21oz セルビッチストレッチスリムストレート

666はスリムストレートカット!

666-sstはごく少量のため2サイズ発送ができません!

  • 634(ストレート)と比べ、股上がやや浅目で腰周りから裾まで細くしたストレートシルエットです。

サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ ヒザ巾 裾巾 股下
W28 72.5 20.0 31.0 26.7 19.5 17.5 91.0
W29 75.0 20.5 31.5 27.4 20.0 18.0 91.0
W30 77.5 21.0 32.0 28.2 20.5 18.5 91.0
W31 80.0 21.5 32.5 29.1 21.0 19.0 91.0
W32 82.5 22.0 33.0 23.0 21.5 19.5 91.0
W33 85.0 22.5 33.5 30.7 22.0 20.0 91.0
W34 87.5 23.0 34.0 31.5 22.5 20.5 91.0
W36 92.5 24.0 35.0 32.0 23.5 21.5 91.0
W38 97.5 25.0 36.0 34.7 24.5 22.5 91.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 前ぐり、後ぐりはベルト巾を含みません。

素材

  • 綿:98% ポリウレタン:2%

21oz セルビッチストレッチスリムストレート

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サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ ヒザ巾 裾巾 股下
W28 72.5 20.0 31.0 26.7 19.5 17.5 91.0
W29 75.0 20.5 31.5 27.4 20.0 18.0 91.0
W30 77.5 21.0 32.0 28.2 20.5 18.5 91.0
W31 80.0 21.5 32.5 29.1 21.0 19.0 91.0
W32 82.5 22.0 33.0 23.0 21.5 19.5 91.0
W33 85.0 22.5 33.5 30.7 22.0 20.0 91.0
W34 87.5 23.0 34.0 31.5 22.5 20.5 91.0
W36 92.5 24.0 35.0 32.0 23.5 21.5 91.0
W38 97.5 25.0 36.0 34.7 24.5 22.5 91.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 前ぐり、後ぐりはベルト巾を含みません。

素材

  • 綿:98% ポリウレタン:2%

21oz セルビッチストレッチスリムストレート 

見出し

  • 商品説明
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サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ ヒザ巾 裾巾 股下
W28 72.5 20.0 31.0 26.7 19.5 17.5 91.0
W29 75.0 20.5 31.5 27.4 20.0 18.0 91.0
W30 77.5 21.0 32.0 28.2 20.5 18.5 91.0
W31 80.0 21.5 32.5 29.1 21.0 19.0 91.0
W32 82.5 22.0 33.0 23.0 21.5 19.5 91.0
W33 85.0 22.5 33.5 30.7 22.0 20.0 91.0
W34 88.0 23.5 34.0 31.4 22.5 20.5 91.5
W36 93.0 24.5 35.0 33.0 23.5 21.5 91.5
W38 98.0 25.5 36.0 34.6 24.5 22.5 91.5
W40 103.0 26.5 37.0 36.2 25.5 23.5 91.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 前ぐり、後ぐりはベルト巾を含みません。

素材

  • 綿:98% ポリウレタン:2%

「国産 Non-Chemical レモン」×「クラウドファウンディング」。あるレモン農家の熱き挑戦。[CITRUSFARMS TATEMICHIYA/広島県尾道市]

「citrusfarms たてみち屋」の園主・菅秀和氏。広島県生口島で無農薬・無化学肥料のレモンを栽培している。

citurusfarms たてみち屋

孤高のレモン農家・菅氏がクラウドファウンディングにチャレンジ

レモン、好きですか?
レモンの、どんなところが好きですか?

ちょっと考えてしまった人は、もしかすると、まだ本当に美味しいレモンに出合ったことはないのかもしれません。食事に、ドリンクにと用途が広がり、身近になっているようで、意外と知られていないレモンという果物。

そう、料理人やバーテンダーら食のプロフェッショナルの間では、レモンを果物と捉え直し、積極的にレシピに採り入れる動きが広がっています。
そして、一流の食材にこだわるプロたちにレモンの話を聞くと、「菅さんのレモン」と耳にすることが多くなってきました。

「菅さん」とは、「DINING OUT ONOMICHI」の食材チームにも参加した菅秀和氏。
広島県尾道市と愛媛県今治市を連絡する瀬戸内しまなみ海道のほぼ中央に位置する生口島で、レモン農園「citrusfarms たてみち屋」を営むレモン農家です。

「食べて美味しいレモン」。菅氏が心血を注ぎ続けてきたのは、そんな、みんなの固定概念を覆すレモンです。菅氏のレモンの美味しさは、食のプロたちの間でクチコミで広がり、多くのファンを獲得してきました。


そんな菅氏は今年、クラウドファウンディングに挑戦するとのこと。その狙いを聞くために、菅氏を訪ねました。

燦々と陽光がふりそそぎ、凪の真っ青な海を見下ろす斜面に、強面で偉丈夫の菅氏はプロレスラーのように立っていました。5年前の「DINING OUT ONOMICHI」の時よりも貫禄がついています。


リスボンという品種のレモンの木が、深緑色の肉厚な葉を茂らせ、ラグビーボール型よりもぷっくりとした実をつけています。菅氏は鮮やかな黄色になった実をもぎとると、「かじってみませんか?」と勧めます。農薬や除草剤も、もちろんワックスも使っていないから、そのまま安心してかぶりつけます。

歯応えのある皮を突き破ると、一気に果汁があふれ出します。すっぱい。
けれど、嫌なすっぱさではありません。爽快な香りが鼻を抜け、心地よいほろ苦さの奥に甘味を感じます。これがレモンの味なのか……実に骨太。素直に、美味しい。

「レモン栽培に取り組み始めた時、素朴な疑問が生まれました。スーパーでレモンを探したけれど見つからない。果物売り場にも、野菜売り場にもなかった。ようやく見つけた場所は、奥の薬味のコーナーでした。薬味や添え物としてしか扱われていない果物って何なんだって。レモンはれっきとした果物。よし、食べて美味しいレモンを作ってやろうと心に決めたんです」と菅氏は2014年当時を振り返ります。

日本ではあまり目にすることの無いグリーンレモン。イエローレモンより糖度は低いが、そのキリっとした香りと酸味にはファンも多い。

citurusfarms たてみち屋「身土不二」の考え方を軸に、ひたすら土の健康状態を適切に保つ。

生口島の隣、大三島出身の菅氏は、食品流通などの仕事を経て、柑橘事業に乗り出す会社の一員として生口島に移住してきました。古民家の空き家を借りたところ、その家主から手に負えなくなってしまった約3,000坪のレモン農園の管理を頼まれました。空き家に思いがけずレモン農園が付いてきたカタチです。柑橘事業の撤退が決まったこともあり、菅氏はそのレモン農園主として独立を決意。翌年、40歳の時でした。

菅氏の農業の軸にあるのは、「身土不二(しんどふじ)」の考え方です。人間の身体と土の働きは同質であり、風土に育まれる命をいただくことは土を食べることに等しい、といった意味があります。レモンの木に美味しく健康的な実をつけてもらうには、土の健康状態を適切に保つことが大切と考えて、農薬や化学肥料を使わず、有用菌の働きを活かす土づくりに徹しています。

創業から使い続ける堆肥ヒューマスのほか、厳選した天然ミネラルや酵素をブレンドした天然液肥を散布します。雑草はシロツメクサなど土にとって有益な種類がはびこるように数種類播種し、除草剤に頼ることもありません。菅氏は鉄の杭を土に刺してみせます。他の園だった耕作放棄地の土には、菅氏が体重をかけても杭は20cmほどしか入りません。一方、菅氏の農園に杭を刺してみると、すうっと100cm近く入りました。土がやわらかく、ふかふかな証拠。土中に有用菌が多く、しっかり呼吸しているおかげなのです。

この土壌で育ったレモンは農薬・化学肥料不使用の「ノンケミカル・レモン」として出荷されています。皮まで丸ごと味わえる「食べて美味しいレモン」です。

自ら独自ブレンドした天然液肥。配合や散布量に菅氏の腕が光る。

地面に杭を刺して見せる菅氏。有用菌が働くやわらかな土には、力をかけずとも杭はすうっと入っていく。

citurusfarms たてみち屋レモンサワーの概念を覆す一杯。

取材班が訪ねたこの日、菅氏の農園にはもう一人のゲストがいました。東京・新宿にある「Mixology & Elixir Bar Ben Fiddich」(バー ベンフィディック)のバーテンダー・鹿山博康氏です。同氏は自ら農場で薬草を栽培し、養蜂をして蜂蜜を採取し多彩なカクテルを生み出すミクソロジストとして知られ、店は世界のバーランキングで常に上位にランクインするなど世界中にファンを抱えています。

数年来「菅さんのレモン」を店で使い、プライベートでも菅氏と交流のあった鹿山氏は、はるばる農園の見学に訪れていたのです。
「菅さんのレモンは香りのフレッシュさが違います。そして、完熟レモンは果汁の酸味と甘味、皮の苦味のバランスが絶妙」と鹿山氏。バーの七つ道具を持参した同氏は、その場でレモンサワーをつくってくれました。

香り、味わい、共に圧倒的なレモンの存在感。それでいて、全体的にまとまりがあり、すっきりと穏やかな後味。思わず笑顔になる旨さ。レモンサワーの概念が180度転換された思いです。

嬉々としてカクテルを作る鹿山氏。彼を見守り、頬を緩める菅氏。昼下がりの農園には、海風にのってレモンの香りがそよいでいました。

さて、菅氏は、一体どんなクラウドファウンディングに挑戦するというのでしょう?

菅氏のレモン農園「citrusfarms たてみち屋」で、もぎたてのレモンをレモンサワーに。鮮烈な美味しさ。

瀬戸内海を見渡せる絶好のロケーションで、採りたてレモンを使ったカクテルを振舞う鹿山氏。

citurusfarms たてみち屋国産 Non-Chemical レモンを未来へつなげていくために。

菅氏は枯れ草に覆われた畑に案内してくれました。ここは、耕作放棄地となって久しい畑。昨年、菅氏はこの土地を購入しました。多額の借入が伴う大きな決断でした。順調なレモン栽培を続けているように見える菅氏ですが、大きな危機感を覚えるようになったと話します。

危機感とは、第一に、気候変動による凍害の頻度が上がっていること。そして第二に、柑橘栽培を諦める農家が増え、耕作放棄地が広がっていることです。

「Non-Chemical レモンの美味しさを広く知っていただき、レモンを丸ごと味わうことが食文化の一部になることを目指して取り組んできました。ところが、そのためには一般消費者の方にまで届けるための絶対的な収量が不足しているという問題に直面しました。とはいえ、手間ひまのかかるNon-Chemical レモンの栽培は、収量を増やそうと無闇に耕作面積を増やしてしまうと、品質の低下や支出過多に陥ってしまいます。私はこれまで既存の柑橘園を譲り受け、その畑の土壌を改良することによってNon-Chemical レモンを栽培してきました。しかし、耕作放棄地のように土壌の改良だけではNon-Chemical レモンの栽培が難しい土地においては、伐採伐根と造成整地をしてから新しい苗木を植える必要があります。これは、野菜の様にすぐに収穫ができない果樹は最初の数年は経費ばかりがかかってしまい、とても効率が悪いのです。さらに、国産レモンの収穫は10月から4月までと、一番需要の高い夏場に収穫ができません。これらの課題を解決するために、大きな投資をしてでも理想的なレモン畑を一から作る必要がある、という結論に達したのです」

理想のレモン畑を作りたい。菅氏の熱意は、年々広がっていく耕作放棄地を自分の手でどうにかしたいという想いともつながりました。

「レモン畑のモデルケースを耕作放棄地に作り上げ、次世代のレモン栽培のあり方を示すことができれば、美しい生口島に虫喰いあとのように広がっている耕作放棄地を緑のレモン畑に変えていけるかもしれない」

菅氏は、その新たな取り組みのスタートにあたり、Non-Chemicalレモン栽培への賛同者を増やし、壮大なプロジェクトの着手資金を調達するために、クラウドファウンディング実施の決断をしました。

菅氏は約2,400坪の耕作放棄地を購入。さらに高品質なレモンを広く安定的に提供するべく、ハウスやラボを併設した園の整備に取り組んでいくという。

住所:広島県尾道市瀬戸田町福田796
FAX:0845-27-0861
http://www.tatemichiya.com/

Photographs:MINA MICHISHITA
Text:KOH WATANABE

2021年度 年末年始休業のお知らせ

平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

誠に勝手ながら下記期間を年末年始休業とさせていただきます。

2021年12月30日(木) ~ 2022年1月4日(火)まで

※ 2022年1月5日(水)より、通常業務を開始します。

※ 休暇中のお問合せにつきましては、2022年1月5日(水) 以降に対応させていただきます。

大変ご迷惑をお掛けいたしますが、 何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

バイクチェーンタイプ シルバーキーホルダー

  • 21oz.デニムとの相性を考えて作り上げた完全アイアンハート仕様です。
  • すべてのパーツの型起こしから始まり、一番のポイントであるチェーンのコマの理想のゆるみを実現するまで約1年近くの時間をかけて作り上げた完全オリジナル。
  • 一人の職人が、細かなパーツの磨きからロウ付け、そして仕上げまで行っています
  • ベルトループにひっかけるナスカンタイプ

生産国

  • 日本

宝石のように透き通る身に旨味を湛えたシラウオ。そのおいしさの秘密を求め船上へ。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/茨城県行方市]

なめがた ベジタブルキングダムOVERVIEW

日本有数の水揚げ量を誇る霞ヶ浦のシラウオ。
その透き通った美しい身と、クセのないおいしさから首都圏の鮨店や和食店でも重宝される特産品です。

シラウオ漁の解禁は毎年7月21日。そこから12月末まで、霞ヶ浦の漁師は湖上に出て網を引きます。近年は輸送技術が発達し、この時期、スーパーなどでも獲れたてのシラウオを目にすることがあるかもしれません。

では霞ヶ浦のシラウオが有名な理由は、その漁獲高や鮮度のためだけなのでしょうか?

そうではありません。魚体を傷つけぬように獲り、船上で氷漬けにし、陸に上がってすぐに選別、出荷する。実は霞ヶ浦のシラウオを知らしめ、プロの料理人をも虜にする理由は、「おいしいものを届けたい」という漁師のこだわりにありました。

弾力があり、旨味があり、甘みがあり、かつタンパクでどんな味付けにも合う。そんな霞ヶ浦が誇るシラウオの秘密に迫ります。

【関連記事】現場でしか知り得ぬ環境、気候、生産者の思い。神保佳永シェフが訪ねた行方市の食材生産者たち。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/茨城県行方市]

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))

現場でしか知り得ぬ環境、気候、生産者の思い。神保佳永シェフが訪ねた行方市の生産者たち。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/茨城県行方市]

なめがた ベジタブルキングダムOVERVIEW

2021年秋。
茨城県行方市に『HATAKE AOYAMA』の神保佳永シェフの姿がありました。旅の目的は、行方市の食材を見て、味わい、生産者と話し、その魅力の本質を知ること。厨房を飛び出し、食材生産の現場に立つことで、新たなレシピの切り口を見つけることです。

茨城県行方市のさまざまな野菜の魅力をお伝えしてきた「NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM」。我々『ONESTORY』は繰り返し行方市を訪れ、四季折々の野菜を探り、その生産者に話を伺ってきました。そしてそれら旬の野菜の魅力を、野菜料理のスペシャリストであり、いばらき食のアンバサダーも務める神保シェフが考案するオリジナルレシピでお伝えしてきました。

これまで1年間でお届けしてきたのは、春夏秋冬の8品目の旬野菜を主役にした8種類の料理。毎回、神保シェフの元には旬を迎えた野菜がどっさりと届き、シェフはそれを試食し、その魅力を感じ取った上で、その個性が際立つ料理を考案してくれました。

そんなあるとき、ふと神保シェフがつぶやきました。

「根っこの泥がきれいに落とされ、葉がぴったりと揃っている。きっととても真摯な生産者さんがつくった野菜でしょうね」

その言葉が今回の旅につながりました。
自身の店では、可能な限り生産者と直接話し、食材を理解してから使用するという神保シェフ。畑では率先して収穫を手伝い、その場で食材にかぶりつき、すぐに生産者と打ち解ける姿からも、生産者への敬意と食材への思いが窺えます。

果たして今回の旅で神保シェフはどんな食材と出合い、どんなレシピをひらめいたのでしょうか。

(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))

「武者修業」の延長戦。松本日出彦、クラフトジンの世界へ。

『尾鈴山蒸留所』にて、香りと味を入念に感じ取る松本氏。いくつもの原液をブレンドし、一本を形成するゆえ、その方程式は無限。

HIDEHIKO MATSUMOTO日出彦さん、僕とも酒を造ろう。名乗りを上げたのは、日本酒蔵ではなく焼酎蔵。

「百年の孤独」。

小説のタイトルとしても知られるその名は、明治18年創業の老舗焼酎蔵『黒木本店』が手がける人気銘柄です。

その五代目・黒木信作氏こそ、「自分も日出彦さんと一緒に酒が作りたい」と名乗りを上げた人物。

「日出彦さんとは昔から仲良くさせていただいており、ご自身の蔵を離れるかもしれないという話も伺っていました。まさか現実になってしまうとは……。その後の『武者修業』の活動はずっと見ていました。自分も日出彦さんと一緒に酒が作りたい、そう思っていました」。

そんな黒木氏は、宮崎の自然豊かな山奥で『尾鈴山蒸留所』というもうひとつの蔵も運営しています。そして今回、松本氏との酒造りに提案したのは、焼酎をベースにし、麹から生まれた新たな蒸留酒「ジン」。

『黒木本店』は、老舗でありながらアグレッシブ。黒木氏の父、敏之氏が生み出した銘酒が前出の「百年の孤独」であれば、息子、信作氏が生み出した銘酒は「OSUZU GIN」。雄大な自然に囲まれた『尾鈴山蒸留所』でそれを醸します。

歴史や伝統に寄りかかるだけでなく、最新最善を追求し、常にものをゼロから生み出す情熱は、酒種は違えど確実に受け継がれています。

「せっかく蔵を離れたのであれば、これまでと全く違うことに触れてもらいたかった」と黒木氏。

テーマは、ふたつ。香りとブレンド。

「日本酒を桶で貯蔵していた時代は、新しいロットと古いロットを切り替える際、味を安定させるためにブレンドしていたと言われています。しかし、現代においての解釈は少し異なり、意図的に味の違いや個性を出すためにブレンドさせることがあります。しかし、自分はそれをあまり好まず、米を混ぜることはしていました。加えて、香りを纏わせない日本酒造りもしてきたので、今回の取り組みは真逆の世界。だからこそ、学びがあると思いました」と松本氏。

秋田『新政』、栃木『仙禽』、滋賀『七本鎗』、福岡『田中六五』、熊本『花の香』と五蔵を巡り、ようやく仕上がった酒の余韻に浸ることなく、宮崎『黒木本店』へ。

「武者修業」の延長戦、スタートです。

※WAKOオンラインストア(上記バナー)では、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」を10セット限定販売。
※2021年10月1日(金)にリニューアルした『和光アネックス』地下1階のグルメサロンでは、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」の単品購入も可能です。

宮崎県の高鍋町に位置する『黒木本店』。重厚感のある建物には風格が漂う。屋号とともに掲げるのは「焼酎一筋」。

大小合わせ30以上とも言われる尾鈴山瀑布群を擁する山の奥深くに位置する『尾鈴山蒸留所』。森の木々に囲まれ、人里離れたこの地で『黒木本店』の酒は醸される。

『黒木本店』のある高鍋駅も走る列車。海の上を走る際は、ゆっくりと走行してくれるため、乗客は景色を堪能できる。そんな優しさも宮崎の人柄の良さ。「宮崎の人は、みんな優しいですね!」と松本氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO香りから感じる味の輪郭を表現したい。味の記憶は薄れても、香りの記憶は薄れない。

「武者修業」における松本氏の酒造りは、蔵の中だけでなく、蔵の外にも目を向けてきました。土地に触れ、環境を知ることによって、その蔵だからこそできる味と理由があるからです。

『黒木本店』においても、それらを学ぶために足を運びます。まず向かった先は畑。約40ヘクタールにも及ぶ広大な土地に広がるのは、原料となる芋。

「宮崎は、太陽と緑の国を謡うほど、日本の中でも長い日照時間を誇る県。小丸川の水とこの土地で育った芋で酒を造ることに意義があると思います。加えて、『黒木本店』は、土作りから携わり、循環も生んでいます。そんな背景こそ『黒木本店』の価値であり、だからこそ銘酒が生まれているのだと思います」と松本氏。

あまり知られていませんが、焼酎の製造過程で排出されてしまう焼酎粕は産業廃棄物に分類されます。『黒木本店』では、それを堆肥化させるシステムを数年かけて構築。土地の恵みから生まれたものを健全なかたちで土地に返す循環を生み出したのです。もちろん、松本氏が訪れた畑の土にもこの肥料は採用されています。

「昨今の世界的な情勢もあり、SDGsという言語を目にします。しかし、自然や土地と深い関わりを持ってきた我々にとって持続可能な環境を目指すのは当然の社会」とふたり。

そんな土地から生まれた芋・ジョイホワイトは、熟成させることによって独特な香りが生まれます。ライチのような優しい土の香りとふくよかな芋の香りは、嗅ぐ度、癒しへと誘われます。

「柑橘や薔薇と同じ香り成分も含まれています。癒しを感じるのはそのせいかもしれません」と黒木氏。「でも、日出彦さんにはこっちの言い方の方がしっくりくると思うのですがロウリュのアロマオイルなんかにも含まれている成分です(笑)」。

それを聞き、サウナ好きとしても知られる松本氏は、納得の笑みを浮かべながら「特に身と皮の間やヘタの部分がよく香る」と分析。

「この香りは、蒸留しても残ります」と黒木氏。

宮崎では、「疲れた」を「だれた」と話す方言があります。そのだれを止める(やめる)ために一杯呑むことを「だれやみ」と呼び、一日の疲れを癒すために晩酌することや焼酎を飲んで一日の疲れを癒そうという時に「だれやみしよう」と使用するのです。

つまり、焼酎とは癒し。そんな文化が根付いている土地こそ、宮崎なのです。

「今回は、香りから感じる味の輪郭を表現したい。味の記憶は薄れても、香りの記憶は薄れない。むしろ、同じ香りを嗅ぐことによって、その時の思い出や出来事がくっきり情景として浮かび上がる」と松本氏。

それを聞いた黒木氏は、ゆっくりと記憶を手繰り寄せるようにこう話します。

「今回の酒造りでは、ふたりの思い出の香りをジンで表現しようと思いました」。

黒木氏が運営する『甦る大地の会』が所有する畑は、広大な敷地面積。「風の通りも良く、作物が良質に育つ環境が整っていると思います。小丸川の水も合わさるため、まさにメイド・イン・宮崎の素材ですね」と松本氏。

芋の収穫は、まず葉を取り除き、芋を掘り起こし、その後、手作業で選別。この日も芋を積んだ『甦る大地の会』のトラクターがテンポ良く行き交う。

小丸川は、その源を宮崎県東臼杵郡椎葉村三方岳(標高1,479m)に発し、山間部を流下。渡川などを合わせながら木城町の平野部を貫流する。その後、下流部において切原川、宮田川を合わさり、日向灘に注ぐ幹川流路延長75㎞、流域面積474kmの一級河川。

焼酎生産で出た廃棄物を堆肥化して畑に戻すためのハウス。遡ること1998年に廃棄物を堆肥化する有機肥料工場を設立。2004年にはその肥料を使用し、焼酎の原料を栽培する農業生産法人「甦る大地の会」を立ち上げ、農場も運営。

焼酎粕が持つ酸性を中和するために石灰を合わせる。加えて、窒素を担うために鶏糞なども混ぜ、肥料化する。

土作りからしている畑で育った芋・ジョイホワイトの香りを確かめる松本氏。「丁寧な土の香り、美しい土の香りがします」。

ジョイホワイトを割るとより香りが広がる。「季節や天候などにもよりますが、概ね6日ほど熟成させています」と黒木氏。

酒造りは農業から。蔵の中だけでなく、蔵の外へも積極的に足を運ぶ黒木氏。「素材や環境を知らずして、良い酒造りはできません」と黒木氏。

 『尾鈴山蒸留所』の木桶は、地元の杉で造られる。「こうして土地で生まれた素材を正しい形に加工することは美しい循環。酒造りの道具は木材が多いため、林業とも密接な関係」と松本氏。

 ジョイホワイトと米麹のもろみ。「ステンレスだと、結露してしまったり、そこからカビが発生してしまうこともありますが、木桶は湿気を吸ったり、断熱作用があったりと理にかなっている。それに、人と同じで、ヒノキ風呂に入った方が気持ちいと感じるように麹もそう感じると思うんですよね!(笑)」と黒木氏。それを聞くと、もろみも喜んでいるように見える。

HIDEHIKO MATSUMOTO人と土地をブレンドすることによって、ふたりの思い出が蘇る。

『尾鈴山蒸留所』の焼酎・ジンは、地元の材料を多く使用しています。しかし、「今回は、宮崎の材料と日出彦さんの出身、京都の材料をブレンドしたいと思っています。その時にふと頭に浮かんだのがふたつありました」と言います。

ひとつは、昔、京都に訪れた際に紹介された松本氏の同級生が営む宇治茶の生産家『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

もうひとつは、松本氏が蔵を離れることになった際、京都の『建仁寺』にて共に坐禅を行った際に見た庭園の松。

「確か坐禅をした後に飲んだお茶もほうじ茶でしたね」とふたり。

そんな黒木氏の計らいもあり、ブレンドに用意した材料は、宮崎のキンカン、生姜、山椒、ジェニパーベリー、そして、京都の松と『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

「松とほうじ茶は、いずれもこれまでのOSUZU GINにはなかった材料なので初めての試み」と黒木氏。

そして、それぞれの香りと味を確認し、どうブレンドするかを考える松本氏。

実験と検証を繰り返し、「これは潔い。この味には意志を感じる。こっちはカウンターで飲んでるシーンが浮かぶ……。ストレートで飲むのか、ソーダで飲むのか、トニックで飲むのか……。うーん……」。初めてのブレンドゆえ、当然、なかなか決まりません。実は松本氏は、ジンラバーでもあります。プライベートでも松本氏と親交の深い黒木氏は、それを知っての提案でもありました。これまで飲み手だっただけに、造り手の想いだけでない、客視点の比重も大きいのです。

「きっとテイスティングした日や季節、天気、温度、湿度によって味の感覚は変わると思います」と黒木氏。

だかこそ、香りが重要なのかもしれません。

結局、この日は決まらず、また別の日に再度、ブレンドとテイスティング。しかし、その日にも決まらず……。

「ただ、方向性は見えた」と松本氏。

「自分であれば、絶対にこのブレンドはしない。これは完全に日出彦さんの味」と黒木氏。

だから、ブレンドはおもしろい。

ひとつ言えることは、ただ香りや味をブレンドしたものではないジンが醸されたということ。

なぜなら、これは土地をブレンドした酒であり、人をブレンドした酒、そして、ふたりの心をブレンドした酒だから。

そして、その香りは、黒木氏と松本氏にしか見えない情景を浮かび上げ、思い出を蘇らせるでしょう。ふたりだけの特権です。

果たしてどんなジンになるのか。仕上がりは、乞うご期待。

ミリ単位でブレンドしながら、細かく香りと味を形成していく。

ブレンドをしながら、自然と思い出話にも花が咲くふたり。「今回、信作とジンを造ることができたのは、蔵を離れたからかもしれません。辛いことも多かったですが、それ以上に人の想いとたくさんのギフト(体験)をいただきました」と松本氏。

今回のキーポイントとなる素材は、松の葉と宇治茶の生産家『丸利吉田銘茶園』のほうじ茶。

「実は、京都のおばんざいのローカルルールで、掛け合わせる食材は奇数と言われているんです。それを考えると……、何種合わせようか……」と松本氏。

大地の香水と形容できるクラフトジン「OSUZU GIN」は、伝統的な手仕事で造った本格焼酎に地元の素材を中心とした様々なボタニカルを漬け込んで蒸留。今回、松本氏が介在することによって、どんな化学反応を見せるのか!?

※WAKOオンラインストア(上記バナー)では、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」を10セット限定販売。
※2021年10月1日(金)にリニューアルした『和光アネックス』地下1階のグルメサロンでは、松本日出彦×尾鈴山蒸留所「OSUZU GIN」とオリジナルの「OSUZU GIN」の単品購入も可能です。

住所:宮崎県児湯郡高鍋町大字北高鍋776 MAP
TEL:0983-23-0104
https://www.kurokihonten.co.jp
https://osuzuyama.co.jp/store/

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2010年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層の人気を集める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs&Movie Direction:JIRO OHTANI
Text&Movie Produce:YUICHI KURAMOCHI

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鹿児島から生まれる世界基準の芋焼酎。若き蔵元の情熱に、鹿児島焼酎の革新と核心を見た。[World SAKE KAGOSHIMA/鹿児島県]

鹿児島本格焼酎を巡る旅OVERVIEW

焼酎王国、鹿児島。江戸時代中期に芋焼酎が広まり、現在、鹿児島県内では112軒の蔵元が焼酎造りをしています。すべての蔵の本格焼酎の銘柄をあわせると、その数は2000以上。どれも、鹿児島県内の各地域の風土や文化、酒蔵の個性がぎゅっと詰まった逸品です。

「近年、鹿児島の焼酎がますます洗練されてきて、全体的にフルーティーで香り豊かで飲みやすいものが増えています。かつ、蒸溜酒なので味わいがすっきりとしていて、食中酒にも最適。こんなに魅力的な飲み物なのに、日本酒やビールと比べるとほとんど注目されていない。どうしてもっと流行らないのだろうと、長い間不思議に思っていました」
と話すのは、日本屈指の美食家として知られる本田直之氏。日本全国のみならず、世界中を自分の足で歩き、各地の食や酒に精通してきた本田氏が「もっとたくさんの人に鹿児島焼酎の素晴らしさを伝えたい」と、焼酎蔵と手を組み、動き始めました。

そこで開催されたのが、東京都内の料理シーンを牽引する料理人を招いての蔵元巡り。事前に本田氏と、日本を代表するワインテイスターの大越基裕氏が30近くの銘柄のテイスティングを行い、「特に香り高くて、強い個性が表れている」と感じた5銘柄の造り手を訪ねました。

「酒蔵の人々の情熱に触れることで、より深く、焼酎に惚れ込むことができる。そして東京に戻ったら、自分で体感してきたストーリーを、お店でお客様に熱く語りたくなる。そんなふうに、焼酎の造り手と料理人の情熱と情熱を掛け合わせて、パワフルに焼酎の魅力を広めていきたい」という本田氏の言葉から始まった、今回の蔵元巡り。ツアーに参加した3人の料理人も、焼酎を味わい、造り手の熱量を知り、自身の店のドリンクメニューへのオンリストを想定。
それぞれの焼酎にどんな個性があり、造り手はどんな思いを込めているのでしょうか。その熱量に触れたら、きっとあなたも鹿児島焼酎に魅了されるはずです。

Photograph:YOHEI MURAKAMI(Digital Homeless)
Text:AYANO YOSHIDA

(Supported by 鹿児島県酒造組合 / think garbage)

若き蔵人が守り抜く伝統と歴史。鹿児島の大地が生んだ麗しき芋焼酎。後編[World SAKE KAGOSHIMA/鹿児島県]

いちき串木野市・白石酒造にて。

鹿児島本格焼酎を巡る旅鹿児島の自然をそのままボトルに詰める。自らさつま芋栽培をてがける杜氏。

「鹿児島の蔵人が焼酎にこめる熱い思いに直にふれてほしい」
十数年に渡り世界を旅しながら各地の食や酒に精通してきた美食家・本田直之氏のそんな願いから始まった、酒蔵巡り。目黒『鳥しき』の池川義輝氏、麻布十番『十番右京』の岡田右京氏、渋谷『酒井商会』の3名とともに、5軒の焼酎蔵を訪ねました。

「いま、鹿児島の若手蒸溜家たちは、なんとかして焼酎業界を盛り上げようと並々ならぬ努力を積んでいます。その表現方法のひとつとして、思いを味わいに変える技術を磨いている。事前に東京でテイスティングした際にも、一口飲んだだけで、酒蔵の熱量が伝わってくるんです。というのも、香りが華やかで洗練されているほど、酒蔵の努力が結実しているということだから。今回の蔵元巡りでは、その中でも特に個性の強かった5軒をピックアップしています」とは、今回の参加者の一人であり、ワインテイスターの大越基裕氏。

作り出す味わいや香りの表現方法は酒蔵によってさまざまです。小規模だからこそ実現できる手作業にこだわる造り手、大規模な敷地と工場を持つ強みをいかす蔵元。実際に訪問してみることで、そうした個性が見えてきます。

いちき串木野市の『白石酒造』の五代目当主の白石貴史氏は、10年ほど前から地域の休耕畑を借りて、自社で無農薬のさつま芋栽培に取り組み始めました。除草剤も肥料も使わない理由は、そうすることで畑の土や芋が野生化し、自分の力で生きようとするようになるから。すると、虫に食われにくい強い芋が育つのです。

「焼酎は、さつま芋や水、大地が融合したお酒。発酵具合も含めて、自然の産物としてできあがる飲み物なので、自分はなるべく手を加えずに、自然のままの味をとどけたい」と、白石氏。
ただし、白石氏の手法では、畑を休ませながら芋を栽培する必要があるため、生産量がごくわずかになってしまいます。農薬や堆肥などを使った、一般的な芋農家のつくり方に比べ、同じ面積の畑でとれる芋の量は半分ぐらいといわれています。採算が悪くてもこの方法にこだわるのは「自分のやり方で栽培したさつま芋のほうが果物のように甘くて味わいも豊かで、他の芋より圧倒的に美味しかったんです」という至極シンプルな理由。それゆえ、できあがる芋焼酎は心地よい芋の香りと風味があって、余韻も長く残るのは当然でしょう。小さな蔵だからこそ貫ける職人の手仕事。白石氏は、愚直なまでにそれを追求しています。

こうして完成した『白石酒造』の代表銘柄「天狗櫻」は果物感を感じる独特の風味があり、総甕壺仕込みによる丸みもあるのが特徴。「沁み渡るようなやわらかい飲み口ですね」と大越氏も、しみじみと味わっていました。

杜氏の白石氏が開墾した畑で、自然栽培したさつま芋。その芋で造る焼酎は甘く、香りも豊か。

テイスティングする池川氏。「無農薬、無肥料で栽培した芋で造る焼酎はテクスチャーがやわらかく、しみ入りますね」。

白石酒造の代表銘柄「天狗櫻」をモチーフにした外装。

鹿児島本格焼酎を巡る旅大規模な酒蔵の強みを生かし、鹿児島焼酎ファンの裾野を広げる。

一方、日置市の『小正醸造』は年間の焼酎の生産量約2万石を誇る大手酒蔵。100名以上の従業員とともに、全国大手スーパーに流通する焼酎を大量生産するかたわらで、限定生産のこだわりの焼酎まで幅広く造っています。仕込みの時期には1日に30〜50トンもの大量の芋を選別しますが、地域社会とのつながりを大切にしているのも『小正醸造』のこだわり。工場内のホワイトボードには、常に、その日に扱っている芋の生産者の顔写真と名前が掲示されているのです。

「大規模な酒蔵ならではの生産力をいかして、全国に本格焼酎を流通させ鹿児島焼酎の飲み手の裾野を広げている一方で、ハンドメイドの心意気も持ち合わせたマルチプレーヤー」と評価するのは、岡田氏。限定生産の「蔵の師魂 The Green」は、ワイン酵母「ソーヴィニヨン・ブラン」から採取された酵母を使用して発酵、蒸溜した焼酎で、爽やかな香りと、まろやかなコクが特徴です。
「テクスチャーがまろっとしていてふくよかで、コクがある。メロンのような甘さ、程よい酸味のある味わいで、白ワインを感じるような香味もすばらしいですね」と岡田氏は続けます。

さらに『小正醸造』では、地域の小中一貫校・日吉学園と手を組んで「My焼酎づくり」と称したプロジェクトも実施しています。これは、中学3年生の生徒が卒業記念に、自分たちで育てた芋を使い、焼酎を造り、ラベル・化粧箱もすべて手造りし、20歳になる日まで熟成させる、という内容。開始からすでに15年ほど続いているプロジェクトなのだそう。
「鹿児島には数多の焼酎があれども、やっぱり、自分が住んでいる地域の味を大事にしたい、という思いが強い。“おらが村の焼酎”という言葉は、その象徴。鹿児島の焼酎、と一緒くたにしてしまうのではなく、日置市には日置市の味がある、と地域の子ども達に認識してもらえる機会にしています」と、社長の小正倫久氏は話します。

広大な敷地を誇る『小正醸造』の日置蒸溜蔵。

蒸溜後の原酒を熟成させる貯蔵タンク。この工程を経て、焼酎の味わいがよりまろやかになる。

大規模な酒蔵の強みを生かした、豊富なラインナップ。中央の緑のラベルが「蔵の師魂 The Green」。

鹿児島本格焼酎を巡る旅鹿児島の若手蔵人の情熱に触れた2日間。

5蔵を巡ってみて見えてきたのは、江戸時代中期から続く芋焼酎の伝統と歴史を自分なりに解釈し、それぞれの「最高の焼酎」を表現しながら、若手蔵人たちが切磋琢磨しているということ。

日本酒造りの経験を活かし、その麹造りのノウハウを焼酎に持ち込んだり、焼酎業界のタブーに切り込みシェリー樽で熟成した焼酎を造ったり、ジン造りなども積極的に行い、香りに焦点をあて焼酎を造るなど、革新的な焼酎造りに挑む蔵がある一方で、さつま芋栽培から手掛けるテロワールを感じる焼酎造り、地元とのつながりを大切にしたプロジェクトを続ける、地域・風土を感じさせる焼酎造りを行う蔵もある。それぞれが違うベクトルを示しつつも、根底にあるのは美味しい焼酎を造ることであり、素晴らしき鹿児島の焼酎文化をより多くの人に知ってもらうこと。

こうした強い情熱を持つ5蔵を実際に訪問してみて、目黒『鳥しき』の池川氏は「5蔵の焼酎のいずれかをお店に入れさせてもらいながら、焼鳥と焼酎のより具体的なペアリングを提案していきたい」と言います。たとえば、フルーティーな香りがウリの焼酎には、焼鳥のなかでも特に脂の少ない部位と合わせてみるなど、焼酎のフレーバーが豊富で、酒蔵の個性も豊かになっているぶんだけ、ペアリングの楽しみ方も奥深くなっていくはず、と感じたそう。また、渋谷『酒井商会』の酒井氏も「お店では常時20種類ほど焼酎を揃えているので、5蔵のお酒のどれかを加えたいです」と、鹿児島焼酎の魅力を堪能した様子。麻布十番『十番右京』の岡田氏の「ソーダ割の爽やかさや、飲みやすさを、普段焼酎を飲まない人にも伝えていけるメニューを展開していきたいです!」と、感想を述べています。

世界中を旅してきた本田氏は、最後にこの言葉で今回の旅を締めくくりました。
「鹿児島はとにかく土地のパワーが強い。この地で育った人が、この土地で育った芋で焼酎を造るわけだから、できあがった焼酎もパワフルで奥行きの深いものになる。一口飲めば、味からその情熱が伝わってきます。これだけ鹿児島焼酎が盛り上がっているんだ、ということを、全国のみなさんにも飲んでいただき、ぜひ感じてみてほしいですね」

焼酎をソーダで割る飲み方も一般的になってきた。炭酸とともに弾ける焼酎の香りが鼻孔をかすめ、爽やかに飲める。

住所:鹿児島県いちき串木野市湊町1丁目342 MAP
電話:0996-36-2058
https://www.honkakushochu.or.jp/kuramoto/741/

住所:鹿児島県日置市日吉町日置3309 MAP
電話:099-292-3535
http://www.komasa.co.jp/

住所:東京都品川区上大崎2-14-12 MAP
電話:03-3440-7656

住所:東京都港区麻布十番2-8-8 ミレニアムタワー B1F MAP
電話:03-6804-6646
https://jubanukyo.localinfo.jp/

住所:東京都渋谷区広尾1-12–15 リバーサイドビル 1F MAP
電話:080-8040-4822
https://sakai-shokai.jp/

Photograph:YOHEI MURAKAMI(Digital Homeless)
Text:AYANO YOSHIDA
(Supported by 鹿児島県酒造組合 / think garbage)

鹿児島芋焼酎の新たな可能性。模索する若き蔵人たちの情熱に触れる旅。前編[World SAKE KAGOSHIMA/鹿児島県]

鹿児島本格焼酎を巡る旅日本酒蔵での修業で得た麹の知見。蔵に眠る種麹菌が焼酎造りを変える。

東京都内で活躍する料理人が、世界各地の酒と食に精通する美食家・本田直之氏と、日本有数のワインテイスターである大越基裕氏のアテンドで鹿児島の焼酎蔵を巡る2日間。その焼酎旅に参加したメンバーも、やはりすごい顔ぶれでした。目黒『鳥しき』の池川義輝氏、麻布十番『十番右京』の岡田右京氏、渋谷『酒井商会』の酒井英彰氏の3名という、いずれも東京を代表する名店の店主たちです。

この旅で最初に訪れた霧島市『中村酒造場』の新銘柄「Amazing」は、実は酒井氏がすでに『酒井商会』にボトルを置いている銘柄でした。ハロウィンスイート(オレンジ芋)という品種のさつま芋を使用し、グレープフルーツやライムのようなフルーティーな香りと、紅茶のアロマが重なった、繊細かつ華やかさが特徴の焼酎です。「飲み口がやわらかくて、かつ芋の香りと柑橘の香りが調和して清涼感があります。僕はこの味が大好き」と、酒井氏はこの焼酎が好きな理由を語ります。

では、その秘密はどこにあるのか。酒井氏が絶賛する「やわらかさ」を演出している要因のひとつに、1888年の創業時から使用している麹室に生息する「室付き麹」の存在があります。
六代目の中村慎弥氏は、東京農業大学醸造科学科で酒造りの科学的な側面を学んだ後、山形の日本酒蔵に弟子入り。2012年に蔵に戻り、2017年から杜氏(製造責任者)となり家業を継いだ際、「焼酎造りに、日本酒造りから学んだ麹造りの知恵を取り入れたら、蔵の新たな代表作を造れるはず」と志します。
そこで、多くの酒蔵が専門業者から種麹を入手しているところ、中村氏は蔵で一から種麹を育てるための研究を始めます。その矢先、『中村酒造場』の蔵にはすでに生の種麹菌が生息していることを発見、微生物を育て、発酵を経て、焼酎を造り上げることに成功しました。焼酎造りにおいて、芋の扱いにはどの蔵も力を入れていますが、芋と同じように麹にこだわる人はまだ少ない。
「麹をもっと重視することで焼酎の味わいがまろやかになるという“気付き”と、実は酒蔵に種麹菌が住んでいたという僕自身の“驚き・発見”にちなみ、『Amazing』と名付けました。飲んだ方がワクワクするような酒質を目指します」と、中村氏。

焼鳥職人の池川氏も「とてもなめらかで、口のなかで余韻が続くので、焼鳥の脂をきってくれる力もありそう」と、焼き鳥とのマリアージュに期待します。

『中村酒造場』の創業当時から使い続けている麹室にはオリジナルの種麹菌が生息していた。

渋谷『酒井商会』の料理人、酒井氏は、もともと「Amazing」の大ファン。

鹿児島本格焼酎を巡る旅もっと自由な芋焼酎造りを追求した“ユートビア”。

中村氏が麹を通じて焼酎作りに新たな風を送り込んでいるように、若手蔵人たちは芋焼酎の魅力を引き出しつつ、進化させる方法を模索しています。次に訪ねた『小牧醸造』の専務・小牧伊勢吉氏は、今秋、「あえて焼酎造りのタブーに踏み込んだ」という新作を発表しました。その名も「ユートピア」。『小牧醸造』の代表銘柄「一尚シルバー」をバーボン樽で 熟成させたあと、さらにシェリー樽で熟成させた原酒 を加えた芋焼酎です。原酒が持つスモーキーさと樽の 香りが相まってドライな風味を生み出し、かつ、甘味 とフルーティーさがやわらかく調和した力作だそう。

「焼酎造りにおいて、液体に色を帯びさせるのはご法度とされてきました。焼酎は透明でなければならない。でも、『ユートピア』は洋酒の木樽で熟成させて、ほんのりとした黄金色に仕上げているんです」
すると芋の香りがさらにまろやかになり、香りも豊かになるのだという。
「もっと自由に、もっと楽しみながら、もっと美味しい芋焼酎を造りたい。その理想郷としてこの焼酎がある」と、ネーミングに込めた思いを語ってくれます。

ただ、画期的な取り組みを行いながらも、芋焼酎の歴史とアイデンティティへの敬意も失っていません。『小牧醸造』では、通常の何倍もの時間と労力をかけて、芋の選定と水洗いを行っています。芋を水洗いし、人間が目視で芋の選定作業を行うのは、ほかの多くの蔵元に共通する工程ですが、『小牧醸造』では、さらに芋を3種類の機械に通して洗浄。そのうえでたわしを用いて人の手で細かな溝に入った泥を丁寧に落としていき、痛んでいる部分を取り除いていきます。
その徹底した仕事に対して、「ここまで手をかけることにより、雑味のない、クリアで洗練された味わいの焼酎に仕上がっていますね。ソーダ割にしたら、普段強いお酒を飲まない人にも好まれそう」と、岡田さんは話します。

蒸したばかりのオレンジ芋。フルーティな香りが特徴。

本田氏と大越氏を含めて、3人の料理人が木樽を熟成させる蔵の前でテイスティング。

右から3番目が「ユートピア」。アルコール度数が40度を超える銘柄は、透明のボトルを使用。

焼酎を熟成させる甕。地中に埋まっているスタイルが特徴だ。

鹿児島本格焼酎を巡る旅華やかな香りの焼酎を、シュワっとソーダ割で楽しむ。

ところで、お湯割にして飲むイメージが強い芋焼酎ですが、鹿児島焼酎の若手蔵人たちが最近お勧めしているのは、シュワシュワっとした爽快感や開放感が魅力のソーダ割。香り高い焼酎が増え、炭酸と相性の良さをウリにする銘柄も数多く誕生しています。そんな傾向に対してソムリエの大越基裕氏はこう語ります。
「なんといっても、焼酎はフレーバーを楽しむ飲み物。蒸溜させて造るので味わいやボディがすっきりと仕上がり、ほぼ無味に近くなる分、フレーバーの個性が際立ってきます。そのうえで、最近は各酒蔵が、いわゆる“芋臭さ”を取り除き、芋がもつフルーティーな香りやあまやかさを引き立てる造り方を極めてきています。銘柄の数だけフレーバーの選択肢が増えているといっても過言ではなく、自分のお気に入りのフレーバーの焼酎を見つける愉しさも生まれてきているのです」

焼酎は「香りを楽しむ飲み物」だと、もっと多くの人に知ってほしい。そんな思いから、指宿市『大山甚七商店』の専務・大山陽平氏は大胆なチャレンジを続けています。2021年に「お酒に振りかける香水」としてビターズ「PUSH BITTERS」を製造開始。さらに、今年夏には新ハイブリッド蒸溜機を導入。明治8年の創業以来培ってきた焼酎の蒸溜のノウハウを生かして、同じ蒸溜酒であるクラフトジン造りにも力をいれています。また、東京都内でシナモンやコーラの実を使ってクラフトコーラ造りをしている伊良コーラとコラボレーション。クラフトコーラのスパイスの風味と芋のフルーティーな香りを見事に融合させた「伊良コーラ酎」を販売しました。

「遊び心を盛り込んだ存在感のある焼酎で、まずは若い飲み手に親しみをもってもらう。それを入り口に、伝統的な芋焼酎の世界に興味を持っていただけたら」と話すのは、陽平氏の父であり、代表取締役社長の修一氏。
「当蒸溜所の理念は温故知新。スピリッツ・リキュールの製造といった新しい分野を開拓しながらも、先代から受け継いだ本格焼酎の秘伝の製法や味わいも守り抜いています」とその思いを語ります。

代表銘柄のひとつ「甚七」は、黄金千貫という品種のさつま芋を原料とし、黒麹で醸した銘柄。仕込み水は蔵のある宮ヶ浜から湧き出るミネラル豊富な地下天然水を使用し、初代から受け継いだ甕壺で仕込み、常圧蒸溜で蒸溜という伝統的製法で造っています。
「原酒をタンクで長期間貯蔵熟成することで、焼き芋のような香ばしさが引き出されている。また、黒麹特有のきめの細かい旨みがありながら、すっきりとキレの良い焼酎ですね」と酒井氏はコメントします。

修一氏は、若手たちの挑戦をあたたかく見守っています。
「20代、30代の造り手を中心に『焼酎業界をもっと盛り上げるぞ』という意気込みを感じています。私は63歳で、自分の近い世代の感覚としては、伝統的なお湯割の文化をもっと広めたいという思いもあります」
それと同時に、ソーダ割で飲んだり、フルーティな香りを強調したりといった、若い造り手たちの新しい感覚にも共感。
「焼酎の世界って、割と新しいものに対して柔軟なんです。酒税法の範囲内で遊ぶ分にはいいでしょ、って(笑)。作り手が楽しみながら生産した焼酎を、県外の人にも面白がりながら飲んでもらえるとを期待しています」

長期貯蔵所「甚七伝承蔵」。甕熟成、ステンレスタンク熟成、樽熟成を行う。

醸造所の脇にある事務所の一画にはバーカウンターが備えられ、テイスティングを行うことができる。

今年夏に導入した新ハイブリッド蒸溜機。中央には香りのもととなるボタニカル専用のバスケットを内蔵。

住所:鹿児島県霧島市国分湊915 MAP
電話:0995-45-0214
http://nakamurashuzoujo.com/

住所:鹿児島県薩摩郡さつま町時吉12番地 MAP
電話:0996-53-0001
https://komakijozo.co.jp/

住所:鹿児島県指宿市西方4657 MAP
電話:0993-25-2410
http://www.jin7.co.jp/

住所:東京都品川区上大崎2-14-12 MAP
電話:03-3440-7656

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住所:東京都渋谷区広尾1-12–15 リバーサイドビル 1F MAP
電話:080-8040-4822
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Photograph:YOHEI MURAKAMI(Digital Homeless)
Text:AYANO YOSHIDA
(Supported by 鹿児島県酒造組合 / think garbage)

プリマロフト(R)キルティングマフラー

保温性抜群のプリマロフト(R)マフラー

  • 高機能中綿「プリマロフト(R)」を採用したマフラー
  • ダウン同等の保温性・コンパクト性・透湿性を誇りながら優れた撥水性も兼ね備えています
  • 肌にあたる裏地はマイクロフリースを使用
  • 昨年度よりも厚みがまし再入荷!!

PRIMALOFT(プリマロフト)とは

  • 米国Albany社が開発したアメリカで軍の寒冷地用防寒着の中材として開発、使用され る高機能中綿 ダウン同等の保温性・コンパクト性・透湿性を誇りながら優れた撥水性も兼ね備えています

素材

  • 表地:ナイロン 100%
  • 中綿:ポリエステル 100%(プリマロフト)
  • 裏地:ポリエステル 100%

「合餐」 これが私たちの正解。[Gohsan 7chefs in Fukuoka/福岡県福岡市]

「世界的に活躍しているシェフのみんなが福岡に集ってイベントを開催できるのは、今回が最初で最後かもしれません」と話すのは、『合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』の発起人、『La Maison de la Nature Goh』の福山 剛シェフ(一番右)。。会場となったのは、福岡天神に位置する『QUANTIC(クアンティック)』。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―「合餐」の再開と再会。今の自分たちに迷いはない。

去る11月某日。福岡にて、あるイベントが開催されました。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』。

発起人は、2021年「アジアのベストレストラン50」30位にもランクインする福岡の名店『La Maison de la Nature Goh(ラ・メゾン・ドゥ・ラ・ナチュール・ゴウ)』の福山 剛シェフです。

加えて、参加シェフにおいても世界レベル。

「ミシュランガイド東京2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」7位、2021年「世界のベストレストラン」39位の『Floriege(フロリレージュ)』川手寛康シェフ。

「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2021」二つ星及び「グリーンスター」、2021年「アジアのベストレストラン50」64位の『Villa aida(ヴィラ・アイーダ)』小林寛司シェフ。

初台の名店『Anis(アニス)』を経て、現在は『傳』と『Floriege』が共同運営するレストラン『デンクシフロリ』の料理長を務める清水 将シェフ。

「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」8位、2021年「世界のベストレストラン50」では惜しくも50以内からは外れるものの76位の健闘を見せた『LA CIME(ラシーム)』の高田裕介シェフ。

「ミシュランガイド東京2021」一つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」27位の『Ode(オード)』生井祐介シェフ。

「ミシュランガイド東京2021」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」3位、2021年「世界のベストレストラン」11位の『傳』長谷川在祐シェフ。

これまでの社会情勢により、シェフたちが顔を合わせるのも実にひさかたぶり。「大規模なイベントは約2年ぶり」と皆が口を揃えます。

イベントの再開、人との再会。様々な想いが交錯するも、「今の自分たちに迷いはない」。言葉にせずとも、厨房内で喜びを分かち合いながら料理を作る姿を見れば、容易にそれを感じ取れます。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』(以下、合餐』)の幕が上がる。

厨房の中での福山シェフ(左)と長谷川シェフ(右)。互いの近況報告をし合いながら、和やかな空気が流れる。

コース料理の最後の皿、デザートを合作する生井シェフ(左)と高田シェフ(右)。久々の再会に笑顔が溢れる。

小林シェフ(中央)と長谷川シェフ(奥)が同じキッチンに立ち、同じ料理を作るという異色の風景が生まれるのも、このイベントの醍醐味。

清水シェフ(左)の火入れに興味津々の生井シェフ(右)。互いの料理を間近で見ることは、学びや技術の習得につながる。

合餐』では、7人のシェフ以外に福岡をはじめ、九州のレストランもサポートに入る。川手シェフ(中央)とともに皿を仕上げるのは、赤坂「こみかん」の拓ちゃんこと末安拓郎シェフ(手前)。

メインの肉料理(下記参照)は、『デンクシフロリ』、『Villa aida』、『La Maison de la Nature Goh』の合作。こちらは、その中のひとつ、『Villa aida』が手がけるカブと柿のミルフィーユ仕立て。

上記と同じく、メインの肉料理(下記参照)にもうひとつ添えるのは、焼いたミカン。こちらも『Villa aida』が手がける。

上記と同じく、メインの肉料理(下記参照)に使用する和牛シンシン。火入れの魔術師の異名を持つ『デンクシフロリ』の清水シェフが、驚異の約8時間をかけてじっくり火入れする。清水シェフの友人でもある台湾の原住民が作った石板の上に肉を置き、手で転がしながら指先で温度を感じ取り、真まで熱を伝える。

シェフ自らテーブルまで足を運び、料理をサーブする場面も。そんな自由もゲストを大いに楽しませた。

この日のドリンクは、全てペアリング。「ドン ペリニヨン」から糸島「田中六五」まで、バリエーションに富んだプレゼンテーションを披露。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―想いは人を強くする。連鎖を生んだ幸福と口福。

今回、供された料理は全8品。シェフがそれぞれ料理するものもあれば、合作もあり。様々な手法で舌と目を楽しませてくれます。

しかしながら、各シェフが『合餐』について語る際、「料理は味わっていただきたいのですが……」という開口が多く見られました。その理由は、改めて様々を見直した空白の2年間を生きた在り方にあったのかもしれません。

「これまでのレストランは、“個”がクローズアップされていたと思います。ですが、これからは、“個”から“全”へ。料理も大事ですが、今回のバックテーマは“全員で楽しむこと”。美味しかったよねよりも楽しかったよね。後に、そんな風に思い出していただけたら開催した甲斐があったなと思います。そして、それぞれの生活の中で当たり前だった様々なことを考え直す良い機会になるといいなとも。事実、当たり前だったイベントもできなくなり、『合餐』を開催できたことがこれほどまでに幸せな時間だったから」と川手シェフ。

「みんなと会うには久々。いや、久々でもないかな? どっちだろう(笑)。お客様には申し訳ありませんが、まず何より自分自身がこの日を一番楽しみにしていました。普段はひとりで料理していますが、今日は尊敬できるシェフたちと一緒にキッチンで過ごすことができる。本当に幸せ」と小林シェフ。久々の再会だったシェフたちでしたが、顔を合わせれば瞬時に距離は縮まり、結実。昨今、主流の「オンライン」では成すことができないグルーヴです。

「普段、実はシェフは孤独なんです。ですが、今日は、みんなで分かち合える。それが嬉しい。料理の手法や味、スタイル、哲学など、それぞれ違いますが、だからこそ共有できる。そんな自分たちの高揚感がお客様への満足にもつながると思っています。今日をきっかけに、またレストランの価値を向上させたいです」と清水氏。

「この約2年間では、色々考えることが多かったです。レストランの経営の仕方、シェフとしての在り方……。サスティナブルという言葉もよく耳にしますが、実際に自分たちがどうそれを行動できるのか。苦しかった分、強くもなれた。対応能力やできることも増えた。明日に追われてしまう日々もありましたが、もっと先を見ることができるようにもなった。今日、この『合餐』から、また新しい一歩を踏み出したい」と高田シェフ。

「人とのつながり、喜びの分かち合い、皆で場を囲むこと。当たり前にできていたことがこれほどまでに大事なことだったのかと再確認しました。楽しみ過ぎて、料理をお待たせしたこともありましたが、それも含めて熱量があった。『合餐』に参加していただいた全員に助けられたので、それが良い時間を生んでくれました」と生井シェフ。実際、生井シェフが担当だった料理の提供は、予定よりも約30分遅れ。しかしながら、ワクワクが止まらないゲストの表情を見れば、そんなハプニングや料理を待っている時間すら愛おしかったのかもしれません。

「このメンバーの中では、以前から何かやろうかという話は出ていたのですが、僕らが集まって何かやることによって多方面にご迷惑をかけてしまう可能性がある。そんなことから色々な件の実施を決断できずにいました。当たり前だったことが当たり前でなくなったと思う反面、今までが当たり前じゃなかったのだとも思うようになりました。食事においても、どこで誰と何を食べ、共有したいのかなど、レストランの在り方も問われてくると思います」と長谷川シェフ。

「振り返れば、自分が最後に大きなイベントをしたのは『DINING OUT RYUKYU-URUMA』でした。その後、色々なことを予定してみましたが、自粛や緊急事態宣言の繰り返しで全て実現が叶いませんでした。今回のメンバーは、公私ともに皆仲も良く、コースにおいても料理の流れではなく、人の流れが感じられたと思います。性格も出ていましたし(笑)。お客様にとって、自分たちにとって、何か前を向ける良いきっかけになれば、この上なく嬉しく思います」と福山シェフ。

それぞれの想いが幾十にも重なった『合餐』。ほんの数時間の出来事は、まるで夢のごとく幕を閉じました。

『LA CIME』が手がけた1品目、柑橘の果汁と魚を合わせたセビーチェ「魚介 ヘベナ 島唐辛子 ココナッツ さつまいも」。五島の石垣鯛や九州の柑橘、そして高田シェフの出身でもある奄美大島の島とうがらしなどを使用。柑橘は5種類ほど絞ってピューレにし、「虎のミルク」の意味を持つ「レチェ・デ・ティーグレ」と大阪に拠点を持つレストランということで、某球団をイメージした虎柄の生地も添えて。生地にはタイのアラ汁も練り込む。

2品目は、『Floriege』と『傳』の合作、「トマト チーズ 牛 スグキ」。発酵をテーマに、和洋を融合。上は、スグキを葉で発酵させ、チーズを加えたトースト。下は、トーストに使用したチーズの皮と牛乳を合わせ、もう一度発酵させたムースを経産牛のカルパッチョに添える。トマトのテリーヌとガスパチョのような味わいのソース、沖縄のバニラをアクセントに。

3品目は、『La Maison de la Nature Goh』が手がける「黒大豆 肝 黒無花果」。三層から成るそれは、福岡の朝倉、クロダマルの黒大豆のケーキ、黒イチヂクとチャツネ、フォアグラとコーヒーを合わせた前菜ケーキ。

4品目は、『Villa aida』が手がけた「かぼちゃみりん粕漬 ほうずき 柑橘ピール 卵黄」。カボチャを丸ごとローストし、皮を剥ぎ、実のみガーゼで包み、みりんとレモンチェッロに漬け込む。『Villa aida』横の畑で育てたほおずき、オレンジピールを添え、みりんと卵黄で作ったソースとともに。

5品目は、『Ode』が手がけた「ノドグロ 菊 ターメリック」。カボチャとノドグロを挟み込み、パイで包む。ソースにはシナモン、ハッカク、バニラに、乾燥させたカボチャのタネを野菜出汁で煮出し、香りを移したところに豆乳とターメリックで合わせる。全てのパーツに菊を採用しているため、まとまりのある味わいと香りもアクセントに。

6品目は、『デンクシフロリ』、『Villa aida』、『La Maison de la Nature Goh』が手がける「和牛シンシン カブと柿のサワークリームマスタード 赤ワインソース」。お肉は、清水シェフが担当。うちももの柔らかい部位、シンシンを約8時間(!)かけて火入れ。その火入れにセオリーはなく、感覚と直感で温度を調整する。添えてあるカブと柿のミルフィーユ仕立てとミカンは、小林シェフが担当。ミカンは皮ごと焼いて丸ごと食べられるように調理。塩と砂糖に浸け、最後に表面を黒く焼き、自家製の七味唐辛子を振る。ソースは福山氏が担当。

7品目は、『傳』と『Floriege』の合作、「桜海老ご飯 ビスクがけ」。桜海老の香り豊かな炊き込みご飯は、長谷川シェフが担当。それに、川手シェフが手がけた蟹の旨味を効かせたビスクを合わせる。添えられたミントは、『デンクシフロリ』清水シェフのアイディア。「最後に何か添えたいなと思っていたのですが、さりげなく、清水シェフが“ミントがいいんじゃない”とひと言。川手シェフと自分にはなかった発想でした。色々なシェフの感性が重ね合わせることによって、想像を超えた味になっていく楽しみは、合作の醍醐味」と長谷川シェフ。

8品目のデザートは、『La Cime』、『Ode』、『La Maison de la Nature Goh』の合作。高田シェフが手がけたロールケーキには、奄美大島の砂糖や塩などの食材をふんだんに使用。それに、生井シェフが作った卵黄とコーヒーのフレーバーを効かせたコンブチャのソースと合わせる。 添えてあるアイスクリームは、福山シェフが担当。食材には、福岡の柿、秋王を使用。砂糖などは一切使用ぜず、自然の甘さのみで調理。料理にある『LA CIME』のロールケーキと『Ode』(系列店のカフェ『BGM』) のコーヒーは、各公式HPのオンラインストアでも購入可能。

合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―「合餐」が教えてくれたこと。それは、「進化」ではなく「深化」。

今回、『合餐』のテーブルを彩ったのは、花人・赤井 勝氏です。特筆すべきは、そのプレゼンテーション。供されるコース料理の8品に合わせ、8つの花材をライブパフォーマンスで生けてゆき、8品目と共に作品が完成するという演出手法です。

シェフは食材、自分は花材。材は違いますが、自然からの恵みをいただいて表現している同じ立場として、シェフの方々をとてもリスペクトしています。自分自身、この2年間を経て、もう一度、仕切り直して花と向き合っていきたいと思っています。今回の『合餐』では、喜びが新鮮でした。人との触れ合いが新鮮でした。一輪ごとに生ける度、お客様の表情も変化してゆき、それを感じることができました。一品ごとに刺激を受け、お腹を満たすように花を通して心と目を満たしたいと思っていました」と赤井氏。

そして、司会を務めたのは、「アジアのベストレストラン50」及び「世界のベストレストラン50」の日本のチェアマンや『DINING OUT』のホストを務めるコラムニスト・中村孝則氏。

「世界中においてコロナ禍を経験し、レストランの価値も変わってきていると思います。美味しい以外に大切なことは、“JOYFULL”と“SHARE”。これは、国際的に議論されるレストラン業界でも話題に出るキーワードです。ただお腹を満たすだけでなく、人と分かち合う、喜びを感じる、そんな精神的な豊かさを享受できるレストランが必要とされるのではないでしょうか」と中村氏。

これからのレストランに必要なことは、「進化」ではなく「深化」なのかもしれません。より深く食材とつながり、より深く生産者とつながり、より深く地域とつながり、より深くお客様とつながり……、結果、より深いレストランになる。

今回、参加したシェフたちは、名だたるタイトルを受賞しているも、そこに驕りはありません。トップランナーであり続けるために大切なことは、シェフ力ならぬ人間力。

そんな7人だからこそ、『合餐』を決断できたのです。

以前ならば、何が正解で何が不正解かわからない。そう感じていたと思います。しかし、長い時間を経て、ようやくその難問の答えを得たのかもしれません。

だから、今ならはっきりと言えます。

これが私たちの正解。

より「深化」するレストランへ。

今回、独自の芸術的表現を見せた花人・赤井氏。作品が完成するまでのプロセスも含めたライブパフォーマンスにゲストも興奮。長谷川シェフとは、パリ『ルーブル美術館』にて開催された『JAPAN PRESENTATION in PARIS』でも饗宴。

苔の島にひとつの生態系が形成されたかのような世界。8品ごと8花が生けられたそれは、まるで8人の集いのようにも見える。

合餐』の司会を担ったコラムニストの中村氏。今回のシェフは、自身がチェアマンを務める「アジアのベストレストラン50」及び「世界のベストレストラン」にランクインするレストランばかり。一番側で苦しみも活躍も見てきただけに、「この日は感慨深かった」と話す。

『合餐2021 ― 7Chefs in Fukuoka ―』は、ただのイベントではなく、何か一歩を踏み出すきっかけやこれまでの節目、そして、新たなスタート。全ての料理を出し終え、シェフたちが舞台に集まるも、なぜか手をつなぐ!?場面も。そんなチャーミングな仕草からも、7人の深い絆を感じる。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI

似ている味、同系統の香り、相反する要素。決まった答えがないから、ペアリングはおもしろい。[和光アネックス/東京都中央区]

千葉さんが提案するペアリングは、飲み物と飲み物の組合わせ。ミクソロジーすることによって、また違った味わいも堪能でき、2倍おいしい。

上記の品は、『富田酒造』龍宮原酒 らんかん 2016(¥3,520税込)、『川平ファーム』パッションフルーツジュース1 0 0 無糖(¥2,700税込)。

WAKO ANNEX力強い原酒を、華やかな味わいに。

2021年10月1日(金)にリニューアルした和光アネックス 地階のグルメサロンに『ONESTORY』は、そのプロデューサーとして参画しています。

「FIND OUT ABOUT NIPPON」をテーマに掲げ、日本全国から見つけ出した「おいしいニッポン」を集約。

日本酒ソムリエ・『GEM by moto』店主・第14 代酒サムライの千葉麻里絵さんや調布市『Maruta』のドリンクディレクターを務める外山博之氏らともコラボレーションし、これまでに類を見ない「食べ合せ」のプレゼンテーションも提案しています。

今回、千葉さんが提案するのは、ドリンクとドリンクの合わせ。『富田酒造』龍宮原酒 らんかん 2016と『川平ファーム』パッションフルーツジュース1 0 0 無糖です。

「ドリンクにドリンクを合わせる。意外性のある組合せですが、これもペアリングの楽しさのひとつ。熟成することによりねっとりと口に広がる黒糖の甘みと、パッションフルーツの酸味と華やかな味わいが抜群の相性。両方をロックにして交互に味わうのがおすすめ。ただし焼酎の原酒は強いので、氷を溶かしながら少しずつ味わうなど、好みに合わせて楽しんでください。さらにひと捻りするなら、焼酎、炭酸、ジュースを2:7:1で割ってもおいしく味わえます」と千葉さん。

そのまま合わせるも良し、ミックスさせるも良し。1+1の先にある答えは、楽しみ方次第で無限に広がるのです。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及び和光オンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、外山博之氏と千葉麻里絵さんがセレクトするペアリングをご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

石垣島でパッションフルーツを始め、トロピカルフルーツの加工品製造をしている『川平ファーム』パッションフルーツジュース1 0 0 無糖。自然の甘さは、果物を直接飲んでいるかのよう。南国らしい香りも口福を増す。

『富田酒造』龍宮原酒 らんかん 2016。奄美大島でも珍しい1次・2次とも甕仕込みによるこだわりの伝統製法によって醸された龍宮原酒を熟成させた黒糖焼酎。国産米を用いることで味わいにふくらみが増し、黒麹で仕込むことにより、甕仕込み特有のしっかりとした味にキレを加える。

WAKO ANNEX重ねて広がる香りの相乗効果。

続いて、外山氏が勧めるペアリングは、香りの合わせ。

『COPECO かたすみ』ブラッドオレンジのフルーツティー 3種セットと『道の駅 よって西土佐』四万十川天然鮎のコンフィです。

「砂糖や香料を使用せず、すっきりと仕上げたブラッドオレンジのフルーツティー。その爽やかな香りに、天然鮎の清流を思わせる青い香りや、ローズマリーをはじめとしたハーブの香りが優しく寄り添います。香りを起点にするペアリングでは、このように同系統の要素で、相乗効果を狙うのが王道。単体で楽しむ以上の香りの広がりをお楽しみください。さらにコンフィの旨みや塩味に対して、お茶の持つ天然素材の酸味が広がり、さっぱりとした後味を演出します」と外山氏。

果物の香り、お茶の香り、鮎の香り……。舌だけでなく、香りのペアリングは、外山氏ならではの提案。ぜひ、お試しあれ。

鮎とお茶。意外な組み合わせ提案は、さすが外山氏。コンフィの旨味とお茶の酸味が見事に結実する。

使用した品は、『COPECO かたすみ』ブラッドオレンジのフルーツティー 3種セット(¥1,080税込)、『道の駅 よって西土佐』四万十川天然鮎のコンフィ(¥2,646税込)。

オーブンで加熱することによって、より豊かな香りが広がる。添えられたハーブの香りもひらく。

ティーバッグをくぐらせると瞬時に色と香りが広がる。鮎のオイリーな味わいにお茶がバランス良く寄り添う。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及び和光オンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、外山博之氏と千葉麻里絵さんがセレクトするペアリングをご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

岩手県出身。保険会社のSEから日本酒に魅了されたことで飲食業界に転身。新宿の『日本酒スタンド酛(もと)』に入社後、利酒師の資格を取得。日本全国の酒蔵を訪ね、酒類総合研究所の研修などにも参加し、2015年に『GEM by moto』をオープン。化学的知見から一人ひとりに合わせた日本酒を提供する。口内調味やペアリングというキーワードで新しい日本酒体験を作り、日本のみならず海外のファンを魅了し続けるかたわら、様々なジャンルの料理人や専門家ともコラボレーションし、新しい日本酒のスタイルを日々模索する。2019年には日本酒や日本の食文化を世界に発信する「第14代酒サムライ」に叙任。。主な作品は、『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)など。出演作は、映画『カンパイ!日本酒に恋した女たち』(配給:シンカ)。https://www.marie-lab.com/

埼玉県出身。バーテンダーとしてレストランやホテルなどに勤務した後、ソムリエへ転向。以降、様々なレストランで経験を積み、2012年より代々木上原『Gris』(現『sio』」)」のマネージャーに就任。2018年より調布『Maruta』のドリンクを監修、2019年より京都『LURRA゜』のドリンクディレクションなど、ペアリングを行いながら活躍の場を広げている。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8  MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp

Photographs:SHINJO ARAI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(Supprtted by WAKO)

3品の合わせ技。発見、驚き、楽しさ。ペアリングとは未知なる体験。[和光アネックス/東京都中央区]

千葉麻里絵さんがお勧めするペアリングは、20年以上熟成された古酒にチーズとドライフルーツを組み合わせたおつまみ。チーズは軽く焼くことによって更に味わいをプラス。

上記に使用した品は、左より『手取川』純米大吟醸 古酒 梅舞花 -1996-(¥4,400税込)、『Fattoria Bio Hokkaido』イタリア職人がつくる カチョカヴァロ(¥3,024税込)、『Ami Nature』宝玉ピオーネのドライフルーツ(¥756税込)。

WAKO ANNEX古酒特有の熟成感と余韻を増幅。

2021年10月1日(金)にリニューアルした和光アネックス 地階のグルメサロンに『ONESTORY』は、そのプロデューサーとして参画しています。

「FIND OUT ABOUT NIPPON」をテーマに掲げ、日本全国から見つけ出した「おいしいニッポン」を集約。

日本酒ソムリエ・『GEM by moto』店主・第14 代酒サムライの千葉麻里絵さんや調布市『Maruta』のドリンクディレクターを務める外山博之氏らともコラボレーションし、これまでに類を見ない「食べ合せ」のプレゼンテーションも提案しています。

今回の面白さは、組み合わせの妙だけではありません。1+1のペアリングに加え、更に+1した3つのペアリング。

まず、千葉さんが提案するのは、『手取川』純米大吟醸 古酒 梅舞花 -1996-と『Fattoria Bio Hokkaido』イタリア職人がつくる カチョカヴァロ、『Ami Nature』宝玉ピオーネのドライフルーツです。

「このお酒は20年以上の時間をかけてじっくりと熟成させた古酒。その熟成感とドライフルーツの濃厚な風味、そして古酒の長く続く余韻とチーズの香り、それぞれのトーンを組み合わせました。カチョカヴァロチーズをフライパンで香ばしく焼き、その上にドライフルーツのピオーネを細かく刻んで振りかけてお酒と合わせてみてください」と千葉さん。

それぞれの個性が一体となった味わいと、長く続く香りの余韻が楽しめます。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及び和光オンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、外山博之氏と千葉麻里絵さんがセレクトするペアリングをご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

外山氏がお勧めするひとつ目のペアリングは、もはや料理! 味わい豊かなのり佃煮と大山こむぎを使用した香り豊かなタリアテッレを和え、濃厚なトマトジュースとともにいただく。

上記に使用した品は、左より『LaLaLa Farm』フルーツトマトジュース(¥3,240税込)、『大山こむぎプロジェクト』鳥取県産 大山こむぎ 大山パスタ タリアテッレ(¥378税込)、『三福海苔』佐賀有明 香味のり佃煮 65g(¥810税込)。

WAKO ANNEX山と磯の香り、その意外なる親和。洋梨×乳製品でチーズケーキのコク。

続いて、外山氏が勧めるペアリングは2種。こちらにおいても、3種の組み合わせになります。

まずは、『LaLaLa Farm』フルーツトマトジュースと『大山こむぎプロジェクト』鳥取県産 大山こむぎ 大山パスタ(タリアテッレ)、『三福海苔』佐賀有明 香味のり佃煮です。

「北海道ニセコ町『LaLaLa Farm』のトマトジュースは、完熟有機トマトを使ったフレッシュな香りが特徴。その青い緑の香り、いわば土の香りの成分に、あえて磯の香りを合わせてみました。香りの成分は似た系統のものだけではなく、一見、相反する系統のもの同士を合わせても、意外な魅力が引き出されることがあるもの。この組合せも、海苔の香りがトマトの香りと調和し、それぞれの旨みがいっそう引き出されます」と外山氏。

ふたつ目の食べ合わせは、『Le Verger ヤマヨ果樹園』ル レクチエジュースと『NORTH FARM STOCK』北海道クラッカー(プレーン)、『オオヤブデイリーファーム』ヨーグルトディップ プラスワンです。

「新潟県特産の最高級洋梨・ル レクチエをそのまま搾ったストレートジュース。まず着目したのはふわりと広がるその豊かな香りです。洋梨のフレッシュな香りと乳製品の発酵由来の香りが繋がり、口の中で調和します。味の面でも洋梨の甘みにヨーグルトディップの適度な塩気が加わり、まるでチーズケーキのような味わいに変化。北海道産小麦が香るクラッカーと合わせ、よりカジュアルに楽しむのもおすすめします」と外山氏。

食べ物と飲み物でもなければ、1+1でもない。食べ物と食べ物、はたまた料理にも近い合わせ。様々な視点から組み合わせ、食べあわせることによって、ペアリングの口福は倍増するのです。

外山氏がお勧めするふたつ目のペアリングは、ホームパーティにも最適。濃厚なヨーグルトをクラッカーに乗せた味は、まるでチーズケーキのよう。フレッシュなル レクチェのストレートジュースとともに。

上記に使用した品は、左よりLe Verger ヤマヨ果樹園』ル レクチエジュース 500ml (¥2,484税込)、『NORTH FARM STOCK』北海道クラッカー プレーン(¥405)、『オオヤブデイリーファーム』ヨーグルトディップ プラスワン(¥1,080税込)。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及び和光オンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、外山博之氏と千葉麻里絵さんがセレクトするペアリングをご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

岩手県出身。保険会社のSEから日本酒に魅了されたことで飲食業界に転身。新宿の『日本酒スタンド酛(もと)』に入社後、利酒師の資格を取得。日本全国の酒蔵を訪ね、酒類総合研究所の研修などにも参加し、2015年に『GEM by moto』をオープン。化学的知見から一人ひとりに合わせた日本酒を提供する。口内調味やペアリングというキーワードで新しい日本酒体験を作り、日本のみならず海外のファンを魅了し続けるかたわら、様々なジャンルの料理人や専門家ともコラボレーションし、新しい日本酒のスタイルを日々模索する。2019年には日本酒や日本の食文化を世界に発信する「第14代酒サムライ」に叙任。。主な作品は、『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)など。出演作は、映画『カンパイ!日本酒に恋した女たち』(配給:シンカ)。https://www.marie-lab.com/

埼玉県出身。バーテンダーとしてレストランやホテルなどに勤務した後、ソムリエへ転向。以降、様々なレストランで経験を積み、2012年より代々木上原『Gris』(現『sio』」)」のマネージャーに就任。2018年より調布『Maruta』のドリンクを監修、2019年より京都『LURRA゜』のドリンクディレクションなど、ペアリングを行いながら活躍の場を広げている。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8  MAP
TEL:03-5250-3101
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Photographs:SHINJO ARAI
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(Supprtted by WAKO)

奈良井宿のリアルな一瞬を切り取り、伝える。「季節感」という言葉に込められた料理人の思い。[BYAKU-Narai-/長野県塩尻市]

BYAKU -Narai-全体のコンセプトは、「リアルな季節感」を伝えること。

奈良井宿の老舗酒蔵『杉の森酒造』を再生して生まれた宿泊施設『BYAKU -Narai-』。その同じ屋根の下に、レストラン『嵓 kura』はあります。塩尻市でレストラン『ラ・メゾン・グルマンディーズ』を営んでいた友森隆司氏をシェフに迎え、『傅』の長谷川在佑氏が監修を担う店。今回はその料理の内容を紐解いてみます。

「リアルな季節感を伝える料理」。

『嵓 kura』の料理長・友森隆司氏に料理のコンセプトを聞くと、即答でそんな答えが返ってきました。

ただの「季節感」ではなく、「リアルな季節感」。それは山の斜面に見える植物であり、風に混じる香りであり、田舎の食卓に上る漬物のこと。秋だからキノコを食べるのではなく、キノコが出てきたから秋を感じるような、自然中心の考え方のこと。

友森氏はこのコンセプトを軸に、料理監修を担う長谷川在佑氏と協議を重ねます。そして導き出した結論。それは奈良井宿の伝統を踏まえつつ、極力シンプルな調理にすること。そしてそのシンプルさのために食材は徹底的に吟味すること。

食材にこだわる。ある意味ありふれた言葉ですが、友森氏の行動は想像の上を行きます。何しろ毎日5時間、車に乗って山を一周回るのですから。それもただ生産者の元で食材を集めて回るだけではありません。ある時は山に踏み込み野草を集め、ある時は畑で直接収穫を手伝い、ある時は長靴に履き替えて水をかき分ける。「厨房よりも野山にいる時間が長いかもしれません」と笑う友森氏ですが、これこそが友森氏。生産者と話す時間も、季節の変化を肌で感じる時間も、すべて『嵓 kura』の料理に生き生きと表現されているのです。

『嵓 kura』のメインホールは、かつて『杉の森酒造』だったころ、蔵として使われていた場所。

『嵓 kura』の対面式カウンター。眼前の窓から緑を望む心地よい席。手前の遺構が当時の面影を残す。

BYAKU -Narai-

素朴で力強く、素材感が際立つ。奈良井らしさが宿る8品。

「夏は植物が上に向かって伸び、繁り、実る季節。秋はその方向が逆になり、地中に向かって伸びるイメージ。だからキノコや根菜のように土を感じる素朴さ、力強さが中心になってきます」。

友森氏はそう言いました。

では、全8品の料理を見ていきたいと思います。

一品目「清香」は、信州の伝統野菜・松本一本葱と出汁だけで仕上げたすり流し。出始めである秋のネギの、甘みよりも爽やかな青みのある味わいを上品な出汁でまとめます。「まずは土に潜って行くネギで、物語の始まりを連想させる」という友森氏の狙いです。

続く一品は「暮らし」と名付けられた信州名物のおやきです。その名前は、おやきが長野において、生活の一部というほど一般的だから。その定番の料理に驚きをもたせるため、餡にアカヤマドリというキノコと信州ぎたろう軍鶏のミンチを使用しました。

「ポルチーニのような風味のあるアカヤマドリは洋食ではお宝のような存在。こうしたメニューが生まれるのも、和食の長谷川さんと洋食出身の私が一緒にやるおもしろさです」。

友森氏はそう話しました。

お造りはシナノユキマス。通年手に入る川魚に季節感を出すため、山で採った天然山クルミと柿を使用しました。川魚という定点に、季節の素材で味わいを添える。これもまたシェフの言う「リアルな季節感」のひとつです。

海のない長野県において、鯉は何よりも貴重なタンパク源でした。しかし、交通が発達し、遠方の食材が簡単に手に入るようになると、次第にその文化も失われていきました。今ではお祝いや産前産後の妊婦さんが栄養を摂るために食べる風習が残っている程度。その文化をなくさぬために、魚料理には鯉が登場します。

「地元に人に“え、これが鯉!?”と言わせたい」。友森氏はそう不敵に笑います。

地元で鯉が敬遠されがちな理由は、泥臭さと小骨の多さ。ここに料理人の技が光ります。身は1週間、ペーパーに水分を吸わせながら寝かせることで、水分とともに泥臭さも抜け、透明感ある味わいに変化。さらに小骨は鱧のように骨切りして食べやすくします。これを根菜と合わせて揚げ出しに。友森氏と長谷川氏はこの料理をあえて「伝承」と名付けました。

コースは中盤です。

「里山」と名付けた料理は、その名の通り、友森氏がその日に目にした里山の景色を皿の上で表現したサラダ。長谷川氏の店である『傅』の名物「傅サラダ」をベースに、それぞれの食材に最適な調理を施した上で盛り合わせます。無論、内容は日替わり。この日はホオズキやマイクロキュウリなど、15種の食材が盛り込まれました。

肉料理は友森氏が「秋口がおいしくなってくる」という鴨。松本で育てられるフランス原産のバルバリー鴨を治部煮に仕立てました。全身に血が回るように締めるエトフェという手法がとられる希少なフランス鴨。長野県の懐の深さを改めて感じさせる一品です。

食事は、長谷川氏が得意とする土鍋ごはん。7〜8種類のキノコをソテーし、出汁で炊いたご飯に混ぜて提供する秋らしい料理です。米、水、キノコ、すべてが地元産のため「水脈がつながっているため、味の調和が取りやすい。これは成分だけでは測れない部分」と友森氏。その繊細な感覚に訴える美味こそが、当地で食事を味わう醍醐味なのでしょう。

デザートは洋梨のパイ包み焼き。実は奈良井宿のある塩尻市は10種以上の品種が栽培される洋梨の名産地。季節の移ろいとともに使用する品種を使い分け、秋口の清涼感から晩秋、初冬の濃厚さまで季節の移ろいを感じてもらえるデザートです。

「レストランでは食後に帰宅しますが、ここは宿ですから食べたら部屋に戻るだけ。ボリュームや食後感も含め、やり尽くすことができます」友森氏はコース全体の流れをそう語りました。主食材が際立つ8品の料理それぞれはもちろん、コース全体を俯瞰することで、シェフが伝えたかった物語、この奈良井宿という場所の魅力が浮かび上がります。

ネギのすり流し「清香」と松本一本葱。辛味を抑えつつ、この時期のネギ本来の爽やかな風味を引き出した。

おやき「暮らし」と信州ぎたろう軍鶏、キノコのスープ。軍鶏とキノコをこの地の味噌が結びつける。

お造り「水明」とシナノユキマス。新鮮なシナノユキマスの透明感ある身を、クルミダレと柿のガリという2種の味付けで。

地元の鯉食文化の継承を目指す「伝承」と骨切りした鯉。この時期、味わいを増す里芋やカボチャとともに揚出しに。

野菜やハーブのサラダ「里山」と野菜たち。近隣農家の野菜やハーブを、それぞれに適した味付け、下処理をした上で盛り付けた。

鴨の治部煮「嵓シシ」とバルバリー鴨。旨みが濃縮されたフランス鴨を蕪の出汁や松本一本葱とともに炊いた一品。

土鍋ごはん「饗」とキノコ。水、キノコ、米をすべて地元産で揃えることで、バランスの取れたおいしさを実現。

「Mizu-Gashi」と洋梨。黒文字のシロップでコンポートした洋梨をパイ包みに。パイを使いつつ、洋梨の瑞々しさを残す。

BYAKU -Narai-

シンプルな料理を支えるのは、真摯な生産者の手による食材たち。

友森氏が食材の解説をしてくれる時、必ずそこに「誰々さんの」という冠が付けられていました。そしてまるで友人を自慢するかのように、その人のエピソードも教えてくれるのです。

「松本の笹井酒造の蔵人さんだった人が、突然鴨を育て始めたんです」。

「この一本葱はつむぐ農園のもの。まるで子どもを育てるように、丁寧に育てる方です」といった具合。

なぜこれほどまで、友森氏が地域に溶け込んでいるのでしょう。そのヒントは、視察に訪れた塩尻の自然栽培農園『with earth』で見えてきました。

1000年持続できるライフスタイルを目指し、東京から家族で移住して自然栽培に挑む『with earth』の大塚直剛氏は話します。

「たとえば米。人間の手で植えた米ですが、彼ら自身が生きようとします。その力に雑草たちがOKを出し、米は自然に育っていく。人ができるのは、その環境を整えること」。大塚氏の言葉は時に哲学的で、素人の理解が及ばない範囲にまで及びます。何とか理解しようとする取材陣を横目に、友森氏は言います。

「僕は知識がないから、どうすれば米や野菜がおいしくなるかわかりません。わからないから、飛び込んでいくしかない」。

例えば、大塚氏が「泥の柔らかさは赤ちゃんの肌が理想」と言えば、真っ先に靴を脱いで田んぼに入るのが友森氏。何度も足を運び、顔を合わせ、純粋な疑問を真っ直ぐにぶつける。そうすることで料理人と生産者という垣根がなくなり、いわばひとつのチームとして、良いものを生む好循環ができあがるのです。

友森氏が「相手が長谷川さんだから(シェフ就任の話を)受けたんです」という長谷川氏も同様。東京に店を構えつつ、時間が許す限り生産者の元をめぐる長谷川氏。実際に自分が会って、生産者と互いに納得するまで話すのが長谷川氏のスタイル。地域を大切にする気持ちが根底にあるからこそ、長谷川氏の表現する郷土料理は、単なる上辺の踏襲ではなく、地元の人さえ揺り動かす重厚感があるのでしょう。

シナノユキマスの養殖場『田川浦養魚場』のオーナー・百瀬陽一氏との関係値も同様。湧水を直接引いて、常に流れの中で魚を育てるこの養魚場。流れがあるから薬も使えず、自然に任せる養殖法は「運任せの部分もある」と百瀬氏。出荷まで3〜5年かかり通常の3〜5倍の餌を与えて育てるこの希少なシナノユキマスの養殖場を、友森氏は毎日訪れます。

「シナノユキマスは、この地域の宝物。ただ1日で鮮度が落ちてしまうから、使う分だけ毎日仕入れるしかない」と友森氏。それを横で聞いた百瀬氏は「毎日来る人なんて他にいないけどな」と笑います。そんな言葉にも、商売を超えた信頼関係が垣間見えました。

友森氏は、作った料理は生産者に食べていただくようにしているといいます。それは生産者の方々に、自身のやり方と食材に対して自信と誇りを持ってもらうため。

「あなたの食材にはこういう価値があります、ということをしっかりと伝えたい。そのためには僕自身がある程度の地位にいることが必要」。友森氏はそう語ります。

『with earth』を訪れた友森氏と長谷川氏。大塚氏の理念や情熱に真剣に耳を傾ける。

深い山々が連なる塩尻市。この山を駆け巡るのが友森氏の日課。

大塚氏の米作りは、自然本来の力を引き出す自然農法。都心からの移住者である大塚氏は試行錯誤しながら挑む。

雪解け水が地中で濾過された湧水は地域の財産。米も野菜も魚も肉も、この水によって支えられている。

撮影時は7月、眩しいほどの緑に囲まれていた塩尻も現在は稲穂の黄金色。訪れる度に景色が変わるのも、この地の魅力のひとつ。

湧水が流れ続ける『田川浦養魚場』の養殖池。水温は年間通して13〜15℃という冷たさ。

各地で養殖が試されたシナノユキマスだが、成功したのは一部。完全民間で営まれるのは、この『田川浦養魚場』のみ。

百瀬氏の話を聞く友森氏と長谷川氏。話はシナノユキマスの身質のみならず、餌や飼育方法にまで及んだ。

先代が亡くなり、一度はやめようと思ったという百瀬氏だが全国から要望が届き継続を決意。「水が出る限りやるしかない」と笑った。

BYAKU -Narai-

日々、刻々と移り変わる今を切り取り、食という体験に落とし込む。

「例えば、同じ10月でも、初旬のキノコと下旬のキノコは別物です。そして来年、同じ時期なら同じものがあるかといえば、それも違う。リアルな季節感とは、瞬間的なものです。だからその瞬間を、ストレートに体験していただきたい」。友森氏は言いました。自身の店の合間をぬって繰り返しこの地に足を運ぶ長谷川氏もその気持ちは同じ。食とは体験である。友森氏と長谷川氏がつくり上げた秋のコースからは、そんな思いを強く感じます。

夏、上に向かって伸びる力が秋になると地中に向かう。友森氏が言っていた秋の食材の特徴。さらに冬になると熟成し、滋味深い味わいが加わってくるのだとか。野山をフィールドにする友森氏の実感がこもった言葉に、改めてこの地の自然の美しさが感じられます。

『杉の森酒造』の跡地に生まれた『嵓 kura』では、やがてこの地の水で仕込んだ日本酒も生まれます。その酒樽を横目に見つつ、奈良井の「リアルな季節感」が込められた料理を楽しむ。それは訪れる人の心に長く残り続ける、体験となることでしょう。

フレンチと和食、地元と東京。異なる部分も多いが、地域に対する思いは同じという友森氏と長谷川氏。「ふたりだからこそできることがある」と友森氏。

住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-0001
受付時間 : 10:00〜17:00
https://byaku.site

Photographs:SHINJO ARAI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

奈良井宿のリアルな一瞬を切り取り、伝える。「季節感」という言葉に込められた料理人の思い。[BYAKU-Narai-/長野県塩尻市]

BYAKU -Narai-全体のコンセプトは、「リアルな季節感」を伝えること。

奈良井宿の老舗酒蔵『杉の森酒造』を再生して生まれた宿泊施設『BYAKU -Narai-』。その同じ屋根の下に、レストラン『嵓 kura』はあります。塩尻市でレストラン『ラ・メゾン・グルマンディーズ』を営んでいた友森隆司氏をシェフに迎え、『傅』の長谷川在佑氏が監修を担う店。今回はその料理の内容を紐解いてみます。

「リアルな季節感を伝える料理」。

『嵓 kura』の料理長・友森隆司氏に料理のコンセプトを聞くと、即答でそんな答えが返ってきました。

ただの「季節感」ではなく、「リアルな季節感」。それは山の斜面に見える植物であり、風に混じる香りであり、田舎の食卓に上る漬物のこと。秋だからキノコを食べるのではなく、キノコが出てきたから秋を感じるような、自然中心の考え方のこと。

友森氏はこのコンセプトを軸に、料理監修を担う長谷川在佑氏と協議を重ねます。そして導き出した結論。それは奈良井宿の伝統を踏まえつつ、極力シンプルな調理にすること。そしてそのシンプルさのために食材は徹底的に吟味すること。

食材にこだわる。ある意味ありふれた言葉ですが、友森氏の行動は想像の上を行きます。何しろ毎日5時間、車に乗って山を一周回るのですから。それもただ生産者の元で食材を集めて回るだけではありません。ある時は山に踏み込み野草を集め、ある時は畑で直接収穫を手伝い、ある時は長靴に履き替えて水をかき分ける。「厨房よりも野山にいる時間が長いかもしれません」と笑う友森氏ですが、これこそが友森氏。生産者と話す時間も、季節の変化を肌で感じる時間も、すべて『嵓 kura』の料理に生き生きと表現されているのです。

『嵓 kura』のメインホールは、かつて『杉の森酒造』だったころ、蔵として使われていた場所。

『嵓 kura』の対面式カウンター。眼前の窓から緑を望む心地よい席。手前の遺構が当時の面影を残す。

BYAKU -Narai-

素朴で力強く、素材感が際立つ。奈良井らしさが宿る8品。

「夏は植物が上に向かって伸び、繁り、実る季節。秋はその方向が逆になり、地中に向かって伸びるイメージ。だからキノコや根菜のように土を感じる素朴さ、力強さが中心になってきます」。

友森氏はそう言いました。

では、全8品の料理を見ていきたいと思います。

一品目「清香」は、信州の伝統野菜・松本一本葱と出汁だけで仕上げたすり流し。出始めである秋のネギの、甘みよりも爽やかな青みのある味わいを上品な出汁でまとめます。「まずは土に潜って行くネギで、物語の始まりを連想させる」という友森氏の狙いです。

続く一品は「暮らし」と名付けられた信州名物のおやきです。その名前は、おやきが長野において、生活の一部というほど一般的だから。その定番の料理に驚きをもたせるため、餡にアカヤマドリというキノコと信州ぎたろう軍鶏のミンチを使用しました。

「ポルチーニのような風味のあるアカヤマドリは洋食ではお宝のような存在。こうしたメニューが生まれるのも、和食の長谷川さんと洋食出身の私が一緒にやるおもしろさです」。

友森氏はそう話しました。

お造りはシナノユキマス。通年手に入る川魚に季節感を出すため、山で採った天然山クルミと柿を使用しました。川魚という定点に、季節の素材で味わいを添える。これもまたシェフの言う「リアルな季節感」のひとつです。

海のない長野県において、鯉は何よりも貴重なタンパク源でした。しかし、交通が発達し、遠方の食材が簡単に手に入るようになると、次第にその文化も失われていきました。今ではお祝いや産前産後の妊婦さんが栄養を摂るために食べる風習が残っている程度。その文化をなくさぬために、魚料理には鯉が登場します。

「地元に人に“え、これが鯉!?”と言わせたい」。友森氏はそう不敵に笑います。

地元で鯉が敬遠されがちな理由は、泥臭さと小骨の多さ。ここに料理人の技が光ります。身は1週間、ペーパーに水分を吸わせながら寝かせることで、水分とともに泥臭さも抜け、透明感ある味わいに変化。さらに小骨は鱧のように骨切りして食べやすくします。これを根菜と合わせて揚げ出しに。友森氏と長谷川氏はこの料理をあえて「伝承」と名付けました。

コースは中盤です。

「里山」と名付けた料理は、その名の通り、友森氏がその日に目にした里山の景色を皿の上で表現したサラダ。長谷川氏の店である『傅』の名物「傅サラダ」をベースに、それぞれの食材に最適な調理を施した上で盛り合わせます。無論、内容は日替わり。この日はホオズキやマイクロキュウリなど、15種の食材が盛り込まれました。

肉料理は友森氏が「秋口がおいしくなってくる」という鴨。松本で育てられるフランス原産のバルバリー鴨を治部煮に仕立てました。全身に血が回るように締めるエトフェという手法がとられる希少なフランス鴨。長野県の懐の深さを改めて感じさせる一品です。

食事は、長谷川氏が得意とする土鍋ごはん。7〜8種類のキノコをソテーし、出汁で炊いたご飯に混ぜて提供する秋らしい料理です。米、水、キノコ、すべてが地元産のため「水脈がつながっているため、味の調和が取りやすい。これは成分だけでは測れない部分」と友森氏。その繊細な感覚に訴える美味こそが、当地で食事を味わう醍醐味なのでしょう。

デザートは洋梨のパイ包み焼き。実は奈良井宿のある塩尻市は10種以上の品種が栽培される洋梨の名産地。季節の移ろいとともに使用する品種を使い分け、秋口の清涼感から晩秋、初冬の濃厚さまで季節の移ろいを感じてもらえるデザートです。

「レストランでは食後に帰宅しますが、ここは宿ですから食べたら部屋に戻るだけ。ボリュームや食後感も含め、やり尽くすことができます」友森氏はコース全体の流れをそう語りました。主食材が際立つ8品の料理それぞれはもちろん、コース全体を俯瞰することで、シェフが伝えたかった物語、この奈良井宿という場所の魅力が浮かび上がります。

ネギのすり流し「清香」と松本一本葱。辛味を抑えつつ、この時期のネギ本来の爽やかな風味を引き出した。

おやき「暮らし」と信州ぎたろう軍鶏、キノコのスープ。軍鶏とキノコをこの地の味噌が結びつける。

お造り「水明」とシナノユキマス。新鮮なシナノユキマスの透明感ある身を、クルミダレと柿のガリという2種の味付けで。

地元の鯉食文化の継承を目指す「伝承」と骨切りした鯉。この時期、味わいを増す里芋やカボチャとともに揚出しに。

野菜やハーブのサラダ「里山」と野菜たち。近隣農家の野菜やハーブを、それぞれに適した味付け、下処理をした上で盛り付けた。

鴨の治部煮「嵓シシ」とバルバリー鴨。旨みが濃縮されたフランス鴨を蕪の出汁や松本一本葱とともに炊いた一品。

土鍋ごはん「饗」とキノコ。水、キノコ、米をすべて地元産で揃えることで、バランスの取れたおいしさを実現。

「Mizu-Gashi」と洋梨。黒文字のシロップでコンポートした洋梨をパイ包みに。パイを使いつつ、洋梨の瑞々しさを残す。

BYAKU -Narai-

シンプルな料理を支えるのは、真摯な生産者の手による食材たち。

友森氏が食材の解説をしてくれる時、必ずそこに「誰々さんの」という冠が付けられていました。そしてまるで友人を自慢するかのように、その人のエピソードも教えてくれるのです。

「松本の笹井酒造の蔵人さんだった人が、突然鴨を育て始めたんです」。

「この一本葱はつむぐ農園のもの。まるで子どもを育てるように、丁寧に育てる方です」といった具合。

なぜこれほどまで、友森氏が地域に溶け込んでいるのでしょう。そのヒントは、視察に訪れた塩尻の自然栽培農園『with earth』で見えてきました。

1000年持続できるライフスタイルを目指し、東京から家族で移住して自然栽培に挑む『with earth』の大塚直剛氏は話します。

「たとえば米。人間の手で植えた米ですが、彼ら自身が生きようとします。その力に雑草たちがOKを出し、米は自然に育っていく。人ができるのは、その環境を整えること」。大塚氏の言葉は時に哲学的で、素人の理解が及ばない範囲にまで及びます。何とか理解しようとする取材陣を横目に、友森氏は言います。

「僕は知識がないから、どうすれば米や野菜がおいしくなるかわかりません。わからないから、飛び込んでいくしかない」。

例えば、大塚氏が「泥の柔らかさは赤ちゃんの肌が理想」と言えば、真っ先に靴を脱いで田んぼに入るのが友森氏。何度も足を運び、顔を合わせ、純粋な疑問を真っ直ぐにぶつける。そうすることで料理人と生産者という垣根がなくなり、いわばひとつのチームとして、良いものを生む好循環ができあがるのです。

友森氏が「相手が長谷川さんだから(シェフ就任の話を)受けたんです」という長谷川氏も同様。東京に店を構えつつ、時間が許す限り生産者の元をめぐる長谷川氏。実際に自分が会って、生産者と互いに納得するまで話すのが長谷川氏のスタイル。地域を大切にする気持ちが根底にあるからこそ、長谷川氏の表現する郷土料理は、単なる上辺の踏襲ではなく、地元の人さえ揺り動かす重厚感があるのでしょう。

シナノユキマスの養殖場『田川浦養魚場』のオーナー・百瀬陽一氏との関係値も同様。湧水を直接引いて、常に流れの中で魚を育てるこの養魚場。流れがあるから薬も使えず、自然に任せる養殖法は「運任せの部分もある」と百瀬氏。出荷まで3〜5年かかり通常の3〜5倍の餌を与えて育てるこの希少なシナノユキマスの養殖場を、友森氏は毎日訪れます。

「シナノユキマスは、この地域の宝物。ただ1日で鮮度が落ちてしまうから、使う分だけ毎日仕入れるしかない」と友森氏。それを横で聞いた百瀬氏は「毎日来る人なんて他にいないけどな」と笑います。そんな言葉にも、商売を超えた信頼関係が垣間見えました。

友森氏は、作った料理は生産者に食べていただくようにしているといいます。それは生産者の方々に、自身のやり方と食材に対して自信と誇りを持ってもらうため。

「あなたの食材にはこういう価値があります、ということをしっかりと伝えたい。そのためには僕自身がある程度の地位にいることが必要」。友森氏はそう語ります。

『with earth』を訪れた友森氏と長谷川氏。大塚氏の理念や情熱に真剣に耳を傾ける。

深い山々が連なる塩尻市。この山を駆け巡るのが友森氏の日課。

大塚氏の米作りは、自然本来の力を引き出す自然農法。都心からの移住者である大塚氏は試行錯誤しながら挑む。

雪解け水が地中で濾過された湧水は地域の財産。米も野菜も魚も肉も、この水によって支えられている。

撮影時は7月、眩しいほどの緑に囲まれていた塩尻も現在は稲穂の黄金色。訪れる度に景色が変わるのも、この地の魅力のひとつ。

湧水が流れ続ける『田川浦養魚場』の養殖池。水温は年間通して13〜15℃という冷たさ。

各地で養殖が試されたシナノユキマスだが、成功したのは一部。完全民間で営まれるのは、この『田川浦養魚場』のみ。

百瀬氏の話を聞く友森氏と長谷川氏。話はシナノユキマスの身質のみならず、餌や飼育方法にまで及んだ。

先代が亡くなり、一度はやめようと思ったという百瀬氏だが全国から要望が届き継続を決意。「水が出る限りやるしかない」と笑った。

BYAKU -Narai-

日々、刻々と移り変わる今を切り取り、食という体験に落とし込む。

「例えば、同じ10月でも、初旬のキノコと下旬のキノコは別物です。そして来年、同じ時期なら同じものがあるかといえば、それも違う。リアルな季節感とは、瞬間的なものです。だからその瞬間を、ストレートに体験していただきたい」。友森氏は言いました。自身の店の合間をぬって繰り返しこの地に足を運ぶ長谷川氏もその気持ちは同じ。食とは体験である。友森氏と長谷川氏がつくり上げた秋のコースからは、そんな思いを強く感じます。

夏、上に向かって伸びる力が秋になると地中に向かう。友森氏が言っていた秋の食材の特徴。さらに冬になると熟成し、滋味深い味わいが加わってくるのだとか。野山をフィールドにする友森氏の実感がこもった言葉に、改めてこの地の自然の美しさが感じられます。

『杉の森酒造』の跡地に生まれた『嵓 kura』では、やがてこの地の水で仕込んだ日本酒も生まれます。その酒樽を横目に見つつ、奈良井の「リアルな季節感」が込められた料理を楽しむ。それは訪れる人の心に長く残り続ける、体験となることでしょう。

フレンチと和食、地元と東京。異なる部分も多いが、地域に対する思いは同じという友森氏と長谷川氏。「ふたりだからこそできることがある」と友森氏。

住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-0001
受付時間 : 10:00〜17:00
https://byaku.site

Photographs:SHINJO ARAI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

コロナ禍でも攻め続け、木下威征であり続ける。そこに待ち受ける未来とは!?[Grand Bleu Gamin/沖縄県宮古島市]

グランブルーギャマンいつか宮古島へ。スタッフと交わした7年来の約束を実現。

実は宮古島に『Grand Bleu Gamin』というオーベルジュを出すに至ったのにはひとつのエピソードがあります。

あるとき、仕事で宮古島を訪れた木下氏は、帰京すると、宮古島の素晴らしさをスタッフに伝えます。
「こんなきれいなところあるんですか?」「いつか行ってみたいっすね」
写真を見せながら、宮古島の魅力を伝えると、当然スタッフは興奮しました。
しかし、その一方で「自分たちの給料じゃ全然いけないな~」との声もあがったそうです。
それに対し木下氏は、「じゃあ、今年の目標は宮古島に行くことにしよう。売上を上げてみんなで社員旅行で行こう!」と約束したといいます。
その場ではスタッフも喜ぶものの、みんなどこか半信半疑であったのも事実でした。

ただ、それを木下氏は話半分にすることはしませんでした。
「絶対にこいつらを信じさせてみせよう」
スタッフとともに必死に働き、店舗だけの利益では宮古島旅行はできないと見るや、休み返上で他の仕事もこなし、講演をこなしたり……。なんとか社員旅行の経費を捻出、念願の宮古島にこぎつけるのです。ただ木下物語はここで終わりません。

宮古島でのバカンスを楽しんだチーム木下のスタッフは「いつかこんなところで働いてみたい」という思いを抱くようになります。そして、木下氏はその場でスタッフにこう約束するのです。
「よし、だったら次の目標は、この宮古島に店を出すことな!」

それから7年。2020年2月、宮古島にオープンしたのが『Grand Bleu Gamin』なのです。

2020年2月にオープン。まさにコロナがじわじわと世界中に蔓延し始めたタイミングでの開業となった。

ディナーは『Grand Bleu Gamin』の真骨頂ともいえる鉄板焼のカウンターで。木下氏がカウンターに立てばそこは劇場と化す。

グランブルーギャマンコロナ禍も連日、満席、満室。攻めの姿勢が新たな客層を呼ぶ。

『ONESTORY』は今回の記事を制作するにあたり、コロナ禍をまたいだことで2度の取材を敢行しています。一度目は2020年2月のオープン直前、二度目は2020年12月。誰もが予想しなかった新型コロナウイルスが、観光産業に支えられる宮古島に与えた影響は小さいはずがありませんでした。しかし、木下威征がとった行動は、経営者として見事なものでした。

木下氏は4月からまずキャッシュの確保に奔走します。
「役員報酬は減らして、若手にはいままで通り、給料は全額支給する。なんとか2年間は耐えられる金額を集めました」
そのうえでもちろんスタッフを危険にさらすことはできません。2020年4〜5月は東京の店を閉め、満席が続いた宮古島だけ営業を続ける形に。

しかし、ふたを開ければ、コロナ禍で始めたYouTubeの料理教室も人が集まり、もともと通販を行なっていたノウハウをいかして、料理セットを販売するとこちらも好調。2店舗分くらいの収益を得たことで、借りたお金には一切手をつけず今まで来ることができたといいます。
さらに、このコロナ禍で、一番の想定外だったのが満席の続く店の客層でした。オープン当初は東京をはじめ県外から訪れるゲストがほとんどでしたが、コロナ禍では県外の客が5割、残り5割は島内の人々という比率に。
「YouTubeで強気にも課金性の料理教室をやったら、それでも人が集まってくれた。そこで繋がった人たちが宮古島に泊まりにきてくれたり、食事にきてくれたり。地元の人にとっても、いままで島内にこんなレストランがなかったから、特別な時間を過ごすのにきていただけるんです」

さらに、木下氏の攻めの姿勢は、コロナ禍で「新たに20人のスタッフを雇った」ということにも現れます。
「この状況だからもちろん閉めざるを得なくなったレストランも多い。そんななかで働き口を失った料理人たちが僕のところにやってくるんです。本来なら、どこも人を新たに雇える余裕なんかない。でも、知人から『木下さんのところならなんとかしてくれるかも』という話を聞いて助けを求めにやってくる人もいる。自分は面接をしたら基本的にみんな採用するんです。飲食業が大変ななか、仕事がなくなり、それでもうちにお願いしにくるということは、そいつは料理が好きでなんです。お客さんを喜ばせるこの仕事が好きだから頭を下げてやってくると思っている。『じゃあ、その好きな気持ちを、お客さんを喜ばせたいという思いを一緒にカタチにしていこうじゃないか』と。それだけなんです」

コロナでも攻め続けた木下氏。キャッシュを確保し、役員は減俸にしたうえで若手スタッフにはいままで通り全額支給を続けた。

レストラン2Fにあるバースペース。『Grand Bleu Gamin』で働くスタッフひとりひとりに木下イズムが浸透している。

グランブルーギャマン宮古島の開発エリアにプロデュース店オープン。さらには……。

そんな攻めの姿勢を続ける木下氏には新たな展開も待ち受けていました。いまとある企業から宮古島の新たな開発施設の目玉となるテナントプロデュースの仕事が舞い込んでいます。
これも実は木下氏の誠実な性格があってこそ実現したもの。

というのは、別業界で財を成した、とある企業の会長が飲食店展開に興味を持ち、木下氏に話しを持ちかけます。その会長とは、以前に別店舗のメニュー開発で関わりをもっていた木下氏は、新規飲食店の展開に対しこう助言します。
「会長、飲食は儲からないですよ。会長がやってきた業界との利益率とは桁がひとつ違います。絶対に止めたほうがいいですよ」
すると、その会長はこうきっぱりと返すのです。
「木下君ね、だからこそ、僕は君とやりたいんだ。いままで、こんな話をいろんなやつらにしてきたけど、全員うまいこといって、お金だけ釣り上げ、ちょろまかして消えていった。『儲からないからやめた方がいい』といってくれたのは君だけだ」

偶然にもそのときに、宮古島の新たな開発施設の目玉となるテナント運営の話を持ちかけられていた木下氏。しかし、そこを開くには数千万円単位のお金がかかる。そんなことを会長に告げると、「よし、じゃあ、それをやろう。運営はうちがやるから、木下くんはプロデュースをしてくれ」というのです。
それが、今後オープンする予定の『トリプルG』という名のカフェ。『Grand Bleu Gamin』に続く宮古島の第二章はすでに始まっているのです。

それだけではありません。極めつけは、2023年にフランスの南西、スペインとの国境にほど近いビアリッツという海沿いの街に店を出す予定もあります。
「留学時代、アジア人としてバカにされ、悔しい想いをしながらも料理の素晴らしさを教えてもらったフランス。そこで“日本”を売りにいくんです。メイド・イン・ジャパンの皿で、メイド・イン・ジャパンのお箸で、メイド・イン・ジャパンの食材で、フランス料理を表現する。そんな店です」

コロナ禍で飲食業界が悲鳴を上げるなか、こうして常に攻めの姿勢を続ける木下氏。それは無理をしているでもなく、背伸びをしているのでもありません。熱く、優しく、何事にも真っ直ぐに、真摯に向き合ってきた木下氏だからこそのいまであり、これからの物語も必然として紡がれていくのでしょう。

『Grand Bleu Gamin』のアイコン的に建物の目の前に停まるギャマン号。次に木下氏が目指す場所とは?

『Grand Bleu Gamin』の名は、伝説のダイバー、ジャック・マイヨールの生涯を追った映画『グラン・ブルー』に由来。

グランブルーギャマン宮古島でも受け継がれる、温かさに満ちた木下イズム。

実は、2度目の取材の前日、木下氏がいないことを知りながら、『ONESTORY』取材班は『Grand Bleu Gamin』をふと訪れました。すると、スタッフのひとりがわれわれを、温かくもてなしてくれるのです。旅行かばんも持っていませんから、われわれが宿泊客でないことは一目瞭然です。
しかし、そのスタッフはレストランやバーを丁寧に案内してくれて、『Grand Bleu Gamin』のパンフレットを見せてくれながら、真面目に、そして楽しそうに話をしてくれるのです。

翌日の取材でそのことを伝えると、木下氏はこういうのです。
「それは、みんなが『雇われ』という気持ちがないからだと思うんです。ひとりひとりが自分たちのホテル、自分たちのグループ、自分たちのゲストと思っている。全員がそういう捉え方をしてくれているんです。だからこそ来てくれた方には、全力でもてなしをしてくれる」
そんな言葉を聞いて改めて確信しました。これこそが木下威征という料理人の魅力なのだと。そのぶれない人間力のような、どっしりとした幹があるから、そこから多くの枝が伸び、葉が茂り、実がなっていくのだ、と。その木の隅々には当然、木下イズムが行き渡っています。
料理人である前に、サービスマンである前に、ひとりの人間であること。
そして、そこには温かさがないといけないということ。
木下威征という人間のまわりには、そんなの温かさが満ちていました。

キラキラと目を輝かせ、どこまでも真面目にまっすぐに。そんな人間としての魅力が、木下氏のまわりに人を呼び寄せる。

住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1064-1 MAP
電話:0980-74-2511
https://www.grand-bleu-gamin.com/

料理、空間、ディテールにまで落とし込まれた、ゲストを喜ばせたい思い。[Grand Bleu Gamin/沖縄県宮古島市]

グランブルーギャマンディテールの積み重ねが、日常からゲストを開放する。

『Grand Bleu Gamin』のオーベルジュという立ち位置を考えれば、もちろん宿としてのハードの説明が必要でしょう。
『Grand Bleu Gamin』があるのは宮古島の北部、大浦湾にほど近い海沿いにあります。畑と緑に囲まれ、生い茂った木々を抜けた先には、宮古ブルーの海が広がるプライベートビーチ。
南仏にあるような白亜の館を思わせる建物は、ワンフロアで構成されたスーペリアスイート、メゾネットタイプのデラックススイート、リビングと独立した2ベッドルームを備えたプレミアムスイートの3タイプ全5室で構成されています。そのすべての部屋にプライベートプールを備えるという贅沢な空間で、世界各地から厳選した最高級の麻を100%使うベッドリネン、ハンガリーホワイトダックのダウン85%、フェザー15%という2枚合わせの羽毛布団、ルームウェアには『JAMES PERSE』のパーカーとTシャツ 、パンツを用意。それだけではなく、無垢のピーチ材を使ったハンガーやブラシは、浅草橋にあるインテリア雑貨ブランド『clokee』とのダブルネーム……。
そうしたちょっとしたディテールに「ゲストを喜ばせたい」との心遣いが形となって表現されているのです。
「日常の喧騒を忘れてゆっくりと流れる島の時間に身を委ねてもらいたい」
そのコンセプトは、言葉にすれば簡単なことですが、小さなことの積み重ねのひとつひとつが、ゲストを日常から乖離させているのです。

ベッドリネンは、最上級麻を、羽毛布団はホワイトダックダウンとフェザーをかけ合わせ、睡眠の質を追求。

滞在時間をよりくつろいでもらうべく、ルームウェアにもこだわった。パーカー、パンツ、Tシャツスタイルがリラックスさせる。

ポーチも歯ブラシセットも『Grand Bleu Gamin』のロゴ入りオリジナル。こうした小さなこだわりが嬉しい。

グランブルーギャマン食材に乏しい宮古島。そのなかで宮古島バージョンにアップデート。

そして、『Grand Bleu Gamin』のハイライトとなるのが、もちろん食事の時間でしょう。その舞台は、『AU GAMIN DE TOKIO』のスタイルを踏襲したオープンキッチンのカウンターです。
ここで登場するのも当然、フレンチをベースとした鉄板料理で、そこには木下氏の「ゲストに喜んでほしい」という遊び心と、もてなしの心が詰まっています。

たとえば、『AU GAMIN DE TOKIO』でも出しているメニュー「サイフォントマトラーメン」。それを進化させた宮古島バージョンでは、カリカリに焼いて粉砕した宮古島産の車海老を鰹節とともにサイフォンに入れ出汁を抽出。カペッリーニと合わせ、島とうがらしを使って仕込んだ自家製ラー油を加えアクセントにしています。

一方で、木下氏のスペシャリテでもある「とうもろこしのムースと生うに」でも宮古島らしさを演出します。チップになるまで焼いて焦がす宮古島産の玉ねぎを練り込んだクッキーを添え、『Grand Bleu Gamin』仕立てへとアップデートしているのです。
「四季がない宮古島ではどうしても食材が限られています。皮肉にも一番観光客が集まるシーズンが、一番食材に乏しい。その中でいかに工夫してゲストに喜んでもらうか」
その言葉は、まさに木下氏が修業時代、三谷氏や福島氏から学んだ精神なのではないでしょうか。

木下威征といえばこれ。スペシャリテ「とうもろこしのムースと生うに」。ムースと生うにの絶妙なハーモニー。

すぐ近くにあるビーチの貝や砂をあしらった「イカともずくのアロエ和え-みょうがと大葉の薬味とともに-」。

サイフォンで出汁をとる。この一手間もまたカウンターのライブ感となってゲストを喜ばせるのだ。

グランブルーギャマンなければつくるまで。食材探しに奔走し、築いた生産者との信頼関係。

とはいえ、宮古島で料理をつくるのであれば、できるだけ島内の食材を使いたいのは当然です。しかし、それが一朝一夕でできるものでもありません。
「宮古島で食材を仕入れるとなると料理人が行き着くのは、やっぱり『あたらす市場』か『島の駅』になるんです。ただ、そうなると『この食材もどこかで見たことがある』『この食材はほかで食べたことがある』となってしまう。宮古島で他にはない何か特別なものを使うとなると、やり方も考えないといけなかった」と木下氏はいいます。

木下氏は『Grand Bleu Gamin』をオープンする1年前から宮古島を訪問し、食材探しに奔走、そこである答えに行き着きます。
「ないのなら、生産者から育てていくしかない」
オープンまでの間、木下氏は宮古島にある農園の住所を調べ、片っ端から生産者のもとを訪ね歩きました。
「『わたくし木下と申しますが、1年後、宮古島でお店を開きます。市場に出る前の食材をあなたにつくってもらいたいのです。一緒にやっていただけませんか?』とお願いしてまわりました」
ただ、宮古島ですでに栽培されている既存の食材をつくってもらうのではありません。生産者には、まだ宮古島ではつくられていない野菜を栽培してもらおうというのです。
「ルッコラやプンタレッラももともとは宮古島にはなかった食材でしたが、種を渡してつくってもらったんです。漁師にも魚を釣ったらバンバン甲板に投げるのでなく、『めんどくさいけど釣ったら一度神経締めにして、血抜きしたやつをクラッシュアイスにいれて、うちのだけでもいいから、このサイズがとれたら処理してまわしてほしい』とお願いしてまわりました」といいます。
それだけでなく、マンゴーやドラゴンフルーツなどをつくっている生産者には間引いていらなくなった果物を譲ってもらったり、宮古島では豆腐しか食べる習慣がないので、島豆腐の生産者には湯葉をいただいたり……。そうして、宮古島らしさを打ち出すために木下氏は準備をしてきました。

車海老の頭と鰹節を使いサイフォンでとった出汁にカペッリーニを合わせた「車海老のサイフォンスープ」。

マンゴー農家から仕入れるマンゴー。完熟を冷凍してデザートなどに使う。

マンゴーの生産者。カフェも営み、そこで出されるマンゴーカレーは、木下氏絶賛の一品。

グランブルーギャマンかつての常連の言葉が今に重なる。木下威征らしさを追求する。

そんな具合に生産者を含めてここ宮古島でチームをつくってきた一方で、料理についてはまだまだ進化の途中とも木下氏はいいます。
「今回お出ししている料理も、まだまだ自分らしくないと思っているんです。ここが開業するまで、ああでもない、こうでもないと思って、1年間スタッフとともに話をしてやってきたんですが、もっとライブ感があっていいと思っています。お客様に高いお金を出して来ていただく以上、『待たしてはいけない』とか『洗練された料理を出さないといけない』という思いが強くなるのは当然。でも、どこか縮こまっている。僕らしくないと自分では、感じているんです」

昔、『深夜食堂はなれ』という店をつくり、木下氏が和食に挑戦したときのこと。木下氏をよく知る常連客にこう評されたことがあったそうです。
「料理は素晴らしかったよ、素晴らしかったけど、おまえらしくないんだよね。『木下が和食をつくる』っていうから来てみたけど、あの料理だったらオレ、赤坂の料亭に行くよ。手が込みすぎていて、綺麗すぎて、いざ来てみたら全部仕込まれていて、後は盛り付けるだけの状態の料理だとは思わなかった。おまえなら、カウンターの目の前で最高級の明太子を串に打って、炭火でジリジリと炙って、『いまだ!』というタイミングで土鍋に落とし、『これがオレの最高の和食ですっ!』と来ると思っていた。そういうことを平気でやるやつだと思っていたから」

その言葉が木下氏を改めさせ、その後『深夜食堂はなれ』はコースをやめ、アラカルト中心で勝負するようになったそうです。それは、まさにいまの『Grand Bleu Gamin』にも重なっている。木下氏はそう感じているのです。
だからこそ、食材にも本気で向き合う。その日揃った食材を見て何をつくるか。そのくらいのライブ感があってこそ、木下威征なのではないかと自問自答するのです。

2回の取材を通して分かったこと。それは、木下氏とは逆境にこそ真価を発揮するシェフであり、その真価がさらなる進化へと繋がっていくことでした。
『オー・バカナル』時代のまかない事件の時も、それがきっかけでシェフの右腕に。福島氏との深夜のまかないセッションは、木下氏の真骨頂となるライブ感あふれる料理の礎になりました。そして、コロナ禍では、経営者として先頭に立ち、数手先をみこした行動でスタッフを守り、会社としては攻めの姿勢を崩しませんでした。
その結果、チーム木下の結束力は増し、木下イズムはより浸透したことは言うまでもありません。そして、それらが、空間、ファシリティ、料理、もてなしといった、何気ないすべてに散りばめられていることこそ、『Grand Bleu Gamin』の魅力なのです。

木下らしさとは何か? 今一度、宮古島でそれを追求する。もちろん、行き着く所はゲストを喜ばせることだ。

住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1064-1 MAP
電話:0980-74-2511
https://www.grand-bleu-gamin.com/

強く、優しく、熱い。木下威征という男の半生が、宮古島のオーベルジュの魅力を描き出す。[Grand Bleu Gamin/沖縄県宮古島市]

グランブルーギャマンOVERVIEW

1990年代に美食家の話題を集めた『MAURESQUE(モレスク)』のシェフを務め、独立した『AU GAMIN DE TOKIO』では鉄板フレンチとして一斉を風靡したシェフ・木下威征(たけまさ)氏。料理人として幅広く活躍する一方で、東京では『TRATTORIA MODE』『深夜食堂はなれ』を展開するなど、GAMINグループのオーナーとして店舗経営にも手腕をみせています。

そんな木下氏が次なる一手を打ったのが、2020年のこと。新たに選んだ場所は、東京ではなく観光バブル絶頂の宮古島でした。しかも、宮古島北部の大浦湾近くに土地を購入し、業種もレストランではなく、オーベルジュだというのです。

そう書けば、手広くやっている、ビジネスライクなシェフというイメージを描くかもしれません。しかし、実際の木下威征という料理人、木下威征という男は、その真逆にいく人間です。
人情に厚く、人に優しく、負けず嫌いで、自分のなかの正義に真っ直ぐに突き進む。一言で表現するなら、温かな料理人であり、人間です。
そのことは、これまで木下氏が紡いできた数々のストーリーが証明してくれます。

1度目の取材は2020年2月。4月に控えていた記事公開は、コロナ感染者の増加、緊急事態宣言の発令を受け見送りに。その後も未知なるウイルスとの向き合い方に多くの人が不安を抱えるなか、『ONESTORY』は記事公開の時期を模索していました。そして、そのコロナがやや落ち着きを見せた2020年12月、当時の状況をうかがうべく再取材したものの、その後にまたコロナ感染者が増加。容易に公開に踏み切れない状況は続きました。
それからおよそ10ヶ月、機を見計らっていた『ONESTORY』は、今しかないという決断を下し、この記事を公開します。

オープンからおよそ2年。『Grand Bleu Gamin』とはどんなオーベルジュなのか。それを紐とくにはオーナーである木下威征氏というシェフがどんな人間かを知る必要があります。
フランスでの修業時代、『オー・バカナル』『MAURESQUE』『AU GAMIN DE TOKIO』。木下威征が歩んできた道のりが、『Grand Bleu Gamin』の魅力を教えてくれました。

これは単なるオーベルジュの紹介記事には当てはまらないかもしれません。ここにあるのは木下威征というひとりの人間の物語。しかし、それこそが『Grand Bleu Gamin』というオーベルジュの魅力を顕にするのです。

住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1064-1 MAP
電話:0980-74-2511
https://www.grand-bleu-gamin.com/

強く、優しく、熱い。木下威征という男の半生が、宮古島のオーベルジュの魅力を描き出す。[Grand Bleu Gamin/沖縄県宮古島市]

グランブルーギャマンOVERVIEW

1990年代に美食家の話題を集めた『MAURESQUE(モレスク)』のシェフを務め、独立した『AU GAMIN DE TOKIO』では鉄板フレンチとして一斉を風靡したシェフ・木下威征(たけまさ)氏。料理人として幅広く活躍する一方で、東京では『TRATTORIA MODE』『深夜食堂はなれ』を展開するなど、GAMINグループのオーナーとして店舗経営にも手腕をみせています。

そんな木下氏が次なる一手を打ったのが、2020年のこと。新たに選んだ場所は、東京ではなく観光バブル絶頂の宮古島でした。しかも、宮古島北部の大浦湾近くに土地を購入し、業種もレストランではなく、オーベルジュだというのです。

そう書けば、手広くやっている、ビジネスライクなシェフというイメージを描くかもしれません。しかし、実際の木下威征という料理人、木下威征という男は、その真逆にいく人間です。
人情に厚く、人に優しく、負けず嫌いで、自分のなかの正義に真っ直ぐに突き進む。一言で表現するなら、温かな料理人であり、人間です。
そのことは、これまで木下氏が紡いできた数々のストーリーが証明してくれます。

1度目の取材は2020年2月。4月に控えていた記事公開は、コロナ感染者の増加、緊急事態宣言の発令を受け見送りに。その後も未知なるウイルスとの向き合い方に多くの人が不安を抱えるなか、『ONESTORY』は記事公開の時期を模索していました。そして、そのコロナがやや落ち着きを見せた2020年12月、当時の状況をうかがうべく再取材したものの、その後にまたコロナ感染者が増加。容易に公開に踏み切れない状況は続きました。
それからおよそ10ヶ月、機を見計らっていた『ONESTORY』は、今しかないという決断を下し、この記事を公開します。

オープンからおよそ2年。『Grand Bleu Gamin』とはどんなオーベルジュなのか。それを紐とくにはオーナーである木下威征氏というシェフがどんな人間かを知る必要があります。
フランスでの修業時代、『オー・バカナル』『MAURESQUE』『AU GAMIN DE TOKIO』。木下威征が歩んできた道のりが、『Grand Bleu Gamin』の魅力を教えてくれました。

これは単なるオーベルジュの紹介記事には当てはまらないかもしれません。ここにあるのは木下威征というひとりの人間の物語。しかし、それこそが『Grand Bleu Gamin』というオーベルジュの魅力を顕にするのです。

住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1064-1 MAP
電話:0980-74-2511
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いまも変わらない。強くて、優しくて、義理人情に厚い木下威征という男の原点。[Grand Bleu Gamin/沖縄県宮古島市]

グランブルーギャマン伝説的レストラン『オー・バカナル』でのまかない事件。

木下威征という男の半生を描けば、ここには書ききれないほどの物語に溢れています。
札付きのワルだった学生時代。悲しい思いをさせてしまった母親に対して変わった自分を見せようと邁進した調理師専門学校では、料理の知識がまったくなく入学したにもかかわらず、料理学校の東大といわれる調理学校を首席で卒業。フランス語がしゃべれないなか孤軍奮闘したフランス留学も木下氏に大きな影響を与えたのは間違いありません……。
そんななか木下氏の礎を築いたといってもいいのが、かの『オー・バカナル』でした。
『オー・バカナル』といえば、当時一世を風靡したレストラン。ブラッスリー、カフェ、ブーランジェリーが一体となり、料理はもちろん空気感、文化までもフランスそのものを再現したようなレストランで、閉店時(現在は他資本の経営で営業)にはテレビの生中継が入るほど、その人気は凄まじいものでした。

1995年、木下氏はそんな伝説的なレストラン『オー・バカナル』のオープンニングスタッフとして働き始めました。料理長を務めていたのは、今はなき『レスプリ ミタニ ア ゲタリ』の故・三谷青吾氏。当時21歳、スタッフ最年少の木下氏は、そこで70人ほどいる従業員のまかないを毎日のようにひとりつくっていたそうです。そこで木下氏が次の道を切り開く出来事が起こります。
当時、まかないはレストランの地下にあるパーティルームに用意していたそうで、トップの三谷氏から順にまかないを食べにいきます。すると、その地下からブザーが鳴り、こう言われるのです。
「おー、今日のまかないつくったやつ誰だ? こんなクソまずい料理つくりやがって」

それも、ある意味当然のことでした。他の先輩たちから頼まれる多くの雑用をこなしながら、調理に割く時間がない状況でまかないを仕込んでいたのですから。
木下氏も「与えられるのは30分くらい。その時間で美味しい料理なんてつくれるわけないだろと思っていた」と当時を振り返ります。

そして、ある時、木下氏は三谷氏から決定的なダメ出しを受けるのです。
「おまえの料理には愛情を感じない。人を喜ばせようとしている料理には思えない。今日のまかないはいらない、外で飯食ってくる」
「それが悔しくて、悔しくて……」とその一言が木下氏に火をつけることになるのでした。

『オー・バカナル』オープン当初は一番の下っ端。木下氏はまかないづくりで、自らの地位を確立していく

『オー・バカナル』で供されたのはいわゆるビストロ料理。そこで学んだ技術、精神は、木下氏の原点になっている。

グランブルーギャマン30分ちょっとで70名分のまかないづくり。どうやって美味しく?

そこで木下氏がとった行動が、マネージャーに店の鍵を借りること。当然、マネージャーには「お前、何やるつもりなんだよ」と詰め寄られます。
「毎日毎日、『まかないがまずい』って言われてムカつくんすよ。オレだって時間さえあればうまいもんつくれるんすよ。30分で70人前つくるなんて無理っす」
木下氏がそう迫ると、マネージャーは「やっとお前みたいなやつが出てきたか」と笑って鍵を預けてくれたそうです。

木下氏はレストランの営業が終わり、従業員が帰った後の深夜2時に再び店に向かいます。そこで翌日の70人分のまかないを仕込み始めるのです。
午前4時過ぎ、鍵を貸してくれたマネージャーが、店にやってきました。自宅でご飯を炊き、木下氏を鼓舞しようと大きなおにぎりを差し入れにきてくれたのです。
「木下な、いまのお前の気持ち忘れなんよ。見てくれる人は見てるからな。明日のまかない楽しみにしているよ」
そんな言葉とおにぎりだけを残し、そのマネージャーは帰っていったそうです。
木下氏は「この人を喜ばせるためにも、明日は美味しいまかないをつくろう」と改めて決心します。

翌日、ランチ営業後のまかないの時間。テーブルにずらりと並べた料理を、シェフの三谷氏から順に食べていきます。すると、いつものように地下のパーティルームからブザーが鳴りました。
「おー、今日のまかないつくったやつ誰だ?」
木下氏は「なんか、やっちまったかな?」と思ったそうです。
ところが、です。三谷氏は木下氏の目の前まで来て、深々と頭を下げてこう告げました。
「うまかった~、ごちそうさま! こういうまかないだったら、毎日食いたいな」

こうしてまかないづくりで名をあげた木下氏は、三谷氏の右腕として働くようになるのです。
単に負けず嫌いなだけではない。そこには人を喜ばせるためにどこまでも真面目である木下威征という男の芯の部分がありました。

語りきれないほどのエピソードは、それだけ木下氏が一瞬、一瞬に妥協なく人生に向き合ってきた証拠でもある。

『Grand Bleu Gamin』から木々の間を抜けていくと、その先にはプライベートビーチが待ち受けている。

グランブルーギャマンレストランプロデューサー・福島直樹氏とのまかないセッション

しかし、このまかないの物語には続きがあります。
三谷氏に認められるようになり、一番下っ端から一気に三谷氏の右腕になった木下氏でしたが、厨房の最年少であったため、日々まかないをつくり続けたそうです。そこからこの物語は新たな展開をみせるのです。

深夜のまかないづくりが続いたある日、午前2時になって店に誰かが入ってきました。その人こそ、当時の『オー・バカナル』の副社長であった福島直樹氏。後に『MAURESQUE』『AU GAMIN DE TOKIO』(後に経営権を木下氏に譲渡)、『酒肆ガランス』『焼肉ケニヤ』などを手掛けた、言わずと知れたレストランプロデューサーです。
当時の『オー・バカナル』といえば、まさに一世を風靡した“イケイケ”の時代でした。副社長という立場の福島氏も毎日が接待で夜中まで飲んでは、こうして近くにある自分の系列店に寝泊まりしにきていたそうです。

深夜の厨房に立つ木下氏は、事情を福島氏に説明します。すると、福島氏が一肌脱ぐのです。
「よし、じゃあオレも一緒に手伝ってやるよ!」

『オー・バカナル』では副社長という立場でしたが、もとを辿れば福島氏も料理人。しかも、かの三田『コート・ドール』の斉須政雄氏のもとで修業を積んだ方で、福島氏もまた熱い男でした。

そうして、木下氏と福島氏の真夜中のまかないセッションが始まります。
「キノヤン、ポロネギあるか?」「あります!」
「蒸し器もってこい!」「はい!」
「ポロネギは、蒸してからこうして水で締めてな……」
「これはな、『コート・ドール』の斉須さんと一緒につくった料理でさ……」

木下氏の熱い思いが、福島氏の料理人魂に火をつけたのです。ふたりの料理セッションはこの日だけでなく、この後も夜な夜な繰り広げられていくことになります。
そこで木下氏は、福島氏の姿を目の当たりにし、改めて料理人としての大切さを思い知ることになります。
「いままで料理するのが楽しかったはずが、『いつのまにか作業になっていたのでは?』と。とにかく時間に追われて、意地だけでやっていたのかもしれない、と気付かされたんです」
福島氏のとにかく楽しそうに調理する姿、材料が足りないとみるやその場にあるもので工夫しながら料理をつくる姿。暑い季節には、冷たいサラダを出すために、まかないにもかかわらずわざわざ冷凍庫で皿を冷やしておいたりもしたそうです。
「キノヤンな、ここまでやってサービスだからな」

木下氏は、福島氏のそんな一挙手一投足に感銘を覚えたそう。ここにも料理人木下威征の原型があるのは間違いありません。

『MAURESQUE』では、『AU GAMIN DE TOKIO』に通ずるライブ感あふれる鉄板料理の礎を見出した。

いかにゲストを喜ばせるか。シェフズテーブルという概念から、カウンターのライブ感を大切にする。

住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1064-1 MAP
電話:0980-74-2511
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歴史に泊まる宿、百にひとつの宿。奈良井宿に誕生。[BYAKU -Narai-/長野県塩尻市]

床の間や欄間だけでなく、梁や壁など、当時の材をできる限りそのまま残す。百五の客室より。

既存の建物、構造を活かした客室作りのため、それぞれ広さもスタイルも異なる。天井高が活かされた空間は、百二の客室より。

BYAKU -Narai-愛され続けてきた「杉の森酒造」に再び命が宿る。

知る人ぞ知る、日本最長の宿場町として名高い奈良井宿。しかし、その本質は長さだけでなく、町の風景にあります。

古き良き町並みを守り続けることは容易なことではありません。当時の面影を残す、もとい、そのままの姿を成しているのは、「作る」のではなく「直す」繰り返しをしてきたからこそ。まるで秘伝のタレのごとく、修復という名の継ぎ足し、継ぎ足しは、奈良井宿の味を変えず、保たれてきたのです。

それは、長きにわたり、住民ひとり一人がそのイズムを受け継いできたことを意味します。

しかし、歴史の中から消えてしまう灯火があるのも事実。2012年に幕を閉じた『杉の森酒造』もそのひとつです。

創業は、1793年(寛政5年)。200年以上、この町並みを象徴する建物として愛され続けていました。

今回、その『杉の森酒造』が再び息吹を取り戻します。2021年8月4日、大きな大きな杉玉をシンボルに『BYAKU -Narai-』として再生を迎えました。

酒蔵の再生(2021年秋頃開業予定)はもちろん、宿泊施設と温浴施設、レストランやバー(2021年秋頃予定)という新たな役目を備え、もう一度、街の風景を形成する一端となります。

もちろん、その姿はそのままに。

建物をそのまま残すことによって、奈良井宿が守ってきた風景を汚すことなく再始動させる。当時より『杉の森酒造』のシンボルは、ひと際大きな杉玉。『BYAKU -Narai-』においてもそれを採用。

実際に酒造りをしていた空間は、レストラン『嵓 kura』として再生。奥のガラス向こうは、2021年秋頃に酒造りを復活させる酒蔵。

BYAKU -Narai-

再生の条件は、「継ぐ」こと。決して、町の文脈から外れてはいけない。

『BYAKU -Narai-』の容姿は、『杉の森酒造』だった当時と変わりありません。

前述、大きな大きな杉玉においても、当時のシンボルを再現。建物の構造もできるだけ残し、もともとあった使用できるものにおいても再び役目を与え、『杉の森酒造』を継いでいます。

大きな梁や土壁、レストランに使用する食器の一部などはその好例。まさに泊まりながら歴史を体感できる宿なのです。

客室においては、全12室を用意。

「百一」から「百十」までの客室名によって構成されるそれぞれには、建物の既存が活かされています。

宿場町を目の前に中山道に面した「百二」、梁が露わになった「百三」、中庭を望む「百四」、蔵の中に設けた「百八」、天井高のある「百九」など、どれも個性豊か。

泊まる度、もとはどんな空間だったのかと想いを馳せるも良し。先人や過去の旅人と同じ景色を見ているのかもしれない時空を超えた邂逅体験は、必ずや特別な時間を紡いでくれるに違いありません。

客室は全12室。宿名にちなみ、百一から百十二までの数字を客室名に採用。

黒く煤けた太い梁が印象的な百三。当時より使用されてきた階段も客室に残す。飴色になった木の質感に歴史を感じる。

縁側から木曽の山々を眺める百四。元々茶室だった空間は半露天風呂として活用。

中庭に面した客室には、露天風呂も備える。景色を望みながらゆっくりと癒やされたい。百四の客室より。

土蔵だった場所も一棟まるごと客室に採用。天井高を活かし、メゾネットタイプに設計。2階をベッドルーム、1階をリビングに設計した百七・百八の客室より。

酒蔵だった当時の壁面。多く見られるひび割れや経年変化による土の質感は、過去を彷彿とさせる。

もともとあった『杉の森酒造』時代に使用されていた斗瓶をレストラン『嵓 kura』の照明に再利用。

『BYAKU -Narai-』のエントランス。ディスプレイには、 『杉の森酒造』にあったものを多く採用。過去を受け継ぎ、これからの時代を共に歩む。

BYAKU -Narai-

百にひとつの宿、それが「BYAKU -Narai-」。

『BYAKU -Narai-』には、温浴施設『山泉 SAN-SEN』も備えます。

ここにおいても町を継ぎます。湯の恵みは、信濃川の源流である山の湧き水を引き込み、旅人を癒します。

この湧き水は、古来より奈良井宿の生活を支え、今なお、その軌跡は宿場内に残っています。『BYAKU -Narai-』の前にある水場もそのひとつ。

奈良井川しかり、奈良井宿は、水とともに生きた町でもあるのです。

料理に使用する水や2021年秋頃再生予定の酒蔵における仕込み水もまた、同様の水を採用します。

宿、湯、食、酒……。それぞれの体験の向こう側には、必ず土地があり、歴史があり、文化があります。

『BYAKU -Narai-』の「BYAKU」とは、宿から得る「百」の物語を体感してほしいという願いを込め、「宿」の言語の中にある「百」から命名。

この宿には、この宿場町には、そこに身を置くからこそ感じる何かが潜んでいるのです。その何かとは、決してSNSやテクノロジーでは得られるものではありません。むしろ、真逆な世界。

百年の歴史をぜひ。
百味薬々のおもてなしをぜひ。
酒蔵の完成時には、百薬の長をぜひ。

百にひとつの宿、それが『BYAKU -Narai-』。

百分は一見に如かず。まずは、自分だけの百分の一の物語を探してみてください。

古くから奈良井宿を支え続けてきた山の湧き水。信濃川の源流であるそれを温浴施設『山泉 SAN-SEN』にも採用。日帰り入浴も2021年秋頃から開始予定。

『BYAKU -Narai-』のサインには、「百」の文字をモチーフに「100」も添える。ぜひ、多く物語を体験していただきたい。

住所:長野県塩尻市奈良井551 MAP
電話:0264-34-3001
受付時間 : 10:00〜17:00
https://byaku.site

Photographs:ROCOCOPRODUCE INC.&KOJI FUJITA(TOREAL)
Text:YUICHI KURAMOCHI

ミナ ペルホネン・皆川 明が体験する、創造的休暇。

紀寺の家「心が巡る時間」
文・皆川 明

 この度の創造的休暇というテーマでの宿泊体験のご依頼はそのコンセプトの面白さになるほどと思う納得感と同時に自分がその時間を得た時に実際そのような創造的な時間、又は出来事が起こり得るだろうかとやや疑問だった。

 このコロナ禍以前は毎年6月頃一ヶ月程北欧へ出かけてまさに予定無しの時間を過ごしていた。その期間でも一週間ほどは現地でのリズムが気ぜわしくて落ち着かないのですがその後ようやく場に漂う気のままの心持ちになってそこからは小さな出会いや気づきからアイデアが気泡のようにふつふつと湧き始める感じだ。そうなると心は好奇心のままに行動と結びつき無意味な躊躇は消え、目の前の出会いや機会に自然と向き合おうとし始めようやくそこからが休息の時間になる。そして目に映るものに能動的な態度が自然な形で現れ、思いつけばその場で航空券を予約して知らない土地へも移動を開始する。全ての好奇心が不安を越えて行動が自転していく感覚になっていく。ひとりで行くのはそのペースを保つ為だ。その方が心と会話しやすく疲労や思考と向き合いやすくなる。そんな時間をこのコロナ禍で過ごせなくなる中で今回のお話を頂いた。前述したように心持ちが整うのに少し時間がかかるからこの二、三日の旅程の中でその状態を作れるだろうかと思いながらそれでも意識的に創造的休暇と思って過ごしてみることに関心があった。

 初日は15時くらいに宿に到着して荷物を置いて先ずは散歩に出かけることにした。日常の仕事のリズムから離れる為にも。歩く速度も思考もゆっくりと。出会うという感覚は出会うべきものがそこにあるのではなく意識の隙間を通り抜けるカケラのようなものがたまたま脳裏に引っかかるようなものだと感じている。その引っかかったものをそっと摘んで眺めているとむくむくとそのカケラが頭の中の空想と繋がって今までの何かと結合しておぼろげな姿となるようなそんな感覚かもしれない。数ヶ月前に奈良に来た時に一度立ち寄ったカフェまでとりあえず歩いてその間に自分のこれからをぼんやり思いつくままに思い浮かべてみる。ただのんびりしてるだけでこれは創造的かと思いながらも今回何も起こらないのもまた私であると思いながら。目的がなくても動いていれば何かが起こり何かを思考し何かを想像する。カフェの店主のお母さまから手作りジャムを頂いた。小さな出来事も旅では澄んだ記憶になる。その足で駅の方へ向かい商店街を歩いていると白雪ふきんのオーナーの奥様とばったりお会いした。前回、奈良に来たのは白雪ふきんさんを訪ねる目的だったのでここでばったり会うのも変化の兆しだった。ひとりどこかで食事を済ませようと思っていたがオーナー夫妻に夕食にご招待いただき、その後遅くまで時間をご一緒させていただいた。お互いの仕事や考えを共有できたことは日頃の打ち合わせでは得難い時間で有り難かった。それでもこれが創造的休暇なのかと言えばそうではないのだろう。でもこの予定外の時間が生まれる場の中に入ってきた感覚は何だか面白いと感じた。

 そもそも創造的休暇とは何なのだろう。

 それを目的とした時にその答えが見つかるのだろうか? 抱いていた疑問がまた湧いてきた。でもその疑問はここへ来るまでとは少し違う穏やかでそして安気な気分の中にあった。翌日は朝食後に奈良公園へ散歩に出ることにした。1時間ほどベンチに腰掛けて本を読みこちらを見る鹿の親子と時折り目を合わせているうちに静かに流れている時間が身体に馴染んできたのがわかった。今日は只々歩いてみようと決めて心がこの静かなままに過ぎるように目に映るものをゆっくり見ては頭の中に反芻させてまた歩いた。通りすがる人も蝉の声も町の古い看板も微かに触れるように記憶されていくのがわかる。夕方に商店街のアーケードの2階にカフェがあるのに気づいて入った。そこにあった民俗学的な本を読み僅かなタイムトリップをしながらしばらく過ごした。このカフェに気づいたことで心がだいぶニュートラルになっているのがわかる。目的から解放された時に生まれる偶然を含んだ時間になっているのを感じたからだ。あと数時間で何か起こるだろうけどそれは創造的とはまた違うのだろう。それでも今のこの時間の延長線上にはもしかしたら創造的何かがあるのかもしれないとも思えた。帰り道、もう閉店時間間際のアンティークショップを見つけて滑り込んでみる。最初に目についたのが僕がコペンハーゲンのアンティークショップで見つけたジョージ・ジェンセンの鳥のペーパーナイフだった。お店にはそれ以外が概ね日本の骨董だったからそれが目に飛び込んだのかもしれない。それにしてもそのペーパーナイフは僕の北欧の旅で出会った中でも大切なものだったからこの奈良での出会いに驚いた。今回自分が北欧での休暇とどこかで比較していることがリンクしているような気がした。それでもあまりこじつけて意味を持たせたくなかったのでただ心地良さを素直に感じながら店を後にした。何故だか夕食を取る気にならずそのまま夕暮れの中をまたしばらく歩き紀寺の家に戻って風呂に入りぼんやりしながらこの二日間で企画していただいたような創造的な休暇には至らなかったけれど久しぶりに自分の心とずっと一緒に過ごせたような気がしてうれしかった。

 旅や休暇で大きな気づきやアイデアが浮かぶとは限らないけれどその時間が心を解(ほぐ)したり自由にしたりしてあげる事はできる。そうしたら心が目的に縛られずに思いもしないことと出会うかもしれない。これからそんな時間を人生でもっと持ちたいと思うに至ったのが今回の僕の奈良での時間だった。今日は15キロ歩いたようだ。歩いた分をなぞりながら日頃ならば見落としているだろう細かな町の表情が浮かんできた。この微細な景色がこれからどうやって記憶としてトレースされ仕舞われていくのか楽しみだ。もしそのことが何か大きな気づきとなった時にはぜひお知らせしたい。

1967年生まれ、東京都出身。1995年に『minä perhonen(ミナ ペルホネン)』の前身である『minä』を設立。ハンドドローイングを主とする手作業の図案によるテキスタイルデザインを中心に、衣服をはじめ、家具や器、店舗や宿の空間ディレクションなど、日常に寄り添うデザイン活動を行っている。デンマークの『Kvadrat(クヴァドラ)』、スウェーデンの『KLIPPAN(クリッパン)』などのテキスタイルブランド、イタリアの陶磁器ブランド『GINORI 1735(ジノリ1735)』にデザインを提供し、新聞・雑誌の挿画なども手がける。
https://www.mina-perhonen.j

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
http://machiyado.com

Photographs:HARUHI OKUYAMA

小説家・角田光代が体験する、創造的休暇。

紀寺の家 「人とともに生きる町」
文・角田光代

 奈良って奇妙なところだと、奈良を訪れるたびに思う。神社仏閣が多いのは京都や鎌倉と似ているけれど、それらの規模がいちいち大きい。公園や町に鹿がいるのもへんだし、夜がびっくりするほど暗くて、見たこともないのに、はるか昔にタイムスリップしたような気分になる。

 奈良は広く、テーマごとに異なるスポットへの旅ができる。私は以前、万葉の旅や古事記の旅をしたことがある。範囲が広いので、車で要所要所を訪ねる旅だった。奈良の中心街を、テーマも目的も決めずに、じっくりと歩いてまわるのは、だから今回がはじめてだ。歩いてみて抱くのは、やっぱり、奇妙な町だという印象である。

 宿泊した「紀寺の家」から一キロも歩かないうちに木々が頭上を覆う森が広がり、鹿が音もなく歩き、森の奥には春日大社があり、その向こうに原生林が広がる。春日大社から奈良公園を突っ切っていくと、大きな池があり、池を過ぎるとホテルや飲食店が増えてきて、あっという間ににぎやかな繁華街となる。繁華街のなかに小学校があり、神社がありお寺があり、長いアーケードがある。

 何を奇妙に感じるのか、考える。あ、そうか、人に必要なすべてが、ぜんぶ等距離にあることだ、と気づく。人、というのは、今を生きる私たちが必要としたものばかりでなく、何百年、何千年もの昔を生きていた人たちがかつて必要としてきたものも、すべて、新古の別なく、聖俗の隔てなく、大小も広狭も関係なく、ひとしく配置されている。こうして書くと、ごくふつうのことのようだが、でもそんな町はめったにない。世界遺産や国宝や重要文化財が、町の至るところにあるけれど、その数の多さは、旅館や飲食店や雑貨店の多さと、意味合いとしておんなじだ。どちらも、この町に生きる人たちが必要とし、暮らしを支えてもらっている、拠りどころだ。

 今と昔、それもはるか昔の暮らしが、違和感なく矛盾なく、ごくふつうに入り混じっている光景は、そのまま、未来の町をも浮かび上がらせる。奈良の町を歩きながら、私は未来を想像している。古きものと今のもののなかに、未来を生きる人たちが必要とするものも、ごくすんなりと入りこむのだろう。

 そのことを、もっとも体感できるのは、紀寺の町のある一角、ならまちとよばれる地域ではないだろうか。道路に面した格子扉と瓦屋根が特徴の町家が、重要文化財、登録有形文化財も交えながらずらりと並び、ある家はごくふつうの民家、ある家は資料館、ある家は昔ながらの漢方薬局、ある家はカフェ、雑貨店、酒店と、まさに今と過去が「町家」のかたちを借りて入り交じっている。細い路地の先、行き止まりに見えつつ、さらに細い路地が左右に走っていたりする。路地から路地を歩いていると、野良猫になった気分だ。時空を自在にいききできる野良猫だ。

 瓦屋根の上に広がる空がゆっくりとだいだい色に染まり、端から紺に変わっていく。私が見ている夕方は、百年前の、千年前の、もっと前の夕方ときっと同じだと確信する。

 百年以上も前の建物で、湯が沸き冷暖房が完備された今の暮らしを体験できる「紀寺の家」は、まさに奈良という町をあらわすシンボル的存在だ。障子からさしこむやわらかな朝日とともに目覚め、おいしい朝ごはんをいただいて、格子をくぐって外に出て、過去と現在と未来を自在に歩く。すべての人にとって、そんな時間は創造的休暇になるだろう。

1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年に「幸福な遊戯」にて海燕新人文学賞を受賞後、デビュー。以降、1996年「まどろむ夜のUFO」野間文芸新人賞、2003年「空中庭園」婦人公論文芸賞、2005年「対岸の彼女」直木賞、2006年「ロック母」川端康成文学賞、2007年「八日目の蟬」中央公論文芸賞、2011年「ツリーハウス」伊藤整文学賞、2012年「紙の月」柴田錬三郎賞、「かなたの子」泉鏡花文学賞、2014年「私のなかの彼女」河合隼雄物語賞を受賞。その他の著書には、「キッドナップ・ツアー」、「愛がなんだ」、「さがしもの」、「くまちゃん」、「空の拳」、「平凡」、「笹の舟で海をわたる」、「坂の途中の家」、「拳の先」など多数。近作は、新訳「源氏物語」(上中下)、連載小説「タラント」(読売新聞)。

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
http://machiyado.com

Photographs:HARUHI OKUYAMA

写真家・石川直樹が体験する、創造的休暇。

紀寺の家 「順応と回復の地」
文・石川直樹

 一カ月近いネパール・ヒマラヤの旅から帰国し、初夏の奈良を訪れた。ヒマラヤでは森林限界を超えた標高4000メートル前後の空気の薄い山岳地帯に長く滞在し、ぼくは身も心も乾いていた。ヒマラヤでは高所順応が必要なように、日本に帰ってきたら低所順応をしなければならない。そんな疲れ果てた自分に、紀寺の家で過ごす日々はうってつけだった。

 ヒマラヤのロッジでは、小さく堅い木のベッドの上に敷いた寝袋にくるまって眠る。でもここでは、畳の上に敷いたふかふかの布団で眠れる。寝返りを打っても床に落ちることはない。

 ヒマラヤでは一週間同じ服を着続け、お湯で体を洗えるのも一週間に一回程度だった。それも、ちょろちょろと流れ落ちるだけの心もとないシャワーか、バケツに入れたお湯を体にかけるのみ。ここでは、タイル張りの五右衛門風呂にざぶんと浸かって、心ゆくまで体を温めることができた。

 ヒマラヤの朝食は、かちこちの冷たいトーストに真っ赤なゼリーのようなジャムをつけて食べていた。ここでは、釜に入った出来立てのごはんをいただいた。味噌汁に入っている油揚げを口に入れただけで、幸せな気持ちになった。自分で淹れるコーヒーもお茶も、口にするあらゆるものが内臓に染みた。

 朝、食事をしながら近くの学校のチャイムが聞こえた。縁側から庭を眺めていると、どこからともなく鳥の鳴き声が耳に入った。静かだけど、静かすぎないのがいい。誰かの生と隣り合わせに自分が在るということを思い出し、いま生きていることのありがたみを感じる。

 二泊したうちの一日は、大雨で、風もことのほか強かった。その日、ぼくは縁側から、強風にかしぐ庭の木を、屋根から滴り落ちる水滴を、木の壁を叩く横殴りの雨粒をただ眺めてばかりいた。寒くない。つらくない。息苦しくない。毎日、数百メートルの高低差のある山道を何キロもひたすら歩き続けていた日々とは対極の時間を過ごしながら、しかし、頭の中ではこの先に広がる旅への思いが渦巻き、新しい考えが次から次へと浮かぶ。何もしていないのに、思考が縦横に巡り続けている状態、こうした時間に身を浸すことこそが自分にとっての「創造的な休暇」というのだろう。

 厳しい遠征から帰った後は、生きていることを実感する特別な順応期間が必要で、紀寺の家はそれを十分にもたらしてくれた。またここに泊まりたい。そう思える空間がひとつ増えたことを、自分自身、喜んでいる。

1977年生まれ、東京都出身。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年「NEW DIMENSION」(赤々舎)、「POLAR」(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞、2011年「CORONA」(青土社)により土門拳賞を受賞。2020年「EVEREST」(CCCメディアハウス)、「まれびと」(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した「最後の冒険家」(集英社)ほか多数。2016年に水戸芸術館ではじまった大規模な個展「この星の光の地図を写す」が、新潟市美術館、市原湖畔美術館、高知県立美術館、北九州市立美術館、東京オペラシティ アートギャラリーを巡回。同名の写真集も刊行された。2020年には「たくさんのふしぎ/アラスカで一番高い山」(福音館書店)、「増補版 富士山にのぼる」(アリス館)を出版し、写真絵本の制作にも力を入れている。
http://www.straightree.com

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
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Photographs:HARUHI OKUYAMA

食を愛す人、モノ、コトが銀座でつながる。「FIND OUT ABOUT NIPPON」プロジェクト始動。[和光アネックス/東京都中央区]

WAKO ANNEX生まれ変わった「和光アネックス」。これまでになかった食の感動体験。

2021年10月1日(金)、「和光アネックス」地階のグルメサロンがリニューアル。

テーマは、「FIND OUT ABOUT NIPPON」です。

『ONESTORY』は、そのプロデュースとして参画。商品のキュレーションをはじめ、ソムリエや唎酒師らとの企画も展開し、これまでになかった多角的な空間の創造を目指します。

日本全国から見つけ出した「おいしいニッポン」は、アルコール及びノンアルコールのドリンクやデリカテッセンなど多種多様。しかし、本プロジェクトにおける特徴は、これまでに類を見ない食べ合わせのプレゼンテーションにあります。

「FIND OUT ABOUT NIPPON」と掲げたテーマのごとく、潜んでいた美味を見つけ出すことはもちろん、出合うはずのなかったドリンクと食品をペアリングすることによって、口福領域の拡張を提案します。

そんな表現を取り入れた空間は、ただ商品を「売る」場ではありません。グルメサロンというフロア名の通り、ここは、食を愛す人、もの、ことが一堂に会す、「集い」の場なのです。

私たちは、味だけでなく、一つひとつのモノやコトが生まれた物語を大切にしており、当然、その背景には人がいます。

「おいしい」には、必ず理由があります。その解を紐解き、様々が育まれた時間と共に、新たな食の感動体験をお楽しみください。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8  MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp

Photograph:SHINJO ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI

(Supprtted by WAKO)

飲む人も、飲まない人も、平等に楽しめる。香りを軸に思考する、論理的ペアリング。[和光アネックス/東京都中央区]

ノンアルコールのペアリングの礎を築いた外山氏の原点。

WAKO ANNEXノンアルコールのペアリングの礎を築いた外山氏の原点。

2021年10月1日(金)、『和光アネックス』地階のグルメサロンがリニューアルにあたり、日本の酒や食材の魅力に改めてスポットを当てるプロジェクト「FIND OUT ABOUT NIPPON」。

今回は調布市『Maruta』のドリンクディレクターを務める外山博之氏が、3種類の食品とドリンクの組み合わせを提案します。「香り」を軸にした独自のペアリングに定評のある外山氏は、果たしてどのような組み合わせを教えてくれるのでしょうか。

外山氏は、まずバーテンダーとして飲食界のキャリアをスタートしました。しかし、バーやレストランで働くうち、徐々にワインへ興味を惹かれ、その後、ソムリエに転身。カクテルとワインの知識という強みを手に入れ、次なる興味は料理とドリンクの組み合わせに向かいました。ただし、その対象は、アルコールだけに留まりませんでした。

「“すみません、お酒飲めないんです”。時々、耳にする言葉ですが、不思議ですよね。何も悪いことをしていないのに、なぜ謝るのか」。

そう話す外山氏。あるいはそれはバーテンダーやソムリエである外山氏への、気遣いの言葉だったのかもしれません。しかし、外山氏は決意します。

この無用な「すみません」をなくすこと。お酒を飲む人も飲まない人も、平等に食事を楽しめるようにすること。

それは、遡ること5、6年前、まだ「ペアリング」という言葉も今ほど浸透していなかった頃。 更に前例のないノンアルコールのペアリングは、いわば手探りの暗中模索でした。

そこで外山氏が立てた方針はふたつ。ひとつは、あくまで料理が主役であり、ドリンクは引き立て役に徹すること。もうひとつは香りを軸に組み合わせを考えること。

こうして外山氏は、アルコール、ノンアルコールを問わず、そして以前はタブー視されていた甘い酒やカクテルも食中のドリンクとして取り入れました。今でこそノンアルコールのペアリングや食中酒としてのカクテルはすっかり市民権を得ていますが、その礎に外山氏の挑戦の歴史が果たした役割は小さくありません。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、外山博之氏がセレクトする18種の食品やお酒などをはじめ、9種のペアリングをご用意しております。WAKOオンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

「香り」を軸に組み合わさるペアリングは、単品では決して味わうことのできない口福が生む。

とにかく、香る。香る。香る。ソムリエでもある外山氏は、香りから本質と魅力を解読する。

WAKO ANNEXほんのり甘いハチミツ酒とスパイスの利いたピクルスの意外な相性。

そんな外山氏がまず選んだ酒はハチミツの醸造酒・ミード。外山氏が手にした愛媛県『完熟屋』の「ミサキミード」は、豊かな香りとほのかな甘みが特徴の上質な一本です。特に外山氏は、その香りに注目しました。

「マスカットのような爽やかな香りが特徴。酸味のバランスも良いため、甘いお酒が苦手な人にもぜひ飲んでもらいたい」。

そう話す外山氏が、組み合わせとして選んだのは、同じく愛媛県の『GOOD MORNING FARM』が作る「グリル野菜ピクルス」。旬の野菜をグリルしてからクミンとニンニクの利いたオイルに漬け込むことで、スパイスの香りと野菜本来の甘みを引き立てる逸品です。そして外山氏は、それらの香りの要素を、パズルのピースをはめるように寄り添わせました。マスカットの香り、発酵の香り、ニンニクの香り、クミンの香り。系統の異なるそれぞれの香りが一体となるのは、実は外山氏が明確な根拠をもって香りを合わせているから。

「食材の香りの成分を分析し、紐解いてみると、そこに隣接する香り、ぶつかる香り、増強する香りなど考えの方向性が見えてきます」。

これこそが外山氏のペアリングの特徴。単に感性と経験だけに頼るのではなく、香りの構成成分を見極め、科学的根拠のある相性を考える。だからこそ外山氏の提案するドリンクと食品は、まさに「腑に落ちる」説得力を持っているのです。

それは香りだけに限らず、味わいの組み合わせも同様。ミードの甘みとピクルスの酸味を合わせた根拠は、次の通り。

「一般的に人の舌は味を感じる順序があり、まず酸味、次に甘みを感じるようにできています。そしてこれらを口内調味で合わせることで感じる味にタイムラグが生まれ、伸びのある、余韻の長い味わいになります」。

まるで科学の授業のような論理的な説明です。

実験と検証を繰り返し、ペアリングの結実を導く外山氏。出合うことのなかったふたつが合わさる瞬間、感動が生まれる。

『完熟屋』の「ミサキミード」(右)と『GOOD MORNING FARM』が作る「グリル野菜ピクルス」(左)は、共に愛媛県のもの。香りを軸にしつつ、味わい、風味、余韻など、さまざまな相性を探る外山氏のペアリング。

一般的な海外産ミードのハチミツ含有量が35%ほどなのに対し、「ミサキミード」は60%。贅沢な原材料が、ふくよかな味わいを生む。

産地、原料、製法、度数。パッケージから読み取れる情報も、外山氏の貴重な判断材料。

WAKO ANNEX同系統の香りを合わせ増幅させる、王道のペアリング。

次いで外山氏が取り出しのたは、能登『松尾栗園』の「能登の焼き栗棒」。従来、栗といえば渋味を寄り添わせるために日本茶と合わせるか、あるいは洋菓子のようにブランデーなどの苦味と合わせるのが定説です。

しかし、外山氏が選んだのは、意外にもフルーティなシードルでした。シードルの酸味と栗の甘み。外山氏はこれをどう合わせるのでしょうか?

「そもそも栗にはバラ系の香りが含まれています。更に、こちらは焼き栗ということで、より重心の低い香りです」。

外山氏の言う「重心の低い香り」とは、ややスモーキーな、どっしりとした香りのこと。バラ系の成分に、焼くことで加わった硫黄化合物の香りが合わさり、バラの系統ではありつつ力強く、骨太な香りとなっています。

「一方で合わせるシードルも、複雑な香りの中にバラ系の香りを含みます。その共通項に注目しながら、まずは栗を口に含み、次いでシードルを口にしてみてください。同系統の香りが強固になり、非常にフルーティで華やかなおいしさが際立ちます」。

同系統の香りを合わせ、増幅させる。それは「自分がやり続けてきたセオリー」という、外山氏の十八番です。

『弘前シードル工房kimori』の「kimoriシードル」(右)と能登『松尾栗園』の「能登の焼き栗棒」(左)。それぞれに微かに潜むバラの香りが、合わせることで華やかに広がる。

糖度30度以上の焼き栗のみを丁寧にペーストにし、棒状に固めた「能登の焼き栗棒」は、しっとりと滑らかな食感。

「kimoriシードル」の主原料は、甘みと酸味のバランスが良いサンふじ。無濾過製法でリンゴそのままの風味を伝える。

WAKO ANNEX生ハムと番茶。ペアリングの伝道師が提案する新機軸。

最後の一品は、岩手県『肉のふがね』が丹精込めてつくる「長期熟成和牛生ハム いわて短角和牛Cesina」。

希少ないわて短角和牛を塩に漬け込んでから冷燻し、その後1年ほど熟成させるという手間暇かけた生ハムです。燻製香のある加工肉は、重い赤ワインだとタンニンで旨味が消えてしまい、フルーティ過ぎる白ワインだとえぐ味が出てしまう、というペアリング難易度の高い食品。

「定番はイタリアのちょっと甘口のスパークリングワインなどですね」と言いながら外山氏が合わせたのは、またも意外なことに、滋賀県『茶縁むすび』の「政所番茶」でした。生ハムと番茶。奇をてらったわけではありません。ここにも明確な根拠が隠れています。

「番茶と生ハムの共通項は、燻製香。両者の、個性は異なっても系統が同じ熟成香が非常にマッチし、ふくよかな香りをつくり出します」。

更に、味の上でも「番茶に含まれるミネラル分とスモーキーな渋みが、いわて短角和牛の旨味成分を際立てる」とか。

合わせ方はまず生ハムを咀嚼し、口の中にある状態で番茶を含むこと。「旨味が口の中にブワッと広がります。きっと驚くと思いますよ」と、外山氏は不適に笑いました。

甘いミード、フルーティなシードル、そしてノンアルコールの番茶で食品を引き立てた外山氏のペアリング。すべて科学的な、論理的な根拠に基づいた組み合わせですが、決して機械的なわけではありません。

例えば、最新のAIが香り成分と相性を完璧に分析し、今回のペアリングをはじき出せるかといえば、きっとそうではありません。なぜなら外山氏の発想は、その工程のなかに科学的根拠があろうとも、起点はいつも「誰かを驚かせたい、楽しませたい」という心だから。そもそもの原点が「お酒を飲む人も飲まない人も、平等に楽しんでほしい」という優しさだから。

「例えば、ホームパーティなら、お酒が大好きな人もいれば、好きだけど弱い人も、事情があって飲めない人もいる。でもせっかくのパーティなら、みんな楽しんでほしいじゃないですか」。

そう話す外山氏。これが、論理的思考に人の情が加わった最高のペアリングの形なのかもしれません。

『茶緑むすび』の「政所茶・平番茶」と『肉のふがね』の「長期熟成和牛生ハム いわて短角和牛Cesina」(左)は、意外なマリアージュ。香りの調和はもちろん、番茶が持ち上げる和牛の旨味も圧巻。

「甘いものはデザート、お茶は締め、という常識を一度忘れてください」と新たな組み合わせに挑む外山氏。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、外山博之氏がセレクトする18種の食品やお酒などをはじめ、9種のペアリングをご用意しております。WAKOオンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

埼玉県出身。バーテンダーとしてレストランやホテルなどに勤務した後、ソムリエへ転向。以降、様々なレストランで経験を積み、2012年より代々木上原『Gris』(現『sio』」)」のマネージャーに就任。2018年より調布『Maruta』のドリンクを監修、2019年より京都『LURRA゜』のドリンクディレクションなど、ペアリングを行いながら活躍の場を広げている。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8  MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp

Photograph:SHINJO ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI

(Supprtted by WAKO)

料理人・谷口英司の叶えた夢と、芽生えた夢。新天地で再始動した富山『L’evo』。[L’evo/富山県南砺市]

富山県南砺市利賀村。春先でもなお道端に残る雪が、この地の過酷さを伝える。

レヴォかつて語った夢を、そのまま具現化した新生『L’evo』。

2017年夏。富山市街のリゾートホテル内のレストランにいた谷口英司氏は、自身の愛する富山県をつぶさに案内してくれました。食材の生産者を訪ね、工芸品の職人と話し、自然の中を歩く。その際に谷口氏の顔に浮かんだ、心底楽しそうで、誇らしげな顔が記憶に残ります。

【関連記事】深い海、高い山、豊かな自然、伝統工芸。富山こそ料理人が、最高に輝ける場所。[L’evo/富山県富山市]

やがて旅はさらに山奥に進み、深い森に囲まれる利賀村の山中に着いたとき、谷口氏はふとこう語りました。

「いつかこの場所に、店を開くことが夢なんです」

そこは曲がりくねった山道を車で1時間以上も走った先。45年も前に最後の住人が出ていってから、ずっと廃村となっている集落跡。冬は深い雪に閉ざされ外界と隔絶されてしまいそうな最果ての地。素人目にみても、ここが客商売に向いている場所には思えません。

しかし谷口氏は、夢を実現しました。
2020年12月、宿泊施設を併設したオーベルジュ『L’evo』が誕生しました。場所はあのとき谷口氏が夢を語ったまさにその地。
あのときの夢は、この地でどのように形を結んだのでしょうか。その姿を探るため、新生『L’evo』を訪ねます。

谷口英司氏の精悍さを増した顔がこの地の生活を物語る。

レヴォやりたいことをすべて詰め込んだ、料理人の楽園。

「ここはパン工房。専門店に負けない設備でしょう?」「こっちは肉の保管庫。ここでジビエを捌くために食肉販売業の免許も取ったんです」「ここの畑はスタッフみんなで切り開いたんですよ」「ここで羊を飼いたいと思っているんです」

新生『L’evo』の敷地内をつぶさに案内してくれながら、4年前のあの時と同じように谷口氏は心底楽しそうに笑います。

大きな窓とオープンキッチンが印象的なレストランは、木と石をバランス良く調和させた穏やかな空間。営業中はあえて音楽を流さず、キッチンから届く作業音をBGMにしています。
オーベルジュゆえ、宿泊施設としての客室は独立型のコテージが3室。現代的に洗練されたインテリアに、この地で使われてきた建具のリメイクで温かみを加えます。
先に紹介したパン工房は離れの中、肉の保管庫やワインセラーはレストランの下階。敷地内には「どうしても作りたかった」というサウナまで。

「ここには料理人の夢がぜんぶ詰まっているんです」

畑や山の仕事で精悍さを増した顔をほころばせ、谷口氏は言います。その夢とは突き詰めてみれば、おいしい料理、ここでしか味わえない体験を作り出すこと。アクセスという点においてはゲストに不便を強いるこの場所で、それ以上の驚きと感動を返すこと。

谷口氏はさらに言いました。
「ここが成功事例になって、こういうやり方もあるということを各地域の料理人に知ってほしい。そうして日本中に良いレストランができれば」

コテージタイプの客室は、窓を広く切った開放感のある造り。

「パン作りが好きなんです」と、パン工房には専門店さながらの設備を導入。

ワインセラーもこのスケール。富山県産のワインを中心に多彩なラインナップ。

段々畑の石垣も、スタッフ総出で積み上げたという。

レヴォ山奥の小さな村。この場所を舞台に選んだ意味。

メニューはコース1本。昼、夜ともに同内容で12皿ほどの料理が登場します。食材はほぼ富山県産。富山の食材による、富山の魅力の表現です。

もちろん店が山にあるからといって、山の食材だけに固執するわけではありません。「海のものを山に持ってきたら、どうなるのか」と言う谷口氏。この場所でやる意味を見失うことなく、しかし決して独りよがりではなく、あくまでゲスト本位で考えつつ、自分ができることを考え続けているのです。

繊細で前衛的で、しかし素材感が活きた料理。もともと谷口氏の持ち味であったそれらは変わりませんが、移転を経て変わったこともいくつかあります。

オープンキッチンでゲストの顔を見ながら配膳できるようになったこと、薪窯を導入し、よりやさしい火入れが可能になったことなどがそう。しかし谷口氏自身も感じる一番の変化は、水にあります。この『L’evo』では、パイプで直接引く山の水を100%使用。これにより食材のピュアな透明感、料理のやさしさがいっそう際立つようになったのです。

たとえばある日に登場したツキノワグマ。しゃぶしゃぶ風の火入れで、透明感がありつつ奥から湧き立つような力強い味わいも両立しました。
黒部のヤギのチーズのソースとあわせた富山名産・大門素麺は、アルデンテに茹でることで、パスタのようなもっちりとした食感に仕上げつつ、のどごしに爽やかさを残します。
ミズダコの料理は、輪切りではなく縦に薄くスライスし、薪窯でやさしく火入れ。この繊細な加減で、噛めば弾力があるのに脳はとろけて消えたと錯覚するような不思議な味わいを生み出します。

山の水が作り出す、ピュアで繊細なおいしさ。それが谷口氏がこの場所にレストランを開いた理由のひとつなのかもしれません。

スライスして薪火で炙ったミズダコは、大葉のオイル、梅肉のソースと合わせて。

赤身が多くあっさりとした春獲れのツキノワグマは、ウニや春野菜とともに。

ピュアな水とやさしい薪火が、谷口氏の繊細な技をさらに光らせる。

レヴォ地域のレストランが、やがて食文化そのものを変える。

食材やワインはもちろん、空間を彩るインテリアや家具も富山の職人の手によるもの。そしてスタッフも皆、富山出身。そして谷口氏は、スタッフたちにこう伝えます。

「富山を自慢しなさい」

富山のキレイな場所、自分の好きなもの、小さい頃の体験。自分たちが大好きな富山を、自信を持って“自慢する”こと。それが遠方から訪れるゲストに、もっとも響く言葉になる。そんな思いがあるのでしょう。

新生『L’evo』のオープンにあたり、11人のスタッフ全員が、利賀村に引っ越しました。人口350人の村に、新たにやってきた11人。そして山奥のこの村を目指してやってくるゲスト。人の流れが変わり、村の知名度が上がり、やがて人々の意識も変わっていくことでしょう。

かつてコペンハーゲンにレストラン『noma』が誕生し、世界屈指のレストランとなったとき、人々は『noma』の料理だけでなく、デンマークの食そのものを讃えたといいます。
同様に『L’evo』の成功は利賀村、富山県の評価を変え、意識を変え、やがて食文化そのものを変えていくことになるのかもしれません。

他に何もない、というロケーションこそが、最高の贅沢と気づかせてくれる。

“チームL’evo”として店を支えるスタッフたち。

食器やカトラリーのほか、メニューにも富山県の工芸品が使われている。

住所:富山県南砺市利賀村大勘場田島100 MAP
電話:0763-68-2115
営業時間:ランチ 12:00〜、12:30〜 ディナー18:00〜、19:00〜
定休日:水曜 ※2021年8月2日〜18日は夏季休業
http://levo.toyama.jp/

PhotographsJIRO OHTANI
TextNATSUKI SHIGIHARA

※この記事は2021年4月に取材したものです。

水に癒やされ、アートに触れ、食を楽しむ。多彩な魅力がつまった信濃大町の歩き方。[湧水とアートがうるおす町/長野県大町市]

写真でめぐる、信濃大町の豊富な見どころ。

北アルプスの雪解け水が河川となり、湧水となり、やがて街をうるおす。あちこちから湧き出す水は清冽で、大小無数の川には澄んだ水が流れる。長野県大町市の魅力の根底には、この豊かな水にあります。

しかし、いくら“水が豊か”といっても、現地での具体的な楽しみは想像しにくいかもしれません。そこで今回は豊かな水が織りなす大町市のさまざまな魅力を、写真とともにご紹介してみます。

折しも大町市では2021年11月21日(日)まで『北アルプス国際芸術祭2020-2021』も開催中。これからご紹介する町の魅力を知るごとに、きっと大町市に足を運んでみたくなることでしょう。

『北アルプス国際芸術祭』では40以上のアート作品が町の各所で鑑賞できる。(蠣崎 誓/種の旅)

町の魅力の根幹を支える、北アルプスの清冽な水。

豊富な水。その重量感、水底まで見える透明感、ひんやりとした温度、心地よい水音は、ただそこにあるだけでも心癒されるもの。大町市には水に触れ合えるスポットが多数存在しています。

たとえば『国営アルプスあずみの公園』は、自然そのままの地形を活かしながら、楽しみ、学び、くつろげる拠点。とくに園内の渓流クリエーションゾーンと名付けられたエリアでは、北アルプスの3000m級の山々から流れ出る水を身近に感じることができます。遊歩道の散策やピクニックなど楽しみ方はいろいろ。園内にはほかにデイキャンプ場やクラフト体験ができる施設なども揃っています。

さらに水の質量を感じたければ、ダムや湖を目指してみるのがおすすめです。大町市は「大町ダム」「七倉ダム」「高瀬ダム」という3つの大規模なダムを擁し、どれも見学可能。「高瀬ダム」は土や岩を盛り上げてつくる“ロックフィルダム”と呼ばれる構造で、偉大な人工物という観点からも見学の価値あり。さらに北へ向かうと「黒部ダム」へと続くルートに繋がります。

自然の湖も負けてはいません。大町市には二科三湖と呼ばれる3つの湖があります。湖底から清水が湧き出す巨大な「青木湖」、水上アクティビティが充実した「木崎湖」、フィッシングエリアとして知られる「中綱湖」。湖畔キャンプやSUP、ホタル観賞クルーズなど、楽しみもいろいろ揃っています。

市街地に戻り商店街を散策しても、水の豊かさに気づきます。町のあちこちには水路が通り、水をテーマにしたオブジェなども点在。道路一本挟んで硬度の異なる水が湧く「男清水」と「女清水」も、大町の水の豊かさの象徴です。

『国営アルプスあずみの公園』の渓流クリエーションエリア。雪解け水が渓流となって流れる。

自然そのままの姿を守る『国営アルプスあずみの公園』には、さまざまな野生動物も暮らす。

『大町ダム』の雄大な眺め。ダム周辺は芸術祭の会場にも指定されている。

二科三湖のひとつ「青木湖」には、芸術祭の作品も展示されている。

「男清水」と「女清水」は道路を挟んで正面。ぜひ両方を飲み比べてみたい。

水質の良さを証明する、透明感あるおいしい名物たち。

食の観点でも、水の存在は欠かせません。雪解け水をたっぷり蓄える野菜や果物、澄んだ水で育つ川魚をはじめ、大町名物の多くは水によって支えられています。

たとえば市内で十数件の店が味を競うそば。使用するそば粉や技術はさまざまですが、共通するのは透明感のある味わいと喉越しの良さ。古くから“水の良い場所のそばは旨い”と言われますが、大町市も例外ではありません。

水が決め手となる酒も同様。市内には3つの酒蔵があり、それぞれが高い評価を得ています。さらに近年は、市内初のクラフトビール醸造所『北アルプスブルワリー』もオープン。「地元の水の魅力を伝えるため、あえて水質調整をせずにそのままの水でつくる」というクラフトビールは、水の甘みが感じられるような素晴らしい出来栄えです。

お土産物も充実しています。日本屈指のフィッシングスポットとして多くのファンがいる『鹿島槍ガーデン』では、信州サーモンや希少なイワナの卵などを販売中。鹿島川の流れをそのまま利用した養殖場で育つ魚の、驚くほど臭みのない味わいを楽しめます。

『キハダ飴本舗』で販売中の「キハダ飴」は、キハダという木の実を煮出したエキスでつくる飴。ほろ苦く、香り豊かな飴は、一度味わうとクセになりそうな独特なおいしさ。『キハダ飴本舗』の敷地内でのびのびと育つキハダの木も、雪解け水によって支えられています。

名物のそばは、市内各所で味わえる。水の豊かさがおいしさの肝。

地元住民はそれぞれ贔屓のそば屋がある。写真は老舗そば処『タカラ』のざるそば。

フィッシングスポット兼養殖場の『鹿島槍ガーデン』。鹿島川から直接水を引いている。

「キハダ飴」は大町市以外では「七十七歳飴」として販売されている。

『キハダ飴本舗』の敷地内の沢。大町市内では随所でこのような光景が見られる。

町全体が巨大な美術館に。北アルプス国際芸術祭の見どころ。

さて、ここまで大町市の水の豊かさをご紹介してきましたが、もうひとつの柱であるアートも見逃せません。そもそも大町市には、赤い屋根が印象的な信濃大町駅の駅舎をはじめ、フォトジェニックなスポットがたくさん。

さらに現在開催中(2021年10月2日〜11月21日)の『北アルプス国際芸術祭』により、さながら街全体がひとつの美術館のような様相を呈しています。

伝統的な古民家や博物館を舞台にした作品、施設の壁や地面に描かれた作品、そして道路脇にそのまま展示される作品。町を歩くだけで、そこかしこでアートが目に飛び込んできます。作家の個性が光るさまざまな芸術作品が、古い家屋や山々の景色と調和する、いわばアートと自然の融合は、この町でしか楽しめない景観です。

作品数は絵画、立体物、建築、インスタレーション、パフォーマンスなど計42作品。会期中はシャトルバスも運行され、効率よくアートを鑑賞することができます。

自然との色彩のコントラストが美しいJR信濃大町駅の駅舎。

路上に直接展示されている作品も。(ジミー・リャオ/私は大町で一冊の本に出逢った)

古民家などを舞台にした体験型の作品もある。(ニコラ・ダロ/クリスタルハウス)

既存の建築物を活用したこの土地ならではの作品も多い。(淺井裕介/土の泉)

【期間限定】大町市の天然食材を五感で感じるディナーメニュ

大町の魅力を満喫したら、宿泊は北アルプスの懐に抱かれる『ANAホリデイ・インリゾート信濃大町 ホテルくろよん』へ。

400年以上の歴史を誇る「葛温泉」を贅沢にかけ流した露天風呂・大浴場、フィットネスジムや屋内温水プールなどの設備が充実。小さなお子様から大人までゆったりとお過ごしいただけるでしょう!

さらに10月末日までは、東京・青山の人気レストラン『HATAKE AOYAMA』神保佳永シェフとコラボしたスペシャルディナーが登場。

大町の野菜の魅力に惚れ込み、地元産食材を吟味してつくり上げた全5品のディナーコースは、『鹿島槍ガーデン』のイワナのオードブル、地元産椎茸パウダーが決め手のパスタ、レアに仕上げた信州サーモンのインパナート、地元が誇る信州黄金シャモの胸肉を低温調理したメインディッシュ。さらに、大町のそば粉100%のガレットと地場産リンゴのデザートという内容。

巧みなアイデアが組み合わさり生み出される逸品を、マウンテンリゾートという非日常の空間で、ご家族や大切な方と一緒にご満喫ください。

豊かな水に癒やされ、アートを愛で、食を楽しむ。長野県大町市でのひとときは、きっと誰しもの心に確かな足跡を残す体験となることでしょう。

暖炉を囲みながら感じる”非日常のリゾートステイ”

​自然の景色を見渡せるバルコニー付きデラックスツインルーム

限定ディナーコースの一品「大町産信州サーモンのインパナート 大町野菜のタルタル添え」。レアに揚げた信州サーモンの旨味と食感がポイント。

希少な信州黄金シャモを使うメインディッシュ「信州黄金シャモの低温調理 旬野菜のサルサ」。

デザート「倉科製粉所のそば粉のガレット 大町産リンゴキャラメルソース」。ほろ苦いソースが、香り豊かなそば粉のガレットと響き合う。


Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 大町市)

ヘビーサーマル クルーネックロングTシャツ(2021AW新色)

アイアンハートクルーネックサーマルTシャツ

  • 各部の縫い合せは全て4本針で縫製
  • ワンウォッシュ済み
  • 綿100%の肉厚ワッフルで作りました。
  • 基本仕様は【IHTL-1213】のサーマルヘンリーと同様です
  • 2021AWネイビーとオリーブが新登場!

サイズスペック

 着丈肩幅バスト裾回り袖口幅袖口幅
XS61.5377668569
S64398476589
M66.5419284609.5
L694310092629.5
XL71.5451081006410
XXL74471161086610.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 素材の特質上、サイズに個体差があります。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。

素材

  • 綿:100% |ボディ : 20/- (肉厚ワッフル) ,リブ : 畦編み

ヘビーサーマル ヘンリーネックロングTシャツ(2021AW新色)

IRON HEARTヘンリーネックサーマルTシャツ

  • 各部の縫い合せは全て4本針で縫製
  • ワンウォッシュ済み
  • 綿100%の肉厚ワッフルで作りました。
  • 2021AW新色!!

IHTL-1213:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 62.5 39.0 76.0 71.0 56.0 9.0
S 65.0 41.0 84.0 79.0 58.0 9.0
M 67.5 43.0 92.0 87.0 60.0 9.5
L 70.0 45.0 100.0 95.0 62.0 9.5
XL 72.5 47.0 108.0 103.0 64.0 10.0
XXL 75.0 49.0 116.0 111.0 66.0 10.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 素材の特質上、サイズに個体差があります。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。

素材

  • 綿 100% ボディ : 20/- (肉厚ワッフル) リブ  : 畦編み

ヘビーサーマル ヘンリーネックロングTシャツ(2021AW新色)

IRON HEARTヘンリーネックサーマルTシャツ

  • 各部の縫い合せは全て4本針で縫製
  • ワンウォッシュ済み
  • 綿100%の肉厚ワッフルで作りました。
  • 2021AW新色!!

IHTL-1213:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 62.5 39.0 76.0 71.0 56.0 9.0
S 65.0 41.0 84.0 79.0 58.0 9.0
M 67.5 43.0 92.0 87.0 60.0 9.5
L 70.0 45.0 100.0 95.0 62.0 9.5
XL 72.5 47.0 108.0 103.0 64.0 10.0
XXL 75.0 49.0 116.0 111.0 66.0 10.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 素材の特質上、サイズに個体差があります。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。

素材

  • 綿 100% ボディ : 20/- (肉厚ワッフル) リブ  : 畦編み

目指すのは、おいしさの先にある「快楽」。シチュエーションまで考慮する3種類のペアリング。[和光アネックス/東京都中央区]

今回の考案にあたり、酒30種以上、食品50種以上を試した。無数の組み合わせから選んだ珠玉の3種にご期待を。

WAKO ANNEX家庭でのんびり楽しむ。シーンに沿った組み合わせの提案。

2021年10月1日(金)、『和光アネックス』地階のグルメサロンがリニューアル。テーマは、日本の酒や食材の魅力に改めてスポットを当てる「FIND OUT ABOUT NIPPON」です。『ONESTORY』は、その企画プロデュースとして参画しています。

日本全国から見つけ出した「おいしいニッポン」は、アルコール及びノンアルコールのドリンクやデリカテッセンなど多種多様。しかし、本企画における特徴は、これまでに類を見ない食べ合わせのプレゼンテーションにあります。

今回、そのセレクターとして登場するのは、第14代酒サムライであり、自身のお店『GEM by moto』を営む 日本酒ソムリエの千葉麻里絵さんです。

千葉さんが提案する酒と食品の食べ合わせの妙は、既存にはなかった視点や独自の感性にあります。

「お酒と料理を組み合わせて、互いを高め合う。それは素晴らしいことですが、そこにシチュエーションを考えることで、さらに幅が広がります」と、にこやかに語る千葉さん。

例えば、仕事の話の中なら会話を途切れさせない、寄り添うような組み合わせ。賑やかなパーティなら場を華やかにするコンビネーション。そして今回のように家庭でのんびり楽しむなら、心安らぐおいしさに加え気軽さ、手軽さも重視する。それが千葉さん流の考え方。

「おいしいのは当たり前。そこに驚きやシーンに合った工夫を加えることで、おいしさの先にある“快楽”を目指したい」。

果たして、千葉さんは、どのような提案をしてくれるのでしょうか。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、千葉麻里絵さんがセレクトする19種のお酒や食品をはじめ、8種のペアリングをご用意しております。WAKOオンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

千葉さんが提案するペアリングは、ただのペアリングにあらず。概念を覆す驚きに満ちた食べ合わせは、おいしいはもちろん、楽しい場と時間も作り出す。

WAKO ANNEX酒、柿、山椒。3つの要素が相互に響き合う。

まず千葉さんが手にとった酒は『冨田酒造』の「七本鎗 武者修業 木桶仕込み」。滋賀県で500年近くも続く老舗『冨田酒造』と『松本酒造』の杜氏を退いた松本日出彦氏とのコラボレーションから生まれた一本。『和光アネックス』地階 グルメサロン及び『和光オンラインストア』限定の品です。

「『七本鎗』は無骨さ、土の温かさ、大地と米の恵みをどっしりと伝えるお酒。対して松本さんの持ち味はクリアな透明感。このコラボレーションでは見事に両者が表現されています」と、まずは酒を評した千葉さん。そして、「甘みの奥に、まるでタンニンのような、茶の渋みのような味を感じました。だから直感的に“柿が食べたい”と思ったんです」と続けました。

そしてその第一印象を頼りに、柿を探し始めました。もちろん柿ならどれでも良いわけではありません。千葉さんが大切にしているのは「お酒と料理のテンションを合わせる」こと。「ワインが油絵だとすれば、日本酒は水彩画や水墨画。そこに合わせて自然で優しい甘さを合わせたい」。

様々な柿を試食した千葉さんが決めたのは、奥能登『陽菜実園』が栽培からこだわる完全無添加ドライフルーツ「ひなみ柿」でした。

「甘みが自然で、ほんのかすかな渋みがあるこの柿が、お酒のテンションとぴったり。お酒の無骨な土っぽさにこの柿がすんなりと寄り添います」と千葉さん。

しかし酒の半分の魅力にだけ寄り添う千葉さんではありません。もう半分の魅力、松本氏の透明感。千葉さんはそこに『飛騨山椒』の「実山椒」を合わせました。しかも食品と酒の片側通行の組み合わせではありません。柿の甘さと山椒の爽やかな香り、山椒によってさらにキレが増す酒。三者がそれぞれ役割を果たしながら見事に調和する驚きの組み合わせです。

酒と食品はもちろん、実山椒と柿も好愛称。「実山椒と柿を交互に食べながらお酒を飲んでみてください」と千葉さん。

『冨田酒造』が満を持して挑んだ木桶仕込み。松本氏とのコラボレーションは、『和光アネックス』地階 グルメサロン及び『和光オンラインストア』のみ限定販売。

「味が形として見える」という千葉さんの発想は直感的。しかし、直感の影には膨大な知識の蓄積がある。

WAKO ANNEXまるで合わせ出汁のように、酒の余韻を持ち上げる。

続いて千葉さんが選んだ酒は石川県『吉田酒造店』の「手取川 山廃 純米大吟醸 百万石乃白」。最高の日本酒を造るため11年の歳月をかけて開発された酒米・百万石乃白を使い、『吉田酒造店』お得意のモダン山廃で仕込んだ酒です。

「山廃のしっかり味、と思いきや軽くてすっきり飲みやすい。マスカットのような香りと乳酸のようなクリーミーな後味です」とまずは酒の評価。そして千葉さんが着目したのは、後味の部分でした。

「後に残る味わいに、喉の奥にさらなる可能性を感じます。ここに旨味を合わせたらどうなるか、それを確かめたい」。そう言って千葉さんが手にしたのは『マルキチ阿部商店』の「リアスの詩 さんまこぶ巻」。旬の新鮮なサンマを昆布で巻き、醤油ダレで煮込んだ逸品です。

「山廃ですから光モノの魚が合うのは当然。さらに昆布の旨味がお酒のポテンシャルを引き出します」と千葉さんが狙ったのは、昆布のグルタミン酸により引き出され、持ち上げられる後味の余韻。煮物に酒を加えて食材の旨味を引き出すように、まるで合わせ出汁のような深みある旨味が長く尾を引きます。

単品ではすっきりだった酒が、フードと合わせることでふくよかで旨味ある味わいに変わる。組み合わせることでまったく別のキャラクターを引き出すのもまた、千葉さんの狙いのひとつです。

山廃仕込みと和の旨味を合わせる。王道のようだが、その裏には「余韻」という狙いが潜んでいる。

日本酒への愛ゆえに、ときに話は発酵や稲作の歴史の話まで。千葉さんの朗らかな人柄が、薀蓄を楽しい酒の肴に変える。

「口に含んだ瞬間のピリッとしたガス感が心地よい」と千葉さん。微発泡は搾ってすぐに瓶詰めした鮮度の証。

WAKO ANNEX甘酒にオイル。意外な組み合わせの先にある驚きの調和。

3つ目に千葉さんが選んだのは、甘酒でした。岩手の民宿『とおの屋 要』が造るナチュラルな甘酒は、実はもともと甘酒が苦手だったという千葉さんが「これは別格。上品で自然な甘さで毎朝飲んでいます」という愛飲の品。しかし単体で完結しているこの甘酒で、どのような組み合わせを狙うのでしょう。すると千葉さんが取り出したのは『アグリオリーブ』の「エキストラバージンオリーブオイル」。

千葉さんは、甘酒のテクスチャに注目していました。

「甘酒は、マットな質感が特徴。ここにオリーブオイルを少々垂らすと、まるでビシソワーズのような、クリーミーなスープのようになります」と千葉さん。

「上質な革を使ったカバンを磨いて艶が出るイメージ」。

千葉さんの言葉が、腑に落ちます。甘酒のしっかりとした質感にオイルが加わることでその味わいは滑らかに、艷やかになり、さらにオリーブのフレッシュな青っぽさが甘酒の甘みにさらなる深みを加えます。それから「ペアリングというより、料理ですね」と笑う千葉さんですが、驚きの組み合わせと味わいの変化を前にすれば、些細なこと。改めて酒と食品の組み合わせの奥深さを感じさせてくれました。

テンション、余韻、質感に注目して考案した3種類の組み合わせ。すべてに共通するのは、合わせることで未知なる魅力が立ち上がってくること。

「それぞれ単体でおいしいものばかりですが、そこに出合いを付け足すとそれは“体験”になります。体験することでおいしさ以上の楽しさ、快楽を見つけて頂ければ。そしてその楽しさを通して、日本の食の底力を改めて感じてください」そう総括した千葉さん。ぜひ今回の組み合わせを“体験”し、その驚きをご自身で体感してみてください。

どぶろくでも知られる『民宿とおの』は、米の栽培も手掛ける。この甘酒も白米の米麹から丁寧に仕込まれる。

甘酒にオリーブオイルをほんのひと垂らし。それだけで劇的に変わる味わいに驚かされる。

「ペアリングはパズルをはめる感覚」という千葉さん。そのピタリと合致する組み合わせはお見事。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)にて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、千葉麻里絵さんがセレクトする19種のお酒や食品をはじめ、8種のペアリングをご用意しております。WAKOオンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

岩手県出身。保険会社のSEから日本酒に魅了されたことで飲食業界に転身。新宿の『新宿の『日本酒スタンド酛(もと)』に入社後、利酒師の資格を取得。日本全国の酒蔵を訪ね、酒類総合研究所の研修などにも参加し、2015年に『GEM by moto』をオープン。化学的知見から一人ひとりに合わせた日本酒を提供する。口内調味やペアリングというキーワードで新しい日本酒体験を作り、日本のみならず海外のファンを魅了し続けるかたわら、様々なジャンルの料理人や専門家ともコラボレーションし、新しい日本酒のスタイルを日々模索する。2019年には日本酒や日本の食文化を世界に発信する「第14代酒サムライ」に叙任。。主な作品は、『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)など。出演作は、映画『カンパイ!日本酒に恋した女たち』(配給:シンカ)。https://www.marie-lab.com/

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8  MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp

Photographs:植田 城維 (HYBRID FACTORY)
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(Supported by WAKO)

「武者修業」完結。仲間と醸した五蔵の酒、それは松本日出彦が生きた証。

左より、秋田『新政』、栃木『仙禽』、滋賀『七本鎗』、福岡『田中六五』、熊本『花の香』と造り上げた「武者修業」における五本。

 約9ヶ月に及ぶ「武者修業」を終えた松本日出彦氏。全身全霊を注ぎ込み、五蔵それぞれの酒を仕上げた。「自分の人生を変えた酒造りになりました。五蔵の皆様と支えてくれた家族、周囲の方々には、感謝しかありません」。

HIDEHIKO MATSUMOTO最も旨い「中汲み」を「直汲み」。魂を込めた五蔵のスペシャルエディション。

2020年12月31日。自身の蔵元である『松本酒造』を父親とともに去ることになってから約9ヶ月。

紆余曲折しながら「武者修業」という題を自らに課し、酒造りを再開した松本日出彦氏ですが、それを成すことができたのは、仲間の支えがあったからこそ。

秋田『新政』、栃木『仙禽』、滋賀『七本鎗』、福岡『田中六五』、熊本『花の香』。

五蔵の「武者修業」は、決して平坦な道のりではありませんでした。しかし、もう一度、酒造りに没頭できる環境は、すべてを失った松本氏にとって幸福な時間だったに違いありません。

それぞれ醸した酒は、仕上がった順に「別誂」としてリリースされましたが、即完売。しかし、「武者修業」の最後に酒造りを終えた『新政』に合わせ、五蔵「直汲み」という特別仕様こそ、今回の真髄。「武者修業」における五蔵の酒が一堂に会すのは、初になります。

その数は、各蔵限定75本のみ。

※「武者修業」における五蔵「直汲み」は、各蔵限定75本のみになります。2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地下1階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)のみ、購入可能になります。

自社圃場の保有、無農薬栽培の実現など、(佐藤)祐輔さんは有言実行。それを信じて酒造りをしているプロフェッショナル集団こそ、『新政』たるゆえん。“美味しい競争に興味はありません。自分は、文化的価値の高いお酒を目指しています”と話していた祐輔さんの思想は、これからの日本酒業界にも必要なことだと思いました」。

「『仙禽』といえば、自分の中では人生初のもと摺り。見た目は地味ですが、相当な労力、体力、忍耐力を要します。薄井(一樹)さん(右)から『武者修業』は『仙禽オーガニックナチュール』でと言われた時は、一番難しい造りが来た……と思いました。杜氏の(薄井)真人さん(左)との酒造りも学びが多かったです」。

「最初に訪れた『武者修業』先が『冨田酒造』でした。決して酒造りに向いているわけではない玉栄の米を使い続ける酒造りに地元の愛を感じました。不器用だけど真っ直ぐな冨田(泰伸)さんらしい決断と覚悟。そんな想いが『七本鎗』の味にも出ていると思います」。

「五蔵の中でも田中(克典)さんとは一番付き合いが古く、学生時代からの友人でもあります。『白糸酒造』が守ってきたハネ木搾りによって、『田中六五』は生まれているのだと感慨深い気持ちになりました。酒袋を槽(ふね)に積む作業は、本当に苦しかったです」。

「神田(清隆)さんとは、面識がある程度だったので、今回の一件でご連絡をいただいた時にはびっくりしました。『花の香酒造』が大事にしている産土(うぶすな)の精神と熊本の在来品種・穂増(ほませ)を復活させた熱量には、心が熱くなりました」。

松本氏の密着を始めてから、本人の手を定点観測。上段左より、「武者修業」前、『七本鑓』、『花の香』。下段左より、『田中六五』、『仙禽』、『新政』。

HIDEHIKO MATSUMOTOどうしても「直汲み」として形に残しておきたかった。「武者修業」は、掛け替えのない時間だったから。

「『直汲み』は、造り手にとって最も大切なお酒になります。搾り始める酒の最初と最後の荒い部分を除いた一番質の良い『中汲み』のみを厳選し、酒粕と清酒が離れる瞬間を酸化させずに直接手で汲み入れます。手間暇がかかるだけでなく、量産できないため、一般に流通できないのですが、今回は、どうしてもそれを形に残しておきたかったのです。今回お世話になった五蔵に限らず、日本酒造りは、非常に閉ざされた世界です。そんな環境の中に余所者の自分を受け入れてくれた五蔵の方々には感謝しかありません。何もかも失ってしまった自分に居場所を与えてくれました。役目を与えてくれました。大袈裟かもしれませんが、自分は生きていいのだと思わせてくれました。だから、その掛け替えのない時間を形に残しておきたかった。もちろん、このお酒の価値は、自分ではない誰かが決めることだと理解しています。我がままかもしれませんが、それでも残しておきたかった」。

酒造りは、基本的に全ての蔵が同じ時期に行うため、例え余所者を受け入れる許容ある蔵があったにせよ、職人同士が現場を共にすることは不可能。今回は、皮肉にも松本氏が蔵を失ったからこそ実現できました。

そして、それぞれにおける酒造りという長いシーズンを振り返り、松本氏は「楽しかった」と言います。

「仕込みながら微調整していくライブ感や目指すべき味の目線合わせをしていく緊張感。そして、シーズンを戦い抜くために命をかける魂のぶつかり合い。予測はできても状況判断は、現場にいなければできません。現実を受け入れられなかった当初は内に籠ってしまった時もありましたが、仲間のおかげで心が動いた。体が動いた。色々な物事には理論や理屈はあるけど、実際に行動した人にしか見ることができない景色があるのだと感じました」。

「直汲み」は、希少な酒です。しかし、語弊を恐れずに言えば、「武者修業」の価値はそこにありません。

昨今における世界的な情勢も手伝い、日常や当たり前は奪われてしまいました。働き方、暮らし方など、様々は一変。改めて、「生きる」ことは何かを深く考えた人も少なくないのではないでしょうか。

ゆえに、今回においても、ただ酒の「直汲み」にあらず。松本氏が酒職人として空白の時代を作らなかった「生きた証」なのです。

「『武者修業』のお酒を通して、ほんの少しでも誰かに生きる力を与えられたらなと思っています。この難局も手伝い、疲れてしまったり、元気をなくしてしまったり、先が見えなかったり……。おこがましいかもしれませんが、それでも前を向いて生きる意義を感じてもらえたら嬉しく思います」。

かく言う松本氏自身も「武者修業」を通して前向きになれたひとり。前出の「楽しかった」と振り返れた心境しかり、最後に残した言葉がそれを物語っています。

「すべてをひっくり返しても、先祖代々が大切に残してくれた酒蔵で酒造りをさせていただいた『松本酒造』には感謝しかありません」。

おそらく、これほどまでに人の想いと魂が込められた酒は、これまでも、これからもないでしょう。

「武者修業」を終えた松本日出彦は、今何を思う。

「やっぱり自分は酒が造りたい。それがちゃんと確信に変わった」。

松本日出彦の密着は、まだ続く。

「武者修業」をスタートさせる前、「酒造りをしている時は手が硬い。酒造りができていない今の手は、柔らかい。シーズン中にこんな自分の手を見るのはいつぶりだろうか……」と話していた松本氏。約9ヶ月後、すべての「武者修業」を終えた手は、酒職人の手になっていた。

※「武者修業」における五蔵「直汲み」は、各蔵限定75本のみになります。2021年10月1日(金)にリニューアルオープンした『和光アネックス』地下1階のグルメサロン及びWAKOオンラインストア(上記バナー)のみ、購入可能になります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2010年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層の人気を集める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

映画監督・河瀨直美が体験する、創造的休暇。

紀寺の家 「きおくと現実のはざまで」
文・河瀨直美

 紀寺で生まれ、紀寺で育った。紀寺はわたしの故郷である。この路地の先の長屋には、現実ときおくを行き来する空間がある。余分なものは一切無い。庭にある木々たちも、自らの場所をわきまえて存在している。枝葉を太陽に向かって伸ばしている姿は美しい。領域は無限だが、わきまえることで、その無限は無限たるに在る。季節ごとのしつらえも、あるがままに美しい。ひとりがこんなに贅沢なのは、物言わぬものたちが、その存在そのもので充分に豊かだからだ。それ以上でも以下でもない。比べることもない。私が私であって良いと彼らに存在を認めてもらっているような安心感が心を満たす。歩くこと、迷うこと、時間を気にしないこと、委ねること。丁寧に生きるとは、私の中の私を愛でることなのかもしれない。あたりまえに備わっている自分に感謝すること。もうひとつの目を持って、それらを見つめること。この空間は、そうして私を解放する。ああ、自由だ。風が心地よい。ささいな陰影が目に飛び込んでくる。細やかな物事がまるで奇跡のように思えたら、ここにある創造的休暇は、どんなことよりも贅沢だ。これでもかこれでもかとありとあらゆるものを自分の周りに置いて過ごしてみても、何やら孤独が押し寄せる夜は、ふっとこの路地の向こうを思い描いてみよう。そうすれば心の奥のほうに確かに存在しているあの日の自分を取り戻せるかもしれない。

 アテもない散歩、この辻を曲がれば何に出会えるのだろうと心弾ませていたあの日、私の笑顔はきっと穏やかで清々しい色をしていたに違いない。あの色にもう一度逢いにいく。でも、もう少し、だから、ここで頑張ってみる。そう思い、空を見上げるとまんまるなお月様がじっと私を見つめてくれていた。梢の向こうに輝くそれは、この地球に暮らす人々の上に等しく光を放つ。ああ、同じだね。大好きだよ。ここにいるよ。ありがとう。

1969年生まれ、奈良県出身。地元・奈良を拠点に映画を創り続ける。一貫したリアリティの追求はカンヌ映画祭をはじめ、各国の映画祭で受賞多数。代表作は、「萌の朱雀」、「殯の森」、「2つ目の窓」、「あん」、「光」など。映画監督のほか、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、故郷奈良において「なら国際映画祭」をオーガナイズしながら次世代の育成にも力を入れている。最新作「朝が来る」は、第73回カンヌ映画祭公式セレクション、第93回米アカデミー賞国際長編映画賞候補、日本代表として選出。第44回日本アカデミー賞では、6部門で優秀賞と新人俳優賞を受賞。また、東京2020オリンピック公式映画監督に就任。2025年大阪・関西万博のプロデューサー兼シニアアドバイザー。バスケットボール女子日本リーグの会長も務める。プライベートでは、野菜やお米も作る一児の母。
www.kawasenaomi.com

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
http://machiyado.com

Photographs:HARUHI OKUYAMA

「紀寺の家」と「奈良」を通して、「創造的休暇」について考える。

紀寺の家自然と生きる。自然に生きる。

奈良には、自然が溢れています。『紀寺の家』からゆっくりとそれを目指すに連れ、町の風景から樹々の風景へと変化し、徐々に人の気配は消えてゆきます。中には1000年以上、地に根を張り続ける木のある森もあり、そこに身を置けば、人類の無力ささえ感じます。

また、霧や靄をまとった自然の姿は、生命力にみなぎり、野生を感じさせます。真の自然とは、ただ優しく、美しいだけではありません。時に狂気も孕みながら、神聖なる領域を維持しているのだと思います。

大地があり、種が落ち、芽生え、雨によって水を蓄え、植物は育ち、やがて森や林、山を作る。環境が備われば、生き物も暮らし、そこには生態系が創造されます。ただただ、圧倒されつつ、私たち人間はこの場所から生まれた恵みをいただいているのだと気付きます。

『紀寺の家』では田んぼを借り、苗から育てたお米でごはんを炊いています。苗は、山々から湧き出る水によって育ちます。私たち人間は、それを体内に取り入れます。自然に生かされているのです。日々の忙しさに感け、そんな当たり前を忘れてしまいがちですが、決して、当たり前は当たり前ではありません。

自然と生きるとは何か。自然に生きるとは何か。技術やテクノロジーが進化し続けるからこそ、考えなければいけないことだと思います。人類の本当の進化は、いつの時代も創造力から生まれていると信じているからです。

紀寺の家見えるものではなく、見えないことを知る。

奈良には数々の伝統行事があります。中には、1000年以上前より続くものもあり、その行事を知ることは、町の歴史や文化を知ることにもつながります。

日本各地に著名な行事は数多くありますが、ただ見るだけで終えてはいけないと思います。そこに深く根付いた理由や源に触れることに意味があると考えるからです。残り続けているからには、何か大切なメッセージが隠されているはずです。なぜ、なくしてはいけないのか。なぜ、なくならなかったのか。なぜ、想うのか、祈るのか、願うのか。

見えるものではなく、見えないことに本質は潜んでいます。創造力を膨らませ、考え続けるからこそ、応えが見つかるのだと思います。

紀寺の家ものの命は、人の命よりも長い。

『紀寺の家』は、100年余の歴史を刻む建物です。5棟の町家群を修復したそこには、独特の時間が流れていると思います。その理由を少し考えてみました。

修復するという行為は、実は、非常に時間と手間がかかります。いっそのこと、解体し、建て直してしまった方が効率良く建築物はできてしまいます。しかし、『紀寺の家』は、古き良き建物を残す活動を続けています。なぜなら、そうやってこれまでも誰かが守ってきたからです。

建物を残すということは、風景を残すことにつながると思います。それを先人たちが成してくれたおかげで、時空を超えた奈良町の邂逅体験を現代に与えてくれました。

『紀寺の家』では、長きにわたり生き続けている建物の呼吸を感じていただけると思います。使い込まれた床、撓んだ木材、圧倒的存在を放つ梁……。経年による老いは、深みを増し、美しい空間を形成しています。つまり、ここには、100年前の時間が残っているのです。

いつか、私たち人間は死を迎えてしまいます。しかし、建物は、その後も生き続けていくでしょう。『紀寺の家』がこれからできることは何か。それは、正しい人に正しくこの建物を引き継いでいくことです。

これから先、この建物には、どんな未来が待っているのだろうか。未来を創造するということは、過去を振り返るきっかけにもなるのです。そんな両輪的発想から何が生まれるのか。

ものの命は、人の命よりも長いです。100年後も『紀寺の家』が建つ奈良町の風景を創造しながら、今日もまたお客様をお迎えしています。そして、ほんの少しでも「創造的休暇」を感じるようなことがあれば、是非、『紀寺の家』の方々に教えてあげていただければと思います。

紀寺の家灯の数だけ、暮らしがある。

奈良町には、古い民家が建ち並ぶ風景が今なお残っています。旧市街地ゆえ、夜になると暗さが際立ちますが、それによって存在感を増すのが灯です。
路地に建ち並ぶ民家からこぼれ落ちる灯は、古き良き奈良町の風景だと思っています。

灯の数だけ暮らしがある。
灯の数だけ家庭がある。
灯の数だけおいしいごはんがある。
灯は創造力を掻き立てます。

風景は、心の奥にあった記憶を手繰り寄せてくれます。ある日、そんなことに想いを馳せながら散歩をしてみると、突如現れる異質な空間も愛おしく感じました。さらに歩を進めると、足元に百日紅。目の上に咲く花の美しさもあれば、散る美しさもある。

視点を変えれば、いつもの風景が全く違うものに映るかもしれません。

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
http://machiyado.com

Photographs:HARUHI OKUYAMA
Text:YUICHI KURAMOCHI

10年という節目に迎えた試練。導かれた「創造的休暇」という応え。

紀寺の家私たちは何かを失っただけではない。そこから何かを得なければいけない。

2021年10月、「紀寺の家」は、10周年を迎えます。

「本来であれば、様々な計画を練るところでありますが、ご存じの通り、2020年より人類を脅かす世界規模の難局が訪れてしまいました。以降、「新型コロナウイルス」という言葉を、ニュースや報道などにおいて目にしない日は一日もありません」。そう語るのは、『紀寺の家』の主人、藤岡俊平氏です。

突如現れたそれは、瞬く間に人類から日常や当たり前を奪ってしまいました。『紀寺の家』も例外ではありません。

「空室が続き、宿屋としての存在価値を失ってしまい、経営面はもちろん、何よりお客様をお迎えできないことはこんなにも辛く苦しいことなのだという現実を知ることになりました。夢であったら覚めてほしいと思うも、夢ではありません」と言葉を続けます。

まるで役目を終えてしまったかのような『紀寺の家』には、ただただ静寂が漂っていました。どうしたらいいのか。残念ながら、時間はたっぷりあります。予定もありません。

もし、この問題が終息したとしても、日常は戻ってこないかもしれません。当たり前は、当たり前ではなくなっているかもしれません。色々なことが藤岡氏の頭の中で巡ります。

そんな時、まるで導かれるように藤岡氏は「創造的休暇」という言葉と出合いました。今まさに、その時と同じ現象が起きているのではないでしょうか。

17世紀、著名な学者、アイザック・ニュートンが経験したパンデミック。そして、ニュートンが故郷へ避難したからこそ「万有引力の法則」を発見できたように、『紀寺の家』でも何か発見できるのではないか。そんな能動的な思考が生まれたのです。

藤岡氏は、再度、誰もいない『紀寺の家』へ足を踏み入れてみます。すると、これまでにはなかった感性が芽生えている自分に気が付きました。

「昨今、急速なテクノロジーや技術の革新により、物事の良し悪しを“時短”で判断するという風潮を感じます。頼んだものがすぐ届く。検索すればすぐ見つかる。買いたいものがすぐ買える……。旅においても、美しい景色やおいしい食事は、インターネット上に溢れ、行ったつもり、食べたつもり、見たつもりなどの“つもり”現象もしばしば。もちろん、それらによって格段に便利になったこともあるでしょう。しかし、本当にそれが全て正しいのでしょうか。誰もいない『紀寺の家』には、正しい時間が流れていました」。

窓から差し込む朝日、日中には陽光が空間を優しく包み込み、徐々に染まりゆく朱色が夕刻の便りを届けてくれます。その残像による気配を片隅に、群青色から闇へとグラデーションしていき、やがて夜が訪れる。奈良の夜は暗いです。しかし、暗いからこそ、月明かりが美しく星が煌めいています。

ここには、1時間を30分にするような「時短」はありません。正しい時間が正しく流れています。

「忘れてしまった何かを感じました。我々は、正しい時間を正しく体感できているだろうか。正しい食材を正しくいただけているだろうか。正しいものを正しく使えているだろうか。正しい自然と正しく共存できているだろうか。そして、人として正しく生きられているだろうか」。

寄せては返す波のごとく、様々な自問自答を重ねました。もしかしたら、自己との対峙によってニュートンも何かを得たのかもしれません。

近道ではなく遠回りをしてみる。表側ではなく裏側を見てみる。角度を変えて物事と向き合ってみる。いつもの場所へひとけを避けて違う時間に訪れてみる。その対象は「紀寺の家」だけではありません。真夜中の社寺、誰もいない山頂、早朝の原始林……。

大袈裟なことではなく、ほんの少し視点を変えるだけで、これまで気付きを得ることがなかった何かに出合えるかもしれません。

庭にある木から落ちるりんごをヒントに着想を得たニュートンのように。

大地の鼓動、風の音、光の陰影、自然への敬意、そして、生きるとは何か。

無だからこそ見える景色、無だからこそ聞こえる音、無だからこそ得られる感受。

その先にある豊かさとは何か……。

「人類は、地球上の一生物に過ぎません。そんなことも、こんな時代になってしまったからこそ再認識するきっかけになりました。これも私にとっては、発見のひとつです」。

「創造的休暇」の応えは、人それぞれです。

「自身の心に耳を傾け、開眼した世界に気付きを得る体験こそ、“創造的休暇”なのだと思います。私たちは何かを失っただけではありません。そこから何かを得なければいけません。10年という節目。様々な想いを、ここに記しておきたいと思います」。

住所:奈良県奈良市紀寺町779 MAP
TEL:0742-25-5500(受付時間9:00~19:00)
http://machiyado.com

Photographs:HARUHI OKUYAMA
Text:YUICHI KURAMOCHI

切っても脂が滲まない、臭みと無縁の味。至高の淡水魚・信州サーモン。[鹿島槍ガーデン/長野県大町市]

北アルプスの雪解け水で育つ信州のブランド魚。

北アルプスの豊かな自然に囲まれ、力強くも澄んだ味わいの食材を生産する長野県大町市。そんな大町市で素晴らしい食材を探すべく、イタリアンの巨匠『HATAKE AOYAMA』神保佳永シェフが大町市を巡りました。
今回出合ったのは、研究者の探究心と生産者の熱意、そして長野の清冽な水が生んだ奇跡の淡水魚・信州サーモン。神保シェフは信州サーモンに何を感じ、そしてどんな料理を思いついたのでしょうか。

北アルプスの雪解け水を源とする鹿島川の水。夏でも15度以下という低い水温が特徴。

最新のバイオテクノロジーで誕生した信州サーモン。

時は20世紀の終わり頃。「信州ならではの食材を」との思いから長野県水産試験場で淡水魚の研究が始まりました。しかし新品種の開発はそう簡単には進まず、時間が流れます。そして約10年の歳月を費やし、ついに満足のできる種が誕生しました。
それは細心のバイオテクノロジーによってニジマスとブラウントラウトを交配し、両者の良いところを受け継いだ種。三倍体という遺伝子構造で雄しか存在せず卵を産まないため、産卵のエネルギーを脂の乗った肉厚な身として蓄えます。研究者はその輝く銀色の魚体から、この魚を“信州サーモン”のと名付けました。

特殊な技術によって生まれる信州サーモンの稚魚は長野県水産試験場で育てられ、そこから県内の各養殖場に出荷されます。そこから先は、熟練の魚飼いたちの出番。独自に餌を工夫し、環境に細心の注意を払いながら、それぞれが愛情を持って育てます。やがて同じ信州サーモンでも養殖場によって違いが生まれ、2〜3年後に成長しきる頃にはその生産者の自慢のブランドとして出荷されるのです。

銀色に輝く体からサーモンの名がついた信州サーモン。身は肉厚で鮮やかなオレンジ色。

クセがなく、適度な脂が乗った信州サーモンは、もちろん刺し身でも抜群のおいしさ。

水産試験場から出荷された稚魚を、各生産者が丹精込めて育て上げる。

鹿島川の清き水が育てる臭みのない魚。

名峰・鹿島槍ヶ岳の懐に位置する『鹿島槍ガーデン』は、そんな養殖場のひとつ。正確には広大な敷地の中に管理釣り場と養殖場を備えたフィッシングガーデンで、巨大なニジマスやトラウト、ときにはイトウまで釣れると釣り人たちの伝説として語られる名所です。

そんな『鹿島槍ガーデン』は、人生を川魚の養殖一筋に捧げてきた社長・矢野口千浪氏が1971年に開きました。安曇野穂高生まれの矢野口氏は、当時28歳。釣り場を開くことを夢見て、良質な水を探して長野中を歩き回りました。そしてとうとう見つけたのが、安曇野にもほど近いこの場所。「探していた場所がこんなに近くにあったんですね」矢野口氏は懐かしそうに振り返ります。

矢野口氏が惚れ込んだのは、鹿島川の水。北アルプスの雪解け水を源流とするこの水は、冬場は水温0度まで下がり夏場でも15度以下。川の水をそのまま引いている養殖場も、自然そのままの環境です。そしてこの厳しさが、結果としておいしい魚を育てました。

というのも冬場、極寒となる水中の魚たちは活動を止め、餌をまったく食べなくなります。ゆえに一般的な養殖場と比べ、成長まで2倍近くの時間がかかるのです。そしてゆっくり育てることで臭みが抜け、クリアなおいしさの身になるのだとか。さらに冷たい水は身を引き締め、脂を良質にします。自然に近い環境のため余分な脂は乗らず、身には旨味がギュッと凝縮されます。「鹿島川ほどおいしい魚のいる川はない」矢野口氏はそう胸を張ります。

実は以前に何度も『鹿島槍ガーデン』を訪れ、信州サーモンも料理に使用していた神保シェフ。つまりその品質は、すでにシェフのお墨付きです。それでも再びこの地を訪れ、矢野口氏と再会の挨拶を交わすと、すぐに養殖場の見学や試食などで変わらぬ品質を確認します。

鹿島川の水をそのまま引き込む『鹿島槍ガーデン』は、自然に近い生育環境。

『鹿島槍ガーデン』の矢野口氏。半世紀以上の月日を、川魚の養殖に捧げてきた。

『鹿島槍ガーデン』を見学する神保シェフと『ANA ホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん』 の泉田シェフ。

『鹿島槍ガーデン』では信州サーモンのほか、希少な岩魚の刺身や卵などを試食させてもらった。

濃厚な旨味と食感を、シンプルな調理で際立てるシェフの技。

「川魚特有の臭みが一切なく、身が引き締まっている。海の魚にも負けない味です」

そう言い切る神保シェフ。
そして神保シェフが『鹿島槍ガーデン』の信州サーモンも使って作ってくれたのは、意外にもシンプルなフライでした。

「鹿島槍ガーデンの信州サーモンは、揚げても身がしっかりと締まった肉のような身質ですから、レアのねっとりとした食感を味わってみてください」とフライに仕立てた理由を教えてくれた神保シェフ。
さらに「切ったときに赤い脂が滲んでこない。身に臭みがまったくない。いろいろと魚を食べてきましたが、ここまでクリアな味わいの川魚ははじめてです。多くの場合、臭みの原因は水質。だから鹿島槍ガーデンは、水質が本当に良いんでしょうね。何しろ岩魚を刺し身で食べられる養殖場ですから」と手放しの称賛を寄せました。

レシピはパン粉を付けて揚げる一般的なフライの作り方。イクラを添え、バジルオイルで香りを付け、仕上げにパプリカの粉を振れば、より本格的な味わいに。
内部をレアに揚げるコツは「2cmほどの厚みの場合なら冷蔵庫から出したての魚を、180度で2分ほど揚げる。表面がこんがりしてきたら、内側はちょうどレアになっています」と神保シェフ。

揚げたてを頂いてみると、衣の香ばしさとねっとりとした独特の信州サーモンの食感、ギュッと締まって旨味を湛えた身、イクラの塩気とタルタルソースの酸味が一体となった極上の味。一見、家庭料理のようですが、さまざまな小技で一体感を演出するのは、まさにスターシェフならではのテクニックです。

『鹿島槍ガーデン』のいくら(奥)と岩魚の卵(手前)。この希少な味も神保シェフのインスピレーションを刺激した。

フライといってもシェフが仕立てるのは、美しく盛り付けた洋食としての逸品。

中は見事なレア。衣の香ばしさとの食感の対比や濃厚な味わいが楽しめる。

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 長野県大町市)

切っても脂が滲まない、臭みと無縁の味。至高の淡水魚・信州サーモン。[鹿島槍ガーデン/長野県大町市]

北アルプスの雪解け水で育つ信州のブランド魚。

北アルプスの豊かな自然に囲まれ、力強くも澄んだ味わいの食材を生産する長野県大町市。そんな大町市で素晴らしい食材を探すべく、イタリアンの巨匠『HATAKE AOYAMA』神保佳永シェフが大町市を巡りました。
今回出合ったのは、研究者の探究心と生産者の熱意、そして長野の清冽な水が生んだ奇跡の淡水魚・信州サーモン。神保シェフは信州サーモンに何を感じ、そしてどんな料理を思いついたのでしょうか。

北アルプスの雪解け水を源とする鹿島川の水。夏でも15度以下という低い水温が特徴。

最新のバイオテクノロジーで誕生した信州サーモン。

時は20世紀の終わり頃。「信州ならではの食材を」との思いから長野県水産試験場で淡水魚の研究が始まりました。しかし新品種の開発はそう簡単には進まず、時間が流れます。そして約10年の歳月を費やし、ついに満足のできる種が誕生しました。
それは細心のバイオテクノロジーによってニジマスとブラウントラウトを交配し、両者の良いところを受け継いだ種。三倍体という遺伝子構造で雄しか存在せず卵を産まないため、産卵のエネルギーを脂の乗った肉厚な身として蓄えます。研究者はその輝く銀色の魚体から、この魚を“信州サーモン”のと名付けました。

特殊な技術によって生まれる信州サーモンの稚魚は長野県水産試験場で育てられ、そこから県内の各養殖場に出荷されます。そこから先は、熟練の魚飼いたちの出番。独自に餌を工夫し、環境に細心の注意を払いながら、それぞれが愛情を持って育てます。やがて同じ信州サーモンでも養殖場によって違いが生まれ、2〜3年後に成長しきる頃にはその生産者の自慢のブランドとして出荷されるのです。

銀色に輝く体からサーモンの名がついた信州サーモン。身は肉厚で鮮やかなオレンジ色。

クセがなく、適度な脂が乗った信州サーモンは、もちろん刺し身でも抜群のおいしさ。

水産試験場から出荷された稚魚を、各生産者が丹精込めて育て上げる。

鹿島川の清き水が育てる臭みのない魚。

名峰・鹿島槍ヶ岳の懐に位置する『鹿島槍ガーデン』は、そんな養殖場のひとつ。正確には広大な敷地の中に管理釣り場と養殖場を備えたフィッシングガーデンで、巨大なニジマスやトラウト、ときにはイトウまで釣れると釣り人たちの伝説として語られる名所です。

そんな『鹿島槍ガーデン』は、人生を川魚の養殖一筋に捧げてきた社長・矢野口千浪氏が1971年に開きました。安曇野穂高生まれの矢野口氏は、当時28歳。釣り場を開くことを夢見て、良質な水を探して長野中を歩き回りました。そしてとうとう見つけたのが、安曇野にもほど近いこの場所。「探していた場所がこんなに近くにあったんですね」矢野口氏は懐かしそうに振り返ります。

矢野口氏が惚れ込んだのは、鹿島川の水。北アルプスの雪解け水を源流とするこの水は、冬場は水温0度まで下がり夏場でも15度以下。川の水をそのまま引いている養殖場も、自然そのままの環境です。そしてこの厳しさが、結果としておいしい魚を育てました。

というのも冬場、極寒となる水中の魚たちは活動を止め、餌をまったく食べなくなります。ゆえに一般的な養殖場と比べ、成長まで2倍近くの時間がかかるのです。そしてゆっくり育てることで臭みが抜け、クリアなおいしさの身になるのだとか。さらに冷たい水は身を引き締め、脂を良質にします。自然に近い環境のため余分な脂は乗らず、身には旨味がギュッと凝縮されます。「鹿島川ほどおいしい魚のいる川はない」矢野口氏はそう胸を張ります。

実は以前に何度も『鹿島槍ガーデン』を訪れ、信州サーモンも料理に使用していた神保シェフ。つまりその品質は、すでにシェフのお墨付きです。それでも再びこの地を訪れ、矢野口氏と再会の挨拶を交わすと、すぐに養殖場の見学や試食などで変わらぬ品質を確認します。

鹿島川の水をそのまま引き込む『鹿島槍ガーデン』は、自然に近い生育環境。

『鹿島槍ガーデン』の矢野口氏。半世紀以上の月日を、川魚の養殖に捧げてきた。

『鹿島槍ガーデン』を見学する神保シェフと『ANA ホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん』 の泉田シェフ。

『鹿島槍ガーデン』では信州サーモンのほか、希少な岩魚の刺身や卵などを試食させてもらった。

濃厚な旨味と食感を、シンプルな調理で際立てるシェフの技。

「川魚特有の臭みが一切なく、身が引き締まっている。海の魚にも負けない味です」

そう言い切る神保シェフ。
そして神保シェフが『鹿島槍ガーデン』の信州サーモンも使って作ってくれたのは、意外にもシンプルなフライでした。

「鹿島槍ガーデンの信州サーモンは、揚げても身がしっかりと締まった肉のような身質ですから、レアのねっとりとした食感を味わってみてください」とフライに仕立てた理由を教えてくれた神保シェフ。
さらに「切ったときに赤い脂が滲んでこない。身に臭みがまったくない。いろいろと魚を食べてきましたが、ここまでクリアな味わいの川魚ははじめてです。多くの場合、臭みの原因は水質。だから鹿島槍ガーデンは、水質が本当に良いんでしょうね。何しろ岩魚を刺し身で食べられる養殖場ですから」と手放しの称賛を寄せました。

レシピはパン粉を付けて揚げる一般的なフライの作り方。イクラを添え、バジルオイルで香りを付け、仕上げにパプリカの粉を振れば、より本格的な味わいに。
内部をレアに揚げるコツは「2cmほどの厚みの場合なら冷蔵庫から出したての魚を、180度で2分ほど揚げる。表面がこんがりしてきたら、内側はちょうどレアになっています」と神保シェフ。

揚げたてを頂いてみると、衣の香ばしさとねっとりとした独特の信州サーモンの食感、ギュッと締まって旨味を湛えた身、イクラの塩気とタルタルソースの酸味が一体となった極上の味。一見、家庭料理のようですが、さまざまな小技で一体感を演出するのは、まさにスターシェフならではのテクニックです。

『鹿島槍ガーデン』のいくら(奥)と岩魚の卵(手前)。この希少な味も神保シェフのインスピレーションを刺激した。

フライといってもシェフが仕立てるのは、美しく盛り付けた洋食としての逸品。

中は見事なレア。衣の香ばしさとの食感の対比や濃厚な味わいが楽しめる。

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 長野県大町市)

苦いものは苦く、辛いものは辛く。自然そのままの環境で力強く育つ信濃大町の野菜。[アルプス八幡農園/長野県大町市]

野菜の魔術師・神保シェフ、本領発揮の野菜料理。

土壌や水質、寒暖差や日照時間。ある土地で育つ野菜には、その土地の風土がダイレクトに表れるもの。長野県大町市の野菜が各方面から高い評価を受けるのは、北アルプスの水、寒暖差のある気候、豊かな土壌などが野菜栽培に適していることの証明なのでしょう。
そんな大町市の野菜生産者を、『HATAKE AOYAMA』の神保佳永シェフが訪ねました。野菜料理に定評があり、“野菜の魔術師”の異名を持つ神保シェフ。そんなシェフに大町市の野菜は、どんな爪痕を残すのでしょうか。

豊かな水と肥沃な土壌が育む信濃大町の野菜。そのおいしさはプロの料理人の間でも高評価を得ている。

一家で移住して就農し、環境保全型農業に挑戦。

この国には時折、常識破りの生産者がいます。手間暇や合理性を度外視し、ただ作物のおいしさをストイックに追求する求道者のような人。土地の特性を理解し、その恩恵を最大限に活かすスーパー生産者。
北アルプス山麓、標高700mの場所で家族で営む『アルプス八幡農園』も、きっとそんな生産者のひとつ。

『アルプス八幡農園』の畑を訪れてみると、すぐに一般的な畑との違いに気がつくことでしょう。まず見た目が違うのは、畝の間に雑草が伸びていること。ここでは畑に住むさまざまな生き物が暮らしやすい環境を作るべく、無農薬無化学肥料で環境保全型農業を進めているのです。雑草も定期的に刈るのではなく、伸びすぎて作業に支障を来す状態になったら刈るだけ。さらに刈った雑草はその場に留め、やがて土に還ります。雑草があるから手を抜いているのだと思うなら大間違い。作付けの場所を計算し、害虫避けには虫が嫌うハーブを植えるなどの工夫を凝らし、むしろ普通以上の多大な手間暇をかけ、自然に近い状態を保持しているのです。

話を聞かせてくれたのは責任者の八幡大智さん、そして父の八幡博己さん。実は八幡一家はこの地の出身ではなく、農業も2010年に関西から移住し就農しました。

大智さんが農業に傾倒したきっかけは幼い頃に何度も訪れていた祖母の家での家庭菜園の記憶、そして父・博己さんに連れられて訪れた大自然の記憶。成長した大智さんは農業高校、農業大学に進学し、その後、研修センターで実践を積みました。そして「いよいよ自分の畑を」と考えていたちょうどその頃、会社を定年退職した博己さんも第二の人生を大好きな山を眺めながら過ごしたいと引っ越しを目論んでいました。そうしてふたりの意見が合致した結果、長野県大町市への移住を決意したのです。

3年ほど経験を積んだ後、いよいよこの地に『アルプス八幡農園』がスタートしました。しかし相手は自然。大智さんは家族みんなで団結しながら、少しずつ野菜の収穫量を増やしました。

『アルプス八幡農園』の若き代表・八幡大智氏。大学で体系的に学んだ知識と実践で得た経験が武器。

父・博己氏は定年退職してこの地へ。ホームページやデータ管理なども博己氏の仕事。

一見、雑草が伸びてワイルドに見える畑だが、その実各所に細やかな計算が潜んでいる。

新鮮で瑞々しく、味の濃い無農薬野菜たち。

現在『アルプス八幡農園』で育てられるのは年間60品種ほど。家族経営のため大幅に収穫量を増やすことはできませんが、少量多品種、そして抜群のおいしさでリピーターをがっちりと掴んでいます。

そんな『アルプス八幡農園』の野菜の一番の特徴は、食感と甘み。シャキッと瑞々しい食感は、北アルプスの清冽な水をたっぷりと吸って育つから。口に広がる野菜本来の優しい甘みは寒暖の差が大きい大町市の気候特性をうまく使いこなしているから。そして何より、自然に近い環境を作り出すことで野菜に適度なストレスがかかり、植物が本来持つ力強い生命力が揺り起こされるから。

つまりここの野菜のおいしさは、この大町市という土地で、八幡一家の熱意なしでは育たないもの。ただ無農薬野菜といえばシンプルですが、その裏には真摯においしさを追求する一家の思いがこもっているのです。

そして“野菜の魔術師”たる神保シェフは、畑を訪れてすぐにその本質を見抜きました。
「畑を見るとワイルドな自然のままの姿に見えます。そしてひとつひとつの野菜に目を凝らしてみると、それがのびのびと生命力に満ちているのがわかります。どれも本当においしい野菜です」

神保シェフの考える野菜のおいしさとは、野菜本来の個性がはっきりと見えること。甘さやみずみずしさだけでなく、苦味や青臭さといった要素も野菜のおいしさの一貫だといいます。
「大根なら苦味と辛味、カブならみずみずしい甘み、ピーマンは苦味と青臭さ。それぞれの個性がはっきりと主張する素晴らしい野菜です」

少量多品種が『アルプス八幡農園』の方針。西洋野菜などの珍しい品種も作られている。

畑で博己氏の解説を聞く神保シェフ。栽培方法に関する鋭い質問も飛び出した。

許可を得て畑の隅々まで見て回る神保シェフ。宝物を見つけた子供のような好奇心に満ちた姿が印象的だった。

細かな技で野菜の魅力を引き出すバーニャカウダサラダ。

神保シェフは『アルプス八幡農園』の個性際立つ野菜に敬意を表し、その個性をより引き出したバーニャカウダサラダを作りました。一見シンプルなサラダですが、それぞれに手の込んだひと手間が加えられています。

ししとうは、素揚げ。揚げることで生のえぐ味を少し抑え、甘みとほのかな酸味を加えます。小カブは皮付きのままゆっくりと茹で、甘みを引き出しました。色による味のわずかな違いまで伝わる繊細な火入れです。ズッキーニは下茹で、大根は薄切りであえて生のまま。レタスは中心部を使い、赤タマネギは赤ワインビネガーでマリネ。

「イメージは八幡農園のあの畑。ワイルドな印象でありながら、ひとつひとつは繊細な手入れがされている。そんな様子を一皿で表現しました」

ソースは『アルプス八幡農園』のニンニクを牛乳で茹でこぼし、オリーブオイルとアンチョビを加えてミキサーへ。ビネガーを少々加えることで、野菜が引き立つ軽やかな味わいにしました。仕上げのパウダーは、キャベツとグリーンカールを茹でてから乾燥させて砕いたもの。抹茶のようなほろ苦さと青い香りが、サラダに奥行きを加えました。

「あの畑を訪れ、直接見ていなければ生まれなかった料理です」神保シェフの言葉には野菜と生産者への深い敬意が込められていました。

『アルプス八幡農園』から届いた野菜。「水が良いのでしょう。食感が瑞々しく、日持ちも良い」と神保シェフ。

野菜ひとつひとつに合わせた下ごしらえ。素材を見極め、その魅力を際立てる引き出しの多さはさすが。

「単体だとアクやクセが目立つ野菜を集合させて、全体のバランスを取る」ことがサラダのコツだという。

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 長野県大町市)

ストレスなく育つことで、旨味を凝縮する長野のブランド鶏・信州黄金シャモ。[松下農園/長野県大町市]

真摯に、実直に、地鶏と向き合うひたむきな生産者。

豊かな自然と清冽な水に恵まれ、この土地ならではの食材を多数擁する長野県大町市。そのクリアな味わいは、イタリアンの巨匠たる『HATAKE AOYAMA』神保佳永シェフを唸らせました。
街を巡り、生産者と会話を交わしながら、食材を見極め、料理のイメージを膨らませた神保シェフ。そのイメージが形となり、後に神保シェフは3つの料理を仕立てました。野菜、魚、肉、それぞれが主役となる3皿。その食材と料理から、信濃大町の食材の魅力が伝わります。

北アルプスの澄んだ水が、信濃大町産食材のおいしさの源。

信濃大町が誇る食材を、名シェフが美皿へと昇華。

「こんなバカなこと、やっている人はいないだろうね」

長野県のブランド鶏・信州黄金シャモを育てる『松下農園』の松下豊弘氏は、そう笑いました。それは決して自嘲などではなく、誇りに満ちた笑顔でした。

信州黄金シャモとは、父鶏に旨味の強いシャモ、母鶏に弾力とコクがある名古屋種という在来種2種をかけ合わせた信州生まれの地鶏。それぞれの長所を受け継いだ、適度な弾力と濃厚な旨味を兼ね備えた鶏です。
さらに血統のみならず、一般的な地鶏が75日以上に対し120日以上と定めた飼育期間、1平米5羽以下とする飼育環境など、厳しい基準を定め品質の保持に務めています。

それほどまでに徹底して旨味を追求する信州黄金シャモですが、『松下農園』は、さらに上を行く飼育をします。それが、家畜に心を寄り添わせ、ストレスのない飼育を目指すアニマルウェルフェアの追求です。松下氏は厳しい基準をさらに越える飼育環境や、米を中心とした飼料など、考えうるさまざまな飼育方法を実践。つまり松下氏のいう“バカなこと”とは、採算を度外視しブランドの基準を大きく越える手間暇をかけて鶏を育てること。

愛情をいっぱいに受けて、ストレスなく育った『松下農園』の信州黄金シャモは、品種特性である歯を押し返すような弾力がありながら、そこから少し顎に力を込めるとさっくりと噛み切れる柔らかさも併せ持っているのです。

一般的な地鶏の飼育基準が1㎡10羽以下に対し、信州黄金シャモの基準は1㎡5羽以下。

『松下農園』の松下豊弘氏。実直な人柄で、手間ひまかけた飼育を実践する。

飼育日数もブロイラーの3倍近い120日以上を基準。じっくりと時間をかけて育てる。

最後の出荷を終え幻となった地鶏。

在来種100%の魅力を受け継ぐ品種特性と、さらに徹底したこだわりで育つ『松下農園』の信州黄金シャモ。アミノ酸のなかでも旨味成分であるアスパラギン酸とグルタミン酸がとくに豊富で、塩焼きにするだけでも溢れる旨味が感じられます。もちろん、そんな逸品をプロの料理人たちも放っておきません。焼き鳥屋から洋食店まで、地元のみならず首都圏からも引き合いがあり、松下氏は鶏舎を増築しながら常時1000羽以上の雛を育てていました。

しかし多大な手間隙をかけ、プロの料理人向けに作っていた鶏だけにコロナ禍による飲食店休業の打撃は、松下氏にダイレクトに響きました。丹精込めて育てても廃棄となってしまう。松下氏は苦渋の決断として鶏の飼育を休止し、卵の販売に切り替えることにしました。かつて1000羽いた雛も70羽にまで減少。もちろん、状況が落ち着けば再開予定ですが、現状、『松下農園』の信州黄金シャモは、幻の鶏となってしまいました。

『松下農園』を訪れた『HATAKE AOYAMA』の神保佳永シェフも、松下氏の話に神妙に聞き入っていました。そして、最後に残っていた信州黄金シャモを譲り受け、料理を仕立てます。料理人にとって、食材や生産者への最大の敬意は、おいしく料理すること。

イメージはすでに固まっていました。味の軸は信州黄金シャモの適度な弾力の中から溢れ出す濃厚な旨味。それを引き出すのは、同じく信濃大町で出合った香り豊かな行者にんにく。そして神保シェフの頭の中にあった料理が、形を成します。

松下氏と会話を交わす神保シェフ。生産者の苦境に料理人としてできることを模索する。

大町市『キハダ飴本舗』の行者にんにく。旬に収穫し、オリーブオイルと塩で漬けたもの。

『キハダ飴本舗』の行者にんにく畑は、全国有数の規模を誇る。

信州黄金シャモのソテー 行者にんにくのソース

信州黄金シャモは、皮目に熱したバターを繰り返し流しかけながらじっくりと火を入れる。こうすることで、皮目はパリッと香ばしく、身はしっとりやわらかいという食感のグラデーションが生まれます。そして高温のバターで閉じ込められた鶏自体の旨味が、口の中で溢れ出すのです。
添えるソースはオイル漬けにした行者にんにくに、さらににんにくを利かせたもの。強くなりすぎて鶏の旨味を消さないよう、レモンをたっぷり絞って軽やかさを加えます。添えたのは信濃大町の野菜のグリルと、仕上げの白トリュフ。香りに特徴のある食材たちが、まるでパズルのピースのようにぴたりとはまり、見事に調和した風味となっています。

バター、オイル、地鶏、トリュフという重量級素材でありながら、鶏の食感や旨味がはっきりと感じられるのは、レモンが透明感を加えるから。あっという間に作り上げた料理でありながら、まるでコースのメインディッシュのようにテーマと味わいのはっきりした料理。その重層的な味わいの中で、いっそう信州黄金シャモの存在感が際立っていました。

熱したバターを繰り返し表面にかけて火を入れるフレンチの技法で、皮を香ばしく焼き上げる。

ソースは主張し過ぎず、けれども弱すぎず。信州黄金シャモの持ち味を理解しているからこその絶妙な加減。

肉、ソース、添えた野菜。すべてが過不足なく、一体となっておいしさを伝える。

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 長野県大町市)

その味わい、軽やかにして、濃醇。輝き始めた石川県独自の新品種酒米「百万石乃白」。前編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

ずらりと並んだ石川県の日本酒を前に、ワインテイスターの大越基裕氏。どれも原料に新品種酒米・百万石乃白を使った、デビュー間もない日本酒だ。
※写真の百万石乃白を使った日本酒は、2021年2月時点で入手できたものです。

百万石乃白新しい酒米「百万石乃白」で醸された未知なる日本酒の数々。

日本酒の新酒の搾りが最盛期を迎えた2月、とある共通点をもった日本酒が一堂に集められました。ずらりと並んだ21種の日本酒はすべて、石川県にある酒蔵が酒米「百万石乃白」を原料に使って醸したもの。2020年から本格的な醸造が始まったばかりの、まだあまり世に知られていない1本が勢ぞろいしています。

これらを一挙に唎(き)いてみようというのは大越基裕氏。フランスでワイン醸造を学び、グランメゾンでシェフソムリエを務めた経験を持つ、日本のトップソムリエのひとりです。現在は、モダンベトナム料理とファインワインの店『An Di』を経営しながら、ワインテイスターとしてレストランや飲料メニューの監修やプロデュース、商品開発などで活躍中。日本酒にも精通しており、国際的な日本酒コンクールでの審査員の経験もあります。造り手、レストランサービス、カスタマー…さまざまな視点で酒類を見つめることができるプロフェッショナルです。

「21本を一気にテイスティングすることによって、まだベールに包まれた百万石乃白という新しい酒米の輪郭が浮かび上がってくることでしょう」と、大越氏は期待します。1本につき酒、水、酒と2回の試飲で一口の酒をじっくりと味わいながら、パソコンに素早くメモを打ち込んでいきます。時折、酒を口に運ぶや否や大越氏の目の色が変わるような瞬間が見られました。そのような銘柄では、とりわけ入念にテイスティングを行われていきます。

試飲しながら、香りの種類や味わいの特徴、バランス、持っている世界観などを素早くメモしていく。

『ONESTORY』フードキュレーターの宮内隼人も大越氏と共にすべての酒を唎いた。

百万石乃白通底する “軽やかさ”、きらりと光る個性。

テイスティングを終えた大越氏は開口一番、率直な感想を語ります。
「全体としては、ミッドパレット(最初に感じる味わいの次に感じる中間部の味わい)から余韻に向かって軽やかなイメージがあるように思います。旨口系のリッチな口当たりの酒を主に造っている蔵であっても、うま味とともに軽やかな終わり方をしてくれる 。心地よい抜け感がある“軽やかなお米”という印象を受けました」

百万石乃白の特長の一つが、他の酒米と比べて元々のタンパク質含有量が少ないこと。このことにより、雑味の原因となるアミノ酸が少なくなり、雑味の少ないきれいな酒を造りやすくなります。もう一つの特長は、高精白できること。玄米の表面をたくさん削っても割れにくく、雑味の元となるアミノ酸が多く含まれる表層部分を取り除くことができる。この二つの特長の相乗効果で、さらに、他の酒米に比べアミノ酸が少なくなり、すっきりした味わいに仕上げやすい酒米と言えます。大越氏は百万石乃白のポテンシャルを次のようにまとめています。

「百万石乃白は、軽やかさが光る一方、おそらくタンパク質含有量が低いことにより、主にミッドパレットの厚みが控えめになりがちという傾向もあるように感じました。厚みを出すためにうま味を無理に出そうとすると、キレが損なわれて味わいが重くなりがちです。軽やかな印象はそのままに、うま味は優しく広がり、輪郭が整っている。心地よくキレていく余韻と共に全体がうまくまとまっている。これが百万石乃白のポテンシャルを高次元に発揮させたお酒のイメージではないかと思います」

以下、大越氏の具体的なコメントとともに4本を紹介します。

天狗舞 COMON 純米大吟醸
精米歩合:50%
アルコール度数:15%
車多酒造

「元々味わいをきっちり出すことに長けている蔵元。天狗舞らしいキャラメル系やシリアル系の香り、完熟したバナナのような芳醇な香りを出しつつも、味わいにフレッシュ感を残していて軽やか。うま味と爽やかさのバランスが秀逸です。一般的には純米大吟醸の酒では明確な酸味が出てこないことが多い中、心地いい酸も感じられる。この酸があるおかげで、うま味のキレもよくなっています。天狗舞らしい力強い味わいと百万石乃白のデリケートさを見事にクロスさせています」

手取川 純米大吟醸原酒 百万石乃白
精米歩合:50%
アルコール度数:15%
吉田酒造店

「グリーンアップルに加えてほんのりストロベリーのような香りが印象的なのですが、手取川の素晴らしい点は、この香りの出し方をきちんと抑制し味わいとバランスを取っていること。グリーンアップル系の香りを出す場合、日本酒はやや甘い味わいの印象に仕上げられることが多いので、このような軽やかさが持ち味のお米とバランスを取るために、香りのコントロールがひときわ重要となります。この手取川は香りが絶妙に抑えられていて見事に軽やかであり、ミネラリーなニュアンスまである。香り、軽やかさ、ミネラル感が1本の線にうまくまとめられていて、非常にタイト、ピュア、そしてエレガントなストラクチャー(骨格)に仕上がっていると感じました」

奥能登の白菊 百万石乃白 純米吟醸
精米歩合:55%
アルコール度数:15%
白藤酒造店

「どこまでも、とことん穏やか。蒸しあげたお米やバナナのやさしい香り。口に入れた瞬間からソフトで、ミッドパレット、余韻に至るまでやさしく穏やかで、軽やかなタッチで終わっていきます。前出の手取川とは対照的に、明確な味わいのストラクチャーが出現するのではなく、ふんわりとやさしい世界観に包まれます。百万石乃白の酒米としての本質、純粋な部分を、もしかすると最もうまく捉えている造りなのかもしれません」

遊穂 生もと 純米 百万石乃白
精米歩合:68%
アルコール度数:14%
御祖酒造

「今回の21本の中で最も個性的と言えます。キャラメル系、シリアル系、完熟バナナ、パン・デピス(香辛料が入ったライ麦パン)などの香りが感じられます。非常に強いうま味と酸味のコントラストが表現されています。うま酸っぱさが際立つ世界観でありながら、最後は穏やかにキレていく。遊穂はうま酸っぱい世界観を極めて高度につくり上げる蔵です。もっとうま味や酸味を押し出した酒もありますが、このように極めて軽やかに終わっていくのは、百万石乃白という酒米ならではの個性が生かされているからでしょう。強く、芳醇な味わいを押し出す遊穂スタイルが、百万石乃白によってライトに表現されているという点で、新たなとても魅力的な仕上がりになっています」

百万石乃白を使った日本酒のテイスティングを通じて、「日本酒は農作物である」という認識を新たにしたと大越氏は話します。
「こうして百万石乃白を共通項に横断的に味わったことで、各蔵が元々持っている個性の奥に、百万石乃白が生み出す世界観が浮かび上がってきました。石川県産の独自の米を地元の蔵がみんなで使い、さまざまな日本酒が生み出されていく。これにより、石川の土地で、石川の米で、石川の水で、石川の人の力で醸された日本酒は、なんとなくこんなおいしさであると提示できたのです。元来、日本酒は農作物であり、その土地の恵みが凝縮されたもの。その個性を味わう喜びをあらためて実感しました」

「百万石乃白は軽やかな世界観を展開する酒米という本質が見えてきた」と大越氏。

1976年、北海道生まれ。国際ソムリエ協会インターナショナルA.S.Iソムリエ・ディプロマ。渡仏後2001年より『銀座レカン』ソムリエ、2006年より約3年間フランスにてブドウ栽培・ワイン醸造を学ぶ。帰国後同店シェフソムリエに就任。2013年、ワインテイスター/ワインディレクターとして独立。2017年にモダンベトナム料理店『An Di』オープン。世界各国を回りながら、最新情報をもとにコンサルタント、講演、執筆などを通じてワインの本質を伝えている。日本酒や焼酎にも精通しており、ワインと日本酒を組み合わせた食事とのマリアージュにも定評がある。

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県、公益財団法人いしかわ農業総合支援機構)

石川県食のポータルサイト
いしかわ百万石食鑑
https://ishikawafood.com/

その味わい、軽やかにして、濃醇。輝き始めた石川県独自の新品種酒米「百万石乃白」。前編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

ずらりと並んだ石川県の日本酒を前に、ワインテイスターの大越基裕氏。どれも原料に新品種酒米・百万石乃白を使った、デビュー間もない日本酒だ。
※写真の百万石乃白を使った日本酒は、2021年2月時点で入手できたものです。

百万石乃白新しい酒米「百万石乃白」で醸された未知なる日本酒の数々。

日本酒の新酒の搾りが最盛期を迎えた2月、とある共通点をもった日本酒が一堂に集められました。ずらりと並んだ21種の日本酒はすべて、石川県にある酒蔵が酒米「百万石乃白」を原料に使って醸したもの。2020年から本格的な醸造が始まったばかりの、まだあまり世に知られていない1本が勢ぞろいしています。

これらを一挙に唎(き)いてみようというのは大越基裕氏。フランスでワイン醸造を学び、グランメゾンでシェフソムリエを務めた経験を持つ、日本のトップソムリエのひとりです。現在は、モダンベトナム料理とファインワインの店『An Di』を経営しながら、ワインテイスターとしてレストランや飲料メニューの監修やプロデュース、商品開発などで活躍中。日本酒にも精通しており、国際的な日本酒コンクールでの審査員の経験もあります。造り手、レストランサービス、カスタマー…さまざまな視点で酒類を見つめることができるプロフェッショナルです。

「21本を一気にテイスティングすることによって、まだベールに包まれた百万石乃白という新しい酒米の輪郭が浮かび上がってくることでしょう」と、大越氏は期待します。1本につき酒、水、酒と2回の試飲で一口の酒をじっくりと味わいながら、パソコンに素早くメモを打ち込んでいきます。時折、酒を口に運ぶや否や大越氏の目の色が変わるような瞬間が見られました。そのような銘柄では、とりわけ入念にテイスティングを行われていきます。

試飲しながら、香りの種類や味わいの特徴、バランス、持っている世界観などを素早くメモしていく。

『ONESTORY』フードキュレーターの宮内隼人も大越氏と共にすべての酒を唎いた。

百万石乃白通底する “軽やかさ”、きらりと光る個性。

テイスティングを終えた大越氏は開口一番、率直な感想を語ります。
「全体としては、ミッドパレット(最初に感じる味わいの次に感じる中間部の味わい)から余韻に向かって軽やかなイメージがあるように思います。旨口系のリッチな口当たりの酒を主に造っている蔵であっても、うま味とともに軽やかな終わり方をしてくれる 。心地よい抜け感がある“軽やかなお米”という印象を受けました」

百万石乃白の特長の一つが、他の酒米と比べて元々のタンパク質含有量が少ないこと。このことにより、雑味の原因となるアミノ酸が少なくなり、雑味の少ないきれいな酒を造りやすくなります。もう一つの特長は、高精白できること。玄米の表面をたくさん削っても割れにくく、雑味の元となるアミノ酸が多く含まれる表層部分を取り除くことができる。この二つの特長の相乗効果で、さらに、他の酒米に比べアミノ酸が少なくなり、すっきりした味わいに仕上げやすい酒米と言えます。大越氏は百万石乃白のポテンシャルを次のようにまとめています。

「百万石乃白は、軽やかさが光る一方、おそらくタンパク質含有量が低いことにより、主にミッドパレットの厚みが控えめになりがちという傾向もあるように感じました。厚みを出すためにうま味を無理に出そうとすると、キレが損なわれて味わいが重くなりがちです。軽やかな印象はそのままに、うま味は優しく広がり、輪郭が整っている。心地よくキレていく余韻と共に全体がうまくまとまっている。これが百万石乃白のポテンシャルを高次元に発揮させたお酒のイメージではないかと思います」

以下、大越氏の具体的なコメントとともに4本を紹介します。

天狗舞 COMON 純米大吟醸
精米歩合:50%
アルコール度数:15%
車多酒造

「元々味わいをきっちり出すことに長けている蔵元。天狗舞らしいキャラメル系やシリアル系の香り、完熟したバナナのような芳醇な香りを出しつつも、味わいにフレッシュ感を残していて軽やか。うま味と爽やかさのバランスが秀逸です。一般的には純米大吟醸の酒では明確な酸味が出てこないことが多い中、心地いい酸も感じられる。この酸があるおかげで、うま味のキレもよくなっています。天狗舞らしい力強い味わいと百万石乃白のデリケートさを見事にクロスさせています」

手取川 純米大吟醸原酒 百万石乃白
精米歩合:50%
アルコール度数:15%
吉田酒造店

「グリーンアップルに加えてほんのりストロベリーのような香りが印象的なのですが、手取川の素晴らしい点は、この香りの出し方をきちんと抑制し味わいとバランスを取っていること。グリーンアップル系の香りを出す場合、日本酒はやや甘い味わいの印象に仕上げられることが多いので、このような軽やかさが持ち味のお米とバランスを取るために、香りのコントロールがひときわ重要となります。この手取川は香りが絶妙に抑えられていて見事に軽やかであり、ミネラリーなニュアンスまである。香り、軽やかさ、ミネラル感が1本の線にうまくまとめられていて、非常にタイト、ピュア、そしてエレガントなストラクチャー(骨格)に仕上がっていると感じました」

奥能登の白菊 百万石乃白 純米吟醸
精米歩合:55%
アルコール度数:15%
白藤酒造店

「どこまでも、とことん穏やか。蒸しあげたお米やバナナのやさしい香り。口に入れた瞬間からソフトで、ミッドパレット、余韻に至るまでやさしく穏やかで、軽やかなタッチで終わっていきます。前出の手取川とは対照的に、明確な味わいのストラクチャーが出現するのではなく、ふんわりとやさしい世界観に包まれます。百万石乃白の酒米としての本質、純粋な部分を、もしかすると最もうまく捉えている造りなのかもしれません」

遊穂 生もと 純米 百万石乃白
精米歩合:68%
アルコール度数:14%
御祖酒造

「今回の21本の中で最も個性的と言えます。キャラメル系、シリアル系、完熟バナナ、パン・デピス(香辛料が入ったライ麦パン)などの香りが感じられます。非常に強いうま味と酸味のコントラストが表現されています。うま酸っぱさが際立つ世界観でありながら、最後は穏やかにキレていく。遊穂はうま酸っぱい世界観を極めて高度につくり上げる蔵です。もっとうま味や酸味を押し出した酒もありますが、このように極めて軽やかに終わっていくのは、百万石乃白という酒米ならではの個性が生かされているからでしょう。強く、芳醇な味わいを押し出す遊穂スタイルが、百万石乃白によってライトに表現されているという点で、新たなとても魅力的な仕上がりになっています」

百万石乃白を使った日本酒のテイスティングを通じて、「日本酒は農作物である」という認識を新たにしたと大越氏は話します。
「こうして百万石乃白を共通項に横断的に味わったことで、各蔵が元々持っている個性の奥に、百万石乃白が生み出す世界観が浮かび上がってきました。石川県産の独自の米を地元の蔵がみんなで使い、さまざまな日本酒が生み出されていく。これにより、石川の土地で、石川の米で、石川の水で、石川の人の力で醸された日本酒は、なんとなくこんなおいしさであると提示できたのです。元来、日本酒は農作物であり、その土地の恵みが凝縮されたもの。その個性を味わう喜びをあらためて実感しました」

「百万石乃白は軽やかな世界観を展開する酒米という本質が見えてきた」と大越氏。

1976年、北海道生まれ。国際ソムリエ協会インターナショナルA.S.Iソムリエ・ディプロマ。渡仏後2001年より『銀座レカン』ソムリエ、2006年より約3年間フランスにてブドウ栽培・ワイン醸造を学ぶ。帰国後同店シェフソムリエに就任。2013年、ワインテイスター/ワインディレクターとして独立。2017年にモダンベトナム料理店『An Di』オープン。世界各国を回りながら、最新情報をもとにコンサルタント、講演、執筆などを通じてワインの本質を伝えている。日本酒や焼酎にも精通しており、ワインと日本酒を組み合わせた食事とのマリアージュにも定評がある。

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県、公益財団法人いしかわ農業総合支援機構)

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いしかわ百万石食鑑
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11年の歳月をかけて誕生した酒米「百万石乃白」の秘めたるチカラ。後編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

百万石乃白を使って3回の醸造を経験した吉田酒造店の社長で杜氏の吉田泰之氏。山田錦に匹敵する県産酒米の登場を喜ぶ。

百万石乃白「石川県産米で大吟醸酒を」の願いに応えるために。

冬場の寒冷な気候や白山水系の清冽(せいれつ)な地下水脈など酒造りに適した環境に恵まれる石川県。日本の代表的な杜氏集団のひとつである能登杜氏を擁する酒どころで、37の蔵が酒造りを連綿と続けています。百万石乃白は県内の蔵元や杜氏たち待望の酒米。その誕生の秘密を探るために、金沢市才田町にある石川県農林総合研究センター農業試験場を訪ねました。百万石乃白の品種開発の歴史は、2005年までさかのぼります。

当時は、日本酒の消費量が減少していく中、地域の独自性を打ち出した付加価値の高い日本酒を造るために、地域固有の酒米を求める声が大きくなってきた頃。石川県内で造られる大吟醸酒は、ほとんどが兵庫県産山田錦を使ったものでした。米の表面を50%以下に削って使うことが条件となる大吟醸酒。大粒で割れにくい山田錦は、「酒米の王様」として吟醸酒カテゴリーに君臨しています。新品種開発のスタートは、石川県酒造組合連合会からあらためて「石川県産の酒米で大吟醸酒を造りたい」との要請を受けたのがきっかけ。「50%まで精米しても割れにくいこと」と明解な育種目標が掲げられました。

百万石乃白の開発を担当した石川県農林総合研究センター農業試験場 育種グループ主任研究員・畑中博英氏。

農業試験場では毎年約50組の米の交配を行なっていると、育種グループ主任研究員・畑中博英氏は話します。
「米の中心にある白い部分を心白といいますが、この部分がもろいため、大吟醸酒を造る時は心白近くまで削るのでどうしても割れやすくなってしまいます。この問題を克服するために、交配ではとにかく心白が小さいものを選抜していきました。有望な交配の組み合わせを入念に検討しても、その結果が出るのは1年後。優良な組み合わせが見えたら、試験醸造を行いながら、さらに選抜を繰り返していくので、長い年月がかかります。割れにくくても、収穫量が少なかったり、酒にした時の味がいまいちだったりという問題もありました。結局、百万石乃白の開発には実に11年を要しました」

大粒の酒米「ひとはな」と大吟醸酒向けの酒米「新潟酒72号」との掛け合わせにより、石川県独自の酒米「'05酒系83」が誕生。これに山田錦を交配することで、のちに百万石乃白と命名される理想形「石川酒68号」の産出に至りました。肝心の“割れ”について農業試験場の分析では、50%精米時で割れるのは1割以下と、山田錦の2割以下を凌ぎます。さらに、収穫量も山田錦を上回り、草丈は山田錦よりも1割ほど低いことから台風などで倒れにくく、石川県での栽培にも適しています。

「実は私は体質的にお酒が飲めないので、香りをチェックすることしかできないのですが、試験醸造で『良い酒ができた』という声が上がった時には、本当にうれしかったですね。ようやく一人前の酒米に、うまい酒に育ったんだなと」

2018年に石川県内10の蔵が百万石乃白の使用を開始し、2019年には20蔵、2020年には24蔵に拡大。多くの酒蔵が百万石万白の醸造に挑戦しており、今後、県産酒米としての定着が期待されています。

精米後の百万石乃白。公募によって決まった愛称の由来は、その美しい白さ。

百万石乃白適切な栽培法を確立するために、田んぼでの奮闘は続く。

古来、米作りが盛んな加賀平野。そのほぼ中央に位置する白山市山島地区で、稲作・麦・大豆の農業を営む林勝洋氏は、酒米作りにも積極的に取り組んでいます。夏場、この地では、手取川が冷涼な空気を運ぶことで夜から朝にかけての気温がぐっと下がり、良質な米ができる条件である昼夜の大きな寒暖差が生まれています。酒米として山田錦に次いで全国2位の収穫量のある五百万石、吟醸酒向けに先行開発された石川県独自の酒米・石川門に加え、3年前からは百万石乃白の作付けも開始。2020年7月に設立された生産者団体「百万石乃白」研究会の会長も務めています。百万石乃白の4作目となる今年は、3.3ヘクタールに田植えしました。品種の特性が少しずつわかってきたと話します。

「百万石乃白の稲は軸が太いのが特徴です。そして軸は根元から広がり気味に伸びて、穂がつく頃には一株の束がバサッと広がっています。石川門や五百万石よりも収穫期が1ヵ月ほど遅い晩生(おくて)の品種なので、実のつまり方もしっかり。稲穂の形としてはやや不格好ですが、そのおかげで強い風でも倒れにくく、高い収穫量をもたらしています」

「百万石乃白」研究会では、25の生産者が、より適切な栽培方法や収穫後の管理方法などについて情報交換しながら栽培しています。目下の課題は、肥料の選定と施肥のタイミングの見極めです。酒蔵が百万石乃白を安心して使えるように、栽培地域や生産者による品質のブレをなくし、いち早く安定供給できる体制を整えることを目指しています。

林氏は、夏場は米作り、冬場では近隣にある吉田酒造店の蔵人として酒造りに従事した経験もあります。酒米を作るには、それを使う現場を知りたいという思いがあったからだと話します。
「我々百姓ってのは、ついつい自分が作りたいもんばかり作ってしまうもんで。それを意識的に変えていかんと。何が求められて、どんな農業をしていかねばならんのか? そこにちゃんと向き合って挑戦するのがおもしろい。新品種の酒米を作るのは正直、農業経営的にはまだ割りに合わなくて、厳しいものがある。でも、やる。なぜなら、おもしろいからですよ」

林勝洋氏に百万石乃白の田んぼを案内してもらうonestoryフードキュレーターの宮内隼人。極力農薬を使わず、土壌改良に能登産牡蠣の殻を利用するなど、そこに隠れた工夫や手間ひまの一端を知った。

百万石乃白は軸が太く、広がって伸びるのが特徴。成長しても草丈が短く、倒れにくい点も評価が高い。

26歳の結婚を機に農業指導員から脱サラ就農した林氏。農業指導を行う中で、白山市は全国屈指の稲作の好適地と判断。「ここでやっていけなきゃダメ」と農家への転身を決断したという。

百万石乃白ここにしかない水、ここでしかとれない米、ここにしかない酒造りの技を。

霊峰白山を間近に望む穀倉地帯、手取川扇状地で150年に渡って酒を造り続ける吉田酒造店。大越基裕氏も高く評価した「手取川 純米大吟醸原酒 百万石乃白」を醸す酒蔵です。迎えてくれたのは、昨年7代目社長に就任した吉田泰之氏。山形の出羽桜酒造で修行し、10年前から家業での酒造りに取り組み、現在は杜氏も務めています。

酒米には伝統的に山田錦と五百万石を使い、2008年からは県産の石川門、そして2018年からは百万石乃白を積極的に使って酒造りをしています。酒米は、精米時の割れやすさもさることながら、発酵によって溶けて味や香りが出るかどうか、雑菌に対する強さなど特徴は千差万別。吉田氏は、酒米の個性について学校のクラスを例にして話します。

「山田錦はスーパースター。勉強は一番、スポーツ万能、健康優良児の人気者。五百万石は成績は上位だけど、苦手教科も少しある、体育も脚は速いけど球技は苦手みたいな。でも、サポート役としては非常に優秀で、山田錦が学級委員長なら、五百万石は副委員長として力を発揮してくれる。実際、麹米として使うと素晴らしい働きをしてくれます。石川門は割れやすいため、雑菌に汚染されやすく、日本酒ではタブーとされるスモーキーな香りを発しやすい酒米。勉強も運動も苦手で気難しい生徒ですが、実はアートや音楽の才能がずば抜けている天才肌。扱い方によって大化けするタイプです。そして、百万石乃白は注目の転校生。勉強でもスポーツでもみんなをあっと驚かせているけれど、まだミステリアスな存在。どの子も、それぞれにかわいいんですよ」

銘酒「手取川」と「吉田蔵」を醸す吉田酒造店。山廃仕込みを中心とする伝統的な酒造りを守り、2020年に創業150周年を迎えた。

吉田酒造店では、蔵人たちが蔵周辺の田んぼで酒米を育てている。初夏、百万石乃白は青々とした葉を広げつつあった。

吉田酒造店では、兵庫県産山田錦のほか、石川県産の五百万石、石川門、百万石乃白の4種の酒米を使用。自社精米によって最適な磨き方も追求している。

この10年ほどで、全国的に日本酒の味は格段に向上したと吉田氏。しかし、その背景を知っていると、手放しでは喜べないと話します。酒造りから流通に至るまでの冷蔵技術の発達、発酵を促進させる添加物の使用、水質を醸造しやすい構成に変えるテクノロジーなど、多大なエネルギーを要し、地域で培われた酒造りの伝統技術を否定する手法も少なくないからです。極端な話、優れた酒米を取り寄せ、水質を調整し、最新技術と電力をふんだんに使えば、東京都心のビルでも高品質な酒は造れます。でも、果たしてそこに地酒としての価値はあるのでしょうか。何を大事にして、何を変えていくべきか? 吉田酒造店は原点回帰しながら、地域に根差す蔵としてのあるべき姿を模索しています。

「私たちにとって水は命。かつて暴れ川と呼ばれた手取川が山の岩石を平地に運んだことから、この地でくみ上げる地下水はミネラル感豊富な中硬水となります。この水を守っていくためには、森や田んぼが健全に保たれていくことが必須です。田んぼが次々と工場やショッピングモールに変わっていく状況に危機感を覚え、7年前に地元の酒米をさらに積極的に使っていくようになりました。百万石乃白はこの地の気候風土に適しているので、持続可能性の観点でも理想的です。そして、百万石乃白を使った3回目の造りを経て、この地の水や私たちが大事にしている伝統的な製法との相性のよさも見えてきました。ここにしかない水、ここでしかとれない米、ここにしかない酒造りの技で、次世代の地酒を造っていきたいと思います」

いまだ謎めく転校生、百万石乃白の真価が問われるのは、これからです。

百万石乃白や石川門を使った最新の酒をテイスティング。アルコール度数を13%程度に抑えた食事に寄り添う酒の開発に注力している。「百万石乃白のバランスのよさ、石川門の自然でやさしい甘味、どちらも甲乙つけがたい」と宮内。

工場内の貯蔵庫などには冷たい地下水を利用した井水式クーラーを導入して、極力電力を使わない操業を追求。今年、全電力は再生可能エネルギー由来に変えた。「アイデンティティである水、米を見つめ直し、持続可能な酒造りを目指していきたい」と吉田氏。

住所:石川県白山市安吉町41 MAP
電話:076-276-3311
https://tedorigawa.com/


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県、公益財団法人いしかわ農業総合支援機構)

石川県食のポータルサイト
いしかわ百万石食鑑
https://ishikawafood.com/

11年の歳月をかけて誕生した酒米「百万石乃白」の秘めたるチカラ。後編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

百万石乃白を使って3回の醸造を経験した吉田酒造店の社長で杜氏の吉田泰之氏。山田錦に匹敵する県産酒米の登場を喜ぶ。

百万石乃白「石川県産米で大吟醸酒を」の願いに応えるために。

冬場の寒冷な気候や白山水系の清冽(せいれつ)な地下水脈など酒造りに適した環境に恵まれる石川県。日本の代表的な杜氏集団のひとつである能登杜氏を擁する酒どころで、37の蔵が酒造りを連綿と続けています。百万石乃白は県内の蔵元や杜氏たち待望の酒米。その誕生の秘密を探るために、金沢市才田町にある石川県農林総合研究センター農業試験場を訪ねました。百万石乃白の品種開発の歴史は、2005年までさかのぼります。

当時は、日本酒の消費量が減少していく中、地域の独自性を打ち出した付加価値の高い日本酒を造るために、地域固有の酒米を求める声が大きくなってきた頃。石川県内で造られる大吟醸酒は、ほとんどが兵庫県産山田錦を使ったものでした。米の表面を50%以下に削って使うことが条件となる大吟醸酒。大粒で割れにくい山田錦は、「酒米の王様」として吟醸酒カテゴリーに君臨しています。新品種開発のスタートは、石川県酒造組合連合会からあらためて「石川県産の酒米で大吟醸酒を造りたい」との要請を受けたのがきっかけ。「50%まで精米しても割れにくいこと」と明解な育種目標が掲げられました。

百万石乃白の開発を担当した石川県農林総合研究センター農業試験場 育種グループ主任研究員・畑中博英氏。

農業試験場では毎年約50組の米の交配を行なっていると、育種グループ主任研究員・畑中博英氏は話します。
「米の中心にある白い部分を心白といいますが、この部分がもろいため、大吟醸酒を造る時は心白近くまで削るのでどうしても割れやすくなってしまいます。この問題を克服するために、交配ではとにかく心白が小さいものを選抜していきました。有望な交配の組み合わせを入念に検討しても、その結果が出るのは1年後。優良な組み合わせが見えたら、試験醸造を行いながら、さらに選抜を繰り返していくので、長い年月がかかります。割れにくくても、収穫量が少なかったり、酒にした時の味がいまいちだったりという問題もありました。結局、百万石乃白の開発には実に11年を要しました」

大粒の酒米「ひとはな」と大吟醸酒向けの酒米「新潟酒72号」との掛け合わせにより、石川県独自の酒米「'05酒系83」が誕生。これに山田錦を交配することで、のちに百万石乃白と命名される理想形「石川酒68号」の産出に至りました。肝心の“割れ”について農業試験場の分析では、50%精米時で割れるのは1割以下と、山田錦の2割以下を凌ぎます。さらに、収穫量も山田錦を上回り、草丈は山田錦よりも1割ほど低いことから台風などで倒れにくく、石川県での栽培にも適しています。

「実は私は体質的にお酒が飲めないので、香りをチェックすることしかできないのですが、試験醸造で『良い酒ができた』という声が上がった時には、本当にうれしかったですね。ようやく一人前の酒米に、うまい酒に育ったんだなと」

2018年に石川県内10の蔵が百万石乃白の使用を開始し、2019年には20蔵、2020年には24蔵に拡大。多くの酒蔵が百万石万白の醸造に挑戦しており、今後、県産酒米としての定着が期待されています。

精米後の百万石乃白。公募によって決まった愛称の由来は、その美しい白さ。

百万石乃白適切な栽培法を確立するために、田んぼでの奮闘は続く。

古来、米作りが盛んな加賀平野。そのほぼ中央に位置する白山市山島地区で、稲作・麦・大豆の農業を営む林勝洋氏は、酒米作りにも積極的に取り組んでいます。夏場、この地では、手取川が冷涼な空気を運ぶことで夜から朝にかけての気温がぐっと下がり、良質な米ができる条件である昼夜の大きな寒暖差が生まれています。酒米として山田錦に次いで全国2位の収穫量のある五百万石、吟醸酒向けに先行開発された石川県独自の酒米・石川門に加え、3年前からは百万石乃白の作付けも開始。2020年7月に設立された生産者団体「百万石乃白」研究会の会長も務めています。百万石乃白の4作目となる今年は、3.3ヘクタールに田植えしました。品種の特性が少しずつわかってきたと話します。

「百万石乃白の稲は軸が太いのが特徴です。そして軸は根元から広がり気味に伸びて、穂がつく頃には一株の束がバサッと広がっています。石川門や五百万石よりも収穫期が1ヵ月ほど遅い晩生(おくて)の品種なので、実のつまり方もしっかり。稲穂の形としてはやや不格好ですが、そのおかげで強い風でも倒れにくく、高い収穫量をもたらしています」

「百万石乃白」研究会では、25の生産者が、より適切な栽培方法や収穫後の管理方法などについて情報交換しながら栽培しています。目下の課題は、肥料の選定と施肥のタイミングの見極めです。酒蔵が百万石乃白を安心して使えるように、栽培地域や生産者による品質のブレをなくし、いち早く安定供給できる体制を整えることを目指しています。

林氏は、夏場は米作り、冬場では近隣にある吉田酒造店の蔵人として酒造りに従事した経験もあります。酒米を作るには、それを使う現場を知りたいという思いがあったからだと話します。
「我々百姓ってのは、ついつい自分が作りたいもんばかり作ってしまうもんで。それを意識的に変えていかんと。何が求められて、どんな農業をしていかねばならんのか? そこにちゃんと向き合って挑戦するのがおもしろい。新品種の酒米を作るのは正直、農業経営的にはまだ割りに合わなくて、厳しいものがある。でも、やる。なぜなら、おもしろいからですよ」

林勝洋氏に百万石乃白の田んぼを案内してもらうonestoryフードキュレーターの宮内隼人。極力農薬を使わず、土壌改良に能登産牡蠣の殻を利用するなど、そこに隠れた工夫や手間ひまの一端を知った。

百万石乃白は軸が太く、広がって伸びるのが特徴。成長しても草丈が短く、倒れにくい点も評価が高い。

26歳の結婚を機に農業指導員から脱サラ就農した林氏。農業指導を行う中で、白山市は全国屈指の稲作の好適地と判断。「ここでやっていけなきゃダメ」と農家への転身を決断したという。

百万石乃白ここにしかない水、ここでしかとれない米、ここにしかない酒造りの技を。

霊峰白山を間近に望む穀倉地帯、手取川扇状地で150年に渡って酒を造り続ける吉田酒造店。大越基裕氏も高く評価した「手取川 純米大吟醸原酒 百万石乃白」を醸す酒蔵です。迎えてくれたのは、昨年7代目社長に就任した吉田泰之氏。山形の出羽桜酒造で修行し、10年前から家業での酒造りに取り組み、現在は杜氏も務めています。

酒米には伝統的に山田錦と五百万石を使い、2008年からは県産の石川門、そして2018年からは百万石乃白を積極的に使って酒造りをしています。酒米は、精米時の割れやすさもさることながら、発酵によって溶けて味や香りが出るかどうか、雑菌に対する強さなど特徴は千差万別。吉田氏は、酒米の個性について学校のクラスを例にして話します。

「山田錦はスーパースター。勉強は一番、スポーツ万能、健康優良児の人気者。五百万石は成績は上位だけど、苦手教科も少しある、体育も脚は速いけど球技は苦手みたいな。でも、サポート役としては非常に優秀で、山田錦が学級委員長なら、五百万石は副委員長として力を発揮してくれる。実際、麹米として使うと素晴らしい働きをしてくれます。石川門は割れやすいため、雑菌に汚染されやすく、日本酒ではタブーとされるスモーキーな香りを発しやすい酒米。勉強も運動も苦手で気難しい生徒ですが、実はアートや音楽の才能がずば抜けている天才肌。扱い方によって大化けするタイプです。そして、百万石乃白は注目の転校生。勉強でもスポーツでもみんなをあっと驚かせているけれど、まだミステリアスな存在。どの子も、それぞれにかわいいんですよ」

銘酒「手取川」と「吉田蔵」を醸す吉田酒造店。山廃仕込みを中心とする伝統的な酒造りを守り、2020年に創業150周年を迎えた。

吉田酒造店では、蔵人たちが蔵周辺の田んぼで酒米を育てている。初夏、百万石乃白は青々とした葉を広げつつあった。

吉田酒造店では、兵庫県産山田錦のほか、石川県産の五百万石、石川門、百万石乃白の4種の酒米を使用。自社精米によって最適な磨き方も追求している。

この10年ほどで、全国的に日本酒の味は格段に向上したと吉田氏。しかし、その背景を知っていると、手放しでは喜べないと話します。酒造りから流通に至るまでの冷蔵技術の発達、発酵を促進させる添加物の使用、水質を醸造しやすい構成に変えるテクノロジーなど、多大なエネルギーを要し、地域で培われた酒造りの伝統技術を否定する手法も少なくないからです。極端な話、優れた酒米を取り寄せ、水質を調整し、最新技術と電力をふんだんに使えば、東京都心のビルでも高品質な酒は造れます。でも、果たしてそこに地酒としての価値はあるのでしょうか。何を大事にして、何を変えていくべきか? 吉田酒造店は原点回帰しながら、地域に根差す蔵としてのあるべき姿を模索しています。

「私たちにとって水は命。かつて暴れ川と呼ばれた手取川が山の岩石を平地に運んだことから、この地でくみ上げる地下水はミネラル感豊富な中硬水となります。この水を守っていくためには、森や田んぼが健全に保たれていくことが必須です。田んぼが次々と工場やショッピングモールに変わっていく状況に危機感を覚え、7年前に地元の酒米をさらに積極的に使っていくようになりました。百万石乃白はこの地の気候風土に適しているので、持続可能性の観点でも理想的です。そして、百万石乃白を使った3回目の造りを経て、この地の水や私たちが大事にしている伝統的な製法との相性のよさも見えてきました。ここにしかない水、ここでしかとれない米、ここにしかない酒造りの技で、次世代の地酒を造っていきたいと思います」

いまだ謎めく転校生、百万石乃白の真価が問われるのは、これからです。

百万石乃白や石川門を使った最新の酒をテイスティング。アルコール度数を13%程度に抑えた食事に寄り添う酒の開発に注力している。「百万石乃白のバランスのよさ、石川門の自然でやさしい甘味、どちらも甲乙つけがたい」と宮内。

工場内の貯蔵庫などには冷たい地下水を利用した井水式クーラーを導入して、極力電力を使わない操業を追求。今年、全電力は再生可能エネルギー由来に変えた。「アイデンティティである水、米を見つめ直し、持続可能な酒造りを目指していきたい」と吉田氏。

住所:石川県白山市安吉町41 MAP
電話:076-276-3311
https://tedorigawa.com/


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県、公益財団法人いしかわ農業総合支援機構)

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石川の風土と人々の情熱が生んだルビーの輝き。奇跡のブドウ、ルビーロマン。前編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

ルビーロマンミステリアスな郷里の食材の産地を訪ねて。

夏のある日、石川県内のとあるブドウ畑。広がるブドウ棚の下には、大きな体をかがめ、たわわに実る房を入念に観察する世界的シェフの姿がありました。パティシエ、ショコラティエの辻口博啓(ひろのぶ)氏です。

辻口氏は、史上最年少23歳での「全国洋菓子技術コンテスト大会」優勝を皮切りに、パティシエのワールドカップと称される「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」など国内外の大きな大会で栄冠に輝いた希代の逸材。東京・自由が丘に『Mont St. Clair(モンサンクレール)』をオープン後、世界初のロールケーキ専門店『自由が丘ロール屋』やショコラトリー『 LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)』、和スイーツ専門店『和楽紅屋』など10以上の業態の店を展開。精力的な活動を続けています。

大きな一粒の皮を半分ほどむき、一気に頬張った辻口氏は、開口一番、「やっぱりみずみずしさが違うね、ルビーロマンは」と興奮気味です。もう一粒じっくり確認するように味わい、「この上品な甘みとジューシーさは、ルビーロマンにしかない魅力なんだよなあ」とうなります。
そう、ここは石川県特産の高級ブドウ「ルビーロマン」の畑。収穫の最盛期を迎え、ピンポン球大の粒をみっちりとつけた巨大な房が連なっています。

辻口氏の生まれ故郷は石川県七尾市。現在も金沢市で料理学校を運営するなど石川県との関係は深く、月に数日間は県内で仕事をこなしているといいます。県内の食材探しにも熱心で、七尾市の崎山いちごや加賀野菜のさつまいも・五郎島金時などはお気に入りです。しかし、石川県産食材に明るい辻口氏であっても、ルビーロマンのほ場に入るのは初めてとのこと。極めて希少性の高いルビーロマンは、種苗の流出防止対策として生産者のほ場が徹底管理されています。ルビーロマンは14年の歳月を費やして開発された、世界でも石川県だけで産出される最高級ブドウなのです。

ルビーロマンの認定基準をクリアしているとおぼしき一房を収穫する辻口氏。粒と房がいかに大きいかがわかるだろう。

もぎたてのルビーロマンを試食する辻口氏。あふれる果汁にあらためて驚く。

ルビーロマン大粒で、赤い。新しい高級ブドウ品種を。

石川県内のブドウ農家たちの強い要望を受け、石川県農林総合研究センターが新しいブドウ品種の開発計画をスタートさせたのは1995年(平成7年)のこと。当時、県内のブドウ栽培は、数十年にわたってデラウエアが多くを占めていました。デラウエアはアメリカ原産の紫色で小粒の品種。かつては高い商品力があったものの、1970年代から単価は低迷。巨峰など大粒の高級品種の台頭もあって、デラウエアに変わる新しい品種を求める声が大きくなっていました。

辻口氏にとってもデラウエアはとても身近な果物だったといいます。
「夏のプールや部活の後のおやつといえば、キンキンに冷えたデラウエア。夏祭りの締めも決まってデラウエアでしたね。冬場のこたつのみかんのように、夏場にはデラウエアは必ず各家庭に常備されていて、いつでも好きなだけ食べていいものでした。大好物でしたが、確かにありがたみは薄かったかもしれません。美味しいブドウではあるけれど」

石川県農林総合研究センターの主任研究員・井須博史氏は、開発の経緯をひも解きます。
「高級感のある新しいブドウ品種がほしい。大粒で、しかも赤いブドウはできないかと。生産者からはそのような要望が上がっていたと聞いています。赤いブドウなら巨峰と差別化できるし、巨峰やマスカットと詰め合わせにすれば、赤・黒・緑のセットにできて付加価値も上げられるからと。そこで、研究センターは全国から赤いブドウの品種を8種ほど集めて実際に植えてみました。しかし、ほとんどの品種は色づきません。ある品種は良い色になったものの、一雨降っただけで実が割れてしまいました。最終的に、風土に合う品種を人工交配によって開発するしかない、という結論に達したのです」

ルビーロマン研究会の大田昇会長(右)に質問する辻口氏。3代にわたってブドウをつくり続けてきた大田氏にとっても、ルビーロマンはまだ分からないことばかりだという。

ルビーロマン理想高き未知の品種を探す荒波への船出。

石川県のブドウ産地は昼夜の気温差が大きくありません。既存の赤い品種が育ちにくいのは、そこに原因がありそうでした。大粒の品種に、赤い品種を掛け合わせてはどうかと考え、当時、国内最大と言われた黒くて大粒の藤稔(ふじみのり)を母親に選びました。担当スタッフは5人。ブドウの花が開く前にマッチ棒の先のようなつぼみをピンセットで一枚ずつはがし、おしべを取り除いて、綿棒でめしべに花粉を付けていきます。ブドウの開花時期は短く、2日ほどが勝負。休日返上でビニールハウスにこもり、棚から下がる小さな花をヘッドルーペを通して凝視しながら緻密な作業を何時間も続けました。

リンゴやナシであれば、一つの果実に10粒近くの種が入りますが、ブドウは入っても1粒か2粒。この人工交配によって採れた種は、わずか40粒でした。

「翌年、その40粒に加え、藤稔の種400粒を育苗箱にまきました。もしかすると藤稔も自然交配によって赤い実をつけるかもしれない。万に一つの可能性にも賭けてやってみようと考えたからだったそうです。人工交配の種から育った苗10本、藤稔の種から育った苗70本をビニルハウスに植え替えました。当時、研究センターの一番奥にある目立たない場所が選ばれました。というのも、上司や他のスタッフからは『そんなモノになるかわからない作業に時間をつかわずに、もっとやるべき仕事があるだろう』という圧力が強かったからとのこと。プロジェクトはこっそり進められていったのです」(井須氏)

幼木は3年目から実がなり始めます。結果は意外なものでした。80本のうち4本の木に赤い実がつきました。4本もついたことが予想外でしたが、その4本すべてが藤稔の種から育ったもので、人工交配のものではなかったのです。結果的に、人工交配は狙い通りにはいきませんでしたが、わずかな可能性があるならばと植えた機転が生きました。当時、研究センターには数十種類のブドウが栽培されていて、そのブドウのどれかの花粉が空中を漂って藤稔にたどり着き、自然交配して赤い実をならせたと考えられています。万に一つの奇跡が現実化しました。

ルビーロマン開発の歴史を紹介する石川県農林総合研究センターの主任研究員・井須博史氏(中央)。同センターにとってもルビーロマンは先輩たちから受け継いだ大切な財産だ。

粒がそろい、全面が鮮やかな赤色であることも必須。しかも房として整っていなければならない、と越えるべきハードルは非常に高い。

一般的に農地に求められる地力があり過ぎても、雨に恵まれ過ぎてもルビーロマン栽培はうまくいかない。収量をあげようと枝を広げ過ぎても粒が大きく育たない。

ルビーロマン人工交配の努力は一蹴された。しかし奇跡は起きた。

4本の幼木のうち、最も味がよく、かつ鮮やかな赤色の実をつけ、栽培のしやすい木が原木に絞り込まれました。品種登録申請の準備を進める一方、名称を公募し、600以上の案の中から「ルビーロマン」と命名されました。
原木から取った枝を接木(つぎき)して大切に木を増やしていき、2005年(平成17年)には県内5生産地で50本の現地栽培試験を開始。翌2006年(平成18年)には、生産者らによるルビーロマン研究会が発足しました。会長に就任した大田昇氏は当時を振り返ります。
「ルビーロマン研究会では議論すべきことが山のようにありました。栽培方法の情報交換だけでなく、ルビーロマンを高級ブドウとして育てるためには流通のルールも決める必要があります。農作業後、夕方5時に集まって夕食の弁当を食べながら話し合いますが、議論が紛糾して深夜に及ぶことも多々あった。早朝からの農作業と深夜までの話し合いにイライラが募り、大きな声が飛び交うこともありました。ですが、ここで妥協せずに議論を尽くしたことがよかった。生産者全員が納得するまで話し合い、一丸となって取り組んだことで、ルビーロマンというこれまでにないブドウを生み出せたのだと思います」

議論の主題は、栽培にも流通にも深く関係し、営農のあり方も左右する「ルビーロマンの基準」でした。出荷基準は次のとおりです。
・一粒あたりの重さ概ね20g以上
・糖度18度以上
・粒の色が専用のカラーチャートで基準を満たしたもの

JAの検査員によってこれらの基準をすべて満たすものだけがルビーロマンと認定され、認証タグが取り付けられます。そして、専用の出荷箱には生産地と生産者が記載されたシールが添付されます。いくら大粒になっても、すべての粒がきれいな赤色でなければ、そして房として整っていなければいけないのです。この基準を満たす商品化率は、50%の実現も難しいと推定される中、極めて厳格なルールが設けられました。

2008年8月、ルビーロマンは金沢市中央卸売市場で初競りを迎えました。一房に数千円、1万円という値が付くのを確認し、大田氏はほっと胸をなで下ろしたといいます。そして、最後にうれしいサプライズが待っていました。
「10万円!」の一声。場内がどよめきます。初売りにはご祝儀相場が付き物とはいえ、一粒あたりの換算で3,000円にもなる高値は大きな話題となり、ルビーロマンの名が全国に一気に知れ渡るきっかけになりました。苦節14年、石川県農林総合研究センターで延べ20名ほどの関わったスタッフ、ルビーロマンと真剣に向き合った農家の方たちの努力が報われた瞬間です。

2011年の初競りでは、一房50万円の最高値を記録しました。落札者は、何を隠そう、辻口氏だったのです。

一房ずつ丁寧に袋がけされるルビーロマン。手間はかかるが、単価も高いことから、営農の発展に大きく貢献する。

石川県のブドウ産地はエリアによって、砂地、粘土、赤土と土壌の性質が異なる。地域によって品質の差が生じないための栽培方法の確立が模索されている。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

本記事は、ONESTORYと石川県が共同で企画し、取材は石川県農林総合研究センターにおいて、県職員立ち会いのもと特別に行ったものです。

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ルビーロマン×パティシエ・辻口博啓氏。奇跡のブドウが巨匠渾身のスイーツに。後編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

ルビーロマンを素材にパティシエ・辻口博啓氏がつくり出したオリジナルのヴェリーヌ「ルビーロマン」。

ルビーロマン石川出身者としてパティシエとして、ルビーロマンへの想いを胸に。

石川県発の高級ブドウ「ルビーロマン」は現在、加賀市、小松市、金沢市、かほく市、羽咋(はくい)市、宝達志水(ほうだつしみず)町で栽培されています。ルビーロマンは辻口博啓氏にとってひときわ思い入れの深い果物です。2011年(平成23年)の東日本大震災の発災後、辻口氏はパティシエとして復興支援に何か貢献できないかと考えました。被災した宮城県の中学生を郷里である石川県七尾市和倉温泉の旅館『加賀屋』に招待し、ルビーロマンを振る舞いました。その一房を初競りで、50万円で競り落としたのです。そこには1日も早い復興への願いと、地元石川県への感謝の気持ちを込めたといいます。

「日本一とも言われる美味しいブドウを味わって、少しでも気持ちが明るくなってほしい。そして、初競りが話題となりルビーロマンの認知度が上がれば、ブドウ農家の方々の日頃の苦労が少し報われるかもしれない。そんな思いがありました。初競りはあくまでご祝儀相場ですが、近年は高値の更新が続き、今年は一房140万円の値がついたとか。卸売価格も巨峰の2.5倍程度を維持しているそうで、洋菓子店を営むいち消費者として応援してきた僕にとっても、とても感慨深いものがあります。正直、高級過ぎてお菓子の材料としては手を出しにくいというのが悩ましいところではありますが(笑)」

辻口氏は、ルビーロマンの畑で受けたインスピレーションを持ち帰り、ルビーロマンを使った新しいスイーツづくりに取り組みました。お菓子づくりの技術によって素材本来のエレガントさを引き出し、果実をそのまま味わうのとはまた違った表情に昇華させます。そんな辻口氏渾身の作は、その名も「ルビーロマン」。期間限定で実際に購入することもできます。

ルビーロマンを一粒一粒、果肉の具合を確認し。愛おしむようにカットする辻口氏。

ルビーロマン

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・商品名 ルビーロマン
・価格  1,200円
・販売期間 9月下旬までの予定(収穫により前後あり)
  ※毎日数量限定発売
・発売店舗
 Mont St. Clair/モンサンクレール
 東京都目黒区自由が丘2-22-4
 03-3718-5200
 https://www.ms-clair.co.jp/
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ルビーロマンのみずみずしさ、皮に秘められた旨みも丸ごといただく。

辻口氏の新作スイーツ「ルビーロマン」は、ルビーロマンをふんだんに使ったヴェリーヌ(ガラス製の器に入れたデザート)です。主役であるルビーロマンは乱切りにした生の果実のほか、さまざまな形で盛り込まれています。ジュレ、コンフィチュール、赤ワインとカシスのギモーブ(マシュマロ)にもルビーロマンの果汁がアクセントに。これらにライムが香るリコッタチーズのクリームとシャンパンのジュレ、ココナッツのメレンゲが花を添えています。
ポイントは皮の旨みだと辻口氏は話します。

「みずみずしいルビーロマンを皮ごと炊いてコンフィチュールにしています。渋みも含めた皮本来の美味しさを出すと味わいに深みが出て、加熱し濃縮することで果肉の甘みも増します。フレッシュでジューシーな生の果実と濃縮したコンフィチュールを掛け合わせることで、みずみずしさと味わい深さの双方が一層際立ちます。同じブドウ由来であるシャンパンのジュレは風味にシナジーをもたらし、みずみずしさと相性のいいリコッタチーズのコクは味を立体的にしてくれます。果実のプルンとした喉越し、ギモーブのモチモチ感、メレンゲのサクサク感、いろんな食感も楽しみながら、ルビーロマンのエレガントな風味を堪能していただきたいです」

ルビーロマンを皮ごと炊いてコンフィチュールに。皮の渋みも旨みに変え、ルビーロマン本来の味わいを一層引き立てる。

ルビーロマンのジュレ、リコッタチーズのクリームなどを重ね、ルビーロマンの果実も大胆にあしらう。

合わせるココナッツのメレンゲも繊細そのもの。

ルビーロマン食材が育まれた歴史、生産者の情熱もひと皿に。

ONESTORYフードキュレーター・宮内隼人は、試作品を夢中で完食すると、「さすが……」とため息を漏らしました。
「ルビーロマンという食材が完璧に辻口さんらしい“フランスのお菓子”になっている。グラスの中のどこをすくうかによって、味わいが変わって、そのひとさじひとさじがどれもたまらなく美味しくて楽しい。ルビーロマンくらい素材として力のあるフルーツなら、たとえばアイスクリーム主体のパフェなど無難に仕上げることもできるでしょう。でも辻口さんは、さまざまな技術と緻密な計算を凝らして、ある意味クラシカルなスタイルでまったく新しい美味しさを提示してくれました。トップパティシエの真骨頂を見た思いです」

辻口氏は今回、ルビーロマン栽培の現場を視察できた意義の大きさについて話します。
「ブランドを一からつくり上げ、守っていく。生産者の方々の並々ならぬ情熱を肌で感じました。種苗の流出に対する危機意識も想像を超えたものでした。商品化率が50%を超えた年は過去たった2回だけ。29%に低迷した年もあるそうで、いまだ栽培方法は試行錯誤が続いているといいます。そういう意味では、まだ進化している、そして今後も常に進化し続けていく。奇跡的に生まれたブドウ、ルビーロマンはこれからも神秘的な存在であり続けるのだと思います」

そのルビーのごとき珠玉の味わい。年に一度の旬を確かめるのは、日本に暮らしているからこそ体験できる口福と言えるでしょう。

それぞれの素材の配置、バランスを試行錯誤しながら最終形へと向かう。

パティシエとしての修業経験もあり、辻口氏を尊敬するONESTORYフードキュレーター・宮内隼人。「どこをすくって味わってもプロフェッショナリズムが感じられる」と感服。

丹精込めて育てられたルビーロマンと辻口氏渾身のスイーツ「ルビーロマン」。気高いルビーの輝き。

辻口氏独立の出発点となり、今なお旗艦店として絶大な人気を誇る自由が丘『Mont St. Clair』。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
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経験したことのない、圧倒的な風味、余韻に酔う。後編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

『片折』にて、「のとてまり」が炭火焼きに。焼いているそばから、いかにも旨みの詰まった香りが立ち込める。

のとてまり奥能登の自然と共に生きる人々の知恵で育まれた椎茸栽培。

奥能登原木しいたけ活性化協議会初代会長の新五十八氏は、珠洲市で20歳の時から椎茸農家を50年間続けてきた、奥能登の椎茸栽培の草分け。取材班が訪れると、奥能登の椎茸の歴史を紐解いてくれました。

新氏は目ぼしい作物のない奥能登で営農する苦肉の策として、椎茸を選んだと話します。平地の少ない奥能登では米作りは難しい。今でこそ交通の利便性は上がったが、50年前は野菜を作っても新鮮なうちに遠い消費地へ運ぶことはできなかった。酪農を始めるには資金がない。そこで目をつけたのが干し椎茸だったといいます。

「干し椎茸なら交通事情にあまり影響されず、年間を通じて出荷できます。奥能登には塩田の文化があったので、塩を煮炊きするため薪や炭が大量に必要だったことから、山にはスギやヒノキは植林されず、コナラを中心とした雑木林が保たれていました。塩田の衰退に伴い薪の需要は落ちている中、このコナラを原木に活用することもできる。それで友人とお金を出し合って椎茸栽培を始めました」

一般的に、椎茸栽培には半島が適していると言われているそうです。強い風が吹き抜け、適度な湿度があり、1日の寒暖差が大きい。能登では良質な椎茸が育ちました。石川県民はきのこ好きであることも相まって干し椎茸生産は順調に成長し、1980年代半のピーク時には椎茸農家は約200軒近くに、生産量は100トンにも達しました。ところが、中国産干し椎茸の台頭により、国産ものは暴落。椎茸を諦める農家は後をたたず、生産量はほどなく1トンにまで落ち込みました。

新氏は根気強く椎茸栽培を続け、1990年代から新しい菌種であった115を使った生鮮用椎茸の出荷に力を入れ、JAらと一緒に「のと115」のブランド化に取り組んできました。そのフラッグシップとして誕生したのが「のとてまり」だったのです。

「ご祝儀相場とはいえ、我が子のように育ててきた『のとてまり』が初出しで十数万円もの値がついたときは、さすがにようやくここまで来れたな、と思ったね」と新氏。「のとてまり」は生産者の思いを一身に受けて、大きく成長してきたのです。

珠洲市の森の中で長年、椎茸の露地栽培に取り組んできた新五十八氏。数年前に病気をしてからは、自家消費用に少量の栽培を続けている。「コナラとアカマツが混在する奥能登の森は、雨をゆっくりと土に浸透させる、椎茸には最高の環境」と話す。

定年退職後、椎茸栽培に取り組む山方正治氏。1回3時間も要する丁寧な水やりなどによって、収穫される椎茸はどれも高品質と評価が高い。

山方氏は水道工事用のミラーを愛用。傘の裏側の巻き具合のチェックにも余念がない。

農場の見学には、ONESTORYフードキュレーターの宮内隼人(右)も同行。片折氏と共に、山方氏がつくった「のとてまり」認定間違いなしとおぼしき椎茸に圧倒された。

山方氏の「のと115」栽培用ハウス。積雪による安定した水分供給や風による刺激が椎茸の成長を促すとみられ、大雪や台風の自然災害が多い年は豊作になることが多いという。

のとてまり「のとてまり」の高い発生率の秘密は、丁寧な水やりにあり。

穴水町を流れる小又川の最上流にある集落で、「のと115」の栽培に取り組むのは山方正治氏。定年退職後に実家がある当地で就農し3年目になります。

標高150mほどのところにあるほだ場は、ハウスの中でも底冷えのする寒さで凛とした空気が漂っています。山方氏は、管理している原木は1650本と少なめではあるものの、「のとてまり」の発生率がひときわ高いと、他の生産者からの注目も集めています。同氏が栽培において最も配慮しているのは水やり。霧状に噴出できるホースを使い、椎茸には直接水が吹きかからないように気をつけながら、原木1本1本に丁寧に水やりしていきます。1回の水やりにかかる時間は3時間ほど。

「清冽な山の水を引いて、とにかくきめ細かな水やりを徹底しています。まだまだ手探りですが、温度と散水管理が出来や収穫量をかなり左右することがわかってきました。作業は大変ですが、椎茸は手をかけた分だけ美味しくなってくれる。自分でもバター醤油炒めにしたりしてよく食べますが、本当に美味しい椎茸だな、と感動しますね」

焼いてもまったく縮まないと片折氏も驚く。強火の遠火で、旨みを閉じ込めたままじっくり焼かれる。

最高にシンプルで、最高に贅沢な一品が完成。この時味わった全員に、無邪気な笑みがこぼれた。

のとてまり手に取り、料理をし、鳥肌の立つ、類まれな食材。

高森氏、室木氏、山方氏からわけてもらった「のとてまり」を、片折氏は早速試食してみました。鰹出汁と濃口醤油で作った出汁醤油を塗りながら、炭火で焼いたごくシンプルな焼き椎茸。火入れはあえて浅めにして、余熱で中心部まで火が入るかどうかの焼き立てをいただく。一口味わった片折氏は、思わず唸ります。

「うまい。ものすごいですね、椎茸の香りと旨味の強さが全然違う。上品な食感は蒸し鮑のよう。風味の余韻もずっと続きます……また鳥肌が立ってきました」

「一般的な和食では、椎茸は肉や魚の添え物になることが多いのですが、『のとてまり』はもちろん『のと115』も主役を張れる食材です。懐石の中に、その場で焼いたり炊いたりしただけの椎茸そのものを味わっていただく一品を挟んで、生産者の思いを豊かな風味と一緒に伝えていきたい。そう思います」

稲作を営むにも多大な苦労が伴う過酷な自然環境が、椎茸栽培の進化を促した。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

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能登の風土が育む至宝「のとてまり」と、究極のストイック系料理人・片折卓矢がついに出逢う。前編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

もぎたての椎茸を入念に確認する片折氏。「めちゃくちゃ重い。香りも豊かですね」

のとてまり石川の秀逸な食材を求める片折氏、今狙う注目の椎茸とは?

金沢、浅野川の畔に佇む日本料理『片折』。
毎日たった7席のために、店主の片折卓矢氏を筆頭に4名の料理人が日の出前から奔走する、金沢を代表する、いや今や日本を代表する和食の名店です。その食材への飽くなき追求は果てしなく、七尾市の藤瀬霊水を汲みにいき、県内や隣県の魚市場をめぐり、山菜や野草を摘みに山へ分け入る。その日にしか出合えない季節の食材を、全力をかけて調達し、ごくシンプルな調理法で供す店なのです。
そう、究極の地産地消を体現する、今、最も注目される日本料理の一店です。そんな片折氏が特に思いを込めて常に目を光らせる食材に石川県特産の椎茸「のと115」があります。115とは全国で栽培されている椎茸の菌種の品番。能登で原木によって栽培されるものは、風味と食感がよいと評判で、「のと115」という名で知られるようになってきました。一定の規格を満たすことで認められる「のと115」の中でも、特に高品質なものは「のとてまり」と呼ばれ、料理人の羨望の的になっています。

今回、片折氏はその謎めいた原木椎茸「のとてまり」を求めて、能登の生産者たちを訪ねました。

「のとてまり」づくりの名人と称される高森正治氏。同氏の腕をもってしても、「のとてまり」と認められるのは収穫全体のわずか1%。

「のと115」は味わいの評価もさることながら、きのこらしい美しいフォルムも魅力。

のとてまり森からハウスへ。そして再び森へ。原木椎茸は手間ひまの賜物で生まれる。

能登湾に面する穴水町は、きのこ栽培が盛んな地域のひとつ。その山間で高森正治氏は、約10年前から「のと115」の栽培に取り組んでいます。

「のと115」は能登に自生するコナラを原木に利用して栽培されています。露地とハウス、2通りの栽培方法がありますが、色・形よく育てることができ、市場価格が高い時期に出荷できるハウスでの栽培が一般的です。ハウス栽培といっても、年間を通して原木をハウスの中で管理するわけではありません。森から伐り出され、玉切りされた原木は、植菌されて1年の多くを森の中で過ごします。「のと115」が出始める直前の11月にハウスに移動し、3月いっぱいまで収穫され、また森へと戻されます。その日、高森氏のハウスは収穫の最盛期を迎えていました。

「椎茸は気温にとても敏感に反応します。気温が上がると一斉に傘が開いてしまうので、急いで収穫しなければいけません。先日、急に暖かくなったもんで、この数日はもうバタバタ。袋がけも追いついていなくて」と高森氏。椎茸は、500円玉大になったところでひとつひとつビニール袋をかけていきます。袋がけには、椎茸の傘に傷がつくのを防ぐと共に、袋内の湿度が一定に保たれることによって、適切な成長を促す効果があります。合掌組みで並べられたほだ木は、1本1本360度あらゆる方向に付いている椎茸を常にチェックし、ほだ木を回転させながら、見込みのある椎茸を特に手をかけながら大切に育てます。水やり、収穫にと、気を抜けない日々が続きます。
「袋がけ作業がいちばん楽しい。大きくなれよと期待を込めながら作業します。実は収穫は全然楽しくないんだよ。すでに結果が出てしまっているからね」

大きく育ったひとつを収穫させてもらった片折氏は、愛おしむように両手で包み込み、ひだの香りを確認します。
「鳥肌が立ってしまいました。これだ、と思える食材を手にできた時、なぜか全身がぞくっとするんです。水分をしっかり蓄えて、ずしりと重く、原木椎茸ならではの香りも強い。これは間違いない。焼いたら、絶対に美味い」と笑顔が綻びます。

室木芳憲氏は工場勤務の脱サラ後、就農支援の研修を経て、夏はミニトマト、冬は椎茸を栽培する農家となった。

「のとてまり」の判定は奥能登管内のJAにて実施。大きさはノギスを使って正確に計測。規格外のものは生産者へ返品される。

のとてまり「のとてまり」の称号は、厳格な基準を満たした最高峰の証。

肉厚でしっとりとしている「のと115」は、焼いても縮むことがなく、ほどよい弾力と滑らかな舌触り、濃厚な風味を楽しむことができます。収穫された「のと115」のうち特に大きく形のよいものは、JAの検査場に集められ「のとてまり」の判定試験を受けます。

「のとてまり」は次のような厳格な判定基準が定められています。
・傘の直径8cm以上
・肉厚3cm以上
・傘の巻き込み1cm以上
・形状が優れていること

検査場に持ち込まれるのは優れた「のと115」ばかり。それでも晴れて「のとてまり」と認定されるのは、3割程度とのこと。「のとてまり」栽培の名人と称される高森氏でさえも、「のとてまり」生産の割合は1%足らずといわれています。いかに「のとてまり」が希少な椎茸であるかがわかります。

就農3年目の室木芳憲氏は、穴水町のハウス3棟に5,500本の原木を管理しています。収穫期の作業は朝7時から夜7時まで。「のとてまり」の候補として出せるのは、最盛期で週に60個ほどとのこと。やはり一筋縄ではいきません。
「この3年間でも、収穫量は年によって随分と違いました。今年はまずまずですが、昨年は厳しかった。気温や雨量などが影響しているようですが、そのメカニズムは謎が多く、まだまだ経験が必要です。地道にやっていくしかないですね」と室木氏は穏やかに話します。


生産現場をつぶさに見た片折氏は、感慨深げ。
「菌床栽培(おが屑ブロックなどでの人工栽培)に比べて、原木栽培の椎茸の方が味も香りも圧倒的に濃くて食材としては格段に優れています。でも、原木栽培がこれほど大変とは知りませんでした。原木のほだ木は太いものだと15kgにもなるとか。それを森からハウスへ、ハウスから森へ何千本も移動させる重労働は聞いただけで気が遠くなります。『のと115』への愛着が一層強まりましたね」

大勢の生産者が産出した「のとてまり」は大きさが揃えられて箱詰めされる。この一箱にも、複数の農家の努力が詰まっている。

「のとてまり」は同じ大きさの箱に、大きさ別に詰められ、8玉入り、6玉入り、5玉入り、3玉入りの4種で出荷される。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

石川県食のポータルサイト
いしかわ百万石食鑑
https://ishikawafood.com/

名酒を生む名手たるゆえん。最強チームに加わる最後の武者修業。

最後の「武者修業」先、『新政』にて感謝の祈りを捧げる松本日出彦氏。「酒造りだけではなく、それを取り巻く地域や環境との共存、自然の偉大さを学びました。そして、人としてどうそれと介在し、生きていくのか。生涯を通して考え続けなければいけないことなのだと思います」。

HIDEHIKO MATSUMOTO「新政」の厳格なルールのもと、松本日出彦が介在する意味は何か。

2021年2月より密着している松本日出彦氏の武者修業。

滋賀『富田酒造』、熊本『花の香酒造』、福岡『白糸酒造』、栃木『仙禽』と巡り、最後の蔵は、全ての酒造りおいて生酛を採用する秋田の『新政酒造』(以下、新政)です。

2021年4月。この日の仕込みは、蒸したお米を冷却する埋け飯(いけめし)と呼ばれる作業。速醸造りであれば、一気に冷却しますが、生酛造りは一足飛びにはいきません。米の表面を適度に乾かし、ひと晩じっくり保湿しながら米を寝かせます。この工程は、今後の米の溶け具合に影響するため、重要な作業のひとつ。以後、半切桶に籠らせ、冷やしたそれを翌日に手で混ぜていきます。

生酛造りは複雑な発酵を操るため、多くの知識が必要な製法です。また、速醸酒母と比較にはならないほどの労力がかかります。しかしこれらの労力は、簡単に機械にとって代えられるようなものではありません。

添加物や最新の醸造機器などから距離をとり、ただひたすらに生酛製法の真髄を継承し、品質を向上させるため『新政』では常に試行錯誤が行われています。

「地元の水をどう活かしていけるのか。そこを大事にしています。生酛の際は何日も置いた水を使ったり、色々なアイディアを取り入れて挑戦しています」と話すのは、蔵人の福本芳鷹氏です。福本氏は、生粋の蔵人ではなく、北海道札幌の名店『鮨 一幸』出身。異例の人物です。しかし、『新政』を提供する側にいた貴重な知見は、酒造りに活かされています。

そして、水の扱い方は米の扱い方にもつながります。

「蒸した米をひと晩じっくり冷やし、半切桶に仕込み、寄部屋(よせべや)と呼ばれる空間で籠らせます。1日2回手で混ぜ、寝かし、低温で雑菌の活動を鈍らせながら水に含まれる硝酸を還元し、更に不要な微生物を死滅させるための亜硝酸を生み出します。使用する仕込み水には、役目を終えた木桶の破片を漬け、それを“継ぎ足し”ながら使用しています」と酛屋の佐々木 公太氏。

生酛造りにおいて重要な「硝酸還元菌」と呼ばれるそれは、またの名を「亜硝酸生成菌」とも言い、仕込み水に木桶の破片を漬ける理由は「木の穴や隙間、凹凸に、亜硝酸が住み着く環境を作るため」と佐々木氏。加えて、まるで秘伝のタレのような「継ぎ足し」という水の発想においても『新政』独自の着眼とも言えます。

「良い水を他所から引っ張ってくるのではなく、地元の水を最大限良くしていくために知恵を絞るという行為は、人が自然に介在する意味があると思います」と松本氏。

別日、半切桶に寝かした米20kgに対して麹10kgを均一になるよう混ぜ合わせます。一見、シンプルな作業に見えますが、計30kgのそれを手で掻く作業は重労働。武者修業における最後の生酛造りに全身全霊で松本氏は取り組みます。

「自分と松本さんでは混ぜる回数や具合が異なるため、それだけでも味に変化が生まれると思います」と佐々木氏。

日本酒とは造り方だけでなく、人によって味が変わるのです。

その後、暖気部屋(だきべや)へ移し、乳酸菌を増殖させます。ここまでにかかる日数は、約2週間。次に酵母を増やすための部屋へ移し、酒母を造っていきます。作業をしやすいように個別に設計された3つの部屋を通してそれを成すも、伝統の酒造りを独自のやり方で創造していく姿は、生酛造り、もとい、『新政』造りと言って良いでしょう。

『新政』の酒造りは、厳格なルールのもと、成り立っています。そこに「武者修業」だからというイレギュラーや特例はありません。与えられた環境の中、何を学び、何を得て、何を造るのか。

全ては、松本日出彦次第。

もくもくと立ち上がる湯気。周囲は蒸し立ての米の香りが充満し、蔵人たちが戦闘態勢に入る。

「水の温度、米の状態、両者を見極め、132%吸わせた米を蒸してる最中に9%吸わせて、141%に……」など、本日の蒸米に関して議論する福本芳鷹氏(左)と松本氏(右)。

切り返しを行い、蒸し立ての米に空気を含ませ、温度を下げていく。

切り返しをした米は、ひと晩寝かせてから、寄部屋(よせべや)へ仕込む。

「『新政』の洗米機は、先端の機器。細かいジェット噴射が精度の高い洗米を手伝います」と松本氏。

この日は、10.5度の水にひと袋17分漬け、洗米した米に水を36%吸わせる。

埋け飯(いけめし)と呼ばれる作業を行う酛屋の佐々木 公太氏(奥)と松本氏(手前)。「2014年から生酛造りに舵を切りましたが、うまく行かないことも多かったです。工夫を繰り返しながら、ようやく近年では安定的に造れるようになりました」と佐々木氏。

寄部屋に仕込んだ半切桶に合わせる酛。表面を適度に乾かし、保湿しながら米を寝かせる。この作業によって米の溶け具合が変わり、今後の作業に影響する。

継ぎ足し継ぎ足しをしている仕込み水。中には、使わなくなった木桶の破片を漬ける。

半切桶に寝かした米20kgに対し、麹10kgを均一になるよう、仕込み水を加えながら混ぜ合わせていく。

仕込みを終えたら、寄せて寝かせる。寄部屋との名称はこれに由来するも、業界用語ではなく『新政』用語。

仕込み終えた半切桶。これからどんな化学反応を起こすのか、期待が高まる。

HIDEHIKO MATSUMOTO自社圃場を持つ意義。酒造りを通して地域を発展させる。

蔵のある秋田県秋田市大町から車で走ること約1時間。同市内河辺の鵜養(うやしない)に『新政』は自社圃場を保有しています。

「酒米の郷」にすべく地元農家にも協力を仰ぎ、無農薬栽培を実現。2015年から始まり、現在の面積は32町歩(約32ha)にも及びます。それを担う酒米責任者の古関 弘氏は、元醸造責任者という驚愕のコンバート。蔵の中で酒造りをしていた時代は、生酛造りや木桶の採用へ転換する改革を8代目蔵元・佐藤祐輔氏とともに取り組み、今の『新政』の礎を築きました。

「醸造責任者は言わば杜氏。責任のある立場の方が米を作るということは、農家さんにとっても『新政』が本気だということの意思表示になると思います。加えて、この活動は、酒造りだけではなく、地域の発展はもちろん、美しい日本の田園風景を守ることにもなり、生態系を維持することにもつながります」と松本氏。

「稲を育てることによって微生物の循環を再生させ、田んぼが乾き切ってしまったがために細くなってしまった自然の生育サイクルを太くさせてあげたいなと思っています」と古関氏。

田園風景が広がる中には、かつて不耕地帯だった田んぼもありましたが、約4年かけて地道に育て、今では一番収穫できるまでに。

育てる米は、陸羽(りくう)132号を始め、酒こまち、美郷錦の3種。主である陸羽は、童話作家・宮沢賢治が推奨していた水稲品種であり、約100年前に秋田県大曲市にて育種開発されたもの。親に「亀の尾」と「愛国」を持つことから「愛亀」の愛称としても親しまれています。

「(佐藤)祐輔さんは、“自分たちの目が行き届く範囲やこだわって田んぼを始めるには、このサイズがちょうど良いが、盆地で湿気が溜まりやすく、正直、栽培には適していない”とおっしゃっていました。(前述の)仕込み水の追求の仕方しかり、もともとあるベストな環境に乗るではなく、例え負の要素があったとしても、自分たちの工夫と努力を添えればベストな環境を作れるという発想から理想に持っていくのは、実に『新政』らしく、そのイズムはチームにも受け継がれていると思います」と松本氏。

では、この土地が勝負できると感じたものは何か? それは、水でした。


「上流に何もないため、水が美しく、無農薬に適していると思いました。それに、必ずしも良い環境が良いものを生むとは限らないと思います。例えば、シャンパーニュ地方は寒く、湿気も多い。加えて、雪も降ります。しかし、そんな環境でも素晴らしい造り手はいますし、オーガニック栽培をするワイナリーもあります。負の要素を好転させ、価値を持たせることができるか否かは人の問題」と佐藤氏。

「ワインを愛する前に土地を愛せ」と、謳われているかは知らずとも、シャンパーニュ地方にこだわるからこそ、愛するからこそ、造り手はシャンパーニュに夢を見るのかもしれません。

祐輔さんのおっしゃる通り、近くには大又川が流れ、斜面から湧き出す水は土地が持つ豊かな恵みを象徴しています。水量もふんだん、透明度も高く、悠々と泳ぐイワナを見れば、良質な清流だということは言うまでもありません。日本酒は米と水からできていますが、その水は仕込み水だけに限りません。こうして米が育つ水もまた酒造りの水。米を造るということは水を守ること、山を守ることにつながります。今回、さまざまの蔵を回って、蔵の中だけでなく、蔵の外、環境を体感できたことは、本当に学びになっています」と松本氏。

松本氏が言う「山を守ること」は、木桶を自社で造る構想を持つ稀有な『新政』にとって深く向き合ってきた環境問題でもあります。

その中心人物は、設計士の相馬佳暁(よしあき)氏です。蒸米を広げる木製の作業台、更には麹室や木桶蔵まで設計をしています。

「自分は、大阪の木桶職人に教えていただきました。実は、今年もその方のもとへ修業に行ってきます。大阪で作っているため、素材は吉野杉ですが、『新政』の木桶の理想は、秋田で作り、秋田杉を使用することです。しかし、まず、木桶に使える杉は、約120年の樹齢がないと難しいと言われています。秋田県内では、それがほぼ国有林や保護地区にしかなく。これは農林水産省や国の許諾がないと伐採できないため、非常に難しい問題です。自社圃場を有する鵜養に木桶の制作工場も作りたいと思っており、色々、活動を進めているところです」と相馬氏。

米、水、道具など、ルーツも含め、全量秋田にこだわる『新政』の第1フェーズが生酛造りへの転換であれば、第2フェーズは自社圃場の保有。この木桶作りと製作工房の実現は、第3フェーズなのかもしれません。

「ステンレスや琺瑯を採用する蔵も多いですが、やはり酒造りの道具に木材は欠かせません。つまり、酒造りをすることは林業にも向き合うことになるのです。木桶作りまでを自社で行う『新政』であれば、なおのことダイレクトにそれと対峙することになります。国有林や保護地区と言えば一見聞こえは良いですが、数百年、数十年前に植えられた木は、必ずしも残し続けることが良いわけではありません。天災によって土砂崩れや倒木の恐れもあります。更には、風の抜けを妨げ、気候や環境を変えてしまうことすら起こってしまいます。現代においては、ほどよく伐採し、“植える”だけでなく“整える”必要があり、それは、今、生きる我々の責任だとも思います」と松本氏。

伐採され、姿形を変えても、正しい命を吹き込めば、木は新たな生き方を手に入れます。『新政』の木桶として生きる道は、必ずや正しいそれになるでしょう。

米、水、そして木。林業に松本氏がじっくり向き合うことができたのは、『新政』だからこそ。

良い酒は、良い酒造りだけにあらず。

良い地域造り、良い秋田造りこそ、『新政』にとって良い酒なのです。

松本氏は、4月(写真)と5月に田んぼを訪れ、土の状態と水を張った状態を観察。鵜養(うやしない)の環境について酒米責任者の古関 弘氏(左)から学ぶ、松本氏(右)

「以前は、沼のような状態のところもありました。土壌作りから始まりましたが、今では水捌けも良くなり、今年の米も楽しみです」と古関氏。努力の甲斐あり、今では美しい田園風景を成す。

大又川が流れる舟作と呼ばれるポイント。その由来は、川の流れによって掘って削られた岩盤の滝が舟の形をしていたことからその名が付いたと伝わる。

この土地の神様、「辺岨(へそ)神社」。「岩見神社」という由緒ある古社の境内に秋田の中心地=へそという意味を持って創設。「岩見神社」では、五穀豊穣などを願う湯立神事も執り行われる。松本氏もこれまでの各所への感謝及び武者修業の無事を祈願。

設計士の相馬佳暁(よしあき)氏(左)と松本氏(右)。木桶を通して環境問題について議論。「森林と向き合うことは行政と向き合うことにもつながります。色々課題は多いですが、土地とともに酒造りをしたい」と相馬氏。

高さ、直径ともに約2mの木桶。材を仕入れ、削り、組み立てる。木材を乾燥させるだけでも1年かかるため、その労力は計り知れないが、『新政』では、それを相馬氏がたったひとりで担う。

相馬氏は、『新政』の木製の道具も制作。それぞれ異なる職人を有する総合力こそ、『新政』の強み。

「良い酒だけ造るだけであれば、美味しいだけに留まってしまう。『新政』では、文化的価値を創造したい」と8代目蔵元・佐藤祐輔氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO価値ある酒とは何か。武者修業の解はそこにある。

「美味しい競争に興味はありません。自分は、文化的価値の高いお酒を目指しています」。そう語るのは、『新政』8代目蔵元・佐藤祐輔氏です。

そのために生酛造りへ転換し、木桶を採用し、米を全て秋田産に変え、自社圃場を構える変革をしてきました。前述、醸造責任者だった古関氏を酒米責任者へ就任させたことにおいても「農家さん“が”作る米ではなく、農家さん“と”作る米でなければいけない」と言葉を続けます。

農家さん“が”、農家さん“と”。言葉にすれば一文字異なるだけですが、その内容には大きな違いがあります。

ゆえに「自分で作る技術を得られる高い能力の人材が必要だった」のです。

この能力とは、仕事の能力だけでなく、人間の能力も指します。農家と阿吽の呼吸で作業を行うことや信頼関係を結ぶことは、それだけ難しいのです。

「祐輔さんの行動には、全て理由があり、全て当を得ている」と松本氏。

そのような哲学は、さまざまな基準や当たり前を見直す機会にもなります。

「例えば、吟醸酒は美味しい正解なのか? もちろん答えは正解ですが、それだけが日本酒の正解ではありません。精米歩合は判断基準のひとつですが、それが価格とイコールではありません。『新政』が採用している扁平精米は、米の中心部分である心白を残しながら不要を除去し、デンプンを残すことが可能なため、秋田産のお米には適しています。業界の正解は、各蔵の正解とは限らないのです。それぞれの土地にはそれぞれの特性があり、その特性を活かすことによって個性が生まれ、地酒が生まれるのです。蔵の数だけ味があり、土地があり、人がある」と松本氏。

酒を飲むのではなく、地域を飲む、風土を飲む、文化を飲む、そして人を飲む。

「我々の良くないところは、そういった伝え方をできていなかったこと」と佐藤氏は言うも、逆に飲み手は、そういった理解を得る心が必要とされます。つまりは、それが価格に比例されるべきであるも、ほぼ成されていないのが現状。生活圏で言えば、酒屋の陳列にも飲食店のメニューにも、そんな物語の記載を目にする機会は少ない。

自らやるしかない。その有志によって立ち上がったのが『一般社団法人 J.S.P』です。ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォームの頭文字から成るその団体の代表理事を務めるのも佐藤氏です。

「新型コロナウイルスによって、全てが一変してしまいました。緊急事態宣言や酒類の提供停止、自粛などによって飲食店への販路は、ほぼ皆無。ましてや、世界同時の難局なため、海外への輸出も絶たれてしまいました。自分も含め、酒を届けるタッチポイントを再考していかなければならない」と佐藤氏。

以前のタッチポイントは飲食店や酒屋でしたが、これから必要とすべきことは、直接、お客様と酒の関係性を結ぶ環境造りなのかもしれません。もっと追求すれば、酒の先にある地域、造り手などと結ばれることこそ理想形。

「タッチポイントという点では、『新政』のラベルはそれに一役買っているのではないでしょうか。芸術家、書道家、漫画家、グラフィックデザイナーなど、数々のクリエイターと協業することによって、これまで日本酒業界では得ることができなかった接点との結実、アプローチだと思います」と松本氏。

日本酒業界と比べてどうかではなく、他所のクリエイティブと比べてどうか。この価値基準の競争においては、良い効果を生むでしょう。

「僕は飽きっぽいので、すぐ変えちゃうんです。ラベルもそうですし、造りもそう。どんなに苦労して長い道のりをかけてたどり着いた味でも、ほぼ定番にはしない。これは成功したので、また次の挑戦をしましょうというタイプ」と佐藤氏が言う隣では「現場は大変ですよね(苦笑)」と松本氏。

飽き性とは、言い方を変えれば、あぐらをかかないこと。これは、歴史や伝統を盾に進化しない蔵では衰退してしまう危惧によるものなのかもしれません。

そういった意味も含んでか、佐藤氏は松本氏にこう話します。

「日出彦は、蔵を抜けて良かった」。

1852年(嘉永五年)に創業した『新政』。歴史や伝統に満足することなく、挑戦し続ける蔵としてその名を馳せる。

現存する市販清酒酵母中では最古となる「きょうかい6号」の発祥蔵『新政』。1号から5号までは、西日本で生まれたが、6号は1930年(昭和5年)に『新政』のもろみから分離され、誕生。

今回、松本氏とともに造るのは「ラピス」。東北を代表する酒米「美山錦」の性質を良く表しながらも軽快な酒質に仕上げる定番作品。『新政』の基本的な味わいを表現する「定点観測」的なモデルでもある。

HIDEHIKO MATSUMOTO何のしがらみもない中、思いっきり酒を造れ。

2020年末、様々な事情によって松本氏は自身の蔵を離れることになり、この「武者修業」は始まりました。当時、佐藤氏は松本氏にすぐに連絡し、色々思いを伝えるも、その声は震えていました。怒り、悔しさ、悲しみ、様々込み上げる感情は、言葉に表すことはできません。

「色々なやり方で残ることもできたかもしれない。もしくは、残った方が楽だったかもしれない。でも、そこに自分が信じる日本酒があるかと言えば、なかったかもしれません。別のものを造らなければいけないのであれば、ゼロから始めて、自分が信じるものを造った方が日出彦らしい。造りたいものを造る。一見シンプルなようだけど、造り手にとってこれほど幸せなことはない」と佐藤氏。

「守るべきものは、たくさんあると思うのですが、本当に守らなければいけないものは、土地や建物ではなく、日本酒を造る魂。一度は、それを失いかけましたが、祐輔さんを始め、みんなに支えられて大事なものを失わずに済みました」と松本氏。

今回の「武者修業」は、蔵や職人同士の付き合いだから始まったものではありません。ましてや情けや助けでもありません。これまで培ってきた人と人との絆が衝動的に心を動かした結果論なのだと思います。

また、「武者修業」で得たことは、もしかしたら蔵の中で得たことよりも、蔵の外で得たことの方が大きく作用したかもしれません。

酒造りだけではない環境への配慮。地域や自然との対峙。向き合うべき問題や課題。磨くべきは技術よりも心。そして、職人である前にひとりの人間としてどうあるべきか……。

松本日出彦の酒造りとは何か? 日本酒とは何か?

それは「生き方」。

その証は、きっと厳格なルールのもと造られた『新政』の酒にも息づいているに違いないと信じます。

これから先、松本氏がどうなるか分かりません。しかし、皆が望んでいることはただひとつ。

「思いっきり酒を造れ」。

『ONESTORY』は、もう少し松本日出彦を追いかけたいと思います。

 各蔵で手を撮り続けた今回の「武者修業」。当初「酒造りをしている時は手が硬い。酒造りができていない今の手は、柔らかい。シーズン中にこんな自分の手を見るのはいつぶりだろうか……」と話していたが、最後は職人の手になれたか!?

「コロナ禍もあり、今までの100年とこれからの100年は、全く違う100年。これからの日本酒業界も変わらなければいけない」と佐藤氏(右)と松本氏(左)。

住所:秋田県秋田市大町6-2-35 MAP
TEL:018-823-6407
http://www.aramasa.jp

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2009年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層に人気を高める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs&Movie Direction:JIRO OHTANI
Text&Movie Produce:YUICHI KURAMOCHI

名酒を生む名手たるゆえん。最強チームに加わる最後の武者修業。

最後の「武者修業」先、『新政』にて感謝の祈りを捧げる松本日出彦氏。「酒造りだけではなく、それを取り巻く地域や環境との共存、自然の偉大さを学びました。そして、人としてどうそれと介在し、生きていくのか。生涯を通して考え続けなければいけないことなのだと思います」。

HIDEHIKO MATSUMOTO「新政」の厳格なルールのもと、松本日出彦が介在する意味は何か。

2021年2月より密着している松本日出彦氏の武者修業。

滋賀『富田酒造』、熊本『花の香酒造』、福岡『白糸酒造』、栃木『仙禽』と巡り、最後の蔵は、全ての酒造りおいて生酛を採用する秋田の『新政酒造』(以下、新政)です。

2021年4月。この日の仕込みは、蒸したお米を冷却する埋け飯(いけめし)と呼ばれる作業。速醸造りであれば、一気に冷却しますが、生酛造りは一足飛びにはいきません。米の表面を適度に乾かし、ひと晩じっくり保湿しながら米を寝かせます。この工程は、今後の米の溶け具合に影響するため、重要な作業のひとつ。以後、半切桶に籠らせ、冷やしたそれを翌日に手で混ぜていきます。

生酛造りは複雑な発酵を操るため、多くの知識が必要な製法です。また、速醸酒母と比較にはならないほどの労力がかかります。しかしこれらの労力は、簡単に機械にとって代えられるようなものではありません。

添加物や最新の醸造機器などから距離をとり、ただひたすらに生酛製法の真髄を継承し、品質を向上させるため『新政』では常に試行錯誤が行われています。

「地元の水をどう活かしていけるのか。そこを大事にしています。生酛の際は何日も置いた水を使ったり、色々なアイディアを取り入れて挑戦しています」と話すのは、蔵人の福本芳鷹氏です。福本氏は、生粋の蔵人ではなく、北海道札幌の名店『鮨 一幸』出身。異例の人物です。しかし、『新政』を提供する側にいた貴重な知見は、酒造りに活かされています。

そして、水の扱い方は米の扱い方にもつながります。

「蒸した米をひと晩じっくり冷やし、半切桶に仕込み、寄部屋(よせべや)と呼ばれる空間で籠らせます。1日2回手で混ぜ、寝かし、低温で雑菌の活動を鈍らせながら水に含まれる硝酸を還元し、更に不要な微生物を死滅させるための亜硝酸を生み出します。使用する仕込み水には、役目を終えた木桶の破片を漬け、それを“継ぎ足し”ながら使用しています」と酛屋の佐々木 公太氏。

生酛造りにおいて重要な「硝酸還元菌」と呼ばれるそれは、またの名を「亜硝酸生成菌」とも言い、仕込み水に木桶の破片を漬ける理由は「木の穴や隙間、凹凸に、亜硝酸が住み着く環境を作るため」と佐々木氏。加えて、まるで秘伝のタレのような「継ぎ足し」という水の発想においても『新政』独自の着眼とも言えます。

「良い水を他所から引っ張ってくるのではなく、地元の水を最大限良くしていくために知恵を絞るという行為は、人が自然に介在する意味があると思います」と松本氏。

別日、半切桶に寝かした米20kgに対して麹10kgを均一になるよう混ぜ合わせます。一見、シンプルな作業に見えますが、計30kgのそれを手で掻く作業は重労働。武者修業における最後の生酛造りに全身全霊で松本氏は取り組みます。

「自分と松本さんでは混ぜる回数や具合が異なるため、それだけでも味に変化が生まれると思います」と佐々木氏。

日本酒とは造り方だけでなく、人によって味が変わるのです。

その後、暖気部屋(だきべや)へ移し、乳酸菌を増殖させます。ここまでにかかる日数は、約2週間。次に酵母を増やすための部屋へ移し、酒母を造っていきます。作業をしやすいように個別に設計された3つの部屋を通してそれを成すも、伝統の酒造りを独自のやり方で創造していく姿は、生酛造り、もとい、『新政』造りと言って良いでしょう。

『新政』の酒造りは、厳格なルールのもと、成り立っています。そこに「武者修業」だからというイレギュラーや特例はありません。与えられた環境の中、何を学び、何を得て、何を造るのか。

全ては、松本日出彦次第。

もくもくと立ち上がる湯気。周囲は蒸し立ての米の香りが充満し、蔵人たちが戦闘態勢に入る。

「水の温度、米の状態、両者を見極め、132%吸わせた米を蒸してる最中に9%吸わせて、141%に……」など、本日の蒸米に関して議論する福本芳鷹氏(左)と松本氏(右)。

切り返しを行い、蒸し立ての米に空気を含ませ、温度を下げていく。

切り返しをした米は、ひと晩寝かせてから、寄部屋(よせべや)へ仕込む。

「『新政』の洗米機は、先端の機器。細かいジェット噴射が精度の高い洗米を手伝います」と松本氏。

この日は、10.5度の水にひと袋17分漬け、洗米した米に水を36%吸わせる。

埋け飯(いけめし)と呼ばれる作業を行う酛屋の佐々木 公太氏(奥)と松本氏(手前)。「2014年から生酛造りに舵を切りましたが、うまく行かないことも多かったです。工夫を繰り返しながら、ようやく近年では安定的に造れるようになりました」と佐々木氏。

寄部屋に仕込んだ半切桶に合わせる酛。表面を適度に乾かし、保湿しながら米を寝かせる。この作業によって米の溶け具合が変わり、今後の作業に影響する。

継ぎ足し継ぎ足しをしている仕込み水。中には、使わなくなった木桶の破片を漬ける。

半切桶に寝かした米20kgに対し、麹10kgを均一になるよう、仕込み水を加えながら混ぜ合わせていく。

仕込みを終えたら、寄せて寝かせる。寄部屋との名称はこれに由来するも、業界用語ではなく『新政』用語。

仕込み終えた半切桶。これからどんな化学反応を起こすのか、期待が高まる。

HIDEHIKO MATSUMOTO自社圃場を持つ意義。酒造りを通して地域を発展させる。

蔵のある秋田県秋田市大町から車で走ること約1時間。同市内河辺の鵜養(うやしない)に『新政』は自社圃場を保有しています。

「酒米の郷」にすべく地元農家にも協力を仰ぎ、無農薬栽培を実現。2015年から始まり、現在の面積は32町歩(約32ha)にも及びます。それを担う酒米責任者の古関 弘氏は、元醸造責任者という驚愕のコンバート。蔵の中で酒造りをしていた時代は、生酛造りや木桶の採用へ転換する改革を8代目蔵元・佐藤祐輔氏とともに取り組み、今の『新政』の礎を築きました。

「醸造責任者は言わば杜氏。責任のある立場の方が米を作るということは、農家さんにとっても『新政』が本気だということの意思表示になると思います。加えて、この活動は、酒造りだけではなく、地域の発展はもちろん、美しい日本の田園風景を守ることにもなり、生態系を維持することにもつながります」と松本氏。

「稲を育てることによって微生物の循環を再生させ、田んぼが乾き切ってしまったがために細くなってしまった自然の生育サイクルを太くさせてあげたいなと思っています」と古関氏。

田園風景が広がる中には、かつて不耕地帯だった田んぼもありましたが、約4年かけて地道に育て、今では一番収穫できるまでに。

育てる米は、陸羽(りくう)132号を始め、酒こまち、美郷錦の3種。主である陸羽は、童話作家・宮沢賢治が推奨していた水稲品種であり、約100年前に秋田県大曲市にて育種開発されたもの。親に「亀の尾」と「愛国」を持つことから「愛亀」の愛称としても親しまれています。

「(佐藤)祐輔さんは、“自分たちの目が行き届く範囲やこだわって田んぼを始めるには、このサイズがちょうど良いが、盆地で湿気が溜まりやすく、正直、栽培には適していない”とおっしゃっていました。(前述の)仕込み水の追求の仕方しかり、もともとあるベストな環境に乗るではなく、例え負の要素があったとしても、自分たちの工夫と努力を添えればベストな環境を作れるという発想から理想に持っていくのは、実に『新政』らしく、そのイズムはチームにも受け継がれていると思います」と松本氏。

では、この土地が勝負できると感じたものは何か? それは、水でした。


「上流に何もないため、水が美しく、無農薬に適していると思いました。それに、必ずしも良い環境が良いものを生むとは限らないと思います。例えば、シャンパーニュ地方は寒く、湿気も多い。加えて、雪も降ります。しかし、そんな環境でも素晴らしい造り手はいますし、オーガニック栽培をするワイナリーもあります。負の要素を好転させ、価値を持たせることができるか否かは人の問題」と佐藤氏。

「ワインを愛する前に土地を愛せ」と、謳われているかは知らずとも、シャンパーニュ地方にこだわるからこそ、愛するからこそ、造り手はシャンパーニュに夢を見るのかもしれません。

祐輔さんのおっしゃる通り、近くには大又川が流れ、斜面から湧き出す水は土地が持つ豊かな恵みを象徴しています。水量もふんだん、透明度も高く、悠々と泳ぐイワナを見れば、良質な清流だということは言うまでもありません。日本酒は米と水からできていますが、その水は仕込み水だけに限りません。こうして米が育つ水もまた酒造りの水。米を造るということは水を守ること、山を守ることにつながります。今回、さまざまの蔵を回って、蔵の中だけでなく、蔵の外、環境を体感できたことは、本当に学びになっています」と松本氏。

松本氏が言う「山を守ること」は、木桶を自社で造る構想を持つ稀有な『新政』にとって深く向き合ってきた環境問題でもあります。

その中心人物は、設計士の相馬佳暁(よしあき)氏です。蒸米を広げる木製の作業台、更には麹室や木桶蔵まで設計をしています。

「自分は、大阪の木桶職人に教えていただきました。実は、今年もその方のもとへ修業に行ってきます。大阪で作っているため、素材は吉野杉ですが、『新政』の木桶の理想は、秋田で作り、秋田杉を使用することです。しかし、まず、木桶に使える杉は、約120年の樹齢がないと難しいと言われています。秋田県内では、それがほぼ国有林や保護地区にしかなく。これは農林水産省や国の許諾がないと伐採できないため、非常に難しい問題です。自社圃場を有する鵜養に木桶の制作工場も作りたいと思っており、色々、活動を進めているところです」と相馬氏。

米、水、道具など、ルーツも含め、全量秋田にこだわる『新政』の第1フェーズが生酛造りへの転換であれば、第2フェーズは自社圃場の保有。この木桶作りと製作工房の実現は、第3フェーズなのかもしれません。

「ステンレスや琺瑯を採用する蔵も多いですが、やはり酒造りの道具に木材は欠かせません。つまり、酒造りをすることは林業にも向き合うことになるのです。木桶作りまでを自社で行う『新政』であれば、なおのことダイレクトにそれと対峙することになります。国有林や保護地区と言えば一見聞こえは良いですが、数百年、数十年前に植えられた木は、必ずしも残し続けることが良いわけではありません。天災によって土砂崩れや倒木の恐れもあります。更には、風の抜けを妨げ、気候や環境を変えてしまうことすら起こってしまいます。現代においては、ほどよく伐採し、“植える”だけでなく“整える”必要があり、それは、今、生きる我々の責任だとも思います」と松本氏。

伐採され、姿形を変えても、正しい命を吹き込めば、木は新たな生き方を手に入れます。『新政』の木桶として生きる道は、必ずや正しいそれになるでしょう。

米、水、そして木。林業に松本氏がじっくり向き合うことができたのは、『新政』だからこそ。

良い酒は、良い酒造りだけにあらず。

良い地域造り、良い秋田造りこそ、『新政』にとって良い酒なのです。

松本氏は、4月(写真)と5月に田んぼを訪れ、土の状態と水を張った状態を観察。鵜養(うやしない)の環境について酒米責任者の古関 弘氏(左)から学ぶ、松本氏(右)

「以前は、沼のような状態のところもありました。土壌作りから始まりましたが、今では水捌けも良くなり、今年の米も楽しみです」と古関氏。努力の甲斐あり、今では美しい田園風景を成す。

大又川が流れる舟作と呼ばれるポイント。その由来は、川の流れによって掘って削られた岩盤の滝が舟の形をしていたことからその名が付いたと伝わる。

この土地の神様、「辺岨(へそ)神社」。「岩見神社」という由緒ある古社の境内に秋田の中心地=へそという意味を持って創設。「岩見神社」では、五穀豊穣などを願う湯立神事も執り行われる。松本氏もこれまでの各所への感謝及び武者修業の無事を祈願。

設計士の相馬佳暁(よしあき)氏(左)と松本氏(右)。木桶を通して環境問題について議論。「森林と向き合うことは行政と向き合うことにもつながります。色々課題は多いですが、土地とともに酒造りをしたい」と相馬氏。

高さ、直径ともに約2mの木桶。材を仕入れ、削り、組み立てる。木材を乾燥させるだけでも1年かかるため、その労力は計り知れないが、『新政』では、それを相馬氏がたったひとりで担う。

相馬氏は、『新政』の木製の道具も制作。それぞれ異なる職人を有する総合力こそ、『新政』の強み。

「良い酒だけ造るだけであれば、美味しいだけに留まってしまう。『新政』では、文化的価値を創造したい」と8代目蔵元・佐藤祐輔氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO価値ある酒とは何か。武者修業の解はそこにある。

「美味しい競争に興味はありません。自分は、文化的価値の高いお酒を目指しています」。そう語るのは、『新政』8代目蔵元・佐藤祐輔氏です。

そのために生酛造りへ転換し、木桶を採用し、米を全て秋田産に変え、自社圃場を構える変革をしてきました。前述、醸造責任者だった古関氏を酒米責任者へ就任させたことにおいても「農家さん“が”作る米ではなく、農家さん“と”作る米でなければいけない」と言葉を続けます。

農家さん“が”、農家さん“と”。言葉にすれば一文字異なるだけですが、その内容には大きな違いがあります。

ゆえに「自分で作る技術を得られる高い能力の人材が必要だった」のです。

この能力とは、仕事の能力だけでなく、人間の能力も指します。農家と阿吽の呼吸で作業を行うことや信頼関係を結ぶことは、それだけ難しいのです。

「祐輔さんの行動には、全て理由があり、全て当を得ている」と松本氏。

そのような哲学は、さまざまな基準や当たり前を見直す機会にもなります。

「例えば、吟醸酒は美味しい正解なのか? もちろん答えは正解ですが、それだけが日本酒の正解ではありません。精米歩合は判断基準のひとつですが、それが価格とイコールではありません。『新政』が採用している扁平精米は、米の中心部分である心白を残しながら不要を除去し、デンプンを残すことが可能なため、秋田産のお米には適しています。業界の正解は、各蔵の正解とは限らないのです。それぞれの土地にはそれぞれの特性があり、その特性を活かすことによって個性が生まれ、地酒が生まれるのです。蔵の数だけ味があり、土地があり、人がある」と松本氏。

酒を飲むのではなく、地域を飲む、風土を飲む、文化を飲む、そして人を飲む。

「我々の良くないところは、そういった伝え方をできていなかったこと」と佐藤氏は言うも、逆に飲み手は、そういった理解を得る心が必要とされます。つまりは、それが価格に比例されるべきであるも、ほぼ成されていないのが現状。生活圏で言えば、酒屋の陳列にも飲食店のメニューにも、そんな物語の記載を目にする機会は少ない。

自らやるしかない。その有志によって立ち上がったのが『一般社団法人 J.S.P』です。ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォームの頭文字から成るその団体の代表理事を務めるのも佐藤氏です。

「新型コロナウイルスによって、全てが一変してしまいました。緊急事態宣言や酒類の提供停止、自粛などによって飲食店への販路は、ほぼ皆無。ましてや、世界同時の難局なため、海外への輸出も絶たれてしまいました。自分も含め、酒を届けるタッチポイントを再考していかなければならない」と佐藤氏。

以前のタッチポイントは飲食店や酒屋でしたが、これから必要とすべきことは、直接、お客様と酒の関係性を結ぶ環境造りなのかもしれません。もっと追求すれば、酒の先にある地域、造り手などと結ばれることこそ理想形。

「タッチポイントという点では、『新政』のラベルはそれに一役買っているのではないでしょうか。芸術家、書道家、漫画家、グラフィックデザイナーなど、数々のクリエイターと協業することによって、これまで日本酒業界では得ることができなかった接点との結実、アプローチだと思います」と松本氏。

日本酒業界と比べてどうかではなく、他所のクリエイティブと比べてどうか。この価値基準の競争においては、良い効果を生むでしょう。

「僕は飽きっぽいので、すぐ変えちゃうんです。ラベルもそうですし、造りもそう。どんなに苦労して長い道のりをかけてたどり着いた味でも、ほぼ定番にはしない。これは成功したので、また次の挑戦をしましょうというタイプ」と佐藤氏が言う隣では「現場は大変ですよね(苦笑)」と松本氏。

飽き性とは、言い方を変えれば、あぐらをかかないこと。これは、歴史や伝統を盾に進化しない蔵では衰退してしまう危惧によるものなのかもしれません。

そういった意味も含んでか、佐藤氏は松本氏にこう話します。

「日出彦は、蔵を抜けて良かった」。

1852年(嘉永五年)に創業した『新政』。歴史や伝統に満足することなく、挑戦し続ける蔵としてその名を馳せる。

現存する市販清酒酵母中では最古となる「きょうかい6号」の発祥蔵『新政』。1号から5号までは、西日本で生まれたが、6号は1930年(昭和5年)に『新政』のもろみから分離され、誕生。

今回、松本氏とともに造るのは「ラピス」。東北を代表する酒米「美山錦」の性質を良く表しながらも軽快な酒質に仕上げる定番作品。『新政』の基本的な味わいを表現する「定点観測」的なモデルでもある。

HIDEHIKO MATSUMOTO何のしがらみもない中、思いっきり酒を造れ。

2020年末、様々な事情によって松本氏は自身の蔵を離れることになり、この「武者修業」は始まりました。当時、佐藤氏は松本氏にすぐに連絡し、色々思いを伝えるも、その声は震えていました。怒り、悔しさ、悲しみ、様々込み上げる感情は、言葉に表すことはできません。

「色々なやり方で残ることもできたかもしれない。もしくは、残った方が楽だったかもしれない。でも、そこに自分が信じる日本酒があるかと言えば、なかったかもしれません。別のものを造らなければいけないのであれば、ゼロから始めて、自分が信じるものを造った方が日出彦らしい。造りたいものを造る。一見シンプルなようだけど、造り手にとってこれほど幸せなことはない」と佐藤氏。

「守るべきものは、たくさんあると思うのですが、本当に守らなければいけないものは、土地や建物ではなく、日本酒を造る魂。一度は、それを失いかけましたが、祐輔さんを始め、みんなに支えられて大事なものを失わずに済みました」と松本氏。

今回の「武者修業」は、蔵や職人同士の付き合いだから始まったものではありません。ましてや情けや助けでもありません。これまで培ってきた人と人との絆が衝動的に心を動かした結果論なのだと思います。

また、「武者修業」で得たことは、もしかしたら蔵の中で得たことよりも、蔵の外で得たことの方が大きく作用したかもしれません。

酒造りだけではない環境への配慮。地域や自然との対峙。向き合うべき問題や課題。磨くべきは技術よりも心。そして、職人である前にひとりの人間としてどうあるべきか……。

松本日出彦の酒造りとは何か? 日本酒とは何か?

それは「生き方」。

その証は、きっと厳格なルールのもと造られた『新政』の酒にも息づいているに違いないと信じます。

これから先、松本氏がどうなるか分かりません。しかし、皆が望んでいることはただひとつ。

「思いっきり酒を造れ」。

『ONESTORY』は、もう少し松本日出彦を追いかけたいと思います。

 各蔵で手を撮り続けた今回の「武者修業」。当初「酒造りをしている時は手が硬い。酒造りができていない今の手は、柔らかい。シーズン中にこんな自分の手を見るのはいつぶりだろうか……」と話していたが、最後は職人の手になれたか!?

「コロナ禍もあり、今までの100年とこれからの100年は、全く違う100年。これからの日本酒業界も変わらなければいけない」と佐藤氏(右)と松本氏(左)。

住所:秋田県秋田市大町6-2-35 MAP
TEL:018-823-6407
http://www.aramasa.jp

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2009年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層に人気を高める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs&Movie Direction:JIRO OHTANI
Text&Movie Produce:YUICHI KURAMOCHI

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生産者の想いは熱く、その味は洗練の極みに。珠玉の石川食材、めくるめく。[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

OVERVIEW

北陸、石川。

日本海沿岸、本州のほぼ中央に位置する石川県の形を、思い浮かべることはできますか?
南北約200kmに細長く伸びる縦長の県土は、南部には広大な原生林と共に屹立する霊峰白山を擁し、北部は能登半島となって日本海に突き出ています。

荒波に削られた岩礁と断崖が続く能登外浦。それとは対照的に穏やかな能登湾に臨む能登内浦。多様な自然資源に恵まれた能登の里山里海は、土地の環境や生物多様性を生かした農業、農村景観が維持されている地として世界農業遺産に認定されました。今も息づく農村文化は、世界からの注目の的です。
白山に降り注いだ雨は河川となって広範囲に栄養豊富な水をもたらし、加賀平野や手取川扇状地など肥沃な穀倉地帯が形成されています。
クルマで、電車で、小一時間も移動してみると、きっと気づくはずです。海、山、川、平野が織りなす千変万化の風景に、石川がいかに多様な表情を持っているかを。

多彩な石川の風土は、実に多様な農産品を生み出してきました。

ブランド椎茸の最高峰との呼び声も高い「のとてまり」。
希少性と高い品質で注目高まる幻のブランド牛「能登牛」。
満を持して醸造が始まった石川県オリジナルの酒米「百万石乃白」。
“石川の宝”とも称される高級ぶどう「ルビーロマン」。

今回、『ONESTORY』では、フードキュレーター・宮内隼人が、数々の石川の味覚からあらためて、これら4つの逸品に着目。究極の地産地消を実現する金沢市の日本料理店「片折」の片折卓矢氏、最も注目を集めるイノベーティブレストランの一店である小松市の「SHÓKUDŌ YArn(ショクドウヤーン)」の米田裕二氏、日本が誇るトップソムリエである「An Di(アンディ)」の大越基裕氏、世界的パティシエとして知られる「Mont St.Clair(モンサンクレール)」の辻口博啓氏、4人の食のスペシャリストと一緒に、4つの食材の知られざる魅力を徹底追求していきます。

さあ、のぞいてみましょう、深淵なる石川食材の世界を。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

これまでにない圧倒的な旨さ。ネクストレベルの和牛を求めて、能登牛の進化、着々と。後編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

『能登牧場』専務の平林将氏(左)とONESTORYフードキュレーター宮内隼人(右)

能登牛兵庫系の旨い肉質と鳥取系の体格のよさを兼ね備えた能登牛。

石川県のブランド和牛「能登牛(のとうし)」は、1995年に「能登牛銘柄推進協議会」による認定制度がスタートした、ブランド和牛としては比較的新しい銘柄です。しかし、そのルーツは、明治期にまで遡るといいます。能登半島の日本海側である外浦一帯で製塩業が発展したのに伴い、大量に必要となった薪を搬出するための役牛を繁殖したのが始まりとされています。明治時代に兵庫県但馬地方から、大正時代に鳥取県から種牛が導入されて掛け合わされ、農耕を目的として四肢とりわけ前脚が屈強な牛が繁殖されていきました。種牛の導入は毎年計画的に行われていましたが、昭和初期、霜降りが入った上質な肉ができる資質型の兵庫系と、体が大きくなる体積型の鳥取系を交配した和牛一代雑種が、資質と体積を両立した和牛として生産が推奨されるようになりました。さらに交雑を進めたところ、体積は当初より小さくなり、霜降りも若干少なくなったものの、肉質のよさは引き継がれ、他の有名ブランド和牛よりもサシが比較的少ない赤身であることが個性となり、一定の支持を得るようになっていったといいます。

外浦のほぼ中央、志賀町に拠点を構える『寺岡畜産グループ』は、能登牛の品揃えに強みをもつ精肉店や卸、直営レストランを展開する肉一筋の企業。1904年(明治37年)に創業した精肉店『寺岡精肉』を母体とする、能登の食肉の歴史と共に歩んできた会社です。代表取締役社長を務める寺岡才治氏に話をうかがいました。

「運送業などを営んでいた祖父が、明治時代に何を思ったか牛肉専門の肉屋を始めました。牛肉食は都会では広まっていたとはいえ、当時としては先進的だったでしょうね。1995年に能登牛と名乗るためのルールが策定されましたが、当社ではそれまでもずっと地元産の和牛の美味しさを伝えたいと、販売チャンネルの開拓はもちろん、繁殖にも取り組んできました。ノトウシではなくノトギュウと呼んでいましたけどね。今では能登牛の知名度はかなり上がりましたが、まだ流通量は少なく、県外からは“幻のブランド和牛”と言われることもあります」(寺岡氏)

能登牛の魅力はなんといっても脂の融点が低いことによる口溶けのよさ。寺岡氏は比較的サシが控えめで、くどさがなく、赤身の肉質や香りがよい点を高く評価しています。
「こんなに口当たりのいい、胃もたれしない牛肉はないですよ。かといってA5ランクのサーロインステーキを200g食べたら、さすがに誰でも飽きるでしょう。要は部位や霜降り具合に応じて適切な切り方、調理をすることが大切なんです。私たち販売者にもそれを啓蒙する責任があると考えて、能登牛を使った料理教室も積極的に開催しています。家庭の調理器具でもコツさえ掴めば驚くほど上手に焼けるし、能登牛入りの細切れを使えば、牛丼もびっくりするほど美味しくなる。各部位が相応の値段で無駄なく消費されれば、農家はコストをかけてより美味しい肉の生産に取り組める。その好循環をつくっていくことが大事なんです」(寺岡氏)

最後に、寺岡氏のおすすめの食べ方を聞きました。能登牛を知り尽くす男は一体どのようにして能登牛を味わっているのでしょう?
「私ですか? そりゃもう刺身ですね。シンプルに醤油か塩で。能登牛のもも肉の刺身は絶品です。焼肉の場合もそうですが、能登牛を食べる際は、ぜひいつも使っている調味料で召し上がっていただきたい。美味しさがはっきりとわかりますからね」と寺岡氏は微笑みました。

グループ企業の精肉店『寺岡精肉』にて『寺岡畜産』の寺岡才治社長。ハレの日のごちそうに欠かせない「てらおかさんのお肉」として地元民に愛されている。

能登牛穏やかな牛の表情が物語るストレスフリーの生育環境。

能登半島北東部の能登町。富山湾に面する内浦から内陸山間地へと標高を上げていくと、人里を離れた原生林の中に、ぽっかりと牧草地が広がる開放的なエリアが出現します。能登牛を肥育する『能登牧場』です。2014年開業と歴史は浅いが、石川・福井合同肉牛枝肉共励会では最高位のグランドチャンピオンを5年連続で獲得した実力派。石川・福井の両県からそれぞれ数十頭出品される牛が、重量や霜降り具合、光沢、肉質などが審査され、各県の最高賞である知事賞を選出。グランドチャンピオンは、その2頭のうちより優れた牛に与えられるもので、最高峰の能登牛を輩出した証しでもあります。同牧場専務の平林将氏に牛舎を案内していただきました。

現在飼養している牛は4棟の牛舎で約1100頭、2020年3月末に4棟目が完成しました。第一に心がけていることは、牛にストレスを与えないこと、「牛の生活している空間へお邪魔しているのだ」という気持ちを持つことだと話します。
「ひとつのユニットの広さが32㎡。そこで最大4頭を飼養します。農林水産省が推奨する基準は1頭あたり6㎡ですから、ゆとりあるスペースと言えるでしょう。スタッフ間で再三確認しているのは、大声を出さないこと。無闇に牛に触らないこと。走らないこと。どれも牛を刺激しないためです。そもそも必要がなければ、極力牛舎に立ち入らないようにしています。人間のことが好きな牛もいれば、嫌いな牛もいる。嫌いな牛にとっては、人間の姿が目に入るだけでストレスになりますから」(平林氏)

ONESTORYフードキュレーター宮内隼人は、牛舎内に漂う穏やかな空気を感じ取りました。全国各地の牧場を見てきた彼ですが、これほど臭いもなくクリーンな環境が保たれ、牛が静かに過ごしているのは珍しいと指摘します。牛たちがみなとてもやさしい顔をしていると。
「それはうれしいですね。確かに、劣悪な環境で育った牛は険しい顔になると言われています。うちの牛たちは、言い方は悪いけど、間抜けな表情のものが多い。でも、それはリラックスして過ごせている証拠だと判断しています」(平林氏)

牛舎は基本的に西から東へ吹く偏西風が抜けるように設計されている。気温34℃にもなる夏場でも、自然風と換気によって牛舎内は快適。

珍しい取材班の登場に、好奇心旺盛な牛たちが寄ってきた。極力刺激しないように配慮する。

平林氏はハットがトレードマーク。深いブルーのユニフォームがよく似合う。科学的根拠に職人の勘による知見も織り交ぜながら、飼養法を解説してくれる。

能登牛豪州とも米国とも違う、しっかりした味付けの狙いをもって育てる独自の肥育

平林氏の実家は、全国的にも名高い黒毛和牛牧場である群馬県『赤城畜産』。『能登牧場』と『赤城畜産』は資本関係のないグループ会社で、平林氏は『赤城畜産』で会計を担当するかたわら飼養管理の基本を習得し、『能登牧場』の立ち上げから参画しているそうです。『赤城畜産』入社前はと聞くと……。
「ニートだったんですよ。大学院まで行って会計を勉強して、資格浪人していたんですけど、何年も落ち続けて。いいかげん働けと最後通告を受けた形で」とはにかみます。そのバックグラウンドがあるからか、どんな質問にも平林氏はロジカルに明解な答えを返してくれます。能登牛の特長であるオレイン酸についての説明も非常にわかりやすい。

「オレイン酸の含有率が高いこと=美味しい、とは限りません。脂肪酸の一種であるオレイン酸は脂の融点を下げる働きがあります。脂が溶けやすいと、食感が向上します。食感がよいことも美味しさの大切な要因ですが、味そのものはほかの脂肪酸や旨味成分であるアミノ酸が主要因となります。ですから、美味しい肉にするためには、オレイン酸を高くするだけでなく、きちんとした狙いをもって肉にしっかり味を付ける必要があります」(平林氏)

味付けに作用するのは配合飼料。牛のエサには大きく牧草とトウモロコシや麦などからなる飼料の2種類がありますが、ざっくり言えば、牧草は繊維質で飼料は糖質です。牧草で育つオーストラリア産牛肉は赤みが多く、どこか繊維を感じる硬い食感で、草っぽいニュアンスが感じられます。一方、飼料で育つアメリカ産牛肉も赤みが多く硬めながら、適度に脂もあります。

「日本での和牛の肥育は、単に無駄な脂を付けて太らせるのではなくサシを入れる独自の飼養法。牧草でしっかり内臓環境を作ってあげてから、飼料で肥育するいわばハイブリッドの方法なのです。内臓がしっかりしていると、飼料の効果も大きくなる。当牧場ではオレイン酸を高めるために、たとえば飼料に生米糠を混ぜ、味付けのための配合にもいろんな工夫をしています。内容は秘密なのですが」(平林氏)

牛床は、雌牛、去勢牛などの違いに応じて、餌台や水の高さも適切に設定され、年間を通じてエサの内容や水温が一定になるように配慮されている。すべては牛にストレスを感じさせないためだ。

ユニフォームの背筋には「能登牛」の金刺繍。能登牛の肥育専業牧場としての矜持が感じられる。

能登牛オレイン酸と格付けが生む矛盾への挑戦。能登牛の旨さを届けるために前進あるのみ。

メリットばかりに見えるオレイン酸には実はビジネス上のデメリットもあるといいます。オレイン酸が高いと格付けが下がる。オレイン酸と格付けがトレードオフになる傾向があるとか。『寺岡畜産』の寺岡氏も、その問題点を指摘していました。

「格付けは食肉処理した後に審査員によって行われるのですが、脂の融点が低い能登牛の場合は食肉処理してから数日間冷やさないと脂が固まってサシがはっきりしてこないため、BMSという霜降りの格付けが低くなりがちです。格付け後に、冷蔵が進んできれいなサシが浮かび上がってくることが多い。この現象を我々は『肉が化けた』と呼びます。能登牛は、肉が化けるんですよ」(寺岡氏)

脂の融点の低さは販売時にも露呈しがちだと平林氏は話します。
「オレイン酸が高く脂が溶けやすいと食味はよくなりますが、見栄えとして脂が溶けることが良しとされないケースも多々あります。典型的なのがスーパーマーケットの販売コーナー。一般的な食肉展示用の照明は肉の赤色を自然に演出するために色が調整されているので、能登牛のように脂が溶けやすい肉は発色が悪くなり、肉がダレた印象を受ける消費者もいます。格付け的には評価が低くなる恐れがあるというのは、そのあたりが理由となります。本来、品質とは関係のないことなんですけどね」(平林氏)

現在、『能登牧場』では、オレイン酸含有率の高さはそのままに、脂が白く見栄えする肉の研究を続け、オレイン酸と格付けの矛盾を克服するために奮闘中です。さらに、平均28カ月で出荷するところを30カ月以上飼養する、長期肥育にも取り組んでいるそうです。もうこれ以上大きくなりにくい牛をなぜ手間ひまかけて肥育するのでしょうか。

「これは科学的には完全にはわかっていないことなのですが、30カ月から33カ月で脂が一気に美味しくなるということが職人の経験則でわかっています。今後はその検証も含め、いわゆる1000日肥育にもチャレンジしていきたい。一般的には雌牛の方が食味がよいとされているので、まずは雌で長期肥育を行い、能登牛の圧倒的な美味しさを世に知らしめたい。旨い肉は何よりも雄弁です。能登牛の知名度は、揺るぐことのない美味しさから広げていきたいです」

和牛の品質向上への挑戦は大変な時間と労力を要する。しかし、その歩みは、牛歩のごとく着実で力強いものでした。

能登牛のおいしさを最大限に発揮させるためには、よく餌を食べることが必要だと語る。飼料には糖蜜などによって牛の嗜好性を高める工夫がされている。

非常に清潔な印象の牛舎。牛たちは、穏やかな雰囲気の中で、横になり、牧草を食んで思い思いに過ごしていた。

住所:石川県羽咋郡志賀町富来領家町甲-26(増穂浦ショッピングモール アスク内) MAP
電話:0767-42-0012

住所:石川県鳳珠郡能登町泉ろ12 MAP
電話:0768-72-0622

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

ローカルガストロノミーの求道者『SHÓKUDŌ YArn』が惚れ込む、稀少なブランド和牛とは?前編[Bon appétit Ishikawa!/石川県]

能登牛を使った『SHÓKUDŌ YArn』のスペシャリテ。一体どんな味なのか?

能登牛気鋭の料理人と評価高まる能登牛の邂逅。

地域の気候風土、歴史、文化を料理に表現する「ローカルガストロノミー」。この理念を独自の発想と遊び心で体現し、国内外のフーディたちから熱視線を浴びるレストランが、石川県小松市の郊外にあります。その名は『SHÓKUDŌ YArn(ヤーン)』。英語で「糸」を意味する「yarn」を冠する店は、かつて撚糸工場だった建物をリノベーションして2015年にオープンしました。どこか北欧をイメージさせるストイックなデザインの建物に入ると、オーナーシェフ兼ソムリエの米田裕二氏、パティシエールの亜佐美氏夫妻が屈託のない笑顔で迎えてくれました。

亜佐美氏はここ小松市、裕二氏は隣の能美市の出身。ふたりは高校の同級生。高校卒業後、それぞれ大学に進みますが、大学卒業後は共にほどなく料理の道へ。裕二氏はイタリアで星付きの店を渡り歩いて修行を重ね、店を任されるようになります。亜佐美氏も少し遅れてイタリアでの修行を開始。その後、ふたりは世界で最も予約の取れない最先端のレストランと言われた「エルブジ」での研修が許され、さらなる研鑽を積みます。そんなふたりがいつしか自分たちの店をと、熟慮の末に選んだ地が、地元の小松でした。

リノベーション前の撚糸工場は元々、亜佐美氏のお祖父さんが運営していたもの。『YArn』には、糸を紡ぐように地域の文化や歴史を紡いでいきたい。裕二のYと亜佐美のAで理想の店にしていきたいといった想いが込められているといいます。

『YArn』で使う食材は小松市をはじめとする石川県産の新鮮な海山の幸が多くを占めています。全ての調理に使う水も、能美市仏大寺にある遣水観音山霊水堂の水をわざわざ汲みに行くこだわりよう。そんな米田夫妻のお気に入りの食材のひとつが石川県産のブランド和牛「能登牛(のとうし)」です。同店では、能登牛のA5ランクに格付けされたものの中でも、オレイン酸の含有量など一定条件をクリアして最上級ランクの評価を得た「能登牛プレミアム」を使用しています。裕二氏は能登牛の魅力について話します。
「塊の状態を見ただけ、触っただけで、これは本当にいい肉だなとわかるんです。うれしくなってくる。赤身とサシのバランスが絶妙。常温で脂が溶けて肉がいい具合にしっとりして、いい弾力になってきます。口当たりがやさしく、旨味や香りが強いけれど、後味はすっきり。胃もたれするような重さはまったくありません。料理人として創造性をめちゃくちゃ刺激される食材ですね」

この日、能登牛の類まれな魅力から生まれたスペシャリテ2品を作っていただきました。どちらも、想像の斜め上をゆく、驚きと感動の皿でした。
 

撚糸工場だった建物を曳家工事を行って大胆にリノベーション。住宅街で静かに異彩を放つ。

オーナーシェフ兼ソムリエの米田裕二氏とパティシエールの亜佐美氏夫妻。温かく気さくな人柄に惹きつけられる。

建物中央の中庭にすっくと立つのはスペインから運ばれたオリーブの木。樹齢200年から300年と推定される古木が、客席やキッチンを見守っているかのよう。

「能登牛プレミアム」のヒレ(左)とイチボ(右)。融点の低い脂、赤身とサシのバランスのよさが魅力だという。

能登牛先進的かつ懐かしい。斬新すぎる能登牛の牛すじ煮込み。

『YArn』では、客席からガラス張りのオープンキッチンでの仕事ぶりを見ることができます。さらに、ひとつのコースで15品ほど提供される料理の多くは、テーブルで仕上げが施され、そこに驚きと歓喜の瞬間が生まれます。

「牛すじ煮込みです」と運ばれてきた木皿には、よく味のしみていそうな大根がひとつ。そして、目の前に出された料理に、その場でアイスクリームがのせられました。それはなんと能登牛の牛すじ煮込みのアイスクリーム。「大根と一緒にどうぞ」と促されても、狐につままれたような感覚です。

さて、その味は……熱い大根のおでんと冷たい牛すじアイスが口の中で渾然一体となり、出汁で丁寧に炊き上げられた牛すじ煮込みがふわりと広がります。上品な旨味の余韻の中に、どこか懐かしさも沸き起こってきます。

「懐かしい。そう言ってもらえることが多いんです。これは居酒屋でインスピレーションを受けたメニュー。うちの店はイノベーティブとかフュージョンとかに分類されることが多いのですが、自分たちでそう言ったことは一度もないんです。私たちの経歴からスペイン料理やイタリア料理をイメージして来られる方も多いですね。でも実際、うちは家庭や居酒屋の料理が基本。だから“SHÓKUDŌ”とうたっているのです」(裕二氏)

驚きの牛すじアイスクリームは客席でサーブ。アイスクリームメーカーを客席に持ち込むための木枠も形がユニークな特注品。プレゼンテーションへの細やかな配慮が行き届いている。

能登牛を使ったスペシャリテ「牛すじ煮込み」。合わせるのは、奥能登にある数馬酒造の限定醸造品「NOTO純米88 無濾過生原酒」。精米歩合88%の超旨口の食中酒が、滑らかな牛すじ煮込みと共に花開く。

能登牛遊び心の中にしっかりと込められた技術とエッセンス。

裕二氏は7年のヨーロッパ生活を経て帰国すると、日本料理店へ入って修行を始め、夫婦共に茶道に入門しました。日本で生まれ育ったのに、日本のことを知らなさ過ぎる。イタリアやスペインで現地に溶け込んで仕事をする中で、そんな思いを募らせていったからだと亜佐美氏は修行時代を振り返ります。

「日本人の料理人はみんな刺身が引けるし、和食はなんでも作れると思われていました。『アサミ、モナカの皮を作ってよ』とか当然のように頼んでくるけど、こちらは作った経験もなければ、材料すらあやふや。日本料理を学ぶイタリア人が全員ピザを焼けるかといったら違いますよね(笑)。でも、考えてみたら、襖の正しい開け閉めも知らないし、海外での経験を活かすためにも、日本の文化をきちんと知らないと。そんな想いを強くしていきましたね」(亜佐美氏)

「料理には母国のエッセンスが必要と感じる事も多くなっていました。イタリアで、店を任せられていた時に、伝統的な猪の煮込みを食べたいという依頼があり、その店のオーナーのお母さんからレシピや作り方をきちんと教わり、料理を作ったのですが、やはり微妙なところで味が違うと、彼らが言ったのです。 やはり、そこにはうまれ育った場所で昔からお祖母ちゃんやお母さん、その地域の方々が作る伝統料理を食べてきたからこそ分かる微妙なエッセンスの違いがあるという事です。日本で言えば、たとえば味噌汁。外国人が日本料理をひと通り学んでも、日本人が作る味噌汁の味にはなかなか到達できない。この現実に直面した時に、それを悲観するのではなく、自分の料理をよりよいものにするために、日本の、特に身近な料理のエッセンスを込めるべきだと考えました。そんな試行錯誤によって、今の店の骨格ができていったのです」(裕二氏)

『YArn』の献立には、奇妙奇天烈な名前が並びます。ダジャレ、パロディ、中には読めない記号であることも。たとえば、「見た目ウザくない」は、一見そうは見えない「うざく」。「茶碗無視」は文字通り、茶碗の形状にとらわれない茶碗蒸し。蟹がぶくぶくと泡を吹いている「バブルカニシスターズ」は、甲羅を裏返すと香箱蟹が出現し、泡状の蟹酢をつけながらいただく、という衝撃的なメニューです。非日常の食事を堪能してほしい。美味しさはもちろん、店でしか体験できない驚きと楽しさを提供したい。そんな気持ちが、『YArn』にしかない自由な発想の料理を生み出しているのです。

本物の石と混ぜて提供される石そっくりのチョコレートも、『YArn』らしい遊び心いっぱいの一品。ちなみに、黒光りしている粒がチョコレートとは限らない。

能登牛能登牛本来の滋味が豊かに広がる唯一無二のカツとじ。

驚きと楽しさを提供するために、常にギャップを大切にしていると夫妻は話します。
「ヘンテコな名前のメニューが、風変わりではあるけれど、そこに伝統や馴染みある要素が盛り込まれていることがわかると、料理って妙に納得できて、不思議なことに懐かしさを強く感じるんです。これってギャップですよね」(裕二氏)

「一方、牛すじ煮込みのように名前は普通なのに、出てきた料理はなんじゃこりゃ!? というのもやはりギャップ。メニュー名も調理法もどちらも風変わりだと、そこにギャップは生まれませんよね。常連さんは、普通の名前の料理には何か仕掛けがあるぞと察するようになっていますが(笑)」(亜佐美氏)

「イタリア時代の経験が大きいですね。オリジナルのアイディアで、ティラミスをお客の目の前で盛り付けてみたところ、こんなプレゼンテーションは初めてで、ベストティラミスだとものすごく喜んでもらえて。それから、調理の基本は崩さずに、地元のイタリア人は決してやらないような食材の組み合わせや提供の仕方にどんどんチャレンジしていきました。自分は現地で異邦人であったからこそ、常識にとらわれずに自由に発想できた。この感覚を忘れずに和食に持ち込んで、楽しい料理を作っていきたい。ギャップの根っこには、そんな基本スタンスがあります」(裕二氏)

2品目の能登牛メニュー「牛ヒレカツとじ」がやってきました。一般的なカツとじとは似ても似つかぬ形状。ステーキのような肉の上に卵焼きのような塊がのっています。亜佐美氏がその正体を解き明かしてくれました。肉は能登牛のヒレ肉を真空低温調理したもの。あらかじめ2面を昆布〆することで水分を適度に抜くと同時に昆布の旨みとほのかな塩分をプラスしています。上にのっているのは、パンにたっぷりの卵と出汁をしみ込ませてフライパンで焼き目をつけたフレンチトースト。ふたつの間には三つ葉が挟んであります。「食べた人はたいてい変な笑顔になるんですよ」と裕二氏が補足します。

その時、きっと取材班も一様に変な笑顔になっていたことでしょう。口の中にあるのは、まさしく牛カツとじそのもの。いや、むしろ、肉、衣、卵が見事に調和しながらも、能登牛の滋味がググッと迫り、普通の牛カツとじでは味わえない肉の存在感を満喫できます。

美味しさの余韻に浸る取材班を夫妻はニコニコと見守っています。能登牛の恐るべきポテンシャル、それを遊び心と共に最大限に引き出す発想と技術。食べに行く価値があれば、人はどこからでもやってくる。ローカルガストロノミーの真髄を垣間見ました。

牛ヒレカツとじに使うフレンチトーストには焼き目をつけて香ばしさをプラス。

牛カツとじの肉は揚げずに低温調理。「とんかつの本質は蒸し料理。だから肉を素揚げしたり、焼いてしまって、とんかつのニュアンスがなくならないに試行錯誤しました」と裕二氏。

牛カツとじと合わせるのは、フランス・ローヌの「シャトーヌフ・デュ・パプ」。「枯れた感じの深い風味が、カツとじの濃厚な旨みとよく合います」(裕二氏)。

大阪の三ツ星店『HAJIME』などで経験を積んだONESTORYフードキュレーター宮内隼人は、独創的な『YArn』のスタイルに興味津々。料理談義は尽きることがない。

住所:石川県小松市吉竹町1-37-1 MAP
電話:0761-58-1058
https://shokudo-yarn.com/

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

北アルプスの懐に抱かれる信濃大町。豊かな水が育む、澄んだ味わいの食材を探しに。[湧水とアートがうるおす街/長野県大町市]

    OVERVIEW

絵のように美しい町。
信濃大町駅に降り立つと、まずそんな思いが頭をよぎります。その絵は淡い水彩画ではなく、厚く塗り込めた油絵。3000m級の北アルプスの山々の威容、山の稜線でくっきりと区切られた空、豊かな緑の色彩、そして清冽な水。質量があり、奥行きがあり、現実感がある力強い美しさが、訪れる人を圧倒するのです。

命の源たる水が豊かで澄んでいるとうことは、そこで育つ食材もまた豊かであることを意味します。たっぷり水分を蓄えた野菜や果物、生き生きと育つ魚、瑞々しい飼料で育つ鶏や豚、水そのもののおいしさが伝わる酒やビール。自然の恵みと、自然の中で暮らす人々の営み。両者がバランス良く調和することで、この地の個性が色濃く表れた、澄んだ味わいの食が形成されています。

そのクリエイターを刺激する美しい景観から、「北アプルス国際芸術祭」の舞台ともなっている大町市。自然に触れ、アートを鑑賞し、食を満喫する、この町でしかなし得ない唯一無二の体験。そんな長野県大町市の魅力をさまざまな角度から紐解きます。

Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 長野県大町市)

イタリアン×フレンチ、長野×東京。個性の異なるふたりの料理人が挑むコラボレーションメニュー。[食育・料理体験イベント/長野県大町市]

畑を見学する泉田シェフ(奥)と神保シェフ(手前)。食材を前にプロの料理人らしい専門的な会話が交わされる。

    まだ見ぬ食材を探し、初夏の信濃大町をめぐる2日間

2021年7月某日。立山黒部アルペンルートの玄関口であるJR大糸線信濃大町駅に、多くの登山客に紛れ、ひとりの人物が降り立ちました。数々のメディアでおなじみのその顔は『HATAKE AOYAMA』の神保佳永シェフ。とりわけ野菜の本質を見極め、その魅力を引き出す料理から“野菜の魔術師”と呼ばれるイタリアンの巨匠です。

今回、神保シェフが信濃大町を訪れた理由は2021年9月5日(日)に『ANA ホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん』で開かれる「食育・料理体験イベント」の準備のため。これは同ホテルの料理長・泉田康晴シェフとともに神保シェフが考案したコラボレーションメニューを、参加する子供たちと一緒に作る体験イベント。さらにイベント以降9月6日から10月31日までは、ふたりが考案したメニュー全5品が、同ホテルのレストランに登場します。子供たちには、食の楽しさと大切さを、大人には大町の食材の豊かさを、それぞれ伝える大切な仕事です。

今回の訪問の目的は、大町市内の食材生産者を巡り料理の構想を練ること。さらにこの地らしい料理のアイデアのため、10月から開催予定の『北アルプス国際芸術祭』の作品なども見学する多忙な工程です。東京で腕を振るう神保シェフは、この信濃大町でどんな食材と出合い、どんな料理を生み出すのか。信濃大町を拠点とする泉田シェフは神保シェフに何を伝え、どんなコラボレーションを目指すのか。駆け足で訪れた1泊2日の信濃大町視察の様子をレポートします。

黒部ダムへの長野側の玄関口であり、市内には大町ダム、七倉ダム、高瀬ダムを擁する大町市。豊かな水はさまざまな食材を育む。

山麓の農場で味わう、自然の力を凝縮した野菜

「このあたりの土は火山灰と腐葉土の混じった黒ボク土。寒暖差もあるから旨味の濃い野菜が育つんです」そう話すのは『勝本農園』をひとりで切り盛りする勝本あけみさん。山麓にあり、12月から3月は雪に埋まってしまいますが「先祖代々の畑だから」と、心を込めて丹念に手入れします。
泉田シェフの『ANA ホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん』では、以前から勝本さんにお世話になっているとか。外国で買い付けた苗を育ててくれるなど柔軟な作付けにも対応し、この地のレストランにはなくてはならない存在。

手入れが行き届いた農園で、採れたての野菜をかじる神保シェフと泉田シェフ。その口からは「苦いですね」との言葉。誤解がないように補足するなら、シェフによる「苦い」は最上の褒め言葉。加熱方法や味付けにより、苦味やえぐ味を減らすことはできる。しかし野菜本来の持ち味を後から付け足すことはできない。だから苦味を含む味の濃い野菜は、料理人にとって良い食材である、というわけです。

勝本さんの案内で農園を見学。作物の出来はもちろん、農園の自体の手入れの行き届いた美しさがふたりのシェフを惹きつけた。

栄養をたっぷりと湛えた黒土と昼夜の寒暖差が、旨味の濃い野菜が育つ理由。

シャイな勝本さんの露出はここまで。自然体の人柄だが、言葉の随所に農業への強い思いが垣間見える。

「色が濃く、葉がしっかりとしている」と好評価。その場で試食させてもらい、その味わいを確かめた。

    野菜、魚、肉。多彩な食材がシェフの感性を刺激

続いて訪れた『八幡農園』は、若き代表の八幡大智さんが、家族5人で無農薬有機栽培に挑む農園です。大智さんは農業大学を経て実務経験を積み、2010年にこの地に移り、自身の理想とする農業を実践する人物。
その理想とは、自然に近い状態を保ち、作物本来の力を引き出すこと。雑草はやみくもに刈らず、落ちた葉はやがて地面にかえり栄養となる。作付けする位置や組み合わせを工夫することで農薬ではなく自然のサイクルで作物を育てる。それはいわば、膨大な手間暇をかけて、一周回って自然に近い状態にすること。明確な目標とロジカルな戦略がなければなし得ないことでしょう。そしてそんな自然の力を凝縮した野菜の数々には、“野菜の魔術師”神保シェフも心動かされた様子でした。

北アルプスの懐に抱かれる『フィッシングランド鹿島槍ガーデン』では、信州サーモンやイワナを視察しました。実は以前にも何度かここを訪れ、実際にこちらの魚を使用したこともあるという神保シェフ。「味わいの透明感が段違い。臭みはなく、上質な脂が乗っています」と絶大な信頼を寄せています。
養魚場を見学した後、社長のご厚意で信州サーモンやイワナの刺し身と卵を試食した一行。身質に自信があるからこそ出せる刺し身、黄金に輝くイワナの卵などには、同行した泉田シェフも驚きを隠せない様子でした。

もちろん肉も負けてはいません。視察に訪れた『松下農園』は、長野県のブランド鶏・信州黄金シャモを育てる農園。この『松下農園』では飼料に米を混ぜることで、さらに上質で柔らかい肉質を実現しています。残念ながらコロナ禍において生育数は縮小していますが、また素晴らしい鶏を届けてくれることでしょう。

なお『八幡農園』の野菜、『鹿島槍ガーデン』の信州サーモン、『松下農園』の信州黄金しゃもの3つの食材をそれぞれ主役に、後日神保シェフが3種の料理を仕立ててくれました。その詳細については、後日別記事にてお知らせします。

家族5人で営む『八幡農園』で父・八幡博己さんに話を聞く神保シェフ。

『鹿島槍ガーデン』にて。魚体はもちろん、環境や餌など細かい点を確認する。

試食の際のふたりのシェフは真剣そのもの。味の特徴を見極め、料理の構想を練る。

信州黄金シャモは、シャモと名古屋系のかけあわせ。適度な弾力と噛むほどにあふれる旨味が魅力。

『北アルプス国際芸術祭』に向け、市内随所に展示される作品。個性的なアートがシェフに刺激を与える。

屋外アートや触れて体験できるインスタレーションなど、市内には多数のアートがあふれる。

   澄んだ水に育まれる美味を伝えるコラボレーションメニュー

大町市の多様な食材は、肉、魚、野菜にとどまりません。
続いて一行が訪れたのは『キハダ飴本舗』。その名の通り、柑橘の一種であるキハダの実のエキスを使った飴の店ですが、実はそれだけではありません。
「ここで食堂をやっていて、長野らしい食材として山菜をつけていたのですが、わざわざ山に採りに行くのは大変でね。だったら育ててみよう、と」そう聞かせてくれたのは、社長の古川孝雄さん。神奈川で大手企業に勤めていましたが54歳で早期退職し、奥様のトミコさんとともに大好きな鹿島槍ヶ岳が見えるこの地に移ってきました。それから20余年。ふたりが作る山菜畑はいまや1ヘクタール。とくに行者ニンニクの出荷量は全国有数の規模にまで成長しました。
ふたりが試行錯誤をしながら時間をかけて育てた行者ニンニク。取材時はシーズンオフで生はなく、オイル漬けを試食させて頂きましたが、神保シェフは「素晴らしい香りで、かつ甘みがあります。料理に取り入れてみたら良いアクセントになりそうです」と強く興味を惹かれた様子でした。

さらに、この地ならではの味を追求するためにあえて水質調整をせず、湧き出したままの水で仕込む『北アルプスブルワリー』、道路一本を挟んで硬度の異なる水が湧く『男清水』『女清水』、地元の水とそば粉に山芋を混ぜてつるりとした食感を生む老舗蕎麦処『タカラ』など、水の素晴らしさを伝えるスポットの数々も、シェフに多大な影響を与えました。

「産地に足を運ぶ意味は、生産者の顔を見て、直接話をするだけではありません。その土地の水を味わい、文化を知り、名物を食べる。そうすることで、イノベーティブが生まれるのだと思います。私は野菜を軸に料理をしますが、そこに現地に伝わる発酵を加えたり、地元の漬物を取り入れてみたり、といった具合。普段お店でお出しする料理とはかけ離れていきますが、それもまたこうして地域に入り、イベントをする意味だと思います」視察後、神保シェフはそんな言葉でイベントへの思いを語ってくれました。

泉田シェフも「身近にある地元の食材を改めて見たことで、初心に戻った気分です。私はホテルの料理人として、フランス料理をベースにしつつ、アレンジし過ぎず食材そのものの魅力が伝わる料理を目指していますが、その中で地元食材の価値を改めて伝えていきたい」と決意を語ります。

およそ一ヶ月後に控えた、ふたりのシェフのコラボレーションによる『ANA ホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん』の料理。東京から訪れたイタリアンシェフと、地元大町で活躍するフレンチシェフ。ふたりのクリエーションがどんな化学反応を起こし、どんな料理が誕生するのか。期待は高まるばかりです。

『キハダ飴本舗』では、広々とした山菜の畑を見学。

苦味と独特の香りがあるキハダ飴だが、神保シェフに大ヒット。いくつも口に運んでいた。

併設の醸造所で作られる『北アルプスブルワリー』のビール。この地でしか味わえないビールをテーマに、水の特徴を押し出して醸造される。

『北アルプスブルワリー』の松浦周平さんは、大町市内でコーヒー店も経営。多角的に大町の水の良さを伝える。

老舗『タカラ』の蕎麦。地元名物を味わうことも、視察の重要な工程。

ホテルに戻り、泉田シェフの料理も試食。相互理解を深め、コラボレーションメニューの構想を練る。

厨房で意見を交わすふたりのシェフ。泉田シェフの地元食材の知識、神保シェフの野菜の知見が互いの料理を高める。


Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA
(supported by 大町市)

制作実績_キサブロー様監修_藍染掛け軸

こんにちは。藍染坐忘です。季節が巡るのは早いものですね。
先日、素晴らしい藍染の掛け軸作品の制作に携わらせていただきました。

アーティストのキサブロー様が内装デザインを全面監修された、
和室のプライベートエステサロン「No.3 SHIROGANE」様の室内装飾用の掛け軸になります。

本麻の生地をグラデーションに藍染めし、抜染の技法でデザインを浮かび上がらせています。細さ1mmの線で描かれた精巧な作品を如何に再現するか、全集中で作業を行いました。
↓洗い流す前の状態。

掛け軸に描かれたイラストはアートディレクター・映像作家の奥下和彦様の作品。白金に伝わる”笄橋伝説”を一筆書きで表現されています。

「深海」をコンセプトとした空間に、天然藍染の深い色合いと世界観もマッチし、一室に素晴らしく溶け込んだ最高の1枚となりました。

流木とロープを使った装いも、とても風流で、天然の青の魅力がより深いものに。キサブロー様の細部へのこだわりとセンスに、ただただ感銘を受けます。

No3_SHIROGANE
東京都港区白金エリアにOPENされた、プライベートな和室エステサロン。
最高の技術とおもてなしに溢れる空間で施される完全オーダーメイド施術により、和の癒やしを存分に堪能できるお店様です。

▼WEBサイトはこちら▼
https://no3shirogane.com/

この度は、貴重な作品制作に携わらせて頂き、誠にありがとうございました!

ORCA CLOOLERS 40

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 40 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • 二人でも持ちやすい長さのフレックスグリップハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約44cmx幅約65cmx奥行き約45cm
  • ■内側:高さ約28cmx幅約47cmx奥行き約29cm
  • ■重量:30lbs(約13kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

ORCA CLOOLERS 40

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 40 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • 二人でも持ちやすい長さのフレックスグリップハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約44cmx幅約65cmx奥行き約45cm
  • ■内側:高さ約28cmx幅約47cmx奥行き約29cm
  • ■重量:30lbs(約13kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

ORCA CLOOLERS 26

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 26 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • 二人でも持ちやすい長さのフレックスグリップハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約37cmx幅約59cmx奥行き約44cm
  • ■内側:高さ約22cmx幅約41cmx奥行き約28cm
  • ■重量:25lbs(約11kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

ORCA CLOOLERS 26

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 26 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • 二人でも持ちやすい長さのフレックスグリップハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約37cmx幅約59cmx奥行き約44cm
  • ■内側:高さ約22cmx幅約41cmx奥行き約28cm
  • ■重量:25lbs(約11kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

ORCA CLOOLERS 20

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 20 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • ■フレックスグリップのシングルハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約38cmx幅約48cmx奥行き約35cm
  • ■内側:高さ約24cmx幅約35cmx奥行き約23cm
  • ■重量:18lbs(約8kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

ORCA CLOOLERS 20

高い保冷力とタフさを誇る!クーラーボックス

ORCA Cookera 20 QuartChair

  • ■ロトモールド(回転成形)構造による優れた耐久性側正面
  • ■高い密閉性から産まれる、最大で10日間と言われるクラス最高の氷の保持力
  • ■フレックスグリップのシングルハンドル
  • ■大きなドレインプラグによるスムーズな排出
  • ■背面には小物等が収納できるバックポケット
  • ■サイズ(ロゴ側正面から見て)
  • ■外側:高さ約38cmx幅約48cmx奥行き約35cm
  • ■内側:高さ約24cmx幅約35cmx奥行き約23cm
  • ■重量:18lbs(約8kg)
  • ■材質:シェル/ポリエチレン、フォーム/ポリウレタン
  • ■Made in USA

注意

  • ※輸入品の為、輸送中のキズなど個体差がございますので予めご了承下さい。
  • ※商品の性質上、製造時本体にスレや凹みが生じてしまうことがございます。

ORCA COOLERSとは…

クリフ・ウォーカーとジム・フォードにより2012年にテネシー州で設立された ORCA(The Outdoor Recreation Company of America)coolers

  • ■ 自身たちもハンティングやフイッシングと、熱心なアウトドアマンであり、当時アメリカで作られるハイエンドクーラーに、彼らが求めるクオリティの製品が無く、ORCA coolersをスタートさせました。
  • ■ ORCA coolersの目標は実際に使用するユーザーの期待を上回る事とし、過酷な状況下で性能を発揮できるよう設計された信頼性の高いクーラーボックスです。
  • ■ハ−ドクーラーは全てMade in the USAでクラス最高の氷の保持力と、様々な使用に耐えられるタフな作りは、使用者の期待をはるかに上回る性能を発揮します。 
  • ■また、収入の一部は、さまざまな非営利団体をサポートし、カンパニーとしても製品クオリティとしても本国で高い信頼を獲得しています 。

真のファーマーズ王国。付加価値でなく、美味しさを追求する生産者たち。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

ローカルファインフードフェア滋賀シーズン外れだからこそ発見できた食材の新たな魅力。

東京都内で活躍する料理人やパティシエが、滋賀県産の食材を使った料理をそれぞれの店で提供する期間限定のフードフェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。滋賀の食材を探求すべく、4人のシェフとバイヤーによる生産者巡りも2日目へ。一体、どんな食材との出会いが待っているのでしょうか。

2日目は、土砂降りのなか、ワイン原料のイメージが強いマスカットベリーAを「黒蜜葡萄」として生産する東近江市『aito budo labo』の訪問からスタート。
ここでは、漆崎厚史氏が深刻な後継者不足を抱えていたブドウ畑を受け継ぎ、8年前ほど前から黒蜜葡萄を栽培しています。
「シャインマスカットのように皮ごと食べられたりするわけでもなく、粒が大きいわけでもないですが、黒蜜葡萄は圧倒的な糖度とコクがあって、昔ながらのワイルドな味わいなんです」と漆崎氏がその特徴を説明。土壌もよく、昼夜の寒暖差のあるこの地域だからこそ、このようなブドウが育つのだと教えてくれます。
とはいえ、8年前に引き継いだブドウ畑の樹木は樹齢およそ50年。そこから糖度を上げて「黒蜜葡萄」として出荷するには、2~3つの房がなるひとつの枝に対してひと房に間引いていく必要があります。さらに、ひと房70~80粒くらいになるように摘果していかなければなりません。

シェフたちが訪れたのは7月上旬、まさにその摘果のシーズンでした。出荷は8月下旬とあって黒蜜葡萄はまだ色づいていない状況。しかし、そこにまた物語が生まれるのです。
「摘果したブドウは食べられるんですか?」
そう尋ねたシェフたちは、まだ淡い黄緑色をしたブドウを味見させてもらいます。すると、それがシェフたちを釘付けにするのでした。実はまだ固く、甘さは一切ありません。とりわけ酸味が主張するのですが、後藤氏はこの酸味を気に入ったよう。
「摘果したブドウにこんな酸味があると正直思いませんでした。お菓子を作っていても酸味がほしいと基本的にはレモン果汁を使います。すると、どうしてもレモンの風味ものってしまうけど、この摘果した黒蜜葡萄は、癖のないきれいな酸味。酸味の調味料としてアイデアの幅を広げてくれると思います。自分としては樹齢50年のブドウの樹木を引き継いでやっていること、そのブドウの樹木の雰囲気も好き。ここに来なければ分からなかった発見です」
これには漆崎氏もにっこり。
「摘果したブドウはブドウじゃないと思っていました。ものすごく量が出るので、これが商品になるのであればすごく嬉しいですね」

【関連記事】滋賀食材フェア/琵琶湖の豊かな水が育む、瑞々しい食材。料理人たちが見た滋賀県の食材の底力。

7月上旬、摘果シーズンの黒蜜葡萄。ここから摘果、間引きして8月下旬の出荷まで糖度を蓄えていく。

漆崎氏と談笑する後藤氏。果実だけでなく樹木の話まで、後藤氏は黒蜜葡萄にくびったけ。

ローカルファインフードフェア滋賀600年もの間変わらぬ、栽培方法。珍しい焙煎茶に一同感嘆。

続いて訪れたのは、同じ東近江市にあっても愛知川の最上流部、標高500mほどの場所に位置する政所(まんどころ)町。ここで政所茶を生産するのは、『茶縁むすび』の代表・山形蓮さんです。
政所茶は600年以上の歴史を持つ、いまや希少となった在来種のお茶。全国的には品種改良が進み、お茶全体に占める在来種の割合は2%以下になっているそうですが、政所は古くからこの在来種を守ってきた地域だといいます。栽培にこだわり、この集落の生産者たちは「人の口に入るものに、わざわざ農薬なんて使わんでいい」という信念で茶畑を育ててきました。事実、ここでの栽培方法は、600年間ほとんど変わっていないそうなのです。
冬は雪が降り積もり、マイナス15℃くらいまで冷え込む気候、昼夜の寒暖差があり、霧が立ち込める風土、そしてお茶に対する信念が詰まった生産者の思いが、最上のお茶を生み出すのです。 
ここで試飲してシェフたちを驚かせたのは、山形さんが「これは変わり種なんですが……」といって煎れてくれた焙煎茶。このお茶が、普通のお茶ではありませんでした。

「このお茶のもとになっているのが、樹齢100年くらいの樹木そのもの。といっても、樹齢が古く生産力の落ちた樹木を地際部より切り取って、残った地上部や地下部の芽の生育を促す『台刈り』をしたもの。その樹木の幹や葉っぱ、枝などすべてを薪でじっくりと焙煎して煮出しました。つまり、お茶の木そのものを味わいます」

味わえば、お茶とは思えない複雑なニュアンス。つくださんが「ウイスキーみたいな雰囲気があるし、甘みがある」といえば、薮崎氏は「ピートのような香りもある」。山本氏は「焼き芋みたいな甘みも感じられる」。後藤氏はただただ「これは素晴らしいな~」と感嘆。
さらに、つくださんは「シンプルに寒天で固めて、そのままを味わってもらえたら面白そう。最後までお茶の樹木を無駄にしないというストーリーもすごくいいですね」

『茶縁むすび』の代表・山形さんの説明を受けながら茶畑を視察。集落の合間に茶畑が広がる。

こちらが、一同を驚かせた焙煎茶。幹、枝、葉など茶樹全体を味わうという発想も素晴らしい。

『茶縁むすび』の向かいにある光徳寺の本堂階段にて、一同に振る舞ってくれたお茶にテロワールを感じる。

右が収穫時期によって味わいが異なる平番茶。左は手摘みした煎茶。いずれも湧き水で煎れてくれた。

ローカルファインフードフェア滋賀牛肉×明日葉!? 滋賀食材のコラボレーションが誕生?

政所町からもほど近い、『永源寺マルベリー』でも新たな発見がありました。ここでは、馬糞を敷き詰めて、牛糞、鶏糞、自然の堆肥を使ったオーガニック圃場で、桑、明日葉、モリンガなどの植物を栽培。それをパウダー状に加工して、お茶や青汁などの原料として出荷しています。このパウダーにシェフたちのアンテナが反応しました。
「パウダーは粉物に練り込んでもいいですし、明日葉のパウダーなんかは、スパイスのかわりに塩に混ぜて使ってもいい。肉を焼くときに、胡椒のかわりにふってみても面白いかもしれない。それこそ昨日いただいた近江牛に使っても美味しいと思う」と薮崎氏。さらに、「さっきの政所茶に桑の葉や明日葉のパウダーを少し混ぜてお茶にしてみてもいい」と次々とアイデアが生まれます。
パウダーこそ味わえなかったものの、一行は栽培中の明日葉の葉を畑からちぎってそのまま試食。薮崎氏は早速店でも使ってみたいと言います。

モリンガの畑にて。鶏糞や馬糞、牛糞といった有機肥料にて土壌をつくっている。

『永源寺マルベリー』の上田長司さん。土砂降りにも関わらず丁寧に説明をしてくれた。

明日葉の茎を折ると黄色く出液。カルコンといい植物では明日葉にしかないフィトケミカルの一種。

ローカルファインフードフェア滋賀伝統野菜に課した厳しい規格基準。B品の行方は?

次は、東近江市から南下し、甲賀市にある生産者の元へ。ここ甲南町杉谷では江戸時代から伝わる近江の伝統野菜が栽培されていました。『杉谷伝統野菜栽培部会』の部会長を務める上杉広盛氏は、ここで「杉谷なすび」「杉谷とうがらし」「杉谷うり」の3種の伝統野菜を継承して育てています。
伝統野菜といえば、聞こえはいいかもしれません。しかし、実際にはこの伝統野菜を守るのにも苦労が絶えません。たとえば、杉谷とうがらし。その特徴といえば、実の先が曲がりくねった形になりますが、それがまっすぐだったり、曲がりすぎていたりすると「杉谷とうがらし」を名乗ることができません。さらに大きさ、柔らかさにまで厳しい規格基準が課せられます。少しでも実に傷があっても同様で、実際に収穫した6割は「杉谷とうがらし」の条件を満たさず、廃棄してしまうのだそう。しかも、これらを「杉谷とうがらし」として出荷できるのは、杉谷で栽培されたもののみといいます。
そんな話を聞き、一行が注目したのは、その廃棄されてしまうB品でした。見た目は「杉谷とうがらし」の基準を満たさずとも、辛さが一切なく、唐辛子ならではの風味とみずみずしい味わいという特徴は変わりません。
「杉谷なすび」「杉谷うり」も同様で、伝統野菜を名乗る厳しい基準をクリアしたものだけが出荷されています。
お土産に杉谷うりをもらった一行。これは後日談ですが、滋賀から帰京した数日後、つくださんは自身のフェイスブックにこの「杉谷うり」を使ったコンポートの写真をアップ。伝統野菜を使ったお菓子作りに勤しんでいたようでした。

杉谷とうがらし。辛味成分は一切なく、齧るとみずみずしい風味が広がる。

杉谷なすびの畑にて。ソフトボール大の大きさになるまで手間暇かけて栽培される。

杉谷うり。種を取ってスライスしサラダにして食べても美味しいのだそう。

ローカルファインフードフェア滋賀無農薬は付加価値にあらず。美味しさを追求した朝宮茶

そして、滋賀県食材視察の最後も、素晴らしい生産者との出会いがありました。
それが、甲賀市信楽町で1200年の歴史を誇る、日本でも最古級といわれる「朝宮茶」の生産者、『かたぎ古香園』7代目、片木隆友氏です。
ここには標高400m前後というロケーション、年間の大きな温度差、川筋に発生しやすい霧が茶葉を乾燥から守るなど、茶づくりには最高の環境が整っています。そればかりか、『かたぎ古香園』では、50年ほど前から無農薬栽培を実施。茶畑に菜種と胡麻の圧搾した油粕などの有機肥料を施肥すだけでなく、畝間の土を掘りおこし、刈りとった笹や茅などを樹の根元に敷きつめるなど、手間と時間をかけた茶づくりを信条としています。
とはいえ、片木氏の信念は決して無農薬栽培だけにあるわけではりません。
「無農薬だからいいわけでありません。われわれにとって無農薬は当たり前。それが付加価値になってはいけないんです。一番は美味しいお茶をつくることです」
その言葉にはつくださんが反応します。
「無農薬でお茶を“美味しい”というところまでもっていけている生産者は意外と少ない。正直、片木さんのお茶には、ちょっと感動しました」
それに呼応するように薮崎氏が「レストランではティーペアリングをやっているところも多いけど、国産のお茶でこれだけの種類があって、畑違いのお茶を出せるのなら、ここに料理を合わせこんでペアリングしていくのも面白い」といえば、後藤氏は、「畑で違ったりとか、加工の仕方でいろいろなタイプがあるので、単純にお茶として楽しむというより、ひとつの食材として使ってみたいです」とも。
山本氏は「これだけのお茶があるのなら、煎茶の“ロマネ・コンティー”が飲んでみたい」とダジャレを込めて賛辞を送ります。

山本氏もその多種多様なお茶にぞっこん。香り、味わい、すべてにおいて料理人を魅了した。

茶葉をそのまま味わえば、まるでスナック菓子のよう。風味、香りが秀逸。

悪天候で茶畑は巡れなかったものの、『かたぎ古香園』の事務所にてじっくりと話を聞いた。

ローカルファインフードフェア滋賀2日間で見えてきた滋賀県の生産者と食材に宿る本質。

2日間を通して、出合ってきた滋賀の生産者と食材。こうして振り返るとあるひとつの共通事項が浮かび上がってきました。
それは、滋賀県には無農薬、有機栽培をはじめ、自然に配慮して食材を育てる生産者が実に多いこと。それは、滋賀県民の心の底に、“海”の存在があるからなのではないでしょうか? 豊かな水系が流れ込み琵琶湖という“海”を形成している。そして、その琵琶湖がまた滋賀県特有の食文化を生み出す。だからこそ、その海を、農薬などを使うことで自分たちの手で汚したくないという思いが根底にあるのではないでしょうか。

食材の素晴らしさとともに、その生産者たちの思いは確実に今回視察に参加した4人に届いたことでしょう。
今回の視察で巡った生産者の食材を使った料理は、8月2日~10月31日まで開催されるLocal Fine Food Fair SHIGA』で味わうことができます。きっと、美味しさとともに、生産者の熱き思いまでも届けてくれるに違いありません。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHINJI YOSHIDA

(supported by 滋賀県)

料理人が滋賀の食材と真っ向に向き合う2日間。滋賀食材のポテンシャルを知る。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

『みなくちファーム』にて。健全な環境で育つ多彩な野菜を前にシェフたちの話に花が咲く。

ローカルファインフードフェア滋賀中華の料理人が「蓮の葉」の新たな可能性を見出す。

東京都内で活躍する料理人やパティシエが、滋賀県産の食材を使った料理をそれぞれの店で提供する期間限定のフードフェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。その食材を探すべく、4人のシェフとバイヤーが1泊2日で滋賀の生産者のもとを訪ねました。

米原駅に到着した一行が、まず向かったのは車で15分ほど走った長浜市布勢町。そこで待っていたのは、3ヘクタールもの見事な蓮畑でした。蓮は午前中に花を咲かせ、数時間で萎んでしまうものの、午前10時に到着した一行を、蓮はその花の甘い香りで出迎えてくれました。

ここは、NPO法人「つどい」による農園事業である『きんたろう村農園』。いまは一帯に見事な蓮畑が広がっていますが、もともとは耕作放棄地であり、現在執行役員を務める川村美津子さんがわずか10アールほどの田んぼの一部を借りて5年前に蓮を植え始めたのがきっかけとなり始まったそう。

「蓮の栽培は、1000年以上の歴史があるのに、開花や水あげのシステムなど、まだまだ解明されていないことがたくさんあります。なかなか流通しにくい食材でもあるんです」

そんな川村さんの言葉に、南青山で薬膳中華『Essence』のオーナーシェフ薮崎友宏氏がいち早く反応します。そう、蓮といえば中国料理には欠かせない食材。しかし、薮崎氏が喜んだのはただ、この蓮が“国産”であることだけが理由ではありません。蓮畑を歩いた薮崎氏はあることに気づいたのです。それが蓮畑の状態でした。

「雑草を駆除するのに除草剤を使うとイネ科の植物だけが残るんです。でも、ここの畑を見ると他の小さな雑草もあるでしょ。ちゃんと除草剤を使わずに無農薬で蓮を管理している証拠です」

自身でも栃木県足利市に農園を持つ薮崎氏ならではの目の付け所。それを聞いた川村さんも「土壌改良剤と卵の殻を土には与えていますが、無農薬、無肥料。基本的には雑草との戦いです」と笑います。

『きんたろう村農園』では、そんな蓮の花をつかったジャム、蓮の葉のパウダーなども商品化していますが、やはりシェフたちの注目は蓮の葉そのもの。

「中華ではちまきに使ったり、チャーハンを詰めて蒸したり、スープにしたりします。ただ日本に流通する蓮の葉は、乾燥された中国産がほとんど。これが商品化できるなら自分だけで使うのでなく、いろんな中華の料理人にすすめていきたい」
薮崎氏だけでなく、和菓子と日本酒のマリアージュを提案する『薫風』のつくださちこさんや、幡ヶ谷『Equal』のシェフパティシエ・後藤裕一氏も興味津々。イタリアンの元料理人でもある食材バイヤーの山本敦士氏は、「どうやって蓮を、食材として流通させるか」に考えを巡らせていました。

【関連記事】滋賀食材フェア/琵琶湖の豊かな水が育む、瑞々しい食材。料理人たちが見た滋賀県の食材の底力。

3ヘクタールの広大な蓮畑。わずか10アールの耕作放棄地から『きんたろう村農園』は始まった。

蓮に一番興味を示していたのが薮崎氏。食材に向き合う好奇心は視察1軒目から大いに発揮されていた。

川村美津子さん。ご覧の笑顔で、シェフとの距離感を感じさせない対応。『きんたろう農園』ではしいたけの菌床栽培も行う。

ローカルファインフードフェア滋賀独特の食材と食文化を育む、滋賀県の“海”。

滋賀県といって忘れてはならないのが、琵琶湖。地元の人はこの琵琶湖を“海”と呼ぶほど、母なる湖に特別な思いがあります。その理由のひとつは、この“海”が滋賀県独特の食材や食文化を生み出していることでしょう。

琵琶湖の北岸の大浦漁港にある『西浅井漁協』で、一行はビワマスと小鮎を試食、琵琶湖独特の淡水魚の話に聞き入ります。
「ビワマスは、一般的なマスと異なり、海に出ず、一生を淡水域で終える魚です。サケ科であるもののサーモンとは異なり、その脂は上品で、今日はお刺身で食べていただきます。もちろん煮ても、焼いても美味しいんです」とは、漁協の代表理事を務める礒崎和仁氏。

また、“小鮎”と呼ばれる鮎も琵琶湖の特産。渓流で藻などを餌とする鮎とは異なり、主にプランクトンを食べて育つ“小鮎”は、成魚でも体長は10数センチほど。頭から尾までまるごと天ぷらにしていただくと、渓流で育つ鮎とはまた違った印象。その味わいに、薮崎氏が口を開きます。
「薬膳には、『一物全体』という言葉があります。食べ物にはすべての部分にそれぞれの栄養があるという意味です。この時期に鮎の体のところにだけ皮を巻いて春巻きとして出しているんですが、その料理にこの小鮎を使ってもいいかもしれません」

その後も、独特の食文化、琵琶湖ならではの淡水魚の話に耳を傾ける一行。ビワマス、小鮎を試食しながらの食談義に花を咲かせます。

ビワマス。漁の最盛期は7月だが、琵琶湖の水温が下がる1~2月が脂がのってより一層美味しくなるとか。

昼食を兼ねた試食ではビワマスの刺身と小鮎の天ぷらを。ここでも薮崎氏は何かアイデアがわいた様子。

『みなくちファーム』にて。奥様の水口良子さんを囲み、後藤氏とつくださんがハーブ談義。

ローカルファインフードフェア滋賀就農わずか8年。シェフも納得のトップレベルの野菜を栽培。

次に一行が向かったのは、琵琶湖の北西、高島市にある『みなくちファーム』。ここは、農薬や化学肥料を使わずに、持続可能な循環型農業を実践する農場です。現在でこそ10ヘクタールの畑を擁して年間100種以上の野菜を栽培しますが、就農した8年前はわずか25アールほどの畑から『みなくちファーム』は始まったといいます。
「荒れ果てた耕作放棄地を借りて、妻と一緒に手で石を拾い、ユンボを使って開墾。25アールの畑になるまで半年かかりました」と笑うのは代表の水口淳氏。

その畑を案内してもらうと気づくことがあります。きれいに除草されている箇所もありますが、一部は雑草と野菜が混在。しかし、それこそが『みなくちファーム』の野菜づくりにおける信念でもあります。
「どうしても草むしりをしないといけないときはやります。でも、草にまみれて育つ野菜もある。なるべく自然の形態を壊さぬよう、野菜本来の力を発揮できる環境で育てることが一番です」
そんな話を聞き、シェフたちは俄然前のめりになります。とりわけ、菓子作りが専門となるつくださんと後藤氏は、ハーブに注目しました。
「ハウスものより力強さが全然違う。ブッシュバジルはすごく印象的だったし、フェンネルシードも本来は乾燥され加工されたものが流通していますが、こうして生のシードを見られるのも産地を訪れたからこそ。フェンネルの花も甘くて美味しい。フランス修業時代は夏場によく使っていたので、さっぱりした何かを作れたらいいですね」
そう後藤氏がいえば、店では野菜を使った和菓子も多く手掛けるつくださんは、滋賀で古くから栽培されてきたまくわうりに対して「むかしのマスクメロンのようなイメージ。ウリですけど、ほんのりと甘みがあって、シンプルにコンポートにしてみてもいいかも」と想像をふくらませます。

一方で、山本氏は「日々、市場でも野菜を見ていますし、いろんな産地の農家さんにも足を運びますが、ここの野菜はトップレベル。水口さんは新しいものへのチャレンジ精神もあるし、こうした間違いない野菜はバイヤーとしていろんなシェフに紹介していきたい」といいます。

雑草と共生するレモングラス。できる限り自然の形を崩さず栽培している。

バイヤーの山本氏。「土がいいから、土のままいける!」とサラダゴボウをそのままがぶり。

後藤氏が気に入っていたフェンネルの花。食べるとハーブらしいさわやかで、ほんのりとした甘さ。

ローカルファインフードフェア滋賀滋賀といえばこれ! 日本三大和牛のひとつ近江牛の生産者のもとへ。

そして、1日目の最後に訪れたのが、循環型畜産で滋賀が誇るブランド牛・近江牛を育てる『千成亭ファーム』。その牛舎のひとつにシェフたちは足を運びます。

見渡す限りの田園地帯に囲まれた牛舎を訪れ、シェフたちが口々に言うのは「牛舎が清潔」であること。それは牛たちにいかにストレスを与えず育てるかを大切にした『千成亭ファーム』のこだわりでもありました。
風通しが良いように設計された牛舎、一頭あたりの7平米のスペースを確保し、寝床に清潔なおがくずを敷いた飼育環境などがそうさせるのでしょう、いわゆる“牛舎”特有の匂いも気になりません。

そうした環境で仔牛から育て、成長過程に合わせて飼料を変え、30ヶ月の月齢を目安に育て上げることで、より上質な肉質を目指して出荷するのだといいます。
そんな話を聞いたシェフたちにこの日の最後のご褒美が。それが『千成亭』が営む『せんなり亭 心華房』での夕食。
サーロイン、カイノミ、イチボ……。近江牛の美味しさを鉄板焼で体感したのでした。
野菜、魚、肉。滋賀県のさまざまな食材を間近にした1日。翌日はどんな生産者、食材との出会いがあるのか。シェフたちは、2日目の視察にも期待に胸を膨らせます。

とにかく清潔な牛舎。成長過程に合わせ異なる飼料を与えるなど、牛たちの生育環境にこだわる

職人としての生産者の感覚と、PCによる個体監視を実施し、牛の状況を常に把握している。

近江牛のサーロインの鉄板焼。サシは多いものの、きめ細やかな肉質でくどさは一切ない。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:SHINJI YOSHIDA

(supported by 滋賀県)

美味しいひと皿ではなく、感動するひと皿。大切なことは、キッチンの外にある。[SUGINOMORI REVIVAL/長野県塩尻市]

 「奈良井には、昔からあるひとつ一つのものに“誇り”を感じます。それは、きっと住民の方々が大事に受け継いできたからだと思います。町を知り、学ぶことによって、それをどう料理に活かせるのかを追求していきたいです」と『嵓 kura』の料理長、友森隆司氏

友森隆司インタビュー同じ塩尻でも奈良井は特別。ここだけにしかない、誇りがある。

そう話すのは、宿泊施設『BYAKU』に内包するレストラン『嵓 kura』の料理長、友森隆司氏です。

友森氏は、同じ塩尻にある大門にて自身のレストラン『ラ・メゾン・グルマンディーズ』を構えるシェフです。2011年に『トムズレストラン』として開業し、2015年に現在の店名に改め、10年の節目を迎えた2021年。レストラン『嵓 kura』の料理長として、新たな料理人人生を歩む決断をしたのです。

「パリや東京、横浜、そして松本など、さまざまな国と地域でフランス料理を学んできました。そんな中、ご縁で訪れた塩尻の野菜の魅力に惹かれ、お店を構えるならこの地域でと思い、2011年に開業しました。しかし、お店を成功させることだけでなく、当時から “塩尻の食文化を伝える”ことを目標に掲げていました。その期限は、20年」。

そのゴールは、「塩尻の食文化を“日本全国、世界へ”を伝えること」。自らロードマップを描き、達成までに設けた期限は20年と決めていました。着々と目標に向け、レストラン以外にも活動を開始。料理教室やイベントを通して地域や住民、生産者との交流を図り、食材の仕入れにおいても畑まで足を運びます。農家から余った野菜をいただけば、無駄にせず、出張マルシェも展開。塩尻の食文化を伝えることを通して、雇用も生んできたのです。

「実は、自分の出身は広島なんです。そんな余所者を受け入れてくださった塩尻の方々は、本当に優しく、温かい心を持っています。それに恩返しをしたいと思って始めたのが、“塩尻の食文化を伝える”活動でした。10年続け、塩尻の中では浸透してきたのですが、次は外に向けて発信したいと思っていました。しかし、それを成すには、『ラ・メゾン・グルマンディーズ』という個人のお店では難しさを感じていました。そんな時にレストラン『嵓 kura』のご縁をいただいたのです。しかし、正直悩みました。自分のお店を置いて奈良井に行くことも然り、歴史ある『杉の森酒造』の再生に自分が務まるのか、奈良井の方々に受け入れていただけるのか……」。

大きな分岐点にもなる2度目のご縁。様々、思いを巡らせるも、決断した決め手は初志貫徹、“塩尻の食文化を伝える”ためでした。

「このプロジェクトに参画することになってから、奈良井に足繁く通っていますが、本当に知らないことばかり。同じ塩尻でも『ラ・メゾン・グルマンディーズ』で仕入れていたものが仕入れられるかといえばできませんし、勝手も全く違う別世界。食文化においても、漬物や発酵、おやきなど、飾り気のないものが多いですが、そんな素朴の中に“誇り”を感じます。実は、奈良井でそば粉を打っているお母さんのところへ遊びに行かせていただく機会があったのですが、そこで食べさせていただいたキュウリのお漬物が本当に美味しくて。もちろん、プロの料理人の方ではなく、家庭で育てたキュウリを家庭で漬けたものなのですが、自分には出せない味でした。こうした体験に『嵓 kura』で表現すべき料理のヒントが隠されていると思いました」。

記憶に残る旅とは、地域らしさを一番色濃く享受できる時間。それは、地域にとって当たり前であればあるほど、日常であればあるほど、ゲストにとっては新鮮であり、唯一無二の体験となるのです。

しかし、地域の人間でない友森氏がそれを表現するのは至難の業。まずは、地域に受け入れていただく料理人になるために、人間になるために。大門に受け入れていただけるよう努力した日々を、もう一度、ゼロから奈良井でスタートさせます。

 店名の『嵓 kura』とは、山稜の下に眠る岩などの意味。古くから奈良井宿を支えてきた奈良井川の源は、山から流れる水。そんな自然からの恵みを料理の起点と捉え、「蔵」の呼び名をそのままに「嵓」として引き継ぐ。

『杉の森酒造』だった当時、酒造りをする「蔵」として活気に満ち溢れていた空間をレストラン『嵓 kura』として再生。奥のガラスの向こうでは、酒造りも復活させる。

友森隆司インタビュー『嵓 kura』の料理に必要なことは、理由のある料理。

奈良井宿は山々に囲まれ、そこから流れ出る水が奈良井川の源。日本最長、約1kmにも及ぶ宿場には、古くは鳥井峠を行く人、来る人の喉を潤わせてきた水場も点在し、今もなお、水と密接に関わる暮らしが形成されています。

「今回、料理の監修を担っていただく長谷川(在佑)シェフが大事にしている食材のひとつにお米があります。ご存知の方も多いですが、ご自身のレストラン『傳』と言えば、土鍋ご飯。『嵓 kura』でもそれを取り入れたコース料理を考案しており、塩尻の西条という地域で育ったお米を使用しようと思っています。理由は、奈良井と同じ分水嶺から育つお米だからです。土鍋ご飯の試作では、その具材に同じ尾根から流れ出る水で育ったシナノユキマスやイワナとも合わせてみました。食材たちが生まれた環境は違えど、同じ水から育ったもの同士、自然と馴染みが良い」。

長谷川氏が『嵓 kura』で大切にしたいことは、「この町が生きてきた自然のものやことを自然なかたちで活かした料理」。前述のキュウリの漬物やお米選び、水との関係にもつながります。

「奈良井に来てから、地元の方々には本当に良くしていただいており、とても感謝しております。町を歩いていると、すれ違いに「山菜持っていきな!」、「フキ持っていきな!」など、声をかけていただくことも多いです。大門では、食材をご一緒する生産者は農家さんのみでしたが、奈良井では地元の方々も生産者のような存在。皆さん、山を熟知されているので、どこに何が自生しているかの知識も豊富。クレソン、キノコ、セリ、三つ葉、ミョウガ、イタドリ、山椒、ウド……。数え切れません。今日、芽が出た。今日、実った。今日、咲いた……。これまで経験したことのない産地の近さ。そんな日々の旬、本当の意味での採れたてをどう料理に活かしていくのか。しかし、同時に自然との近さと運命共同体のため、険しい環境もあります。それを含め、奈良井のことを『嵓 kura』のチーム全員が知り、学ぶことが必要だと思っています」。

また、環境だけでなく、『ラ・メゾン・グルマンディーズ』との違いのひとつに、スタッフの人数が挙げられます。友森氏は、これまで料理をほぼひとりで担ってきたため、自身が表現したいことを自身の手でかたちにしてきましたが、『嵓 kura』はチームで共有し、かたちにしていきます。よって、足並みや目線合わせは非常に重要になります。

「『嵓 kura』に必要なことは、高級な食材を使用したフルコースではないと思っています。例えるなら、美味しいひと皿よりも感動するひと皿。長谷川シェフは、皿に乗った料理よりも、調理の技術よりも、その前の出来事に時間を費やし、丁寧に向き合い、真摯に理解しようとしています。つまり、本当に大切なことは、キッチンの外にあるのだと思います。皿の上だけでは表現できないことに大切なことがあるのだと思います。感動は、そんなプロセスから生まれるのだと考えています。ひと皿一皿、味の記憶だけでなく、なぜそれが生まれたのかを伝え、皿の上では表現できない、見えない物語が記憶に残る料理にしたい。それには、ひと皿が生まれた理由が必要であり、その理由を生むには、背景を学ばなければいけません。奈良井の方々に愛される『嵓 kura』になれるよう、全力を尽くしたいと思います」。

やるべきことはわかっている。やらなければいけないこともわかっている。なぜなら、一度、余所者を経験しているから。10年かけて大門に必要とされるお店になれたように、シェフになれたように、人間になれたように、友森氏は、奈良井でもそれを目指します。

料理監修を担う『傳』の長谷川在佑氏(右)と試作を続ける日々。『BYAKU』に訪れて良かった、『嵓 kura』に訪れて良かったではなく、奈良井に訪れて良かったと思える料理を目指す。

『嵓 kura』では、『傳』のような土鍋ご飯もコース料理に採用予定。お米は、奈良井と同じ分水嶺、塩尻の西条で育つものを使用。

キッチン、サービス含め、塩尻を中心にスタッフは構成。長谷川氏を中心に、日々、トレーニングを重ね、開業までに精度を上げる。


Photographs:SHINJOH ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI

地域と向き合う覚悟。学び続けることによって答えを探し続ける責務。[SUGINOMORI REVIVAL/長野県塩尻市]

「お客様はもちろん、地元の方々に美味しいとおっしゃっていただけるような料理にしたい。開業して良かったと思っていただけるようなレストランにしたい」と『嵓 kura』の料理監修を担う長谷川在佑氏。

長谷川在佑インタビュー自分はこの町に何を残せるだろうか。どんな責任が果たせるだろうか。

約1kmにわたる日本最長の宿場町、「奈良井宿」。そんな歴史ある町並みに200年以上身を構えていたのが『杉の森酒造』です。

2012年、惜しまれつつ閉業してしまったその建物は、宿泊施設『BYAKU』として再生され、2021年8月4日に開業を迎えます。

宿泊機能だけでなく、レストラン、バー、温浴施設、そして、酒蔵も内包。中でも注目したいのは、レストラン『嵓 kura』です。料理を監修するのは、日本のトップシェフとして知られる『傳』の長谷川在佑氏。

「今回のプロジェクトで初めて奈良井宿の存在を知りました。インターネットでどんな町か調べてから現地入りしましたが、実際は想像以上に美しく、現代において忘れ去られていた“正しい時間”が流れている町だと感じました。昨今、テクノロジーの技術が発達し、そのスピードは日に日に早くなっていると思います。SNSであれば、写真やコメントが瞬時にアップでき、時間差なく世界中の人と交流できてしまいます。そんな情報過多の仮想世界は、行ったつもり、見たつもり、食べたつもりなど、“つもり現象”が起こることもしばしば。流通においても、欲しいものを検索し、翌日にはそれが届いてしまう。ものを見て判断することや足を運んで探すプロセスは省かれ、愛着や手間隙という概念は崩壊寸前。先ほどの通り、自分も奈良井宿をインターネットで調べましたが、そこで得たものは一刀両断されました。独自の空気感は、画面上では決して感じることはできず、何もない町のようで“何か”ある、そして、その“何か”は生きる上で必要な“何か”、大切な“何か”だと本能的に身体で感じたのです」。

太陽が昇り朝は訪れ、陽が沈めば夜が訪れる。明るい時間は明るく、暗い時間は暗い。語弊を恐れずに言えば、決して便利な町ではありません。しかし、自然に抗うことなく暮らしが形成されているこの町には、正しい時間が流れています。

長谷川氏が感じた“何か”とは何か。難問の答えはすぐに解けるわけもなく、奈良井宿はそんな容易い町ではありません。

江戸時代から守り続けられた町並みを一歩一歩歩きながら、その建築様式に目を凝らし、「きっと多くの旅人の休息を叶えてきたのだろう」と様々な思いを巡らせるも「感傷に浸っている時間はない」とひと言。

「料理の監修は、『傳』の新メニューを考案することよりも、『傳』の新店を作ることよりも、ほかの何よりも一番難しい」。

レストラン『嵓 kura』は、元々、酒蔵だった空間を再生。できる限り、既存の部材を残し、奥のガラスの向こうでは酒造りも復活させる。

「美味しく仕上げる食事よりも、この町で暮らすには必要だった生きるための食事を学び、料理に活かしていきたい」と長谷川氏。

長谷川在佑インタビュー

料理監修は料理だけにあらず。チームの監修、人間力の向上こそ、絶対条件。

「この町には、高級料理や希少食材は、必要ないと思っています。なぜなら、今の時代、高級料理はどこに行っても食べることはできますし、希少食材も手に入れようと思えば世界中から取り寄せることも可能ですから。それよりも、この町が生きてきた自然のものやことを自然なかたちで料理に活かし、表現したいと思っています。もしかしたら、それは必ずしも“美味しい”が答えではないかもしれません」。

例えば、山々に囲まれた奈良井宿で一級の海鮮を供すことに意味を成すのか? それよりも、ここでは身近に自生する山の幸に意味があるのです。しかし、そんな山の幸も奈良井宿の険しい冬には敵いません。ゆえに、保存食が必要とされ、発酵に意味があるのです。

「レストランに行く。美味しい料理が出る。一見、当たり前のように思うかもしれませんが、果たしてこれは旅先に必要なことでしょうか。美味しい料理=体験とは限らないと考えます。これまで、ありがたいことに様々な国へ足を運ばせていただくことがあります。当然、各地で食事もするわけですが、実はあまりレストランへ行きません。なぜかというと、その土地で生まれたその土地の料理を味わいたいからです。自分が思うそれをいただけるところは“お母さん”が営むお店なのです。そこで地元の味、家庭の味をいただき、調理法を教わり、会話をする。自分にとっては、そんな時間が旅を豊かにしてくれるのです」。

奈良井宿の豊かさは、予約が取れないレストランに行くことやガストロノミーをいただくこととは異なります。それと同じ舞台で勝負する必要もなければ、比べる必要もありません。ランキングや星の数よりも大切なことが『嵓 kura』には必要であり、だからこそゲストを体験へと導くのです。

「そのポテンシャルは、ある。あとは、“我々”の問題」。

「自分の問題」ではなく、「我々の問題」と指す意味は、「料理監修は料理だけにあらず。チームの監修、人間力の向上こそ、絶対条件」につながります。

「実は、メニューを開発することは、さほど難しくはありません。キャリアのある方であれば、技術に関しても自ずと身に付いていくと思います。しかし、本当に大切なことはそこにはないと思っています。地域を理解する心、そこに住まう方々を知る心、そして何より、地域に受け入れていただける人間になること。これは料理人として、レストランに関わるスタッフとして云々以前の問題です。この監修という仕事が難しいと感じる一番の理由は、“土地に自分が居続けることができないこと”にあります。自分が伝えたいことは、常駐するスタッフがどのようにこの土地と介在するべきなのかの意義。おそらく、開業時には未熟な状態です。自分もまだまだ足りないと自覚しています。もっと地域から学ばなければいけない。住民の方々から学ばなければいけない。更に言えば、学んだ先に答えは見つからないかもしれない。それでも『嵓 kura』のみんなで学び続けることが大切なのだと思います」。

なぜ学び続けるのか。それは、奈良井の一員にさせていただくためのほかなりません。

長谷川氏の言う通り、『嵓 kura』は未完成であり、もしかしたら、生涯、未完成のままかもしれません。

ひとりで難しいこともチームで乗り超えていく。チームの価値とは、苦しい時は助け合い、分散し、喜びは共有でき、倍増することにあります。それを成すために必要なことは、これを分かち合える人間になれるか否か。

学ぶことは人間力の向上。そのプロセスには、テクノロジーの技術を駆使した一足飛びはありません。この町同様、正しい時間をかけて正しく身につけていくことが重要なのです。

「料理を作ることだけがレストランではない。お客様のために何ができるか。“良かったよ!”、“また来るね!”ではなく、次の約束をできるような満足をお届けしたい。そのために自分たちに何ができるか。それは“準備”しかありません。準備して、準備して、準備して。それでも反省は生まれてしまいます。しかし、後悔するようなことをしてはいけません。かたちだけのストーリーはいらない。実は、以前、地元の方から鯉を食べる文化のお話を伺ったのですが、その時に“鯉は骨が多くて食べづらいんですけどね”とおっしゃっていて。自分に文化を作ることはできませんが、料理人としての技術を生かして、その鯉を食べやすくすることはできると思いました。学ぶことによっていただいたものを新しいものにしてこの町に残していけるようにしたい。地元の方々が歩んできた時間を大事にしたい。奈良井宿に喜んでいただけるような場所にしたい。心技体を持って、奈良井宿と向き合いたいと思っています」。

自然と暮らしが密接な関係で結ばれている奈良井宿。『BYAKU』の付近に自生している山の幸を摘む長谷川氏とレストラン『嵓 kura』の料理長を担う友森隆司氏。

塩尻を中心に新鮮な野菜などを起用して料理を考案。良い料理作りは、まず地域を知ることと、食材を知ることから始まる。

長谷川氏が地元の方から「鯉を食べる文化はあるも、骨が多く食べづらい」という話を聞き、骨切りを施し、食べやすく試作。

作っては試し、また作っては試し。開業ギリギリまで試作は続く。『傳』でお馴染みの土鍋ご飯は、塩尻のお米を使用してレストラン『嵓 kura』でも提供予定。

レストラン『嵓 kura』のスタッフ。「このチームで様々を乗り越え、何としても良いかたちにしたい。この町に認めてもらえる場所にしたい」と長谷川氏。


Photographs:SHINJOH ARAI
Text:YUICHI KURAMOCHI

6.5ozループウィールTシャツ(LOVE柄)

着心地バツグンの吊り編みTの2021新柄!

  • 吊編み機(LOOPWHEEL)で時間を掛けて編み上げた無地Tシャツ
  • プリントインクは生地に若干染み込むタイプで、味のある仕上がり
  • プリントデザインは山形県酒田市で活躍するピンストライパーHOPPING SHOWER"テツ"氏によるもの
  • プリントTシャツ(14番単糸)より一格薄い生地(16番単糸)を採用
  • ボディ:16番単糸吊編み天竺(6.5oz)
  • ネック:20番双糸フライス編
  • XS〜Lサイズは丸胴(脇接ぎなし)、XL〜XXLは脇接ぎ仕様
  • 定番の7.5ozプリントTシャツよりもワンサイズ小さめになります。ご購入の際は、サイズスペックをご確認下さい
  • 専用衿ネームと裾ネームが付きます

IHT-2106 :サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 61.0 39.0 86.0 87.0 19.0 18.0
S 63.0 41.0 93.0 94.0 19.5 18.0
M 65.0 43.0 97.0 96.0 10.0 18.5
L 67.0 45.0 103.0 104.0 20.5 19.0
XL 68.5 47.0 112.0 113.0 21.0 19.5
XXL 70.0 49.0 118.0 119.0 21.5 20.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。
  • 定番の7.5ozプリントTシャツよりもワンサイズ小さめになります。ご購入の際は、サイズスペックをご確認下さい

素材

  • 綿:100%

6.5ozループウィールTシャツ(デニム柄)

着心地バツグンの吊り編みTの2021新柄!

  • 吊編み機(LOOPWHEEL)で時間を掛けて編み上げた無地Tシャツ
  • プリントインクは生地に若干染み込むタイプで、味のある仕上がり
  • プリントデザインは山形県酒田市で活躍するピンストライパーHOPPING SHOWER"テツ"氏によるもの
  • プリントTシャツ(14番単糸)より一格薄い生地(16番単糸)を採用
  • ボディ:16番単糸吊編み天竺(6.5oz)
  • ネック:20番双糸フライス編
  • XS〜Lサイズは丸胴(脇接ぎなし)、XL〜XXLは脇接ぎ仕様
  • 定番の7.5ozプリントTシャツよりもワンサイズ小さめになります。ご購入の際は、サイズスペックをご確認下さい
  • 専用衿ネームと裾ネームが付きます

IHT-2107 :サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 61.0 39.0 86.0 87.0 19.0 18.0
S 63.0 41.0 93.0 94.0 19.5 18.0
M 65.0 43.0 97.0 96.0 10.0 18.5
L 67.0 45.0 103.0 104.0 20.5 19.0
XL 68.5 47.0 112.0 113.0 21.0 19.5
XXL 70.0 49.0 118.0 119.0 21.5 20.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。
  • 定番の7.5ozプリントTシャツよりもワンサイズ小さめになります。ご購入の際は、サイズスペックをご確認下さい

素材

  • 綿:100%

7.5oz ヘビーボディプリントTシャツ(バイク柄2021 New Color)

着やすさと丈夫さを兼ね備えたオリジナルボディTシャツ

  • 着やすさと丈夫さを兼ね備えた7.5ozオリジナル(丸胴)ボディ ※レディースのみ脇はハギ合わせになります。
  • ボディ:14番単糸度詰め天竺(7.5oz)
  • ネック:30/2度詰めフライス
  • プリントはラバーで、バックとフロントワンポイント。
  • ワンウォッシュ済み

IHT-2108: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 62.0 39.0 84.0 84.0 16.0 17.0
XS 63.0 42.0 90.0 90.0 18.0 18.0
S 66.0 44.0 96.0 96.0 19.0 19.0
M 69.0 47.0 100.0 100.0 20.0 20.0
L 71.0 49.0 106.0 106.0 21.0 21.0
XL 73.0 52.0 115.0 115.0 22.0 22.0

素材

  • 綿:100%

壱岐の魅力を詰め込んだクラフトジンがいよいよ完成![IKI’S GIN PROJECT/長崎県壱岐市]

壱岐の海をイメージしたブルーボトル。白砂が印象的な筒城浜海水浴場の岩場に置いてみると海の色と同化するほど、壱岐の海の色を再現。

壱岐ジンプロジェクト取材した生産者の顔が次々と浮かぶ、壱岐だからこそ生まれたこだわりのジン!

何はともあれ、まずは出来上がったばかりのジンをストレートで味わってみました。
すると、ファーストアタックで驚くほどイチゴの甘い香りが鼻腔に広がったのです。
「あ〜、取材をさせてもらったイチゴ農家の松村春幸さんの畑でにんまりとしたあの甘い香りと同じだ」。取材時の出来事が鮮明に思い出されます。
次に、香りで押し寄せたのは柚子。柚子の皮むき工場を訪れた際に教えてもらった『壱岐ゆず生産組合』の長嶋邦明氏の言葉が浮かびます。「もったいないけど、皮以外は全て捨ててしまうんですよ。でも、いい香りでしょ」。
それがしっかりとジンの個性に乗り移り、こんなに豊かな和の香りを生んでいるとは。
その後もジンを口に含むと、複雑なアスパラガスの味わいから、モリンガのほのかな苦味、ニホンミツバチから採取したという希少な壱岐産ハチミツの甘い香りまで、次々と取材で出会った生産者の顔が思い浮かぶのです。

昨年、コロナ禍で始まった長崎県壱岐島でのクラフトジン造り。壱岐を代表する焼酎蔵と、壱岐唯一の5つ星ホテルがタッグを組んで、壱岐でしか造れないジンを生み出そうと動き出したプロジェクトは、2021年5月末、「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」という名のクラフトジンの完成をもって初回の生産を終えました。そして今回、現地にうかがいジン造りの過程を見守ってきた我々『ONESTORY』も、壱岐発のジンの完成の一報を受け、再び壱岐を訪れたというわけです。群雄割拠のクラフトジン業界で壱岐発のジンはどう映るのでしょうか。今回は、壱岐の料理と合わせるペアリングディナーも体験し、忖度なしにその魅力に迫ってみたいと思います。

夕日に照らされた「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」。ボトルには、約700年近く受け継がれてきた伝統と歴史を持つ壱岐の神事芸能・神楽をデザイン。

干潮時のみ参道が現れる小島神社。そこかしこに広がる壱岐の美しさをボトルで表現した。 

少しの傷で廃棄されてしまっていた果実などを、壱岐の生産者を巡って説明し、譲り受けてジンの素材に。

壱岐ジンプロジェクト何度となく頓挫しそうになったジン造り。その情熱はクラウドファンディングで支援を募り結実。

まずはジン造りの経過報告から。
プロジェクト当初は、『壱岐リトリート 海里村上』の若きホテルマン・貴島健太郎氏と、その熱意にほだされ、壱岐で酒を醸し続ける『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋福太郎氏がタッグを組んだジン作り。島から若者が減る一方、高齢化は進み、雇用の確保など、島としての課題も山積み。愛する島と焼酎がこのまま廃れるのは何よりも悲しいと、ふたりは奮い立ったのです。

ですが、コロナ禍という特殊な状況の中、壱岐発のクラフトジン造りは紆余曲折。なかなか思うように進まず、約1年の時を経てクラウドファンディングで支援者を募る形をとり、予定していた3月の完成よりも2ヵ月遅れた5月末にようやく完成したといいます。
今回のジン造りのキーマンふたり、『壱岐リトリート 海里村上』でホテルマンとして働く貴島氏と、『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋氏は、それでも良かったと笑います。(詳しい紹介はこちらにて。)

「実は、会社の事情で僕が突如、壱岐から神奈川の箱根へ転勤が決まり、暗雲が立ち込めてしまったりしました。でも、『壱岐リトリート 海里村上』の支配人とソムリエが全面バックアップしてくれ、その後フィニッシュまで持っていってくれたんです。本当にハラハラしました」と貴島氏。
「コロナと同じで、状況が逐一変化していく中で、それでもこのプロジェクトは壱岐の焼酎文化の発展のためには諦められなかった」と石橋氏。
当初のチームが形を変えていく中でも、連携し、協力しあい、ジン造りの灯火を消さずに乗り越えてきたことで、ジンが完成したといいます。
実際、クラウドファンディングでの支援の輪は目標額を大きく上回り、目標100万円の200%以上の支援額を達成。更には、ふたりがかかげてきたフードロスの問題や、麦焼酎発祥の地である壱岐の焼酎をベースに使うこと、そして壱岐の水と壱岐産のボタニカルで香りと味を生み出すなど(詳しい紹介はこちらにて。)、課した課題は全てクリアしたといいます。せっかくやるなら妥協しない。そんなふたりの想いの強さから造られたジン。発売が遅れたのは必然だったのかもしれません。構想から約1年を費やしたジン造りでしたが、少数精鋭、貴島氏と石橋氏が島を走り回り、生産者一人ひとりの理解を求め、廃棄されてしまう食材に再び光を与える。発売の遅れは妥協を許さなかったという証であり、壱岐の海を連想させるブルーボトルの中に壱岐らしさをたっぷりと詰め込んだのです。
「まさに壱岐の情景!」。アルコール度数40%のストレートをぐびりと呷(あお)った、まさにそれが我々編集部の第一印象でした。

「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」とペアリングするディナーを待つ間に、目前に広がる穏やかな海を眺めつつ、ふたりの奔走を思い出しながらジンの完成を讃え、ほくそ笑むのでした。

壱岐の景勝地・猿岩を前にインタビューに答えて頂いたキーマンふたり。『壱岐リトリート 海里村上』のホテルマン・貴島健太郎氏(左)と『壱岐の蔵酒造』代表・石橋福太郎氏(右)。

『壱岐リトリート 海里村上』の総支配人であり料理長の大田誠一氏(左)。

『壱岐リトリート 海里村上』のソムリエ大場裕二氏。総支配人と大田氏とともに最終的な味の監修に参加。

壱岐ジンプロジェクト壱岐の料理と、壱岐の素材だけで造ったジン。スペシャルなペアリングディナーを体験。

「飲み飽きない味。実際、私は毎日晩酌で飲んでいるんです。華やかなフルーツの香り、一番はイチゴと柑橘ですね。更にハチミツが入っている分、独特の甘さも。薬草っぽい木の芽、モリンガもほのかに感じますね」と話すのは、『壱岐リトリート 海里村上』の総支配人であり料理長の大田誠一氏。
「ベースのボタニカルサンプルが24~25種類。その中で配合を組み合わせたジンです。全て壱岐の食材であり、石橋さんと貴島の方で味の設計図はしっかりできていたので、調えるのはそれほど難しくはなかったですよ。私の印象ではイチゴの香りが突出していたので、調和させるために調えたくらい。更にこのジンは、香りは強いけど米由来の甘さがある。それこそが壱岐焼酎らしさ。より甘さを引き出すなら氷で少しずつ溶け出すと甘くなりますし、焼酎由来なのでお湯割りにも合う」と話すのは、『壱岐リトリート 海里村上』のソムリエ・大場裕二氏。『壱岐リトリート 海里村上』の料理とお酒、味の統括をする番人ふたりがジンの最終的な監修をしたことで、更に「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」は、壱岐らしさの息吹を注ぎ込まれたといいます。

ペアリングディナーの最初の前菜盛り合わせでは、長崎の郷土料理の呉豆腐や自家製の唐墨大根を受け止めるべく、まずはストレートで提供。ジン本来の力強さを楽しませながら、しっかりと塩味の効いた前菜と調和させます。
かと思えば、アワビやアスパラガスの天ぷらではソーダ割り。
シンプルな壱岐牛の炭火焼きではお湯割り。クラフトジンは壱岐の料理と合わせると、変幻自在、いかようにも表情を変えていく印象です。

「壱岐の素材だけで造ったジンですから、壱岐の料理に合わないわけがない。これはやはり壱岐で飲むべきジンです」と言って大田氏が笑えば、「まさに壱岐のテロワールを凝縮したお酒です。僕からしたら手のかからないペアリングです」と大場氏もセリフをかぶせます。

若者の焼酎離れを危惧し、同じ蒸溜酒ながら全く異なるジンを生み出した今回のプロジェクト。味の番人ふたりはいとも簡単にジンのみで楽しませるペアリングディナーを完成させたそうです(こちらのペアリングディナーは、現時点ではクラウドファンディングのリターンとして提供)。

最後のスイーツは壱岐産日本蜜蜂の自家製アイスクリーム。
これにストレートのジンを合わせると、得も言われぬ多幸感を生み出すのです。あの希少なハチミツの香りが、アイスにかかったハチミツと合わさると追い鰹の要領で膨らみ、旨さを増幅させていくのです。しばし、恍惚としながらも、壱岐の豊かさを感じるペアリングディナーはゆっくりと心地よく終演を迎えました。

壱岐で生み出された料理と、壱岐の素材だけで造ったクラフトジン。それを壱岐の5つ星ホテルで味わう同企画。クラウドファンディングのリターンで8名のみが手にしたこの愉悦は、ぜひ今後、ホテルの名物企画になることを切に願います。

唐墨大根、呉豆腐、玉子味噌漬け、トマト蜜、貝ウニの前菜盛り合わせはストレートで。

黒鮑、烏賊、アスパラガス、南京を天ぷらで。モリンガ塩で味わう。こちらはすっきりとしたソーダ割りがマッチ。

肉料理は壱岐牛炭焼き。こちらは壱岐の柚子塩で味わう。お湯割りがじんわりと壱岐牛の脂を溶かし、旨味が広がっていく。

白眉は壱岐産日本蜜蜂の自家製アイスクリーム。アイスの上にさらにハチミツがかかっており、ちびちびとストレートで味わうとハチミツ由来の甘さが膨らむ。

住所:長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520 MAP
電話:0120-595-373
http://ikinokura.co.jp/

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2 MAP
電話:0920−43−0770
https://www.kairi-iki.com/

想いはひとつ、壱岐の美しさを詰め込むのみ。キーマンふたりが振り返るジン造り。[IKI’S GIN PROJECT/長崎県壱岐市]

小牧崎にて、日本海に沈む夕日。ジン造りの最後のインタビューはこんな絶景の中で行われた。

壱岐ジンプロジェクト焼酎蔵の代表と若きホテルマン。ふたりが出会いジン造りが動き出す!

若者の焼酎離れを危惧する『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋福太郎氏と、仕事で初めて壱岐を訪れることになった『壱岐リトリート 海里村上』の若きホテルマン・貴島健太郎氏。そんなふたりがタッグを組み生み出したのは、壱岐発祥の麦焼酎をベースに使ったジン。年齢も経歴も全く違うふたりが、壱岐の素晴らしさを伝えたいという一心で結びつき、壱岐でしか造り得ないジンを完成させたのです。

全てを壱岐にちなんだものにしたいと、まずふたりが取り組んだのは、焼酎をベースにしながら、廃棄されてしまう壱岐の食材などを蒸溜し、香りをつけるというもの。当然、仕込み水も壱岐の水。ボトルデザインも壱岐出身者が行い、壱岐の海の色を鮮やかに表現しました。1年に及ぶジン造りの最後のインタビューでは、キーマンふたりの視点から「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」というジンについての想いを語って頂きました。

光り輝く「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」。紆余曲折を経てキーマンふたりを中心についに2021年5月末に完成。

壱岐のそこかしこに広がる絶景に、すっとなじむブルーボトルのクラフトジン。

壱岐のモンサンミッシェルとも呼ばれる小島神社。美しい風景が日常に溶け込んでいるのが壱岐という島だ。 

壱岐ジンプロジェクト壱岐を代表する焼酎蔵が目指した、新たなチャレンジとは?

まずは『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋氏が次のように話します。
「プロジェクトの構想自体は、実はジンありきでスタートというわけではなかったんです。こんな大変な時代だからこそ、何か面白いことをやりたいという想いから始まり、方針がなかなか定まらず4~5ヵ月が経過。そうこうしていたところに、若きホテルマンの貴島さんがジンを提案してくれたんです。初めは焼酎蔵に『ジンを造ってみませんか?』と大まじめに語る彼をどうかしていると思ったほどです。でも、熱心な彼の想いに耳を傾けると、壱岐愛がビンビンと伝わってきた。そうして僕も覚悟を決めたんです(笑)。それからは試行錯誤の連続。なんせお酒はお酒でもジャンルが全く違いますから。まずはスピリッツ免許を取らないとでした。それでも貴島さんとユズにイチゴ、ニホンミツバチ、アスパラガス、各種柑橘、モリンガなどなど、20以上の生産者を回るうちに、色々と協力者も増えてきて、少しずつ形になっていくのが楽しかった。2020年の3月からプロジェクトが始まり、約1年3~4ヵ月でようやく形になったわけです。『壱岐の蔵酒造』としても新たな事業であり、僕自身も年甲斐もなくワクワクしていたんだと思います」。
若者の焼酎離れを危惧していた矢先、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、壱岐発祥の麦焼酎は大打撃を受けます。そんな中、起死回生のチャレンジとして、石橋氏はジンという新たな手法で挑戦を始めたのですが、ご本人曰く楽しかったと、感想は実にシンプル。自らが愛する焼酎に食材を漬け込み、香りを移すために蒸溜するジンの製法にも可能性を見出したといいます。
「ベースの焼酎から、いくらでも違った味わいを生み出せるのが面白い。壱岐のボタニカルでまだまだやれる可能性を感じましたね」と石橋氏は続けます。
クラウドファンディングで支援を求めると、目標の100万円をたやすく達成し、更に倍額の200万円も達成。クラフトジンの需要が会社の一事業として見えてきたといいます。
「初回ロットは1,000本のみ。どのくらい出るかが未知数で不安で小規模でやってみたんですが、予想以上に出た。嬉しい悲鳴ですが、もう少し造れば良かったなぁ」と石橋氏。
すでにトライアルで生産された1,000本の行き先はほとんどが決まったそうで、次の生産計画も立てやすいとのこと。
そんな1年に及ぶジン造りを振り返る石橋氏の目は、少年のように輝いて見えました。更に石橋氏の頭の中は、すでに次の蒸溜のことでいっぱいのようにも。来期の仕込みではいったいどんな生産者のボタニカルを使うのでしょうか。この経験を生かしたいという想いが言葉からも溢れていました。

『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋氏。焼酎蔵の代表自らがジン造りを牽引。

自社の麦焼酎に様々な果実や野菜、ボタニカルを漬け込み、壱岐らしさを探ってきた。

『壱岐リトリート 海里村上』の貴島氏とともに、様々な生産者のもとを訪れ、廃棄される運命にあったボタニカルを再利用したいと訴え続けてきた。

壱岐ジンプロジェクト純粋に壱岐が素晴らしいから、ジンにその想いを詰め込んだ若きホテルマンの挑戦。

「売れ残ってしまったらどうしようというのが、正直な気持ちでした。とにかく、しっかりと売れてくれてひと安心です。クラウドファンディングの支援者などからも『壱岐にこんなのあったんだね』や『とても楽しみです』など、感慨深いとコメントももらえて、チャレンジして本当に良かったです」と、ジン造りの発案者・貴島氏。
20代の貴島氏を中心としてスタートしたプロジェクトですが、『壱岐の蔵酒造』の代表・石橋氏や、『壱岐リトリート 海里村上』の総支配人であり料理長の大田誠一氏など、貴島氏と議論を重ねたのは、年齢を重ねた人生の大先輩ばかり。気後れせずにいかに自分の想いを表現できたのかが気になります。
「とにかく僕にとって壱岐は新鮮だった。僕の感じた壱岐の魅力を詰め込もうと、素直に発言しただけなんです。壱岐の人にとっては、それが都会の感覚と感じてもらえたようなんですが、今壱岐にある美しい風景や美味しい食材は、本当にかけがえのないもの。僕にしたら、皆さんの普通はとてつもなく贅沢だと伝えたかったんです」と貴島氏は話します。
そんな一途な想いこそがこのプロジェクトの骨子。真っ青に輝く「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」は、まさに壱岐の魅力そのものなのかもしれません。
「お勧めは、お湯割りです! ジンなのにお湯割りが美味しかった! 焼酎文化の島らしさで香りが立つのが特徴です。ジンはもちろん、焼酎以外のお酒ではなかなかこうはいかないのかも。それもこのジンが持つ壱岐らしさです」と貴島氏。
更に、貴島氏はこのまま終わらせたくないともいいます。第2弾、第3弾と、バリエーションを加えてやっていけたらと話してくれました。
「ハチミツが、最初はここまで香りがするとは思わなかった。とても貴重なニホンミツバチのハチミツなので、そこまで量を使えなかったのが悔しい。もうワンランク上のプレミアムジンを造れば、思う存分使えるかも」。そんな発想も貴島氏ならではのものなのかもしれません。

壱岐という小さな島で巻き起こった、クラフトジンプロジェクトは、一旦、最初の挑戦を終えました。

麦焼酎発祥の島だからこそ、なし得たジン。
海風が吹き抜ける島でなくては造れなかったジン。
柑橘の島だからこそ生み出せる香りを持つジン。
コバルトブルーに輝く海があったからこそ出来上がったジン。
「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」には、そんな壱岐の魅力が溢れています。初回ロットは1,000本。そのうち最後に残された約200本が2021年8月10日(火)より一般発売されます。壱岐を感じてほしい、そんな挑戦者たちのクラフトジンは、様々な壱岐の方々の顔が浮かぶジンとなりました。
壱岐を訪れたことのない人ならば、美しい海と豊かな食材の香りに思いを馳せ、壱岐を訪れたことのある人ならば、再訪したような錯覚を感じるやもしれません。それほど、このクラフトジンは壱岐なのです。壱岐を感じてみたい、旅気分を味わってみたいという方に、『ONESTORY』は「JAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA」を強くお勧めしたいと思います。

『壱岐リトリート 海里村上』のホテルマン・貴島健太郎氏。壱岐の様々な生産者と会話を繰り返し、想いを伝えてきた。

持ち前のチャレンジ精神で、様々な食材を自ら試食。食べごろ前の柑橘など、まだ苦味しかない状態でも味わってみたいと貴島氏。

完成したクラフトジンのボトルを手に持つ貴島氏。いよいよ最後の200本が2021年8月10日(火)に一般発売される。 

住所:長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520 MAP
電話:0120-595-373
http://ikinokura.co.jp/

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2 MAP
電話:0920−43−0770
https://www.kairi-iki.com/

イージーショーツ 

ラフ&タフなアイアン流イージーショーツが登場!

  • ウエストオールゴムで履きやすいショーツです。
  • ウエストオールシャーリングのイージースタイル
  • アイアンハートらしく厚手素材で作っているためヘビーさと丈夫さがプラス
  • 色はあえて製品染めをすることで初めから穿きこんだような色合いを表現
  • 部屋の中でもキャンプ場でも、どこでも活躍間違いなし!です。

729: サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ 裾巾 股下
S 80.0 21.5 36.0 31.8 26.0 27.0
M 85.0 22.5 37.0 33.4 27.0 27.0
L 90.0 23.5 38.0 35.0 28.0 27.0
XL 95.0 24.5 39.0 36.6 29.0 27.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。予めご了承ください

素材

  • 綿100%

暮らすように滞在する。京都・東山から提案するホテルの新たなスタイル。[東山 四季花木/京都市東山区]

東山に誕生した『東山 四季花木』。伝統美を表現しつつ、余計な装飾を削ぎ落とした引き算の美学が光る。

東山 四季花木建築家とインテリアデザイナーの夫婦が手掛けたラグジュアリーホテル。

荘厳な寺社の数々、行灯が照らす古都の町並み、ゆったりとした鴨川の流れ。一般的にイメージされる“京都らしさ”の多くが詰まった京都市東山区。そんな東山区の中心部、東西線東山駅のほど近くに2019年秋、一軒のラグジュアリーホテル『東山 四季花木』が誕生しました。

客室は、わずか8室。宿泊施設の建設ラッシュが続く京都にあって、ともすると見落としてしまいそうな小さなホテルです。しかし足を踏み入れるとそこは、訪れる人のことを考え抜いた数々のホスピタリティに満ちた、唯一無二の存在でした。

ホテルを手掛けたのは、建築家の夫とインテリアデザイナーの妻のご夫妻。二人の言葉を通して、ホテル誕生の物語と、館内の随所に仕掛けられた穏やかに過ごすための工夫を紐解いてみましょう。

1階のアプローチ。正面奥には『唐長』十一代目・千田堅吉の作品が出迎える。

東山 四季花木京都人夫妻が考えた「二人で行くなら、こんなホテル」

石畳の敷かれた三条通り沿いの、五階建ての建物。
どっしりと重厚な石の質感と大きなガラスが醸す怜悧さに、門口の坪庭や親子格子が添える温かみ。複数の建材がバランス良く融合し「街に溶け込んでいるのになぜか目を引く」という不思議な現象を引き起こします。あえて言葉にするならば“和モダン”ですが、それだけでは伝えきれない存在感です。

それもそのはず、設計を担当したオーナー・川上隆文さんは、これまでに数々のホテル、住宅、公共施設などを設計してきた人物。そんな川上さんがとくに意識してきたのは、住まい手、使い手のことです。土地の価値を最大限に活かす建物を設計すると同時に、「たとえば飲食店なら客席が何席で何回転するのか」という、いわば設計士の担当範囲外のことまで考え続けてきたといいます。

そして依頼としての設計を手掛けながら、「自分で作るならこうしたい」という思いを温めてきたのです。言うなれば、“構想数十年”。無駄のない美しさは、建築家としてのキャリアの集大成であり、夢の結晶なのかもしれません。

インテリアデザイナーである妻・北山ますみさんも、理想のベクトルは同じ。仕事として照明、クロス、調度品などを配置するにとどまらず、「実際に利用する人がどう感じるか」という部分まで想像しながらインテリアデザインを手掛けてきました。

「経営のことまで考える建築家は聞いたことがない」と北山さんが言えば、川上さんも「女性目線がありながら、業界の慣例に収まらない芯の強さもあります」と北山さんを評価。そんな互いにリスペクトを抱く二人が「二人で行くなら、こんなホテルが良い」と導き出した答えこそが、この『東山 四季花木』なのです。

北山ますみさん(左)と川上隆文さん(右)のオーナー夫妻。旅好きな二人の思いが、ホテルの随所に込められる。

「旅館のホスピタリティとホテルの快適性の良いとこ取り」を目指したという。

ルーフトップテラスからは京都市内の夜景なども一望。部屋を離れて思い思いに過ごすことができる。

東山 四季花木ゲストの目線で徹底的に考え抜かれたホスピタリティ。

構想を温め続けた二人ですが、実は開業を決めてこの物件を探したわけではありませんでした。単に投機的な目線だけでみれば、これまでに何度も良い物件もありました。しかし二人の心は動きません。それは京都人として、自分たちの大好きな京都をどう表現できるのか、というアーティストの目線での妥協ができなかったのでしょう。

しかしあるとき、縁のあった不動産関係者に、知り合って3日目にこの場所を紹介されます。場所を見た瞬間、二人の心は決まりました。祇園、平安神宮、南禅寺などが徒歩圏内でありながら、市街地の喧騒からは離れた立地。目の前は歩道があり、電柱も地中。東山の緑を望む眺望。「ここでならやりたかったことが表現できる」それがこの土地に決めた理由。
事業として必要に迫られてはじめたホテルではないため、経営においても売上や効率以上に大切にする点があります。
それは、ゲストの満足度。訪れた人が満足し、また来たいと思えることを、ホテルの最高優先度に据えたのです。

ホテルの設えやホスピタリティの方向性は、そんな思いを起点に考えられました。おいしい料理屋と素晴らしい寺社がある京都で、ホテルにまでパワーのある空間に身を置くことが必要か。見どころの多い京都ではホテルの滞在時間が短くなる。それなら広めの客室でゆったりくつろげる時間を提供しよう。夫婦で旅行していたら一人になる時間も必要。ならば露天風呂や屋上テラスを設えよう。夕食は日本料理を食べる方が多いから、朝食は胃に軽く京野菜中心の洋食が良いのではないか……。じっくりと考え抜かれるホテルの方針。

それは京都旅行というストーリーの中でホテルが主役になるのではなく、たとえば親戚の家を訪れたような穏やかな安心感を提供すること。
「外から眺めたパッケージとしての京都ではなく、京都に暮らすようにゆるやかに滞在してもらいたい」そんな思いが、ホテルの中に詰まっているのです。

ウェルカムティーは日本最古の茶園『丸利 吉田銘茶園』の煎茶を季節の和菓子とともに。

チェックイン、チェックアウト、滞在中のくつろぎスポットとして利用できる『茶論』は館内2階。

朝食は京野菜を中心に、はなかごパンや自家製スロージュースとともにヘルシーな内容。名店で料理長も務めた坂辻亮シェフのオリジナル。

東山 四季花木京都らしく、しかし主張し過ぎず。中庸こそがホテルの美学。

ガラスの扉を抜けて内部へ。1階は重厚な石造りのエントランスには、寛永元年創業『唐長』の唐紙やタイルが出迎えます。
チェックインは2階の「茶論(サロン)」へ。土壁や網代天井を施した畳敷きの空間は、滞在中のくつろぎ空間としても利用できます。

客室はすべて26㎡〜54㎡のラグジュアリースタイル。京都らしさ、おだやかなくつろぎを感じさせつつ、決して押し付けにならないインテリアは、北山さんの本領発揮。アメニティや茶器にまで行き届くこだわりも、くつろぎの時間を演出します。開放的で心地よい露天風呂と、360度の眺望が自慢のルーフトップテラス。チェックアウトを12時に設定しているのも、滞在をゆったりと楽しんでもらうための心配りです。

京都の魅力を伝える一貫として、おだやかな時間を提供するホテル。
「丁度良い、といわれるのが何よりうれしい」と北山さんは話しました。「京都は宝石箱のような街。食べ物、工芸、職人の技。京都にはまだまだ知られていない魅力が山ほどあります。そんな京都の魅力を体感してもらうために、ホテルとして“丁度良い”空間と時間を提供したい」

旅において、宿泊施設に望むものは人それぞれ。しかしこの『東山 四季花木』のように出すぎず、引きすぎず、おだやかで、かつ存在感のあるホテルは、これからの京都旅行の新たな過ごし方を提案してくれます。

客室「庭玉」はプライベート庭園付き。部屋からは比叡山や平安神宮の鳥居なども望む。

美術品や盆栽などオーナー夫妻のこだわりが光る客室「遠州」。檜風呂のバスルームも完備。

ルーフトップから望む東山。屋上からは大文字の送り火も煙が届くほどの至近距離で眺められる。

住所:京都市東山区三条通白川橋西入ル今小路町85-1 MAP
料金:1泊朝食付き(1室あたり)60,000円~(税・サ込)
アクセス:地下鉄東西線東山駅より徒歩1分
https://www.shikikaboku.jp/

“メイド・イン・ジャパン”の追求と回帰。「美味しい」の先に踏み込んだ鮨と日本酒のペアリング。

1806年(文化3年)創業の『仙禽』11代目蔵元・薄井一樹氏(右)、『鮨えんどう』店主の遠藤記史氏(左)。 

恵比寿 えんどう × 仙禽日本固有の食材、伝統製法にもう一度光をあてる。 

海洋資源をはじめとした自然環境の維持に努め、新型コロナウイルス感染症の影響を受けつつも、鮨と日本酒のペアリングで食文化の発展に貢献してきた『恵比寿 えんどう』の店主・遠藤記史氏。革新的な酒造りで知られる『新政』に続き、今回ペアリングを試みたのが、栃木の銘酒『仙禽』です。 
 
「『仙禽』はこれまで何度も蔵見学をしていて、蔵元の薄井一樹さんも来店いただいています。今回のペアリングは、鮨と日本酒の相性がいいことは大前提。そこからさらに思想や表現方法、合わせ方の視点にまで踏み込んで見ました」と語る、遠藤氏。 
 
ペアリングにあたり、遠藤氏がコンセプトに掲げたのは「メイド・イン・ジャパン」。国内はもとより海外でも人気の高く、日本の食文化の中で最も「メイド・イン・ジャパン」を標榜しているとも言える鮨ですが、今あえてテーマとした意図はどこにあるのか。 
 
「イギリスに6年間留学していた経験があるのですが、現地で感じたのは英語が話せることが国際人としての必要条件ではなく、あくまで十分条件ということ。むしろ日本語や日本の文化を理解しているかどうかが、国際人としての必要条件だと感じました。今、食の世界はボーダーレスで、日本料理でもトリュフやキャビアを使い、和食にワインを合わせることも一般的。フレンチでも昆布出汁を使うし、三ツ星のレストランで日本酒が当たり前に振舞われる。より自由になった一方で、文化が必要以上に混ざりすぎると個性や特徴が失われる。7色ある色も全て混ぜれば黒になるのと一緒です。トリュフやキャビアもそれはそれで美味しいけれど、鮨に握るとどうしても陳腐になってしまいます。日本料理らしいことが個性であり特徴なのであって、これからの国際社会では際立ってくる。つまり、大切なのは“メイド・イン・ジャパン”であること。そこを表現するには、その土地に存在する固有の個性=テロワール(土地)が大事になってきます。そのテロワールに最もこだわっている蔵元が『仙禽』です。僕自身、日本固有の素材にこだわっていきたいし、どのように表現していくか、それが今回ペアリングをやる意義でもあります」。 
 
遠藤氏が考えるペアリングの意義を受け止めるのが、『仙禽』11代目蔵元の薄井一樹氏。遠藤氏が追求する「メイド・イン・ジャパン」を誰よりも理解を示し、自ら実践してきた唯一無二の酒造りについて語ります。 
 
「『仙禽』では、この土地でなければ生まれない“ドメーヌ”、昔ながらの農業に原点回帰する“ルーツ・オーガニック”、木桶仕込み、生酛酒母、古代米(亀ノ尾)使用、米を磨かない精米機も酒造好適米も存在しなかった頃の超古代製法を再現する“ナチュール”を3本の柱に酒造りをしています。“ドメーヌ”も“オーガニック”も“ナチュール”も昔は当たり前のことだったのに、モノを大量生産・大量消費することが世界の常識となり、便利さを追求していく時代の中で失われてしまった。酒造りは便利に走れば走るほど機械工業になり、酒自体も有機質なもの無機質なものになっていきます。日本酒だけでなく、味噌や醤油、器だってそう。失われてしまった伝統文化や製法が多い中で、僕らは日本の優れた技術を継承し、後世の人たちに残していかなければなりません」と、その使命感を薄井氏は語ります。 
 
「古ければ良いという訳ではありません。残すべき製法は守りつつ、味はモダンでなければ。自分の土地で収穫された農作物を加工して、製品にすることをフランスでは“ドメーヌ”と言いますが、一次産業と二次産業の架け橋も担っています。本来はそれが自然なことなのに、流通が発達したからといって、地元と縁もゆかりもない風土の違うものを買って酒造りしたのでは意味がありません。その土地のテロワールが感じられる原料を使って加工すれば、自ずと相性はいいもの。“オーガニック”も同様です。近代農業は化学肥料により、土壌が地球規模で汚染されています。本当にいいものは贅沢品でも何でもなく、素朴で野性味があるもの。とりわけ日本酒では顕著に現れます。“ドメーヌ”も“オーガニック”も“ナチュール”も、時間の針を昔に戻しているだけ。ただの回帰主義でなく、物理的に失われた大事なものを取り戻すための手法なのです」と言葉を続けます。 

水産資源の減少に危機意識を高めるシェフ約30名が加盟する『シェフス・フォー・ザ・ブルー』のメンバーとして活動する遠藤氏(左)。高い酸と濃醇な甘みの「甘酸っぱい」酒で日本酒業界に新風を吹き込んだ薄井氏(右)。 

恵比寿 えんどう × 仙禽東京の鮨が抱える矛盾。鮮度というハードルを超えて。 

ペアリングのテーマ「メイド・イン・ジャパン」を表現するための考え方のひとつ「オーガニック」を象徴するのが、「朝締めの鯛」です。この日届いたのは、愛媛産の鯛で、店に届く数時間前に締めたもの。遠藤氏は「日本一」と称賛します。 
 
この鯛を扱うにあたり、様々な産地を頻繁に訪れ、魚が育つ環境を肌で感じてきた遠藤氏だからこそ抱いた「矛盾がある」と言います。 
 
「今年は例年になく真イワシが多い年だったのですが、“鰯”は読んで字のごとく弱りやすい魚で何より鮮度が大事。漁船の上で食べる機会があったのですが、驚くほど旨かった。でも、この旨さはどうやっても東京では表現できません。産地での味を100点とすると、東京は80点。産地と張り合えるのは、せいぜいマグロくらいでしょう。東京でしかできない表現を考えた時、鮨には熟成というアプローチもあります。ですが、旨味の数値は上がったとしても、食感や香りはブラインドで食べたら何の魚かわからない。熟成するとどれも似たような食感になり、香りはどうしても損なわれます。産地や個体ごとの香りや風味、食感は、鮮度の良い魚の方が圧倒的に表現できる。熟成と鮮度についてはどちらが美味い不味いという話ではなく、ここから先は哲学の問題。ただ僕は新鮮な魚に魅力を感じていて、鮮度を表現するためにもなるべく素材をいじりすぎず、化粧しないよう本来の持ち味をそのままに生かし、単一素材にフォーカスした鮨を追求しています」。 
 
遠藤氏の意図を受け、薄井氏が合わせた日本酒は「朝搾り」。市販されていないため、この日この時にしか味わうことの出来ない希少な酒です。 
「おめでたいイベントですから、当日に上層(醪を搾って液体の酒と酒粕に分ける工程)した日本酒です。鮮度がかなり高いのでガス感もあり、角が立っているけれど若々しさがある。遠藤くんの鯛も朝締めということなので、鮮度と鮮度を掛け算するイメージ。口の中で魚と日本酒のフレッシュ感を合わせることにより、ペアリングのトーンが揃います」と、薄井氏は語ります。 

朝締めしたその日に届いた愛媛産の鯛に、朝搾りのフレッシュな日本酒を合わせて。 

鯛は成長に伴いメスからオスに性転換し、「一部は成長してもメスのままの個体がいる」と遠藤氏。この日はオスを選んだが、捌いたところメスだったそう。オスの力強さとメスの脂が乗った柔らかな身質のどちらも持ち合わせている。 

恵比寿 えんどう × 仙禽ペアリングで捧げる日本の伝統製法と国産原料へのオマージュ。 

ペアリングのもうひとつの考え方「ドメーヌ」を象徴するのが、「富山産ホタルイカ」です。ホタルイカ自体、日本の固有の品種でまさに「メイド・イン・ジャパン」と言える食材ですが、遠藤氏が着目したのは「もろみ」。 
 
このコロナ禍で輸出入を含む流通が一時ストップし、原料である小麦や大豆の生産を海外に依存してきたことに遠藤氏は危機感を感じたといいます。 
 
「“メイド・イン・ジャパン”にこだわった時に一番難しいと感じたのが、醤油と味噌です。日本の伝統的な食文化であり、日本料理には欠かせない核でありながら、原料の多くは海外に依存していて国産でない。それではどうやってもテロワールは表現できません。今回は現地でボイルしたホタルイカに和えたのは、鹿児島県長島町にある石元淳平醸造の『cocoromiso』。醸造所から100km圏内で収穫された国産大豆と『仙禽』のように蔵付き麹を使用しており、江戸時代と同じ作りでテロワールも表現されています。付加価値をつける意味でも、自国の食文化にはしっかりと向き合っていきたい」と、遠藤氏は表情を引き締めます。 
 
このホタルイカに合わせたのは、「クラシック仙禽 雄町」。生酛と呼ばれる伝統的な製法で作られていると、薄井さんは語ります。 
 
「明治以降に登場した簡略的な酒造りとは違い、昔から受け継がれてきた“メイド・イン・ジャパン”を象徴する職人技が凝縮しています。醤油の原料も今や日本産が珍しい時代。大量生産・大量消費の時代の流れで忘れ去れている技法がある中、昔ながらの日本の食材・技術を大事にした掛け合わせです」。 

富山産ホタルイカ×「クラシック仙禽 雄町」。日本固有種のホタルイカに伝統的な手法で醸された日本酒を合わせて。大豆と小麦の穀物感を残したもろみは、「クラシック仙禽 雄町に丁度良い」と、薄井氏。

国産の大豆と小麦を使用したもろみを使用。ホタルイカは叩いて肝ともろみ和えることでいい出汁が出るとのこと。 

恵比寿 えんどう × 仙禽自然の豊かさを実感。生命力×生命力のペアリング。 

ペアリングの考え方の3つ目が「ナチュール」。ここで遠藤氏が選んだのが、「オーガニック ウナギ」です。これまで鮨ダネでアンタッチャブルな食材だったといいますが、あえてチャレンジしたい食材でもあると遠藤氏。今まで扱ってこなかった理由には、「文化的背景もあります」と話します。 
 
「理由はたくさんあるのですが、まず鮨自体が発酵食品であり屋台のファーストフードだったことが大きいと思います。うなぎは当時から高級料理で、焼くための炭どころが必要でした。パッと食べてサッと帰る鮨では、そこまで設備も出来ないしコストもかけられない。江戸前寿司の文化に浸透してこなかった歴史が長いのはそのためです。現代の鮨はファーストフードではなく、きちんとした設備もあり、価格の問題もない。時代背景が変わってきた中で、ネタとして取り込んでもいいと僕は考えています」。 
 
一時期は稚魚が減少し、漁獲量の低下が懸念されたウナギ。遠藤氏は、鹿児島大隅半島の養鰻家・横山柱一氏が育てた「横山さんの鰻」にこだわりがあります。 
 
「自然豊かな環境で、飼育期間で抗生物質を使用せず、良質の自然の餌でストレスなく育てています。このウナギに合わせる日本酒は、おりがらみの日本酒『雪だるま』。僕にとってもチャレンジングな試みでした」と遠藤氏。 
 
オーガニック・ウナギに寄り添う日本酒は、「造り方も自然に寄り添った“江戸スタイル”」だと、薄井氏。ペアリングの考え方にも説得力があり、改めて意義を伺い知ることができます。 
 
「原料の米はオーガニックの亀ノ尾。ほとんど磨いていません。雑味が多く、パンチが効いているとイメージされがちですが、原料の米自体にエネルギーがあるので、自然な造りをすると体液みたいにナチュラルに体に入って来る。味わいも野性味がありつつ繊細です。今回の“横山さんの鰻”も生命力がある。野性味に溢れた生命力溢れる日本酒とウナギを掛け算したペアリングです」と薄井氏は話します。 

「横山さんの鰻」×「仙禽オーガニック ナチュール2020」。生命力溢れるウナギと生命力溢れる日本酒の掛け合わせ。サクサク、トロッとしたテクスチャーのマリアージュも楽しめる。 

「この手法でないと表現できない」と、炭火で焼き上げる。原始的な調理法もまた遠藤氏の揺るぎないポリシー。 

恵比寿 えんどう × 仙禽親交を深めることで無理のない掛け算が成立する、唯一無二のペアリング。 

本来であれば昨年実施されるはずだったペアリング。新型コロナウイルス感染症の影響で今年に延期になったことが、むしろ良い効果を生み出しました。 
 
「去年の時点で僕の中でこうしたいというイメージがあって、延期によってブラッシュアップできました。日本酒では嫌われていた酸をポジティブに取り入れて、シグネチャーとして打ち出したのは『仙禽』が最初。酸があると料理との相性がいいし、日本酒単体での味のバランスもいい。温故知新の発想や伝統をアップデートしている酒造りはインスパイアされました」と遠藤氏。 
 
日頃から親交があり、「ペアリングのためのペアリングではない」と断言する遠藤氏。薄井氏も「家庭料理のペアリングであれば、僕ひとりで考えれば十分。ですが、プロとプロがやる場合はそうはいきません。栃木の蔵と恵比寿の店を毎月のように行き来しているので、いいところも悪いところも知っている。そうでもないと本当の意味でのペアリングは生まれません。ただ、そうしたことを抜きにしてもペアリングしやすい料理と日本酒ではあります」と話します。 

薄井氏が「肉として捉える」というスッポンの照り焼き×熟成した酸とアミノ酸の数値が高い「仙禽オーガニック ナチュール2020」が支える。福島産のキュウリ塩麹×『仙禽』の中でもアルコール度が低く、重心が軽い日本酒「線香花火」。ひとつ前に出されるうなぎの脂を断ち切る。うなキュウをイメージ。

ウナギ×「ユナイテッドアローズ 雪だるま」。オーセンティックな哲学をベースにするユナイテッドアローズとコラボが実現した銘柄。 

「これは鉄板」と二人が声を揃えるあん肝×「ナチュール貴醸酒」、カラスミ×爽やかな酸味のナチュールや熟成された豊かな甘みの貴醸酒をアッサンブラージュした「初代ユナイテッドアローズ」。 

味がぼやけないよう皮目を炙り、食感のコントラストと旨味が立ったメジマグロ×焦げた風味と旨味を受け止める「仙禽 愛山10年熟成」。アミノ酸の数値が高い金目鯛昆布締め×「モダン仙禽 無垢」。 

丁寧に包丁を入れた脂ののりがいい中トロ×ドメーヌ・さくら山田錦を35%まで磨き上げ、甘味とクリアな酸味を備えた「仙禽 一聲2021」のペアリングは、甘味と甘味の掛け算。

血の風味があり食感もコリコリとした赤貝×テクスチャーの相性がいい「全麹仕込み バーボン樽」、大トロ×高いアルコール度数で大トロの脂を支える「仙禽ナチュール2020(お燗)」。 

酢で締めすぎない、青身の小魚らしさが特徴の小肌×おりが絡んだフレッシュ感のある味わいの「さくら」、イカらしいサクサク感のある朝締めのアオリイカ×亀ノ尾、山田錦、雄町をアッサンブラージュした「Hope! 希望」を冷で。 

肉と似た重心のあるクジラ×「温度が低いと支えられず、お燗ではネガティブな部分が顔を出す」と常温で提供する「仙禽ナチュール2021」。 

温かい状態で握りにする鹿児島県甑島の車海老×古代米「亀ノ尾」の個性が発揮された「クラシック仙禽 亀ノ尾」をお燗で。ネタの中でもっとも油が乗っているというノドグロ×山田錦、亀ノ尾、雄町の3品種の酒を黄金比でブレンド=アッサアンブラージュした「醸」の甘さが引き立て合う。 

磯の風味が際立つホタテの磯辺焼き×「赤とんぼ」、淡白な旨味のあるサヨリ×酸度が高く、上品な貴醸酒の甘みがある「七夕物語」。 

トリ貝×「仙禽ナチュール2021」食感が柔らかく甘味が強い、これからが旬のトリ貝。ミネラル燗のある手巻きのトロたく×ひやおろし「赤とんぼ」。 

恵比寿 えんどう × 仙禽人間同士のペアリングが可能性を生む。矛盾を抱えてもなお模索する「東京でしか表現できない鮨」。 

今回のペアリングを通して、ふたりが表現したかった「メイド・イン・ジャパン」。鮨と日本酒を掛け算することで、今後も見据えるテーマがより明確になりました。 
 
「遠藤さんは元々ペアリングに長けている鮨職人です。“線香花火”や“赤とんぼ”のように普通なら敬遠されがちな古いヴィンテージも平気でペアリングに呼び込んで、当ててくる。本当に勉強になります。今回のペアリングは、ふたりして蔵で厳密にテイスティングしながら決めました。僕ひとりでは絶対に完成できなかった。料理を作る人、酒を造る人が人間同士もペアリングして初めていいものが生まれるもの。そこを外すと、ボーダー柄にチェックのズボンを履くようなもの。かみ合わなくなりますからね」と薄井氏。 
 
ペアリングというアプローチで様々な視点を通し、食文化の発展と課題と向き合う遠藤氏もまた、今後に向けてさらなる意欲を燃やします。 
 
「『仙禽』とはペアリングに対する考えも方向性も共通しています。あえて寄せる必要はなく、あるがままでいい。現在の東京のフードシーンはデジタルな情報発信が主流ですが、デジタルやオンラインでは表現に限界があるとも感じています。やはり今回のペアリングのように体感してみないしないことには、本当の価値はわかりません。東京にはモノもヒトも情報も集まるけれど、東京でしか食べられない鮨を追求しづらくもある。食文化の分岐点にある今、そうした矛盾を捉える段階まできた。引き続き、模索していきたいです」。 

住所:東京都渋谷区恵比寿南1-17-2 Rホール4F MAP
電話:03-6303-1152

住所:栃木県さくら市馬場106 MAP
電話:028-681-0011
http://senkin.co.jp​​​​​​​


Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAMIKO KUME

芸能界屈指のラーメン通・田中貴氏が見る、ロングセラー袋麺「サッポロ一番」のさらなる可能性。[サッポロ一番 ひとてま荘Kitchen/東京都港区]

田中貴氏とマッキー牧元氏。音楽を通して出会った旧知のふたりが、「サッポロ一番」を挟んで語り合う。

サッポロ一番劇場『虎ノ門横丁』に誕生した「サッポロ一番」の期間限定レストラン。

虎ノ門ヒルズ内のシックな空間に、26の人気店が集う『虎ノ門横丁』。その一角に、ひときわ個性を放つポップアップレストランが誕生しました。暖簾に描かれるのは「サッポロ一番」のロゴ。そう、発売以来半世紀以上、袋麺のトップブランドとして君臨し続けるあの「サッポロ一番」です。この『サッポロ一番 ひとてま荘Kitchen』は、「サッポロ一番」に、文字通り“ひとてま”加えたオリジナルメニューが味わえる店なのです。

発売元のサンヨー食品は「サッポロ一番」にひと手間、ひと工夫を加えることで、さらに美味しく、栄養バランスもアップするアレンジレシピを提案してきました。ここでは、そのアレンジレシピの味を再現するだけでなく、さらにタベアルキスト・マッキー牧元氏を監修に迎え、その味をブラッシュアップして、ここでしか味わえない逸品として提供されます。牧元氏といえば、『超一流のサッポロ一番の作り方』(2018年/ぴあ株式会社刊)などの著作がある、大の「サッポロ一番」フリーク。さらに、2020年10月に同所で開催された『サッポロ一番劇場』もプロデュース。中華とイタリアンの名シェフに「サッポロ一番」をカスタムしてもらい、コース仕立てでアレンジメニューを提供しました。今回も、そんなおなじみの「サッポロ一番」が牧元氏の手でどのように生まれ変わるのか、各所で話題を集めています。

さて、今宵はそんな『サッポロ一番 ひとてま荘Kitchen』に、ひとりのお客様がやってきました。穏やかな笑みを浮かべつつ、カウンター内の調理を鋭い目で見つめるその顔は、いまや芸能界一のラーメン通として知られるサニーデイ・サービスのベーシスト田中貴氏です。自身を「評論家ではなく、ただのラーメン好き」という田中氏に、はたして牧元氏がアレンジした「サッポロ一番」は、どのように響くのでしょうか?

『虎ノ門横丁』の一角に誕生した期間限定のレストラン。オープンで入りやすい雰囲気が魅力。

調理法、アレンジ、盛り付けなどで、最高の状態の一杯を提供。「サッポロ一番」の未知なる可能性を伝える。

「サッポロ一番」公式サイトなどで提案するアレンジレシピを、マッキー牧元氏がさらにアレンジ。今だけ、ここだけのメニューが登場する。

サッポロ一番劇場冷やすことでキリッと締まった麺が、田中氏を唸らせる。

『サッポロ一番 ひとてま荘Kitchen』は2021年7月1日(木)〜7月18日(日)までの期間限定オープン。メニューは7月9日までの前半が「レモンの冷やし塩らーめん」「冷麺風冷やしごま味ラーメン」「じゃがいものみそまぜそば」の3品、後半7月10日〜7月18日が「冷やし台湾風みそラーメン」「かぼすの冷やししょうゆ味」「豚キムチの旨辛みそラーメン」というラインナップです(メニューはいずれも700円)。

田中氏は着席すると、さっそく前半メニューの3品をオーダー。牧元氏はキッチンで田中氏を迎えます。
実はふたりは牧元氏の前職であるビクターエンタテインメント時代からの旧知の仲。田中氏にとって牧元氏は「大先輩です」という間柄ですが、ことラーメンに関しては話が別。妥協を許さぬ意見が期待されます。

届いた料理を、真剣な面持ちで味わう田中氏。傍らではその姿を牧元氏が見つめます。しばしの沈黙の後、田中氏から飛び出したのは「美味しいですね」の一言でした。そして田中氏が最初に着目したのは、麺について。

「味によって麺が違うんですね」

「そう、そこがサッポロ一番のすごいところ。味噌ならリングイネのような楕円形の麺、塩なら喉越しの良い丸麺といった具合に、味によって麺を使い分けているんです」

「それぞれ味の絡みも良いし、冷やして締めているから食感も良い。生麺に近づけるという発想ではなく、乾麺ならではの良さを引き出していると思います」

カウンターを挟んで交わされる会話。音楽を通して出会ったふたりが、食というフィールドで語り合う。しかしそれは、妥協を許さず、ひとつの事象を掘り下げるアーティストの姿そのものでした。

いつもにこやかな田中氏も、ラーメンを前にすると真剣。忌憚のない意見が飛び出す。

7月9日までの限定メニューのひとつ「レモンの冷やし塩らーめん」。「サッポロ一番塩らーめん」をベースに、さっぱりとした味わいに仕上がっている。

「ホクホクじゃがいものみそまぜそば」は、「サッポロ一番みそラーメン」がベース。キタアカリの甘みやバターとチーズのコクがアクセント。

サッポロ一番劇場多彩なアレンジで、おなじみの「サッポロ一番」が驚きの味に。

その後も、田中氏の核心を突くコメントが次々に飛び出します。
「じゃがいものみそまぜそばは、鶏挽き肉が合いますね。ちょうど良く旨みが足されています」と田中氏がいえば、「豚だと脂が出すぎてしまうから、あえて鶏を選びました」と牧元氏。
さらに、「ラーメンにじゃがいもを合わせるというのも珍しい。崩して混ぜると甘みが足されて味が変わってきますね」とのコメントには、「トッピングで味変しながら楽しむ、エンターテイメントとしてのメニューですね」と牧元氏。
この軽快なやり取りもラーメン通である田中氏の経験値の豊富さと、牧元氏との関係性があってのこと。

さらに、田中氏が「一方で、レモンの冷やし塩らーめんは、サラダチキン、水菜、糸唐辛子など、主張の強すぎないトッピングで、非常にわかりやすい美味しさですね」というと、牧元氏は「こちらは味変ではなく、食べ進めながら食感に変化をつけて楽しむイメージです」と勘所をついたコメントと答えが返ってきます。

まさに、ラーメン通の田中氏の知識と経験は、「サッポロ一番」相手にも遺憾なく発揮された様子でした。

帰り際には「サッポロ一番の見方が変わりました」と感慨深げに語った田中氏。
「家でも袋麺を食べるときは必ず何らかのアレンジをしていましたが、冷やすという発想はありませんでした。生麺とは別ジャンルの乾麺の可能性をあらためて感じるメニューでしたね」と、感想を伝えてくれました。

アレンジの監修を務めたマッキー牧元氏。自身の経験とサッポロ一番への愛を、メニュー開発に込めた。

キムチやキュウリを添えて冷麺風にアレンジした「冷麺風冷やしごま味ラーメン」。

3種のアレンジメニューを味わい「サッポロ一番の印象が変わった」という田中氏。「自宅でもアレンジに挑戦したい」と語ってくれた。

1955年生まれ。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く(年間約600食)。まさに、「食べるグルメマップ」。「味の手帖」「食楽」「銀座百点」など多数の雑誌やWebで連載中。

1971年生まれ。サニーデイ・サービスのベーシスとして1994年、成蹊大学在学中にメジャーデビュー、2000年に解散するも2008年に再結成。現在もライブは即日ソールドアウトとなるなど、その人気ぶりは健在。ラーメン愛好家としても知られている。

住所:東京都港区虎ノ門1-17-1虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー3F 虎ノ門横丁  MAP
開店期間
7月1日(木)~7月18日(日)
営業時間
ランチ 11:30~15:00 (LO 14:30)売り切れ終い
ディナー17:00~20:00 (LO 19:30)売り切れ終い
https://www.toranomonhills.com/toranomonyokocho/

Photographs:KOH AKAZAWA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by サッポロ一番)

暑い季節に

皆様こんにちは(・∀・)

暑い季節になってきましたね☀️

まだ、梅雨明けは宣言されておりませんけど倉敷も暑い日が続いております💦


そんな暑い時期には




インディゴ染のタオルでございます(*゚∀゚*)



大きさも3種類ご用意しております(´∀`*)

お土産や贈り物にもご利用ください(*゚▽゚*)


松本オーガニックナチュールの誕生。そこには自然体の日出彦がいた。

生酛造りにおいて最も大切な「もと摺り」に励む松本日出彦氏。奥は、『仙禽』の杜氏、薄井真人氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO人生初のもと摺り、生酛造りの洗礼。激しく辛い作業だったが、身体は喜んでいた。

2021年4月某日。武者修業中の松本日出彦氏の姿は、栃木『仙禽』にありました。

蔵に足を踏み入れると、静寂な空気の中に響いていたのは酒造りの作業唄。

この作業唄は、明治後期から江戸時代にかけ、先人たちが酒造りの仕事中に唄ったと言われているものです。しかし、機械化が進む昨今においては、儀式として使用されることはあるも本来の役目を果たすことはほぼありません。

『仙禽』は、その唄の役目を現代に受け継ぐ数少ない蔵です。その理由は、この時期においても酒造りをしていることにも紐付きます。

「『仙禽』は、“速醸酒造り”ではなく、伝統的な酒造りの手法、“生酛造り”を採用しています。(前者と後者の)違いは様々ありますが、特筆すべきは酒母造り。人工的に作り出す乳酸を使用して発酵を促すのか、自然に発酵を促すのか。当然、後者の方が時間と手間はかかり、酒造りにおける期間も長い」。

そう話す松本氏がこの日勤しんでいるのは、「もと摺り」。生酛の酒母造りを指すそれは、蒸米、麹、水を櫂棒で丹念に摺り合わせる作業。午前中の「一番摺り」に始まり、数時間ごとに「二番摺り」、「三番摺り」と続け、1回約30分、「六番摺り」まで行います。前出の作業唄の尺は、約30分。唄うことによって、先人たちはもと摺りの時間を計ってきたのです。

見た目は地味ですが、相当な労力、体力、そして忍耐力を要するもと摺り。松本氏の額には汗が滲み、腕は震え、呼吸も荒い。天を仰ぐ数は、回を追うごとに増え、その過酷さを物語ります。人生初となったもと摺りは、想像をはるかに超える辛さ。

まさに「武者修業」と言いたいところですが、「修業」のみ切り離された苦行の絵図。

それを横で見守るのは、『仙禽』の薄井一樹氏とその弟であり杜氏の真人氏。

「全身の筋肉が泣いていました。悲鳴をあげていました。まさか『仙禽』で人生初のもと摺りをするとは夢にも思いませんでした」と話す松本氏ですが、一拍起き、「ただ……、不思議と身体は喜んでいました。初めて田んぼに入った時の感動に近いような。江戸時代に酒造りをしてきた先人は、こうやって仕事をしていたのだと身を持って体験することによって胸に込み上げてくる職人としての魂を感じました」と言葉を続けます。

「日出彦は、本当に真っ直ぐで不器用な人。でも、誰よりもぶれない芯を持っています。それは今も変わらない」と一樹氏。

今回、共に酒造りをする品目は、『仙禽』の代名詞とも言えるシグネチャー、「仙禽オーガニックナチュール」です。

「日出彦に決めさせなかった。日出彦を試したかった。日出彦に挑戦してもらいたかった。そして、日出彦の造る『仙禽オーガニックナチュール』を見てみたかった」。一樹氏は、そう話します。

「よりによって一番難しい造り。『仙禽』ブランドにも、薄井兄弟にも、そして、『仙禽』のお客様の期待にも応えるべく、自分の全てを出し切りました」と松本氏。

―――
「ナチュール」という思想は、あらゆる異なるジャンルの壁を超え、「つながる」ことができます。 
―――『仙禽』HPより抜粋

果たして、『仙禽』と松本日出彦は、どう「つながる」のか。

米の原型もある状態からここまでペースト状になるまで摺る。地道な作業が旨い酒を造る。

「四番摺り」後の松本氏。疲労困憊であることは、表情を見れば一目瞭然。

手の皮は剥け、腕の筋肉は悲鳴を上げる。「先人は本当に努力して酒造りをしてきたのだと感じます」と松本氏。

この日、偶然にも『仙禽』に訪れていた『白糸酒造』の田中克典氏。松本氏と共に「もと摺り」を行うも、「これはキツイ!」とひと言。松本氏曰く、「『白糸酒造』で体験したハネ木搾りの時も身体が喜んでいた」と話す。「もと摺りと同じく辛かったですが……汗」。

「うちの哲学が凝縮している『仙禽オーガニックナチュール』をどう日出彦が料理するのかという興味がありました。技術力の高さを知っているだけに、生酛造り、自然任せな酒造りに挑戦してもらいたかった」と一樹氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO「味」は体を表す!? 搾り立てをひと口。ちゃんと日出彦の酒だった。

「“柔らかさ”、“旨味”、“酸味”を活かしたいと思っていました。それを表現するにあたり、今回、主役として活躍してくれたのはお米だったような気がしています。『仙禽』が使用しているのは、米の先祖とも言える古代米の亀ノ尾。生酛造りとの馴染みが非常に良く、しっかり合わさっている」と松本氏。

6月初旬、醪のテイスティングが行われました。当然、その時点での醪は、経過の途中段階。完成形は想像するしかありませんが、「良い仕上がりだった」と真人氏と松本氏は振り返り、「どぶろくとしても良いレベル」と続けます。

そして何より、「もと摺りを頑張って良かった(笑)」と松本氏。

酒造りは、全ての仕事が連動しているため、何かひとつでも欠けてしまったり、判断を誤ってしまえば、良い酒はできません。

2021年6月中旬。関東甲信を始め、全国的に梅雨がやや遅く、暑い日が続きました。気温と湿度は、醪の経過に大きな影響を及ぼします。生酛造りであれば尚更。搾る日の見極めも良い酒の絶対条件。急遽、予定より早く搾り、荒走りをひと口。

「松本さんの思い描いていたイメージが、お酒に出ていると感じました」と真人氏。その具体の詳細を聞くと「通常の『仙禽オーガニックナチュール』と一番異なる点を感じたのは、味に丸みが帯びており、穏やか。優しいナチュールでした」。

「まさに『松本オーガニックナチュール』。松本日出彦というひとりの人間の自然体が味に出ている」と一樹氏と真人氏。

「今回、『仙禽』の中に日出彦が入ってきて、良い酒ができないわけがないという大前提が自分の中にあったので、そこに全く不安はありませんでした」と話す一樹氏の横で「僕は不安でしたけど(笑)」と松本氏。更にその横にいる真人氏は、「松本さんは、日本で一番、速醸酒造りに長けている職人だと思っています。そんな方と『仙禽』の酵母無添加のナチュールを一緒に造ることで、速醸造りの技術が生酛造りと良い相乗効果を生むのではないかと感じていました。そして、同じ職人として勉強にもなりました。細かい数値の取り方、予知の感など、技術の高さはもちろん、何より酒造りに対する確固たる哲学に一番刺激を受けました。ここまで考えてるんだ、こういう角度から考えてるんだという、酒造り全体に対しての想いの強さが一番刺さりました。自分たちの領域を超えたものを造っていく楽しみとその醍醐味を通して、全てが学びの時間でした」と話します。

実は、真人氏と松本氏は、今回が初対面。しかし、時間の長さが人間関係を構築するとは限りません。職人関係にあるふたりは、瞬く間に共鳴し、一気に距離を縮めます。

今回の酒は、『仙禽オーガニックナチュール』という円と松本日出彦という円の交点から創造された楕円部分の作品。

その作品の質を高めるためには、蔵だけでなく、土地を知ることも松本氏にとって大切な知見のひとつ。『仙禽』と同じさくら市にある氏家の田んぼへも足を運びました。

「ここは、約10年お付き合いのある田んぼです。関東平野のど真ん中。風の抜けも陽当たりも良く、昔から稲作が盛んな土地でした。水源を辿ると日光は鬼怒川の伏流水。柔らかいテクスチャーは滑らかで喉に引っかからずスムーズな飲み心地ですが、低アルコールで仕上げた酒の場合に物足りなさを感じる人はいるかもしれません。ですが、これが我々の水ですから。この土地で生きる『仙禽』が造る酒は、この水だからできる酒」と一樹氏。

「平らな土地のようでゆるやかな勾配があり、水の流れも生まれています。標高も約160mとバランスも良く、米作りに適した寒暖の差もある。『仙禽』の仕込み水と同様のため、まさにこの土地の恵みを持って生まれたこの土地だからこそできる酒。逆を言えば、この土地でなければできない酒でもあります」と松本氏。

「環境を知るだけでなく、農家さんを知ることも大切だと思っています。『仙禽』では、11名の契約農家さんにお米を育てていただいておりますが、それぞれ個性があり、味も違います。農家さんたちも『仙禽』の造り手のひとり」と真人氏。

田んぼなくして酒造りは成立しません。幸い、この地域ではそれを受け継ぐ次世代の農家はいるも、全国的に見れば後継者不足であることは間違いありません。

「我々、酒を造る人間たちも自分ごと化し、真摯に向き合わなければいけない深刻な問題」と3人。

そんな農家さんたちとのコミュニケーションを深めると同時に自然への敬意を表すため、「毎年、田植えに参加させていただいています」と一樹氏、真人氏。

米に触れる前に、土に触れ、水に触れ、農家に触れる。蔵の外から酒造りをしている蔵、それが『仙禽』なのです。

「酵母無添加、生酛造り、90%までしか削っていない亀ノ尾。今回、お世話になっている五蔵の中でも一番ダイナミックな醪になるのではと思っています」と松本氏。

醪のテイスティング。良い経過具合に安堵する松本氏。昨今は、温暖化も進み。気象の変化も激しいため、温度管理やいつ搾るのかの見極めにも高い技術と判断力が必要とされる。

ヤブタ式と呼ばれる自動圧搾ろ過機によって搾る。ひと口含み、「松本さんらしさ、出ていますね!」と真人氏。

『仙禽』の蔵の中にある井戸水。水質は柔らかく、源流は日光の鬼怒川から下ってくる伏流水。

「透明度も高く、見た目だけでなく味も綺麗」と松本氏。この水が地域を支え、『仙禽』を支える。

『仙禽』と同じさくら市に位置する田んぼへ。美しい田園風景が平野に広がる。

田んぼは生態系も生む。水を張れば蛙が鳴き、花が咲けば、蝶が花粉を運ぶ。田んぼはただ米を作る場所ではなく、自然を循環させる。

田植えの時期、『仙禽』の蔵人は総出で参加。「農家さんと田植えを共にすることによって、より良い酒造りができる」と一樹氏、真人氏。

HIDEHIKO MATSUMOTO日出彦は蔵を失い、世界はコロナ禍に陥った。日本酒はどう生きるか。

一樹氏が『仙禽』に戻ってきたのは、2004年。以前は、東京でソムリエ講師をしていました。

「自分は、子供のころからこの町が好きじゃなかった。だから、ソムリエの道を歩んだのかもしれない」。

しかし、「今のままでは『仙禽』は生き残っていけない」という危機感を覚え、帰還。2015年には、100%ドメーヌ化を成し、『仙禽』のスタイルを確立させます。ある意味、転身とも言える本業へコンバートは、ソムリエで培ってきた手腕を発揮させたのです。それは、外の視点。

「日本酒の中だけでものごとを考えてはいけないと思っています。更には、ワインや酒類、飲料の中だけでもいけない。いわゆる一般企業と当たり前のように競争しないといけない。しかし、『仙禽』も業界もまだ対等に戦えるレベルではありません。コロナ禍になってから、より会社の中を強くしたいという思いがあります。業界にではなく、世界に置いていかれないようにしたい。常に優良企業についていけるような会社にしていきたい。そうでなければ、会社も自分も成長できない。日出彦に関して言えば、そんな大変な年に蔵まで失ってしまった」と一樹氏。

2020年2月。世界に新型コロナウイルスという言語が露出以降、1日たりとも報道からそれが消えた日はありません。

「自分は、新型コロナウイルスの感染拡大の年に蔵も失い、本当に色々ありました。一樹さんの言うように、客観視する目は必要だと思います。しかし、それは蔵にいる時には分からなかった。厳密に言えば、分かったつもりだった。皮肉なことに、蔵を失ったから気付くことができた。それは、ある意味、業界から外れたから。他人になったから。一般人になったから。ゼロになった時、何ができるのか自問自答し続けました。これからの酒蔵の在り方、人間としての生き方、これまでになかった心境の変化が芽生えました。考え抜いた先にひとつの答えが生まれたならば、それを実現させる努力をしなければいけない。せっかく次のステップに進む機会をいただけたのですから、最高のものを作りたい」と話す松本氏。しかし、難問の答えは、そう易々と導き出せません。

自粛、時短営業、緊急事態宣言、さらには酒類の提供禁止。長く暗いトンネルの光は未だ見えず、『仙禽』も一時、酒造りを中断した時期があったと言います。

「2020年5月。一度だけ酒造りを止めた時がありました。全くお酒が売れなくなるのではないかという恐怖心からです。しかし、ありがたいことに、この状況下においても出荷が落ちることはなく、すぐに再開しましたが、何とも言えない感情が入り混じったままです。しかし、下を向いてばかりいられない。発見したこともありました。ナチュールを筆頭に酒造りをする中、我々は、当たり前のように麹菌、酵母菌など、目には見えない菌と共存してきたことに改めて気付きました。新型コロナウイルスもまた目には見えません。コロナ禍において、人の力ではどうにもならないこともたくさんありました。自然も、発酵も、逆らわず、寄り添う必要性、必然性を感じました。まだまだ自分たちにできる、技術だけではない日本酒造りがあると思いました。新たなもの作り、ものの売れ方、売り方を熟考し、再考していきたい。スイッチを入れ替えて変化していきます」と真人氏。

「新型コロナウイルスに恐怖を覚えない人は、世界中どこにもいないと思います。しかし、新型コロナウイルスに教えてもらったこともあるはず。ポジティブに転換しなければいけない。例えば、一次産業や農業のことをもっと考えないといけない。日本酒においてはお米ですが、飲食店においてはそれが広義に。停止してしまえば、魚、肉、野菜などの産業も死活問題です。『仙禽』では、2020年より多くお米を買うようにしました。何かを学ばなければ、空白の2年になってしまう。そういう意味では、先ほど、杜氏(真人氏)からも話が出た通り、経営は新型コロナウイルス前と変わらずに済みましたが、思考は変えなければいけない。これは、おそらく神のお告げなのかもしれません。そして、たったひとつわかることがあるとすれば、蔵元、蔵人として生きる長い人生の中、一番ターニングポイントになった2年だということ」と一樹氏。

神という言葉を聞き、ある風景を想像します。それは蔵の中にある神棚です。その隣には、上部を失った痛々しい煙突。

「3.11、東日本大震災の時に煙突が崩れ落ちてしまいました。破損した瓦礫が飛び散る中、奇跡的にすぐ横に祀った松尾様の神棚だけ、被害がなかったのです」と真人氏。

「神は細部に宿る」とは、ドイツの美術家や建築家から生まれた言葉。ディテールにこだわった丁寧な作品は作者の強い思いが込められており、まるで神が命を宿したかのごとく不朽の作品として生き続けるという意味を持ちます。

日本酒やお米においても、作り手の強い思いが込められており、まるで神が命を宿したのごとく生まれます。

酒造りの神様、松尾様は、『仙禽』が生き続けるために、蔵を守ってくれたのかもしれません。

「蔵の背景、地域性、水、米。全て大切ですが、誰が造るのかも大切。人の個性、哲学が凝縮された味の楽しみ方を普及させるために、どう伝えていくのかを考える必要があると思います」と松本氏。

「自分たちの蔵や日本酒周辺のことだけでなく、この町を盛り上げたい」と話す一樹氏の行間には、「この町をちゃんと好きになった」愛を感じる。

「新型コロナウイルスによって、人が踏み入れられない領域を感じたと同時に抗えない自然の力を再認識しました。生酛造り、ナチュールを始め、これからの酒造りに活かしていきたいと思います」と真人氏。

3.11、東日本大震災の時に崩れた煙突は、補強され、今尚、残る。昔の写真と比べると、屋根を突き抜け、この町の風景の一部だったことがわかる。

創業は江戸時代後期の文化3年(1806年)。現在は、11代目蔵元の薄井一樹氏と弟であり杜氏の真人氏を中心に蔵を支える。

『仙禽』とは、仙人に仕える鳥「鶴」を意味する。現在のシンボルロゴは、愛情の赤、伝統の白、革新の黒を表現。その全てが響き合う時、ほかにはない唯一無二が生まれる。

HIDEHIKO MATSUMOTO守破離を超えろ。もう一度、日出彦が自分の日本酒を造ることを信じている。

たかが一年、されど一年。職人にとって酒造りをできない年があるということは、大きなブランクと空白を生んでしまいます。

年々、いや日々、発達するテクノロジーや技術によって加速する時代の変化に「日出彦の存在を置き去りにしてほしくなかった。日出彦が造る日本酒が世界からなくなってほしくなかった」と一樹氏は話します。

前述、真人氏と松本氏の出会いは今回の酒造りが初対面と記しましたが、一樹氏においてもその付き合いは2年足らず。

「すごい凝縮した2年(笑)」と一樹氏、松本氏。

「薄井さんにお会いする前、最初に『仙禽』のお酒を飲んだ時は、かなり際どいところを攻めてくる人たちがいるなと思いました。アグレッシブな蔵元という印象。それが年を追うごとに余計なものが削がれ、良い意味で煮詰まり、時代ともフィットしてきて。日本酒という今までの当たり前の流れを良いかたちで堰き止めたとのではないでしょうか」と松本氏。

松本氏が話す「時代ともフィットしてきて」の時期とは、『仙禽』が100%ドメーヌ化した年。「時代にアジャストしていくことは重要」とは、一樹氏の言葉。

それからは、互いの酒を飲み交わし、食事をし、旅をし、哲学や想いを共有し、自然と同じ時間を共にするようになります。「そんな仲間がピンチになったら、そりゃ助けるでしょ。深い意味はないです」と一樹氏。

「これから日出彦がどうなっていくのかはわからない。ただ、もう一度、日出彦が自分の日本酒を造ることを信じている。一番の理想は、製造場が変わっただけにしてもらいたい。日出彦は、良い意味でも悪い意味でも人に迎合しない高いプライドを持った職人。酒造りのポリシーは変えずにいただきたい。歴史上、この『武者修業』というプロジェクトほど、人間にフォーカスしたお酒はないと思います。しかし、この『武者修業』も、できれば早く終わってほしい。続いてしまう現象があるとすれば、まだ日出彦が宙に浮いた状態ということですから。1日も早く安住の地を見つけてほしい。そして、『武者修業』という五蔵を巡った財産を新しい自分のブランドにきちんとフィードバックできるようにしていただければと思っています。みんなの思いを無駄にしてほしくない。前の日出彦よりも、今の日出彦の方がきっと強い」と一樹氏。

「ヤブタ(自動圧搾ろ過機)から搾られたお酒を松本さんと一緒に飲んだ時の満面の笑みが忘れられません。僕の願いは、たったひとつ。あの笑顔を自分の蔵で1日も早く見せてほしい」と真人氏。

技術はある。仲間もいる。応援者もいる。守破離を超えろ。自分を超えろ。

搾りを終えた後、ほっとひと息。とはいえ、3人が話す内容は日本酒のことばかり。志の高い職人たちによって、日本酒というものは価格を超えた価値になり、日本の伝統工芸品と肩を並べるのかもしれない。「異なる点は、飲んでしまえばなくなること。でも、だからおもしろい」と一樹氏。

『仙禽』の顔とも言える、『仙禽オーガニックナチュール』。いにしえの技法により造られる超自然派日本酒。完全無添加(米・米麹・水)は、古代米の亀ノ尾のエネルギーを十分に引き出す。

住所:栃木県さくら市馬場106 MAP
TEL:028-681-0011
http://senkin.co.jp

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2009年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層に人気を高める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photographs&Movie Direction:JIRO OHTANI
Text&Movie Produce:YUICHI KURAMOCHI

対談vol.1 お茶について考える。自分たちが止まってはいけない。希望を失わないために。[GEN GEN AN幻/東京都中央区]

「あえて、これまで表現してこなかったティーパックは、自分の世界にはなかった挑戦でもありました」と櫻井氏(左)。「私たちのブレンダーでは創造できなかったお茶が完成しました」と丸若氏(右)。

櫻井氏と『GEN GEN AN幻』が共同制作したティーパックは「ブラックホール」と「コメット」の2種。遊び心のあるパケージデザインにおいても、宇宙を彷彿させる。

GEN GEN AN幻きっかけはインスタライブ。コロナ禍によって加速した新たな表現と挑戦。

2020年12月より2021年9月まで、10ヶ月間限定の条件付きで『銀座ソニーパーク』に開業した『GEN GEN AN幻』。

周知の通り、開業当時においても新型コロナウイルスによる難局の渦中。しかし、主宰する丸若裕俊氏は、「まずやってみよう」という実にシンプルな考えを持って、規模の大小に関わらず「今だからできる」活動を続けています。

今回のプロジェクトもそのひとつ。『櫻井焙茶研究所』と共同制作をした「ティーバック」です。

『櫻井焙茶研究所』は、櫻井真也氏が南青山に店舗を構える茶屋。ミニマルな空間には、日本の美が凝縮され、静寂な空気が漂います。スタッフは皆、白衣に身を包み、店名の通り、まるで研究所のよう。美しい道具、所作と共に供される茶は、味だけでなく、席に座った瞬間から「時間」が総合演出され、それを体験することが『櫻井焙茶研究所』の醍醐味であり、価値。なすがまま、操られるような心地良い時間に身を委ねれば、快感さえ覚えます。

そこでひとつ疑問が浮かびます。そんな『櫻井焙茶研究所』がなぜ「ティーパック」?

きかっけは、『GEN GEN AN幻』の丸若氏、『櫻井焙茶研究所』の櫻井氏に加え、福岡の茶屋『万 yorozu』の徳淵 卓氏によるインスタライブでした。発起人は、丸若氏。

じっくり話してみたい。何か生まれるかもしれない。一緒にお茶について考えてみたい。

「まずやってみよう」。

GEN GEN AN幻自分の考えるお茶の世界には、ティーパックの表現はなかった。

そう話すのは、櫻井氏です。

「2014年に『櫻井焙茶研究所』を開業して以来、お茶の高みを目指してきました。空間様式や所作にこだわることも然り、上質を表現し続けることによってお客様にお茶の魅力を伝える活動をしています。玉露はもちろん、ほうじ茶においても焙煎の幅を持たせ、浅煎り、中煎り、深煎りと、最適な淹れ方をします。ゆえに、自分の世界にはティーパックはありませんでした」。

そんな活動をし続け、約5年後に訪れたのが、新型コロナウイルスでした。そして、同時にある問題にも対峙していました。それは、余分な茶葉の廃棄。

「自分たちは、店舗でお客様をおもてなしするだけでなく、お茶の製造から茶葉の販売もしています。その中で、どうしても企画に乗らない余分な茶葉が発生してしまうのです。わずかではあるのですが、5年も続けていればそれなりの量になります。廃棄されてしまう茶葉をなんとかしたいと思っていました。そんなことを考えている時、丸若さんからインスタライブに声をかけていただきました。自分とは異なるお茶に対する思考を知ることができたと同時に『EN TEA』への想いや丸若さんの人となりも知ることができました」と櫻井氏。

「実際に櫻井さんと面識ができたのは2015年ですが、その以前より『櫻井焙茶研究所』にはお邪魔させていただいており、常に刺激を受けていました。櫻井さんが表現するお茶は、体験する度に発見と学びがあります。独自の世界観とスタイルは、誰にも真似できないと思います。インスタライブへのお声がけは、単純に自分自身が櫻井さんの想いを知りたかったから。今この状況をどう考えているのか、今の社会に対してお茶はどうあるべきなのか。自分たちにできることは何か」と丸若氏。

テーマの具体もなければ、ゴールもない。発起人・丸若氏らしい!?場当たり的なインスタライブではあったものの、視聴者は約3,000人。

「たかが3,000人、されど3,000人。ご覧いただいた皆様がどのように感じたかはわかりませんが、そのうちの10%だけでもお茶に興味を持っていただければ非常に嬉しく思います」と丸若氏。

自粛や緊急事態宣言に伴い、企業においてはテレワーク推奨、飲食店に関しては酒類提供禁止など、様々が停滞する中、それぞれに店を構える『GEN GEN AN幻』と『櫻井焙茶研究所』も対岸の火事ではりません。そんな中、「自宅でお茶を楽しむ人にも本格的なお茶を届けたい」という想いから、実は最初に声掛けをしたのは櫻井氏。

「茶葉にこだわる人が増えてほしい。そういう想いは常にありました。しかし、そのような方々は、ティーパックを嫌う。世間的な印象として、ティーパックは、手軽、簡単などといった言語から脱却できていないのだと思います。自分はティーパックに否定的ではなく、むしろ発明品だと思っています。もちろん、腕の良い茶人、道具、淹れ方、温度など、全ての条件が揃ったお茶の魅力は素晴らしいです。その真似をするのではなく、ティーバッグだからこそ出来る理想の味わいがあると確信しています。だからこそ、櫻井さんから相談を受けた時に嬉しい気持ちと、ディーバッグに拘ってきて良かったと思いがありました。」と丸若氏。

「(前出の通り)余分な茶葉、廃棄問題に対して何とかしたいと考えていた時期だったので、『櫻井焙茶研究所』としてもこれまでやってこなかった表現へ着手しようと考えていました。具体的にはふたつ。ひとつはオンライン販売。もうひとつは、セカンドブランド『さくらいばいさけんきゅうじょ』の立ち上げです。実は、そのラインナップには、ティーパックという発想もあったのです。とはいえ、ティーバッグに前向きかつ拘りを持って取り組んでいる丸若さんとの交流がきっかけとなって実現したと思います。まずはじめに自社の商品作りを行い、今回のGEN GEN AN幻のティーバッグ作りへとつながるのですが、丸若さんでなければお断りしていたと思います。茶人として、ひとりの人として、きちんと丸若さんに触れることができたので、新しい挑戦を一緒にしてみようと決断をできました」と櫻井氏。

しかし、丸若氏からのオーダーは、『EN TEA』の茶葉を使用したもの。櫻井氏にとって、不慣れもあるティーバッグ作りを、他社の茶葉で作ることになったのです。

テーマは、「コメット」と「ブラックホール」。……極めて難解です。

茶缶の形状にも実は意味があり、湿気から茶葉を守るためにある。四角い缶だと衝撃が加わった時に変形し、蓋と容器に隙間ができてしまうが、丸い缶であれば衝撃が加わる点は1か所のみ。凹みはできても、蓋との噛み合わせは維持できる。

「以前、ゆず農家さんにお話を伺った時、タネが大量に廃棄されてしまうとおっしゃっていました。以降、ゆずの種をブランドしたお茶も開発し、環境への配慮にも目を向けています」と櫻井氏。

「櫻井さんは表現者だと思っています。うちの茶葉、原材料を使っていただくことによって、どんな化学反応が起きるのか楽しみでした」と丸若氏。

GEN GEN AN幻絶対条件は、美味しいこと。答えのない問題の解を見出す。

「まず、コメットもブラックホールも訪れたことがないので、どうしようかなぁと……。更に、表層から入ったテーマなので、ここには味のイメージもないわけです。世界のないものを作らなければいけないのですが、絶対的に必要なことは、美味しくなければいけないこと。いくつか茶葉を用意したもらった中から選び、ブレンドしてみましたが、最初はうまくいきませんでした。おそらく、自分のやり方で作っていたからだと思います。『櫻井焙茶研究所』は、季節や旬をつなげることを大切にしています。ゆえに、多数ブレンドすることはしないのですが、2回目は、その概念を覆し、あえて多数ブレンドしてみたのです。通常の自分であればあり得ない作り方です」と櫻井氏。

『さくらいばいさけんきゅうじょ』のさくらいは、『櫻井焙茶研究所』の櫻井を継承しているもうひとりの人格。そう考えれば、既存を壊す選択も腑に落ちます。

試行錯誤の結果、国産の茶、レモンの皮、月桃の葉、枇杷の葉、レモングラス、ラベンダーをブレンドして「コメット」を仕上げ、国産の茶、みかん皮、生姜、ローズレットペタルをブレンドして「ブラックホール」を仕上げました。

「『GEN GEN AN幻』では、これほどの種類をブレンドした経験はありません。得意不得意でいうと不得意な技術と言えます。しかし、櫻井さんは見事にまとめ上げました。これまでの『GEN GEN AN幻』にはなかった味です」と丸若氏。

その味わいを丸若氏に訪ねると、「『コメット』は、彗星のごとく、スッと抜ける感じ、動いてる感じ。『ブラックホール』は、ゆらぎ。人によって味の感覚が異なり、角度によって変化する要素もあるかもしれません」。……もはや問いから外れたその解説は、ふたつのテーマのごとく、捉えどころのない宇宙。

地球から宇宙までの距離は、約100kmと言われています。しかしながら、その厳密な境はなく、大気がほぼなくなる100km先の世界が宇宙と呼ばれているそうです。

今回の味においても、厳密に提唱することは野暮なのかもしれません。

まずは、ご賞味あれ。

「ブラックホール」の茶葉は、国産の茶、みかん皮、生姜、ローズレットペタルをブレンド。

急須に入れたティーパックは、その名の通り、まるで「ブラックホール」のような世界を形成する。じわじわと色が変化する様も神秘的。

「コメット」の茶葉は、国産の茶、レモンの皮、月桃の葉、枇杷の葉、レモングラス、ラベンダーをブレンド。

自由な思考でお茶を提案する『GEN GEN AN幻』では、ビーカーに淹れて楽しむのも一興。まるでお茶の実験のよう。

GEN GEN AN幻コロナ禍において、唯一できなかったこと。それは農家からたくさん茶葉を仕入れることができなかったこと。

「これまでやらなかったオンラインや『さくらいばいさけんきゅうじょ』など、新しい試みはしましたが、新型コロナウイルス前も後も大きな変化はありません」。

櫻井氏は、そう淡々と話します。

「自分が『櫻井焙茶研究所』を開業する前、和食料理店『八雲茶寮』と和菓⼦店『HIGASHIYA』にいました。『HIGASHIYA』では、お茶を楽しむお客様で賑わっていましたが、お茶業界ではお茶が売れない、お茶が飲まれないと言われており、真逆の状況に矛盾を感じていたのです。そこから、自分の働いている環境だけでなく、全体の環境に対して視野を広げ、危機感を持つようになりました。独立したきっかけは、自分の表現の仕方で何か農家さんや業界に貢献したいと思ったからです。新型コロナウイルスの感染拡大よりも前に、危機は訪れていたため、今回の難局だから特別に危機を感じることはありませんでした」と言葉を続けます。

実際、ゲストは激減するも、例年通り、二十四節気も作り続け、いつもと同じようにお茶と対峙します。「売れる売れないに関わらず、自分たちは表現し続けなければいけない」と櫻井氏。

しかし、「唯一できなかったことがある」と言います。それは、「お茶農家さんからお茶をたくさん買うことができなかったこと」。

新型コロナウイルスによる影響は自然界に関係なく、新芽も待ってくれません。

「お茶農家さんたちを発展させるには、自分たちが発展しなければいけません。自分たちが止まってしまったら、お茶に関わる全ての人たちが止まってしまう。周囲に希望を失わせないようにもっともっとお茶を表現していかなければいけないと思っています」と櫻井氏。

「お茶を作る人、道具を作る人、お茶を淹れる人。自分たちの活動を通して、若い人たちが魅力を持ってもらえる職業にもしていきたい」と丸若氏。

昨今、気候変動の影響も手伝い、寒暖の繰り返しによる霜と雨によって茶葉の収量が減っていると言います。2021年においてもやや遅い梅雨入りとなり、コントロールできない自然と運命共同体のため、未来も予測不能。

そんな中、たった一杯のお茶飲むことやたったひとつのティーパックを淹れることによって、何かが少しずつ循環し、好転していくのかもしれません。

日本の文化を守る一旦は、誰にでもできる身近な行為の繰り返しなのです。

「自分たちが活動し続けることによって、茶葉を育てていただいている農家さんにも希望を与えたい。これから、もっともっと茶葉も仕入れたいと思います」と櫻井氏。「現在の社会情勢などによって、生まれたオンラインやティーバッグの可能性をこれからも模索していきたいと思っています。そして、リアルな場だから体験できることも引き続き取り組んでいきます」と丸若氏。

櫻井焙茶研究所所長。和食料理店『八雲茶寮』、和菓⼦店『HIGASHIYA』のマネージャーを経て、2014 年独立。東京・南青山に日本茶専⾨店『櫻井焙茶研究所』を開業。お茶と食事のマリアージュ、お茶とお酒の融合など、お茶を通して様々なメニューの企画・提案を行うほか、国内外にて呈茶やセミナーも開催。日本茶の魅力をより多くの人に伝える活動を続ける。

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/
https://en-tea.com/

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

7.5oz ヘビーボディフォトプリントTシャツ

着やすさと丈夫さを兼ね備えたオリジナルボディTシャツ

  • 着やすさと丈夫さを兼ね備えた7.5ozオリジナル(丸胴)ボディ ※レディスのみ脇はハギ合わせになります。
  • ボディ:14番単糸度詰め天竺(7.5oz)
  • ネック:30/2度詰めフライス
  • プリントはインクジェットプリントで、ごわつきもなく写真表現もきめ細やか。
  • ワンウォッシュ済み

IHT-2105: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 62.0 39.0 84.0 84.0 16.0 17.0
XS 63.0 42.0 90.0 90.0 18.0 18.0
S 66.0 44.0 96.0 96.0 19.0 19.0
M 69.0 47.0 100.0 100.0 20.0 20.0
L 71.0 49.0 106.0 106.0 21.0 21.0
XL 73.0 52.0 115.0 115.0 22.0 22.0

素材

  • 綿:100%

7.5oz ヘビーボディプリントTシャツ(フライングホイール柄)

ホッピングシャワーテツさん画!フライングホイールTシャツ

  • 着やすさと丈夫さを兼ね備えた7.5ozオリジナル(丸胴)ボディ ※レディスのみ脇はハギ合わせになります。
  • ボディ:14番単糸度詰め天竺(7.5oz)
  • ネック:30/2度詰めフライス
  • プリントはラバーで、バックとフロントワンポイント。
  • ワンウォッシュ済み

IHT-2104: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 62.0 39.0 84.0 84.0 16.0 17.0
XS 63.0 42.0 90.0 90.0 18.0 18.0
S 66.0 44.0 96.0 96.0 19.0 19.0
M 69.0 47.0 100.0 100.0 20.0 20.0
L 71.0 49.0 106.0 106.0 21.0 21.0
XL 73.0 52.0 115.0 115.0 22.0 22.0

素材

  • 綿:100%

7.5oz ヘビーボディプリントTシャツ(レーシングロゴ柄)

着やすさと丈夫さを兼ね備えたオリジナルボディTシャツ

  • 着やすさと丈夫さを兼ね備えた7.5ozオリジナル(丸胴)ボディ ※レディスのみ脇はハギ合わせになります。
  • ボディ:14番単糸度詰め天竺(7.5oz)
  • ネック:30/2度詰めフライス
  • プリントはラバーで、バックとフロントワンポイント。
  • ワンウォッシュ済み

IHT-2103: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 62.0 39.0 84.0 84.0 16.0 17.0
XS 63.0 42.0 90.0 90.0 18.0 18.0
S 66.0 44.0 96.0 96.0 19.0 19.0
M 69.0 47.0 100.0 100.0 20.0 20.0
L 71.0 49.0 106.0 106.0 21.0 21.0
XL 73.0 52.0 115.0 115.0 22.0 22.0

素材

  • 綿:100%

7.5oz ヘビーボディプリントTシャツ(レーシングロゴ柄)

着やすさと丈夫さを兼ね備えたオリジナルボディTシャツ

  • 着やすさと丈夫さを兼ね備えた7.5ozオリジナル(丸胴)ボディ ※レディスのみ脇はハギ合わせになります。
  • ボディ:14番単糸度詰め天竺(7.5oz)
  • ネック:30/2度詰めフライス
  • プリントはラバーで、バックとフロントワンポイント。
  • ワンウォッシュ済み

IHT-2103: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 62.0 39.0 84.0 84.0 16.0 17.0
XS 63.0 42.0 90.0 90.0 18.0 18.0
S 66.0 44.0 96.0 96.0 19.0 19.0
M 69.0 47.0 100.0 100.0 20.0 20.0
L 71.0 49.0 106.0 106.0 21.0 21.0
XL 73.0 52.0 115.0 115.0 22.0 22.0

素材

  • 綿:100%

営業に関して

皆様いかがお過ごしでしょうか??

岡山県も21日に非常事態宣言が解除をさらました!!

それに伴って平日もレディース館とテイクアウトコーナーはオープンすることになりました(・∀・)

ただ、テイクアウトは朝の11時から夕方の16時までの時短営業をさせていただきますm(._.)m

皆様が案じて来られますようにアルコールの設置とスタッフの検温・マスクの着用をしてお待ちしております( ̄▽ ̄)

日本最長の宿場町に眠った「杉の森酒造」再生物語。[SUGINOMORI REVIVAL/長野県塩尻市]

Suginomori Revival歴史ある『杉の森酒造』を再生すべく、『傳』長谷川在佑、『ラ・メゾン・グルマンディーズ』友森隆司、酒職人・松本日出彦が立ち上がる。

長野県塩尻市、この地には古き良きという言葉では表せない「日本」を知る場所があります。

「奈良井宿」です。

中山道にあるそこは、「木曽の大橋」のかかる「奈良井川」沿いを約1kmにわたって町並みを形成している日本最長の宿場。ここには、世界も驚愕する「日本」の時の営みが積み重ねられているのです。

江戸時代より続く中山道沿いにある「奈良井宿」は、かつて行き交う大勢の旅人で賑わっていたと言われます。その町並みは、「奈良井千軒」と謳われ、今なお、旅籠の幹灯や千本格子などがその面影を残しています。

ただ、ただ、歩いているだけで風格と誇りを感じるのは、そんな要素が凝縮されているせいかもしれません。

そして、場所だけでなく、風景が守られてきたことこそ、「奈良井宿」が他の宿場町と異なる特筆すべき点。それが現代においても成されているのは、歴史の数だけ受け継いできた人々の努力があってこそ。住民なくしては、これまでも、これからも、「奈良井宿」の歴史を語ることはできません。

偶然ではなく必然。意志ある人々によって歴代守られてきた風景が持つ価値は、昭和53年(1978年)に「重要伝統的建造物群保存地区」として国から選定されたことに裏付けされています。以降、平成元年(1989年)には国土交通大臣表彰の「手づくり郷土賞」、平成17年(2005年)には「手づくり郷土大賞」、平成19年(2007年)には「美しい日本の歴史的風土百選」、平成21年(2009年)には社団法人日本観光協会「花の観光地づくり大賞」なども受賞。

いつの時代においても、町づくりに懸ける想いが脈々と受け継がれているのです。

しかし、一方でそんな長い歴史の中で姿を消してしまったものもあります。

そのひとつが、古い軒先に一際大きな杉玉が飾られていた酒蔵『杉の森酒造』です。

創業は、寛政5年(1793年)。200年以上、町の風景に溶け込んだ酒蔵は、平成24年(2012年)に惜しまれながらも長い歴史に幕を下ろしました。

今回、『ONESTORY』は、そんな『杉の森酒造』を再生するプロジェクトに参画。

宿泊施設、温浴施設などを備える建物の中、我々は、蔵だった場所をレストランとバーに再生。復活させる酒蔵と共に地域の発展に取り組み、一度止まってしまった時を再び元に戻します。

料理のプロデュースには、日本を代表する料理人、『』の長谷川在佑氏を迎え、現場は塩尻の名店『ラ・メゾン・グルマンディーズ』の友森隆司氏が牽引します。更に、酒造りの監修を担うのは、松本日出彦氏。

名手を揃えるも、過度な演出をすることはありません。

「奈良井宿」だから味わえること、『杉の森酒造』だったから体感できることを大切にします。

それは、町との共生も意味します。

江戸時代を彷彿とさせる原風景に身を委ねれば、必ずや忘れかけていた日本の豊かさに気付かされるでしょう。

建築様式に目を凝らし、風景に想いを馳せる。連なる店に訪れ、ものに触れ、人に出会うことによって、この町の魅力を最大限に享受できるのです。

見るもの、感じるもの、その全てに歴史が感じられ、タイムスリップしたかのような錯覚に陥る地域一帯の体験時間こそがこの町の醍醐味。

一歩一歩、歩を進めることによって旅の奥行きは更に増していきます。

日本人こそ知るべき日本の風景の蓄積がここにはあります。
日本人こそ知るべき日本の時の流れがここにはあります。

果たして『杉の森酒造』は、どんな形で再生するのか。その全貌を追います。

※ご予約は、下記のHPにてご確認ください。
https://byaku.site

標高950mに位置する「奈良井宿」の桜は、ほかの地域と比べるとやや遅く、4月下旬から5月下旬が見頃。本数こそ少ないが、「奈良井川」沿いに咲く桜は、住民の癒やしでもある。

新緑が美しい夏の「奈良井宿」は、「鎮神社例大祭」 (例年8/12、宵祭り8/11)も開催。そのほか、木曽漆器祭・奈良井宿場祭」(例年6月第1金曜・土曜・日曜に開催。2021年は新型コロナウイルスにより、中止)も行われ、期間中には、宿場内にある漆器店、工芸品店にお値打ちの品が数多く並ぶ。

「奈良井宿」を囲む圧巻の紅葉は、例年、10月から11月が見頃。朱色、黄色に染まる風景は、樹齢300年以上の総檜造りの太鼓橋「木曽の大橋」などとも相性が良く、ノスタルジックな世界を形成する。

冬の「奈良井宿」は、雪化粧をまとい一面に銀世界を形成する。厳しい寒さを伴うが、その静寂は美しく、この時期だからこそ堪能できる美味もある。


Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

プリマロフト(R)ゴールド ・ パーテックスシールド DV マウンテンパーカー

商品詳細

  • アイアンハートのヘビーアウターでは1番の機能性を誇 るウィンターパーカー
  • 表地は 60/40( ロクヨンクロス ) と呼ばれる、 コット ンより通気性がよくナイロンよりも磨耗に強い昔ながら の素材を採用。 ハイテク素材のイーベントをラミネート。
  • 縫い目には裏から止水テープを張り込んだ完全防 水仕様です。
  • 内側にはジャケットでお馴染みの中綿、 プリマロフ ト (R) を詰め込んだ、 冬のバイクシーンにはピッタリの 仕様です
  • 衿元はパーカー内側に中綿入りスタンドカラーが付 いた 2 重仕様
  • 胸の縦ポケットはファスナー開きで左右にひとつず つ、 腰ポケットはベルクロ + 釦でしっかりと止められる フラップが付いた仕様
  • フロントはダブルジッパー、 スナップボタンの二重 留めで、 バイクで走る際の風の入りこみを防ぎます
  • 両脇内側にあるドローコードで裾の絞り具合を調整 でき、 袖口は中リブ付きに加え、 ベルクロで絞れる 2 重構造になっており、 バイクに乗る際に便利なアイア ンならではの仕様
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。予めご了承ください

素材

  • 表地/綿:60% , ナイロン:40%
  • 裏地/ナイロン:100%

納期

  • 10月中旬