイヤー経験を持つだけに、プチプラからラグジュアリーまでを自在に着こしています。しかも何シーズンにもわたる着回しや、場面に応じたムードチェンジも上手です。今回は、キャサリン妃のおしゃれなノウハウから、上品なワンピース術を読み解いていきます。

 たとえば、6月に開催されたロイヤルアスコット(Royal Ascot、格式の高い英国アスコット競馬場での社交イベント)で、キャサリン妃はロンドン発「アレッサンドラ リッチ(ALESSANDRA RICH)」の総ドット柄のワンピースに身を包みました。清潔感の高い白をベースに、黒の小ぶりなドットが涼やかです。長袖で首周りが開いていないデザインなので、ロイヤルらしいたたずまいが保たれています。スカーフ風の飾り布がアシンメトリーにたなびいて優美な印象です。ウエストは共布ベルトできれいにマーク。水玉のドレスはウィリアム王子(Duke of Cambridge, Prince William,)の亡き母、ダイアナ(Diana)元妃をほうふつとさせます。王室の大事な催しに、大切な思い出をまとうかのような装いも、タイムレスなファッション表現です。

ノースリーブはコンパクトなネックラインで品格をキープ

 ポロ試合を観戦したキャサリン妃は、ロンドン・コレクションにも参加する英国ブランド「エミリア ウィックステッド(EMILIA WICKSTEAD)」の白いワンピースを着用。両腕が見えるノースリーブでも品格を保っているのは、ネックラインが詰まっているからです。

 ふくらはぎが隠れる上品なミモレ丈に、ウエストがわずかに絞られた、メリハリの利いたシルエット。縦に走る黒のパイピングがシャープさを際立たせています。凛とした爽やかムードがスポーツ観戦にぴったりです。このイベントはチャリティーだったため、自分が目立ち過ぎない控えめなスタンスを、ホワイト主体の高貴な出で立ちで静かに示しているのです。

優しげなシフォンと袖コンシャスのトレンドミックス

 ホームレス支援施設を訪れた日は、シフォン風の柔らかい素材で仕立てたワンピースをまといました。施設の人たちに寄り添うかのように優しげな雰囲気の装いが、来訪の目的とマッチしています。自分の役割や、受ける視線にしっかり配慮した服選びは参考になります。柄ワンピースでも、このような細かい抽象的なモチーフであれば、主張は控えめにとどめつつ、明るい印象に映ります。袖はふんわりと膨らんだベルスリーブで、二の腕を隠しながらも涼やか。トレンドの袖コンシャスとシアー感覚を交わらせました。

“大人チャーミング”な秘訣はシルエットにあり

 チョコレートの原料、カカオを育てている農場を訪ねたキャサリン妃がまとうのは、ニューヨークブランド「トリー バーチ(TORY BURCH)」のワンピースです。南国にふさわしい鮮やかなブルーで、現地に合わせた植物柄がナチュラルなムードです。大人かわいい印象のパフスリーブに、スクエアネックでクリーンに肌見せ。上半身にだけシャーリングを施し、ビスチェを着ているかのようなフィット感と起伏が両立しています。このようなフィット&フレアシルエットの柄ワンピースは、上品でチャーミングなムードを演出してくれるので、バケーションなどにもぴったりです。

フォーマルでデコルテ魅せ、ヘアは自然なスタイルに

 レッドカーペットと呼ばれる、著名人が集まる晴れ舞台には、キャサリン妃もしっかりドレスアップして出席しています。ロンドンで開催された、映画「トップガン マーヴェリック(Top Gun: Maverick)」のプレミア上映会でキャサリン妃が選んだのは、黒主体のオフショルダードレス。御用達のロンドンブランド「ローラン ムレ(ROLAND MOURET)」のもので、決め手はデコルテラインを横に走るホワイトのパーツです。黒ベースとのコントラストがくっきり際立ち、品格を感じさせます。

 靴は「プラダ(PRADA)」のパンプスで、手には英国ブランドを代表する「アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)」のクラッチバッグ。さらにロンドン発「ロビンソン ペラム(ROBINSON PELHAM)」のジュエリーをコーディネートし、地元ロンドンのブランドを発信するミッションもきちんとこなしています。ウィリアム王子は黒の正装で抜かりなくエスコート役を務めました。

 オフショルダーのロングドレスでも白の横線がスマートで、顔周りを明るく見せつつ、清楚な風情にあふれています。髪をあえてアップにせず、デコルテ周りをカムフラージュ。フォーマルすぎない自然体なコーディネートが参考になります。ドレスアップするときは、ヘアスタイルまで気張りすぎないほうがリラックス感あるエレガンスを表現できます。

 このように、それぞれのシーンや立場にふさわしいワンピースを的確に選ぶ目利き力がキャサリン妃流スタイリングの特徴です。王室のコード(約束事)を守りながらも、型にはまりすぎないさじ加減は、ファッション業界でキャリアを重ねた経験値の高さゆえ。素肌の見せ加減やレングス(着丈)の選び方など、私たちが着こなしの参考にできそうなテクニックがいくつも見つかりました。適度な抜け感と気品のバランスや、“大人チャーミング”な味付け、タイムレスなムードづくりなどの面でも、キャサリン妃の装いはまたとないお手本と言えるでしょう。

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【三宅一生さんから受け取ったもの vol.1】 滝沢直己/クリエイティブ・ディレクター、ファッションデザイナー

 三宅一生氏の訃報を受け、多くの人がSNSなどに追悼メッセージを上げている。そのエピソードを通じて三宅氏の功績や人柄、「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」というブランドの哲学を改めて知る人は多いだろう。この連載では特にゆかりの深い人たちに三宅氏へのメッセージをつづってもらう。初回はクリエイティブ・ディレクター、ファッションデザイナーの滝沢直己。滝沢は1982年に三宅デザイン事務所に入所し、三宅氏の後任として93年に「イッセイ ミヤケ メン」のデザイナーに就任。2000年春夏から07年春夏までは「イッセイ ミヤケ」のクリエイティブ・ディレクターも務めた。

 私は1989年に「イッセイ ミヤケ」のパリコレチームの一員となりました。

 ショーが終わると一生さんは私を他のメゾンのショーにたまに同行させてくれました。印象深いのはジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)さんのショーにご一緒した時のことでした。

 ゴルチエさんのショーは大人気でしたが、開始時間がすごく遅れることでも有名でした。ちょうど開演時間ごろに到着した我々ですが、案の定開場はまだでした。入口前にはカメラマン、ジャーナリストら世界中から集まった多くの業界人達であふれかえっています。

 一生さんと私は開場を待つ集団後方につくと、カメラマンの一人が一生さんを見つけ、「Issey !」と叫びました。すると前方にいた人達が振り返り一生さんを見つけ、近くにいた一般の人達までを巻き込む大拍手が起こりました。

 気がついたゴルチエのスタッフが一生さんに対し笑顔で手招きすると自然に群衆が割れて彼を迎える道ができました。道を作ってくれた人たちに対し丁寧にお礼し、知人に挨拶し私を紹介しながら、やっと入場口にたどり着きました。

 すると、一生さんは招待状の封筒裏にフランス語で何かささっと書き、そこにいたスタッフの一人に渡すと彼は駆け足で会場内に消えました。すると慌てて上司らしい人が走ってきて招待状を持たない私まで入場させてくれました。それを見送る人達がまた拍手。私にとっては「世界のイッセイ ミヤケ」の存在を改めて実感した瞬間でした。

 その時、封筒に一生さんは「今日は私のスタッフNAOKIを連れてきているので申し訳ないが入場させてあげてくれませんか」と書いてあったことを後で知りました。ファッション界だけに限らず世界中の多く人々から愛された一生さんを「世界のミヤケ」としたのは毎回発表し続けた革新的なコレクションだけでなく、相手を思いやり、愛情あふれる人柄もあってのことだったのだと思います。

 もちろん、時には仕事へ、また人へと厳しい態度で向かい合うシーンもありました。しかし、私は創造者とはそういう対極的な二面性があって初めて独自の美を生み出せる存在ということを27年間一緒に仕事をさせていただきながら知りました。

 デザインするときには「服作りは福作りなんだよ」と笑顔でよく言っていた三宅一生さん。多くのものを未来への資源として残してくださいました。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。

 滝沢直己

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「YSL」から新リップ登場 高発色かつスキンケア成分約40%配合の高いケア効果

 「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT 」から9月23日、新リップ“ルージュ ピュールクチュール ザ ボールド”(全7色、税込各5500円)が誕生する。ブランド独自の艶フィルム処方により、軽やかなつけ心地でありながら鮮やかな発色と艶を実現。つけたての美しいカラーが長時間持続する。

 リップトリートメント効果の高いスキンケア成分を約40%配合し、ふっくらと潤いのある唇に整える。

 また、唇の潤いと滑らかさ保つレッドポピーオイルと、エモリエント効果で潤いを高めるグレープシードオイルを配合。植物オイルのリッチな潤い感がありながらもしっかりとした発色で美しいリップラインをキープする。カラーは、肌なじみの良いヌードからブランドの真髄を表現したレッドまで7色をラインアップ。ナチュラルなヌードカラーにフェミニンさをプラスした“ブレイズン ヌード”、フレッシュなモダンレッド“ヌード アンディスクローズト”、艶が引き立つ“ウィルフルレッド”、温かみの感じるレッド“ルージュ プロボケーション”、女性らしくも力強い“リイグナイテッド アンバー”、あらゆる表情を作り出すプラムパープル“アンディナイアブル プラム”、肌色を美しく見せる“ニュ アンコングリュ”をそろえる。

 パッケージは、“ルージュピュールクチュール”のクチュールを極めたデザインを受け継ぐスクエアシェイプ。ブラックキャップとゴールドボディーのカラーコントラストがモダンラグジュアリーを体現する。

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「YSL」から新リップ登場 高発色かつスキンケア成分約40%配合の高いケア効果

 「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT 」から9月23日、新リップ“ルージュ ピュールクチュール ザ ボールド”(全7色、税込各5500円)が誕生する。ブランド独自の艶フィルム処方により、軽やかなつけ心地でありながら鮮やかな発色と艶を実現。つけたての美しいカラーが長時間持続する。

 リップトリートメント効果の高いスキンケア成分を約40%配合し、ふっくらと潤いのある唇に整える。

 また、唇の潤いと滑らかさ保つレッドポピーオイルと、エモリエント効果で潤いを高めるグレープシードオイルを配合。植物オイルのリッチな潤い感がありながらもしっかりとした発色で美しいリップラインをキープする。カラーは、肌なじみの良いヌードからブランドの真髄を表現したレッドまで7色をラインアップ。ナチュラルなヌードカラーにフェミニンさをプラスした“ブレイズン ヌード”、フレッシュなモダンレッド“ヌード アンディスクローズト”、艶が引き立つ“ウィルフルレッド”、温かみの感じるレッド“ルージュ プロボケーション”、女性らしくも力強い“リイグナイテッド アンバー”、あらゆる表情を作り出すプラムパープル“アンディナイアブル プラム”、肌色を美しく見せる“ニュ アンコングリュ”をそろえる。

 パッケージは、“ルージュピュールクチュール”のクチュールを極めたデザインを受け継ぐスクエアシェイプ。ブラックキャップとゴールドボディーのカラーコントラストがモダンラグジュアリーを体現する。

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“プリキュアネックレス”作家の22世紀ジェダイが本名でドローイングを本格化 パリコレブランドでの経験を通じてたどり着いた“脅かし役”

 22世紀ジェダイこと門倉太久斗は、アニメ「プリキュア」シリーズのフィギュアをモチーフにしたネックレスや、自身が住むマンションの掲示板へのドローイングをSNSで発信し、アート界を中心に徐々に注目を集めている。門倉は「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」でパタンナーと勤務しながら創作活動を行い、今年1月に独立。アクリルによる新作のペインティングや、これまでの立体ネックレスを展示する個展「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」を東京・田端のウィッシュレス ギャラリー(WISH LESS gallery)で8月21日まで開催中だ。門倉に、会社員時代の学びや作品のルーツなどについて聞いた。

高校3年生まではファッションに無頓着だった

WWD:活動名を22世紀ジェダイ/門倉太久斗と二つの名前を続けているのはなぜ?

門倉太久斗(以下、門倉):“プリキュアネックレス”の名義が22世紀ジェダイで、絵の場合は本名を使っているんです。以前は企業に勤めていたので本名が使いづらく、展示をするようになるとも想像していなかったので、Twitterのアカウント名をそのまま名乗るようになりました。

WWD:ファッションに興味を持ったきっかけは?

門倉:今は服が大好きですけど、高校3年生までは自分で服を買ったことがなかったくらい無頓着だったんです。興味を持ったきっかけは、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科で受けたウエアラブルという授業でした。ファッションの課題ではあるものの、おしゃれなものを作るのではなく、着ることによって起こる変化を考えるという授業だったんです。僕は神社をそのまま着るという作品を作って面白さに気づき、その後ファッションを専攻しました。

WWD:学生時代にはほかにどんな作品を作った?

門倉:例えば、飛行機の骨組みをそのまま着てみる作品です。プロペラもちゃんと回るんです。僕の師匠である野老朝雄さんは、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムをデザインしたことで知られているのですが、もともとは建築の世界にいたので、当時は彼の影響をすごく受けていましたね。

WWD:大学卒業後の進路に「コム デ ギャルソン」を選んだのはなぜ?

門倉:卒業後はアーティストになるつもりでしたが、「コム デ ギャルソン」がすごく好きだったので、一社だけ受けてみようとパタンナー職に応募したんです。

WWD:当時学んだことのなかで特に印象的だったことや、今に生きていることは?

門倉:やはり、新しいものを作るのがいかに大切かということです。僕は美術の大学を卒業し、世の中にあるかっこいいものや美しいものを自分でも作れるようになりたいと思っていました。でも、それだけではダメだったんです。誰も見たことがなくて、どう解釈していいか分からないものを作るのが目指す場所だと気づきました。川久保さん(川久保玲『コム デ ギャルソン』デザイナー)も、新しさと強さの2点はすごく大切にしているようでした。

WWD:会社員として働く傍らで、作品作りをするようになったきっかけは?

門倉:僕はバリバリの技術系で入ったわけではなかったので、テキスタイルの柄を描いたり、アクセサリーやヘッドピースを作ったりもしていたんです。その経験を通じて、徐々に自分でも作品を作ってみるようになりました。

WWD:独立したのは、創作に専念するため?

門倉:そうですね。なんとか両立できないかと試行錯誤してきたのですが、作品を作り始めて3年くらい経った頃に、やっぱり難しいなと独立を決めました。「コム デ ギャルソン」の仕事も本当に好きだったので、今でも服を作りたい気持ちはあります。

プリキュアたちをかわいく飾ってあげたい

WWD:“プリキュアネックレス”はどのように誕生した?

門倉:「コム デ ギャルソン」のコレクションでおもちゃを取り入れることになり、候補をピックアップしていく中で僕が興味を持ったのが「プリキュア」シリーズでした。その時、勉強のつもりで見始めたら虜になってしまったんです。

 僕は以前、人のことをほとんど考えていなかったんです。全て自分の世界で完結していたから、ありがとうを言おうとか、他人の気持ちを考えようとか、知識としては知っていたけど、その意味まで理解していなかった。でも「プリキュア」シリーズを見て、他者にも感情があるということに初めて気がついたんです。その気づきを忘れないために、ネックレスを作り始めました。“プリキュアネックレス”は「コム デ ギャルソン」での仕事と、自分の気持ちが混ざり合ってできています。

WWD:そんな“プリキュアネックレス”には、どんなこだわりを盛り込んでいる?

門倉:どこの国にも、背負える祭壇や頭に乗せられる祭壇と、ウエアラブルな宗教モチーフはたくさんあるんですよ。そういうものを参考に、装飾を盛り込んでシンメトリーに配置しています。

 ただ、僕はあくまでもプリキュアたちをかわいく装飾してあげたいという気持ちで作っているので、パーツはそれに相応しいものを選ぶようにしていますね。あと、全て結束バンドで固定しています。接着剤を使うとただの塊のように見えてグロさが際立ってしまうんですよね。手間がかかるので、作れても年に1つか2つが限界ですね。

自分が担っているのは“脅かし役”かもしれない

WWD:独立以降はドローイング作品も多く発表している。

門倉:“プリキュアネックレス”は自分のために作っているのに対して、絵は他者に向けた作品として描くこともあります。絵は美術大学を受験するために予備校でデッサンを勉強したくらいだし、僕はそんなに上手くなかった。描いた絵を人に見せるのは未だに恥ずかしいけど、描くのは好きです。

WWD:絵で表現したいことは?

門倉:われわれがいる世界に穴が開いていたとして、その向こうの知らない世界から美しいものとはまた違う、びっくりするようなものが出てきてほしいんです。以前、創作を続ける目的について考えていたら、来訪神の存在意義を通して少し分かった気がしたんです。広く知られている来訪神の一つがナマハゲで、冬至のお祭りに合わせて異界からやってきて、年に一度僕たちの日常をかき乱して帰っていきますよね。

 その感覚はファッションショーにも通ずるなと気付きました。年に2回だけ幕が開いて、その日だけあの世とこの世の境目がなくなる。そしてモデルたちが美しいのかもよく分からない異様な服をまとって歩き、観客はびっくりしたり、混乱したり。もしかしたら自分が担っているのは、この“脅かし役”かもしれないと気付いて、それから迷いがなくなっていきました。服から離れて絵を描いている今も、その精神は大切にしています。

WWD:個展名「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」の意味は?

門倉:絵と“プリキュアネックレス”を並べることはこれまであまりなかったので、一緒に出す意味を考えた結果「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」というタイトルをつけました。

WWD:今後の目標は?

門倉:「プリキュア」シリーズが放映され続ける限り新しいキャラクターがどんどん出てきます。全員分のネックレスを作り、最終的には自分の棺桶に入れたい。“プリキュアネックレス”は大きければ大きいほど、重ければ重いほどいいから、既存のものもボリュームアップしていきたいですね。あと、もっといい絵が描けるようになりたいです。

■どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない
会期:〜8月21日(日)
場所:WISH LESS gallery
所在地:東京都北区田端5-12-10

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“プリキュアネックレス”作家の22世紀ジェダイが本名でドローイングを本格化 パリコレブランドでの経験を通じてたどり着いた“脅かし役”

 22世紀ジェダイこと門倉太久斗は、アニメ「プリキュア」シリーズのフィギュアをモチーフにしたネックレスや、自身が住むマンションの掲示板へのドローイングをSNSで発信し、アート界を中心に徐々に注目を集めている。門倉は「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」でパタンナーと勤務しながら創作活動を行い、今年1月に独立。アクリルによる新作のペインティングや、これまでの立体ネックレスを展示する個展「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」を東京・田端のウィッシュレス ギャラリー(WISH LESS gallery)で8月21日まで開催中だ。門倉に、会社員時代の学びや作品のルーツなどについて聞いた。

高校3年生まではファッションに無頓着だった

WWD:活動名を22世紀ジェダイ/門倉太久斗と二つの名前を続けているのはなぜ?

門倉太久斗(以下、門倉):“プリキュアネックレス”の名義が22世紀ジェダイで、絵の場合は本名を使っているんです。以前は企業に勤めていたので本名が使いづらく、展示をするようになるとも想像していなかったので、Twitterのアカウント名をそのまま名乗るようになりました。

WWD:ファッションに興味を持ったきっかけは?

門倉:今は服が大好きですけど、高校3年生までは自分で服を買ったことがなかったくらい無頓着だったんです。興味を持ったきっかけは、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科で受けたウエアラブルという授業でした。ファッションの課題ではあるものの、おしゃれなものを作るのではなく、着ることによって起こる変化を考えるという授業だったんです。僕は神社をそのまま着るという作品を作って面白さに気づき、その後ファッションを専攻しました。

WWD:学生時代にはほかにどんな作品を作った?

門倉:例えば、飛行機の骨組みをそのまま着てみる作品です。プロペラもちゃんと回るんです。僕の師匠である野老朝雄さんは、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムをデザインしたことで知られているのですが、もともとは建築の世界にいたので、当時は彼の影響をすごく受けていましたね。

WWD:大学卒業後の進路に「コム デ ギャルソン」を選んだのはなぜ?

門倉:卒業後はアーティストになるつもりでしたが、「コム デ ギャルソン」がすごく好きだったので、一社だけ受けてみようとパタンナー職に応募したんです。

WWD:当時学んだことのなかで特に印象的だったことや、今に生きていることは?

門倉:やはり、新しいものを作るのがいかに大切かということです。僕は美術の大学を卒業し、世の中にあるかっこいいものや美しいものを自分でも作れるようになりたいと思っていました。でも、それだけではダメだったんです。誰も見たことがなくて、どう解釈していいか分からないものを作るのが目指す場所だと気づきました。川久保さん(川久保玲『コム デ ギャルソン』デザイナー)も、新しさと強さの2点はすごく大切にしているようでした。

WWD:会社員として働く傍らで、作品作りをするようになったきっかけは?

門倉:僕はバリバリの技術系で入ったわけではなかったので、テキスタイルの柄を描いたり、アクセサリーやヘッドピースを作ったりもしていたんです。その経験を通じて、徐々に自分でも作品を作ってみるようになりました。

WWD:独立したのは、創作に専念するため?

門倉:そうですね。なんとか両立できないかと試行錯誤してきたのですが、作品を作り始めて3年くらい経った頃に、やっぱり難しいなと独立を決めました。「コム デ ギャルソン」の仕事も本当に好きだったので、今でも服を作りたい気持ちはあります。

プリキュアたちをかわいく飾ってあげたい

WWD:“プリキュアネックレス”はどのように誕生した?

門倉:「コム デ ギャルソン」のコレクションでおもちゃを取り入れることになり、候補をピックアップしていく中で僕が興味を持ったのが「プリキュア」シリーズでした。その時、勉強のつもりで見始めたら虜になってしまったんです。

 僕は以前、人のことをほとんど考えていなかったんです。全て自分の世界で完結していたから、ありがとうを言おうとか、他人の気持ちを考えようとか、知識としては知っていたけど、その意味まで理解していなかった。でも「プリキュア」シリーズを見て、他者にも感情があるということに初めて気がついたんです。その気づきを忘れないために、ネックレスを作り始めました。“プリキュアネックレス”は「コム デ ギャルソン」での仕事と、自分の気持ちが混ざり合ってできています。

WWD:そんな“プリキュアネックレス”には、どんなこだわりを盛り込んでいる?

門倉:どこの国にも、背負える祭壇や頭に乗せられる祭壇と、ウエアラブルな宗教モチーフはたくさんあるんですよ。そういうものを参考に、装飾を盛り込んでシンメトリーに配置しています。

 ただ、僕はあくまでもプリキュアたちをかわいく装飾してあげたいという気持ちで作っているので、パーツはそれに相応しいものを選ぶようにしていますね。あと、全て結束バンドで固定しています。接着剤を使うとただの塊のように見えてグロさが際立ってしまうんですよね。手間がかかるので、作れても年に1つか2つが限界ですね。

自分が担っているのは“脅かし役”かもしれない

WWD:独立以降はドローイング作品も多く発表している。

門倉:“プリキュアネックレス”は自分のために作っているのに対して、絵は他者に向けた作品として描くこともあります。絵は美術大学を受験するために予備校でデッサンを勉強したくらいだし、僕はそんなに上手くなかった。描いた絵を人に見せるのは未だに恥ずかしいけど、描くのは好きです。

WWD:絵で表現したいことは?

門倉:われわれがいる世界に穴が開いていたとして、その向こうの知らない世界から美しいものとはまた違う、びっくりするようなものが出てきてほしいんです。以前、創作を続ける目的について考えていたら、来訪神の存在意義を通して少し分かった気がしたんです。広く知られている来訪神の一つがナマハゲで、冬至のお祭りに合わせて異界からやってきて、年に一度僕たちの日常をかき乱して帰っていきますよね。

 その感覚はファッションショーにも通ずるなと気付きました。年に2回だけ幕が開いて、その日だけあの世とこの世の境目がなくなる。そしてモデルたちが美しいのかもよく分からない異様な服をまとって歩き、観客はびっくりしたり、混乱したり。もしかしたら自分が担っているのは、この“脅かし役”かもしれないと気付いて、それから迷いがなくなっていきました。服から離れて絵を描いている今も、その精神は大切にしています。

WWD:個展名「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」の意味は?

門倉:絵と“プリキュアネックレス”を並べることはこれまであまりなかったので、一緒に出す意味を考えた結果「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」というタイトルをつけました。

WWD:今後の目標は?

門倉:「プリキュア」シリーズが放映され続ける限り新しいキャラクターがどんどん出てきます。全員分のネックレスを作り、最終的には自分の棺桶に入れたい。“プリキュアネックレス”は大きければ大きいほど、重ければ重いほどいいから、既存のものもボリュームアップしていきたいですね。あと、もっといい絵が描けるようになりたいです。

■どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない
会期:〜8月21日(日)
場所:WISH LESS gallery
所在地:東京都北区田端5-12-10

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“プリキュアネックレス”作家の22世紀ジェダイが本名でドローイングを本格化 パリコレブランドでの経験を通じてたどり着いた“脅かし役”

 22世紀ジェダイこと門倉太久斗は、アニメ「プリキュア」シリーズのフィギュアをモチーフにしたネックレスや、自身が住むマンションの掲示板へのドローイングをSNSで発信し、アート界を中心に徐々に注目を集めている。門倉は「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」でパタンナーと勤務しながら創作活動を行い、今年1月に独立。アクリルによる新作のペインティングや、これまでの立体ネックレスを展示する個展「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」を東京・田端のウィッシュレス ギャラリー(WISH LESS gallery)で8月21日まで開催中だ。門倉に、会社員時代の学びや作品のルーツなどについて聞いた。

高校3年生まではファッションに無頓着だった

WWD:活動名を22世紀ジェダイ/門倉太久斗と二つの名前を続けているのはなぜ?

門倉太久斗(以下、門倉):“プリキュアネックレス”の名義が22世紀ジェダイで、絵の場合は本名を使っているんです。以前は企業に勤めていたので本名が使いづらく、展示をするようになるとも想像していなかったので、Twitterのアカウント名をそのまま名乗るようになりました。

WWD:ファッションに興味を持ったきっかけは?

門倉:今は服が大好きですけど、高校3年生までは自分で服を買ったことがなかったくらい無頓着だったんです。興味を持ったきっかけは、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科で受けたウエアラブルという授業でした。ファッションの課題ではあるものの、おしゃれなものを作るのではなく、着ることによって起こる変化を考えるという授業だったんです。僕は神社をそのまま着るという作品を作って面白さに気づき、その後ファッションを専攻しました。

WWD:学生時代にはほかにどんな作品を作った?

門倉:例えば、飛行機の骨組みをそのまま着てみる作品です。プロペラもちゃんと回るんです。僕の師匠である野老朝雄さんは、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムをデザインしたことで知られているのですが、もともとは建築の世界にいたので、当時は彼の影響をすごく受けていましたね。

WWD:大学卒業後の進路に「コム デ ギャルソン」を選んだのはなぜ?

門倉:卒業後はアーティストになるつもりでしたが、「コム デ ギャルソン」がすごく好きだったので、一社だけ受けてみようとパタンナー職に応募したんです。

WWD:当時学んだことのなかで特に印象的だったことや、今に生きていることは?

門倉:やはり、新しいものを作るのがいかに大切かということです。僕は美術の大学を卒業し、世の中にあるかっこいいものや美しいものを自分でも作れるようになりたいと思っていました。でも、それだけではダメだったんです。誰も見たことがなくて、どう解釈していいか分からないものを作るのが目指す場所だと気づきました。川久保さん(川久保玲『コム デ ギャルソン』デザイナー)も、新しさと強さの2点はすごく大切にしているようでした。

WWD:会社員として働く傍らで、作品作りをするようになったきっかけは?

門倉:僕はバリバリの技術系で入ったわけではなかったので、テキスタイルの柄を描いたり、アクセサリーやヘッドピースを作ったりもしていたんです。その経験を通じて、徐々に自分でも作品を作ってみるようになりました。

WWD:独立したのは、創作に専念するため?

門倉:そうですね。なんとか両立できないかと試行錯誤してきたのですが、作品を作り始めて3年くらい経った頃に、やっぱり難しいなと独立を決めました。「コム デ ギャルソン」の仕事も本当に好きだったので、今でも服を作りたい気持ちはあります。

プリキュアたちをかわいく飾ってあげたい

WWD:“プリキュアネックレス”はどのように誕生した?

門倉:「コム デ ギャルソン」のコレクションでおもちゃを取り入れることになり、候補をピックアップしていく中で僕が興味を持ったのが「プリキュア」シリーズでした。その時、勉強のつもりで見始めたら虜になってしまったんです。

 僕は以前、人のことをほとんど考えていなかったんです。全て自分の世界で完結していたから、ありがとうを言おうとか、他人の気持ちを考えようとか、知識としては知っていたけど、その意味まで理解していなかった。でも「プリキュア」シリーズを見て、他者にも感情があるということに初めて気がついたんです。その気づきを忘れないために、ネックレスを作り始めました。“プリキュアネックレス”は「コム デ ギャルソン」での仕事と、自分の気持ちが混ざり合ってできています。

WWD:そんな“プリキュアネックレス”には、どんなこだわりを盛り込んでいる?

門倉:どこの国にも、背負える祭壇や頭に乗せられる祭壇と、ウエアラブルな宗教モチーフはたくさんあるんですよ。そういうものを参考に、装飾を盛り込んでシンメトリーに配置しています。

 ただ、僕はあくまでもプリキュアたちをかわいく装飾してあげたいという気持ちで作っているので、パーツはそれに相応しいものを選ぶようにしていますね。あと、全て結束バンドで固定しています。接着剤を使うとただの塊のように見えてグロさが際立ってしまうんですよね。手間がかかるので、作れても年に1つか2つが限界ですね。

自分が担っているのは“脅かし役”かもしれない

WWD:独立以降はドローイング作品も多く発表している。

門倉:“プリキュアネックレス”は自分のために作っているのに対して、絵は他者に向けた作品として描くこともあります。絵は美術大学を受験するために予備校でデッサンを勉強したくらいだし、僕はそんなに上手くなかった。描いた絵を人に見せるのは未だに恥ずかしいけど、描くのは好きです。

WWD:絵で表現したいことは?

門倉:われわれがいる世界に穴が開いていたとして、その向こうの知らない世界から美しいものとはまた違う、びっくりするようなものが出てきてほしいんです。以前、創作を続ける目的について考えていたら、来訪神の存在意義を通して少し分かった気がしたんです。広く知られている来訪神の一つがナマハゲで、冬至のお祭りに合わせて異界からやってきて、年に一度僕たちの日常をかき乱して帰っていきますよね。

 その感覚はファッションショーにも通ずるなと気付きました。年に2回だけ幕が開いて、その日だけあの世とこの世の境目がなくなる。そしてモデルたちが美しいのかもよく分からない異様な服をまとって歩き、観客はびっくりしたり、混乱したり。もしかしたら自分が担っているのは、この“脅かし役”かもしれないと気付いて、それから迷いがなくなっていきました。服から離れて絵を描いている今も、その精神は大切にしています。

WWD:個展名「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」の意味は?

門倉:絵と“プリキュアネックレス”を並べることはこれまであまりなかったので、一緒に出す意味を考えた結果「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」というタイトルをつけました。

WWD:今後の目標は?

門倉:「プリキュア」シリーズが放映され続ける限り新しいキャラクターがどんどん出てきます。全員分のネックレスを作り、最終的には自分の棺桶に入れたい。“プリキュアネックレス”は大きければ大きいほど、重ければ重いほどいいから、既存のものもボリュームアップしていきたいですね。あと、もっといい絵が描けるようになりたいです。

■どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない
会期:〜8月21日(日)
場所:WISH LESS gallery
所在地:東京都北区田端5-12-10

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“プリキュアネックレス”作家の22世紀ジェダイが本名でドローイングを本格化 パリコレブランドでの経験を通じてたどり着いた“脅かし役”

 22世紀ジェダイこと門倉太久斗は、アニメ「プリキュア」シリーズのフィギュアをモチーフにしたネックレスや、自身が住むマンションの掲示板へのドローイングをSNSで発信し、アート界を中心に徐々に注目を集めている。門倉は「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」でパタンナーと勤務しながら創作活動を行い、今年1月に独立。アクリルによる新作のペインティングや、これまでの立体ネックレスを展示する個展「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」を東京・田端のウィッシュレス ギャラリー(WISH LESS gallery)で8月21日まで開催中だ。門倉に、会社員時代の学びや作品のルーツなどについて聞いた。

高校3年生まではファッションに無頓着だった

WWD:活動名を22世紀ジェダイ/門倉太久斗と二つの名前を続けているのはなぜ?

門倉太久斗(以下、門倉):“プリキュアネックレス”の名義が22世紀ジェダイで、絵の場合は本名を使っているんです。以前は企業に勤めていたので本名が使いづらく、展示をするようになるとも想像していなかったので、Twitterのアカウント名をそのまま名乗るようになりました。

WWD:ファッションに興味を持ったきっかけは?

門倉:今は服が大好きですけど、高校3年生までは自分で服を買ったことがなかったくらい無頓着だったんです。興味を持ったきっかけは、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科で受けたウエアラブルという授業でした。ファッションの課題ではあるものの、おしゃれなものを作るのではなく、着ることによって起こる変化を考えるという授業だったんです。僕は神社をそのまま着るという作品を作って面白さに気づき、その後ファッションを専攻しました。

WWD:学生時代にはほかにどんな作品を作った?

門倉:例えば、飛行機の骨組みをそのまま着てみる作品です。プロペラもちゃんと回るんです。僕の師匠である野老朝雄さんは、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムをデザインしたことで知られているのですが、もともとは建築の世界にいたので、当時は彼の影響をすごく受けていましたね。

WWD:大学卒業後の進路に「コム デ ギャルソン」を選んだのはなぜ?

門倉:卒業後はアーティストになるつもりでしたが、「コム デ ギャルソン」がすごく好きだったので、一社だけ受けてみようとパタンナー職に応募したんです。

WWD:当時学んだことのなかで特に印象的だったことや、今に生きていることは?

門倉:やはり、新しいものを作るのがいかに大切かということです。僕は美術の大学を卒業し、世の中にあるかっこいいものや美しいものを自分でも作れるようになりたいと思っていました。でも、それだけではダメだったんです。誰も見たことがなくて、どう解釈していいか分からないものを作るのが目指す場所だと気づきました。川久保さん(川久保玲『コム デ ギャルソン』デザイナー)も、新しさと強さの2点はすごく大切にしているようでした。

WWD:会社員として働く傍らで、作品作りをするようになったきっかけは?

門倉:僕はバリバリの技術系で入ったわけではなかったので、テキスタイルの柄を描いたり、アクセサリーやヘッドピースを作ったりもしていたんです。その経験を通じて、徐々に自分でも作品を作ってみるようになりました。

WWD:独立したのは、創作に専念するため?

門倉:そうですね。なんとか両立できないかと試行錯誤してきたのですが、作品を作り始めて3年くらい経った頃に、やっぱり難しいなと独立を決めました。「コム デ ギャルソン」の仕事も本当に好きだったので、今でも服を作りたい気持ちはあります。

プリキュアたちをかわいく飾ってあげたい

WWD:“プリキュアネックレス”はどのように誕生した?

門倉:「コム デ ギャルソン」のコレクションでおもちゃを取り入れることになり、候補をピックアップしていく中で僕が興味を持ったのが「プリキュア」シリーズでした。その時、勉強のつもりで見始めたら虜になってしまったんです。

 僕は以前、人のことをほとんど考えていなかったんです。全て自分の世界で完結していたから、ありがとうを言おうとか、他人の気持ちを考えようとか、知識としては知っていたけど、その意味まで理解していなかった。でも「プリキュア」シリーズを見て、他者にも感情があるということに初めて気がついたんです。その気づきを忘れないために、ネックレスを作り始めました。“プリキュアネックレス”は「コム デ ギャルソン」での仕事と、自分の気持ちが混ざり合ってできています。

WWD:そんな“プリキュアネックレス”には、どんなこだわりを盛り込んでいる?

門倉:どこの国にも、背負える祭壇や頭に乗せられる祭壇と、ウエアラブルな宗教モチーフはたくさんあるんですよ。そういうものを参考に、装飾を盛り込んでシンメトリーに配置しています。

 ただ、僕はあくまでもプリキュアたちをかわいく装飾してあげたいという気持ちで作っているので、パーツはそれに相応しいものを選ぶようにしていますね。あと、全て結束バンドで固定しています。接着剤を使うとただの塊のように見えてグロさが際立ってしまうんですよね。手間がかかるので、作れても年に1つか2つが限界ですね。

自分が担っているのは“脅かし役”かもしれない

WWD:独立以降はドローイング作品も多く発表している。

門倉:“プリキュアネックレス”は自分のために作っているのに対して、絵は他者に向けた作品として描くこともあります。絵は美術大学を受験するために予備校でデッサンを勉強したくらいだし、僕はそんなに上手くなかった。描いた絵を人に見せるのは未だに恥ずかしいけど、描くのは好きです。

WWD:絵で表現したいことは?

門倉:われわれがいる世界に穴が開いていたとして、その向こうの知らない世界から美しいものとはまた違う、びっくりするようなものが出てきてほしいんです。以前、創作を続ける目的について考えていたら、来訪神の存在意義を通して少し分かった気がしたんです。広く知られている来訪神の一つがナマハゲで、冬至のお祭りに合わせて異界からやってきて、年に一度僕たちの日常をかき乱して帰っていきますよね。

 その感覚はファッションショーにも通ずるなと気付きました。年に2回だけ幕が開いて、その日だけあの世とこの世の境目がなくなる。そしてモデルたちが美しいのかもよく分からない異様な服をまとって歩き、観客はびっくりしたり、混乱したり。もしかしたら自分が担っているのは、この“脅かし役”かもしれないと気付いて、それから迷いがなくなっていきました。服から離れて絵を描いている今も、その精神は大切にしています。

WWD:個展名「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」の意味は?

門倉:絵と“プリキュアネックレス”を並べることはこれまであまりなかったので、一緒に出す意味を考えた結果「どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない」というタイトルをつけました。

WWD:今後の目標は?

門倉:「プリキュア」シリーズが放映され続ける限り新しいキャラクターがどんどん出てきます。全員分のネックレスを作り、最終的には自分の棺桶に入れたい。“プリキュアネックレス”は大きければ大きいほど、重ければ重いほどいいから、既存のものもボリュームアップしていきたいですね。あと、もっといい絵が描けるようになりたいです。

■どれもそれぞれに可愛くて一番は決められない
会期:〜8月21日(日)
場所:WISH LESS gallery
所在地:東京都北区田端5-12-10

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「アー・ペー・セー」がアウトドアで楽しめる日本限定のカラフルなキルトラグ&クッションを発売

 「アー・ペー・セー(A.P.C.)」は8月26日、残布を再利用した新作の“キルト ダイニング”コレクションを日本限定で発売する。アウトドアで楽しめるラグ5型、クッション10型からなり、価格は3万1900〜11万円(税込)。

 ジャマイカ出身のデザイナーでパッチワークに造詣の深いジェシカ・オグデン(Jessica Ogden)とコラボしたもので、オグデンは「無駄なものは何もない。全て、姿を変えられる」と話す。「アー・ペー・セー」の残布をフリース生地に縫い付けて作っており、さまざまなパターンや色の組み合わせがあり、一方で一つとして同じものがない。

 「アー・ペー・セー」の創業者であるジャン・トゥイトゥ(Jean Touitou)の母オデット・トゥイトゥ(Odette Touitou)は、アーミッシュ(米国に入植した18世紀当時の、電気や車のない生活を送るドイツ系移民)のモノ作りに影響を受け、パッチワークを作成。米国で“クラフトカルチャーの女王”と呼ばれるソフィー・キャンベル(Sophie Campbell)に師事し、1977年には「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(現インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ)」で表彰されるほどに。それから数十年後、息子のジャンがキルトに携わるのは必然だったとも言える。

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ベラ・ハディッド流 「サンローラン」“イカール”バッグのカジュアル&デイリーな取り入れ方

 「サンローラン(SAINT LAURENT)」は今年5月、アイコンバッグの“イカール”からマキシサイズ(38〜58×43×8cm)を発売した。これをカジュアルに取り入れているのが、米国人モデルのベラ・ハディッド(Bella Hadid)だ。

 総柄の派手めなセットアップを身にまとったハディッドは、“イカール”を手持ち。バッグとサンダルのカラーや素材感をさりげなくリンクさせている。また、ラフに突っ込んだデニムジャケットから、期せずして“イカール”の大容量ぶりが分かる結果に。

 “イカール”はショッピングバッグの位置付けながら、“アニョー・リュクス”と呼ばれる最高級ラムスキンを用いており、そこにキルティングを施したデザインだ。価格は53万7900円(税込)。これをあくまでデイリー使いするさまは、さすがはセレブリティー。

 そう考えると、“YSL”ロゴを内側にして持っているのも“あえて?”なんて想像できてしまう。

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ユニクロ新CMに綾瀬はるか&松下洸平 桑田佳祐の楽曲にのせてワイドパンツを履きこなす

 ユニクロ(UNIQLO)は、綾瀬はるかと松下洸平が初共演するTVCMシリーズ「みんなのワイドパンツ篇」を8月22日から放映開始する。CMソングには、桑田佳祐が2007年に発表した楽曲「明日晴れるかな」を起用した。

 CMでは綾瀬が“バギージーンズ”(3990円、税込以下同)を、松下が“タックテーパードパンツ”(3990円)を着用している。二人は今回着用したワイドパンツについて「薄手のものやニットを合わせて着たい」(綾瀬)、「CMで着たトップスは生地感もしっかりしていてワイドパンツとのバランスが良く気に入っている」(松下)とコメントした。

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ユニクロ新CMに綾瀬はるか&松下洸平 桑田佳祐の楽曲にのせてワイドパンツを履きこなす

 ユニクロ(UNIQLO)は、綾瀬はるかと松下洸平が初共演するTVCMシリーズ「みんなのワイドパンツ篇」を8月22日から放映開始する。CMソングには、桑田佳祐が2007年に発表した楽曲「明日晴れるかな」を起用した。

 CMでは綾瀬が“バギージーンズ”(3990円、税込以下同)を、松下が“タックテーパードパンツ”(3990円)を着用している。二人は今回着用したワイドパンツについて「薄手のものやニットを合わせて着たい」(綾瀬)、「CMで着たトップスは生地感もしっかりしていてワイドパンツとのバランスが良く気に入っている」(松下)とコメントした。

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「アシックス」×「ジョウンド」の初コラボスニーカーが発売 2000年代のランシューズがベース

 アシックスの「アシックス スポーツスタイル(ASICS SPORTSTYLE)」はカナダのファッションブランド「ジョウンド(JJJJOUND)」との初コラボによる新モデル“ゲルカヤノ 14”を8月26日に発売する。価格は税込2万2000円。カラーはホワイトとホワイト/ブラックの2色、サイズは23〜30cmをそろえる。アシックス オンラインストアやスニーカーショップなどで取り扱う。

 シューズは、2008年にアメリカのランニング専門誌「ランナーズワールド(RUNNER’S WORLD)」の“インターナショナル エディターズ チョイス”賞を受賞した、“ゲルカヤノ 14”をベースにしている。このモデルについて「ジョウンド」創設者のジャスティン・サンダース(Justin Sounders)は、「クラシックかつタイムレスなシルエット、デザインが特徴の、“ゲルカヤノ 14”に魅力を感じました。かかと部分のシルバーのリフレクションパネルやメッシュ使いなど、これらのデザイン要素は当時インターネットが世界を席捲したように、2000年代の夜のアクティブシーンに衝撃を与えました」とコメントした。

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仏「サロモン」が75周年を記念して東京・渋谷店限定のシューズ3足を発売

 フランスのアウトドアブランド「サロモン(SALOMON)」は75周年を記念して、スニーカーコレクションの“サロモンスポーツスタイル(SALOMON SPORTSTYLE)”から、「サロモンストア東京 渋谷」限定のシューズ3足を8月27日に発売する。

 1992年に発売したアウトドアシューズ“アドベンチャー7”にオマージュを捧げたもので、“サロモンスポーツスタイル”のアイコンである“エックスティー”やアドベンチャーレース用に開発した“レイド ウインド”を75周年仕様にアレンジする。アッパーのキャンバスやシューレースなど、オリジナル素材をふんだんに用いるのが特徴だ。

 「サロモン」は47年に創業。家族経営のノコギリとスキーエッジ研磨工場からスタートしたが、現在はグローバル展開するアウトドアブランドに成長した。特にトレイルランニングやスキー、スノーボードといったウインタースポーツに強い。

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「メゾン マルジェラ」が“グラム スラム”のポップアップ開催 ホーボーバッグが新登場

 「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」は、アイコンバッグ“グラム スラム”の2022-23年秋冬の新作コレクションを扱うポップアップストアを、阪急うめだ本店で8月24〜30日に開催する。

 今季は、新モデルとしてホーボーバッグが登場する。ストラップにシルバーのチェーンをあしらったミディアムと、レザーストラップを配したスモールの2サイズで、ホワイト、ブラック、グレージュの3色をラインアップする。

 ポップアップではホーボーバッグをはじめ、多彩なカラーをそろえたファーストモデル、シルバーのチェーンストラップがついたフラップバッグ、ジェンダーレスモデルのバムバッグなど、さまざまなシルエットとカラーを用意する。

■阪急うめだ本店 ポップアップストア
会期:8月24〜30日
場所:阪急うめだ本店1階 コトコトステージ11

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「メゾン マルジェラ」が“グラム スラム”のポップアップ開催 ホーボーバッグが新登場

 「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」は、アイコンバッグ“グラム スラム”の2022-23年秋冬の新作コレクションを扱うポップアップストアを、阪急うめだ本店で8月24〜30日に開催する。

 今季は、新モデルとしてホーボーバッグが登場する。ストラップにシルバーのチェーンをあしらったミディアムと、レザーストラップを配したスモールの2サイズで、ホワイト、ブラック、グレージュの3色をラインアップする。

 ポップアップではホーボーバッグをはじめ、多彩なカラーをそろえたファーストモデル、シルバーのチェーンストラップがついたフラップバッグ、ジェンダーレスモデルのバムバッグなど、さまざまなシルエットとカラーを用意する。

■阪急うめだ本店 ポップアップストア
会期:8月24〜30日
場所:阪急うめだ本店1階 コトコトステージ11

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バーニーズ ニューヨークが米スニーカー「オートリー」の販売イベントを開催

 バーニーズ ニューヨークは8月20日から9月4日まで、銀座本店(地下1階、2階)において米国のスニーカーブランド「オートリー(AUTRY)」の販売イベントを行う。一部の商品は、8月20日から公式オンラインストアでも扱う。

 イベントでは、メンズ・ウィメンズの両モデルを用意する。主力の“メダリスト”(2万5300円〜税込)のほか、メンズでは限られた店舗のみでの販売となる手仕上げのビンテージ加工モデル”スーパーヴィンテージロー”などをラインアップする。

 「オートリー」は1982年、テキサス州ダラスで創業。2022-23年秋冬シーズン、日本に本格上陸する。

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 バーニーズ ニューヨークは8月20日から9月4日まで、銀座本店(地下1階、2階)において米国のスニーカーブランド「オートリー(AUTRY)」の販売イベントを行う。一部の商品は、8月20日から公式オンラインストアでも扱う。

 イベントでは、メンズ・ウィメンズの両モデルを用意する。主力の“メダリスト”(2万5300円〜税込)のほか、メンズでは限られた店舗のみでの販売となる手仕上げのビンテージ加工モデル”スーパーヴィンテージロー”などをラインアップする。

 「オートリー」は1982年、テキサス州ダラスで創業。2022-23年秋冬シーズン、日本に本格上陸する。

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「セオリー」がインターンシップを募集 学生向けに経営者目線のファッションビジネス教育を提供

 ファーストリテイリングが運営する「セオリー(THEORY)」はファッション ビジネス インターンシップを開催し、経営者目線でファッションビジネスを学びたい学生の参加者を募集する。「セオリー」の商品をどのように日本および世界に届けていくべきか、臨場参加型で商品に触れて考え、体感できる。

 「セオリー」は1997年、ニューヨークで誕生。「着る人が主役になる服」をコンセプトに、素材とシルエットにこだわるアイテムを提供する。“グローバル コンテンポラリー ブランド”として、現代の生活に寄り添う機能性とシンプルでクリーンなファッション性を兼ね備えた服作りを掲げ、グローバルにブランドを展開する。

日程
第1クール:2022年11月2日、3日、4日
第2クール:2022年11月16日、17日、18日
※どちらのクールに参加希望か選択いただきます

期間
3日間

開催予定(場所)
東京有明本部または六本木本部

対象者
4年制大学、大学院、短期大学、専門学校の全学部・全学科
※上記学校に在学中であれば、1年生から応募可能

選考
・適性検査/エントリーシート提出
・面接複数回
※本ページよりエントリー後、ご登録いただいたメールアドレスに「マイページ登録のご案内」が届きます

報酬
無し
※ただし、臨場開催により交通費や宿泊費が発生した場合は当社規定額を支給

定員
各ターム20名程度

応募期限
9月8日13:00

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「アトモス ピンク」×「プーマ」×「ノルディ」のトリプルコラボが実現 2型のスニーカーを用意

 女性のためのスニーカーセレクトショップ「アトモス ピンク(ATMOS PINK)」は、「プーマ(PUMA)」と韓国発のファッションブランド「ノルディ(NERDY)」とトリプルコラボレーションした2型のスニーカーを発表した。8月19日に「アトモス ピンク」の公式オンラインストアと「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」で先行発売したのち、26日から「ノルディ」の公式オンラインストアと原宿店や「アトモス ピンク」の各店舗などで取り扱う。

 今回のトリプルコラボでは、1980年に登場した名作ランニングシューズ“コスモ ライダー(KOSMO RIDER)”を現在風に再構築したウィメンズ専用モデル“コスモ ライダー(KOSMO RIDER)”と、1968年に登場したトレーニングシューズ“クラック(CRACK)”がベースのウィメンズ専用モデル“スウェード マユ(SUEDE MAYU)”の2型を用意。どちらもシュータンやヒールに、コラボを象徴する“atmos”や“NERDY”などのテキストをあしらっている。価格は“コスモ ライダー”が税込1万4300円、“スウェード マユ”が同1万3200円だ。

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エストネーションがスイムウエアブランド「スピード」とコラボ アノラックパーカとショーツを用意

 エストネーション(ESTNATION)はこのほど、ゴールドウインのスイムウエアブランド「スピード(SPEEDO)」とコラボレーションしたアイテムを発売した。現在、エストネーションの全店舗と公式オンラインストア、「スピード」の公式オンラインストアで取り扱い中だ。

 今回のコラボでは、3WAYアノラックパーカ(税込2万8600円)と3WAYショーツ(同1万9800円)のセットアップを用意。どちらも通気性やストレッチ性、UVカットなどに優れた東レの機能素材「ドットエアー」を採用し、ワークアウトウエアなどとして着用できるほか、ショートパンツにレイヤードされているインナーは、本格的なスイムウエアとしても機能する。

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コーセーが銀座のコンセプトストア1階を全面改装 3Dメイクシュミレーターやアート体験など無料で試せるコト体験提供

 コーセーは8月17日、東京・銀座のコンセプトストア、メゾンコーセー(MAISON KOSE)銀座の1階を全面改装した。最先端のメイクシュミレーター“カラーマシーン”や不要になったメイクアップ化粧品をアップサイクルして絵の具に変えそれを用いてアート体験を提供する“グリーンアトリエ”をそろえるなど、多くのビューティアトラクションを導入しコト体験を提供する。

 同店は2019年12月にオープン。コーセーが展開するブランドを横断的にそろえ、自由に試して購入できるほか、最新のデジタル技術を活用したメイクシュミレーターやネイルプリンターなどを展開し、“新しい美の発見”を来店者に提供する。今回、行動制限が解除され、「お客さまが買い物やカウンセリングなどでリアルを求める傾向が高まっている」(杉﨑洋コーセーマーケティング戦略部グループマネージャー)ことから改装を実施した。

 新たに導入した“カラーマシーン”は、コーセー研究所と東京工業大学渡辺研究室が共同開発した3次元の顔への高速追従プロジェクションマッピング技術を応用したメイクシュミレーターだ。体験者がアイシャドウとチーク、リップを画面上で選び、それを自分の顔に立体的に投影できる。顔の動きや表情の変化にもリアルタイムで追従するため、リアルなカラーメイク体験がかなう。非接触でブランドを横断して8000色以上の色を楽しむことが可能だ。“カラーマシーン”で選んだスタイルは、美容スタッフが実際にタッチアップし、商品紹介までを行う。所要時間は約90分で、無料で体験できるためすでに今月分の予約は全て埋まったという。

 “グリーンアトリエ”はこれまで期間限定で展開していた取り組みを常設した。不要になったメイクアップ製品から作った絵の具を展開するモーンガータとのコラボレートで、研究所が製品開発や品質管理の過程で発生した役目を終えた化粧品バルク(中身)を活用する。店舗ではアルファベット入りのメッセージカードと12カ月の季節の花のプレートを用意し、好みの色を塗ることができる。無料で体験でき、親子連れなどが楽しむ姿が見られる。

 そのほか、カシオ計算電気と共同開発した1本約15秒でネイルアートが完成するネイルプリンターが体験できる“ネイルドレッサー”、カメラやライトなど専門の投影機材を備え、自分自身でシャッターがきれるセルフ写真スタジオ“コーセー セルフ フォトスタジオ”、「スティーブンノル ニューヨーク(STEPHEN KNOLL NEW YORK)」「コスメデコルテ(DECORTE)」「プレディア(PREDIA)」のシャンプーやコンディショナーが試せブローまでをセットで1000円で提供する“ブローバー”などを用意している。

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【追悼 森英恵】反骨精神をたずさえ世界に羽ばたいた人生

 「私の蝶は銀色に輝くジェット機のイメージよ」――2020年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された「森英恵 世界にはばたく蝶」展のエントランスに大きく掲げられた言葉だ。その言葉の下には「日本の良質な布地を使い、日本の手で創った服をジェット機に乗せてアメリカへ運ぶ。私が蝶に重ね合わせたのはそういう力強いイメージだった」と記されていた。森英恵は2022年8月11日、その生涯の幕を閉じた。

 まさに世界をまたにかけて羽ばたいた森英恵。優雅でエレガント。しかしその根底には反骨精神がある。アメリカで粗悪品として売られるメイド・イン・ジャパンのブラウスを目にし、本来の日本人が持つ高い美意識と伝統を伝えたいと願い、ニューヨークで観劇したオペラ「マダム・バタフライ(蝶々婦人)」で描かれていた日本人の哀れでかよわい女性像や日本が全く理解されていないことに憤りを感じ、そのイメージを変えたいと強く思う。冒頭の言葉は、戦後の復興期にファッションデザイナーとして、女性として、そして東洋人として「世界に力強く羽ばたいていく」という強い意志が込められている。22歳で結婚し、それから洋裁を学び、子どもを育てながら世界を飛び回り仕事をする。一人の女性の生き方としても当時の時代背景を考えると驚嘆に値する。

 2年前に開催された「森英恵 世界にはばたく蝶」展が、森英恵にとって最後の大きな展覧会となった。オープニングに際して来場すると聞き、会場に取材に向かったが当日体調が優れないとのことで話を聞くことはかなわなかった。だがその展覧会は代表的なモチーフである蝶を糸口にその足跡を辿る構成で、日本人ファッションデザイナーの先駆けとして活躍してきた森英恵が生み出してきたオートクチュールの作品や映画、舞台衣裳、ユニホームなどが展示され、多岐にわたる仕事を通して、激動の時代を切り開いてきた道程がそこにはあった。それらの写真と共に森英恵の軌跡を振り返る。

森英恵を語る上で欠かせない蝶

 森英恵のエレガンスの象徴でもあった蝶は、歴代のコレクションの中でも多く使われてきたモチーフだ。育った島根県の自然がルーツであるが、のちに「『マダム・バタフライ」を観て奮起した自分が、いつの間にか『マダム・バタフライ』と呼ばれる存在になっていたと語っている。蝶が色とりどりに舞い、花がドレスの上で咲き誇る。森を代表するモチーフの蝶が知名度を押上げる一助になった一方で、長いキャリアの中でその固定されたイメージにより悩んだこともあったのだという。それでもその生涯を通して女性に自信と気品さを与えてくれる服を作り続けた。

 「森英恵 世界にはばたく蝶」展では、時代の垣根を越えてあらゆる年代の蝶をモチーフにしたドレスを数多く展示していたが、どの年代のドレスが並んでも全く古さを感じさせない。森の意向でそれぞれ制作された年代は記載されておらず、タイムレスなスタイルであることを伝えている。

オートクチュールの礎を築いた映画の衣裳

 森は生涯で数百本もの映画作品の衣裳デザインを手掛けた。特に1950〜60年代には数多くの依頼を受け、多忙な毎日を送っていた。監督の意向に添いながら演じる役やその役者に合わせてデザインすることは、後々のオートクチュールの礎となっていた。

 「太陽の季節」(1956年)では主演の南田洋子の衣裳を担当する。コットンレースのワンピースが海辺に映えた。「狂った果実」(1956年)では女性の衣裳の他にも石原裕次郎をはじめとする男性陣のアロハシャツなどもデザインした。あえて女性用のプリント柄で仕立てたという真っ赤で大胆なデザインのアロハシャツは、強引で自由奔放な石原演じる夏久と重なる。公開後には映画のファッションを真似た若者が街に溢れたという。

 他にも小津安二郎監督の「秋日和」(1960年)、石原裕次郎、浅岡ルリ子が出演した「銀座の恋の物語」(1962年)など、数多くの映画を担当してきた。2003年には篠田正浩監督の作品「スパイ・ゾルゲ」では40年ぶりに衣裳デザインを担当し、イアン・グレン、本木雅弘、葉月里緒菜らの衣装を手掛けた。

大切にしてきた舞台の世界

 1961年にニューヨークで観劇した「マダム・バタフライ」で憤りを感じてから、24年の時を経て、浅利慶太演出による「マダム・バタフライ」がミラノ・スカラ座で公演されることになり、その衣裳を森英恵が手掛けることになる。1904年にイタリアで初演された同作は、85年公演で初めて浅利が演出したオールジャパンによる制作として実現。日本人スタッフで手掛けた同作は、純粋で芯の強い日本の女性が表現され、長年の思いが晴れたという。この作品をきっかけに浅利とタッグを組み、その後劇団四季の「エビータ」(1987年)、「夢から覚めた夢」(1988年)、「ミュージカル李香蘭」(1991年)、「鹿鳴館」(2006年)などの作品を共に作り上げた。

オートクチュールの魅力に触れ世界を目指す

 1954年、当時28歳だった森は帝国ホテルで開催されたクリスチャン・ディオールのショーを観て、夢を与えるオートクチュールに衝撃を受ける。その後61年にパリやニューヨークへ渡り、日本から世界へ踏み出す決意をする。65年にニューヨークのホテル、デルモニコで初の海外コレクションを発表し、75年には本場パリでショーを開催。77年に東洋人として初めてパリ・オートクチュール組合のメンバーとなる。既成服が主流となる中で人の手で創る衣装にこだわり、日本の生地や染めの技術、和を感じさせるモチーフや色彩を取り入れた。

日本の顔としての制服

 1992年にはバルセロナオリンピック日本選手団の公式ユニホームを、94年にはリレハンメル冬季オリンピック日本選手団の公式ユニホームをデザインしている。それらのオリンピックに先駆け、1988年のソウルオリンピックではシンクロナイズドスイミングの小谷実可子のコスチュームをデザインした。演技の曲が「マダム・バタフライ」であったため、白い水着に色とりどりのビーズを縫い付けてアゲハチョウを描いた。その華やかな蝶が小谷選手と共に水の上で舞い踊った。

 森英恵は70年の大阪万博や学校や企業、公共施設、コンパニオンなどの制服も数多く手掛けているが、中でも日本航空の客室乗務員の制服は毎回話題を集めた。デザインを担当した4代目、5代目、6代目の制服のうち、特に1970〜77年に採用された5代目は、当時流行していたミニ丈のワンピースを採用し、ネイビーをベースにベルト、スカーフ、シューズの赤が効いているデザインで制服としては画期的だった。

雅子妃殿下のローブ・デコルテ

 森は1993年、当時の皇太子殿下のご成婚の際、妃雅子妃殿下の結婚の儀のローブ・デコルテを手掛けている。明暉瑞鳥錦(めいきずいちょうにしき)という織り柄の生地を用いて作られ、祝賀パレードではドレスに上着を着用した装いだった。雅子妃殿下に会った際、白いバラのような印象を受けたことから、襟元は大きな花びらが咲いたかのように一枚一枚あしらったのだという。

 ロイヤルでいえば、モナコ公国のグレース・ケリー(Grace Kelly)公妃は森英恵のドレスの顧客だった。1975年にはグレース公妃の招きによりモナコへ赴きショーを開催する機会に恵まれた。

復活コンサートを支えた美空ひばりの衣裳

 昭和の歌姫、美空ひばりの衣装といえば、羽をあしらったヘッドピースを思い浮かべる人も多いだろう。森は美空ひばりの晩年の約10年間のステージ衣装を担当していた。闘病ののちに復帰し開催した1988年に東京ドームのこけら落し公演「不死鳥コンサート」で着用したドレスは、今もなお多くの人々の記憶に残っている。生地も仕立てもオートクチュールで仮縫いもトワルと本生地の2回行っていたという。万全な体調ではない中、負担にならないよう衣裳の重さに細心の注意を払い、かつ小柄なひばりが大きく見えるような不死鳥と深紅の花のドレスを作りあげた。美空ひばりが1989年に亡くなった後も2004年まで美空ひばり記念館に毎年新作ドレスが加えられていったのだという。

 最後に森英恵に直接話を聞けたのは2017年のことだ。「WWD JAPAN」2000号に際し、日本人オートクチュールデザイナーの第一人者の森英恵と2016年7月に日本人として2人目、12年ぶりのパリ・オートクチュール・ファッション・ウィーク公式ゲストデザイナーの一人に選ばれた中里唯馬「ユイマナカザト」デザイナーとの対談企画だった。対談の中で印象的だったのは、森がビジネスとしてのファッションについて語っていたことである。1965年にニューヨークでショーを開催した後に高級百貨店ニーマン・マーカスのオーナーから声をかけられ米国でのビジネスがスタートしたが、森は「ニーマン・マーカスでは商品を売るわけですから厳しいわけです。それが勉強になる」と語っている。さらには、「ジョン・B・フェアチャイルドさんは米『WWD』のトップだった人で、厳しいジャーナリストだったから、よく書かれるときと厳しいときとあったけれど、この人の批評はホンモノだと思ったので、注目して仕事をしていた」とし、クリエイションそのものの、ある種の純粋な部分の追求のみならず、ビジネスとして客観視していたことが分かる。「服が売れなければビジネスは続かない」。そう話していたのは、ビジネスとして時に苦しい時代も経験したからこその言葉だったのだろう。未来を背負う若いデザイナーたちに、その夢を追い続けてほしいからこそのエールではなかったのではないかと推察する。森英恵は、後世のファッション、文化、芸術に多くのものを遺した。ここにご冥福をお祈りする。


 

【森英恵 年譜】

1926年
・1月/島根県鹿足郡六日市町に5人兄弟の次女として生まれる

1947年
・3月/東京女子大学を卒業

1948年
・5月/戦争中の勤労奉仕で知り合った森賢と22歳で結婚
・ドレスメーカー女学院で洋裁を学び始める

1951年
・新宿に洋裁店「ひよしや」をオープン

1954年
・「ひよしや」銀座店をオープン
・日活映画「かくて夢あり」(1954年)の衣裳を手掛け、以後、日活のほか大映、東宝、東映、松竹などで数百本の映画衣裳を担当

1963年
・5月/プレタポルテ部門のヴィヴィドを設立し、既製服ビジネスをスタート

1965年
・1月/ニューヨークで初の海外コレクションを発表。米「ヴォーグ」誌で「EAST MEETS WEST(東洋と西洋の出会い)」と評される

1967年
・3月/日本航空客室乗務員の制服をデザイン

1969年
・2月/米国で「ハナエ・モリ フレグランス」を発表 資生堂と提携

1970年
・7月/ジャンボ機就航を記念して日本航空客室乗務員の制服をデザイン ミニドレスで話題となる
・10月/ニューヨークに現地法人を設立し、ウォルドルフ・アストリア・ホテルにブティックをオープン

1972年
・3月/ロンドン日本大使館でコレクションを発表

1975年
・11月/グレース公妃の招きによりモナコでファッションショーを開催 帰途、パリで初のショーを開催

1976年
・11月/パリに現地法人を設立

1977年
・1月/パリのモンテーニュ通りにオートクチュールメゾンをオープン。パリ・オートクチュール組合に属する初の東洋人として第1回オートクチュール・コレクションを発表 以後、オートクチュールおよびプレタポルテコレクションをパリ、ニューヨーク、東京で発表

1978年
・6月/東京・表参道にハナエ・モリビルがオープン
・11月/東京をパリ、ニューヨーク、ミラノに並ぶファッション都市にと、第1回「The Best Six」を主催。パリのティエリー・ミュグレー、ニューヨークのステファン・バローズ、ミラノのジャンニ・ヴェルサーチェ、ロンドンのジーン・ミュア、東京の三宅一生らと共に6日間のファッションショーを開催

1981年
・11月/朝日新聞社、WWD ジャパン出版社(当時)の共催により「The Best Six ‘82」を開催 パリのエマニュエル・ウンガロ、ニューヨークのビル・ブラス、ミラノのマリウチア・マンデリ(「クリツィア」創業者)、ロンドンのジーン・ミュア、東京の三宅一生らと共に参加

1982年
日中国交正常化10周年を記念して東京で開催されたメイド・イン・チャイナ・ファッションショー「5人の中国」に稲葉賀恵、川久保玲、松田光弘、山本寛斎らと共に参加

1985年
・6月/パリのフォーブルサントノーレにブティックをオープン
・12月/ミラノ・スカラ座でのオペラ「マダム・バタフライ」の衣裳を担当

1987年
・6月/劇団四季の「エビータ」の衣裳を担当

1988年
・4月/東京ドームのこけら落し公演「美空ひばり 不死鳥コンサート」の衣裳を担当
・9月/ソウル五輪でシンクロナイズドスイミングの小谷実可子選手のコスチュームをデザイン

1989年
・7月/デザイナー生活35周年を記念して東京で衣裳展「森英恵展」を開催
・10月/フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を受章

1990年
・モナコとパリで「森英恵展」を開催

1992年
・7月/バルセロナ五輪日本選手団の公式ユニホームをデザイン

1993年
・6月/当時の皇太子妃雅子妃の結婚の儀のローブ・デコルテをデザイン

1994年
・2月/リレハンメル冬季五輪日本選手団の公式ユニホームをデザイン

1995年
・7月/パリで香水「ハナエ・モリ」を発表

1996年
・11月/ファッション界で初の文化勲章を受章

1997年
・9月/日中国交正常化25周年を記念し、北京で「パリー北京―東京ハナエ・モリ ファッションショー」を開催

1998年
・5月/水戸市芸術振興財団理事長に就任

2000年
・4月/水戸芸術館開館10周年記念事業の一環として「森英恵展 東と西の出会い」を開催

2002年
・3月/ハナエ・モリが民事再生法の適用を申請 ハナエモリ・アソシエイツが設立
・9月/フランス政府からレジオン・ドヌール勲章オフィシエ叙勲

2004年
・7月/パリで開催したオートクチュール・コレクションを最後に引退(当時78歳)ショーの最後にウエディングドレスを着用した孫の森泉とともに登場しフィナーレを飾った(9月には東京・新国立劇場で同コレクションを開催)

2005年
・3月/「森英恵ファッション文化財団」を設立し理事長に就任

2006年
・3月/東京とパリ(10月)で衣裳展「森英恵 手で創る」を開催(2007年は島根で開催)

2012年
・7月/彫刻の森美術館、美ヶ原高原美術館の館長に就任

2019年
・9月/NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」で新曲「あれから」の衣裳を担当

2020年
・2月/水戸芸術館開館30周年記念事業の一環として「森英恵 世界にはばたく蝶」展開催

2021年
・6月/展覧会「ファッション イン ジャパン 1945-2020 流行と社会」に出品
(島根県立石見美術館、国立新美術館)

2022年
・8月/逝去

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「エムシーエム」と「フェノメノン」の“ピープラスエム”が2022-23年秋冬コレクションを発売 モデルに上杉柊平を起用

 「エムシーエム(MCM)」と「フェノメノン(PHENOMENON)」のコラボレーションライン“ピープラスエム(P+M)”はこのほど、2022-23年秋冬コレクションを発売した。現在、「エムシーエム」の公式オンラインストアと直営店、「フェノメノン」の取り扱い店舗で販売中だ。

 22-23年秋冬コレクションは、アパレルのみを展開するミニマルな構成。「フェノメノン」のアーカイブにあったエンブロイダリーモチーフを採用したグラフィカルなデザインや、オールドイングリッシュフォントを用いたレタリングデザインのアイテムなどをそろえる。キャンペーンビジュアルのモデルには、ヒップホップ・クルーKANDYTOWNに所属する俳優・上杉柊平を起用した。

 「エムシーエム」と「フェノメノン」は、2010年にコラボライン“MCM バイ フェノメノン(MCM BY PHENOMENON)”を立ち上げ協業をスタート。その後、同ラインは2019年に活動休止するが、2020年に現在の“ピープラスエム”としてリブランディングを果たした。

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H&M傘下の「アンド アザー ストーリーズ」がロンドン発ブランドとコラボ

 H&Mヘネス・アンド・マウリッツ(H&M HENNES & MAURITZ以下、H&M)傘下ブランドの「アンド アザー ストーリーズ(& OTHER STORIES)」は、ロンドン発のブランド「アウェイク モード(A.W.A.K.E. MODE)」とコラボレーションしたコレクションをこの10月に発売する。12型のアパレルと、2種類のアクセサリーの全14アイテムをそろえる。

 「アンド アザー ストーリーズ」は、2013年に誕生。H&M傘下の「コス(COS)」の洗練されたスタイルや、「H&M」のカジュアルなタッチを融合させたデザインを手掛けるべく立ち上げられた。パリとストックホルム、ロサンゼルスにアトリエを構え、欧米やアジアで76店舗を運営する。30年までにサステナブルな素材の使用を100%にすることを目標としている。

 「アウェイク モード」は「ハーパーズ バザー(Harper's BAZAAR)」ロシアのファッション・ディレクターを務めたナタリア・アラヴェルディアン(Natalia Alaverdian)が12年に立ち上げ、デザインを手掛けている。今回のコラボレーションにあたって、デザインは同氏が担当し、「アンド アザー ストーリーズ」が生産や生地の調達などを行った。「自ブランドで常にやりたかったことがコラボによって実現した。流行に敏感でありつつも、やりすぎていないコレクションで、デザインするのはとても心地が良い作業だった」と語った。オフショルダーのリブニットやブロック型のカットアウトを施したロングスカート、背中が空いた黒いコートなど、遊び心あふれるデザインながらも日常に馴染むよう仕上げたという。

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「リーボック」から新作スニーカー“クラシックレザー メイク イット ユアーズ”が誕生

 「リーボック(REEBOK)」は、新作スニーカー“クラシックレザー メイク イット ユアーズ(CLASSIC LEATHER MAKE IT YOURS)”を8月19日に発売する。価格は税込1万1000円で、「リーボック」の公式オンラインストアや「リーボックストア 渋谷」、エービーシー・マート グランドステージ(ABC-MART GRAND STAGE)の各店などで取り扱う。

 “クラシックレザー メイク イット ユアーズ”は、定番スニーカー“クラシックレザー”の代表的なステッチとオーバーレイのパターンをアップデートしたモデルで、“シフト”と“オージー”の2型をラインアップする。“シフト”は、アッパーサイドに2本のステッチを施したデザインが特徴で、5色を展開。“オージー”は、アッパーにスエードとメッシュを採用し、往年の「リーボック」を彷ふつとさせるレッドとブルー、ホワイトのカラーリングとなっている。

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女性の解放された自己表現 ランジェリー「サルート」がK バレエ カンパニーの新プロジェクトに衣装協力

 ワコールによる「サルート(SALUTE)」は、熊川哲也が率いるK バレエ カンパニー(以下、K バレエ)のジェンダーをテーマにした新プロジェクト「K-バレエ オプト」に衣装協力をする。「サルート」は、女性の華やかなライフシーンに映えるランジェリーを提供し続け、絶大な人気を誇るブランド。他にはない高級感溢れるデザインと確かなボディーメイク機能で、年々売り上げを伸ばしている。

 今回の衣装協力は、Kバレエによるジェンダーをテーマにした新プロジェクト「K -バレエ オプト」の舞踏監督で振付けを手掛ける渡辺レイからアプローチがあり実現した。同プロジェクトの旗揚げ公演で上演される作品の一つ「プティ・バロッコ/小さな真珠(ゆがんだ真珠)」へ衣装を提供。この作品は、“バロックとジェンダー”をテーマにしており、“バロック=ゆがんだ真珠”を“女性の解放された自己表現”に重ね、異性の理想像とは関係のない女性自身のかわいさや美しさを探るという内容だ。今回のコラボレーションを記念し、K バレエの渡辺と「サルート」のチーフデザイナーの小島沙弥香による対談がショートフィルムで見ることができる。

 K バレエを率いる熊川は、「古典バレエだけでなく、バレエに哲学的なアプローチをするタイミングだと思った。“オプト”とは全方位という意味で、光を当てるということ。前衛的なアプローチに挑戦すると共に、新人の教育や育成も兼ねてスタートした」とコメントしている。

 「K -バレエ オプト」は9月30~10月1日、KAAT 神奈川芸術劇場(ホール)で上演。入場料は、S席9000円、A席7500円、B席(椅子付き立見席)3000円。

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仏「ベルルッティ」が銀座並木通り店の1周年を記念して“スクリットデニム”コレクションを発売

 フランスブランドの「ベルルッティ(BERLUTI)」は、東京・銀座並木通り店の1周年を記念して、同ブランドを象徴する“スクリット”(18世紀の手書き文字をモチーフにしたデザイン)を全面にプリントしたデニムコレクションを9月に発売する。

 ラインアップはベストセラーのトートバッグ“トゥジュール”のミニ、クラッチバッグの“ニノ GM”、スリッポンタイプのスニーカー“プレイタイム”の3商品。バッグのハンドルやパイピング、ジップの引き手やスニーカーのヒールタブに茶色に“パティーヌ”(染料などを何層にも塗り重ねる技法)したベネチアレザーをあしらい、デニムのネービーとのコントラストで見せる。

 “スクリット”は2000年代に4代目当主のオルガ・ベルルッティ(Olga Berluti)が考案、「ベルルッティ」のアイコンの一つになった。銀座並木通り店は2021年9月1日に日本旗艦店としてオープンしたが、その際に発売したのが“スクリットデニム”コレクションであり、1周年を機にセルフリバイバルする形となる。

 「ベルルッティ」はさらに、「スカイライン・プロジェクト」のバッグも発売する。同ブランドの持つ“サヴォアフェール(職人技)”の一つ“タトゥー”を用いて、東京をイメージした図案を描写するものでオーダー制だ。こちらも9月に受付を開始する。

 「ベルルッティ」は、1895年にパリで創業した4代続くブーツメーカー。現在はバッグやウエア、家具なども扱う。

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「コスメデコルテ」の“キモノ”シリーズからボディーローションとハンドクリームが登場 フレグランスと共通の5種の香りをラインアップ

 「コスメデコルテ(DECORTE)」は10月16日、フレグランスシリーズ“キモノ”から“パフュームド ボディローション”(各200mL、各税込5500円)と、“パフュームド ハンドクリーム”(各30g、各税込3300円)を発売する。香りはフレグランスと共通した全5種類をそろえ、ベタつきのないテクスチャーでシルクのような肌をかなえる。

 ボディーケアアイテムの独自成分として、ダマスクバラ花エキス、センチフォリアバラ花エキス、カニナバラ果実エキス、ナニワイバラ果実エキスの4種のローズから抽出した“ローズ カルテット エッセンス”を配合した。また、保湿効果の高いゴールデンシルクエキスやアロエベラ葉エキスなどの美容成分も配合。潤いに満たされた艶やかな肌へ導く。

 香りは、透明感のあるトランスペアレントフローラルの“ユイ”、知的で高貴なフローラルシブレの“キヒン”、強く優美なウッディフローラルの“リン”、生き生きとしたフレッシュフローラルの“ウララ”、優雅で繊細なフローラルムスクの“ツヤ”の全5種をラインアップする。

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「コスメデコルテ」の“キモノ”シリーズからボディーローションとハンドクリームが登場 フレグランスと共通の5種の香りをラインアップ

 「コスメデコルテ(DECORTE)」は10月16日、フレグランスシリーズ“キモノ”から“パフュームド ボディローション”(各200mL、各税込5500円)と、“パフュームド ハンドクリーム”(各30g、各税込3300円)を発売する。香りはフレグランスと共通した全5種類をそろえ、ベタつきのないテクスチャーでシルクのような肌をかなえる。

 ボディーケアアイテムの独自成分として、ダマスクバラ花エキス、センチフォリアバラ花エキス、カニナバラ果実エキス、ナニワイバラ果実エキスの4種のローズから抽出した“ローズ カルテット エッセンス”を配合した。また、保湿効果の高いゴールデンシルクエキスやアロエベラ葉エキスなどの美容成分も配合。潤いに満たされた艶やかな肌へ導く。

 香りは、透明感のあるトランスペアレントフローラルの“ユイ”、知的で高貴なフローラルシブレの“キヒン”、強く優美なウッディフローラルの“リン”、生き生きとしたフレッシュフローラルの“ウララ”、優雅で繊細なフローラルムスクの“ツヤ”の全5種をラインアップする。

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「シャネル」がアイコニックなツイードから着想したアイシャドウを発売 ツイード生地のポーチも

 「シャネル(CHANEL)」は9月9日、ブランドを象徴するツイード素材からインスパイアされたアイシャドウパレット“レ キャトル オンブル ツイード”(全4種、各税込1万1880円)を数量限定で発売する。

 「シャネル」を代表するコードの一つであるツイードは、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)が約100年前に初めてコレクションに用い、女性の服装に新風を吹き込んだ。一方の“レ キャトル オンブル”は、1982年の発売以来「シャネル」のメークアップのアイコンとして愛されている。今回のアイコレクションは、ツイードを再解釈した特別限定品として登場する。

 カラーは、赤みのあるブリックオレンジが大地や炎を思わせる“ツイード フォーヴ”、シマーなゴールドシェードが輝く“同 キュイヴレ”、ピンクとモーヴカラーが柔らかさと大胆さを兼ね備える“同 プールプル”、タイムレスなブラウンとベージュを収めた“同 ブラン エ ローズ”の4種。1つのパレットに質感の異なる4色がそろい、重ねることでシンプルなルックから洗練されたルックまで幅広い仕上がりに対応する。

 パレットを収納するポーチは、2002年から「シャネル」のオートクチュールを手掛ける刺繍工房のメゾン・ルサージュ(MAISON LESAGE)が製作した。

 同製品の発売を記念して8月26日〜10月10日、東京・表参道の「シャネル ビューティ ハウス」と全国8カ所の百貨店で“ツイード&パートナーズ”を開催する。ツイードの世界観を体感できる会場では、製品を自由に試せるほかイベント限定のアクティビティーも行う予定。

■シャネル ビューティ ハウス
時間:12:00〜20:00(平日)、11:00〜19:00)
定休日:不定休
住所:東京都渋谷区神宮前5-12-1

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「シャネル」がアイコニックなツイードから着想したアイシャドウを発売 ツイード生地のポーチも

 「シャネル(CHANEL)」は9月9日、ブランドを象徴するツイード素材からインスパイアされたアイシャドウパレット“レ キャトル オンブル ツイード”(全4種、各税込1万1880円)を数量限定で発売する。

 「シャネル」を代表するコードの一つであるツイードは、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)が約100年前に初めてコレクションに用い、女性の服装に新風を吹き込んだ。一方の“レ キャトル オンブル”は、1982年の発売以来「シャネル」のメークアップのアイコンとして愛されている。今回のアイコレクションは、ツイードを再解釈した特別限定品として登場する。

 カラーは、赤みのあるブリックオレンジが大地や炎を思わせる“ツイード フォーヴ”、シマーなゴールドシェードが輝く“同 キュイヴレ”、ピンクとモーヴカラーが柔らかさと大胆さを兼ね備える“同 プールプル”、タイムレスなブラウンとベージュを収めた“同 ブラン エ ローズ”の4種。1つのパレットに質感の異なる4色がそろい、重ねることでシンプルなルックから洗練されたルックまで幅広い仕上がりに対応する。

 パレットを収納するポーチは、2002年から「シャネル」のオートクチュールを手掛ける刺繍工房のメゾン・ルサージュ(MAISON LESAGE)が製作した。

 同製品の発売を記念して8月26日〜10月10日、東京・表参道の「シャネル ビューティ ハウス」と全国8カ所の百貨店で“ツイード&パートナーズ”を開催する。ツイードの世界観を体感できる会場では、製品を自由に試せるほかイベント限定のアクティビティーも行う予定。

■シャネル ビューティ ハウス
時間:12:00〜20:00(平日)、11:00〜19:00)
定休日:不定休
住所:東京都渋谷区神宮前5-12-1

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おやつカンパニー ×「アトモス」×「リーボック」が実現 “ベビースターラーメン スニーカー”が誕生

 食品メーカーのおやつカンパニーは、スニーカーショップ「アトモス(ATMOS)」と「リーボック(REEBOK)」とコラボレーションしたスニーカーを9月3日に発売する。価格は税込1万2000円で、「アトモス」の公式オンラインストアと一部直営店で取り扱う。

 今回のトリプルコラボでは、「リーボック」の定番スニーカー“クラシックレザー(CLASSIC LEATHER)”をベースモデルに採用し、おやつカンパニーの主力商品“ベビースター”を落とし込んだ。左右のヒール部分には、“ベビースター”のアイコンキャラクター“ホシオくん”と“ベイちゃん”をそれぞれ配したほか、サイドの“ベクターロゴ”に麺柄をあしらい、小窓の“Reebok”の文字を“Ramen”に置き換え、インソールにはトリプルコラボを象徴するロゴと麺柄をプリントしている。

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P&Gコリア出身の「SK-II」グローバルCEOが語る、コロナ下で変わるスキンケアニーズ

WWD:2月にグローバルCEOに就任した。期待されているミッションは?

スーキョン・リー SK-IIグローバルCEO(以下、リー):天然の酵母から生まれた保湿成分“ピテラ”の奇跡を世界中の人に知ってもらうことだ。40年以上前に生まれた“ピテラ”は、成分自体は変化していないが、継続的な研究と科学の進歩により今なお新しい発見が生まれている非常に貴重なものだ。これだけの歴史がある成分やブランドはなかなかないだろう。その価値や背景となる科学を広めることに情熱を燃やしている。結果的に市場が広がり、私のミッションとしてもいい方向に行くだろう。これまでのキャリアで得たマーケティングの知見や、韓国のほか中国やシンガポール、アメリカでの経験から得た知見を「SK-II」に注ぎたい。

WWD:現在「SK-II」は13の国と地域で展開している。今後マーケットを広げる計画はあるか。

リー:地理的に拡大することにはもちろん関心がある。同時に、世界中のどこにいても“ピテラ”のベネフィットを感じてもらえるように、消費者のアクセシビリティも考えていきたい。さらに強調したいのは、日本市場の強化がとても大切だということだ。現在はグローバルなプレステージブランドになったと言えるかもしれないが、そうしたブランドにとってヘリテージが大切で、ブランドの原点、生まれ故郷である日本市場を引き続き成長させていくことが重要だ。ポテンシャルはまだまだある。

WWD:足元の商況は良好で、コロナ前の水準に戻っていると聞く。一方で、中国市場の減速やトラベルリテールの成長鈍化といった懸念もある。どう捉えているか。

リー:中国の状況や世界で勃発しているさまざまな厳しい環境がある中で、逆に消費者のスキンケアに対する関心がますます上がっていることが分かった。コロナ下の2年半に観察してみて、より健康や自分を労わること、そしてスキンケアに意識が向いていることは非常に大きな機会だ。そうした消費者の関心やニーズに対応していきたい。

WWD:スキンケアの最新の知見は?

リー:最近分かったことは、肌の状態はとても不安定で1日の中でも大きく変化するということだ。若い人であっても、1日で9年分老いることもあるという。“ピテラ”で継続的にスキンケアすることで、1日の振れ幅を小さくし、エイジングのスピードにアプローチできることが分かってきた。

WWD:高まるスキンケアニーズに対する施策は?

リー:2018年に導入した肌測定機器「マジックリング」に続いて、コロナ下で開発を進め非接触での測定を可能にした「ミニマジックスキャン」を導入した。最新のAI技術と数十年の肌研究を基に、肌の状態を可視化しまだ目に見えないトラブルもキャッチする。コロナ下でも来店して肌測定をしたいという声が非常に多く、自分の肌のことを知りたいという欲求の高さを感じる。設置カウンターを継続して増やしていきたい。

WWD:「ミニマジックスキャン」への反響は?

リー:このマシンにはユニークな機能が2点ある。1点目は、そのお客さまだけが持っている肌の美しさや、肌のポテンシャルの引き出し方など、非常にポジティブな側面から測定結果が示されることだ。一般的な肌測定はここにシミがあるとかシワがあるとかネガティブなところを突いて落ち込ませるものが多い。「ミニマジックスキャン」はもっと肌のことを知りたいとオープンなマインドになってもらえる。2点目は、われわれは幅広い製品を持っているが、それらをどのように使ったらいいかを紹介できる点だ。例えばもっとハリが出る肌であるということであればクリームを紹介するという具合にさまざまな組み合わせを提案できるのは独自のものだ。

女性たちに人生を自由に選択できることを伝えたい

WWD:P&Gはイクオリティ&インクルージョン(E&I)に注力している。自身もP&Gコリア初の女性CEOであり、キャリアの中でもジェンダー平等達成に向けて取り組んできた。「SK-II」では何を目指すか。

リー:ジェンダー平等に関しては非常に情熱を持ってやってきた。「SK-II」はブランドのパーパスとして「#CHANGEDESTENY」を掲げキャンペーンを展開している。肌も人生も地球も、運命は変えられるということだが、特に女性の人生において、社会的な抑圧や、自分自身がかけてしまっている呪いやプレッシャーから自由になり人生を選択できるというメッセージを伝えていきたい。私の仕事の中で、ミッションとパーパスが融合している状態だ。

WWD:具体的な施策は?

リー:日本では、コロナ下で影響を受けた中小ビジネスを経営する女性起業家・女性事業主向けの支援として「#CHANGEDESTENY資金」プログラムを実施した。これは、映像作品を発信するコンテンツハブ「SK-II Studio TM 」の映像1再生につき1ドルを支援活動に拠出する取り組みだ。「学ぶ」「つながる」「発信する」という3つのアプローチで女性起業家の課題に取り組んでいる。これまでのメッセージを一歩前進させ、社会を変える行動につなげていきたい。

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P&Gコリア出身の「SK-II」グローバルCEOが語る、コロナ下で変わるスキンケアニーズ

WWD:2月にグローバルCEOに就任した。期待されているミッションは?

スーキョン・リー SK-IIグローバルCEO(以下、リー):天然の酵母から生まれた保湿成分“ピテラ”の奇跡を世界中の人に知ってもらうことだ。40年以上前に生まれた“ピテラ”は、成分自体は変化していないが、継続的な研究と科学の進歩により今なお新しい発見が生まれている非常に貴重なものだ。これだけの歴史がある成分やブランドはなかなかないだろう。その価値や背景となる科学を広めることに情熱を燃やしている。結果的に市場が広がり、私のミッションとしてもいい方向に行くだろう。これまでのキャリアで得たマーケティングの知見や、韓国のほか中国やシンガポール、アメリカでの経験から得た知見を「SK-II」に注ぎたい。

WWD:現在「SK-II」は13の国と地域で展開している。今後マーケットを広げる計画はあるか。

リー:地理的に拡大することにはもちろん関心がある。同時に、世界中のどこにいても“ピテラ”のベネフィットを感じてもらえるように、消費者のアクセシビリティも考えていきたい。さらに強調したいのは、日本市場の強化がとても大切だということだ。現在はグローバルなプレステージブランドになったと言えるかもしれないが、そうしたブランドにとってヘリテージが大切で、ブランドの原点、生まれ故郷である日本市場を引き続き成長させていくことが重要だ。ポテンシャルはまだまだある。

WWD:足元の商況は良好で、コロナ前の水準に戻っていると聞く。一方で、中国市場の減速やトラベルリテールの成長鈍化といった懸念もある。どう捉えているか。

リー:中国の状況や世界で勃発しているさまざまな厳しい環境がある中で、逆に消費者のスキンケアに対する関心がますます上がっていることが分かった。コロナ下の2年半に観察してみて、より健康や自分を労わること、そしてスキンケアに意識が向いていることは非常に大きな機会だ。そうした消費者の関心やニーズに対応していきたい。

WWD:スキンケアの最新の知見は?

リー:最近分かったことは、肌の状態はとても不安定で1日の中でも大きく変化するということだ。若い人であっても、1日で9年分老いることもあるという。“ピテラ”で継続的にスキンケアすることで、1日の振れ幅を小さくし、エイジングのスピードにアプローチできることが分かってきた。

WWD:高まるスキンケアニーズに対する施策は?

リー:2018年に導入した肌測定機器「マジックリング」に続いて、コロナ下で開発を進め非接触での測定を可能にした「ミニマジックスキャン」を導入した。最新のAI技術と数十年の肌研究を基に、肌の状態を可視化しまだ目に見えないトラブルもキャッチする。コロナ下でも来店して肌測定をしたいという声が非常に多く、自分の肌のことを知りたいという欲求の高さを感じる。設置カウンターを継続して増やしていきたい。

WWD:「ミニマジックスキャン」への反響は?

リー:このマシンにはユニークな機能が2点ある。1点目は、そのお客さまだけが持っている肌の美しさや、肌のポテンシャルの引き出し方など、非常にポジティブな側面から測定結果が示されることだ。一般的な肌測定はここにシミがあるとかシワがあるとかネガティブなところを突いて落ち込ませるものが多い。「ミニマジックスキャン」はもっと肌のことを知りたいとオープンなマインドになってもらえる。2点目は、われわれは幅広い製品を持っているが、それらをどのように使ったらいいかを紹介できる点だ。例えばもっとハリが出る肌であるということであればクリームを紹介するという具合にさまざまな組み合わせを提案できるのは独自のものだ。

女性たちに人生を自由に選択できることを伝えたい

WWD:P&Gはイクオリティ&インクルージョン(E&I)に注力している。自身もP&Gコリア初の女性CEOであり、キャリアの中でもジェンダー平等達成に向けて取り組んできた。「SK-II」では何を目指すか。

リー:ジェンダー平等に関しては非常に情熱を持ってやってきた。「SK-II」はブランドのパーパスとして「#CHANGEDESTENY」を掲げキャンペーンを展開している。肌も人生も地球も、運命は変えられるということだが、特に女性の人生において、社会的な抑圧や、自分自身がかけてしまっている呪いやプレッシャーから自由になり人生を選択できるというメッセージを伝えていきたい。私の仕事の中で、ミッションとパーパスが融合している状態だ。

WWD:具体的な施策は?

リー:日本では、コロナ下で影響を受けた中小ビジネスを経営する女性起業家・女性事業主向けの支援として「#CHANGEDESTENY資金」プログラムを実施した。これは、映像作品を発信するコンテンツハブ「SK-II Studio TM 」の映像1再生につき1ドルを支援活動に拠出する取り組みだ。「学ぶ」「つながる」「発信する」という3つのアプローチで女性起業家の課題に取り組んでいる。これまでのメッセージを一歩前進させ、社会を変える行動につなげていきたい。

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P&Gコリア出身の「SK-II」グローバルCEOが語る、コロナ下で変わるスキンケアニーズ

WWD:2月にグローバルCEOに就任した。期待されているミッションは?

スーキョン・リー SK-IIグローバルCEO(以下、リー):天然の酵母から生まれた保湿成分“ピテラ”の奇跡を世界中の人に知ってもらうことだ。40年以上前に生まれた“ピテラ”は、成分自体は変化していないが、継続的な研究と科学の進歩により今なお新しい発見が生まれている非常に貴重なものだ。これだけの歴史がある成分やブランドはなかなかないだろう。その価値や背景となる科学を広めることに情熱を燃やしている。結果的に市場が広がり、私のミッションとしてもいい方向に行くだろう。これまでのキャリアで得たマーケティングの知見や、韓国のほか中国やシンガポール、アメリカでの経験から得た知見を「SK-II」に注ぎたい。

WWD:現在「SK-II」は13の国と地域で展開している。今後マーケットを広げる計画はあるか。

リー:地理的に拡大することにはもちろん関心がある。同時に、世界中のどこにいても“ピテラ”のベネフィットを感じてもらえるように、消費者のアクセシビリティも考えていきたい。さらに強調したいのは、日本市場の強化がとても大切だということだ。現在はグローバルなプレステージブランドになったと言えるかもしれないが、そうしたブランドにとってヘリテージが大切で、ブランドの原点、生まれ故郷である日本市場を引き続き成長させていくことが重要だ。ポテンシャルはまだまだある。

WWD:足元の商況は良好で、コロナ前の水準に戻っていると聞く。一方で、中国市場の減速やトラベルリテールの成長鈍化といった懸念もある。どう捉えているか。

リー:中国の状況や世界で勃発しているさまざまな厳しい環境がある中で、逆に消費者のスキンケアに対する関心がますます上がっていることが分かった。コロナ下の2年半に観察してみて、より健康や自分を労わること、そしてスキンケアに意識が向いていることは非常に大きな機会だ。そうした消費者の関心やニーズに対応していきたい。

WWD:スキンケアの最新の知見は?

リー:最近分かったことは、肌の状態はとても不安定で1日の中でも大きく変化するということだ。若い人であっても、1日で9年分老いることもあるという。“ピテラ”で継続的にスキンケアすることで、1日の振れ幅を小さくし、エイジングのスピードにアプローチできることが分かってきた。

WWD:高まるスキンケアニーズに対する施策は?

リー:2018年に導入した肌測定機器「マジックリング」に続いて、コロナ下で開発を進め非接触での測定を可能にした「ミニマジックスキャン」を導入した。最新のAI技術と数十年の肌研究を基に、肌の状態を可視化しまだ目に見えないトラブルもキャッチする。コロナ下でも来店して肌測定をしたいという声が非常に多く、自分の肌のことを知りたいという欲求の高さを感じる。設置カウンターを継続して増やしていきたい。

WWD:「ミニマジックスキャン」への反響は?

リー:このマシンにはユニークな機能が2点ある。1点目は、そのお客さまだけが持っている肌の美しさや、肌のポテンシャルの引き出し方など、非常にポジティブな側面から測定結果が示されることだ。一般的な肌測定はここにシミがあるとかシワがあるとかネガティブなところを突いて落ち込ませるものが多い。「ミニマジックスキャン」はもっと肌のことを知りたいとオープンなマインドになってもらえる。2点目は、われわれは幅広い製品を持っているが、それらをどのように使ったらいいかを紹介できる点だ。例えばもっとハリが出る肌であるということであればクリームを紹介するという具合にさまざまな組み合わせを提案できるのは独自のものだ。

女性たちに人生を自由に選択できることを伝えたい

WWD:P&Gはイクオリティ&インクルージョン(E&I)に注力している。自身もP&Gコリア初の女性CEOであり、キャリアの中でもジェンダー平等達成に向けて取り組んできた。「SK-II」では何を目指すか。

リー:ジェンダー平等に関しては非常に情熱を持ってやってきた。「SK-II」はブランドのパーパスとして「#CHANGEDESTENY」を掲げキャンペーンを展開している。肌も人生も地球も、運命は変えられるということだが、特に女性の人生において、社会的な抑圧や、自分自身がかけてしまっている呪いやプレッシャーから自由になり人生を選択できるというメッセージを伝えていきたい。私の仕事の中で、ミッションとパーパスが融合している状態だ。

WWD:具体的な施策は?

リー:日本では、コロナ下で影響を受けた中小ビジネスを経営する女性起業家・女性事業主向けの支援として「#CHANGEDESTENY資金」プログラムを実施した。これは、映像作品を発信するコンテンツハブ「SK-II Studio TM 」の映像1再生につき1ドルを支援活動に拠出する取り組みだ。「学ぶ」「つながる」「発信する」という3つのアプローチで女性起業家の課題に取り組んでいる。これまでのメッセージを一歩前進させ、社会を変える行動につなげていきたい。

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