RED WING 6インチクラシックモック 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい
- 革はブラッククローム
- ソールはトラクショントレッドを採用
- 製法はオールアラウンド・グッドイヤーウェルト

永遠の藍染。
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| L-F | 60.5 | 39.0 | 96.0 | 82.0 | 58.0 | 8.5 |
| S | 62.5 | 43.0 | 104.0 | 90.0 | 63.0 | 8.5 |
| M | 64.5 | 46.0 | 110.0 | 96.0 | 64.0 | 8.5 |
| L | 67.5 | 49.0 | 116.0 | 102.0 | 65.0 | 9.5 |
| XL | 69.5 | 52.0 | 120.0 | 106.0 | 66.0 | 9.5 |
| XXL | 71.5 | 55.0 | 124.0 | 110.0 | 67.0 | 9.5 |
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| S | 62.0 | 45.0 | 108.0 | 92.0 | 62.0 | 9.0 |
| M | 63.0 | 47.0 | 112.0 | 97.0 | 63.0 | 9.0 |
| L | 64.0 | 49.0 | 116.0 | 102.0 | 64.0 | 10.5 |
| XL | 65.0 | 51.0 | 120.0 | 107.0 | 65.0 | 10.5 |
| XXL | 66.0 | 53.0 | 124.0 | 112.0 | 66.0 | 11.5 |
常に準備はしていた。『Smile Food Project』は、自分の使命。
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年4月18日に『Smile Food Project』は発足。医療従事者の方々に無償でお弁当を届ける活動をしてきました。
同プロジェクトは、『CITABRIA(サイタブリア)』代表の石田 聡氏と『Sincere(シンシア)』オーナーシェフの石井真介氏を中心に、『一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)』と『NKB(エヌケービー)』をメンバーに3社で構成。石井シェフは、同一般社団法人のリードシェフも担います。
その後、2020年7月18日。感染者の減少と医療現場の実態を踏まえ、活動を“一時”休止。作ったお弁当の数は、21,086食。
2020年4月、『ONESTORY』は、本件に関して石田氏を取材しました。記事の後半、「『Smile Food Project』は、これからどんな道を歩んでいくのでしょうか」の問いに対し、石田氏は「継続を目指します。しかし、継続しなくて済むような世の中になることが一番です」という言葉を残しています。既に再始動を予測していたのでしょう。
「第1回の活動休止後も常に医療関係者の方々とは連絡を取り合い、状況を把握し、何かあった時の準備はしていました。第2波の時は、やるべきか悩みましたが、医療現場の逼迫までには至らなかったため、自分たちの仕事に専念しました。しかし、第3波は急変急増。再びやるしかない。そう思いました」と石田氏は話します。
2020年12月21日、『Smile Food Project』は再始動。
その原動力は何か。
「使命」です。
医療従事者に年末年始はない。せめて、食で季節や行事を感じてほしかった。
「日々、感染者数や重症者数などは報道されますが、実際、医療現場は、どうゆう状況で食事をしているとか、どんなローテーションで労働しているとか、その環境が取り上げられることは、ほとんどありません。医療従事者の方々は、24時間関係なく働いてくださっています。クリスマスや年末年始、家族と過ごすことができない人やお祝いをできない人もいます。せめて、食事をする時だけは、季節や行事を感じてもらいたい。ほっとしてもらいたい。再始動の時期も手伝い、そんなことを思いながらメニューを考えました」と話すのは、『Smile Food Project』の拠点でもある『CITABRIA Catering』の奥田裕也シェフです。
プロジェクト再始動後、提供したお弁当は、クリスマスメニューとおせちメニューの2種(2021年1月8日現在)。前者を奥田シェフが考案し、後者を『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバーでもある『Salmon&Trout』の中村拓登シェフが考案。
「第1回の時は、お手伝いで入らせていただきましたが、今回は、メニューから考案し、やりがいを感じました。自分の作った料理で喜んでくれる人がいる。ほんのひと時でも笑ってくれる人がいる。誰かのために料理するという行為は、レストランで出すひと皿もお弁当も変わりなく、本気で取り組みました」と中村シェフ。
中村シェフは、日本料理の名店『八雲茶寮』で副料理長を務めた経歴を持ち、「以前より、おせちは作っていたので、今回に活かせたと思います」と言葉を続けます。『八雲茶寮』の総料理長・梅原陣之輔氏もまた、『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバー。以前『ONESTORY』が『Smile Food Project』を取材した日のお弁当も担当していました。
「おせちもしかり、日本のお弁当は、冷めてもおいしい文化。病院に搬入しても、医療従事者の方々がすぐに食事を取れるかというとそうではありません。『Smile Food Project』のお弁当は、冷めてもおいしい料理にはこだわっています。そして、何よりこのお弁当には、自分たち料理人以外の様々な想いも詰まっています。生産者さんからのご支援もいただき、採れたての野菜も使用しています。体が資本ですから、もちろん添加物は一切使用していません」と奥田シェフ。
また、料理人や生産者以外にも、パッキングや運搬は『CITABRIA Catering』のケータリングマネージャー・新井剛倫氏が務め、商品ラベルやお弁当に添える手紙は、同社の営業サポート・洞内裕美子さんが手配します。
しかし、そんなお弁当をいただく時間さえ、決して明るくない現実があります。誰かと向き合って食事をすることが許されないこともあれば、壁に向かってひとり黙々と食べなければいけない時もあります。ゆえに前述、おいしいはもちろん、ほっとしてもらいたい。
また、環境を配慮した容器は、土に還る素材を使用。本プロジェクトに限らず、『CITABRIA』は、サスティナブルやエコなどに関心が高く、そういった点においても『一般社団法人Chefs for the Blue』と親和性は高いです。
現在、支援を受けたいという病院関係者からの連絡が次々と届いています。求められる喜びがある一方、それは医療崩壊を意味します。
そんな葛藤する日々が続きます。
本当は自分たちだって怖い。未だ正解がない中で、正解を探し続ける。
前述の通り、第1回目の『Smile Food Project』は、2020年4月18日から7月18日まで活動し、作ったお弁当の数は、21,086食にも及びます。
しかし、ここで特筆すべきは、その日数でも作ったお弁当の数でもありません。
この期間、この数において、「安心安全」を提供できたことにあります。
「一番、気をつけていることは食品管理です。僕らが作ったお弁当で、食中毒を出してはいけない。プロである以上、もちろんそれはあってはならないことですが、絶対はありません。衛生面においても徹底していますが、そのリスクはゼロではないため、細心の注意を払っています」と奥田シェフは話します。
また、リスクは、それだけではありません。
「現状、プロジェクトメンバーには感染者は出ていませんが、今の世の中の状況を見ると誰がいつ出てもおかしくありません。感染する可能性は、誰もがあります。もし出てしまった場合、自分たちはお弁当を作り続けられるのか……。そんなことが頭によぎることもあります。我々にも家族はいます。大切な人を守らなければならい。だからこそ万全の体制で臨んでいます」と言葉を続けます。
それでも熱い想いをたぎらせ、チーム一丸となって、誰かのために料理を作る。料理人が持つ魂の結実は、実に凛々しく、その目は輝いています。
「今、自分のお店では、ひとりで料理を作っていますが、今回のようにチームで作れることにも別の喜びを感じます。仕込みの数など、通常とは異なる難しさや苦労も楽しかったです。そんな思いになれたのは、みんなが同じ方向に向かって夢中になっているから。大変な中にもワクワク感がある」と中村シェフが話せば、「料理人は、気持ちが味に出ちゃうからね(笑)」と奥田シェフ。
ひとりで成す達成感もあれば、皆で成す達成感もあります。後者であれば、苦しさは分散し、喜びは倍増。中村シェフは、それを体感したのです。「志が同じであれば、キッチンの場所は関係ない」と中村シェフ。
「2020年から現在に至るまでの間、料理人をやめてしまった人もいるかもしれない。最後の力を振り絞っている渦中の人も多いと思います。自分は、今の環境にも恵まれ、料理人になって本当に良かったと思っています。だから、このプロジェクトを通して業界にも元気を与えたい。料理人に料理人を諦めてほしくない。自分たちは、誰かの助けがあって『CITABRIA』をはじめ、『Smile Food Project』を活動できています。だから僕たちも誰かを助けたい」と奥田シェフ。
「今こそ、飲食業界の底力を見せたい」と奥田シェフと中村シェフは、その言葉を噛み締めます。
2021年1月8日、緊急事態宣言発令。狙い撃ちされた飲食業界と平等な不平等。
今回、取材が行われた日は、2021年1月7日。
その翌日、1月8日には緊急事態宣言が発令。周知の通り、飲食店が狙い撃ちされました。
主には、営業時間短縮が強化されることに伴い、要請に全面的に協力した中小の飲食事業者などに対し、新たに協力金を支給するといった内容です。
―――
・夜20時から翌朝5時までの夜間時間帯に営業を行っていた店舗において、朝5時から夜20時までの間に営業時間を短縮するとともに酒類の提供は11時から19時までとすること。
・緊急事態措置期間開始の令和3年1月8日から2月7日までの間、全面的に協力いただいた場合(31日間)、1店舗あたり186万円(1日6万円)の支給が得られる。
(東京都産業労働局HP参照)
―――
店舗により、ひとりで営業しているところもあれば、複数の従業員を抱えているところもあります。家賃も異なるため、全てにおいて一律というのは難しい問題です。ましてや、中小企業(個人事業主も含む)の飲食店のみ対象のため、そうでない企業は対象外になります。20時閉店を促すも、7割以上のテレワーク推奨及び外出は控えるようにと発信されたメッセージを総合すると開店休業を意味しています。一方、石田氏の古巣、『グローバルダイニング』のように通常通り営業を行う方針を示すところもあり、困惑混乱の日々。
1月13日には、大阪、兵庫、京都、そして、愛知、岐阜、福岡、栃木の7府県にも対象地域として追加されました。
平等に与えられた不平等は、これからどう作用していくのか。
石田氏は、「それでもまだ、自分たちは恵まれていると思います」と言います。
「『Smile Food Project』は一度休止し、再始動していますが、医療従事者の方々は、止まることなく人命のために最前線で闘っています。彼らには“Go to eat”も“Go to travel”もありません。さらには、飲食業界以外にも苦しい業界は多々あり、給付金や協力金を支給されない人たちもいます。だから、それが得られる飲食店は、もっと元気でありたい」。
しかし、飲食店が感染源だとも見紛う今回の施策やそれを後押しするような報道は、同調国家が働く国民へのマインドコントロールとも受け取れます。
『Smile Food Project』に関して言えば、医療従事者を支援している立場でありながら、医療崩壊に追い込んでいる業界という刷り込みもされてしまい、「自分たちは誰と闘っているのか……。新型コロナウイルスか? はたまた別の誰か……?」と、うがった見方をしてしまうこともあります。
それでも、活動を止めることはありません。なぜなら、それが石田氏をはじめ、プロジェクトメンバーにとっての「使命」だからです。
「どんなに誰が嘆いても、一番の被害者は医療従事者だと思います。新型コロナウイルの感染に時間は関係ない。昼夜を通して酷使している医療従事者のために、自分たちができることを常に考え続けてきました。食を通して鋭気を養っていただくことで我々は飲食業界の動きを止めない。生産者の動きを止めない。より多く食事を作ることによって救われる人がいる。『Smile Food Project』はイベントではない。今こそ誰かのために活動したい。いや、しなければならない」。
自分たちは負けない。自分たちは諦めない。日本の食文化を絶やさないために。
準備や備えがあったにせよ、『Smile Food Project』のようなプロジェクトを1度ならず2度できる体力は、並の覚悟ではありません。
「今回は、企業の方々に支援・協賛を募っています。1回目の活動を通して思ったことは、まだまだ知名度が低いということでした。ある経営者の方に“これは支援を募るのではない。賛同してもらうものだ”と言われました。嬉しい気持ちと同時に、より大きなものにしたいと思いました。医療従事者の方々は、自らを酷使し、尽力してくださっています。だから自分たちも頑張れる、やるしかない。飲食の活動停止は、農家などの一次産業、酒蔵、ワイナリー、酒屋など、様々に影響します。学校においても休校してしまえば給食はなくなり、同じような現象が起きてしまうでしょう。それが長く続けば、廃業、倒産が相次ぎ、日本の食文化が失われてしまう」と石田氏は話します。
一次産業や職人たちは高齢化も進み、後継者のない産業も多々あります。今回の難局は、その追い風となり、さらにスピード感が増す可能性が危惧されます。
「日本の食を文化として残していく政策が国になければ、大切な技術も価値も失われてしまう。日本全国には食の宝が眠っている。それを決して絶やしてはいけない。日本の食は、世界的に見ても強力なコンテンツであり、それだけで観光国家になる可能性を十分秘めている。環境や生産物を見ても、レストランのクオリティを見ても、日本は世界一を誇れると思います。それをおろそかにしてはいけません。ものを作る人たち、作れる人たちの力は、本当に偉大です」。
様々な波乱を巻き起こした2020年でしたが、『CITABRIA』にとっては積み重ねた努力が結実された年にもなりました。『ミシュランガイド東京2021』では、『レフェルヴェソンス』は三つ星に輝き、サスティナブルな取り組みと献身的な活動も評価され、「ミシュラン グリーンスター」も獲得。石田氏もまた、様々なジャンルで開拓する異端児を称える『Esquire』主催の「The Mavericks of 2020」を受賞。
「自分たちが大事にしてきたことや大切にしてきたことは間違いじゃなかった。だから、もっとやっていいんだ、やらなきゃいけないんだ。そう思いました。名実ともに日本を代表するレストランになれた今、自分のお店だけ良いということはなく、目の前にお客さまだけ満足させれば良いわけでもない。維持する苦悩も失う恐怖もこれから寄り添っていかなければならない。そして、改めて、我々は何を表現するのか、何を訴えていくのか、何を全うするのか。日本の食文化を守り、広げ、つなげ、伝える、その役目も担う義務があると思っています。今、新型コロナウイルスに翻弄されている騒動はいつか終わりはやってきます。重要なことは、また同じような難局が訪れた時、どう対応するのか。絶望はもう見たくない。希望を見たい。やり遂げたと思ったことは一度もありません。ひとつ乗り越えたら、また乗り越えなければいけない山がある。終わりなき使命を背負い、生きていきたいと思います」。
『Smile Food Project』の詳細はこちらへ。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| S | 60.0 | 41.0 | 106.0 | 89.0 | 63.0 | 9.5 |
| M | 62.5 | 43.0 | 110.0 | 93.0 | 64.0 | 9.5 |
| L | 65.0 | 45.0 | 114.0 | 97.0 | 65.0 | 10.5 |
| XL | 67.5 | 47.0 | 118.0 | 101.0 | 66.0 | 10.5 |
| XXL | 70.0 | 49.0 | 122.0 | 105.0 | 67.0 | 11.5 |
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| S | 60.0 | 41.0 | 106.0 | 89.0 | 63.0 | 9.5 |
| M | 62.5 | 43.0 | 110.0 | 93.0 | 64.0 | 9.5 |
| L | 65.0 | 45.0 | 114.0 | 97.0 | 65.0 | 10.5 |
| XL | 67.5 | 47.0 | 118.0 | 101.0 | 66.0 | 10.5 |
| XXL | 70.0 | 49.0 | 122.0 | 105.0 | 67.0 | 11.5 |
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り | |
|---|---|---|---|---|
| XS | 62 | 33.5 | 94 | 94 |
| S | 62 | 35 | 98 | 98 |
| M | 62.5 | 36.5 | 102 | 102 |
| L | 64 | 38 | 106 | 106 |
| XL | 65.5 | 39.5 | 110 | 110 |
| XXL | 67 | 41 | 114 | 114 |
| XXXL | 68.5 | 42.5 | 118 | 118 |
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り | |
|---|---|---|---|---|
| XS | 52.5 | 33 | 92 | 91 |
| S | 54 | 34 | 97 | 96 |
| M | 55.5 | 36 | 102 | 101 |
| L | 57 | 38 | 107 | 106 |
| XL | 58.5 | 40 | 112 | 111 |
| XXL | 60 | 42 | 117 | 116 |
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り | |
|---|---|---|---|---|
| XS | 52.5 | 33 | 92 | 91 |
| S | 54 | 34 | 97 | 96 |
| M | 55.5 | 36 | 102 | 101 |
| L | 57 | 38 | 107 | 106 |
| XL | 58.5 | 40 | 112 | 111 |
| XXL | 60 | 42 | 117 | 116 |
| 着丈 | バスト | 裾回り | 裄丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|
| XS | 65.5 | 108.5 | 74.0 | 88.5 | 6.5 |
| S | 65.5 | 112.5 | 78.0 | 89.5 | 6.5 |
| M | 67.5 | 116.5 | 82.0 | 91.5 | 7.0 |
| L | 69.5 | 120.5 | 86.0 | 93.5 | 7.0 |
| XL | 71.5 | 124.5 | 90.0 | 95.5 | 7.0 |
| XXL | 73.5 | 128.5 | 94.0 | 97.5 | 7.0 |
| XXXL | 73.5 | 132.5 | 98.0 | 99.5 | 7.0 |
| 着丈 | バスト | 裾回り | 裄丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|
| XS | 65.5 | 108.5 | 74.0 | 88.5 | 6.5 |
| S | 65.5 | 112.5 | 78.0 | 89.5 | 6.5 |
| M | 67.5 | 116.5 | 82.0 | 91.5 | 7.0 |
| L | 69.5 | 120.5 | 86.0 | 93.5 | 7.0 |
| XL | 71.5 | 124.5 | 90.0 | 95.5 | 7.0 |
| XXL | 73.5 | 128.5 | 94.0 | 97.5 | 7.0 |
| XXXL | 73.5 | 132.5 | 98.0 | 99.5 | 7.0 |
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り(リブ上) | 裾回り(リブ下) | 袖丈 | 袖口巾(リブ上) | 袖口巾(リブ下) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 66.5 | 40 | 102 | 92 | 86 | 67.5 | 13 | 8.5 |
| S | 66.5 | 42 | 106 | 96 | 90 | 67.5 | 13 | 8.5 |
| M | 68.5 | 44 | 110 | 100 | 94 | 69.0 | 14 | 9.5 |
| L | 70.5 | 46 | 114 | 104 | 98 | 70.5 | 14 | 9.5 |
| XL | 72.5 | 48 | 118 | 108 | 102 | 72.0 | 14 | 9.5 |
| XXL | 74.5 | 50 | 122 | 112 | 102 | 73.5 | 15 | 10 |
| XXXL | 74.5 | 52 | 126 | 116 | 106 | 73.5 | 15 | 10 |
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り(リブ上) | 裾回り(リブ下) | 袖丈 | 袖口巾(リブ上) | 袖口巾(リブ下) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 66.5 | 40 | 108 | 94 | 86 | 67.5 | 12 | 8 |
| S | 66.5 | 42 | 112 | 98 | 90 | 67.5 | 12 | 8 |
| M | 68.5 | 44 | 116 | 102 | 94 | 69 | 13 | 8 |
| L | 70.5 | 46 | 120 | 106 | 98 | 70.5 | 14 | 9.5 |
| XL | 72.5 | 48 | 124 | 110 | 102 | 72 | 15 | 9.5 |
| XXL | 74.5 | 50 | 128 | 114 | 106 | 73.5 | 15 | 10.5 |
| XXXL | 74.5 | 52 | 132 | 118 | 110 | 73.5 | 16 | 10.5 |
| 着丈 | バスト | 裾回り | 裄丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|
| XS | 65.5 | 108.5 | 74.0 | 88.5 | 6.5 |
| S | 65.5 | 112.5 | 78.0 | 89.5 | 6.5 |
| M | 67.5 | 116.5 | 82.0 | 91.5 | 7.0 |
| L | 69.5 | 120.5 | 86.0 | 93.5 | 7.0 |
| XL | 71.5 | 124.5 | 90.0 | 95.5 | 7.0 |
| XXL | 73.5 | 128.5 | 94.0 | 97.5 | 7.0 |
| XXXL | 73.5 | 132.5 | 98.0 | 99.5 | 7.0 |
| 着丈 | バスト | 裾回り | 裄丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|
| XS | 65.5 | 108.5 | 74.0 | 88.5 | 6.5 |
| S | 65.5 | 112.5 | 78.0 | 89.5 | 6.5 |
| M | 67.5 | 116.5 | 82.0 | 91.5 | 7.0 |
| L | 69.5 | 120.5 | 86.0 | 93.5 | 7.0 |
| XL | 71.5 | 124.5 | 90.0 | 95.5 | 7.0 |
| XXL | 73.5 | 128.5 | 94.0 | 97.5 | 7.0 |
| XXXL | 73.5 | 132.5 | 98.0 | 99.5 | 7.0 |
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 70.5 | 40.0 | 101.0 | 95.0 | 63.0 | 10.5 |
| S | 72.0 | 42.0 | 105.0 | 99.0 | 63.0 | 10.5 |
| M | 73.5 | 44.0 | 109.0 | 103.0 | 64.5 | 11.0 |
| L | 75.0 | 46.0 | 113.0 | 107.0 | 66.0 | 11.5 |
| XL | 76.5 | 48.0 | 117.0 | 111.0 | 67.5 | 12.0 |
| XXL | 78.0 | 50.0 | 121.0 | 115.0 | 69.0 | 12.5 |
| XXXL | 79.5 | 52.0 | 125.0 | 119.0 | 70.5 | 12.5 |
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 66.0 | 41.5 | 106.0 | 103.0 | 23.0 | 18.5 |
| S | 68.0 | 43.5 | 110.0 | 107.0 | 24.0 | 19.0 |
| M | 70.0 | 45.5 | 114.0 | 111.0 | 25.0 | 19.5 |
| L | 72.0 | 47.5 | 118.0 | 115.0 | 26.0 | 20.0 |
| XL | 74.0 | 49.5 | 122.0 | 119.0 | 27.0 | 20.5 |
| XXL | 76.0 | 51.5 | 126.0 | 123.0 | 28.0 | 21.0 |
| XXXL | 78.0 | 53.5 | 130.0 | 127.0 | 29.0 | 21.0 |
和紙デザイナー・堀木エリ子さんが「テタンジェ」のトップキュベ「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のペアリングを体験する「食べるシャンパン」。
第1回目となる舞台は、風光明媚な三重県志摩市に位置する『志摩観光ホテル』内、「ラ・メール」です。2021年に70周年を迎える同ホテルの特徴は、伝統と革新にあります。このふたつを言葉にするのは容易いですが、そこには並々ならぬ努力と常に挑戦し続けてきた精神があってこそ。そんな両者のバランスは、「食」における領域が顕著に表れています。
牽引するのは、2014年より料理長に就任した樋口宏江シェフです。
自然と向き合い、豊かな地産の味わいを引き出す「伊勢志摩ガストロノミー」は、国内外からも高い評価を受け、数々の賞も受賞。中でも、大きな転機は2016年に開催された「伊勢志摩サミット」でした。
樋口シェフはワーキングディナーを担い、堀木さんは「ザ・クラブ」2階ホールの空間デザインを監修。巨大な一枚和紙から成る「光壁」という名の神々しい装飾は今なお輝き続け、それを一目見ようと足を運ぶ人も少なくありません。
しかし、お互いの存在は知るものの、当時、両者が出会うことはありませんでした。それが今回、約4年の歳月を経て「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」によってふたりは引き寄せられたのです。
「ご縁ですね」。
そんな堀木さんの言葉から始まりました。
【関連記事】NEW PAIRING OF CHAMPAGNE/深まる「ご縁」、湧き上がる「パッション」。和紙デザイナー・堀木エリ子が体験する「食べるシャンパン」。
「堀木さんがデザインされた“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”の日本限定ギフトパッケージの件を伺い、非常に刺激を受けました。産地への想い、職人への敬意、伝統を重んじる心、挑戦する姿勢、どれを取っても素晴らしかったです。今回は、ふたつのテーマをひと皿に込めました。ひとつは、生産者や地域への敬意や想いの表現。もうひとつは、和紙の四層漉きのごとく、同素材を4種のスタイルで味わう表現です。また、和紙という日本の伝統に寄り添うべく、あえて和の要素も取り入れました」。
そう話す樋口シェフが用意した料理は、堀木さんのテーブルに運ばれる前から豊かな香りが漂います。それが和の要素であり、正体は出汁。
「本当に良い香りですね! フランス料理に出汁とはびっくりです!」と堀木さん。
皿の上には3つの品とひとつの出汁。その全てを結ぶのは、三重県産のガスエビです。
「“東紀州、黒潮の恵み ガスエビを様々な形で”をご用意しました。まずは、ぜひお出汁から召し上がりください。三重県産の鰹とガスエビで取った出汁になります。鰹は伊勢神宮の神様に供える神饌にも使われています。昔からこの地は御食国と言われ、海産物が豊富に取れるので、神様の食事には鰹節が御膳の中心に配して備えられているほど大切な食材でした」と樋口シェフ。
崇めるその姿勢は、白い紙が神に通じると言われている日本の和紙の神聖な世界にも似ます。
以降、堀木さんの呼吸に合わせ、樋口シェフは料理を勧めていきます。
「崩すのがもったいないくらい美しい」と堀木さんが話すそれは、「ガスエビのカクテル」です。
「ガスエビを生で叩き、同じく三重県産のディル、レモンの皮と果汁、エシャロットを赤ワインビネガーでマリネしたものを塩とオリーブオイルで調理しています。ペッパーも効かせ、赤玉ねぎのピクルスとキャビアを添えて仕上げました」と樋口シェフ。
堀木さんは、満面の笑みを浮かべながら「これは、“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008” にぴったり! ひと口食べたら自然とグラスに手が伸びますね」。
「次は、ガスエビを大葉と一緒にパートグリックで包み、揚げた料理になります。添えてあるソースは、南伊勢のデコポンで作りました。皮も実も丸ごとピューレにし、柑橘のフレッシュと料理の香ばしさとシャンパーニュの相性も良いかと思います」と樋口シェフ。
「樋口シェフは、港や市場、畑などに足を運ばれているとお聞きしています。現場を知るということは背景を知るということ。それをお客様に伝えることで、よりその味が深まる。良い循環だと思います」と話しながらも、再びグラスに手が伸びる堀木さん。「やっぱり合いますね(笑)」。
「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”の酸味、スパイシーさと非常によく合います。私は和紙を通してシャンパーニュとご縁をいただきましたが、更においしい料理とのご縁までいただけ、幸せです!」と言葉を続けます。
「最後は、ガスエビと大葉をリンゴで巻き上げた料理になります。リンゴはシロップで軽くコンポートしており、“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”と香りの同調を楽しんでいただければと思います。大葉の香りは日本らしく、海老との相性も良いです。上には花穂紫蘇を添えています」と樋口シェフ。
「切り込みが入れてあり、細やかな心配りは食べ手には嬉しいです。味だけでなく、香りのマリアージュも素晴らしいと思います。単品それぞれもシャンパーニュに合いますが、4品の流れも緻密に計算されていると感じました。食感、温度、甘味、塩味、旨味……。バランスが整っています。加えて、食材の物語も聞いて堪能できるという体験は、味の奥行きが広がります。手間暇かけて、現場に足を運び、生産背景も学んでいる樋口シェフの努力の賜物だと思います」と堀木さんは話します。
堀木さんの言葉を借りるならば、「見えることよりも見えないところが大事」。漁師や農家とのつながりができたことは、やはり「『伊勢志摩サミット』がきっかけでした」と樋口シェフは話します。
「ホテルという構造上、なかなか個人で食材を仕入れることの難しさがあります。しかし『伊勢志摩サミット』のご縁をいただき、三重県の食材を存分に活かした料理がテーマとして与えられました。今回、使用させていただいている食材は、ガスエビはもちろん、その時に出会った方々によるものが多いです。そのご縁に感謝する一方、より感じるようになったのは自然の変化。以前、ガスエビは春と秋が漁期だったのですが、年々不漁だと伺っています。その原因は、海水温度の上昇によるものだそうです。反面、これまで獲れなかった魚が取れたり、これまでいた魚の生育地域が変わってしまったり。人であれば暑さを凌ぐことはできますが、魚はそうはいきません。環境との共存も真摯に向き合わなければいけないと感じています」と樋口シェフ。
「料理、シャンパーニュ、ものづくりは、共通して同じことがあります。全て自然と向き合って作るものだということです。こんなふうに作ってみようと思っていてもその時の海の状態、ぶどうの状態、水の状態によって思い通りにはなりません。人間は自然には抗えない反面、偶然性によって生まれる感動もあります。お互い難しさを楽しんでいきたいですね」と堀木さん。
「実は私、両親が伊勢出身なのです!」と堀木さん。「父が斎宮、母が松阪なのです。小さいころから『志摩観光ホテル』にはお世話になっており、“志摩観(しまかん)”“志摩観(しまかん)”と呼ばせていただいておりました」と言葉を続けます。
『志摩観光ホテル』への再訪や供された樋口シェフの料理を通して様々思い出すも、特に印象に残っているのは第5代総料理長の高橋忠之シェフの言葉でした。
───
海の幸フランス料理「火を通して新鮮、形を変えて自然。」
火を使って、あるいは形を変えてより新鮮に、より自然に変えることは、素材に対する祈りである。
著書「美食の歓び」より
───
「生でもおいしいものは火を入れてもおいしい。今回、お料理をいただき、樋口シェフは高橋シェフの想いも受け継がれていると思いました。樋口シェフは、フランス料理の伝統を受け継ぎ、『志摩観光ホテル』の歴史も受け継ぎ、高橋シェフの想いも受け継がなければならい立場にあります。非常に重要な責務ではありますが、その背景を学び得た上で、ぜひご自身の美学に昇華していただければと思っております」と堀木さん。
「私は第7代になります。2014年より料理長をさせていただいておりますが、月日を重ねるごとに高橋シェフの偉大さを思い知らされます。『伊勢志摩サミット』は本当の意味で地域を知り、つながるご縁をいただけたと感謝しています」と話す樋口シェフに対し、堀木さんは「自らご縁を広げた樋口シェフの“パッション”があったからこそ。『伊勢志摩サミット』では顔を会わせることはありませんでしたが、同じ舞台で命をかけて表現した戦友のようですね」。
体験こそ価値。その土地で獲れたものをその土地でいただく。その土地で生まれたものをその土地で浄化させる。表現することと土地を知ることは一心同体なのです。
「土地で育ったという事実が大切。ガスエビがどんなに良くても別のところで育ったガスエビでは同じ味にはなりません。この土地で獲れたからこそ良いのだと思います。それが体験につながるのではないでしょうか。“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”もまた、シャンパーニュ地方のグラン・クリュ(特級畑)に認定された5つの村で収穫したからこそのシャンパーニュ。フランス料理もシャンパーニュも和紙も自然とともに生きています。土地の声に耳を傾け、自然と生きる樋口シェフは、あっぱれだと思います!」。
住所:三重県志摩市阿児町神明731 『志摩観光ホテル』内 MAP
TEL:0559-43-1211
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html/
1962年京都生まれ。高校卒業後、4年間の銀行勤務を経て、京都の和紙関連会社に転職。これを機に和紙の世界へと足を踏み入れる。以後、「成田国際空港第一ターミナル」到着ロビーや「東京ミッドタウン」などのパブリックスペース、さらには、旧「そごう心斎橋本店」や「ザ・ペニンシュラ東京」など、デパートやホテルの建築空間に作品を展開。また、「カーネギーホール」(ニューヨーク)での「YO-YOMAチェロコンサート」舞台美術や、「ハノーバー国際博覧会」(ドイツ)に出展した和紙で制作された車「ランタンカー‘螢’」など、様々な分野においても和紙の新しい表現に取り組む。「日本建築美術工芸協会賞」、「インテリアプランニング国土交通大臣賞」、「日本現代藝術奨励賞」、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」、「女性起業家大賞」など、受賞歴も多数。近著に『和紙のある空間-堀木エリ子作品集』(エーアンドユー)がある。
お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
(supported by TAITTINGER)
ファミリーの名をブランドに冠する、今日では数少ない家族経営のシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」。
テタンジェは1734年に創業したシャンパーニュで史上3番目に古い醸造社である「フォレスト=フルノー社」を前身とする名門ハウス。長きにわたりテタンジェ家が培ってきた伝統と品質は、フランス大統領の主催する公式レセプションでも供されるほどです。
そんな「テタンジェ」は、単体で飲むだけでも優れていますが、料理と合わせることによって、更に味の奥行きが生まれ、ポテンシャルを発揮します。
今回は、「テタンジェ」の中でも至宝ともいえるトップキュヴェ「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のリリースに合わせ、3人のシェフが料理を考案。
フレッシュで洗練された果実味、熟した果実の香り。そして、滑らかで生き生きとした躍動感、スパイスのニュアンスを感じる洗練された味わいは、料理とペアリングすることによっておいしさが何倍にも増幅します。
言わば「食べるシャンパン」。
今回は、それをあるひとりの人物に体験していただきます。
それは、和紙デザイナーの堀木エリ子さんです。
堀木さんは、「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」の日本限定ギフトパッケージにて共演をしたことでも話題を読んでいます。
「日本の和紙は、もともと白い紙が神に通じると言われており、白い和紙は不浄なものを浄化するという考えがありました。だから、職人さんたちは、より白い紙を、混ざりもののない和紙を、約1300年にわたり追求してきたのです。そんな中、日本人はものを包んで人に渡すという文化が生まれました。ひとつのものを浄化して人に差し上げるという行為は、日本人のおもてなしの心につながっています。今回は、テタンジェの白い箱をさらに和紙で熨斗のように巻き上げました。贈る方の想い、シャンパーニュを召し上がる方の想い、人とのご縁をつなぐ心を和紙で表現しています」。
その熨斗には高い職人技が活かされていることはもちろん、四層漉きという驚愕の手仕事が成されているのが特徴です。
「ベースとなる緑の和紙、テタンジェのロゴ部分だけ薄く漉いた透かしの和紙、シャンパーニュの煌めく泡をモチーフにしたダイヤモンドマーク部分だけを厚く漉いた和紙、そして、表面の白い和紙の四層です。白透かしと黒透かしという技法を採用しました」。
また、堀木さんは、シャンパーニュ地方にあるテタンジェのカーヴにも足を運んでいます。
「ワイナリーで一番印象的だったのは、眠っているボトルの姿でした。それが本当に美しくて。毎日のように澱が溜まらないように回すのですが、まるでこどもの寝返りを打たせてあげているようで、愛を感じました。これを見ているのと見ていないのとでは、味の感じ方は変わります。できあがったものだけで本質を得ることは難しいと思っています。現場を見てきたものとして、飲むだけでは得ることのできない真実、現場の姿もお伝えしたいと思っています」。
本当に大切なことは、見えるものではなく、見えないところにあります。背景を知ることが本質を知ることにつながるのです。
シャンパーニュと和紙の「ご縁」。そして、互いが持つ技術や歴史の「パッション」の邂逅から、これまでにない特別感が生み出されます。
「合わせる」ことで生まれる、「1+1=2」以上の可能性。
その魅力を堀木エリ子さんとともに綴っていきたいと思います。
※「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」の日本限定ギフトパッケージは、2008本限定のため、売り切れの場合がございます。あらかじめご了承ください。
1962年京都生まれ。高校卒業後、4年間の銀行勤務を経て、京都の和紙関連会社に転職。これを機に和紙の世界へと足を踏み入れる。以後、「成田国際空港第一ターミナル」到着ロビーや「東京ミッドタウン」などのパブリックスペース、さらには、旧「そごう心斎橋本店」や「ザ・ペニンシュラ東京」など、デパートやホテルの建築空間に作品を展開。また、「カーネギーホール」(ニューヨーク)での「YO-YOMAチェロコンサート」舞台美術や、「ハノーバー国際博覧会」(ドイツ)に出展した和紙で制作された車「ランタンカー‘螢’」など、様々な分野においても和紙の新しい表現に取り組む。「日本建築美術工芸協会賞」、「インテリアプランニング国土交通大臣賞」、「日本現代藝術奨励賞」、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」、「女性起業家大賞」など、受賞歴も多数。近著に『和紙のある空間-堀木エリ子作品集』(エーアンドユー)がある。
前回の記事はこちらへ。
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受付時間:9:00~17:00 (土日祝日除く)
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Text:YUICHI KURAMOCHI
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「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画として、コラムニストの中村孝則さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN VOL.2』が開催されました。参加抽選への応募は50名を超え、その中から見事に参加資格を勝ち取った5名が参加しました。
「新潟ウチごはんプレミアム」は、自宅で新潟の食材を楽しむためのポータルサイト。レシピ動画の公開のほか、さまざまなオンラインイベントを紹介しています。今回、中村さんは新潟へ食材探しの旅を敢行し、そこで手に入れた食材とお酒を事前に参加者へ届けました。開催当日は、中村さんのオフィスのキッチンと参加者のキッチンをオンラインでつなぎ、料理教室がにぎやかにスタートしました。
「今日はお酒のお供になる料理を4品作ります。どれも簡単でシンプルなレシピですから、飲みながら、食べながら、楽しく進めていきましょう」と中村さん。まずは、全員で乾杯です。
乾杯のお酒は、長岡市摂田屋地区で470年以上続く日本酒蔵・吉乃川が、11月より販売を開始した発泡性純米酒「酒蔵の淡雪プレミアム PAIR」です。参加者からは「シャンパーニュのような泡立ち」「めちゃくちゃ美味しい!」と驚きの声が上がりました。ワインのインポーターである参加者も「香りの広がり方が素晴らしい」と絶賛です。4つの料理に合わせて、中村さんが吉乃川のラインアップから選んだ4種類のお酒をペアリングしていきます。
中村さんはメインの食材として新潟特産のふたつのブランド野菜を選びました。ひとつは長岡市の「大口(おおくち)れんこん」、もうひとつは五泉市の里芋「帛⼄⼥(きぬおとめ)」です。どちらも新潟県民にとってはおなじみの野菜であるものの、収穫量がそれほど多くはないため基本的に新潟県外に流通することはなく、全国的にはほとんど知られていません。中村さんは、大口れんこんや帛⼄⼥は、知られざる食の宝庫・新潟を象徴する存在だと話します。
「新潟に“食”のイメージがあまりないという方もいるかもしれません。ですが、実際には新潟はとても豊かな食材に恵まれ、奥深い食文化を育んできた土地です。暖流と寒流がぶつかる東西に長い海岸線と佐渡島を有することから、良質な海産物の宝庫となっています。コシヒカリはもちろん、酒米である五百万石の栽培が盛んで、日本酒の蔵の数は全国第1位。越後姫やル レクチエなどの人気のフルーツもたくさんありますし、ブランド豚やブランド牛などの畜産や酪農も盛んです。野菜に関しては枚挙にいとまがないほど多くの特産品があり、新潟県内では日常食として消費されています。今、新潟県民だけがそのずば抜けた美味しさを知っている大口れんこんと帛⼄⼥は、新潟の“食”のポテンシャルの高さを象徴する幻の野菜だと言えます」
【関連記事】NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1/平野紗季子×長田佳子 抽選で限定5名が参加できる「オンライン料理教室」を開催
1品目の「あっさり辛子レンコン」は、茹で上げたれんこんを使ってわずか5分ほどで完成。辛子れんこんと言っても、辛子味噌を詰めて揚げたものではなく、いわばれんこんの辛子和えです。
「大口れんこんの生産者たちは、口々にシンプルな料理を勧めるんです。辛子れんこんやきんぴらでさえ彼らにしてみれば調理しすぎで、本来の味が分からなくなっていると。実は辛子れんこんを作りたいと思ったのですが、そのアドバイスを受けて超シンプル版の辛子れんこんにしてみました」と、中村さんはレシピ考案の背景を話します。
参加者たちは「れんこんがこんなに美味しいものとは知らなかった」と、味見に手を伸ばし、グラスを傾ける回数が加速していきました。
2品目、素揚げした大口れんこんと中村さん特製のジェノベーゼソースの組み合わせには、また歓喜の声が上がりました。九州在住の参加者は「れんこんを口に入れた瞬間、新潟へ早く行かなきゃと思いました」と笑います。
中村さん自身も、これらの野菜を現地で試食した際は鮮烈なインパクトを受けたと振り返ります。とりわけ印象深いのが帛⼄⼥を使った新潟の郷土料理「のっぺ」です。
「正直、それまで里芋の魅力が今ひとつわかっていなかった。ぬめっともさっとしたところが苦手で積極的に選ぶ食材ではありませんでした。でも、長生館という老舗旅館でのっぺをいただいた時には、心から感動したんです。自分の知っている里芋とは全く別物で、なんてきめ細やかでさらっとした心地いい舌触りと。奥深い味わいなんだろうと」
その感動をもとに、中村さんは3品目の洋風のっぺを作りました。旅で立ち寄った、だし製品の直営店「ON THE UMAMI」で手に入れたトマトだしと、中村さんのお気に入りの食材であるグラノパダーノチーズを使った、ユニークなオリジナルのっぺです。
新潟県三条市出身の参加者は、「洋風アレンジののっぺは新潟ではあり得ませんね。いやぁ旨い。県外の人の自由な発想が入ると、料理がぐっと楽しく広がりますね」と唸ります。
最後の4品目は、中村さんの得意料理のひとつであるスペイン風オムレツ。本来じゃがいもを使うところを帛⼄⼥に置き換えて作ります。
「帛⼄⼥をくたっとさせて、そのまろやかなぬめりを半熟卵にくるんで楽しむ一品です。味付けは塩のみ。一見凝った料理のようですが、実は極めてシンプルです。帛⼄⼥そのものの独特な食感と、他の食材と調和する万能食材としての魅力を堪能できると思います」と中村さん。ペアリングには、「特別純⽶ 極上吉乃川」の人肌燗を勧めます。
とろりとしたオムレツと、米の旨味がしっかり感じられる燗酒を味わいながら、全品を無事に完成させたみんながホッと一息。ほどよい酔い心地です。
最後に、完成した料理とお酒を思い思いに楽しみながら、しばし語らいます。「実際に料理し、味わいながら新潟の食について楽しく勉強できて、とても有意義な時間だった」「毎月開催してほしい。こういう講座があったら絶対に参加したい」「新潟のイメージが変わった」といった声が聞かれました。
中村さん自身にも今回の体験は大きな変化をもたらしたようです。
「料理人たちがなぜわざわざ生産者を訪ねるのか。その理由が感覚的にわかりました。生産者は、自分が丹精込めて育てる食材のいちばんの魅力を知っている。そして、その前には魅力を高めるために努力を重ねてきているわけです。その食材がどのように生まれ、生産者はどのように考えているか。それを知ることは、料理人にとって目標である“美味しさ”にたどり着く最短コースであり、食の本質を深く理解するための唯一の道だと気づいたんです」
画面越しに大きくうなずく参加者たちの笑顔が、イベントの成功を物語っていました。
材料
*⼤⼝れんこん(1個)
*和がらし粉(適量)
*⽩だし(ON THE UMAMI だし屋の⽩だし・適量)
*⽩ごま(少々)
手順
1.⼤⼝れんこんを皮がついたまま硬めに茹で、皮をむき、5㎜幅に輪切りにする。
2.和がらし粉に、⽔と⽩だしを半々の割合で少しずつ混ぜ、ゆるいソース状に溶かす。(ゆるさはお好みで)
3.1に2のソースをかけ、⽩ごまを振って完成。
合わせるお酒
吉乃川「酒蔵の淡雪プレミアム PAIR」
材料
*⼤⼝れんこん(1個)
*オリーブオイル(適量)
《バジルソース》
*フレッシュバジル(ひとつかみ50gくらい)
*オリーブオイル(100ml)
*グラナパダーノチーズ(50g)
*カシューナッツ(素焼き・50g)
*梅⼲し(1/3個)
*塩(少々)
手順
1.⼤⼝れんこんを皮がついたまま硬めに茹で、皮をむき、乱切りにする。
2.⼩さめのフライパンや鍋にオリーブオイルを浅めに張って、1を素揚げにする。
3.ミキサーかジューサーにバジルソースの材料を塩→梅⼲し→オリーブオイル→バジル→グラナパダーノチーズ→カシューナッツの順に⼊れて、ペースト状になるまで仕上げる。
4.⽫に2を盛りつけ、3のソースを添える。
合わせるお酒
吉乃川クラフトビール「摂⽥屋クラフト」(ペールエールとヴァイツェン)
材料
*ON THE UMAHI UMAMIだし トマト(1パック)
*帛⼄⼥(2個)
*鶏もも⾁(50g)
*⼈参(1/2本)
*グラナパダーノチーズ(⽿の部分を含む)
塩少々
手順
1.帛⼄⼥と鶏もも⾁と⼈参を⼀⼝⼤に切る。
2.切った帛⼄⼥と⼈参を軽く下茹でする。
3.鍋に300ccの⽔とだしトマトパックとグラナパダーノの⽿を⼊れ、沸騰させて5分間煮出す。
4.3に2を⼊れて全体に味が馴染んだら、塩で整える。
5.器に盛りつけ、グラナパダーノをマイクロプレイン、なければすりおろし器ですりおろして完成。
合わせるお酒
吉乃川「純⽶⼤吟醸 50 PAIR」
材料
*帛⼄⼥(4個)
*⽟ねぎ(1/2個)
*オリーブオイル(適量)
*イタリアンパセリ(適量・なければパセリ)
*卵(3個)
*塩少々
手順
1.帛⼄⼥を1cm幅にスライスする。
2.⽟ねぎを千切りにする。
3.フライパンにオリーブオイルを⼊れて、1を柔らかくなるまで軽く揚げる。
4.3に2を加えて炒める。
5.卵をとき、その中に塩をふる。4を熱いまま⼊れて、帛⼄⼥を⼿早くつぶして混ぜながら3分待つ。
6.フライパンにオリーブオイルを少しひき、熱くなったら5を⼊れて焼く。裏面がきつね⾊になったらひっくり返して、両面がきつね色になったら完成。
合わせるお酒
吉乃川「特別純⽶ 極上吉乃川」
Photographs:JIRO OOTANI
Text:KOH WATANABE
記事で登場した商品は、こちらから購入できます。
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長を務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。http://www.dandy-nakamura.com/
(supported by 新潟県観光協会)
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 68.5 | 40.0 | 102.0 | 97.0 | 63.0 | 10.5 |
| S | 70.0 | 42.0 | 106.0 | 101.0 | 63.0 | 10.5 |
| M | 71.5 | 44.0 | 110.0 | 105.0 | 64.5 | 11.0 |
| L | 73.0 | 46.0 | 114.0 | 109.0 | 66.0 | 11.5 |
| XL | 74.5 | 48.0 | 118.0 | 113.0 | 67.5 | 12.0 |
| XXL | 76.0 | 50.0 | 122.0 | 117.0 | 69.0 | 12.5 |
| XXXL | 77.5 | 52.0 | 126.0 | 121.0 | 70.5 | 12.5 |
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 68.5 | 40.0 | 102.0 | 97.0 | 63.0 | 10.5 |
| S | 70.0 | 42.0 | 106.0 | 101.0 | 63.0 | 10.5 |
| M | 71.5 | 44.0 | 110.0 | 105.0 | 64.5 | 11.0 |
| L | 73.0 | 46.0 | 114.0 | 109.0 | 66.0 | 11.5 |
| XL | 74.5 | 48.0 | 118.0 | 113.0 | 67.5 | 12.0 |
| XXL | 76.0 | 50.0 | 122.0 | 117.0 | 69.0 | 12.5 |
| XXXL | 77.5 | 52.0 | 126.0 | 121.0 | 70.5 | 12.5 |
| ウエスト | 前ぐり | 後ぐり | ワタリ | ヒザ巾 | 裾巾 | 股下 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| W28 | 72.5 | 20.5 | 33.0 | 27.6 | 18.0 | 16.5 | 91.0 |
| W29 | 75.0 | 21.0 | 33.5 | 28.4 | 18.5 | 17.0 | 91.0 |
| W30 | 77.5 | 21.5 | 34.0 | 29.2 | 19.0 | 17.5 | 91.0 |
| W31 | 80.0 | 22.0 | 34.5 | 30.0 | 19.5 | 18.0 | 91.0 |
| W32 | 82.5 | 22.5 | 35.0 | 30.8 | 20.0 | 18.5 | 91.0 |
| W33 | 85.0 | 23.0 | 35.5 | 31.6 | 20.5 | 19.0 | 91.0 |
| W34 | 87.5 | 23.5 | 36.0 | 32.4 | 21.0 | 19.5 | 91.0 |
| W36 | 92.5 | 24.5 | 37.0 | 34.0 | 22.0 | 20.5 | 91.0 |
| W38 | 97.5 | 25.5 | 38.0 | 35.6 | 23.0 | 21.5 | 91.0 |
| W40 | 102.5 | 26.5 | 39.0 | 37.2 | 24.0 | 22.5 | 91.0 |
| ウエスト | 前ぐり | 後ぐり | ワタリ | ヒザ巾 | 裾巾 | 股下 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| W28 | 72.5 | 20.5 | 33.0 | 27.6 | 18.0 | 16.5 | 91.0 |
| W29 | 75.0 | 21.0 | 33.5 | 28.4 | 18.5 | 17.0 | 91.0 |
| W30 | 77.5 | 21.5 | 34.0 | 29.2 | 19.0 | 17.5 | 91.0 |
| W31 | 80.0 | 22.0 | 34.5 | 30.0 | 19.5 | 18.0 | 91.0 |
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| W36 | 92.5 | 24.5 | 37.0 | 34.0 | 22.0 | 20.5 | 91.0 |
| W38 | 97.5 | 25.5 | 38.0 | 35.6 | 23.0 | 21.5 | 91.0 |
| W40 | 102.5 | 26.5 | 39.0 | 37.2 | 24.0 | 22.5 | 91.0 |
時を遡ること2018年8月。島原のレストラン『pesceco』は、大きく舵を切りました。
町の繁華街で3年9ヵ月営んだカジュアルなイタリアンレストランを閉め、海沿いの一軒家に店を移して、新たな拠点として再スタートしたのです。完全予約制で、料理は昼夜ともおまかせのコースのみに。
当時を知る人であれば、「敷居が高くなった」と足を遠ざける地元客も出てしまいましたが、その一方、「ここでしか食べられない料理がある」、「店での食事を目的に島原へ旅する価値がある」と、『pesceco』を目指して旅する人も少なくありません。
ここを担う井上稔浩(たかひろ)シェフは、島原生まれの島原育ち。県外に、いや世界に伝えたい島原の素晴らしいところも、他の地方都市同様に抱えている多くの地元の問題点についても、誰よりもよく知っています。その上で「島原が好きだから」と、この地に根を張る道を選びました。
愛する故郷のために、料理人だからできることがある。
店のあり方を大きく変えた移転リニューアルは、井上シェフの「覚悟」にほかなりません。
「大変ありがたいことに国内外を通してお客様に恵まれていましたが……」と言葉を詰まらせる理由は、新型コロナウイルスによる激動激変です。しかし井上シェフは「僕らのスタンスは変わらない」と覚悟を口にします。「これまでも、周りがどうだからとかでなく、"自分たちなら?"と問いながら変化してきました。だから今回も、自分たちらしく、変化し続けるだけで”自分たちなら?”が根本にある 精神は変わりません」。
『pesceco』 は、2020年3月初旬には5月末まで予約が埋まっていました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、ほぼ全てそれは白紙に。緊急事態宣言発令時には、やむ得ずレストランを一時休業しました。
「もともと需要がないところからスタートしたので、予約が白紙になったことに危機感を抱くということはありませんでした。むしろ、開店当時の事を思い出し、"自分たちなら?"と今できることを冷静に考えることができました。店舗の再開時には1日2組に体制を変更し、昼、夜ともにおまかせコース一本にさせていただく決断をしました。今の状況下においても、心の安らぎを求めお越しくださるお客様に、より良い一皿を、より良い時間を安心して過ごして頂きたいと思っております。正直、営業すること自体、とても各々リスクがあり、シビアだということは理解しています。それでも粛々とやれることをやるしかない。感染対策を意識しながら営業をするスタンスを取っていました」。
新型コロナウイルスがもたらす地域の悲鳴は、テレビを始めとしたメディアでは取り上げられない現状が各々あります。
「島原は小さな観光土地でもあるのですが、緊急事態宣言が発令されてから夏のお盆ぐらいまで県外からの観光客はほぼいませんでした街は閑散としていました。9月ぐらいからは徐々に戻ってきたような感じはありましたが、それ以前から夜の街はは衰退の最中でしたので、昔ながらのお店が立て続けに店仕舞いを余儀なくされるところもありました」。
感染拡大の防止と経済の活動、一長一短であるため、その解決策は未だ見えません。
また、地域の場合、その土地に根ざした独特の距離感と手の取り合い方があると思います。レストランで言えば、地産地消がそれになります。地元の食材や生産者とのつながりが料理を支えており、ゆえに『pesceco』は、「田舎でしか食べられない料理」を表現できる場所に成長したと言えるでしょう。
「ひと皿を通し、お客様、地元の生産者、食材、自然をつなげることができると思います。その土地に根ざし、期待に応え続け、求められ続けることこそ、土地に存在し続けることの意義。それが『pesceco』の手の取り合い方なんです」と井上シェフは語ります。
それはメニューの最後に刻まれている「百姓」「漁師」「魚屋」「塩」が物語っています。
前回の取材時、「塩」は平戸市獅子町『塩炊き屋』の1軒で、他はそれぞれ2軒ずつ。「魚屋」の欄にはもちろん父・井上弘洋氏が営む『おさかないのうえ』の名も記されていました。最後は「自然」。自ら採取した野草、そして雲仙市西郷で汲む岩戸の湧き水。食材を茹でたり煮たり、出汁を取ったりする際に使う湧き水を汲みに行くことから井上シェフの一日は始まるのだと言います。
「これが全てです。逆に、この方々抜きでは、僕の料理、僕らの店は成立し得ない」。
今回の難局においては、食以外に関してもその手の取り合いを発揮しました。
「お店を守るため、資金集めに奔走していたこともありました。そんな時、色々な方々が親身にサポートの声をかけてくださいました。そんな優しさは、田舎ならではの距離感だと思います。日々のご縁や繋がりの有り難みに改めて感謝しています。また、島原に限っては、市を通して比較的早く、給付金などの手続きもしていただけました」。
どんなに辛いことがあろうとも、ここに残る理由は何か。それは前出の通り、「島原が好きだから」。そして、この渦中においても井上シェフは、冷静に言葉を続けます。
「今、このような世界をもたらしたのは、私たちの社会によるものです。つまり、人が生み出してしまったものだと思っています。新型コロナウイルスによって今までの当たり前や日常は奪われ、人としてどう生きていくのかを問われているのではないでしょうか。人間は自然の中で、地球の中で生かされています。このコロナ禍においては、直接会わなくとも画面越しに会話できるようになり、直接訪れなくとも物が届くようになりました。それが良い、悪い、とかではなく、私たち人間はそうしてお互いに繋がりながらでないと生きていけません。だからこそ今一度、人としての豊かさとは何なのか、人としてどう生きるべきなのかに向き合うべきだと思っています。自分は一料理人として、一人間として、"繋がりが見える料理"を作っていきたいし、食が心にもたらす役割を意識しながら、そのひとつ一つの体験をより大切にしていきたいです」。
2020年は、井上シェフに訪れた次なる「覚悟」の年になったことは間違いありません。それでも「レストランは人々の心身を豊かにすることを信じています」。レストランの語源でもある「レストレ」のごとく。
「世界中が未曾有の不幸に見舞われるという中、日々、レストランとしての存在意義と向き合っています。 少しでも自分たちと関わりがある人たちや来てくださるお客様が、“食事”を通して心身ともに元気になっていただければ嬉しく思います。“食”を通して、おいしいだけではなく、心のエネルギーになるような“力”もご提供したい。 そして、1日も早く心置きなく旅ができる日が戻ることを願います。まず、自分は自分の場所で、できることをしていきます。『pesceco』は、灯台のような存在でありたいと思います。また自由に旅が再開できた時、お客様とお会いできるのを楽しみにしています」。
住所:長崎県島原市新馬場町223-1 MAP
電話:0957-73-9014(完全予約制)
https://pesceco.com/
Text:YUICHI KURAMOCHI
鹿児島県の大隅半島中央部・鹿屋(かのや)市に、グリーン好きの間では全国的に有名なショップがあります。
前原良一郎氏、宅二郎氏の兄弟が営む『Araheam(アラヘアム)』です。
そんなお店の周辺環境は、国道沿いにあるいくつかの大手チェーン店の他は、個人経営のお店は限られており、シャッターが下りている商店も少なくない場所です。
2018年、『ONESTORY』が訪れた取材では「ここで店をやることは、リスクだらけですよ」と語った宅二郎氏ですが、予想もしないリスクが2020年に訪れます。それは、周知のとおり、新型コロナウイルスです。
「新型コロナウイルス前は、新たな計画を立てていました。自粛や緊急事態宣言などによって二の足を踏む日々が続きましたが、気持ちは落ち着いていました。もちろん海外への買い付けができなくなったのは残念でしたが、今は仕方ないですね。販売に関しては波があり、直近の見通しもたたないため、仕入れやイベントなど、リスクが伴うことを考えると、やや消極的になっていました。感染が拡大してからはできるだけ市外へも足を運ばず、地元に留まり、できることを行ってきました」と宅二郎氏は話します。
前原兄弟に限らず、日本中、世界中が当たり前を奪われ、篭る日々が続きました。そこで改めて感じたこと。それは、「外の発信から内の発信へ」のシフトチェンジです。
「新型コロナウイルスの一番大変な時期はウェブでの販売に注力していました。自粛期間中、併設している喫茶店は休業しました。その後はテイクアウトメニューなども増やし、世間のニーズに合わせたメニュー構成にしています。これまでは外からのアイテムの発信が多かったのですが、これからは内からの発信をしたいと思っています。新たに地元の食を発信するプロジェクト『LOCAL FOOD STOCK』を立ち上げ、インターネットでの販売、地域の情報発信を行う予定です。新型コロナウイルス収束後、このプロジェクトをきっかけに足を運んでくれる人が増えてくれたらと思っています」と宅二郎氏。
前回訪れた時、宅二郎氏はこんな言葉を残しています。「地に足をつけて自分たちの店をしっかりやる。元気な店作りをすることが、一番の町おこしなんじゃないかなと思うようになったんです」。
『Araheam』は『Araheam』のやり方で、地に足をつけ、一番の町おこしに向け、一歩一歩前へ進んでいます。
ちなみに、今回の取材対応も前回同様、宅二郎氏が担当。店頭に立っているのも多くが宅二郎氏です。
「僕は保守的ですが、兄は本能的!?とでも言いますか(笑)。野球のバッテリーでいったら兄がピッチャーで僕はキャッチャー」と、その兄弟の関係を明かしてくれます。
「まだまだ不安定な日々が続き、先が見えないこともあると思います。新型コロナウイルスの状況を様々なメディアで目にしますが、それに翻弄されている人が多いように感じました。国や政府からの情報もホームページやインターネットが中心のため、もう少し高齢者の皆さんにもわかりやすく届くといいなと思いました。また、業種や規模によってその制度も様々なので比べることはできませんが、もう少し地方へのご配慮もぜひお願いできれば幸いです」と宅二郎氏は話します。
一刻も早く日常が戻ることを願うばかりですが、『Araheam』は、温かくも落ち着いた空気感を保ちながら一致団結。兄弟や家族だけでなく、スタッフも含めたチームで乗り切ります。まさに全員野球。
『Araheam』は、逆から読むと『maeharA』。マエハラです。
『Araheam』は、兄・良一郎氏と弟・宅二郎氏の2人のコンセプトがひとつになり、形となる場所ですが、現在は更に父と三男の弟も欠かせない存在になっています。
『Araheam』の始まりは、父の経営する植物の卸し兼園芸店からスタート。「自社農園もあるのですが、その農園はもともと父が中心になって始めたことで、三男にあたる弟は現在その生産管理をしています」と宅二郎氏は話します。
現在の『Araheam』は、前原ファミリーがひとつになるための場のような存在。まるで呪文のような店名は、家族が一丸となって店に携わるための言霊だったのかもしれません。兄弟のバッテリーから始まった『Araheam』は、チームの『Araheam』へと絆を深めています。
そんな『Araheam』は、2020年7月に新たな挑戦を果たしました。
「東京・千駄ヶ谷に新店『Araheamy』をオープンしました。小さなお店ですが『Araheam』をギュッと詰め込んだ店舗となっています。今後の見通しが中々つかず、不安な日々が続きますが、みんなで困難な時期を乗り越え、収束後には元通りの生活に戻れることを切に願います。何も考えずに旅をして様々な出会いができる日が早く来ますように。そして、少し先になりますが、新型コロナウイルス収束後には、ぜひ、鹿屋にお越しください。再び皆様にお目にかかれることを楽しみにしています」と宅二郎氏
住所:鹿児島県鹿屋市札元1-24-7 MAP
電話:0994-45-5564
http://araheam.com
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-3-14 MAP
電話:080-9458-0108
Text:YUICHI KURAMOCHI
振り返ること2018年、毎年恒例に行われている京都『清水寺』が発表する漢字は「災」でした。しかし、その2年後に更なる「災」が訪れることを誰も知る由もありませんでした。
2020年2月。最悪の事態が始まってしまいます。以降、テレビやインターネットなどで「新型コロナウイルス」という言語を目にしなかった日は今日に至るまで1日もありません。
正直、最初は対岸の火事のような感覚でした。しかし、急速に自体は変化していきます。あっという間に自粛から緊急事態宣言。日常は奪われてしまいました。
『ONESTORY』に関して言えば、取材はおろか、地域を行き来することすらできなくなり、予定していた『DINING OUT』も全て白紙。2020年は一度も開催することができませんでした。
一方、これまで出会ってきたレストランやホテルなどは崩壊寸前まで追い込まれ、経営難になるところも少なくありません。前代未聞の難局ゆえ、国や政府の保証もすぐには可決されず、待ったなしで訪れるのは月末の支払いという現実。
それぞれの立場や環境も異なるゆえ、抱えている問題は多種多様。国民全てに満足のいく対応をするのは困難を極めます。
自分たちには何ができるのか、何もできないのか。無力さを感じた時もありました。
そんな時、あるシェフの活動を目にすることになります。
大阪のレストラン『HAJIME』の米田 肇シェフによる飲食店倒産防止対策の署名活動です。
前述、『HAJIME』の米田 肇シェフによる飲食店倒産防止対策の署名活動は、3月29日から始まりました。その後、4月5日に米田シェフから今回の詳細を伺い、翌日、4月6日に霞ヶ関への訪問後、付近で緊急取材を行いました。記事の公開は同日というスピード感。最速での配信となりましたが、その理由は、国の補正予算案が発表される前にこの活動を世に伝えなければいけないと思ったからです。
そして、この件をきっかけに『ONESTORY』としてやるべきことが見えたのです。
潰したくないお店がある。
なくなってほしくない場所がある。
応援したい人がいる。
何ができるかわかりませんでしたが、今、自分たちにできる「日本に眠る愉しみをもっと」伝えていかなければならない、届けなければならない。
それが、「#onenippon」という企画でした。
ゴールはありませんでしたが、それでも前へ進むことが大切だと思ったのです。
以降、医療従事者に食事提供する「Smile Food Project」やパリの『MAISON』渥美創太シェフ、ミラノの『Ristorante TOKUYOSHI』徳良洋二シェフ、伝統工芸に表現手法を置く芸術家・館鼻則孝氏など、様々な方々に取材。国やジャンルなど、垣根を超えた現実を記事化していきました。
そんな時に感じたことは、テクノロジーの利点です。
米田シェフや「Smile Food Project」の活動は、インターネットやSNSがきっかけでした。米田シェフは海外のシェフが署名活動を行った前例をインターネットで目にし、「Smile Food Project」は、『シンシア』の石井真介シェフのSNSコメントに『サイタブリア』の石田 聡氏が反応したことから始まりました。また、離れていてもパリやミラノを取材できるコミュニケーションが取れることも、そういった発展によるものと言って良いでしょう。拡散によって輪は広がり、誰かとつながることで安心を得られた人も多かったと思います。
今伝えたい、この瞬間に発信しないと意味がない、そんな情報が多かった2020年は、webの機能が最も有効活用された年にもなりました。雑誌などのように発行日が決まっているものや定期刊行物ではそうはいきません。毎日が生き物のように目まぐるしく循環した『ONESTORY』は、初めての体験でした。
しかし、個人が自由に発信できる場は、イイネなどの数字に左右されることもしばしば。更には、疑似体験を実体験と見紛う傾向も発生し、見たつもり、行ったつもり、食べたつもりなど、「つもり」現象という仮想空間も形成してしまったのではないでしょうか。本質を見失うだけでなく、人を傷つけてしまうこともあるため、誤った使い方をしない道徳心が問われていると思います。
2020年は、新型コロナウイルスによって、全てがリセットされたと言っても過言ではありません。
我々、ひとり一人は、これからどう生きていくべきなのか。
働き方改革ならぬ、生き方企画こそ、人類にとって必要なのではないでしょうか。
そこで新たな企画を始動します。
「生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE」です。
「生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE」の立ち上げは、「#onenippon」を製作中に見た海外のあるニュースがきっかけでした。それは、ネパールの首都・カトマンズから近代史上初めてエベレストが目視可能になったという内容でした。大気汚染が深刻な地域に起こったそれは、人の活動停止によって明らかに空気が澄んだ証拠です。
そこで、世界的にもっと環境改善された例はないか調べてみたのです。
すると、ほかにも様々な記述があり、 水の都として知られるイタリアの世界遺産・ベネチアでは濁った運河が透き通り、タイやアメリカなどではウミガメの繁殖が増えている報告もされたそうです。プーケットではウミガメの巣は10カ所以上も確認され、過去20年で見ても最多の数だとありました。フロリダの保護団体は、人工照明の減少によって生まれたばかりのウミガメの子が方向を見失うことが少なくなったと伝えています。観光客で賑わうハワイのワイキキでも海の透明度が増したと言われ、固有種の絶滅危惧種に指定されているハワイアンモンクシール(アザラシ)の数が例年より増加しているとニュースも報じられていました。
これらはあくまで一例に過ぎませんが、不謹慎を承知で言えば、新型コロナウイルスが人類にもたらした唯一の美点なのではないでしょうか。
奪われてしまった日常や当たり前などから生まれた時の停止は、様々な変化をもたらしました。
しかし、自然に関しては、人類との関係を遮断することによって野生がみなぎり、本来の姿を取り戻すきっかけになったかもしれません。
昨今、「サスティナブル」という言葉を耳にする機会も増えましたが、源は地球環境にあります。
その保全や配慮がない限り、我々の未来はないでしょう。
「生きるを再び考える」ことは、容易いことではありません。
その答えは、もしかしたら生涯見つからないかもしれません。
しかし、考え続けることに意味があるのだと思います。
4月以降、上記のような企画を推進してきましたが、やはり気になるのは「旅」について。
早く取材を再開したいと思う気持ちはもちろん、それよりも、これまで出会ってきた方々の顔が一番に浮かびました。
もし日常が戻った時、自分はどんな旅をするのか。
いや、もっと言えば、例えワクチンが供給されたとしても、日常は戻ってこないかもしれない。これまでの常識は非常識になるかもしれない。当たり前とは何だろう? 旅の概念も変わってしまうのではないか?
様々な思いが錯乱するも、その答えだけは明確でした。「再会の旅」です。
今回の難局は、世界的に見ても人と人が触れ合う環境を遮断され、引きこもりや孤立した生活を余儀なくされました。
そんな時に芽生えるのは、誰かを思う心。
見る、食べるよりも出会うことを目的にした旅は、より一層、絆を深めるでしょう。
ご無沙汰しています! お元気でしたか? またお会いできて嬉しいです! そんな何気ない会話は特別になり、握手やハグ、肩組みなどのコミュニケーションは、心の底から込み上げてくる何かを感じるに違いありません。
そんな旅は、人生において忘れがたい時間になるはずです。
大切なことは、どこへ行くかではなく、誰に会いに行くか。
「HOPE TO MEET AGAIN/旅の再開は、再会の旅へ」の企画は、新型コロナウイルスが終息するまで、コツコツと続けてきたいと思います。
ぜひ、皆様もこれまでの旅を振り返ってみてください。
遠い場所で頑張っている誰かを思い出してしてみてください。
そして、次の旅は、その方のもとへ足を運んでみてください。
旅の再開は、再会の旅へ。
周知の通り、2020年は激変の年になってしまいました。これは、もしかしたら生涯を通して、最初で最後の苦行かもしれません。
なぜなら、全世界が同時に対峙する難局は、極めて稀有だと思うからです。
この時代をどう生き抜いたかは、各々が歩むこの先の人生を大きく左右するのではないでしょうか。
『ONESTORY』として、ひとりの人間として、未来の時間軸から今を振り返った時、恥ずかしくない生き方をできているのか? 後悔のない生き方をできているのか? 自問自答を繰り返してきました。
そんな『ONESTORY』の2020年は、「挑戦」の年となりました。
その理由は、これまでになかった新プロジェクトにあります。
メディアだけでない『ONESTORY』のカタチ。『DINING OUT』だけでない『ONESTORY』のカタチ。
弊社代表・大類知樹を中心に立ち上げた「FOOD CURATION ACADEMY」です。
メディアや『DINING OUT』を通じて我々が思うことは、食の定義への変化です。
おいしいはもちろん、シェフや料理人への共感、地域への敬意、土地が育む風土などが食を選ぶ理由となり、それらを体感できる場は、より社会的な存在になってきたと考えます。
これは、星やランキングでは評価しきれない領域です。
世界は日本の「進化」を追いかけられたとしても、「深化」までは追いかけられないでしょう。
我々が大切にしていることは、後者です。
そのほか、まだここでは発表できないプロジェクトを水面下で進めています。それもまた、イベントでもメディアでもないカタチです。
『ONESTORY』は、既成概念にとらわれることなく、時代と目的に合った表現をより強固にしていきます。カタチのないカタチ、その活動体が『ONESTORY』です。
2021年には、それを可視化できると思いますので、ぜひお楽しみいただければ幸いです。
そして、2020年も多くの読者様、地域の方々にお世話になりました。この場を借りて、深く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
どんなに時代が変わろうとも、『ONESTORY』は、まだ見ぬ日本の感動を探し続けます。
それでは、日本のどこかでお会いしましょう。
『ONESTORY』統括編集長・倉持裕一
1887年。
『グレンフィディック』の蒸溜所は、ウィリアム・グラント氏の手によって設立されました。
以降、一族で数々の苦難を乗り越え、挑戦を続けた結果、1963年にシングルモルトウイスキーを初めて世に売り出し、今では180ヶ国以上で愛されるようになりました。
その当時はブレンデッドウイスキーが主流だったため、「無謀な行為」と嘲笑う人も少なくありませんでしたが、信じれば道は拓ける、そう実証したのが『グレンフィディック』なのです。
今回、その杯に手を伸ばすのは、『アンリアレイジ』ファッションデザイナー・森永邦彦氏。
両者に共通することは、常に「挑戦」し続け、新たな道を「開拓」してきたということにあります。
―共鳴するパイオニアー
その物語は、最高の一杯から始まります。
1963年、業界で初めてシングルモルトを世界へ売り出し、ウイスキーを嗜好する人々に驚きと感動を与えた。 以来50年以上たった今も、世界販売数量No.1※のシングルモルトウイスキーの雄として世界180ヶ国以上で愛され、 圧倒的な存在感を放っている。その香りと味わいが認められ、世界中で数々の栄誉あるアワ ー ドを受賞。※IWSR2019
https://www.glenfiddich.com/jp/1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中に「バンタンデザイン研究所」に通い、服づくりを始める。2003年『アンリアレイジ』として活動を開始。2005年、ニューヨークの新人デザイナーコンテスト「GEN ART 2005」でアバンギャルド大賞を受賞。同年、東京タワー大展望台にて06S/Sコレクションを『Keisuke Kanda』と共に開催。以降、「東京コレクション」に参加。2011年、第29回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。2014年秋、15S/Sよりパリコレクションデビュー。2015年、DEFI主催の「ANDAM fashion award」のファイナリストに選出。2019年「LVMHヤング ファッション デザイナープライズ」ファイナリストに選出。2020年『FENDI』の2020-2021秋冬メンズミラノコレクションではコラボレーションを発表。2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当。国内外を通して活躍。
https://www.anrealage.com
Photograph:KENTA YOSHIZAWA, KOH AKAZAWA
Text:YUICHI KURAMOCHI
(supported by サントリースピリッツ株式会社 )
ストップ!20歳未満飲酒・飲酒運転
お問い合わせ先:サントリーお客様センター
壱岐の焼酎メーカーが、クラフトジンを造る。
そんな話が編集部に届いたのは、国内で新型コロナウイルス感染第二波が押し寄せていた2020年8月でした。クラフトジン造りだけならば、今や世界中で一大ムーブメントが起きており、別段珍しい話でもありません。
そんな状況ですから、編集部では「今回のネタは流れる可能性が高いね」と話していました。しかしその後、編集部がわざわざ壱岐を訪れてまでジンを追いたいと思ったのは、ひとりのキーパーソンの熱意にほだされたからかもしれません。その人物とは、約1年半前にホテルへの就職が決まって壱岐を訪れることになった、壱岐とは無縁の20代のホテルマン・貴島健太郎氏。
「壱岐がとても豊かな土地だと感じて、ただ純粋にその素晴らしさを伝えたいと思ったんです。ですが、地元の人には壱岐の豊かさは日常。普通すぎて、僕の言葉にピンときてもらえないんです。この溝こそが、日本中の地方が抱えている問題だと思ったんですよね。そこをなんとかしなければと」と貴島氏は語ります。
ジンについての話を聞きに来たのですが、貴島氏は島の魅力について熱弁。そんな壱岐の豊かさこそが、今回のジン造りの原点。彼の熱意が伝播し島の人々を徐々に動かしていくことになるのです。そんな彼の熱量に動かされた人物が、今回のもうひとりのキーパーソン『壱岐の蔵酒造』代表・石橋福太郎氏です。
「今回のジン造り。2年前ならばたぶん断っていた。ですが、ここ数年のマーケットの変化に危機感を募らせていました。島の人口流出、雇用の減少、高齢化など、目を背けられない島の問題にも直面し、今やらなければいつやるんだと思ったんです」と石橋氏。
かくして若きホテルマンと、壱岐を代表する焼酎蔵の代表がタッグを組んだことで、今回のジン造りは大きく動き出すことに。ご法度・タブーの連続かもしれない焼酎蔵によるジン造り。しかし、常識にとらわれない若者の情熱こそ地域の課題を魅力に変える新たな装置にもなり得るのです。我々『ONESTORY』編集部もまた、地域の抱える問題への光明を見てみたいと、2021年に「Made in 壱岐」のジンができるまでを、追っていこうと考えたのです。
住所:長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520 MAP
電話:0120-595-373
http://ikinokura.co.jp/
住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2 MAP
電話:0920−43−0770
https://www.kairi-iki.com/
Photographs:YUJI KANNO
Text:TAKETOSHI ONISHI
出身は静岡県。両親ともにサーファーという環境に育ち、「物心ついた時にはサーフィンをしていた」と言うのは、プロサーファーの大野修聖氏です。
「MAR(マー)」の愛称で親しまれている大野氏は、国内外で活躍するトップアスリート。今や多くの日本人サーファーが世界のコンペティションを賑わすようになっていますが、その礎を築いたのは間違いなく大野氏だと言って良いでしょう。
双子の兄、ノリこと仙雅氏とともに5歳からサーフィンを始め、16歳でプロに転向。2004年、2005年と2年連続で「JPSA(ジャパン・プロ・サーフィン・アソシエーション)」グランドチャンピオンに輝きます。2006年からはオーストラリアを始めとした海外に拠点を移し、「WCT(ワールド・チャンピオンシップ・ツアー)」にクオリファイすべく活動。以降、2009年にポルトガルで開催された「WQS(ワールド・クオリファイ・シリーズ) 6スター」では日本人初となる準優勝を果たすなど、自ら持つ日本人記録を次々塗り替えていきます。そして2013年、日本にカムバックし、8戦中7戦を優勝、残る1戦も準優勝という前人未到の記録で3度目の頂点を極める偉業を成し遂げます。
一方、サーフィン界の近況で言えば、2018年に大きな転機を迎えます。「ISA(国際サーフィン連盟)」は、2020年に開催される予定だった「東京オリンピック」に向け、選手委員会を設立。その目的は、サーフィンを始めとする関連競技において、選手達の意見をより反映していくことにあります。委員長には、これまで「ISA」のショートボード、ロングボード、SUPの3部門でメダル獲得経験のあるフランスのジャスティン・デュポン氏が任命され、日本からは唯一、大野氏が委員会メンバーとして抜擢されたのです。
「波乗りジャパン」という名のもと、日本チームのキャプテンとして、シンボルライダーとして、「東京オリンピック」の招致活動に貢献してきましたが、迎えたのは新型コロナウイルスによる開催延期です。
「誰もが予測しなかったこの世界を人類は受け入れるしかないと思いました。しかし、じっくりと与えられた時間は自分と向き合うことにもなり、それによって様々な気付きを得ることができたようにも思えています」と大野氏は言います。
その気づきは、長年にわたり、海に生きてきたからこそ。
「勝ち負けよりも大切なことがある。表彰台から見る景色よりも大切な景色がある」。
【関連記事】生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE 特集・10人の生き方
今回、大野氏に話を伺った場所は、自身が住まう鎌倉。
「コロナ禍でサーフィンをしなかった時期もありますが、海には足を運んでいました。海は生まれてからずっと見てきましたが、ここ数ヶ月は本当にキラキラして。まるで海が喜んでいるように見えました。自粛や緊急事態宣言などによって世界は停止を余儀なくされ、サーファーや観光客は激減しました。それによって海岸のゴミなどが減ったのは実感としてあります。海は本来の姿を取り戻すきっかけになったのかもしれません」。
実は鎌倉の海に限らず、世界各地でコロナ禍によって「水」に関する好影響は多く見られています。
「例えば、イタリア。“水の都”として知られる世界遺産・ベネチアでは濁った運河が透き通り、水の底が見えるようになったというニュースを目にしました。大型クルーズ船や水上バスなどの増加による水質汚濁が社会問題として課題とされていましたが、人の活動停止によって水質は改善され、鵜が小魚を追い、白鳥が悠々と泳ぐ様も目撃されているそうです。そのほか、タイやアメリカなどではウミガメの繁殖が増えている報告もされたそうです。プーケットではウミガメの巣は10カ所以上も確認され、過去20年で見ても最多の数だとありました。フロリダの保護団体は、人工照明の減少によって生まれたばかりのウミガメの子が方向を見失うことが少なくなったと伝えています。観光客で賑わうハワイのワイキキでも海が綺麗になったと言われ、固有種の絶滅危惧種に指定されているハワイアンモンクシール(アザラシ)の数が例年より増加しているとニュースも報じられていました」。
これらは地球規模で見ればごく一部の情報ではありますが、少なくとも大きな事実がふたつあると考えます。
ひとつは、環境は改善できるという事実。そしてもうひとつは、残念ながら人の意志でそれが成されなかったという事実。
海の面積は、約3億6000万㎢と言われ、地球全体(約5億1000万㎢)の約71%を占めています(一般社団法人 日本船主協会HP参照)。つまり、海を綺麗にするということは地球を綺麗にするとうことにもつながります。さらには、魚つき保安林(魚つき林)という言葉があるよう、漁業者の間では海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があるという通り、海と山は一心同体。海と向き合うには山とも向き合い、山と向き合うには海とも向き合うことにもなるのです。
「生命体という視点で見れば、まだまだ地球上には未知の生物は多いと言われているそうですが、生物の重さで表した時、その90%は海洋生物だと言われているほど、種類、量ともに海は生命の宝庫(日本海事広報協会HP参照)。しかし、そんな海は外来によってその環境を脅かされていると思います。例えば、海の生命体がほぼ陸に上がることはないのに対し、陸の生命体が海に入ることは多分にあります。温暖化や海面温度の上昇なども陸が起こした海の問題だと思います。宇宙レベルで言えばおこがましい話かもしれませんが、少なくともその責任は人間にあると考えますが、地球上に生きる生命の総数で見ると人間は約0.01%という一説を見ました(WORLD ECONOMIC FORUM HP参照)。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだと思いますが、新型コロナウイルスはこの数値の生命体が発生した件だということは向き合うべきだと感じています」。
生物史上、人間は最も進化を遂げた種だと言っていいでしょう。しかし、それによって失ってしまったことや理に反したことがあったのかもしれません。
「人間の知能は紛れもなく素晴らしく、それによって得た恩恵もあります。その反面、環境において致命傷を負わせてしまったと考えずにはいられません。今から何が我々人間にできるのかはわかりません。なぜなら、その性格はすぐには変われないと思うからです。だからと言って何もしないわけにはいきません。きっと、それぞれができることは目の前に必ず何かあるはずです。ひとり一人ができる小さなことが何か実を結び、世界を変えるのだと信じています」。
去る2018年、その年を表す漢字は「災」でした。それだけ多くの災害に見舞われ、地震や集中豪雨、台風、記録的な暑さ……。しかし、その「災」は日本だけではありませんでした。
ヨーロッパの異常な猛暑、インドネシアでは津波と地震、アメリカ本土では過去50年で最も勢いの強いハリケーン、カリフォルニアやカナダでは山火事、インドでは洪水、オーストラリアやドイツでは干ばつ……。
世界の海水温も観測史上最高を記録。驚くべきは、過去100年を振り返って見ても右肩上がりであり、日本の海域平均海面水温の上昇率は100年あたり+約1.14℃、世界全体で比べると約+0.55℃高く、深刻な問題です。それによって発生するのが大雨や台風です。近年の台風に関して言えば、2018年、2019年ともに発生個数は29回のうち、上陸回数は5回。2020年の発生回数は22回のうち、上陸回数はゼロ(2020年11月現在/国土交通省 気象庁HP参照)。このまま上陸しなければ、2008年以来、実に12年ぶりではあるも、接近するだけで暴風が吹き荒れ、土砂崩れや河川の氾濫など、その威力は凄まじいです。
「台風と言えば、サーファー視点だと波にばかり目がいってしまいますが、本来、問題視しなければいけない様々なことがあると痛感しています」。
若きより海外遠征も多かった大野氏は、「日本のサーファーと海外のサーファーを比べた時の意識の違いを感じます」と言葉を続けます。
「小さなことでもそれぞれができることを行動に移しています。マイボトルやマイバッグを持参したり、プラスチックをできるだけ使わない生活を取り入れたり。中には、海洋ゴミを使ったアートを製作し、メッセージとして表現したり。サーファーである前に海に生きる人としての意識が高いと思います」。
中でもその好例は、過去に11度も「ASP(Association of Surfing Professionals)ワールド・チャンピオンシップ・ツアー」のチャンピオンに輝いたプロサーファー、ケリー・スレーター氏の活動にあります。
「ケリー・スレーターは、サスティナビリティをコンセプトに掲げた『Outerknown(アウターノウン)』というブランドを立ち上げています。従来のアパレル業界のあり方を変えたいという思想のもと、環境に有害でない素材を使い、公正な労働環境で生産しています」。
「Outerknown」は、ブランドローンチ前からFLA(公正労働協会)に加入し、2年半で生産工程の完全認定を受けています。そして、ローンチ前の加入や2年半で完全認定されたのは、アパレルブランドとしては初。
「海のゴミを拾うことは大切なことですが、マイクロプラスティックのように拾いきれないゴミもあります。結果、それを魚が食べてしまい、場合によってはその魚を人が食べてしまうかもしれません。自分たちはゴミを拾う前にゴミを減らしていくことや日常で使うものの質を変えていくことが重要なのではないでしょうか」。
地球上に生きる生物でゴミを出すのは人間特有の行為かもしれません。もし、ほかの生物も人間同様にゴミを出していたら……。「想像を絶する感覚に襲われます」。
「そして、環境問題でもうひとつ真摯に考えたいこと。それは、世界中でビーチが減少しているということです」。
「昔の人に聞くと、ビーチはもっと沖まであったのだと言います」。
温暖化により南極棚氷の崩壊も加速、その気候変動と海面上昇により、このまま進行し続ければ世界の砂浜の半数が2100年までに消滅するかもしれないという研究論文さえ発表されています。
「水が温かくなると膨張するため、海水温度の上昇によって海全体の体積が増えていると思います。極地の氷も溶けるとなれば、より拍車はかかるのではないでしょうか。ビーチもしかり、海抜の低い島は危機的状況に陥っています。伝説の古代大陸、アトランティスではありませんが、海中に没するということになりかねません」。
数億年前に遡れば、過去に5~6回、地球上に誕生した生物は大量絶滅を経験していると言われています。しかし、その原因は火山の噴火や隕石の衝突などと言われており、避けては通れなかった災害と言っていいでしょう。しかし、今回発生した新型コロナウイルスにおける難局は人災から生まれたものだと思います。地球温暖化もしかり、人間が地球に負荷を与えていることに関して、どう改善していくべきなのか。
「コロナ禍においても海は淡々と生き続けている。波は、寄せては返し、返してはまた寄せて。自分はずっと前からサーフィンしかやってこなかったのですが、サーフィンによって色々な景色を見ることができました。旅はもちろん、人との出会いもしかり、大自然から生き方を学んだと思います。30年以上サーフィンをやっていてもベストなライディングは一度もありません。どんなに練習し、技術を高めても、自然を舞台にすることの難しさは常にあります。海の呼吸に合わせようと思っても、そう易々と味方にはなってくれません。海自体が自分の呼吸であり、全てを映し出してくれていると思っています。心が乱れれば波も乱れる。精神を整え、海、大自然と一体になることが大切なのだと思います。なぜなら、自分はこの星に生かされているから。人がこんなに窮地に追い込まれていても自然はウイルスにはかからない。強くたくましく生き続けています」。
大野氏が話す海との向き合い方は、サーファーに限ったことではないのかもしれません。幸福をもたらす海もあれば、不幸をもたらすのも海。
「海があるからサーフィンはできますが、海があるから津波も起こる」。
優しく人々を歓迎する姿もあれば、街や人を飲み込む姿も併せ持ちますが、全ては人間の問題。前述の通り、「海と一体になることが大切」なのだと思います。
アスリートの精神であるスポーツマンシップに則った生き方こそ、今の時代に求められているのかもしれません。
「Good gameをめざして全力を尽くして愉しむことがスポーツの本質です」。
「Good gameを実現する覚悟をもった人をスポーツマンと呼びます」。
「Good gameを実現しようとする心構えがスポーツマンシップです」。
(一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会より抜粋)
この「Good game」を「Good earth」に置き換えてみれば、より理解できます。
「Good earthをめざして全力を尽くす」。
「Good earthを実現する覚悟をもつ」。
「Good earthを実現しようとする心構え」。
スポーツマンシップの精神は、多くの問題を解決する糸口かもしれません。
「これまで海を始めとした大自然から、多くのものをいただき、学びを得てきました。自分は今、ひとりのサーファーとして、ひとりの人間として、地球環境との関わり方をしっかり考え、行動したいと思っています。世界を変えるなど、そんな大それたことはあまりにもおこがましくて言えません。しかし、考え続けることが、少しずつより良い社会になると信じています」。
※文中には諸説あるうちの一説や時期によって数値などが異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。
Photographs&Text:YUICHI KURAMOCHI
秋晴れの10月28日、正午過ぎに始まったのは、国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会。1967年に世界的なシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」のクロード・テタンジェが創設したこの賞は、若き料理人を顕彰し、フランスの美食文化を発展・継承していくことを主目的に設立され、ジョエル・ロブション氏、ミッシェル・ロスタン氏、ベルナール・ルプランス氏といった数多のスターシェフを輩出してきました。今年は世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスにより世界中で社会的混乱が起き、一時は開催を危ぶむ声もありました。しかし、参加・受付の方法を見直し、例年のような授賞パーティーは取りやめるなど時世を踏まえた体制に改め、開催の運びとなったのです。
書類選考は10月7日に行われ、厳正なる審査によって3名のファイナリストが日本大会の最終審査にコマを進めました。横浜市中区にある東京ガス業務用テストキッチン「厨BO!YOKOHAMA」で行われた最終審査にて審査員を務めたのは、都下のフレンチ店で腕を振るう一流シェフや舌に覚えのある識者の計8名。
大会は、1984年にパリで開催された「ル・タンジェ国際料理賞コンクール・アンテルナショナル」にて日本人として初めてグラン・プリを獲得した『マンジュトゥー』の堀田大氏の挨拶から始まりました。今回、感染予防の観点から日本大会としては初めて、ファイナリストが下準備を整え、日本大会事務局が依頼した3名の料理人が仕上げの調理を担当。審査員は手元のルセットや調理風景をにらみつつ、各テーブルに配られた料理を試食審査しました。
【関連記事】テタンジェ/食べるシャンパン。それは、ひとりでは完結しないシャンパーニュ。
今年のテーマは「牛肉(任意の部位/温製料理)」。合わせる食材に何を使うかは自由ですが、金額や調理時間に規定が設けられています。最初にお目見えしたのは、『東京會舘』神戸宏文シェフの「牛フィレ肉のウェリントン風 3本の人参」。東京オリンピックが開催された1964年にレイモン・オリヴェールが日本に伝えたウェリントンは、古き良きフランス料理。重たい古典料理というイメージを払拭すべく、全体的に軽い酸味を利かせ、スタイリッシュなウェリントンを目指して創作されたひと皿です。
次は『ひらまつ』石井友之シェフの「牛肉のアンクルート」。あえて和牛ではなく国産経産牛を使用したのは、独自の熟成方法によって使いづらい食材に付加価値をつけ、美味しくすることこそ料理人のあるべき姿なのでは?との思いから。また、海苔や柚子味噌を使用し、日本とフランスの食材の調和が取れるよう考えられています。
最後は、春菊や椎茸、紫蘇を使い、フランス料理に日本のエッセンスを取り入れた「パレスホテル」堀内亮シェフの「牛フィレのブリオッシュ」。センス溢れるルセット創作の経緯に、「フランスでの本選は冬の開催なので、その時、旬を迎える菊芋、トリュフ、ジャガイモなどを食材として選びました」とあり、世界大会を視野に入れた食材選びが印象に残りました。
ファイナリスト3名分の試食審査が終わり、採点に入りました。審査項目は、テクニック、デギスタシオン、ハーモニー、プレゼンテーションの4つで、各料理の最高点と最低点から平均点を算出し、その得点で順位を競います。審査員一同、己の感覚に全集中し、会場内には紙の上を鉛筆が走るサラサラという静かな音だけが響きました。どの料理も甲乙つけがたく、評価はバラけているようです。集計を出す間にファイナリストの3名が会場入りし、いよいよ結果発表となりました。
見事、最高得点を獲得し、来年1月に行われる「コンクール・アンテルナショナル」への出場権を得たのは堀内シェフ。サッポロビール事業部事業部長の三上氏より、第1位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ マチュザレム」、ファイナル準備金として2400€の小切手が贈られました。「自分では仕上げられなかった決勝戦でしたが、無事に勝つことが出来てよかったと思います。ここからが世界選に向けてのスタートだと思いますので、皆さま応援よろしくお願いいたします」と堀内シェフ。コンクールに出場すること自体が初めてだったそうで、最初から本選を意識していたのは「6年間フランスで修業をしてきましたが、日本のレベルは世界的にみても高水準なので、日本での優勝を目指すことイコール世界を目指すことと同義だ」と考えていたとのこと。この後、2位の神戸シェフ、3位の石井シェフにもそれぞれの順位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」が贈られました。
大会を終えた堀田氏に話を伺ったところ、「堀内シェフのソースが素晴らしく、メインも軽やかで、結果的に思ったとおりの順位になりました。今回、より審査の公平性を期すために点数制にして全審査員の前でひとりひとりの点数を発表する方式を取りましたが、皆さん自身の感性を信じて審査を行い、評価がバラけたのがよかったと思います。石井シェフと神戸シェフは惜しくも優勝を逃しましたが、この点数を励みに次回も頑張ってもらえたら」とのベストを尽くした3人にエールを送りました。
若きシェフの情熱と才能、フランスと日本の食材と調理法が美しく結実した料理を目の当たりにした日本大会。そこには、文化の壁を軽やかに越えていける今日の世界に必要な力が宿っていると感じました。彼らが創り出す料理は、今後もガストロノミーを通じて人々の心を動かし、新しい文化の礎となっていくことでしょう。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAO YAMAWAKI
お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
(supported by TAITTINGER)
秋晴れの10月28日、正午過ぎに始まったのは、国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会。1967年に世界的なシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」のクロード・テタンジェが創設したこの賞は、若き料理人を顕彰し、フランスの美食文化を発展・継承していくことを主目的に設立され、ジョエル・ロブション氏、ミッシェル・ロスタン氏、ベルナール・ルプランス氏といった数多のスターシェフを輩出してきました。今年は世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスにより世界中で社会的混乱が起き、一時は開催を危ぶむ声もありました。しかし、参加・受付の方法を見直し、例年のような授賞パーティーは取りやめるなど時世を踏まえた体制に改め、開催の運びとなったのです。
書類選考は10月7日に行われ、厳正なる審査によって3名のファイナリストが日本大会の最終審査にコマを進めました。横浜市中区にある東京ガス業務用テストキッチン「厨BO!YOKOHAMA」で行われた最終審査にて審査員を務めたのは、都下のフレンチ店で腕を振るう一流シェフや舌に覚えのある識者の計8名。
大会は、1984年にパリで開催された「ル・タンジェ国際料理賞コンクール・アンテルナショナル」にて日本人として初めてグラン・プリを獲得した『マンジュトゥー』の堀田大氏の挨拶から始まりました。今回、感染予防の観点から日本大会としては初めて、ファイナリストが下準備を整え、日本大会事務局が依頼した3名の料理人が仕上げの調理を担当。審査員は手元のルセットや調理風景をにらみつつ、各テーブルに配られた料理を試食審査しました。
【関連記事】テタンジェ/食べるシャンパン。それは、ひとりでは完結しないシャンパーニュ。
今年のテーマは「牛肉(任意の部位/温製料理)」。合わせる食材に何を使うかは自由ですが、金額や調理時間に規定が設けられています。最初にお目見えしたのは、『東京會舘』神戸宏文シェフの「牛フィレ肉のウェリントン風 3本の人参」。東京オリンピックが開催された1964年にレイモン・オリヴェールが日本に伝えたウェリントンは、古き良きフランス料理。重たい古典料理というイメージを払拭すべく、全体的に軽い酸味を利かせ、スタイリッシュなウェリントンを目指して創作されたひと皿です。
次は『ひらまつ』石井友之シェフの「牛肉のアンクルート」。あえて和牛ではなく国産経産牛を使用したのは、独自の熟成方法によって使いづらい食材に付加価値をつけ、美味しくすることこそ料理人のあるべき姿なのでは?との思いから。また、海苔や柚子味噌を使用し、日本とフランスの食材の調和が取れるよう考えられています。
最後は、春菊や椎茸、紫蘇を使い、フランス料理に日本のエッセンスを取り入れた「パレスホテル」堀内亮シェフの「牛フィレのブリオッシュ」。センス溢れるルセット創作の経緯に、「フランスでの本選は冬の開催なので、その時、旬を迎える菊芋、トリュフ、ジャガイモなどを食材として選びました」とあり、世界大会を視野に入れた食材選びが印象に残りました。
ファイナリスト3名分の試食審査が終わり、採点に入りました。審査項目は、テクニック、デギスタシオン、ハーモニー、プレゼンテーションの4つで、各料理の最高点と最低点から平均点を算出し、その得点で順位を競います。審査員一同、己の感覚に全集中し、会場内には紙の上を鉛筆が走るサラサラという静かな音だけが響きました。どの料理も甲乙つけがたく、評価はバラけているようです。集計を出す間にファイナリストの3名が会場入りし、いよいよ結果発表となりました。
見事、最高得点を獲得し、来年1月に行われる「コンクール・アンテルナショナル」への出場権を得たのは堀内シェフ。サッポロビール事業部事業部長の三上氏より、第1位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ マチュザレム」、ファイナル準備金として2400€の小切手が贈られました。「自分では仕上げられなかった決勝戦でしたが、無事に勝つことが出来てよかったと思います。ここからが世界選に向けてのスタートだと思いますので、皆さま応援よろしくお願いいたします」と堀内シェフ。コンクールに出場すること自体が初めてだったそうで、最初から本選を意識していたのは「6年間フランスで修業をしてきましたが、日本のレベルは世界的にみても高水準なので、日本での優勝を目指すことイコール世界を目指すことと同義だ」と考えていたとのこと。この後、2位の神戸シェフ、3位の石井シェフにもそれぞれの順位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」が贈られました。
大会を終えた堀田氏に話を伺ったところ、「堀内シェフのソースが素晴らしく、メインも軽やかで、結果的に思ったとおりの順位になりました。今回、より審査の公平性を期すために点数制にして全審査員の前でひとりひとりの点数を発表する方式を取りましたが、皆さん自身の感性を信じて審査を行い、評価がバラけたのがよかったと思います。石井シェフと神戸シェフは惜しくも優勝を逃しましたが、この点数を励みに次回も頑張ってもらえたら」とのベストを尽くした3人にエールを送りました。
若きシェフの情熱と才能、フランスと日本の食材と調理法が美しく結実した料理を目の当たりにした日本大会。そこには、文化の壁を軽やかに越えていける今日の世界に必要な力が宿っていると感じました。彼らが創り出す料理は、今後もガストロノミーを通じて人々の心を動かし、新しい文化の礎となっていくことでしょう。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAO YAMAWAKI
お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
(supported by TAITTINGER)
2020年12月、『銀座ソニーパーク』に10ヶ月限定でオープンした『GEN GEN AN 幻 in 銀座』。
「こんな時代だからこそ何かに挑戦したかった。自分も含め、実験的な場にしていきたい」と話すのは、主宰する丸若裕俊氏です。
その第一回となる実験、それがゲリラ的に登場するフードトラック『Taki-Dashi』。
腕を振るうのは、パリで活躍する『MAISON』の渥美創太シェフです。
2020年、『MAISON』は、フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞を果たし、国内外で話題を呼んでいます。
「丸若さんとは10年以上前からのお付き合いなのですが、何か一緒にやりたいねってずっと話していて。ふたりの最初の仕事は、2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』でした。今回の仕事は、2回目です」と渥美シェフ。
今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』では、『MAISON』が新たに発足した『TOMETTE』名義にて参画し、主にアイスクリームやソルベなどのデザートや菓子などを開発します。
『MAISON』はレストランに対し、『TOMETTE』はプロジェクト。
「『MAISON』は、理屈抜きにお客様がおいしいと感じてもらいたい場所」と渥美シェフが言うも、その背景には溢れんばかりの想いが詰まっています。食材へのこだわり、生産者や農家とのつながりなどはその好例であり、「見える」キッチン以外にも、「見えない」多くの人、もの、ことが親和しているチームこそ『MAISON』なのです。
対する『TOMETTE』は、そんな見えない様々を可視化するプロジェクト。
伝えたい、共有したい、派生したい。
「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。
前出の通り、店舗では、アイスクリームやソルベなどのデザートがメインですが、「Colony」と題したピタパンも用意。これは、新型コロナウイルスによってパリがロックダウンした際、渥美シェフが医療従事者やホームレスの方々へ食事提供を行うボランティアに参加した時に作った料理です。
「パリには、ホームレスに無償で食事を提供しているレストランがあります。その発起人たちがスーパーの賞味期限が迫る食材を集める場所を郊外に作って、そこから仕入れるもので食事を作っていました。レストランと大きく違うところは、日々どんな食材が来るのかわからないことと食べ手が明確だということ。医療従事者は、エネルギーや神経を使うので、味を濃いめにしたり、どうすれば少しでも元気になってくれるのかを考えました。そこで作った料理のひとつがピタパンでした」。
与えられた食材で何が作れるか。今の環境に合ったもので何ができるか。どうすればおいしくなるか。毎日がライブなそれは、レストランとは違った思考であり、「シェフ・渥美創太」というよりも、「人間・渥美創太」という人格が現れた料理だったのかもしれません。
「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。
そして2020年末、様々な体験を経て臨む次なる舞台がフードトラック。
この日のために、渥美シェフは『MAISON』からパンやチーズ、エディブルフラワーなどのピクルス、鹿タンなどを持参。供される料理は、下記を予定しています。
「オープンサンド/栗粉の自家製薪窯パン 24ヶ月熟成コンテチーズ 春に漬けた花の酢漬け」(トリュフバージョンもあり)
「古代麦のリゾット/うなぎの出汁と茶」
「鹿タンと牡蠣のチレアンチョ煮込み」
「オニオンスープ ブルーチーズのせ」(トリュフバージョンもあり)
「ゴーフル」
(2020年12月25日現在も鋭意制作中のため、料理写真のご用意はありませんが、当日のお楽しみに!)
予定は未定の2日限りのステージ。しかし、唯一わかることがあります。
そこにはレストラン顔負けの本気の料理が待っています。
フードトラックだからといって侮るなかれ。どんなライブになるかは乞うご期待。
是非、銀座でパリを堪能いただきたい。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park地上フロア MAP
期間:12月26日(土)・12月27日(日)
営業時間:11:00〜19:00 ※無くなり次第終了
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
https://en-tea.com/pages/gengenan
1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA&」)参加。
http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1
2020年12月、『銀座ソニーパーク』に10ヶ月限定でオープンした『GEN GEN AN 幻 in 銀座』。
「こんな時代だからこそ何かに挑戦したかった。自分も含め、実験的な場にしていきたい」と話すのは、主宰する丸若裕俊氏です。
その第一回となる実験、それがゲリラ的に登場するフードトラック『Taki-Dashi』。
腕を振るうのは、パリで活躍する『MAISON』の渥美創太シェフです。
2020年、『MAISON』は、フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞を果たし、国内外で話題を呼んでいます。
「丸若さんとは10年以上前からのお付き合いなのですが、何か一緒にやりたいねってずっと話していて。ふたりの最初の仕事は、2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』でした。今回の仕事は、2回目です」と渥美シェフ。
今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』では、『MAISON』が新たに発足した『TOMETTE』名義にて参画し、主にアイスクリームやソルベなどのデザートや菓子などを開発します。
『MAISON』はレストランに対し、『TOMETTE』はプロジェクト。
「『MAISON』は、理屈抜きにお客様がおいしいと感じてもらいたい場所」と渥美シェフが言うも、その背景には溢れんばかりの想いが詰まっています。食材へのこだわり、生産者や農家とのつながりなどはその好例であり、「見える」キッチン以外にも、「見えない」多くの人、もの、ことが親和しているチームこそ『MAISON』なのです。
対する『TOMETTE』は、そんな見えない様々を可視化するプロジェクト。
伝えたい、共有したい、派生したい。
「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。
前出の通り、店舗では、アイスクリームやソルベなどのデザートがメインですが、「Colony」と題したピタパンも用意。これは、新型コロナウイルスによってパリがロックダウンした際、渥美シェフが医療従事者やホームレスの方々へ食事提供を行うボランティアに参加した時に作った料理です。
「パリには、ホームレスに無償で食事を提供しているレストランがあります。その発起人たちがスーパーの賞味期限が迫る食材を集める場所を郊外に作って、そこから仕入れるもので食事を作っていました。レストランと大きく違うところは、日々どんな食材が来るのかわからないことと食べ手が明確だということ。医療従事者は、エネルギーや神経を使うので、味を濃いめにしたり、どうすれば少しでも元気になってくれるのかを考えました。そこで作った料理のひとつがピタパンでした」。
与えられた食材で何が作れるか。今の環境に合ったもので何ができるか。どうすればおいしくなるか。毎日がライブなそれは、レストランとは違った思考であり、「シェフ・渥美創太」というよりも、「人間・渥美創太」という人格が現れた料理だったのかもしれません。
「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。
そして2020年末、様々な体験を経て臨む次なる舞台がフードトラック。
この日のために、渥美シェフは『MAISON』からパンやチーズ、エディブルフラワーなどのピクルス、鹿タンなどを持参。供される料理は、下記を予定しています。
「オープンサンド/栗粉の自家製薪窯パン 24ヶ月熟成コンテチーズ 春に漬けた花の酢漬け」(トリュフバージョンもあり)
「古代麦のリゾット/うなぎの出汁と茶」
「鹿タンと牡蠣のチレアンチョ煮込み」
「オニオンスープ ブルーチーズのせ」(トリュフバージョンもあり)
「ゴーフル」
(2020年12月25日現在も鋭意制作中のため、料理写真のご用意はありませんが、当日のお楽しみに!)
予定は未定の2日限りのステージ。しかし、唯一わかることがあります。
そこにはレストラン顔負けの本気の料理が待っています。
フードトラックだからといって侮るなかれ。どんなライブになるかは乞うご期待。
是非、銀座でパリを堪能いただきたい。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park地上フロア MAP
期間:12月26日(土)・12月27日(日)
営業時間:11:00〜19:00 ※無くなり次第終了
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
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1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA&」)参加。
http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1
1966年開館、銀座のシンボルのひとつだった「ソニービル」は2017年に幕を閉じ、2018年に「銀座ソニーパーク」として開放しました。
その名の通り、公園のそこは、散歩を楽しんだり、お弁当を食べたり、はたまた通り抜けをしたり……。誰もが自由に使える場としてはもちろん、様々な表現を通して世間に驚きも与えてきました。
振り返れば、「買える公園」をコンセプトにプラントハンター・西畠清順氏がプロデュースした「アヲ GINZA TOKYO」やデザイナーであり音楽プロデューサー、ミュージシャンなど、様々な顔を持つ藤原ヒロシ氏をディレクターに迎えた「THE CONVENI」は、その好例と言って良いでしょう。
銀座の一等地は、変化し続ける壮大な実験の場となったのです。
そして、2019年12月、新たな実験が始まりました。
『GEN GEN AN幻 in 銀座』です。
前述、「ソニービル」が幕を閉じた2017年当時、『GEN GEN AN幻』は、渋谷に茶葉店を開業。以降、国内外から注目を集めています。
理由は、茶葉から作るその高い品質しかり、空間の表現力も大きな役割を担っています。お茶の世界とは似つかぬサブカルチャーを彷彿とさせるアンダーグラウンドな店内には、カセットテープがひしめく演出が成され、これまでになかったお茶との邂逅を体験できます。
主宰するのは丸若裕俊氏です。その活動は多岐にわたり、お茶屋だけでなく、日本各地で培われてきた伝統工芸や工業技術を再構築し、新たな提案も行なっています。
2016年に開催された「DINING OUT ARITA & with LEXUS」でもその手腕は発揮され、クリエイティブ・プロデューサーも担いました。そして、シェフを務めた人物は、フランスを拠点に活躍する渥美創太氏。
現在は、自身初となるレストラン『MAISON』のオーナーシェフでもあり、今回の『GEN GEN AN幻』では、『MAISON』が新たに発足したプロジェクト「tomette(トメット)」として、お茶に合う菓子を開発しています。
つまり『GEN GEN AN幻』は、『ONESTORY』としてゆかりのあるふたりが交錯する舞台でもあるのです。
「アヲ GINZA TOKYO」、「THE CONVENI」、『GEN GEN AN幻 in 銀座』。そして『DINING OUT』。
全てに共通していることは、消えること。
実は、「銀座ソニーパーク」自体も「新ソニービル」が着工するまでの場であり、消えてしまいます。期日は2020年秋まででしたが、新型コロナウイルスによってそれは延長され、現在は2021年9月までを予定。
『GEN GEN AN幻in 銀座』が与えられた命も同様になります。
10ヶ月間、どんな変化が待っているのか、どんな現象が起きるのか。
『GEN GEN AN幻in 銀座』が消えるまでを定点観測していきます。
Photograph:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
https://en-tea.com/pages/gengenan
【年末年始のお知らせ】
平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。
誠に勝手ながら下記期間を年末年始休業とさせていただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
2020年12月29日(火)~
2021年1月4日(月)まで
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
※ 2021年1月5日(火)より、通常業務を開始します。
※ 休暇中のお問合せにつきましては、
2021年1月5日(火) 以降に対応させていただきます。
大変ご迷惑をお掛けいたしますが、
何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
| 着丈 | 肩幅 | バスト | 裾回り | ウエスト | 袖丈 | 袖口幅 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| S | 65.3 | 45.7 | 102.6 | 92.4 | 96.6 | 63.5 | 14 |
| M | 66 | 47.8 | 109.2 | 95.6 | 99 | 64 | 14 |
| L | 67.3 | 49.3 | 114.4 | 106.6 | 109.2 | 64.5 | 14 |
| XL | 67.8 | 49.8 | 118.4 | 107.6 | 111.8 | 65 | 15 |
| XXL | 68.1 | 50.3 | 124 | 113.8 | 116.8 | 66 | 15.2 |
11月の日曜日、大崎町のさまざまな産地を見てまわった大野尚斗シェフは、朝から大崎町公民館の料理講習室にいました。大崎町ならびに周辺の市町の人たちを集めた料理教室を開催するためです。
大崎町の食材を、世界中のレストランで腕を磨いてきた大野シェフと一緒に料理する。特別な料理教室開催のきっかけは、大野シェフが「大崎町の食材の魅力を、じつは住んでいる人たちがあまり知らないんです」という声を聞いたのがきっかけです。
「ふるさと納税の効果もあってウナギのことは知っていると思うのですが、それ以外の食材のことを地元の方々が知らないのはもったいない。胸を張って自分たちの地域の食材を自慢できた方がいいですよね? それならおいしく料理をして食べてもらわなきゃ」と大野シェフが提案したのでした。
さらに種牛から一貫して大崎町で育てられた「大崎牛」の塊肉、ウナギの養殖池で育てられたスッポンを料理教室のメイン食材にしたいと大野シェフ。大崎町の2つの大きな産業である養鰻業と畜産業を見学するなかで、時代の変化によって生まれた課題があることを知った大野シェフが、料理人がもつ知識と技術で「おいしく」解決したいとメニューを考えます。
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大崎牛の塊肉を、一般家庭でも焼ける方法をお教えしたい。そんな想いを大野シェフが抱いたのは、大崎町内の焼肉店「肉のたかしや」で大崎牛の試食をしていたときでした。
肉のたかしやは、繁殖から肥育を一貫して行う前田畜産の前田隆氏の長男、隆博氏が町内で営む店。大野シェフは事前に、ロースやヒレ、肩ロースといった部位ではなく、カイノミ(ヒレに近いバラ)、ランプ(腰)、マクラ(前脚のスネ)といった希少部位の試食をリクエストしていました。
「ロースやヒレばかりが売れる一方で、他の部位がなかなか売れないという問題があります。すこしでも料理人の力で、そういった部位にも価値をつけていきたい」と大野シェフ。塊肉のまま焼き込んで、各部位の特徴を確認していきます。「塊肉で焼くと肉の旨味が逃げづらいので、焼き肉とは違ったおいしさがあります。また、塊で焼くことで大崎牛のきれいな赤身と脂の味が伝わるんじゃないかな」と大野シェフはいいます。
また「現在、大崎町では肥育農家さんが少なく、人工授精から出荷までを一貫して大崎町で行うには、規模がとても小さいというのが実情です。今後、羽子田さんや町と連携して肥育できる環境を整え、大崎牛としてのブランド力をもっと上げていきたいです」という隆博氏。
大崎牛が目指す一貫した畜産環境のヴィジョンを聞いた大野シェフは、「子牛を地域外から買い、肥育だけを地域でしたブランド牛が主流ですが、種牛から繁殖、肥育までを大崎町で行えるのは魅力的です。この土地の気候風土がDNAにまで埋め込まれているなんて、ほかにない価値があると思います」と、大崎牛のこれから描こうとする物語に強く共感。貴重な大崎牛のすべての部位を余すことなく使っていくためにも、料理教室では家庭でできる方法で塊肉を焼くことに決めました。
環境省は、2013年にニホンウナギを「絶滅危惧IB類」(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)としてレッドリストに掲載しました。翌2014年には、国際自然保護連合(IUCN)もレッドリストに掲載しています。
国内のシラスウナギの水揚げ量は、過去最低を記録した2013年以降、漁獲管理を中心とした資源保護に国や自治体、養鰻業者が取り組んでいます。しかし、生態のすべてが未だ解明されていないウナギの資源回復は、それだけでは難しく、なかなか効果が見えてきていません。
年によってシラスウナギを捕獲する量が大きく異なり、安定した生産ができづらくなってきている状況下で、大崎町の養鰻業者「鹿児島鰻」では、空いたウナギ用の池を利用できるスッポンの養殖を2018年から開始。これからより不安定になっていくと考えられる養鰻業を支える新しい事業として、今年から出荷が始まりました。
体長30センチ。1キロほどになったスッポンは、都市の料亭などに販売しているといいます。しかし一方で、スッポンの養殖のノウハウがまったくなく始めたことで、同じ生育期間でも大きさが異なる、たとえば個体が50センチにもなることも。その大きさでは料亭に引き取ってもらうことができず、売り先がなくなってしまう問題ができているのです。
「スッポンの出汁は、日本料理ではない僕のようなフランス料理人でも使ってみたいと思うはずです。スッポンでコンソメをひいたらおいしいかも。それなら個体の差は関係ないので、規格外のスッポンも使うことができます」と大野シェフ。町内の居酒屋「大野商店」に移動し、店主で日本料理人の大野貴広氏から、スッポンの捌き方を教わり、初めてのスッポン料理で料理教室に挑みます。
料理教室は大崎牛からスタートしました。イチボと三角バラの塊肉をフライパンで焼き始めます。「家庭でも簡単に再現できるように」と、今回はオーブンを使わず、フライパンとアルミホイルだけで塊肉を焼いていきます。表面にしっかり焼き目をつけたら、アルミホイルに包んで15分ほど放置し、余熱で火を入れていきます。「ええ、これだけですか??」と参加者から驚きの声があがります。
スッポンは、前日に仕込んでおいたコンソメ(フランス料理で澄んだスープのこと)を使います。コンソメは、素材を長時間煮出すことで旨味や香りだけを抽出する料理。とくに素材の良さや下処理の丁寧さがそのままスープに出てくるので、とても手間がかかります。それでも「スッポンの良さを知ってもらうには、コンソメが一番」と大野シェフは、時間をかけて旨味を引き出しました。
大野シェフは、このスッポンのコンソメでリゾットを作ります。その前に、まずは全員でスッポンのコンソメを味わいます。「スッポンの臭みがまったくなくて、すごくきれいな味!」と、初めてのスッポンのコンソメに参加者は驚いた様子。他にも、大崎町で栽培された不知火の鹿児島県ブランド「大将季(だいまさき)」のカルパッチョなども生徒と一緒に作ります。そして最後にアルミホイルで包んで休ませておいた大崎内のイチボと三角バラの仕上げに取り掛かります。
肉をアルミホイルから取り出し、バターを溶かしたフライパンに投入。弱火にかけながら、溶かしたバターを泡立てるように空気を入れながらフライパンの中でまわしかけていきます。肉の中心までやさしく火をいれながら、バターの香りをまとわせる、フランス料理の加熱技法「アロゼ」です。
フランス料理の醍醐味といえる技法に、「かっこいい!私もやってみたい」と参加者の一人の岡本昌子氏。大崎町の隣、東串良町で料理教室「ゆいまーる」を主宰する岡本氏は、「塊でお肉を焼くとこんなにおいしいんですね。今まで塊肉は敬遠していたのですが、意外と簡単だったので、ぜひ家に帰って焼いてみたい」と、塊肉を焼く楽しさとおいしさに、魅了されたようです。
「いちばんよかったのは、料理教室の雰囲気。みなさんが楽しんでいただけたのが僕としてもうれしかったです。知らなかった大崎町の食材を地域の方に味わっていただけて、みなさんからも大崎町の魅力を発信してほしいです」と話した大野シェフも手ごたえを感じていたようです。
食材だけでなく、食材を作る生産者、そして大崎町で暮らす人との交流も生まれた5日間の旅。地球環境の変化や急激な過疎化による後継者不足や財源不足など、さまざまな課題に直面している地域の苦労と、それを乗り越えようとするエネルギーも肌で感じることができました。「この旅が始まりになるように」といった大野シェフの言葉が象徴するように、シェフと地域との結びつきの中から、「食」をテーマにした地域復興・地域アップデートが進むことを十分に予感させる。そんな旅になりました。
1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
(supported by 大崎町)
「湯を汲む」、「茶を淹れる」。
一滴の液体に価値を付加し、思考を促す場。 茶と茶菓と、酒を等しく扱うこれまでになかった場。
それが『万yorozu』です。
主人は、徳淵 卓氏。
「1服の玉露、あまりに衝撃的だったその美味しさに導かれ、“茶”を自らの進む道と決めました」と話します。
現代の茶室とも形容できるそこは、カウンター中心の茶酒房。そのあり様は、かつて存在した「日本茶カフェ」とも「バー」とも異なります。
深い知識と日々のたゆまぬ研鑽が生む味わい、それを決して前には出さぬおもてなし。『万yorozu』には、そんな日本の美意識が凝縮されています。
2012年、福岡市中央区赤坂に開業以降、その評判は徐々に広まり、国内外から炉を囲むカウンターにゲストが集います。
しかし、2020年、誰もが予想しなかった新型コロナウイルスにより、世界的に日常は奪われてしまいました。自由に旅ができなくなってしまったことをはじめ、自粛や緊急事態宣言。視野を広げばロックダウン……。
その間、『万yorozu』はどう過ごしていたのでしょうか。その答えは、実に前向きでした。
「リモートやオンラインショップなど、お客様との関わり方は変わりましたが、コミュニケーションはより人と人の繋がりが深く、親密になった様に感じます。ありがたいお言葉を頂戴することが多く、感謝しかありません」。
以前、『万yorozu』は午後3時から営業していましたが、現在(2020年12月)は、正午からオープンし、24時閉店。 また、オンラインショップを開設し、茶葉の購入も可能としました。
そんな『万yorozu』が人を惹きつけてやまない最大の魅力は、やはり集い。用意されたメニューの最初のページがそれを物語っています。
「人々が集い、出逢う茶屋でありたい。人々が語らい、愉しむ、酒場でありたい」。
この言葉通り、酒もまた茶同様に、この場に訪れた人々をもてなす大切なもののひとつ。
シャンパーニュをはじめとするワイン、日本酒、スピリッツ類と幅広く揃い、それぞれのセレクトに徳淵氏の審美眼と提案が光ります。更に「茶酒」の提案も用意。読んで字のごとく、それは茶を使ったカクテルのことです。玉緑茶のマティーニ、野草茶のカクテル、更には炒りたての焙じ茶で作るハイボール……。どれもとびきりの茶が使われているのは言うまでもないことですが、甘みの効かせ方、アルコールのボリューム感と香りのバランスなどからカクテルメイキングの技術の高さも感じさせてくれます。
1日も早く、それをもう一度体験したい。そう願う人は世界中にいます。
「一服、一煎、一献のお茶とお酒で不安な日々を忘れさせるよう、ごくわずかな時でも皆さまにより豊かなお茶の時間を過ごして頂けたらと常に考えて模索しております」。
以前の取材では、「必要最低限の道具さえあれば、どこでも茶が点てられる。茶の魅力を、そして日本の心を海外の方に知って頂ける機会があるのならば、どこにでも出かけていきたい」と徳淵氏は話していました。
「どこでも茶が点てられる」、「どこにでも出かけていきたい」。どこでも……という日常はいつ戻ってくるのか、まだ知る人はいません。
「誰もがはじめてのことで情報収集や対応に追われて正確な答えは未だ手探りだと思います。誰かに頼ることよりもまずは自分たちでできることから考えて行動していき、お客様へより安全な商品を提供できたらと思います。まだまだ不安な日常が続きますが、『万yorozu』が微力ながら皆様により良い時間をお過ごし頂けるよう努めてまいりますので引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます」。
住所:〒810-0042 福岡県福岡市中央区赤坂2-3-32 MAP
電話:092-724-7880
http://www.yorozu-tea.jp/
Text:YUICHI KURAMOCHI
浅草寺を抜けて、言問通りを渡ると、浅草の町はがらりと印象を変える。各国の旅行者であふれるにぎやかさは消え、整然とした通りに、こぢんまりとした飲食店や商店が点在する、落ち着いた住宅街といった雰囲気だ。この浅草の町で生まれ育った荒井昇さんがシェフを務めるレストラン「オマージュ」は、この静かな町なかにある。
今日いただく料理は、ビーツとキャビアの一品だという。厨房にお邪魔して調理の工程を見せていただく。ホイル包みにし、オーブンで一時間半ローストしたビーツを、ブナの木のチップでスモークし、それを細かく切っていく。ビーツの色鮮やかさにも驚くが、広がるスモークの香りの強さにも驚く。細かく細かくカットされていくビーツの、紫色に近いような深い赤は、ローストされただけなのに、ゼリーや飴のように加工されたうつくしさに見える。
そのビーツに、粒くらい細かくカットされたエシャロット、ペースト状のケッパー、ホースラディッシュを加えて混ぜこみ、塩、エクストラバージンオイル、白胡椒をかける。
セルクル(円形の型)に、ビーツ、キャビアを交互に重ねて抜くと、ケーキみたいなうつくしい一品になる。その上から冷たいヴィシソワーズをかけていく。
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一口食べて、まずは言葉が出てこない。今まで食べたことのないものだ、ということだけがわかる。コントドシャンパーニュを一口飲み、また料理を一口食べて、ああ、おいしいとしみじみ口をついて出る。キャビアの塩気と香り、立ち上るスモークの香ばしさ、ビーツのほんのりした甘みと滋味深さ、ヴィシソワーズのクリーミーなやさしさが、みごとに調和している。ビーツのつぶつぶ感とキャビアのつぶつぶ感も、混じり合ってものすごくおいしい。
そのあとでシャンパーニュを飲むと、きりっとひきしまった味が際立つ。食べていると、ビーツの赤い色がスープに溶け出して、ヴィシソワーズがピンク色になっていくのもおもしろい。それにしても、ボルシチ以外でビーツを食べたことのなかった私は、ビーツっておいしいんだ、と感動した。口に残ったつぶつぶの一粒まで、おいしい。
テタンジェに、どうしてこの料理を合わせようと思いついたのか、荒井さんに訊いた。コントドシャンパーニュを飲んだときの印象が、大地の力強さと、泡のクリーミーさだった、そこからの発想だと荒井さんは言う。畑の作物ビーツと、海の恵みキャビアを組み合わせて、スモークで中和させる。さらに、テタンジェと料理をいっしょに味わうことで双方の味が微妙に変わっていくのがおもしろいと思い、ヴィシソワーズの色の変化をそれに重ねてみた、とのこと。発想の柔軟さ、ゆたかさにびっくりする。
フランス料理の道に進んだのはたまたまだった、という荒井さんは、フランスの星つきレストランでもフランス料理を学び、2000年に自身の店をオープンさせた。フランス料理の伝統に敬意を払うことを信念としている。どんなに独創的な発想も、重厚なフランス料理を礎にしている。
もう少し若いときは、頭のなかで思い描いて組み立てた味は、九割がた、そのままを実現できると思って調理していたけれど、今は、茹でかた、切りかた、火の通し具合、素材の組み合わせ、すべてにおいて試行錯誤をくり返し、それをスタッフ全員で共有することをだいじにしている、と話す。
荒井さんの話のなかで興味深かったのが、2010年前後の、考えかたの変化についてだ。フランス料理に求められるものが、そのあたりから変化してきたと荒井さんは感じたのだそうだ。「これがフランス料理」という大きな枠ではなくて、もっとパーソナルなものが求められているように感じた。作り手の荒井さんも、料理における自分の表現のありかたを今まで以上に模索するようになった。あくまでもフランス料理の基礎をだいじにしながら、「今」のおいしさにアプローチしていきたい。そう思うようになって、作りたいものが明確になってきたという。料理の個性が、よりはっきりしてきたということなのだろう。
荒井さんが感化されたフランス人シェフの言葉に、「料理人よ地元に帰れ」というものがある。地元の市場で食材を買い、地元の食に貢献せよ、ということだ。店名の「オマージュ」は、荒井シェフの抱く、食材への、生産者たちへの、ともに働くスタッフたちへの、フランス料理という世界への、そして生まれ育ったこの浅草への、すべてへの敬意をあらわす店名なのだろう。
住所:東京都台東区浅草4-10-5 MAP
TEL:03-3874-1552
http://www.hommage-arai.com
1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で第18回野間文芸新人賞、1998年『ぼくはきみのおにいさん』で第13回坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で1999年第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年第22回路傍の石文学賞、2003年『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞。2006年『ロック母』で第32回川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で第2回中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で第22回伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で第25回柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私の中の彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。
お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
Photographs:KOH AKAZAWA
(supported by TAITTINGER)
日本各地を旅しながら食材と、生産者を巡る日々を続けている若き料理人・大野尚斗シェフが向かったのは、"食材未開拓の地"鹿児島県大崎町。
大崎町中央公民館の郷土資料展示室には、『牛馬改帳』という江戸時代の調査報告書が展示されています。幕末の1864年(元治元)にまとめられたもので、当時の農耕従事の様子を知ることができる貴重な資料です。これによると大崎町には当時、42頭の牛馬がいたことが書かれており、古くから牛や馬が地域の暮らしのなかにありました。
そんな農耕具として牛を飼っていた歴史をもつ大崎町では畜産業が盛んです。畜産業は、種牛の精子を買って母牛に受精させ、妊娠、出産、仔牛の育成までを行う繁殖と、仔牛を買いとって出荷まで育てる肥育に分かれており、とくに大崎町では、繁殖農家が多いのが特徴。そのため大崎町の隣、曽於市には「曽於中央家畜市場」があり、子牛の出荷頭数は、日本一を誇ります。
さらに畜産の町、大崎町のもう一つの特徴は、家畜人工授精所として全国に名を知られる「羽子田人工授精所」があることです。体が大きくサシが入りやすい種牛を育て、その精子を採取して全国の繁殖農家に販売するのが、家畜人工授精所の役割。羽子田人工授精所は、1962年の創業で、種牛界のスーパースター「隆之国」を生むなど、全国的に評価の高い人工授精所です。現在は「隆之国」の子「隆安国」の種も評価が高く、全国の肥育農家から注文が殺到。出荷が2カ月待ちになっているといいます。
2003年生まれで、今年17歳の隆之国に対面した大野シェフ。種牛としての役目を終えて“隠居暮らし”をしていますが、「風格が違う!」とレジェンドとしてのオーラを感じとっていました。
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肉牛の人工授精から繁殖、肥育を大崎町内で行える土地の利を活かしたブランド和牛を育てたい。そんな羽子田氏の思いから生まれたのが「大崎牛」です。
コンセプトは「大崎町で生まれ育った牛」であること。そのため大崎牛は、三代祖、つまり曾祖父にあたる種牛までが、羽子田さんの人工授精所で生まれ育った種牛であることを「大崎町生まれ」の条件にしています。
地域の名前がついた和牛は多くありますが、その多くは子牛を他の地域から買って肥育だけを地域で行っているのが実情です。大崎牛のように種牛までも同じ地域で育てているのはひじょうに珍しい例。大崎牛には、この地域の気候風土が“DNA”にまで刻まれているのです。
もともと繁殖が盛んで肥育農家が少ない大崎町ということもあって、生産量の拡大を含む大崎牛のブランド化はこれから本格化していきます。そのカギを握るのが、繁殖と肥育を一貫して行う前田畜産です。
前田畜産は、繁殖180頭、肥育200頭、子牛80頭を育てる地域でも有数の規模をもつ農場。「昔は、大崎町にも肥育農家がいたんですが、どこも20頭程度の小さな規模。それでも当時は、多い方だったんだよ。みんなやめちゃって、今では肥育をやっているのはウチくらいじゃないかな」と、長く地域の畜産を見てきた前田隆氏は言います。現在は、隆氏が肥育、次男の喜幸氏と三男の龍二氏が繁殖を担当。親子2世代で農場を守る前田畜産にとっても、大崎牛は大きな可能性を秘めているものです。
鹿児島県には「鹿児島黒牛」という県産ブランドがありますが、その規定では、「種牛から大崎町産」という大崎牛の価値は評価されず、鹿児島黒牛というブランドでひと括りされてしまいます。大崎町の畜産の特異性が正当な評価を受けることで、地域の畜産を盛り上げる。大崎牛は、そうした地域復興も可能にする前田氏一家の希望でもあります。
「種牛から大崎町で育った牛というのは、これまでのブランド和牛とまったく違う」と大野シェフ。「牛とともにある暮らし」が古くからあったからこそ生まれた大崎牛のストーリーに刺激を受けたようです。
大崎町は、2019年1月14日に、住民参加による低コストかつ持続可能なリサイクル事業の国際展開と人材育成を中心にSDGs型リサイクル地域経営を目指す「大崎町SDGs 推進宣言」を発表しました。
環境省の「一般廃棄物処理実態調査結果」で12年連続資源リサイクル率全国1位を達成した大崎町では、家庭から出るゴミを27品目の分別を行なうことで、83.1%のゴミを資源に“再生”し(全国平均は約20%)、経済的利益と町内の雇用を創出。大崎町のリサイクルシステムは、世界からも注目されています。
大崎町では、こうした取り組みで得た利益で、若者の地元Uターンを促進するためするための「大崎町リサイクル未来創生奨学ローン」を設立し、大崎町の未来を創る若き人材に投資。2013年から始めている「ふるさと納税」も、町の持続性のために使われています。とくにこの旅で訪れた、養殖ウナギの加工品の返礼品が人気となり2015年にふるさと納税による納税額が全国4位に。返礼品は、今回の旅で訪れた大崎牛やハチミツ、南国の気候で作られるマンゴーなど、“食材の宝庫”にふさわしい品物ばかりです。
少子化が進む地方自治体にあって「住民がずっと住み続けられる町」であることが、大崎町が目指すヴィジョンだと大崎町企画調整課の竹原静史氏はいいます。必要なのは、地域の雇用を生み、優れた人材を大崎町に集めること。そのために、ゴミのリサイクルやふるさと納税といった税収以外の財源を活用することで、Iターン、Uターンを促進し、可能な限り地域内で人材や資源が循環するような新しい地方自治外のモデルを作り上げようとしています。
大崎町では、月に1度、三文字地区の商店街で、「おおさきチャレンジ朝市」が開催されています。200メートルほどの商店街に30店ほどの市が並びます。町内の飲食店や商店のほか、町外からの出店もあり、ふだんはひっそりとした町がこの時ばかりは活気づきます。
滞在中に開催されていたこともあり、大野シェフとともに朝市を歩いてみると「食べていってよ!」「どこから来たの?」と、気さくに声をかけてくれます。都会にはない、人と人の温かい交流。「大崎町に5日間滞在して思ったのは、みなさん本当にやさしい。それが食材にも町の雰囲気にも出ています」と大野シェフはいいます。
アットホームで活気がある朝市を歩いていると、大崎町が掲げる大きなヴィジョンの達成は、この景色を未来まで残すためにあることに気づきます。そしてそれは、拡大から継続へ、社会の価値観が大きく変わろうとしている現代において、地方自治体が自立する大きな先例になるのではないでしょうか。
大崎町の取り組みを「食」を通じて応援していけることは、シェフにとっても、食という文化を愛する人にとっても大きな誇りになるはずです。
1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
(supported by 大崎町)
11月7日(土)、「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画第1弾として、フードエッセイスト・平野紗季子さんと菓子研究家・長田佳子さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1』が開催されました。参加したのは、応募総数200名以上から約40倍の応募抽選を勝ち抜いた幸運な5名。スタジオと参加者5名の自宅キッチンをオンラインでつないで行われました。
「新潟ウチごはんプレミアム」は、自宅で新潟の食材を楽しむためのポータルサイト。レシピ動画の公開のほか、さまざまなオンラインイベントを紹介しています。今回の料理教室では、終始インスタライブのような和やかな空気を共有でき、全員がリラックスしてお菓子作りに取り組むことができました。受講者が使い慣れたいつものキッチンと道具で調理できるのも、オンライン教室の魅力です。
平野さんと長田さんは新潟特産の「おけさ柿」に注目しました。ふたりにとって、柿は果物の中でもずっと気になっていた存在だったと言います。
「最近の果物屋さんは、本当にいろんなフルーツがあって華やかですよね。そんな中で、柿ってちょっと地味じゃないですか。でも、ものすごくおいしいし、あの心地いい甘さとすっきりした後味って、ほかに代わるモノないって思うんですよ。新潟ではいろんなおいしい果物が穫れるけど、長田さんのやさしいお味のお菓子には柿が合うんじゃないかなと思って」と平野さんは話します。
「私も柿は大好きだけど、お菓子の材料として選ぶことは少なかったんです。。柿っておもしろい果物で、パリパリいうくらい硬いものも、じゅくじゅくになった完熟のものも、それぞれにおいしいですよね。そんな熟し方の違いもお菓子で表現できたらおもしろいなと思っていたので」と長田さん。二人の興味がピッタリ合ったのが柿だったのです。
今回、新潟で見学した畑で大きく実った旬の「おけさ柿」を用意しました。そして、工場を訪ねた「ヤスダヨーグルト」の製品を使って、長田さんはふたつのレシピを用意してくれました。
【関連記事】NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1/平野紗季子×長田佳子 抽選で限定5名が参加できる「オンライン料理教室」を開催
ひとつ目のレシピは「柿のタルト」。ヘーゼルナッツが香ばしい生地にキャラメリゼした柿をたっぷりとのせた贅沢な一品。ローズマリーの香りと、サワークリームのほのかな酸味があるクロテッドクリームが、全体を華やか、かつまろやかに調和します。
ふたつ目のレシピは「柿のネクター」。ネクターとは果実をすりつぶして作るドリンクのこと。ヤスダヨーグルトに柿のピューレをたっぷりと加え、カスタードクリームでアクセントをつけています。このカスタードクリームは、牛乳の代わりにヤスダヨーグルトを使い、ハーブティーなどに使われるエルダーフラワーで香りづけをしているのが特徴です。
これらのレシピは、「おけさ柿」の原木を取材した際のインスピレーションから生まれたとのこと。平野さんは、スマホで現地の写真を見せながら振り返ります。
「おけさ柿の原木は柿の木としてはものすごい大木なんだけど、普通の住宅地に1本だけすっくと立ってるんですよ。老木なのに、枝振りは力強くて、ちゃんと実もなっていて。どこか神秘的で、ふたりでずっと見とれちゃったんだよね。すると、どこからかローズマリーと金木犀の香りが漂ってきて……」(平野さん)
「あのなんとも言えない不思議で心地いい体験をレシピに表現できたらいいね、なんてことを帰り道で話したりして。そんなわけで、今回、ローズマリーと金木犀のニュアンスが感じられるエルダーフラワーを加えてみることにしたんです」(長田さん)
長田さんのお菓子は、身体への負担がなるべく少ない配合と調理法によって、素材の持ち味が引き出されています。素材を生かすために引き算されているから、工程もシンプルでお菓子作りのビギナーでも無理なくチャレンジ可能。5名の参加者も、見事に完成させることができました。
そして、試食タイム。
「柿のタルト」をほおばった平野さんは、おいしさにしばし唸ったあと「佳子さん、天才!」と一言。「よく柿を焼こうと思ったね。農家の人にもあれだけ熱を加える調理はご法度だと言われたにもかかわらず、に」
渋柿である「おけさ柿」は渋抜きの工程を経てから出荷されています。渋抜きといっても、じつは渋味成分であるタンニンは柿の中に残ったままで、人間の舌が感じないような処理がされているだけ。言わば、人間の舌を騙す状態になっているだけであり、熱を加えるとその渋味が戻ってしまうということを、ふたりは現地取材で学んでいたのでした。
長田さんはあえて渋柿に熱を加えるというチャレンジをしました。
「熱を加えても渋くならないギリギリ大丈夫な線があるはず、と思ったんです。逆に君はまだ甘いよって柿を騙せるギリギリのところが(笑)。実際に調理して、ここまではOKという線を見つけられたので」と長田さんは飄々としています。
このレシピには、柿農家の方たちもきっと驚くことでしょう。
「柿のネクター」を味わった平野さんは、またもや興奮しています。
「これ、すんごいヤスダヨーグルトに柿、カスタードクリーム、そしてエルダーフラワー! ワタシ、材料名しか言っていない(笑)。それぞれ単体でおいしいものが、一緒になって何十倍も美味しくなってるの」
参加者からも新鮮な体験になったという声が上がりました。参加者のひとり、新潟出身の方のコメントが印象的でした。
「長岡の出身なので、おけさ柿もヤスダヨーグルトもとてもなじみ深い食材でしたが、そのまま味わったことしかありませんでした。ずっと親しんできた食材が思いもよらないおいしいお菓子になって、とても楽しい体験になりました。そして、地元出身者として、本当にうれしかったです」
新潟の食を再発見し、その魅力を料理体験を通して分かち合ったひととき。みんなの笑顔がその充実ぶりを物語っていました。
材料
《タルト生地》
*米油30g(菜種、ひまわり油などでも可)
*水5g ※水と油を一緒に小さなボウルにはかっておく。
*きび砂糖15g
*薄力粉75g
*天然塩ひとつまみ
*皮付きヘーゼルナッツ20g ※170度で8分焼き皮をむきミキサーで細かく砕いておく
《クロテッドクリーム》
*サワークリーム45g
*生クリーム15g
《デコレーション》
*柿1個(固めのもの)
*バター5g (同封済み)
*きび砂糖5g
*フレッシュローズマリー1枝
手順
1.タルトをつくる。ボウルに薄力粉、きび砂糖、塩、ヘーゼルナッツを入れ、軽くゴムベラで混ぜる。
2.別のボウルに水と米油をいれ、1に加えたらゴムベラでひとまとまりになるまで混ぜる。
3.2の生地をクッキングシートにおき、めん棒で12cm程度の円形に平らにのばしたら生地の真ん中にフォークで穴を開け、鉄板にうつし170度で28分~30分を目安に焼きよく冷ましておく。
4.柿の皮をむき、ヘタもとったら12等分にカットし、フライパンにきび砂糖、バターを入れて溶けたらローズマリーと柿を入れて表面をキャラメリゼするように焼く。
5.クロテッドクリームをつくる。ボウルにサワークリームと生クリームを入れゴムベラでなじませたら、星の口金をつけた絞り袋にいれてタルトに絞る。
6.5の真ん中に4の柿を並べたら完成。
材料
*完熟柿1個
*ヨーグルト200g程度
*エルダーフラワーひとつまみ
*卵黄1個
*薄力粉5g
*黄色系のエディブルフラワー
手順
1.柿を洗い、皮をむき、ミキサーでピューレにし冷蔵庫で冷やす。
2.ヨーグルトカスタードをたく。鍋にヨーグルト100gとエルダーフラワーをいれ弱火で温める。
3.ボウルに卵黄をいれ、薄力粉を加え、ホイッパーでよくかき混ぜ、2を加えたらしっかりかき混ぜ、鍋にこしながら戻す。
4.3を弱火で、プルンとするテクスチャーになるまでたき、たけたらボウルに入れて冷蔵庫で少し冷やす。
5.器に、残りのヨーグルト、柿のピューレ、カスタードソースを加え、最後にエディブルフラワーを飾る。
登場した商品は、こちらから購入できます。
※おけさ柿の出荷時期が毎年10月上旬〜11月上旬のため、現在は加工品のみ購入可能です。 (時期によって取り扱いしていない場合もございますのでご了承ください。)
1991年福岡県生まれ。小学生時代から食日記をつけ続け、大学生時代に日常の食にまつわる発見と感動を綴ったブログが話題になり文筆活動をスタート。雑誌等で多数連載を持つ他、イベントの企画運営・商品開発など、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。最新作は『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(マガジンハウス)。Instagram:@sakikohirano
レストラン 、パティスリーなどでの修業を経て、現在は「foodremedies」(「レメディ」とは癒しや治療するという意味)という屋号で活動。ハーブやスパイスなどを使ったまるでアロマが広がるような、体に素直に響くお菓子を研究している。著書に『foodremediesのお菓子』『全粒粉が香る軽やかなお菓子』(文化出版局)などがある 。Instagram:@foodremedies.cac
Photographs:JIRO OOTANI
Text:KOH WATANABE
(supported by 新潟県観光協会)
10月下旬、鹿児島県東部の町、大崎町を訪れた新進気鋭の料理人・大野尚斗シェフは、町の主要産業の一つである養鰻業から食材の旅を始めます。しかし、なぜか最初に向かったのは国定公園の一部にも指定されている「くにの松原」の美しい砂浜。志布志湾を臨む白砂青松の海岸とウナギの養殖にどんな関係があるのでしょうか。
薩摩藩が治めていた志布志湾には、フィリピン北東から東シナ海、鹿児島県沖を北上して黒潮が流れ込んでいます。さらに一級河川の肝属川のほか、田原川や菱田川といった河川によって山の栄養も運びこまれ、藩政時代から「本藩中漁利を得るの多き」(『三国名勝図会』)とうたわれる好漁場だったそうです。この豊かな湾を目指して黒潮にのってやってくるのが、ウナギの稚魚「シラスウナギ」です。
急激な減少により二ホンウナギは、環境省と IUCNから絶滅危惧種に指定されています。シラスウナギ漁も漁期が厳格に規定されており、大崎町でシラスウナギ漁がおこなわれるのは、12月から3月。その時期に日没が過ぎると、菱田川河口には150人ほどのシラスウナギ漁者が腰まで海水に浸かり、ヘッドライトで海面を照らしながら体長6センチほどのシラスウナギを網ですくう姿を見ることができます。
大崎町の浜の近くに生まれ、8年前からボランティアで砂浜を守る下野明文氏は、70歳を過ぎた今でも、シラスウナギ漁が解禁になれば海に入ります。「シラスウナギも少なくなったねぇ。大崎の砂浜にはウミガメも産卵に来ていたけど、それも減ってしまった。地域の子どもたちに大崎のすばらしさを伝えていきたいと思って浜を守ってきたけど、もう難しいのかもしれない」と、すこし寂しそうに海を見ていたのは忘れられません。
「海洋資源の回復は、食材がなければ何もできない僕たち料理人にとって重要な問題です」と大野シェフ。SDGsやサステイナブルへの取り組みが経済に取り込まれようとしているなかで、現実的な課題として実感できたことは、大野シェフにとっても、大きな経験になったのではないでしょうか。
【関連記事】Chef's Journey in Kagoshima Osaki/若き料理人、大野尚斗氏が見た“食材未開の地”鹿児島県大崎町が秘めるローカルガストロノミーの可能性。
砂浜で採れたシラスウナギは、町内の14の養鰻業者に渡り1年から1年半かけて養殖されます。大崎町内と隣の志布志市に養鰻池をもつ鹿児島鰻は、国産の養殖ウナギの消費量が2万トン程度といわれているなかで、年間1000トンから800トンを生産する国内でも最大規模の養鰻施設をもっています。
鹿児島鰻の養殖場の一つ菱田事業所を訪れた大野シェフがまず驚いたのは、養鰻場で大量に使われている水でした。場長の川添靖男氏によると、使用しているのはすべて湧水だといいます。「町内でお昼を食べに入った定食屋さんのお水がきれいで雑味のない味でおいしかったんです。人の生活は水から始まるように、ウナギの養殖もこの水が身質に影響を与えると思います」と大野シェフ。
大野シェフが感じたように大崎町の水は、西に広がる高隈山地から流れこむ伏流水で、火山灰が堆積してできたシラス台地によって長い時間をかけてろ過されたもの。さらに菱田事業所は「平成の名水百選」に選ばれた普現堂湧水源から近く水質は事業所内でも有数だといいます。
素材の味は、食べたものによって決まる。そう考える大野氏は、さらにウナギにどんな飼料を与えているかが気になったようです。「ウナギはおいしいエサでないと食べない“グルメ”な生き物なのです。なので、飼料にはコストをしっかりかけています。魚粉を中心に、鰻の育成に適した配合飼料と水とフィードオイルを餅状に練り上げたもの。鰻が食べやすい形にするのもポイントです」と川添氏はこだわりを説明します。
その後、おおさき町鰻加工組合の加工施設を見学し試食をした大野シェフ。口にすると一瞬で笑顔がこぼれ、「嫌な泥臭ささがなくて、身質がすごくきれい。加工場で作られたとわ思えないウナギの火入れで、専門店の味と大きな差がないですよ!」と想定外のクオリティに心の底から驚いていました。
大崎町の北部、山間地域にあたる野方で養蜂業を営む「佐元養蜂場」の佐元和寿氏は、鹿児島から九州、東北を経て、最後は北海道まで、およそ3000キロをミツバチとともに移動しながら採蜜する旅する養蜂家です。移動養蜂自体は伝統的な採蜜法ですが、移動コストがかかることもあって近年減少しつつあります。
「温暖な気候を好むミツバチにとって大崎町は、飼育に最適な場所です。野方の山のなかでミツバチを病気にさせないように、600箱ほどの巣箱を管理しながら、その年の状態の良いミツバチが集まった箱を240箱ほど選んでハチミツ採取の旅にでるのです」
大崎町と宮崎県でレンゲのハチミツを中心に採取した後、5月末から青森に入ってトチのハチミツを。6月初旬に秋田に移りアカシア、6月中旬に北海道芽室に渡ってから大崎町に戻ってきます。
「大崎町だけでハチミツが採れればいいですが」という佐元さん。しかし近年の気候の変化で、鹿児島県内でハチミツの採れる時期が変わってきたそうです。採蜜量も減っていくなかで、これまで培ってきた全国のネットワークを使って良質なハチミツを採り続けたいといいます。
大野シェフは、ミツバチたちが大崎町周辺で集めてきたレンゲのハチミツに興味を示します。ひと舐めした大野シェフは、「クセのある独特な香りもいいですし、後味もスッキリしていてきれいな甘味ですね」と驚いた様子。「ハチミツの糖度が、例年なら78度程度なのですが、今年は81度と高い。つまり、水っぽくないのがおいしさの理由だと思います」と、佐元氏も自信をもって勧めた味を気に入ってもらったことで、自然と笑顔がこぼれていました。
1989年福岡県出身。2008年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 『The NoMad』(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ『Alinea』(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山『レクテ』(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン『Fäviken』(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー『Central』(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。
Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
(supported by 大崎町)
アテ(酒の肴)とは、酒を飲む際に添える食品であり、おつまみ。酒にアテが合うことから「アテ」と呼ばれ、例えばビールに枝豆、ワインにチーズなどの組み合わせは広く知られています。酒との相性が良く、互いに美味しさを引き立て合う相思相愛の関係性をじっくりと堪能することができたら……。そんな願いをかなえてくれるのが、『長谷川栄雅 六本木』による「日本酒体験」です。
『長谷川栄雅 六本木』は1666年(寛文6年)の創業以来、技術とものづくりの精神を受け継ぎ、最高品質の日本酒を醸す兵庫県姫路市『ヤヱガキ酒造』の直営店。最高級日本酒ブランド『長谷川栄雅』と日本を代表するトップシェフが監修するアテとともに堪能する「日本酒体験」が今秋リニューアルし、話題を集めています。これまでも名だたるトップシェフが登場しましたが、今回のアテは、「Top 100 Best Vegetables Restaurants 2019」初登場でアジア最高の17位を獲得。「野菜が美味しい世界のレストラン」として世界中のグルマンや料理人が注目する和歌山『ヴィラ アイーダ(villa aida)』オーナーシェフの小林寛司氏によるもの。知的好奇心を満たし、感性を揺さぶる日本酒とアテによるマリアージュの魅力をお伝えします。
酒米の最高峰「山田錦」の名産地である播州に位置し、風通しが良く寒暖差がある気候条件に恵まれた兵庫県姫路市の郊外、城下町で知られる播州林田の地に創業した『ヤヱガキ酒造』。歴史ある酒蔵による「日本酒体験」は、直営店の店内に設けられた静謐なる空間が舞台。日本酒づくりに込めた思いをスタッフが丁寧に伝えてくれます。
「長谷川栄雅」の日本酒づくりは、米作りから始まるとのこと。使用するのはごく限られた特A地区、兵庫県加東市小沢地区で生産される最高級の「山田錦」。更に蔵元の個性を決定づけ、酒質を左右するといわれる仕込み水は、甘みのある軟水で、口当たりの柔らかな酒を生み出す名勝「鹿ヶ壺」を源流とする揖保川(いぼがわ)水系林田川の伏流水にこだわります。
更に特筆すべきは、製造方法。日本酒づくりで最も重要な工程とされる麹づくりは、古くから伝わる「蓋麹法」を採用。木製の麹蓋に米を小分けに盛り段々に積み重ねる方法で、上下で温度変化が生じるため、神経を注ぎながら2~3時間おきに積み直す作業を一晩中繰り返します。
搾りに関してもこだわりは同様です。一般的には機械で短時間に、かつ大量に圧搾するところ、『長谷川栄雅』では袋搾りに。酒袋にもろみを詰めてタンクに吊るし、袋から自然に染み出した一滴一滴を集めます。生きた酵母にストレスがかからないため、無垢な味わいのみを抽出することができるのです。手作業による時間と手間を惜しまない酒づくりだけに、量を確保することは難しく、それでも深く追求するのが『長谷川栄雅』の姿勢です。
『ヴィラ アイーダ(villa aida)』オーナーシェフの小林氏は兼業農家の長男で、調理師専門学校卒業後は国内外の星つきレストランで修業。2007年に和歌山の自宅の敷地内にレストランをオープンしました。周囲の畑で130種類もの野菜やハーブを育てながら素材と向き合い、その持ち味をとことん突き詰めることで「ここでしか味わえない」料理を創る「アグリガストロノミー」の実践者です。「日本酒体験」で供される5種類のアテも、その哲学から生み出されました。
「日本酒とのマリアージュは初めての経験。どれも和歌山の畑で採れる普通の材料ですが、新しい価値観を生み出すことにこだわりました」と語ります。
例えば、ふくよかで澄み切った仕上がりの1杯目「栄雅 純米大吟醸」に合わせるアテ「黒豆蜜煮」は、「柔らかく甘く炊いた昔の保存食というイメージを、現代人の嗜好に合わせて変えたかった。自宅の畑で黒豆から作っています」と小林氏。少量の塩と砂糖の甘みがポイントで、日本酒の味わいにつなげます。
香りも十分で米の旨味が楽しめる2杯目「栄雅 特別純米」には、「ドライトマト 梅塩」。まず酒器の縁につけた梅塩を口にしてから、日本酒を味わうという趣向です。「お酒から感じられる酸味と熟成感、ミネラル分を意識しました。ドライトマトに合わせたピクルスに黒糖とスパイスをまぶすことで、お酒の味わいに寄り添うように仕立てました」と小林氏は話します。
旨味と甘みのバランスを追求したという3杯目「長谷川 純米大吟醸三割五分」には、柚子を丸ごと使った「柚餅子クリーム」を。柔らかな口当たりで、皮由来のほどよい苦みと果実味が口に広がり、お酒との見事な調和が楽しめます。
「柚餅子は毎年作っています。そのままお出しするのではなく、若干の味噌を加えてコクを出しました。テクスチャーを意識して食べ飽きないように心がけています」と小林氏は言います。
続く4杯目「長谷川 純米大吟醸五割」には「かぼちゃ みりん 七味」。カボチャのピュレにみりんでとろみをつけ、最後に七味の辛みで後味を引き締める一品です。
「カボチャとは散々向き合ってきて、ありとあらゆることをやってきました。そこにないものを掘り続け、あるものの中から新しいものを考え出しました」と小林氏。
最後の5杯目、香りは控えめながらとろみのある「長谷川 特別純米」には、「玄米 酒粕 生姜」。せんべいのような軽快な食感としっとりとした酒粕が渾然一体となり、生姜の風味がパンチを効かせています。
『ヤヱガキ酒造』代表・長谷川雄介氏は、「日本酒は米と水でシンプルに造られたお米のジュース。小林シェフの素材を大事にしたシンプルな味付けの料理と『長谷川栄雅』は親和性も高い」と評価しています。
監修にあたり、小林氏も「日常生活の忙しさのあまり食事の時間は短くなり、食の大切さを考えることすら忘れてしまったかと思うことがあります。しかし今回の新型コロナウイルスの世界的な感染は、あるべき食について考え直す良い機会になったと考えています。私が創る『長谷川栄雅』のアテを通じて、“これからの食の豊さとは何か?”を考え直すきっかけになれればと思っています」と語ります。
これまで、福岡『La Maison de la Nature Goh』の福山 剛シェフ、美しいデザートで知られる『été』の庄司夏子シェフ、ミシュラン1つ星レストラン『Ode』生井祐介シェフ、「魚介フレンチ」レストラン『abysse』の目黒浩太郎シェフ、大阪のミシュラン2つ星レストラン『La Cime』の高田裕介シェフなど、今最も注目されているトップシェフが担当し、新しいアテの監修にあたった小林氏を推挙したのは美食評論家でありコラムニストの中村孝則氏です。それぞれの日本酒に合わせて作家が手がけたという酒器も楽しみのひとつです。
今回、限定的な素材を生かしながら新しいクリエイティビティに挑戦した小林氏。その料理が東京で食べられるのは12月末まで。前日20時までの要予約で、1回のセッションで4名まで受け付け可能です。日本のみならず世界で日本酒の価値を高めたいという『ヤヱガキ酒造』と、その思いに共感した小林氏との共演を、この機会にぜひご堪能ください
住所:東京都港区六本木7-6-20 1F MAP
電話:03-6804-1528
営業時間:12:00~20:00
定休日:火曜
1名様 5,000円(税別)
1組4名様まで
1日5組限定
所要時間:約40分
https://hasegawaeiga.com/?mode=f5
Text:MAMIKO KUME
東京の名店たちが愛する「ハム」が山形にあります。
「ハムだけで満足させたい」と、地元・山形に『IL COTECHINO』を開店させたのは、遡ること2012年。
声の主は、佐竹大志氏です。
その道のりは決して平坦ではありませんでした。いや、むしろ紆余曲折。6年にも及ぶイタリア修業や東京での研鑽を経て、佐竹氏が「これだ!」とたどりついた入魂は、「ハム」でした。
ここで注目すべきは、「イタリアン」ではなく「ハム」だったという点です。
『ONESTORY』が取材したのは2018年。その日も満席状態で、もちろんゲストの目的は佐竹氏のハム。それを食べるために旅をするファンは、全国にいます。
2020年、新型コロナウイルスがニュースを轟かすも、佐竹氏は冷静を保っていました。
「4月、5月中の自粛期間は店を閉めておりましたが、6月からは感染防止対策をしながら通常営業を再開させて頂きました。初めは静かでしたが、売り上げも7月には通常に戻りました。しかし、8月くらいに首都圏で第2波が始まると、前年に対して大分ご予約の数が少なくなりましたが、週末はお客様に助けられ、大きな不安もなく過ごすことができました」と佐竹氏は振り返ります。
多くの飲食店が苦戦する中、なぜ、『IL COTECHINO』は、大きな不安もなく過ごすことができたのでしょうか。その理由は、フーディーが行くレストランではなく、地元客や常連客が行くレストランの姿にありました。
「本当に感謝のひと言だけです。 地域の方々に守られていると感じます」と佐竹氏。
自粛期間中、『IL COTECHINO』ではテイクアウトなどを行っていましたが、「営業再開後は以前と変わることなく、ありがたいことにお客様にご来店頂けておりました」と佐竹氏は話します。
しかし、9月に再度お店を閉めました。理由は新たな挑戦をする準備のためです。
「移転」です。
この時期に!?と思う方も多いかもしれませんが、今回の大胆な行動にもおいても、やはり佐竹氏は冷静を保っていました。
「9月初旬から20日ほど、移転の準備、引っ越しなどでお店を閉め、9月26日から新店舗での営業をスタートしました。自分の好きなようにお店を作りたかったので物件から購入しました。正直、大分借り入れもしたため、不安がないかといえば嘘になりますが、ありがたいことに毎日たくさんのお客様にお越し頂いております。店が大きくなったこともあり、売り上げも前より伸びております。移転に関しては、随分前から決めており、新型コロナウイルスによってそれを諦めるという選択肢はありませんでした。新たな店作りに関しても変えた点はありません」。そう話す佐竹氏。表現したいことは、やはり「ハム」なのです。
そんな新店舗のために選んだ地は、同じ山形の中でも静かな郊外。「様々な友人、知人たちの助けによって作られました」と佐竹氏は話します。
「新たな『IL COTECHINO』は、友人たちが作ってくれたかけがえのない場所です。小さいコミュニティだからこその助け合いが育まれ、周りの方々にも助けられました。常連さんからもたくさんおめでとうの言葉を頂戴し、皆様の想いに恥じないよう、これまで以上に楽しんで頂ける空間を作っていきたいです」と言う佐竹氏。
様々な感謝を享受した佐竹氏が改めて思うこと。それは、地元への愛。
「山形に出店して良かった。この地域を選択したことに間違いはなかった」とその想いを噛み締めます。
「実は、食べ歩きをされている方々やグルメサイトなどを意識していた時もありました。しかし、今回の難局の中で時間を過ごしたことで、自分の方向、お店の方向がわかったような気がします。僕は、地元のトラットリアでありたい。地域の方々に愛される店を作っていきたい。こんな変わったスタイルのお店と僕を受け入れて頂けた土地柄です。それだけで人の温かさと許容の広さを感じています。世界的にも日常は一変してしまいましたが、それでも前を向いていきたいですし、僕だから表現できることを突き進みたい。大変なことはもちろんありますが、それ以上に今はやりがいがあります。また、皆様と再会できる日を楽しみにしています」と佐竹氏は話します。
住所:山形県山形市あこや町2-1-28 MAP
TEL:023-664-0765
https://www.ilcotechino.com
Text:YUICHI KURAMOCHI
遠出が憚られ、積極的に外食ができない以前に比べ、少しずつですが外で食事をする機会も増えてきたのではないでしょうか。ただ、それでも以前と同じように「食」を楽しむには、まだまだ時間がかかるのは間違いありません。
しかし、その一方で、コロナ禍は自宅で楽しむ「食の時間」の大切さを改めて我々に教えてくれました。自分で料理を作る楽しさ、人に料理を振る舞うことの喜び、大切な人と食卓を囲むひと時……。今まで身近にあったはずの「食の時間」の豊かさに改めて気付かされたことでしょう。
そればかりでなく、オンラインを通して、自宅で楽しむ「食の時間」に新たなる魅力と可能性をも見出してくれたのです。
それを象徴するのが、モビリティ・ブランドであるレクサスが、日本各地の一流シェフと考案した本格レシピを発信するプロジェクト『DINING INSIDE』です。
日本のどこかで数日間だけ開店する、プレミアムな野外レストラン『DINING OUT』のパートナーとして、レクサスが全国の一流シェフや真摯な生産者とつながってきた経験。それを生かし、『DINING INSIDE』では、これまでに『DINING OUT』で腕をふるってきた4人のシェフによるオリジナルレシピを公開してきました。そして今回、『ONESTORY』ではこれまで未公開だったレシピ動画をリリースしたのです。しかも、それらを考案してくれたのは、これまで『ONESTORY』が取材で出会ってきた全国各地の11人のシェフというから、なんとも贅沢なレシピなのです。
生産者とつながり、その土地の食材や調味料を使い、シェフの想いまでをものせる。ただ美味しいだけではない、全国各地の土地へ想いを馳せることができる『DINING INSIDE』のレシピは、きっと、自宅で楽しむ「食の時間」に新たな豊かさをもたらしてくれるでしょう。
※掲載しているレシピは、2020年6月に考案頂きました。
【関連記事】全国の名だたるシェフが登場! レクサスが贈る『DINING INSIDE』のレシピ動画、第二弾公開!part1
鶏肉の両面を焼き、漬け汁に5時間ほど漬けて完成。しっとりとした食感で、口の中に比内地鶏の旨味が広がる
唯一の正統派江戸料理の継承者といわれ、秋田で江戸料理の魅力を発信し続ける『日本料理たかむら』の高村宏樹シェフ。今回は、店でも実際に出しているという、秋田を代表する食材、比内地鶏を使った鶏ハムのレシピを特別に公開して頂きました。調理自体は家庭でも簡単にできるレベルにありながら、アルミホイルの輻射熱を使いながら鶏肉に火入れしていくなど、さすがのテクニックを駆使。完成した鶏ハムは冷蔵保存で5日間ほどもつので常備菜にもぴったり。鶏ハムとしてそのまま食べられるだけでなく、漬け汁を煮玉子やチャーハンの味付けなどにも応用できる一品です。
讃岐うどんは、茹で終えて冷水で締める際によくもみ洗いをしてぬめりを取るのがポイント。食感が変わり、タレも絡みやすくなる。
かつて西麻布にあった『麻布長江』で一世を風靡した、中国料理界の重鎮ともいえる『長江SORAE』の長坂松夫シェフ。そんなスターシェフが考案してくれたレシピは、香川県のソウルフードでもある讃岐うどんを使い、長坂シェフ流に担担麺に仕立てた一品です。用意したのは長坂シェフもよく食べに行くという、『手打うどん 源内』という店のうどん。具材も鶏の胸肉やミニトマトなどで、特別な調味料を使うことなく家庭でも簡単に作れるようにアレンジしてくれています。気軽に作ることができるこちらの一品。そこには「料理の基本は家庭の中にある」という長坂シェフの思いも込められています
野菜は、種類によっては油で炒めてから混ぜることで、素材の香りや甘みを引き出している。
2020年7月に発行された『ミシュランガイド新潟』において、レッドパビリオンと一ツ星を獲得した宿『里山十帖』。その料理長を務める桑木野恵子シェフが考案してくれたレシピは、地の食材の魅力をナチュラルに、そしてストレートに表現する桑木野シェフらしい、地野菜の白和えです。野菜は、『里山十帖』の料理にも使われている『協同組合 人田畑』から届くもの。無肥料または微量な有機肥料のみを使ってじっくりと育てられるため、茎や皮までも味わえるのだそうです。塩と醤油で調えるだけの味付けも、シンプル極まりないですが、その分野菜の味わいをダイレクトに楽しめます。
手の込んだ鮮やかなグリーンのソースにはアサリの出汁とハーブの香り。味覚的にも視覚的にも奈良を感じられる。
奈良の東大寺の旧境内跡地という絶好のロケーションでイノベーティブなモダンスパニッシュを提供する『アコルドゥ』。川島 宙シェフからは、味覚だけでなく、視覚でも奈良という土地に想いを馳せることができるレシピをお届けします。使用するのは、古くから粉ものの歴史と食文化が根づく奈良で、素麺の老舗として知られている『三輪山本』の手延べパスタめん。その麺に絡ませるのが、アサリの出汁と、ハーブやキュウリなどのピュレを合わせた鮮やかなグリーンのソースです。ソースを絡ませた麺をお皿にこんもりと盛れば、それはまさに山のよう。「お店から見える若草山をイメージしました」と川島シェフ。奈良を想起させるちょっとした遊び心が心憎い一品です。
濃厚な味わいの卵に、しっかりと魚介の出汁を含ませることでコクに奥行きをプラス。たっぷりの黒胡椒が味を引き締める
イタリア・ミラノで、ただひとりミシュランの星を持つ日本人の徳吉洋二シェフがプロデュースする『AL MARE』。ミラノでその徳吉シェフに師事した飯田直史シェフは、鳥取県の魅力を「魚介や種類豊富な農畜産物は、料理人にとって宝の山」と話します。そんな飯田シェフが作ってくれたのが、『大江ノ郷自然牧場』の天美卵という鶏卵を使ったカルボナーラです。海の目の前に店がある『AL MARE』らしく、具材はパンチェッタでなく魚介類。自家配合した飼料を与え、平飼いで育てた鶏の濃厚な旨味の卵に、魚介の出汁を合わせることで、いつものカルボナーラとは異なる深みのある味を楽しめます。
生産者の思いが詰まったソーセージと、化学肥料や農薬を使わずに育てた野菜が、栃木の魅力を伝えてくれる
文化リゾートホテルの先駆けとして知られる『二期倶楽部』で料理長を務めた『Café&Bar Baum』のオーナー・水下佳巳シェフより提案頂いたのは、酪農王国・栃木の魅力が詰まったレシピです。その主役となるのが、『グルメミートワールド』の日光HIMITSU豚のふわふわソーセージ。日光連山の清らかな伏流水で育てられた臭みのない銘柄豚を使った、ドイツの朝食には欠かせない定番ソーセージ・ヴァイスブルストをイメージした白ソーセージは、肉の旨味とふわふわの食感が真骨頂。そのソーセージに『成澤菜園』の瑞々しくも力強い味わいの旬の野菜を合わせました。ハチミツとマスタードを使ったソースは、作り置きすれば様々な料理に使えます。
遠出が憚られ、積極的に外食ができない以前に比べ、少しずつですが外で食事をする機会も増えてきたのではないでしょうか。ただ、それでも以前と同じように“食”を楽しむには、まだまだ時間がかかるのは間違いありません。
しかし、その一方で、コロナ禍は自宅で楽しむ“食の時間”の大切さを改めてわれわれに教えてくれました。自分で料理をつくる楽しさ、人に料理をふるまうことの喜び、大切な人と食卓を囲むひととき……。いままで身近にあったはずの“食の時間”の豊かさを改めて気づかせてくれたことでしょう。
そればかりでなく、オンラインを通して、自宅で楽しむ食の時間に新たなる魅力と可能性をも見出してくれたのです。
それを象徴するのが、モビリティ・ブランドであるレクサスが、日本各地の一流シェフと考案した本格レシピを発信するプロジェクト「DINING INSIDE」です。
日本のどこかで数日間だけ開店する、 プレミアムな野外レストラン「DINING OUT」のパートナーとして、レクサスが全国の一流シェフや真摯な生産者とつながってきた経験。それを活かし、「DINING INSIDE」では、これまでに「DINING OUT」で腕をふるってきた4人のシェフによるオリジナルレシピを公開してきました。そして今回、ONESTORYではこれまで未公開だったレシピ動画をリリースしたのです。しかも、それらを考案してくれたのは、これまでONESTORYが取材で出会ってきた全国各地の11人のシェフというから、なんとも贅沢なレシピなのです。
生産者とつながり、その土地の食材や調味料を使い、シェフの思いまでをものせる。ただ美味しいだけではない、全国各地の土地へ想いを馳せることができる「DINING INSIDE」のレシピは、きっと、自宅で楽しむ “食の時間”に新たな豊かさをもたらしてくれるでしょう。
※掲載しているレシピは、2020年6月に考案頂きました。
【関連記事】全国の名だたるシェフが登場! レクサスが贈る「DINING INSIDE」のレシピ動画、第二弾公開! part2
洋の野菜やハーブなどで香りを加えた「玄米豚丼」。白米よりもさっぱりと味わえる。
自ら畑を耕し、種を蒔き、野菜を育て、収穫する。そんな畑で採れた野菜と、地元の食材をふんだんに使い感性溢れる料理を提供するレストラン『Villa AiDA』の小林寛司シェフが考案してくれたレシピが、この「玄米豚丼」。暑さが厳しく、食欲が落ちた夏には、シェフ自身もまかないとしてよく食べていたという一品です。この料理の味を支えるのが、『堀川屋野村』の三ツ星醤油と、香りのアクセントとして使う『かんじゃ山椒園』の手摘み臼挽き 粉山椒。レシピでは畑で採れたフェンネルシードを使うなど、ハーブを加えるあたりも『Villa AiDA』らしさ満載。小林シェフならではの一品をお楽しみください。
牛肉、野菜、中華麺を茹でるのもお鍋ひとつ。海の恵みを凝縮したXO醤が味の決め手に。
フカヒレ、干しアワビ、干しナマコといった海産物をはじめ、宮城県の海産物、農畜産物をふんだんに使った、ここでしか味わえない中華料理が信条。宮城県を代表するレストランとしてご登場頂いたのは、『楽・食・健・美-KUROMORI-』です。オーナーの黒森洋司シェフが考案してくれたのは、気仙沼『石渡商店』の「気仙沼旨味帆立とコラーゲンのXO醤」を使った、冷製中華和え麺。気仙沼産の帆立の貝柱や自家製ラー油など、天然素材の旨味を凝縮したXO醤をシンプルに生かした味わいは、まさに宮城の恵みを享受できる一品。麺を茹でる以外は、鍋ひとつで作れる手軽さもポイントです。
沖縄の食材だけでなく、食文化まで落とし込んだ琉球ガストロノミーを、家庭で気軽に再現。
沖縄の知られざる食材と食文化を、渡真利泰洋シェフの自由な感性で表現する琉球ガストロノミー『Restaurant État d'esprit』。今回、渡真利シェフが注目したのは、沖縄の食文化を語る上で欠かせないヤギです。ヤギ肉の料理はもちろん、沖縄ではかつてヤギのミルクを飲む習慣もあったことから、ヤギのチーズを使ったサラダを仕立ててくれました。合わせたのは鰹と、沖縄定番の常備菜であるニンジンしりしり。爽やかな酸味と甘味、さらっとした口溶けが特徴のヤギのチーズに、鰹、薬味的にニンジンしりしりをぶつけ合うあたりは、さすが琉球ガストロノミー。思わず泡盛と合わせたくなる一品です。
家庭では難しい低温調理も、電子ジャーを使うことで、手軽にチャレンジできる。
サンフランシスコの三ツ星店(当時)『SAISON』にて薪火料理を学んだ村野敏和シェフが、その魅力を鎌倉から発信しようと2019年にオープンした『季音-KINON-』。「季節の野菜や相模湾の新鮮な魚介など、鎌倉エリアは食の宝庫」と話す村野シェフは、そんな食材の素晴らしさを伝えようと、家庭でも簡単にできる低温調理で、火入れが難しいとされる『株式会社みやじ豚』のブランド豚をカルパッチョ仕立てに。甘さ際立つ焼き野菜と、フレッシュ感溢れる生野菜を添え、『MAISON CACAO』のカカオビネガーを使ったドレッシングでまとめ上げました。家族や仲間で大皿を囲みたくなる一品です。
レシピでは下関の垢田のトマトを使用したが、市販されるトマトでも代用できる。
劇場型のカウンターで、イノベーティブな料理を通して地の食材の魅力を伝える『レストラン高津』の高津健一シェフ。そんなレストランの味を家庭で気軽に味わえるとしたら? 実は、このメニューは「お店のコースでお肉のメインの後に実際にお出ししている料理」という一品。メインとなる食材は、下関市民なら誰もが知っているという素麺「菊川の糸」。今回は、小麦粉と塩水だけを使って生地を熟成、手延べで時間をかけて仕上げていく『加島製麺』の素麺を使用しています。合わせたのは、トマトウォーターの酸味と、セミドライトマトの甘味、そして大葉オイルの爽やかな香り。レストランの味を家庭で気軽に再現できます。
イタリアの文化やモードの発信地・ミラノから車で約1時間の距離にあるワイン産地の名、かつ同地において瓶内二次発酵製法で醸造するスパークリングワインの名称でもあるフランチャコルタ。イタリアワインの格付けの最高峰、統制保証原産地呼称(D.O.C.G)に認定された歴史は数多いイタリアワインの銘醸地と比べれば最近であり、その歴史は50年あまり。しかし現在、世界のワイン消費が鈍化する中で快進撃を続け、マーケットを広げている活気あるワインとして注目されています。一方、郷土料理、伝統料理というイメージの強いイタリア料理の枠を飛び出し、銀座からこれからの時代に求められる料理を、イタリア料理で培った知識と技術を土台に切り開こうと新たなガストロノミー料理を志向するリストランテが、イノベーティブイタリアン『ファロ』。イタリアの伝統をベースにしながら革新を目指すことで共通する両者が、2020年11月19日よりポップアップバーでタッグを組み、フリーフローや期間限定の特別コースメニューに挑みます。(期間:2020年11月19日(木)〜12月18日(金))。
このまたとない機会を楽しんでいただくべく、ONESTORYでは企画の注目のしどころをレポートさせていただきます。
そもそもフランチャコルタとはどんなワインなのか、もう少し詳細に説明させていただきます。イタリアを代表する瓶内二次発酵スパークリングワインという枕詞で紹介されることの多いこのワインは、冷涼なアルプスから吹き下ろす冷たい風と温暖なイゼオ湖、北風と太陽に切磋琢磨されて健全に育つブドウ、氷河が削って運んだミネラル豊富な土壌に保水力の高い粘土質土壌、また、モンテオルファノという主要産地に陣取る山の麓には水はけの良い土地が広がり、小さいながらもモザイクのように豊かな微気候に恵まれています。よく比較されるところのシャンパーニュからすると生産規模は約1/20と非常に小さいのですが、近年イタリア国内消費も国外への輸出量も年々増加。
日本で人気となった理由は様々考えられますが、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵製法でありながら、泡のアタックが非常にソフトで自然な果実味があること、酸が強すぎずスムースな喉越しであるのは大きな特長で、広く日本人の好みにフィットしたと思われます。そもそもシャンパーニュは日照量が少ない冷涼な地域で、完熟しないブドウ果汁に糖を補って発酵を促し、酸化熟成などで風味を強めてその特色を確立。きめ細かく強いアタックの泡、強い酸、ドライ感が格式に繋がってきたのです。対して太陽に恵まれ、ブドウが自然に完熟する環境下のフランチャコルタは、丁寧な造りながらも緊張感を強いない、いい意味での隙があり、その緩やかさが今の時代の自然な風合いや軽さを求める料理に合っているのではないでしょうか。
こうしたフランチャコルタの特長を考えれば、『ファロ』のエグゼクティブシェフ、能田耕太郎さんが、自身が考案するヴィーガンメニューにフランチャコルタを合わせてみたいと考えたのは自然な流れなのかもしれません。能田さんは目下、日本でヴィーガンガストロノミー料理という分野のパイオニアとなることを自らに課してもいるのです。ファロのヴィーガン料理は、基本コースで提供されます。動物性食材を使用しない穏やかながら起伏あるコースにドリンクの構成はとても重要になります。期待したいのは、ワインと料理が互いを挑発することなく、しなやかな押し引きの中でバランスをとる関係性。今回は、19日にスタートするポップアップバーの企画と並行して提供されるヴィーガンコース料理(要予約制)を、いち早くフランチャコルタとのペアリングで体験させていただきました。
今回のペアリングイベントのナビゲーターは、ワインジャーナリストの宮嶋勲さん。宮嶋さん自身もまた、クリエイティビティの高いヴィーガン料理コースを日本で体感するのは初めてということで、その反応もまた楽しみのひとつです。
ここからは今回の料理と合わせるフランチャコルタの一部をご紹介。
まずは、八寸×Brut Quadra “Green Vegan”。
八寸の皿はバジルのカゼッタ、切干し大根のタルト、ナスお米のチップス、菊芋のミルフィーユで構成。
日本料理の八寸からイメージしたアンティパストミスト(前菜の盛り合わせ)に、グリーン色のエチケット“Green Vegan”が、この日の食事の始まりを象徴的に物語ります。切干し大根や菊芋、日本の里山の冬を彷彿とさせる野菜が小さなポーションにぎゅっと詰まった八寸風前菜に、野菜のトーンのあるフランチャコルタが心地よく染み入るのです。
続いては、能田さんの名がイタリアの国内外で広く知られるきっかけとなったじゃがいものスパゲッティをヴィーガンバージョンで。通常は魚醤にアンチョビバターでコクを出すが、今回はセロリ醤油、甘みとコクにココナッツクリームを使用。歯ごたえを残してさっと炒めたじゃがいもは、エスニックな芳香を纏うとまた違う料理のような表情を見せます。合わせたフランチャコルタは補糖なしでドサッジョ・ゼロと表示されるタイプ。(同様に補糖しないフランチャコルタをNATUREと表示する場合も多い)
通常シャンパーニュなどでは、二次発酵時に酵母の餌となる糖を足して泡を醸成します。しかしフランチャコルタの場合、一次発酵を終えてなお完熟したブドウに糖が残っているため、そのまま糖をたすことなく瓶内で二次発酵が進むのです。ですから、近年このドサッジョ・ゼロは糖質のない健康的ワインとしても注目されているのです。キリッとしたドライなフランチャコルタが、味の複層的なじゃがいもパスタの輪郭をはっきりさせてくれます。
メインは肉厚な椎茸のファルス。椎茸の傘の中には干しゼンマイ、発酵ビーツ、ポルチーニ茸が詰められており、野菜由来の豊かな旨みに、熟成したフランチャコルタの厚み、伸びやかな酸が重なります。カ・デル・ボスコを代表するアンナマリア・クレメンティは、おそらくはシャンパーニュ好きも好むであろう、凛として重厚感のある、フランチャコルタにしては少々緊張感を強いるワイン。ミレジマートは、良年のみに造られて製造年度を記します。動物性の刺激のないところに、アンナマリア・クレメンティの良質でタフな泡が少し力強さを足す。メインで満足感をどう出すかがヴィーガンコースの難しさであり面白味と思いますが、そこにフランチャコルタの力を借りるというわけです。
また、デザートの面白さも特筆。
ファロをファロたらしめていのは料理だけではないのです。その一人が、菓子職人の加藤峰子さん。彼女が世界のベストレストラントップ50で何度も世界一位になり、殿堂入りを果たしたイタリア唯一のレストラン『オステリア・フランチェスカーナ』で菓子担当だったのはあまりに有名。素材の組み合わせに素晴らしいセンスを発揮する彼女の今回の提案は、紫蘇とアーモンドミルクのソルベ。チャーミングなフェルゲッティーナのロゼと一緒に味わえば、赤のニュアンスが増幅します。赤紫蘇は季節に収穫したものをシロップ(甜菜糖とメープル)に浸けて、横田農園のバラの香りとバジル、ラズベリーの香りが重ねられ、なんとも優雅な香り。さらに今回特別に事前注文できるアラカルトで、彼女のシグニチャーである花のタルトが登場しました。何度食べても毎回感動する花のタルトは、40数種もの花とハーブを一つ一つ、刺繍のように緻密に配した珠玉のタルト。農園の収穫次第で、少しずつ内容は変わり、お品書きに淡々と書き連ねられた花とハーブの名前は、読むだけでポエジーなのです。
食事が終盤を迎えた頃、宮嶋さんがポソリ。「ヴィーガンのこれだけ洗練されたコース料理は初めていただきましたけれど、今日は赤ワインを飲もうという気には一切ならなかった。感性が研ぎ澄まされるような料理だったので、こういう料理には泡があうと思いました」
スパークリングワインは、開放的にもなるし、逆に内省的にもなるのかもしれません。繊細な味わいに自然と意識が集中するヴィーガン料理と一緒に味わえば、フランチャコルタの泡のサワサワとした川のせせらぎのようなかすかな刺激が1/fの揺らぎのごとく、食事しながらも私たちの心の奥深くをノックしてくるようなのです。
11 月19 日からスタートする『FF Pop-up Bar』では、記事で紹介した中の4種類のフランチャコルタ(なんと、カ・デル・ボスコのアンナマリア・クレメンティを含む)とフィンガーフードをフリーフローで楽しめるとともに、同時展開する4皿構成のショートのヴィーガンコース(ガストロノミーショートコースもあり)も、フリーフローのコースで楽しめます。今回紹介したメニューはあくまで一例で、ファロならではの日本各地の生産者ネットワークから届く素材で、まだまだ引き出しのあるヴィーガン料理が展開されるというから、一度コースで体験してみたい人にとっても、フランチャコルタのバリエーションを体感したい方にとっても良い機会になること請け合いです。
1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一ツ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。
デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。「ファロ」では、"旅するように特別な体験として脳裏に残るようなレストラン”を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。
住所:〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目8−3 東京銀座資生堂ビル10階 MAP
電話:03-3572-3911
https://faro.shiseido.co.jp/
期間:2020年11月19日(木)〜12月19日(土)
場所:FARO (東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル10F)
電話:0120-862-150(03-3572-3911)※予約受付時間 11:00〜22:00(営業日のみ)
時間:フリーフローはディナータイムのみの展開
ディナー 18:00〜20:30(L.O)
定休日:日曜日、月曜日、祝日、年末年始
同期間で提供する特別ショートコース:
ヴィーガンショートコース 前菜、パスタ、メイン、デザート(税込6,000円 サービス料別途)※メニュー内容は、季節や仕入れ状況により変動する可能性があります。
ガストロノミーショートコース(税込7,000円 サービス料別途)※ご希望のアラカルトメニューは、必ず事前予約をお願いいたします。
Photographs:MASAKATSU IKEDA
Text:KAORI SHIBATA
ドライバーは、軸が短めで軸先のマイナス部分が厚く広いものがお勧めです。10円玉が一番使いやすいですが、力をかけすぎてコインを曲げないようご注意下さい。この時に手が滑ってベルトを傷つけないようにご注意下さい。
ビスを外すと個々のパーツに分かれます。※ビスは無くなると大変なので、無くさないようくれぐれもご注意下さい。
カットした後の本体にはビス穴がないので穴の位置決めをしなくてはなりません。
穴開けは錐などの先の尖ったもので先穴をあけてから、金棒などで広げる感じで穴の大きさを調整する事をお勧めします。ビスがグラグラしないように、小さめの穴で少しキツいくらいがお薦めです。
(作業自体は簡単ですが、一度切ってしまうと元には戻りませんので慎重にカットして下さい。)
ドライバーは、軸が短めで軸先のマイナス部分が厚く広いものがお勧めです。10円玉が一番使いやすいですが、力をかけすぎてコインを曲げないようご注意下さい。この時に手が滑ってベルトを傷つけないようにご注意下さい。
ビスを外すと個々のパーツに分かれます。※ビスは無くなると大変なので、無くさないようくれぐれもご注意下さい。
カットした後の本体にはビス穴がないので穴の位置決めをしなくてはなりません。
穴開けは錐などの先の尖ったもので先穴をあけてから、金棒などで広げる感じで穴の大きさを調整する事をお勧めします。ビスがグラグラしないように、小さめの穴で少しキツいくらいがお薦めです。
(作業自体は簡単ですが、一度切ってしまうと元には戻りませんので慎重にカットして下さい。)
「和食ではない。でもフレンチやイタリアンベースでもない料理は唯一無二」。
東京の飲食店や酒販店、ワイン関係者までもが声を揃えてそう絶賛するお店が岩手県遠野市にあります。
『とおの屋 要(よう)』がそれです。
店主の佐々木要太郎氏は、民話の里・遠野に初めてできた『民宿 とおの』の4代目も担います。
佐々木氏は、高校卒業後、飲食とは全く関係のない職に従事していましたが、久方ぶりに帰った故郷・遠野で「何かできることはないか」と始めたのが自家栽培米を使ったどぶろく醸造でした。
「遠野の地に根ざして生きていく」。
そう覚悟を決めてから、先代の父とともに厨房に入り『民宿 とおの』を全国から客を集める名宿に育て上げます。
そこから「自分の力だけで勝負できる場を」と一念発起し、2011年、民宿に隣接する敷地に和のオーベルジュ『とおの屋 要』をオープン。地元の食材を使った発酵食品や自家製加工肉をふんだんに取り入れたユニークな料理とどぶろくとのマリアージュは、国内だけでなく、世界からも注目を集めています。
しかし、そんな宿の運営は窮地を迎えます。2020年4〜6月の予約は全てキャンセル。理由は新型コロナウイルスによって発生した緊急事態宣言によるものです。
「緊急事態宣言後は徐々にお客様も戻っており、今(2020年10月現在)では、ありがたいことに『とおの屋 要』としては依然と変わらずお客様にお越し頂いております。 本館の『民宿とおの』は2021年3月まで休館予定です。理由は、3密に当てはまる施設状況の為です。休館後、『民宿とおの』は、1日1組の宿泊施設に変わる予定でおり、1階部分をカフェにし、都心部との距離を縮める場作りをスタートさせます」。
経済活動を再開する施策は展開されど、施設やレストラン、お店など、空間構成によっては、必ずしもすぐに受け入れ体制が整っているわけではありません。『民宿とおの』のようにスタイルを変える必要が出てしまうことやそれに伴う資金繰りなど、苦渋の選択を迫らせることも多々あります。
「地元全体として見ても観光業や飲食業は苦戦を強いられていると思います。また、遠野に関しては、Go To トラベルキャンペーンの効果はあまりないという情報も伺います」。
国や政府が講じる地方活性の施策は、全てに適合しているわけではありません。効果的な部分のみ報じるメディアの存在は、時に錯覚さえ起こします。では、適合していないところを報じるところはあるのかと言えば、それは中々ありません。
果たして、真実はどこにあるのか。
そして、佐々木氏が一番想うこと。それは食に対しての見直しです。
「このような状況になってしまったからこそ、食についてもっと掘り下げて考えてみてはいかがでしょうか」。
それは、佐々木氏自身も含め、国民ひとり一人が向き合うべき問題でもあると思います。
「コロナ禍の最中ですが、改めて思うことは、今までが当たり前ではなかったのだということです。それを認識させてくれたのは、唯一良い機会だったと感じています。 文明はとてつもないスピードで進化してきました。その逆に人間の感覚や感性は退化した事は言うまでもありません。 目先の数字に操られ、“人間”都合で全てを決め、生産・廃棄・自然環境破壊・悪循環農業。 こういったことを我々人間が行ってきたのは事実です。そして、こういった問題も地球上で人間しか解決できないのだということもまた事実だと考えています。 今、こういった問題に気が付き指摘し、正そうとする人たちの割合が少ないことは大きな問題ではないでしょうか。今こそ、イノベーションを起こしていく必要性を感じております」。
大袈裟に言えば、人間は地球を支配し、全てを変える力さえ手に入れてしまったのです。自然の営みから外れた不可能を可能にし、時に環境に負荷をかけ、私欲を正義に見せることもしばしば。
「今回のこの新型コロナウイルスという問題を含め、この現代において人間はどう生きていくのか。生き抜いていくのかを今一度真剣に考えて行くべきだと思っています」。
住所:〒028-0521 岩手遠野市材木町2-17 MAP
電話:0198-62-7557
http://tonoya-yo.com/
住所:〒028-0521 岩手遠野市材木町2-17 MAP
電話:0198-62-4395
http://www.minshuku-tono.com
Text:YUICHI KURAMOCHI
12月6日(日)、コラムニスト・中村孝則さんを講師に迎えたオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.2』が開催されます。これは、「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーションによって実現した特別企画。抽選を勝ち抜いた5名だけが参加を許される限定イベントです。
「新潟ウチごはんプレミアム」とは、新潟の食を支え育んできた生産者や料理人を通じて、全国の食卓に「新潟の食」を紹介するポータルサイトのこと。ONESTORYはフードカルチャーのトップランナーに新潟の食材を使ったレシピ開発を依頼し、「新潟ウチごはんプレミアム」のオンライン料理教室を通じて、新潟の食の魅力を発信します。
講師を務める中村孝則さんは、ONESTORY『DINNING OUT』のディナーホスト役でもお馴染みの人気コラムニスト。「The World's 50 Best Restaurants」の日本評議委員長を務めるなど、フードカルチャーへの知見を生かしてワールドワイドに活動する一方、茶の湯の実践として茶事を定期的に催すなど、料理とおもてなしの研究に余念がありません。とりわけ、お酒との相性のいい料理の探究に情熱を傾けています。
今回、中村さんは、新たなレシピ作りのために、新潟へ食材探しの旅に出ました。自ら畑で土を掘り、沼に浸かって手に入れた食材たち。地元に連綿と受け継がれる食文化の一端にふれた中村さんは、一体どんな料理を教えてくれるのでしょうか?
ぜひ、イベントへふるってご参加ください。
【イベント概要】
ご自宅に届いた新潟の食材を使い、中村氏と一緒に調理を愉しむオンライン料理教室。事前に、レシピに使用される新潟の食材をご自宅に配送させていただきます。(調味料等ご自身でご用意頂くものは、当選者にご連絡させていただきます)
*日程
12月6日(日)19:00~20:30
*開催方法
オンラインイベント
お申し込み頂いた方の中から抽選で5名様に、イベント参加用のZOOMのURLをお送りいたします。
*定員
5名(主催者にて抽選)
*参加費
無料
*応募方法
下記ボタンより応募可能です。(パスワード:niigata)
*応募期限
11月28日(土)23:59
↑ボタンをクリック後、パスワード欄に"niigata"とご入力ください。
新潟と言えば、コシヒカリ、日本酒、鮭、寒ブリ、ル レクチエ、おけさ柿、越後姫、雪下人参……名産品は枚挙にいとまがありません。そんな中、中村さんは冬においしくなるふたつの野菜に注目しました。里芋とれんこんです。新潟で里芋? れんこん? イメージできない人も多いでしょう。実は、新潟は里芋とれんこんの知る人ぞ知る名産地。極めて上質な里芋とれんこんが穫れるにもかかわらず、生産量がそれほど多くないためほとんどが県内消費。新潟県外の人にとっては、幻の逸品野菜となっているのです。
新潟県内でも里芋の産地として名高いのが五泉市。ここではブランド里芋、「帛乙女(きぬおとめ)」が栽培されています。折しも収穫の最盛期。中村さんは、芋掘り作業のお手伝いを買って出ました。
現在はトラクターで掘り起こし作業が軽減されるようになりましたが、今も変わらず手作業を要するのが、芋と芋の間に詰まった土を指でしごいて落とす“土はがし”作業。掘り起こした里芋の鮮度を保つためには適度に土が付いている状態が望ましく、土を洗い流すわけにいきません。芋を傷つけずに機械化する方法も確立されておらず、一株一株、丁寧に土はがしをしていくしかないのです。
「これはキツい! 想像以上に指先の力が必要で、ちょっとやっただけで腕がパンパン。普段剣道の稽古をしているから、握力には自信はある方なのだけど」と中村さん。「この土はがしさえなければ、里芋農家も後継者不足に悩まねえはずなんだけど」と笑いながらスピーディに作業していくJA新潟みらい 五泉園芸組織連絡協議会 野菜部会長・川口恵二さんの姿に目を丸くしています。
阿賀野川流域のこの地は、砂と壌土の中間の砂壌土に恵まれています。水はけのよい肥沃な土壌は、里芋の中でもひときわ美味とされる「帛乙女」を育む秘密です。ただし「帛乙女」は他の里芋同様に連作障害が厳しく、一度収穫した畑は3年間は他の作物を栽培することで土壌を改善する必要があります。そのため、人気があるからといって無闇に耕作地を広げることはできません。「帛乙女」が希少である根本原因はそこにあります。
延々と続く黄金色の田んぼ。長岡市中之島地区に入ると、その風景が一変しました。稲作の田んぼの代わりに、枯れた蓮に覆われた沼地がそこここに広がっています。「大口(おおくち)れんこん」のれんこん田です。
収穫期は8月上旬から翌年5月まで。栽培品種は早生品種の「エノモト」と晩成品種の「ダルマ」の2種で、「ダルマ」は中之島地区が全国唯一の産地となっています。
中村さんは「ダルマ」の掘り出し作業に挑戦しました。田んぼに入ると、長身の中村さんでも股近くまで水に浸かります。足元は重たい泥。その中にれんこんは横方向に伸びています。れんこん掘機が水圧で泥を吹き飛ばした場所を、手探りしてれんこんを収穫していきます。
見事に連なったれんこんを引き揚げた中村さんはニコニコ。泥まみれの笑顔です。
「何事も経験。れんこんがどんなふうになっていて、どうやって収穫されているか。それを身体で理解できるなんて。いやはや、歩くだけでも大変なのに、こともなげにやっている農家の皆さんは、本当にすごい。これぞプロフェッショナルです」
作業後、JAにいがた南蒲大口れんこん生産組合の事務所で、穫れたての「大口れんこん」を試食しました。腕をふるってくれたのは髙橋秀信組合長です。
「シンプルイズベストですよ。れんこんの料理というときんぴらを挙げる人が多いけど、れんこん自体が新鮮でおいしかったら、きんぴらにするのはちょっともったいないと思っちゃうね。刻んでドレッシングかけるとか、一夜漬けとか、ごくごくシンプルな方がれんこんの風味を楽しめる。特に、「大口れんこん」はシャキシャキした食感と、豊かな甘みが持ち味だから」
髙橋組合長が用意してくれた料理は、茹でた「大口れんこん」に醤油と七味をかけたもの、青じそドレッシングをかけたもの、そして「大口れんこん」をキムチの素で和えたもの、と至ってシンプルです。
中村さんは一口食べて、驚きの声を上げました。
「えっ、こんなに旨いものなの!? 甘みが上品で、食感も小気味よくて。醤油と七味だけだけなのに……れんこんのポテンシャルって、ここまで高かったのか。これを肴に日本酒がいくらでも飲めそう。キムチもいいなあ、こちらは泡盛が合いそうだ」と箸が止まりません。醤油を塗って焼いた熱々にかぶりついた時には、目をつむってしばし豊かな風味にひたっていました。
里芋を使った新潟の郷土料理と言えば、のっぺい汁(のっぺ)。五頭温泉郷・村杉温泉の宿「長生館」の荒木善行総料理長に、「帛乙女」を使ってのっぺを作ってもらいました。のっぺは里芋の他、人参やゴボウ 、椎茸、こんにゃくなどを醤油味のダシで煮る料理。お正月とお盆、冠婚葬祭に欠かせない行事食であり、冬は温かくして、夏は冷やして一年中食べる家庭料理として、新潟県民に親しまれています。「長生館」ののっぺは貝柱からとったダシを使い、灰汁をまわさないように丁寧に煮ることで澄み切った汁に仕上げています。
中村さんは唸ります。
「衝撃的な旨さ。帛乙女の品質の高さと調理技術がなせる究極の料理ですね。正直、里芋がここまで旨い食材だと思っていなかった。独特のヌメっとした歯応え、ダシのうまみをたっぷり吸ったコクのある甘味。まいったな、これを食べちゃったら、他に何を作っていいものやら」
「大口れんこん」を使ったれんこん蒸し、「帛乙女」を使った里芋まんじゅうもまた、里芋やれんこんの無骨なイメージを覆す、繊細な味わいです。
「荒木さんの料理は洗練の極み。とても参考になりました。僕は我が道を歩んで、レシピを練っていきます」
新鮮な海山の幸に恵まれた新潟。素晴らしい食材の魅力を最大限に引き出す味噌や醤油、日本酒など伝統的な発酵食品の文化が根付く地域でもあります。中村さんは“醸造の町”として知られる長岡市「摂田屋」地区を散策しました。旧三国街道に面する交通の要衝に位置、上質な地下水に恵まれた摂田屋には、江戸時代から味噌、醤油、日本酒などを醸造する蔵元が集積し、醸造文化が栄えました。長岡市は戊辰戦争や第二次大戦の空襲などで甚大な被害を受けたものの、摂田屋は奇跡的に難を逃れ、歴史的建造物が立ち並ぶ、風情ある街並みを今に残しています。
今も醸造を続ける5つの蔵のひとつ「味噌星六」は、無農薬・有機栽培の大豆を使い、添加物を使わない古式製法の味噌造りを守っています。熟成させた2年物や3年物も人気で、店頭には真っ黒になった10年物も。店主の星野正夫さんは、熟成度合いによる味の違いを解説します。
「1年目の新味噌は人間で言えば10代、ピチピチとし若さが魅力です。2年物は20代、3年物は30代。人間は家庭を持つこの頃からまるくなってきますが、味噌も角がとれてまろやかになってきます。以降、人間は円熟味を増していくように、味噌も味わい深くなっていきますが、10年物までになるとかなりクセが出てきます。そのクセは好みが分かれるところ。頑固な年寄りに接しても、『このクソじじい』と怒る人もいれば、『味のあるじいさんだ』とおもしろがる人もいますよね」
そう笑う星野さんに、「僕はクセのある10年物、好みです。ちびりちびりなめるだけで、日本酒が止まらなくなって、楽しくなってくる」と中村さんは笑い返します。
創業470年、日本酒蔵として新潟県で最も歴史のある「吉乃川」では、酒蔵ならではの「米麹」を副原料としたクラフトビールを試飲し、摂田屋を後にしました。
充実したリサーチになったと満足する中村さん。オリジナルレシピの方向性も見えてきているようです。貴重な食材「帛乙女」と「大口れんこん」を堪能するスペシャルなオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.2』。その参加資格を勝ち取って、中村孝則入魂の料理を一緒に楽しみましょう。
まずは、応募を。
↑ボタンをクリック後、パスワード欄に"niigata"とご入力ください。
旅の中で登場した商品は、こちらから購入できます。
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。http://www.dandy-nakamura.com/
Photographs:KOH AKAZAWA
Text:KOH WATANABE
(supported by 新潟県観光協会)
日本のどこかに数日間だけ現れるプレミアム野外レストラン『DININGOUT』。2018年11月に沖縄県南城市で開催された『DINING OUT RYUKYU-NANJO withLEXUS』は、琉球王朝創世の地を舞台に、『志摩観光ホテル』の総料理長・樋口宏江シェフが腕を振るい、参加したゲストを深い感動の渦に巻き込み、大盛況のうちに幕を閉じました。
15回目にして初めて女性シェフが厨房を預かることになったのは、琉球創世記の神話に登場する女神・アマミキヨにちなんでのこと。レセプションは五穀発祥の地で、沖縄県内でも最高の聖地といわれる久高島で行い、琉球王朝時代以前から続く拝所の一つ、知念城跡がメイン会場となりました。テーマは、「origin いのちへの感謝と祈り」。山羊やアグー豚、イラブー(ウミヘビの加工品)などの食材を、地元の食文化に寄り添う形で、まったく新しいフランス料理の一皿として表現。ライトアップされた知念城跡の幻想的な美しさ、神聖さとともに、土地の歴史と神秘性、豊かさを余すところなく伝え『DININGOUT』の歴史に新たな1ページを刻みました。
その感動から2年を経た2020年12月、再び南城市を舞台にした夢の野外レストランが『Sanctuary Dining』として蘇ります。主催は地元事業者を中心に設立されたSanctuary Dining in Nanjo実行委員会。開催にかける思いについて、2人のキーパーソンに話を聞きました。
キーパーソンの一人目は、南城市役所勤務の喜瀬斗志也氏。2018年の『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、主催地側の中心スタッフとして会場の提案、決定から開催までのあらゆることに尽力。琉球王国の歴史、神話、祭礼や伝統食文化について樋口シェフ、ホストを務めたコラムニストの中村孝則氏をはじめとする関係者にレクチャーし、二夜の宴を大成功に導いた影の功労者でもあります。
南城市には「琉球王朝のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界文化遺産に指定されている斎場御嶽をはじめ、国が重要文化財に指定する史跡を6か所も有する南城市。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』の話が浮上したのは、それらの有効な活用方法についての議論が進んでいた時期だったといいます。
「歴史公園などにするのが一般的ですが、ハード面だけでなく、ソフト面も含め、文化を発信する場として活用したい。そんな風に考えていた我々にとって、地域の多くの人々が関ることができて、歴史、伝統、食文化を包括的に発信できる『DININGOUT』は非常に魅力的で“これだ!”と、開催地として名乗り出たのです」
二夜のレストランを経験し、ハード面の整備ありきで考えていた史跡活用法が、がらりと変わることに。このままで、ありのままの姿で、場の力を十分に伝えられる。そのカギが、自分たちの足元に無数に眠っていたことに気付いたのです。
「この経験を、一回限りで終わらせないために、自分たちの手で、等身大の形で続けていきたい。そんな思いからSanctuary Dining in Nanjo実行委員会を立ち上げました。『DININGOUT』の反省点もある。例えば、南城市には素晴らしい食材がまだまだたくさんあり、それらをしっかりプレゼンすることで、広く沖縄ではなく、よりこの南城という地にフォーカスする形にできたのではないか、というようなこと。Sanctuary Diningに限らず、今後の課題にしていきたいです」
もう一人のキーパーソンは、『Sanctuary Dining』の一日目と二日目に料理長を務める那覇市の郷土料理店『月桃庵』の屋比久保シェフ。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、地元のキッチンスタッフを束ね、樋口シェフの右腕として活躍したベテラン料理人です。土地の食文化を伝える宮廷料理に取り組み、地元食材に関する知識も豊富な沖縄を代表するトップシェフ。
「『DININGOUT』と樋口シェフから学んだことの大きさは計り知れません。一番は食材からの発想力。イラブーの料理といえばイラブー汁と、地元の人間ほど固定概念にとらわれがちですが、予想もしない料理で、食材の素晴らしさとその背景を余すところなく伝えて下さった。スタッフ同士もほぼ初対面という“寄せ集め”チームをまとめ上げる厨房での統率力も、圧巻でした」
沖縄県内のホテル勤務を経て、2017年、『月桃庵』の料理長に就任して以来、伝統に即し、ときに創作を織り交ぜながら、より深く沖縄の食の魅力を発信し続けてきた屋比久シェフ。『Sanctuary Dining』の記念すべき第一回目は、やはり「宮廷料理で勝負したい」と話します。
「今回は、料理とあわせ、甕仕込みの古酒を含む泡盛とのペアリングをお楽しみ頂く予定です。琉球王朝時代、中国王朝への献上品としてつくられた琉球漆器の最高峰で、東道盆(トゥンダーブン)と呼ばれるお盆や、カラカラ、ちぶぐゎーといった伝統的な酒器をはじめ、器にもご期待下さい」
『Sanctuary Dining』は2020年12月11日(金)、12日(土)、13日(日)の3日間に渡り開催されます。会場は、『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』と同じ知念城跡。『月桃庵』の料理長・屋比久保シェフと、山羊料理をメインにしたフレンチとして人気を博す『ビストロ ル・ボングー』の山口慎一シェフが厨房に立ち、ゲストを迎えます。ディナーの翌朝早くには、開場前の斎場御嶽を訪れ、黄金(くがに)色の朝日を拝む『Sanctuary Dining』参加者限定のオプショナルツアーも用意されています。
「守礼の邦=礼節を重んじる国」として、訪れる外国人をもてなしてきた琉球王国。特に中国皇帝から派遣された冊封使のもてなしに力を注ぎ、その歴史の中で育まれてきた宮廷料理や御用酒である泡盛、宴とともにあった芸能は、今も変わらず沖縄の人々の誇りであり続け、日常の中で親しまれています。王国時代から続く祈りの場を舞台に、個性豊かな沖縄食材の恵みや、神聖な琉球文化を体感できる『Sanctuary Dining』。琉球王朝神話における「はじまりの地」で、感謝や祈り、生命の起源にふれる特別なひとときは、単なる美食体験に終わらない特別な時間になるはずです。
Day1 : 12/11(金) 18:30~21:15(琉球懐石料理,18時開場)
Day2 : 12/12(土) 18:30~21:15(琉球懐石料理,18時開場)
Day3 : 12/13(日) 18:30~21:15(琉球フレンチ,18時開場)
場所:知念城跡(沖縄県南城市知念字知念)
¥59,800(税込)/お一人様あたり
http://sanctuary-dining-nanjo.com/index.html#food
150年以上も前に生まれた益子焼を始め、様々な分野の作家が活動する栃木県芳賀郡益子町。
東京から車で2時間ほどの「田舎」ですが、年2回行われている「陶器市」や個性のあるショップ、カフェが話題となり、県外からも高感度な人たちが多く集まってきます。
そんな益子を代表するお店のひとつ『pejite』は、『仁平古家具店』を運営する仁平透氏が2014年にオープンしたセレクトショップです。築60年以上の大きな石蔵を舞台に、リペアした古家具のほか、陶器やアパレル、雑貨などが並んでいます。
『pejite』最大の特徴は、その空間を体感することにあり、「どこにいてもものが買える(売れる)時代だからこそ、実店舗に足を運ぶおもしろさを伝えようと努力してきました」と仁平氏は話します。
しかし、新型コロナウイルスによって生活は一変。人々は、旅を始めとした行動を奪われてしまいます。
「当店のある栃木県益子町は観光地でもありますが、新型コロナウイルスによって来客数が激減しました。4~5月は、特に辛い日々が続きました」と話すのは、スタッフの君島北斗氏。
人の動きが停止してしまったゆえ、インターネットとの共存は避けて通れません。通常であれば当たり前のことですが、店舗での体感を大切にしてきた『pejite』にとっては苦渋の決断でもありました。
「あくまで僕たちが大切な場所は実店舗であることに変わりはありませんが、今はインターネットの力も借りて、この先を乗り越えていこうと思います」と仁平氏。
一方、足を運べなくなったファンにとっては嬉しいことでもあり、「オンラインショップは、反応の高さを感じます。家での時間が増えたことによって、生活を見つめ直し、当店で取り扱っているような家具や器のようなインテリア全般が再注目されているように感じます。現在は以前より更にオンラインの更新に力を入れています」と君島氏。
益子は『pejite』同様、体感の街。前出の「益子陶器市」を始め、多くの来客を誇る人気イベントは軒並み中止になってしまいました。お盆を境に少しずつ人が戻ってきてはいるものの、不安な日々は続いています。
「益子は都心からもほどよい距離のため、日帰り旅行が可能な場所ということがとても恵まれていると思います。時間がゆっくりと流れ、少し車を走らせれば自然豊かな風景も広がります。新型コロナウイルスによるストレスを癒す場所としてもお勧めです。コロナ禍でも無理なく行ける場所として、これから更に注目される土地になると嬉しいです。まだまだ油断できない状況が続きますが、自分たちはできること(仕事)をするだけです。 暗い気持ちにもなりがちですが、この状況をプラスに変えられるように努めたいと思います」と君島氏。
「新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークなどが当たり前になりつつ今、 これからは東京離れが視野に入る人も少なくないと感じています。 こんなときこそチャンスと考え、自分の住む町の魅力をどんどん発信し、 移住のきっかけになってくれたらと思っております。 本当の豊かさを改めて考え、東京だけではなく、田舎にも目を向けてもらえると嬉しいです」と仁平氏。
以前の取材時、仁平氏はこう語っていました。
「こだわったのは、インターネットという販路でなく、あえて店舗を持つこと」。
「やりたいことをやる」という姿勢を貫いてきた仁平氏が今やりたいこと、それは今も変わらず、実店舗にあります。
昨今、様々なテクノロジーや文明の進化は、地球や人類が生きるスピードを超えてしまったのかもしれません。
新型コロナウイルスによって立ち止まざるを得ない時間をあえて好転して捉えるのならば、『pejite』の古道具同様、環境のリペア。
丁寧にリペアされたものは新たな価値を生みます。
そんな未来を信じ、『pejite』は今日も前を向いています。
住所:栃木県芳賀郡益子町益子937-6 MAP
電話:0285-81-5494
http://pejite-mashiko.shop-pro.jp/
Text:YUICHI KURAMOCHI
徳島県徳島市沖浜町。JR徳島駅からふたつ目の二軒屋駅より歩いて10分ほどの何の変哲もない住宅街に『nagaya.』はあります。その舞台となるのは、その名の通り、築50年の「長屋」です。
オーナーの吉田絵美さんの祖父母が借家として長年使っていたというそこは、およそ10年間誰も住んでおらず、まもなくその役目を終えようとしていました。そんな時、吉田さんがここを『nagaya.』として蘇らせたのです。
紆余曲折ありながらも順調に歩みを進めていましたが、「まさかこんな世の中になるとは誰も予想できませんでした……」と吉田さん。理由はもちろん、新型コロナウイルスによるものです。
「3月ごろから新型コロナウイルスが騒がれ始め、お店ではマスクを着用し、感染拡大防止に気をつけながら営業を続けていましたが、4月からお客様が激減。緊急事態宣言下では店舗をお休みしていました。決まっていた展示会を延期したり、オンラインへ移行したりと毎日ニュースで状況を観察しながら、それに対してお店をどうするか考える日々。情報収集と意思決定、実行を続け、慌ただしく過ごしていました。6月には県内のお客様は戻り始め、常連のお客様とは近況報告をしながらお顔を見て話せる喜びを改めて実感しました。9月ごろからは県外のお客様も戻り始めて、マスクをつけて感染対策は万全にするという違った景色ではありますが、徐々に元の店の日常に戻りつつあります」。
『nagaya.』は、生活雑貨を扱うショップとカフェを併設するお店です。ショップでは焼き物を中心とした食器類を展開し、特筆すべきは作家と吉田さんの関係性が強く結ばれていること。ゆえに、以前の取材時にも「これはどんな作家さんの焼き物ですか?」と尋ねれば、「この作品を作った方は佐々木智也さんといって、実家が妙楽寺というお寺なんですよ。だから名前は妙楽窯。住職として後を継ぐ一方で、作家さんとしても活動しているんです。境内の横にある自宅の庭に窯があって、土も自分で持ってきて作品に使うなど、チャレンジ精神旺盛な方ですね。最近はモダンな形の作品が増えている気がします」と、丁寧に解説をしてくれたのは、今でも記憶に新しいです。
今回、『nagaya.』の難局を救ったのは、そんな「もの」たちでした。
「もしカフェのみであれば、緊急事態宣言中の売り上げはゼロでした。私は、作家さんが作ってくださったものに救われたのです。というのも、2020年4〜5月の緊急事態宣言ごろから、今まで細々とやっていたオンラインショップの売り上げが急に伸び始めたのです。現在は予約制を取り入れ、店舗も再開し、感染対策をしっかりしながら通常営業に戻しています。喫茶スペースは4月からしばらく閉めていたのですが10月から席を減らしメニューを限定して再開しています。ただ、飲食店だけの方々はまだまだ厳しい状況が続くと思います。今後も厳しい業界には引き続き補助金などの検討も視野に入れて頂ければと思います」。
そんな暮らしの変化は『nagaya.』だけではなく、街や地域も同様です。
「徳島県は7月ごろまで感染者が少なかったので、正直、県外の方に排他的なムードで息苦しさがありました。7月から数カ所でクラスターが発生し、8月の阿波踊りも中止になってしまいました。お盆は例年一番お客様が多い時期なのですが、2020年は寂しい夏でした。9月以降は県内外のお客様も戻ってきているので、徐々に感染対策をしながら暮らしていくという方法が浸透していっている雰囲気はあります。また、店舗でお客様の客単価が上がっているようにも感じました。徳島は唯一の百貨店が今年の夏撤退するくらい、神戸や高松で買い物をする方が多いのですが、なかなか外出ができないこともあり、県内の小売店でまとめて購入しているのだと思います。地元でのお買い物の良さが見直されているのではないかと感じています」。
前述にあった作家との関係性が最たる例ですが、吉田さんが大切にしていることは「普遍的な仕事」。以前は東京でもデザインやインテリアに携わるも「トレンドと普遍の溝を感じていた」と言います。
そんな葛藤をしていた時、祖母の訃報が届きます。更に難は容赦なく襲いかかり、帰郷するために徳島へ向かう羽田空港で起こったのが3.11の東日本大震災。人生を大きく変えた出来事であり、同時に徳島で一からスタートをしようと決意したきっかけにもなりました。
「今回の難局で一番顕著だと思ったことは、弱者がより辛い状況になるということ。学生さんやお年寄りが不自由な暮らしをしていると思います。学校は今までのように授業を受けられるよう、万全な運営をすることを一番優先して欲しいです」と話す吉田さんは二児の母でもあります。
当たり前は、当たり前ではない。自分以外の誰かのことを気遣い、日常に感謝する。これは、今こそ、ひとり一人が感じなければいけないことだと思います。
苦しい渦中、吉田さんの心を救ったのは、あるお客様から言われたひと言でした。
―――
コロナ禍でも日々の生活を彩るものが、こんなに気持ちをホッとさせてくれることもあるんですね。
―――
「心に染み入りました。不要不急と思われる弊店のような雑貨店でも、必要としてくださるお客様がいらっしゃるという喜び、感謝、そして、勇気を頂きました。徳島の片田舎ですが、小さな火を長く灯せるよう営業していますので、もしご興味湧きましたらお立ち寄りいただければ幸いです」。
住所:徳島県徳島市沖浜町大木247番地 MAP
電話:088-635-8393
http://nagayaproject.com/
Text:YUICHI KURAMOCHI
標高450m、総面積3,500㎡に対し、客室はわずか7部屋。天然温泉も有するそこは、本館、別館から成り、その全てが規格外。
瀬戸内が持つ風光明媚を独占できる『瀬戸内リトリート青凪』を手がけたのは、日本を代表する建築家、安藤忠雄氏です。
『ONESTORY』が出会ったのは、遡ること2018年。その後、数々の快挙を成し遂げますが、新型コロナウイルスによって迎える試練は、例外なく訪れています。
「2015年の開業から2020年にかけ、我々『瀬戸内リトリート青凪』はお客様と優秀なスタッフ、地域のサポーター様に恵まれ、順調に成長を重ねて参りました。(『ONESTORY』の)取材後の2018年には、国内系ホテル初のミシュラン最高評価やワールドホテルアワード3冠、40ヶ月連続売上増などの記録を得ることができました。しかしながら、新型コロナウイルスによって緊急事態宣言が発令され、我々も4月から2ヶ月の休業を余儀なくされてしまいました」と話すのは、総支配人の吉成太一氏です。
吉成氏は、以前の取材でこんな言葉を残しています。
「同価格クラスなら“良い宿”であることは当然。その中でいかに突出した宿になれるか」。
「安藤忠雄建築だけではダメ。僕たちは安藤先生に勝ちたい」。
『瀬戸内リトリート青凪』は作品なのか、ホテルなのか。
もちろん答えは後者ですが、安藤建築はそれほどまでに圧倒的存在感を放ちます。
当時、「安藤忠雄建築を入り口として泊まりに来るゲストがほとんど。しかし大事なことは、その中でサービスがずば抜けている、あるいは料理が抜群に美味しいという理由でお客様にリピートしてもらうこと。安藤忠雄建築というウリ文句にあぐらをかいていては、決して“スペシャル”にはなり得ないのです」と吉成氏は話を続けていました。
ゆえに、休業中も努力の歩みは止めず、更に進化したスペシャルをお客様に提供できる日に備え、できることを一丸となってしてきました。
「新型コロナウイルスによって止むを得ず迎えた休業中は、チーム全体で毎日のようにオンライン研修で学びを深めてきました。 新しいマーケティングや財務スキルなど、普段はホテルオペーレーション以外で接する機会が少なかったことにも積極的に向き合い、知識を深めてきました」。
2020年5月に緊急事態宣言は解除。6月から再始動した『瀬戸内リトリート青凪』は、その力を存分に発揮します。
「スタッフ皆で得た学びを再オープンと同時にアウトプットし、アートイベントなどの新企画を多数スタートさせてまいりました。もともと3密が発生しない構造の『瀬戸内リトリート青凪』は、GoToトラベルのスタートと同時に非常に多くのお客様がお戻りになり、大変ありがたいことに8月以降は過去最高の稼働が続いています」と吉成氏。周囲の様子も訪ねると「インバウンドのお客様も多かった道後温泉や松山城など、主力の観光地は、例に漏れず一時ゴーストタウンのような状態と化してしまいました。しかしながら、ローカルのパワーと結束力は力を増し、今は多くの国内の観光客で賑わいを取り戻しています」と言葉を続けます。
しかし、終息を迎えたわけではありません。両手を上げて喜べない件もあり、表裏一体の日々。
「政府の施策により旅行者が多くなったことは喜ばしい反面、もしGoToトラベル起因によって我々のホテルで感染者が出てしまった場合どうしたら良いのか……という心配も抱えています。実際に瀬戸内内ホテルでも感染者が出てしまい、休業を余儀なくされてしまいました」。
経済の再開は必要とされるも、それによって新たに生まれる懸念への補償が約束されているかと言えば、そうではありません。注意深くするも目に見えない相手ゆえ、一刻も早く「日常」が戻る日を願うばかりですが、美点の「非日常」が広がるのが『瀬戸内リトリート青凪』の最大の魅力。
「我々は、ホテルが提供する“非日常体験”にこそ大きな価値があると信じています。コロナ禍において、我々の日常は大きく変化してしまいした。しかしながら『瀬戸内リトリート青凪』は、今もこれからも圧倒的な“非日常体験”をお客様にご提供できればと思っています。体験した全てのお客様が、この宿泊体験によって何かを感じ、それがその方の人生にとってより良いものとなれば、それに勝る喜びはありません。皆様の再開の旅で、お目にかかれますよう、ホテルスタッフ一同、お待ち申し上げております」。
住所: 〒799-2641 愛媛県松山市柳谷町794-1 MAP
電話: 089-977-9500
http://setouchi-aonagi.jp/
Text:YUICHI KURAMOCHI
路地を入ると、杉玉の下がったお店がある。和食のお店だろうと通り過ぎようとして、「アルテレーゴ」の看板に気づいた。
濃いグリーンの壁が印象的な、すっきりした店内だ。お店に入ってすぐ右手に大きな機械が置いてあり、私はてっきり飾りとしてミシンを置いているのかと思ったのだが、生ハムを切る器機だという。いろんなことがさりげなく意外なリストランテである。
今日の料理は「ボタンエビのタルタル」。シェフの平山秀仁さんが冷蔵庫から取り出して見せたくれたのは、海老の昆布締めならぬ生ハム締め。薄く切られた淡い桃色の生ハムのなかに、これまた淡い桃色の海老が並んでいる。その海老を細かく叩く。なんという贅沢な料理だろう。
鍋にだいだい色の粒と少量の水を入れ火にかける。「クスクスに見立てた乾燥にんじんです」と平山さん。戻した乾燥にんじんと、みじん切りにした落花生のコンフィをエビのタルタルに混ぜる。にんじんがとびっこに見える。そのタルタルを器に置き、レモンジェルを少々、それからラルドと呼ばれる塩漬けした豚の油をかぶせるように敷いていく。それを、軽く火であぶる。エビの桃色とにんじんのだいだい色が、溶けた油の下からふわっと浮かび上がる。フェンネルの花、にんじんの葉、粉末状の乾燥黒オリーブをかけて、完成。
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完成した品はもちろんのこと、料理の工程すべてがすでにうつくしい、なんと手の込んだ一品だろう。食べるのに緊張してしまう。
ラルドの上品な脂気、エビのねっとり感、生ハムの塩気とうまみ、にんじんのつぶつぶ、落花生の香ばしさとコリコリした食感、フェンネルの香り、レモンの爽快さ、ほのかにこっくりしたバター……、と、びっくりするほど一口の情報量が多いのだが、口をついて出る言葉は「おいしい!」の一言。よく知っているような気がするのに、食べたことのないおいしさだ。
コントドシャンパーニュを飲む。エビのタルタルが力強くて繊細なことがよくわかる。そして、このシャンパーニュの味と風味が、じつにしっかりしていることがあらためてわかる。この一品はコントドシャンパーニュの味を消さずに引き立てて、料理の味も消えずに引き立てられる。
テタンジェの特徴は力強さだと平山さんは言う。それに合わせる料理としてコントドシャンパーニュに負けないものは何かと考え、このタルタルを思いついたそうだ。素人の私からしてみれば、いったいどのようにボタンエビを思いつくのか、いや、思いついたとしても、なぜそれを生ハムで締めようと思いつくのか、なぜ乾燥にんじんを、なぜ落花生のコンフィをまぜこもうと思いつくのか、まったく発想のみなもとがわからない。思いついたものが、実際にこうしてコントドシャンパーニュの強さに負けず、たがいの魅力を引き立て合っているのだから、感嘆するほかない。
アルテレーゴは、ミラノで、はじめてミシュランの星を獲得した日本人シェフ、徳吉洋二さんの店である。ミラノの徳吉さんとともに働いた平山さんが、アルテレーゴのキッチンをまかされている。アルテレーゴは「分身」という意味だ。
平山さんがいちばん重要視しているのは何かと訊くと、「調和、バランス」だという答えが返ってきた。一品としてのバランス、コース全体の流れを通してのバランス、店内の雰囲気を含めてのバランス。そして、お客さんに楽しんでもらえる空間作りに心を砕いているとも話す。食事はリラックスして楽しむもの、というのが平山さんの信念だ。そのためにはシェフもスタッフもその場を楽しまなければならない。緊張しているお客さんがいれば、その緊張をほぐす。ミラノのお店では厨房にいてお客さんの表情を見る機会はなかった。けれどここ、アルテレーゴはカウンター中心なので、お客さんの様子がよくわかる。それぞれの表情を見ながらやりとりをする。
ふだんのアルテレーゴはコース料理中心で、しかも、各皿とともにスープが出るのだという。スープと料理のペアリングを楽しむというコンセプトだ。料理とスープ、あるいはごはんとおかずなど、異なるものを口に含み、口のなかで混ぜ合わせて味わうことを「口中調味」というのだと平山さんに教わった。これができるのは日本人だけなのだという。まさに料理とスープという構成は、口中調味をたのしむためにある。シャンパーニュと料理の、こんなに完璧な組み合わせを思いつく平山さんだから、スープと料理もきっと一筋縄ではいかないのだろう。ただ「合う」だけではなくて、足し算引き算、かけ算割り算と、味も香りも食感も、無限に楽しめるのに違いない。
住所:東京都千代田区神田神保町2-2-32 MAP
TEL:03-6380-9390(ご予約:050-3184-4001)
https://alterego.tokyo
1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で第18回野間文芸新人賞、1998年『ぼくはきみのおにいさん』で第13回坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で1999年第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年第22回路傍の石文学賞、2003年『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞。2006年『ロック母』で第32回川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で第2回中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で第22回伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で第25回柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私の中の彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。
お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
Photographs:KOH AKAZAWA
(supported by TAITTINGER)
年間60品目以上を生産し、通年新鮮な野菜を各地に出荷する行方市。そんな行方市を象徴する農産物をひとつだけ挙げるとしたら、サツマイモとなるでしょう。
なにしろサツマイモは『JAなめがたしおさい』の農業産出額およそ200億円のうち、実に約40億円を占めるほど。行方市では、多彩な品種を栽培し、そしてそれぞれの品種に合わせて熟成をかけることで、年間通じてサツマイモを出荷し続けているのです。
サツマイモは秋のもの、というかつての常識。しかし野菜王国・行方市が誇るサツマイモは、そんな歳時記さえも変えてしまうのです。
地元では甘藷(かんしょ)と呼ばれ、生産者の誇りでもあるサツマイモ。JAなめがたしおさい甘藷部会連絡会の現会長・高木雅雄氏の言葉をもとに、行方市のサツマイモの魅力に迫ってみましょう。
【関連記事】NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/温暖な気候、肥沃な大地、豊富な水。年間60種以上の野菜が育つ、日本屈指の野菜王国。
Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))
関東一の米どころ・茨城県。近年は米どころとしての認知度も定着し、コシヒカリ、あきたこまち、ミルキークイーンといった定番品種から、茨城県のブランド米であるゆめひたちや一番星、さらに古代米や餅米、加工用米など、多種多様な米が育てられています。
もちろん霞ヶ浦と北浦という2つの湖を擁し、肥沃な土壌に恵まれた行方市でも米栽培は盛ん。そして平野部が広く広大な耕作地が持てることから、他の地域ではないアプローチで農業が行われるのも、行方市らしさのひとつです。
通常よりも化学肥料や農薬の使用を半分以下に抑えた特別栽培で、『JAなめがたしおさい』が一丸となって研究して誕生した冷めてもおいしいと評判の「行方コシヒカリ」、そして農薬・化学肥料を使わずに育てられる愛鴨米。豊富なバリエーションは、行方の農業の底力と多様性をそのまま表しているのです。
日本の食卓になくてはならない米。今回は、食卓を彩るおいしい米の秘密を、行方市で探ります。
【関連記事】NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/温暖な気候、肥沃な大地、豊富な水。年間60種以上の野菜が育つ、日本屈指の野菜王国。
Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))
「顔が見える生産者が育てる野菜で作る料理」。
「野菜がたっぷりの身体に重くないフレンチ」。
今ではスタンダードになりつつあるヘルスコンシャスな料理を10年以上前から提唱し話題を集めた池尻大橋『HOKU』。オーナーシェフを
務めるのは、井上和洋氏です。ところが開店から7年目、人気絶頂のさなかに突如、お店を閉め、東京から姿を消してしまいます。
2013年、井上氏がたどりついた新天地は、新潟県三条市でした。
しかもそのロケーションは田んぼの真ん中にポツン。
そんな『Restaurant UOZEN』は、地元の人に愛されながら、県外からもゲストを呼ぶ店として成熟。夏は自ら佐渡沖まで釣りに出かけ、猟が解禁になる秋から冬にかけては、毎日のように山に出かける日々。失敗と工夫を繰り返しながら、パーマカルチャーの理念に基づき、循環型のライフスタイルによる野菜作りにも挑戦しています。
しかし、そのライフスタイルは、新型コロナウイルスによって一変してしまいます。
「新型コロナウイルス前は県外のお客様が中心でした。自粛から緊急事態宣言の発令がされた時は、お店の営業を一時停止し、再開した後は県内のお客様が中心になっています。ですが、今回の難局によって大きく変化させたことは特にありませんでした。強いて言えば、おせちの全国配送を検討していることです。これまでのおせち料理は県内限定に行っていたのですが、今年は全国配送の予定をしています。理由は、営業休止中に全国配送メニューを試みたのですが、ありがたいことにそれが好評だったため、それならばおせち料理もやってみようと」。
旅はできなくても『Restaurant UOZEN』の料理を食べたい、井上氏の料理が食べたい。全国のファンは、会えなくてもつながっています。
2020年10月現在、「県外への旅行には慎重な方も多くいらっしゃいますが、 新潟県は比較的、元通りに戻ってきているように思います。残念なのは、年配の経営者の方はこれを機に廃業を決断された方もいらっしゃったことです」。
そこで思うのは、もう少し補助や支援の制度が早かったら……。
「当店が位置する新潟県三条市の新型コロナウイルス対策の補償などは、各地方に比べても手厚くスピーディーな方だと思います。国の補償は2020年冬にどうなるかによって、その時に早急に対応できるような体制であってほしいと思います」。
地域の判断と政府の判断……。規模も体制も制度も異なるため、双方を比べるのは難しいかもしれませんが、そのスピード感は、国民の生活を大きく左右します。
経営者であればなおのこと。月末は待ってくれません。
そう言った意味では、後手になった政府の対応をただ待つだけではない新潟県三条市の対応は、地域住民にとって、どんなに心強く感じたかは想像するに難しくありません。
以前、井上氏は『ONESTORY』の取材にて、「きちんとした食材を使い、その味を感じられる料理を提供したい。東京時代から抱き続けてきた想いに新潟で血肉を通わせてきました」と話しています。
井上氏は香川出身。ではなぜ新潟だったのか? それは、奥様の真理子さんにあります。真理子さんの両親は、この地で日本料理のお店を営んでいたのです。
しかし、真理子さんが20歳の時に父を亡くし、その10年後に跡を継ぐはずの兄も亡くしてしまいます。母親がひとりで細々と続けていたここを引き継ぎ、いつかカフェのようなお店ができないか……。そう考え、真理子さんは上京し、飲食店勤務を続けていたのです。井上氏との出会いは、『HOKU』にゲストとして訪れたのがきっかけです。
「本当のサスティナブルな形とはなんだろう?とずっと考えていました」と井上氏。ゲストから友人に、恋人に、夫婦になった真理子さんとの時間がその答えを導いていきます。
ふたりは東京を離れることを決意。夫婦で新潟県三条市へ移り、料理人・井上和洋氏の第2章が始まったのです。
「必ず誰でもがまた普通に旅が出来る日が来ると思います。その時に“地方ってやっぱり良いね!”、“田舎ってすごいね!”と言ってもらえるような店になっていたいです。世界中、誰しもが予想出来なかったこの状況。皆様にまた新潟に来ていただけるよう、更に自分自身が思う存分新潟を楽しみ、表現したいと思います。新潟県三条市にお越しいただけるのをお待ちしております!」。
自由に行き来できる旅は、いつ再開できるのか。それは知る人はまだ誰もいません。井上氏は、いつかのその日のために、今日もまた、ただただ、おいしい準備をしています。
最後に。
2020年、『Restaurant UOZEN』は、「ミシュランガイド新潟2020 特別版」で二つ星を獲得。
きっと、亡き真理子さんの父、兄も歓んでくれていると思います。
真理子さんのご両親が大切にしてきたこの地でお店を続ける意志は、コロナ禍によってより強固に。
『Restaurant UOZEN』第3章の始まりです。
そして、今日もまた、いつもと変わらず、井上氏はキッチンに立ちます。
田んぼの真ん中にポツンとある『Restaurant UOZEN』のキッチンで。
住所:〒955-0032 新潟県三条市東大崎1丁目10-69-8 MAP
電話:0256-38-4179
http://uozen.jp/
Text:YUICHI KURAMOCHI
昔からその場所にあったように佇む『BOOKS AND PRINTS』は、写真家・若木信吾氏が運営する本屋です。
場所は、若木氏の故郷・静岡の浜松です。数々の著名人を撮り、その被写体をも虜にする若木氏の写真には、業界内外にファンは多い。ゆえに東京からの来訪が大半を占めていたが、自粛に緊急事態宣言、それ以降も控えるよう促された不要不急の外出も手伝い、ゲストは激減しました。
そんな時、お店を助けてくれたのが地元の人々だったのです。
「元々遠方からのお客様が多かったので当然ご来店数は落ち込みましたが、 その分、地元の常連さんたちが気にかけて ご来店してくださっているのが大変ありがたいです」。
そう話すのは、店長の新村 亮氏です。
そして、インターネットの普及や今の時代だからこそできる試みも実施。中でも、今回、大きく活用されたサービスはクラウドファンデイングと言っていいでしょう。
「一時期、通常営業がままならなくなった時、弊店も参加させていただいた「Bookstore AID」というクラウドファンディングのご支援ご協力がとても大きかったです。また、遠方からもオンラインショップをご利用いただき、本当にたくさんの方々に支えていただきました。そのおかげで今も変わらず店を続けることができています」。
「Bookstore AID」とは、新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言が全国に発令され、出口のみえない外出自粛要請と休業要請の日々の中で、全国の書店・古書店を支援するため、有志で立ち上げたプロジェクトです。2020年5月29日終了時点、4476人の人々が支援し、47,548,000円もの金額が集まりました。
誰かのために何かしたい、支援したい、応援したい。しかし、どうやったらいいのか……。一昔前ならば、結局何もできずで終わっていたかもしれませんが、テクノロジーの進化によって誕生したクラウドファンディングによって救われた人は少なくないと思います。
「地域や業種に関わらず、これだけやっておけば大丈夫ということがまだないので難しいと思いますが、 できる限りの対策や工夫をして、何とか持ち堪えているといったお店が多いのではと思います。また、国や政府の対応に関しても、未曾有の事態ですし、全ての人に対して充分な補償や対策ができないのは仕方のないことだと思っています。同様の状況になったとき、政府も私たちも今回の経験を生かし、混乱せずしっかりと対応していけたらと思っています」。
日本を代表する建築家・安藤忠雄氏が手掛けたはじめての絵本「いたずらのすきなけんちくか」の一説にこんな言葉があります。
───
旅には2しゅるいあります。
ひとつは、遠くまで行って、ちがう場所の空気をすうふつうの旅。
もうひとつは、本を読んで想像のせかいをめぐる心の旅です。
───
今だからこそ、「本を読んで想像のせかいをめぐる旅」にでかけてみたい。
「また安心して行き来ができるようになった時に皆様とお会いできるのを浜松で楽しみにお待ちしております。それまでは、ぜひお近くの本屋さんで本をたくさん手に取っていただけると嬉しいです」。
お近くの本屋……。それは、本屋が生活の一部になっていた若かりし頃の若木氏の生活体験でもあります。
「10代の終わりにニューヨークに留学した時も、サンフランシスコに住んでいた時もそうでしたが、近所に本屋が必ず3~4店はあったんです。暇な時は必ず本屋かレコードショップ通い。それが定番となっていました」と若木氏は言います。
海外と日本、異なる文化、時代の変化……。様々あれど、美しい街には本屋があります。いや、あると信じたい。
そんな風景を絶やさないためにも、ぜひお近くの本屋さんへ。
住所:静岡県浜松市中区田町229-13 KAGIYAビル201 MAP
電話:053-488-4160
http://booksandprints.net/
Text:YUICHI KURAMOCHI
2020年3月、新型コロナウイルスによってパリはロックダウン。
「都会的な生活と都市機能は奪われました」。
そう話すのは、パリで活動する建築家・田根 剛氏です。
「当時、日常は一変してしまいました。ほとんどの移動手段は制限され、行動範囲も歩ける距離であり、生活の中心は家の中。“都市”だったパリは、まるで“村”のようでした」。
パリは大気汚染の問題が深刻化される街でもあり、ここ数年においても旧ディーゼル車の禁止や交通規制を設け、改善に取り組んでいます。途絶えた移動手段は、一時的に街の空気を好転させるも「これを続けなければ環境改善にはなりません」。
そんな田根氏の近作は、2020年4月に開業を迎えた『弘前れんが倉庫美術館』です。そのコンセプトは「記憶の継承」。2018年に『東京オペラシティ アートギャラリー』と『TOTOギャラリー・間』にて同時開催された大規模個展「未来の記憶|Archaeology of the Future」もしかり、両者に共通するのは「記憶」。
田根氏が最も大切にしている言葉であり、建築においては「場所の記憶」を徹底的に調べます。
「自分たちのプロジェクトは、場所が持つ記憶の発掘からコンセプトを考えていきます。ゆえに、この作業に時間と労力を一番かけています。建築を通して、この場所に意味を持てるか、記憶を持てるか。この場所のために何ができるのか、どんな可能性があるのか。そんなことを常々考えています」。
既存の場所に建物を作り、そこから新たに人の流れを生む。建物が土地の文脈に沿った過去になれれば、それは記憶として成立されます。記憶とは、過去と未来をつなぐ装置なのかもしれません。
しかし、新型コロナウイルスによって世界は暗い影を落とし、未来に目を向けられない人も少なくないでしょう。
「未来が見えなければ、僕は過去に遡ります。できるだけ遠い過去に」。
田根氏は、そう話します。
「原子や太古まで振り返り、そこから光を見出す。例えば、1万年前まで戻った時、きっと今を生きるための未来の手がかりがあると思うのです。しかし、何も答えが探せないこともあるでしょう。その時は、考え続けるのです。昨今、サスティナブルという言葉を耳にしますが、人類の誕生から受け継がれてきた記憶から得られる発見は、驚異的な持続性です。僕は、建築を通してその持続性を創造したい」。
じっくりと書籍や文献を読み、調べ、探求し、過去の旅へと脳内を巡らせる中、ある変化にたどり着きます。
それは、「自然と不自然の違い」です。
【関連記事】生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE 特集・10人の生き方
「新型コロナウイルス前と後、一番変化を感じたのは“自然”と“不自然”の違いでした」。
その見解について、田根氏はこう話を続けます。
「20世紀後半から21世紀にかけ、人類の進歩は急速に発展し、グローバル化もされました。しかし、それは不自然だったのではないかと思うのです。都市には、その面積に対して住めないくらい人の量が溢れ、電車も体積に対して乗車できないくらい人の量が押しかけ満員状態に。自分もそうですが、飛行機に乗って毎月のように国内外を行き来するなどの行為は、自然の流れではない時の経過であり、地球のエネルギーの中では極めて不自然」。
本来、自転と公転を繰り返しているのは地球ですが、不自然や無理な移動によって、太陽や月が動いているような錯覚に。地に足をつけていれば、自然がもたらす時間に太陽と月は訪れます。
新型コロナウイルスによって、長く自宅で過ごす日々の中、田根氏はそんなことを如実に感じたのです。
「当たり前のことなのですが、自宅にいると、ちゃんと朝が来て、陽が沈んで、月が出て、夜になって。眠る。自然にはちゃんと摂理があります。僕たちは今、地球の時間軸で生きている……。そう感じました」。
新型コロナウイルスもまた、グローバライゼーションによる不自然さから生まれたもの。
「あんな小さなウィルスが“不自然”な人類の活動の結果、瞬く間に世界中に広がってしまった」。
更に、そんな「自然と不自然の違いは、建築にもある」と田根氏は話します。
「近代以前、建築はその土地のものを使って建物を建てるというのが基本的な考え方でした。よって、必然的に建材は運べる距離のものになりますし、そのほかの使える材料もまた土地のものになりなす。建材と建物は切り離せない関係、土地と建物も切り離せない関係でした」。
しかし、近代以降、流通を含めた様々な進化は効率化を促し、不自然を可能にしていきます。
「例えば、ドバイで建物を造るとします。その建材に石があったとしたら、その石を中国で切って、スペインで加工し、ドイツで組み上げ、またドバイに送るなどということが起きてしまう。最新の手法を駆使すれば、工期短縮な上、コスト面も含めて効率良くできてしまうのです。世界中のどこでも建てられるような技術を身につけてしまった反面、建築は大地から切り離されてしまった。しかし、それには無理があると思うのです。これは建設業界が考えなければならない大きな問題だと感じています。僕は、建築と大地を切り離さない。どうすれば大地の一部になれるか、大地に根付くことができるかを大切にしています」。
その好例は、『エストニア国立博物館』です。
負の遺産とも言われた軍事滑走路を再利用したそこに費やした歳月は、約10年。更に驚くべきことは、本作が田根氏にとってほぼ処女作だったということです。先述の通り、「場所が持つ記憶の発掘」から始まる作業に変わりはありませんが、完成後、建物は土地ともに過ごし、育ち、生き、大地の一部になったそこには様々な人が行き交う風景が形成されました。
―建築は未来を創造できるー
『エストニア国立博物館』のために捧げた10年は、田根氏がそれを感じるきかっけにもなったのです。
土地と建物の関係は、土地と植物の関係にも似るのかもしれません。温暖、寒気、熱帯、はたまた砂漠や高山……。正しい環境に正しく育つからこそ、植物は根を張り、長きにわたり命を宿し、大樹となります。
逆に言えば、植物を大地から切り離し、誤った土地との関係を持ってしまえば枯れてしまいます。
建築もまた、長く土地に根ざすからこそ記憶を増し、人の命よりも遥かに長く生き続け、歴史や文化の伝承者(物)となるのです。
パリで活動する田根氏の出身は、東京。古き良き街並みを持つパリとスクラップアンドビルドを繰り返す東京。相反する街をどう客観視するのか。
「パリは継続型。昔からパリのまま。建物の入口や窓の大きさなども条例に定められており、長い年月をかけて大切にその風景を守ってきました。それは、国や地域も一体となって取り組んできたからこそだと思います。一方、東京は開発型。作っては壊し、新しいものを積極的に取り入れる街。ゆえに世界でも稀なエキサイティングな都市だとは思います。但し、これが日本の地方の美しい風景や街並みをも、近代化の波によって壊され続ける……と危惧してしまうこともあります。日本は、新しいものを作ることに未来を見る国だと思います。それは、資本主義経済の流れに伴い、建設業が大きな力を持ってしまったことも要因のひとつかと考えます。東京の場合、特にそれが風景として顕著に表れており、人の一生よりも長くのこるはずの建築が、人の命よりも短命な建物が多くなってしまった。20世紀後半は建築界にとって大きな節目を迎えたと思います。急速に新しい建物が乱立するようになりましたが、建築の考え方は“作る”ではなく”直す”。直す力が社会や文化を作り、持続性を形成してきたのだと思います。近年は、直さずに壊してしまうものが多過ぎると感じています。その結果、スクラップアンドビルドという現象が起きてしまう。直せるものにこそ、価値がある」。
この思考は建物に限らず、様々なものも同様。伝統工芸にある金継ぎは、まさにそれです。
「本当に大切な建物や風景は、作ることではなく直し、使い続けることではないでしょうか」。
2020年、新型コロナウイルスの猛威は世界中を窮地に追い込み、未だ深刻な国は多いです。
「自分が建築家として一番大切にしていること、それは“場所と記憶”です。今回、より一層その想いが強くなりました」。
「僕たち人間は、すぐには変われないかもしれません。人間はそんなにちゃんとした生き物ではないのです。でも、改めて生きることとは何かを考え機会にはなったと思います。それは、自分も含め、世界中の人間ひとり一人に問われているのではないでしょうか。残された人生の時間をどう全うすべきか、子供たちや未来のために何ができるのか。亡くなった多くの方々がいる中で、幸運にも生かされた自分たちには何ができるのか、考え続けたいです。建築家は、ひとりでは何もできません。自分たちのアイデアを元に、様々な職種の人たちが人生を掛けて同じ目標に向かって全力を尽くす気持ちが大きな原動力を生みます。建築は、そんな役目を果たすためにあると思っています。建築家として、人として。どこかのために、誰かのために、僕は生き続けたい」。
11月7日(土)、フードエッセイスト・平野紗季子さんと菓子研究家・長田佳子さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1』が開催されます。これは、「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーションによって実現した特別企画。抽選を勝ち抜いた限定5名が参加可能な、贅沢な料理教室です。
「新潟ウチごはんプレミアム」とは、新潟の食を支え育んできた生産者や料理人を通じて、全国の食卓に「新潟の食」を紹介するポータルサイトです。今回、ONESTORYはフードカルチャーのトップランナーに新潟の食材を使ったレシピ開発を依頼。「新潟ウチごはんプレミアム」のオンライン料理教室を通じて、新潟の食の魅力を発信します。
記念すべき第1回目を担当するのは、平野紗季子さん・長田佳子さんのコンビ。 平野紗季子さんといえば、小学生のころから食日記をつけ続ける人気フードエッセイスト。雑誌『Hanako』での連載をまとめた著書「私は散歩とごはんが好き(犬かよ)」では、コミカルなタッチで綴られる文章と写真が、同世代の女性読者から絶大な支持を得ています。 長田佳子さんはといえば、パティスリーやオーガニックレストラン勤務での経験を生かし、現在は「foodremedies」として活動。砂糖やお菓子が体に負担をかけるものではなく、人を癒すものになってほしいという願いのもと生産者に会うことを大切にし、素材を厳選したお菓子作りは、やはり全国にファンを持つ人気の菓子研究家。 そう、記念すべき初回は人気のフードエッセイストと、菓子研究家がこの日のためだけにスペシャルタッグを組んでくれたのです。
今回、ふたりはレシピ開発のために、あらためて新潟を訪れました。さまざまな食材の生産の現場を巡る中で、ふたりはどのようなインスピレーションを受けたのでしょう。そして、注目のレシピとは?
ぜひ、イベントへふるってご応募ください。
【イベント概要】
ご自宅に届いた新潟の食材を使い、平野氏・長田氏と一緒に調理を愉しむオンライン料理教室。
事前に、レシピに使用される新潟の食材をご自宅に配送させていただきます。
(調味料等ご自身でご用意頂くものは、当選者にご連絡させていただきます)
*日程
11月7日(土)15:00~16:30
*開催方法
オンラインイベント
お申し込み頂いた方の中から抽選で5名様に、イベント参加用のZOOMのURLをお送りいたします。
*定員
5名(主催者にて抽選)
*参加費
無料
傘が要らない程度の心地よい秋雨が落ちる中、平野さんと長田さんのふたりは、新潟市の柿畑にいました。ここ秋葉区真木野の柿畑は広さ約8ヘクタール。推定1600本の「おけさ柿」が植えられています。ふたりがお菓子の食材として選んだのが、そう、この「おけさ柿」です。
新潟県のブランド柿として知られる「おけさ柿」は、実は品種名ではなく商標。品種としては、平核無柿(ひらたねなしがき)と、その早生品種である刀根早生(とねわせ)の2品種です。こちらの畑に並んでいるのは刀根早生で、果実は大きく四角に膨らみ、薄橙に色づいています。あと2〜3週間で本格的な収穫の時を迎えるそうです。
「甘いですか?」という平野さんに、「いやいや渋いですよ」と笑って答えるのは、JA新津さつきの田中宏樹さん。「おけさ柿」の2品種はどちらも渋柿。収穫後、渋抜きの加工を経て、甘い柿として出荷されています。田中さんは、渋抜きのメカニズムについて説明してくれます。
「柿の渋味の正体はタンニンという成分。渋抜きといっても、このタンニンが抜けるわけではなく、柿の中に残ったままです。タンニンは水に溶けやすい性質でして、水に溶けたタンニンが口の粘膜に付くと渋味になります。渋抜きはヘタにアルコールを染み込ませる方法が有名ですが、どの方法もタンニンが水に溶けない工夫をして、人間が渋味を感じないようにごまかす技術なんです」
こちらで収穫する柿は、室の中で炭酸ガスを吸わせる方法で渋抜きが行われています。柿を炭酸ガスで窒息状態にすると、柿の中にアセドアルデヒドが発生し、アルコールをしみ込ませたような効果が得られると言います。
「渋味を生かした食べ方もありますか?」という平野さんの質問に、「いやあ」と口ごもる田中さん。渋柿を食べたことがないというふたりは、何事も経験と、渋抜き前の柿を試食することに……。
「おぉーー、そういうことか。口の中が一瞬で砂漠化した! 渋いというレベルがイメージとまるで違っていました」と平野さん。「あ、口の中いっぱいに麩菓子を詰め込まれた感じ」と長田さんも目を丸くしています。
そして、晴れて、渋抜き後の甘い「おけさ柿」の試食したふたりは、「このやさしい甘味がなんともいえずいいですね」「香りも穏やかで上品」と幸せいっぱいです。
ところが、地元での柿を使った調理法についてリサーチを進めていくと、驚きの事実に直面してしまいました。「地元の各家庭で作られる郷土菓子のようなものはありますか?」と長田さんが質問すると、田中さんはまた渋い顔をして、「いやあ、聞かないですね。熱を加えると、また渋味が戻っちゃうんで。だからジャムなんかも、おけさ柿のものはないんですよ」とのこと。「えぇ〜っ!」と顔を見合わせる平野さんと長田さん。そして、「ふふふふふ」と笑い合います。ぜひ「おけさ柿」でお菓子を作りたいと意気込んでいたふたりですが、さて、一体どうするつもりなのでしょうか?
平野さんと長田さんは、五頭連峰を間近に望む田園地帯にあるヤスダヨーグルトを訪ねました。33年前に、旧地名である安田町の酪農家9名が結束し、生乳の6次産業化を目指して加工場を作ったのが始まりです。看板商品であるドリンクタイプをはじめとするヨーグルト製品は、新潟県民にとっては今やお馴染み。身近なソウルフードです。
工場では、次々とボトル詰めされ、ラインを流れていくヨーグルトに釘づけのふたり。製法の解説に耳を傾けます。使用するのは新潟県下越地区の新鮮な生乳のみ。味わいで特徴的なのが、ヨーグルト特有の酸味と甘味の絶妙なバランス。これは、新潟特産の20世紀梨の糖度と、心地よい酸味をヒントにしているそうです。
新潟県産イチゴ「越後姫」や国産ミカンなどのフルーツを使ったヨーグルト製品にも注目した長田さんは、製品ラベルを確認して感心しています。
「どれも香料不使用なんですね。この手の商品で香料を使っていないのはとてもめずらしいですよね。生乳と果物本来のおいしさを大切にした自然でやさしい味わい。食材や生産者への想いも伝わってくるようなおいしさです」
クルマは一路、長岡市の山間にある加勢牧場へと向かいました。この牧場ではめずらしい「ガンジー牛乳」が搾られています。「ガンジー牛乳」とは、英仏海峡に浮かぶ島・ガンジー島原産の乳用種であるガンジー牛の乳。ガンジー牛は世界的に希少な品種で、日本では飼育頭数がわずか180頭ほどと推定されています。
牧場を案内してくれたのは、この地で牛たちと共に育ったという加勢健吾さん。
「この牧場は私の父がホルスタインの仔牛1頭から始めました。一時は飼育頭数を60頭まで増やしましたが、多忙を極めながらも収入が上がらないことに限界を感じ、付加価値の高い牛乳作りへの方向転換を図りました。今から20年前のことです。父がこだわったのは、何よりもおいしさでした。評判の牛乳を全国各地から取り寄せて飲み比べした結果、いちばんおいしかったのが栃木県・南ヶ丘牧場のガンジー牛乳だったのです。コクがあるのに後味がすっきりしていることがポイントだったそうです」
加勢さんのお父さんは、群馬県伊香保にある牧場に何度も通って頼み込み、ようやく1頭の仔牛「みちる」を譲ってもらいました。以来、地道に頭数を増やしながらホルスタインと入れ替えていき、現在はガンジー牛のみを16頭飼育しています。
ガンジー牛は、乳牛として品種改良が進んだホルスタインに比べるとかなり小柄で、やさしい顔立ちをしています。1日に搾れる乳は1頭あたり約15リットル。ホルスタインが1日30リットル前後というから、生産性は単純計算で半分程度です。しかし、規模を追わず、1頭1頭丹精込めて飼育している加勢牧場の「ガンジー牛乳」は、一般的な牛乳よりもはるかにおいしいとの評価を得ていて、高級牛乳として飛ぶように売れています。
「ゆったりとした牛舎で、こんなふうにリラックスして過ごしたら、牛乳だっておいしいはず」と長田さん。早速、牛乳と、牛乳をたっぷり使ったミルクプリンをいただきました。
「あ、おいしい。濃厚っていう印象ではないのに、牛乳らしい味わいが豊かでするっと入っていく感じ。後味もきれい。他の食材を引き立てながら調和してくれそうな牛乳です」と長田さんは話します。
ミルクプリンを一口食べた平野さんは、「これ、いきなりスイーツ!」と長田さんにも試食を促します。「ガンジー牛乳にバニラビーンズを入れたら、いきなりスイーツになっちゃったっていう味。こんなにおいしいミルクプリンがあるなんて」と平野さん。「ほんとだ」と長田さんも驚いた様子です。
「製法はまさに、お砂糖をほんの少し使っているだけで、ほとんどガンジー牛乳を固めたようなものです。できるだけシンプルに、ガンジー牛乳のおいしさを楽しんでいただきたいと思っているので」と加勢さん。ふたりは深く頷いていました。
充実した新潟の旅を終えた平野さんと長田さん。たくさんの魅力的な食材に出合い、心を込めて食材を生み出す人々の貴重な話を聞くことができました。この旅で得たインスピレーションは、オンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1』で、どのように表現されるのでしょうか?
ぜひ、イベントへの参加にご応募ください。幸運な5名のひとりは、あなたかもしれません。
旅の中で登場した商品は、こちらから購入できます。
住所:〒950-0075 新潟県新潟市中央区沼垂東3-5-16 MAP
電話:090-6516-8626
https://www.instagram.com/mountaingrocery/
住所:〒956-0007 新潟県新潟市秋葉区小戸下組2224 MAP
電話:0250-25-1211
https://www.ja-satsuki.com/
住所:〒959-1944 新潟県阿賀野市金屋340-5 MAP
電話:0250-63-2100
https://www.swanlake.co.jp/main/ikarashi_info2.asp
住所:〒951-8126 新潟市中央区学校町通2-5299-3 MAP
電話:080-1140-2467
営業時間:10:00〜18:00
定休日:日・月曜日
http://www.suzukisyokudousya.com/
住所:〒959-2221 新潟県阿賀野市保田940 MAP
電話:0250-68-5028
http://www.yasuda-yogurt.co.jp/
住所:〒949-4505 新潟県長岡市根小屋147 MAP
電話:0258-74-2863
https://www.kasebokujo.com/
1991年福岡県生まれ。小学生時代から食日記をつけ続け、大学生時代に日常の食にまつわる発見と感動を綴ったブログが話題になり文筆活動をスタート。雑誌等で多数連載を持つ他、イベントの企画運営・商品開発など、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。最新作は『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(マガジンハウス)。Instagram:@sakikohirano
レストラン 、パティスリーなどでの修業を経て、現在は「foodremedies」(「レメディ」とは癒しや治療するという意味)という屋号で活動。ハーブやスパイスなどを使ったまるでアロマが広がるような、体に素直に響くお菓子を研究している。著書に『foodremediesのお菓子』『全粒粉が香る軽やかなお菓子』(文化出版局)などがある 。Instagram:@foodremedies.caco
Photographs:KOH AKAZAWA
Text:KOH WATANABE
(supported by 新潟県観光協会)
「食卓を共にする」ことは、お互いの信頼と分かち合いの精神なしでは成立しないこと。持続可能な平和を未来へと繋ぐために、人々が分け隔てなくひとつの食卓を囲むことからできることを考える『Sustainable Peace Table(サステナブルピーステーブル)』が、国連の「国際平和デー」に定められた9月21日にキックオフミーティングを開催しました。
会場は、アジアのベストレストラン50で2018年に「サステナブルレストランアワード」を受賞したレストラン『レフェルヴェソンス』。参加者は「Sustainable Peace Table」の代表を務めるマリ・クリスティーヌさん、国際連合人口基金(UNFPA)東京事務所所長の佐藤摩利子さん、建築家の西田司氏、くらし研究家で新潟燕市を拠点に町づくりの活動を行う『Sync Board Inc.』代表取締役の山倉あゆみさん、東京女子大学の学生で「Sustainable Peace Plateコンテスト」を運営する中井遥さんと岩田万菜さん。会の冒頭の挨拶でクリスティーヌさんは、「COVID-19(新型コロナウイルス)感染予防対策から、大切な友人とすら食卓を囲むことが難しくなっている今こそ、活動を始める意義がある」と話します。
「レストランは”元気を回復させる”という意味を持つRestoreが語源になっています。食卓を囲み、食事を分かち合い、互いを敬い、対話することで、平和への願いを未来へ繋ぐ活動を、ここ、レストランから始められたらと思います」。
ミーティングは会場に響く鐘の音を合図に始まりました。会場に用意されたモニターにも、大きな鐘の映像が映し出されます。
大阪万博記念公園の「平和の鐘」は、ニューヨーク国連本部にある「平和の鐘」の姉妹鐘です。この二つの鐘は、日本の一国民の中川千代治氏の尽力で造られたものです。「国連平和の鐘を守る会」代表の髙瀨聖子さんが、大阪万博記念公園から東京のシンポジウム会場にメッセージを送ります。
「太平洋戦争のビルマ戦線に従軍し、部隊は全滅、ひとり生き残った中川千代治は平和の大切さを生涯を懸けて伝えることを決意しました。そして、二度と戦争が起きないように世界の平和を願う人々のコインを集め、平和の鐘を鋳造し、ニューヨーク国連本部の庭に設置したいと考えたのです。1951年第6回国連総会にオブザーバーとして参加した千代治は、国連事務次長の応援で、その意義を力説。60余ヵ国の加盟国から200のコインとその後多くの人々の協力で数千に及ぶ古貨幣を蒐集し鐘を鋳造、1954年国連本部に贈呈しました。1970年の大阪万国博覧会の折には、世界各国の来場者にその音を聞かせるべく、ウ・タント国連事務総長に申し入れ、国連の平和の鐘の里帰りもさせました。その間、国連の鐘楼が空になると気付いた千代治は、“戦時中武器に変えられた鐘は平和の象徴であり、鐘楼を空にしてはいけない”との思いから、国連の姉妹鐘を造り、大阪万博の期間中、留守番鐘として国連に設置。現在の大阪万博記念公園の平和の鐘がその鐘です」。
※「国連平和の鐘を守る会」代表の髙瀨聖子さんのメッセージ全編は、こちらよりご覧ください。
これまでは生産者支援や環境保全の文脈で語られることが多かった食の「サステナビリティ」。それを「平和」という、人間の幸福の根幹と結びつけ、新たな視点を提示したのが「Sustainable Peace Table」。その目指すところは、2015年の国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げる「地球上の誰一人取り残さない」という宣誓にも重なります。2021年12月には日本政府がホスト役を務める「東京栄養サミット2021」の開催が予定されています。佐藤さんは言います。
「フードセキュリティは、国連の重要な課題でもあります。世界を見渡せば、フードロス(食糧廃棄)の問題がある一方で飢餓に苦しむ人がいる不平等が存在している。77億人の世界人口を、どうやったら地球が支えて行けるか。真剣に議論すべき時が来ているのです」。
佐藤さんの言葉を受けて、クリスティーヌさんは「現代は、幸せの基準が問われている時代」だと続けます。
「平和というと言葉は大きいですが、まずは身近な人と対話をすること、お隣の状況を知ることから、始められる何かがある。昔の日本の長屋や、隣組のようなコミュニティは、そういう意味で非常に有益だったように思います。私が日本に暮らし始めた1970年代は、”何か食べた?””お腹空いてない?”というのが、おもてなしの基本にあった。ところが時代の移り変わりとともに、そういったものがだんだん失われつつあります」。
食は、生命の持続に欠かせないものであると同時に、文明社会の根幹を成すものでもあります。
「食べ物は、毒を盛れば、命さえ奪えてしまう。だからこそ、食卓を囲むことが、敵味方がない状況を、つまりは平和を意味するわけです。奪い合うのではなく”分かち合う”、その行為も含めて。過去の戦争の多くは、地面の奪い合い。国土を失うことは、農地を、食糧を失うことになります。胃袋が満たされ体が癒されると、気持ちが元気になり、安心感や周囲への感謝の気持ちが満ちてくる。平和と食には、切っても切れない深い因果関係があります。日本には、世界に誇る食文化がたくさんあります。中川千代治さんが日本から、国連平和の鐘を通じ世界に訴えかけたことを、私たちは『Sustainable Peace Table』という食の活動を通じて受け継いで行けたら。今日参加してくれた若い世代と手を携えて。世界が、未来永劫、平和であれと」。
国連創設から75周年目の国際平和デーに、平和の鐘の音で始まった「Sustainable Peace Table」のキックオフミーティング。ここから、明日へ、その先の未来へ、平和への思いを繋いでいくのです。
※「Sustainable Peace Table」ミーティングの総集編は、下記よりご覧ください。
https://sustainablepeacetable.com/
Photographs:KEI SASAKI
Text:YUJI KANNO
様々なキャンペーンや施策が講じるも、自由に旅ができるかというと、それはまだ先になるかもしれません。
もし日常が戻った時、あなたはどんな旅をしてみたいですか?
広大な海を望む旅、堂々とそびえ立つ山々を愛でる旅、ゆっくりと湖畔で過ごす旅、温泉に癒される旅、アウトドアを堪能する旅、美食に興じる旅、はたまた海外……。
いつかに備え、想像を膨らませる日々かもしれませんが、『ONESTORY』は「再会の旅」をしたいと考えています。
皆が知る「再会」という言葉の意味を改めて認識したいと思います。
「長い間別れていた人同士が、再びあうこと」(広辞苑より)。
今回の難局は、世界的に見ても人と人が触れ合う環境を遮断され、引きこもりや孤立した生活を余儀なくされました。
そんな時に芽生えるのは、誰かを思う心。
見る、食べるよりも出会うことを目的にした旅は、より一層、絆を深めるでしょう。
ご無沙汰しています! お元気でしたか? またお会いできて嬉しいです! そんな何気ない会話は特別になり、握手やハグ、肩組みなどのコミュニケーションは、心の底から込み上げてくる何かを感じるに違いありません。
そんな旅は、人生において忘れがたい時間になるはずです。
今回は、再会の日を夢見て、これまで出会ってきた人たちの今の想いをお届けしたいと思います。
大切なことは、どこへ行くかではなく、誰に会いに行くか。
旅の再開は、再会の旅へ。
※日々の変化がめまぐるしい中、各所が取材に応じてくださっています。内容によっては、世の中の情勢と時間差があるものもございます。また、新型コロナウイルス収束後、自由に旅が再開できるようになった際には、本企画を予告なく終了する場合がございます。予めご了承ください。
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| L-F | 60.5 | 39.0 | 96.0 | 82.0 | 58.0 | 8.5 |
| S | 62.5 | 43.0 | 104.0 | 90.0 | 63.0 | 8.5 |
| M | 64.5 | 46.0 | 110.0 | 96.0 | 64.0 | 8.5 |
| L | 67.5 | 49.0 | 116.0 | 102.0 | 65.0 | 9.5 |
| XL | 69.5 | 52.0 | 120.0 | 106.0 | 66.0 | 9.5 |
| XXL | 71.5 | 55.0 | 124.0 | 110.0 | 67.0 | 9.5 |
熱中症警戒アラートが発令されるくらい暑い日、できるだけ日陰をさがして移動しながらレストラン「オード」を目指す。グレーのカウンターがキッチンを囲むシンプルな店内。厨房への入り口に取りつけられた「オード」の提灯がチャーミングだ。キッチンに、見たことのあるようなないような機器が設置されている。あれはなんでしょうと、シェフの生井祐介氏に訊くと、かき氷製造機という意外な答えが返ってくる。フランス料理店にかき氷……デザート用?
「今日はガスパチョのかき氷をお出しします」と、これも想像のはるか上をいく答えが返ってくる。
その答えに驚きつつも、実は私は「やった!」と心の中でガッツポーズをとるくらい嬉しくなった。本当に暑くて、きーんと冷たいものを心底欲していたのである。
厨房でガスパチョの作りかたを見せて頂く。キュウリの芯をくりぬいて細切りにしたもの、ごく薄く切られた大葉、隠し味の梅干し、かすかに金色の液体が用意されている。この液体、なんと大量のトマトをミキサーにかけ、一晩かけて布濾ししたトマトウォーターなのだという。ひと口飲ませてもらうと、透明に近い液体から凝縮されたトマトの旨味が立ち上る。
キュウリと大葉をごま油でさっと炒め、梅干し、生姜汁とレモン汁、コニャックをひとたらし入れて、ミキサーで攪拌(かくはん)し、急速冷凍する。
料理の完成形にも驚かされる。エキストラバージンオイルをたらしたガスパチョのかき氷は、コリアンダーの花がちりばめられていて、まるでアーティフィシャルグリーンのようだ。一緒に供されるのは花束みたいなハーブ。コリアンダー、レモンバジル、ミントで、好きなものを好きなように摘んでガスパチョに散らして食す。
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まずはそのままスプーンで一口食べる。気持ちのいい冷たさとしゃくしゃくした感触が口に広がり、それからトマトの旨味やごま油のコクが、時間差で口に広がる。シャンパーニュを続けて飲むと、ふわっと味と香りが広がる。ハーブを散らして更に食べる。ガスパチョの下に何か隠れていて、味覚も食感も香りも変わる。
ハラペーニョとレモンのジュースでマリネしたキュウリとタマネギ、それからアンズのアイスがガスパチョの中に入っているという。それらに加えて、三種のハーブのどの部分(花か葉か)とガスパチョを食べるかで、ひと皿の味も食感も香りもくるくると変わっていく。更に、ガスパチョと一緒に口に含むようにしてシャンパーニュを飲むと、ふくよかさが倍増していく。無数の扉が次々と開かれていく感じ。
生井さんの話を聞いていたら、以前対談をさせて頂いたミュージシャンの話を思い出した。ライヴの日のために、私にすればおそろしいほどのストイックな準備をし、その日のためだけのテンションを作り上げていって、当日、ライヴが始まる。客席の反応を見ながら歌いかたや曲調の微細なところを、バンドメンバーとコンタクトをしつつ変えていく、とそのミュージシャンは話していた。それはそのまま生井さんの料理スタイルと重なると思ったのだ。
その日その瞬間の、最善を尽くす。不変の完璧を目指すのではなくて、対する人の、その日その瞬間の様子も見ながら臨機応変に、変化させていく。まさに生井さんが日々繰り広げているのは、食の世界のライヴなのだ。幾度も足を運んでも、きっとその日その瞬間だけの感動が、ここ「オード」にはあるのだろう。
住所:東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾2F MAP
TEL:03-6447-7480
https://restaurant-ode.com
1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。96年「まどろむ夜のUFO」で第18回野間文芸新人賞、98年「ぼくはきみのおにいさん」で第13回坪田譲治文学賞を受賞。「キッドナップ・ツアー」では99年に第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年に第22回路傍の石文学賞を受賞。03年「空中庭園」で第3回婦人公論文芸賞、05年「対岸の彼女」で第132回直木賞を受賞。06年「ロック母」で第32回川端康成文学賞、07年「八日目の蝉」で第2回中央公論文芸賞、11年「ツリーハウス」で第22回伊藤整文学賞、12年「紙の月」で第25回柴田錬三郎賞を受賞、「かなたの子」で泉鏡花文学賞を受賞。14年「私のなかの彼女」で河合隼雄物語賞を受賞。
お問い合わせ:サッポロビール株式会社お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/
Photographs:KOH AKAZAWA
(supported by TAITTINGER)
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| L-S | 61.5 | 36.0 | 90.0 | 88.0 | 58.0 | 9.5 |
| L-M | 64.5 | 39.0 | 94.0 | 92.0 | 59.5 | 10.0 |
| XS | 69.0 | 39.0 | 103.0 | 100.0 | 61.0 | 10.5 |
| S | 70.5 | 41.0 | 107.0 | 104.0 | 61.0 | 10.5 |
| M | 72.0 | 43.0 | 111.0 | 108.0 | 62.5 | 11.0 |
| L | 73.5 | 45.0 | 115.0 | 112.0 | 64.0 | 11.5 |
| XL | 75.0 | 47.0 | 119.0 | 116.0 | 65.5 | 12.0 |
| XXL | 76.5 | 49.0 | 123.0 | 120.0 | 67.0 | 12.5 |
| XXXL | 78.0 | 51.0 | 127.0 | 124.0 | 68.5 | 12.5 |
世界的に活躍するフラワーアーティスト・東 信氏。その舞台は、日本よりも海外の比重が大きく、ニューヨーク、パリ、デュッセルドルフ、ミラノ、ベルギー、上海、メキシコ……。美術館からアートギャラリーまで、引く手数多です。
東氏の表現は、花が持つ美しさを芸術に昇華させ、更に価値化。そして、花に想像を超えた邂逅体験をさせる手法もまた、独自の世界観を生みます。宇宙へ飛び立つ「Exobiotanica - Botanical space flight -」や深海に沈む「Sephirothic flower : Diving Into the Unknown」はその好例です。
自身の創作以外では、ビッグメゾンとの取り組みも多く、「HERMES」や「FENDI」のウィンドー制作やインスタレーション、「DRIES VAN NOTEN」のショーでは「Iced Flower」が採用され、「YOHJI YAMAMOTO」のコレクションではフォトビジュアルを生地に転写。近年においては、「COMME des GARCONS」の川久保 玲さんに選ばれた逸材、「noir kei ninomiya」の二宮 啓氏と共に花のヘッドピースやマスク、ルックに生花を合わせるといった前衛的なコレクションを発表しています。
そんな東氏は、直近に予定されていた海外の活動延期を余儀なくされてしまいます。理由はもちろん、新型コロナウイルスによるものです。
「こんなに長い間、日本にいるのは久々かもしれません。良い意味で、自分と向き合う機会になりました」。
その時に浮かんだこと。それは、「何か違う」。
ここ数年、おぼろげながらに感じた心境の変化と対峙し、答えを探します。
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遡ること2016年、新たなプロジェクトがスタートしました。それは、「FLOWER SHOP KIBOU」です。世界中に足を運び、ゲリラ的にショップをオープン。訪れた地の人々に花を贈り、希望を届けるための活動です。
──
フラワーショップ“希望”とは、世界中の様々な街に出現し、人々に希望という名の花を届ける花屋である。国籍や人種、言語、宗教問わず、花を贈る人間の心は万国共通である。憎悪や悲しみ、絶望の中で、かすかな希望を託すもの。我々は、人々に花を届け続ける。希望が必要な限り、花を届け続ける。
──
花には「希望」がある。改めてそう東氏が実感したのは、2011年。日本中に大きな衝撃を与えた「東日本大震災」の時でした。
「僕たちは、“JARDINS des FLEURS”というオートクチュールの花屋を2002年から始めています。注文に合わせてデッサンを起こし、花材を仕入れ、花束を作るお店です。今回、このコロナ禍で真っ先に花の業界は影響を受けると思っていたのですが、実際は想像と真逆でした。花をお買い求めになるお客様が非常に多かったのです。しかも、イエローやオレンジなど、ビタミンカラーの配色をご希望する方が多かったのも特徴のひとつでした。みなさん、誰かを元気付けたいと思っていたのです。“東日本大震災”の時にも同じ現象が起きていました」。
「JARDINS des FLEURS」は、特異な花屋です。まず、花屋なのに花がありません。理由は、前出の通り、オートクチュールにあります。誰にどんな用途でお花を届けたいのかという会話からオーダーはスタート。必要な分だけ花を仕入れ、各々に適した作品を提供しているため、通常の花屋に見る切花やブーケなどが陳列される風景がここにはないのです。
「自分も元々は花屋に勤めていました。しかし、そこでは売れるか分からない花が多分に並び、しおれてきてしまったら廃棄。場合によっては、古いものからお客様に提供するところも。そこに疑問を感じ、自分は必要な分だけ花を仕入れ、無駄をなくした花屋をやりたいと思ったのです」。
食材で言えば、賞味期限に似るのかもしれません。更には、それが生きる動物の品と考えれば想像するのは難しくないでしょう。
「命を無駄にしたくない」。
人々は、なぜ花を必要とするのか。届けたい先の見える化が形成されているのも「JARDINS des FLEURS」の大きな特徴です。
「これは、僕らが改めて“花の力”をお客様から学ばせて頂いたことなのですが、花は自分のために得るのではなく、誰かのために与える存在だということです。元気付けたい。励ましたい。勇気付けたい。それは依頼内容に如実に表れていました。やはり、花は生きる活力なのだと思いました」。
生活を豊かに彩るのも花ですが、苦しい時に光を見出してくれるのもまた花。冠婚葬祭、お見舞い、献花、お供え……。様々な場面において、花は常に寄り添い、相手の心を癒します。
この感受は、芸術家・東 信だけでなく、花屋・東 信も続けてきたからこそ得られた精神と言って良いでしょう。
先述の「何か違う」と思った答え、それは表現の先にある「希望」。
「果たして僕は、花を通して希望を与えられているのか」。
「FLOWER SHOP KIBOU」は、コンゴ、アルジェリア、ドイツ、インド、ウルグアイ、アルゼンチン、ブラジル、ジャマイカ、中国、日本(福島、福岡、石垣島、青森)を巡ってきました。
「国も違えば、土地も文化も違う。正直、治安の悪いところもありましたが、全てにおいてひとつだけ共通していることがあったのです。それは、自分が得た花を自分だけのものにせず、その美しさを誰かと共有するということでした」。
お母さんにあげるんだ! 恋人にプレゼントするね! 友達にも見せてあげたい! お墓に手向けます! プロポーズしてくる!!
そして、花を受け取った人は、満面の笑顔でただ「ありがとう」。希望の連鎖です。
「この体験は、芸術活動では得られないと思います。なぜなら、美術館やギャラリーで開催される展覧会は鑑賞であり、わざわざ足を運んでくれた一部の人しか花を見ることができません。しかし、もっと身近な人たちに僕は花を感じて欲しかった。今度は、自分が足を運ぶ番だと思ったのです」。
花は人を無欲にし、人間そのものが持つ澄んだ心までも手繰り寄せるのかもしれません。
「ウルグアイに訪れた際、幸運にもホセ・ムヒカ元大統領とお会いする機会を頂きました。生きることは何かや命についてお話を伺ったのですが、こうおっしゃっていました。“約70億人が暮らすこの地球上では、争いが絶えません。国家間の対立やイデオロギーの衝突、個人で言えば、価値観の不一致が争いを招き、名も知れぬ人々の死を伝えるニュースは日常化してしまっています。私利私欲にまみれ、皆が好きなことをやってしまえば、世界はもちろん、地球すら崩壊してしまうかも知れません”」。
コロナ禍では、自粛やロックダウンによって排気ガスは低減され、空気は澄み、人が足を踏み入れなくなった大地や自然のみ、本来の力を再生させる機会となったのかもしれません。人間の活動停止による地球回復という皮肉な結果になったと言えるでしょう。
ムヒカ元大統領は、命や人生よりも大切なことはないと提唱し、「人生で一番大事なことは、成功することじゃない。歩むことだ」、「幸せに生きるには、目的意識を持つことだ」という言葉も残しています。
日本へ訪れた際には、日本人へのリスペクトとして広島へも足を運んだ過去も持ち、東氏もまた、毎年、原爆の日には献花を行っています。
はたして我々は、どう歩み、どんな目的意識を持つべきなのか。そして、これからどう生きるべきなのか。
2019年、東氏は「The New York Times」にて、各大陸を代表するフローリストとして選出され、更に世界中から注目を集めています。
「とても名誉なことではありますが、(冒頭の通り)今は、芸術力や演出力、表現力よりも人間力を磨くべきだと思っています。僕自身、花に生かされていますし、その花が生きる環境問題に目を向けられなければ花に携わる人間として資格。今、僕らのお店では、お花のバッグやブーケのケースも再利用できるものに全て変えました。それをご説明すると、みなさんは楽しそうにまた持ってきてくださって。自分たちにできることは些細な活動かも知れませんが、コツコツと積み重ねていくしかありません。もう一度、花屋を始めた初心に返り、再び命と向き合いたいと思っています」。
東氏のもとには、オーダーした花を提供するに終わらず、その後、お礼の連絡とともに花を渡した相手がどんな反応を示したかの便りが届くと言います。
「僕たちの手を離れた花がどんなふうに人を喜ばせ、命を全うできたかを知れるのは本当に嬉しいです。僕らが希望を与えたはずなのに、巡り巡って、結果、僕らに希望を与えてくれます」。
取材後、ある場所へ東氏が案内してくれました。そこにはユリが壮観に並び、数にして約3,000本。
「2020年7月、九州を襲った豪雨では、たくさんの方々が被害に見舞われましたが、その中には花を育てている生産者も少なくありませんでした。傷がついてしまったり、汚れてしまった花は、市場に出荷できないため、引取先がない場合は、破棄されてしまいます。それを僕らが買い取り、どうにか花の命を全うさせたいと思い」。
ひとつでも美しいユリですが、集積された美しさもまた圧巻。
「生産者の方々が丹精込めて育てた花の命を無駄にするわけにいきませんから」。
こうした創作活動は、コロナ禍も地道に続けており、その後の花の行き先は、医療従事者の方へのギフトとして贈っていました。
「コロナ禍によって失ったものは大きいかもしれませんが、そればかりではないはずです。我々は確実に何かを得たのだと思います。今こそ、自分たちがどういきるかを再び考えなければいけません」。
世界中に日常が戻ったとしても、後戻りはしてはいけません。回復した自然環境をより持続させ、そういった配慮を人間はしていくべきなのです。
「花に携わって約20年。表現者として、花屋として、人として、バラバラに歩んでいた道がひとつに重なってきた感があります。それは、つまり生き方。花は限りある命を懸命に全うし、誰かを幸せにし、笑顔にし、希望を与えてくれます。自分の生き方もそうありたい」。
人はいつか死を迎えます。花も同様ですが、人と大きく違うところは、植物は朽ちた後も大地に還り、次の命のためにその身を捧げます。
「自分が生きている間、誰かのために、花のために、自然のために、何ができるのか」。
その答えはすぐには見つからないかもしれません。いや、死ぬまで見つからないかもしれません。数多の花の命を見取ってきた東氏のこれからは、より植物に近い生き方を歩むのかもしれません。
「死期を迎えるその時まで、僕は花とともに希望を届けたい」。
1976年生まれ。フラワーアーティスト・『JARDINS des FLEURS』主宰。2002年より、注文に合わせてデッサンを起こし、花材を仕入れ、花束を作るオートクチュールの花屋『JARDINS des FLEURS』を銀座に構える(現在の所在地は南青山)。2005年頃から、こうした花屋としての活動に加え、植物による表現の可能性を追求し、彫刻作品ともいえる造形表現=Botanical Sculptureを開始し、海外から注目を集め始める。ニューヨークでの個展を皮切りに、パリやデュッセルドルフなどで実験的な作品を数多く発表する他、2009年より実験的植物集団『東 信、花樹研究所 (AMKK)』を立ち上げ、欧米のみならずアジア、南米に至るまで様々な美術館やアートギャラリー、パブリックスペースで作品発表を重ねる。近年では自然界では存在し得ないような地球上の様々なシチュエーションで花を生ける創作を精力的に展開。独自の視点から植物の美を追求し続けている。また、2016年より世界各国を巡り、花の美しさや植物の存在価値を伝えるプロジェクト『FLOWER SHOP KIBOU』を始め、花と人との関係性を探る活動も展開する。
http://azumamakoto.com
Flower Art:MAKOTO AZUMA
Photographs:SHUNSUKE SHIINOKI & AMKK
Text:YUICHI KURAMOCHI
「今回は、誰もが食べて美味しい!と思える料理を念頭にコースを考えました」。
そう語るのは、川手氏です。
「何度も何度も試作しました。毎日アイデアを出し合っては、作っては手直しして。お店の営業時間以外は、お互いのキッチンに行き来する日々でした」とふたりは話します。
そんなコースは、全8品。
・ブータンノワール りんご
・いわし レバームー
・ビスク 海老芋
・なす 茄子ピューレ
・ピジョン えび
・フラン 水牛モッツァレラ
・タンコンフィ 茸ご飯
・甘味
まず、「ブータンノワール りんご」。フレンチでは定番のブータンノワールに長谷川氏考案のりんごのガリを合わせます。「このガリは、季節に合わせて変えていく予定です」とは長谷川氏。また、通常はマスタードを添えるところですが、和がらしにしているのも特徴的です。
「いわし レバームー」は、『傳』と『フロリレージュ』が初めてコラボレーションした時の組み合わせを再構築。「どうしてもこの料理をコースに加えたかった」とふたりが話す思い出の品です。少しずつレバームーをいわしに乗せて食べるも良し、単体で香りを楽しむも良し、串からはずして混ぜ合わせるも良し。お好みに合わせてお楽しみいただきたいひと皿です。
「ビスク 海老芋」の海老芋は、出汁を含ませ、ビスクの濃厚な味わいと絶妙なバランスが溶け合います。ソースではなく、スープとの合わせも斬新なひと皿です。
「なす 茄子ピューレ」のなすは、揚げ浸しに。皿上に広がる2種のソースには、酸味の効いたものとスパイシーなオイルを用意。上にはナスの皮で作ったペーパーシートを添えます。本作は、Vol.2の連載の試作でも登場しましたが、その時よりも進化しています。
「ピジョン えび」の鳩は味噌漬けに、えびは醤油漬けに。漬けの響宴が成された料理。コース内、唯一のふた皿構成には、森田氏が作るパスタも添えられます。基本的に今回のコースは、長谷川氏と川手氏が考案したものですが、この料理に限り、長谷川氏・川手氏・森田氏がつながる味を堪能できます。
「フラン 水牛モッツァレラ」は、出汁ベースの茶碗蒸しに軽く炙ったモッツァレラを沈め、表面には醤油の餡とオリーブオイルを浮かばせます。
「タンコンフィ 茸ご飯」の茸は、舞茸とセップ茸を。「今後は、季節によって茸の種類を変えて行く予定です」と長谷川氏。合わせる牛タンには醤油の餡を絡め、器の縁にはアクセントに山椒の実のペーストを添えます。『傳』直伝、土鍋から炊き上げたご飯を見せる演出もまた、美味しさを倍増させます。
最後の甘味は2種より。ひとつは「煎茶プリン」。クラシックなプリンに煎茶のクリームと茶葉を乗せ、豊かな香りを演出します。もうひとつは「メレンゲ大福」。炊いた小豆とメレンゲをアイスにし、きめ細やかな餅で包み、メレンゲでサンドします。「ガシガシ食べてほしい!」とは川手氏の言葉。
また、それらに彩りを添え、相乗効果を生むのがドリンク。中でも、特に割りものがおすすめです。
沖縄の柑橘フルーツ、カーブチーを使用したサワーや「ブータンノワール りんご」のりんごのガリを使用した「アップルジンジャー」、山葵を漬け込んだウォッカにかぼすを添えた「かぼす山葵」はその好例です。また、大麦焼酎 青鹿毛(あおかげ)と台湾茶 八八金萱を合わせたお茶割りで〆るのも「デンクシフロリ」流。
川手氏は、台湾に姉妹店『ロジー』を展開し、『ハレクラニ沖縄』のレストラン「シルー」のコンサルティングシェフも務めます。台湾と沖縄、つながりのある地域から選ぶ素材を起用したドリンクもまた、「デンクシフロリ」らしさと言えます。
とにもかくにも、まずはぜひご賞味あれ!
「2020年9月30日にオープンを迎えますが、ここからがスタート。森田シェフを中心に『デンクシフロリ』のメンバーがそれぞれ考えていくことが大切」と長谷川氏と川手氏は話します。
ふたりがお店には立たないものの、名シェフによる新店とあれば、自ずとゲストの期待値は高まります。
「期待値が高いのは覚悟の上。僕は長谷川さんにはなれないですし、川手さんにもなれません。美味しい料理を作ってお客様に楽しんでいただくこの舞台を誠心誠意全うするだけです」と森田氏。
「改めて思うことは、僕たちはコラボレーションをしたのではありません。レストランを作ったのです。コースの内容は、時間をかけてじっくり考え、どうすれば美味しいと思ってもらえるかを日々熟考しました。それは、イベントでご提供するような数日限定の料理ではありません。常にお楽しみいただけるレストランでご提供する料理を作りました」と長谷川氏と川手氏は話します。
「“クシ”という鎖があったからこそ、できたと思います。ある種のルール、規制があったのが良かった。自由に表現し過ぎたら、まとまらなかったかもしれません」と長谷川氏。
「改めて“クシ”って良い言葉で良い出会いを“つなぐ”のだと思いました」と川手氏。
長谷川氏と川手氏のつながりに始まり、和食とフレンチ、そこにイタリアンがつながり、食材をつなぎ、料理をつなぎ、ものをつなぎ、人をつなぎ……。
―全ては整った―
冒頭にそう明記しましたが、実は誤りがあり、厳密には1ピース欠けています。
それは、『デンクシフロリ』がつなぐ最後のピース、お客様。
そのピースは、ぜひあなたが。
住所:東京都渋谷区神宮前5-46-7 GEMS 青山CROSS B1A MAP
TEL:03-6427-2788
https://denkushiflori.com
Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
たかがインスタントラーメン。
そう思っている方がいたら、そんな人にこそ、ぜひこの店に足を運んでほしい。
名だたるレストランのセカンドラインが軒を連ね、世のグルマンたちを夜な夜な魅了する『虎ノ門横丁』に9月25日(金)から10月10日(土)までの期間限定でオープンする『サッポロ一番劇場 @虎ノ門横丁』。『虎ノ門横丁』では、これまでにもポップアップレストランとしてさまざまな店を期間限定でオープンしてきましたが、今回コラボするのは料理人やレストランにあらず。何と、日本が誇るインスタントラーメン『サッポロ一番』とコラボして、サッポロ一番を使ったアレンジ料理を提供しようというのです。
しかも、その前代未聞のコラボに参加するシェフも、一流の料理人。中華から銀座『Renge equriosity』の西岡英俊氏、イタリアンから自由が丘『mondo』の宮木康彦氏がサッポロ一番のしょうゆ味、みそラーメン、塩らーめんの3種のインスタントラーメンを自在にアレンジ。独自の視点と解釈、さらにお互いの“らしさ”をプラスして、未知なるサッポロ一番のポテンシャルを引き出そうというのです。
さらに言えば、一人一品ずつではなく、ランチでは開催期間中を3期に分け、ランチでは西岡シェフが4品、宮木シェフが5品のラーメンを考案するというから、両シェフの熱量も凄まじい。ディナーには、お酒とともに楽しめるようサッポロ一番がコース料理となって登場、両シェフの共作も提供されるとあって、サッポロ一番ファンはもとより、これには世のフーディも黙ってはいられないことでしょう。
そんな期間限定の『サッポロ一番劇場』のプレス発表にONESTORYが参加、サッポロ一番の驚くべきポテンシャルを体感してきました。
プレス発表で実際に供されたのは全3品。しかし、この3品だけでサッポロ一番の奥深き世界、両シェフによるこの企画に対しての熱量と本気度を知るには十分すぎる内容でした。
まず登場したのは、宮木シェフ考案の「サッポロ一番塩らーめんのテッリーナ」。見た目からして「これがサッポロ一番?」と目を白黒させれば、味わってさらに驚きます。塩らーめんの麺と、白菜、椎茸、人参といった野菜を、塩らーめんのスープを寄せてテリーヌにしているのですが、味わえば確かにあのサッポロ一番塩らーめんそのものの味なのです。ただ、すごいのは、添えられたアンチョビのソースとともに口に運ぶと、その味わいが激変すること。聞けば、ソースにはフルーツトマトとクリーム、レモンの皮が混ぜられ、それらの酸味と塩味が塩ラーメンの味わいを引き締め、「これがサッポロ一番?」と、改めて食べ手を驚かせるのです。
「白菜、椎茸、に〜んじん♪」
あの名CMを知っている世代には懐かしいテリーヌの構成も、遊び心満載。サッポロ一番ファンなら心をぐっと掴まれることでしょう。
続く料理は西岡シェフ作。こちらもサッポロ一番塩らーめんを、ストレートにアレンジした「天然真鯛の松茸ラーメン」。しかし、シェフのアイデアは食べ手の想像を軽々と超越してくるのでした。
まず、スープには真鯛のアラから取った出汁を使用。粉末のスープの素を溶いてつくるのですが、フリーズドライのネギだけを除外。そうすることでサッポロ一番塩らーめんらしさを残しつつも、「インスタントラーメンのジャンキーさを消すことができる」のだそう。合わせる具材は、焼いた松茸と岩のり。松茸で仕立てたオイルをスープに浮かべることで、麺との絡み具合もアップし、香りも重層的に。未知なるサッポロ一番の世界にうなるばかりです。
3品目は宮木シェフの「モンサンミッシェル産ムール貝の混ぜそば」。こちらは『mondo』でも提供するコルツェッティというパスタとムール貝のラグーのソースを合わせた一品から着想し、みそラーメンをアレンジ。刻んだムール貝とにんにく、玉ねぎ、セロリを白ワインで煮込み、そこにみそラーメンのスープの素を絡めたソースを中心に、卵黄、ネギ、セロリ、トマト、バジルの葉をトッピングしています。しっかりと混ぜ合わせて食べれば、みそラーメンが主張しつつも、しっかりとイタリアンとして着地させるあたり流石。黒酢のスプレーで「味変」させる点にも、楽しさが溢れています。
住所:東京都港区虎ノ門1-17-1虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー3F 虎ノ門横丁 MAP
開店期間
9月25日(金)~ 10月10日(土)
営業時間
平日:ランチ12:00~ 売り切れ終い
ディナー18:00~(LO21:00)
土日:ランチ12:00~ 売り切れ終い
ディナー17:30~(LO21:00)
https://www.toranomonhills.com/toranomonyokocho/1029.html
Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHINJI YOSHIDA
(supported by サッポロ一番)
───
旅には2しゅるいあります。
ひとつは、遠くまで行って、ちがう場所の空気をすうふつうの旅。
もうひとつは、本を読んで想像のせかいをめぐる心の旅です。
───
これは、建築家・安藤忠雄氏が手掛けたはじめて絵本『いたずらのすきなけんちくか』の一節です。
「改めて、自分が本と向き合うきっかけになった言葉です」。
そう話すのは、『森岡書店』の店主・森岡督行氏です。
「本の良いところは、まず形があるということです。もうひとつは読み返したくなるということではないでしょうか。これはデジタルにはない感覚だと個人的には思っています。再読の度、自分の成長とともに印象が異なることがあるのもおもしろい。はじめて読んだ時には気づかなかった発見もあるかもしれません」。
紙で読む、見る行為は、画面で読む、見る行為より、記憶に深く刻まれると言われています。脳科学の分野では証明されているようですが、脳が認識する部位が異なることと反射光と透過光の違いにもあるそうです。
「地域に特化したものや街をテーマにしたもの、はたまた建築や寺社仏閣、祭りや催事、日本の目線、海外の目線など、多角的に日本の旅を想像できる本を選書していきたいと思います。特に外国人が見る日本は、我々が気づかないところに重きを置いたり、見慣れた風景すら新しく感じることもあります」。
そして、本に浪漫を感じるところは、前出のように形として残ることです。
「本は、人の命よりもはるかに長く生き続けます。つまり、歴史の伝承物でもあるのです。今ある本も、もしかしたら、数十年、数百年先には古書店に並び、また別の人の手に渡るかもしれません。そんなドラマもまた、形に残る本だからこそ得られる喜びです」。
そう話す森岡氏ですが、実は本に関する失敗談も。
「今思えば、手放せなければよかったと後悔している本もあります。また読み返したいと思った時には手元にない……ということもしばしば。しくじった!(笑)と思っても、後悔先に立たず。ですが、再会できるのもまた本。そんな縁も楽しみたいと思います」。
銀座に実店舗を構える『森岡書店』では、一冊の本を扱う本屋ですが、ここはもうひとつの『森岡書店』。
店主とともに、さまざまな本を通して、日本を読む、見る、想像の旅へ出かけたいと思います。
住所:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F MAP
TEL:03-3535-5020
1974年、山形県生まれ。1998年に神田神保町の一誠堂書店に入社。2006年に独立し、茅場町の古いビルにて古書店・ギャラリー『森岡書店』を開業。その後、2015年に銀座へ移転し、一冊の本を売る本屋として『森岡書店 銀座店』を開業。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)など。
Photographs:JIRO OTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 70.0 | 40.0 | 104.0 | 102.0 | 62.0 | 11.0 |
| S | 71.5 | 42.0 | 108.0 | 106.0 | 62.0 | 11.0 |
| M | 73.0 | 44.0 | 112.0 | 110.0 | 63.5 | 11.5 |
| L | 74.5 | 46.0 | 116.0 | 114.0 | 65.0 | 12.0 |
| XL | 76.0 | 48.0 | 120.0 | 118.0 | 66.5 | 12.5 |
| XXL | 77.5 | 50.0 | 124.0 | 122.0 | 68.0 | 13.0 |
| XXXL | 79.0 | 52.0 | 128.0 | 126.0 | 69.5 | 13.0 |
田原諒悟氏は、『フロリレージュ』の姉妹店、台湾『ロジー』を担うシェフです。「ミシュランガイド台北2020」では、2つ星を獲得。2018年のオープンから数えて半年も満たない期間で1つ星を経て、現在に至るスピード昇格です。そんな田原氏と森田氏は、前述の『トラットリア/ピッツェリア テルツィーナ』で約4年間、同じキッチンに立っていました。
「諒悟さんは、北海道で一緒に働いていた僕の先輩です。ひと足先に拠点を東京に移し、今では世界で活躍するシェフとして尊敬しています。一方、僕は、2020年に入ったくらいに今の店から独立しようか、他のジャンルのお店で料理の幅を広げようか悩んでいました。ちょうどその時、今回の件で一本の連絡を頂いたのです。長谷川さんと川手さんがふたりで始めるお店のシェフを探していると」。
当時は、まだ『でんくしふろり』という名前はおろか、物件も未定。海のものとも山のものともつかぬ状態ではありましたが、田原氏の誘いもあり、長谷川氏と川手氏に会うため、森田氏は一度上京します。
「お話しさせて頂き、正直、断る理由がありませんでした。チャンスしかないと思いました。イタリアンでは学べない技術や表現の自由度、自分の求めているステージがそこにはありました」。
しかし、唯一の懸念もありました。それは、新型コロナウイルスの問題です。都外からの上京は、必ずしも賛同を得られるわけではありません。
「9:1で反対されました。“今じゃなくてもいいんじゃないか”、“もう少し状況が落ち着いてからにしたらどうだ”など、その意見は様々でしたが、僕は今しかないと思いました。コロナを理由に諦めたくなかった」。
それらの声は、当然、森田氏を心配してのこと。しかし、自分のタイミングでチャンスはやってこないことを森田氏は分かっています。
来年であれば是非が通用すれば良いですが、それもまた難しい。逃せば手から滑り落ちてゆくかもしれません。更には、こんな絶好が再び訪れるとは限りません。
しかし、9:1の1。それは誰だったのでしょうか。
森田氏の師匠、『トラットリア/ピッツェリア テルツィーナ』の堀川秀樹氏です。
「“もうここでは学び尽くした”、“次のステージへ進め”、“絶対、行くべきだ”。堀川さんは、そうおっしゃってくれました」。しかし、こう言葉も続けます。
「“大切な人やお世話になった人、周囲の人への配慮を怠らず、真摯に説明をし、きちんと理解を得てから行きなさい”とも言われました」。
強力な1の味方によって、2020年9月14日に北海道を後にします。東京入りしてからは、『傳』と『フロリレージュ』のキッチンに入り、実際に同じ現場でシェフとしての時間をともにし、訓練の日々。それ以外は、メニュー作りに没頭します。
「料理のベースを長谷川さんと川手さんが作ってくださっているので、オープンまでにその精度をいかに上げられるかが自分の使命。ふたりに安心してお店を任せてもらえるように務めます!」。
『でんくしふろり』森田祐二シェフの誕生の瞬間です。
『でんくしふろり』の未来を担うもうひとりの重要人物、それが橋本恭子さんです。ご存知の方も多いとは思いますが、『フロリレージュ』のマネージャーを務めています。意外にも見えるこの移籍は、「自分が更に成長できる絶好の舞台!」と言います。今回に限らず、常に我が道を切り開いてきたようにも見える橋本さんの歩みを振り返ると「運だけでここまできました!」と豪快に笑います。
「もともとは全然飲食とは関係ない仕事をしていて、ひょんなことからお手伝いをすることになったのが約10年前。表参道にできる某飲食店の立ち上げでした。最初だけ……と思っていたのですが、気がつけば7年半(笑)。とても好きなお店だったので辞める理由はありませんでしたが、“このままでよいのか”、“次のステージに向かわなくてよいのか”など、様々な自問自答を繰り返していました。『フロリレージュ』はお客さんとして訪れていて、料理に感動したのは今でも記憶に新しいです。ある時、川手シェフとお話しする機会があり、“それならば一緒にやってみないか”と声をかけて頂き、満を持してお世話になることに」。
しかし、以前のカジュアルなお店と比べるとレストランでの接客やサービスは通用せず、「最初はひどいものでした……」と苦笑い。試行錯誤するも、中々うまくいかず、目指したこともなかった選択肢の挑戦は、そう甘くはありません。
「ある時、気づいたのです。語弊を恐れずに言えば、“私はレストランに憧れがないのかもしれない”と」。
この「憧れ」をもう少し噛み砕くと、「働き方の憧れ」、「体制の憧れ」を指します。
「例えば、レストランであれば、支配人がいて、マニュアルがあって。その絵図になぞろうとする自分がいたのですが、その憧れが弱かったので理想とはほど遠いサービスに。更には、圧倒的にレストランの経験値のなさを『フロリレージュ』で目の当たりにもしました。しかし、幸い自由度の効く場所だったので、そこで気持ちを切り替えたのです。私は私にできることをやろうと」。
今の橋本マネージャーのスタイルは、こうして形成されたのです。持ち前の明るさと元気、コミュニケーション能力の高さは発揮され、生き生きとカウンター内を笑顔で動き回ります。
そんな過去を振り返っていると「実は私、もともと台湾組だったんです(笑)」とも。
当時、前述の『ロジー』のオープンが控え、そのスタッフとして橋本さんは参画予定でしたが、紆余曲折あり、国内組に。現在は、『フロリレージュ』歴2年半、もう一度、挑戦したいと思った矢先に飛び込んできたのが『でんくしふろり』でした。
「実は、密かにもう一度、カジュアルなお店に興味が湧いてきていたのです。ですが、誰かのお店に情熱を注げる自信がありませんでした。それほど、最初にお世話になった表参道のお店と『フロリレージュ』の想いが特別だったから。そんな時に『でんくしふろり』の話を聞き、即立候補しました。もう一度、ゼロからやってみたかった」。
表参道のお店に始まり、川手氏との出会い、幻の『ロジー』!? 『フロリレージュ』、そして『でんくしふろり』……。決して楽しいことばかりではなく、時に「運」は試練も与えてきましたが、都度、自分らしく橋本さんは乗り越えてきました。
「『フロリレージュ』ではワイン中心のペアリングが主流ですが、『でんくしふろり』では日本酒や割りものをメインにするつもりです。割りものは特にこだわりたいと思っており、予想外の組み合わせや面白い品々の仕込みもしているので、ぜひお楽しみください! ワインやドリンクコースのご用意もする予定ですが、ワイワイ楽しんでいただければと思っています」。
規模は違えど、奇しくも凹字型のカウンターは『フロリレージュ』同様。オープンスタイルで繰り広げられる阿吽の呼吸、美しい動きでゲストを魅了する『フロリレージュ』が「劇場型」であれば、『でんくしふろり』は、声に出して賑やかに笑いさえも生む「小劇場型」か!?
その中心で一番声を張っているのは、橋本女将かもしれません。
取材を行った9月某日、森田氏と橋本さんは、会ってまだ4回目。
「森田さんはとにかく明るい! あとは声が大きいのが良い!」と橋本さん。
「いやいや、橋本さんの方が明るくて、声が大きい!」と森田氏。
「でも、声が大きいことは、『でんくしふろり』には絶対に重要!」とふたりは笑いながら声を揃えます。
「私は、お客さまとシェフとの間にいる中間地点、それをうまく中継してつなぎたいと思っています。スタッフのひとり一人にファンがいるようなお店を目指したいと思っています」と橋本さん。
「料理に関してベストを尽くすことはもちろん、サービスや細かいところも互いに支えられたらと思っています。例えば、キッチンとサービスでは、忙しい時と手が空く時のサイクルが異なります。そんな時は、どっちがどっちの仕事と区分するのではなく、お皿を下げたり、お会計をしたりと、みんながみんなの仕事に関心を持っていきたいと思っています」と森田氏。
「それを聞いて、今からそのような視点を持ってくれているのはとても嬉しかったですし、そんなシェフがチームにいることも心強いと思いました」と橋本氏が続きます。
社会で言えば縦割り、横割りですが、『でんくしふろり』流に言うならば、縦くし、横くし。その縦横を取り払い、縦横無尽にくしでつながることが、チームをより強くしてくれるのでしょう。
ご存知の通り、ここには長谷川氏も川手氏もいません。ある意味、スター選手不在の中、それでも勝算があるのは、個人競技ではなく、団体競技にあります。チーム戦だからこそ成せる技なのです。
「とはいえ、まだ上京してきたばかりの田舎者なので、東京に慣れるところから始めます!」と森田氏が言うも、「そのネタが使えるのは、最初の一ヶ月だけ!」と橋本さんの鋭いつっこみ。
「『傳』や『フロリレージュ』のお客様にも、『でんくしふろり』が好きだと言ってもらえるようになりたいです!」とふたりが言うも、すぐさま「とはいえ、お店を始める前からそんな図々しいこと言ってしまう性格も似てる(笑)」と言葉を続け、息もピッタリ。
『でんくしふろり』では、そんなシェフと女将のかけあいも一興か!?
人の出会いもご縁のつながり。ついに、演者は揃いました。
いよいよ、本格始動です!
※『でんくしふろり』の住所も公開! 予約も開始しました!
Photographs:KENTA YOSHIZAWA
Text:YUICHI KURAMOCHI
アーティスティックな空間の『Florilage』を彩る、ダイナミックな生け込み。それは単なる装飾のみならず、知らず知らずのうちにゲストの高揚を誘い、花の彩りや緑の濃淡を通して旬を知らせてくれます。
今回、『でんくしふろり』も同じ人物が手がけます。それは「piLi flower design works」のフラワーデザイナー・大類淳子さんです。
「『Florilage』の生け込みを手がけさせて頂き、そのご縁で川手さんに声をかけてもらいました。『でんくしふろり』では、植物に関わる装飾全てに携わります」。
と言っても、これから決めていく料理のコンセプトやコース内容、ドリンクなどと同様、装飾も『でんくしふろり』のスタッフたちとディスカッションしていきたいため、現状はまだイマジネーションの段階になります。
「現在は、一部ですがデザインに着手しています。確かに未確定要素はありますが、それでも何か手掛かりにして形にしていくのが、今回は自分の役目だと思っていています。ドキドキしますが、やり甲斐も感じています」。
現段階でわかっていることは、空間の主役がおくどさんということです。
「おくどさんを植物で装飾するコンセプトはお題として頂戴しているので、そこをメインにどうストーリーを組み立ててデザインしていくのかがポイントだと思っています。全体としては、独創的な世界観にふさわしいパワーのある楽しい空間をイメージしつつ、おくどさんへの敬意を表せたらと思っています」。
ふたりからのリクエスト、それは「フレッシュな植物」の起用です。
「時にその場で時間の経過を感じたり、季節の移ろいを感じたり。メッセージを植物に込めたいと思っています。『でんくしふろり』で過ごすゲストの感受もこだわりのポイントにできればと思っています」。
語弊を恐れずに言えば、命ある植物は、常に優雅なわけではありません。花びらや葉が落ちゆく様もまた美しく、生き物として当然の姿でもあるのです。
「『でんくしふろり』は、おいしい料理をいただく以上の何かをすでに感じており、私自身、早くお客として行きたいです!」。
諸説ありますが、暖簾の文化は奈良時代だと言われているそうです。
主には屋号、商標、はたまた取り扱い商品を記すところもありますが、お客様目線で言うと、暖簾の役目はお店が営業中か否かのサインでもありました。
『でくしふろり』にも暖簾が下がります。手がけるのは、江戸型染作家・小倉充子さんです。
「実家が神保町で履物屋をやっている関係で、神保町時代に『傳』の長谷川さんと知り合いました。それがご縁で、お店の暖簾と手ぬぐいなどを製作させて頂き、今回は『でんくしふろり』でも同じく暖簾と手ぬぐいを手がけさせていただきます」。
小倉さんは、大学でデザインを学んだ後、型染職人のもとで江戸文化と型染めを学び、独立。以降、江戸の町人文化、風俗をテーマに、浴衣や手ぬぐい、下駄の花緒、暖簾など、型染の作品を製作してきた人物です。特筆すべき点は、図案、型彫り、染めまで、ほぼ全ての工程を一貫して手がけていることにあります。
「暖簾はお店にとって第一印象になります。今回は、入口の重厚なアンティークの木戸と共鳴するように暗めの藍色のグラデーションを施しました。柄はオープニングということで、シンプルに『でんくしふろり』の酔っ払いおじさんワンポイントで! これもおじさんが徐々に酔っ払っていく様子を赤のグラデーションで表現しました。今後は季節によって違う素材、色柄でも展開していきたいと企んでいます!」。
手ぬぐいは、『傳』と『Florilage』が初めてコラボレーションした際に制作した手ぬぐいを改めて染めます。丸紋がモチーフのそれにあらゆる食材をぎゅっと詰め込み、混沌としている中から見たこともないような楽しい何かが生まれるイメージでデザイン。注染の本染めで染めています。
「長谷川さんは、いつお会いしても小学5年生男子のようで楽しそう! 昔から全く変わりません。いや、歳を重ねるごとに子供に戻っていっているような気が……(笑)」。
そして、川手氏もまた、「長谷川さんとそっくりだなあと思いました」。
そんなふたりの新たな門出『でんくしふろり』は、ぴかぴかの○年生♪の誕生か!?
「“でんくしふろり”の印象は、ふたりのぴかぴかの一流料理人のおもちゃ箱。今後に期待することは特にありません。きっと期待なんか裏切って、いつも驚かせてくれるお店になると思いますから!」。
暖簾に腕押し、暖簾に誘われ、ふと一杯。愛さればまた訪れ、そうでなければ立ち去る。布一枚だからこそできる技であり、粋な境界線。
未来の暖簾分けはあるのか!?を考えるのは時期早々ですが、まずは暖簾を守るところからスタートします。
『でんくしふろり』を長谷川氏と川手氏以外の視点で聞き取りした「くしでつながる仲間の声!」Part.1&2。登場していただいた建築家、インテリアデザイナー、左官職人、有田焼焼陶工、小鹿田焼陶工、フラワーデザイナー、染色家は、皆プロフェッショナルなミッションを創造することはもちろん、共通していることは、関係者としてではなくゲストとしての高い期待。
仲間が「行きたい!」と思わせる『でんくしふろり』の世界。
Text:YUICHI KURAMOCHI
都内で活躍する料理人たちが滋賀県産の食材を肌で感じ、その美味しさを最大限に引き出した料理をそれぞれの店で提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。9月11日(金)より都内の各レストランでフェアは始まっていますが、その開催に先立ち、滋賀の食材の本質と美味しさの裏に潜むストーリーを掘り下げるべく、参加する料理人や食材バイヤーが現地の生産者のもとを訪問しました。
料理人たちが参加した滋賀県視察ツアー第一弾に対し、第二弾となる今回の視察はパティシエが中心。素材にこだわるパティシエたちは「知る人ぞ知るフルーツ産地」滋賀県でどんな発見をして、どんなお菓子を構想したのでしょうか。
【関連記事】滋賀食材フェア/産地を巡り、生産者と語り、本質を知る。滋賀県の食材の魅力を伝える都内レストランフェア開催。
今回、滋賀県を訪れたのは、フランスの三3つ店や都内の名店のシェフパティシエを経て、2020年に九品仏(くほんぶつ)に自身のパティスリー『INIFINI』を開いた金井史章氏、人気パティスリーからレストラン、ベーカリーまで幅広く経験を積んだ後、その集大成として代官山にデニッシュ専門店『Laekker』をオープンした小出貴大氏、そして洋食の料理人として働くうちにより深く食材を突き詰めようと仲卸に転向し、現在は数多の高級料理店の食材仕入れを担当するバイヤー・木村 聡氏の3名。それぞれ食材に対する深い思い入れがあり、現地に向かう車中からすでに滋賀県の食材談議に花が咲いていました。
一行がまず訪れたのは、県南部の甲賀(こうか)市信楽町の高台にある『かたぎ古香園』の茶畑。1200年以上の歴史を誇り、日本五大銘茶にも数えられる朝宮茶の産地です。『かたぎ古香園』は、茶畑を案内してくれた片木隆友氏の祖父である先々代が小売を始めたことをきっかけに、完全無農薬に切り替えた茶園。47~48年前、その頃は無農薬という言葉さえもなく、完全に手探りの挑戦だったといいます。しかし、その苦労は実り、現在ではこの土地の力を凝縮したような上質なお茶が採れるようになりました。参加者たちも、試飲したこのお茶を「クセがなく、繊細で透明な味わい」と高く評価しました。
しかし、パティシエの目線になると、少し話が変わってきます。
「私のデニッシュは、強く焼き込むスタイル。優しく焼き上げる方がこのお茶には合いそうです」と小出氏が言えば、金井氏も「皿盛りのデザートと違い、一品で完結するケーキは構成要素が多く、このお茶の繊細さが生きてこない」と同意します。
しかし、そこで終わってしまわないのが、人気パティシエたるゆえん。「ダイレクトにショコラに混ぜたらどうか。食感は楽しいけれど口に残る」「ほうじ茶ならバターやアーモンド、卵など他の素材に隠れないかもしれない」「ここのほうじ茶は香りが柔らかく雑味もないためケーキに合わせやすい」。
「私はお菓子はさっぱり」と苦笑する片木氏を置いてけぼりにするように熱く語り合う参加者たち。片木氏に鋭い質問を投げかけつつ、予定時間を大幅に過ぎてもお茶の話に熱中していました。
昔ながらの方法で在来種の茶を育てる政所(まんどころ)茶『茶縁むすび』を訪ねても、パティシエの興味は尽きませんでした。前回の訪問で訪ねた料理人たちが基本的にこの政所茶を「ドリンク」と捉えていたのに対し、お菓子を構成するひとつの「素材」として見た今回のパティシエたち。
「一般的な茶園では、葉の栄養を取られないようになるべく花を咲かせません。しかし政所では自然のままの姿で育てていますから、花も咲くし実もつきます」と話すのは、生産者の山形 蓮さん。この話が参加者たちを惹きつけました。目当ては珍しいお茶の花、そして花を搾って採れるオイルです。山形さんが試しに少しだけ搾ったというオイルを前に、小出氏は「オイルはクリーム系と非常に相性がいいんです」と言い、金井氏も「土地の匂い、土の匂いがするオイル。コーヒーやカカオとも相性が良さそうです」と続けます。ここでもパティシエの頭の中では、具体的なメニューの構想が生まれていたようです。
日本一大きな湖・琵琶湖と、そこに流れ込む460の川。豊富な水に恵まれた滋賀県では、たっぷりと水分を含んだジューシーなフルーツが育ちます。
東近江市で作られるブランドブドウ・黒蜜葡萄もそのひとつ。その実力を探るべく、愛東ぶどう生産出荷組合青年部の漆崎厚史氏の農園を訪ねました。
「ワイン用として知られるマスカットベリーAという品種ですが、生食での美味しさを伝えるために、試行錯誤を重ねてブランド化にこぎつけました」と漆崎氏。糖度は22~23度まで上げ、皮は薄く、実は大きく、種はない。そうして生まれた黒蜜葡萄は、日々各地の食材と向き合う木村氏をして「生食用のマスカットベリーAは初めて見ます。おそらく豊洲市場にも入っていません」と言わしめるほど希少。「身離れが良く、甘みも香りも良いですね」と味の面でも太鼓判を押していました。
琵琶湖東岸に位置する彦根市の名産・彦根梨の畑でも、生産者から説明を受ける一行。かつてこの場所が沼だったこと、今から40年ほど前から地域で梨生産に乗り出したこと、土作り、畑作り、剪定、品種特性、旬……。様々な話を興味深げに聞き入る参加者たち。
ちなみに、完熟してから収穫する彦根梨は日持ちしないため、ほぼ県外には出回らないという希少な梨。さっぱりとした幸水、酸味がありジューシーな豊水の2種を食べ比べながら、次なるメニューのアイデアを練ります。
滋賀県西部にある高島市今津町では、名産品である柿の畑を訪ねました。取材時の9月初頭は、柿の収穫には少し早い季節。それでもJA今津町柿部会の部会長・岡本義治氏は、色づいた柿を探し、その場で食べさせてくれることで、柿を使ったスイーツ作りのアイデアをくれました。
岡本氏の柿園がある深清水(ふかしみず)という地区は扇状地であり、豊富な伏流水が湧き出す地。その水と、長い日照時間を利用して10品種の柿を育てているのだといいます。広大な柿園を歩きながら、そんな説明を受ける一行。試食した柿の味はもちろん、この地で見た景色や聞いた物語が、パティシエのインスピレーションを刺激するのでしょう。
上質なお茶と多彩なフルーツを巡った今回の視察。続いて訪れたのは、甲賀市のイチジク生産者でした。そしてこのイチジクが、参加者に大きな衝撃を与えたのです。
約900坪の敷地でおよそ160本のイチジクの木を育てる『浅野ファーム』の浅野正明氏は、元大手電機メーカー勤務。14年前に脱サラして、露地栽培主体でイチジク生産に乗り出しました。前職の経験からか、園は非常に美しく整備され、生産もロジカル。大きく、甘く育てる日照と水の関係を緻密に計算したイチジクは、品評会でも高い評価を得ています。
採れたてのイチジクを試食した参加者たちも、その美味しさに驚いた様子。更に話は、イチジクそのものの美味しさを超え、この品質を生かすお菓子についてまで広がります。お菓子などに調理する際、熟したイチジクの実は熱を加えることで水分が生地に染みて食感が悪くなってしまうのです。だからといって、洋梨のようにあらかじめソテーすると食感が生きず、コンフィチュールにすると香りが飛んでしまいます。そこで金井氏が提案したのが、ドライフルーツの要領で事前に実の水分を減らすこと。「縦半分に切ったらどうだろう? 」「穴を開けてみては?」「半乾燥なら使用量も増え生産者にもメリットがあるのではないか?」。様々なアイデアを出しながら、具体的に話し合う浅野氏と参加者たち。
「美味しい果実を育てることに尽力しますが、それがどのような形になって使用されるか、最終形のイメージが生産の現場にはあまりありません。パティシエの方々に直接具体的な話を聞けて良かった」。浅野氏は今回の訪問をそう振り返りました。
全ての視察を終えた帰り道、金井氏は滋賀の食材を「瑞々しく、香りが良い」と評しました。「香りを通して記憶に残るお菓子を作ること」を信条とする金井氏だけに、これは最上級の賛辞。生産者と交わした具体的な話から、すでにフェアに向けたアイデアも固まりつつある様子でした。「まずは箱を開けた時の香り、見た目、そして口に近づけた時の香り。そして口どけのスピード感に差をつけることで主張したい香りをどこに持ってくるか」と、自身のお菓子作りの理念を語る金井氏。「甘さは足すことができますが、香りや食感には素材の特徴が出てきます。そういう点で滋賀の魅力を伝えられるメニューを作りたい」と、金井氏は『Local Fine Food Fair SHIGA』への決意を語ってくれました。
傷がついたもの、粒の揃わないもの、捨てられる部位。日頃から食材を無駄なく使用することを意識する小出氏は、そんな値のつかない素材を、正規品と変わらぬ値段で買い求め、加工することを大切にしています。「大げさに言えば、未来への投資。農業が潤わなければ洋菓子はなくなってしまいますから。ただ単純に、捨てられるものに価値を見出すのが面白い、というのもあります」と話す小出氏。それだけに今回の視察で生産者と直接話せたことは、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けての構想だけでなく、今後の自身のクリエイションにも大きく役立ったといいます。そして「例えば若手生産者がブランディングを進める黒蜜葡萄。誰が、なぜ、この場所でそれを作るのか。そういう物語の部分まで伝えられるメニューを作りたい」と決意を語ってくれました。
今回の視察第二弾ではお茶とフルーツの生産者を巡りましたが、『Local Fine Food Fair SHIGA』では、これら以外にも滋賀の食材をふんだんに取り入れた料理が登場します。10月末まで、東京の7つのレストランにて開催していますので、ぜひ、この機会に滋賀の旬の恵みを味わってみてください。
Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 滋賀県)