世界を知り、日本を見る。根源を学び、表現する。本物の「エスプリ」だけが永遠を手に入れる。[TEORI/岡山県倉敷市]

ロサンゼルスはベニスビーチのアボット・キニーにある『Tamotsu Yagi Design』のオフィスにてインタビュー。Photograph:TAKUMI YAGI

八木 保×テオリスティーブ・ジョブズとともに時代を駆け抜けた、ひとりの日本人デザイナー・八木 保。

八木 保氏は『アップル』創業者のスティーブ・ジョブズとともに仕事をした数少ない日本人のひとりであり、現在もアメリカ西海岸を拠点に活躍し続けているグラフィックデザイナーです。

1984年に渡米し、『エスプリ』のアートディレクターを務めました。カタログやパッケージ、ストアグラフィックデザインなどのビジュアルを手がけ、1991年に『Tamotsu Yagi Design』を設立。数々の名作を世に送り出しますが、特筆すべきは『アップルストア』のコンセプトモデルの基礎となった1号店のデザインを手がけたことです。ここでいうデザインとは、目に見える内装やグラフィックはもちろん、コンセプトやコミュニケーションなど、目には見えないストアの核となるデザインも指します。
そんな八木氏の周辺は、その審美眼により長年集積された「もの」がひとつの風景を生み出しています。アート、インテリア、雑貨、本……。その「もの」は様々ですが、全てに共通していることは、「本物」だということです。

「本物でなければ意味がありません」。

その一つひとつには、作り手の「エスプリ(=精神)」が宿り、それを理解できる人のもとへ時空を超えてやって来たようにも見えます。つまり、間違った人の手にさえ渡らなければ、本物の「エスプリ」は永遠に生き続けるのです。世界を舞台に戦い続けている八木氏には、日本はどう映っているのでしょうか? 八木氏が考える日本のクリエイティブとは何でしょうか? その答えを自身が愛用する「made in japan」のものとの向き合い方とともに、紐解いていきたいと思います。

『Tamotsu Yagi Design』のオフィスの中は、まるでギャラリー。テーブルは、ジャン・プルーヴェ。八木氏は、ジャン・プルーヴェの愛好家としても知られる。Photograph:TAKUMI YAGI

八木 保×テオリマテリアルが重要。それは環境や社会と向き合うことを意味し、世界のスタンダードな思考。

「デザイナーだからといってデザインだけ一流でも世界では通用しません。ものを生み出すということは、ルーツを知り、学ぶところから始まります。それがもしプロダクトであれば、そこには素材があり、当然、その背景もある。起源までたどり、理解し、どう社会とつながるのかまで考え抜いた上で創造しなければ、価値は生まれないと思います。デザインが良いのか悪いのかは、こうしたことを前提として次に考えることです」。
海外を拠点に活動する八木氏は、「世界では今、環境問題や社会問題への意識が非常に高い」と言います。これは決して日本が低いという意味ではなく、世界的にみて専門家の意識も一般の人たちの意識も高い傾向にあることを指しています。逆に言えば、そういう意識を持たないクリエイターは、世界では通用しないということです。そんな八木氏が愛用する「made in japan」のもののストーリーも素材から入ります。

それは「竹」です。

「竹素材のものは、古いものから現代のものまで、自宅やスタジオでも色々と使っています。中でも岡山県倉敷市で生産されている『TEORI』は、自社で竹林を持ち、伐採から採取、加工まで、一貫して行っている自然環境と向き合ったブランドです。僕が使っている“BON”は、その名のとおり、竹のお盆。柾目(まさめ)の美しさはもちろんですが、手で持ちやすくするために縁の一部にカッティングを施したデザインには、使い手に対する心遣いを感じます。日本人ならではの発想であり、細やかな配慮だと思います」。

国内でも『TEORI』のように竹の栽培から自社で行う所は少ないそうです。『TEORI』には、竹を扱うことについて3つの特徴があるといいます。
「ひとつ目は、“硬くて丈夫”だということ。曲げ圧縮強度に優れ、長さに対しての狂いもほぼありません。例えば、昔あった竹の定規というのは、まさにその好例です。ふたつ目は、“人体に優しい”こと。抗菌性、殺菌性、脱臭性に優れ、テルペンと呼ばれる芳香物質を含む竹にはリラックス効果もあるそうです。そして3つ目は、“環境に優しい素材”。竹は成長が早く持続的生産が可能です。地下茎と呼ばれる茎を地中に持つため、地上に出てきたものだけを伐採すれば、新たに造林する必要がありません。出来上がったものは老朽化しにくく、生涯家具として使うことができるでしょう」。

竹は、古くから籠や日本家屋の材料にも利用されてきた、日本人が慣れ親しんできた素材。竹の歴史をたどれば、縄文時代の遺跡からも竹を素材とした製品が出土しているほど、日本の文化や生活を育んできました。しかし、「竹は古典だけではなく、表現の仕方次第で可能性が広がる素材」だと八木氏は言います。その例として、「’40年代、あるひとりの人物によって竹の可能性は開化し、創造されました」と言葉を続けます。その人物とは、フランス人の建築家兼デザイナーのシャルロット・ペリアンです。

愛用している『TEORI』のトレイ。「ガラスやステンレスのテーブルには、直接ものを置くよりも何かひとつ間に挟みたい。そうすることで、“見切り”の世界が生まれます」。

竹編みが美しい籠。「本来は、梅を干すための籠ですが、自分は大切なものを入れたりしています」。

「長い間愛用している押し寿司の樽です。下の部分の竹で締めた所が力強く美しいです」。

制作年代は不明の民具。「農家の人の金継ぎとは全く違う手法で修復されています。竹で締めつけ、リサイクルされた器です」。

八木 保×テオリシャルロット・ペリアンと日本の関係は、日本を世界に価値化する好例なのかもしれない。

シャルロット・ペリアンは、世界的に有名な建築家、ル・コルビュジエに師事した建築家兼デザイナーです。そのペリアンと日本にはどんな関係があったのでしょうか。
「1940年、シャルロット・ペリアンは、日本でデザインの指導にあたり、商工省(戦後に通商産業省に改組)から招聘を受けています。それが実現できたことは、同じくル・コルビュジエのアトリエで机を並べた日本人建築家・坂倉準三さんからの誘いであったことと、坂倉さんへの絶大な信頼があったからだと思います」。

当時、坂倉準三氏は神戸でシャルロット・ペリアンを出迎えたといわれており、そういったエピソードからもふたりの強い絆を感じます。奇しくも八木氏は神戸出身。偶然なのでしょうか、それとも必然なのでしょうか。
「シャルロット・ペリアンは、日本のデザインを知る上で、工芸を視察するために地方を精力的に回ります。その案内人は、柳 宗理さんでした。畳、障子、襖……。木、和紙、鋳物(いもの)……。様々な日本の文化や歴史、素材に影響を受ける中、そのひとつに竹もあったのです。竹を曲げる手法、“竹の砂糖ばさみ”と出合い、名作“シェーズ・ロング(寝椅子)”を竹で作るという発想を得たといわれています。民芸なども、それはそれで日本の文化としては良いと思いますが、日本が世界と肩を並べていくには、もう少し工夫も必要なのではないでしょうか。世界のシャルロット・ペリアンが日本の竹を認めたように、日本にはまだまだ知られていない資産価値があるのですから」。

そして、もうひとつ。シャルロット・ペリアンは、日本のあるものから発想を得て、名作を生み出しています。
「シャルロット・ペリアンが日本を巡る中、彼女に多大な影響を与えたものが他にもあります。それは、『修学院離宮』の“霞棚”です。名作、“ニュアージュ”や“クラウド”という互い違いの壁棚のデザインの原点は、この“霞棚”なのです」。

このストレージが生まれた場所は、シャルロット・ペリアンが’50年代に協働を始めたジャン・プルーヴェのアトリエだといわれています。ジャン・プルーヴェとシャルロット・ペリアンのコレクターとして知られる八木氏とここでもつながります。
「ちなみに、坂倉準三さんもまた、座面に竹を用いた椅子を発表しています。世界的に有名な建築家、ル・コルビュジエに師事したシャルロット・ペリアンと坂倉準三さんのふたりが愛するほど、日本の竹は魅力的なのです」と八木氏は言います。

そんなシャルロット・ペリアンは、2019年で没後20年になります。
「それを記念し、パリの『フォンダシオンルイ・ヴィトン』でシャルロット・ペリアンの回顧展(2020年2月24日まで)が開催されています。その内容はもちろんですが、ある1冊の本も注目を浴びています。それは、『Living with Charlotte Perriand』です。シャルロット・ペリアンが歩んできた人生をはじめ、そのオリジナルの家具と暮らすインテリアの写真や歴史などが集められ、世界中のシャルロット・ペリアンのコレクターから人気を博しています」。
八木氏所有のシャルロット・ペリアンの家具もまた、この本に紹介されており、ジャン・プルーヴェ同様、その愛好ぶりがうかがえます。日本の竹ブランド『TEORI』と日本の竹を愛したシャルロット・ペリアン、両者のインテリアに着眼する視点こそ、八木氏の感性なのです。

八木氏のオフィスの一角。ストレージは、シャルロット・ペリアン。棚に飾られているフラワーベースは、世界的に活躍する陶芸家、アダム・シルバーマンのもの。

ガラスとの相性も良い『TEORI』のトレイ。手で持ちやすいよう、縁にカッティングも施されている。テーブルと椅子は、ジャン・プルーヴェ。

SKIRA PARIS社より出版された『Living with Charlotte Perriand』。表紙のデザインには、先述した棚をモチーフにしたストレージを採用。誌面には、竹のシェーズ・ロングも紹介されている。

『Living with Charlotte Perriand』の中には、八木氏所有のシャルロット・ペリアンの家具も掲載されている。

八木 保×テオリ「made in japan」と「自然素材」。このふたつだけは、絶対にこだわりたいと思った。

2018年、八木氏は日本で新たなプロジェクトを遂行していました。それは、「made in japan」のベッドのデザインです。寝具を担うのは、180年以上の歴史を持つ京都の『IWATA』。フレームを担うのは、八木氏が愛用する「BON」のブランド、倉敷の『TEORI』です。いずれもその道のパイオニア的存在です。
「寝具も素材もデザインも、違う国同士を掛け合わせると不具合が起きます。例えば、竹を使用したプロダクトには中国産も多いですが、日本のものには日本のものを合わせたかった。もちろん品質も良い。耐久性においても日本の竹が一番優れていると思います。僕は“made in japan”にこだわりたかった」と、八木氏は話します。そして、「このプロジェクトのもうひとつの大きなポイント、それは“自然素材”にこだわることです」と続けます。

ほぼ全ての工程に自ら目を通す八木氏は、ロサンゼルス、京都、岡山を行き来する日々。フレームやパーツの試作、サスペンションやテンションの調整、きしみの有無、寝具との組み合わせ、マットレスのクッション性などを綿密にチェックします。マットレスに腰かけ、実際に寝てみて「『IWATA』のマットレスのクッション性、寝心地は抜群です」と言う八木氏。
なぜ抜群なのでしょうか。それは技術だけではなく研究にあります。
「マットレスの素材は、羽毛、麻、キャメル、ヤクなど、高品質な天然素材を中心に再利用・再資源化が可能なものを使用しています。いずれも自然に戻すことのできるものを選んでいるのです」と、八木氏は『IWATA』の環境への取り組みを話します。

更に、八木氏が「ぜひ、寝てみてください!」と勧めるのは、チンパンジーのベッドをヒントに作られた、人類進化ベッドです。
チンパンジーの平均寿命は40~50歳だといわれており、ほぼ毎日寝床を変えるそうです。そうなると、一生のうちに1万個以上ベッドを作ることになります。つまり、ベッドを作るプロフェッショナルであり、眠るプロフェッショナル。寝心地には「人」一倍もとい、「猿」一倍こだわるのがチンパンジーなのです。そのチンパンジーのベッドをもとに生まれたのが、この「人類進化ベッド」なのです。
「これはほんの一例にすぎません。『IWATA』のベッドは、睡眠科学を軸にした研究と開発があるからこそ、快適な眠りを提供できるのです」と八木氏は話します。

このベッドは、2020年夏に開業する東京は青山の『青山ベルコモンズ』跡地に建つ『AOYAMA GRAND HALL』の上層階に位置するホテル『AOYAMA GRAND HOTEL』にも採用される予定です。

サンプルを確認するため、京都の『IWATA』にてフレームと寝具の組み合わせをチェック。

ベッドを支える際にきしみや音が出ないか、サスペンションの調子も細かく確認。

環境への配慮のため、マットレスには高品質な天然素材を再利用し、再資源化が可能なものを使用。

ベッドのモデル名は「KAGUYA」。「made in japan」の高いクオリティが集結して制作された。

『TEORI』、『IWATA』、そして『Tamotsu Yagi Design』が一堂に会す。「プロジェクトはひとりでは成り立たない。特に日本が海外に向けて発信する場合は、その土地の人たちを“involve(巻き込む)”することが必要」と八木氏。

八木 保×テオリ八木 保が考える、「ジャパンクリエイティブ」とは。

「日本も然り、世界中のそれぞれの国や地域には歴史があり文化があります。新しいものやことを生み出すにしても、古きを知ることから始めなければいけないと思っています。直感的にもの作りをするのもいいですが、そこには説得力はない。形としても言葉としても、確固たる背景と物語がないと、そこには“本物のエスプリ”は宿らない。本物にこそ豊かさがあるのです」。
デザインに例えるならば、見える部分のパッケージに気を遣うことよりも、見えない部分のコンセプトの方が重要。全てをデザインしてこそ、グラフィックデザイナー。そして、全てをデザインするということは、全てを理解することでもあります。物事を行き止まりまで探求し、原点を学び、意味を知ることが大切なのです。同じグラフィックデザイナーでいえば、「田中一光さんや亀倉雄策さんは、それを成し得てきた方々だと思います」と話します。

「自分がグラフィックデザイナーを目指したきっかけは、『パンアメリカン航空』(通称「パンナム」)のロゴデザインを見た時でした。たったひとつのデザインだけでこんなにも行動意欲がかき立てられ、高揚感が溢れ出る。その感動を得た時に、こんな造形のグラフィックデザインをやってみたいと思ったのです。日本では、『浜野商品研究所』でデザインをしていました。その時に『エスプリ』のオーナーが来日し、日本人デザイナーを探していたのです。当時、倉俣史朗さんが手がける大きなプロジェクトがあって、そのためのプロジェクトメンバーでした。倉俣さんがいなければ、僕は渡米していなかったかもしれません。そのご縁があってアメリカを拠点にデザインをすることになり、後に『エスプリ』のアートディレクターを務めさせて頂きました。『エスプリ』は、とても大きな会社だったので、カタログを刷るだけでも“ワンミリオン”の世界。当然、その分だけ紙の原料となる木を伐採する行為も生まれてしまいます。創業者のダグラス・トンプキンスは、木を伐ってまでビジネスをすることに疑問を抱き、『エスプリ』を去ってしまいました。ダグラスは、もともと『ノースフェイス』を設立した人物なので、自然環境に対しての感度や問題意識が人一倍高かったのも手伝ったと思います。僕も同時期に『エスプリ』を辞め、日本に帰ろうと思いましたが、日本は色々な意味で社会が変わっていました。僕が生きる場所はそこになく、アメリカに残ってグラフィックデザイナーとして生きていくという選択をしました」と八木氏は振り返ります。

倉俣史朗氏やダグラス・トンプキンスとの出会いは、八木氏の人生に大きな影響を与えたことなのかもしれません。それはグラフィックデザイナーとしてはもちろん、人としての生き方そのものに対してといっても過言ではありません。
「デザイナーとしての生き方は、人としての生き方と同じ。人を敬う気持ちや誠意は、自ずとデザインにも反映されてきます。根源をたどることもその延長。先人たちの精神、文化、歴史に敬意を払うことは当然の行為。根源こそ創造のオリジンだと思います」。

八木氏の考える「ジャパンクリエイティブ」とは、「根源」。

永遠に値する本物、それを創造する原点が「根源」にあるのです。

1949年兵庫県神戸市生まれ。『浜野商品研究所』を経て、1984年に渡米。『エスプリ』のアートディレクターを務め、広告やカタログ、パッケージ、プロダクト、ストアサインなどのビジュアルコミュニケーションで世界的な評価を獲得する。1991年、サンフランシスコに『Tamotsu Yagi Design』を設立し、現在は、ロサンゼルスはベニスビーチのアボット・キニーに拠点を構える。受賞作は、1994年にクリオアワードに輝いた『ベネトン』の香水「TRIBÙ(トリブ)」など、多数。1995年には、アメリカ政府より芸術分野で活躍したアジア人に贈られる貢献賞を受ける。主なデザインに、『アップルストア』のコンセプトデザインのコンサルタント、『グランドハイアット東京』のデザインディレクション、『マル二木工』の「nextmaruni」チェアなど。近年ではナパバレーで生産されている『KENZO ESTATE』のワインラベルデザイン、「JAPAN HOUSE Los Angeles」のクリエイティブディレクションを担当。また、環境保護団体へのデザイン提供などを中心に各種ボランティア活動も積極的に行う。現在も世界中で様々なプロジェクトを展開中。近著に『八木保の選択眼』(APP)など、著書多数。ジャン・プルーヴェの家具の収集家としても世界的に知られている。http://www.yagidesign.com

南国のビーチリゾートで、南十字星が輝く夜空に出会えるグランピング体験![フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ/沖縄県石垣市]

全長約1kmの天然ビーチの間近で、世界屈指の美しさと評される星空に酔う。

フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ真冬でも温暖な南国で、この時季しか出会えない幻想的な星座を眺める。

真っ白なビーチ、どこまでも続くエメラルドグリーンの海、夜空に輝く満天の星々――そんな夏のレジャーと思われがちなビーチリゾートを、真冬でも楽しめるスポットがあります。
石垣島に広がる『フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ』。ここで2020年3月12日まで、1日3組だけの「グランピング」プランが催されています。

石垣島を含む八重山諸島は、日本で唯一 南十字星が見られるエリア。そんなスターウォッチングのメッカでも1月~6月にしか現れない幻想的な星座は、一生の想い出となること間違いなし!
さらに「グラマラス(魅惑的な)」×「キャンピング」の掛け合わせである「グランピング」は、アウトドアの不便さを解消した充実の設備と、隅々まで行き届いたサービスの数々で、快適かつ極上の滞在を約束してくれます。

アウトドア×ビーチリゾートの両方を楽しめる欲張りプラン。

88ある星座のうち、84の星座を見ることができる石垣島の星空

広々としたベル型テントの中には、ソファ・スツール・ダイニングテーブルなどの家具を完備。冬でも温暖な南国で心ゆくまでくつろげる(ベッドは無し)。

宿泊はホテルの離れを思わせるコテージで。アウトドアに寄りすぎないリゾートステイがうれしい。

フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズゴージャスに、快適に。ビーチリゾートならではのアウトドア体験。

このグランピングプランの舞台となる『フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ』は、石垣島では数少ないグランピング施設を備えたリゾート施設です。そこで叶えられるのは、すぐそばに広がる天然ビーチでの遊泳やアクティビティ、その広大なビーチを散策しながらのスターウォッチング、ラグジュアリーなグランピング・テントでくつろぐ至福のひととき、充実の沖縄食材によるゴージャスなBBQなど、優雅で快適な体験ばかりです。

さらに宿泊は、異国情緒あふれる琉球赤瓦のコテージをご用意。テント泊が苦手な方でも、アウトドアを楽しんだ上で存分にくつろげます。

そして敷地内には、地元のハーブガーデンとのコラボレーションによるオリジナル商品や、石垣島のクリエイター達の作品などを取り揃えたショップもあり。3月1日からはビーチの至近に位置する石垣島最大級のプールエリアもオープン。プールには入れない2月までも、好天の日はプールサイドでの日光浴が楽しめます。

2月や3月でも、天気が良ければ日中は半袖で過ごせる。冬なのに夏気分になれるビーチリゾート。

南国らしいサンセットに包まれる夕刻。心ほどける過ごし方を探ろう。

専用のファイヤーピット(焚き火台)による豪快なBBQディナー。

フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ島の食文化をBBQで味わう。

そして石垣島ならではのグルメも、もちろん充実。夕食はグランピング・テントの側で味わう、専用グリルによる野趣あふれるBBQ ディナーです。TボーンまたはLボーンステーキをメインに、島豚ソーセージ、島魚の野草包みホイル焼き、紅芋冷製スープなどなど、厳選された食材による石垣島の食文化を満喫できます。

そして面倒な準備と後片付けは、至れり尽くせりのスタッフにおまかせ。「焼く」「食べる」というBBQの醍醐味だけを味わい尽くしましょう。スタッフに焼き方のコツを教わりながら自ら仕上げるディナーは、アウトドアでありながらも優雅でラグジュアリーな気分に浸れます。

※雨天時はホテル内のブッフェレストラン「ISHIGAKI BOLD KITCHEN」にて、シェフが調理するBBQ メニューと通常のブッフェメニューを提供。

夜は焚き火を囲んで語らいのひとときを。天上の星明りとのコントラストが美しい。

ホテル内のブッフェレストラン「ISHIGAKI BOLD KITCHEN」で供される朝食のブッフェメニュー。

フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズリゾートブッフェの朝食は、アーリーモーニングからブランチまで対応。

南十字星が輝く一夜が明けての朝食は、約100種類のメニューからなる豪華なブッフェスタイルとなります。
こちらも八重山そばやソーキの煮込み、ゆし豆腐などの島食材を織り交ぜつつ、世界の料理や南国フルーツなどをバラエティ豊かに取り揃えています。アウトドアから一転、南国リゾートらしいゴージャスな目覚めに浸りながら、体と心が求める栄養をチョイスしましょう。

そんなメニューの自由度に加えて、6:30~10:45(最終入店10:00)というブッフェタイムにも思いやりが。余裕あるステイにも、忙しい旅立ちにも十分に配慮されています。

早朝の人気(ひとけ)のないビーチを歩けば、体ごと島の空気に溶け込むような感覚に。

石垣島の西に位置し、市街地や川平湾などまでもほどよい距離。

フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ春以降のプランにも注目! シーズンごとに新たな喜びが待つ。

グランピングプランが終了する3月12日以降も、『フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ』は新たなプランを続々と企画しています。

直近の「リトリートYOGA」プランは、体と心のウェルネスに着目。“デトックス”や“良質な眠り”などをテーマに、南インドの伝統的なヨガスタイルを伝えるkSaNa(クシャナヨガ)とタイアップして、日常から開放された風景の中で心身のバランスを整えるヨガを学べます。

さらに5月には、インドアプール・スパ・ジム・大浴場・琉球中華レストランなどを備えた「エイトスターズヴィレッジ」がオープン。石垣島の気候とロケーションを生かしながら、より快適に、よりラグジュアリーに滞在できる極上のリゾート地として進化し続けます。

亜熱帯の大自然に包まれながら、身も心も満たされて、より豊かな人生へと導かれる滞在を。

【1日3組限定】石垣島で贅沢キャンプ「グランピング」&豪快BBQ ディナー・朝食ブッフェ付
住所: 沖縄県石垣市新川1625 MAP
電話: 0980-88-7000
料金: 14,740円~(2名1室1名料金朝食付・税込)
※グランピングプランの料金は 23,480円~(2名1室1名料金2食付・税込)
https://www.fusaki.com/
写真提供:FUSAKI BEACH RESORT 

雪国・上越に根ざす発酵文化と美食の相関関係。~大越基裕編~[Niigata Gastronomique Journey/新潟県]

新潟ガストロノミックジャーニーOVERVIEW

上越地方を旅するのは、4賢者の最後の一人、ワインテイスターの大越基裕氏。フランスでワイン醸造を学び、銀座のグランメゾンで長きに渡りシェフソムリエを務めた経験を持つ、日本のトップソムリエの一人。現在は、フリーランスのワインテイスターとしてレストランや飲料メニューの監修やプロデュース、商品開発などに携わりながら、自身でモダンベトナム料理とファインワインの店『アンディ』を経営し、ガストロノミーとワインの新しいスタイルを提案する、酒類とレストランサービスのプロフェッショナルです。

上越市、妙高市、糸魚川市からなる上越地方は、新潟県南西部に位置。全国屈指の豪雪地帯で、稲作とともに、雪国だからこそ生まれた伝統発酵食品や酒づくりの伝統など、独自の食文化が今も受け継がれています。数年前から日本酒にも力を入れ、日本のファインダイニングのドリンクペアリングに革新をもたらしてきた大越氏にとって、日本酒の蔵めぐりは、ライフワークのひとつ。その土地に根付く食を楽しむことはもちろん、マスト。今回、新たに出会うのは、どんな酒、人、味なのか。短かくも濃厚な旅を追います。

【関連記事】Niigata Gastronomique Journey/風土に根ざした独自の美食が花開く新潟へ。4名の食の賢者が各地を旅し、その全容を本気で斬る

1976年、北海道生まれ。国際ソムリエ協会  インターナショナルA.S.Iソムリエ・ディプロマ。2013年6月、ワインテイスター/ワインディレクターとして独立。世界各国を回りながら、最新情報をもとにコンサルタント、講師や講演、執筆などもこなしてワインの本質を伝え続けている。ワインだけでなく、日本酒、焼酎にも精通しており、ワインと日本酒を組み合わせた食事とのマリアージュにも定評がある。

(supported by 新潟県)

なんと!!!

皆様こんにちは!

日々寒いですね・・・

インフルエンザやその他風邪が流行っていて怖い・・・

手洗いうがいR1ですね・・・

 

今日はたまには商品以外のお話でも・・・・

 

 

実は先日超人気ユーチューバ-の

東 海 オ ン エ ア 】の

りょうさん虫眼鏡さん

 

がご来店して頂きデニムストリートが一気に賑わいました!!

流石人気者、、、当たり前に囲まれていてやっぱすごい!!と、、、

私、有名人運無くていつもギリギリで会えなかったりそもそもお休みで見ることすら出来ないことが多く、、、

なので初めて有名な方々にお会いできて興奮と同時に人気者の威力を目の当たりにしすごい・・・とびっくりしました笑

そしてりょうさん、虫さん優しい、、、何よりお優しい、、、

 

そんな超人気な東海オンエアさんのチャンネルでメンズ館が写るかも?!なのです!

 

東海オンエアさんのチャンネル登録していたらすぐにチェックできますよよよ?!!筋肉

チャンネル登録しましょーーーー!!

そして過去の動画達もおもしろいので要チェックです!!!!

↓↓↓↓↓ 東海オンエア チャンネル URL ↓↓↓↓↓

https://www.youtube.com/channel/UCutJqz56653xV2wwSvut_hQ

 

違う個性が寄り添い合って、ひとつの景色に。雪国で花開く陶芸家夫婦の自由な暮らし。[TSUGARU Le Bon Marché・陶工房ゆきふらし/青森県五所川原市]

工房で黙々と手を動かす猿田千帆さん。「ふっと思い浮かんだ形や色を作っているのが楽しい」というアイデア先行型。そんなところも、夫・壮也氏とは正反対とか。

津軽ボンマルシェ異なる作風のふたりが共に営む、雪の中の器工房。

以前「津軽ボンマルシェ」で紹介した「おぐら農園」は、対照的な性格ながら相性はぴったりの夫婦が営む弘前市のりんご農家でした。そんな「おぐら農園」のふたりの友人が、太宰治の生まれ故郷・五所川原市金木町に工房を構える「陶工房ゆきふらし」の陶芸家、猿田壮也氏と猿田千帆さん。長年一緒に作陶を続け、同じ土、同じ釉薬を使用するふたりですが、こちらも小倉家同様、対照的なタイプの夫婦。その作風は大きく異なります。

夫の壮也氏が手掛ける作品は、はっきりとしたフォルムの食器や陶製のランプ。「麻の葉」や「青海波(せいがいは)」といった日本の伝統柄をベースにした幾何学模様が目を引きます。「シャープな形が好みなんです。昔はもっと細かな絵付けもしていたのですが、描いても描いても納得できずに胃が痛くなっちゃって(笑)。描きながら無心になれる幾何学柄に落ち着きました」と壮也氏。一方、妻・千帆さんの作品の多くは、手作業の温かみを感じさせる食器や一輪挿し。草花をモチーフにしたしなやかな絵柄が描かれます。「私はかっちりさせるより、むしろ形を崩したい。轆轤(ろくろ)で作ると全部同じ形になるから、最終的な造形は手で行います」と語ります。

ふたりが口を揃えたのが、絵柄を入れる過程で下描きは不要なこと。意見が揃ったと思いきや、壮也氏が「こういう幾何学模様は、どこか1ミリでも下絵とずれるとすべてだめになる。描きながら調整して最後にかちっと決めたいから、下描きはしません」と話すのに対し、千帆さんは「下描きはしないというより、下描きがあっても意味がない」。よくよく見れば、千帆さんの手元の皿には下描きがあるようですが……「真っ白なところに描くのは緊張するけど、下描きがあると安心して自由に描ける。だから下描きと全然違う絵を、上から重ねて描くんです(笑)」。

作品作りへのアプローチが面白いほど真逆なふたり。「でも、だからこそ一緒に続けられるのかも。自分と同じだったら、相手が気になって仕方ないから」。そんな壮也氏の言葉に「うんうん」と頷く千帆さん。そう、ふたりの共通点はマイペースなこと。そして互いに「自分にはできないものを作る作家」として、相方をリスペクトしていることです。

【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!

工房奥の一角が壮也氏のスペース。自由に筆を動かす千帆さんを見て「そういう“いい加減”さに憧れはあるんです。才能でしょうね」と壮也さん。

原料の土はさまざまな産地のものを混合する。それぞれが別の配合で練ることもあれば、どちらかが練ったものを拝借して使うことも。

釉薬の原料が並ぶ棚。調合した釉薬はオリジナルの名前で呼ばれる。さまざまな釉を洗い流した水から取り出し再利用する釉薬は、予想外の反応が出る通称“スペシャルMIX”。

千帆さんの性格が現れる、“意味のない下描き”がこちら。下絵を見事に無視して進む絵付けだが、「何も書かれていないと緊張してだめ」なのだとか。

津軽ボンマルシェアフリカの打楽器が結んだ縁が、青森へ、津軽へと繋がる。

それぞれ別の場所で生まれ育ち、陶芸の道へ進んだ壮也氏と千帆さん。両親共に彫刻家という芸術家一家の元、千葉県市川市で育った壮也氏は、幼い頃から何かを“作る”行為が身近だったそう。家族で見ていたテレビ番組をきっかけに陶芸教室に通い出した壮也さんでしたが、なんとそれを機に両親も作陶を始め、自宅が窯元に。瀬戸の窯業職業訓練校を出た後は、10年ほど名古屋で暮らし、埼玉県に転居した実家の「南川窯(なんせんがま)」で作陶を始めます。一方、千帆さんの出身は青森県むつ市。文化女子大学(現・文化学園大学)でデザインを学ぶ学生時代、授業で体験した陶芸に興味を持ち、茨城県笠間市の窯業指導所に通いながら、笠間焼の陶芸家に師事して技術を磨きました。

出会いは2000年、陶芸家や窯元が集結する一大陶器市、「益子の陶器市」でのこと。毎年出展を続けていた壮也氏が発見したのが、大量に展示された陶器製のアフリカの打楽器「ウドゥ」でした。根っからの打楽器好きの壮也氏は、マニアックなウドゥの存在に大感激。実はこのウドゥを制作したのが千帆さんだったのです。「何か大物で修了制作をと考えていましたが、ただの壺じゃつまらないなと思って。図書館に行ってネタを探し、見つけたのが『ウドゥ』だったんです」と千帆さん。

ちょっと不思議な打楽器が縁となり知り合ったふたり。その後、当時壮也氏が使っていた埼玉県日高市の工房で一緒に作陶を始めます。が、青森県出身の千帆さん曰く「暑いところが苦手で(笑)」、引越しを決意。一度むつ市へ移住した後、さらに条件のいい土地を求めて巡りついたのが金木町でした。「最初の移住先は、かなり探したけれどなかなか見つからなくて。でもここ金木町の物件は探し始めてすぐに見つかって、『ああ、そういう運命だったんだ』って納得したんです」と頷き合う夫婦。聞けば、その運命を証明するような出来事は、他にも色々あったようです。

母屋に横付けされた壁の黒い部分が工房。手前のハーブ畑の横にある棚状のものは、ニホンミツバチの巣箱。「おぐら農園」の小倉夫妻は、ここからミツバチを分けた“ミツバチ家族”だそう。

陶芸の話をしているつもりが、いつの間にか別のものづくりの話で盛り上がっていることもしばしば。何の話をしていても、とても楽しそうだった壮也氏と千帆さん。

日中降り出した雪は、撮影が終わる頃にはかなりの降雪に。この看板も、真っ白に雪化粧して見送ってくれた。

津軽ボンマルシェ雪降りしきる新たな故郷・金木町に根を下ろして。

元々、戦後に樺太から帰還した人々が住み始めたという金木町・川倉の集落は、ふたり曰く「よそから来た人にもすごく優しいところ」。周りの住人たちも夫婦の移住を喜び、すぐに地域の輪の中へ受け入れてくれたそう。また移り住んですぐには、自宅裏にホタルが飛び交う清流があることも発見。「自然環境も驚くほど豊かなんです」と壮也氏。さらに、かねてから養蜂に興味があったという千帆さんは、ある日家の前の林にニホンミツバチの“蜂球”(新たな住処が見つかるまで、女王蜂を守るために働き蜂が集まって塊状になる現象)を見つけ、簡易的に作った巣箱に保護したところ無事定住。今では猿田家のペット兼ハチミツ採取係として7年目の共同生活を迎えます。

そして、金木町に移住後は作品展示スペースを持っていなかったふたりに舞い込んだのが、町を代表する観光スポットのひとつ、太宰治ゆかりの私設ミュージアム「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」内に常設ギャラリーを作らないかという贅沢な誘い。偶然ふたりの作品を見て惚れ込んだというミュージアムのオーナーからの、直々の依頼でした。移住から7年が経った2015年、晴れて「太宰治疎開の家」の一角に常設ギャラリーが誕生。以来、ふたりは新たな地元・金木に根を張り活動する陶芸家として知られるようになりました。

工房を訪れたのは、冬の始まり。豪雪地帯として知られる金木はこの日、「ゆきふらし」への訪問を歓迎するかのように美しい雪が降りしきっていました。実は工房名の由来は、千帆さんが大好きだという軟体動物アメフラシ。青森への移住が決まった際に新たな工房名を考えたとき、壮也氏がふと「雨じゃなく、雪が降る土地に行くのだから『ユキフラシ』じゃない?」と思いついたのだとか。意外な生きものが由来ながら、これ以上ないくらいはまる、なんと素敵な工房名! ほかの季節の景色もきっときれいだろうけれど、やっぱりこの工房には雪景色が似合うなと、純白の世界を見ながら思ったのでした。

敷地内に「陶工房ゆきふらし」の常設ギャラリーがある「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」。太宰ファンからの支持も厚い私設ミュージアムだ。

夫婦の縁を結んだ楽器・ウドゥは今も、「ゆきふらし」の個展で象徴的な存在として展示される。側面の穴をふさぐように叩くと独特の低音が心地よく響く、原始的な打楽器。

幾何学模様が連なる壮也氏作の小皿を見て「私は飽きっぽいから、こういう細かい作業はできないんです。それを楽しみながらできる壮也さんはすごい」と千帆さん。

壮也氏の定番アイテムであるランプ。土台の木版は、百貨店の催事をきっかけに知り合った「イージーリビング」の葛西康人氏に発注している。

繊細なタッチで絵付けが施された千帆さんの器。さらりとした手触りのこうした器もあれば、無骨な土の塊のような質感の器もあって、見飽きない。

津軽ボンマルシェ陶芸以外のものづくりにも、マイペースに全力投球。

ふたりに共通するのはものづくりへの情熱。「元々何でも自分で作りたいんです」と壮也氏がいえば、千帆さんも「陶芸以外のこともやりたくなっちゃうんですよね」と笑います。本格的な発酵食品に挑戦してみたり、自宅の家具や小物類を自作してみたり。現在作陶する工房も、移住後に自分たちで増設した小屋だそう。そして今、敷地内には巨大な新居も建設中です。ものの大小に関わらず自ら手を動かしてみるというふたりの姿勢の理由は、単にものづくりの作業的なおもしろさだけにとどまりません。「以前業者の方に電気工事を頼んだら、結構無理な配線をされたことがあって。実は専門的な職業の人も、全員が全員その道のプロではないのかもと気付いたんです。だったら自分でやってみれば、後から手直しすることもできるし、なぜ修理代がこんなに高いのかも分かるでしょう? 世の中の色々なものの価値に対して、疑問を持てるっておもしろいじゃないですか」と壮也氏。

ちなみに、建設中の新居は着工から丸5年が経過。猿田家らしくいたってマイペースに進行中ですが、「近所の人が『まだ終わらないの!?』って心配してくれて、機械や建材を譲ってくれることもあるんです(笑)」と千帆さん。もちろんそれは、ふたりのまっすぐな人柄と、人生を楽しむ姿があってのことでしょう。

取材翌日、ちょうど開催中だった個展にお邪魔しました。所せましと並べられた器や花器、ランプは、ひと目で壮也氏の作品か、千帆さんの作品かが分かります。が、どちらも作品ごとに、ときにシックだったり素朴だったり、ときにダイナミックだったり繊細だったりと、ひとつのイメージにとらわれないさまざまな表情が。作品の向こうに、自由なライフスタイルを愛し色々なことに挑戦する、ふたりの楽しそうな顔が浮かんでくるようでした。

普段から「陶工房ゆきふらし」の器で料理を提供する五所川原市「ギャラリーカフェ ふゆめ堂」で、定期的に個展を開催。日本各地のギャラリーで展覧会を行うほか、イベント出店も多数。

今春には、建設中の新居に入居予定とか。現在は11歳の長女、3歳の次女との4人暮らし。「娘から、友達を招待しちゃったからいい加減早く作り終えてと急かされました(笑)」

陶芸で一番影響を受けたのは千帆さんの存在だと壮也氏。「時折驚くような提案をしてくるけど、だいたいそれが定番になるんです」。手作りの家具や雑貨に囲まれた自宅のリビングにて。

住所:青森県五所川原市金木町朝日山317-9 「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」内 MAP
電話:0173-52-3063
https://www.facebook.com/ykfrs/

(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)

思い描いた特別な瞬間に向けて、徹底的に作り込む。『LEXUS』のDNAたる「CRAFTED」に込められた思い。[DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS/沖縄県うるま市]

オフィシャルパートナーとして参加する『DIING OUT』の1シーン。『LEXUS』の乗車体験も大切な要素となっている。

ダイニングアウト琉球うるま『LEXUS』の開発から販売にいたるまで貫かれる「CRAFTED」の精神。

1989年、日本発のラグジュアリーブランドとして誕生した『LEXUS』。フラッグシップのLSにはじまり、スポーツ、クーペ、SUV、そして先だって発表された初のEV車など、新型車を発表する度に世界を驚かせてきました。
そして同時に、さまざまな分野での活動も続けています。ただラグジュアリーなプロダクトを所有するだけではなく、豊かな経験や時間を得ることにニーズが移りつつある昨今。そこで車を軸にしつつも、『LEXUS』の理念と親和性の高い分野で積極的に活動することで、ラグジュアリーライフスタイルブランドとしての存在感も発揮しているのです。

2013年からオフィシャルパートナーとしてサポートし続ける『DINING OUT』もそのひとつ。史跡や景勝地を舞台に、気鋭のシェフを招き、その土地の食材を使ったその日限りのディナーを楽しむ。そんな豊かな食体験、唯一無二の時間こそ、『LEXUS』が思い描くラグジュアリーな体験にほかなりません。だからこそ『LEXUS』は長年に渡り『DINING OUT』をサポートし続けているのです。

そんな『LEXUS』の開発に通底するひとつの思想があります。その思想は「CRAFTED」という言葉で表現されます。これは“クラフト”の語感から想起される“手作り”“ものづくり”という意味ではありません。相手のことをとことん考え抜き、真に求めるものをその人以上の思いを巡らせ提供すること。この「CRAFTED」を紐解くことで、『LEXUS』の魅力が改めて見えてくることでしょう。

【関連記事】DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS

オフィシャルパートナーの『LEXUS』はドライビングプログラムや会場送迎などでゲストにラグジュアリーな体験を提供。

ダイニングアウト琉球うるま「CRAFTED」の思想で『LEXUS』が伝える本当の豊かさ。

「『LEXUS』のことを伝えるためにCRAFTEDという言葉があるのではなく、『LEXUS』の前提そのものがCRAFTEDなのです。それはすべてのレクサス車が持つ、いわばDNAのようなもの」『LEXUS』の国内マーケティングを率いる沖野和雄氏は言います。

そして似た思想を強いて挙げるならば、と「慮る(おもんぱかる)」という言葉を選びました。「停めてある車に近づく瞬間、ドアを開ける瞬間、エンジンをかける瞬間。それぞれの瞬間に思いを巡らせ、そのときに求められていることを追求すること」と続ける沖野氏。

たとえばさまざまな匠の技術が凝縮される『LEXUS』車における魅力のひとつであるボディの塗装。何層にも塗り重ねられ、最後は人の手で確認され仕上げられます。それはまるで、輪島の漆器職人が自らの手で作品を仕上げるような、手間や時間がかかるからこそ価値を持つもの。思い、願い、誇り、そして使用する人への慮りといった心そのものの表現。これにより、時間や天気や四季によりまったく異なる表情を見せる『LEXUS』だけの塗装が生まれるのです。流れ、移ろう時間、瞬間に価値を見出す、「CRAFTED」の象徴といえるでしょう。

瞬間を大事にしていると同時に調和も重要です。たとえば2019年11月に発表された『LEXUS』初のEV車「UX300e」を見てみましょう。一般的にEVは立ち上がりの力強いトルクが持ち味でした。しかし『LEXUS』は、よりジェントルなEVの在り方を追求します。そこで重視したのは、より洗練されたある種の“間”。その立ち上がりに潜む、数字では表現し切れない“間”の存在が、より調和した走りを生み出そうとしているのです。

「散る桜や移ろう紅葉のように、瞬間の美を大切にするのが日本人。その瞬間を徹底的に考え抜き、ラグジュアリーな体験を生むこと。それがレクサスの提供したい“豊かさ”です」と沖野氏。

『LEXUS』初のEV車である「UX300e」にも「CRAFTED」のDNAが脈々と息づいている。

ドライバーの快適さや操作性など「Human-Centered(人間中心)」の思想のもとで設計された内装も『LEXUS』の魅力。

昨年末行われた「第46回東京モーターショー2019」では、次世代の電動化自動車を象徴するEVのコンセプトカー「LF-30 Electrified」を世界初公開した。

ダイニングアウト琉球うるま『LEXUS』の思いを象徴する野外イベント「DINING OUT」。

『LEXUS』の思いを乗せ、限られた瞬間だけのラグジュアリーな食体験を伝える『DINING OUT』がまたやってきます。もちろん、今回もまた『LEXUS』がオフィシャルパートナーを務めます。

「DINING OUTはすべてがCRAFTEDと共通する世界観」と『LEXUS』のブランディングを担当する岡澤陽子氏は言います。
「日本人には独特のアニミズム的な感覚、自然に対する感謝や畏敬の念がありますよね。風や空気や匂いや夕陽に、ぐっと来るようなこと。それが移動の時間、食事、料理の世界観とすべて合致するように作り込まれているのが『DINING OUT』。結果として出てくる感想が“食事がおいしかった”という“点”ではなく、もっと広い面で、体全体で感じられるように設計されています。その背景も含めて、本当にすべてがCRAFTEDの体現だと思います」

沖野氏も同様に「CRAFTED」と「DINING OUT」の親和性を話します。「ただ外で食事をする、というイベントではありません。たとえば虫の声。欧米ではただの騒音と捉えられるこの音を、日本人は心地よいものと感じます。そんな虫の声まで演出に取り入れる。あらゆる瞬間を大切にしているわけです」。

そして沖野氏は2017年の「DINING OUT NISEKO with LEXUS」を例に挙げました。「ニセコアンヌプリにかかった羊蹄山の影が刻々と姿を変えたニセコのディナーなどは、まさに唯一無二の瞬間でした。もちろん料理もそう。土地の素材、伝統、ストーリーを取り入れ、ほんの数日のディナーだけにポイントを合わせて作り込む。作るという工程だけではなく、提供の仕方、サービスの間なども含め、『DINING OUT』はCRAFTEDそのものです」。

瞬間を思い描き、その一点に向けて徹底的に作り込む。そこで生まれる特別で、ラグジュアリーな体験こそが「DINING OUT」の醍醐味。目前に控えた今回の『DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS』。そこもまた「CRAFTED」の体験できる場となるでしょう。

『DINING OUT AOMORI-ASAMUSHI with LEXUS』の一幕。目的地へ向かう移動時間さえもラグジュアリーな体験に変える。

『DINING OUT NISEKO with LEXUS』では、山肌の影が刻々と形を変える大自然のショーが繰り広げられた。

季節、時間、天気。『LEXUS』の乗車体験は、その土地のその瞬間を切り取り、忘れ得ぬ体験としてデザインする。

2020年1月に開催される『DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS』でも、『LEXUS』と『DINING OUT』が共鳴する世界観に期待が集まる。

1989年、トヨタ自動車入社。商品企画部にてスポーツカー『TOYOTA86』の企画を担当。2012年より現職 。デザインやアート、レクサス関連をはじめ多数のイベントに携わる。

1999年、トヨタ自動車入社。調査部にて自動車市場分析、将来予測シナリオ策定を担当。2014年より現職。レクサスのグローバルブランド戦略や、デザイン関連などの体験型マーケティング施策に関わる。

東京から一番近い離れ島。近くて遠い伊豆大島の独自性の秘密。[東京“真”宝島/東京都 伊豆大島]

東京"真"宝島OVERVIEW

調布飛行場から離陸した飛行機は、景色を楽しむ間もなく着陸準備に入ります。所要時間はおよそ25分。首都圏の平均通勤時間が1時間を越えることを考えれば、伊豆大島の近さが実感できることでしょう。竹芝から高速ジェット船でも最短1時間45分、東京タワーや東京都庁からも島影が見える伊豆大島は、文字通り伊豆諸島の玄関口です。

しかしそれほど近くても、離島は離島。景色が、生活が、食事が、風習が、やはり都会とは異なります。港や空港から降り立った瞬間に感じる空気がすでに違うことに、きっと訪れる誰しもが気づくことでしょう。そして滞在するごとに伝わってくる大島特有の島民気質。
クラブのように盛り上がる盆踊りからみえる、若者たちの郷土愛。家族とともに働くという生き方。移住者をオープンに受け入れるおおらかさ。噴火の残した爪痕。火山と共に生きるということ。

通勤と変わらぬ移動時間で到着する、東京からもっとも近い田舎。海が隔てることで、都会に染まることなく独特の歴史を紡いだ島。知るほど行きたくなる近くて遠い島。伊豆大島の独自性の秘密と魅力を紐解きます。


【関連記事】東京"真"宝島/見たことのない11の東京の姿。その真実に迫る、島旅の記録。
 

(supported by 東京宝島)

防寒対策

まだまだ寒い日が続きますね〜(・・;)
まあ、これからが冬本番だから仕方ないですね(°▽°)

これから倉敷は少し落ち着いた時間を過ごすことになります(・ω・)

寒い日が続きますので温かいものでも食べましょう




Σ('◉⌓◉’)ナント冬に青ですか!?



いえいえ、
見た目は青くて冷たそうですがしっかりと蒸し立て熱々のデニムまんをテイクアウトコーナーで提供しております(*´ー`*)



HOTな食べ物を食べて心からホッとしてください(*゚▽゚*)

美味しい名産品、でもそれだけじゃない? 津軽人のリアルな“りんご感”に迫る。[TSUGARU Le Bon Marché・特別対談/青森県弘前市]

スタートから和気あいあい、始終にぎやかだった対談。参加者は左からパティスリー『アンジェリック』成田巧樹氏、カフェなどを展開する『青弘トラスト』米澤貴子さん、『パン屋 といとい』成田志乃さん、『おぐら農園』小倉加代子さん、『キープレイス』姥澤大氏。

津軽ボンマルシェ生産量、断トツ日本一! りんご王国・津軽のホンネ、アップルパイ片手に語ります。

津軽=りんご、そんなイメージの人も多いのでは? それもそのはず、青森県のりんごの生産量が全国の約6割を占めるうち、弘前市を中心とした津軽平野での生産量はその中の実に4割ほど。市内には広大なりんご畑が広がるだけでなく、りんごの乗ったポストにりんご模様のガードレール、果てはりんご型カーブミラーまで、あちこちにりんごのモチーフが点在しています。右も左もりんごだらけの、まさにりんご王国! しかし “日本一”という華々しい言葉の裏には、高齢化や後継者不足など、県外の消費者からは見えづらいさまざまな事情が存在するのも事実です。そこで今回のテーマは、気になる「りんご王国・津軽のホンネ」。参加メンバーは、りんご農家『おぐら農園』の小倉加代子さん、りんご用木箱などの資材を手掛ける『キープレイス』姥澤大氏、シードル工房併設の飲食店運営にも携わる『青弘トラスト』の米澤貴子さん、りんごをパン作りに活用する『パン屋 といとい』成田志乃さんです。せっかくだったら、“アップルパイの街”を謳う弘前らしく、それぞれのお気に入りアップルパイを持ち寄り対談を……と思ったら、急遽弘前を代表する人気パティスリー『アンジェリック』の成田巧樹氏にも参戦してもらえることに。美味しく楽しいりんご対談となりました。

【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!

弘前市の中心地から車で少し移動すれば、霊峰・岩木山を抱くように広がるりんご畑が。これぞ津軽の原風景。

市内の数か所にある“りんごポスト”。最近では、写真映えするりんごスポットも人気の観光コンテンツに。

今回登場するアップルパイは、成田氏が手掛ける『アンジェリック』、弘前駅近くのパン店『スリーブリッヂ』、焼き菓子が人気のカフェ『スミス』、シードルでも有名なりんご農家『タムラファーム』、店舗を持たずイベント出店などで菓子製造を行う『zilchstudio』のもの。

津軽ボンマルシェ・特別対談津軽人りんごあるある①:食べる・食べない、買う・買わない。意外と人それぞれ。

ONESTROY編集部(以下編集部):今日はアップルパイをつまみつつりんご談義ということで、事前にみなさんのお気に入りのアップルパイを伺いました。なんと姥澤さん、『といとい』成田さん、米澤さんの御三方が『アンジェリック』をご推薦。『アンジェリック』大人気です。

成田巧樹氏(以下巧樹):ありがとうございます!

成田志乃さん(以下志乃):早速つまんじゃっていいですか? 私、昔はアップルパイ苦手だったんですよ。パイのむにゃっとした食感がいまいちで。でも『アンジェリック』のものを食べて好きになりました。食感が色々あって、ほろ苦さも酸味もある。あと手頃な値段だし、いつ行っても買えるんですよね。それってすごく大事だなって思います。

姥澤大氏(以下姥澤):上に乗ったりんごの薄切りがしゃきしゃきしてるのがいいですよね。さっぱりしていて、生食のりんごに近い感じ。

米澤貴子さん(以下米澤):お店の雰囲気もかっこいいんですよね~。特別感があって。

小倉加代子さん(以下小倉):実は私も好きなんですけど、みなさんと被りそうだなと思って言わなかったの(笑)。今日私が持ってきたのは、うちの畑で採れた紅玉を1台2玉前後使って作った『zilchstudio』のアップルパイ。毎年秋にある朝市イベントの限定品で、いつもすぐ完売しちゃうものを、今回特別に作って欲しいとお願いました。砂糖もスパイスも使わないで『おぐら農園』の紅玉を最大限活かす、私の大好きなアップルパイです。

志乃:わ~、酸味がいい! 本当に加糖してないんですね。びっくり。

米澤:紅玉2個も使うなんて贅沢。私は『アンジェリック』も好きだけど、こっちの『スミス』のアップルパイも気になってて。周りで「パイ生地が美味しい」って評判なんです。

姥澤:お、ほんとだ。パイ部分いいですね。香ばしい。自分はこの『タムラファーム』のアップルパイが、人生で一番食べているアップルパイかも。仕事で取引があるので、昔からよくいただくんです。

志乃:アップルパイもシードルも美味しくて有名ですよね。『スリーブリッヂ』のものは、ハラハラと繊細なパイと中のりんごとのパランスがよくて、とても美味しいです。それぞれ全然味が違う! 個性がありますね……って、食べながら言うのもあれなんですけど、正直な話、アップルパイって普段から積極的に食べますか?

米澤:正直、あんまり食べない(笑)。うちの場合は実家がりんご農家で、親から「りんごを焼いたり煮たりするのは“かまど消し”だからよくない」って言われて育って。“かまど消し”は“ごくつぶし”みたいな意味の方言。焼いても煮ても怒られるし、なんなら家ではりんご自体あまり食べなかったかも。

一同:えー!

小倉:生産者だと、そういう人も多いのかもしれません。小倉家では時間が経って柔らかくなったりんごを母が甘く煮て、小分けにして冷凍します。アップルパイはそれこそ姥澤さんみたいに、差し入れでもらう感じ。

志乃:10年くらい前にアップルパイが食べられる店のマップが作られたじゃないですか。これを仕掛けた人すごい!ってびっくりしました。本当は採れたての美味しいりんごを食べてほしいけど、観光の方が増えるのは春から。アップルパイなら、このズレもあまり問題ない。

巧樹:うちの店も年々県外や海外から来る人が増えていて、アップルパイだけは売り上げが伸びているんです。

志乃:りんご自体、もらうから買わないって津軽人も多いですよね。小倉さんはりんご買いますか?

小倉:それが、うちはりんご農家なのに買うんですよ! どこかへ行けばその土地の産直品を買ったり、食べたことのない品種を試したり、探求心ですね。相馬村にある直売所『林檎の森』とか、結構おもしろい品種が出るんですよ。

姥澤:へ~、今度行ってみよう。うちは木箱の会社だけど、畑を買ってりんごも作っているんです。今年から冬のギフトは自社のりんごにしようと思っているんですが、去年まではお気に入りの農家さんのりんごを贈答用に買っていました。みんなそれぞれですね。

過去には『アンジェリック』でアップルパイ製造を担当し、独立後は『おぐら農園』のりんごをパン作りに活用する『といとい』成田さん。小倉さん、成田氏とは勝手知ったる仲だ。全員と初対面とは思えない打ち解けぶりだった米澤さんの実家はりんご農家。

小倉さんが持参してくれたアップルパイは青森市に工房を構える『zilchstudio』のもの。砂糖不使用ながら、ローストした紅玉とパイ生地に優しい甘さが。

津軽ボンマルシェ・特別対談津軽人りんごあるある②:県外に出て、地元のりんごのすごさを知る。

志乃:でもね、改めて“津軽人の真のりんご感”って恐ろしいテーマだなって(笑)。自分がりんご農家でなくても、知り合いがみんな何かしらのりんご産業に関わっていて、それぞれ思うところがあるじゃないですか。色んな人の気持ちを考えると、しゃべれなくなるというか……。

米澤:リアルな現実があるからね。私も、りんご農家の家に生まれたのが嫌で仕方なかったの。でも39歳まで東京で働いて、やりたい仕事やりつくしたなと思って実家に戻ったら、小さい頃見ていたりんご畑の風景が変わってて。東目屋という地区の「平山」っていう小さい集落なんですけど、19世帯のほとんどがりんご農家、その内跡取りがいるのが1世帯だけ。

小倉:東目屋なんですね。「目屋りんご」、締まってて美味しいですよね。

米澤:そう、昔は見たくもなかったりんごだけど、その美味しさは知ってるんですよ。それでりんごで何かできないかと思ったけど、自分が農業やるのも違うし、ネット販売もしてみたけどつまらない。直接農家と関わる以外の方法を考えているとき、今の会社の社長と出会って。目屋りんごで作ったスムージーをカフェで出したり、シードル作ったり、そのシードルを台湾に持っていて売ったりすることを始めて、自分がりんごを作っているわけじゃないけど、りんご産業の可能性を感じることができたんです。

姥澤:自分も、若い頃はりんごもりんご畑も目に入ってこなかった。東京から帰ってきて初めて、「りんごの花ってきれいだな」「田舎の風景っていいな」って、地元がすごく豊かなことに気付いたんですよね。「りんごって美味しいんだなぁ」って。

米澤:分かる~! 東京のスーパーのりんご、全然味違うもん。「実家の畑のすっごい美味しいりんご、どこ行ってんの!?」って思ってた。

小倉:東京だと「ふじ」がほとんどですしね。私は神奈川出身なんですが、弘前に来てからいろんな品種があることを知ったし、農家さんごとで味が違うのにも衝撃を受けました。

志乃:人によって好きな品種も違うし、もっといえば11月と12月じゃ選ぶ品種も変わるし。ちなみに私は昔から「金星」が好きで。

一同:渋~!!

志乃:少し地味というか、今の流行りとは真逆な品種だけど、香りと味のバランスや表皮の少しマットな感じがいい(笑)。うちも家業がりんご農家とまではいかないけど、畑で色んな品種を作っていて。母の実家はりんご農家なんですけど、農家ごとに作る品種も違うから、「じいちゃんのりんごなら金星か、『4の23』かな」とか。

編集部:「4の23」……? 知らない品種です。

志乃:色々な理由であまり流通してない品種ってたくさんあるんですよね、本当はきっと。これもじいちゃんの畑にあったからたまたま食べることができて、好きになったりんごです。みんな小さい頃は家に来たりんごを受動的に食べるから、どんな品種が好きかは結構バックボーンに寄る気がします。でも自分たちはりんごが身近だから旬や品種が分かるけど、西に行けば柑橘のことは分からないし、レモンだってこっちのスーパーで1年中手に入るじゃないですか。そんなもんなんだろうなって。

米澤:そういえば少し前、関西のお客さんにもぎたてのりんご送ったら、「熟す前に送ってくださったんですね~」って言われたの。しゃきしゃきで硬いから、「寝かせて食べた」って……(笑)。

姥澤:こっちは硬いりんごに価値がありますもんね(笑)。

姥澤氏の地元・北津軽郡板柳町は、全国唯一の専門市場があるりんごの一大産地。ちなみに『キープレイス』のグループ会社、『青森資材うばざわ』のりんご木箱は、津軽エリアでのシェア率No.1!

対談でも人気だった『アンジェリック』のアップルパイは、パイ生地の上にりんごのペースト、紅玉のジャム、スライスしたりんごが乗る3層構造。弘前土産におすすめ。

津軽ボンマルシェ・特別対談若社長に学ぶ! りんごを使った商品を、どう売り込むか。

志乃:子どもの頃は家にりんごがあることが当たり前。むしろ「頑張って消費しないと春まで残っちゃう」って存在で。仕事をし始めて能動的にりんごを消費するようになってから、「自分はりんごで何ができるんだろう」とすごく考えるようになりました。でも青森の人にりんごの商品を売るのって大変なんです。

米澤:“当たり前”なものだからね。

志乃:そう、その分お金を払う対象じゃないから。だから、アップルパイのマップを最初に見たときは衝撃でした。みんなアップルパイだと買うんですよ。どうやって欲しいと思ってもらえるものにするのか、それって大事なことだなと。

姥澤:うんうん。うちは最初りんご箱用にカットされた板材の商売から始めて、それが売れなくなったら、ダンボールなどの包装資材の販売に転向して。産地市場の台頭とともに、完成品のりんご箱を販売するようになったんです。時代時代で商売を変えてるんですよね。前に経営塾に行ったとき、先生から「経営理念は自分が勝手に作るものじゃない、自分たちの宝ものを探し当てるようなものだ」って言われて、本当にそうだなと。うちはあくまで裏方で、生産者と消費者の架け橋のような存在でありたいんです。地域産業として県外のお客さんにも発信できればと模索する中、建築家や家具職人とコラボした古いりんご木箱の家具「又幸」が生まれたりしました。ラッキーなことに、「ミラノサローネ」にも展示されて。

一同:おお~。ミラノ!

米澤:「又幸」っていい名前ですよね。ちなみに巧樹くんと志乃さんは『アンジェリック』で同僚だったんだっけ。

志乃:私が働いていたとき、高校卒業したてで入社してきたのが巧樹。ど金髪の頭だったけど(笑)、その頃からやる気すごかったよね。巧樹が去年25歳の若さで社長になったときは、周りがみんなざわざわした。

巧樹:前の社長に「やってみたら?」って言ってもらえたんで。まだ就任して2年弱ですけど……若いですかね。

一同:若いよ!(笑)

巧樹:社長になったら、売り上げが上がっても下がっても自分のせいになるじゃないですか。だったら人の真似じゃなく、自分なりのことをしようと最初にやり方を変えたのが、アップルパイだったんです。それまでは誰が作ったのか分からないりんごを使ってて、なんか気持ち悪いなあって。今は決まった農家さんにわがまま言わせてもらってます。「もっと早い段階でもいで」とか「大き過ぎて使いづらいから小さく」とか、品種もそのときどきで指定して。お客さんとは「今日何の品種なの」とか「あの品種はもうすぐ出るから、もうちょっと待って」って会話して、結構楽しいんですよ。食べて気に入った農家さんのりんごを注文できるように、店にパンフレットも置きました。

志乃:今どのくらいアップルパイ売ってるの?

巧樹:2年で倍の売り上げになりました。1日900個とか。りんごの木箱が積みあがってすごいことになりますよ。自分は弘前市岩木地区出身なんですけど、親父の実家も奥さんの実家もりんご農家、はとこもりんご農家。りんごはなくなれば勝手に補充されるものだったから、若い頃はそこに価値を見出せないじゃないですか。それを今、アップルパイ作るために毎日大量のりんご仕込むようになって、単純に「農家さんすげーな」、「こんだけの農家さんがいる弘前すげーな」って。育てて収穫してって、めちゃくちゃ大変ですもん。で、地産地消を謳うわけじゃないですけど、旬の果物は地元の農家さんから仕入れることにしました。今だといちごも梨も津軽の田舎舘村産です。いいなと思った農家さんの果物を、最高の状態で加工して売るのが俺らの仕事なんで。

米澤:すごいね。まだまだ弘前にもこういう若手がいるんだなあ。

小倉:いい話聞きました。巧樹さん、素晴らしいですね。

巧樹:単純ですけど、弘前の街が活性化したら、自分たちの商売ももっとよくなると思って。だから次は自分の名前でブランド作ることも考えてます。色んな業種の人の独立を後押しできたらいいですよね。自分はみなさんと違って県外に出たことないし、その予定もない。東京の有名店で修業しようって思わなかったのは、自分がどこで商売したいのか考えたからなんです。東京の5年と弘前の5年だったら、ニーズも分かるし繋がりもできるし、こっちの5年の方がいいよねって。それに「俺弘前大好きですよ! 弘前で頑張りましょうよ!」ってケーキ屋の方が、気持ちがいいじゃないですか(笑)。

対談場所となった弘前市「藤田記念庭園」内の『大正浪漫喫茶室』は、登録有形文化財の洋館建築と庭から望む日本庭園が美しい。市内で人気のアップルパイが数種揃い、食べ比べも楽しめる。

弘前市内のりんごの売店にて。「秋田ゴールド」「彩来」「星の金貨」など、県外のスーパーではあまり見かけない品種がずらりと揃う。りんごの時期の津軽を訪れたら、食べ比べるべし。

津軽ボンマルシェ・特別対談まだ見ぬりんごの新たな価値が、未来に繋がるバトン役。

巧樹:今、色々計画を考えてるんですよね。もっと外国人も受け入れられるような店にしようとか。ケーキ屋っていうより観光地みたいな、面白い店を作りたい。

姥澤:確かに、今の津軽のりんご産業を見るとあきらかに縮小しているんだけど、津軽全体の流通人口、移動人口を見ると増えているんですよね。外から人が来ると考えたら、どう発信して何を提供するのかが大事になってくる。うちの近所に気になるラーメン屋があるんですけど、すごく見つけづらい店って言われてて。一度Googleで調べて行ったら、本当に見つからなかった(笑)。でもあきらめきれないからまた行くじゃないですか。面白そうなもの、美味しそうなものがあれば行こうとするから、それと同じで、問題も解決できるんじゃないかなって。

志乃:あとは、加工用のりんごの価値がもっともっと上がるといいと思ってます。ジャムとジュース以外にも。それこそアップルパイとか。

姥澤:木箱ひと箱で6000円、7000円のりんごもあれば、加工りんごなんかはひと箱500円のものもあるもんね。

志乃:加工用のりんごは、売る方と買う方の両方の意識が変わるといいのになって思いますね。りんごは生食以外にも高い価値があるから。

米澤:特に昔の農家からすると、生食至上主義はあるかもしれない。きれいで硬いりんごがいい、加工は積極的にやることじゃないっていう。

志乃:私たち、今まではきっと贅沢だったんです。周りにいいりんごがいっぱいあるのが普通だから。でもこれからは違うと思う。

姥澤:にんにくも青森の名産品だけど、最初「黒にんにく」って規格外の安いにんにくでやり始めたんだって。そうしたら、今はブランドでしょ? 日本だと健康食品のイメージだけど、ヨーロッパだと高級珍味の扱い。それでにんにく農家の所得が上がって、今レクサス乗ってる人もいるらしいです(笑)。

米澤:そういうまだ知られていない価値観って、もっと世の中にあるのかも。台湾では甘いシードルが大人気なんですよ。パッケージも、日本と向こうではいいと言われるデザインが全然違うし。うちでも台湾向けのシードル作ろうってなってます。

一同:へ~。気になるね、台湾向けシードル。

米澤:津軽の文化にもっと違う価値観を入れることも必要なのかもね。私、一回地元を離れてみて、りんごは津軽のキラーコンテンツなんだなって実感したんです。今の継続じゃなくて、新しいバトンを次世代に繋いで、私が死んだ後もそれが続くといいなって。

小倉:私自身は農業のことも知らずに神奈川で育って、たまたま主人と出会って弘前で農家になりましたけど、今はりんごを通じて、色んなことを知る機会をいただいている感じ。今日もそうなんですけど、りんごが人を繋いでくれるんですよね。みなさんと話して、改めて自分たちはりんごを作り続けることが大事だなと思いました。厳しいことも多いけれど、楽しいこともいっぱいあるからやっていられる。若い人たち、観光で津軽に来る人たち、これから農業を目指す人たちにも、それが伝わるりんご作りができればいいかな。

米澤:今日はすごく勉強になりましたね。若者の考え方にも感動したし! これもりんごのおかげですもん。

小倉:りんごは商売道具ではあるけど、すごく愛情を感じる、ありがたい存在。りんご、ありがとうって感じですね。

頼んでいないのに、率先してアイドルユニット風のポーズを取ってくれた5人。初対面同士の参加者もいたものの、りんごという共通の話題がすぐに壁を取り払ってくれた。

津軽のシンボルとして観光客を歓迎してくれる、JR弘前駅の巨大りんごオブジェ。改札の目の前に鎮座する。

見つけるとちょっとうれしくなってしまう、おちゃめなりんご型バックミラー。さて、弘前市内のどこに隠れているのか。津軽訪問の際、ぜひ探してみて。

場所協力:大正浪漫喫茶室
住所:青森県弘前市上白銀町8-1 藤田記念庭園内 MAP
電話:0172-37-5690

フードキュレーターが発掘した全国の食材を、美しく味わい深いヴィーガンコースに。[FARO/東京都中央区]

写真はコース序盤でゲストの心を掴んだ「菊芋のミルフィーユ」。

フードキュレーションテーブル/ファロ食材のプロ・フードキュレーターと名店のヴィーガンコースの出会い。

フードキュレーターとは、全国津々浦々を歩き、その地の生産者と話し、自らの足と舌で食材を探す食材のプロフェッショナルのこと。
たとえば現在のガストロノミーなら、料理を管轄するシェフとワインを取り仕切るソムリエが支えるのが一般的。しかし食の多様化、グローバル化、持続可能な食材の追求などが進み、より広い視野で食を捉える必要がある昨今、このフードキュレーターが第三の主役として、ガストロノミーを支えることとなるかもしれません。

2019年12月、そんなフードキュレーターが見つけ出した食材に焦点を当てたディナーイベント『Food Curation Table with FARO』が開かれました。食材リサーチを担当したのは、過去17回開催されたプレミアムな野外レストランイベント『DINING OUT』を通し、日本各地の食材を見つめてきたフードキュレーター・宮内隼人。今回、第一弾としてタッグを組んだのは能田耕太郎シェフ率いるイノベーティブイタリアン『FARO』。コースは、能田シェフが追求するヴィーガンコース。日頃から日本各地の野菜や果物を探し歩き、そのポテンシャルをヴィーガンという世界で表現する能田シェフ。季節感、産地の個性、生産者の思いが如実に表れるこのヴィーガンで、フードキュレーションの意義と食材の素晴らしさを伝えることを目指しました。「通常のヴィーガンコースでも多くの食材を使用しますが、今回フードキュレーターに加わってもらうことで、100種以上の素晴らしい食材を使用できました」と話す能田シェフ。

『FARO』とフードキュレーターの出会いは、果たしてどんな料理に昇華されたのでしょうか。提供された料理の詳細やイベントの様子を余さずにお知らせします。

【関連記事】Food Curation Table with FARO/『DINING OUT』を支えた食材と名店『FARO』の出会い。この日、この場所だけでの至高のヴィーガンコース。

能田シェフはローマ『ビストロ64』のオーナーシェフとして3年連続ミシュラン一つ星を獲得した人物。

フードキュレーションテーブル/ファロ100種以上の食材を、ひとつのコースに集約する。

まず導かれたレセプションでは、フードキュレーター・宮内隼人が出迎えました。ゲストはウェルカムドリンクを傾けながら、フードキュレーションについてのスピーチに耳を傾けます。

フードキュレーターの役割は、全国各地の生産者のもとを訪ね、その食材について取材し、深く理解するのが一側面。そしてもうひとつの側面が、シェフ側のスタイル、理念を理解した上で、食材とシェフをつなぐこと。そうすることで食の新たなアウトプットを生み出すのが、フードキュレーターの役目だといいます。

「独自の基準で定めた各地の素晴らしい食材を私達は“ローカルファインフード”と呼んでいます。条件はいたってシンプルで、ひとつはその土地の風土に合っていること、もうひとつは取り扱う生産者の技術が卓越し、理にかなっていること。この2点を満たしたいわば“土地の資産”を広く体験していただくべく、今回このようなイベントを開きました」フードキュレーター・宮内は今回のイベント趣旨をそう話しました。

レセプションに続いて案内されて着いた席には、メニューではなく食材リストが置かれていました。あんがとう農園かぶ、鬼丸農園鬼丸りんご、黒木農園しろいし蓮根、柴田農園パースニップ……。そこにあるのは、フードキュレーターが全国各地から見つけ出した100種以上の食材名だけ。いまだ料理の全体像は想像さえもつきません。運ばれる料理への期待は、いっそう高まります。

まず登場したのは、いくつかのフィンガーフード。十五夜味噌と黒にんにくのディップで味わう根菜「ピンツィモーニオ」、シナモンの根に刺した「島バナナのフリット」、リンゴの香りをまとった「春菊と三福海苔の生春巻き」。カトラリーを使わず、手で触れて直接食材を感じることで、その力強い存在感が響きます。

続く「菊芋のミルフィーユ」は、菊芋のほのかな甘みにコーヒーの香りが奥行きを加え、「ビーツのカネデルリ」は、力強い酸味と濃厚な味わいが主張します。コースはまだ序盤。それでもゲストのほとんどが、従来のイメージを覆す『FARO』のヴィーガンの世界に心酔しはじめていました。

レセプションではフードキュレーター・宮内隼人がフードキュレーションについて解説した。

十五夜味噌と黒にんにくで味わう「ピンツィモーニオ」は、食材の味がダイレクトに伝わった。

「島バナナのフリット」と「春菊の三福海苔の生春巻き」。まずは手で直接触れて味わう。

貴重な国産シナモンの根は「誰もやっていないことに挑戦する」ことが理念の佐賀県・富田農園から。

酸味のある「ビーツのカネデルリ」は、ポルチーニが香る団子とともに。

ワインペアリングはイタリアワインの銘品を軸に、ノンアルコールはフードキュレーターが探したジュースや茶を合わせた。

フードキュレーションテーブル/ファロ食材にさまざまな角度で焦点を当てる多彩なアプローチ。

中盤から徐々に盛り上がりをみせるコース。続いての一品は、「じゃがいものスパゲティ」。低温で長期間熟成することで糖度を増した「倶知安じゃが五四○」を細切りにし、パスタのように味わう能田シェフの得意料理。トリュフの香りをまとった豆乳ベースのソースが、どっしりとした土の力を伝えます。続く「蓮根のラビオリ」は、海苔をあわせることで土の力強さと磯の風味が見事な調和を描き出します。
次なる料理は藻塩でカブを蒸し焼きにする「かぶの塩釜焼き」が登場しました。藻塩が浮き上がらせるカブの甘みとみずみずしさ。この料理を通して、カブの新たな魅力に気づいたゲストも多かったことでしょう。
そしてここで続いた三品は、すべて根菜。同じ根菜でありながら、異なるアプローチにすることで、それぞれがまったく別の魅力を放つ。能田シェフの技と食材への理解が改めて垣間見えた構成でした。

メインディッシュはステーキ。椎茸の名産地・大分県から届いた肉厚の原木椎茸を使う「原木椎茸のステーキ」です。絶妙な火入れにより、水分をしっかりと残しながら香ばしさもたたえたこの椎茸は、決して“肉の代用品”などではなく、この椎茸こそがこの構成の唯一解であると思わせる確かなおいしさを湛えていました。

「おいしいと思ってもらうこと。料理人として、まっすぐにそこだけを目指しました」と、能田シェフの信念はいたってシンプル。続く「干し柿とヴィーガンチーズ」の優しい甘さが椎茸の余韻を包みながら、能田シェフのパートは続く加藤峰子シェフパティシエへと受け継がれます。

味、香り、テクスチャ。さまざまな表情を見せるヴィーガン料理がゲストの心を捉えた。

「じゃがいものスパゲティ」は通常コースでも登場する能田シェフのシグネチャーディッシュ。さらに卓上で白トリュフを振りかけ、贅沢な味わいに。

「蓮根のラビオリ」。ねっとりした皮と歯ごたえのある餡という食感のコントラストも魅力。

「かぶの塩釜焼き」。ほのかな塩気により、カブ本来の甘みがいっそう際立った。

「原木椎茸のステーキ」。肉厚の大分県産椎茸のジューシーな旨みが光る一品。大分県でクヌギ原木栽培を続ける『山や』から自慢の一品が届いた。

フードキュレーションテーブル/ファロ伝統を再解釈して落とし込む美しきヴィーガンデセール。

エグゼクティブシェフ・能田耕太郎氏とともに『FARO』を支えるのは、シェフパティシエ・加藤峰子氏の存在。加藤氏が手がけるヴィーガンデセールで、コースはフィナーレへと向かいます。「伝統をヴィーガンに落とし込むには、かなりの実験が必要。簡単ではありません」加藤氏はそう話します。しかしその難しさは、加藤氏にとって楽しみでもあります。「スイーツという嗜好品からヴィーガンを考えるのもおもしろいですよね」そういって、新たな料理開発に挑みます。
そんな加藤氏が手がけたプレデセールは「パースニップのラビオリ」。上にはパースニップと生姜のクリームをしのばせ、じんわりとおだやかな甘みを作り出しました。バラやカルダモンのほのかな香りも、味の広がりを演出します。
デセールは日本で唯一のスペシャルティコーヒーとウワミズザクラが主役。コーヒーの薄い飴の下にコーヒーの果実であるカスカラのゼリー、その下にウワミズザクラの実を使ったアイスクリームとコーヒーを詰めたチョコレート。多重奏の味わいがありながら、そのすべてを上質なコーヒーが包み込み、全体の統一感も演出。加藤氏が他に代えがたいシェフパティシエであることが、この一皿から存分に伝わります。

「日頃は生産者の人を見た上で、食材ではなくその生産者自身とコラボレーションをしています。だから今回は(フードキュレーターの)宮内さんとコラボレーションしたつもり。宮内さんの目を通して見たものから、さまざまなアイデアをもらいました」加藤氏はそう振り返ります。

伝統のベースの上に独自の解釈を加えたクリエーションが加藤峰子シェフパティシエの真骨頂。

飴、ゼリー、アイス、チョコレート。複雑な味わいをひとつにまとめる加藤氏の技術が光る。

日本で唯一スペシャルティコーヒーの認証を受ける沖縄県『アダファーム』のコーヒーを使用。年間50kgしか収穫されない幻のコーヒーだ。

「プチフール」は22種ものハーブを使った爽やかなタルト。

フードキュレーションテーブル/ファロヴィーガンは制限ではなく、可能性の追求。

目に美しく、ボリュームもあり、バラエティ豊かに繰り広げられたヴィーガンコース。体験したゲストに共通するのは、ヴィーガンのイメージが根本から覆される思いだったかもしれません。
ヴィーガンが浸透しきれていない日本では、ときに精進料理のように「我慢するもの」として、あるいは肉や魚や乳製品の味に似た代用品を探すものとして受け取られることがあります。しかし、この日伝えられたのは、おいしさを大前提としたヴィーガンの魅力でした。

「動物性食材を使わないことを“制限”だと思ううちは、ヴィーガンをやるべきではありません。世の中には無数の食材がありますが、一度のディナーで使うのは多くても数百種類。それこそ使い切れないほどの食材があるわけですから」能田シェフはヴィーガンコースを手がけることについて、そう話しました。料理人として、おいしさを追求する上で、ヴィーガンは決して制限ではないのです。

そしてそんな能田シェフ、加藤シェフパティシエの期待に応えるだけの食材は、まだまだ日本に眠っているのです。そんな食材のポテンシャルにも改めて目が向く一夜でした。

大きな拍手とともに幕を閉じた第一回の「Food Curation Table」。まだ見ぬ日本の素晴らしい食材を掘り起こし、その魅力を伝えるフードキュレーター。その意義を伝えるべく、今後もさまざまなレストランとタッグを組み、食材のポテンシャルが輝く料理としてお届けする予定です。次回の開催にもぜひご期待ください。

フィナーレでは能田シェフ、加藤シェフパティシエが登場。シャイな能田シェフだが、ヴィーガンへの思いの丈を言葉にして伝えた。

会場には「アジアのベストレストラン50」のチェアマンを務める中村孝則氏の姿も。

1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一ツ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。

デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。「ファロ」では、旅するように"特別な体験として脳裏に残るようなレストラン"を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。

住所: 東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル 10F MAP
電話:0120-862-150/03-3572-3911
※電話予約受付は11:00~22:00(営業日のみ)、2ヵ月先の月末分まで。
営業時間:ランチ/12:00~13:30(L.O.) , ディナー/18:00~20:30(L.O.)
定休日:日曜・月曜・祝日・夏季(8月中旬)・年末年始
https://faro.shiseido.co.jp/