土と太陽に恵まれた宮崎で40年前から挑む有機農業。
宮崎県では、まだ世の中に“オーガニック”という言葉され浸透していなかった40年以上前から官民一体となった有機農業への取り組みが続けられています。2024年からは県による「有機農業拡大加速化事業」もはじまり、宮崎県=有機野菜のイメージはいっそう盤石になりつつあります。
弥生時代から農業が営まれてきたという宮崎県。
黒土、赤土、砂、粘りのある土──同じ県内でも場所によって土の表情はまるで違い、強い太陽のエネルギーが作物の輪郭を浮かび上がらせる土地。
それは宮崎県が昔から、農業に適した土地であるということの証。
けれど「適している」ことと「簡単である」ことは、決して同じではありません。
たとえば有機JASの取得は、ときに自分の努力だけではどうにもならない壁にぶつかります。無農薬に取り組んでいても、周辺環境の影響を受ける。土地が冠水すれば、土壌調査はやり直し。積み重ねてきた時間が、一夜で巻き戻されることさえもあります。
それでも、宮崎県には土と向き合い続ける人がいます。今回の産地ツアーで出会ったのは、「土を耕す」だけではなく、「土地の未来を耕している」ような生産者たち。その真っ直ぐな思いは、やがて東京からやってきたシェフたちの心にも火を灯しました。
有機農業という理想を追い求める生産者と、料理人との出会い。
産地視察に参加したのは、代官山『sel sal sale』の濱口昌大シェフ、東京『酛TOKYO』の佐久間佑吾料理長、青山『STELLAR WORKS Restaurant & Bar』の三浦源シェフの3名。
第一線で活躍する料理人たちは宮崎県の有機野菜と出合い、何を感じ、何を持ち帰るのでしょうか?
1日目。
最初の目的地は宮崎空港から車で2時間ほどかかる高千穂の農業法人『おたに家』。この秘境のような場所、標高1000mほどの畑で在来種を守りながら蕎麦と大豆を育てています。耕作放棄地が増えていく現実を前に、「農業を守り、地域の未来を守るため」と思いを語ってくれたのは、工藤学さん。同社には直営の蕎麦店もあり、ただ生産し卸すのではなく、付加価値をつけて伝えていく意義を見出しているといいます。
「作物は商品ではなく、伝えるべき物語」そんな言葉には、山間の土地で農業を続ける人の静かな決意が潜んでいました。
続いて訪ねた『甲斐製茶園』は、無農薬の茶を育て、釜炒り茶として販売する農家。言葉にすると簡単ですが、出迎えてくれた甲斐さんの言葉には、無農薬茶がいかに難しいかが滲んでいました。
背の低い茶の木の下に屈んで潜り込んで手作業で除草する日々。それでも続けるのは全国茶品評会での農林水産大臣賞受賞をはじめ、苦労が「おいしさ」として結実しているから。いまでは緑茶生産の1%にも満たないほど希少な釜炒り茶という製法も、自慢の茶葉の味と香りを引き出します。
「有機栽培茶は海外に販売するときに大きな強みになります」と甲斐さん。草一本を抜く手の痛みは、いつか海の向こうの誰かの一杯に繋がっていくのかもしれません。
1日目の最後の訪問先は、農薬、化学肥料を使わない野菜を通して「100歳まで元気に長生き」を目標とする生産者チーム『日向百生会』です。彼らの野菜づくりの肝は、ぼかし肥料。おから、もみ殻、くず米などの穀物に微生物を混ぜ、発酵させて作った植物性のぼかし肥料は、いわば畑のサプリ。
「自然の力を活かした土地で育った野菜は、本来のおいしさが詰まっています」と代表の黒木洋人さんが語る自慢の野菜に、シェフたちも驚きが隠せない様子でした。
畑でかじる野菜、生産者の言葉。ひとつひとつが料理のインスピレーションに。
翌日、最初に向かったのは、東京の料理人にもファンの多い『宮崎アグリアート』。その秘密は、「品質」と「有機」が一本の線で結ばれていることにあります。たとえば米なら、種まきから精米まで一貫して生産。玄米の段階でCCDカメラを使い、一粒一粒をチェックし、虫食いや異物があればエアーで弾く。さらに精米の際にも、もう一度チェックをかける。徹底した品質への執念がまずあり、そこに「さらなる価値」として有機栽培が乗るのです。
松本慎一郎さんは「オーガニックだから色や形は二の次、では駄目」と語ります。土をつくり、作物をつくり、品質にまで責任を持つ。その姿勢が、多くのシェフの共感を呼ぶのでしょう。
ランチに立ち寄った田野町の『さちカフェ』も、有機農業に挑戦する生産者の直営店。カフェのキッチンに立ち、『みさき農園』の名で畑にも立つ長崎海咲さん。「土から口まで」をテーマに、畑での土づくりからカフェでゲストの口に入るまでを見届けます。
『みさき農園』の土づくりは、種を撒き、育った植物を刈って土に混ぜ込む「緑肥」を軸。植物が分解され、土に馴染むまで半年はかかるという地道な作業ですが、「土のなかも多様性が大切。人間社会と同じです」と爽やかに笑います。
『松井農園』の松井道生さんは、有機農業の先進地・綾町を長年牽引する伝説的人物。10ヘクタールのうち半分が水田、半分が畑。うち3.5ヘクタールが有機JASだといいます。訪問時の冬場はレタスが中心。
「寒い時期に野菜が甘いのは当然。そのなかでもうちの野菜はおいしい。大根は梨のような味、人参は柿のような味がするよ」と笑います。
松井さんは畑を見渡しながら「長年やっているから良い土は見ればわかる。ここは40年前と同じ土。変わらない土があることが恵まれている」と話しました。変え続ける努力の先に、変わらないものを残す。その矛盾のような真実が、胸に響きます。
『ゆういちの野菜』で自家製にんじんジュースや生姜茶とともに出迎えてくれた園田雄一さんと奥様。有機JASを取得し、ニンニク、ショウガ、ゴボウ、甘藷を栽培しています。
美しく整えられた畑やお二人の姿からは想像しにくいのですが、園田さんもやはり、苦労を重ねながら有機の道を歩いてきた人物。かつては丹精込めて育てた大根が一晩で全滅してしまったこともあるといいます。
「有機に失敗はつきもの。失敗をして、仮説をたてて、検証をする。そうした科学的根拠を大事にしながら、次世代につなげていきたい」そんな思いを胸に、今日も畑に立ちます。
最後に訪れた『もりさんファーム』では、森山康彦さんが日向夏と向き合ってきた道のりを語ってくれました。父の代から日向夏に転向し、かつては形のきれいさが重視された。その時代を越え、いまは“おいしさ”を第一義に考える。土づくりから改めて向き合っている。失敗が続いて、農業をやめようと思ったこともある。淡々と語られる物語は、ひとりの生産者の人生そのもの。
酵母、酵素、微生物。さまざまな本や勉強会で学びながら、日々一歩ずつ前に進む。日向夏の爽やかな香りとふくよかな甘さは、偶然の産物ではなく、諦めなかった日々の結果なのだと感じられる話でした。
宮崎の畑の物語を、東京に届けるために。
物言わぬ土は、答えをすぐに返してくれません。抜いた草の数も、混ぜ続けた年月も、報われるまでに長い時間がかかるもの。
それでも彼らは、土の沈黙と向き合い、土の変化を待ち、時には失敗に折れそうになりながら、また仮説を立てて手を動かします。その姿勢は、派手さとは無縁で、けれど確かに、土地の未来を守るための仕事。
今回のツアーに参加した料理人たちが、生産者の畑で見たのは、ただの「食材」ではなく、積み重なった時間のかたちだったのかもしれません。
これから実施される「Miyazaki Organic Fair」では、そんな生産者の姿勢に共感したシェフたちが、その思いを皿の上の料理に翻訳し、言葉では伝えきれない部分まで含めて伝えていきます。
土の時間が、食べる人の時間へ渡っていく。その橋のたもとに、私たちは立っているのかもしれません。
Photographs:JIRO OTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA
