ダイニングアウト青森浅虫
2019年7月6日(土)、7日(日)に開催が決定した『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』。初の東北開催となる今回の舞台は青森県中央部、陸奥湾に突き出す夏泊半島基部にある温泉地・浅虫温泉です。
そんな青森の地に目黒浩太郎シェフが降り立ったのは、まだ肌寒さも残る初夏。目的は、本番で使用する食材探し。魚介フレンチのスペシャリストたる目黒シェフの目に、青森県の食材はどのように映るのでしょうか――
ダイニングアウト青森浅虫青森の魚介の質を保証する、ひとりの鮮魚店店主。
「青森県に来るのは初めて。実は青森県の魚介も使ったことはありません。まったく未知の状態です」と話す目黒シェフ。魚介に特化したフレンチレストラン『Abysse』を率いる目黒シェフの料理は、素材が命。未知の青森産魚介に対しては、期待だけではなく、不安もあったかもしれません。しかしそんな懸念は、シェフを出迎えたひとりの人物により、簡単に取り払われました。魚介そのものを見るまでもなく、「この人がいるなら大丈夫」と思わせるほどの人物です。
その魚介のプロフェッショナルの名は、代表・塩谷孝氏。青森市中心部にある『塩谷魚店』でシェフを出迎えた塩谷氏は、さっそく魚介が揚がる浜へと案内してくれました。場所は陸奥湾の西岸、津軽半島の中ほど。車で2時間ほどかかる道中、目黒シェフは塩谷氏のトラックに同乗し、青森の魚介についてレクチャーを受けます。
そもそも三方を海に囲まれた青森県は、国内有数の魚介天国。太平洋側を南下する寒流、日本海を北上する暖流、それらが入り交じる津軽海峡、時化が少なく養殖にも適した陸奥湾。それぞれに特徴の異なる海からは、実に多彩な魚が揚がります。魚介特化の目黒シェフといえども、学ぶことは多いようです。
とくにシェフが注意深く訪ねていたのは、季節による魚介の状態について。「魚がどういうものかを知っていても、(『DINING OUT』が開催される)7月にどういう状態であるかはこの地のプロフェッショナルにしかわかりません。本当に勉強になります」と目黒シェフ。塩谷氏お手製の資料を元に、数カ月後の魚の状態をイメージしながら、料理の構想を練り上げていました。
ダイニングアウト青森浅虫神業の神経締めで仕上げるオーダーメイドの鮮魚。
場面は津軽半島から、再び青森市内の『塩谷魚店』へ。浜で魚介そのものの姿をインプットした次は、この地の魚介に適した締め方を見学します。まず塩谷氏が取り出したのは、イカ。
「血管だけを切って、殺さずに、けれども足が動かない状態にします。それで水に入れれば心臓の動きで血が抜けていきます」そう話しながらも、イカを捌く塩谷氏。あっという間にできあがったイカ刺しは、反対側が透けるほど透明で、しかし甘みと食感も残る驚きのクオリティでした。
続いて披露されたのは神経締め。これは魚を締める際に中枢神経を壊し、魚体の硬直を遅らせる手法です。そして『北日本神経〆師会会長』の肩書も持つ塩谷氏の技は、まさに神業。7種のワイヤーを使い分け、カメラで追えないほどの速さで魚を締めていきます。しかし塩谷氏の凄みは、この作業の速さ、正確さだけではありません。
「マスなら香りを残すために緩めに締める。白身は旨みの減少を防ぐために脳を破壊する“脳殺”という作業が優先。アイナメは臭みが出ないよう、血液を抜く“放血”が優先。どんな魚かはもちろん、どう料理して、どう食べるかまで想定して締めています」と塩谷氏。つまり料理の形から逆算して、そこに適した魚に仕上げる。いわば料理に合わせたオーダーメイドの魚こそが、塩谷氏の真骨頂なのです。
「漁師、魚屋、料理人。みんながチームになってやれば旨いもんができるからね」と笑う塩谷氏。同じく魚を追求する者同氏、意気投合した目黒シェフも「魚が良いのは一目瞭然。あとはそこにどう向き合うか。塩谷さんの存在は心強い」と信頼を寄せていた様子。「塩谷さんと話した驚いたこと、感動したことが、そのままゲストに伝わる料理にしたい」と決意を新たにしていました。
ダイニングアウト青森浅虫市を挙げてもり立てる野菜と、全国に名を轟かすハーブ。
主役となる魚介は、文句なしの逸品が届く目処がつきました。しかしそれだけでは料理は完成しません。続いて目黒シェフが探すのは野菜。そしてここでもシェフはうれしい驚きに出合います。実は青森市は、野菜にも力を入れている市なのです。
青森の野菜事情を象徴するのが、市が運営する「あおもり魅力野菜プロジェクト」。地元シェフのニーズに応える西洋野菜、伝統野菜を地場で生産し、より身近に感じてもらおうと官民一体となって進められています。「アオベジ」と名付けられたこれらの野菜は、青森の冷涼な気候に支えられ、現在は県外にも広く出荷されています。「アオベジ」生産者のひとりである『雲谷ト森山農園』代表・森山知也氏やプロジェクトの会長を務める小泉憲一氏に話を聞いた目黒シェフ。生産者の思いを受け止め、料理のイメージを膨らませていました。
さらにフランス料理に欠かせないハーブに関しても、青森は事欠きません。なにしろ、全国的に名を知られ、各地の名だたる名店で利用される『大西ハーブ農園』があるのですから。150種ほどのハーブが栽培されるそのハーブ農園を訪ね、八戸に向かった目黒シェフ。完全無農薬、無化学肥料で育てられるハーブを前に「実際に見て、香りをかいで、食べてみて初めてわかることがあります。来てよかった」と笑顔をみせていました。
ダイニングアウト青森浅虫伝承料理や酒から固まりつつある料理構想。
着々と揃う食材、シェフの頭の中でも料理のイメージが徐々に固まりつつある様子。そんな中、昼食に訪れた『津軽あかつきの会』も重要なインプットになりました。
お膳の上にずらりと並べられた津軽の伝承料理。ひとつひとつにこの地に受け継がれる理由があり、物語がある。そんな料理に箸を伸ばしながら、料理を仕立てるお母さんたちに次々と質問を投げかける目黒シェフ。地域に眠る魅力を掘り下げ、新たな価値を創出することが『DINING OUT』の根幹。パワフルなお母さんたちの姿に、そのヒントを見出したのかもしれません。「次回は店のスタッフたちも連れて来たい。学ぶことも多いでしょうし、何よりおいしい」と話す言葉に、目黒シェフの感動が滲んでいました。
さらにペアリングドリンクも探しに、訪れたのは銘酒「陸奥八仙」「陸奥男山」で知られる『八戸酒造』。伝統の日本酒のほか、新たな試みの酒も試飲した目黒シェフ、とくに目を引いたのはスパークリング日本酒でした。「ワインと日本酒の中間といったイメージ。もしシャンパンと言われて出されたら気付かないかもしれません。魚介料理とは間違いなく合います」と絶賛。目黒シェフのペアリング手法は「料理の特徴と酒の特徴をぶつけ、互いに高め合う」こと。その思いにも、『八戸酒造』の酒は合致したのでしょう。
3日間かけて青森を巡った目黒シェフ。「その場でどう感じるかを大切にするため、あえて余計なイメージを持たずに来た」というシェフがまず抱いたのは「イメージがなかった分だけ鮮烈な印象が刻まれました。食材は素晴らしいクオリティ。そこに携わる方々も素晴らしい人達。ご縁があった方々のためにも、地元になにかを残せる料理を作りたい」と決意を新たにしていました。頭の中の構想も少しずつ形になってきた様子。その詳細は秘密といいながらも「陸奥湾の7月は最高の条件で、とても10皿ではおさまらない。少ポーション多種にするなど、驚きのある料理を考えています」と不敵な笑みを浮かべていました。
1985 年、神奈川県生まれ。祖父は和食の料理人、母は栄養士とい う環境で育つ中で自然と料理人を志す。服部栄養専門学校を卒業後、 都内複数の店で修業後、渡仏。フランス最大の港町マルセイユのミシ ュラン三ツ星店「Le Petit Nice」へ入店し、魚介に特化した素材の 扱いやフランス料理の技術を習得。帰国後には日本を代表する名店 「カンテサンス」にて、ガストロノミーの基礎ともなる、食材の最適 調理や火入れなどさらに研鑽を積んだ。2015 年、「abysse」をオープ ン。日本で獲れる世界トップクラスの魚介類を使用し、魚介に特化し たフランス料理を提供し、ミシュラン東京では一つ星を獲得している。
abysse HP:https://abysse.jp/
