今を乗り越えられたら、僕たち料理人は、もっと強くなれる。[ASIA’S 50 BEST RESTAURANT]

長谷川シェフ。第3位の発表を受けた直後の表情。

アジアのベストレストラン50

3月24日に発表された2020年版「アジアのベストレストラン50」。日本の最高位「日本のベストレストラン」には、長谷川在佑シェフ率いる『傳』が3位にランクインし、3年連続で3冠を達成しました。この評価をどう受け止めているか、次の1年に思うこととは。長谷川シェフにインタビューしました。

今年の特異な開催形式によるものなのか、あるいは結果についてなのか。すべての発表が終わった後、真っ先に長谷川シェフに話を聞きに行ったところ「満面の笑み」とはいえない微妙な表情が印象に残りました。ランキングについて率直に尋ねると「ううん、まあ、いろんな思いはありますよね」と、前置いてから、次のように話してくれました。
「1位の『オデット』も2位の『チェアマン』も、本当に素晴らしいレストラン。シェフのこともよく知っていて、2人とはすでに祝福のメールのやりとりをしています。自分の店のことはさておき、毎年ベスト10にランクインされた店は、どこが1位を取ってもおかしくないくらい実力が拮抗していると感じていて、そういう意味では結果を誇りに思っています」

新型コロナウイルスの感染拡大で急遽、オンラインストリームによるバーチャルイベントという形で発表された本年度のランキング。当初は、佐賀県武雄でセレモニーの開催が予定されていました。日本初開催ということもあり、日本の運営スタッフ及び関係者、メディアやシェフたちの間からも、過去2年連続で「日本のベストレストラン」に輝いている『傳』の1位獲得を期待する気運が高まっていたのは事実です。
「そうですね、日本を元気にしたいという気持ちは常にあり、今の状況がその思いをより強くしていることは確かです。ただ、1位が目標かといわれると、それも違う。昨日より今日、今日より明日、よりよいパフォーマンスを、という気持ちは開業したときから変わりません。料理人というのはゴールがない仕事。このランキングは、お客様やスタッフなど、自分を常に支えてくれている人々に改めて感謝し、次の1年も頑張ろうというといういい節目になっているように感じます」

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ランキングの発表を待つ長谷川シェフ(写真右)。

トロフィーを手に。日本評議会のチェアマンを務める中村孝則氏と。

アジアのベストレストラン50逆境下で試される真価と、「アジアのベストレストラン50」の意義。

例年、ランクインしたアジアのスターシェフが集結し、1000人規模で開催される華やかなセレモニー。いまだ収束の目途が立たないパンデミックは、2020年の授賞式の形を変えた以上に、今、世界のレストラン業界を危機的な状況に追い込んでいます。
「アジアン50をはじめさまざまな評価を頂いたことをきっかけに、ここ数年で海外からのお客様が非常に増えた。とてもありがたいことです。日本料理を通じ、日本の素晴らしい食文化を海外のお客様にも知って頂く機会になると思っていたので。ですが、現在の状況ですべては一旦リセットされた。とても残念に思います」

『傳』をはじめ、国内外で高い評価を受け、海外から食べ手を呼んでいたレストランは、インバウンド需要において、大きな役割を果たしてきたといえます。それが、誰もが予想だにできなかった形で、窮地に追い込まれています。
「今こそ、大事なものは何か今一度考えるとき」
そう話す長谷川シェフの表情に、悲壮感はありません。

「お客様が来て下さるということは“当たり前”ではない。そしてレストランとは“人間関係”、つまり人と人とのつながりそのものなんだということを改めて深く考えているところです。常連のお客様が大丈夫か、と心配して連絡を下さる。3カ月に1回のペースでご来店下さっていた方が、毎月予約をして下さる。これまでお断りをせざるを得なかった方々が、今ならとばとお問い合わせ下さりご来店下さる。感謝しかないです。私は料理人にとっての最高の評価は、“お客様の次回のご予約”だと思っています。これは開業時から変わらず、スタッフにも、次のご予約を頂くにはどうしたらいいか考えて仕事をするように話しています。それを今いちど徹底していこうと」

「世界のベストレストラン50」の日本評議会のチェアマンを務める中村孝則氏は、「アジアのベストレストラン50」の2020年のランキング及び変則的なイベントを振り返り「単なるランキングではない。“競う”こと以上に“分かち合う”賞」と、講評しました。授賞シェフの一人である長谷川シェフも、まさに同じように感じているようです。

「毎年セレモニーでアジア各国のシェフと一斉に顔を合わせ、近況を語り合いながら1年の健闘をたたえ合う、というのがこのランキング発表の最大の楽しみでした。今年初ランクインしたシェフたち、日本のシェフならば『ode』の生井さんらに、その興奮、熱気を味わってもらえなかったのは残念だったな、と思います。同時に、回を重ねることで、店や国を超えた料理人同士のつながりが深まっていることも確か。今を乗り越えられたら、僕たち料理人は、もっと強くなれる。もっとお互いを敬い、いざとなったら助け合い、これまで以上に料理で、食で何ができるかを真剣に考えるようになる。アジアン50のおかげで生まれた連帯が、この先のレストラン業界に必ず役に立つと信じています」

一言ずつ、言葉を選ぶように現在の状況について話す。

いつもの5人が集まれば、美味しい談義に花が咲く。若手農家版・津軽“めぇもん”自慢![TSUGARU Le Bon Marché・特別対談/青森県弘前市]

津軽の一次産業の未来を担う若手生産者の5人。左からにんにくを生産する『鬼丸農園』奈良慎太郎氏、ぶどうやせりを手掛ける『岩木山の見えるぶどう畑』伊東竜太氏、養豚や生ハム生産を行う『おおわに自然村』三浦隆史氏、弘前市のりんご農園『ちかげの林檎』石岡千景氏、板柳町のりんご農園『アルファーム』会津宏樹氏。

津軽ボンマルシェ食の宝庫・津軽で食べるべき“めぇ(美味しい)もん”は? 若手生産者が教えます。

「津軽ボンマルシェ」編集メンバーが現地を訪れるたび実感するのは、「津軽では何を食べても美味しい!」こと。市場へ行けば、見るからに新鮮な山海の幸がずらり。街中でも、飾りっ気のない食堂の定食の漬け物がびっくりするほど美味だったり、ふらりと入った居酒屋のお通しに、東京ではまずお目にかかれないほど新鮮な魚介類が出てきたりと、日頃接している食べもののレベルの高さが伺えます。となると、気になるのは、地元の人が一番美味しいと思っているものは何なのか。そこで、これまで「津軽ボンマルシェ」で紹介してきた生産者と、その仲間たちに声をかけました。集まってくれたのは、スキーリゾートとしても知られる大鰐町で養豚業を営む『おおわに自然村』三浦隆史氏と、神奈川県から移住し岩木山の麓に畑を構える『岩木山の見えるぶどう畑』の伊東竜太氏、そして伊東氏・三浦氏と共に若手農業生産者の組織の会員を務めるりんご農家『アルファーム』の会津宏樹氏と、農業仲間として親しいにんにく農家『鬼丸農園』の奈良慎太郎氏。途中からは会津氏同様若手のりんご農家として活躍する『ちかげの林檎』石岡千景氏も合流し、普段の仲の良さが伺える賑やかな対談となりました。

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若手生産者の会合後などによく集まって飲んでいるという5人。ちなみにこの日は会津氏の目論見により、会津氏が手掛ける『モツハウス』のロゴ入りパーカーを揃いで着用。なぜモツなのかは本文にて。

当日は、津軽土産としておすすめしたい加工品の数々を持ち寄ってもらい、推薦するポイントをプレゼンしてもらった。津軽への旅を予定している人は必見!

津軽ボンマルシェ・特別対談恩恵にも弊害にもなる厳しい気候が、津軽の食文化の源。

会津宏樹氏(以下会津):早速ですけど、飲んじゃってもいいですかね。

一同:乾杯~!

ONESTROY編集部(以下編集部):きょ、今日はよろしくお願いします!“めぇもん”自慢ということでお集まりいただきましたが、まずは津軽ならではの食文化について教えていただければと思います。

奈良慎太郎氏(以下奈良):いつも感じるのが、こっちの漬物文化の根強さ。種類が多くて、スーパー行っても売り場にめちゃくちゃ漬物が並んでる。

伊東竜太氏(以下伊東):保存食文化ってことだよね。野菜を漬けて冬の間も食べられるようにする、雪国ならではの工夫。自分は神奈川県の横浜出身だけど、こっち来て漬物多いなとは思った。若い子の漬け物に対する意識も違うし。

三浦隆史氏(以下三浦):うんうん、みんなちっちゃい頃から食べてる。うちの子も漬物大好き。

会津:津軽で子育てするときの注意点に、子どもにあんまり漬物を与えちゃだめってあってさ。しょっぱいのに慣れちゃうから。さすが短命県だよね(笑)(※)。漬物用の野菜の買い方もとんでもないっすよ、かぶ10キロとか(笑)。「道の駅」に行くと漬物用に大量の野菜が売られていて、冬になれば赤かぶや白かぶ。味付けも家庭それぞれ。

奈良:こっちはおばあちゃん専用の“漬物小屋”があるもんね、樽がずらっと並んでるの。大量に漬けて近所にも配る。

伊東:でもさ、漬物も今じゃ高級食材でしょ。にしんやほっけの漬物も昔からあるけど、買おうと思ったら高級。冬になるとおばあちゃんたちが作る干し餅もそう。タウンページの紙に包んで干してるやつ(笑)。保存食文化はすごいけど、今は作る人が減ってきているから、ビジネスとしてやろうとする人がいないとなくなるよね。

三浦:確かに。漬物も家それぞれで味が違うじゃないですか。最近もらった漬物の味がちょっと合わないときがあって、やっぱ親の作るものが一番だなって。そのとき作り方くらいは覚えておきたいなとは思いました。

奈良:小さい頃食べてたものも、今なくなってきてるもんね。細かく刻んだ根菜や山菜を入れた郷土料理の「けの汁」とかも。岩木山の方にうちのにんにくを使ってくれている『山の子』っていう古民家カフェがあるんだけど、そこで久しぶりにけの汁食べたら、ほんとにうまくてさ。でも自分で作ろうと思うとめちゃくちゃ手がかかるから。とにかく野菜を細かく刻むし。

会津:保存食も郷土料理も、俺ら世代はもはや消費者ですからね。でも30代になってから、なんか創作意欲が湧いてきて、自分も漬物漬けたり、料理作ってみたいと思うようになった。ちなみになんでけの汁っていうか知ってる?“け”ってお粥みたいなご飯のことなんだって。お米がとれなくて“け”を作れないとき、保存のきく材料で代用していたみたい。

伊東:細かく刻むのは米の粒々をイメージしてるのか。

会津:重いよね。子どもにも、せめて“お米風”にして食べさせてあげたいという。せつなくて泣きそう……。でも津軽ってそういうせつない食べものが多いかも。野菜がとれるのもほんの一時期だし、そもそも豊かな土地ではないから。りんごも、今でこそ日本一の生産量だけど、当初はそれしか作れなかったわけだし。

編集部:その話は『弘前シードル工房kimori』の高橋哲史さんにも聞きました。色々な作物の栽培を試して、最後に生き残ったのがりんごだったから、それを作り続けるしかなかったと。

奈良:でも気候は厳しいけど、県外の生産者から「津軽は寒暖差のバランスがすごくいい、生産地として優秀だ」と言われたことがあります。作れないものも多いけど、ここで作れる作物であれば、間違いなく美味しくなるって。意外と災害も少ない。

三浦:確かに寒暖差はすごく感じる。海も山も平地もあって、それぞれの生産者が特性を活かしてやっている感じ。弊害もあるけど、恩恵も受けているよね。

会津:津軽だとりんごひとつとっても、“山のりんご”とか“里のりんご”とか区別するし。「山のりんごが好き」とか言ってる人見ると、生産者としては「うわっ、にわか~!」って思うけど(笑)。やっぱり作り方や作る人で全然違うから。

伊東:あとは水がいいんだと思う。昔、横浜の小学校に通ってたとき、世界一水道水がまずいのが東京で、世界一うまいのが横浜っていうのを聞いたんだけど(笑)、弘前に移住して初めて米炊いたとき、水の違いをすごく感じた。それとさ、4月くらいになっても、水道水がすっごい“しゃっこい”じゃん。

一同:おお! 津軽弁出た(笑)。

奈良:分かる、春先までめちゃくちゃ冷たいよね。水道水もだけど、その辺の畑と畑の間に地元の人しか知らない美味しい水が湧いてたりして、それで料理するとうまいっていう。知らなきゃ絶対行かないようなところ。雪が多い年か少ない年かで水量も変わるとは思うけど、とにかく水は豊富で、水不足にもめったにならないし。

編集部:豊かな水は雪の恵みでもありますよね。厳しい気候ではあるけれど、その分作物は美味しくなり、厳しさゆえに発達した保存食文化や郷土料理の文化もある。ちょっとせつなさもありつつ、それが今の津軽の食の美味しさを支えているのだなと感じました。

(※)青森県は2000年以降、平均寿命が男女ともに全国最下位。

おおわに自然村』三浦隆史氏。1986年生まれ。今回の対談企画に際し、メンバーを集めてくれた。仲間内では会津氏と並ぶ古株で、会津氏とは若手農業生産者組織の会員となった20歳の頃からの付き合いとか。手に持っているのは、自社の放牧豚のソーセージや味噌漬け。弘前市内のデパートなどで購入可能。

岩木山の見えるぶどう畑』の伊東竜太氏は1980年、神奈川県生まれ。弘前大学在学中に津軽に魅せられ、弘前に移住して早20年。三浦氏や会津氏と同じ生産者組織には10年前から所属する。冬の間は、湧水に囲まれた一町田地区の畑でせりを栽培し、その質の高さで知られる。

津軽ボンマルシェ・特別対談ラーメンにモツ……明るみになる、根深き青森・短命県問題!

編集部:では本題に参りましょう。ぜひ津軽の美味しいもの自慢を。

奈良:それ言ったら、自分はやっぱりにんにく。実は料理のバリエーションがすごいんです、にんにくは。一番作るのはモツ煮込みに皮だけむいた状態でそのまま入れる。芋みたいにホクホクになってほんとうまくて。モツよりにんにく入っちゅうのかってくらい、遠慮なく入れるのがミソです。美味しさは保証しますけど、翌日は色々とすごいことになるんで、そこは自己責任で(笑)。

三浦:こっちは、皮をむいたにんにくを丸ごと料理に使って食べることが多いですよね。モツに入れるのも普通にやる。

奈良:県外だと割と限定的みたいね。最近うちの会社で粉状のにんにく作ったら、納豆にめっちゃ合うの。

一同:え~~~~。

奈良:いや、一回やってみって。あと津軽のうまいものっていったら、イカゲソや野菜を小麦粉と混ぜて揚げた郷土料理の「いがめんち」。すごい好きだけど、あれも材料を刻んだりするのに手間がかかる。居酒屋でも頼むし、嫁の実家に行くと手作りのが出てきます。それと、『弘前中央食品市場』にある大学芋! あの作り方ほかにないよね? あのためだけに市場に行くお客さんも多いし。

編集部:水あめではなく白砂糖をまぶした『山田商店』さんの大学芋ですね。前にも弘前名物としておすすめしてもらったことが。その場で量り売りしてくれるのもおもしろかったです。

(ここで『ちかげの林檎』石岡千景氏が登場し、挨拶。やはり『モツハウス』パーカー着用済み)

会津:あとはやっぱり津軽といえばラーメンじゃないですか。しょっちゅう食べてます。

三浦:この辺はラーメン激戦区ですよね。有名な煮干し系だけじゃなくて、色々な種類があるのも特徴。元々「津軽中華」と呼ばれる細いちぢれ麺と煮干し出汁のスープのあっさりしたラーメンがあって、それからの派生だと思うんですよ。麺好きの人ばかりだよね。

伊東:こっちに来て衝撃だったのは、弘前の『たかはし中華そば店』の中華そば。最初は煮干し臭がすごすぎて「もう食わねえ」って思ったけど、なぜかその後も通っているという。それとお祭りでラーメンや蕎麦の出店がたくさんあるのにびっくりした。席が用意されてて、食堂みたいになってるの。

奈良:むしろほかの地域にはないの? こっちはそれすらも違和感ないけどね。昼間っからお酒でべろべろになりながらラーメン食ってるじいちゃんとかよく見るし(笑)。

編集部:青森短命県問題は根深そうですね…。

奈良:県をあげて対策をしていて、社員の健康面を考えていると認定を受けた会社は、地方銀行の融資の利率が優遇されたりするんですよ。健康診断を義務化したりとか分煙したりとか。

会津:え~、そんな制度があるんだ。うちはりんご農家やりながら、みんながモツを囲みながら交流できる『モツハウス』という施設を運営してるんですけど、モツ食べたら野菜も食べろって言われるじゃないですか。だから漬物も用意してます。

編集部:さすが短命県ですね(笑)さっきモツ煮込みを自宅で作る話もありましたが、津軽ではみなさんすごく豚のモツを食べますよね。こちらではホルモン屋といえば、店内で食べる店より持ち帰り専門店の方が多いですし。県外にはほぼ知られていない食文化なのではないでしょうか。

三浦:昔から津軽は畜産が盛んで、農家が家の納屋で豚を飼っていたり、養豚が身近だったんですよ。で、単価が安い部位といえばモツ。ほかの部位は出荷するけど、モツは安いから自宅で食べていたという。この辺だと豚ですけど、北津軽に行くと馬を飼っていたり、鶏を飼っていたりします。ちなみに、青森県は日本で一番豚肉を食べる県なんです。だから街の飲食店にはヒレカツもあれば生姜焼きもあるし、豚肉のBBQも頻繁にやってるし。

会津:確か豚は畜産農家あたりの飼育頭数も日本一だよね。隆史くんとこの生ハム塾、行ってみたい。モツに生ハムに漬物、最強じゃない。春に「津軽森」っていうクラフトイベントがあるんですけど、そこに隆史くんが出店してたときのモツ鍋、めちゃくちゃうまかった。蓋開けたらほとんどモツで野菜が少なくて、こんな至高の食べものあるの? って。……でも自分は今日、そんなにモツについて語るつもりはなくて。

奈良:あのさ、今日みんなにこんな『モツハウス』のパーカー着させといて、いやらしくない?(笑) 全員着てるのに、読んでる人が気にならないわけがないじゃん。

会津:いやいや、モツは置いといて、自分が薦めたい津軽のうまいものは、やっぱり肉です! 豚モツ以外だと鶏ですかね。モツ会やるとき、豚の横隔膜、いわゆる豚サガリと鶏ネックも用意します。

編集部:鶏ネック……?

石岡千景氏(以下石岡):鶏ネックって、ほかの地域じゃあまりないんだよね。

奈良:えー? これもご当地ものなの? 知らなかった。

三浦:鶏ネックは鶏の首部分で、小さくて希少部位なんですけど、安いんですよ。こうやって考えると、津軽は豚・鶏・馬・鶏・牛揃ってますよね。モツに限らず、肉は自慢。津軽って、肉好きな人にとってはいい場所だと思います。

『アルファーム』会津宏樹氏。1985年生まれ、2007年にUターンし実家のりんご農家を継ぐ。三浦氏、伊東氏も所属する生産者組織『4Hクラブ(全国農業青年クラブ連絡協議会)』では、63代目会長を務めた。若手生産者のコミュニケーションの場として、無料宿泊施設『モツハウス』を運営し、一部で“モツの人”として有名に。

『鬼丸農園』奈良慎太郎氏。1982年生まれ。岩木山麓の鬼沢地区にて、元々りんご農園だった地を開墾してにんにく農園を営む。会津氏が実行委員を務めていた農業産直市「あおもりマルシェ」への出店をきっかけに、今回参加のメンバーと知り合った。自慢のにんにくを使った加工品の製造にも意欲的。

津軽ボンマルシェ・特別対談あれもこれも津軽名物。知られざる地域のいいもの、次々と。

伊東:自分は津軽に来てから、果物がほんと美味しいと思った。最初に働いた観光農園では何十種類も果物を作ってて。さくらんぼの時期に食べれば「さくらんぼ一番好きだわ」って思って、桃の時期になれば「桃が一番だわ」ってなって、それが、梨、ぶどう、りんごって時期ごとに一番好きな果物が変わるという。

編集部:確かに、津軽といえばりんごですが、こちらの青果店で果物の豊富さと新鮮さ、安さに驚きました。実はフルーツ天国ですよね。これも県外の人からすると意外なのでは。

伊東:でもりんご農家がいるから言うわけじゃないけど、30歳過ぎて一番食うようになったのはりんごかも。長期保存もできるし飽きない。長野県の知り合いが美味しいりんごを作ってるから、一概に津軽が一番とは言い切れないんだけど、やっぱり味はいいよ。あとこれ親世代とかに言うとびっくりされるんだけど、津軽は干し柿がうまい。東京だと干し柿って高級品なわけよ。年にせいぜい数個しか食べられないみたいな。こっちだと、これも雪が多い地域ならではの保存食で、渋抜いて干して、自家用に作る人が多いイメージ。あの甘さはなかなかない。

奈良:手間暇かけて、人にあげるために作るおばちゃんとかもいますよね。うちの会社のパートさんにも、一週間くらいかけて山菜とってくる人がいて。筍も栗も、料理するのにめちゃくちゃ手間がかかりますよ。そういえば前にみんなで山菜とりに行ったね。熊が出る山に……。

石岡:ちなみに、誰かもう筋子言った?

一同:あ~、言ってない!

石岡:自分のおすすめは筋子。小さい頃からすごく食べてる。この辺の店でも「ここのはうまい、ここのはダメ」っていうのがあって。弘前駅の近くのショッピングセンター『虹のマート』に売ってるのは確実にうまい! 買ったら全部ほぐして、ご飯に混ぜる。

一同:混ぜる!?

石岡:全部混ぜると筋子が潰れて、ピンクになるの。そのピンクのご飯を食べる、小さい頃から。うちだけ?(笑)

奈良:ピンクにするのはどうかと思うけど(笑)、津軽弁に「あっつままさすんずご」って言葉があるんですよ。炊き立ての熱い(あっつ)ご飯(まま)に筋子(すんずご)のせて食うって意味。津軽だと、これでもう完成された料理みたいな感じなんだよね。さっきの水にも繋がるけど、米も美味しいし。自分は納豆に筋子入れてご飯と食べる。太宰治がやってた食べ方らしいんだけど。

三浦:やっぱりしょっぱいものは好きだよね。短命県……。

編集部:テーマからは少しずれますが、食べもの以外で津軽が誇るものは何ですか?

奈良:岩木山ですね。完全に岩木山。岩木山の写真だけアップするインスタグラムのサイトが立ち上がってるくらい、ほんとみんな写真撮ってる。それぞれみんな好きな撮影ポイントがあって、車停めて。

伊東:関東で富士山見るのと意味が違うのよ。富士山も「おお!」ってなるけど“よその偉い人”って感じじゃん。岩木山は“うちの親方”的な感じ。

一同:ちょっと、言い方!(笑)

会津:確かに全国色んなとこ回っても、山があんなにズドンときれいに見えるの、岩木山と桜島くらいでした。津軽平野の風景も好き。「こめ米ロード」っていう道があるんですけど、周りに全然山がなくて、一面の田んぼがスパッと見えて。実家が三重県で農家やってる大学生が泊まりにきたとき、こんなところで米作りたいって言ってくれてうれしかったなあ。ドライブするだけでもおすすめ。

三浦:津軽のよさと聞いて思い浮かべる風景は多いですよね。岩木山も、田んぼも、桜もねぷたもそう。春夏秋冬、色合いの美しさが日本一だなと思う。

会津:あ、あと温泉もある。白く濁った湯もあれば赤い湯もあるし。

奈良:お湯がいいとか風呂入った後の飯が旨いとか、バリエーションが多いしね。関東圏行けば温泉入るのに1000円くらいするじゃないですか。それがこっちでは少し高くても400円。

石岡:自分のおすすめはですね、「ふらいんぐうぃっち」という漫画です。読みました? 読んでください。なぜかって、私の弟が作者だからです(笑)。弘前の色々な場所が舞台になっています!

奈良:今度うちの畑がある鬼沢地区も取り上げてって言ってよ。俺が参加するはだか祭も。

三浦:そういえば、津軽はご当地のお祭りも色々ある。それこそ農業の県なんで、作物の神さま、生きものの神さまとかを祀るお祭りがあったり、面白いです。

奈良:五穀豊穣系ね。柳の枝とか“くわ”とか落としてその年の作物の出来を占ったり。くわは10人で「せーの」で落として、揃えば豊作。本番の前にちゃんと練習するのよ。1時間くらい練習して、その後2時間飲む(笑)。

会津:飲むための口実なんじゃないの?(笑)

奈良:でも祭のこと自体は大事にしちゅうわけよ。実際にはゲン担ぎで、何かその年の指標というか、意気込みみたいなものを得たいんだろうね。

伊東氏は自身が手掛けるぶどうジュースを持参。津軽で生産が盛んな品種・スチューベンを絞った濃厚な味わい。畑から見える岩木山のシルエットをぶどう果汁で表現したラベルデザインが美しい。

会津氏持参の駄菓子「大王当て」「イモ当て」は、レトロな見た目もいい感じの津軽のソウルフード。この後の大王&イモ当て大会も大いに盛り上がった。お土産にして家族や友人と楽しめば喜ばれること間違いなしのスイーツだ。

途中から飛び入り参加してくれた、『ちかげの林檎』石岡千景氏(左)。1982年生まれ。昨年弘前市下湯口にある実家のりんご農園から独立し、現在はひとりでりんご栽培と向き合う。アルペンスキーの全国大会優勝経験を持つ、アスリートの一面も。

今や全国区の人気を誇る「スタミナ源たれ」が三浦氏イチオシの津軽土産。今回の対談で、「一家に一本」どころではない高い浸透率が判明した人気調味料だ。青森県産のりんごとにんにくがたっぷり使用されている。

津軽ボンマルシェ・特別対談普段食べているものだけをおすすめ! 手土産にするならこの商品。

編集部:この記事を読んでいるのは、津軽以外のエリアに在住の方も多いと思われます。今日はそんな方々におすすめしたい、手土産向けの加工品を持ち寄っていただきました。ぜひプレゼンをお願いします! まずは伊東さん。

伊東:うちのぶどうで作ったジュースです。生産量が少ないのでネットでも売ってなくて、欲しい場合は直接連絡をもらわないとなんですけど。毎年ぶどうの出来も違うので味も変わりますが、知ってる人は毎年注文してくれます。大きいボトルで出してるのは、コップで飲む方が香りを感じやすいから。あと高級志向のジュースじゃなく、みんなで自宅で飲んでほしいという気持ちもあって。これで1本800円。

会津:安いよねえ。絶対美味しいし。毎年普通にぶどう買ってるけど、ほんとうまいもん。自分が持ってきたのは「大王当て」と「イモ当て」。小さい頃から駄菓子屋で買ってた思い出深いご当地のお菓子です。弘前だと、駅にある商業施設『アプリーズ』とか弘前公園脇の『弘前市立観光館』とかで手に入ります。「大王当て」は練り切り、「イモ当て」は芋ドーナッツのタイプ。

伊東:これやったことないんだけど、どうするの。

奈良:くじになってる紙をめくるんですよ。ちなみに「イモ当て」は親と子の2種のうち、どっちかが当たる。「大王当て」は大きな大王、中サイズの親、小サイズの子の3種。当たりの大王は1本しかないから、こっちの方が夢があるよね(笑)。じゃ、初めての人からどうぞ。当たったら全部食べなきゃだめですよ。

伊東:……子!

会津:(笑)あ、親出た! 甘い~。これ、居酒屋にあっちゃいけない甘さでしょ。

奈良:子のサイズがちょうどいい。もう当たりが当たりじゃないですよねこれは(笑)。

伊東:いやでもうまいよ。子どもはみんな大王狙うわけでしょ。

(結局大王は出ないまま一巡し、「大王当て」も「イモ当て」も終了)

三浦:自分は定番ですが「スタミナ源たれ」を持ってきました。最近は東京でも普通に売られているけど、値段が全然違うんで。こっちだと安いときは200円切ることもあります。それこそ焼肉にも使うし、うちではこれに生姜を足して生姜焼き作ったり。材料のほとんどがりんごとにんにくで、調味料として万能ですよ。色々種類があるけど、うちではこのメジャーなタイプを使ってます。家にはストックがいっぱい。

伊東:使い切っちゃう前にストックをね。うちも2本ある。でもこないだ数年ぶりに「エバラ」の焼肉のタレ使ったら、すげーうまかった(笑)。

会津:浮気すんなや!!「源たれ」のチャーハンも間違いない美味しさっすよ。弘前の城東にある『CoCo壱番屋』だと、ご当地メニューの「源たれチキンカレー」があります。

奈良:なんか最後の紹介になっちゃってすごく嫌だけど、自社製品持ってきました。これは生のにんにく。こっちの乾燥にんにくは一回水で戻して使うタイプで、東京の「イオン」さんとかにも置かせてもらってます。あと、うちの農園のイチオシがこの「にんにく麹たれ」。にんにくの比率が結構高くて、しょうゆ、砂糖、麹を混ぜて作ってる。麹が肉を柔らかくするんで、これに漬け込んでから揚げた唐揚げとか最高っす。よくあるにんにく調味料は味噌ベースだけど、これはしょうゆベース。東京の県産品ショップでも売ってます。

会津:これはほんっとにうめーんだわ。空港にも売ってるから、自分で買ってお土産にしてます。

石岡:前に限定で出してた辛いバージョンもよかった。こっちは黒にんにく? 黒にんにくにすると、成分が変わるっていうけど。

奈良:普通のにんにくに比べて、栄養価が6倍になるそうです。がんを予防する効果とか、色々研究が進んでるみたいですね。

編集部:今日は色々とおすすめを挙げていただいて、とても勉強になりました。最後になりますが、今は一次産業が厳しいと言われる時代です。みなさんはこれからを担う若手として、どんな展望をお持ちですか?

三浦:個人的には、農場の規模を大きくして、ほかの生産者さんと一緒に何かしていきたい。お金というより、その方が面白そうなだなって。モチベーションも上がるし、例えば奈良さんと何かやれば、にんにくを使ってる人にうちの肉を広められて、その逆もある。知名度を上げるとっかかりにもなると思います。

奈良:うちは法人なんで、やっぱり稼ぎたいです。普通の会社は営業がいて、総務がいて、それぞれの役割を分けないと掘り下げられないっていうのがあるじゃないですか。だから生産と販売を分けたんです。ちゃんと作ったものをしっかり売って、農業でちゃんと稼げているということをもっと出していきたい。

伊東:一次産業って、食べものを作る仕事じゃん。自分はそれがすごいなと思って就農したから、その想いは大切にしていきたい。10年やっただけでも温暖化による気候の変化を実感するけど、栽培方法も品種改良も、今が頭打ちというわけじゃないですよね。時代に合うよう工夫してやっていきたいと思います。もちろん廃業する人は多いですよ。でもここ1、2年で、勉強したいとうちに来てくれる新規就農希望者もいて。自分は双方の気持ちが分かるから、始めたい人と辞めたい人を繋げられる人間になりたいです。

会津:うちは祖父から受け継いだのがたまたまりんごだったから、個人的に青森県とかりんご産業とかにこだわりはないんです。ただ最近、ぶどう好きの奥さんのためにぶどうを作ったらすごく喜んでもらえて、これが農業のあるべき姿なのかなって。従業員も自分も食べてくれる人も幸せになれる一次産業ができたらいいなと思います。市場では高い安いで価値が左右されるけど、それに左右されずに、こだわった商品はしかるべき形と価格で判断してもらえるようにしたいですね。

石岡:うん。極論だけど、農家がひとりひとりちゃんと経営して儲けることだよね。津軽はなかなかそこまでいっていなくて、農家自身もりんご一個にいくら分の価値があるのか知らない状況があると思う。ひとりずつが経営感覚を身に付けて稼ぎをアップさせることが大事。りんごって技術のハードルが高くて人手もいる特殊な作物なんですよ。事業拡大も手だけど、一昨年まで農業法人にいた身としては、人間集まれば集まるほど手を抜くことをひしひし感じて。規模や量が必要なら、ひとつの会社にしなくても、経営感覚を持った個々が繋がることでなんとかできるんじゃないかと。今は人間の研究中です。

三浦:同じ意識を持った共同体ってことだよね。

石岡:そう。津軽人てすごく自信ないんですよね。

一同:ないよね~。

石岡:でも「どうせこうだから」とか、そういうメンタル持ってる人が農家にいるってマイナス。悩んでいる人にはアドバイスもしてあげたい。あとは、りんごで得た収入を使って、農家がだめになったときの足を他に作りたくて。りんご以外で、それこそモツとかの飲食店でもいいし。

会津:うちは最近奥さんと、雪が少なくてりんごが美味しくできそうな場所に支店出そうかって話してます。東京の奥多摩だって、青森の栽培技術使えばりんごできるじゃんって。今年は雪が少なくてほんとに楽。でも雪だって人を集めるコンテンツになるんだよね。それ考えると青森って宝の山だし、あんまりネガティブなこと言いたくないんですよ。『モツハウス』でも、ネガティブなことは言わないで、一緒にモツつつきながら飲んだら、もう家族じゃんてスタンスで。

編集部:それぞれの事情をお持ちかと思いますが、当事者の方から“青森は宝の山”という言葉が出たことに希望を持てました。あと、みなさんのおしゃべりが単純に楽しかったです。本当に仲良しですね。本日はありがとうございました。

奈良:なんか今すごく酔っぱらってて、ちゃんと話せたか心配。

三浦:記事になるのか不安です……。

会津:ま、とりあえず次の店行く人~?

(夜の繁華街へと消えていく5人)

奈良氏持参の手土産好適品はすべて自社の『鬼丸農園』のもの。手前の「にんにく麹たれ」はリピーターの多い人気商品。

「大王当て」「イモ当て」は昭和27年創業の老舗メーカーの商品。どちらも“当物(あてもの)駄菓子”と呼ばれるくじ付き菓子。

当物駄菓子初体験の伊東氏も、素朴な味わいをいたく気に入った様子。結局この日は一番大きな練り切り菓子の「大王」は出ず、決着は次回に持ち越しに。

対談場所となったのは、弘前市中心部にある居酒屋『南国食堂shan2(シャンシャン)』。店主の加藤肇氏は、DJやイベントプロデューサーとしても活躍する。店内には弘前出身の世界的アーティスト・奈良美智氏などのサインも。

同年代の農業従事者として悩みや目標を共有する5人の姿に、こちらまで元気をもらえる対談となった。ちなみに『モツハウス』のロゴが表現しているのは「家」という漢字。“モツを囲み家族のように語らえる場所に”という会津氏の想いが、仲間との関係性にそのまま表れているように感じられた。

場所協力:南国食堂shan2(シャンシャン)
住所:青森県弘前市桶屋町4-8 MAP
電話:0172-32-8320

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