Re Gallery SCEARN人の命よりも、はるかに長く生き続けるものであるために。
「30年ほど前、旅先で休憩を取ろうと車を停めた場所に、役目を終えた大量の番線があり、少しそれを眺めていました。よく見ると、中には面白い形に曲がっているものもあり、なぜかとても美しく見えました」。
「Re Gallery SCEARN」における第一回目の展示は、「ギュメレイアウトスタジオ」主宰のデザイナー・猿山修氏による作品。数多く作風がある中、今回は、自在鉤(じざいかぎ)に特化した稀有なキュレーションを行います。そして、その「自在鉤の原点とは何か」という問いに対する答えが冒頭になります。
番線とは、なまし鉄線などとも呼ばれ、主に工事現場の足場材の結束などに使用される鉄線のことを指します。当時の猿山氏は、舞台美術に関わる一方、古物を扱っており、その修復の際には経年変化したものの方が相性も良く、例えば、タンスの取っ手やフックなどを作る材料に活かしました。そして、その番線を使って自在鉤を作ったのが始まりです。
「自在鉤は、昔からある道具で、様々なものを吊り下げるために使用されていました。その多くは囲炉裏に鍋ややかん、鉄瓶などを吊るし、上下させることで火加減を調整することを目的としたものでした。天井高のある古民家で吊るすため、長いものは3m近くあるものもあり、素材は、竹や木、縄を編んだものなど、耐久性に優れたものが多くありました。中には、オイルランプ用に作られたものがあり、囲炉裏で使うものに比べ細く繊細。暮らしに浸透していた時期が短いせいか、数が少なく、今では骨董屋でもすっかり見なくなりましたが、その佇まいに惹かれました」。
舞台美術を手がける傍、プロダクトデザインの仕事に携わるようになり、のちにそれが逆転。
今回、展示される自在鉤は、その原型を再解釈し、吊るすものも様々に展開。当時のような灯火はもちろん、香炉や花入れなど、暮らしに必要な道具という視点から、暮らしを豊かにする視点もあわせ持つ。しかし、そこに猿山氏の個性の押し売りはなく、あくまでも匿名性の高いデザインに徹するということは、特筆すべき点でもあります。
「最初から、参考にすべきは同時代のものではないと感じることが多くありました」。最初とは、「ギュメレイアウトスタジオ」設立時のこと。当時は、古陶磁などを扱う「さる山」も運営しており、一貫した思想が伺えます。そして、今日に至るまで、それを守りながらデザインに携わっているのです。
「私は、はるか昔から大事に残されてきたものに惹かれます。例えば、100年前のものであれば、多くの人の手から手へ受け継がれてきたことは容易に想像できます。その事実は偶然ではなく、必ず理由があるはずです。品質、使い勝手、デザイン……。それを読み解き、作品に活かす。そういった表現を心がけています」。
例えば、当時はどんな暮らしをしていたのか。これはどうしてこんな形をしているのか。工学者であり大学教授でもあったヘンリー・ペトロスキー作の「どうしてフォークは4本なのか?」は、その好例。形だけ模しても意味はなく、理由を理解するからこそ、ものは奥行きを増す。「あまりに不十分な説明が多い世の中、本当の理由が消えてはいけない」と猿山氏は言葉を続けます。
「自在鉤は、全て国内で生産され、栃木、愛知、大阪、山口など、吊るすものによって適材適所で制作しています。職人たちもまた、骨董や古物にまつわる文化、歴史などに造詣が深く、形あるものに宿る理由を見出すことを信念としています。
古道具を見たり、触ったり、使ったりしてわかるのは、欠けてしまったけれど、直されて残され続けているものの使い勝手が一番良いということ。だから、壊れても捨てられずに大事にされていたのかもしれません。私にとって、そういったものとの対峙は、もの作りやデザインにおける本質を享受する、学びの時間でもあるのです」。
言葉こそ発せずとも、そのものは、猿山氏に雄弁に語りかけてくるのかもしれません。
直して残す。つまり、選ばれ続けなければいけない。しかし、これは猿山氏のような作り手だけの問題ではありません。使い手の道徳も必須。今、存在する価値あるものは、今、そして次に所持する人次第で、後世に残し続けることもできれば、この世から姿を消してしまう可能性も孕んでいるのです。
「ものの命は人の命よりも長く、生み出される時の環境負荷も大きい。だから、容易にものを生み出すべきではないと考えています」。
古きものを愛する、猿山氏らしい言葉です。
猿山氏の屋号でもある「ギュメレイアウトスタジオ」の「ギュメ」とは、フランス語で二重鉤括弧の意味を持ちます。つまり、引用符。数百年、険しい時代を生き抜いてきたものたちが残り続けた理由を読み解き、そこから導き出した解を引用し、再解釈したデザインこそ、猿山氏の作品の核なのかもしれません。その耳馴染みのない屋号にもまた、理由は潜んでいたのです。
美しいものが正しく生まれ、正しく残り、100年後、時空を超えて、生き続けることを願って。宙に浮く、美しい自在鉤を眺めながら、そんな浪漫に想いを馳せることもまた一興。
「見届けることは叶いませんが、そんなもの作りをこれからも続けていきたい」。
Text:YUICHI KURAMOCHI
「Re Gallery SCEARN」
TEL:03-6433-5201
住所:東京都北青山3-13-7 2F
営業時間:11:00〜19:00
定休日:月曜(祝日の場合は営業)
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開
公式HP:https://scearn.com/
[ギャラリーのご案内]
展示内容:宙と香 猿山 修
期間:2025年10月31日(金)より
※10月31日(金)11:00〜14:00 猿山氏在廊予定
