すべては食で地域を感じてもらうために。タッグを組んだ能登の料理人たちの素顔。[N-Terra お披露目イベント/石川県能登半島]

『ラトリエ ドゥ ノト』のとある魚料理は、能登内浦の宇出津港に揚った寒ブリを熟成させてグリルに。ぶりの骨からエキスを抽出したブイヤベースのソース、色とりどりの根菜、サンゴケールなどと一緒にいただく。

N-Terra お披露目イベント「このままでは能登が……」。問題意識が原動力に。

料理人の力で能登の持続可能な地域社会を目指すネットワーク『N-Terra』。
発足メンバーは輪島市のフランス料理店『ラトリエ ドゥ ノト』のオーナーシェフ・池端隼也氏、七尾市のイタリア料理店『Villa della Pace』のオーナーシェフ・平田明珠氏、七尾市の洋食店『ブロッサム』のシェフ・黒川恭平氏、七尾市に割烹のお店の開店を控える料理人・川嶋享氏、能登町のジェラート店『MALGA GELATO』のジェラートマエストロ・柴野大造氏の5名。彼らの素顔に迫ってみました。

輪島市にあるフランス料理店『ラトリエ ドゥ ノト』のオーナーシェフ・池端隼也氏は『N-Terra』のリーダー的な存在です。輪島市に生まれ育ち、高校卒業後は大阪へ進学、就職し、フランスで修業を積みました。大阪で開業を予定していましたが、帰郷した際に、能登の素晴らしい魅力に気付き、急遽、開業地を能登に変更しました。その経緯は、こちらの記事をご覧ください。

池端氏は『ラトリエ ドゥ ノト』を人気店に成長させながらも、いつももどかしさを感じていたと話します。
「能登は北前船の恩恵で全国の優れたモノや技術を採り入れながらも、僻地として取り残されてきました。外部からの手が入らず、さまざまな魅力が保全されてきたのです。豊かな海山の自然があり、そこに素晴らしい文化が根付いた里山里海があります。料理人として心躍る食材や工芸があり、私はその魅力を伝えることがここでレストランを営む者の使命だと考えていました。ですが、私がひとりでいくら頑張っても伝える力には限界があります。能登の農業や工芸も例に漏れず深刻な後継者不足に陥っていて、人材確保に向けた収益の安定や労働環境の改善が喫緊の課題となっています。地元を愛する料理人はみんな、これに対する問題意識を持ってはいても行動できていませんでした。気のおけない仲間が増え、ふと話してみると、『自分も何かをしたいと思っていた』という反応が返ってきました。そしてごく自然にコラボイベントを開くようになったのです」

池端氏は、今後『N-Terra』のメンバーが増えていくことを望んでいます。そして、旗振り役は発足時だけで終わりとし、誰かがリーダーシップをとらなくても有機的なつながりが広がり、日常的にコラボレーションが生まれていくことを理想としています。
「田舎には、やる気のある料理人が多ければ多いほどいい。これからは競争の時代ではなく、共存共栄の時代です。暮らすように滞在して、店主がおすすめするレストランを巡り歩く。能登をそんな場所にしたい、いや、できると思っています」

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『ラトリエ ドゥ ノト』からすぐ、輪島朝市が立つ通りにて池端氏。朝市は最も近い仕入れ先として、毎日のように通っている。

楢木の原木の切り株で提供される『ラトリエ ドゥ ノト』のシグニチャー、原木しいたけ「のと115」のコンフィ。上にのった能登牛のテール赤ワイン煮込みとゴボウ、下に敷かれた菊芋などと一緒に、能登の山の味覚を味わえる。

『N-Terra』のムードメーカーとしても欠かせない池端氏。明るくテンポのいいコミュニケーションが、快活な空気をつくり出す。

N-Terra お披露目イベント食材を深く理解した先に、独自の価値観は生まれる。

七尾市のイタリア料理店『Villa della Pace』のオーナーシェフ・平田明珠氏は、5名の中で唯一のIターン者です。東京出身で、大学卒業後は営業マンとして就職したものの、「扱う商品が本当にいいものだとは思えず、売ることが嘘をついているようで嫌だった」ことから、ほどなく退職。学生時代にアルバイトをしていた飲食業に足を踏み入れました。当初は賃金が低くキツいといったネガティブなイメージがあったものの、次第におもしろさを見出すようになり、歴史や文化も盛り込めるイタリア料理で本格的な修業をスタートしました。
「初めの店はシェフがすべて自分で作業し、自家菜園で野菜を育て、ハムなども自家製という自分の仕事を徹底している店でした。そこに3年いて食材の背景まで深く関わる料理の魅力を学んだことが、自分の料理人としてのスタンスを決定付けました」と平田氏は話します。重視しているのは、日本の食材を大切にすること。全国の生産者を訪ねる中で能登に魅了され、移住開業を決意しました。食材がすぐそばにあることは、料理をする上での何よりも大きな魅力だったからです。しかし、平田氏は優れた食材が手に入るというだけでは満足しません。
「本当に美味しい料理は、シェフの世界観が皿の上に表現されているもの。世界観をつくり上げるためには、一つひとつの食材について、その歴史や生産の背景まで掘り下げていき、理解する必要があります。とても根気の要る作業です。食材のそばに来てわかってきたのは、新鮮だからすべてが良いというわけではないこと。旬ではないのに無理して栽培されるものも多く、そのような食材では本質的な価値を提供できないと思っています。今は保存食や野草なども多用するようになり、より能登の風土に合った料理が表現できるようになってきたと感じています」

秋には、七尾市の別所で1日1組限定のオーベルジュとしてリニューアル予定。宿泊と飲食の両面でスローツーリズムのフロンティアに立つことになります。

『Villa della Pace』にて平田氏。「移住者だから見える部分があるし、移住者だから攻められることもある。振り切ったチャレンジができる恵まれた環境かもしれません」と自分を見つめる。

本州鹿のグリル。根つきほうれん草、鹿のフォンで炊いた大根、ムカゴのポレンタ、ふきのとう味噌を添えて。どれも素材の味をしっかり噛みしめることができ、大地の恵みを体感できる一皿。

自然栽培の五百万石を使ったリオレ(ライスプディング)。野山で自ら手摘みした冬苺ををたっぷりとのせ、どぶろくをソース代わりにかけていただく。野性味あふれる苺とまろやかなプディング、辛口な微発泡のどぶろくの一体感が素晴らしい。

N-Terra お披露目イベント店を先代から受け継ぐ者だからこそ果たせる役目。

七尾市の洋食店『ブロッサム』のシェフ・黒川恭平氏は、幼い時からお父さんが始めた店を引き継ぐと決めていました。高校卒業後は京都の調理師専門学校でフランス料理を学び、フレンチ懐石の店に入りました。5年の修業の後、フランス・パリの伝統的なレストラン、大阪の斬新派のフランス料理店、カジュアルなビストロと渡り歩き、多彩な料理の技術を学び、経営のヒントを探りました。そして帰郷。現在は2代目シェフとして、フレンチの技法を使った新メニューを盛り込むと共に、ハンバーグやグラタンといった定番の洋食メニューもブラッシュアップさせています。
「祖父はこの場所で土産物店を営んでいましたが、旅館が大型化し館内に売店を併設するようになると低迷してしまい、父が洋食店に鞍替えしました。観光客も仕事を終えた仲居さんにも利用してもらおうと朝から夜遅くまで通し営業を長く頑張ってきましたが、時代と共にレストランの方向性も変えていく必要があります。元々ある店を受け継いだので、既存の地元客にも配慮し、自由が効かない面もあります。ですが、この視点は能登の持続的な発展には不可欠なもの。“承継”を実践する立場として『N-Terra』のプロジェクト推進に貢献していきたいです」

『ブロッサム』は黒川一家の4名が切り盛りしている。「地元の常連さんとの信頼関係ができ、新メニューも注文していただけるようになってきました」と黒川氏。

能登牛の脂包み焼き、『高農園』の人参ピュレ、ポルト酒のソース(手前)。タラの白子とカリフラワーのフラン。黒川氏がメニューに加えたポルト酒のソース、フラン(西洋茶碗蒸し)は『ブロッサム』の定番になりつつある。

海岸線を走る道路沿いに建つ瀟洒なレストランが『ブロッサム』。地元民と観光客を問わず、老若男女に愛される洋食店だ。

N-Terra お披露目イベント「食は楽しいものであるべき」という信念を胸に。

メンバー唯一、日本料理で腕を奮う川嶋享氏は七尾市和倉温泉に生まれ、旅館の総料理長を務めるお父さんのもとで育ちました。料理の道は考えていませんでしたが、短大で経営学を学んだ後、夢を与える仕事をしたいと、調理師学校で学び直すことにしました。
「結局親父の背中を見ていたんでしょうね。“食”って間口が広いうえに、大きな感動をもたらすこともできる万能なツールだと気づいたんです。自分で言うのもなんですが、本当に一生懸命修業して、かなりのスピードで腕を上げることができました。しかし今思えば、天狗になっていた部分もあって、それが料理に現れていたように思います」

学校卒業後に修業に入った大阪の有名割烹では7年以上、ひたすら賄い作りと整理整頓をやらされた川嶋氏でしたが、持ち前の努力とセンスで参加者が300人もエントリーする料理コンテスト『食の都・大阪グランプリ』で総合優勝を果たします。修業先を変えて経験を積み、脂が乗ってきた30歳手前、結婚して子どもが生まれたばかりの時に、交通事故に遭ってしまいます。料理人生命を断たれる危機に直面しました。
「リハビリ漬けの3カ月は復帰できるのだろうかと不安で苦しい日々でした。ですが、心から料理が好きだと確認できた貴重な機会になりました。自分は何のために料理をするのか? それは夢を与えるため。自分の技術に酔っているようでは到底実現できない。お客さんが楽しいと感じるものでなければ、という結論に至りました」

理想の自分の店を持つための修業の仕上げとして、日本一美味しい出汁を引くとの呼び声も高い割烹、星付きの名居酒屋でも腕を磨きました。そして現在、七尾市での開業に向けて準備の最終段階に入っています。割烹でありながらライブ感を重視し、カウンター内ですべての調理ができる店を計画しています。調理を見てもらうと同時に、客とのコミュニケーションを大切にするための仕掛けです。
「例えば30分前にもいだズッキーニを天ぷらにするとと、新鮮な素材をお見せできたら、美味しさに楽しさが加わった本当に豊かな料理となります。蕪の根っこに付いた赤土について説明して、能登の魅力を伝えることもできます。料理において料理人は裏方。スポットライトは生産者に、そして地域に当たればいい。地域の魅力がストレートに伝わる食を提供できれば、それは完成度の高い仕事です。料理人の腕の見せ所は、そこにあると思います」

古い街道の雰囲気を残す七尾市一本杉通りで割烹の開店を控える川嶋氏。関西の名店を渡り歩き、満を持しての独立開業となる。

引き締まった身に脂がよくのった寒ブリは、川嶋氏のお気に入りの素材のひとつ。もち米との相性を良くするために麹で4日間熟成させてから使う。

七尾市一本杉通りの昆布問屋『昆布海産物處しら井』の3年熟成の利尻昆布などを使って丁寧に引く出汁は、川嶋氏の真骨頂。「出汁の香り高い風味をさりげなく味わっていただける料理にしたい」と話す。

N-Terra お披露目イベント世界最先端「ガストロノミー・ジェラート」への挑戦。

『N-Terra』のユニークなメンバー構成に一役買っているのが、『MALGA GELATO』のジェラートマエストロ・柴野大造氏。近年、ジェラートの世界的コンテストで好成績を連発し、企業の商品開発監修などコンサルティング、音楽と光に合わせてジェラートを作り上げるエンターテインメント「ジェラートイリュージョン」でも活躍中の気鋭のジェラート職人です。今でこそ押しも押されもせぬ存在ですが、その歩みは平坦ではありませんでした。農大卒業後、家業である能登町の牧場に就農。生産する牛乳の6次産業化を目指して直営のジェラートショップをオープンさせます。その後、牧場は経営難のために手放してしまいます。

柴野氏はジェラートの研究を地道に続けることで着実に品質を上げ、野々市市に2号店出店を果たします。ブレークスルーは2015年頃。経験則に基づいて改良を重ねてきたレシピに、糖分・塩分・油分・温度などの構成要素の組み合わせ仮説が最適解として一致するようになってきたのです。
「研究を重ねてきた科学的なアプローチが確かなものになれば、どんな素材からでも美味しいジェラートを創り出せると確信していました。例えば今回お出ししたレタスのジェラートはレタスのフレッシュな香りが立ち、モッツァレラのそれはジェラートと思えない淡白な旨みがあります。バゲットは焼きたての香ばしさも感じられますよね。科学の裏付けを得てジェラート作りがより自由になり、料理とジェラートの調和を楽しむガストロノミー・ジェラートの完成度も大きく向上していると実感しています」

多忙を極める柴野氏だが、かつて牧場があった山を見上げる位置に建つ小さな店で過ごす時間を大切にしていると話します。美味しいものを作るために不可欠な「心の波長」を整えるためだとか。
「常に生まれ育った牧場の原風景が心にあります。牛の鼻息、虫のオーケストラ、星の瞬き……自然に生かされているという実感が、地域に育まれた素材一つひとつへの敬意となり、物事を追求する原動力になります。これからの料理人は、自分の仕事や提供する料理について分厚いストーリーを語れるようにならなければいけない。情報が蔓延し、小手先だけの美味しいものが行き渡っている今、実体験に基づきプロが語るストーリーこそが、本質的な美味しさを生み出せると信じています」

本店のすぐそばには廃校となった町立の小中学校校舎が佇んでいます。自身の母校でもあるこの学校を、職人を養成するジェラート・アカデミーとして再生するのが、柴野氏の夢です。「地域に愛される職人を創るのが最終目標」と話す姿には、地域に根差す『N-Terra』の精神もたぎっているように見えました。

ジェラート職人養成所としてリノベーションしたいという廃校の前で柴野氏。生徒と一緒に校庭で牛を飼い、搾った牛乳でジェラートを作るのが夢だ。

人気のパイン・セロリ・リンゴミックスと季節商品のふきのとうの盛り合わせ(右)とマスカルポーネとオレンジバニラ(左)。甘さは控えめで、フレーバー素材の味が驚くほどハッキリ感じられる。

田園に佇む『MALGA GELATO 能登本店』。冬場のこのロケーションでも客がひっきりなしに訪れ、その大半が男性客というから驚く。

イートインコーナーも備えた『MALGA GELATO 野々市店』。飾られたトロフィーや賞状の間にお祖父さんが描いた牧場の絵がある。いつか牧場を再生させたいという気持ちは変わらない。

「能登のために」という熱い思いと「楽しくなければ意味がない」という軽妙さがいいバランスで同居する『N-Terra』。彼らもまた能登が育んだ地域の宝だ。

住所:石川県輪島市河井町2-142 MAP
電話:0768-23-4488
https://atelier-noto.com/

住所:石川県七尾市白馬町36-4-2 MAP
電話:0767-58-3001
http://villadellapace-nanao.com/
(2020年秋に移転し、オーベルジュにリニューアルOPEN予定)

住所:石川県七尾市和倉町ヲ部22-2 MAP
電話:0767-62-2410
https://www.wakura-blossom.jp/

住所:石川県七尾市一本杉32-1
(2020年春にOPEN予定)

住所:石川県鳳珠郡能登町瑞穂163-1 MAP
電話:0768-67-1003