芸術家すら敵わない、未完の作品。

石本来の自然な表情を極力残し、機能に必要な最小限の加工のみを施した「ROCK END」。その造形は、まるで山肌のよう。

Re Gallery SCEARN逆転の発想から纏わせた価値。

人が初めて使った道具は石だと言われています。獲物を捕らえるためにはどうしたらいいか。火を起こすためにはどうしたらいいか。その時、人は地にある石に道具としての用途を見出しました。つまり、人類は命を宿した時から石とともに生きてきたと言っても過言ではなく、長い歳月の中、都度、石に役割を与えてきたのです。

「Re Gallery SCEARN」が第2回目に開催する展示は、香川県高松市を拠点に活動する「AJI PROJECT」。

 「AJI PROJECTの特徴は、石という素材の特性に素直に向き合いながら、用途や表現の可能性を広げている点にあります」。そう語るのは、クリエイティブディレクターのイトウケンジ氏です。

ここに並ぶ石は、言わば、現代において役割を与えられた作品たち。表情豊かなそれらは、プロジェクト名の通り、庵治石。庵治石とは、香川県北東部に位置する高松市牟礼町、庵治地方のみで産出される石材であり、様々な時代を経て、地下深くのマグマがゆっくりと冷え固まって形成された火成岩の一種。鉱物は結晶が小さく、粒子の大きさで細目、中細目、中目、そして、鉄分を多く含んだものをサビ石と分類されています。その美しさから、多くの著名な建築物にも使用され、別名、「花崗岩のダイヤモンド」と呼ぶ人も少なくありません。

「石を素材にデザインする魅力は、何千万年という長い時間の積み重ねが生み出した、石そのものがもつ自然な表情にあります。一方で、その魅力をどこまで手を加えずに残すのか、あるいはどのような加工を施すことで、また別の魅力を引き出すことができるのか、その“加減”を見極めることは簡単ではありません。石の持つ存在感を損なわずに人の手を介在させる方法を探ること、その試行錯誤の中にこそ、石を素材にデザインする難しさと同時に、大きな楽しさがあると感じています」。

イトウ氏がデザインをする上で必ず意識していることは、石を単なる表面的なマテリアルとして扱わないこと。その石が持つ性質や特性と真っ直ぐに対峙し、無理のないかたちで役割を与えられているかどうか。この視点は、ディレクションとデザインのいずれにおいても、常に思考の原点となっています。

そんな「AJI PROJECT」の始まりは、庵治石産地の将来に対する危機感を抱いたことがきっかけでした。

「墓石需要の減少や職人の高齢化、後継者不足といった課題に直面する中、“これまでとは異なるかたちで石の価値を示していく必要がある”という想いから、2012年に商工会の支援事業のもと、有志の事業者13社が集まり、製品開発をスタートさせました。従来の用途にとらわれず、暮らしの中で使われるプロダクトを通して庵治石の新たな可能性を探ることが、AJI PROJECTの原点です」。声の主は、「AJI PROJECT」を運営する「蒼島」代表、二宮 力氏です。

「蒼島」は、2021年に「AJI PROJECT」を引き継ぐかたちとして設立。以降、ブランドを再構築し、現在は、イトウ氏をはじめ、クリエイティブアドバイザーにはダビッド・グレットリ氏も迎え、国内外のデザイナーと協働しながら、国内外に庵治石の魅力を発信し続けています。

墓石や石碑のように屋外で何十年も使われるものを作る場合、わずかな傷であっても耐候性に影響するため、無傷に近い部分だけを選んで制作する必要があります。庵治石は、もともと傷の多い地層にあるため、そのような条件を満たすものは、採石される全体のわずか数パーセント。その希少性が、石の性質と合わせて高級石材と言わしめる一方、残りの90%以上の石材は価値が高くないものとみなされ、最終的には砕かれて砂利や埋め立て材として使われてきました。「AJI PROJECT」は、その発想を逆転させ、価値の外に置かれた石を価値化させたのです。

「庵治石という素材そのものだけでなく、産地に受け継がれてきた石工の高い技術や知恵も含めて、次の世代へとつないでいくことも我々の使命だと思っています。このプロジェクトを起点に、国内外を問わず多様で質の高い協業を重ねることで、技術の向上はもちろん、若い職人の意識を高め、新たな担い手を育てていく環境を整えていきたい。ゆるやかに衰退しつつある産地を、もう一度持続的なかたちで活性化させ、次の時代へとつながる確かな土台を築いていくことを大きな目標として掲げています」と二宮氏。

そんな香川の石を語る上で避けて通れないことがあります。世界的著名な人物、イサム・ノグチ氏です。ノグチ氏もまた、庵治石の虜になったひとりであり、“石は地球の骨だ”という言葉を残しています。そのほか、流 政之氏やジョージ・ナカシマ氏の家具で知られる桜製作所、そして、猪熊弦一郎氏など、多くの芸術家や作家が香川を拠点に活動していたのは、偶然か必然か。二宮氏はこう分析します。

「世界的なアーティストたちが香川に制作拠点を置いた理由は、戦後復興期に知事となった“デザイン知事”と呼ばれた金子正則氏が、本物の芸術や建築などで香川県民の心を豊かにしたいと、自らが陣頭指揮をして働きかけた過去があるからだと思います。当時、香川の職人の高い技術力を、世界に通用するものにするために、アーティストたちと結びつけ、新しいもの作りを始めました。瀬戸内の穏やかで美しい風景だけでなく、名前は出なくとも妥協のない仕事をする職人の技も、知られざる香川の魅力のひとつではないかと思っています」。

そして、イトウ氏もまた、「ノグチ氏や流氏は、単純に石を愛したわけではないと思います。当時、熱心に香川の紹介をしてくれた金子知事や猪熊氏を信頼し、彼らに紹介された若い職人(和泉正敏)らの真摯な仕事にほれ込んで、この地を制作の場に決めたと聞いています」と加えます。

今回、「Re Gallery SCEARN」では、数ある「AJI PROJECT」の作品より、「ROCK END」を中心に展示販売。一口に庵治石と言っても、その表情はさまざまであり、代表的な細目やサビ石の中にも、色味や形状が異なり、どれ一つとして同じものはありません。

「ROCK ENDの特徴は、石本来の自然な表情をできるだけ残しながら、機能に必要な最小限の加工のみを施して製品化している点にあります。AJI PROJECTを立ち上げた最初の年に生まれたプロダクトであり、良い形や表情をもつ石を山で探すところから製作が始まることから、石そのものに対する職人の深い敬意が強く感じられる作品です。一見すると大胆な加工に見えますが、実際には細部に至るまで職人の手による丁寧な仕事が施されています。共に作り上げた職人はすでに他界されていますが、その想いは現在、息子さんによって受け継がれ、制作が続けられています」とイトウ氏。

ROCKとは、岩や石を意味しますが、それ以外にもさまざまを含み、心の支えと比喩表現されることもあります。硬い塊にどこか優しさを感じるのは、そんなせいなのかもしれません。

「すべてが一点物であるROCK ENDが数多く並ぶこの機会は極めて稀有です。ぜひ会場で実物をご覧いただき、それぞれに異なる庵治石の表情に触れていただければと思います」と二宮氏。

人が生むものは、完璧を求めますが、自然が生むものは、作意なく、言わば未完。「ROCK END」は、芸術家すら敵わない作品と言っても過言ではありません。そして、それらが連なる様は、まるで山脈のよう。そんな作品との邂逅は、遥か彼方より生き抜いた庵治石の記憶との邂逅と同義だと考えます。

山頂ならぬ、石頂からは、何が見えるのか。ぜひ、その絶景をお楽しみいただきたい。

今回の展示では、「ROCK END」にフォーカス。サイズの異なる3種をkomameとsabiの2種で展開。※写真の石の種類は、komame

「石の硬さや重さ、加工方法を制約として捉えるのではなく、発想の起点として扱い、石に最もふさわしい役割を探っています」とイトウ氏。石という素材自体が持つ個性にデザイナーのアイデアが掛け合わさることで、他にはないユニークなプロダクトやコレクションを創出する。※写真の石の種類は、sabi

Photographs:KENJI KAGAWA
Text:YUICHI KURAMOCHI

「Re Gallery SCEARN」
TEL:03-6433-5201
住所:東京都北青山3-13-7 2F
営業時間:11:00〜19:00
定休日:月曜(祝日の場合は営業)
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開
公式HP:https://scearn.com/
 

[ギャラリーのご案内]
展示内容:石頂 AJI PROJECT
期間:2026年2月11日(水・祝)〜

 

土と向き合い、土と生きる。宮崎県で有機農業に挑戦する生産者たち。[Miyazaki Organic Dining/宮崎県・東京都]

土と太陽に恵まれた宮崎で40年前から挑む有機農業。

宮崎県では、まだ世の中に“オーガニック”という言葉され浸透していなかった40年以上前から官民一体となった有機農業への取り組みが続けられています。2024年からは県による「有機農業拡大加速化事業」もはじまり、宮崎県=有機野菜のイメージはいっそう盤石になりつつあります。

弥生時代から農業が営まれてきたという宮崎県。
黒土、赤土、砂、粘りのある土──同じ県内でも場所によって土の表情はまるで違い、強い太陽のエネルギーが作物の輪郭を浮かび上がらせる土地。

それは宮崎県が昔から、農業に適した土地であるということの証。
けれど「適している」ことと「簡単である」ことは、決して同じではありません。
たとえば有機JASの取得は、ときに自分の努力だけではどうにもならない壁にぶつかります。無農薬に取り組んでいても、周辺環境の影響を受ける。土地が冠水すれば、土壌調査はやり直し。積み重ねてきた時間が、一夜で巻き戻されることさえもあります。

それでも、宮崎県には土と向き合い続ける人がいます。今回の産地ツアーで出会ったのは、「土を耕す」だけではなく、「土地の未来を耕している」ような生産者たち。その真っ直ぐな思いは、やがて東京からやってきたシェフたちの心にも火を灯しました。

「現地の空気感や生産者の思い、食材の裏に潜む物語を知ること」と産地を訪れる意義を語った3人のシェフたち。

有機農業という理想を追い求める生産者と、料理人との出会い。

産地視察に参加したのは、代官山『sel sal sale』の濱口昌大シェフ、東京『酛TOKYO』の佐久間佑吾料理長、青山『STELLAR WORKS Restaurant & Bar』の三浦源シェフの3名。
第一線で活躍する料理人たちは宮崎県の有機野菜と出合い、何を感じ、何を持ち帰るのでしょうか?

1日目。
最初の目的地は宮崎空港から車で2時間ほどかかる高千穂の農業法人『おたに家』。この秘境のような場所、標高1000mほどの畑で在来種を守りながら蕎麦と大豆を育てています。耕作放棄地が増えていく現実を前に、「農業を守り、地域の未来を守るため」と思いを語ってくれたのは、工藤学さん。同社には直営の蕎麦店もあり、ただ生産し卸すのではなく、付加価値をつけて伝えていく意義を見出しているといいます。
「作物は商品ではなく、伝えるべき物語」そんな言葉には、山間の土地で農業を続ける人の静かな決意が潜んでいました。

続いて訪ねた『甲斐製茶園』は、無農薬の茶を育て、釜炒り茶として販売する農家。言葉にすると簡単ですが、出迎えてくれた甲斐さんの言葉には、無農薬茶がいかに難しいかが滲んでいました。
背の低い茶の木の下に屈んで潜り込んで手作業で除草する日々。それでも続けるのは全国茶品評会での農林水産大臣賞受賞をはじめ、苦労が「おいしさ」として結実しているから。いまでは緑茶生産の1%にも満たないほど希少な釜炒り茶という製法も、自慢の茶葉の味と香りを引き出します。

「有機栽培茶は海外に販売するときに大きな強みになります」と甲斐さん。草一本を抜く手の痛みは、いつか海の向こうの誰かの一杯に繋がっていくのかもしれません。

1日目の最後の訪問先は、農薬、化学肥料を使わない野菜を通して「100歳まで元気に長生き」を目標とする生産者チーム『日向百生会』です。彼らの野菜づくりの肝は、ぼかし肥料。おから、もみ殻、くず米などの穀物に微生物を混ぜ、発酵させて作った植物性のぼかし肥料は、いわば畑のサプリ。
「自然の力を活かした土地で育った野菜は、本来のおいしさが詰まっています」と代表の黒木洋人さんが語る自慢の野菜に、シェフたちも驚きが隠せない様子でした。
 

『おたに家』は各地の名店にも卸される玄蕎麦のほか、乾麺や雑穀、高千穂茶などの加工品も取り扱っている。

賄いで蕎麦を茹でることも多いという代官山『sel sal sale』の濱口シェフ。『おたに家』の乾麺のコシの強さに驚きが隠せなかった。

『おたに家』で企画、営業を担当する工藤学さんと、直営の蕎麦屋で調理を担当するお母様。高千穂の清涼な空気の中、地域の目指す未来を語った。

お茶の有機栽培を続ける『甲斐製茶園』の茶畑。高千穂の峰に囲まれた冷涼な空気が、素晴らしいお茶を育む。

『甲斐製茶園』で釜炒り茶の工程を学ぶ。手間ひまを惜しまぬ昔ながらの製法が、まろやかで懐かしいお茶の風味を生む。

お茶への造詣も深い佐久間料理長は、釜炒り茶を「ほっとする、優しい味」と評した。

4代続く『甲斐製茶園』は家族がチームとなって有機栽培茶に突き進む。

『日向百生会』黒木さんの案内で畑を歩くシェフたち。

畑に入り、生産者と語り、野菜の味や香りを真剣に確かめる三浦シェフ。その真摯な姿に生産者の話にも熱がこもる。

『日向百生会』の黒木さん。週に600kgをつくる「ぼかし」など、その作業は重労働だが、にこやかに思いを語ってくれた。

畑でかじる野菜、生産者の言葉。ひとつひとつが料理のインスピレーションに。

翌日、最初に向かったのは、東京の料理人にもファンの多い『宮崎アグリアート』。その秘密は、「品質」と「有機」が一本の線で結ばれていることにあります。たとえば米なら、種まきから精米まで一貫して生産。玄米の段階でCCDカメラを使い、一粒一粒をチェックし、虫食いや異物があればエアーで弾く。さらに精米の際にも、もう一度チェックをかける。徹底した品質への執念がまずあり、そこに「さらなる価値」として有機栽培が乗るのです。

松本慎一郎さんは「オーガニックだから色や形は二の次、では駄目」と語ります。土をつくり、作物をつくり、品質にまで責任を持つ。その姿勢が、多くのシェフの共感を呼ぶのでしょう。

ランチに立ち寄った田野町の『さちカフェ』も、有機農業に挑戦する生産者の直営店。カフェのキッチンに立ち、『みさき農園』の名で畑にも立つ長崎海咲さん。「土から口まで」をテーマに、畑での土づくりからカフェでゲストの口に入るまでを見届けます。

『みさき農園』の土づくりは、種を撒き、育った植物を刈って土に混ぜ込む「緑肥」を軸。植物が分解され、土に馴染むまで半年はかかるという地道な作業ですが、「土のなかも多様性が大切。人間社会と同じです」と爽やかに笑います。

『松井農園』の松井道生さんは、有機農業の先進地・綾町を長年牽引する伝説的人物。10ヘクタールのうち半分が水田、半分が畑。うち3.5ヘクタールが有機JASだといいます。訪問時の冬場はレタスが中心。

「寒い時期に野菜が甘いのは当然。そのなかでもうちの野菜はおいしい。大根は梨のような味、人参は柿のような味がするよ」と笑います。

松井さんは畑を見渡しながら「長年やっているから良い土は見ればわかる。ここは40年前と同じ土。変わらない土があることが恵まれている」と話しました。変え続ける努力の先に、変わらないものを残す。その矛盾のような真実が、胸に響きます。

『ゆういちの野菜』で自家製にんじんジュースや生姜茶とともに出迎えてくれた園田雄一さんと奥様。有機JASを取得し、ニンニク、ショウガ、ゴボウ、甘藷を栽培しています。

美しく整えられた畑やお二人の姿からは想像しにくいのですが、園田さんもやはり、苦労を重ねながら有機の道を歩いてきた人物。かつては丹精込めて育てた大根が一晩で全滅してしまったこともあるといいます。

「有機に失敗はつきもの。失敗をして、仮説をたてて、検証をする。そうした科学的根拠を大事にしながら、次世代につなげていきたい」そんな思いを胸に、今日も畑に立ちます。

最後に訪れた『もりさんファーム』では、森山康彦さんが日向夏と向き合ってきた道のりを語ってくれました。父の代から日向夏に転向し、かつては形のきれいさが重視された。その時代を越え、いまは“おいしさ”を第一義に考える。土づくりから改めて向き合っている。失敗が続いて、農業をやめようと思ったこともある。淡々と語られる物語は、ひとりの生産者の人生そのもの。

酵母、酵素、微生物。さまざまな本や勉強会で学びながら、日々一歩ずつ前に進む。日向夏の爽やかな香りとふくよかな甘さは、偶然の産物ではなく、諦めなかった日々の結果なのだと感じられる話でした。

『宮崎アグリアート』での一場面。料理人同士の意見交換にも、料理のインスピレーションが潜んでいる。

ケール、カリフローレ、キュウリ。料理人の声を取り入れながら常に前進を続ける『宮崎アグリアート』の野菜。

熱い思いと論理的な知識を持ち合わせる『宮崎アグリアート』松本慎一郎さん。料理人からの要望や意見も柔軟に取り入れる。

『みさき農園』の長崎さん。産地ツアーに参加したバイヤー『坂ノ途中』の合田佳永さんと土づくりについて語り合った。

『みさき農園』が手掛ける『さちカフェ』のランチは、朝どれの野菜がたっぷり。和洋中さまざまな料理に仕立てることで、野菜のポテンシャルを引き出す。

『みさき農園』の長崎さんと、『さちカフェ』での料理を担当するお母様。

『松井農園』にて。畑を前に伺う有機農業は、その情熱も苦労もリアルにシェフの心に届く。

糖度が高く「柿のような味」といわれるニンジン。張り出した微細な根が、野菜本来の力強さを感じさせる。

松井さんは有機農業に関わって40余年。土や野菜のことなら、何を尋ねても即座に的を射た回答が届く。

露地栽培を中心に、5ヘクタールで有機JAS認証を取得する『ゆういちの野菜』の園田さん。

園田さんは、ニンジンや甘藷など自慢の野菜を用意してシェフたちを出迎えてくれた。

論理的・科学的思考のなかに「次の世代へ」という熱い思いを持つ園田さんご夫妻。

のびのびと、力強く育つ『もりさんファーム』の日向夏。

甘さはもちろん、香りも一級品。試食したシェフたちも、さまざまな料理の可能性を感じたという。

石灰と酢酸の比率やアミノ酸量など話は科学的だが「半分は理論、半分は精神論」と話す『もりさんファーム』の森山康彦さん。

宮崎の畑の物語を、東京に届けるために。

物言わぬ土は、答えをすぐに返してくれません。抜いた草の数も、混ぜ続けた年月も、報われるまでに長い時間がかかるもの。
それでも彼らは、土の沈黙と向き合い、土の変化を待ち、時には失敗に折れそうになりながら、また仮説を立てて手を動かします。その姿勢は、派手さとは無縁で、けれど確かに、土地の未来を守るための仕事。
今回のツアーに参加した料理人たちが、生産者の畑で見たのは、ただの「食材」ではなく、積み重なった時間のかたちだったのかもしれません。
これから実施される「Miyazaki Organic Fair」では、そんな生産者の姿勢に共感したシェフたちが、その思いを皿の上の料理に翻訳し、言葉では伝えきれない部分まで含めて伝えていきます。
土の時間が、食べる人の時間へ渡っていく。その橋のたもとに、私たちは立っているのかもしれません。


Photographs:JIRO OTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

土と向き合い、土と生きる。宮崎県で有機農業に挑戦する生産者たち。[Miyazaki Organic Dining/宮崎県・東京都]

土と太陽に恵まれた宮崎で40年前から挑む有機農業。

宮崎県では、まだ世の中に“オーガニック”という言葉され浸透していなかった40年以上前から官民一体となった有機農業への取り組みが続けられています。2024年からは県による「有機農業拡大加速化事業」もはじまり、宮崎県=有機野菜のイメージはいっそう盤石になりつつあります。

弥生時代から農業が営まれてきたという宮崎県。
黒土、赤土、砂、粘りのある土──同じ県内でも場所によって土の表情はまるで違い、強い太陽のエネルギーが作物の輪郭を浮かび上がらせる土地。

それは宮崎県が昔から、農業に適した土地であるということの証。
けれど「適している」ことと「簡単である」ことは、決して同じではありません。
たとえば有機JASの取得は、ときに自分の努力だけではどうにもならない壁にぶつかります。無農薬に取り組んでいても、周辺環境の影響を受ける。土地が冠水すれば、土壌調査はやり直し。積み重ねてきた時間が、一夜で巻き戻されることさえもあります。

それでも、宮崎県には土と向き合い続ける人がいます。今回の産地ツアーで出会ったのは、「土を耕す」だけではなく、「土地の未来を耕している」ような生産者たち。その真っ直ぐな思いは、やがて東京からやってきたシェフたちの心にも火を灯しました。

「現地の空気感や生産者の思い、食材の裏に潜む物語を知ること」と産地を訪れる意義を語った3人のシェフたち。

有機農業という理想を追い求める生産者と、料理人との出会い。

産地視察に参加したのは、代官山『sel sal sale』の濱口昌大シェフ、東京『酛TOKYO』の佐久間佑吾料理長、青山『STELLAR WORKS Restaurant & Bar』の三浦源シェフの3名。
第一線で活躍する料理人たちは宮崎県の有機野菜と出合い、何を感じ、何を持ち帰るのでしょうか?

1日目。
最初の目的地は宮崎空港から車で2時間ほどかかる高千穂の農業法人『おたに家』。この秘境のような場所、標高1000mほどの畑で在来種を守りながら蕎麦と大豆を育てています。耕作放棄地が増えていく現実を前に、「農業を守り、地域の未来を守るため」と思いを語ってくれたのは、工藤学さん。同社には直営の蕎麦店もあり、ただ生産し卸すのではなく、付加価値をつけて伝えていく意義を見出しているといいます。
「作物は商品ではなく、伝えるべき物語」そんな言葉には、山間の土地で農業を続ける人の静かな決意が潜んでいました。

続いて訪ねた『甲斐製茶園』は、無農薬の茶を育て、釜炒り茶として販売する農家。言葉にすると簡単ですが、出迎えてくれた甲斐さんの言葉には、無農薬茶がいかに難しいかが滲んでいました。
背の低い茶の木の下に屈んで潜り込んで手作業で除草する日々。それでも続けるのは全国茶品評会での農林水産大臣賞受賞をはじめ、苦労が「おいしさ」として結実しているから。いまでは緑茶生産の1%にも満たないほど希少な釜炒り茶という製法も、自慢の茶葉の味と香りを引き出します。

「有機栽培茶は海外に販売するときに大きな強みになります」と甲斐さん。草一本を抜く手の痛みは、いつか海の向こうの誰かの一杯に繋がっていくのかもしれません。

1日目の最後の訪問先は、農薬、化学肥料を使わない野菜を通して「100歳まで元気に長生き」を目標とする生産者チーム『日向百生会』です。彼らの野菜づくりの肝は、ぼかし肥料。おから、もみ殻、くず米などの穀物に微生物を混ぜ、発酵させて作った植物性のぼかし肥料は、いわば畑のサプリ。
「自然の力を活かした土地で育った野菜は、本来のおいしさが詰まっています」と代表の黒木洋人さんが語る自慢の野菜に、シェフたちも驚きが隠せない様子でした。
 

『おたに家』は各地の名店にも卸される玄蕎麦のほか、乾麺や雑穀、高千穂茶などの加工品も取り扱っている。

賄いで蕎麦を茹でることも多いという代官山『sel sal sale』の濱口シェフ。『おたに家』の乾麺のコシの強さに驚きが隠せなかった。

『おたに家』で企画、営業を担当する工藤学さんと、直営の蕎麦屋で調理を担当するお母様。高千穂の清涼な空気の中、地域の目指す未来を語った。

お茶の有機栽培を続ける『甲斐製茶園』の茶畑。高千穂の峰に囲まれた冷涼な空気が、素晴らしいお茶を育む。

『甲斐製茶園』で釜炒り茶の工程を学ぶ。手間ひまを惜しまぬ昔ながらの製法が、まろやかで懐かしいお茶の風味を生む。

お茶への造詣も深い佐久間料理長は、釜炒り茶を「ほっとする、優しい味」と評した。

4代続く『甲斐製茶園』は家族がチームとなって有機栽培茶に突き進む。

『日向百生会』黒木さんの案内で畑を歩くシェフたち。

畑に入り、生産者と語り、野菜の味や香りを真剣に確かめる三浦シェフ。その真摯な姿に生産者の話にも熱がこもる。

『日向百生会』の黒木さん。週に600kgをつくる「ぼかし」など、その作業は重労働だが、にこやかに思いを語ってくれた。

畑でかじる野菜、生産者の言葉。ひとつひとつが料理のインスピレーションに。

翌日、最初に向かったのは、東京の料理人にもファンの多い『宮崎アグリアート』。その秘密は、「品質」と「有機」が一本の線で結ばれていることにあります。たとえば米なら、種まきから精米まで一貫して生産。玄米の段階でCCDカメラを使い、一粒一粒をチェックし、虫食いや異物があればエアーで弾く。さらに精米の際にも、もう一度チェックをかける。徹底した品質への執念がまずあり、そこに「さらなる価値」として有機栽培が乗るのです。

松本慎一郎さんは「オーガニックだから色や形は二の次、では駄目」と語ります。土をつくり、作物をつくり、品質にまで責任を持つ。その姿勢が、多くのシェフの共感を呼ぶのでしょう。

ランチに立ち寄った田野町の『さちカフェ』も、有機農業に挑戦する生産者の直営店。カフェのキッチンに立ち、『みさき農園』の名で畑にも立つ長崎海咲さん。「土から口まで」をテーマに、畑での土づくりからカフェでゲストの口に入るまでを見届けます。

『みさき農園』の土づくりは、種を撒き、育った植物を刈って土に混ぜ込む「緑肥」を軸。植物が分解され、土に馴染むまで半年はかかるという地道な作業ですが、「土のなかも多様性が大切。人間社会と同じです」と爽やかに笑います。

『松井農園』の松井道生さんは、有機農業の先進地・綾町を長年牽引する伝説的人物。10ヘクタールのうち半分が水田、半分が畑。うち3.5ヘクタールが有機JASだといいます。訪問時の冬場はレタスが中心。

「寒い時期に野菜が甘いのは当然。そのなかでもうちの野菜はおいしい。大根は梨のような味、人参は柿のような味がするよ」と笑います。

松井さんは畑を見渡しながら「長年やっているから良い土は見ればわかる。ここは40年前と同じ土。変わらない土があることが恵まれている」と話しました。変え続ける努力の先に、変わらないものを残す。その矛盾のような真実が、胸に響きます。

『ゆういちの野菜』で自家製にんじんジュースや生姜茶とともに出迎えてくれた園田雄一さんと奥様。有機JASを取得し、ニンニク、ショウガ、ゴボウ、甘藷を栽培しています。

美しく整えられた畑やお二人の姿からは想像しにくいのですが、園田さんもやはり、苦労を重ねながら有機の道を歩いてきた人物。かつては丹精込めて育てた大根が一晩で全滅してしまったこともあるといいます。

「有機に失敗はつきもの。失敗をして、仮説をたてて、検証をする。そうした科学的根拠を大事にしながら、次世代につなげていきたい」そんな思いを胸に、今日も畑に立ちます。

最後に訪れた『もりさんファーム』では、森山康彦さんが日向夏と向き合ってきた道のりを語ってくれました。父の代から日向夏に転向し、かつては形のきれいさが重視された。その時代を越え、いまは“おいしさ”を第一義に考える。土づくりから改めて向き合っている。失敗が続いて、農業をやめようと思ったこともある。淡々と語られる物語は、ひとりの生産者の人生そのもの。

酵母、酵素、微生物。さまざまな本や勉強会で学びながら、日々一歩ずつ前に進む。日向夏の爽やかな香りとふくよかな甘さは、偶然の産物ではなく、諦めなかった日々の結果なのだと感じられる話でした。

『宮崎アグリアート』での一場面。料理人同士の意見交換にも、料理のインスピレーションが潜んでいる。

ケール、カリフローレ、キュウリ。料理人の声を取り入れながら常に前進を続ける『宮崎アグリアート』の野菜。

熱い思いと論理的な知識を持ち合わせる『宮崎アグリアート』松本慎一郎さん。料理人からの要望や意見も柔軟に取り入れる。

『みさき農園』の長崎さん。産地ツアーに参加したバイヤー『坂ノ途中』の合田佳永さんと土づくりについて語り合った。

『みさき農園』が手掛ける『さちカフェ』のランチは、朝どれの野菜がたっぷり。和洋中さまざまな料理に仕立てることで、野菜のポテンシャルを引き出す。

『みさき農園』の長崎さんと、『さちカフェ』での料理を担当するお母様。

『松井農園』にて。畑を前に伺う有機農業は、その情熱も苦労もリアルにシェフの心に届く。

糖度が高く「柿のような味」といわれるニンジン。張り出した微細な根が、野菜本来の力強さを感じさせる。

松井さんは有機農業に関わって40余年。土や野菜のことなら、何を尋ねても即座に的を射た回答が届く。

露地栽培を中心に、5ヘクタールで有機JAS認証を取得する『ゆういちの野菜』の園田さん。

園田さんは、ニンジンや甘藷など自慢の野菜を用意してシェフたちを出迎えてくれた。

論理的・科学的思考のなかに「次の世代へ」という熱い思いを持つ園田さんご夫妻。

のびのびと、力強く育つ『もりさんファーム』の日向夏。

甘さはもちろん、香りも一級品。試食したシェフたちも、さまざまな料理の可能性を感じたという。

石灰と酢酸の比率やアミノ酸量など話は科学的だが「半分は理論、半分は精神論」と話す『もりさんファーム』の森山康彦さん。

宮崎の畑の物語を、東京に届けるために。

物言わぬ土は、答えをすぐに返してくれません。抜いた草の数も、混ぜ続けた年月も、報われるまでに長い時間がかかるもの。
それでも彼らは、土の沈黙と向き合い、土の変化を待ち、時には失敗に折れそうになりながら、また仮説を立てて手を動かします。その姿勢は、派手さとは無縁で、けれど確かに、土地の未来を守るための仕事。
今回のツアーに参加した料理人たちが、生産者の畑で見たのは、ただの「食材」ではなく、積み重なった時間のかたちだったのかもしれません。
これから実施される「Miyazaki Organic Fair」では、そんな生産者の姿勢に共感したシェフたちが、その思いを皿の上の料理に翻訳し、言葉では伝えきれない部分まで含めて伝えていきます。
土の時間が、食べる人の時間へ渡っていく。その橋のたもとに、私たちは立っているのかもしれません。


Photographs:JIRO OTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

生産者と料理人の共鳴。宮崎県の食材が、東京の名店で料理に生まれ変わるまで。[Miyazaki Organic Dining/宮崎県・東京都]

Miyazaki Organic Dining料理人が熱い視線を注ぐ、有機農業の先進地・宮崎県

いまから2000年以上も昔。
弥生時代から稲作が盛んだったという宮崎県。
それはつまり、この地の土と水と太陽が、農業に適していた証でしょう。

そんな宮崎県はいま、有機農業の先進地として知られています。
土と向き合い、農薬や化学肥料に頼らず、植物本来の力を引き出す。そんな農業が、まだ「オーガニック」という言葉さえ広まっていなかった40年以上も前から、宮崎県では実践されているのです。

「有機に取り組んで、失敗したことがない生産者はいないと思います。失敗を糧に次に挑む。その繰り返しが有機農業です」

ある生産者はそう話しました。
その真摯な姿勢は、おいしさを追求する料理人たちと響き合います。
プロとして日々多くの食材と向き合う料理人がいま、宮崎県の有機野菜に熱い視線を送っているのです。

そんな生産者と料理人の共鳴の形として、東京で厨房に立つ6名の料理人が、宮崎県の産地を訪れ野菜を視察し、そしてその経験を元に料理を考案する「Miyazaki Organic Dining」が開催される運びとなりました。
はたして料理人たちは宮崎県の生産者に何を感じ、どんな野菜を使って、どんな料理を仕立てるのでしょうか?

生産者と料理人の共鳴。宮崎県の食材が、東京の名店で料理に生まれ変わるまで。[Miyazaki Organic Dining/宮崎県・東京都]

Miyazaki Organic Dining料理人が熱い視線を注ぐ、有機農業の先進地・宮崎県

いまから2000年以上も昔。
弥生時代から稲作が盛んだったという宮崎県。
それはつまり、この地の土と水と太陽が、農業に適していた証でしょう。

そんな宮崎県はいま、有機農業の先進地として知られています。
土と向き合い、農薬や化学肥料に頼らず、植物本来の力を引き出す。そんな農業が、まだ「オーガニック」という言葉さえ広まっていなかった40年以上も前から、宮崎県では実践されているのです。

「有機に取り組んで、失敗したことがない生産者はいないと思います。失敗を糧に次に挑む。その繰り返しが有機農業です」

ある生産者はそう話しました。
その真摯な姿勢は、おいしさを追求する料理人たちと響き合います。
プロとして日々多くの食材と向き合う料理人がいま、宮崎県の有機野菜に熱い視線を送っているのです。

そんな生産者と料理人の共鳴の形として、東京で厨房に立つ6名の料理人が、宮崎県の産地を訪れ野菜を視察し、そしてその経験を元に料理を考案する「Miyazaki Organic Dining」が開催される運びとなりました。
はたして料理人たちは宮崎県の生産者に何を感じ、どんな野菜を使って、どんな料理を仕立てるのでしょうか?

佐賀の「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げる取り組み、10年の節目。食の未来へ、地方から光を当てる。 [SAGAガストロノミー会議/佐賀県佐賀市]

「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典

2025年10月18日・19日、佐賀市の中心部、佐賀城公園は熱気に包まれていました。10周年を迎えた音楽ステージとアートのフェスティバル「佐賀さいこうフェス」を、老若男女が思い思いに楽しんでいます。
その一角、佐賀県立博物館・美術館のエリアには、食に携わるプロフェッショナルたちが全国から集結していました。フェスとはまた違った、静かにたぎるボルテージに包まれています。様々な視点・角度で「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典「SAGAガストロノミー会議」です。

「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県立博物館・美術館などの会場で開催された。

「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県が長い間あたため、満を持して開催したイベントです。ベースとなっているのは、“食材×器×料理人”をテーマに10年前から活動を続けてきたプロジェクトです。2015年の有田焼創業400年事業でスタートした「食」と「器」の取り組みは年々進化を遂げ、2021年に「サガマリアージュ」へと発展。「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げながら、料理という一皿の上に佐賀の可能を表現・発信していくことで、新たな価値を創造するプロジェクトとして進行中です。
佐賀県はいずれも個性的な地域色を持つ福岡県と長崎県に挟まれ、やや地味な県だと見過ごされがちでした。しかし、ローカルを見つめる全国の目利きたちは、早くからその高いポテンシャルに気づいていました。佐賀は玄界灘と有明海という2つの海を要する特異な地。呼子のイカ、竹崎カニ、有明のムツゴロウや海苔をはじめ、多様な水産物が水揚げされる魚介の宝庫です。
一方、大地に目を向けると、そこは農畜産物のパラダイス。有数の米どころであり、地場の米を使った日本酒の銘醸も揃っています。収穫量全国2位を誇るタマネギ、重粘土質の土壌で栽培されるレンコン、自然薯……伝統野菜も枚挙にいとまがありません。みかんにイチゴ、梨といったフルーツ、佐賀牛やありたどりなどの畜産物も全国的に人気です。

佐賀特産の野菜や果物、加工品が集められた「MARCHE」も設置され、賑わった。

「FOOD PARK」では東京の「Night Market」「Nirvana New York」、福井の「昆布屋孫兵衛」、福岡の「pain stock」などが出店。連日売り切れの人気を見せた。

そして何と言っても、佐賀の個性を決定づけているのが「器」です。400年以上続く有田焼、唐津焼、伊万里焼を筆頭に、高品質な陶磁器の産地がこれだけ集積している地は、世界的にも類例を見ません。
食材と器という豊かな資源の価値を、食を人々に届けるラストワンマイルを担う料理人がいかに引き出し、創造性を高められるか?  “食材×器×料理人”の掛け算に取り組んできたのが「サガマリアージュ」なのです。
onestoryは同プロジェクトを絶えず追いかけてきました。
料理人、生産者、窯元、蔵元らの交流や全体的なレベルアップを目指す研究会「サガマリアージュラボ」。
県外のシェフやパティシエを招聘し、生産者を訪ねてビジネスマッチングを図る「サガマリアージュツアー」。
美術館に飾るような器で佐賀の美食を楽しむプレミアムレストランイベント「USEUM SAGA」。
ローカルに興味のある料理人が佐賀に一定期間滞在しながらクリエーションを高める環境を提供するプログラム「シェフレジデンスSAGA」。
ひたむきに取り組むシェフや生産者ら多くのプレイヤー、そして生み出された料理を口にして笑顔を浮かべるゲストたちの姿を、取材を通して見つめてきました。

山口祥義知事のスピーチにより「TALK SESSION」がスタート。食と器に焦点を当てた取り組みは今後も続けていきたいと話す。

今回の「SAGAガストロノミー会議」は、多角的な取り組みを続けてきた10年の節目として、プロジェクトに関わってきた方々が一堂に会し、「食」のネクストステージを共に探る場として開催されました。
「SAGAガストロノミー会議」は、多彩なテーマでの「TALK SESSION」、気鋭のシェフやパティシエによる特別メニューが味わえる「FOOD PARK」、佐賀が誇る食材が集まる「MARCHE」の3本柱で構成されています。

佐賀の食文化を美食地質学の観点で解説する巽好幸氏。

目玉は「TALK SESSION」。その口火を切ったのは、「マグマ学」を専門とする地球科学者・巽好幸氏による「【地質学】美食地質学が紐解く、佐賀の食」です。同氏は、マグマやプレートなど地球のダイナミックな動きと地域の食文化との関係を解き明かす美食地質学の創始者。地形や地質が農業や産物、調味料、調理法へもたらした影響について科学的根拠を示し、なぜその食材がおいしいのか? なぜその食材が地域で好まれているのか? といった素朴な疑問に答えていきます。

おいしさの根拠も科学的に解き明かしていく。

話はなんと800万年前から始まり、オーディエンスは冒頭から度肝を抜かれました。そして現在に至るまで九州の大地は変動し続け、九州は地理的に南北に分断されようとしている事実が告げられました。その大地の大きな動きに端を発し、広範囲に流れていった溶岩流によって佐賀の複雑な地形がつくられました。
呼子のイカがなぜおいしいのか、嬉野でなぜ上質なお茶が穫れるのか、なぜ磁器生産が高度に発達したのか、佐賀にまつわるさまざまな謎が巽氏によってマジックの種明かしのように解明されていきました。

左から「mûrir」の渡辺光実シェフ、「馳走 西健一」の西健一シェフ、「ひまわり食堂2」の田中穂積シェフ。

「【ローカルガストロノミー】食の未来を拓く、ローカルの力」もまた注目を集めました。登壇したのは、「ローカルガストロノミー」を実践する、今最も脂の乗ったシェフたち。富山県富山市のイタリアンレストラン「ひまわり食堂2」の田中穂積シェフ。静岡県焼津市のフレンチレストラン「馳走 西健一」の西健一シェフ。そして、新潟県糸魚川市のフレンチレストラン「mûrir」の渡辺光実シェフです。
3人のシェフは、それぞれの店が立地する地域の自然環境や特徴的な食材について解説しました。「ひまわり食堂2」がある富山市は、3000m級の立山連峰から水深1000mへ急激に落ち込む富山湾が近距離にある特殊な地形。ブリや白エビをはじめとする富山湾の魚介、清冽な雪解け水が育む山の幸を、田中シェフは個性的なイタリアンに仕立てています。

ローカルで店を構えた経緯や地域の魅力について解説された。

「馳走 西健一」は3つの漁港を擁する焼津の魚に西シェフが惚れ込み、広島から移住
・開業させたレストラン。焼津は多様で上質な魚が豊富に揚がる地ですが、中でも名鮮魚店として知られる「サスエ前田魚店」の魚を扱えるチャンスが巡ったことで、西シェフは移住を即決したと話します。
糸魚川の「mûrir」は最寄駅から車で30分ほどの農業振興地域にあります。四方を広大な田んぼに囲まれた一軒家レストランです。まわりの田んぼはレストランを運営する農園のもの。渡辺シェフは農園の一員として米作りに勤しむ農家でもあります。提供されるのはお米をテーマにしたフルコース。メインディッシュは、土鍋で炊いた白米と焼きおにぎりというから徹底しています。
3人のシェフは店を開くに至った経緯、ローカルで店を構える実情、今後の目標などについて語り合いました。

左からすし作家の岡田大介氏、「金沢鮮魚」の金澤亮氏、「袈裟丸水産」の袈裟丸彰蔵氏、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏。

「【海の資源】九州の海から考える。海と食のサステナブルな関係」には、4人の個性的なスピーカーが登壇しました。まず一人目が、東京・文京区ですし店「酢飯屋」を経営しながら、福岡を拠点にすし作家、海藻料理研究家として活動する岡田大介氏。そして、全国屈指の漁場と言われる長崎県五島列島で創業70年の鮮魚店「金沢鮮魚」を営む金澤亮氏。地元佐賀からは、唐津の漁師「袈裟丸水産」代表の袈裟丸彰蔵氏が参加しました。ファシリテーターを務めたのは、豊かな海と食文化を未来につなぐために東京・京都のトップシェフ約40名で構成される団体「Chefs for the Blue」代表で、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏です。
岡田氏は、すしは海の生き物について興味を持ってもらい、サステナブルな海洋資源利用の課題を知ってもらう格好のツールとして捉えます。子どもたちを対象にしたワークショプや講演活動をはじめ、すしと魚、調理法などをわかりやすく解説した絵本制作など多彩な活動を続けています。

岡田氏は全国各地でのすし文化のリサーチ、ワークショップなどでの実体験を披露する。

金澤氏は鮮魚店の立場で海の保全活動に力を入れています。彼が危惧するのは、魚の住処である海藻がなくなってしまう磯焼け。その原因となるウニやアイゴなどの食害魚は、市場で値がつかないため漁師は好んで獲りません。金澤氏はそのような食害魚や行き場のない未利用魚を買取り、魚醤の原材料にすることで有効利用しています。出来上がる魚醤は臭みもなく、芳醇な旨みが特徴。海の環境改善、漁師の収入増、消費者への高品質な食品の提供という好循環を生み出しています。
やはり磯焼け問題に取り組んでいるのが袈裟丸氏です。海士として海に潜ってアワビやアカウニを獲る漁師である彼は、20年以上前から海に海藻を増やすために藻場の再生に取り組んできました。ガンガゼやムラサキウニなどの食害生物を見つけては駆除し、藻場の造成に時間を費やす地道な作業です。漁の時間を減らして、駆除作業を続けること10年でようやく藻場の復活の兆しが見え、増加に転じたと言います。現在は、全国でも極めて珍しい藻場再生の成功例として、そのノウハウが各地の海で継承されようとしています。
3氏はそれぞれの取り組みをさらに深め、広げるとともに、情報発信の重要性について意見が一致しました。いいことも悪いことも正しく発信し、より多くの賛同者を得ること。プロジェクト成功のカギはそこにあると確認し合いました。

左から「ESqUISSE」の山本結以氏、「Patissière MAYO」の池田真代氏、「Otowa restarant」の音羽香菜氏。

自然環境、働き方、食文化、工芸……多角的に食を見つめる

「【ダイバーシティ】料理の世界を現場から変える、わたしたちの挑戦」では、いずれも高い評価を受けるレストランから、3名の女性が登壇しました。東京・六本木の完全予約制のカウンターデザート店「Patissière MAYO」のオーナーパティシエール・池田真代氏。東京・銀座の2ツ星フランス料理店「ESqUISSE」の総料理長・山本結以氏。栃木県宇都宮市のフラン料理店「Otowa restarant」でサービスを担当する音羽香菜氏の3名です。
池田氏は菓子工場や結婚式場、レストランで研鑽を積み、予約3年待ちにもなったレストランの立ち上げに参画。2021年に現在の店を開業しました。2025年には初出産を経験。臨月まで店に立ち、産後1ヶ月で職場復帰し、この日も料理人であるご主人に育児を任せて出張での仕事に専念していました。
山本氏はフランスや東京のレストランで修行後、2021年から国内屈指のグランメゾンである「ESqUISSE」に勤務。35歳以下の料理人コンペティションにてグランプリと女性最上位の特別賞をダブル受賞。2024年に同店の総料理長に就任しました。
音羽氏は海外のレストラン勤務を経て、父であり日本を代表するフランス料理人・音羽和紀の店「Otowa restarant」の一員に。3人の子育てをしながら、2人の兄やそのパートナーたちとレストランを切り盛りしています。また、関連会社の代表、世界の一流宿泊施設とレストランの加盟団体「ルレ エ シャトー」の国際執行委員も務めています。
それぞれに異なるバックグランドを持つ3人は、自身の仕事観やキャリアパスを披露し、飲食業界の第一線における女性活躍のヒントを探るセッションになりました。

器と料理をテーマした最終セッションでは、7名が登壇し白熱した議論が展開された。

最後を飾るトークセッションでは、佐賀ならではのテーマ「【器と料理】器と料理の創造性に溢れた共創のかたち」が掲げられました。スピーカーは、器の作り手として、唐津焼の窯元「隆太窯」の中里健太氏と、伊万里焼の窯元「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏。料理人として、福岡のフレンチレストラン「Goh」「Goh Gan」のシェフ・福山剛氏と、長崎のイタリアンレストラン「villa del nido」のシェフ・吉田貴文氏。情報発信者の立場から九州にフォーカスしたでメディア「クオリティーズ」編集長の日野昌暢氏、日本全国の美食を取り上げる「食楽web」プロデューサーの大西健俊氏が参加。「サガマリアージュ」を立ち上げた佐賀県政策部の安冨喬博氏がファシリテーターを務めました。
窯元の畑石氏と中里氏は、個人の作家活動として、料理人からの特注品の依頼を積極的に受けていると話します。発注内容の具体性は料理人によって千差万別。畑石氏がフランス料理店「HAJIME」の米田肇シェフから受けたデザート皿の依頼は、サイズやフォルム、色の指定まで厳密で、その忠実な再現に苦労したと言います。一方、福山氏からの依頼はかなり抽象的かつ自由度の高いものでした。
「安冨さんと一緒に畑萬陶苑を訪ねた10年ほど前は、ようやくお皿に使えるお金ができてきた時期。あまり知識もなく、売れ残っているお皿を安く譲っていただけたらラッキーくらいの感覚でいました(笑)。ところが、作陶の現場を拝見し、お話をうかがったら、これはぜひ注文したいと考えが変わりまして。要望はシンプルで、サイズ感と“モダンクラシック”というテーマだけお伝えしました。通常の鍋島様式のルールをあえて逸脱した想像を超えた作品に仕上げていただき、大満足でした」(福山氏)
「料理人の方からの依頼は我々の仕事の幅、そしてクリエーションの幅を広げてくれます。磨いた技術とアイデアはその後の武器になりますし、有名シェフからの依頼であり具体的な使用シーンが見える仕事は、現場スタッフの士気も上げてくれます。これからもどんどん挑戦していきたいです」(畑石氏)
「福山さんが関わるレストランイベントでは、コースすべての器を一から作らせていただきました。こういったオファーは得てして納期が短いことが多く作業負荷も高いのですが、畑石さんがおっしゃる通りやりがいが非常に大きいので、積極的に関わらせていただいています」(中里氏)

右から「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏、「隆太窯」の中里健太氏、「villa del nido」の吉田貴文氏、「Goh」の福山剛氏。

いわゆるファインダイニングでは、渾身の料理をオリジナルの器に盛り付けて一皿を表現したいシェフが多い中、吉田氏の器に対するアプローチは一風変わっています。
「以前は窯を訪ねる時には欲しい皿をイメージして行ったものですが、作家さんの話を聞いて感銘を受けたものや、おすすめされるものを購入するようになっていきました。食材に対するアプローチと同じなんですが、食材ありき、器ありきで、それをどう使うか? という受け身のスタンスが自分には向いていると気づいたからです。自分の理想の器に盛ることは高次元の表現です。しかし私の場合は、お皿をどう使えば食材を活かせるか、より良い料理にできるかと追求する方が、新たなクリエーションを盛り込むことができ、より良い一皿にできます。なかでも畑石さんと中里さんはクリエーションを刺激してくれる大好きな作家さんです」(吉田氏)
「先日、6人のシェフが同じ器を使って料理をするイベントを行いました。盛り付けは本当に各社各様で興味深かったです。“おいしさ”の要素に味が占める割合は20%程度じゃないかと思っています。ほか80%は空間の雰囲気や器、香りなど。特に器は非常に重要なファクターですね」(福山氏)

左から「クオリティーズ」の日野昌暢氏、佐賀県政策部の安冨喬博氏、「食楽web」の大西健俊氏。

話題は、「県外から見た佐賀の魅力とは?」 に移りました。
「地域の魅力とは、日本中に、世界中に、その土地その土地ならではものがあり、深く知ればどこもすばらしいポテンシャルを持っているものだと思っています。そんな中でも佐賀は、隣の県に住む者からすると、食材のレベルが総じて一段階高いように感じています。加えて、ハイレベルな器があります。食材と器がどちらもあるのは、料理人にとって非常に魅力的に感じます」(吉田氏)
「福岡からすぐに来ることができて、すばらしい生産者が多いので、勉強のために、またプライベートの楽しみとして頻繁に足を運んでいます。訪れるようになって気づいたのは、佐賀県内でも地域地域で特色が異なること。多様性があることが魅力ですね」(福山氏)
「私は福岡出身で現在は東京で暮らしていますが、福岡出張となると誰もが喜ぶんです。おいしいものがあるからと。なぜ福岡のごはんがおいしいかというと、九州各地のいい食材が集まってきていて、大都市であることから料理の洗練度も高いから。ただ私は、福岡で喜んでいる人に言うんです。九州にはその先があるんだぞ、と。九州各地に目を向け、より産地に近いところで、またその土地の料理人による調理で味わうと、もっとすごい体験ができると。食材のクオリティ、そして器。佐賀のポテンシャルは実はすさまじく、今注目するディスティネーションレストランのコンセプトをまさに体現する県だと思っています」(日野氏)

器作家と料理人が交流する価値について話す畑石氏。

onestoryと佐賀との関わりは10年前、唐津で開催された『DINING OUT ARITA』に遡ります。そして佐賀県としても『DINING OUT ARITA』を皮切りに、「アジアのベストレストラン50」、「USEUM SAGA」、そして「サガマリアージュ」のプロジェクト立ち上げと、“食材×器×料理人”をテーマに地域の魅力を見つめ直す10年の歳月が始まったのではないでしょうか? 振り返ると小さな一歩だったものが、今これほど深くさまざまな分野のプロが佐賀の食の魅力を議論する。10年の歳月とは、地域もを動かしていく、そんな時間だったのかもしれません。
名護屋城跡を会場に、パリで活躍する渥美創太シェフを招聘し、2日間だけのプレミアムな野外レストランが開かれました。器はこの日のために佐賀県各地の窯元が作り上げたオリジナル品。畑石、中里両氏もそれぞれ皿を提供しました。当時を安冨氏が振り返ります。
「この日の料理のためにだけに各作家に器を作ってもらうのは、非常にチャレンジングな試みでした。結果、大変な好評を得て、これを契機に日本各地の料理人の方に佐賀の器に注目していただけるようになりました。そのような料理人と窯元、生産者をつなげる活動を地道に続けてきたことで、膨大なネットワークが構築され、かけがえのない財産となっています」(安冨氏)
「私たち作家にとっても器を使う最前線にいる料理人の方と接点ができ、また多くの他業種から刺激を受ける貴重な機会をいただいています。今後もそのような交流を深めて、よりよい作品を生み出していきたいです」(畑石氏)
「完成された一皿。料理は食べてしまえば消えますが、お皿はそこに残り、その後、何年、何十年と使われます。儚さと存在し続ける確かなものが一体となること。それが料理と器の共創なんじゃないかと感じています」(福山氏)
佐賀の地で“食材×器×料理人”をテーマにしたチャレンジを続け、世界に発信し続けて10年。そこには類まれな食材があり、魅惑の器があると、興味を持ち実際に足を運ぶ料理人は着実に増えています。ローカルに潜む価値を掘り起こし、自分なりの表現に昇華させることの重要性に気づき始めた表れといえるかもしれません。
各界の実力者、チャレンジャーが集った会場では、熱い議論が展開され、「SAGAガストロノミー会議」の充実した2日間は終了となりました。そこに参加した人の中には、「食」の未来が描かれたことでしょう、明るく幸福なものとして、力強く。

佐賀の「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げる取り組み、10年の節目。食の未来へ、地方から光を当てる。 [SAGAガストロノミー会議/佐賀県佐賀市]

「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典

2025年10月18日・19日、佐賀市の中心部、佐賀城公園は熱気に包まれていました。10周年を迎えた音楽ステージとアートのフェスティバル「佐賀さいこうフェス」を、老若男女が思い思いに楽しんでいます。
その一角、佐賀県立博物館・美術館のエリアには、食に携わるプロフェッショナルたちが全国から集結していました。フェスとはまた違った、静かにたぎるボルテージに包まれています。様々な視点・角度で「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典「SAGAガストロノミー会議」です。

「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県立博物館・美術館などの会場で開催された。

「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県が長い間あたため、満を持して開催したイベントです。ベースとなっているのは、“食材×器×料理人”をテーマに10年前から活動を続けてきたプロジェクトです。2015年の有田焼創業400年事業でスタートした「食」と「器」の取り組みは年々進化を遂げ、2021年に「サガマリアージュ」へと発展。「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げながら、料理という一皿の上に佐賀の可能を表現・発信していくことで、新たな価値を創造するプロジェクトとして進行中です。
佐賀県はいずれも個性的な地域色を持つ福岡県と長崎県に挟まれ、やや地味な県だと見過ごされがちでした。しかし、ローカルを見つめる全国の目利きたちは、早くからその高いポテンシャルに気づいていました。佐賀は玄界灘と有明海という2つの海を要する特異な地。呼子のイカ、竹崎カニ、有明のムツゴロウや海苔をはじめ、多様な水産物が水揚げされる魚介の宝庫です。
一方、大地に目を向けると、そこは農畜産物のパラダイス。有数の米どころであり、地場の米を使った日本酒の銘醸も揃っています。収穫量全国2位を誇るタマネギ、重粘土質の土壌で栽培されるレンコン、自然薯……伝統野菜も枚挙にいとまがありません。みかんにイチゴ、梨といったフルーツ、佐賀牛やありたどりなどの畜産物も全国的に人気です。

佐賀特産の野菜や果物、加工品が集められた「MARCHE」も設置され、賑わった。

「FOOD PARK」では東京の「Night Market」「Nirvana New York」、福井の「昆布屋孫兵衛」、福岡の「pain stock」などが出店。連日売り切れの人気を見せた。

そして何と言っても、佐賀の個性を決定づけているのが「器」です。400年以上続く有田焼、唐津焼、伊万里焼を筆頭に、高品質な陶磁器の産地がこれだけ集積している地は、世界的にも類例を見ません。
食材と器という豊かな資源の価値を、食を人々に届けるラストワンマイルを担う料理人がいかに引き出し、創造性を高められるか?  “食材×器×料理人”の掛け算に取り組んできたのが「サガマリアージュ」なのです。
onestoryは同プロジェクトを絶えず追いかけてきました。
料理人、生産者、窯元、蔵元らの交流や全体的なレベルアップを目指す研究会「サガマリアージュラボ」。
県外のシェフやパティシエを招聘し、生産者を訪ねてビジネスマッチングを図る「サガマリアージュツアー」。
美術館に飾るような器で佐賀の美食を楽しむプレミアムレストランイベント「USEUM SAGA」。
ローカルに興味のある料理人が佐賀に一定期間滞在しながらクリエーションを高める環境を提供するプログラム「シェフレジデンスSAGA」。
ひたむきに取り組むシェフや生産者ら多くのプレイヤー、そして生み出された料理を口にして笑顔を浮かべるゲストたちの姿を、取材を通して見つめてきました。

山口祥義知事のスピーチにより「TALK SESSION」がスタート。食と器に焦点を当てた取り組みは今後も続けていきたいと話す。

今回の「SAGAガストロノミー会議」は、多角的な取り組みを続けてきた10年の節目として、プロジェクトに関わってきた方々が一堂に会し、「食」のネクストステージを共に探る場として開催されました。
「SAGAガストロノミー会議」は、多彩なテーマでの「TALK SESSION」、気鋭のシェフやパティシエによる特別メニューが味わえる「FOOD PARK」、佐賀が誇る食材が集まる「MARCHE」の3本柱で構成されています。

佐賀の食文化を美食地質学の観点で解説する巽好幸氏。

目玉は「TALK SESSION」。その口火を切ったのは、「マグマ学」を専門とする地球科学者・巽好幸氏による「【地質学】美食地質学が紐解く、佐賀の食」です。同氏は、マグマやプレートなど地球のダイナミックな動きと地域の食文化との関係を解き明かす美食地質学の創始者。地形や地質が農業や産物、調味料、調理法へもたらした影響について科学的根拠を示し、なぜその食材がおいしいのか? なぜその食材が地域で好まれているのか? といった素朴な疑問に答えていきます。

おいしさの根拠も科学的に解き明かしていく。

話はなんと800万年前から始まり、オーディエンスは冒頭から度肝を抜かれました。そして現在に至るまで九州の大地は変動し続け、九州は地理的に南北に分断されようとしている事実が告げられました。その大地の大きな動きに端を発し、広範囲に流れていった溶岩流によって佐賀の複雑な地形がつくられました。
呼子のイカがなぜおいしいのか、嬉野でなぜ上質なお茶が穫れるのか、なぜ磁器生産が高度に発達したのか、佐賀にまつわるさまざまな謎が巽氏によってマジックの種明かしのように解明されていきました。

左から「mûrir」の渡辺光実シェフ、「馳走 西健一」の西健一シェフ、「ひまわり食堂2」の田中穂積シェフ。

「【ローカルガストロノミー】食の未来を拓く、ローカルの力」もまた注目を集めました。登壇したのは、「ローカルガストロノミー」を実践する、今最も脂の乗ったシェフたち。富山県富山市のイタリアンレストラン「ひまわり食堂2」の田中穂積シェフ。静岡県焼津市のフレンチレストラン「馳走 西健一」の西健一シェフ。そして、新潟県糸魚川市のフレンチレストラン「mûrir」の渡辺光実シェフです。
3人のシェフは、それぞれの店が立地する地域の自然環境や特徴的な食材について解説しました。「ひまわり食堂2」がある富山市は、3000m級の立山連峰から水深1000mへ急激に落ち込む富山湾が近距離にある特殊な地形。ブリや白エビをはじめとする富山湾の魚介、清冽な雪解け水が育む山の幸を、田中シェフは個性的なイタリアンに仕立てています。

ローカルで店を構えた経緯や地域の魅力について解説された。

「馳走 西健一」は3つの漁港を擁する焼津の魚に西シェフが惚れ込み、広島から移住
・開業させたレストラン。焼津は多様で上質な魚が豊富に揚がる地ですが、中でも名鮮魚店として知られる「サスエ前田魚店」の魚を扱えるチャンスが巡ったことで、西シェフは移住を即決したと話します。
糸魚川の「mûrir」は最寄駅から車で30分ほどの農業振興地域にあります。四方を広大な田んぼに囲まれた一軒家レストランです。まわりの田んぼはレストランを運営する農園のもの。渡辺シェフは農園の一員として米作りに勤しむ農家でもあります。提供されるのはお米をテーマにしたフルコース。メインディッシュは、土鍋で炊いた白米と焼きおにぎりというから徹底しています。
3人のシェフは店を開くに至った経緯、ローカルで店を構える実情、今後の目標などについて語り合いました。

左からすし作家の岡田大介氏、「金沢鮮魚」の金澤亮氏、「袈裟丸水産」の袈裟丸彰蔵氏、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏。

「【海の資源】九州の海から考える。海と食のサステナブルな関係」には、4人の個性的なスピーカーが登壇しました。まず一人目が、東京・文京区ですし店「酢飯屋」を経営しながら、福岡を拠点にすし作家、海藻料理研究家として活動する岡田大介氏。そして、全国屈指の漁場と言われる長崎県五島列島で創業70年の鮮魚店「金沢鮮魚」を営む金澤亮氏。地元佐賀からは、唐津の漁師「袈裟丸水産」代表の袈裟丸彰蔵氏が参加しました。ファシリテーターを務めたのは、豊かな海と食文化を未来につなぐために東京・京都のトップシェフ約40名で構成される団体「Chefs for the Blue」代表で、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏です。
岡田氏は、すしは海の生き物について興味を持ってもらい、サステナブルな海洋資源利用の課題を知ってもらう格好のツールとして捉えます。子どもたちを対象にしたワークショプや講演活動をはじめ、すしと魚、調理法などをわかりやすく解説した絵本制作など多彩な活動を続けています。

岡田氏は全国各地でのすし文化のリサーチ、ワークショップなどでの実体験を披露する。

金澤氏は鮮魚店の立場で海の保全活動に力を入れています。彼が危惧するのは、魚の住処である海藻がなくなってしまう磯焼け。その原因となるウニやアイゴなどの食害魚は、市場で値がつかないため漁師は好んで獲りません。金澤氏はそのような食害魚や行き場のない未利用魚を買取り、魚醤の原材料にすることで有効利用しています。出来上がる魚醤は臭みもなく、芳醇な旨みが特徴。海の環境改善、漁師の収入増、消費者への高品質な食品の提供という好循環を生み出しています。
やはり磯焼け問題に取り組んでいるのが袈裟丸氏です。海士として海に潜ってアワビやアカウニを獲る漁師である彼は、20年以上前から海に海藻を増やすために藻場の再生に取り組んできました。ガンガゼやムラサキウニなどの食害生物を見つけては駆除し、藻場の造成に時間を費やす地道な作業です。漁の時間を減らして、駆除作業を続けること10年でようやく藻場の復活の兆しが見え、増加に転じたと言います。現在は、全国でも極めて珍しい藻場再生の成功例として、そのノウハウが各地の海で継承されようとしています。
3氏はそれぞれの取り組みをさらに深め、広げるとともに、情報発信の重要性について意見が一致しました。いいことも悪いことも正しく発信し、より多くの賛同者を得ること。プロジェクト成功のカギはそこにあると確認し合いました。

左から「ESqUISSE」の山本結以氏、「Patissière MAYO」の池田真代氏、「Otowa restarant」の音羽香菜氏。

自然環境、働き方、食文化、工芸……多角的に食を見つめる

「【ダイバーシティ】料理の世界を現場から変える、わたしたちの挑戦」では、いずれも高い評価を受けるレストランから、3名の女性が登壇しました。東京・六本木の完全予約制のカウンターデザート店「Patissière MAYO」のオーナーパティシエール・池田真代氏。東京・銀座の2ツ星フランス料理店「ESqUISSE」の総料理長・山本結以氏。栃木県宇都宮市のフラン料理店「Otowa restarant」でサービスを担当する音羽香菜氏の3名です。
池田氏は菓子工場や結婚式場、レストランで研鑽を積み、予約3年待ちにもなったレストランの立ち上げに参画。2021年に現在の店を開業しました。2025年には初出産を経験。臨月まで店に立ち、産後1ヶ月で職場復帰し、この日も料理人であるご主人に育児を任せて出張での仕事に専念していました。
山本氏はフランスや東京のレストランで修行後、2021年から国内屈指のグランメゾンである「ESqUISSE」に勤務。35歳以下の料理人コンペティションにてグランプリと女性最上位の特別賞をダブル受賞。2024年に同店の総料理長に就任しました。
音羽氏は海外のレストラン勤務を経て、父であり日本を代表するフランス料理人・音羽和紀の店「Otowa restarant」の一員に。3人の子育てをしながら、2人の兄やそのパートナーたちとレストランを切り盛りしています。また、関連会社の代表、世界の一流宿泊施設とレストランの加盟団体「ルレ エ シャトー」の国際執行委員も務めています。
それぞれに異なるバックグランドを持つ3人は、自身の仕事観やキャリアパスを披露し、飲食業界の第一線における女性活躍のヒントを探るセッションになりました。

器と料理をテーマした最終セッションでは、7名が登壇し白熱した議論が展開された。

最後を飾るトークセッションでは、佐賀ならではのテーマ「【器と料理】器と料理の創造性に溢れた共創のかたち」が掲げられました。スピーカーは、器の作り手として、唐津焼の窯元「隆太窯」の中里健太氏と、伊万里焼の窯元「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏。料理人として、福岡のフレンチレストラン「Goh」「Goh Gan」のシェフ・福山剛氏と、長崎のイタリアンレストラン「villa del nido」のシェフ・吉田貴文氏。情報発信者の立場から九州にフォーカスしたでメディア「クオリティーズ」編集長の日野昌暢氏、日本全国の美食を取り上げる「食楽web」プロデューサーの大西健俊氏が参加。「サガマリアージュ」を立ち上げた佐賀県政策部の安冨喬博氏がファシリテーターを務めました。
窯元の畑石氏と中里氏は、個人の作家活動として、料理人からの特注品の依頼を積極的に受けていると話します。発注内容の具体性は料理人によって千差万別。畑石氏がフランス料理店「HAJIME」の米田肇シェフから受けたデザート皿の依頼は、サイズやフォルム、色の指定まで厳密で、その忠実な再現に苦労したと言います。一方、福山氏からの依頼はかなり抽象的かつ自由度の高いものでした。
「安冨さんと一緒に畑萬陶苑を訪ねた10年ほど前は、ようやくお皿に使えるお金ができてきた時期。あまり知識もなく、売れ残っているお皿を安く譲っていただけたらラッキーくらいの感覚でいました(笑)。ところが、作陶の現場を拝見し、お話をうかがったら、これはぜひ注文したいと考えが変わりまして。要望はシンプルで、サイズ感と“モダンクラシック”というテーマだけお伝えしました。通常の鍋島様式のルールをあえて逸脱した想像を超えた作品に仕上げていただき、大満足でした」(福山氏)
「料理人の方からの依頼は我々の仕事の幅、そしてクリエーションの幅を広げてくれます。磨いた技術とアイデアはその後の武器になりますし、有名シェフからの依頼であり具体的な使用シーンが見える仕事は、現場スタッフの士気も上げてくれます。これからもどんどん挑戦していきたいです」(畑石氏)
「福山さんが関わるレストランイベントでは、コースすべての器を一から作らせていただきました。こういったオファーは得てして納期が短いことが多く作業負荷も高いのですが、畑石さんがおっしゃる通りやりがいが非常に大きいので、積極的に関わらせていただいています」(中里氏)

右から「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏、「隆太窯」の中里健太氏、「villa del nido」の吉田貴文氏、「Goh」の福山剛氏。

いわゆるファインダイニングでは、渾身の料理をオリジナルの器に盛り付けて一皿を表現したいシェフが多い中、吉田氏の器に対するアプローチは一風変わっています。
「以前は窯を訪ねる時には欲しい皿をイメージして行ったものですが、作家さんの話を聞いて感銘を受けたものや、おすすめされるものを購入するようになっていきました。食材に対するアプローチと同じなんですが、食材ありき、器ありきで、それをどう使うか? という受け身のスタンスが自分には向いていると気づいたからです。自分の理想の器に盛ることは高次元の表現です。しかし私の場合は、お皿をどう使えば食材を活かせるか、より良い料理にできるかと追求する方が、新たなクリエーションを盛り込むことができ、より良い一皿にできます。なかでも畑石さんと中里さんはクリエーションを刺激してくれる大好きな作家さんです」(吉田氏)
「先日、6人のシェフが同じ器を使って料理をするイベントを行いました。盛り付けは本当に各社各様で興味深かったです。“おいしさ”の要素に味が占める割合は20%程度じゃないかと思っています。ほか80%は空間の雰囲気や器、香りなど。特に器は非常に重要なファクターですね」(福山氏)

左から「クオリティーズ」の日野昌暢氏、佐賀県政策部の安冨喬博氏、「食楽web」の大西健俊氏。

話題は、「県外から見た佐賀の魅力とは?」 に移りました。
「地域の魅力とは、日本中に、世界中に、その土地その土地ならではものがあり、深く知ればどこもすばらしいポテンシャルを持っているものだと思っています。そんな中でも佐賀は、隣の県に住む者からすると、食材のレベルが総じて一段階高いように感じています。加えて、ハイレベルな器があります。食材と器がどちらもあるのは、料理人にとって非常に魅力的に感じます」(吉田氏)
「福岡からすぐに来ることができて、すばらしい生産者が多いので、勉強のために、またプライベートの楽しみとして頻繁に足を運んでいます。訪れるようになって気づいたのは、佐賀県内でも地域地域で特色が異なること。多様性があることが魅力ですね」(福山氏)
「私は福岡出身で現在は東京で暮らしていますが、福岡出張となると誰もが喜ぶんです。おいしいものがあるからと。なぜ福岡のごはんがおいしいかというと、九州各地のいい食材が集まってきていて、大都市であることから料理の洗練度も高いから。ただ私は、福岡で喜んでいる人に言うんです。九州にはその先があるんだぞ、と。九州各地に目を向け、より産地に近いところで、またその土地の料理人による調理で味わうと、もっとすごい体験ができると。食材のクオリティ、そして器。佐賀のポテンシャルは実はすさまじく、今注目するディスティネーションレストランのコンセプトをまさに体現する県だと思っています」(日野氏)

器作家と料理人が交流する価値について話す畑石氏。

onestoryと佐賀との関わりは10年前、唐津で開催された『DINING OUT ARITA』に遡ります。そして佐賀県としても『DINING OUT ARITA』を皮切りに、「アジアのベストレストラン50」、「USEUM SAGA」、そして「サガマリアージュ」のプロジェクト立ち上げと、“食材×器×料理人”をテーマに地域の魅力を見つめ直す10年の歳月が始まったのではないでしょうか? 振り返ると小さな一歩だったものが、今これほど深くさまざまな分野のプロが佐賀の食の魅力を議論する。10年の歳月とは、地域もを動かしていく、そんな時間だったのかもしれません。
名護屋城跡を会場に、パリで活躍する渥美創太シェフを招聘し、2日間だけのプレミアムな野外レストランが開かれました。器はこの日のために佐賀県各地の窯元が作り上げたオリジナル品。畑石、中里両氏もそれぞれ皿を提供しました。当時を安冨氏が振り返ります。
「この日の料理のためにだけに各作家に器を作ってもらうのは、非常にチャレンジングな試みでした。結果、大変な好評を得て、これを契機に日本各地の料理人の方に佐賀の器に注目していただけるようになりました。そのような料理人と窯元、生産者をつなげる活動を地道に続けてきたことで、膨大なネットワークが構築され、かけがえのない財産となっています」(安冨氏)
「私たち作家にとっても器を使う最前線にいる料理人の方と接点ができ、また多くの他業種から刺激を受ける貴重な機会をいただいています。今後もそのような交流を深めて、よりよい作品を生み出していきたいです」(畑石氏)
「完成された一皿。料理は食べてしまえば消えますが、お皿はそこに残り、その後、何年、何十年と使われます。儚さと存在し続ける確かなものが一体となること。それが料理と器の共創なんじゃないかと感じています」(福山氏)
佐賀の地で“食材×器×料理人”をテーマにしたチャレンジを続け、世界に発信し続けて10年。そこには類まれな食材があり、魅惑の器があると、興味を持ち実際に足を運ぶ料理人は着実に増えています。ローカルに潜む価値を掘り起こし、自分なりの表現に昇華させることの重要性に気づき始めた表れといえるかもしれません。
各界の実力者、チャレンジャーが集った会場では、熱い議論が展開され、「SAGAガストロノミー会議」の充実した2日間は終了となりました。そこに参加した人の中には、「食」の未来が描かれたことでしょう、明るく幸福なものとして、力強く。