全ての価値は一度リセットされる。だけど、僕たちには料理しかない。[ASIA’S 50 BEST RESTAURANT]

歴代『DINIG OUT』で活躍してきたシェフたち。左から『フロリレージュ』川手寛康シェフ、『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』福山剛シェフ、『傳』長谷川在佑シェフ、『ラ・シーム』髙田裕介シェフ、『茶禅華』川田智也シェフ。

アジアのベストレストラン50世界的に危機的状況なレストラン業界。その事実から目をそらすわけにはいかない。

ランクインしたレストランの数で、日本が国別最多数を記録した2020年の「アジアのベストレストラン50」。東京、大阪、福岡から12店がランクインし、世界中にアジアを代表するガストロノミー大国の実力を示した華々しい結果となりました。一方で、多くのシェフたちが「ランキング以上に、料理人の国を超えた連携が生まれるのがこのアワードの魅力」と、口を揃えます。世界中でレストラン業界が危機的な状況にさらされている、その事実からも目をそらすわけには行かなかった2020年春。結果発表を受け、授賞したシェフたちが今、思うことについて話してくれました。

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『INUA』とともに初のランクインを果たした『Ode』生井祐介シェフ。

激戦の2020年を振り返る日本評議会のチェアマンを務める中村孝則氏。

アジアのベストレストラン50世界を視野に入れた店づくりで、激戦の年にニューエントリーを果たした『Ode』。

「世界のベストレストラン50」の日本評議会のチェアマンを務める中村孝則氏が、「例年にない熾烈さを極めた」と、評した2020年。日本からの2店を含む7店のレストランがニューエントリーした点も、話題を呼びました。35位の『Ode』は2017年9月の開業から2年半でのランクイン。生井祐介シェフは店を開いた時から、正確にいえば、独立前『シック・プッテートル』(現在は業態を変更)でシェフを務めていた頃から、「このアワードを目標にしていた」と言います。
「同世代のシェフたちが続々と評価を受けていたことに刺激を受け、いつかは自分も必ず、という気持ちが芽生えた。加えて、異なる文化背景、価値観を持つゲストに、自分の“おいしい”がどう理解されるか知りたいという思いが強くあって。ランキングは1年やってきたことに対するひとつの評価。素直に喜びたいです」。

晴れやかな表情で、そう話してくれました。日本人のフランス料理人である自分が、東京から発信する料理を、世界のゲストがどう受け止め、評価するか。そこに挑むべく、『Ode』開業後はさらに国内の生産者と密に連携しながら、料理の精度を高め、進化、深化させてきたといいます。また、多様な価値観をゲストの属性だけに求めるのではなく、店の中からも、という思いで、常時、ひとりからふたりの外国人スタッフをスタジエとして厨房に招き入れていたとも話します。
「自分が、自分の店が海外の同業者にはどう見えて、どう評価されているか。ゲストとは違う視点で教えてくれるのが彼ら。海外での修業経験がない若い日本人スタッフにとっても、様々な価値観を学ぶ上でとても意味があるので」。

世界を視野に入れた店づくりを意識的に行ってきた生井シェフは、今回の新型コロナウイルス感染拡大の事態を、冷静に受け止めています。
「ひとつの店で何かが変えられるという事態ではない。毎日料理を作れる間は、来てくださった方に満足頂けるよう努めるだけです。料理はクリエイティブな仕事であり、時に今回のようなアワードがその部分に光を当ててくれるけれど、実はレストランでの仕事は日々の繰り返しが大半。ルーティーンをいかに、気持ちと精度を落とさずにやり続けられるか。店を続けていくための基本を、今こそ僕自身がスタッフに示していきたいです」。

生井シェフ(中央)。同志であり目標でもあったシェフたちとともに評価され、喜びの表情。

2年目のランクイン。穏やかな表情で、今までと、これからについて話す川田シェフ。

アジアのベストレストラン50「健やかなる食」「新しい絆」。今だから見えた、これからの店のあり方。

昨年の初登場から、2年連続のランクインで29位に輝いた『茶禅華』。2位の香港『ザ・チェアマン』を筆頭に中華圏の店が数多くランクインする中で、東京発モダンチャイニーズの旗手として存在感を示しました。
「中国料理のポテンシャルはとてつもない。師匠からはもちろん、日本に伝え広めた先人の仕事から、そして中国全土で厨房に立つ料理人から学んだことです。それを自分なりに一歩、先に進めたいという気持ちで毎日料理をつくっています。中国料理のダイナミックさと、日本の食材や和食の技法が持つ繊細さを掛け合わせた“和魂漢才”の味を磨いていきたいという思いは、開業時から変わらず持ち続けています」。

穏やかな表情でそう話す川田智也シェフ。「こんな時代だからこそ、料理人として“食べる”の価値を今一度見直し、伝えていきたい」と言います。
「“食べること”イコール“生きること”。食事は、心身の健康の真ん中にあると考えています。まずは日々の衛生管理をこれまでにも増して徹底すること。そして、レストランですから、“おいしい”と感じることで生まれる喜びをご提供することが一番。その上で、薬膳や漢方を今一度学び、免疫力や自然治癒力を上げる“健やかな食”を楽しんで頂けるよう努めていきたいです。医食同源もまた、中国が誇る思想、文化なのですから」。

今年1月に開催された『DINING OUT URUMA with LEXUS』でも活躍した福岡『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』の福山剛シェフは、今の状況について「レストラン業界は一度、立ち止まって考える時が来ている」と、話します。
「諸外国を見ていると、まだ毎日店を開けられることが、とてもありがたく思えます。一方で、ここ数年のフードバブル的な空気に、自分も含め業界全体が少し浮かれていた感が否めない。今は原点に立ち返って、料理人は改めてゲストのことを考え、ゲストの方々には自分にとってレストランがどういうものかを今一度考えて頂く時期なのかな、と。その先に、作り手と食べ手の、新しい絆が生まれると信じています」。

アジアトップレベルのガストロノミー大国・日本で、東京以外からのランクインは大阪『ラ・シーム』と2軒のみ。2021年以降の新店舗のオープンを進めている福山シェフとしては『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』としての授賞が最後という意味でも思い出深い年になったはずです。
「そうですね、順位はともかく、『ゴウ』での最後の年に授賞できて良かった。『アジア50』で出会ったシェフたちは、ライバルという以上に、尊敬できる仲間であり同志。来年は例年通り、華やかな授賞セレモニーが開かれる世の中であることを祈りつつ、僕自身は、その場で皆とまた再会できるよう前進します」。

福山シェフ。『ラ・メゾン・ドゥ・ナチュール・ゴウ』としては最後の「アジアン50」となった。

川手シェフ。オンラインストリームによるランキング発表が映し出されるスクリーンを見つめる。

アジアのベストレストラン50業界全体で、国を超えて、レストランの文化を次代につないて行く。

2020年、日本のレストランとしては3位の『傳』に次ぐ7位にランクインした『フロリレージュ』。2019年の5位からは2ランクダウンとなったものの『傳』と並び「日本を代表するレストラン」という、アジアの評価は変わることがありません。川手寛康シェフにランキング結果について尋ねると「普段は全く意識しません。でも発表当日とその前日、1年に2日間だけは、やっぱり、気にしてますかね」と、笑いながら率直に話してくれました。
2015年3月の移転リニューアルから、丸5年。1皿ごとにメッセージを込められたストーリーのあるコース作り、日本酒、カクテルを取り入れたドリンクのペアリングコースなどを他に先駆け、東京のレストランシーンを革新してきた川手シェフ。地方の料理人とも協同し産地や生産者に光を当てる活動にも注力しつつ、世界の舞台で評価されることで、日本のトップシェフのあり方を海外にも伝えてきました。裏を返せば、あらゆる場面で、料理人としての意見を、そして、アクションを起こすことを求められてきた節があります。
「自分では何かを発信しているつもりは、そんなにないんですけどね。発信以上に、人としての責任を果たすことが第一。ゲストやスタッフ、生産者の方々、そして家族に対しても。あとは料理人なんだから、やっぱり美味しい料理を作って喜んでもらいたいと思っている。シンプルですよ」。
話す表情にも、気負いはまったく感じられません。

どんな評価を受けても、店の内外で責任ある仕事を任されても「料理を作り、食べてもらう」ことこそが喜び。そう話す川手シェフは、世界のレストランが置かれている厳しい状況に心を痛めていると話します。
「ここ数週間は、朝起きて一番にフランスを始めとする諸外国のニュースに目を通すことが習慣になっています。営業停止を余儀なくされている国のシェフたちを思うと、本当につらい。経営のことももちろん深刻なのですが、僕も含め料理人の多くは“料理しかない”人間。食べたいという人がいるのに、料理をつくれない状況の辛さは想像を絶するものがあります」。

現代に生きる誰もが経験したことのない、未曾有の事態。収束後の世界は、すべての価値観がリセットされ、再構築されることが予想されます。「レストラン業界も、変わらざるを得ない」と、川手シェフ。
「ひとりの力は弱い。これからは国内外の料理人同士の連帯が問われる時代が来ると思います。自分の店がよければいいという考えではなく、レストラン業界全体として、国を超えてどう動いていけるかが、レストランの文化を未来に継承するために不可欠になってくるかと」。

困難な状況下だからこそ、改めて見えたものも少なくないといいます。
「非常時こそ、人と人の絆が可視化される。この先まだどうなるかわかりませんが、今は毎日、本当にいいゲストに恵まれていると感謝するばかりです。この性格だから“頑張ろうよ”と、口に出していうことはないけれど、少なくとも僕が下を向くわけにはいかない。スタッフが下を向くのが恐いから。医師でも政治家でもないから、今の災難を直接解決する手立てはないけれど、医師や政治家にできないことが僕らにはできる。おいしい料理で、人々の心を震わせ、勇気付けることが。食が、レストランができることは必ずある。料理人という仕事を改めて誇りに思っています」。

「下を向かずに」。ポスト・コロナのレストラン業界について話す川手シェフ。