琉球王朝時代から続く祈りの場を舞台に。初めての女性シェフを迎え開催した第15回目の『DINING OUT』。[DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]

石造りのアーチが美しい知念城跡。満月に照らされて幻想的。

ダイニングアウト琉球南城「Origin いのちへの感謝と祈り」をテーマに、食の起源を辿る。

11月23日(金・祝)、24日(土)に『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』が開催されました。15回目の開催地は、琉球王朝の起源といわれる沖縄県南城市。太古の昔「アマミキヨ」という女神が「ニライカナイ」と呼ばれる海の向こう側からやってきて、琉球の島々や御嶽を作ったという神話になぞらえ、『DINING OUT』史上初となる女性シェフが抜擢されました。重責を担い、二夜限りの厨房を預かったのが『志摩観光ホテル』総料理長の樋口宏江シェフ。テーマは、「Origin いのちへの感謝と祈り」。

例によって、詳細はベールに包まれたまま。11月の沖縄を訪れたゲストを待ち受けていたのは、どんなレストラン体験だったのでしょうか。その全貌を、いち早くご紹介します。

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樋口シェフ。この二夜のためだけに結成された“オール沖縄”の厨房チームを統率する。

今回の『DINING OUT』のテーマや南城、久高島の歴史、料理に込められた想いをゲストにわかりやすく伝えたホストの中村氏。

ダイニングアウト琉球南城琉球王朝の信仰が息づく島、「はじまりの地」でアペリティフを。

冬の入口ながら、照り付ける強い陽射しに晩夏の余韻さえ感じる秋晴れの日。しかし雲の流れひとつ、風向きひとつ変われば、気温の感じ方も都度変わります。送迎のLEXUSが到着したのは、沖縄半島南端に位置する安座間港。ゲストはここから船に揺られ、港から約5キロの場所にある久高島へと渡ります。

毎回、予期せぬ演出がゲストを驚かせるのが『DINING OUT』ですが、船で島へと渡るのは初めてのこと波に揺られながら、次第に小さくなる知念岬を眺めるひとときに、特別な夜宴への期待感が高まります。

久高島は琉球王朝の創生主である女神「アマミキヨ」が降臨したといわれる琉球神話の聖地。周囲わずか8キロの小さな島の中に、祭祀などを執り行う御嶽(うたき)などの祈りの場が今も残ります。ゲストはまず、島外から訪れた人が最初に挨拶をする徳仁拝所(ウガンジュ)に詣り、続いて12年に一度の秘祭「イザイホー」の二大祭場となる御殿庭(ウドンミャー)、外間(ウプグイ)と、祈りの場を訪ねました。ホストを務めるコラムニストの中村孝則氏と島の案内役の西銘まさひで氏が御殿庭でゲストを迎え、巡礼の案内役に。

「イザイホー」を執り行うのは、ノロと呼ばれる女性であること。最後に行われたのは1978年であること。御殿庭には、島で「神の使い」とされる神聖な食べ物・イラブー(ウミヘビ)の燻製小屋があること。中村氏と西銘氏の口から語られる島のしきたり、風俗は、沖縄を訪れたことがある人にとってさえ未知の世界、驚きの連続であったことでしょう。さらに一行は、バスで島の最北端・カベール岬へと向かいます。

バスから降りると、そこがアペリティフの会場に。特別な島で初めて聞く話に神妙に耳を傾けていたゲストたちも、テーブルに並ぶフィンガーフードを見て、小さな歓声を上げ、表情は明るく華やぎます。岬の突端に目を向ければ、アダンやオキナワシャリンバイといった風衛植物の濃い緑色と白い砂浜、ターコイズブルーの海が、鮮烈なコントラストを描く南国らしい景色が広がります。

祖神「アマミキヨ」は、カベール岬から久高島へ降り立ち、五穀をもたらしたといわれています。樋口シェフがアペリティフに用意したのは、五穀に因んだ南城産赤米のチップスや、樋口シェフが志摩から持ってきた鮑のスモークなど。砂浜へと進み「ニライカナイ」の方角に祈りを捧げたゲスト一行は、再びバスに乗り、ディナーの本会場へと、徳仁港に向かいます。いよいよ、樋口宏江シェフが司る、感謝と祈りの宴の幕開けです。

カベール岬。海を隔てた先が「ニライカナイ」の方角に当たる。

カベール岬に用意されたアペリティフ会場。ゲストは予期せぬ演出に驚きの表情を見せた。

アペリティフ用のフィンガーフード。赤米で五穀の恵みへの感謝を、志摩産の鮑で海への祈りを表現し、沖縄の郷土食として欠かせないアーサーを、沖縄と志摩の食材を融合させたディナーへの橋渡しに。

最後の「イザイホー」を執り行った洋子氏。秘め事の多い祭の一端を語り伝えてくれた。

カベール岬では、「ニライカナイ」の方角に向かって手を合わせて、祈りを捧げた。

久高島・カベール岬へ続く道。豊かな自然が、祈りの場として古くから形を変えずに残されている。

ダイニングアウト琉球南城聖地巡礼の拝所に浮かび上がる、二夜限定のレストランへ。

久高島・徳仁港で乗った船が安座間港へ近付くと、送迎のLEXUSがずらりと並ぶ圧巻の風景が近づいてきます。久高島での祈りのひとときを過ごし、どこか清々しい表情をしたゲストを乗せ、LEXUSが次々に海岸線を離れ、高台へと登って行きます。駐車場から柔らかな灯りが足元を照らす長い坂道を下っていくと、目の前に幻想的な景色が浮かび上がります。この日のために用意されたディナー会場を囲むのは、ライトアップされた知念城跡。琉球王国時代から続く聖地巡礼の拝所のひとつで、切石組みのミーグスク(新城)と、自然石を積んだクーグスク(古城)から成り、国の史跡にも指定されています。

客席の前に据えられた巨大なオープンキッチンでは、大勢の料理人たちが、忙しそうにサービスの準備を行っています。その真ん中に立つ樋口シェフを見つけるのは、難しいことではありません。落ち着いていて、もの静かな普段通りの立ち振る舞いが貫かれていて、フル回転する厨房内で静かなオーラを放っています。「Origin いのちへの感謝と祈り」をテーマに、『DINING OUT』史上最も神聖な場所で繰り広げられる二夜限りの祈りの宴。その“祭祀役”を務めるのが、樋口宏江シェフなのです。

この晩、供されたのはアミューズからデセールまで11皿。そのすべてが迷いなく、確信に満ちていました。わずか2カ月前に視察に訪れたのが、樋口シェフにとっての初めての沖縄であったとは信じられないほど。地域の人々の暮らしの中でそれぞれの食材が果たしてきた役割を踏まえ、郷土食から得たインスピレーションもフルに生かして作られた料理は、どれも堂々たるフランス料理でした。

安座間港に到着したゲストは、送迎用のLEXUSでディナーの本会場へ。

ディナー会場でゲストを迎えるホストの中村氏。髪を結い上げ、琉球王朝の民族衣装で。

海を見下ろす知念城跡にしつらえられたダイニング。フルオープンの厨房のみならず、客席もまた舞台のよう。

樋口シェフの文字が印刷されたメニュー。左のサインは、一部ごとに手書きしたもの。結び目は沖縄のお守りに倣ったサン結びに。

樋口シェフの指揮の下、短期間で結束力を深めた厨房スタッフ。料理は時間通り、滞ることなく提供された。

ダイニングアウト琉球南城インパクトのある沖縄の食材を、その背景ごとフランス料理の皿に。

味作りはどこまでも緻密に、プレゼンテーションはときに穏やかなキャラクターからは想像が付かないほど大胆に。そんなコースを象徴するのが、アミューズの「久高島イラブーのシガレット」。郷土食のイラブー汁をヒントに、長時間煮たイラブーと、その出汁で風味付けした豚肉や豚足を細長く成形し、イラブーの皮を付けて揚げた手でつまめる一品に。多くのゲストにとって、もっとも未知の食材であるイラブーを、洗練されたスタイルで、ディナーの始まりに据えることで、ディープかつ聖なるものと結び付いた沖縄・南城の食の世界へとゲストを一気に引き込みます。

四季柑が爽やかに香る海の幸の前菜に続いて供されたのは、「ヒージャーのロワイヤル」。山羊のコンソメを贅沢に使ったなめらかな食感のロワイヤルに、卓上で山羊のコンソメをかけて仕上げます。器の中は一杯の茶のようにな静けさですが、身、骨、内臓と山羊の命のすべてが凝縮して内包されているのです。

沖縄の特産魚・マクブはういきょうを添えてスープ仕立てに。沖縄在来種の黒金豚は、伊勢志摩から持ち込んだ備長炭で炭火焼きに。「ぬちぐすい(命薬)」と題された皿は、味や香り、苦みが濃厚な在来種の野菜の“ちゃんぷるー”。それぞれの味わいを活かす調理法で火を入れ、ときには生で、単体で、あるいは一緒に味わうことで、体が調う心地に。家族の健康を気遣う母の味を出発点にした一皿は、野菜料理ながら、魚や肉に劣らぬ食べ応えです。

コースの合間に古くから祭祀舞踊として土地に根付く琉球舞踊が披露されました。三線や笛、太鼓の音に合わせたしなやかな舞いを照らすのは、煌々と輝く月明り。そう、23日は満月だったのです。月明りは、舞台だけでなく食卓を囲む人々をも照らします。日没から急激に強まった風の影響で、会場は一気に冬のような冷え込みに。でも、ブランケットで寒さをしのぎつつ、満足気食事を楽しむゲストの表情が印象的でした。

「久高島イラブーのシガレット」。イラブー粉の旨みは、濃厚なかつお節のよう。

「琉球の海の幸 四季柑の香りを添えて」。姫シャコ貝や島ダコなど、個性の強い地産の魚介に、トマトのムースと四季柑(カラマンシー)のジュレを添えて。

「ヒージャーのロワイヤル」。山羊の姿を残さぬ1皿に、山羊の旨みすべてを詰め込んだ。

たおやかに舞う踊り子は、すべて男性。ディナーと並行して伝統芸能の演目が披露され、会場はいっそう華やぐ。

「マクブとウイキョウのスープ」。丁寧にひかれた魚の出汁の澄み切った味わいに、サフランが優しく香りを添える。

「“ぬちぐすい”」=「命薬」と名付けた野菜と島豆腐のひと皿。力強い野菜と島豆腐のひとつひとつが主張し、混ざり合う。

口直しに供された「ローゼルのグラニテ」。酸味が爽やか。

胴を五色の毛に覆われた沖縄伝統の獅子舞が登場する一幕も。

「黒金豚の伊勢志摩備長炭焼き ハチミツ風味のガストリックソースで」。豚の脂身のしっかりとした食感とクリアな甘みが際立つ。

マングローブ蟹を生きた殻付きのまま炊き込んだ1品。まずはプレゼンテーションとして鍋のままテーブルへ。

殻から出る出汁とほぐし身、プチプチとした食感の内子と、マングローブ蟹のおいしさを余すところなく味わえる。シマネギの香味がアクセントに。

デザートの前に泡盛の古酒とともに供された酒肴。左は、樋口シェフ自らが作った琉球伝統菓子・冬瓜の砂糖漬けにカカオニブを乗せたもの。右奥が南城市にある英国人ジョン・デイヴィスさんのチーズ工房『チーズガイ』のエメンタールチーズ、右手前は豆腐よう。

「島バナナのソルベと沖縄ラムのババ 黒糖の香り」。島バナナのコクのある甘み、黒糖とラムの風味が一体に。

左はシークヮーサーのパート・ド・フリュイと、ドラゴンフルーツの焼き菓子。沖縄「アダファーム」のスペシャリティコーヒーとともに。

ダイニングアウト琉球南城祭祀のように、多くの人の手を、心をひとつにした宴。

「ホテルで仕事をしてきた自分だからこそ出せる料理をお出ししたい」
開催に先駆け、樋口シェフが繰り返し話していた言葉です。では「ホテルの仕事」とはいったいどういうものでしょうか。

それは1皿に惜しみない手間がかけられる仕事。例えば「マクブとウイキョウのスープ」1品を取っても、まず魚の骨と野菜を炒めたもので出汁を引き、エビのコンソメを合わせでコクを出し、身は火を入れる前に塩と砂糖でマリネして脱水し、揚げたウロコを添えて食感を出すという具合。見えないところにかけられる膨大な仕事量は、“人の手”なくしてはありえません。沖縄南城の地で開催された『DINING OUT』では、阿吽の呼吸で通じ合うホテルのスタッフに代わり、県内から集まった料理人たちが樋口シェフの指揮の下、その役割を果たしました。その様子に神の使い役である女性の下、執り行われる祭を重ねたゲストも少なくなかったはずです。

「準備段階で焦りやプレッシャーはありましたが、いつも沖縄の方々が助けて下さった。食材の生産者の方々の真摯さやおおらかさ、厨房スタッフとして参加して下さったシェフの方々の惜しみない力添え。皆さんと作り上げた2日間を誇りに思いますし、それはこれからの私の仕事にも生かされていくと思います」
2日間の感想を樋口シェフに尋ねると「やり切った」という表情で、そう語りました。

初日の急激な冷え込みに続き、二日目は、いよいよディナー開始という場面で、二度のにわか雨に降られるアクシデントがありました。それでも慌てて席を離れたり、あからさまに不満を漏らしたりするゲストはいません。そこに「15回の歴史を重ねてきた『DINING OUT』の成熟を見た」と、ホストの中村氏は話します。
「単に野外で食事をするだけでなく、すべての人で“場”を作り上げる。『DINING OUT』は『DINING EXPERIENCE』。茶道の言葉でいえば、一座建立。素晴らしい会だった」と。

国の史跡にダイニングをしつらえ、海を隔てた2会場を船で行き来し、土地に縁を持たない女性料理人が厨房を仕切る。初めて尽くしゆえに、成功への願いと同じくらい大きな不安も抱えてスタートした『DINING OUT RYUKYU NANJO with LEXUS』は、大きな充実感とともに幕を閉じました。この成功は16回以降の『DINING OUT』に、そして携わったすべての人々のこれからに、いい形で繋がっていくはずです。

最後まで「昨日より今日、今より次の一皿をより良く」と、妥協なき仕事を貫いた樋口シェフ。

一皿一皿に驚き、笑みを見せるゲストたち。サービスも地元スタッフを中心にテンポよく取りし切られた。

会場を照らす満月。初日、会の終わり近くには、客席からも見ることができた。

カーテンコール。即席のチームとは思えない結束力を見せたスタッフたち。樋口シェフも安堵の表情。

三重県四日市市生まれ。1991年、志摩観光ホテルに入社。2014年には、同ホテルで初めての女性総料理長に就任。2016年に、「G7 伊勢志摩サミット」のディナーを担当し、各国首脳から 称賛を受けた。翌年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を、三重県初、女性としても初めて受賞。今、最も世界から注目を集めている女性シェフである。
志摩観光ホテルHP:https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html

神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称) 2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。
http://www.dandy-nakamura.com/