『西宇和みかん』が見せた、様々な表情。ついに完成した『KIRIKO NAKAMURA』の期間限定デザートコース。[TERROIR OF NISHIUWA/愛媛県八幡浜市]

日本を代表するデザート職人、目黒「kabi」のパティシエール中村樹里子氏が、『西宇和みかん』の魅力をより多くの人に味わってもらう為、『西宇和みかん』をふんだんに使ったデザートのフルコースを開発します。

テロワールオブ西宇和予約困難は必至。全貌がいよいよ明らかになった全6皿。

愛媛県西宇和が誇る『西宇和みかん』は、高糖度で酸味も適度にあり、“じょうのう”は薄く、とろけるような食感。主に首都圏へ出荷され、多くの人に愛される西宇和の特産品です。

そのまま、手で剥いて食べるイメージが強いみかんの可能性を広げる為、『西宇和みかん』を主役に据えて、『西宇和みかん』だけのデザートコースを創造する。そんな強い気持ちで、現地まで訪れたのは、パティシエールの中村樹里子氏でした。中村氏は、オープンたった2ヶ月でミシュラン最速の一ツ星を獲得した白金台『TIRPSE』の元パティシエール。現在は、目黒『Kabi』でその腕を振るっている新進気鋭の料理人です。

「急な傾斜地に畑はあるから水はけが良く、気候の変化によって、たったひと晩でも糖度は一気に上がる。生産者の方にお会いしなければわからないことが知れて、本当に勉強になりました」
西宇和への旅をそう振り返る中村氏。

ついにデザートコースが完成しました。
あの『KIRIKO NAKAMURA』が、わずか12日間(!)だけの期間限定で復活。提供はすでに始まっています。
「Kiriko Nakamura による西宇和みかんのデザートコース」詳細・予約はこちら

コースを通じて、ゲストに伝えたかったのは「そのまま食べて美味しい『西宇和みかん』にも、様々な表情がある」ということ。

全6皿には、中村氏がどんな魔法をかけて、『西宇和みかん』をデザートに昇華したのかを示す、英語のキーワードが付されていました。
「fermentation」
「fresh」
「roast」
「carbonization」
「reduce」
「candied」
全6皿を、順に追いかけていきましょう。

▶詳細は、TERROIR OF NISHIUWA/特徴的な地形が育む、伝統の『西宇和みかん』で進む、新たな価値観の創造。

今年も甘くて適度に酸を感じる味わいに仕上がった『西宇和みかん』。西宇和が誇る3つの太陽によって育まれる。

テロワールオブ西宇和あるときは『西宇和みかん』そのまま。あるときは発酵させて。

まず、テーブルに運ばれてきたのは1脚のワイングラス。

色鮮やかな普通のオレンジジュースが注がれているように見えます。
しかし、香りを嗅いで驚嘆。えも言われぬ芳醇な香りが漂ってきました。同時に、スパイスや花のニュアンスも感じます。
「『西宇和みかん』を常温で発酵させたジュースです」
「fermentation」とは発酵。スパイスの正体は西予市で出合ったニッケで、やはり、「発酵させてある」とのこと。キンモクセイも別に発酵させて、仕上げに合わせています。

『西宇和みかん』の甘みとわずかな酸味、フローラル&スパイシーな香りが渾然一体となって広がる美味しさに、陶然となります。添えられた小菓子は春菊のパイですが、みかんシロップを塗って焼き上げているそう。だから、発酵ジュースとよく合うのです。

続いて登場した「fresh」は、文字通り、『西宇和みかん』そのままの美味しさを活かした一品。果汁のゼリーに優しく包まれた実は甘く、ヨーグルトキャラメル、ほうじ茶の香るアイスクリームが心地良いアクセントになっています。
「ほうじ茶の香りを、コースのどこかで活かしたい」
西予市の美しい茶畑で、中村氏が呟いたひと言が脳裏に甦りました。

「fermentation」。『西宇和みかん』だけでなく、ニッケも、キンモクセイも個別に砂糖水に漬け込んで発酵。芳醇な香りが楽しめる。

「fresh」。『西宇和みかん』は、果実だけを丁寧に取り出し、そのものの美味しさを味わうという趣向。サラッと優しいゼリーとよく合う。

「fermentation」で発酵させて使った、シナモンの一種、ニッケを作る浦田嘉幸氏。

「fresh」で香りづけに使用したほうじ茶の生産者、西予市『お茶の明芳園』の兵頭暁彦氏。

テロワールオブ西宇和・真穴共選様々に手を加えることで花開く、『西宇和みかん』の知られざる魅力。

続いて登場した「roast」はオーブンで30分かけて焼いた『西宇和みかん』が主役。このローストみかんはソルベにもしています。しっとり濃厚なチーズケーキや、みかんの花の蜂蜜で作ったムース、富士柿のクリアなジュ、さらに『西宇和みかん』で作ったパリパリのチュイールなども添えて、方向性の異なる甘みを重層的に組み合わせました。

蜂蜜は、「個人的に好きな食材で、西宇和では、たくさんの蜂たちにも会ってきました(笑)」と思いを寄せた八幡浜『脇水養蜂園』の特製品。富士柿は、みかんに並ぶ西宇和の特産品で、現地のテロワールが育んだ食材たちが見事に『西宇和みかん』の存在感を際立たせています。

次の「carbonization」は直訳すれば、“炭化”。『西宇和みかん』がどんな変貌を遂げるのか、期待していると、何と、真っ黒に焦がされたパウダーになって登場しました。パウダーだけれど、香りはしっかりと『西宇和みかん』。
「このデザート、どこに『西宇和みかん』が使われているの? という面白さを感じて欲しくて考えました」
食べ手の想像を易々と超越するクリエイションに、中村氏の才能を実感します。

この皿で、すべての土台になっているのは内子町で感激した人参芋。ケーキに仕立てました。人参芋ではムースも作り、ふんわり感もプラス。素揚げにしたチップスは、西宇和で広く栽培されている菊芋で、これが香ばしくて、パリパリ。菊芋は味噌漬けにもしており、こちらはシャキシャキ。多彩な食感の共演に、食べていて楽しくなってきます。
「6皿すべてが違う印象になるよう心掛けました。そこが一番、難しかったかも(笑)。けど、私自身も楽しんで作ることができました。皆さまにも楽しんで頂けたら嬉しい」

「roast」。焦げないように果汁を塗りながら『西宇和みかん』を焼き上げる。皮も実も使ったチュイールは不思議と、サツマイモのような風味。

「carbonization」。黒いパウダーが『西宇和みかん』。大胆な発想に驚く。

「roast」で使用した『脇水養蜂園』のはちみつは、中村氏も出合いに感激した。「蜂たちが脇水さんを慕って集まってくる(笑)」

「roast」に使った富士柿を収穫する生産者の井上晴吉氏に「めっちゃ大きくて、かわいいですね」と語りかける中村氏。

「carbonization」で、ケーキとムースにした内子町の人参芋。生産者の吉田豊氏の母、夏枝氏が焼き芋にしてくれた。

テロワールオブ西宇和食べることで、西宇和のテロワールが思い浮かぶ、渾身のコース。

温州みかんを食べたことがないという日本人は、恐らく、ひとりもいないでしょう。誰もが知るおなじみのフルーツです。けれど、その真価を、多様な調理法を駆使してアプローチすることで、6つの表情を引き出す。それが中村氏の狙い。

5皿目の「reduce」では、『西宇和みかん』を半量になるまで煮詰めて“凝縮”。パッションフルーツ、八幡浜『梅美人酒造』の濁り酒と合わせてソースにしました。かわいく丸まったクレープの中には、みかんのスフレが潜んでいます。

コースを締めくくるのは、砂糖漬けの『西宇和みかん』。つまり、「candied」で、皮ごと漬けているから、みかんの香りまで楽しめるのです。
「丸ごと、1週間ぐらい砂糖に漬けて、甘みを浸透させました。砂糖漬けですけど、本来の果汁もしっかり残っています。最後の一品ですから、プチフール的に、少し甘めに仕上げました」

素朴で美味しい『西宇和みかん』ですが、実だけでなく、ときには皮の香りもしっかり活用して、飽きさせずに食べさせる。
「同じみかんでどれだけ印象が変えられるかが勝負」
そう語っていた中村氏の創意が伝わってくる構成で、食べ終えて、改めて『西宇和みかん』の魅力を再認識しているのです。

「reduce」。クリームシャンティと生姜のアイスクリームが別皿にあり、クレープにかけても美味。

「candied」。砂糖漬けに、チョコガナッシュ、カカオで作った餅、黒豆のペースト添えた。

「reduce」でパッションフルーツと共にソースにした糖類無添加で米の旨みだけで醸す『梅美人酒造』の生にごり酒『雪の精』。

テロワールオブ西宇和目黒『Kabi』で追体験する、中村樹里子氏の西宇和への旅。

「“じょうのう”が薄いのはもちろんですけど、実はしっかりしていて、ひと粒ひと粒が大きい。ジュースもたっぷりで美味しく、何より、香りが良い」
産地で『西宇和みかん』の魅力を、そんな風に語っていた中村氏。
目黒『Kabi』で復活した『KIRIKO NAKAMURA』は12月21日までの期間限定。(予約が満席になり次第終了となります。)

デザートに合わせて、ノンアルコールなら、例えば、発酵ウコンジュースのソーダ割など、個性的な飲み物とのペアリングも楽しむことができます。

もちろん、ワインを始めとするアルコールも用意。
ペアリングを創案するのは『Kabi』のソムリエ、江本賢太郎氏で、飲みながら中村氏のデザートを味わえば、今や予約の取れない人気レストランに上り詰めた『Kabi』の世界観にも触れられることでしょう。

また今回、より多くの方に『西宇和みかん』の魅力を感じてもらう為に、渋谷「WIRED TOKYO 1999」、表参道「発酵居酒屋5」、銀座「フタバフルーツパーラー銀座本店」の3店舗でも、中村樹里子氏プロデュースの『西宇和みかん』スイーツを体験できます。(12月10日よりスタート。)

「Kiriko Nakamura による西宇和みかんのデザートコース」詳細・予約はこちら

『西宇和みかん』をデザートコースで味わう特別な時間。それは、西宇和を巡って、『西宇和みかん』の魅力と土地のテロワールを感じ取った中村氏の旅の追体験。そして、デザートの新たな可能性を発見する、この上なく刺激的な旅にもなるのです。


(supported by JAにしうわ

西宇和を巡って、生産者の苦労や信念、土地の魅力を知り、今回の『西宇和みかん』デザート6皿を閃いた中村氏。

大阪出身。関西の洋菓子店などを経て、29歳で単独渡仏。パリではシェフパティシエとして「L’Instant d’Or(ランスタン・ドール)」を1年でミシュラン1ツ星に導いた。帰国後は、東京・白金台の『TIRPSE (ティルプス)』に参加。軽やかでいて深みのあるデザートの味わいには国内外からの評価も高い。2015年7月8日より『TIRPSE』のランチタイムを1年間限定で『KIRIKO NAKAMURA』とし、6品の季節感あふれるデザートだけのコースを企画。
今回、目黒Restaurant『Kabi』にて、KIRIKO NAKAMURAデザートコースを2週間限定で復活させる。

暮らしを支えてきた会津木綿の新たな価値を提案する。[NEW GENERATION HOPPING・IIE Lab./福島県会津坂下町]

取締役の千葉崇氏。古い織機の調子に合わせてインバータをつけ、機械の速度を調節している。

ニュージェネレーションホッピング・イーラボ伝統工芸のイメージを覆すオープンファクトリー。

田園地帯を蛇行しながら流れる阿賀川に主峰・飯豊山をいだく飯豊連峰。長閑な景色に、突如現れる凸凹屋根のレトロな建物。ここは、廃校になった幼稚園を借り受け、現代のライフスタイルに取り入れやすい会津木綿の商品を提案する研究所「IIE Lab.(イーラボ)」です。明るく開放的な空間は、織機のある工房、縫製を行うミシンルーム、商品を販売するショップの3エリアに分かれています。

こちらを運営する㈱IIE代表の谷津拓郎氏は会津坂下生まれ。早稲田大学大学院環境エネルギー研究科在学中に東日本大震災が発生し、地元でボランティア活動を行う中でIIEを立ち上げました。取締役の千葉崇氏は、ビジネスパートナーを探していた谷津氏と縁あって出会い、地元で新しい価値を生みだそうとしている新会社の話を「面白そう!」と東京の出版社の仕事を辞め、奥さんの故郷でもあった会津にIターン。ペンキ塗りなどの改修も自分達で行い、今では県内に3軒しかない「会津木綿」の工房の仲間入りを果たしました。主に谷津氏が営業や経営面を担当、千葉氏が織りを担当し、新商品の企画は縫製担当のスタッフも参加してアイデアを出し合っています。

「会津木綿」は綿100%の平織物。その歴史は古く、1627年に会津藩主の加藤嘉明が伊予松山(愛媛県)から織師を招いたことに始まります。それからおよそ400年、会津木綿は夏暑く、冬は寒さ厳しいこの土地で作業着や普段着として親しまれてきました。特徴でもある縦縞模様はそんな地元の人々の信頼の証。丈夫で縮みにくく、経糸と緯糸の間に空気を含むため保温性・通気性に優れているのもよいところです。さしずめ、元祖アウトドア発・高機能生地といったところでしょうか。

▶詳細は、NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/南会津の一年を密着取材! 春夏秋冬を作家と巡り、若き力を発掘する旅へ。

左が代表取締役の谷津拓郎氏。「普段遣いしやすい会津木綿の商品をみんなで考えています」(谷津氏)

幼稚園時代の名残を残した明るく開放的なショップ内にカラフルな商品が並ぶ。右奥には古い織機をディスプレイ。

端を結べば弁当入れやバッグインバッグとして使える「あずま袋」(税込2,700円/縦約35×横約28×マチ約10.5センチ)

ニュージェネレーションホッピング・イーラボ100年前の織機が紡ぎだす高品質の会津木綿。

もともとラボがある青木地区は藍の栽培が盛んでした。たびたび氾濫する阿賀川の水害に強い作物として育てられていたのです。やがて辺りには染屋が建ち並ぶようになり、紺地に白い縞を織りだした青い縦縞が特徴の「会津青木木綿」が生まれました。興隆を極めたのち、一時は衰退してしまった「会津青木木綿」ですが、谷津氏や千葉氏が地元の職人を訪ねて彼らの頭の中にしか存在しなかったレシピを継承。さらに新たな感性を吹き込んだIIE Lab.の商品はカラーバリエーションが豊富です。ショップには従来の伝統工芸品とは一線を画す色味のストールやネクタイ、ハンカチやブックカバーが整然と並び、物欲が刺激されます。

IIE Lab.内には日がなガション、ガションとゆっくりリズムを刻む機械音が響き渡ります。実はこの機械、豊田式鉄製小幅織機Y式と呼ばれる100年前の織機。70年稼働した後、使われなくなって30年放置されていた10台を廃業した織元さんから譲りうけたのです。「この織機を直して再び使えるようにするため、米沢、桐生、新潟といった木綿の産地を訪ね、諸先輩方にお話を聞いて回りました」(千葉氏)。それは、雑誌編集で培った足で稼ぐ取材とどこか似ていたといいます。廃工場から織機を移設し、ひとつひとつパーツを外しては錆を落とし、油を差し直してゆく……コツコツと修理を重ねて1年半から2年ほどたったある日、再び織機はリズムを刻み始めました。時間と手間がかかるため、出来る生地は1日にわずか12メートルほど。しかし、低速で丁寧に織りあげた生地は糸にストレスがかかっていないため風合いが良く、品質の良さは一目瞭然です。

とはいえ古い織機なので、故障しても新しい部品はのぞめず、もっぱら使用していない織機からの部品取りに頼っています。「70年働いてきたのにまだ働かせようというのですから、ちょっとかわいそうな気もするんですけどね」と千葉氏。織機がスムーズに動くよう常に油をさすので、各パーツから汗のように油が滴ります。その様はまるで生きもののよう! ふと見ると、油で床が汚れぬよう小さなトレーがいくつも並べられていました。「自分達でこの場所を作り上げてきたという気持ちが強いので、みんなで壁を塗りあげた日のことを思い出すと汚せないんですよ」(千葉氏)

柔らかな風合いのストール「5year stole」は膝かけにも。(税込13,824円/幅約70×長さ約180センチ)

ストールのフリンジは職人がひとつひとつ丁寧に手作業で仕上げています。

昔から会津地方にあった農作業着・サッパカマをベースにした機能的なパンツ「ヤマハカマ」(税込15,120円/フリーサイズ)

会津ではここでしか買えない「塗師一富」の商品「四分一たまり皿」の取り扱いも。

手入れ前の織機。時が止まったかのような状態からコツコツと修理を重ねていった。(千葉氏撮影)

ニュージェネレーションホッピング・イーラボ複数コラボに新ブランドも!広がるIIE Lab.ワールド。

「会津木綿を使ったこんなものがあるといいな」をひとつずつ商品化しているIIE Lab.では主力商品の「会津木綿ストール」以外にさまざまなアイテムがあります。例えば、赤ちゃんの産着のように柔らかな「5year stole」。会津木綿は糊づけした糸を使うため、最初は張り感があり、使いこむごとに柔らかくなっていく風合いの変化が楽しい布です。その特性を逆手にとり、この商品は購入から5年後の柔らかな風合いを最初から実現させるべく洗いをかけたアイテムです。12月1日からは“東北の山奥の織元”をコンセプトに掲げる「会津木綿 青㐂製織所」も始動します。新ブランドの第一弾は、サルエルのようなシルエットの「ヤマハカマ」。流行のワークスタイルを意識したデザインで、シンプルなトップスと合わせてもスタイルが決まります。

感度が高い企業とのコラボレーションも次々に実現しています。そのひとつが小学館刊行のハイライフマガジン『和樂』とのコラボレーションから生まれた「フェルメール会津木綿ストール」。フェルメールの名画『真珠の耳飾りの少女』の配色からインスピレーションを得た爽やかなストールは早々に完売し、現在は追加生産中なのだとか。ビームスと伊勢丹の共同プロジェクト「大縁起物市」では、会津木綿で作った「気持ちが伝わるご祝儀袋」で参加しました。贈られた人がハンカチとしても使える商品です。他にも多くのプロジェクトを手掛け、現在も複数のプロジェクトが進行中のIIE Lab.。その活動領域はさらに広がりそうです。

舟形の「杼(ひ)」に横糸をまいたボビンをセットし、ピンと張った緯糸の端から端まで通していく「シャットル織機」。

IIE Lab.が取り扱うストライプの種類は主に6種。これは、この地区の伝統的なレシピにアレンジを加えた「青木四本細縞(n)」。

山に入る際の通行証をイメージして作られたカードケース「ヤマモリ」の縫製を行う。

藍色のボビン。これを「杼」にセットする。織りあげた布に「耳」がでるのが「シャットル織機」の特徴。

各パーツから染み出た油がまるで汗のよう。そこに糸からふわりと舞い出た綿ぼこりがつもっていく。

ニュージェネレーションホッピング・イーラボ価値あることをやって、きちんと稼ぐ。

会津木綿のバックボーンも製法も、それに関わってきた昔の人の知恵も「間違いなく価値あるもの」と考えている谷津氏と千葉氏。しかし、「この盆地を一歩出たら、認知度はまだまだ」と言います。「まずは『会津といえば会津木綿があるよね』と皆さんに思い浮かべていただくことが我々の第一の使命。そのためには、ここにしかない人々の暮らしや田舎暮らしの良さを商品に乗せることができたらと考えています。混ぜた納豆を入れて食べる納豆餅だとか、イナゴを捕まえて遊ぶだとか、自分自身がここで生まれ育って常識だと思っていたことを他人に話すと驚かれたりする。そこに、地元の人間が気付かなかった価値が隠れているかもしれないので、日々、会津の魅力について考えています」(谷津氏)

外から会津にやってきた千葉氏は、この土地の厳しい冬にこんなことを思うそう。「僕がこっちにきて思うのは雪がすごいということ。なんだか自然に試されている気がします。そんな環境で生きてきた人々の知恵を投影した商品を作りつつ、きちんと儲かる会社にもしたい。僕たちはいつも『技術だけではなく、アイデアのある職人になりたい』という話をしているんです。こだわったもの、いいものを作っても、それだけでは意味がない。それをいろんな人に伝え、売っていくことも同じぐらい大切だと思っています。職人が技術を公開しないというのもあまり好きではなくて、会津木綿の輪を広げるために自分が身につけたものは広く伝えていきたい。今は一緒にやろう という人が増えてきて、嬉しく感じているところです」(千葉氏)。

その言葉に頷き、「価値あることをやって、ちゃんとお金を稼いで、それを長く続けていくことが大事」と谷津氏。大量生産が叶わない昔ながらの製法を大切にしながら利益もあげる──相反する大事なことを両立させるため、お2人の挑戦はまだまだ続きます。

稲を刈り取った後の田んぼの中に佇む「IIE Lab.」。夏の田植えシーズンや実りの季節にも訪ねてみたい。

住所:〒969-6511 福島県河沼郡会津坂下町青木宮田205 MAP
電話:0242-23-7808
http://iie-aizu.jp/

DJブースがある酒舗が、人と酒との出会いを創出する。[NEW GENERATION HOPPING・植木屋商店/福島県会津若松]

紺地に白の刺子織の半纏を着た『植木屋商店』十八代目の白井與平氏。

ニュージェネレーションホッピング・植木屋商店植木屋から始まった400年の歴史を持つ酒舗。

地方取材に行くと、しばしば「ここは取材に行った?」と嬉しい情報をいただくことがあります。今回の取材中も複数人の方から、「植木屋という名前の酒屋さんがある」「DJブース(!?)がある酒屋」「頒布会のお酒がとにかく美味しい」と、気になる情報を得ることが出来ました。そこでお伺いしたのが『植木屋商店』です。

取材を快く引き受けてくださったのは店主の白井與平氏。まずは店名の由来をお伺いしました。「いま店がある場所は埋め立てられてしまった(鶴ヶ城の)外堀のすぐ外にあたりまして、初代はお城に仕える庭師であったと聞いております。それが、そのまま屋号になったようで、私は十八代目ですから代々400年以上この場所に居ることになるでしょうか。19世紀の初めには乾物や果物など会津ゆかりの特産品を扱う商いをしておりましたが、酒の扱いが増え、自然と他の物が縮小していった感じです」。現在、取り扱っている商品の8割は日本酒。そのうち9割5分は会津のお酒で、右側の冷蔵庫に要冷蔵の生酒など、左側の棚には常温の酒が整然と並んでいます。

▶詳細は、NEW GENERATION HOPPING MINAMI AIZU/南会津の一年を密着取材! 春夏秋冬を作家と巡り、若き力を発掘する旅へ。

店内に置かれたネオンサインの看板。「Kがなかなかオークションに出ず、集めるのに苦労しました(笑)」

冷蔵庫に整然と並ぶ日本酒。開閉が多い店舗で中の温度が急激に下がらぬよう小さめの扉が設えられてある。

日本酒以外にワインや焼酎も取り扱う。なかには『IIE Lab.』の「サケブクロ」も。

段ボールがない時代、海苔や片栗粉の運搬に使われていた木箱。紙を貼り、繰り返し使っていたのがわかる。

銀行から譲り受けた金庫。「なかには子供が勝手に食べないようカップラーメンが入っています」。

ヤマヨと入った昔の暖簾を仕立て直して使用。右側には「会津特産紫蕨勝栗砂糖……」と、当時取り扱っていた商品名が。

ニュージェネレーションホッピング・植木屋商店余裕のあるときは、レコードに針を落として。

設計士と練り上げた改築を5年がかりですすめ、今年4月に現在の形になったという『植木屋商店』。まず目に飛び込んできたのは、さまざまな色やフォントのネオンサインを組み合わせた「UEKIYA」の看板です。「1文字ずつeBayで落札して、地元仲間の看板屋さんに仕立てて頂きました。笠の裏側には掛け軸などをかけるフックを取りつけてあります。蔵の中に会津藩ゆかりのもろもろがありますので、今後お披露目をかねてご紹介できれば」。他にも店内随所に400年の歴史を感じさせるものが散見されます。市内の銀行から譲り受けた重厚な金庫、金品の受け渡しの際に使われていた荷判取り帳、物資運搬用の古い木箱……そこには、内容物と共にヤマヨと記されています。「当主は代々、與平(ヨヘイ)という名を襲名しているのですが、そのヨをとってヤマヨ。うちの荷印です。昔は江戸からくる荷物に『若松のヤマヨ』と書いておけば、ここに届いたようです」

歴史深い品々と並んで存在感を放つのは、レジカウンターの両脇に置かれた巨大なJBLのスピーカー。そして圧巻のレコードたち!「新しい店に置こうとJBLのスピーカーは昔から用意していて、スピーカーを作っている友達にメンテナンスをお願いしてセッティングしてもらいました。レコードは高校生のときからの私の趣味で、多いのは黒人の音楽。ソウルにジャズ、レゲエ、ヒップホップなんでも聞きます。80年代シティポップからエレクトロニカ、現行ハウスも好きです」。大学は東京で、渋谷の『CAVE』等でDJとして活動していた白井さん。しかし、23歳の時に先代が倒れて会津に戻り、24歳で『植木屋商店』の跡を継ぎました。

「私がDJを始めた頃はCDJが普及していなかったので、現在ももっぱらアナログ派。最近は再発も増えて、以前よりレコードが手に入りやすくなりました」と語る白井さんは今も現役のDJ。忙しい時は針を落とす暇がないのでもっぱらデータを飛ばしていますが、時間がある時は「やっぱりアナログの音が面白い」とレコードをかけています。撮影時にかけていただいたのはニーナ・シモンの『My Baby Just Cares For Me』。躍動感のあるピアノとクリアで伸びやかな声が店内に響き、リッチな気分に浸ることができました。

身体の真芯に響くリッチな音は、こちらJBLの特大スピーカーから。

今年4月の新店舗お披露目会の際はここでプレイしたという。ミキサーに貼られた「中取り」のラベルは酒舗ならでは。

2台ある真空管のアンプは柳津町に住む知り合いの職人に作ってもらったのだとか。

高校生の頃から収集しているという夥しい数のレコード。手前のドライフラワーも白井さんが作ったもの。

仙台で活躍中のアーティスト・朱のべんの作品(スケートボード)を仕立て直した椅子。

ニュージェネレーションホッピング・植木屋商店寒暖差が育んだ米と豊富な雪解け水が銘酒を生む。

福島県の西部に位置する会津地方は、四方を磐梯朝日国立公園に囲まれた盆地にあり、寒暖差が激しい土地柄。ゆえに美味しいお米と清らかな水に恵まれ、昔から酒造りが盛んです。こだわりが強く、我慢強い会津人の気質も美味しいお酒を生みだす要因のひとつと言われており、「お酒といったら通常はアルコールを指すが、会津では日本酒を指す」「年配の方のなかにはマイ猪口をもって吞み屋に繰り出す御仁も」といった通説にも日本酒を愛してやまない土地柄が滲みます。

なかでも特徴的なのが“無尽”というシステム。これはメンバーが毎月お金を出し合い、積み立てられたお金で宴会を催す仕組みで、会津以外にも沖縄や九州各地、岐阜県の飛騨地方に見られます。「私も酒屋の仲間と無尽をやっていて、こんなイベントを開催しているんですよ」。見せていただいたチラシには、会津の街の17軒の飲食店と22の蔵元が参加し、チケットを買って呑み歩きができる「会津清酒弾丸ツアー」(今年分は終了)の概要が。さまざまなお酒と出会えるこのイベント、今年で第4回目を数えるそうです。

酒屋とお客さんの距離が近いのはもちろん、この店では両者と蔵元の距離も近いようで、蔵元の方がふらりとお酒を買いにみえて、先に店に来ていた蔵元の方と親しそうに会話を始める光景も見られました。お話し中のお二方にお伺いすると、「会津は日本を代表する酒蔵さんもたくさんございますし、みなさん仲が良くて、いい意味で切磋琢磨しあいながら(品質の)底上げを図っています」と、蔵元同士の交流も盛んな様子。ここにいると、会津という場所の地縁の濃さを感じます。

地元在住のアーティストによるラベルが貼られた会津酒造の「山の井」は頒布会用に用意されたもの。

「会津娘」高橋庄作酒造、「会津中将」鶴乃江酒造、「写楽」宮泉銘醸、「飛露喜」廣木酒造、「花春」花春酒造をはじめ、数多の会津の銘酒を扱う。

柔らかな語りの白井氏。取材時は春花酒造の試飲会が行われていた。

ニュージェネレーションホッピング・植木屋商店蔵元が魂込めた酒を責任を持って売る。

極めつけは、白井さんのこんな言葉。「うちに並んでいるお酒は造り手の心が宿ったもの。蔵元が命がけで造ったお酒を『私に売らせて欲しい』とお願いしに行き、『お前に託す』と委ねられ、逆に『あなたに売って欲しい』と託されて、『責任を持って売ってきます』というお付き合いをさせていただいております。蔵元とは運命共同体です」。蔵元の魂ともいえる日本酒、ここでは在庫もすべて氷温で貯蔵管理されており、ベストな環境が整えられています。「なるべく品質の新しい商品をと心がける一方で、しっかり熟成させて旨みののった古い酒を提案することも」。また、毎月会津のお酒が届く頒布会にも力を入れているそうです。

人口比率に対する居酒屋の数も全国的に高い会津。街中では、「会津 日本一おいしいお酒が飲める郷 宣言」と書かれた立て札も見かけました。そんな場所にあって、人とお酒のさまざまな出会いの場を創出しつづけている白井さん。帰り際にいただいた手ぬぐいの熨斗には、「会津磐梯山は宝のヤマヨ」とありました。ここでなら、一生の宝ものになるような好みの1本と出会えるかもしれません。

看板にある植木屋の文字は先代、左右の文字は先々代の筆痕からおこし、看板に仕立てた。

住所:〒965-0035 福島県会津若松市馬場町1-35 MAP
電話: 0242-22-0215
http://www.uekiya.net/

西洋と東洋の垣根を越えた自由な発想。漆器の新たな地平を切り拓く。[NEW GENERATION HOPPING ・塗師一富/福島県会津若松]

下地を塗る冨樫氏。名刺の肩書には、器物に漆を塗ることを意味する「髹漆(きゅうしつ)」とある。

ニュージェネレーションホッピング・塗師一富まるでガラス!?な伝統技法「玉虫塗り」。

漆器と言えば思い浮かぶ味噌汁椀や、おせちを入れる重箱。そんな私たちがよく知る漆器とは趣が異なるスタイリッシュな漆器を生みだす職人がいます。南部鉄器のような風合いのお猪口にショコラのような小物入れ、さらには「アレキサンダー・マックイーン 青山店」の吹き抜けを飾るオブジェまで。これらは全て「塗師一富」三代目・冨樫孝男氏の作品です。

冨樫さんの工房があるのは福島県の会津若松市内。お邪魔すると、先代から使っているという工房の床には夥しい数の飛沫が飛び散り、まるでパレットのよう。「漆器の世界は分業制で、原型を作る木地師、塗り師、蒔絵師に分かれています。会津はさらに細かくて、お椀や茶托など丸い木地を造る人、四角い木地を作る人、丸物を塗る人、四角い物を塗る人と分かれています。塗りも下地、中塗り、上塗りと分かれていて……」。驚くべき細分化の理由は効率をあげるため。「会津塗り」で知られるこの地域、先代の頃は150軒ほどの漆器関連工房がありました。現在はその数も80軒ほどになり、40代の冨樫さんはなかでも若手。それより若い方は10人にも満たないそうです。

分業制が浸透している会津の漆器業界ですが、作品によって木地作りから仕上げまで一貫して行うのが冨樫さんのスタイル。例えばワインレッドの香水瓶は木地をカットして細部を彫り込み、下地を塗ってから純銀を塗ります。その上から赤い漆を塗ると下の銀地が透けてみえ、玉虫の羽のように輝くのです。「これは『玉虫塗り』という仙台発祥の技法です。たまたま倉庫で見つけて、『これなに!?』と父親に聞くまでは私も知りませんでした。とはいえ父親について習ったことはないんです。高校を卒業してすぐに輪島で2年、その後長野県の木曽で3年修行をしましたから」。それから他所で5年修行を重ね、独立したという富樫さん。修行時代に学んだのは技術だけではありません。「うちは代々請け負いをやってきたので、発注がないと技術が埋もれてしまうんです。親父は仙台で2年ほど勉強したそうですが、『玉虫塗り』も発注があった昭和50年代ぐらいまでしか作っていなくて。一方、私の師匠が請け負い仕事を一切しない人で、そのスタイルに憧れていたんです。代々の付き合いがありますので、今は並行しながら作品作りを行っています」。

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アレキサンダー・マックイーン 青山店の吹き抜けを飾るオブジェ。冨樫孝男氏と、日本画家で彫刻家の花澤武夫氏によるモダンな作品。

新作の「鉄器肌釜型ぐい呑み珍味入れ」。表面に「鉄錆塗り」を施した酒器。蓋を外すとぐい呑みと珍味入れになる。

美しく彫り込まれた木地(左)と「玉虫塗り」のグラス完成形(右)。くびれ部分は純銀蒔絵。

「玉虫塗り」の香水瓶。水はもちろん酸を入れても溶けない漆は、香水を入れても品質に変化はない。

まるでショコラのような小物入れ。表面のデコレーションを一粒一粒削りだし、異なる技法で仕上げている。

金工の技法に見立てて生まれた「四分一(しぶいち)塗り」と「玉虫塗り」のショットグラスと平杯。

ニュージェネレーションホッピング・塗師一富「漆掻き」に「刷毛」作り。漆器産業を支える職人たち。

会津では仕上げの工程を「花塗り」といいます。ハケ跡やムラを残さず光沢を持たせるのが特徴で、塵ひとつついただけでやり直しという繊細な世界。仕上げを行う際は防塵服を着用するそうで、今回は下地を塗る工程を見せていただきました。「漆はウルシの木の幹にひっかき傷をつけ、掻き取った樹液を使います。面白いもので、同じ木でも職人が変われば質も変わる。漆は空気に触れると固化が始まるので、手早く掻き集めなければ品質が落ちてしまうんです。昔は会津でも漆がとれたのですが、ウルシの木も少なくなり、漆を掻く職人もいなくなってしまって。いまは、懇意にしている職人に岩手から漆を送ってもらっています」。下地には生漆と土を混ぜたものを使います。冨樫さんが使うのは京都でとれた「黄土」に珪藻土を蒸し焼きにして砕いた「地の粉」を混ぜたもの。子供のころから工房が遊び場だったため免疫ができたのか、直接漆を触ってもかぶれたことはないそうです。

汁椀状の木地を取り、すっと下地を塗っていきます。その緊張感に思わず息を止めてしまうほど。その際に冨樫さんが使っている三味線の撥のようなものが気になりました。「これは『ヘラ』といって、下地を塗ったり混ぜたり、はみ出した部分を掬い取る時に使います」。そういって刃先が光る小刀を取りだし、ヘラ用の木片を削りだす冨樫さん。「これは『塗師小刀』といって、料理人さんの包丁のように自分で研ぎます。修行に入ってすぐは1ヵ月毎日ヘラを削り出していたので手が豆だらけに(笑)」。短い毛がびっしり詰まった刷毛も特徴的。「これ、実は人毛、女性の髪なんです。端から端まで髪の毛が入っていて、毛先がバラついてくると鉛筆のように先端を削り出して使います。この世界も後継ぎ問題が深刻で、漆の刷毛を作る職人は全国で2人だけ。最近、会津の20代の女の子が市内で独立して、貴重な3人目になりました」。先代や先々代から譲り受けたものも入っているという大小さまざまな道具たちは、みな使いこまれた端正な顔立ちでした。

ヘラで下地を塗る。器の内部を塗るときはまず底面を塗り、1日乾かしてから側面を塗る。

机の上で生漆と土を練り合わせる。長い間同じ場所で同じ作業を重ねたため、机が削れて一部凹んでいた。

「塗師小刀」で木を削りだして「ヘラ」を作る。「塗師小刀」を作る鍛冶職人も今では少なくなってしまった。

漆は空気に触れると固化するので固くなった漆をよく練って木綿で包み、絞り出すことで再び使える状態に戻す。

箱に綿紗を貼り、重なった部分を切りだす作業。箱に布を貼って強度を出す。

大小の刷毛が入った道具箱。劣化に伴い先端を削っていくので、長さもまちまちになってゆく。

この艶感! 漆は東アジアに広く自生するが、固化に必要なウルシオール成分を最も多く含むのは日本産。

刷毛や筆は数あれど、人毛を使うのは漆の刷毛ぐらい。「あとは時計職人さんが人毛の『時計刷毛』を使うそうです」

ニュージェネレーションホッピング・塗師一富防腐効果に抗菌効果。知られざる漆の実力。

先に触れたように、漆は空気に触れた瞬間、固化を始めます。「漆器は曲面を塗り終わるたびに乾かさなければいけません。内側ひとつ塗るにも底面を塗っては乾かし、側面を塗っては乾かしという具合にとても時間がかかる。乾燥時間も季節によって違っていて、湿度で固化する漆は梅雨時が一番乾くんです」。意外なのはそれだけではありません。漆器にとって水や洗剤は天敵というイメージがありますが、それも誤りなのだとか。「水や洗剤はもちろん、酸でも溶けません。防酸以外に防腐効果もあって、うちの祖父は戦時中、要請を受けて弾丸に漆を塗っていたそうです。日本軍がジャングルなどの湿地帯で戦う時に、弾が錆びることを防ぐために」

漆は抗菌効果が高いことも証明されています。2005年8月発行の北国新聞によると、金沢工業大学の教授がポリウレタンなどの樹脂やヒノキの木材、伝統工芸の漆器に大腸菌を付着させ、気温36度の下で24時間放置した後に菌数を比較したところ、プラスチック製品はほとんど大腸菌が減少していなかったのに対し、漆器の大腸菌は約1000分の1に減少したそうです。「そもそも中国から陶磁器が入ってくるまで日本では、ご飯茶わんも漆器だったんです」。日本人にとって身近な存在だった漆器。古の人々は漆の優れた性質を今よりもよく知り、暮らしに取り入れていたのでしょう。修繕しながら長く使えるのも漆器の魅力。そこで冨樫さんは2012年より会津漆器技術後継者訓練校で講師を務め、技術の継承のみならず修繕技術の普及にも務めています。

一定の湿度が保たれた棚のなかで、静かに次の出番を待つ漆器たち。

「四分一塗り」の箸。金属を思わせるシルバーと黒、もしくは朱の組み合わせがエレガント。

木地の状態の汁椀と下地を塗り終えた状態のもの。下地を塗っただけで、木の風合いが消えるのが面白い。

ニュージェネレーションホッピング・塗師一富創りたいのは「触れてみたい」と思えるもの。

興味深い説明を受けつつ下地を塗り終えた作品が並ぶ棚をみせていただくと、内部には湿度計がついており、漆が乾きやすい湿度に保たれていました。ふと見ると、棚の右端に漆黒のシャンパングラス。このセンス、西洋を彷彿させます。「高校を卒業してすぐに弟子入りしたので叶わなかったんですけど、ずっと世界を放浪したいという想いがありまして。シルクロードを旅して器をみてみたいなとか、西洋のものを漆器で作ってみたいなとか……」。会津だから、輪島だから、西洋だから、東洋だから。そんな垣根なく、心が動いたものは取り入れる自由な感性があるからこそ、冨樫さんの作品は伝統工芸でありながら革新的なのでしょう。

「今後、創りたいものは山ほどあります」。そこで見せていただいたのは設計図やアイデアスケッチの山。「江戸時代の漆器って、めちゃくちゃ遊び心があったんです。例えば、木でできた鞘に鉄錆のような塗りを施して、『鉄のように見えて実は木なんだよ』みたいな。今の漆器はスタンダードなものか絢爛豪華なものかに2極化していて、技術は素晴らしくても遊び心を感じないんですよね。私が創りたいのは、『わー、触れてみたい!』『楽しい!』と思っていただけるもの。今後もそういうものを創ってみんなをびっくりさせたいし、それを気にいって使っていただけたら嬉しいですね」

膨大なアイデアスケッチの数々。右下の香水瓶や中央のグラスは上部で紹介している商品の元になっている。

さまざまな意味の作品の前にて。「漆は絵具と一緒で、赤漆と黒漆を混ぜると茶色になるんです。」

現在、ここで3人の女性が冨樫さんの元で技術習得に励んでいる。今は訓練校も女性の生徒の方が多いのだとか。

住所:〒965-0861 福島県会津若松市日新町10-21 MAP
電話: 0242-27-8593