沖縄の食文化を尊び、地元生産者、料理人すべての想いを一皿にした「ぬちぐすい」。[DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]

「ぬちぐすい」島らっきょう、島にんじん、ニガナ、ハイビスカスの花、ローゼルの葉、冬瓜、タイモなど、使用された野菜は30種にも及ぶ。

ダイニングアウト琉球南城初の女性シェフが執り行う「感謝と祈り」の宴。

2018年11月23日、24日に開催された『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』。琉球王朝のはじまりの地といわれる沖縄県南城市に出現した二夜限りのレストランは、単なる野外レストランにとどまらず、15回の歴史を重ねてきた『DINING OUT』の成熟を示す宴となりました。

太古の昔「アマミキヨ」という女神が「ニライカナイ」と呼ばれる海の向こう側からやってきて、琉球の島々や御嶽(うたき)を作ったという神話になぞらえ、『DINIG OUT』初の女性シェフとして厨房を任されたのは『志摩観光ホテル』樋口宏江シェフ。「Origin いのちへの感謝と祈り」というテーマを余すところなく表現した11皿のコースで、訪れたすべてのゲストを深い感動へと導きました。沖縄独特の食材、食文化をいかにしてガストロノミーの表現として再構築したのか。料理の成り立ちを紐解きます。

▶詳細は、DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS

樋口シェフ。初の沖縄視察から約2か月の準備期間を経て本番の厨房で腕を振るう。

ダイニングアウト琉球南城香り、苦み、辛み、甘み。味わいの輪郭がはっきりした在来種の野菜。

今回の『DINING OUT』の視察で、初めて沖縄を訪れた樋口シェフ。聖なる食べ物・イラブー(ウミヘビ)やヒージャー(山羊)など、強烈なインパクトがある沖縄ならではの食材との出会いが続く中で、負けずに印象に残ったのが、在来種の野菜やハーブだといいます。

「香りも、味わいの輪郭も鮮烈。苦み、辛み、甘みとそれぞれの種が持つ味わいが生き生きと感じられる。この野菜やハーブたちをひとつでも多く使いたいという強い想いが芽生えました」
こうして誕生したのが「ぬちぐすい」。約30種類もの沖縄の野菜、ハーブが使われた一皿は、魚や肉料理に引けを取らないインパクトと食べ応え、深い味わいでゲストを驚かせました。

「ひとつでも多くの種類を使いたい」という想いには、もうひとつの動機が。それは意欲ある生産者との出会いです。亜熱帯という独特の気候条件、秋には台風の被害を免れない土地で、在来種を守るだけでなく、未来につながる農業にチャレンジする。樋口シェフに彼らの存在を教えてくれたのが、「オール沖縄」チームで結成された厨房スタッフのメンバーである地元の料理人たちでした。

一品一品、異なる方法で調理した野菜で作る「ぬちぐすい」。盛り付けも、「オール沖縄」チームと樋口シェフたちの連携プレーで行われる。

ダイニングアウト琉球南城温故知新のスピリットで、沖縄の農の明日を切り拓く生産者。

10余年前に東京から沖縄北部・山原(やんばる)へ移住し、自ら畑を耕しながら、地域の農家と料理人をつなぐ「やんばる畑人プロジェクト」を展開する芳野幸雄氏。
「一カリスマシェフや、カリスマ農家に周りがぶら下がるのではなく、地域全体が主役になれる農のあり方を目指したい」と、活動を始めました。約20戸の農家と40軒の飲食店で構成される同プロジェクトでは、メンバーの地元料理人はもちろん、県外の料理人をも巻き込んで、収穫体験イベントや野外レストランも開催しています。

料理人と協働することで生まれる、農作物の新しい価値。例えばオクラひとつを例に取っても、収穫期を迎えた実だけでなく、花や脇芽、生育過程の小さな実など、あらゆるものが出荷の対象になります。皿を華やかに彩る見た目や個性ある香りは、料理人の創作意欲を刺激します。沖縄県北部の山間の地で活動を続ける芳野さんの作る野菜との出会いは、樋口シェフが「ぬちぐすい」を作る大きな一歩になりました。

地域の食を担うのは食材のつくり手、そこに光を当てるのが料理人の使命というのは、伊勢志摩でも貫かれている樋口シェフの料理の指針です。

『やんばる畑人プロジェクト』を立ち上げた農業生産法人『クックソニア』代表の芳野幸雄氏。

芳野氏の畑のオクラ。沖縄では11月まで収穫できる。花や脇芽、小さな実を欲しがる料理人は多く、その時期の畑の状況を伝えコミュニケーションを取りながら、出荷する。

国内ではほとんど栽培されていないタマリンド。芳野さんは沖縄特有の気候条件と山原(やんばる)の酸性土壌を活かし、カレーリーフやハンダマ、コーヒー豆などの栽培にもチャレンジする。

ハーブ農園『岸本ファーム』視察時の様子。在来種を含め栽培品種は年間約200種。ひとつひとつの香り、風味を確かめる樋口シェフ。

ダイニングアウト琉球南城沖縄の「母の味」にインスパイアされた日々の、命の糧。

ひとつでも多くの野菜を使い、沖縄の食を表現する一皿を作りたい。そう考えたとき、樋口シェフの頭に浮かんだのが家庭料理の「ちゃんぷるー」です。沖縄の方言で「混ぜる」の意味を持つ、県外の人々にとっても、もっともポピュラーな沖縄料理のシンボル的存在です。

「沖縄の味の濃い野菜、とりわけ苦みのある野菜は、古くから体を調えるものとして食生活に取り入れられてきた伝統があるようです。加えて旬の野菜は、自然のエネルギーに満ちていて、それを無駄なく使い、家族にたっぷり食べさせようというのが、お母さんが作るちゃんぷるー」。

自然の恵みに感謝し、食べる人の体を調える。食材の生命が人の命を作るという自明の、しかし忘れ去られがちな理を、郷土料理の中に見出したのです。それは「Origin いのちへの感謝と祈り」という今回の『DINING OUT』のテーマにも繋がっていきます。

『島袋豆腐店』。小さな工房を占拠する地釜と、小さな体でひとり工房を切り盛りする島袋氏。

出来たてのゆし豆腐。とろける柔らかさ、ほのかな塩気の優しい味わいで、いくらでも食べられる。

島豆腐。一丁で約1キロ、ずっしりとした重みとしっかりとした固さがある。

ダイニングアウト琉球南城毎日の食卓にある伝統食材「島豆腐」との出会い。

「ちゃんぷるー」に欠かせない食材に、島豆腐があります。樋口シェフは、創業60余年、昔ながらの製法を守る数少ない工房のひとつ『島袋豆腐店』を訪ねました。併設の豆腐料理店『島ちゃん食堂』は、地元の人が列を作る繁盛店。その裏手にある『島袋豆腐店』は、店というより小さな工房兼直売所といった雰囲気です。それでも出来たての豆腐を目当てに、鍋を持って買い物に来るご近所の常連が、早朝からひっきりなしという賑わい。地釜と呼ばれる大きな釜に向き合い豆腐を作るのは、この道40年というベテランの島袋幸子氏です。
「出来たては格別だよ」と、島袋氏に手渡されたゆし豆腐をひと口試食するや、樋口シェフは驚きの表情を見せます。
「大豆の風味を引き立てる絶妙な塩気、とろける食感。今まで食べてきた豆腐とはまったく別のおいしさに、感動しました」

ゆし豆腐は、型に入れて固める前の島豆腐。おぼろ豆腐よりずっと柔らかで、しっかりとした大豆の甘みがあります。島豆腐は、一般の豆腐が煮た大豆から豆乳を取るのに対し、ひと晩漬け置いた大豆を絞って豆乳を取る「生絞り」製法が特徴。木型に流し、重しでしっかり水分を切った島豆腐には、「嚙める」ほど強い食感と濃厚な風味があります。個性豊かな味の強い野菜に負けず、引き立て合う。この島豆腐に出会い、樋口版「ちゃんぷるー」の着地点が見えてきたといいます。

「ぬちぐすい」。山と盛られた色とりどりの野菜の下から、島豆腐が現れる。手でちぎってソテーすることで、香ばしさと共にソース類の味をなじませ、しっかりとした食感ながら優しい口当たりに。

樋口シェフとホストの中村氏。ディナー終了後、大きな拍手でゲストの賞賛を受けた。

ダイニングアウト琉球南城素材ひとつひとつの個性が生き、合わさって輝く一皿に。

沖縄の11月は農作物の端境期。加えて2018年は10月、二度の大きな台風に見舞われ、農作物も大きなダメージを受けています。厳しい状況下で、あらかじめ使用する野菜を決め、調理法を組み立てるのは、不可能だったと樋口シェフは話します。
「実際、使用する野菜がほぼ出そろったのは、開催前日、いえ当日です。慣れない野菜ひとつひとつを、その特徴を最大限に活かして調理ができるよう助けてくれたのが、地元のシェフ達からなる厨房スタッフチームでした」

タイモは素揚げし香ばしさとねっとりとした食感、甘みを引き出して、紅イモはバターソテーと軽やかなチップで、空芯菜やハンダマはさっと湯がいて、という具合。30種という野菜のバラエティに加え「こうすると美味しいよ」、「前にこんな料理で使った」と本番直前の厨房で行われた熱い“セッション”も皿に載った「ぬちぐすい」。樋口シェフの地元、伊勢では神饌である鰹節をつかったエミュリュションの旨みやフーチバーのピュレの香味、シークワーサーの酸味で個性ある素材の味わいをまとめました。

アゲインストな状況下で、計らずも“あるもので作る”「ちゃんぷるー」の本質を体現する一品に。同時に、「日常の食」に着想を得ながらも、大勢の手があってこそ完成する料理には、どことなく祝祭感が宿ります。沖縄の、今この瞬間の大地に、そこに生きる多くの人々の想いを重ねたのが「ぬちぐすい(命薬)」というひと皿なのです。

石造りの知念城跡。琉球王朝時代からの祈りの場でもある。本番初日は満月に照らされた。

三重県四日市市生まれ。1991年、志摩観光ホテルに入社。2014年には、同ホテルで初めての女性総料理長に就任。2016年に、「G7 伊勢志摩サミット」のディナーを担当し、各国首脳から 称賛を受けた。翌年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を、三重県初、女性としても初めて受賞。今、最も世界から注目を集めている女性シェフである。
志摩観光ホテルHP:https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html