美味しい名産品、でもそれだけじゃない? 津軽人のリアルな“りんご感”に迫る。[TSUGARU Le Bon Marché・特別対談/青森県弘前市]

スタートから和気あいあい、始終にぎやかだった対談。参加者は左からパティスリー『アンジェリック』成田巧樹氏、カフェなどを展開する『青弘トラスト』米澤貴子さん、『パン屋 といとい』成田志乃さん、『おぐら農園』小倉加代子さん、『キープレイス』姥澤大氏。

津軽ボンマルシェ生産量、断トツ日本一! りんご王国・津軽のホンネ、アップルパイ片手に語ります。

津軽=りんご、そんなイメージの人も多いのでは? それもそのはず、青森県のりんごの生産量が全国の約6割を占めるうち、弘前市を中心とした津軽平野での生産量はその中の実に4割ほど。市内には広大なりんご畑が広がるだけでなく、りんごの乗ったポストにりんご模様のガードレール、果てはりんご型カーブミラーまで、あちこちにりんごのモチーフが点在しています。右も左もりんごだらけの、まさにりんご王国! しかし “日本一”という華々しい言葉の裏には、高齢化や後継者不足など、県外の消費者からは見えづらいさまざまな事情が存在するのも事実です。そこで今回のテーマは、気になる「りんご王国・津軽のホンネ」。参加メンバーは、りんご農家『おぐら農園』の小倉加代子さん、りんご用木箱などの資材を手掛ける『キープレイス』姥澤大氏、シードル工房併設の飲食店運営にも携わる『青弘トラスト』の米澤貴子さん、りんごをパン作りに活用する『パン屋 といとい』成田志乃さんです。せっかくだったら、“アップルパイの街”を謳う弘前らしく、それぞれのお気に入りアップルパイを持ち寄り対談を……と思ったら、急遽弘前を代表する人気パティスリー『アンジェリック』の成田巧樹氏にも参戦してもらえることに。美味しく楽しいりんご対談となりました。

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弘前市の中心地から車で少し移動すれば、霊峰・岩木山を抱くように広がるりんご畑が。これぞ津軽の原風景。

市内の数か所にある“りんごポスト”。最近では、写真映えするりんごスポットも人気の観光コンテンツに。

今回登場するアップルパイは、成田氏が手掛ける『アンジェリック』、弘前駅近くのパン店『スリーブリッヂ』、焼き菓子が人気のカフェ『スミス』、シードルでも有名なりんご農家『タムラファーム』、店舗を持たずイベント出店などで菓子製造を行う『zilchstudio』のもの。

津軽ボンマルシェ・特別対談津軽人りんごあるある①:食べる・食べない、買う・買わない。意外と人それぞれ。

ONESTROY編集部(以下編集部):今日はアップルパイをつまみつつりんご談義ということで、事前にみなさんのお気に入りのアップルパイを伺いました。なんと姥澤さん、『といとい』成田さん、米澤さんの御三方が『アンジェリック』をご推薦。『アンジェリック』大人気です。

成田巧樹氏(以下巧樹):ありがとうございます!

成田志乃さん(以下志乃):早速つまんじゃっていいですか? 私、昔はアップルパイ苦手だったんですよ。パイのむにゃっとした食感がいまいちで。でも『アンジェリック』のものを食べて好きになりました。食感が色々あって、ほろ苦さも酸味もある。あと手頃な値段だし、いつ行っても買えるんですよね。それってすごく大事だなって思います。

姥澤大氏(以下姥澤):上に乗ったりんごの薄切りがしゃきしゃきしてるのがいいですよね。さっぱりしていて、生食のりんごに近い感じ。

米澤貴子さん(以下米澤):お店の雰囲気もかっこいいんですよね~。特別感があって。

小倉加代子さん(以下小倉):実は私も好きなんですけど、みなさんと被りそうだなと思って言わなかったの(笑)。今日私が持ってきたのは、うちの畑で採れた紅玉を1台2玉前後使って作った『zilchstudio』のアップルパイ。毎年秋にある朝市イベントの限定品で、いつもすぐ完売しちゃうものを、今回特別に作って欲しいとお願いました。砂糖もスパイスも使わないで『おぐら農園』の紅玉を最大限活かす、私の大好きなアップルパイです。

志乃:わ~、酸味がいい! 本当に加糖してないんですね。びっくり。

米澤:紅玉2個も使うなんて贅沢。私は『アンジェリック』も好きだけど、こっちの『スミス』のアップルパイも気になってて。周りで「パイ生地が美味しい」って評判なんです。

姥澤:お、ほんとだ。パイ部分いいですね。香ばしい。自分はこの『タムラファーム』のアップルパイが、人生で一番食べているアップルパイかも。仕事で取引があるので、昔からよくいただくんです。

志乃:アップルパイもシードルも美味しくて有名ですよね。『スリーブリッヂ』のものは、ハラハラと繊細なパイと中のりんごとのパランスがよくて、とても美味しいです。それぞれ全然味が違う! 個性がありますね……って、食べながら言うのもあれなんですけど、正直な話、アップルパイって普段から積極的に食べますか?

米澤:正直、あんまり食べない(笑)。うちの場合は実家がりんご農家で、親から「りんごを焼いたり煮たりするのは“かまど消し”だからよくない」って言われて育って。“かまど消し”は“ごくつぶし”みたいな意味の方言。焼いても煮ても怒られるし、なんなら家ではりんご自体あまり食べなかったかも。

一同:えー!

小倉:生産者だと、そういう人も多いのかもしれません。小倉家では時間が経って柔らかくなったりんごを母が甘く煮て、小分けにして冷凍します。アップルパイはそれこそ姥澤さんみたいに、差し入れでもらう感じ。

志乃:10年くらい前にアップルパイが食べられる店のマップが作られたじゃないですか。これを仕掛けた人すごい!ってびっくりしました。本当は採れたての美味しいりんごを食べてほしいけど、観光の方が増えるのは春から。アップルパイなら、このズレもあまり問題ない。

巧樹:うちの店も年々県外や海外から来る人が増えていて、アップルパイだけは売り上げが伸びているんです。

志乃:りんご自体、もらうから買わないって津軽人も多いですよね。小倉さんはりんご買いますか?

小倉:それが、うちはりんご農家なのに買うんですよ! どこかへ行けばその土地の産直品を買ったり、食べたことのない品種を試したり、探求心ですね。相馬村にある直売所『林檎の森』とか、結構おもしろい品種が出るんですよ。

姥澤:へ~、今度行ってみよう。うちは木箱の会社だけど、畑を買ってりんごも作っているんです。今年から冬のギフトは自社のりんごにしようと思っているんですが、去年まではお気に入りの農家さんのりんごを贈答用に買っていました。みんなそれぞれですね。

過去には『アンジェリック』でアップルパイ製造を担当し、独立後は『おぐら農園』のりんごをパン作りに活用する『といとい』成田さん。小倉さん、成田氏とは勝手知ったる仲だ。全員と初対面とは思えない打ち解けぶりだった米澤さんの実家はりんご農家。

小倉さんが持参してくれたアップルパイは青森市に工房を構える『zilchstudio』のもの。砂糖不使用ながら、ローストした紅玉とパイ生地に優しい甘さが。

津軽ボンマルシェ・特別対談津軽人りんごあるある②:県外に出て、地元のりんごのすごさを知る。

志乃:でもね、改めて“津軽人の真のりんご感”って恐ろしいテーマだなって(笑)。自分がりんご農家でなくても、知り合いがみんな何かしらのりんご産業に関わっていて、それぞれ思うところがあるじゃないですか。色んな人の気持ちを考えると、しゃべれなくなるというか……。

米澤:リアルな現実があるからね。私も、りんご農家の家に生まれたのが嫌で仕方なかったの。でも39歳まで東京で働いて、やりたい仕事やりつくしたなと思って実家に戻ったら、小さい頃見ていたりんご畑の風景が変わってて。東目屋という地区の「平山」っていう小さい集落なんですけど、19世帯のほとんどがりんご農家、その内跡取りがいるのが1世帯だけ。

小倉:東目屋なんですね。「目屋りんご」、締まってて美味しいですよね。

米澤:そう、昔は見たくもなかったりんごだけど、その美味しさは知ってるんですよ。それでりんごで何かできないかと思ったけど、自分が農業やるのも違うし、ネット販売もしてみたけどつまらない。直接農家と関わる以外の方法を考えているとき、今の会社の社長と出会って。目屋りんごで作ったスムージーをカフェで出したり、シードル作ったり、そのシードルを台湾に持っていて売ったりすることを始めて、自分がりんごを作っているわけじゃないけど、りんご産業の可能性を感じることができたんです。

姥澤:自分も、若い頃はりんごもりんご畑も目に入ってこなかった。東京から帰ってきて初めて、「りんごの花ってきれいだな」「田舎の風景っていいな」って、地元がすごく豊かなことに気付いたんですよね。「りんごって美味しいんだなぁ」って。

米澤:分かる~! 東京のスーパーのりんご、全然味違うもん。「実家の畑のすっごい美味しいりんご、どこ行ってんの!?」って思ってた。

小倉:東京だと「ふじ」がほとんどですしね。私は神奈川出身なんですが、弘前に来てからいろんな品種があることを知ったし、農家さんごとで味が違うのにも衝撃を受けました。

志乃:人によって好きな品種も違うし、もっといえば11月と12月じゃ選ぶ品種も変わるし。ちなみに私は昔から「金星」が好きで。

一同:渋~!!

志乃:少し地味というか、今の流行りとは真逆な品種だけど、香りと味のバランスや表皮の少しマットな感じがいい(笑)。うちも家業がりんご農家とまではいかないけど、畑で色んな品種を作っていて。母の実家はりんご農家なんですけど、農家ごとに作る品種も違うから、「じいちゃんのりんごなら金星か、『4の23』かな」とか。

編集部:「4の23」……? 知らない品種です。

志乃:色々な理由であまり流通してない品種ってたくさんあるんですよね、本当はきっと。これもじいちゃんの畑にあったからたまたま食べることができて、好きになったりんごです。みんな小さい頃は家に来たりんごを受動的に食べるから、どんな品種が好きかは結構バックボーンに寄る気がします。でも自分たちはりんごが身近だから旬や品種が分かるけど、西に行けば柑橘のことは分からないし、レモンだってこっちのスーパーで1年中手に入るじゃないですか。そんなもんなんだろうなって。

米澤:そういえば少し前、関西のお客さんにもぎたてのりんご送ったら、「熟す前に送ってくださったんですね~」って言われたの。しゃきしゃきで硬いから、「寝かせて食べた」って……(笑)。

姥澤:こっちは硬いりんごに価値がありますもんね(笑)。

姥澤氏の地元・北津軽郡板柳町は、全国唯一の専門市場があるりんごの一大産地。ちなみに『キープレイス』のグループ会社、『青森資材うばざわ』のりんご木箱は、津軽エリアでのシェア率No.1!

対談でも人気だった『アンジェリック』のアップルパイは、パイ生地の上にりんごのペースト、紅玉のジャム、スライスしたりんごが乗る3層構造。弘前土産におすすめ。

津軽ボンマルシェ・特別対談若社長に学ぶ! りんごを使った商品を、どう売り込むか。

志乃:子どもの頃は家にりんごがあることが当たり前。むしろ「頑張って消費しないと春まで残っちゃう」って存在で。仕事をし始めて能動的にりんごを消費するようになってから、「自分はりんごで何ができるんだろう」とすごく考えるようになりました。でも青森の人にりんごの商品を売るのって大変なんです。

米澤:“当たり前”なものだからね。

志乃:そう、その分お金を払う対象じゃないから。だから、アップルパイのマップを最初に見たときは衝撃でした。みんなアップルパイだと買うんですよ。どうやって欲しいと思ってもらえるものにするのか、それって大事なことだなと。

姥澤:うんうん。うちは最初りんご箱用にカットされた板材の商売から始めて、それが売れなくなったら、ダンボールなどの包装資材の販売に転向して。産地市場の台頭とともに、完成品のりんご箱を販売するようになったんです。時代時代で商売を変えてるんですよね。前に経営塾に行ったとき、先生から「経営理念は自分が勝手に作るものじゃない、自分たちの宝ものを探し当てるようなものだ」って言われて、本当にそうだなと。うちはあくまで裏方で、生産者と消費者の架け橋のような存在でありたいんです。地域産業として県外のお客さんにも発信できればと模索する中、建築家や家具職人とコラボした古いりんご木箱の家具「又幸」が生まれたりしました。ラッキーなことに、「ミラノサローネ」にも展示されて。

一同:おお~。ミラノ!

米澤:「又幸」っていい名前ですよね。ちなみに巧樹くんと志乃さんは『アンジェリック』で同僚だったんだっけ。

志乃:私が働いていたとき、高校卒業したてで入社してきたのが巧樹。ど金髪の頭だったけど(笑)、その頃からやる気すごかったよね。巧樹が去年25歳の若さで社長になったときは、周りがみんなざわざわした。

巧樹:前の社長に「やってみたら?」って言ってもらえたんで。まだ就任して2年弱ですけど……若いですかね。

一同:若いよ!(笑)

巧樹:社長になったら、売り上げが上がっても下がっても自分のせいになるじゃないですか。だったら人の真似じゃなく、自分なりのことをしようと最初にやり方を変えたのが、アップルパイだったんです。それまでは誰が作ったのか分からないりんごを使ってて、なんか気持ち悪いなあって。今は決まった農家さんにわがまま言わせてもらってます。「もっと早い段階でもいで」とか「大き過ぎて使いづらいから小さく」とか、品種もそのときどきで指定して。お客さんとは「今日何の品種なの」とか「あの品種はもうすぐ出るから、もうちょっと待って」って会話して、結構楽しいんですよ。食べて気に入った農家さんのりんごを注文できるように、店にパンフレットも置きました。

志乃:今どのくらいアップルパイ売ってるの?

巧樹:2年で倍の売り上げになりました。1日900個とか。りんごの木箱が積みあがってすごいことになりますよ。自分は弘前市岩木地区出身なんですけど、親父の実家も奥さんの実家もりんご農家、はとこもりんご農家。りんごはなくなれば勝手に補充されるものだったから、若い頃はそこに価値を見出せないじゃないですか。それを今、アップルパイ作るために毎日大量のりんご仕込むようになって、単純に「農家さんすげーな」、「こんだけの農家さんがいる弘前すげーな」って。育てて収穫してって、めちゃくちゃ大変ですもん。で、地産地消を謳うわけじゃないですけど、旬の果物は地元の農家さんから仕入れることにしました。今だといちごも梨も津軽の田舎舘村産です。いいなと思った農家さんの果物を、最高の状態で加工して売るのが俺らの仕事なんで。

米澤:すごいね。まだまだ弘前にもこういう若手がいるんだなあ。

小倉:いい話聞きました。巧樹さん、素晴らしいですね。

巧樹:単純ですけど、弘前の街が活性化したら、自分たちの商売ももっとよくなると思って。だから次は自分の名前でブランド作ることも考えてます。色んな業種の人の独立を後押しできたらいいですよね。自分はみなさんと違って県外に出たことないし、その予定もない。東京の有名店で修業しようって思わなかったのは、自分がどこで商売したいのか考えたからなんです。東京の5年と弘前の5年だったら、ニーズも分かるし繋がりもできるし、こっちの5年の方がいいよねって。それに「俺弘前大好きですよ! 弘前で頑張りましょうよ!」ってケーキ屋の方が、気持ちがいいじゃないですか(笑)。

対談場所となった弘前市「藤田記念庭園」内の『大正浪漫喫茶室』は、登録有形文化財の洋館建築と庭から望む日本庭園が美しい。市内で人気のアップルパイが数種揃い、食べ比べも楽しめる。

弘前市内のりんごの売店にて。「秋田ゴールド」「彩来」「星の金貨」など、県外のスーパーではあまり見かけない品種がずらりと揃う。りんごの時期の津軽を訪れたら、食べ比べるべし。

津軽ボンマルシェ・特別対談まだ見ぬりんごの新たな価値が、未来に繋がるバトン役。

巧樹:今、色々計画を考えてるんですよね。もっと外国人も受け入れられるような店にしようとか。ケーキ屋っていうより観光地みたいな、面白い店を作りたい。

姥澤:確かに、今の津軽のりんご産業を見るとあきらかに縮小しているんだけど、津軽全体の流通人口、移動人口を見ると増えているんですよね。外から人が来ると考えたら、どう発信して何を提供するのかが大事になってくる。うちの近所に気になるラーメン屋があるんですけど、すごく見つけづらい店って言われてて。一度Googleで調べて行ったら、本当に見つからなかった(笑)。でもあきらめきれないからまた行くじゃないですか。面白そうなもの、美味しそうなものがあれば行こうとするから、それと同じで、問題も解決できるんじゃないかなって。

志乃:あとは、加工用のりんごの価値がもっともっと上がるといいと思ってます。ジャムとジュース以外にも。それこそアップルパイとか。

姥澤:木箱ひと箱で6000円、7000円のりんごもあれば、加工りんごなんかはひと箱500円のものもあるもんね。

志乃:加工用のりんごは、売る方と買う方の両方の意識が変わるといいのになって思いますね。りんごは生食以外にも高い価値があるから。

米澤:特に昔の農家からすると、生食至上主義はあるかもしれない。きれいで硬いりんごがいい、加工は積極的にやることじゃないっていう。

志乃:私たち、今まではきっと贅沢だったんです。周りにいいりんごがいっぱいあるのが普通だから。でもこれからは違うと思う。

姥澤:にんにくも青森の名産品だけど、最初「黒にんにく」って規格外の安いにんにくでやり始めたんだって。そうしたら、今はブランドでしょ? 日本だと健康食品のイメージだけど、ヨーロッパだと高級珍味の扱い。それでにんにく農家の所得が上がって、今レクサス乗ってる人もいるらしいです(笑)。

米澤:そういうまだ知られていない価値観って、もっと世の中にあるのかも。台湾では甘いシードルが大人気なんですよ。パッケージも、日本と向こうではいいと言われるデザインが全然違うし。うちでも台湾向けのシードル作ろうってなってます。

一同:へ~。気になるね、台湾向けシードル。

米澤:津軽の文化にもっと違う価値観を入れることも必要なのかもね。私、一回地元を離れてみて、りんごは津軽のキラーコンテンツなんだなって実感したんです。今の継続じゃなくて、新しいバトンを次世代に繋いで、私が死んだ後もそれが続くといいなって。

小倉:私自身は農業のことも知らずに神奈川で育って、たまたま主人と出会って弘前で農家になりましたけど、今はりんごを通じて、色んなことを知る機会をいただいている感じ。今日もそうなんですけど、りんごが人を繋いでくれるんですよね。みなさんと話して、改めて自分たちはりんごを作り続けることが大事だなと思いました。厳しいことも多いけれど、楽しいこともいっぱいあるからやっていられる。若い人たち、観光で津軽に来る人たち、これから農業を目指す人たちにも、それが伝わるりんご作りができればいいかな。

米澤:今日はすごく勉強になりましたね。若者の考え方にも感動したし! これもりんごのおかげですもん。

小倉:りんごは商売道具ではあるけど、すごく愛情を感じる、ありがたい存在。りんご、ありがとうって感じですね。

頼んでいないのに、率先してアイドルユニット風のポーズを取ってくれた5人。初対面同士の参加者もいたものの、りんごという共通の話題がすぐに壁を取り払ってくれた。

津軽のシンボルとして観光客を歓迎してくれる、JR弘前駅の巨大りんごオブジェ。改札の目の前に鎮座する。

見つけるとちょっとうれしくなってしまう、おちゃめなりんご型バックミラー。さて、弘前市内のどこに隠れているのか。津軽訪問の際、ぜひ探してみて。

場所協力:大正浪漫喫茶室
住所:青森県弘前市上白銀町8-1 藤田記念庭園内 MAP
電話:0172-37-5690

フードキュレーターが発掘した全国の食材を、美しく味わい深いヴィーガンコースに。[FARO/東京都中央区]

写真はコース序盤でゲストの心を掴んだ「菊芋のミルフィーユ」。

フードキュレーションテーブル/ファロ食材のプロ・フードキュレーターと名店のヴィーガンコースの出会い。

フードキュレーターとは、全国津々浦々を歩き、その地の生産者と話し、自らの足と舌で食材を探す食材のプロフェッショナルのこと。
たとえば現在のガストロノミーなら、料理を管轄するシェフとワインを取り仕切るソムリエが支えるのが一般的。しかし食の多様化、グローバル化、持続可能な食材の追求などが進み、より広い視野で食を捉える必要がある昨今、このフードキュレーターが第三の主役として、ガストロノミーを支えることとなるかもしれません。

2019年12月、そんなフードキュレーターが見つけ出した食材に焦点を当てたディナーイベント『Food Curation Table with FARO』が開かれました。食材リサーチを担当したのは、過去17回開催されたプレミアムな野外レストランイベント『DINING OUT』を通し、日本各地の食材を見つめてきたフードキュレーター・宮内隼人。今回、第一弾としてタッグを組んだのは能田耕太郎シェフ率いるイノベーティブイタリアン『FARO』。コースは、能田シェフが追求するヴィーガンコース。日頃から日本各地の野菜や果物を探し歩き、そのポテンシャルをヴィーガンという世界で表現する能田シェフ。季節感、産地の個性、生産者の思いが如実に表れるこのヴィーガンで、フードキュレーションの意義と食材の素晴らしさを伝えることを目指しました。「通常のヴィーガンコースでも多くの食材を使用しますが、今回フードキュレーターに加わってもらうことで、100種以上の素晴らしい食材を使用できました」と話す能田シェフ。

『FARO』とフードキュレーターの出会いは、果たしてどんな料理に昇華されたのでしょうか。提供された料理の詳細やイベントの様子を余さずにお知らせします。

【関連記事】Food Curation Table with FARO/『DINING OUT』を支えた食材と名店『FARO』の出会い。この日、この場所だけでの至高のヴィーガンコース。

能田シェフはローマ『ビストロ64』のオーナーシェフとして3年連続ミシュラン一つ星を獲得した人物。

フードキュレーションテーブル/ファロ100種以上の食材を、ひとつのコースに集約する。

まず導かれたレセプションでは、フードキュレーター・宮内隼人が出迎えました。ゲストはウェルカムドリンクを傾けながら、フードキュレーションについてのスピーチに耳を傾けます。

フードキュレーターの役割は、全国各地の生産者のもとを訪ね、その食材について取材し、深く理解するのが一側面。そしてもうひとつの側面が、シェフ側のスタイル、理念を理解した上で、食材とシェフをつなぐこと。そうすることで食の新たなアウトプットを生み出すのが、フードキュレーターの役目だといいます。

「独自の基準で定めた各地の素晴らしい食材を私達は“ローカルファインフード”と呼んでいます。条件はいたってシンプルで、ひとつはその土地の風土に合っていること、もうひとつは取り扱う生産者の技術が卓越し、理にかなっていること。この2点を満たしたいわば“土地の資産”を広く体験していただくべく、今回このようなイベントを開きました」フードキュレーター・宮内は今回のイベント趣旨をそう話しました。

レセプションに続いて案内されて着いた席には、メニューではなく食材リストが置かれていました。あんがとう農園かぶ、鬼丸農園鬼丸りんご、黒木農園しろいし蓮根、柴田農園パースニップ……。そこにあるのは、フードキュレーターが全国各地から見つけ出した100種以上の食材名だけ。いまだ料理の全体像は想像さえもつきません。運ばれる料理への期待は、いっそう高まります。

まず登場したのは、いくつかのフィンガーフード。十五夜味噌と黒にんにくのディップで味わう根菜「ピンツィモーニオ」、シナモンの根に刺した「島バナナのフリット」、リンゴの香りをまとった「春菊と三福海苔の生春巻き」。カトラリーを使わず、手で触れて直接食材を感じることで、その力強い存在感が響きます。

続く「菊芋のミルフィーユ」は、菊芋のほのかな甘みにコーヒーの香りが奥行きを加え、「ビーツのカネデルリ」は、力強い酸味と濃厚な味わいが主張します。コースはまだ序盤。それでもゲストのほとんどが、従来のイメージを覆す『FARO』のヴィーガンの世界に心酔しはじめていました。

レセプションではフードキュレーター・宮内隼人がフードキュレーションについて解説した。

十五夜味噌と黒にんにくで味わう「ピンツィモーニオ」は、食材の味がダイレクトに伝わった。

「島バナナのフリット」と「春菊の三福海苔の生春巻き」。まずは手で直接触れて味わう。

貴重な国産シナモンの根は「誰もやっていないことに挑戦する」ことが理念の佐賀県・富田農園から。

酸味のある「ビーツのカネデルリ」は、ポルチーニが香る団子とともに。

ワインペアリングはイタリアワインの銘品を軸に、ノンアルコールはフードキュレーターが探したジュースや茶を合わせた。

フードキュレーションテーブル/ファロ食材にさまざまな角度で焦点を当てる多彩なアプローチ。

中盤から徐々に盛り上がりをみせるコース。続いての一品は、「じゃがいものスパゲティ」。低温で長期間熟成することで糖度を増した「倶知安じゃが五四○」を細切りにし、パスタのように味わう能田シェフの得意料理。トリュフの香りをまとった豆乳ベースのソースが、どっしりとした土の力を伝えます。続く「蓮根のラビオリ」は、海苔をあわせることで土の力強さと磯の風味が見事な調和を描き出します。
次なる料理は藻塩でカブを蒸し焼きにする「かぶの塩釜焼き」が登場しました。藻塩が浮き上がらせるカブの甘みとみずみずしさ。この料理を通して、カブの新たな魅力に気づいたゲストも多かったことでしょう。
そしてここで続いた三品は、すべて根菜。同じ根菜でありながら、異なるアプローチにすることで、それぞれがまったく別の魅力を放つ。能田シェフの技と食材への理解が改めて垣間見えた構成でした。

メインディッシュはステーキ。椎茸の名産地・大分県から届いた肉厚の原木椎茸を使う「原木椎茸のステーキ」です。絶妙な火入れにより、水分をしっかりと残しながら香ばしさもたたえたこの椎茸は、決して“肉の代用品”などではなく、この椎茸こそがこの構成の唯一解であると思わせる確かなおいしさを湛えていました。

「おいしいと思ってもらうこと。料理人として、まっすぐにそこだけを目指しました」と、能田シェフの信念はいたってシンプル。続く「干し柿とヴィーガンチーズ」の優しい甘さが椎茸の余韻を包みながら、能田シェフのパートは続く加藤峰子シェフパティシエへと受け継がれます。

味、香り、テクスチャ。さまざまな表情を見せるヴィーガン料理がゲストの心を捉えた。

「じゃがいものスパゲティ」は通常コースでも登場する能田シェフのシグネチャーディッシュ。さらに卓上で白トリュフを振りかけ、贅沢な味わいに。

「蓮根のラビオリ」。ねっとりした皮と歯ごたえのある餡という食感のコントラストも魅力。

「かぶの塩釜焼き」。ほのかな塩気により、カブ本来の甘みがいっそう際立った。

「原木椎茸のステーキ」。肉厚の大分県産椎茸のジューシーな旨みが光る一品。大分県でクヌギ原木栽培を続ける『山や』から自慢の一品が届いた。

フードキュレーションテーブル/ファロ伝統を再解釈して落とし込む美しきヴィーガンデセール。

エグゼクティブシェフ・能田耕太郎氏とともに『FARO』を支えるのは、シェフパティシエ・加藤峰子氏の存在。加藤氏が手がけるヴィーガンデセールで、コースはフィナーレへと向かいます。「伝統をヴィーガンに落とし込むには、かなりの実験が必要。簡単ではありません」加藤氏はそう話します。しかしその難しさは、加藤氏にとって楽しみでもあります。「スイーツという嗜好品からヴィーガンを考えるのもおもしろいですよね」そういって、新たな料理開発に挑みます。
そんな加藤氏が手がけたプレデセールは「パースニップのラビオリ」。上にはパースニップと生姜のクリームをしのばせ、じんわりとおだやかな甘みを作り出しました。バラやカルダモンのほのかな香りも、味の広がりを演出します。
デセールは日本で唯一のスペシャルティコーヒーとウワミズザクラが主役。コーヒーの薄い飴の下にコーヒーの果実であるカスカラのゼリー、その下にウワミズザクラの実を使ったアイスクリームとコーヒーを詰めたチョコレート。多重奏の味わいがありながら、そのすべてを上質なコーヒーが包み込み、全体の統一感も演出。加藤氏が他に代えがたいシェフパティシエであることが、この一皿から存分に伝わります。

「日頃は生産者の人を見た上で、食材ではなくその生産者自身とコラボレーションをしています。だから今回は(フードキュレーターの)宮内さんとコラボレーションしたつもり。宮内さんの目を通して見たものから、さまざまなアイデアをもらいました」加藤氏はそう振り返ります。

伝統のベースの上に独自の解釈を加えたクリエーションが加藤峰子シェフパティシエの真骨頂。

飴、ゼリー、アイス、チョコレート。複雑な味わいをひとつにまとめる加藤氏の技術が光る。

日本で唯一スペシャルティコーヒーの認証を受ける沖縄県『アダファーム』のコーヒーを使用。年間50kgしか収穫されない幻のコーヒーだ。

「プチフール」は22種ものハーブを使った爽やかなタルト。

フードキュレーションテーブル/ファロヴィーガンは制限ではなく、可能性の追求。

目に美しく、ボリュームもあり、バラエティ豊かに繰り広げられたヴィーガンコース。体験したゲストに共通するのは、ヴィーガンのイメージが根本から覆される思いだったかもしれません。
ヴィーガンが浸透しきれていない日本では、ときに精進料理のように「我慢するもの」として、あるいは肉や魚や乳製品の味に似た代用品を探すものとして受け取られることがあります。しかし、この日伝えられたのは、おいしさを大前提としたヴィーガンの魅力でした。

「動物性食材を使わないことを“制限”だと思ううちは、ヴィーガンをやるべきではありません。世の中には無数の食材がありますが、一度のディナーで使うのは多くても数百種類。それこそ使い切れないほどの食材があるわけですから」能田シェフはヴィーガンコースを手がけることについて、そう話しました。料理人として、おいしさを追求する上で、ヴィーガンは決して制限ではないのです。

そしてそんな能田シェフ、加藤シェフパティシエの期待に応えるだけの食材は、まだまだ日本に眠っているのです。そんな食材のポテンシャルにも改めて目が向く一夜でした。

大きな拍手とともに幕を閉じた第一回の「Food Curation Table」。まだ見ぬ日本の素晴らしい食材を掘り起こし、その魅力を伝えるフードキュレーター。その意義を伝えるべく、今後もさまざまなレストランとタッグを組み、食材のポテンシャルが輝く料理としてお届けする予定です。次回の開催にもぜひご期待ください。

フィナーレでは能田シェフ、加藤シェフパティシエが登場。シャイな能田シェフだが、ヴィーガンへの思いの丈を言葉にして伝えた。

会場には「アジアのベストレストラン50」のチェアマンを務める中村孝則氏の姿も。

1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一ツ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。

デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。「ファロ」では、旅するように"特別な体験として脳裏に残るようなレストラン"を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。

住所: 東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル 10F MAP
電話:0120-862-150/03-3572-3911
※電話予約受付は11:00~22:00(営業日のみ)、2ヵ月先の月末分まで。
営業時間:ランチ/12:00~13:30(L.O.) , ディナー/18:00~20:30(L.O.)
定休日:日曜・月曜・祝日・夏季(8月中旬)・年末年始
https://faro.shiseido.co.jp/

@tonbo91018738 tonbo

adidasから無料で提供してもらえるシューズを断って自腹切ってでもVFを履く。強烈なインパクトと宣伝になりましたねー。 せっかく青学モデル作ったのに誰も履いてないなんて…。悲しいね

@1004soshirun 近藤総司

ヴェイパーよりももっと高性能なランシュー作ってアディダス×青学で優勝しましょう!アディダスとナイキで切磋琢磨していくことを期待します!

あけましておめでとうございます☆

 

 

 

 

おせち門松新年あけましておめでとうございます門松絵馬

 

 

昨年は沢山の方にデニムストリートへ来て頂きまして、本当にありがとうございました!!

 

今年も沢山の方にデニムストリートを知って、ご来店頂ける様に

スタッフ一同、より頑張りますニコニコキラキラ

 

そして、また行きたい!!と思って頂けるよう

進化していきたいと思いますニコルンルン

 

 

2020年も

倉敷デニムストリートを宜しくお願い致します門松キラキラ

 

 

倉敷デニムストリートは年中無休で営業していますので、

倉敷にお越しの際や帰省の際には、ぜひぜひお越し下さいませルンルン

 

お待ちしております照れピンクハート

 

 

 

 

 

 

 

 

津軽の老舗酒蔵発、北国の呑兵衛たちを温める“見習い杜氏”の情熱の酒。[TSUGARU Le Bon Marche・カネタ玉田酒造店/青森県弘前市]

酒造りで重要な工程のひとつ「精麹(せいきく)」は、蒸した米に麹菌を付着させ米麹を作る作業。「カネタ玉田酒造」玉田宏造氏の表情もおのずと真剣に。

津軽ボンマルシェお酒好きの県民をうならせる美酒が生まれる、弘前の日本酒蔵。

「青森県は短命県」。青森県に出向くとよく聞くのが、自虐と自戒を込めたそんな言葉です。平均寿命の全国最下位を長年独走中の青森県ですが、理由として挙げられるのが、塩分量の多い食生活や高い喫煙率、そして飲酒習慣者が多いこと。そう、青森県民は大のお酒好き。ゆえに、美味しいお酒が揃うのは当然かもしれません。美酒揃いのラインアップの中でも、昨今人気が上昇中なのが『カネタ玉田酒造店』の日本酒。10代目となる玉田宏造氏は、以前紹介した『弘前シードル工房 kimori』高橋哲史氏や『ビーイージーブルーイング』のギャレス・バーンズ氏らと並び、津軽の酒造りを牽引する期待の若手として語られることが多い存在です。

11月のある日、弘前城にほど近い蔵を訪ねると、中は仕込み作業の真っ最中。歴史を感じさせる立派な土蔵の内部にはほのかな日本酒の香りが漂い、心地よい緊張感が感じられます。レンガの外壁が印象的なのは、日本酒の質を決めるといっても過言ではない「米麹」を作るための部屋「麹室」。麹菌が元気に活動してくれる34℃にキープされた室内で、麹菌をまぶした米をほぐす「切返し」と呼ばれる作業が行われていました。

「米の水分が多いと麹菌の菌糸が中まで入りきらないから、うちでは最初から水分を飛ばして造るんです。今は県外から取り寄せた麹菌を使っていますが、来年青森県産の新品種の麹が開発されるらしいので、その内切り替えたいと思っています」。麹の話が止まらない宏造氏。「昔からあるのが『一麹、二酛、三造り』という言葉。まずはよい麹ありき、それくらい大切だということです。だから飲み会でも『今日麹の作業あるんで……』って言えば、最後までいなくて済むんですよ(笑)」とお茶目に笑います。そんな宏造氏がたった一度、ピリッとした表情を見せた瞬間が、9代目で社長の父・玉田陽造氏に話しかけられたときでした。曰く、「普段、父と会話することはあまりないんです」。多くを語らない職人肌の陽造氏と宏造氏、相反する個性が今の『カネタ玉田酒造店』を支えています。

【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!

創業は330年以上前の江戸時代。津軽藩の藩士が藩主の命により酒造業を任され、お抱え酒屋となったのが始まりという歴史ある蔵だ。

蔵の一番奥まで進むと、存在感たっぷりに現れるレンガ作りの「麹室」。蒸した米に麹菌を付着、繁殖させる作業が行われる。

「切返し」後の米は製麹装置に。風を送って冷やしながら、麹菌の菌糸が米内部に伸びた「破精(はぜ)込み」という状態にする。

津軽ボンマルシェ学生時代の罰ゲームの体験が、日本酒造りの原点に。

宏造氏の名刺には、「カネタ玉田酒造店 取締役 見習い杜氏」の肩書が。杜氏とは、味の方向性から製造方法までを取り仕切る、いわゆる酒造りの責任者のこと。現在の杜氏は社長である陽造氏が務めますが、かつては他の多くの蔵がそうだったように、外部から杜氏を招いて酒造りを行っていたそうです。転機が訪れたのは1993年。大型の台風の影響で大打撃を受けたのが、津軽のりんご農家でした。当時は杜氏や蔵人の多くが、冬だけ酒造りの仕事に携わる兼業りんご農家。彼らの大多数が地方へ出稼ぎに出てしまったことで、急遽陽造氏が社長と杜氏を兼任することに。しかし、その後すぐに全国規模の日本酒の鑑評会で金賞を受賞するなど、陽造氏は大きな功績を残してきました。父のことを「昔ながらのザ・職人」と評する宏造氏ですが、そんな陽造氏の職人気質は、危機を乗り越えながら蔵を支えてきたプライドのあらわれなのでしょう。

一方、「子どもの頃から『いつかは家業を手伝うのかも』とは思っていましたが、本当に軽い気持ちで。その後も、特に将来の夢がなかったんです」と話す宏造氏。高校進学後の進路決めで「あれ? これって本格的に家を継ぐ状況なの?」と自分の運命を悟ったそう。とはいえ上京できるうれしさが先立ち、醸造の勉強のため東京農業大学へ進学。が、罰ゲームで飲まされた日本酒の味にショックを受けたといいます。「なんだか臭くて、自分から飲みたいとは思えない。自分の実家で造っているのもこういう酒なのかもしれないと思ったら、ショックでした」。宏造氏の酒造りの原点こそ、このときの体験。「自分が飲みたいと思える酒を造りたい」。取材中、宏造氏は自らの酒造りのスタンスを何度も繰り返し語りました。

大学卒業後は東京の食品関連の企業で働き、数年後に実家へ戻ってきた宏造氏。着手したのは、それまで陽造氏が手掛けてきた「津軽じょんから」、「津軽蔵人」などの人気銘柄に続く新たな銘柄、「華一風」の製造でした。

米麹の仕上がりを確認する宏造氏。数粒を口に含むと、優しい甘みが広がった。麹菌が米のデンプンを糖に変えている証拠。

麹菌が生み出す糖は、その後の工程で酵母菌に分解され、アルコールになる。目には見えない菌の力で美味しい日本酒が生まれる不思議。

向かって右側に並ぶのが、宏造氏が手掛ける「華一風」のシリーズ。味わいのイメージに合わせ、ラベルのデザインも一新した。

津軽ボンマルシェ飲むのも食べるのも大好き。だから造れる美味しさを求めて。

元々甘めの日本酒が好まれるとされる青森県。それまで『カネタ玉田酒造店』で造られてきた銘柄も、甘いタイプが主流だったそう。「いわゆるザ・地酒的な味わいの酒が多かったのですが、『華一風』はそれとは違うものにしたかった。名前の『華』は、原料の青森県産酒造好適米・華吹雪の頭文字。心地よい喉ごしを『一風』という言葉で表現しました」と宏造氏。さわやかな香りと豊かな旨みを湛え、飲んだ後にスパッと切れる酒。そんな自身の考えを父・陽造氏に伝えると、当初返ってきたのは案の定の大反対。しかし何とか説得して発売したところ、「華一風」は津軽の呑兵衛たちの心を鷲掴みに。今では『カネタ玉田酒造店』といえばこれといわれるまでの銘柄に成長しました。

普段から食べるのも飲むのも好きという宏造氏。「自分が飲みたいと思う酒造り」という信念の元で生まれる酒たちは、どれも食中に最適な味わいを持つのも納得です。そして食事に合う酒はまた、飲食店の店主たちからも大きく支持されてきました。ある日、東京にある人気居酒屋の店主から宏造氏に声が掛かります。「元々同い年で気が合う存在の人で、『一緒に何かやろう。お前が本当に造りたいのはどんな酒?』って聞いてくれて。『実はこういうのがやりたくて……』と提案したのが、この『斬(ざん)』なんです」と宏造氏。目指したのは、料理を極力邪魔しない、“地味”で目立たない究極の食中酒。元々その居酒屋のみで限定提供されていた「斬」は評判を呼び、年間5000ℓの少量生産ながら市販も開始することに。

「親父が造ってきた酒を変える必要はないと思うんです。ファンも付いているし。ただ食生活は変化してきている。それに合わせてニーズも変わります」。そう語る宏造氏のアイデアは、「華一風」しかり「斬」しかり、老舗蔵に新風を吹き込んできます。「昔はどんなことも、親父に相談しては反対されるの繰り返し。最近はゲリラ的にやってみるようにしています。まずは走ってしまえば、『やったぜ!』も『ごめんなさい!』も後から言えるから(笑)」と笑う宏造氏。きっと蔵に戻った頃の宏造青年が見たら、頼もしく成長した己の姿にびっくりするはずです。

現在は全体で約380石の日本酒を製造。一升瓶換算で38000本の量に値する。それでも蔵としては小規模。数名の蔵人と共に切り盛りする。

タンクに入った発酵中の醪(もろみ)からはぷちぷちとかわいらしい音が。菌が生きている証だ。「香りや泡から菌の状態を確認します」と宏造氏。

華吹雪に、同じく青森県産品種の米・まっしぐらを掛け合わせた「純米吟醸 華一風55」はあっさりした飲み口。ラベルデザインは地元のデザイナーに依頼。

控えめの香り、ほどよい酸味が特徴の「斬」は、宏造氏曰く「自分でも一番飲む酒」。ラベルは居酒屋『吉祥寺 魚秀』社長の満留秀人氏のデザインだ。

津軽ボンマルシェまだ道半ば。見習い杜氏、もとい10代目の挑戦はこれからも続く。

現在使われる酒造りの原料は、華吹雪や華想い、まっしぐらといった青森県産米、県内で開発されたまほろば華酵母、津軽富士と称される霊峰・岩木山の伏流水など、ほとんどが青森県のもの。さらに来年、予定通り麹菌を県産に切り替えれば、すべての原材料が青森県産に。「以前は代表的な酒造好適米の山田錦、それも特に質が高いとされる兵庫県産を使うこともあったんです。でも別の土地の米で作るなら、じゃあ“地酒”って何なの? と感じて。色々な考え方がありますが、やっぱり土地のものを使ってこそ地酒、それが一番自然なこと」と宏造氏。「しょっぱいものが好きでマイペース。自分も津軽人だなあと思います」。そう話す宏造氏が原点に立ち返って醸す正真正銘の地酒は、今後も津軽の人々から愛され続けることでしょう。

酒の味、原料の産地に続き、さらなる変革も起こるかもしれません。「たとえば玉田家は代々名前に『造』の文字が入ってきたけれど、僕は息子の名前に入れなかったんです。子どもたちには蔵を継がなくても、一回だけの人生、好きなことをして生きてほしい。それだけ酒造りは気持ちが大事で、情熱がいるもの。嫌々やるものじゃなく、楽しくやるべきものなんです。うちの蔵はこれまで社長がすべてを決めてきたけれど、これからは蔵人ひとりひとりが自分たちの名前で、プライドを持って楽しく仕事をできる環境を作りたい」。目指す味わいは譲らず、しかし醸造方法の工夫で仕込みの負担を減らすなど、「挑戦したいアイデアは色々あるんです」と力強く続ける宏造氏。

肩書は“見習い杜氏”、でも気概は10代目そのもの。宏造氏はこれからも、ときに父・陽造氏とぶつかりながら、アイデアを実現させていくに違いありません。「酒造りの道に進んでよかったとはまだ思えない。自分が思い描くようなチームで思い描くような酒が造れるようになったら、そう感じられるのかも」。真っすぐにそう語る表情から感じられたのは、酒造りへのひたむきな想い。津軽の酒は、まだまだこれから面白いことになっていきそうです。

理想は「毎日飲める価格で飲み疲れない酒」と宏造氏。同業者にも認められる酒蔵を目指す。

住所:青森県弘前市茂森町81 MAP
電話:0172-34-7506

(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)

津軽の老舗酒蔵発、北国の呑兵衛たちを温める“見習い杜氏”の情熱の酒。[TSUGARU Le Bon Marche・カネタ玉田酒造店/青森県弘前市]

酒造りで重要な工程のひとつ「精麹(せいきく)」は、蒸した米に麹菌を付着させ米麹を作る作業。「カネタ玉田酒造」玉田宏造氏の表情もおのずと真剣に。

津軽ボンマルシェお酒好きの県民をうならせる美酒が生まれる、弘前の日本酒蔵。

「青森県は短命県」。青森県に出向くとよく聞くのが、自虐と自戒を込めたそんな言葉です。平均寿命の全国最下位を長年独走中の青森県ですが、理由として挙げられるのが、塩分量の多い食生活や高い喫煙率、そして飲酒習慣者が多いこと。そう、青森県民は大のお酒好き。ゆえに、美味しいお酒が揃うのは当然かもしれません。美酒揃いのラインアップの中でも、昨今人気が上昇中なのが『カネタ玉田酒造店』の日本酒。10代目となる玉田宏造氏は、以前紹介した『弘前シードル工房 kimori』高橋哲史氏や『ビーイージーブルーイング』のギャレス・バーンズ氏らと並び、津軽の酒造りを牽引する期待の若手として語られることが多い存在です。

11月のある日、弘前城にほど近い蔵を訪ねると、中は仕込み作業の真っ最中。歴史を感じさせる立派な土蔵の内部にはほのかな日本酒の香りが漂い、心地よい緊張感が感じられます。レンガの外壁が印象的なのは、日本酒の質を決めるといっても過言ではない「米麹」を作るための部屋「麹室」。麹菌が元気に活動してくれる34℃にキープされた室内で、麹菌をまぶした米をほぐす「切返し」と呼ばれる作業が行われていました。

「米の水分が多いと麹菌の菌糸が中まで入りきらないから、うちでは最初から水分を飛ばして造るんです。今は県外から取り寄せた麹菌を使っていますが、来年青森県産の新品種の麹が開発されるらしいので、その内切り替えたいと思っています」。麹の話が止まらない宏造氏。「昔からあるのが『一麹、二酛、三造り』という言葉。まずはよい麹ありき、それくらい大切だということです。だから飲み会でも『今日麹の作業あるんで……』って言えば、最後までいなくて済むんですよ(笑)」とお茶目に笑います。そんな宏造氏がたった一度、ピリッとした表情を見せた瞬間が、9代目で社長の父・玉田陽造氏に話しかけられたときでした。曰く、「普段、父と会話することはあまりないんです」。多くを語らない職人肌の陽造氏と宏造氏、相反する個性が今の『カネタ玉田酒造店』を支えています。

【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!

創業は330年以上前の江戸時代。津軽藩の藩士が藩主の命により酒造業を任され、お抱え酒屋となったのが始まりという歴史ある蔵だ。

蔵の一番奥まで進むと、存在感たっぷりに現れるレンガ作りの「麹室」。蒸した米に麹菌を付着、繁殖させる作業が行われる。

「切返し」後の米は製麹装置に。風を送って冷やしながら、麹菌の菌糸が米内部に伸びた「破精(はぜ)込み」という状態にする。

津軽ボンマルシェ学生時代の罰ゲームの体験が、日本酒造りの原点に。

宏造氏の名刺には、「カネタ玉田酒造店 取締役 見習い杜氏」の肩書が。杜氏とは、味の方向性から製造方法までを取り仕切る、いわゆる酒造りの責任者のこと。現在の杜氏は社長である陽造氏が務めますが、かつては他の多くの蔵がそうだったように、外部から杜氏を招いて酒造りを行っていたそうです。転機が訪れたのは1993年。大型の台風の影響で大打撃を受けたのが、津軽のりんご農家でした。当時は杜氏や蔵人の多くが、冬だけ酒造りの仕事に携わる兼業りんご農家。彼らの大多数が地方へ出稼ぎに出てしまったことで、急遽陽造氏が社長と杜氏を兼任することに。しかし、その後すぐに全国規模の日本酒の鑑評会で金賞を受賞するなど、陽造氏は大きな功績を残してきました。父のことを「昔ながらのザ・職人」と評する宏造氏ですが、そんな陽造氏の職人気質は、危機を乗り越えながら蔵を支えてきたプライドのあらわれなのでしょう。

一方、「子どもの頃から『いつかは家業を手伝うのかも』とは思っていましたが、本当に軽い気持ちで。その後も、特に将来の夢がなかったんです」と話す宏造氏。高校進学後の進路決めで「あれ? これって本格的に家を継ぐ状況なの?」と自分の運命を悟ったそう。とはいえ上京できるうれしさが先立ち、醸造の勉強のため東京農業大学へ進学。が、罰ゲームで飲まされた日本酒の味にショックを受けたといいます。「なんだか臭くて、自分から飲みたいとは思えない。自分の実家で造っているのもこういう酒なのかもしれないと思ったら、ショックでした」。宏造氏の酒造りの原点こそ、このときの体験。「自分が飲みたいと思える酒を造りたい」。取材中、宏造氏は自らの酒造りのスタンスを何度も繰り返し語りました。

大学卒業後は東京の食品関連の企業で働き、数年後に実家へ戻ってきた宏造氏。着手したのは、それまで陽造氏が手掛けてきた「津軽じょんから」、「津軽蔵人」などの人気銘柄に続く新たな銘柄、「華一風」の製造でした。

米麹の仕上がりを確認する宏造氏。数粒を口に含むと、優しい甘みが広がった。麹菌が米のデンプンを糖に変えている証拠。

麹菌が生み出す糖は、その後の工程で酵母菌に分解され、アルコールになる。目には見えない菌の力で美味しい日本酒が生まれる不思議。

向かって右側に並ぶのが、宏造氏が手掛ける「華一風」のシリーズ。味わいのイメージに合わせ、ラベルのデザインも一新した。

津軽ボンマルシェ飲むのも食べるのも大好き。だから造れる美味しさを求めて。

元々甘めの日本酒が好まれるとされる青森県。それまで『カネタ玉田酒造店』で造られてきた銘柄も、甘いタイプが主流だったそう。「いわゆるザ・地酒的な味わいの酒が多かったのですが、『華一風』はそれとは違うものにしたかった。名前の『華』は、原料の青森県産酒造好適米・華吹雪の頭文字。心地よい喉ごしを『一風』という言葉で表現しました」と宏造氏。さわやかな香りと豊かな旨みを湛え、飲んだ後にスパッと切れる酒。そんな自身の考えを父・陽造氏に伝えると、当初返ってきたのは案の定の大反対。しかし何とか説得して発売したところ、「華一風」は津軽の呑兵衛たちの心を鷲掴みに。今では『カネタ玉田酒造店』といえばこれといわれるまでの銘柄に成長しました。

普段から食べるのも飲むのも好きという宏造氏。「自分が飲みたいと思う酒造り」という信念の元で生まれる酒たちは、どれも食中に最適な味わいを持つのも納得です。そして食事に合う酒はまた、飲食店の店主たちからも大きく支持されてきました。ある日、東京にある人気居酒屋の店主から宏造氏に声が掛かります。「元々同い年で気が合う存在の人で、『一緒に何かやろう。お前が本当に造りたいのはどんな酒?』って聞いてくれて。『実はこういうのがやりたくて……』と提案したのが、この『斬(ざん)』なんです」と宏造氏。目指したのは、料理を極力邪魔しない、“地味”で目立たない究極の食中酒。元々その居酒屋のみで限定提供されていた「斬」は評判を呼び、年間5000ℓの少量生産ながら市販も開始することに。

「親父が造ってきた酒を変える必要はないと思うんです。ファンも付いているし。ただ食生活は変化してきている。それに合わせてニーズも変わります」。そう語る宏造氏のアイデアは、「華一風」しかり「斬」しかり、老舗蔵に新風を吹き込んできます。「昔はどんなことも、親父に相談しては反対されるの繰り返し。最近はゲリラ的にやってみるようにしています。まずは走ってしまえば、『やったぜ!』も『ごめんなさい!』も後から言えるから(笑)」と笑う宏造氏。きっと蔵に戻った頃の宏造青年が見たら、頼もしく成長した己の姿にびっくりするはずです。

現在は全体で約380石の日本酒を製造。一升瓶換算で38000本の量に値する。それでも蔵としては小規模。数名の蔵人と共に切り盛りする。

タンクに入った発酵中の醪(もろみ)からはぷちぷちとかわいらしい音が。菌が生きている証だ。「香りや泡から菌の状態を確認します」と宏造氏。

華吹雪に、同じく青森県産品種の米・まっしぐらを掛け合わせた「純米吟醸 華一風55」はあっさりした飲み口。ラベルデザインは地元のデザイナーに依頼。

控えめの香り、ほどよい酸味が特徴の「斬」は、宏造氏曰く「自分でも一番飲む酒」。ラベルは居酒屋『吉祥寺 魚秀』社長の満留秀人氏のデザインだ。

津軽ボンマルシェまだ道半ば。見習い杜氏、もとい10代目の挑戦はこれからも続く。

現在使われる酒造りの原料は、華吹雪や華想い、まっしぐらといった青森県産米、県内で開発されたまほろば華酵母、津軽富士と称される霊峰・岩木山の伏流水など、ほとんどが青森県のもの。さらに来年、予定通り麹菌を県産に切り替えれば、すべての原材料が青森県産に。「以前は代表的な酒造好適米の山田錦、それも特に質が高いとされる兵庫県産を使うこともあったんです。でも別の土地の米で作るなら、じゃあ“地酒”って何なの? と感じて。色々な考え方がありますが、やっぱり土地のものを使ってこそ地酒、それが一番自然なこと」と宏造氏。「しょっぱいものが好きでマイペース。自分も津軽人だなあと思います」。そう話す宏造氏が原点に立ち返って醸す正真正銘の地酒は、今後も津軽の人々から愛され続けることでしょう。

酒の味、原料の産地に続き、さらなる変革も起こるかもしれません。「たとえば玉田家は代々名前に『造』の文字が入ってきたけれど、僕は息子の名前に入れなかったんです。子どもたちには蔵を継がなくても、一回だけの人生、好きなことをして生きてほしい。それだけ酒造りは気持ちが大事で、情熱がいるもの。嫌々やるものじゃなく、楽しくやるべきものなんです。うちの蔵はこれまで社長がすべてを決めてきたけれど、これからは蔵人ひとりひとりが自分たちの名前で、プライドを持って楽しく仕事をできる環境を作りたい」。目指す味わいは譲らず、しかし醸造方法の工夫で仕込みの負担を減らすなど、「挑戦したいアイデアは色々あるんです」と力強く続ける宏造氏。

肩書は“見習い杜氏”、でも気概は10代目そのもの。宏造氏はこれからも、ときに父・陽造氏とぶつかりながら、アイデアを実現させていくに違いありません。「酒造りの道に進んでよかったとはまだ思えない。自分が思い描くようなチームで思い描くような酒が造れるようになったら、そう感じられるのかも」。真っすぐにそう語る表情から感じられたのは、酒造りへのひたむきな想い。津軽の酒は、まだまだこれから面白いことになっていきそうです。

理想は「毎日飲める価格で飲み疲れない酒」と宏造氏。同業者にも認められる酒蔵を目指す。

住所:青森県弘前市茂森町81 MAP
電話:0172-34-7506

(supported by 東日本旅客鉄道株式会社)

@Rebalance_Osteo リバランス

明日はいよいよイヤーエンドマラソン10キロ。天気も良さそう。 何を履いて走ろうかな~。 ニューバランスのHANZOシリーズのCやU、アディダス のAdizeroシリーズのTakumi SenやJapanも前作からフルモデルチェンジしましたね。 何故、名称を変えないのかな~。

2019年度 年末年始休業のお知らせ

平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

誠に勝手ながら、下記期間を年末年始休業とさせていただきます。
大変ご迷惑をお掛けいたしますが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

■2019年12月31日(火)~ 2020年1月5日(日)までの期間

※ 2020年1月6日(月)より、通常業務を開始します。
※ 休暇中のお問い合わせにつきましては、2020年1月6日(月)以降に対応させていただきます。

今後共、何卒宜しくお願い申し上げます。

京都屈指の茶源郷へと誘う、一棟貸しの京町家宿。[季楽 京都 本町/京都府京都市]

伝統的な京町家の趣を生かしつつリノベーション。

季楽 京都 本町コンセプトは『Road to Wazuka 和束町に行きたくなる場所』。

京阪本線七条駅から徒歩4分、近くには三十三間堂や京都国立博物館などの観光名所が立ち並ぶ東山区本町に、2018年12月にオープンした「季楽 京都 本町」。築70年以上の京町家を改修した一棟貸しスタイルの宿として、国内旅行客はもちろん、訪日外国人観光客にも人気を博しています。

その理由は、何も京都観光に便利な立地や、京町家独特の雰囲気のみに留まりません。当宿は、京都有数のお茶処である和束町に行きたくなる場所『Road to Wazuka』というコンセプトを持って誕生。施設内には和束町を感じさせるさまざまな仕掛けが施され、他の京町家宿泊施設とは一線を画す、独特の存在感を放っているのです。

駅や名所の近くながら閑静な住宅街に佇む一軒。

季楽 京都 本町別名・茶源郷とも呼ばれる和束町に魅せられた人々がタッグを組んで。

京都市内中心部から南へ車で1時間程の場所に位置する和束町は、800年以上続く宇治茶の産地。現在も京都府のお茶の生産量の約半分を占める、宇治茶の最大生産地として名高い街です。

そして当宿のオーナーである喜多見すみ江氏は、町全体に茶畑が広がる美しい風景と豊かな自然に惹かれてこの地に移り住み20年以上という、正真正銘『和束の人』。3年程前には、当宿と同じ敷地内で空き家となっていた町家を改装し、和束町産のお茶とお菓子を楽しめるカフェ『きっさこ 和束』をオープンさせて和束町の魅力発信に努めてきました。

そんな中、カフェに隣接する町家も空き家になったことで、新たな活用法を模索。縁あって、町家をリノベーションした高級旅館・高級一棟貸し宿を運営する『株式会社NAZUNA』、古民家再生をファイナンス面で支える『Kiraku Japan合同会社』、不動産のクラウドファインディングを行う『株式会社クラウドリアルティ』、展示空間や商業空間、イベント空間の企画・デザインを手掛ける『株式会社乃村工藝社』がチームを組み、『Road to Wazuka』の旗印の下、クラウドファンディングで賛同者から資金調達を行う形で当宿が生まれました。

当宿の入口部分にあたるカフェ『きっさこ 和束』。

オーナーの喜多見氏と、空間プロデューサーの乃村工藝社・山野恭稔氏。

季楽 京都 本町和束町ならではの光景をオリジナリティ溢れるアートワークで大胆に再現。

入口の扉を開けると、目の前に広がるのは昔ながらの土間。2階まで吹き抜けの高い天井を見上げると、アーティスティックな照明が目に留まります。これは、和束町でかぶせ茶を生産する際に使用される遮光シートを活用して作られたもの。宿に一歩足を踏み入れたその瞬間から、和束町由来のおもてなしが始まっているのです。

そんな土間を抜けると、砂利敷きの枯山水庭園を模した空間にベッドを設えたユニークな主寝室がお目見え。その一角で圧倒的な存在感を醸し出す大きな岩のアートワークは、和束町で最も有名な石寺の風景をモチーフに作られたものです。ベッドに横になれば、まるで和束の大地で寝転がっているかのような感覚を味わうことができます。

かぶせ茶作りの道具を玄関照明にアレンジ。

和束町の空気を体感できる斬新な演出のベッドルーム。

季楽 京都 本町お茶処・和束の歴史を感じるインテリアに包まれながら一服を。

2階に広がるのは、茶室をイメージしたリビングルーム。フローリングながら床の間があり、ソファとテーブルが置かれた和洋折衷の空間です。そしてここには、かつて和束町のお茶農家が実際に使用していたという茶箱を譲り受け、リメイクしたティースタンドが鎮座しています。

壁面には、同じくかつて和束町のお茶農家がお茶を海外輸出する際、木箱に貼っていたという柄をモチーフに作られたグラフィックが。生地には京都の西陣織、中でも美しいプリントが叶うネクタイ生地が使用されており、空間に彩を添えています。
棚には清水焼の茶碗をはじめとした茶道具も揃っているので、ここで和束町の歴史に思いを馳せながら一服すれば、より一層和束町に行きたくなるモチベーションが醸成されることでしょう。

また、床の一部は透明なガラス張りになっており、真下に広がるベッドルームを一望。枯山水庭園を真上から見下ろす視点が新鮮です。

味わい深い茶箱もインテリアの一つとして映える床の間。

いくつもの茶箱を組み合わせたティースタンド。

輸出の際に使用されていた茶箱のラベルデザインを再生。

目を凝らすと美しい西陣織の生地であることがわかる。

茶道具も一式揃い、実際に使用してお茶を楽しむことも。

和束町を俯瞰するかの如くガラスの床越しに階下を眺める。

空間に込めた仕掛けを伝える説明書も用意。

季楽 京都 本町一棟貸しならではの完全プライベート空間を心行くまで満喫。

印象的なベッドルームとリビングルーム以外にも、1階と2階それぞれに和室を用意。い草が香る畳敷きの空間で、寛ぎのひと時を過ごせます。
さらに、屋外の坪庭には露天風呂を完備。好きな時間に好きなだけ、プライベートな湯浴みを楽しめます。
また、室内の至るところにさりげなく飾られた花器にもぜひ注目を。これらは、オーナーをはじめ、当宿のプロジェクトに関わったメンバーで近所にある清水焼の工房『豊仙窯』を訪れ制作した作品となっています。

どこまでもさりげなく、でも確実に和束町を感じられる空間演出が成された『季楽 京都 本町』。ここに滞在し、和束町のことをもっと知りたいと思ったら、是非現地に足を運んでみてください。

1階の和室。手足を伸ばしてのびのびと寛げる。

2階の和室はセカンドベッドルームとしても使用可能。

風情漂う坪庭の露天風呂。旅の疲れが癒される。

随所に見られる花器は、各スタッフお手製の清水焼。

チェックインは『きっさこ 和束』で抹茶接待と共に。

住所:京都市東山区本町5-187-1  MAP
電話:075-253-6776
料金:2名1室4万6,000円~
https://www.nazuna.co/ja/property/honmachi-gochome

ふるさとを想う気持ちが紡いだ島の歴史。東京の秘境、青ヶ島に息づく“還住”の精神。[東京“真”宝島/東京都 青ヶ島]

東京"真"宝島OVERVIEW

荒々しい黒潮が打ちつける断崖絶壁に囲まれた、まさに絶海の孤島。青ヶ島は、伊豆諸島の最南端に位置する有人島です。
都心から南下すること約360キロ、渡島手段は八丈島発1日9名限定のヘリコプターか連絡船のみ。さらに連絡船は高波で着岸できないことも多く、港への就航率は5割ほどということから旅行者の間で“選ばれし者だけが上陸できる島”と囁かれるようになったと言います。
その最大の特徴は、世界的にも珍しい二重式カルデラ火山が織りなす特異な地形。これは、度重なる噴火により形成された偶然の産物です。いつしかこの地に流れ着いた人々は、時に島のもたらす豊かな恩恵にあずかりつつ、また時に抗いがたい自然の脅威と対峙しながら島と歴史を共にしてきました。

この島を語る上で忘れてはならないのが、1785年に起きた「天明の大噴火」。噴き出す溶岩に全てが飲み込まれ、200人を超す島民たち皆が八丈島へ避難せざるを得なくなった未曾有の大災害に、島はその後長きにわたり無人となったのです。
そこから島民たちの、艱難辛苦の日々が始まりました。
遠く故郷を離れ、来る日も来る日も海の向こうへと想いを馳せるその胸中はいかばかりだったでしょう。幾度も島に船を向けては、荒波に上陸を阻まれてきました。

弛まない努力の末、島民が復興を果たし完全に青ヶ島へと戻れたのは、大噴火が起きてからなんと50年後のこと。彼らの帰還を後に民俗学者の柳田國男氏は、自身の著書で“還住(かんじゅう)”と称しました。一度居住地を去った者が、再び故郷に戻り住むことを意味するその言葉は、島民の心に深く刻まれることになったのです。
還住が成し遂げられたのは1835年。もはや当時を知る者は、誰もこの世に生き残ってはいません。それでも、還住の精神は現在島に暮らす人々に受け継がれています。

今、島の人口は約170人。
高校のない青ヶ島では、15歳になるとほとんどの子供たちが島外へと旅立っていきます。

そこから5年後に戻って来る者、20年後に戻ってくる者、あるいは二度と戻って来ない者。
いずれにしても、一人ひとりの中に望郷の念があり、還住の物語があるのです。

島を訪れるということは、単に美しいものを見たり観光名所を巡ったりすることではなく
脈々と継承されてきた人々の想いに共鳴するということなのでしょう。

自分はどこへ還ろうか──。

青ヶ島の真の姿に触れたなら、そんなことをふと考えずにはいられなくなるはずです。

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名もなき岩上に生きる松と海のアンサンブル。日本三景にも引けを取らない粋な島。[東京”真”宝島/東京都 式根島]

高画質(4K Ultra HD)の映像は、こちらからご覧ください。
監督・撮影・編集:中野裕之
撮影:佐藤 宏 空撮:田中道人 音楽:木下伸司

東京"真"宝島

伊豆諸島最小のアイランドには、日本の美学が凝縮されていた。

島の面積は約3.7㎢、外周は約12km。ゆえに、歩いて周ることも可能な式根島は、伊豆諸島の有人島の中でも最小の島です。
「上空からの映像でも島のディテールを一番良く撮れた島だと思います。起伏も少なく、一番高いところでも標高99mの神引山。すごくフラット。このサイズ感がとても心地良く感じました」。
中でも、式根島の印象は、「松」だったと話します。

「式根島では、色々なところで松に出合いました。例えば、石白川海水浴場にあった名もなき小さな岩に生えた松が僕はとても印象に残っていて、そこに日本の美の凝縮を感じたんです。その規模は違えど、海の青と松の緑、その対象の妙という意味では、松島、天橋立、宮島の日本三景にも引け取らない景色だったと思います。松は歴史的にも日本の景色を彩ってきた植物のひとつ。その単体の美しさはもちろんですが、風景としての美しさをより際立たせる立役者です。式根島は、松の似合う粋な島だと思います」。

【関連記事】東京”真”宝島/映像作家・映画監督、中野裕之が撮る11島の11作品。それは未来に残したい日本の記録。

伊豆諸島の有人島で最小の式根島。島に人が住み始めたのは、紀元前6500年ころ(縄文時代の中期)とされている。

「海を舞台に岩に松。日本の美しさがそこにはある」と中野監督。

「石白川海水浴場にもいい松の岩があるんですが写真の小島は釜の下海岸です。」

今回の映像のトップビジュアルは、太陽の光に煌めく海と松のシルエットから始まる。

東京"真"宝島優しく奏でる波音。湾に守られた穏やかな海に心身が開放される。

「小さな島ですが、形は非常にアグレッシブ。芸術的な島のアウトラインには、湾が多くあり、静かにのんびりと海を楽しめるところが多いと思います。中の浦海水浴場、大浦海水浴場、泊海水浴場、石白川海水浴場……。こんなに穏やかな海水浴場がひとつの島に集まっているところは稀なのではないでしょうか。浅瀬には綺麗な魚も泳いでいます。シュノーケリングも楽しいと思いますよ。あとは、何より子供にとって安全な海。家族連れにも最適です」。
また、「大浦海水浴場」は夕日のスポットとしても知る人ぞ知る名所。水平線に陽が沈みゆく様もまた、絶景です」と勧めるも、「でも、個人的には釜の下の荒々しい感じも好きですよね」と笑みを浮かべて話します。式根松島とも呼ばれるその風光明媚な海岸に、中野監督は心惹かれるようです。

そして、中野監督は、式根島の海の色にも注目しています。
「式根島の海は多彩色だと思いました。他島では、概ねその島には海の色の特徴があって、それがエメラルドグリーンだったり、深いブルーだったり。ですが、式根島には、その両方はもちろん、波の色も白く濃くそれがアクセントになり、生き生きと豊かな海の色だという印象です」。

独特な形状の島。俯瞰してみることにより、湾が多くあるリアス海岸であることも視覚的に理解できる。

標高99メートルの低山「神引山」の展望台から見る景色。手前より、「神引浦湾」と「中の浦海水浴場」。

式根島の中でも人気のビーチ「中の浦海水浴場」。浅瀬でシュノーケリングも楽しめ、手前でもサンゴなどの生き物と遭遇できる。

波が穏やかなので、子供も安心して楽しめる「泊海水浴場」。白い砂浜が海の色彩をより美しく際立たせる。

 かつて海水から塩を取り出す釜があったことから「釜の下」と呼ばれる。海岸付近にはキャンプ場も用意。

砂浜と岩場があるため、海水浴と磯遊びの双方が楽しめる「大浦海水浴場」。その名は、平家の落ち武者大浦又次に由来されているとか。

「大浦海水浴場」は夕日が美しいスポットとしても有名。陽が沈みゆく時間をゆっくりと堪能するのもお勧め。

浅瀬に光が射し、透き通るほどクリアな海の中には悠々と魚が泳ぐ。

海のエメラルドブルーと白波のコントラストが海面に表情をもたらす。

東京"真"宝島島は小さくても歴史は深い。自然の力と人の力、その熱き想い。

島の側面の一部を白く形成する場所があります。「唐人津城」です。“城”と言っても、お城ではありません。
「こもれびの森という場所を抜けた先に唐人津城はあります。“津城”とは“ヅシロ”と読み、人や魚が集まる場所という昔の言葉だそうです。そこから見える景色も美しいのですが、僕がここで気になったのはそこに生息する植物の存在でした」。
月の地表のように荒涼とした砂地が広がるそこは、その大地がむき出しになる場所と木々が生い茂る場所が二極化されています。

「海沿いの岸壁には、強い潮風が吹いてしまい、植物は育たない環境にあります。雨になればその岸壁が削られてしまうこともあり、もし植物が育ったとしても根を張ることができない。頂上の日当たりが良い場所でも水がないと生きていけず、どうすれば生きていけるのか追い求めている姿に心を打たれてしまいました。中には5mmくらいの小さな植物もちらほら。でも、それって生きていける地に偶然たどり着けた奇跡なのだと思うんです。自然は予測不能なため、環境に合わせて生きていくしかありません。そこで生きる潔さと生命に自然の力を感じました」。

景色はもちろん、大地を通して島のビオトープを感じ、小さな植物が懸命に生きる尊さに着眼する中野監督のそれは、独特の視点です。
「そして、高森灯台。野伏港と小浜港の中間にある石油ランプ式のそこは、何がすごいかというと、ここに続く約200の石段を75歳のお婆さんが88歳になるまで積み上げ続けたという話を伺ったことです。驚愕です」。
そのお婆さんの名前は、宮川タンさん。1930年当時のことだそうです。そこには、高森観音も建立され、今なお、航海安全や家内安全、安産を祈願されています。
中野監督が感じ取った自然の力と人の力は、奇しくも大地にありました。目線を上げた景色ばかりの美しさではなく、目線を下げた大地にも島の物語は潜んでいるのです。

どこか違う星に彷徨ってしまったような錯覚すら覚える「唐人津城」。非日常の世界が広がる。

 宮川タンさんが積み上げてきた石段からなる「高森灯台」。完成後も杖と石油を持ち、毎日石段を登るタンさんの姿は多くの人に感銘を与えたと言われており、その逸話は児童文学書『小さな島の小さな星』として出版される。

東京"真"宝島かわいい猫と憎めない牛。余談ですが、微笑ましい出合いをほんの少し。

撮影中、中野監督は山頂や森、船や海岸ばかりにいるわけではありません。街を歩き、島民に触れ、街を感じています。
「式根島の街を散策していたら、可愛い猫に出会いました」という猫は、映像の冒頭に出演!
そして、猫の次は牛の話題に。
「島には牛乳せんべいをしばしば目にするのですが、島ごとに少し違いがあるんですよね。式根島の牛乳せんべいはパッケージのデザインが秀逸! この牛、可愛くないですか! 思わずお土産に買ってしまいました(笑)。撮影で疲れた心身に束の間の癒しを頂きました。こんな出合いもまた、島の醍醐味ですね」。

街を散策していたら、ひょっこり歩み寄ってきた猫たち。因みに、中野監督は猫派。

 思わず手に取ってしまった牛乳せんべい。「CDやレコードに例えるなら、完全にジャケ買い!」。

小さいながらも島が持つ特有の力強さはしっかりと感じる「式根島」。荒々しい地表は、古くから生きてきた証。

 ゆっくりと砂浜を散歩するように撮影する中野監督。「式根島にある海は全て静かでゆっくりとした時間が流れていた」。


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「新しいのに完成度が高い酒」──『Florilege』川手寛康シェフが見た『加温熟成解脱酒』と、その魅力を引き出す料理の開発。[加温熟成解脱酒・Florilege/東京都港区]

緻密な計算と大胆な発想が同居することで、フランス料理でありながら他に類を見ない料理を生む川手シェフ。

フロリレージュ3名のトップシェフが挑んだペアリングメニュー開発の第三弾。

『加温熟成解脱酒』──その聞き慣れぬ名前の日本酒は、古酒の深い香りとフレッシュな味わいを併せ持つ奇跡の酒。『秋田酒類製造株式会社』の独自技術により生み出されるこの日本酒は、日本に先駆けて展開されたパリで、そして満を持して登場した日本各地で活躍する多くの料理人をも魅了してきました。

そして今回、さらに『加温熟成解脱酒』の魅力を引き出すべく、3名のトップシェフが立ち上がりました。一人目は中華料理からのアプローチで酒の香りに寄り添った大阪『AUBE』の東浩司シェフ。二人目は九州の力強い食材を使ったフレンチで酒のポテンシャルを引き出した『La Maison de la Nature Goh』の福山剛シェフ。そして最後の一人となる今回は、日本の食材や食文化をフランス料理の技法を通して伝える東京・青山の名店『Florilege』川手寛康シェフです。

古酒と新酒の魅力を併せ持つ『加温熟成解脱酒』は、いわば時間という概念を飛び越えた存在。そこにジャンルの枠を飛び越えて料理の広がりと奥行きを表現する川手シェフの料理がどう寄り添うのか。期待の尽きない未知のマリアージュ、その詳細をお知らせします。

【関連記事】加温熟成解脱酒/パリで話題! ベールを脱いだ『加温熟成解脱酒』という新たなる日本酒の挑戦。

『加温熟成解脱酒』は、酒に造詣が深い川手シェフをして「新しい酒」と言わしめた。

フロリレージュ『加温熟成解脱酒』を口にした川手シェフの印象。

「これまでにない、おもしろいラインの酒」
川手シェフは『加温熟成解脱酒』の第一印象をそう語りました。
「新しい酒なのに、完成度が高い。シェリーに似た部分はありますが、やはり少し違います。糖度も保ち、ボリューム感もあり、しかもすっきりしていますから」
酒そのものの質に手放しの称賛を寄せる川手シェフですが、「正直にいうと、クオリティを感じると同時に、“参ったな”とも思いました」と振り返ります。それは存在感があるがゆえの、コースの中での立ち位置について。
「糖度があるから、前半で行くと流れが切れてしまいます。ボリューム感ある味わいは、前半の軽い料理よりもメインの方が合う。しかしフレンチのメインにはやはりワインが必要。どこで出すか、という点だけは少し迷いました」

しかしもちろん、迷ったのは“少し”のこと。やがて照準を定めると、そこからはアイデアがあふれます。メインでないなら、合わせるのは魚。しかしただの白身では弱い。マグロでもない。ならばカツオかサーモン?香りを入り口にマリアージュを狙うならば、スモークが良い。フレンチにはスモークサーモンという基本がある……。トップシェフの脳内には、瞬間的にさまざまな選択肢が浮かびました。そしてスモークサーモンを軸にした料理の道筋が見えてきたのです。

滑らかなテクスチャと美しい琥珀色は古酒そのもの。

フロリレージュ

食材と生産者への敬意が、唯一無二の味を生む。

料理の完成像に迫る前に、川手シェフの背景を紐解いてみましょう。

「アジアのベストレストラン50」「ミシュランガイド東京」でも高い評価を得る『Florilege』は2009年、川手シェフ31歳の頃にオープンしました。東京の名店を経て渡仏し、帰国後は『Quintessence』のスーシェフを務めた川手シェフの独立店だけに、当初から期待値の高い店でした。

川手シェフの目指す場所は、学んできた料理の再構築だけでは終わりませんでした。日本の食材だけを使い、日本という地で、川手シェフにしか作り得ないフランス料理を作る。その答えも終わりもない道を歩み始めたのです。

その根源にあるのは、食材と生産者の敬意。「生産者の思いを伝えること」を命題にした料理は、古典的フランス料理とは一線を画すフリーダムなスタイル。それでも身につけた古典の技術と知識が土台を支え、まごうことなきフランス料理の枠に着地しているのです。
『Florilege』が“予約の取れない店”“東京を代表する名店”となるのに、そう時間はかかりませんでした。

2015年に移転した『Florilege』は、厨房をぐるりとカウンター席が囲むスタイル。“川手劇場“と呼ばれたこの形も、「この形が生産者さんの思いを伝えるのに一番だと思った」といいます。
現在、川手シェフが追求するサスティナビリティも、食材と生産者への敬意のあらわれ。今も川手シェフは、日本各地の食材を見つけ出し、自身の持てる技術を注ぎ込み、唯一無二の料理を生み出しています。

厨房を取り囲むカウンターがまるで劇場のような印象を与える『Florilege』。現在改装の予定もある。

「アジアのベストレストラン50」の栄誉は4年連続。おいしさだけではなく、ホスピタリティなども優れていることの証。

面倒見の良い兄貴肌でさまざまな若手料理人にも慕われている。

フロリレージュ香り、味、余韻。すべてにはまる酒と料理のマリアージュ。

さて、そんな川手シェフが『加温熟成解脱酒』✕スモークサーモンという図式で生み出した料理。その軌跡をたどってみましょう。

「料理で最初に入ってくるのは香りです。味を感じる以前にまずこの酒の香りが伝わると、ゲストは熟成感がある酒だと捉えます。だからキレイなままのサーモンではなく、マリネして燻製をかけました。味のバランスを取る意識ではなく、酒と料理が互いを認め合うイメージです」
歯切れが良い川手シェフの言葉は、料理の道筋を端的に伝えます。
「味わい自体は甘みもあるので、脂の乗った一般的なサーモンでは合いません。そこでマスとの掛け合わせで生まれた西米良のサーモンを選びました。このサーモンは脂がしつこくなく、スッと消えます。そしてアフターのトーンが『加温熟成解脱酒』と似ているんです」

緻密な計算は続きます。
「しかし『加温熟成解脱酒』の味のトーンはしっかりしているので、料理の味自体を軽くしようとは思いませんでした」と、スモークサーモンと柿、生姜のスライスのなかにはサーモンやハラミ、エシャロット、アサツキ、ピータンのタルタルを潜ませます。下には燻製にしたジャガイモのピューレ、上にはイクラとキャビア。複雑な構成要素が、器に張られたキノコの出汁のどっしりとした土っぽさに支えられます。
そして『加温熟成解脱酒』と合わせれば、入り口の香り、味わい、そして余韻まで、すべてにピタリとはまるのです。そのマリアージュはまさに圧巻。川手シェフの技と同時に『加温熟成解脱酒』のさまざまな魅力を一度に感じられる組み合わせです。

この料理と『加温熟成解脱酒』は、1月中旬までのペアリングコースで提供されます。『Florilege』の予約が取れた幸運な方は、ぜひこの背景を念頭に、この見事なマリアージュをお楽しみください。

香りとアフターの2点に着目し、組み立てられた料理。西米良サーモンは、川手シェフが古くから信頼を寄せる食材。

多彩な食材を使用しながら、明確な味の芯がある料理。香り、味、余韻と時間差で変わる『加温熟成解脱酒』の魅力と調和する。

「まずは熟成香と燻香という香りのマリアージュを楽しんでほしい」と川手シェフ。

住所:〒150-0001  東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1 MAP
電話:03‐6440‐0878

1978年東京生まれ。料理一族の家庭に育つ。高校卒業後、名立たる名店で修行を積み、2006 年に渡仏。モンペリエの「ジャルダン デ サンス」で修業。2007年帰国後、「カンテサンス」にてスーシェフとして活躍する。2009年に独立し、南青山にて「フロリレージュ」をオープン。どんな食材も無駄なく使うことで、料理からサスティナビリティーのメッセージを発信している。ASIA’S 50 BEST RESTAURANT 2016では、今「一番の注目店」である「One to Watch Award」を受賞。 続く2017年には14位、2018年には3位、2019年には5位にランクインし、日本を代表するレストランとして存在感を発揮している。


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