目黒の秘密基地 – 小サイズ –

所在地:目黒区目黒2-11-3
11万2,200円(税込) / 20.88平米
山手線「目黒」駅 徒歩10分

元印刷工場がひと味違うオフィススペースとして始動を始めてから早7年。多様な業種が混じり合う、まるで秘密基地のような空間です。



募集区画のg2は、スタートアップに最適な、2~3名向け。水回りや会議室は共用で専有部の外にあるため、掃除の手間がかからず、スペースも効率的に使えます。

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地震の備えは建物だけじゃダメ! 地盤対策で安心な暮らしを

家を購入・建てるときに耐震性を重視するのは当たり前になりつつありますが、それと同じくらい大切な地盤についてもご存じでしょうか? そこで今回は、地盤を調べる簡単な方法や最新の調査方法などについて、さくら事務所会長の長嶋氏に解説いただきました。
大地震の経験を経て見直されてきた耐震基準

建物の耐震性には、戦前から大都市のみを対象に規定があり、全国一律の基準が設けられたのは1950年にできた建築基準法によって。それ以降、大地震の経験などをふまえて順次、耐震基準は見直されてきました。

なかでも最も大きな見直しとなったのが、1981年の「新耐震設計基準」導入。1995年の阪神・淡路大震災でも、ビルやマンションなどRC(鉄筋コンクリート)造については、建築時期がこの「新耐震設計基準」の前か後かで、建物被害に差が出ました。「新耐震設計基準」を満たしていれば、人命を損なうような倒壊は基本的に防げるとされています。

中古住宅の耐震性は、マンション・一戸建てとも、まずはこの「新耐震設計基準」を満たしているかどうかが重要。建築確認申請の日付が、1981年6月1日以降かどうかを確認してみましょう。ポイントは、建物が竣工した日付ではなく、あくまでも建築確認申請の日付を見ることです。

ところで、建物の耐震性と同様に、あるいはそれ以上に大事になるのが、建物が建つ「地盤」。どんなに頑丈な建物でも、そもそも地盤が弱く揺れやすい土地に建っていては、建物の耐震性もその効果は十分に発揮できないのです。実証的なデータはありませんが「地盤の弱い土地に建つ新耐震建物」と「地盤の強固な土地に建つ旧耐震建物」では、後者のほうが地震に強いものと思われます。

そこで、自分が住んでいるところ、これから買おうと思っているところの地盤を調べる簡単な方法をいくつかお教えします。

水をイメージさせる地名は地盤が柔らかい可能性が!

まずは「地名」。「池」や「沼」「沢」「津」など漢字に「サンズイ」が入っており、水をイメージさせるものは、低地でかつては文字どおり沼や池だった可能性があります。「川」「堤」「谷」といった、水辺や低地をイメージするものも同様。例えば渋谷駅周辺は、舗装された道路の下に川が流れており低地で、地盤も弱いのです。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

内陸部でも「崎」の地名がつくところには、縄文時代など海面が高かった時代に、海と陸地の境目だった地域もあり、地盤が強いところと弱いところが入り組んでいる可能性があります。注意したいのは、近年になって地名が変更されたところ。例えば戦後の高度経済成長期以降に開発された大規模宅地などでは、旧地名から「〇〇〇野」といった地名に変更されていることがあります。
所轄の法務局に行くと、該当地の「登記事項証明書」を、一通600円で土地所有者でなくても取得でき、そこには「田」「畑」「宅地」といった土地の用途区分が書かれています。現在は宅地のように見える土地でも、過去をさかのぼれば田んぼだったかもしれず、そうなると地盤は柔らかい可能性が高くなります。

インターネットで「国土地理院地図」を見れば、戦前までさかのぼって空中写真・衛星画像が確認できますので、時代ごとにどのような土地の使われ方をしてきたのか分かるうえ、地盤の固い「台地」なのか、それとも軟弱地盤の「低地」なのかが地図上で確認できます(ベクトルタイル提供実験―自然地形)。ただしこの地図は250メートルメッシュの大雑把なものであることに注意してください。
個別具体の地盤の状態を知るには「地盤調査」が必要になります。「ボーリング調査」「SS」(スウェーデン式サウンディング)試験といった方法で地盤の固さを調べます。中古住宅購入を検討するならこうした地盤調査データがあるか尋ねてみるとよいでしょう。また、新築一戸建てを建てる際には、建築基準法によって、地盤調査が事実上義務付けられているため調査結果は必ず参照することができます。

地盤の「揺れやすさ」を測定する新技術が登場

ただしこうした地盤調査にも一定の限界があるのです。従来型のこうした手法はあくまで地盤の「固さ」を測定するものであり「揺れやすさ」は分からないのです。そこで近年登場したのが「微動探査」というもの。

2016年の熊本地震では震度7の大地震が2回発生。住宅の全壊が8637棟、半壊は3万4726棟など、甚大な被害が発生しました。この地震では、わずか数十m離れたエリアで住宅の被害が大きく異なる現象がみられました。全壊している建物が多いエリアと、被害の小さい建物が多いエリアが隣り合っていたのです。原因は各々の地盤の「揺れやすさの違い」によるものでした。

これから新築一戸建てを建てる方や、自宅土地の地盤の揺れやすさを知った上で耐震改修を行いたい方にはおすすめの技術です。どんな地盤か分かっていれば、どんな改良策を取れば被害を小さくできるかが事前に検討できます。

地盤の「固さ」を測定する地盤調査と、地盤の「揺れやすさ」を測定する微動探査(図表/地域微動探査協会HP)地域微動探査協会HPより。

地盤の「固さ」を測定する地盤調査と、地盤の「揺れやすさ」を測定する微動探査(図表/地域微動探査協会HP)地域微動探査協会HPより

政府の専門家委員会によれば、今後30年以内にM8~M9クラスの南海トラフ地震が70~80%、首都直下型地震はM6.7~M7.3クラスが70%の確率で起こると予想していますが、近年ではこうした予想の範囲外でも大規模地震が起きています。いざというときのための備えをしておくことはとても大切ですね。

盛岡を想うきっかけをつくりたい――「盛岡という星で」プロジェクトが目指す、街と人のつながり方

東京から東北新幹線で2時間13分。料金1万5010円。京都に行くのとほぼ同じ時間、同じ運賃で行ける岩手県盛岡市。宮沢賢治と石川啄木を生んだ文化の街(人口比の演劇の劇団数が日本一)であり、じゃじゃ麺と冷麺がしのぎをけずる麺の街であり、一家庭当たりのビール購入量が最も多い街となったこともある、お酒の街でもある。寿司もうまい。

そんな盛岡市が運営するInstagramアカウント「盛岡という星で」がおもしろい。味のある写真にロゴが丹念に配置されていて、適度にポエミーなテキストが添えられている。雪国らしさも感じる、きれいなたたずまいだ。昨年12月に開設され、フォロワー数は6000人(2019年10月現在)を超える。167661_sub01
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このアカウントの特徴は他にもある。「マリオス」、「ベルフ山岸」、「梨木町」など、盛岡に詳しくない人にはてんで見当がつかないが、盛岡に住んだことのある人なら誰でも分かる(らしい)スポット・ことばが頻出するのだ。

つまり、外向けではなく内向け。これから盛岡に行こうという人、観光客に向けたものではなく、市内に住む人や、かつて市民だった人、盛岡に馴染みのある人たちに向けて投稿がされている。なんとも不可解だ。

いったい狙いはなんなのか。どのような想いをもって運営されているのか。市の担当職員である佐藤俊治さんと、制作を請け負うクリエイティブディレクターの清水真介さんにお話を伺った。

日常を映したいから、街いちばんのお祭りをあえて載せない

――「盛岡という星で」のアカウントを拝見していちばん面白いなと思ったのが、この投稿でした。街いちばんのお祭り、しかも市が推しに推している「さんさ踊り」を「疲れるもの」として自治体運営のアカウントが発信していて、すごいなと。

さんさ踊り当日の投稿。テキストには「エスケープゾーン」とある

さんさ踊り当日の投稿。テキストには「エスケープゾーン」とある

清水真介さん(以下、清水):一応さんさ踊りの画は撮っているんですけど、今年は敢えて触れないようにしてみました。ハレとケでいうと「ケ」。日常を映そうというのが「盛岡という星で」のコンセプトなので、ネガティブなことも入れるようにしています。

お祭りもあれば死だってあるし、恋もあれば別れもある。その方がリアルな暮らしが見えてくると思ってネガティブなものも隠さず表現しようと試みてます。行政がやるインスタグラムってとにかくポジティブなものが多いんですけど、暮らしってそれだけではないので。

デザイン事務所 homesickdesign 代表の清水真介さん。「盛岡という星で」ではクリエイティブディレクターとして、プロジェクト全体のデザインやコピーライティングなどに携わる(写真撮影/菅原茉莉)

デザイン事務所 homesickdesign 代表の清水真介さん「盛岡という星で」ではクリエイティブディレクターとして、プロジェクト全体のデザインやコピーライティングなどに携わる。(写真撮影/菅原茉莉)

佐藤俊治さん(以下、佐藤):さんさ踊りを正面から取り上げることはないだろうなと思ってましたが……投稿を見たら、案の定でしたねえ(笑)。

――更新されてから知ったんですか?

佐藤:行政の言葉や表現では届かなかった情報があって、それを伝えてもらうためにお願いしているわけなので。わたしたちがあれこれ口を出して、感性を損なってしまっては意味がありませんし,投稿のタイミングなどもあるため,そういった形でお願いしています。清水さん自身が盛岡にずっとお住まいだっていうこともあって、何にどう触れるとよくないか把握してくださってるんですよね。投稿内容で気になるときには事前に確認の連絡がありますし,安心してお願いしています。

盛岡市都市戦略室の佐藤俊治さん。「盛岡という星で」では、市の事業担当者として、プロジェクト全体のディレクションに携わる(写真撮影/菅原茉莉)

盛岡市都市戦略室の佐藤俊治さん。「盛岡という星で」では、市の事業担当者として、プロジェクト全体のディレクションに携わる(写真撮影/菅原茉莉)

盛岡のことを想うきっかけをつくりたい。「盛岡という星で」がはじまるまで

――そもそもどうして、観光情報などではなく「日常」を発信していく「盛岡という星で」がはじまったのでしょうか?

清水:市から「関係人口(※)を増やしてください」というお題で公募があって、そこにぼくらが持って行ったのがこの図でした。
※「『関係人口』とは、移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者」総務省発行「関係人口の創出に向けて」資料より

清水さんが盛岡市に提案した資料(写真撮影/菅原茉莉)

清水さんが盛岡市に提案した資料(写真撮影/菅原茉莉)

普通はこういうとき「関係人口づくり、俺たちがやってみせるぜ!」って提案をするんですけど、うちは「関係人口? いきなりは無理です。もっと手前を目指します」としか言いませんでした。

佐藤:市としては盛岡に関わる人が増えるという関係人口創出そのものをやってほしいっていうオーダーだったので、清水さんの提案は衝撃的でした。普通の人が、思い通りに関係人口になって、そして移住、って、そんな単純なものじゃないでしょと言われて。

清水:もっとグラデーションがあると考えたんです。まずは0から1。インスタグラムを定期的に更新することで、かつて盛岡に住んでいた人や、一度来たことのある人が、ほんの少しでも盛岡のことを想うことが大事なんじゃないかと。

佐藤:それが、友だちと盛岡の話をするとか旧友・家族に連絡を取るとか、そういうささやかな行動につながっていく。それこそが、この図の段階を上がっていく、関係人口を増やす下地になるんだと、その考え方がすごくしっくりきました。イベントの目的や雰囲気のベースにもなっています。

東京で行われたイベントの告知も、移住を促すような内容ではない

東京で行われたイベントの告知も、移住を促すような内容ではない

――短期で成果が出るわけではないし、手法も特殊なこの案、佐藤さんがいいと思っても市役所内で説明するのが大変だったのでは?

清水:大変だったと思います(笑)。

佐藤:清水さんの提案も外部の審査員が入った公募で選ばれていますし、幸いにして理解ある組織や上司に恵まれていたので、言うほどの苦労はなかったです。今日もこうして、立ち会ってくれていますし。

取材中ずっと笑顔の盛岡市都市戦略室 室長 高橋宏英さん。「盛岡という星で」では、プロジェクトの責任者(写真撮影/菅原茉莉)

取材中ずっと笑顔の盛岡市都市戦略室 室長 高橋宏英さん。「盛岡という星で」では、プロジェクトの責任者(写真撮影/菅原茉莉)

――佐藤さん、ぜんぜん顔色うかがってらっしゃらないですもんね。信頼関係を感じます。

佐藤:あんまり気にしないのも部下としてどうかと思いますけどね(笑)

できれば盛岡と「1枚目の名刺」で関わってもらいたい

――いま、「盛岡という星で」のインスタグラムを見て盛岡のことを想う人が少しずつ増えていると思います。この気持ちを、どう育てていく予定ですか?

佐藤:清水さんの図でいう第一段階「盛岡を考える人を増やす」にもっと時間がかかると思ったんですけど、デザインのよさもあって、スムーズに進みました。

鉄は熱いうちに……といきたいところですが、急に「さあさあ! 盛岡いかがですか!?」となると、「やっぱり移住しないとダメなの……」となる気がしていて(笑)。

清水:インスタグラムであるかはともかくSNSの投稿は、このまま続けていくのが大事だと思っています。「若い人たち」に向けてやっていますが、3年経てば高校生は大学生に、大学生は社会人になり、ごそっと入れ替わってしまいます。盛岡への気持ちを0から1にするこの活動を停めてしまうと、いずれ「関係人口」になってくれるかもしれない人の供給源が断たれてしまうので。

(写真撮影/菅原茉莉)

(写真撮影/菅原茉莉)

佐藤:継続は前提とした上で次の段階、実際にどう盛岡と関わってもらうかが課題ですね。今,各地域で進められている「関係人口」の取組はすごくキレイなんです。東京をはじめとした都市圏には、ボランティアでもいいから地方に関わりたい、地元に貢献したいって人がたくさんいるとされてるんですけど、ハードルが高いかなと思ってて。

だってみんな忙しいじゃないですか。ほかのプロジェクトメンバーと話してて、ボランティアや副業、いわゆる「2枚目の名刺」じゃなくて、本業としてガッツリと「1枚目の名刺」で関わってもらうのが近道なのではないかと。本業なら新たに時間をつくらなくても、既存の時間で置き換えることも可能ですし。

ありがたいことに、どこか地方と何かやるなら盛岡がいいと言ってくださる方もいらっしゃるので。そういう人たちと実際に仕事をして、関係を深めていって、その先でもし気に入ったら盛岡どうですかと。インスタグラムでつながっている若い人たちとも、いずれそういう形でつながっていけたらいいなと思います。

――盛岡市のその「受け身」の姿勢が、心地よく感じる方も多いのではないかと思います。

清水:佐藤さんはじめ、盛岡の人たちはほんとうに盛岡が好きで自信があるので、押しつけないんですよ。盛岡を選ぶか選ばないかは、その人の判断なのでどっちでもいいとおっしゃいます。

佐藤:関わってもらったうえで、やっぱりダメな街だとおっしゃるなら、それはそれでわたしたちが考えて改善していけばいいですから。けれど、後で良さに気付いて「盛岡がよかったな」っていうのだけは避けたいんですよね。

東京からどこかに移住された方があとで知ってそう言われるのもイヤだし、盛岡出身の方が長い間離れ過ぎたがために「本当は戻りたかった」とおっしゃるのも悲しい。

18歳で盛岡を出て、何も接点がないまま40歳超えてから戻るっていうのは、やっぱり難しいんです。20代、30代の間に、戻らなくてもいいから接点をつくっておくことが大事で。

そのきっかけのひとつとして、「盛岡という星で」が機能するといいなと思います。

(写真撮影/菅原茉莉)

(写真撮影/菅原茉莉)

取材の翌日、「よ市」へと出かけた。4月~11月の毎週土曜日の午後に開催される、盛岡市で40年以上続くマーケットイベントだ。

よ市の「よ」は「余」、つまり「あまりもの」という意味だそうだが、とんでもない。盛岡市のクラフトビールメーカーであるベアレンビールの生中が300円で飲めて、三陸の海でぶくぶくと太った牡蠣が100円で食べられる。幅20M、全長400Mほどの道路が、そんな市内の商店による屋台(いわゆる「テキ屋」はひとつもない)で埋め尽くされるのだ。

自転車で小学生、市内の美大に通う若者、白髪で入れ歯の老紳士。市民たちは約束するでもなくこのマーケットに集まり、それぞれ食べたいものを買い、めいめい輪になって宴会がはじまる。筆者には、盛岡の豊かさが凝縮された風景のように見えた。

よ市に象徴されるこの「余裕」がこの街の自信の源であり、「盛岡という星で」のちょうどいい距離感の理由なのかもしれない。