食べることは生きること。今こそ、誰かのために自分たちは生きる。

左より『リヴィ』山田直良シェフ、『ディファランス』藤本義章シェフ、『アニエルドール』藤田晃成シェフ。3人は同世代。常日頃から料理について語り合ってきたライバルであり、親友。今回は、それに戦友という絆も生んだ。

Part.2/Chef Interviews

ひとりではできないことも、3人ならできる。おいしいを信じることができた。

2020年2月より、急遽、世界中を襲った新型コロナウイルス。感染拡大に比例して深刻化されるのは、医療現場の崩壊です。

何とかしなければいけない。自分たちに何ができるのか。

そんな想いから発足されたのが、『困ったときほど美味しいものを!』プロジェクトです。

発信元は、食の都・大阪。

名シェフたちが手がけるお弁当を医療従事者に無償で届けるその活動をオーガナイズするのは、『Office musubi』代表の鈴木祐子さんです。

2020年5月にプロジェクト立案後、『食創造都市 大阪推進機構』が事業主体となり、7月に本格始動。同機構が各飲食店より食事を買い取り、医療従事者の方々へおいしい食事を無償で届けるその活動は、今なお続いています。

参画するのは、星を獲得するレストランから予約の取れない名店、売り切れ必須の行列店まで、錚々たる面々。

agnel d’or(アニエルドール)』、『Difference(ディファランス)』、『RIVI(リヴィ)』、『communico(コムニコ)』、『柏屋』、『楽心』、『市松』、『一碗水(イーワンスイ)』、『酒中花 空心(シュチュウカ・クウシン)』、『餅匠 しづく』、『LE SUCRE-COEUR(ル・シュクレ・クール)』……。

中でも、初期より携わっているのは、『アニエルドール』藤田晃成シェフ、『ディファランス』藤本義章シェフ、『リヴィ』山田直良シェフの3名です。

同世代の彼らは、常日頃から結束は強く、今回の件も三枝教訓状、三本の矢の教えのごとく、口を揃えます。

「ひとりではできないことも、3人ならできる」。



鈴木さんのおかげで、自分たちは料理人として誇りを持つことができた。

今回、3人が『困ったときほど美味しいものを!』に参画するきかっけは、プロジェクトの立案者でもある『Office musubi』代表、鈴木祐子さんの呼びかけでした。

「鈴木さんに声をかけていただき、料理で医療従事者の方々を元気にさせることができるならば、むしろ、是非、参加させてください! そんな想いでした」と3人。

日本有数の繁華街・大阪は、新型コロナウイルスによって観光客は激減。追い討ちを抱えるように自粛や緊急事態宣言も発令され、飲食業界への補償問題は、救われる人と救われない人が二極化。未だその打開策は見えずとも、「料理人は料理を作りたい」、「料理で誰かを幸せにしたいの」です。

「自分が料理人になったきっかけは、人に喜んでもらうためでした。コロナ禍において、それができなくなってしまった。自分たちに何ができるのか、何をするべきなのか。未だ何が正しいのかその正解は分かりませんが、一番良くないことは何もしないこと。医療従事者の方々においしいお弁当で元気になってほしい。そんな気持ちで作らせていただきました」と山田シェフ。

「おいしいものを作ればお客様にいらしていただける。そう思っていました。しかし、そのおいしいものすら作ることができる日が来るなんて、考えたこともありませんでした。医療従事者の方々にお弁当を作らせていただける環境を与えられたのは本当にありがたく、レストランという環境以外でシェフが社会と関わるきかっけは、自分自身にとっても得ることが大きかったです」と藤田シェフ。

「改めて思ったのは、自分から料理を取ったら何も残らなかったんです。医療崩壊に関しては、ニュースや報道では目にしていましたが、あくまで想像の世界。入院すらしたこともない自分にとっては病院という場所もどこか遠く、今回のプロジェクトに携わるまでは、“わかったつもり”だったという“気付き”も得ました」と藤本シェフ。

藤本シェフの言う「気付き」。それは3人に共通する「気付き」でもあります。その「気付き」とは何か? 得られたきかっけは何だったのか?

「自分たちで作ったお弁当を直接、医療現場へお届けできたことでした」。

3人は、「手渡しできて本当に嬉しかった」、「喜んでいる人の顔を見ることができて、こちらが元気をいただいた」、「料理人で良かった」と、その時のことを振り返ります。

しかし、医療従事者という特定された職種や逼迫した労働環境、酷使された肉体や極限の精神状態の相手に供する料理とレストランで供する料理は、全く異なります。どうすれば「ゲスト」に「おいしい」と感じてもらえるのかではなく、どうすれば「医療従事者」に「おいしい」と感じてもらえるのか。

「まず、栄養をたくさん摂っていただきたいと思い、野菜を多めに取り入れたメニュー構成を考えました。あとは、いつ食べられるかわからないため、冷めてもおいしいもの。お弁当としておいしい料理は何か? 今、医療従事者の方々に必要な食事は何か? を考えました」と藤本シェフ。

「ある医療従事者が食事に関して投稿しているSNSを見たのですが、そこには、“疲れている時は塩分がほしい”、“硬い料理だと疲れてしまうので、柔らかい料理は嬉しい”、“味は濃いめだと今はおいしく感じる”などが綴られていました。やっぱり、自分たちが“おいしい”と思っている料理と今の医療従事者の方々が“おいしい”と感じる料理は違うんだとわかったんです」と山田シェフ。

「せっかくプロの料理人が作るので、普段では食べられないようなお弁当で元気になってもらいたいなと思いました。自分はフランス料理のシェフなので、創作性を加味し、例えば、黒オリーブを使った炊き込みご飯なども作りました。それを見て“わぁ!”って思ってもらえれば、その瞬間だけでも仕事を忘れ、心を癒していただければと。"新鮮な食材"を使うことも心がけました」と藤田シェフ。

前述の通り、自粛、緊急事態宣言、時短営業などによってレストランが厳しい状況であることは容易にしてわかります。そう考えるならば、藤田シェフの言う「新鮮な食材」の起用は一見難しいように感じますが、なぜ実現できるのか。それは生産者からの協力があるからです。

「『困ったときほど美味しいものを!』は、医療従事者へお弁当を届けるという目的から始まりましたが、その領域を超えて大きな輪が広がり始めていると実感しています。何も言わずとも、“是非、参加させてください!”と手をあげてくださるシェフ、“是非、使ってください!”と提供してくださる一次産業の皆さま。大阪の枠を超え、近県の方々にもお力添いをいただき、様々な連鎖が起きています」と鈴木さんは話します。

「レストランも一次産業の方々も、もっと言えば、そうでないほかの色々な業種の方々も、今、みんな辛い。大変だと思います。それでも誰かのために何かしたい。何かしなければいけない。その“誰か”は、今回に関して言えば医療従事者。間違いなく、日本のために身を粉にしてくれています。それに対して各々が“何か”を働く。そんな思いで必死に生きているんだと思います。それが『困ったときほど美味しいものを!』なのかもしれません」と4人。

「なのかもしれません」とあるのは、想像を超えて大きなものになり始めているから。

「困ったときほど」とあるも、みんな困っているはず。しかし、「もっと困っている人がいるから、その人のために」という精神によって、このプロジェクトは成り立っているのです。



料理人としての価値観は変わった。この難局から得るものはあったのか。

新型コロナウイルスによって、人と人とのコミュニケーションは遮断され、人類の日常は奪われてしまいました。そんな中、世界中に好転現象を見せているのは自然界です。

食材は、大地や海から生まれ、日々それと向き合う料理人は密接な絶対関係で結ばれています。

「本来であれば獲れるものが獲れなかったり。またその逆も然り。そういった収穫、漁獲状況を見ると自然に無理が生じていると思います。以前は、この食材と決めたもの一生懸命探して仕入れていましたが、今考えるとそれも無理があったのかもしれません。獲れないわけですから。それよりも、獲れるもので何ができるのか。獲れたものを無駄にしないようにできる料理は何か。そんな視点に変わりました」と藤田シェフ。

「発酵はまさにそれ。今獲れるものでどう長持ちするかを考える。先人たちの知恵ですよね」と山田シェフ。

季節の旬よりも今日の旬。自然の恵みは、人の都合ではコントロールできません。

「頭ではわかっているつもりでも、都会にいるとどこか麻痺してしまう。今回、レストランの営業ができなくなり、料理を作る環境まで失いかけてしまった。料理を作る感謝や生産者さんたちが送ってきてくれる食材への感謝。医療従事者の方々への感謝。様々な感謝によって価値観が変わったと思います。少しくらい歪な食材も無駄にしたくありませんから」と藤本シェフ。

『困ったときほど美味しいものを!』は、困ったときほど、発見をもたらす効果もあったのかもしれません。

「新型コロナウイルスによって、世界中の人が苦しい思いをしている。日本においては、これまで阪神大震災、東日本大震災などの強烈な天災を迎えたこともありました。その都度、考えるべき機会はありましたが、これまでと今回の大きな違いは、日本をはじめ、全世界で同時に難局を迎えたことにあると思います。我々は、同じ時代、同じ時間に、何か考えるきかっけになったのではないでしょうか。全員が当事者。何かを学び、次に生かさなければならない。そんなことも今回のプロジェクトで学ばせていたました」。3人は、じっくりと噛みしめるようにそう話します。

いつかの日常が戻った時、『アニエルドール』、『ディファランス』、『リヴィ』は、確実に深みを帯びたレストランになっているでしょう。

料理としての深み、シェフとしての深み、そして、人としての深み。

それは、困ったときに真摯に向き合った人のみ得られるギフト。

困ったときだからこそ得られたのかもしれません。

Photograohs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

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まだ終わっていない。戦い続ける医療従事者へ、困ったときほど美味しいものを!

食を通して、医療従事者を元気にしたい。ただ、その想いだけで集まった『困ったときほど美味しいものを!』のプロジェクトメンバー。

Part.1 Chef Interviews

食の都・大阪の団結。星やランキングでは計れない、おいしい価値。

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中は難局に陥りました。約0.1ミクロンのそれは、人々から日常を奪い、政治、経済などを根底から覆しました。

人類史上、経験したことのない猛威は、一瞬にして暗い影を落とし、それによって医療現場は逼迫。2021年2月、日本ではワクチン接種が始まるも、未だその正体は明らかにされていません。

その渦中、なんとか医療従事者を応援したい、元気にしたいと立ち上がったのが、大阪を活動拠点に置く『Office musubi』代表の鈴木裕子さんです。

鈴木さんは、食を通して様々を結び、日本初のフードビジネスインキュベーター『OSAKA FOOD LAB』も運営。シェフや料理を通してチャレンジしたい人々の場を創造し、大阪のフードシーンに活気をもたらせている人物です。

そして、2020年5月、「食を通して医療従事者を支援できないか」と『困ったときほど美味しいものを!』プロジェクトを立案。『食創造都市 大阪推進機構』が事業主体となり、7月に本格始動させます。内容は、医療従事者の方々へおいしいお弁当を無償で届ける活動です。

この企画に食の都・大阪の飲食業会も立ち上がります。

agnel d’or(アニエルドール)』、『Difference(ディファランス)』、『RIVI(リヴィ)』、『communico(コムニコ)』、『柏屋』、『楽心』、『市松』、『一碗水(イーワンスイ)』、『酒中花 空心(シュチュウカ・クウシン)』、『餅匠 しづく』、『LE SUCRE-COEUR(ル・シュクレ・クール)』……。

星を獲得するレストランから予約の取れない名店、売り切れ必須の行列店まで、錚々たる面々が参画。

しかし、大阪にも自粛の波はもちろん、緊急事態宣言も発令。時短営業など、飲食店も苦しい状況を強いられています。

では、なぜ参画するのか。目的はただひとつ。食を通して医療従事者を元気にしたい。

利己ではなく利他に。これは大会でもなければコンクールでもありません。

そこには、競い合う「シェフ」ではなく、助け合う「人」の姿がありました。

食だからできることがある。食にしかできないことがある。

「今回のプロジェクトは、今後、起こりうる災害時においても同様の取り組みが実施できるよう、継続的な構築を目指しています」と『Office musubi』鈴木裕子さん。

Part.1 Chef Interviews

落ち込んでいる場合ではない。自分たちよりも救わなければいけない人がいる。

「正直、自粛や緊急事態宣言の発令もあり、飲食店はどこも大変な状況が続いていました。しかし、落ち込んでいても何も始まらない。今できることをしなければ、ただ苦しかっただけで終わってしまう。全て前向きに向き合いたかった。『困ったときほど美味しいものを!』も前向きなプロジェクトなので、是非参加させていただきました」。

そう話すのは、取材日にお弁当作りに励む『市松』店主、竹田英人氏です。しかし、実際にやってみてわかることもしばしば。「美味しいもの(お弁当)は難しい!」と言葉を続けます。

「最初はおいしいものを入れればおいしくなると思っていたのですが、全然違いました。火入れや味付けはお店で出すものとは異なり、出来立て焼き立てと冷めてもおいしいは別問題。試行錯誤しました」。

そんな本日のお弁当は、鶏めしの上におかずがびっしり。つくね、うずら、手羽先、芽キャベツ、ししとう、生姜のきんぴら……。開けた瞬間、おもわずニヤリとしてしまうスマイルマークは「ほんの少しでもホッとしてもらえたら」と、ちょっとしたひと手間。

「お弁当を作ることによって、医療従事者だけでなく、一次産業も救える。生産者を守るには、まずは自分たちが料理を作り続けなければいけない。25年間、大阪で商売をしてきました。今も大切なお客様のおかげでこの店を支えていただいています。だから、今度は自分が誰かを支える番。今、自分にできることで恩返しをしていきたいと思っています」。

 スマイルマークに思わず頬がほころぶお弁当。「火入れや煮込み加減、味付など、お弁当だからおいしくなる工夫を凝らしました」と『市松』竹田英人氏。

『市松』と言えば、つくね。店内で食べる時と同様、竹田氏がひとつ一つ心を込め、丁寧に焼く。

「次また同じようなことがあった時、どうすれば強くなれるかを今回で吸収しなければいけない。試練を乗り越え、強くなりたい」と竹田氏。

Part.1 Chef Interviews

おいしいだけでなく、お弁当を通して季節や移ろいを感じて欲しい。

「こんな時だからこそ、みんなで力を合わせられれば。一致団結することによって医療現場を少しでも救えれば」と話すのは、日本料理の老舗『柏屋』主・総料理長、松尾英明氏です。

「医療従事者の方々は、常に患者と向き合い、昼夜を問わず現場で戦い、身を粉にしています。おそらく、空を見上げることや景色を見る余裕もないかと思います。2020年2月より、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、約1年。春夏秋冬が過ぎてしまいました。当然、その間には、お花見、クリスマス、年末年始などの催事もありますが、きっとそれらもお楽しみいただけなかったと思います。せめて、お弁当で季節も感じていただけたら。そんな想いで作らせていただきました」。

ごはんに彩りを添える蕗は、まさに旬。そんなおもてなしの心は、お座敷でもお弁当でも変わりありません。

「実は、“毎日、お弁当が楽しみでモチベーションが上がった!”という声を医療現場よりいただきまして。元気を届けるつもりで作ったはずが、逆に元気をいただいてしまいました。せめてお弁当を食べている時だけでも、医者や看護師という立場から離れ、素の自分に戻って、おいしく召し上がっていただければ何よりです」。

「ただおいしいだけでなく、食材や盛り付けで季節も感じていただければと思い、作らせていただきました」と『柏屋』松尾英明氏。

 日頃の感謝の気持ちをきちんと言葉に。お弁当の外側には医療従事者の方に向けたメッセージも添えられる。

 ひとつ一つ丁寧に梱包し、お弁当を箱に詰める。「おいしいお弁当で少しでも元気になってもらえれば嬉しく思います」。

「医療従事者の方々よりお礼の言葉も頂戴しました。結果、我々が元気をいただいています」と松尾氏。

店内には薬の神様で知られる『少彦名神社』のおまもりを飾る。この地域では、江戸時代のコレラも防いだ言い伝えも。

Part.1 Chef Interviews

おいしい日常を一流に。お弁当をひとつのギフトとして届けたい。

「ちょうど今日、お弁当箱の試作が届いたので、是非ご覧いただけますか?」。そう声をかけてきたのは、『楽心』店主、片山 心太郎氏です。

今回のプロジェクトを始め、コロナ禍によって始めたテイクアウト用に作った二重の印籠弁当は、面取りも成された職人技が光ります。更には、箱のサイズに合わせた袋まで特注!まさに二重の驚きです。

「お弁当の器まで喜んでいただきたかったというのはあるのですが、簡易的なものだと結露してしまったり、中身が傷んでしまったりしてしまうと思いました。いつ食べられるかわからないため、保存性も加味し、思い切って作ることに。これなら蓋を開ける楽しさもあると思いますし、そんな行為によって、少しでも笑ってもらったり、癒してもらったりしていただければと。お弁当の中身は、これから考案しますが、シンプルにお母さんが作るようなお弁当や日常の味を一流に仕上げられればと考えています」。

まるで、手土産のようなそれは、たくさんの人の想いが詰まったギフトのようです。

「お弁当なので、もちろん料理人が作りますが、その背景には、生産者がいて、お弁当箱を作ってくれた職人がいて、みんなの想いが詰まっています。おいしいだけでなく、そんな心も届けられたらと思っています」。

「お弁当をギフトのように医療従事者の方々へお届けできればと思っております」と『楽心』片山 心太郎氏。

 職人技が光る印籠弁当箱。開ける楽しみも嬉しいそれは、二重構造に。箱にあった袋も特注で製作。

Part.1 Chef Interviews

直接、医療従事者にお弁当を渡すことができた。店舗では得られない感動は、この先も心に刻まれる。

「実は以前、自主的に医療従事者への食事提供を試みたのですが、部外者が入るのは難しく、断られてしまったのです。その後、鈴木さんに声をかけていただき、今度こそ!」と、その想いを話すのは、『一碗水』南 茂樹氏です。

「お弁当に関しては、緊張感のある医療現場によって疲労困憊のため、体に優しいメニューを意識的に考えるようにしました。個人的に一番の体験は、医療従事者の方々へ、直接お弁当をお渡しできたことでした。また、作って届けるという行為は、店舗でお客様をお迎えするだけの行為とは異なり、能動的な活動。これは、飲食店を強くするヒントがあるかもしれないとも思いました」。

今回、医療従事者を支援する活動をするも、飲食業界も危機的状況。時短営業は客足を遠のけ、売り上げは激減しているところも多いですが、それでも南氏は「頼るだけでなく自立できる経営を飲食店は考えなければならないと思います。給付金も出ず、もっと困っている業界もありますから」と話します。

そんな自らの業界を客観視するも、取材中に料理を作る手は止めません。

「お店を閉めても料理を作らせてもらえる環境があるのは、大変ありがたいと思っています。今回のプロジェクトはビジネスではなく想いを届けるために参加させていただいております。医療従事者の方々もまた、ひとりでも多くの命を救いたいという想いで必死に働いてくださっています。自分にできることは料理しかありませんが、ひとりでも多くの方々においしいを届けたいと思います」。

「作ったお弁当を医療従事者の方々に直接お届けできたことは、今まで経験したことのない感情が湧き上がりました。皆様に感謝するとともに、自分も料理の世界で社会に貢献できればと思っています」と『一碗水』南 茂樹氏。

Part.1 Chef Interviews

お菓子で百薬の長を。おいしい本質は、心の健康にある。

「ビーツは栄養を吸収し、余計なものを輩出するスーパーフードでもあります。中身には、酸味を利かせたフランボワーズを忍ばせ、疲労回復にも効果的です。今の医療従事者の方々には適した食材かと思い、こちらを本日お届けします」。

そう話すのは、『餅匠 しづく』店主、石田嘉宏氏です。

「誰かに食べ物を提供する時は、論理的でなければいけないと考えます。なぜこの材料を使用しているのか、なぜこの色なのか、その理由を大切にします」。

おろし金で剃ったビーツは白布で濾し、絞った汁を使用。驚くべきは、その鮮やかな色もしかり、白布のその後にあります。

「真っ赤に染まった白布は、水で洗うと真っ白に戻るのです。理由は、着色料でなく、自然の色だから。つまり、この原理は体内でも同じことが起きているのです。安心して食べられるおいしさこそ、本当のおいしさ。そんなお菓子を医療従事者の方々に召し上がっていただければと思っています」。

もともと、石田氏が『困ったときほど美味しいものを!』プロジェクトに参加するきっかけは、鈴木さんのSNSの投稿でした。会わずともつながることができる環境においては、テクノロジーの進化による利点と言えます。最先端の技術革新は想いを結実させ、理に適った自然物の起用は、体に正しい効果を生みます。

「医学の父と呼ばれる偉人、古代ギリシアの医師のヒポクラテスは、“汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ”という言葉を残しています。我々が目指すのは、“お菓子で百薬の長を”。心の健康にこそ、おいしい本質はあると信じています」。

 ビーツで染めた求肥、フランボワーズを忍ばせ、しろあんで包んだ「フランボーワズ大福」。

 『餅匠 しづく』石田嘉宏氏自らドライバーに届け、各医療機関に。「医療従事者の方々を想い、丹精込めて作りました。想いは味に乗るのがお菓子です」。

「“お菓子で百薬の長を”。体にも良く、安心して食べられるおいしさこそ、本当の美味しさであり、心の健康」と石田氏。

Part.1 Chef Interviews

おいしいは、正義だと思っている。だから、おいしいを届けたい。

「お客様のご家族に医療従事者の方がいらして。色々お話を伺い、その過酷な状況を直接知りました。そんな時に思い出したのは、東日本大震災のことでした」。

そう話す『ル・シュクレ・クール』岩永 歩氏は、震災時に女川町にも訪れ、支援活動をした経験を持ちます。当時、改めて気付かせてもらったことは、日常の豊かさと食の力。

「仮設住宅や家電など、設備は整っているものの、そこには生きる感覚がないと言うか……。どんどん消しゴムで色が消されていくようにモノクロの世界が広がっていました。そんな時、あるおばあちゃんに赤いビーツのパンを差し上げたら、泣きながら食べてくれて。“生きてて良かった”っておっしゃったんです。この言葉の重みが今も忘れられなくて」。

当たり前が失われた時、何気ない日常の豊かさに気づかされます。トーストを焼く匂い、コーヒーの香り、窓を開ければ肌を撫でる風……。

「今の医療従事者の方々は、我々以上に日常の豊かさを奪われてしまったと思います。食べているほんの少しの時間だけでも心身を解放してくれれば。そんな思いでパンをお届けしています」。

今回、誤解してはいけないことは、炊き出しではないということです。

「僕たちは、ただお腹を満たすだけの食料を作っているわけではありません。もしそうであれば、食べている時もずっと仕事のことを考えてしまいます。そうなってしまったら、プロとしての価値はありません。僕たちの料理は、食べて思わず言葉が出てしまったり、笑顔になったり。変わった味や具材があったら、なんだろう!ってワクワクしたり。食べている時だけでも日常に戻してあげたい。僕らの立場に置き換えると、疲弊している時にお客様から“おいしかったです!”って、ひと言言われるだけで頑張れる。力がみなぎる。誰かが見てくれていることや応援してくれることは、とてもエネルギーになると思います。僕たちは、医療従事者の皆さんが頑張ってくださっていることを、ちゃんと知っている。ちゃんと見ている。心から応援している。せめて、それだけでもこの活動を通じて伝えることができたなら、そう願っています」。

それはまるで、マラソンの掛け声のよう。「がんばれ!」、「 あと少し!」、「 みんな待ってるぞ! 」。沿道から飛び交うそれは、ランナーを後押しします。おいしいで医療従事者を後押しするプロジェクト、それが『困ったときほど美味しいものを!』なのかもしれません。

「医療は医療のプロとして国民を救ってくれています。我々は食のプロとして、救える人を救いたい。それが使命だと思っています」。

「大それたことはできないかもしれない。まずは目の前にいる人に元気になってもらいたい」と『ル・シュクレ・クール』岩永 歩氏。

Text:YUICHI KURAMOCHI

「より料理と向き合う時間になった。より地元と向き合う時間になった」Ristorante RE/三沢 賢

「こんな状況下においても変わらず営業できていることに感謝しております。とにかく、この状況が早く収まることを願うばかりです。1日も早く皆様と再会できることを楽しみにしております」と三沢シェフ。

旅の再開は、再会の旅へ。いつでも万全に準備している。その時が来たら、是非お越し頂きたい。

『沖縄美ら海水族館』のある街に『Ristorante RE』はあります。

店名に掲げる「Re」の意味は、Refresh、Relax、Resort。

ランチ、ディナー共に1日1組のみ、『Ristorante RE』の体験を求め、県外からも多くの人が訪れていました。

「『Ristorante RE』のある本部町は、観光客の多い地域ですが、コロナ禍によって町は一気に閑散としてしまいました。沖縄県全体でもそうですが、本部町は特に厳しい状況なのではないでしょうか」。そう話すのは、シェフの三沢 賢(まさる)氏です。

「町は静かになってしまいましたが、私たちは今も変わらず、1日1組のスタイルで営業させていただいております。こんな状況のため、お客様をお迎えできない時期もありましたが、今では地元の方々にお越しいただけるようになりました。大きな移動が控えられるようになった中、沖縄のお客様にお越しいただき、大変助けられました。もちろん、沖縄の魅力をたくさんの人に知っていただくのは嬉しいですが、地元に地元の魅力を再発見してもらえることは、とても嬉しいです。そして、こうして地元に支えられながら営業できることに私たちは恵まれていると痛感します」。

そんな中、ある変化を感じたと三沢シェフは言います。

「新型コロナウイルスの感染拡大によって、否応がなしに以前と比べて時間ができました。これからのことや未だ続くこの難局に悩みはつきませんが、そんな中、料理と向き合う時間を多く作りました。これは、前向きな変化だと思っています。それを続けた結果、自分でも感動するほどの新レシピも開発できたのです。もちろん、お客様に提供する料理はどれも自信を持って提供していますが、数年に一度できるかできないかのレシピだと自負しております。パイナップルを使った料理なのですが、自由に移動ができるようになったら、是非、お召し上がりに来ていただきたいです!」。

前回、取材に訪れたのは2020年1月。新型コロナウイルス直前のことでした。

当時、三沢シェフは、「開店から10年経ち、ようやく立てたスタート地点に立てた」と話していましたが、その直後に世界中が難局に陥ることを知る余地もありませんでした。

良きレストランが増え、良き生産者が育ち、沖縄の食文化は新たなステージへ。一朝一夕でなく、「長いスパンで考え、現状と向き合うことが自分も含めてやるべきこと」だと言葉を続けていた三沢シェフは、この「現状」とも真摯に向き合います。

自粛や緊急事態宣言は発令されては解除。解除されては発令と行ったり来たり。時短営業による支援金、給付金はあるも、状況はそれぞれ異なるため、全てが満足できるかというと難しい問題です。個人、企業問わず、死活問題は未だ続いています。

「政府の動きが遅いとか、対策が曖昧いといった意見を聞きますが、確かに完璧な対応ではなかったと思います。しかし、政府の方々も今まで経験したことのない状況の中で精一杯やってくれているのではないでしょうか。もちろん、個人的にはもっと飲食店を支援して欲しいと思いますが、違う立場だったら違うことを思っているはずです。色々な立場や考え方の人がいる中で、うまくバランスをとっていただければと思います」。

一刻も早く願うこと、それは世界中に平穏な日々が戻ることに尽きます。

「とにかく、この状況が早く収まることを願うばかりです。県外からよく来てくださっていたお客様もいます。そういった方々が気兼ねなく訪ねて来られるように早くなってほしいです。ともあれ、“来てください!”と、堂々と言えないのはお店をやっている身としては寂しいのが本音です。いつでも万全の状態でお客様をお迎えできるように準備しているので、その時が来たら是非お越しください。そして、地元の人でも感じたことのない魅力を表現できるように、これからも精進したいと思います」。

店内はテーブル席とカウンター席があるのみ。三沢氏が接客も行い、まさにシェフズテーブルともいうべき空間。換気も整い、気持ち良い風が吹く。

沖縄らしい絶景が広がる。このロケーションが更に料理を美味しくするのは言うまでもない。

店へ向かう道中に案内板はない。駐車場の前にある看板だけが頼り。その階段を上った先に立つ白亜の建物が『Ristorante RE』。

奥様のしずえさんと。別の部屋では奥様がエステティックサロンを経営。『Ristorante RE』の「Relax」の部分を大いに担う。

住所:沖縄県国頭郡本部町具志堅717 MAP
電話:0980-48-2558
http://www.fiori-rossi.com/

Text:YUICHI KURAMOCHI

忘却された時間の愛おしさ。心の豊かさは、不要不急なことから生まれる。[GEN GEN AN幻/東京都中央区]

「新型コロナウイルスによって、生き方の姿勢やデザインと向き合う精神がより研ぎ澄まされた。今できる最上を行い、誰かのためにものを作り、社会に貢献したい」と猿山 修氏。 

猿山 修 インタビュー世界中が不安な中、ゆっくりと、落ち着いて、心身を整える。 

2020年12月、突如、『銀座ソニーパークに誕生した『GEN GEN AN幻 in 銀座。 
ミニマルなカウンターがメインの背景には、整然と並ぶ桐箱が静かに鎮座します。 
そのデザインを手がけるのは、猿山 修氏です。 

猿山氏と『GEN GEN AN』を主宰する丸若裕俊氏が出会ったのは約7年前。『GEN GEN AN』の前身『丸若屋』からの付き合いになります。 
ものづくりの関係性はもちろん、ふたりは不思議なご縁で結ばれています。 
「元々、元麻布に『さる山』という古道具や古陶磁、作家が手がけた陶磁器などを扱う店舗兼ギャラリーを運営していました。2019年に閉めてしまったのですが、その後、丸若さんの事務所に(笑)。自分は場所を持たなくなったため、東京を離れようと思っていたのですが、ご縁あって今は浅草の千束に拠点を構えています。その話を丸若さんにしたら、丸若さんまで千束に拠点を移されて(笑)。不思議なお付き合いです」と猿山氏。 
猿山氏と丸若氏が構える互いの拠点は、徒歩にして数十秒圏内。仕事のパートナーであり、ご近所でもあります。 

今回、そんなふたりが関わる香炉『Kouro #1を発表。 
「今こそ、忘れ去られてしまった感覚を取り戻したい」と猿山氏。 
不要不急と言われる中、幸せはどうやって生まれるのか? 心を豊かにするにはどうしたら良いのか? 本当の価値とは何か?  

『Kouro #1』は、丸若裕俊氏とミュージシャンの山口一郎氏がディレクターを務める『MABOROSHI』による初プロダクト。香りも音も、見えない豊かさが人を幸福に誘う。

『GEN GEN AN幻 in 銀座』にも装飾展示されている桐箱。丁寧な仕事がなされたものは、周囲に凛とした時間も育む。 

猿山 修 インタビュー利己ではなく利他に。見立てから学ぶ、相手を想う気持ち、おもてなしの心。 

「新型コロナウイルスが感染拡大してから約1年経ちました。世界中を恐怖に陥れたそれは、当たり前だった日常を奪い、孤立した生活が余儀なくされました。混乱した世間に向けた報道は、より不安を助長させ、昨今では当然になったインターネットでの情報収集は、その量の多さに真実を見失うこともしばしば。どうすれば自分たちは安心できるのか? 一度、冷静になって考える時間を設けました」と猿山氏。 
考える時間……。その行為は、テクノロジーの進化の一端によって省かれてしまったのかもしれません。時短することが高度な技術とも見紛う発展は、日本人が大切にしてきた何かを失ってしまったのかもしれません。

「そんな時、“古”と向き合うことによって、様々を再認識することができたような気がします」と猿山氏。 
「茶屋として活動する『GEN GEN AN』が最も大切にすることは、時(とき)と間(ま)です。そこに介在する人、もの、ことが幾十にも味を育み、特別な時間を創造するからです。茶湯の世界で言う見立ては、相手を想う気持ちやおもてなしの心から生まれますが、今こそ、そんな精神が必要とされるのではないでしょうか」と丸若氏。 
「こんな時代になってしまったからこそ、利己ではなく利他に。支え合う心が必要だと思います。今はまだ、自宅で過ごす日々が続いているため、お茶を飲んで気持ちがホッとするように、お茶の香りで落ち着いた時間を感じて頂ければと思い、『Kouro #01』を作りました」とふたりは話します。 
香る茶葉や小さくくゆる炎は、しばしの間、心身を整え、「無」にさせてくれるでしょう。茶香炉のデザインは、実に猿山氏らしい美しさが漂いますが、見えない時間のデザインこそ、『Kouro #01』が持つ本来の美しさなのです。それは、まさに「幻」。 

「この茶香炉は、過度な演出は一切せず、伝統的な技法を用いています。直火になる皿は陶器、受けは磁器です。共に長崎県波佐見の職人が手がけ、受けの型は佐賀県有田の原型師・金子哲郎さんによるものです。実は、千束に拠点を構えるきっかけのひとつに、未だ残るものづくりの文化に惹かれました。そして、周囲は再開発が進む中、この一角だけは、古き良き街並みも残っている。正しい時間の流れを感じたのです。古い道具と付き合ってきた時間が長いせいか、そういった経年に魅力を感じます。自分は、美術などで評価が決まっているものや誰かのお墨付きと言われるものよりも、どうしてこれが世間に評価されないのだろう?というものに価値を見出してきました。時代が変われば用途も変わるため、それによって想像力が膨らむのは、まさに見立ての世界。そんなものと過ごす時間は、本当に愛おしいです」。そう話す猿山氏は、約200年前のグラスを手に持ち、言葉を続けます。 
「約200年前のものということは、世代を超えて様々な人が残そうという意志を持っていたからこそ、現代まで受け継がれています。経年変化によってヒビは入ってしまっていますが、それでも捨てずに大切に扱ってきたという過去が汲み取れます。技術の発達は、破れない、割れない、壊れない、汚れないなど、現状を維持できるものも増えていますが、人間と同じようにものが歳を取らないことは不自然。歳を取るからこそ美しさが増す。ものの命は人の命よりもはるかに長い。
道具で言えば使い道も限定するのではなく、持ち主によって楽しみ方も自由。今回の香炉も同様にエッセンシャルオイルを使用したり、家庭にある月日が経過してしまった茶葉で楽しむ事も人それぞれ。コロナ禍によって、デザインとの向き合い方や生き方が研ぎ澄まされたような気がします」と猿山氏。

今後、この茶香炉を体験する場や、合わせて二人が考える茶室型のGEN GEN AN幻プロダクトを『銀座ソニーパーク』と言う場所を起点に考えています。『GEN GEN AN』のお茶、『Kouro#01』の香り、その他、この空間だからこそできる見立ての準備を現在、進めています。 
「『GEN GEN AN幻 in 銀座』は、自分たちだけの場所ではないと思っています。様々な実験の場でありたいですし、誰かや何かをつなぐ場でありたい。こんな時代だからこそ、みんなが表現できるきっかけや発信できる機会を作っていきたい。そんな時間をみんなで過ごしたい」と丸若氏。 

古きを学び、新しきを得る。そんな温故知新を茶香炉は教えてくれるのかもしれません。 
 

「『Kouro #01』を通して、見立てという知恵から生まれる楽しみも体験していただければと思っています」と丸若氏。 

「これまでお茶の味覚に関わるプロダクトは手がけてきましたが、嗅覚に関わるプロダクトは初。デザインを精進し続けることによって、誰かを幸せにしたい。ものづくりや社会に貢献したい」と猿山氏。 

香りはもちろん、隙間から覗く炎もまた、心身を穏やかにさせる。お茶を嗜むように、香りも嗜みたい。 

猿山氏が見せてくれた約200年前のフランス製のグラス。「多くの人がこのグラスを残そうとする意志がなければ残らなかったはず。人の思いや当時の技術など、古いものの考察は、ものを作る人にとって必ず何か得ることがある」と猿山氏。 

今後、『銀座ソニーパーク』でも展開予定の茶室の設計図。「DIYで作ることができる茶室がテーマ」と猿山氏。

1966年生まれ。元麻布で古陶磁やテーブルウェアを扱う『さる山』や『ギュメレイアウトスタジオ』を主宰してきたデザイナー。食器のデザインを中心に、国内の手工業者から作家まで幅広い作り手と手を組み、機能美に長けた美しいプロダクトを創造する。グラフィック、空間、プロダクトなど、多岐にわたるデザインに携わり、『東屋』と一緒に多くのプロダクトを作っている。今回、発表する『Kouro #01』は、2020年より『GEN GEN AN幻』がスタートさせた『MABOROSHI』プロジェクトより展開。

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/
https://en-tea.com/

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

島にたどり着いたからこそ出会える景色を求めて。「東京さんぽ島」を歩く。[東京さんぽ島・利島]

阿豆佐和気命(あずさわけのみこと)本宮の宮司・梅田成彦さんとともに集落内を歩く。急な下り坂の向こうには海が広がっていた。

東京さんぽ島・利島歩くスピードだからこそ見えてくるもの。心奪われる風景を目に焼き付ける。

東京の離島・伊豆大島の次に位置する利島(としま)は、人口300人あまりの小さな島。しかし、そんな小さな島には島じゅうを覆い尽くすように、約20万本もの椿の木が植わっているといいます。椿の見どころは12月中旬〜2月いっぱいまで。冬に咲く満開の椿の花を求めて、東京・竹芝桟橋から大型客船で約9時間、夜出て朝着く夜行便に乗り込み、利島へと向かいました。「今年の椿は見事」と島の人々が口をそろえるほど、島のいたるところで目にする椿の花はすでに満開を迎えていました。

「椿の花が咲く時期は、海も荒れ、船が着かないことが多くなります。“近くて遠い島”とよくいわれますが、なかなかたどり着けないからこそ、島に上陸できた時は喜びもひとしお。外から島を見ても、椿が咲いているかどうかはわかりませんが、島に着いて島をめぐってみると、こんなにも椿に覆われていたのだと気づくはずです」と利島村役場の荻野 了さん。

なかなかたどり着けない小さな島ゆえ、民宿や飲食店も限られ、決して観光向けの島ではありませんが、何もないからこそ、自分から“何かを見つけにいく”ことで、新たな発見や、自分だけの風景を見つけることができるはずです。たとえば、自然のかたちに合わせた曲がりくねった道。集落内は細い路地が多く迷路のようで、「この先には一体何があるんだろう?」と歩みを進めたくなります。島の中央にそびえる宮塚山のふもとに家が集中しているため、集落内は坂だらけ。だからこそ、どこから見ても海や山が見え、景色の抜けの良さに驚かされます。

「小さな島を歩くだけで、どこもかしこも椿に出会えます。各家の庭にも椿がありますし、島のどこを歩いても椿が目に入ってきます。伊豆諸島の中でも、そんな島は利島ぐらいでしょう。椿と生活が密接につながっているのを感じてもらえると思います」(荻野さん)

利島めぐりの醍醐味。それは島を歩いて回ること。小さい島じゅうに咲く椿の花の存在と箱庭のような島の景観は、歩いているからこそ楽しめる風景です。ピンク色した椿の花に誘われ、気の向くまま、風に吹かれるまま、小さな島を歩いてみてください。

利島のいたるところで目に飛び込んでくるピンク色のヤブツバキの花。落ちた花が広がる様は、花の絨毯のよう。

2020年に新しくなった大型客船「さるびあ丸」。突き出た桟橋に着岸するのは至難の技で、冬は風が強く吹くため、島へたどり着くことができるかどうかは海況次第。

可憐な花をつけるヤブツバキは、もともと島に自生していたものを種から育てて植林。今の森は約100年かけてできあがったもの。

島を歩いてみると、何気ない風景に心奪われ、ふと足を止めてしまう。

東京さんぽ島・利島冬しか見られない、ピンクの椿の花がお出迎え。

島で手に入れた「東京さんぽ島」のマップには、「椿コース」「神社コース」「ビューコース」など、おすすめのルートが記載されていました。このルートは島の人たちが作ったもの。そのひとりである、利島勤労福祉会館の長谷川竜介さんはビューコースのガイドを担当。「集落内を回るコースになります。利島の人は、普段いつもこんな景色を見ながら暮らしているんだ、ということがわかっていただけると思います」(長谷川さん)

「椿ルート」は、椿農家の前田千恵子さんと一緒にめぐりました。島のどこにいても存在感を感じる宮塚山に向かってぐんぐんと坂を登っていきます。堂山神社の脇にある遊歩道を歩いていると、時折、木々の間から光が差し込み、聞こえるのは、鳥のさえずる声と風にざわめく葉擦れの音だけ。光、風、音を全身で受け止めながら「五感で感じてみて」と前田さん。島の人にとっては見慣れた当たり前の風景でも、外から来た私たちには、何もかもが新鮮に映るのです。

もともとは防風林として植えられていた椿。江戸時代、島ではお米が育てられない代わりに、椿油を年貢として納めていました。秋頃、実をつけ、それを油にし、灯りや食用油、髪や肌などにつけたりと、暮らしの中で活用してきました。今も変わらず、利島では椿油を生産しており、その量は日本一、二を誇ります。

「利島の人々は、椿とともに生き、椿とともに暮らしてきました。利島の椿の特徴は生産者と土地、畑が紐づいていること。その強みを生かしてオーガニック認証も取得しました。夏は下草刈り、秋から冬にかけては椿の実拾いと、島の方は一年中、畑にいます。椿の畑は、農家さんが代々大切にしている場所なのでなかなか入ることはできませんが、作業されている農家さんがいたらあいさつしてみてください。畑をのぞかせてもらえるかもしれませんよ」と、東京島しょ農業共同組合 利島店で働く加藤大樹さん。

初冬から咲き始め、初春まで長く楽しめるのも椿の良さ。ウグイス、メジロ、ヒヨドリなどの小型の鳥が花をついばみ、花粉を運んでくれます。木の上を注意深く見てみると、黄色い花粉を口ばしにつけた小鳥を目にすることができるでしょう。

「等間隔に植林され、椿の実を拾いやすいようにと下草を刈って丁寧に手入れされている椿の畑は、畑というよりも庭園に近い。しかもそれが島の一部ではなく、島全体にある。世界中探してもこんな場所はないそうです。人間の手が入っているからこそ美しい椿畑をぜひ見ていただきたいですね」(長谷川さん)

太陽の光が椿の葉に当たり、濃い緑から銀色にキラキラと輝いた時、あまりの美しさに思わず足を止めました。ピンクの椿の花が咲き誇る姿ももちろん美しいですが、そんなふとした瞬間を目にした時、自分だけの風景のようで、目に焼き付けたくなるのです。

長谷川さんによれば、大正時代に椿の値段がぐんと上がったそうで、それを受けて国が椿の植林を推奨し、椿畑がどんどん増えていったのだとか。

中にたっぷりと油を含んだ椿の実。ぷっくりとふくらんで、はじけて下に落ちた椿の実を、一つひとつ丁寧に拾っていく。

農家さんから持ち込まれた椿の実を搾油して瓶詰め。原料の採取から製造まで、すべてが島内で一貫して行われる。

雨上がり、椿の花が落ちている風景さえも、美しかった。

枯葉や下草、小枝などを集めて燃やすのも冬の風物詩。いたるところで山から煙が上がる。

東京さんぽ島・利島島の風景に残る様々な痕跡が、島の歴史を知るきっかけに。

見どころがまとまり、島を体感できるビューコースは、宿などが多く集まる集落の中心部からすぐに回ることができます。集落内でところどころ目にするのが、形のそろった美しい玉石の石垣です。その昔、利島に上陸した人は、椿畑と玉石の敷きつめられた集落内の様子が印象的だったという話も残っているのだとか。

「昔は、村の人たちが毎朝ひとつずつ玉石を持って浜から上がってきたそうです。子供も老人も関係なく、最低でもひとつ。持ってくるとお駄賃がもらえたそうですが、かなりの重さなので、大変だったろうと思います。そうした労力によって積み上がったものがこの石垣です。昭和初期までは輓牛もいませんでしたから、動力はすべて人間だったんです」(長谷川さん)

その後、車が走るようになり、玉石が敷きつめられていた道はコンクリートで舗装されてしまいました。しかし、注意して見ていると、堂山神社の参道など、集落の所々に玉石が残っている場所を見つけることができるはずです。

また、集落内で各家庭の庭にあるコンクリートの箱状のものは「タメ」と呼ばれる、雨水を貯める場所でした。昭和39年、利島に水道が通るまで、生活用水は雨水だけでした。

「このタメをよく見てみると、番号が記載されているんですよ。郵便局の向かいにある〈まるみ〉というお店の近くにあるので見つけてみてください。あとは、屋根が広いのも利島ならではだと思います。屋根から雨樋を伝って雨水が入るので、雨を受けるために屋根が広いんです。雨樋がどんなふうにタメにつながっているかを見るのもおもしろいですよ」(長谷川さん)

少しずつ暮らしは便利になり、島の景色は変わっても、その痕跡はいたるところに。日常の中に潜む歴史に思いを馳せる。

集落の北側、坂の上にある堂山神社。参道には玉石が敷きつめられており、昔の名残を感じることができる。

玉石の石垣。荒波にもまれ丸くなった石を一つひとつ積み上げたもの。苔むして自然の一部となっていた。

集落の屋根を見てみると、たしかに広く傾斜がゆるいのがわかる。雨水を受けやすいようにという島ならではの知恵。

東京さんぽ島・利島いい景色を見つけたら、それは自分だけのものになる。

「利島は自然の傾斜を生かして作られた道が多いので、くねくねと曲がっていて、まっすぐな道がないんです。細い道も多いので、この先はどうなっているんだろうと思う場面が多々ある。先を見通せない分、少し寄り道したり、道草を食っても、小さい島なので迷うことはないので、おもしろそうだなと思う方向へ誘われてみてほしいですね。コースにこだわる必要はなくて、見たいところ、知りたいところを自由に回ってみてください」(長谷川さん)

この道はどこにつながっているのか、どういう景色が待っているのか、好奇心の赴くままに、あてもなく歩いてみると、いろいろ発見があるはずです。回った後、あるいは前に郷土資料館へ行ったり、島の人に話を聞いたりするのもいいでしょう。島の歴史や風習、暮らしを知ったうえで、もう一度島を回ってみると、さっきまでは気づかなかった景色や今まで見えなかったものが見えてくるはず。そして、もう一度、島を回りたくなるのです。

「せっかく島に来ていただいたなら、より深く知ってもらいたいんです。知っているか知っていないかで見える景色が変わってくるんですよね。島の歴史や椿油を身近に感じてもらえたら」と加藤さん。決められたコースから外れたところにある発見、気づきは、あなただけのもの。その思い出は、自分で見つけた喜びとともに記憶に深く刻まれるでしょう。

「ビューコースと設定していますが、利島はどこでもビューがいいのが自慢です。集落があって、椿があって、その奥には海があって、さらにその先には伊豆半島や富士山が見えて、と立体的な景色が楽しめるのは利島の急坂だからこそ。学校の上にある道からの景色もすごくいいんですよ。学校の芝生、校舎の向こう側には海、どこまでも広がる空が見渡せます。平らな島では見えない景色です」(荻野さん)

のんびり、気の向くままに歩くことこそ、散歩の醍醐味。集落を回るだけでも十分楽しめるのが利島の良さ。自分のペースで自由に気ままに島を歩く。いい景色を見つけたら、それは自分だけのものになる。その風景を誰かに教えたくなって、そしてまた訪れたくなる。そんな場所が、東京から行ける離島・利島にありました。

郷土資料館にある椿の木でできた愛らしい入れ物。貴重な映像や展示品など、島の歴史や風習を知ることができる。

朝、散歩していると、港の近くにある漁協で、伊勢海老を出荷するところに遭遇。大きくて立派な伊勢海老は利島の特産品。

港から島を見上げる。中央にはなだらかで美しい形の宮塚山。そのふともには集落。島の周囲は約8kmと3時間あれば回れる大きさ。

島に移住したという隅愛子さん家族と。誰かとすれ違うと、島の人は必ず会釈したり挨拶するのも島ならではの風景。後ろには大島がくっきり。

https://ja-toshima.jp/sanpojima

Photographs:TETSUYA ITO
Text:KAYO YABUSHITA

(supported by 東京さんぽ島 利島)

美観地区の夜景

現在の美観地区の夜景です



こんな感じで和傘をライトアップしているイベントを行なっております(*´꒳`*)



昼間には見ることができない美観地区の顔でした(о´∀`о)

発展させる食文化、対峙すべき環境問題。鮨と日本酒を通して、おいしい以外を考える。

様々な視点から食に関する問題意識と向き合うペアリングを試みた『恵比寿 えんどう』店主の遠藤記史氏(左)と『新政』の福本芳鷹氏(右)。

恵比寿 えんどう × 新政酒造「個性溢れる」鮨と日本酒とのペアリング。その先にある世界とは何か。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、全国の飲食店や生産者が厳しい状況にある中、「この時期でもあえて」と鮨と日本酒のペアリングに挑戦した『恵比寿 えんどう』店主・遠藤記史氏。パートナーは、「古今に渡る清酒醸造法を詰め込み新たな味わいを目指し醸されている」と言われる『新政』。

「秋田の『新政酒造』を訪れた際、非常においしい酒で感銘を受けた一方、高級ワイン同様に一般的な鮨には合わせずらい酒質だと感じました。『新政』が発祥となる6号酵母を使ったり、生酛づくりや木桶仕込みなど伝統製法に基づいているので特徴的な酸味や甘みがあり、日本酒としての魅力ではあるけれど、現代の鮨に合うかといえば難しいとも感じました。それは代表の佐藤祐輔さんも同じ認識でした。私自身、酒に合う鮨は握りたくないし、佐藤さんも食事に合うことを優先とした酒造りはしていない。だからと言って“合わない”と結論づけてしまうとこの先には何も発展しないため、互いが目指すベクトルを理解しながら、ペアリングを探っていこうと始めた試みでした。実は、一年前にも同様のペアリングを試みたのですが、課題はあるものの、まだはっきりと見えている訳ではありません。鮨も日本酒も去年と今年とでは違いますし、ブラッシュアップされているので、模索する過程に新たな発見がある」と、遠藤氏。

しかし、それ以前にどうしても中止したくなかった理由がありました。

「今回のペアリングの意義は、味ではなく、様々な問題に向き合いたかった」。

「新たな味わいの日本酒を目指し醸されている」新政とのコラボレーションにあえて挑戦することにより、互いの発展を模索する。

恵比寿 えんどう × 新政酒造自然環境の維持に努めつつ、食文化の発展を模索する。

水産資源の減少に危機意識を高めるシェフ約30名が加盟する『シェフス・フォー・ザ・ブルー』の活動に参加するメンバーのひとりである遠藤氏。『新政』の酒造りに惚れ込むだけでなく、今年もあえてペアリングに挑戦したのには、食文化と自然環境への危機意識がありました。

「これまでの漁業は網や一本釣りなどアナログな方法が一般的でしたが、テクノロジーが発達した現代では獲ろうと思えばいくらでも魚は獲れてしまいます。日本の漁業は危機的な状況にあると言えます。科学技術の進歩と食文化の発展は、単純には比例しないものです。そこには倫理観が絶対に必要で、取り放題になっている漁業は今後、規制しなければならない時代に来ていると思います」と表情を引き締める遠藤氏。

魚の王様とも言われ、鮨の花形でもあるマグロの中でも、世界中で乱獲が進み絶滅危惧種に指定された太平洋クロマグロについて「ほかの魚を代用するのは正解ではない。イナゴが別の畑に行くようなもので、結局は次のマグロやウナギを生むだけ。現状に対しての解決策になっていません」と、遠藤氏。

フレンチやイタリアンと比べ、魚を主役としている鮨店でサステナブルな活動を続けることは難しい立場に立っていると言えます。

「水産資源と環境に配慮した漁業で獲られた天然の水産物であるMSC認証の基準に照らしたら、鮨に使える魚はほとんどありません。けれど魚を一番使う鮨屋だからこそ、自然環境の維持に努めながら食文化の発展を模索するべきだと思っています。新型コロナウイルスの影響を受け、飲食店はどこも厳しい状況にあります。そうした中、仮にマグロの漁獲量が増えたとしても、何もしないでいたら食文化史には空白の時間ができてしまう。自然も食文化も一度消えてしまったら、復活させるのは困難です。いつの日か新型コロナウイルスが終息し、過去を振り返った時、食文化を発展させたことを証明するためにも足跡(ペアリング)を残す意義があると思ったのです」と、語ります。

様々な産地へ訪れ、魚が育つ環境を肌で体感する遠藤氏。「ただおいしい魚を仕入れるだけではいけない。自然の変化に耳を傾け、自らの目で見て確認することが大切」と遠藤氏。そして「マグロの漁獲量にしても身質にしても新型コロナウイルス後の方が明らかに向上している。人の活動が停止したことによって海の環境は向上した」と、遠藤氏。

約15年ぶりの大雪に見舞われるなど、2021年はとりわけ寒さが厳しい秋田。Photograph:SHINGO AIBA

生酛造りに挑戦するなど、昔ながらの日本酒造りに回帰する一方、クリエイターとのコラボレーションにも意欲的な『新政酒造』。Photograph:SHINGO AIBA

すべて純米作りに転換し、酒米は全量「秋田県産米」、昭和初期に5代目蔵元・佐藤卯兵衛が自蔵で発見した現存する最古の市販清酒酵母「6号酵母」にこだわる。Photograph:SHINGO AIBA

創業1852年の『新政酒造』従来の常識を覆す革新的な酒造りのトップランナー。Photograph:SHINGO AIBA

恵比寿 えんどう × 新政酒造志へのオマージュを込めた、パッションのペアリング。

この日実現した鮨と『新政酒造』のペアリングは、スッポンからスタート。次々と料理が供された後、握りにもそれぞれの個性を捉えた『新政』が登場します。

遠藤氏の傍らで瓶を片手に差配を振るうのは、『新政酒造』の福本芳鷹氏。北海道札幌市の名店『鮨 一幸』にて腕を磨いた後、酒造りの道へ転向した異色の経歴を持つ人物です。ゆえに、鮨職人の想いを一番知る酒人と言っても過言ではありません。

鮨と日本酒、どちらも作り手の立場をよく理解する福本氏はフランスのあらゆるワイン産地で活躍するワイン仲介業者の「クルティエ」のように、提供者として酒蔵と飲み手との関係を繋ぎます。

例えば、柑橘類や三杯酢を合わせる蟹料理には、白麹仕込の純米酒「亜麻猫」を。白麹に含まれるクエン酸で甘酸っぱいニュアンスを柑橘類や三杯酢の酸味に置き換えるなど、福本氏の発想とアプローチは眼を見張るものばかり。温度帯の変化があるのも、日本酒ならではと言えます。

「飲食店で日本酒を扱うには更に掘り下げる必要性があると感じ、酒造りの現場でより本質を知るために『新政酒造』の門を叩きました。遠藤さんのように理解のある人と組めるのは、非常にありがたいです」と、福本氏。

「冒頭でもお話ししたように、『新政』は伝統や地域性を表現することを目的としているために、食事に合うことを優先とした酒造りはしていない。しかし秋田の風土にこだわり、それを大切にして酒造りをしているところにこそ惹かれました。日本酒も鮨も、自然を抜きにしては成り立ちません。味そのものの相性というよりも、志へのオマージュを込めたパッションのマリアージュができれば良いと思いますし、それが伝わって欲しい」と、遠藤氏は語ります。

スッポン×2018年収穫米より木桶仕込みがはじまった「涅槃龜(にるがめ)第7世代」、蟹×「見えざるピンクのユニコーン2016」。

左より、あん肝×EXILE橘ケンチ氏とコラボによる「陽乃鳥 橘(ひのとり たちばな)」、キュウリの塩麹漬け×「農民藝術概論2019」。

左より、ウナギ、カラスミ×「紫八咫2013(むらさきやた)」、金目鯛、メヒカリ×酒米の陸羽132号を使用した無肥料無農薬米仕込み純米酒「六號酵母生誕九十周年記念酒」。

和歌山県串本産の鰆×『新政』の中でもスタンダードな銘柄「生成 2019 -Ecru-」。

金目鯛の握り×秋田市鵜養地区産美郷錦100%使用の無肥料無農薬米仕込み純米酒「六號酵母生誕九十周年記念酒」。

「異端教祖株式会社2016」には、マグロ中トロと赤貝を合わせる。

くじら×脂がのったクジラに合わせて、オーク樽貯蔵したお酒で仕込んだ貴醸酒「陽乃鳥」。

マグロの赤身×「異端教祖株式会社2016」。

左より、イカ×「亜麻猫 改」、海老×飯米の陸羽132号を使用した無肥料無農薬米仕込み純米酒「六號酵母生誕九十周年記念酒」。

左より、ノドグロ×菩提酛で醸した「翠竜(すいりゅう)」、ホタテ×「生成 2019 -Ecru-」。

左より、締め鯖×「異端教祖株式会社2016」、穴子×「紫八咫2013(むらさきやた)」。

手巻きのトロたく×秋田市鵜養地区産美郷錦100%使用の無肥料無農薬米仕込み純米酒「六號酵母生誕九十周年記念酒」。

美味の締めくくりに供されるお椀。クリアな旨味と温かみで食後の余韻も長い。

恵比寿 えんどう × 新政酒造現代生活の向上と自然環境の維持、目指すは「両立」。

2020年より世界を難局に迎えた新型コロナウイルスをきっかけに、遠藤氏は「様々な分野での両立が大切」だと語ります。

ペアリングの締めくくりでもあるマグロについては、「自然環境の保護と食文化の発展」。新型コロナウイルスについては、「感染予防と飲食店の営業」。「それぞれを両立させなければいけない」と、遠藤氏は話します。

「地球温暖化が進み、台風の発生回数も年々増えていますが、このコロナ禍で人の移動や経済が止まったことにより、自然環境への負担が減り生態系にはプラスになった。マグロに関して言えば、新型コロナウイルス以降の方が漁獲量も身質も圧倒的に向上しています。とは言え、人間は文明がなかった石器時代には戻れません。現代生活の向上と自然環境の維持が選択肢としてどちらもある以上、両立を目指すべきだと考えます」と、遠藤氏。

音楽の仕事で渡ったニューヨークで日本酒に開眼し、帰国後、酒造りにも携わることになった福本氏は、日本酒業界をグローバルな視点で客観視します。

「日本酒に対しては、海外の方がより柔軟に楽しまれています。日本の食文化がグローバル化し、世界に広がる中、本物を追求するなら日本にわざわざ求めにくる。それほどの価値を構築しなければならないと思っています。『新政』に在籍して3シーズン目になりますが、秋田は約15年ぶりに寒波に見舞われるなど今年は特に寒い。温暖化の影響か自然環境の変化も実感しています。新型コロナウイルスの影響で社会は目まぐるしく変化していますが、酒造りはもともと人間の都合より微生物の都合が優先。翻弄されているのは常に人間の方です。遠藤さんが海の生態系や自然環境に問題意識を持つのと同様、例えば、お酒づくりの工程で副産物として大量に出る酒粕をエネルギーに転換できないか、蔵人たちも考えています。新型コロナウイルスによって日本酒や鮨、ひいては日本の食文化について考える機会を与えられたと思い、これからもシンクロしながらペアリングの意義を深めていきたいです」と語ります。

外食応援のプロモーションとして、あるいは集客や収益アップを目的としたイベントも数多く見受けられる中、食文化の発展や環境問題と向き合うことを目的にした『恵比寿 えんどう』×『新政』のペアリング。

ただおいしい、ただ食べるという行為を超えたその意義は、来年、再来年、更にはそれ以降もやり続けることによって解が見出されるのかもしれません。

住所:東京都渋谷区恵比寿南1-17-2 Rホール4F MAP
電話:03-6303-1152

住所:秋田県秋田市大町6-2-35 MAP
電話:018-823-6407
http://www.aramasa.jp


Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAMIKO KUME

全てを失った酒職人の人生に密着。松本日出彦、もう一度立ち上がる。

松本日出彦原動力は心。酒造りは生きること。

2020年12月31日。

自身の蔵である『松本酒造』を父親と共に去ることになった松本日出彦氏。

予告ない報告となってしまったその急転直下に周囲はもちろん、一番現実を受け入れられなかったのは松本氏本人だったと思います。

「冬に酒造りの現場を離れることは、酒造りに携わってから初めてのこと。まるで悪い夢を見ているようだった」。

しかし、残念ながらその夢から覚めることはありませんでした。

以来、内に篭ってしまい、心を閉ざしてしまった松本氏ですが、家族や仲間の支えもあり、もう一度立ち上がる決意を魅せます。

「スパンと断ち切った。自分の意志で、もう一度酒造りをしたい」。

『松本酒造』も『澤屋まつもと』も『守破離』も、全てを失った松本氏には何もありません。

「失ったからこそ、得るものがあった。気づけたことがあった。ただの不幸に終わらせるわけにはいかない。この出来事をどう捉えるかは自分次第」。

その原動力は、どこから湧き上がるのか。

「心」です。

場所や環境を奪われたとしても、心までを奪うことはできません。

「何もかもなくなった時、心の中に何が芽生えるのか向き合うことができた。自分は何がしたいのか。自分は何者なのか」。

絞り出されたその答えは、自分は酒造りがしたい。自分は酒職人として生きたいということでした。

もう恐れない。怖いものは何もない。あとは這い上がるだけ。

「その一歩は、踏み出した」。

松本日出彦が奮起する人生に密着します。

1982年生まれ、京都市出身。高校時代はラグビー全国制覇を果たす。4年制大学卒業後、『東京農業大学短期大学』醸造学科へ進学。卒業後、名古屋市の『萬乗醸造』にて修業。以降、家業に戻り、寛政3年(1791年)に創業した老舗酒造『松本酒造』にて酒造りに携わる。2009年、28歳の若さで杜氏に抜擢。以来、従来の酒造りを大きく変え、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を世に繰り出し、幅広い層に人気を高める。2020年12月31日、退任。第2の酒職人としての人生を歩む。

Photograph & Text:YUICHI KURAMOCHI

倉敷遊膳でしか買えない箸

皆様こんにちは!!

いかがお過ごしでしょうか??

今日の倉敷はものすごく暖かく小春日和の1日でした(*´꒳`*)

早く春が来てくれると嬉しいんですけどね〜(冬好きの方ごめんなさい)

暖かくてわんちゃんも動きたくない〜ってなってました笑



暖かくなると思い出す〜(´-`).。oO

春は出会いと別れの季節です(*´꒳`*)


そんな入学式や卒業式などの贈り物におすすめの商品がこちら



デニムストリートの隣店である

倉敷遊膳でしか買えないデニム箸(*´∇`*)

なんと、お箸にお名前や文章の彫刻を無料で行なっております!


そして、こんな感じで文字の彫刻も可能です

文字を彫ることで世界に一つだけのマイ箸が完成します!!


デニム箸以外にも沢山のお箸を取り揃えておりますがデニム箸は倉敷遊膳でしか買えません
♪( ´▽`)

お箸の大量注文も承っておりますのでお祝い事やお返しなどにもおすすめです(*´꒳`*)

倉敷へお越しの際はデニムストリートも、寄っていただきたいですが是非隣の遊膳にもお越しください(・∀・)



予測不能な時代に立ち向かう、「食」の未来を拓くプロデューサーに求められる「学び」とは。 [FOOD CURATION ACADEMY]

フードキュレーター・宮内隼人(左)とワインソムリエの大越基裕氏(右)。得意とする領域は違えど、幅広い食への探究心と知識を活かし活躍するふたりが、「学び」をテーマに語り合う。 

特別インタビューなぜいま「学び」が必要か。新たな視点で「食」を見つめ直すために。

2020年12月、『ONESTORY』は新しい学びの場をスタートしました。

その名も、『FOOD CURATION ACADEMY(フードキュレーションアカデミー)』。

この10年で私たちが暮らす世界は大きく変わりました。特に、この1年で勢いはますます加速。「食」を取り巻く世界もまた、環境問題や食糧危機といった地球規模の問題から、フードテックの進化、そして新型コロナウイルスがもたらすさまざまな制約まで、従来の常識をアップデートしていかなければ対応できないような大きな変化の中にあります。広く柔軟な視野で、今までとは違ったアプローチで「食」を捉えなおす発想力が必要です。

『FOOD CURATION ACADEMY』は、これからの時代に求められる「食」領域を横断的にプロデュースする力を「フードキュレーション」という概念で捉え、この概念を様々な方と共有し、深め合い、高めていくための場です。

コロナ禍のため、まずはトライアルとしてオンライン動画配信で4つの講座を開講。世界を舞台に最先端のクリエイションを実践するトップシェフと、アカデミックな分野の専門家による対談という『ONESTORY』ならではのペアリングで、「食」分野の旬のトピックを深掘りしていきます。

『FOOD CURATION ACADEMY』講座をより有意義に楽しんでいただくために、『ONESTORY』のフードキュレーター・宮内隼人と、日本を代表するソムリエ・ワインディレクターとして多岐に活躍する大越基裕氏へのインタビューを行いました。

「食」業界で横断的に活動をする二人は、日々どのように自らをブラッシュアップしているのか。『FOOD CURATION ACADEMY』では何を学べるのか、そして「食」の未来を切り拓くために必要な「学び」とは何なのか。 

「食」のプロフェッショナルが実践する「学び」について迫ります。

料理人を経てフードキュレーターへ転身した宮内。料理人として培ったセンス、豊富な食材知識、日本各地を巡り様々な生産地で深めてきた経験をもとに、次々と新たなクリエイションを仕掛ける。 

特別インタビュー体系化できない「食」の学び。だからこそ予測不能な出会いが必要。

宮内は、テーマの選定や登壇者の人選など『FOOD CURATION ACADEMY』講座の立ち上げから中心メンバーとして携わってきた一人。

今回のオンライン講座のテーマである「ウェルネスフード」「ローカルガストロノミー/地質学」「香り」は、今まさに宮内自身が深掘りしたいトピックスでもありました。

「食を体系化することって本質的には無理だと思っています。理系にも文系にもあらゆる学問が食と関係しているし、領域をはみ出せばビジネス論やマーケティングにも広がっていく。カリキュラムを一つ一つこなしていくというよりは、新しいことを知っていくところにフードキュレーションの学びがあると考えています」と宮内。

「食」に求められる領域が急速に拡張されているからこそ、フードキュレーターに必要となるのは、貪欲に新しいことを学びつづけること、知りたいと思う好奇心であるとも言えます。

「「地質学」は、これまで一切触れたことがない人も多い分野じゃないかなと思っていて、だからこそ、そんな未知な分野とガストロノミーを掛け合わせて語れる先生がいると知ったとき、「これは面白い!」と興奮しました。ローカルガストロノミーの最前線で戦うシェフの実践的な話を、先生のアカデミックな話で裏付けできたらめちゃくちゃ勉強になるなと確信しました」

『FOOD CURATION ACADEMY』が一番こだわったのは人選。とにかく何ヶ月もかけて『ONESTORY』でなければできない登壇者の組み合わせが徹底的に検討されました。本を読めばわかる学びではない、ある種どうなるのか予測不能な、知と知の掛け合わせこそが『FOOD CURATION ACADEMY』講座の最大の特徴です。

「今回の4つのテーマはあくまで抜粋であって、もちろん全てではありません。幸いにも動画を見てくださった方には、こういうことも「食」と関係があるんだっていう興味関心を持っていただいて、次のアクションにつなげていっていただけたらと思います。普段のルーティンの中にはない出会いや気づきがあるはずです」

『DINING OUT』で、宮内は食材のリサーチを担当。開催の半年前から現地に足を運び、生産者との深いつながりを築きながら、何百という食材を見つけ出していく。 

特別インタビューあらゆる「学び」は食につながる。フードキュレーター・宮内隼人の「学び」の原点。

「料理人だった時は勉強をしたいという気持ちは強くあっても、やり方もわからないし時間もお金もない。当時はSNSもありませんでしたから、新しいことを知ることのハードルがすごく高かった。料理を本から学びたいと思って本屋に行っても、料理のコーナーにはレシピ本ばかり。料理とは全然別の本棚で偶然見つけた「食品学」の本に、こんな世界があるんだという発見が詰まっていました」

学びたいという意欲があっても、知らないと広がらない世界がある。本棚での新しい知識との出会いの衝撃が、宮内の「学び」への意欲をますます高めていきます。さらに転機となったのが、『DININGOUT』への参加でした。

「レストランの外に出て、視点の高さを上げたところに設定して俯瞰すると、ものすごく世界が広がった」と宮内。世界が広がると、自然と学ぶべきことも明確になっていく。その後、『ONESTORY』に入社しフードキュレーターとして活動するようになると、地方ではヒヤヒヤするほど刺激的な野菜や面白い生産者の方に出会い、「学び」の幅は縦横無尽に広がっていきます。

本から得る学びだけでなく、現場で知る学び。オタクになるための勉強ではなくて、血肉にしていくための学び。

「フードキュレーターは、専門家でも研究者でもなくて、何かと何かを掛け合わせて新しい価値を作っていくプロフェッショナル。知っていることが多いほど、いろいろアプローチが考えられるだろうし、スピード感も違います。終わりがないからこそ、まずは自分の興味があるところから広げて補完していくのがいいのかなと思います」

では、宮内自身は今どのようなことに興味を持っているのか。聞いてみれば、「今はUXデザインのことを勉強していて、簡単なCADを作ってみたり、ブランディングについて深掘りしたり、海外のレシピ本からナチュラルなベーコンの作り方を学んだり、この本も面白かったですね……」と止まらない。その時々のプロジェクトに応じて、あらゆる方向に「学び」を自在に拡張させていくことはなんだかとても面白そう。

「以前『茶禅華』の川田シェフにお会いしたときに、孔子の兵法についての分厚い本を読んでいらして、探究心の深さに衝撃を受けました。最近も「今年は茶道と蕎麦について学びたい」と仰っていて、とにかく一番時間がないはずのトップシェフたちが一番勉強をしている姿を日々、目の当たりにしています」

新しく知ることが新しいクリエイションへとつながっていく面白さを実感するからこそ、「学び」への意欲は尽きることがないのだろう。

宮内にとって、日本各地で出会う食材生産者との対話は何よりの楽しみであり最大の学び。 

現場には、市場に流通する野菜からは想像もつかないような世界が広がっている。 

特別インタビュー能力をアウトソースしあい新たな価値を作っていく。フードキュレーターが創る「食」の未来図

学び続けているプロフェッショナルといえばもう一人、宮内が気になっている人がいました。
ソムリエ、ワインディレクターとしてさまざまなプロジェクトに携わり、自身でも2つのお店を経営されている大越基裕氏。

大越氏は『FOOD CURATION ACADEMY』講座をどのように見たのか。

「僕が目指してやってきたこと、今ちょうど興味を持っていることの延長線上にあって、そのことがすごくうれしくて共感することも多かったですね。食の業界を「飲」と「食」に分けて考えたとき、「食」の世界は僕らのいる「飲」の世界よりも進んでいるなと改めて感じました。講座 #1での君島さんの提案も素晴らしかった。「食」に対して世の中から必要とされていることが、レストランの中だけで完結することではなくなってきている以上、そこまで考えるのが当然だよねって。でも「飲」はまだそこに追いついていない感じがしています。この10年、僕がかなり力を入れてペアリングをやってきたのも、そういう思いがあったから。シェフとレストランが、社会にまで思いを馳せて表現をしているのに、僕らがワイン選びで流れを断ち切ってしまったら意味がない。味と味のペアリングももちろん重要だけど、バックグラウンドにある思いを結んでいくためのセンスを磨いていかないといけないと改めて強く感じました」

「飲」と「食」をつなぐ新たな価値の提案をしてきた大越氏の活動はフードキュレーターそのもの。フードキュレーターとしての自身の実践と重ね合わせて、他にもこんな気づきがあったと言います。

「シェフだけでなく、講座 #1に登壇されていた菊池さんのお仕事もすごく面白かった。間を取り持って価値をつくっていくまさにフードキュレーションの仕事。さまざまな分野にフードキュレーションの能力を持つ人間がたくさんいて、互いの強み同士をアウトソースしあえるということにすごく未来を感じました。今までのプロフェッショナルは自分の分野のことだけに特化していて、他の分野のことは考えてもいなかった。でもフードキュレーターは違う。フードキュレーターという職業が将来的にもっと広がって、プロジェクトごとにチームを再編成していけば、食業界にもいろいろな可能性が出てくるだろうなと感じました」

日本を代表するトップソムリエの大越氏。自身が経営する『Andi』『An Com』ではそれぞれモダンベトナミーズとワイン、日本酒とのペアリングを提案している。 

特別インタビューワインディレクター・大越基裕が考える、これからの「学び」


レストランを飛び出し、かつて誰も歩んでこなかった新しい道を切り拓いていった大越氏。ターニングポイントは何だったのでしょうか。

「二十歳になるまで海外に行ったことがなかったのですが、二十歳のときに初めてフランスに行って、こんなにも得るものが大きいのかと衝撃を受けました」と大越氏。帰国後しばらくして再びフランスへ留学に。

「1回目よりも2回目に行った時の方が圧倒的に得るものが大きかったです。それは、何を得るために行くのか自分で明確に理解していて、計画を立てていたから。いま世界が変わってきている中で、僕らに求められることも変わってきています。情報も圧倒的に得やすくなっている分、ただ海外にいけば良かったという時代ではもうなくて、だから何ができるのか?ということが求められる時代。言ってしまえば、海外に行かなくともできることはたくさんありますし、学び方も変わってきている」

漫然と「学ぶ」のではなく、何かを得たいという自覚を持って「学ぶ」ことの大切さ。また、情報が簡単に手に入るようになったことで「人とのつながり」が希薄になっているとも大越氏は指摘します。

「どんなビジネスも信頼があってのこと、人と人のつながりが根本にあります。でもデジタルが進んで、コロナになって、その大切な部分が希薄になってきている気がします。そこをもう一度見直す必要がある。僕らのお店でもファンがファンを作ってくれている。ファンベースを作りましょうということを常々スタッフにも話しています」

「人を思う」ことは、決してサービスに対してだけ言えることではない。それぞれの立場から、生産者に思いを馳せ、シェフの思いを汲み取り、現場の声を知る。人と人、知と知をつなげていくフードキュレーションには、相手のことを考え、想像力を働かせることが不可欠。

「ワインのことばかり勉強していてはフードキュレーターにはなれない。シェフがどんな思いで料理を考えているのか、食材を選んでいるのか、生産者はどうか。そのマインドまで想像力を働かせること、相手のことを考えることができて初めてキュレーションが成り立つ」と大越氏。

「僕はワインを輸入しているわけでも、作っているわけでもないし、葡萄を作れるわけでもありません。僕ができることは、そこをつないで行って、最後にちゃんと「食」の喜びにつなげていくことだけ。責任と誇りを持って、クオリティを高いものに完成させていくことが僕らの責務です。その落とし込みをするのがフードキュレーターの仕事の一つだと、講座を見てさらに感じました」

血肉となる「学び」は机上では完結しない。世界に目を向け、人に触れ、未知と出会い、思いを巡らせる中に、いくつもの種が散らばっているはず。『FOOD CURATION ACADEMY』講座もそのとっかかりの一つ。
世界を見るシェフたちが今何を思うのか、その言葉に耳を傾けることからはじまる「学び」があります。

世界各地で、さまざまな生産現場、生産者と出会ってきた大越氏。自然と共存することが求められる生産者の姿に、これまでたくさんの影響を受けてきた。 

「僕らのやっている仕事の基本は人と人。人とのつながりをもっと大切にしないといけない」と大越氏。 

1976年、北海道生まれ。ワインテイスター / ソムリエ International A.S.I Sommelier Diploma WSET Sake Level3 & Educator 『銀座レカン』シェフソムリエを経て、2013年6月にワインテイスターとして独立。世界各国のワイナリーやレストラン、蔵元を周りながら、最新情報をもとにコンサルタント、講師や執筆、IWCなど国際品評会の審査員などもこなす。ロジカルなペアリング技術にも定評があり、ワインだけではなく、日本酒や焼酎を和食以外のレストランで提案したパイオニアの一人である。自身でも外苑前『An Di』、広尾『An Com』を経営し、最先端なアジア料理と共に世界中の様々なスタイルのワインと国酒を提供している。地元北海道では農業にも携わっており、幅広い分野で活躍している。

1977年東京都生まれ。18歳から料理の道に入り「ラ・ビュット・ボワゼ」「ダズル」を経て2010年、大阪の三ツ星レストラン「HAJIME」に入る。5年半の経験を積み2013年に徳島県祖谷で開催されたプレミアムな野外レストラン「DINING OUT IYA」に参加。生鮮食材の物流に関する知識習得のため大阪の特殊青果卸「野木屋」を経て、2016年より現職。現在「DINNG OUT」では、開催地域の食材(生産者)の魅力を言語化し、トップシェフの思考、哲学に合わせて伝える翻訳者として活動。また、ラグジュアリーブランドとコラボレーションした食品開発、ブランディングまで「食」領域のプロデューサーとして活動の幅を広げている。

Text:AYANO URATANI

壱岐らしさって何だ? 壱岐を伝える酒のために壱岐でとことん本質を探す。[IKI’S GIN PROJECT/長崎県壱岐市]

壱岐島の最高地点・岳の辻展望台からの夕景。静かな島には神秘的な風景がそこかしこに広がる。

壱岐ジンプロジェクト壱岐を知ることから始まったジン造り。

コロナ禍に長崎県の離島・壱岐で始まったクラフトジン造り。
それは島の美しさを若い人にもどうにか届けたいと願う若きホテルマンの情熱と、壱岐を代表する焼酎蔵の強いこだわりがタッグを組むことで動き出しました。まだまだ試行錯誤の連続ですが、『ONESTORY』では2021年3月の完成を目処に調整を重ねるジン造りに密着。ジンという新たな酒で、小さな島に巻き起こる奇跡を目撃しに、寒風吹きすさぶ冬の壱岐をキーマンふたりと回ったのです。
(キーマンふたり、『壱岐リトリート 海里村上』でホテルマンとして働く貴島健太郎氏と『壱岐の蔵酒造』代表・石橋福太郎氏の詳しい紹介はこちらにて。)

ずばりテーマは壱岐らしさを表現すること。
壱岐を発祥とする麦焼酎に壱岐で採れる野菜や植物などを漬け込み、それらを再蒸溜します。ベースに使う麦焼酎の仕込み水も壱岐の地下水。更には焼酎の素となる麦や米も壱岐産ということで、まじりっ気なしの壱岐のジンを目指すといいます。それは壱岐の素材にこだわり続けた『壱岐の蔵酒造』だからこそ、なし得た酒。焼酎造りの根幹でもある、メイド・イン・壱岐をジン造りに惜しげもなく使うと『壱岐の蔵酒造』代表の石橋福太郎氏は明言しています。

ただし、素材をただ壱岐産にすればいいというわけではありません。ジンを構成する大切な要素の香りと味も壱岐らしさが出るものにしたい。そうしてふたりがまず訪れたのが『壱岐ゆず生産組合』でした。

「壱岐はね、ゆずの一大産地なんです。柚子胡椒などがとても有名で、冬の時期にはたわわに実るゆずが島のあちこちで見られるんです。ウチでもゆずリキュールがとても人気で、その知識をジンにも活かしたいと思います」とは、壱岐の蔵酒造代表の石橋福太郎氏。

「ゆずって柑橘の中でも独特の和の香りがあると思いませんか? 日本らしさというか、他の柑橘にはない爽やかさ、それを壱岐のジンの主要な香味のひとつにできたら素敵ですよね」と壱岐リトリート海里村上の貴島健太郎氏。

ジン造りのキーマンふたりは、すでにゆずの使用は決めている様子。そして『壱岐ゆず生産組合』の加工場を訪れるとすぐに嬉しい悲鳴を上げたのです。

【関連記事】IKI’S GIN PROJECT/やっかいもののゴミを酒に変える!壱岐の豊かさを知った若きホテルマンが焼酎蔵へジン造りを依頼する。

江戸時代には、平戸藩統治下の重税のため、島民は米でなく麦が主食だったそう。その余った麦を蒸溜した自家製の焼酎と、米麹を融合させたものが、壱岐の麦焼酎の原型。

皮を剥いたゆず。これがすべて廃棄されている現状に驚かされる。

ゆずの畑も訪れたふたり。黒ずんだ実は、そのまま落下まで完熟させて捨ててしまうと聞いて、それも欲しいと懇願。

壱岐ジンプロジェクト廃棄物の数々こそが壱岐を表現する重要アイテムに。

「えー、これ全部廃棄に回っちゃうの? それは勿体なさすぎる! 全部欲しい!」。声の主は石橋氏でした。出くわしたのは、ゆずの皮むきの工程。専用の皮むき機を使い数秒でゆずひとつが丸っと剥かれていくのですが、なんと皮以外の中身は捨てられてしまうというのです。とても勿体ない話ですが、ゆずの生産量に作業量が追いついていないのと、皮の価値ほど中身に需要がないのがその理由だと、『壱岐ゆず生産組合』の長嶋邦明氏は教えてくれます。

「これ、そのまま漬けたらすごい贅沢ですね。この部屋に充満するゆずの香りがそのままジンに引き継がれるわけですから」と貴島氏も興奮気味です。

更には少し黒ずんだもの、果汁を搾った後の搾りカスなども見て回り、それら全てが現状では廃棄に回ることを知り、それぞれを漬けてみたいとふたりの声は熱を帯びたのです。
長嶋氏もまた、持て余していた壱岐のゆずが生まれ変わるならば好きなだけ持っていってくださいと、笑って言ってくれました。

壱岐を代表する柑橘のゆず。その新たな使い道に手応えを感じたふたりは、その足で『JA壱岐市柑橘部会』会長の馬場勝利氏のもとも訪れます。
「2020年は台風の影響などで2~3割しか出荷できないかもしれない……」。話は「麗紅(れいこう)」というみかんに関してです。「清見」と「アンコール」の交配で生まれた系統に「マーコット」を交配した品種で、同じ交配により生まれた別の品種に人気の「せとか」があるなど、その味は折り紙付きで、近年めきめきと人気を上げる品種がなんと大ダメージを受けているというのです。
「木にはこんなにたわわに実っているのに、出荷できないなんて」と驚く貴島氏。

「ちょっとしたことなんだけど、色が悪かったり、傷ついていたり、成長が遅かったりで大部分が基準以下なんですよ。くやしいけど仕方ない」と馬場氏。
そんな中、貴島氏は許可を得て、出荷できない麗紅をもぎ、その場で齧(かじ)ってみました。
「苦いし、酸っぱい! でもすごい強い香りです(笑)」と貴島氏。
「そりゃそうだよ、まだ完熟前なんだから」と馬場氏が笑います。その笑顔につられるように、冬の圃場に温かい空気が満ちていくのです。

「これも絶対に試してみよう。他にも壱岐にはたくさんの柑橘があるから、チェックしないとだな」と石橋氏。事情を説明した『JA壱岐市柑橘部会』の馬場氏も大いに頷き、出荷できない麗紅の漬け込みはもちろん、壱岐の柑橘もテストさせて頂くことに。

これらと同じように廃棄される果実や野菜はまだまだあると、その日生産者巡りをアテンドでしてくれたJA壱岐市の松嶋 新氏は教えてくれました。
アスパラガス農家の西村善明氏の元では、出荷時には大きさを揃えるために一番美味しい根元の部分は切ってしまうと聞かされ、更にその量が壱岐だけでも年間3トンに及ぶと聞き、驚愕させられます。
イチゴ農家の松村春幸氏のハウスでは、ちょっとした傷があるだけで、傷みの早いイチゴはスーパーマーケットに並ぶ際にはその傷が傷みになってしまうので、出荷できないと教えてもらいました。

「全部美味しく味わえるのに、世に出せないものがこんなにあるんですね」と貴島氏。
「だからこそ、そういう廃棄される野菜や果物でもジンにすれば無駄なく使える」と石橋氏。
廃棄される野菜や果物を少しでもお金に換え、島の農家をサポートできるジン造りは、今、世界中で叫ばれるSDGsの活動そのもの。持続可能な島の農業の一助となるかもしれません。

台風の被害で傷ついた麗紅。収穫前だが、2020年は出荷を断念する実が多数ある。

『JA壱岐市柑橘部会』会長の馬場氏の話を聞きつつも、傷ついた実に興味津々の貴島氏。

上記は全て出荷の段階でハネられた傷物イチゴ。本当に小さな傷があるだけで出荷は見合わせられてしまうという。

壱岐ジンプロジェクト最後は心意気まで酒に詰める。それが壱岐のジンの形に。

「壱岐らしさってなんですかね? もちろん柑橘やイチゴは絶対に美味しいのですが、それらだけで壱岐のジンって言えますかね?」と話す貴島氏。ホテルマンの貴島氏は出来上がったジンをホテルの夕食時にペアリングで出せたらと夢見ます。その際に、更に「壱岐」を感じてもらえるような圧倒的な個性が欲しいと望むのです。
翌日訪れたのは、壱岐で幻のニホンミツバチではちみつを作る冨山一子さん。
「壱岐の季節の花々の蜜がウチのはちみつの素。味わえば、壱岐を感じてもらえると思いますよ」と冨山さん。
現在、ほぼひとりで作業を行う冨山さんのはちみつは、無農薬で育てられた花の蜜。それは味わうとすーっと身体に染み入るものでした。しかし生産量はごくわずかで、一般にはなかなか流通せず、高価です。

「実際に価格が高いので、とても材料として使えるはちみつではないんですが……」と前置きしつつ、冨山さんはこう続けます。「でもですね、今回、お世話になっている『壱岐リトリート 海里村上』さんと壱岐を代表する『壱岐の蔵酒造』さんが壱岐の名物をと動いているのを知り、何かお役に立てればと思っているんです」。
蜜を搾った後のハチの巣を提供してくれるというのです。ひとりでの作業が追いつかず、冷凍庫に眠るハチの巣は、実際には引く手あまただというのですが、ご自身で保存している分を壱岐の未来のために分けてくれるというのです。

「季節の壱岐の花を使ったはちみつ、すごいですね」と貴島氏は喜び、「これはすごい後押しです」と石橋氏は恐縮します。

更に北インド産のスーパーフードとして注目されるモリンガを壱岐で作る松本マサ子さんの元を訪れ、試させてほしいと懇願。ふたりの熱意にほだされて松本さんも頷いてくれたのです。

我々『ONESTORY』も、こうしたふたりの動きが、確かに島の生産者さんに着実に伝播していく瞬間を目撃。新たなものを生み出す障壁を軽々と飛び越えるのは、人を動かす情熱なのだと教えてもらったのです。
他にも試してみたのは、ウニの殻、温泉の結晶など、壱岐で思い浮かぶもの色々。いよいよ次回は完成のタイミングに立ち会います。果たして味や香りはどうなるのでしょうか? 更にはラベルにボトル、ジンのネーミングまで? 壱岐らしさを追い続けたクラフトジンが、ついにお目見えです!

冨山さんの養蜂場にて。年間を通して花が咲くのが壱岐のいいところだそう。

ちょっとした談笑ですら、息を呑むほどの絶景の中にて。これこそが壱岐らしさなのかもしれない。

壱岐でモリンガを生産する松本さん。年齢を聞いて思わず聞き返してしまうほど若々しさに溢れている。「それはモリンガのおかげよ」と松本さん。

住所:長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520 MAP
電話:0120-595-373
http://ikinokura.co.jp/

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2 MAP
電話:0920−43−0770
https://www.kairi-iki.com/

「地域には地産地消だけではない循環の仕組みが必要。そして、地球の資源・水を守りたい」LA CASA DI Tetsuo Ota/太田哲雄

「地産地消は当たり前だと思います。自給自足率を少しでも上げ、地域にお金を循環させる仕組みをつくるべき」と太田氏。

旅の再開は、再会の旅へ。今も昔も同じ。派手なことをやるつもりはない。長野に根ざしたお店作りを地道に続ける。

2019年6月、軽井沢の別荘地にある1軒の瀟洒(しょうしゃ)な建物に『LA CASA DI Tetsuo Ota』はオープンしました。

その主人は、太田哲雄氏です。

ご存知の方も多いと思いますが、太田氏と言えば「アマゾンカカオ」。アマゾン産のカカオの中でも厳選した高品質なそれを世に送り出し、日本のレストランシーンに多大な影響を及ぼしています。

ゆえに、ここはレストランでもあり、カカオラボでもあります。

軽井沢の店ですが、軽井沢だけにフォーカスしたくはありません。僕は白馬に生まれ、自然に囲まれて育ちました。長野県人として、長野全体のために何ができるかを考えたい」と言う通り、その食材は多彩。白馬の川魚も信州牛や北信州のそば粉、あるいはイタリアのハムやチーズ、ペルーのカカオもしかり、自身が知りうるあらゆる手段を使い、太田哲雄というシェフの半生を料理に表現していきます。

地元と地元以外。その両輪のバランスが、やがて太田氏が「地産地消の一歩先」と語る地域創生を実現するのかもしれません。

開店後、早々に予約困難の人気店に。この「家」を訪ねるためだけに旅をする人も少なくありません。2020年に世界に難局をもたらしたコロナ禍においても「集客に大きな影響はありませんでした」と話します。

「緊急事態宣言が出てしまった時には約1ヶ月お店を閉めましたが、以降は日数を減らして夜営業をできるだけ昼営業にしていました。その分、お菓子(TETSUキャラメルポップコーン)の製造に力を注いでいました。卸販売が基本ですが、個人受付も始めました」。

しかし、全てが『LA CASA DI Tetsuo Ota』のような状況ではありません。代表的な観光地・軽井沢はどのように変化したのでしょうか。

「軽井沢は誰もが知る観光地ですが、元々の地の方々は閉鎖的です。観光業を生業とされている方とそうではない方の県外からのお客様に対しての向き合い方が違います。観光業の売り揚げは全てに差が出過ぎてしまっています。流行っている場所やお店は何も特に変わらず、反対に昨年よりも売り上げを伸ばしています。一方、集客に困っていたところは状況が更に酷くなっています。地域に密着しながら、軽井沢だけではなく、長野県全体的な関わりを考えながら共に歩んで行くことが大切だと思います」。

今、地域に必要なこと何か。それは、「循環の仕組み」だと太田氏は言います。

地産地消は当たり前だと思います。自給自足率を少しでも上げ、地域にお金を循環させる仕組みを作ってもらえると嬉しいです。そして、一番の願いは、日本の資源を守る対策。中でも水源は切に思います」。

水は人の命に必要不可欠な源であることはもちろん、他種の生命体や植物を始めとした自然においても大切な源であり、地球の資源。

また、太田氏が実行する循環の仕組みは、食に限った話ではありません。お菓子の製造ラインには地元の高校生や高齢者も積極的に採用し、雇用の循環も積極的に行っています。

「派手なことをやる必要はありません。地道に長野県に根ざすお店作りを目指しています」。

地道――。未だ世界中に暗雲は立ち込めていますが、歩むべき正しい道は、それぞれが根ざした「地」と真摯に向き合い、生きる「道」なのかもしれません。

「世界という広義に見れば、ヨーロッパや中南米の現状は日本よりも逼迫していると思います。ほかの国が困っている時ほど助け合う精神が必要だと思います。今なお、不安な日々が続いていますが、自分は自分にできることをやるだけ。『LA CASA DI Tetsuo Ota』へ訪れてくださるお客様がほんの束の間、安らいだ気持ちになってくれる場所でありたいと思います」。

7つのパーツに分かれ、それぞれに異なる有用性があるカカオ。「食材を生かすということは、食材を知ること。生産者に胸を張れる料理であること。それを模索するのはシェフの務めです」と話す太田氏。

アマゾンカカオを使ったオリジナルポップコーン「TETSUキャラメルポップコーン」も販売し、好評を博している。

「得度を受け、定期的に高野山に上がっています」と言う太田氏。「高野山」にもお菓子を納め、カカオと湧き水を合わせて精進の世界でも受け入れられるお菓子作りも始めている。

「得度受けてからの変化は、癒しを求めに来られるお客様が増えました」と太田氏。湧き水の水源も毎回整える。

住所:長野県北佐久郡軽井沢町大字発地342-100 MAP
電話:0267-41-0059

Text:YUICHI KURAMOCHI

響き合い、混じり合い、影響し合う。文化におけるコラボレーションの意義。[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE・焼鳥 市松/大阪府大阪市]

活躍する場は違えど、多くの共通項があり、共感する話題が多いふたり。話題は料理を越え、互いの仕事への思いにまで及んだ。

焼鳥 市松 × 堀木エリ子丁寧な空間づくりから伝わる、料理人の姿勢。

和紙デザイナー・堀木エリ子さんが『テタンジェ』のトップキュベ「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のペアリングを体験する「食べるシャンパン」。

第2回目の舞台は、大阪の焼き鳥店『焼鳥 市松』です。

もちろんただの焼き鳥店ではありません。店を率いるのは、焼き鳥一筋の名人・竹田英人氏。比内地鶏にこだわり、そのおいしさを伝えるために研ぎ澄まされた技。素材への敬意と産地への思い。そして焼き鳥という、ある意味でフォーマットが固定された料理に見出すさらなる可能性。

ミシュランの星獲得という事実を取り沙汰するまでもなく、ここで振る舞われる至高の焼き鳥は、美食家たちを虜にしてきました。

そんな『市松』の純白の暖簾をくぐり、堀木さんがやってきます。カウンターに座り、柔らかく微笑むと、こう切り出しました。
「磨き抜かれたカウンター、さりげない季節の花、箸置きは鳥の鎖骨。シンプルですが、しっかりと謂れのあるもので飾られています。空間すべてが丁寧なんです。こんな空間を作る人の料理は、間違いなく丁寧。食べる前からそれが伝わってきますね」。

それから自己紹介を経て、こう続けます。
「たかが紙、されど紙。私の仕事は、この“されど”に価値を見出すことです。そして語弊を恐れずに言うならば、竹田さんの焼き鳥もきっと同じなのではないでしょうか。されど焼き鳥。どんなものが頂けるのか楽しみです」。

【関連記事】NEW PAIRING OF CHAMPAGNE/深まる「ご縁」、湧き上がる「パッション」。和紙デザイナー・堀木エリ子が体験する「食べるシャンパン」。

竹田氏は「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」に合わせて2品の料理を考案。写真は2品目に登場したカカオと山椒をあわせたつくね。

竹田氏の仕事は一言でいうならば、実直。自身が惚れ込んだ比内地鶏の魅力を引き出すべく、持てる技を駆使して丁寧に焼き上げる。

つなぎを入れず、比内地鶏のミンチだけで仕立てるつくね。形を整え、ジューシーに焼き上げる秘訣は、繊細な力加減だけ

串に使用するのは、黒文字というクスノキ科の木。「手で触れるものだから」と質感にまでこだわる。

背筋が伸びるような、凛とした佇まいの店内。焼台を囲むカウンターが特等席だ。

焼鳥 市松 × 堀木エリ子シンプルな中にさまざまな計算が潜む、掴みの一品。

事前に「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」を試飲した竹田氏は、そこに合わせる2品の料理を考案してくれました。

そして先に種明かしとして教えてくれたのは、その2品が単品で完結するのではなく、流れとしてつながっていること。1品目を食べ、シャンパーニュを味わい、2品目を食べ、またグラスを傾ける。その一連の流れに、竹田氏の狙いが潜んでいるのです。

竹田氏はまず1品目の比内地鶏の生ハムと鶏キンカンの醤油焼きを差し出し、「ひとくちでどうぞ」と伝えます。言葉に従い、料理を口に運ぶ堀木さん。その顔に見る間に笑みが広がります。

「キンカンがプチっと弾けた瞬間に、旨味が口の中に広がります。次いでタレの旨味、そして噛むごとに湧く肉の甘み。これは間違いなく“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”に合いますね。飲む前からわかります(笑)」。

そう笑いながらグラスを口に運び、再び笑顔を見せる堀木さん。
「シャンパーニュを口にすると、途端に味の広がり方が変わります。これはきっと料理にパンチがあるからこそでしょうね。シャンパーニュの華やかさが、料理の余韻でグッと押し広げられたような印象です」。

この料理での竹田氏の狙いは、まず冷たい料理で、冷たいドリンクとの温度差をなくすこと。そして口内で弾けた卵黄のコクを、爽やかな酸味で流し次の料理につなげること。さらに料理の下に潜ませた大根おろしは口直しの役割も果たし、いっそう続く料理への期待を高めるのです。

「掴みの一品として、ここまで印象深い料理があるとは」。

堀木さんのコメントにも、驚きが満ちていました。

1品目の比内地鶏の生ハムと鶏きんかんの醤油焼き。生ハムの弾力と、卵黄の弾ける食感の対比も狙いのひとつ。

日頃から焼き鳥を食べる際は「最初から最後までシャンパーニュ」という堀木さん。この日のマリアージュにも、ファンならではの視点で切り込んだ。

炭の香ばしさと、「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のスパイシーな味わいが、絶妙に調和する。

焼鳥 市松 × 堀木エリ子新たな文化を紡ぎ出す、コラボレーションの魔力。

「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」が心を溶かし、いつしか饒舌に話すふたり。話題は竹田氏が以前、シンガポールを代表するスターシェフ、モダンフレンチ『アンドレ』のアンドレ・チャン氏とコラボレーションしたことに及びます。

「竹田さんがアンドレ氏とコラボしている記事を興味深く拝見しました。出会いによって新たなものが生まれる。そこがコラボレーションのおもしろさですね。今日のシャンパーニュと焼き鳥との出会い、そしてこのテタンジェと和紙の出会いもいわばコラボレーションですから」。

堀木さんはコラボレーションの魅力を「必ずどちらにも発見があり、そこから新しいものが生まれる」ことと言います。そして「僕は学ぶことばかりです」と謙遜する竹田氏の言葉を否定し、偉大な音楽家の言葉を伝えました。

それは世界的チェリストのヨーヨー・マ氏のカーネギーホールでのコンサートのときのこと。その舞台美術を手掛けた堀木さんに、ヨーヨー・マ氏本人の口から出た言葉。

――クリエイターは場所と場所、人と人、時間と時間をつないで、影響し合うことが何よりも大切です――

そんな印象的な言葉を引き合いに出しつつ、堀木さんはこう続けます。
「このパッケージデザインのお話は、実は最初は箱を作るよう依頼されたんです。そこに日本の“おもてなしの心”を込めて、熨斗として包むという形態を選びました。やがてこのシャンパーニュを通して、そのおもてなしの文化がフランスに伝わります。するとその文化に影響を受けた人が、また新たな発想をする。そうして新しいものが生まれていくのでしょう」。

誰か、何かと影響し合いながら、新しいものを紡いでいく。その繰り返しが、必ず誰かに影響を与える。料理然り、伝統然り、芸術然り。互いに同じ思いを抱くふたりだからこそ、コラボレーションの重要性を深く語り合っていました。

京都生まれ、大阪育ちの堀木さん。生粋の大阪っ子の竹田氏ともあっという間に打ち解けて語り合った。

炭に向かう顔は寡黙な職人に見える竹田氏だが、話してみるといたって気さく。端々に冗談を挟む大阪人らしい一面も。

素材について、仕事について、天職という考え方について。話題は尽きず、ふたりの話は多岐に及んだ。

焼鳥 市松 × 堀木エリ子複雑な要素が絡み合い、調和する。職人の技が発揮された見事な串。

まるで旧知の仲のように話すふたり。頃合いを見て、竹田氏が2品目の料理に取り掛かります。それは山椒とカカオを合わせた焼き鳥です。

「焼き鳥も山椒もカカオも、それぞれは絶対にシャンパーニュに合うと思います。だけど3つすべてをあわせるとなると、どういう効果が生まれるのか……」。

そうもらす堀木さん。期待と不安の入り混じった視線を受けながら、竹田氏は料理の仕上げにかかります。

そして完成したのは、さらに複雑な要素を兼ね備えた一品。比内地鶏だけで作ったつくねに、カカオニブとカカオバター、山椒とライムの皮を加え、特製のタレで仕上げた奥深い焼き鳥です。

「構成要素が多いので、できればこれも一口でお召し上がりください」そんな言葉に促され、串を口に運ぶ堀木さん。しばしの沈黙。最初に堀木さんの口を割ったのは「なるほど」というつぶやき、そして次のような言葉でした。

「味と香りに立体感があり、しかし驚くほど調和しています」。

続けて「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」を口に運び、また沈黙。次の言葉は、笑顔とともに飛び出しました。

「カカオのさりげないコク、肉の脂の濃厚さを、山椒と柑橘が爽やかにしてくれています。そこで合わせるドリンクとの調和がまた見事。スパイシーでパンチがあり、かつ爽やかな香りがある“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”と兄弟のような存在。料理内のさまざまな要素同士、そしてシャンパーニュと。今までに感じたことがないほどの見事な調和です」。

竹田氏によればこの料理は試飲して、すぐに出てきた答えとのこと。フレッシュなスパイス、炭でシャンパーニュの香りを引き立て、脂とカカオのコクでキレを際立たせる。ただし構成要素が多い料理なので、全体のバランス調整にはかなり気を使ったといいます。

「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”を飲んでこの料理を思いつくのは、すごい発想力。“されど焼き鳥”の本質を見ました」。
そんな称賛を寄せる堀木さんの姿が印象的でした。

料理を食べ終えても、ふたりの話は終わりません。リラックスして「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」を傾けながら、会話は続きます。

話題はふたりに共通する「自然の素材と向き合い、そこに作為を加えていく」という点。

「100%自分の思い通りにしてやろう、と思うと良いものはできません。3割くらい偶然性を活かし、支配しようとしないこと。自然本来の良いものを見つけ、作為の中で落とし所を見つけること。きっとそのバランスを“感性”と呼ぶのでしょう。料理も同じではないですか?」。

堀木さんが訪ね、竹田氏が答えます。

「そうですね。頑固ではいけない、と思います。たとえば海外でイベントをするときに、思い通りの食材が集まらないこともあります。その隙間を作為で埋めるのが料理人だと思います」。

異なるフィールドに立ちながら、ものづくりという点で共通するふたり。やはり共感する部分は多いよう。そしてもちろん、今日の日のもう一つの主役である「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」にも。

「私たちはまだ作為によって調整ができますが、シャンパーニュはもっと大変でしょうね。雨は止められないし、日差しは増やせない。どうすることもできない自然を相手に、できることを真摯にやり続けるしかない。そしてこの“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”は、そんな中で生まれた奇跡のようなシャンパーニュ。料理や和紙とのコラボで、この奇跡のシャンパーニュがまたどこかに影響を与えてくれるのでしょう」。

香りを接点にしたマリアージュを狙うのも竹田氏の手法。2品目のつくねにも、多彩な香りを潜ませて、シャンパーニュとの総合的な調和を狙う。

上辺の社交辞令を言わない堀木さん。「また寄らせてもらいます」という言葉に、この日の満足感が表れていた。

住所:大阪府大阪市北区堂島1-5-1 エスパス北新地23 1F MAP
TEL:06-6346-0112

1962年京都生まれ。高校卒業後、4年間の銀行勤務を経て、京都の和紙関連会社に転職。これを機に和紙の世界へと足を踏み入れる。以後、「成田国際空港第一ターミナル」到着ロビーや「東京ミッドタウン」などのパブリックスペース、さらには、旧「そごう心斎橋本店」や「ザ・ペニンシュラ東京」など、デパートやホテルの建築空間に作品を展開。また、「カーネギーホール」(ニューヨーク)での「YO-YOMAチェロコンサート」舞台美術や、「ハノーバー国際博覧会」(ドイツ)に出展した和紙で制作された車「ランタンカー‘螢’」など、様々な分野においても和紙の新しい表現に取り組む。「日本建築美術工芸協会賞」、「インテリアプランニング国土交通大臣賞」、「日本現代藝術奨励賞」、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」、「女性起業家大賞」など、受賞歴も多数。近著に『和紙のある空間-堀木エリ子作品集』(エーアンドユー)がある。

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
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Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by TAITTINGER)

デニムモニュメント

皆さんこんにちは(*´∀`*)


デニムストリートには素敵なモニュメントがあるのですが、それの改装工事を行いました( ´ ▽ ` )



一旦白塗りして〜



文字をなぞり〜の



ハートをつければ、はい完成!

少し汚れが目立っておりましたので心機一転綺麗になりました(*´∇`*)



インスタスポットになっておりますので、是非デニムストリートにお越しの際は写真スポットとしてご利用ください(・∀・)






農産物に凝縮される、水と土のパワー。シェフたちを驚かせた滋賀食材の豊かな味わい。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

近江八幡市、安土信長葱の畑にて。手入れの行き届いた畑はおいしさの証。

ローカルファインフードフェア滋賀肥沃な土壌と豊かな水が育んだ滋賀県の農産物をめぐる。

東京都内で活躍するシェフが滋賀県の食材の魅力を伝え、オリジナル料理を提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。2021年2月のフェア開催に先立ち、シェフたちが冬の滋賀県を訪ねました。
湖魚、野菜、和牛の生産者のもとをめぐった1日目から一夜明けた2日目、この日はカブ、ネギ、トマト、お茶、イチゴの生産者を訪ねます。豊富な水と豊かな土壌が育む、滋賀県の農産物。シェフたちはそこで何を見出し、どんな料理のアイデアを練るのでしょうか。

【関連記事】湖魚、和牛、伝統野菜。まだ見ぬ至高の食材を探しに、雪の舞う冬の滋賀県へ。

琵琶湖の南北でがらりと変わる気候が、多彩な農産物を育む。

ローカルファインフードフェア滋賀蘇った伝統野菜と、新たに生まれた野菜。

滋賀県食材視察ツアー2日目。
雪が振り続けていた初日から一転、この日は気持ちの良い晴天が広がっていました。
実はこの天気の変化は上空の大気の状況もありますが、視察の場所が琵琶湖の南側に移ったのも大きな要因。同じ滋賀県内でも北部は日本海側の気候で冬は雪が積もりますが、南部は比較的温暖。この地域差が気候の違いを生み、さまざまな食材を育むのです。

そんな滋賀県の多様性を象徴する食材のひとつが、カブです。
大カブ、小カブ、白カブ、赤カブから、日野菜、北之庄菜、赤丸かぶ、万木かぶなどの伝統野菜まで、滋賀県で栽培されるカブは実に多彩。そこでこの日の一軒目は、滋賀県を象徴する伝統野菜・守山矢島かぶらを目指し、守山市の産地を訪ねました。
地元とゆかりの深い戦国武将・織田信長の伝説も残る伝統的地野菜・矢島かぶら。しかし生産者の高齢化にともない、生産者がいなくなってしまった時期があったそう。そんな中、地元の有志が立ち上がり、伝統を守り、未来につなぐために再び生産をはじめたのが、この守山矢島かぶらです。紫と白の美しいグラデーション、小ぶりながらたっぷりと水分を蓄えた扁平なフォルム。日本中でここだけでしか採れない希少な野菜に、シェフたちも興味津々です。
とくに興味をそそられていたのは、『湯浅一生研究所』の湯浅氏とバイヤーの山本氏。茎や葉も食べられるか、旬はいつ頃か、地元でどのように食べられるかなどを次々と尋ねていました。

続いては、こちらも滋賀県ならではの農産物、その名も安土信長葱。生みの親のひとりである井上正人氏の元を訪れ、お話を伺いました。
インパクトのあるネーミングが印象的なこのネギ、関西圏の料理人を中心に近年評判を呼んでいるのですが、実は世に出たのは今からわずか13年ほど前のこと。井上氏らが「太くて甘いネギを作ろう!」と立ち上がり生まれたブランドです。

「ここ安土町下豊浦地区は、もともとネギ栽培に適した地。その利を活かし、とにかくインパクトのあるネギを作ろうと思いました」と井上氏が胸を張るこの安土信長葱。葉鞘(ようしょう)と呼ばれる白い部分が27cm以上、重さは1本100g以上、糖度はスイカ並みの14度以上という、とにかく驚きだらけのネギ。

これには素材感をシンプルに伝える鉄板焼フレンチ『ahill』の山中氏、スパイスで素材の魅力を引き出すインド料理『ニルヴァーナ・ニューヨーク』の杉山氏ともに強く興味を惹かれた様子。とくに山中氏は「表面に隠し包丁入れて焼いて、ナイフがすっと入るようにして出したい。ネギが主役になる料理ですね」とすでに具体的な構想まで浮かんでいるようでした。

白と紫の美しいグラデーションが、守山矢島かぶらの特徴。

訪問時はちょうど旬を迎え、畑には多くの守山矢島かぶらが実っていた。

安土信長葱の生産者・井上氏。後ろに見えるのは安土城跡のある安土山。

青ネギが主流の関西圏で、白ネギの安土信長葱の存在感が際立つ。

ローカルファインフードフェア滋賀滋賀の陽光を浴び、ハウスで育つ2種類の赤い宝石。

昼食を挟んで一行は、滋賀県南東部の日野町にあるトマト農園『FARM KEI』を目指します。
受粉のための蜂が飛び回る穏やかなハウス内で、たっぷりのミネラルを吸収しながら育つのは、赤、オレンジ、緑、紫など色とりどりのイタリアン・トマト。こちらではジュエリートマトと名付け、直売や加工品販売を展開、もぎとり体験などを行っています。
「鈴鹿山脈のミネラルたっぷりの伏流水で育つトマトは、フルーツのような甘み。そのままでもおいしいですが、加熱するとさらにおいしくなります」と胸を張るのは、代表の井狩けいこ氏。自身がおいしく食べられるトマトの品種を探すうちに、現在の9品種に落ち着いたのだといいます。
ハウス内を見学しながら、ひときわ目を輝かせていたのはフランス料理店『シュヴァル ドゥ ヒョータン』の川副藍氏。「ただ甘いだけでなく、それぞれの品種にしっかりと個性がありますね」と称賛を寄せていました。

滋賀県が誇るミネラルたっぷりの農産物といえばイチゴも欠かせません。
一行が訪れた『farmハレノヒ』でも、噂に違わぬ素晴らしいイチゴが出迎えてくれました。
こちらで採用されているのは、少量の土の中に根を張らせ、そこに養液を巡らせて育てる滋賀県が開発した養液栽培システム・少量土壌培地耕。これにより高品質のイチゴが安定して収穫できるようになったといいます。「環境への意識や生産者の思いなど、食材の背後に潜む物語も大切」という湯浅氏にとっても、この農場はかなり刺激になった様子でした。
こちらで育てられるのは、章姫(あきひめ)とやよいひめという2品種。この日、とくに一行を驚かせたのは、やよいひめでした。
「やよいひめは当園が栽培するイチゴでもっとも実が固い品種で、食感があります。この時期のやよいひめは酸味と甘味のバランスが良いのですが、3月に近づくにつれて糖度がどんどん増していきます」という代表の川立裕久氏の話を聞きながら採れたてのイチゴを試食する一行。「甘すぎず、酸っぱすぎず、おだやかなおいしさ。優しいお二人だから、優しい味になるのかな」と杉山氏は語ります。

さらに川立氏は、現在開発中という滋賀県のオリジナル品種のイチゴも試食させてくれました。口々に感想を述べるシェフたちと「シェフの声を聞きながら調整していきたい」という川立氏の言葉に、シェフと生産者の理想的な関係が垣間見えました。

『FARM KEI』の井狩氏。「元はトマトが苦手だった」という井狩氏が甘いトマトを探し、現在の9品種に行き着いた。

各地の食材に造詣が深い杉山氏も、ジュエリートマトには驚きを隠せなかった。

『FARM KEI』のハウスを歩く川副氏。実のなり方、育ち方まで熱心に見つめた。

『farmハレノヒ』の川立夫妻。穏やかな人柄でシェフたちを出迎えてくれた。

いつもユーモアたっぷりの山中氏も試食の際は真剣そのもの。

滋賀県が開発した少量土壌培地耕で、安定した品質のイチゴが育つ。

背後にある物語を紐解くように、じっくりと試食をする湯浅氏。

ローカルファインフードフェア滋賀長い歴史を誇る近江の茶が象徴する滋賀県のものづくり。

肉、魚、野菜、果物とまわってきた滋賀県食材視察ツアーですが、滋賀県には忘れてはならない名産がもうひとつあります。それが、お茶です。
平安時代、天台宗の開祖である最澄が唐の国から種子を持ち帰り、比叡山の麓に撒いたことが起源と伝わるお茶。以来、1200年以上の歴史を誇るのが、ここ近江のお茶なのです。

そんな滋賀県の中でも最大の産地が、甲賀市土山町(旧土山町)。滋賀県全体で300haある茶畑のうち、200haが土山にあると聞けば、その規模が窺えることでしょう。
「渋味が少なく、旨味が強いのが特長」と、栽培から製造、販売までを手掛ける『グリーンティ土山』の竹田知裕氏は、そう胸を張ります。土地の気候や土壌、伝統、それらを大切にする生産者の熱意。すべてが揃うことで、そんな素晴らしいお茶が生まれるのでしょう。
広大な茶畑や加工場を見学しながら湯浅氏は「たとえばパスタに練り込むなど、当たり前じゃない使い方もしてみたい」とイメージを膨らませていました。

一泊二日の視察を終え、参加したすべてのシェフとバイヤーから聞こえてきた共通の感想は「生産者が熱い」という言葉。
「皆さん、真摯な気持ちで作っているのが伝わりました。真剣に自然と向き合う生産者の姿。店に戻ったらサービススタッフと共有し、その思いまで含めてお客様に伝えられれば」と振り返るのは川副氏。「ビワマスをみなくちファームのハーブと合わせて、近江牛はあえて脂の少ない部分を使って、それぞれの上品なおいしさを表現したい」と、フェアに向けての構想を聞かせてくれました。

山中氏も「今回たまたまなのか、土地柄なのか、素晴らしい人ばかりと出会えて幸運でした。畑の作り方や話した生産者の人柄をみれば、どう梱包してどういうものを送ってくれるかもわかりますから」と同意します。フェアに向けては「いろいろな野菜を知っているつもりでしたが、カブでもネギでもトマトでも、新たな発見がありました。今は野菜中心にやりたいという思いが湧いています」と話します。同時に「生産者の方が突然お店に来られても、胸を張って出せる料理を作りたい」と決意もみせていました。

「味覚って記憶になるんですよね。何かをきっかけに、そのとき食べた場所や情景が浮かんでくるように。そういう意味では、これからも記憶に残り続ける土地になると思います。そしてその記憶をお客様に追体験してもらうイメージで料理とプレゼンテーションを考えたい」とは湯浅氏。それぞれの食材についても「今までのやり方、セオリーを少し外してもおもしろいと思える食材に出会えました。コースの中に“丸ごと滋賀の一皿”が登場するようなイメージで、この土地のストーリーを伝えたい」といいます。

試食の際にもっとも大きなリアクションで感想を伝え、生産者にもっとも質問を投げかけていた杉山氏。「スパイスは、食材を長期間保存したり、安い食材をおいしく味わえるようにするためのものだと思われがちですが、本来は薬として、人々の生活に根付いてきたもの。だから良い食材はなるべく手をかけず、少しのスパイスでおいしさを引き立てることを考えます」と食材ありきのインド料理を考える杉山氏。そこに加える今回出会った土地や人のストーリーを「これもスパイスです」と笑い、滋賀県の魅力が伝わるインド料理を考案したいといいます。

夕刻、それぞれが思いを胸に東京への帰路につきました。
今回、口々に生産者の熱意と滋賀食材のクオリティを語ったシェフたち。はたしてフェア本番でその思いが、どのような料理になるのでしょうか。
『Local Fine Food Fair SHIGA』に参加するレストランに足を運び、ぜひ生産者の情熱と、シェフの思いを体感してみてください。

一面の茶畑が広がる土山エリア。比較的温暖な気候が茶の栽培に適している。

『グリーンティ土山』の竹田氏(右)と、同じく土山茶農家の『中村農園』中村氏(左)が、茶の栽培や加工について細やかに解説。

製造から販売まで、すべて自社でこだわりを持って行う『グリーンティ土山』。

東京で開催された試食会でも『グリーンティ土山』のお茶は参加者の興味を惹いた。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)

「熟成師だけでなく、もうひとつの肩書きも視野に。これからも家畜と生きる」焼肉 旬やさい ファンボギ/高橋伸由企

「(2020年12月現在)まだ街は閑散としています。しかし、未来に向けた準備も着々と進めています」と高橋氏。岐阜や肉への想いは、より強固に。

旅の再開は、再会の旅へ。

日本本州のほぼ中央に位置する岐阜県。その中心部である岐阜駅からごく数分の商店街に、全国から肉マニアが足を運ぶ焼肉店があります。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』です。

店主の高橋伸由企(のぶゆき)氏は、自身の肩書きに「熟成師」の冠を付けるほか、「MANIAC BEEF LABO」という屋号でディープな精肉販売の業務も行っています。このふたつの件からわかるよう、いわゆる普通の焼肉店ではありません。

しかし、新型コロナウイルスによって自由に行き来できる旅は奪われてしまい、全国からのゲストが激減してしまった状況は、今なお続いています。

ニュースでは様々な報道がされていますが、必ずしも皆当てはまるわけではありません。補償制度もしかり、地域の数だけ、人の数だけ、問題視される状況は異なるのです。

「思うような仕込みと仕入れが出来ず、熟成の計画とリズムが崩れてしまい、大変困惑しております」。

しかし、高橋氏が一番困惑する理由は、扱う「命」に対して。飛騨牛を始め、鶏、馬、羊はもちろん、狩猟シーズンを迎える冬季以降は、猪、鹿、熊、鴨、野鳥……。それらはすべて、その時々に完璧なピーク状態を迎えるよう、適切な熟成とカットが施されています。おいしく、というのは、大前提としてありますが、「命」をいただく限り、「命」を全うさせなければいけません。

そんな高橋氏は、「生産者になる準備を進めている」と言います。

「5年後は自社生産の牛を出荷する予定です。家畜としての天命を全うする中、家畜としての幸せを考えた生産をするつもりです」。

以前の取材時、高橋氏は、「感謝の気持ちは、思いだけでなくカタチにも替えて実践する」と話しています。

今、高橋氏が実践すべきカタチが「生産者」なのかもしれません。

また、お店に関しても「何もしなければ前には進めない」と歩を進め、思い切ってリニューアル。

「新たな空間では、カウンターの在り方がかわり、カウンターに来店のお客様は肉を焼くことなく、目の前で焼かれた肉を召し上がれます。そのスタイルは“焼肉”から“肉料理”となり、色々な味付けのスタイルをお楽しみいただけるよう、今後も進化を進める予定です」と高橋氏。同時に、店頭では小売りやランチのテイクアウト、オンラインでは取り寄せや贈答品の販売も開始。(https://fanbogi.stores.jp)

『焼肉 旬やさい ファンボギ』として、高橋伸由企として、生きた証を残したい」。

「熟成師」と「生産者」の肩書を持った高橋伸由企氏になれたあかつき、より「岐阜愛」は増し、「使い切る」だけではなく「生き切る」を全うした情熱の肉と出合えることでしょう。

ベストコンディションに熟成をかけられた肉は、七輪の上で艶かしくも美しく昇華される。立ち上る複雑で奥深い香りも極上。

前回の取材時にて提供されたタンはただのタンではなく、(上より) タンの顎、タン先、中央、付け根と部位で提供。衝撃の食感、味わいの差に誰もが驚くはず。

「どんな時も命を扱っているという気持ちを忘れません」と話す高橋氏。感謝の意を熟成という形で返し、ゲストに最高の肉を提供できるよう務める。

2012年より始まった、繁殖家、肥育家、そして高橋氏によるプロジェクトで、育成された飛騨牛を、2016年に雪中熟成。こんな画は、想像の範疇を超えている。

新たな空間では、肉や野菜、お酒の販売スペースも設置。食べるゲストだけでなく、買うゲストの往来も増え、生産者とのつながりも強固に。

リニューアルされた空間。「店内の換気は、1時間に17回入れ替わります。ぜひまた皆様にお越しいただける日を楽しみにしています」と高橋氏。

住所:岐阜県岐阜市住田町2-4 南陽ビル1F MAP
電話: 058-213-3369
https://fanbogi.stores.jp

Text:YUICHI KURAMOCHI

湖魚、和牛、伝統野菜。まだ見ぬ至高の食材を探しに、雪の舞う冬の滋賀県へ。[Local Fine Food Fair SHIGA/滋賀県、東京都]

海と見紛う広大な琵琶湖と深い山々が織りなす独特の地形。多様な食材を育む滋賀に5人の料理人が訪れた。

ローカルファインフードフェア滋賀レセプションで披露された滋賀食材のダイジェスト。

東京都内、第一線で活躍するシェフが、滋賀県の素晴らしい食材の産地と生産者をめぐり、その魅力を伝えるオリジナル料理を提供する期間限定の滋賀食材フェア『Local Fine Food Fair SHIGA』。2021年2月のフェア開催に先立ち、東京・日本橋にある滋賀県の情報発信拠点『ここ滋賀』の『日本橋 滋乃味』にて、レセプションイベントが開かれました。

イベントの目的は、『Local Fine Food Fair SHIGA』に向けてメニューを考案するシェフやパティシエに、まずは滋賀県の食材の多様性を知ってもらうこと。いわば挨拶代わりの試食イベントですが、次々と登場する滋賀県産食材のクオリティに、足を運んだシェフたちも驚いた様子。近江の伝統野菜、琵琶湖の湖魚、そして近江牛。古くから京都の食を支えてきた近江の伝統と誇りが詰まった食材が、料理人の心を捉えたことでしょう。

さらに会場は中継で各食材の生産者と繋がれ、生産者本人の説明を聞きながら試食できるという試みも。各生産者の熱意のこもったPRに、シェフたちの顔も真剣そのもの。ひとつひとつの食材を噛み締め、画面の向こうの生産者に質問を投げかけ、味の記憶を刻み、イメージを膨らませる。和やかでありながらどこか引き締まったレセプションの空気は、そんな思いの表れだったのかもしれません。

しかしこれはあくまで序章たるレセプション。この翌週、シェフたちはさらに滋賀県の食材を深く知るべく、冬の滋賀県へ向かうのです。

【関連記事】滋賀食材フェア/産地を巡り、生産者と語り、本質を知る。滋賀県の食材の魅力を伝える都内レストランフェア開催。

レセプションで提供された料理は、滋賀の食材を日頃から知り尽くす滋乃味の高島シェフが担当。

滋賀県庁や生産者とオンラインで繋ぎ、リアルタイムで食材に関する質疑応答が行われた。

社会情勢を鑑みて試食はフェイスシールドをつけて。味はもちろん香りや色味も真剣に確かめる。

ローカルファインフードフェア滋賀冬の琵琶湖から一本釣りで揚がる、ここだけ、今だけの美味。

この冬一番の寒気がやってきた12月のある日、シェフと食材バイヤーが滋賀県に降り立ちました。

今回のメンバーは繊細なスパイス使いに定評があるインド料理『ニルヴァーナニューヨーク』の杉山幸誠氏、絶妙な火入れで食材の魅力を引き出す鉄板焼きフレンチ『Ahill』の山中昌昭氏、古典と革新の融合が話題を呼ぶフランス料理店『シュヴァル ドゥ ヒョータン』の川副藍氏、こだわり抜いた日本の食材を卓越した技術で調理するイタリアン『湯浅一生研究所』の湯浅一生氏、元料理人でソムリエの資格も持つバイヤー・山本敦士氏の計5名。食材に強いこだわりを持つ5名が、それぞれの視点で滋賀県の生産者のもとをめぐり、美味なる食材を探求します。

東京から滋賀へと向かう道中、岐阜県を過ぎた頃からちらつき始めた雪が見る間に強まり、米原駅を降りるとあたりは一面の銀世界。琵琶湖の北側の山間は日本海側の気候に近く、例年かなりの雪が積もるのだそう。そんな山間部と沿岸部、琵琶湖の東西により異なる気候こそ、滋賀県の多様な食材を育むのです。

凍える寒さに震えながら一行がまず向かったのは、琵琶湖北端の西浅井漁協。琵琶湖の固有種であるビワマスの見学が目当てです。出迎えてくれた漁協の代表理事・礒崎和仁氏が、さっそく詳細を解説します。

漁の最盛期となる夏が旬のビワマスですが、冬場は夏とはまた違った濃厚な味わいになるのだといいます。また、琵琶湖の水温が下がり広く泳ぎ回る冬は、刺し網にかかりにくく、一本釣りが主体。そのため漁獲量が減る代わりに魚体に傷がつかず、鮮度も保たれるのだとか。

漁協で用意してもらった刺し身を味わい、新鮮なビワマスの味を確認した一行。その味に各々の口から驚きの声が上がります。
杉山氏は「上品な脂と、甘みが抜群。これからさらに水温が下がれば、凝縮したきめ細かい脂がのってきそうです」と絶賛し、東京への輸送方法まで細かく確認していました。

脂の乗った冬のビワマス。さっぱりとした夏に対し、冬は濃厚な旨みが詰まっている。

重さ、旬、処理方法、輸送方法。シェフたちの質問は多岐にわたった。

淡水魚特有のクセがなく、脂がほのかに甘いため、刺し身でおいしく味わえる。

礒崎氏の解説とともにビワマスを試食。シェフたちはメモを取りながら真剣に聞き入っていた。

ローカルファインフードフェア滋賀故きを温めて新しきを知る、若き生産者との出会い。

続いて訪れたのは、琵琶湖北部の高島市にある『みなくちファーム』。7年前に異業種から就農した水口淳氏、良子氏夫妻が手掛ける無農薬野菜と原木椎茸の農場です。
「シンプルに焼いただけであれほど甘みが出るニンジンに興味がありました」と、レセプションで試食したときから川副氏がもっとも楽しみにしていたのがこちらの訪問。実際に水口夫妻にお会いし、話すことで、料理のイメージもより明確になったようです。

ファッション業界から、未知なる農業の世界に飛び込んだ水口夫妻。野菜は路地栽培で、基本的には水も与えず自然のままに育てることで、野菜本来の力強い味を引き出します。そんな古からの野菜づくりを目指す一方、発注などはシェフとLINEグループを作って直接対応するなど若き二人らしさも。センスの良い服をまとい、心底楽しそうに野菜について語る二人の姿は、これからの農業の進むべき道なのかもしれません。

さらにここでも一行は採れたての野菜や原木椎茸を試食させてもらいます。まずバイヤーの山本敦士氏は、フリルレタスに興味を惹かれた様子。「手でちぎる“パキッ”という音だけで水分量と品質が伝わります。土の栄養が行き渡って水耕栽培のものよりも長持ちもしそうです」とバイヤーらしい視点で評しました。

続いてキッチンに立ったのは山中氏。鉄板焼きのプロの血が騒いだのか、フライパンを手にじっくりと椎茸を焼き始めました。「肉厚で、火を入れても水分が浮いてこないため水っぽくなりません。非常に良い椎茸ですね」と日々野菜と向き合うシェフらしいコメント。ちなみに山中氏が焼いた椎茸は、水口夫妻さえも驚かせた様子でした。

『みなくちファーム』の若き生産者。独学で失敗を重ねながら無農薬栽培に挑む。

少量多品目、伝統野菜からハーブまで幅広い野菜を育てる。

椎茸のホダ場を案内する水口氏。ここでも自然本来の力を生かした栽培を目指す。

豪雪地帯の高島市。この時期の大根は深い雪の下から掘り出す。

急遽キッチンに立った山中氏。プロの技は生産者をも驚かせた。

バイヤー山本氏は食材自体の質に加え、保存性や輸送方法まで吟味する。

ローカルファインフードフェア滋賀明治創業の老舗で学ぶ、滋賀県が誇るブランド和牛。

日も暮れかけたこの日の最後の目的地は、近江牛の『大吉商店』。明治29年の創業から近江牛一筋にこだわってきた老舗です。
近江牛はおよそ400年の歴史を誇る滋賀県を代表する名産品。案内してもらった牛舎では、丹精込めて育てられた牛たちが暮らしていました。とくにシェフたちの興味を惹いたのは飼料の藁の話。「餌に混ぜる藁は近隣の米農家にもらい、代わりに堆肥を譲ります。つまり地域内で循環しているんです」という方式は、地域と世界の未来につながる話。
日本各地の素晴らしい食材を探求する湯浅氏は「ただおいしいだけではなく、背景にストーリーがある食材であることが大切。この近江牛にはそれがあります」と話しました。

もちろん物語だけではなく、重要なのは味。そのおいしさを確かめるべく、この日の夕食は『大吉商店』が手掛ける『農家レストランだいきち』を訪れました。豪勢な近江牛焼き肉に舌鼓を打つ一行ですが、これも視察の一環。おいしく味わいつつも部位や卸値の鋭い質問も飛び出します。「霜降りですがくどくなく、肉の旨みが感じられます」という湯浅氏に、「脂に嫌味がなく、食後感が良いですね」と川副氏も同意していました。

こうして魚、野菜、肉をめぐった滋賀県食材視察の1日目。食事中は調理法や食材選びの意見も交わされ、少しずつシェフたちの頭の中でフェアに向けての構想が固まりつつあるようでした。

『大吉商店』の牛舎にて。シェフたちの興味は背景に潜むストーリーに向かう。

見事なサシが入る近江牛。融点が低く、ベタつかないのが上質な脂の証。

シンプルな焼き肉が、部位の個性を端的に伝えてくれる。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by 滋賀県)

見えないシンフォニー。過去との矛盾がない生き方が未来を創造する。

「今、この時代に音楽家として何ができるのか。未来のために、そのかたちを記録(記事)として残したかった」と松永誠剛氏。

SAGA SEA 2020音楽家として。人として。松永誠剛が奏でる生きる音。

去る2020年12月20日。『佐賀県立宇宙科学館』にて、極めて実験的な音楽プログラムが開催されました。

それは、『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』です。

本企画は、「佐賀とオランダの再会が22世紀の文化を作る」というコンセプトのもとに構成。その根幹は、約400年前にオランダの東インド会社によって伊万里港から海を渡り、ヨーロッパに伝わった有田焼にあります。

佐賀との出会いをきっかけに、オランダは長い年月をかけて多様性のある暮らしへと発展し、成熟された現代においても国籍などの垣根を超えた様々な人種が行き交う風景が形成されるようになりました。

そんな海に育まれた交流の歴史に学ぶため、佐賀県は1976年から開催されている『North Sea Jazz Festival』に着目。明治維新から150年経つ節目の2018年より『SAGA SEA』と題したイベントを展開し、音楽を通してオランダとの再会、新たな文化の創造、そして地域の活性化を図ります。

アーティスティック・ディレクターを担うのは、音楽家・松永誠剛氏です。

世界で活躍する松永氏は、福岡生まれ。近県である佐賀とは馴染みも深く、現在も福岡の郊外、宮若市芹田に拠点を構え、山々に囲まれた畑と田んぼの間に佇む明治初期に建てられた日本家屋『SHIKIORI』にて音楽と向き合います。

驚くべきは、この場所にワールドクラスの演奏家が集い、コンサートホールと化すことです。席数は、わずか60席。「想いが帰る庵」と呼ばれるそこは、音楽の桃源郷として世界中の音楽家から愛されています。

そんな松永氏は、異端の人生を歩んできました。

幼少期は、義理の大叔父である作家・大西巨人氏の本と共に過ごし、学校へは行かず、自宅や大叔母の家で学問に向き合っていました。

「学校よりも、自宅よりも、大西巨人の本がある大叔母の家が一番心地良い場所でした。耳を澄ませば竹林の音も奏でられ、裏山も背負う建物で、僕はこどもながらに世間と距離を置いていた」。

当時の松永氏は本に救われ、以降、青年の松永氏は音楽に救われます。

17歳の夏をボストンの音楽院で過ごした後、ニューヨークやコペンハーゲンに拠点を移し、マシュー・ギャリソン氏、ニールス・ペデルセン氏のもとで音楽を学びます。

2020年は、言わずもがな世界中が難局に陥りました。自粛や緊急事態宣言などによって日常は奪われ、それに伴い、コミュニケーションの遮断や隔離された生活を余儀なくされました。

イベントの中止も相次ぐ中、「新たな眼差しで未来を表現したかった」と、松永氏は『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』を振り返ります。

「全ては、音楽の未来のために。佐賀の未来のために」。

雄大な自然に囲まれ、風光明媚な場所に位置する『佐賀県立宇宙科学館』。以後、宇宙と音の親密な関係が話題に出るほど、会場との相性は抜群。

SAGA SEA 2020ニューヨークと佐賀。ピアニストがいない会場に響く、生の音。

日本・佐賀は、2020年12月20日、午前10:00開演。
アメリカ・ニューヨークは、2020年12月19日、午後8:00開演。

『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』の会場には、ピアニストはいません。無人のステージに鎮座しているのは、『Disklavier(ディスクラビア)』。

『ディスクラビア』とは、『YAMAHA』が開発した自動演奏機能付きピアノです。このピアノを以て、ニューヨークの演奏がリアルタイムで佐賀に音を奏でることを可能にします。

公演名の通り、パフォーマンスを担うのは、ダン・テファー氏。世界的に活躍するピアニストです。

フランス生まれのダン氏は、オペラ歌手の母とジャズピアニストの父を持ち、幼少期からクラシックピアノを学びます。その後、ニューイングランドの音楽院にてダニーロ・ペレス氏に師事。以降、ニューヨークに拠点を移し、リー・コニッツ氏との共演で一躍有名になった人物です。

その実力は折り紙付きですが、特筆すべきは、音楽家でありながら天体物理学の学士号を取得した経歴を持つ専門家であるということです。

その才こそが、今回の企画を唯一無二に仕立て上げる要でもあります。

それは、『Natural Machines(ナチュラル・マシーン)』。

「『ナチュラル・マシーン』とは、自然の歩む道と機械の歩む道の交差点を音楽で探るプロジェクト」とダン氏。

『ディスクラビア』上での演奏と自作のコンピュータープログラムが自動生成する音楽・映像データを融合させたインタラクティブ・マルチメディアプロジェクトのそれは、率直に言えば解読難儀。高度な研究と哲学のもとに具現された音の創造のため、学び得るのは至難の業です。脳内に「?」が何個も浮かびます。

「実は、2020年上半期の『SAGA SEA』では、オランダで活動する『ヨーロピアン・ジャズ・トリオ』の公演を予定していました。それが、新型コロナウイルスによって中止になってしまい……。しかし、何か形にできないかと思い、アムステルダムと佐賀をつないだオンライン配信を行いました」と松永氏。

しかし、会場に束縛されないコンサート体験の共有という良い発見があった反面、もし演奏家として参加した身に置き換えると「悲嘆も感じた」と話します。この悲嘆とは、今後、向き合う未来への不安や課題を指します。

理由は、「コントラバスの“振動”が伝わらなかったから」です。

「“オンライン配信”という新たな体験は、自分にとって大きな分岐点になりました。この体験でオーディエンスが満足してしまうのであれば、今後、果たして自分はステージに戻る必要があるのか……。実は、某オンライン配信のフェスティバルにアーカイブ映像で“出演”した際、そのチャットにはたくさんの良い書き込みがありました。しかし、“過去と現在の同時進行”が成された現実を見る僕は、ステージではなくパソコンの前にいる……。それは、何とも不思議な体験でした」。

過去と現在の同時進行――。その意味は、通信によるタイムラグです。数秒から数十秒、配信先や経路によって発生してしまう遅延は、厳密にはリアルタイムではありません。ゆえに、現在の映像のようで数秒過去の映像が流れる現象が生まれてしまいます。アーカイブ映像に関して言えば、さらにもうひとつ時系列が加わり、3つの時間軸が交錯してしまうのです。

「病院や老人ホームなど、会場に足を運ぶことが困難な方々と音楽の共有ができるという意味でオンライン配信は可能性を持っていますが、感動の瞬間の誤差が生まれる課題もあります」。

様々な葛藤を経た今回、その手法に選んだのが、『ディスクラビア』を採用したライブだったのです。

「ダンにニューヨークから日本のピアノを弾くことはできる?と連絡したら即答で“YES!”。それを皮切りにプロジェクトはスタートしました。一緒に制作を進めていく中、ダンから『ナチュラル・マシーン』を提案されました。そして、彼は今回の演奏のために新たなコンピュータープログラムまで作ってしまった。そんな音楽家は、ほぼいません」。

プロジェクトを推進していくにあたり、松永氏はダン氏からある本を勧められたと言います。それは、アメリカの理論物理学者、ブライアン・グリーン氏の『エレガントな宇宙 ― 超ひも理論がすべてを解明する』です。

同書の主題でもある「超ひも理論」は、「超弦理論」とも言われ、相対性理論と量子力学の対立という物理学最大の難問を解決するといった内容です。

「科学の発展は、“見えないもの”を想定し、その実態を解明することにあったと思います。宇宙物理学や理論物理学においても未だいくつもの“見えない”候補があります。“ひも=弦”もそのひとつです。世界は点粒子で構成されているのではなく、“弦”のような要素で構成されており、それらは“スーパーストリング=超弦”というつながりの中にあるだろうと予想されています。例えば、惑星の軌道は、寸分の狂いなく調和しています。もしそれが崩壊されれば、僕ら人間にとって死を意味します。超弦理論的視点で考察すると、マクロの世界にもミクロの世界にも”弦“が鳴り響いていて、人間もコンピューターも共鳴するものがあるのではないか。と思ったのです。その体験に挑戦してみたことが『ディスクラビア』であり『ナチュラル・マシーン』。自分が感じたことをみんなにも感じてほしかった」。

この見解は、音だけの世界に限らず、今の社会情勢の視点でも同様なのかもしれません。

「例え、人間社会が不安定になったとしても、調和、原理の中に生きていることが宇宙を観察することで理解できます。それによって、少しでも日常を安心して過ごせると思うのです。昔の見聞から、宇宙の観察から、暦を知り、畑を耕し、種を植える季節を学び、収穫に喜んできたように。広い視野や眼差しを得ることも『ディスクラビア』から学びました。実は、最初に音のテストをした時、ダンの演奏よりも一生懸命にダンの奏でる音を弾こうとしている『ディスクラビア』の音に感動している自分がいました。アルゴリズムや『ディスクラビア』が人間の伴奏や道具ではなく、人間や自分自身を映す鏡でもあるように感じています。ダンと『ディスクラビア』の演奏のように、“お互いの声”に耳に傾けることから、豊かな未来があるように感じます」。

『ディスクラビア』は、ダン氏の演奏をリアルタイムで感知。対話するように生の音を奏でます。それと同時に生の映像もつながる会場では、『ナチュラル・マシーン』によって見えない音の軌道も可視化。『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』は、様々な哲学とテクノロジーを駆使し、そこに人間の想いを重ねた新たな音楽体験を創造したのです。

そんな美しい音色が響く会場には、ちゃんと「振動」が存在していました。

今回、『ナチュラル・マシーン』という革新的な手法を採用してパフォーマンスしたダン・テファー氏。手に持つ幾何学的なものは、可視化した音の軌道を3Dプリンターで現実の物体として作り出したもの。Photograph:Josh Goleman

映し出された映像には、ダン氏の音の軌道を可視化。それを可能にするのが『ナチュラル・マシーン』。

日本が誇る音楽メーカー、『YAMAHA』が開発した『ディスクラビア』。独自の高精度デジタル制御システムにより、鍵盤やペダルの動きを正確に再現する自動演奏機能を搭載。

SAGA SEA 2020未来を担うこどもたちへ。22世紀に解を得る、音のチケット。

前述の通り、『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』の特徴は、『ディスクラビア』と『ナチュラル・マシーン』にありました。

しかし、もうひとつ特筆すべきことがあります。それは、観客の多くが「こども」だということです。

「こどもたちに“入口”を作りたかった」。

この入口とは、可能性という言葉にも置き換えられると思います。
「こどもたちに難しいことを伝えようと思っているわけではありません。ただ、楽しんでくれればそれでいい。このコンサートに触れることによって、何か感じてくれればそれでいい。その何かが10年後、20年後の未来に役立てばそれでいい」。

『佐賀県立宇宙科学館』という地域のシンボル的な場での開催は、より多くの方々のインターフェイスになりました。それは、『SHIKIORI』で開催する意義とは、また別の意義を見出したと言ってもいいでしょう。

「僕は、幼少期に大西巨人の本によって色々な“入口”と出会えることができました。(前述)学校にも行かなかったという件のみ掬い上げられると、一見、閉ざされた世界のように受け入れられがちですが、自分は開けた世界にいたと思っています。実は、両親が共に教育関係の仕事をしていたのですが、ふたりは僕に学ぶ場を選ばせてくれました。大切なことは“何を学ぶか”であり、“どこで学ぶか”は重要ではないと思います。僕は、学ぶ場所を学校ではなく家を選びましたが、日本はアメリカのようにホームスクーリングの概念が育まれなかったため、異端のように見えたでしょう。学びの場にあった大西巨人の本は、僕に居場所を与えてくれました。それだけではなく、広い世界への入口や生きていく上で必要な視野も広げてくれました。それはまるで “どこでもドア”のような存在だったのかもしれません。当時、難しい本の内容を理解できたわけではありませんが、その体験が今の自分の人間形成を養ってくれたことは間違いありません。だから、今回のコンサートでも、何かの“入口”と出会うきっかけになれば良いなと思っています」。

失礼を承知で申し上げれば、大西巨人は売れない作家。松永氏は不登校児。異端のふたりは自然と共鳴し、大切な何かを育んだのかもしれません。血の繋がりはなくとも、家族以上の関係を築いたのです。

「実は大人になってから、2度お会いました。そのうちの1回は東日本大震災の時でした。当時の社会の流れに疑問を持ち、悩んでいたので、救いを求めるように巨人さんに会いに行きました。 “疑問を持つだけで正しい。我々は同志だ”と笑顔で言葉をかけられました。それが巨人さんとの最後の会話でした」。

2014年3月12日、大西巨人は他界。享年97歳。

そして現在、新型コロナウイルスに翻弄される日々が続くも、松永氏が思うことはあの時と同じ「社会への疑問」。言われた通り、「疑問を持つだけで正しい」教えを守り、考え続けます。

何かにぶつかった時、悩んだ時、松永氏にとって大西巨人に還ることは、人生のプリンシプル。中でも、大西巨人の代表作『三位一体の神話』にある言葉、「目の前の問題に戸惑うことなく永遠の問題を考え続ける精神が存在していることを願う」は、遺言のように心に刻まれていると言います。

「僕たちは、新型コロナウイルスから何を学ぶのか? ウイルスによって働き方や経済を変えることを学ぶのではなく、ウイルスとは何かを学ばなければいけない。今、まさに新型コロナウイルスに戸惑っている。過去を振り返っても、音楽家のヨハン・ゼバスティアン・バッハや理論物理学者のアルベルト・アインシュタイン、哲学者、思想家、経済学者、革命家など、様々な顔を持つカール・マルクスたちは、各々の想いと本質を理解されないまま、本人の願いとは違う形で後世に伝わっていることもあるように思います。過ちを繰り返してはいけない。フランスの経済学者であり思想家のジャック・アタリの言葉にもあるよう、例えこの騒動が鎮火しても、ただ元に戻ってはいけない。何かを学んでから元に戻らなければいけない。ネガティブな理由を理解し、ポジティブに転換できる精神を身につけなければいけないと思っています」。

老若男女集う会場には、多くのこどもも参加。「今回の音楽体験を通して、こどもたちの未来の入口、可能性を増やせるインターフェイスになれればと思っています」と松永氏。

SAGA SEA 2020逆算して人生を考える。音楽家である以上、死ぬまでに楽器を発展させたい。

「師匠であるマシュー・ギャリソン、ニールス・ペデルセンはコントラバスを発展させてきました。自分もいつかはそうなりたい」。

そのいつかは、「40歳と決めている」と松永氏は言います。

「自分はベーシストとしてふたつの目標があります。ひとつは、バッハの無伴奏チェロ組曲をコントラバスで弾くこと。もうひとつは、コントラバスでピアノを弾くこと。それを40歳までに成し、以降はコントラバスを発展させることに注力したいと思っています」。

後者の目標に関して補足すれば、『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』で享受したテクノロジーの発展によって音楽の可能性が拓けたゆえの発想になります。それは、不可能を可能にする自己との対話、松永氏が奏でるコントラバスのアルゴリズムが鏡のように映し出されるピアノとの「デュエット」を指します。

目標の創出、40歳までという期限。まるで人生を逆算するかのようなロードマップは、新型コロナウイルスによる社会的影響が理由の主ではないにせよ、活動の停止によって『SHIKIORI』で過ごした長き時間は、その考察に作用しているのかもしれません。

「2020年は、ほぼ全てのツアーがなくなりました。通常であれば、一年の半分以上は海外なので、これほどまでに『SHIKIORI』で長く過ごした年は初めてだったかもしれません。ただ、その分、本を読み、音楽制作に没頭し、更には自然の美しさや地域の人の温かさも再認識しました」。
ある種、自由を手に入れた松永氏は、音楽家としてではなく、人間として己の身体を預けられたのかもしれません。

「『SHIKIORI』にいる時は、毎朝、作曲やレコーディングをしています。ほぼ同じ時間に鳥たちがそれぞれの縄張りを音で示すために鳴くのですが、僕が音を鳴らすと彼ら(鳥たち)が寄ってくることがあるのです。以前、屋久島の森でも同じような体験をしました。コントラバスを弾いた時、低音を雄の求愛の声と勘違いして鹿が寄ってきたのです。おそらくそれは音域にあると思い、そんな体験も含め、音と自然は非常に近い関係にあると感じています。例えば、地球の公転周期は365.26日に対して火星は686.98日。この太陽系の比率を音楽の視点で見ると、ほぼオクターブに近く、少し低い長7度(“ド”から“シ”)の響きに聞こえるのです。これは、人間が心地良いと感じるメジャーセブンスの響き。どちらも調和しているのです。だから、このふたつの音の調和には生き物が安心を得られるのかもしれません。しかし、音が悪影響を及ぼすこともあります。ヘリコプターなどの音は有害で、上空を通過すると、田んぼのカエルたちは振動を感じて、鳴くことをやめます。再び彼らが鳴き始めるまでには1時間くらいの静けさが必要になります。“ラブソング”が歌われないと、生殖活動に影響を与え、生態系を崩してしまうことが孕んでいるのもまた音、振動なのです。そういった事情を原理としても証明したいです」。

自然の音、生き物の音、人工の音。
太陽系の距離、速度、時間。
そこに人類はどう共存していくのか。

「僕は過去との矛盾がない生き方をしていきたい。そういう意味では、『SAGA SEA 2020 音楽寺子屋 Dan Tepfer 〜22世紀の教室〜』が開催できたことは、新型コロナウイルス以前から継続してきた『SAGA SEA』の取り組みとも矛盾がなかったものだと思っています。今できる感染予防対策と今できる音楽表現、その両者のベストは尽くしました。もちろん改善点はありましたが、それによって未来を見ることもできました。過去の自分への反逆のようにならないために、矛盾しない生き方を自分はしていく」。

矛盾のない生き方、それは松永誠剛が奏でる見えないシンフォニー。

姿形こそないものの、その音は、生涯、胸の中で響き続けるのです。

 

1984年、福岡生まれ。幼少期を義理の大叔父である作家・大西巨人の本に囲まれて過ごす。17歳の夏をボストンの音楽院にて過ごし、その後、ニューヨークにてマシュー・ギャリソン、コペンハーゲンでニールス・ペデルセンのもとで音楽を学ぶ。これまで南アフリカからインドまで世界各国で演奏を行い、エンリコ・ラヴァ、カイル・シェパード、ビアンカ・ジスモンチ、ビリー・マーティン、ティグラン・ハマシアンなどと共演、活動を行う。宮古島の古謡との出会いをきっかけに世界各地の古謡の研究を始め、宮古島の歌い手、與那城美和と共に「Myahk Song Book」、「IMA SONG LINES」の活動を行う。写真家・上田義彦氏の主宰する「Gallery 916」を舞台に写真と大鼓の大倉正之助氏とのコラボレーションや舞踏作品の音楽、プロデュースや演奏活動だけでなく雑誌や新聞連載など執筆なども行い、その活動は多岐にわたる。2017年、“自然との再会を通じた、人間の再生”をテーマに屋久島の森を舞台に「Homenaje Project」を開始。沖縄「宜野座村国際音楽祭」、佐賀「SAGA SEA」など、数々の音楽祭のアーティスティック・ディレクターも務める。現在、畑と田んぼに囲まれる福岡の古民家「SHIKIORI」を拠点に、世界中から集まる人々との対話を重ねている。
http://www.shikiori.net

Photographs:TAKUYA TABIRA(Live Venue)&YUICHI KURAMOCHI(Portrait)
Text:YUICHI KURAMOCHI

意外なお客様(・∀・)

皆様こんにちは!

寒い日が続く中で今日は意外なお客様が来店されました(*´∀`*)


くーぴっとちゃんです(*´∀`*)

お付きの人曰く倉敷市の人権啓発マスコットキャラだそうです( ・∇・)

正直存じ上げなくて申し訳ないです(;ω;)

倉敷を、盛り上げるためにいろいろな場所で宣伝をしてくださってるそうで、テイクアウトのレモネードを宣伝してくれました!

ついでに記念写真も



テイクアウトは土日祝日のみの営業となっておりますが皆様も倉敷を盛り上げる事をお手伝いください(・∀・)

地元食材が織りなす「山口」そのもの。五重塔の下で繰り広げられた月夜の晩餐会。[Yumehaku Art & Food in RURIKOJI/山口県山口市]

山口ゆめ回廊博覧会国宝・瑠璃光寺五重塔を眼前に創り上げる独自の食空間。

奇しくも満月の夜。まばゆい月光と、円卓に灯されたほのかな灯りを頼りに、一夜限りの晩餐会が開かれました。眼前にそびえるのは瑠璃光寺の五重塔。ライトアップされた池面のゆらめきが反射して、幽玄な雰囲気を漂わせています。

「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI」と銘打ち、アートと食を通して山口という土地そのものの表現を試みたイノベーティブな本イベント。一般客を招く今年の開催に向けて、2020年10月31日、本番さながらのリハーサルが行われました。演出を手掛けたのは、その土地土地の文化やアート、デザインを融合させた料理で独自の食空間を創り上げ、世界各地で活躍する船越雅代さん。今回そのプレゼンテーションの舞台として選ばれたのが、瑠璃光寺五重塔を仰ぎ見ることができる芝生広場、“満月の庭”だったのです。
料理家であり、アーティストでもある船越さんが、自身のフィルターを通して「山口」をどう分解して再構築し、なおかつ空間表現×味覚として具現化させるのか。未知なる世界を一足早く体験した取材班が、その一部をご紹介します。

2021年7月から12月にかけて開催される「山口ゆめ回廊博覧会」。山口市、宇部市、萩市、防府市、美祢市、山陽小野田市、そして島根県は津和野町の7市町からなる、山口県央連携都市圏域の自然や文化、伝統など多彩な魅力を全国に発信するというプロジェクトです。各市町の特性を芸術・祈り・時・産業・大地・知・食の7つの観点から紐解き、「7色の回廊」と称してそれぞれのテーマに合わせたイベントを実施。そのなかで、「Yumehaku Art & Food in RURIKOJI」は「食の回廊」の中核を担う目玉企画なのです。

暗がりのなか、わずかな月明かりと卓上の灯りを頼りに目の前に運ばれる、地元食材を使った料理の数々。

光が反射して美しい陰影を放つガラスは、山口県出身のガラス作家・伊藤太一さんの特注品。

山口ゆめ回廊博覧会キーワードは“水”と“滲透”。暗闇と静寂のなか供された料理、果たしてその内容とは?

演出と監修から料理の提供まで、すべてを託された船越さんは現在、京都在住。自身のアトリエ兼茶楼・ギャラリー・プライベートレストラン『Farmoon』を営んでいますが、その合間を縫いリサーチのために数ヶ月にもわたって山口県の圏域を回ったといいます。

「山口のイメージは“水”。巨大な秋芳洞の鍾乳洞、切り立った断崖の須佐ホルンフェルス、コバルトブルーの神秘的な別府弁天池……みんな長い長い時間をかけて水が浸透し、水によって育まれた美しい自然の造形物です。水のミクロの視点、浸透していく細胞に意識を巡らせられるようなしつらえを心がけました」

その船越さんの言葉通り、テーマは「OSMOSIS 滲透(しんとう)」。まさに山口の自然の恵みを享受した食材が、ゲストの身体の隅々にまで染み渡っていく感覚です。その演出に一役買っているのが暗闇と静けさ。いくら満月が煌々と輝いてはいても辺り一面真っ暗で、料理の全貌を目で捉えることはできません。卓上には手元を照らすわずかな灯りのみ。そこに料理を運んできてくれるのは、白い衣装に身に包んだサーバーたち。戸惑うゲストを前に、水の入ったグラスをその灯りにかざしてみるようにとジェスチャーで指し示してくれました。言うに及ばずサーブまでもがパフォーマンスのうちなのです。促されるがままにグラスに灯りを当ててみると、光が乱反射して皿上の料理がちらちらと見え隠れ。その陰影も美しいのですが、やはり内容はおぼろげにしか分かりません。そんなもどかしさとともに、円卓を囲んだ20名のゲストはみな手探りで箸を運びつつシャクシャク、パリパリと小気味いい音を響かせながら一様に「これは何の魚の素揚げだろう……?」「このピューレの味は?」などと味覚、嗅覚、記憶をフル回転。見えたら視覚からの情報に頼ってしまう。もちろん見えた方がキレイに違いないのですが、もっと意識のベクトルを内へ内へ、感覚を研ぎ澄ませて食材を細胞にまで行き渡らせるように味わってほしいという船越さんの思惑がそこにはあるのです。

少々種明かしすると、魚の素揚げは地元では「金太郎」と呼ばれるヒメジという魚種で、あまり聞き慣れませんが萩市ではお馴染みの食材。白身ながら濃厚な甘みがあり、刺し身や干物として人気の魚だそう。こちらではふっくらと揚げてありましたが、そこにも魚本来の水分を中に閉じ込め、“滲透”させるという企みが潜んでいるのでしょう。その他にもスープには、宇部市で栽培する永山本家酒造場の自然栽培酒米「山田錦」の香ばしいお焦げを忍ばせたり、水には山口市の名水「柳の水」を使用したりと、随所に圏域の滋味深い食材を散りばめたラインナップです。

空間全体を使ったパフォーマンスも見どころの一つ。寄る辺ない静寂の中、ややもすると闇の中に溶け込んでしまいそうになる意識をグッと引き戻してくれるのが、サーバーと同じく真っ白な衣装をまとったパフォーマーのMAMIUMUさん。独自の発声法による声、グラスハープ、金属の鳴り物などを使った表現を生業とする彼女が、時にはトライアングルのような楽器を奏でて回ったり、時には「水の精」として水甕を掲げてヨーデルのような声を響かせたりと、ゲストを幻想的な世界へと誘います。

ここまででも盛りだくさんの内容ですが、ラストにもちょっとしたサプライズが。こちらはぜひ、ご自身で体験してみてください! とはいえ、今回は1年後に向けてのリハーサルなので本番ではどのような進化を遂げているか、予測は不可能です。悠久の時を重ねる五重塔と、すべての生命の源であり絶えず変容し続け流動する“水”とのコントラスト。それはとりもなおさず動と静、新旧をないまぜにした山口の姿そのもの。この饗宴のみならず、「山口ゆめ回廊博覧会」は万華鏡のようにきらめく多様性に満ちた山口の今の形を見せてくれるに違いありません。

パフォーマーのMAMIUMUさんは、その細い身体からは想像できない、地の底から響くような力強い声でゲストを圧倒し「水の精」として空間に溶け込んでいた。

萩市で獲れた金太郎の素揚げや宇部市の自然栽培酒米「山田錦」のお焦げ入り津和野の干し鮎の出汁など、山口の清廉な“水”が育んだ食材を余す所なく盛り込んだ料理にゲストも舌鼓。

写真両端がサーバーを務めた山口県在住の谷紗矢乃さんと樋渡弘崇氏。右から演出と監修を担当した料理家の船越雅代さん、そしてパフォーマーのMAMIUMUさん。

住所:
電話:083-934-4152
https://yumehaku.jp/

Photographs:AKITAKE KUWABARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

シャキッと食感、ほのかな甘み。そのまま味わえる行方市自慢のサラダちんげん菜。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM・サラダちんげん菜/茨城県行方市]

なめがたベジタブルキングダムOVERVIEW

ちんげん菜生産量の日本一は茨城県。全国生産量のおよそ1/4が茨城県で生産されています。そしてその茨城県のなかでもトップの生産量を誇るのが、野菜王国・行方市なのです。

実は日本におけるちんげん菜の歴史は意外にも浅く、本格的に生産が始められたのは1960年頃のこと。1972年の日中国交正常化を機に中国野菜に注目が集まり、一般家庭でも少しずつ消費されるようになったといいます。

そんなちんげん菜が行方市で広く育てられるようになったのは、1980年頃。当初はやはり中華街などへの出荷が中心。そこでさらなる販路開拓を目指し、生でも食べられるちんげん菜の研究がスタートしたのです。

中華料理のもの、加熱して食べるもの、というイメージを覆し、生でも、気軽に、さまざまな料理で味わえるものに。そんな思いで作られたちんげん菜は、やがて少しずつ人気を集め、今では行方市を代表する野菜となりました。それが今回ご紹介する「サラダちんげん菜」です。

行方が誇るブランド野菜・サラダちんげん菜のおいしさの秘密、生産者の思い、そしておいしい味わい方を紐解きます。

【関連記事】NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/温暖な気候、肥沃な大地、豊富な水。年間60種以上の野菜が育つ、日本屈指の野菜王国


Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))

豊かな水と、肥沃な土壌。恵まれた環境で育てられる、行方市のレンコン。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM・レンコン/茨城県行方市]

なめがたベジタブルキングダムOVERVIEW

水と土。
言うまでもなく、農産物を育てるのに不可欠な要素ですが、レンコンに関してはよりいっそう重要度が高くなります。
なぜならレンコンが育つのが水田、蓮田だから。長い時間、水と泥に包まれてじっくりと育つレンコン。
米よりもずっと深く土を耕す必要があり、収穫や洗浄に使用するため水もたっぷりと必要になる。だから蓮田が多い場所は、水と土に恵まれた場所であることを意味するのです。

茨城県行方市。年間60品目以上の野菜が出荷されるこの地域は、霞ヶ浦と北浦に挟まれた豊富な水、関東ローム層の肥沃な土を持つ農業に最適な場所。当然、レンコン栽培が盛んな地域でもあります。

たっぷりの水と柔らかい土に包まれて育つから、ほっくり柔らかく、表面は美しい白。空気の通り道となる穴は均一に並び、肥沃な土の栄養は優しい甘みと旨味に変わります。行方市が誇る、上質なレンコン。その魅惑の世界をお伝えします。

【関連記事】NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM/温暖な気候、肥沃な大地、豊富な水。年間60種以上の野菜が育つ、日本屈指の野菜王国


Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))

倉敷でお得にお買い物!

皆さんいかがお過ごしでしょうか??

中々寒い日が続きますねぇ(。-_-。)

って毎回ブログに書いている気がしますがやっぱり朝は中々布団から出にくいものです_(┐「ε:)_


倉敷へ行きたい!と考えている皆様に朗報です!

倉敷市は今、キャッシュレス払いが熱い!!



デニムストリートも最近Pay払いを導入致しました(*゚▽゚*)

1つの事業につき5000ポイント貯まるので3つお持ちだと15000円分POINTキャッシュバックという、かなりお得なキャンペーン(・∀・)

GOTOは無くてもかなりお買い得になっておりますので旅行を考えている方は今がチャンスです!

ちなみに、結構お店に来てからキャンペーンを知ってすぐさまPayPayをダウンロードをされるというお客様も( ´∀`)


是非この期間をお見逃しなく!

RED WING 8875 6インチクラッシックモック ブラウン

RED WING 6インチクラシックモック 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい こちらの商品は箱無しになります

  • 革はオロラセット・ボーテージ
  • ソールはトラクショントレッドを採用
  • 製法はオールアラウンド・グッドイヤーウェルト

RED WING 8173 6インチクラッシックモック ベージュ

RED WING 6インチクラシックモック 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承ください。 

  • 革はラフアウトレザーでホーソーン・アビレーン
  • ソールはトラクショントレッドを採用
  • 製法はオールアラウンド・グッドイヤーウェルト

RED WING 8169 9インチペコスブーツ ブラック

RED WING 9インチペコスブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • 革はブラッククローム
  • ソールはトラクショントレッドを採用
  • 製法はオールアラウンド・グッドイヤーウェルト

RED WING 8866 9インチペコスブーツ ブラウン

RED WING 9インチペコスブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • 革はオロラセット・ポーテージで赤茶色
  • ソールはトラクショントレッドを採用
  • 製法はオールアラウンド・グッドイヤーウェルト

RED WING 2268 11インチエンジニアブーツ ブラック

RED WINGエンジニアブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • スティールトゥ
  • 革はブラッククロームレザー
  • ソールはブラックのネオプレーンコードを採用
  • 製法はグッドイヤーウェルト

RED WING 8268 11インチエンジニアブーツ ベージュ

RED WINGエンジニアブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • スティールトゥ
  • 革はラフアウトレザー
  • ソールはブラックのネオプレーンコードを採用
  • 製法はグッドイヤーウェルト

RED WING 8271 11インチエンジニアブーツ ブラウン

RED WINGエンジニアブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • スティールトゥ
  • 革はオロラセットポーテージで赤茶色
  • ソールはブラックのネオプレーンコードを採用
  • 製法はグッドイヤーウェルト

RED WING 9268 11インチエンジニアブーツD ブラック

RED WINGエンジニアブーツ 展示品につき細かい傷、色褪せ箱の凹みなどある物もございますので予めご了承下さい

  • スティールトゥ
  • 革はクロンダイクで履き込むと茶芯が出てきます
  • ソールはブラックのネオプレーンコードを採用
  • 製法はグッドイヤーウェルト

ウルトラヘビースウェットジップパーカ/プラグ柄

アイアンハート定番の極厚裏起毛スウェットパーカーにプラグ柄!

  • アイアンハート定番の極厚裏起毛スウェットパーカ
  • ライディングの際にダボつかないようダブルジップ仕様です
  • グローブをしていても開閉しやすいようにジップには革タブを付けています
  • フロントポケット左側にはアイアンハートのネームが付きます
  • 4本針(フラットシーマ)での縫製で、ストレスのない着心地です

IHSW-56:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
L-F 60.5 39.0 96.0 82.0 58.0 8.5
S 62.5 43.0 104.0 90.0 63.0 8.5
M 64.5 46.0 110.0 96.0 64.0 8.5
L 67.5 49.0 116.0 102.0 65.0 9.5
XL 69.5 52.0 120.0 106.0 66.0 9.5
XXL 71.5 55.0 124.0 110.0 67.0 9.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます
  • 商品はワンウォッシュ済みです

素材

  • 綿:100%

ウルトラヘビースタンドカラーウェット

スタンドカラーパーカーにネイビー登場!

  • アイアンハート定番の極厚裏起毛スウェットパーカー
  • 左胸にはスポーツライクなオリジナルロゴプリント、左裾にはアイアンハートオリジナルロゴネーム
  • ライディング時のインナーやカジュアルな服装にぴったりです
  • リブやスタンドカラー仕様なので風の侵入を防ぎます
  • 4本針(フラットシーマ)での縫製で、ストレスのない着心地です

IHSW-57:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
S 62.0 45.0 108.0 92.0 62.0 9.0
M 63.0 47.0 112.0 97.0 63.0 9.0
L 64.0 49.0 116.0 102.0 64.0 10.5
XL 65.0 51.0 120.0 107.0 65.0 10.5
XXL 66.0 53.0 124.0 112.0 66.0 11.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • ワンウォッシュ済み

素材

  • 綿:100%

望まなかった再始動。そして、日本は「食」とどう向き合うのか。

「『Smile Food Project』の再始動もしかり、改めて、我々は何を表現するのか、何を訴えていくのか、何を全うするのかを考えなければいけない。日本の食文化を守り、広げ、つなげ、伝える、その役目も担う義務があると思っています」と石田氏。

スマイルフードプロジェクト

常に準備はしていた。『Smile Food Project』は、自分の使命。

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年4月18日に『Smile Food Project』は発足。医療従事者の方々に無償でお弁当を届ける活動をしてきました。

同プロジェクトは、『CITABRIA(サイタブリア)』代表の石田 聡氏と『Sincere(シンシア)』オーナーシェフの石井真介氏を中心に、一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)』と『NKB(エヌケービー)』をメンバーに3社で構成。石井シェフは、同一般社団法人のリードシェフも担います。

その後、2020年7月18日。感染者の減少と医療現場の実態を踏まえ、活動を“一時”休止。作ったお弁当の数は、21,086食。

2020年4月、『ONESTORY』は、本件に関して石田氏を取材しました。記事の後半、「『Smile Food Project』は、これからどんな道を歩んでいくのでしょうか」の問いに対し、石田氏は「継続を目指します。しかし、継続しなくて済むような世の中になることが一番です」という言葉を残しています。既に再始動を予測していたのでしょう。

「第1回の活動休止後も常に医療関係者の方々とは連絡を取り合い、状況を把握し、何かあった時の準備はしていました。第2波の時は、やるべきか悩みましたが、医療現場の逼迫までには至らなかったため、自分たちの仕事に専念しました。しかし、第3波は急変急増。再びやるしかない。そう思いました」と石田氏は話します。

2020年12月21日、『Smile Food Project』は再始動。

その原動力は何か。

「使命」です。

Smile Food Project』再始動時もお弁当には必ずメッセージを添える。手紙を読んでくれた医療従事者からのお礼も多く、それがまた同プロジェクトの原動力にもなる。

医療従事者に年末年始はない。せめて、食で季節や行事を感じてほしかった。

「日々、感染者数や重症者数などは報道されますが、実際、医療現場は、どうゆう状況で食事をしているとか、どんなローテーションで労働しているとか、その環境が取り上げられることは、ほとんどありません。医療従事者の方々は、24時間関係なく働いてくださっています。クリスマスや年末年始、家族と過ごすことができない人やお祝いをできない人もいます。せめて、食事をする時だけは、季節や行事を感じてもらいたい。ほっとしてもらいたい。再始動の時期も手伝い、そんなことを思いながらメニューを考えました」と話すのは、『Smile Food Project』の拠点でもある『CITABRIA Catering』の奥田裕也シェフです。

プロジェクト再始動後、提供したお弁当は、クリスマスメニューとおせちメニューの2種(2021年1月8日現在)。前者を奥田シェフが考案し、後者を『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバーでもある『Salmon&Trout』の中村拓登シェフが考案。

「第1回の時は、お手伝いで入らせていただきましたが、今回は、メニューから考案し、やりがいを感じました。自分の作った料理で喜んでくれる人がいる。ほんのひと時でも笑ってくれる人がいる。誰かのために料理するという行為は、レストランで出すひと皿もお弁当も変わりなく、本気で取り組みました」と中村シェフ。

中村シェフは、日本料理の名店『八雲茶寮』で副料理長を務めた経歴を持ち、「以前より、おせちは作っていたので、今回に活かせたと思います」と言葉を続けます。『八雲茶寮』の総料理長・梅原陣之輔氏もまた、『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバー。以前『ONESTORY』が『Smile Food Project』を取材した日のお弁当も担当していました。

「おせちもしかり、日本のお弁当は、冷めてもおいしい文化。病院に搬入しても、医療従事者の方々がすぐに食事を取れるかというとそうではありません。『Smile Food Project』のお弁当は、冷めてもおいしい料理にはこだわっています。そして、何よりこのお弁当には、自分たち料理人以外の様々な想いも詰まっています。生産者さんからのご支援もいただき、採れたての野菜も使用しています。体が資本ですから、もちろん添加物は一切使用していません」と奥田シェフ。

また、料理人や生産者以外にも、パッキングや運搬は『CITABRIA Catering』のケータリングマネージャー・新井剛倫氏が務め、商品ラベルやお弁当に添える手紙は、同社の営業サポート・洞内裕美子さんが手配します。

しかし、そんなお弁当をいただく時間さえ、決して明るくない現実があります。誰かと向き合って食事をすることが許されないこともあれば、壁に向かってひとり黙々と食べなければいけない時もあります。ゆえに前述、おいしいはもちろん、ほっとしてもらいたい。

また、環境を配慮した容器は、土に還る素材を使用。本プロジェクトに限らず、『CITABRIA』は、サスティナブルやエコなどに関心が高く、そういった点においても『一般社団法人Chefs for the Blue』と親和性は高いです。

現在、支援を受けたいという病院関係者からの連絡が次々と届いています。求められる喜びがある一方、それは医療崩壊を意味します。

そんな葛藤する日々が続きます。

「『Smile Food Project』は、料理人同士の交流にもなるし、互いの技術向上にもつながる。我々に取っても良い機会です」と奥田シェフ(左)。「いつもはひとりで料理を作っていますが、同じ思いを持ってみんなで作れる環境に一体感を感じました」と中村シェフ(右)。

彩り豊かなクリスマスメニューのお弁当。「せめて、お弁当を通して季節感や行事を感じてほしい」と奥田シェフ。

丁寧な仕込みが成される、おせちのお弁当。その好例は、炊き合わせ。その調理法のごとく、複数の食材を別々に煮て、合わせる料理は、時間と手間のかかるひと品。

『一般社団法人Chefs for the Blue』のメンバーがメニュー開発に携わる際には、サスティナブル・シーフードを必ずひとつ加える。今回、中村シェフは、ベトナム産の「ASC(Aquaculture Stewardship Council) 水産養殖管理協議会」認証を得たエビを採用。

今回は、仕込みを含め、4日間お弁当作りに励んだ中村シェフ。「自分たちの料理で、少しでも医療従事者の方々を元気にしたい」。

添加物を一切使用しないお弁当は、生産者の協力もあり、獲れたての食材も調理。環境を配慮した容器は、土に還る素材を採用。

手紙のイラストやお弁当に貼る食品記載ラベルは、『CITABRIA Catering』営業サポート・洞内裕美子さんが手配。

パッキングや運搬は、『CITABRIA Catering』のケータリングマネージャー・新井剛倫氏が務める。毎日、毎日、お弁当を運び出す後ろ姿は、胸にグッとこみ上げてくるものがある。

 黙々と、淡々と責務を全うしながら「都内の道は、かなり詳しくなりました!」と笑顔も見せてくれる新井氏。

本当は自分たちだって怖い。未だ正解がない中で、正解を探し続ける。

前述の通り、第1回目の『Smile Food Project』は、2020年4月18日から7月18日まで活動し、作ったお弁当の数は、21,086食にも及びます。

しかし、ここで特筆すべきは、その日数でも作ったお弁当の数でもありません。

この期間、この数において、「安心安全」を提供できたことにあります。

「一番、気をつけていることは食品管理です。僕らが作ったお弁当で、食中毒を出してはいけない。プロである以上、もちろんそれはあってはならないことですが、絶対はありません。衛生面においても徹底していますが、そのリスクはゼロではないため、細心の注意を払っています」と奥田シェフは話します。

また、リスクは、それだけではありません。

「現状、プロジェクトメンバーには感染者は出ていませんが、今の世の中の状況を見ると誰がいつ出てもおかしくありません。感染する可能性は、誰もがあります。もし出てしまった場合、自分たちはお弁当を作り続けられるのか……。そんなことが頭によぎることもあります。我々にも家族はいます。大切な人を守らなければならい。だからこそ万全の体制で臨んでいます」と言葉を続けます。

それでも熱い想いをたぎらせ、チーム一丸となって、誰かのために料理を作る。料理人が持つ魂の結実は、実に凛々しく、その目は輝いています。

「今、自分のお店では、ひとりで料理を作っていますが、今回のようにチームで作れることにも別の喜びを感じます。仕込みの数など、通常とは異なる難しさや苦労も楽しかったです。そんな思いになれたのは、みんなが同じ方向に向かって夢中になっているから。大変な中にもワクワク感がある」と中村シェフが話せば、「料理人は、気持ちが味に出ちゃうからね(笑)」と奥田シェフ。

ひとりで成す達成感もあれば、皆で成す達成感もあります。後者であれば、苦しさは分散し、喜びは倍増。中村シェフは、それを体感したのです。「志が同じであれば、キッチンの場所は関係ない」と中村シェフ。

「2020年から現在に至るまでの間、料理人をやめてしまった人もいるかもしれない。最後の力を振り絞っている渦中の人も多いと思います。自分は、今の環境にも恵まれ、料理人になって本当に良かったと思っています。だから、このプロジェクトを通して業界にも元気を与えたい。料理人に料理人を諦めてほしくない。自分たちは、誰かの助けがあって『CITABRIA』をはじめ、『Smile Food Project』を活動できています。だから僕たちも誰かを助けたい」と奥田シェフ。

「今こそ、飲食業界の底力を見せたい」と奥田シェフと中村シェフは、その言葉を噛み締めます。

おいしいだけでなく、思いが込められたお弁当。『Smile Food Project』を求め、様々な医療機関からの問い合わせも多い。

2021年1月8日、緊急事態宣言発令。狙い撃ちされた飲食業界と平等な不平等。

今回、取材が行われた日は、2021年1月7日。

その翌日、1月8日には緊急事態宣言が発令。周知の通り、飲食店が狙い撃ちされました。

主には、営業時間短縮が強化されることに伴い、要請に全面的に協力した中小の飲食事業者などに対し、新たに協力金を支給するといった内容です。

―――
・夜20時から翌朝5時までの夜間時間帯に営業を行っていた店舗において、朝5時から夜20時までの間に営業時間を短縮するとともに酒類の提供は11時から19時までとすること。
緊急事態措置期間開始の令和3年1月8日から2月7日までの間、全面的に協力いただいた場合(31日間)、1店舗あたり186万円(1日6万円)の支給が得られる。
(東京都産業労働局HP参照)
―――

店舗により、ひとりで営業しているところもあれば、複数の従業員を抱えているところもあります。家賃も異なるため、全てにおいて一律というのは難しい問題です。ましてや、中小企業(個人事業主も含む)の飲食店のみ対象のため、そうでない企業は対象外になります。20時閉店を促すも、7割以上のテレワーク推奨及び外出は控えるようにと発信されたメッセージを総合すると開店休業を意味しています。一方、石田氏の古巣、『グローバルダイニング』のように通常通り営業を行う方針を示すところもあり、困惑混乱の日々。

1月13日には、大阪、兵庫、京都、そして、愛知、岐阜、福岡、栃木の7府県にも対象地域として追加されました。

平等に与えられた不平等は、これからどう作用していくのか。

石田氏は、「それでもまだ、自分たちは恵まれていると思います」と言います。

「『Smile Food Project』は一度休止し、再始動していますが、医療従事者の方々は、止まることなく人命のために最前線で闘っています。彼らには“Go to eat”も“Go to travel”もありません。さらには、飲食業界以外にも苦しい業界は多々あり、給付金や協力金を支給されない人たちもいます。だから、それが得られる飲食店は、もっと元気でありたい」。

しかし、飲食店が感染源だとも見紛う今回の施策やそれを後押しするような報道は、同調国家が働く国民へのマインドコントロールとも受け取れます。

Smile Food Project』に関して言えば、医療従事者を支援している立場でありながら、医療崩壊に追い込んでいる業界という刷り込みもされてしまい、「自分たちは誰と闘っているのか……。新型コロナウイルスか? はたまた別の誰か……?」と、うがった見方をしてしまうこともあります。

それでも、活動を止めることはありません。なぜなら、それが石田氏をはじめ、プロジェクトメンバーにとっての「使命」だからです。

「どんなに誰が嘆いても、一番の被害者は医療従事者だと思います。新型コロナウイルの感染に時間は関係ない。昼夜を通して酷使している医療従事者のために、自分たちができることを常に考え続けてきました。食を通して鋭気を養っていただくことで我々は飲食業界の動きを止めない。生産者の動きを止めない。より多く食事を作ることによって救われる人がいる。『Smile Food Project』はイベントではない。今こそ誰かのために活動したい。いや、しなければならない」。

いつものように運ばれてゆくお弁当たち。こうして車を見送る日々がなくなることを一刻も早く望みたい。

自分たちは負けない。自分たちは諦めない。日本の食文化を絶やさないために。

準備や備えがあったにせよ、『Smile Food Project』のようなプロジェクトを1度ならず2度できる体力は、並の覚悟ではありません。

「今回は、企業の方々に支援・協賛を募っています。1回目の活動を通して思ったことは、まだまだ知名度が低いということでした。ある経営者の方に“これは支援を募るのではない。賛同してもらうものだ”と言われました。嬉しい気持ちと同時に、より大きなものにしたいと思いました。医療従事者の方々は、自らを酷使し、尽力してくださっています。だから自分たちも頑張れる、やるしかない。飲食の活動停止は、農家などの一次産業、酒蔵、ワイナリー、酒屋など、様々に影響します。学校においても休校してしまえば給食はなくなり、同じような現象が起きてしまうでしょう。それが長く続けば、廃業、倒産が相次ぎ、日本の食文化が失われてしまう」と石田氏は話します。

一次産業や職人たちは高齢化も進み、後継者のない産業も多々あります。今回の難局は、その追い風となり、さらにスピード感が増す可能性が危惧されます。

「日本の食を文化として残していく政策が国になければ、大切な技術も価値も失われてしまう。日本全国には食の宝が眠っている。それを決して絶やしてはいけない。日本の食は、世界的に見ても強力なコンテンツであり、それだけで観光国家になる可能性を十分秘めている。環境や生産物を見ても、レストランのクオリティを見ても、日本は世界一を誇れると思います。それをおろそかにしてはいけません。ものを作る人たち、作れる人たちの力は、本当に偉大です」。

様々な波乱を巻き起こした2020年でしたが、『CITABRIA』にとっては積み重ねた努力が結実された年にもなりました。『ミシュランガイド東京2021』では、『レフェルヴェソンス』は三つ星に輝き、サスティナブルな取り組みと献身的な活動も評価され、「ミシュラン グリーンスター」も獲得。石田氏もまた、様々なジャンルで開拓する異端児を称える『Esquire』主催の「The Mavericks of 2020」を受賞。

「自分たちが大事にしてきたことや大切にしてきたことは間違いじゃなかった。だから、もっとやっていいんだ、やらなきゃいけないんだ。そう思いました。名実ともに日本を代表するレストランになれた今、自分のお店だけ良いということはなく、目の前にお客さまだけ満足させれば良いわけでもない。維持する苦悩も失う恐怖もこれから寄り添っていかなければならない。そして、改めて、我々は何を表現するのか、何を訴えていくのか、何を全うするのか。日本の食文化を守り、広げ、つなげ、伝える、その役目も担う義務があると思っています。今、新型コロナウイルスに翻弄されている騒動はいつか終わりはやってきます。重要なことは、また同じような難局が訪れた時、どう対応するのか。絶望はもう見たくない。希望を見たい。やり遂げたと思ったことは一度もありません。ひとつ乗り越えたら、また乗り越えなければいけない山がある。終わりなき使命を背負い、生きていきたいと思います」。

『Smile Food Project』の詳細はこちらへ。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

ウルトラヘビースウェットカーディガン

アイアン肉厚カーディガン再登場!

  • アイアンハートオリジナルのヘビースウェットを使って作り上げたカーディガン
  • 襟元のすっきり感でシャツの上に重ねて着るのに最適
  • 4本針(フラットシーマ)での縫製で、ストレスのない着心地です
  • ボタンはアイアンではお馴染みの強度の高いYKK製パーメックスオリジナルボタンを採用
  • 腰ポケットは一般的なカーディガンと違い物が落ちにくいようパーカ同様の形にしています

IHSW-48:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
S 60.0 41.0 106.0 89.0 63.0 9.5
M 62.5 43.0 110.0 93.0 64.0 9.5
L 65.0 45.0 114.0 97.0 65.0 10.5
XL 67.5 47.0 118.0 101.0 66.0 10.5
XXL 70.0 49.0 122.0 105.0 67.0 11.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • ワンウォッシュ済み

素材

  • 綿:100%

インディゴ吊り編みカーディガン

インディゴ吊り編みでカーディガン登場!

  • ループウィールの柔らかさと上品な質感が特徴のインディゴスウェットカーディガン
  • シャツの上にもTシャツの上にも軽く羽織れる便利な一枚
  • インディゴ染めの糸で色落ちも楽しめるアイアンハートらしい一着です

IHSW-55:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
S 60.0 41.0 106.0 89.0 63.0 9.5
M 62.5 43.0 110.0 93.0 64.0 9.5
L 65.0 45.0 114.0 97.0 65.0 10.5
XL 67.5 47.0 118.0 101.0 66.0 10.5
XXL 70.0 49.0 122.0 105.0 67.0 11.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 綿:100%

ビーチクロスベスト

独特の風合いのあるビーチクロスベスト!

【ビーチクロスとは】

ウールとコットンの混紡糸をラッセル編み機で編み裏を起毛をかけた防寒性の高い素 材のことです。 混紡が織りなす不規則な色ムラ、凹凸のついた表情から、通称「ごま塩」と呼ばれて います。
  • しっかり織り上げたビーチクロスを使って作り上げたベストに牛革のパッチポケットをつけたクラッシックな顔のベスト
  •   
  • 今までありそうでなかったビーチクロスと革のコンビネーションが特徴です
  • コットン+ウール混紡素材のため強度と保温性を両立

IHV-40:サイズスペック

着丈 肩幅 バスト 裾回り
XS 62 33.5 94 94
S 62 35 98 98
M 62.5 36.5 102 102
L 64 38 106 106
XL 65.5 39.5 110 110
XXL 67 41 114 114
XXXL 68.5 42.5 118 118
  • 商品により多少の誤差が生じる場合があります。
  • 未洗い

素材

  • ウール:74% / 綿 26%

ウルトラヘビースウェットベスト

ウルトラヘビースウェットベスト!

  • アイアンハートオリジナルのヘビースウェットを使って作り上げたベスト
  • 着こなしは自由で便利な一枚です

IHV-39:サイズスペック

  着丈 肩幅 バスト 裾回り
XS 52.5 33 92 91
S 54 34 97 96
M 55.5 36 102 101
L 57 38 107 106
XL 58.5 40 112 111
XXL 60 42 117 116
  • 商品は若干の誤差が出る場合がございます。

素材

  • 綿:100%

インディゴ吊り編みベスト

インディゴ吊り編みベスト!

  • ループウィールの柔らかさと上品な質感が特徴のインディゴスウェットベストです
  • シャツの上にもTシャツの上にも軽く羽織って便利な一枚です
  • インディゴ染め糸で色落ちも楽しめるアイアンハートらしい1着です

IHV-38:サイズスペック

  着丈 肩幅 バスト 裾回り
XS 52.5 33 92 91
S 54 34 97 96
M 55.5 36 102 101
L 57 38 107 106
XL 58.5 40 112 111
XXL 60 42 117 116
  • 商品は若干の誤差が出る場合がございます。

素材

  • 綿:100%

シャンブレーブルゾン

シャンブレーブルゾン!

  • セルビッチ仕様のシャンブレーを使った一枚仕立てのジャケット
  • シャツの代わりに春から夏まで着用可能な一枚です

IHJ-99: サイズスペック

  着丈 バスト 裾回り 裄丈 袖口
XS 65.5 108.5 74.0 88.5 6.5
S 65.5 112.5 78.0 89.5 6.5
M 67.5 116.5 82.0 91.5 7.0
L 69.5 120.5 86.0 93.5 7.0
XL 71.5 124.5 90.0 95.5 7.0
XXL 73.5 128.5 94.0 97.5 7.0
XXXL 73.5 132.5 98.0 99.5 7.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  •  綿:100%

リップコードナイロンブルゾン

リップコードナイロンブルゾン!

  • インビスタ社のリリースするコットンライクな肌触りで速乾性の高いSUPPLEXナイロンを使ったリップストップタイプの素材で、軽くてドライ感の高い薄手ジャケットです
  • 裏地にもメッシュタイプの素材を使いドライ感をアップ
  • 使い勝手の良い一枚です

IHJ-98: サイズスペック

  着丈 バスト 裾回り 裄丈 袖口
XS 65.5 108.5 74.0 88.5 6.5
S 65.5 112.5 78.0 89.5 6.5
M 67.5 116.5 82.0 91.5 7.0
L 69.5 120.5 86.0 93.5 7.0
XL 71.5 124.5 90.0 95.5 7.0
XXL 73.5 128.5 94.0 97.5 7.0
XXXL 73.5 132.5 98.0 99.5 7.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 表地 ナイロン:100%

チノタンカースジャケット

胸元にワッペンを付けた春向けタンカース登場!

  • 微起毛(細かな起毛)をかけた高密度のチノクロスを使い一枚仕立てで作り上げたタンカースジャケット
  • 生地の染めは着込んでの色落ちが楽しめる硫化染めを採用、ジーンズとの相性も良しです!
  • ジップを襟元まで上げられるスタイルなのでバイクに乗る時に首からの風をシャットアウトします
  • 元々がミリタリーアイテムベースですが、左胸にあえてスポーツライクなワッペンを縫い付け、ミリタリーの臭いを薄め着やすさを演出

IHJ-96:サイズスペック

着丈 肩幅 バスト 裾回り(リブ上) 裾回り(リブ下) 袖丈 袖口巾(リブ上) 袖口巾(リブ下)
XS 66.5 40 102 92 86 67.5 13 8.5
S 66.5 42 106 96 90 67.5 13 8.5
M 68.5 44 110 100 94 69.0 14 9.5
L 70.5 46 114 104 98 70.5 14 9.5
XL 72.5 48 118 108 102 72.0 14 9.5
XXL 74.5 50 122 112 102 73.5 15 10
XXXL 74.5 52 126 116 106 73.5 15 10
  • 商品は若干の誤差が出る場合がございます。

素材

  • 綿:100%   

コーデュロイタンカースジャケット

コーデュロイタンカースジャケット登場!

  • 13W(1インチの間に13本の畝)のコーデュロイを表素材にしたタンカースジャケット
  • 一枚仕立てで軽く羽織れるライトジャケットです
  • 色はブラックのみで大人の顔になるよう、シックにつくりあげています

IHJ-95:サイズスペック

  着丈 肩幅 バスト 裾回り(リブ上) 裾回り(リブ下) 袖丈 袖口巾(リブ上) 袖口巾(リブ下)
XS 66.5 40 108 94 86 67.5 12 8
S 66.5 42 112 98 90 67.5 12 8
M 68.5 44 116 102 94 69 13 8
L 70.5 46 120 106 98 70.5 14 9.5
XL 72.5 48 124 110 102 72 15 9.5
XXL 74.5 50 128 114 106 73.5 15 10.5
XXXL 74.5 52 132 118 110 73.5 16 10.5
  • 商品は若干の誤差が出る場合がございます。

素材

  • 表地/綿:100%  

マウンテンパーカー

透湿防水マウンテンパーカ!

  • 60/40(ロクヨン)と呼ばれる昔ながらの素材を表に使い、その裏にテクノブレンと呼ばれるハイテク透湿防水フィルムを貼り込んだアウトドアタイプのフーデッドジャケット
  • フードのドローコード先の皮のストッパーや腰ポケットの布をダブルにしたレインガード仕様など、昔から愛用されているディテールを盛り込んだ大人仕様の顔が特徴

IHJ-97: サイズスペック

  着丈 バスト 裾回り 裄丈 袖口
XS 65.5 108.5 74.0 88.5 6.5
S 65.5 112.5 78.0 89.5 6.5
M 67.5 116.5 82.0 91.5 7.0
L 69.5 120.5 86.0 93.5 7.0
XL 71.5 124.5 90.0 95.5 7.0
XXL 73.5 128.5 94.0 97.5 7.0
XXXL 73.5 132.5 98.0 99.5 7.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 表地  綿:60% ナイロン:40%

ハリントンスタイルジャケット

スウィングトップにNew Color!

  • 撥水加工を施された表素材で、簡単な雨なら濡れずに着られるクラッシックなデザインのスイングトップ
  • 袖口と裾は表生地同色のリブで体にフィット
  • バイクに乗るときだけでなく街着としても便利な一枚です
  • 昔ながらのスウィングトップのように裏地は赤チェック柄を採用
  • フロントはライディング時に裾元がモタつかないようダブルジップ仕様
  • 襟部分は昔ながらのネコ目のアルミ釦を採用
  • フロントはライディング時に裾元がモタつかないようダブルジップ仕様
  • ダブルジッパーの引き手には、グローブをしたままでも開閉がしやすいよう、表地共布のタブをつけています
  • フロントジッパー裏側には風の入り込みを防ぐようライダースなどにみられる前立て付きの仕様
  • 未洗い

IHJ-85: サイズスペック

  着丈 バスト 裾回り 裄丈 袖口
XS 65.5 108.5 74.0 88.5 6.5
S 65.5 112.5 78.0 89.5 6.5
M 67.5 116.5 82.0 91.5 7.0
L 69.5 120.5 86.0 93.5 7.0
XL 71.5 124.5 90.0 95.5 7.0
XXL 73.5 128.5 94.0 97.5 7.0
XXXL 73.5 132.5 98.0 99.5 7.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 表地 ポリエステル:65% , コットン:35%
  • 裏地 綿:100%

マイクロフリースC.P.Oシャツ

マイクロフリースC.P.Oシャツが新登場!

  • リサイクルポリエステルのフリースを使って作り上げたシャツ
  • 軽くて暖かくてしわにもならない使い勝手の良い一枚
  • フリースといえば、プルオーバータイプやジップアップのアウターんどが世の主流ですが、アイアンハートはシャツに仕立て上げました
  • 今までありそうでなかったアイアンハートらしいアイテムです

IHSH-287:サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 70.5 40.0 101.0 95.0 63.0 10.5
S 72.0 42.0 105.0 99.0 63.0 10.5
M 73.5 44.0 109.0 103.0 64.5 11.0
L 75.0 46.0 113.0 107.0 66.0 11.5
XL 76.5 48.0 117.0 111.0 67.5 12.0
XXL 78.0 50.0 121.0 115.0 69.0 12.5
XXXL 79.5 52.0 125.0 119.0 70.5 12.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • ポリエステル:100%

半袖 メカニックシャツ

柔らかく丈夫な半袖メカニックシャツ!

  • ウォツシャブルレーヨンを使いドレープ感のある生地が特徴
  • 織り上げの顔リップルコードと呼ばれるミリタリーライクな顔ですが、この柔らかさは他にない一枚です
  • ボタンはグローブをしたままでも留め外しのし易いウエスタンタイプのYKK製パーメックス釦

IHSH-286: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 66.0 41.5 106.0 103.0 23.0 18.5
S 68.0 43.5 110.0 107.0 24.0 19.0
M 70.0 45.5 114.0 111.0 25.0 19.5
L 72.0 47.5 118.0 115.0 26.0 20.0
XL 74.0 49.5 122.0 119.0 27.0 20.5
XXL 76.0 51.5 126.0 123.0 28.0 21.0
XXXL 78.0 53.5 130.0 127.0 29.0 21.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • レーヨン:45%
  • ポリエステル:55%

出会うことのなかった戦友。シャンパーニュによって引き寄せられたふたり。[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE・ラ・メール/三重県志摩市]

互いの存在を知りながら「伊勢志摩サミット」で饗宴するも、当時は出会うことがなかったふたり。今回、「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」によって奇跡的なご縁が実現し、初対面を果たす。

ラ・メール × 堀木エリ子2016年、ふたりは「伊勢志摩サミット」で出会うはずだった。

和紙デザイナー・堀木エリ子さんが「テタンジェ」のトップキュベ「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のペアリングを体験する「食べるシャンパン」。

第1回目となる舞台は、風光明媚な三重県志摩市に位置する『志摩観光ホテル』内、「ラ・メール」です。2021年に70周年を迎える同ホテルの特徴は、伝統と革新にあります。このふたつを言葉にするのは容易いですが、そこには並々ならぬ努力と常に挑戦し続けてきた精神があってこそ。そんな両者のバランスは、「食」における領域が顕著に表れています。

牽引するのは、2014年より料理長に就任した樋口宏江シェフです。

自然と向き合い、豊かな地産の味わいを引き出す「伊勢志摩ガストロノミー」は、国内外からも高い評価を受け、数々の賞も受賞。中でも、大きな転機は2016年に開催された「伊勢志摩サミット」でした。

樋口シェフはワーキングディナーを担い、堀木さんは「ザ・クラブ」2階ホールの空間デザインを監修。巨大な一枚和紙から成る「光壁」という名の神々しい装飾は今なお輝き続け、それを一目見ようと足を運ぶ人も少なくありません。

しかし、お互いの存在は知るものの、当時、両者が出会うことはありませんでした。それが今回、約4年の歳月を経て「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」によってふたりは引き寄せられたのです。

「ご縁ですね」。

そんな堀木さんの言葉から始まりました。

【関連記事】NEW PAIRING OF CHAMPAGNE/深まる「ご縁」、湧き上がる「パッション」。和紙デザイナー・堀木エリ子が体験する「食べるシャンパン」。

樋口シェフが「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」に合わせて考案した料理、「東紀州、黒潮の恵み ガスエビを様々な形で」。ひと皿に表現されているが、一品一品を一膳に例え、それらを出汁がつなぐ。

「和紙も料理も自然から生まれます。当然、年によって生り物も変わるため、私はいただけた大切な食材をどうおいしく調理するかの責務をまっとうするだけです」と樋口シェフ。

「伊勢志摩サミットをきっかけにご縁をいただき、3年ほど前からガスエビを分けてもらえるようになりました。これまでは地元で消費されてしまい、流通に乗らない希少な食材でした」と樋口シェフ。

「伊勢志摩国立公園」の一部でもある英虞湾が目の前に広がる『志摩観光ホテル』。リアス式の海岸線が織りなす美しい景観は、今回の舞台でもある「ラ・メール」をはじめ、全室スイートルームの客室からも一望できる。

ラ・メール × 堀木エリ子堀木エリ子のクリエイションに共鳴すべく創造された料理のペアリング。

「堀木さんがデザインされた“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”の日本限定ギフトパッケージの件を伺い、非常に刺激を受けました。産地への想い、職人への敬意、伝統を重んじる心、挑戦する姿勢、どれを取っても素晴らしかったです。今回は、ふたつのテーマをひと皿に込めました。ひとつは、生産者や地域への敬意や想いの表現。もうひとつは、和紙の四層漉きのごとく、同素材を4種のスタイルで味わう表現です。また、和紙という日本の伝統に寄り添うべく、あえて和の要素も取り入れました」。

そう話す樋口シェフが用意した料理は、堀木さんのテーブルに運ばれる前から豊かな香りが漂います。それが和の要素であり、正体は出汁。

「本当に良い香りですね! フランス料理に出汁とはびっくりです!」と堀木さん。

皿の上には3つの品とひとつの出汁。その全てを結ぶのは、三重県産のガスエビです。

「“東紀州、黒潮の恵み ガスエビを様々な形で”をご用意しました。まずは、ぜひお出汁から召し上がりください。三重県産の鰹とガスエビで取った出汁になります。鰹は伊勢神宮の神様に供える神饌にも使われています。昔からこの地は御食国と言われ、海産物が豊富に取れるので、神様の食事には鰹節が御膳の中心に配して備えられているほど大切な食材でした」と樋口シェフ。

崇めるその姿勢は、白い紙が神に通じると言われている日本の和紙の神聖な世界にも似ます。

以降、堀木さんの呼吸に合わせ、樋口シェフは料理を勧めていきます。

「崩すのがもったいないくらい美しい」と堀木さんが話すそれは、「ガスエビのカクテル」です。

「ガスエビを生で叩き、同じく三重県産のディル、レモンの皮と果汁、エシャロットを赤ワインビネガーでマリネしたものを塩とオリーブオイルで調理しています。ペッパーも効かせ、赤玉ねぎのピクルスとキャビアを添えて仕上げました」と樋口シェフ。

堀木さんは、満面の笑みを浮かべながら「これは、“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008” にぴったり! ひと口食べたら自然とグラスに手が伸びますね」。

「次は、ガスエビを大葉と一緒にパートグリックで包み、揚げた料理になります。添えてあるソースは、南伊勢のデコポンで作りました。皮も実も丸ごとピューレにし、柑橘のフレッシュと料理の香ばしさとシャンパーニュの相性も良いかと思います」と樋口シェフ。

「樋口シェフは、港や市場、畑などに足を運ばれているとお聞きしています。現場を知るということは背景を知るということ。それをお客様に伝えることで、よりその味が深まる。良い循環だと思います」と話しながらも、再びグラスに手が伸びる堀木さん。「やっぱり合いますね(笑)」。

「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”の酸味、スパイシーさと非常によく合います。私は和紙を通してシャンパーニュとご縁をいただきましたが、更においしい料理とのご縁までいただけ、幸せです!」と言葉を続けます。

「最後は、ガスエビと大葉をリンゴで巻き上げた料理になります。リンゴはシロップで軽くコンポートしており、“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”と香りの同調を楽しんでいただければと思います。大葉の香りは日本らしく、海老との相性も良いです。上には花穂紫蘇を添えています」と樋口シェフ。

「切り込みが入れてあり、細やかな心配りは食べ手には嬉しいです。味だけでなく、香りのマリアージュも素晴らしいと思います。単品それぞれもシャンパーニュに合いますが、4品の流れも緻密に計算されていると感じました。食感、温度、甘味、塩味、旨味……。バランスが整っています。加えて、食材の物語も聞いて堪能できるという体験は、味の奥行きが広がります。手間暇かけて、現場に足を運び、生産背景も学んでいる樋口シェフの努力の賜物だと思います」と堀木さんは話します。

堀木さんの言葉を借りるならば、「見えることよりも見えないところが大事」。漁師や農家とのつながりができたことは、やはり「『伊勢志摩サミット』がきっかけでした」と樋口シェフは話します。

「ホテルという構造上、なかなか個人で食材を仕入れることの難しさがあります。しかし『伊勢志摩サミット』のご縁をいただき、三重県の食材を存分に活かした料理がテーマとして与えられました。今回、使用させていただいている食材は、ガスエビはもちろん、その時に出会った方々によるものが多いです。そのご縁に感謝する一方、より感じるようになったのは自然の変化。以前、ガスエビは春と秋が漁期だったのですが、年々不漁だと伺っています。その原因は、海水温度の上昇によるものだそうです。反面、これまで獲れなかった魚が取れたり、これまでいた魚の生育地域が変わってしまったり。人であれば暑さを凌ぐことはできますが、魚はそうはいきません。環境との共存も真摯に向き合わなければいけないと感じています」と樋口シェフ。

「料理、シャンパーニュ、ものづくりは、共通して同じことがあります。全て自然と向き合って作るものだということです。こんなふうに作ってみようと思っていてもその時の海の状態、ぶどうの状態、水の状態によって思い通りにはなりません。人間は自然には抗えない反面、偶然性によって生まれる感動もあります。お互い難しさを楽しんでいきたいですね」と堀木さん。

鰹とガスエビで取った出汁は旨味が満ち溢れる。「樋口シェフの料理は、日本人が作るフランス料理を土地のものを生かして表現していることが素晴らしいと思います」と堀木さん。味に奥行きを手伝うのは、葉野菜、香味野菜からの出汁。「一番手が抜けない品ですが、樋口シェフのお出汁はすごく手間暇かけて作られているのがしっかり伝わります」。通常はビスクなどで合わせるも、今回は堀木さんの和紙の世界に寄り添い、あえて和のエッセンスを加える。

ガスエビのカクテルを見て、「美しいですね。栄養素だけを得るためならば、綺麗な器や盛り付けは必要ありません。これは相手を思うおもてなしの心の文化。誰かが誰かを想う気持ちから生まれます。その心を樋口シェフからは感じます」と堀木さん。爽やかに香るレモンは、「ちょうど黄色くなりかけた青い感じの時期のものを使用しています」と樋口シェフ。「実は、今日も畑にお邪魔してきました」。

ガスエビを大葉と一緒にパートグリックで包み油で揚げた料理。ガスエビだけでなく、ソースに使用するデコポンも三重県産。主役脇役問わず、地産地消を演出する。

軽くコンポートした薄切りのリンゴでガスエビと大葉を巻き上げた料理。「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”と香りの同調をお楽しみください」と樋口シェフ。

ペアリングを堪能後、「単品もさることながらこの3つの組み合わせ方は素晴らしかったです。食感、温度、甘みと旨みがそれぞれの調理法で最良に表現されていると思いました。ひと皿ですが4皿と同じクラスの料理は、全て“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”と寄り添い、互いを高める相乗効果を生んでいたと思いました」と堀木さん。

「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”は味もさることながら香りも豊か。香りという視点では、お出汁。今回の料理は、味だけではない香りのペアリングも親和性を生んでいました」と堀木さん。

「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”は、グラスに注がれた時の香りが素晴らしかったです。冷たい飲み物がこれだけ力強い香りを持っているのは驚きですでした」と、料理人らしい視点で自身の見解を話す樋口シェフ。

ラ・メール × 堀木エリ子受け継がれる美学。背景を知ることで、初めて本質は表現される。

「実は私、両親が伊勢出身なのです!」と堀木さん。「父が斎宮、母が松阪なのです。小さいころから『志摩観光ホテル』にはお世話になっており、“志摩観(しまかん)”“志摩観(しまかん)”と呼ばせていただいておりました」と言葉を続けます。

『志摩観光ホテル』への再訪や供された樋口シェフの料理を通して様々思い出すも、特に印象に残っているのは第5代総料理長の高橋忠之シェフの言葉でした。

───
海の幸フランス料理「火を通して新鮮、形を変えて自然。」
火を使って、あるいは形を変えてより新鮮に、より自然に変えることは、素材に対する祈りである。
著書「美食の歓び」より
───

「生でもおいしいものは火を入れてもおいしい。今回、お料理をいただき、樋口シェフは高橋シェフの想いも受け継がれていると思いました。樋口シェフは、フランス料理の伝統を受け継ぎ、『志摩観光ホテル』の歴史も受け継ぎ、高橋シェフの想いも受け継がなければならい立場にあります。非常に重要な責務ではありますが、その背景を学び得た上で、ぜひご自身の美学に昇華していただければと思っております」と堀木さん。

「私は第7代になります。2014年より料理長をさせていただいておりますが、月日を重ねるごとに高橋シェフの偉大さを思い知らされます。『伊勢志摩サミット』は本当の意味で地域を知り、つながるご縁をいただけたと感謝しています」と話す樋口シェフに対し、堀木さんは「自らご縁を広げた樋口シェフの“パッション”があったからこそ。『伊勢志摩サミット』では顔を会わせることはありませんでしたが、同じ舞台で命をかけて表現した戦友のようですね」。

体験こそ価値。その土地で獲れたものをその土地でいただく。その土地で生まれたものをその土地で浄化させる。表現することと土地を知ることは一心同体なのです。

「土地で育ったという事実が大切。ガスエビがどんなに良くても別のところで育ったガスエビでは同じ味にはなりません。この土地で獲れたからこそ良いのだと思います。それが体験につながるのではないでしょうか。“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008”もまた、シャンパーニュ地方のグラン・クリュ(特級畑)に認定された5つの村で収穫したからこそのシャンパーニュ。フランス料理もシャンパーニュも和紙も自然とともに生きています。土地の声に耳を傾け、自然と生きる樋口シェフは、あっぱれだと思います!」。

「ミシュランガイド愛知・岐阜・三重2019特別版」にて一つ星を獲得した「ラ・メール」。地元三重県産の食材に向き合い続ける樋口シェフの世界を堪能できる。「三重の食材の素晴らしさを取り入れた料理をご提供していきます。自然の恵みに感謝の気持ちを込め、つながる全ての思いがお皿の上に、お客様に届きますように」と樋口シェフ。

女性として表現者として、互いを敬愛する堀木さんと樋口シェフ。2020年、テタンジェは長女のヴィタリー・テタンジェが5代目に就任。顔こそ見えないが、実は3人の女性が今回の饗宴を果たしているのだ。

「伊勢志摩サミット」にて堀木さんが表現した「光壁」の前にて。「まさか堀木さんとご一緒にこの場に立てるなんて感謝しかありません」と話す樋口シェフに「ご縁ですね」と堀木さん。神々しい光がふたりを照らす。

住所:三重県志摩市阿児町神明731 『志摩観光ホテル』内 MAP
TEL:0559-43-1211
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html/

1962年京都生まれ。高校卒業後、4年間の銀行勤務を経て、京都の和紙関連会社に転職。これを機に和紙の世界へと足を踏み入れる。以後、「成田国際空港第一ターミナル」到着ロビーや「東京ミッドタウン」などのパブリックスペース、さらには、旧「そごう心斎橋本店」や「ザ・ペニンシュラ東京」など、デパートやホテルの建築空間に作品を展開。また、「カーネギーホール」(ニューヨーク)での「YO-YOMAチェロコンサート」舞台美術や、「ハノーバー国際博覧会」(ドイツ)に出展した和紙で制作された車「ランタンカー‘螢’」など、様々な分野においても和紙の新しい表現に取り組む。「日本建築美術工芸協会賞」、「インテリアプランニング国土交通大臣賞」、「日本現代藝術奨励賞」、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」、「女性起業家大賞」など、受賞歴も多数。近著に『和紙のある空間-堀木エリ子作品集』(エーアンドユー)がある。

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

(supported by TAITTINGER)

深まる「ご縁」、湧き上がる「パッション」。和紙デザイナー・堀木エリ子が体験する「食べるシャンパン」。[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE]

テタンジェOVERVIEW

ファミリーの名をブランドに冠する、今日では数少ない家族経営のシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」。

テタンジェは1734年に創業したシャンパーニュで史上3番目に古い醸造社である「フォレスト=フルノー社」を前身とする名門ハウス。長きにわたりテタンジェ家が培ってきた伝統と品質は、フランス大統領の主催する公式レセプションでも供されるほどです。

そんな「テタンジェ」は、単体で飲むだけでも優れていますが、料理と合わせることによって、更に味の奥行きが生まれ、ポテンシャルを発揮します。

今回は、「テタンジェ」の中でも至宝ともいえるトップキュヴェ「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」のリリースに合わせ、3人のシェフが料理を考案。

フレッシュで洗練された果実味、熟した果実の香り。そして、滑らかで生き生きとした躍動感、スパイスのニュアンスを感じる洗練された味わいは、料理とペアリングすることによっておいしさが何倍にも増幅します。

言わば「食べるシャンパン」。

今回は、それをあるひとりの人物に体験していただきます。

それは、和紙デザイナーの堀木エリ子さんです。

堀木さんは、「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」の日本限定ギフトパッケージにて共演をしたことでも話題を読んでいます。

「日本の和紙は、もともと白い紙が神に通じると言われており、白い和紙は不浄なものを浄化するという考えがありました。だから、職人さんたちは、より白い紙を、混ざりもののない和紙を、約1300年にわたり追求してきたのです。そんな中、日本人はものを包んで人に渡すという文化が生まれました。ひとつのものを浄化して人に差し上げるという行為は、日本人のおもてなしの心につながっています。今回は、テタンジェの白い箱をさらに和紙で熨斗のように巻き上げました。贈る方の想い、シャンパーニュを召し上がる方の想い、人とのご縁をつなぐ心を和紙で表現しています」。

その熨斗には高い職人技が活かされていることはもちろん、四層漉きという驚愕の手仕事が成されているのが特徴です。

「ベースとなる緑の和紙、テタンジェのロゴ部分だけ薄く漉いた透かしの和紙、シャンパーニュの煌めく泡をモチーフにしたダイヤモンドマーク部分だけを厚く漉いた和紙、そして、表面の白い和紙の四層です。白透かしと黒透かしという技法を採用しました」。

また、堀木さんは、シャンパーニュ地方にあるテタンジェのカーヴにも足を運んでいます。

「ワイナリーで一番印象的だったのは、眠っているボトルの姿でした。それが本当に美しくて。毎日のように澱が溜まらないように回すのですが、まるでこどもの寝返りを打たせてあげているようで、愛を感じました。これを見ているのと見ていないのとでは、味の感じ方は変わります。できあがったものだけで本質を得ることは難しいと思っています。現場を見てきたものとして、飲むだけでは得ることのできない真実、現場の姿もお伝えしたいと思っています」。

本当に大切なことは、見えるものではなく、見えないところにあります。背景を知ることが本質を知ることにつながるのです。

シャンパーニュと和紙の「ご縁」。そして、互いが持つ技術や歴史の「パッション」の邂逅から、これまでにない特別感が生み出されます。

「合わせる」ことで生まれる、「1+1=2」以上の可能性。

その魅力を堀木エリ子さんとともに綴っていきたいと思います。

※「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2008」の日本限定ギフトパッケージは、2008本限定のため、売り切れの場合がございます。あらかじめご了承ください。

1962年京都生まれ。高校卒業後、4年間の銀行勤務を経て、京都の和紙関連会社に転職。これを機に和紙の世界へと足を踏み入れる。以後、「成田国際空港第一ターミナル」到着ロビーや「東京ミッドタウン」などのパブリックスペース、さらには、旧「そごう心斎橋本店」や「ザ・ペニンシュラ東京」など、デパートやホテルの建築空間に作品を展開。また、「カーネギーホール」(ニューヨーク)での「YO-YOMAチェロコンサート」舞台美術や、「ハノーバー国際博覧会」(ドイツ)に出展した和紙で制作された車「ランタンカー‘螢’」など、様々な分野においても和紙の新しい表現に取り組む。「日本建築美術工芸協会賞」、「インテリアプランニング国土交通大臣賞」、「日本現代藝術奨励賞」、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」、「女性起業家大賞」など、受賞歴も多数。近著に『和紙のある空間-堀木エリ子作品集』(エーアンドユー)がある。
 

前回の記事はこちらへ。

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00 (土日祝日除く)
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http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

(supported by TAITTINGER)

レザーキーホルダー

ウェッジレザーズxホッピングシャワーさんとアイアンではおなじみのお二人のコラボ商品!

  • ウェッジレザーズ製キーホルダーにホツピングシャワーテツさんによるアイアンロゴピンスト入り!
  • 革はイタリア・ワルピエール社のブッテーロレザーを使用
  • 使い込むほどに奥の深いツヤが出て愛着の湧いていく革です
  • 金具部分は真鍮製

新潟食材を堪能する料理教室。中村孝則流、男の晩酌レシピ。[NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN Vol.2/新潟県]

茶人として自分で料理の腕を振るうことも多い中村さんが、今宵は料理教室の先生に。

新潟プレミアムライブキッチン限定5名の受講者が、中村さんのオリジナルレシピをリアルタイムで料理。

新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画として、コラムニストの中村孝則さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN VOL.2』が開催されました。参加抽選への応募は50名を超え、その中から見事に参加資格を勝ち取った5名が参加しました。

新潟ウチごはんプレミアム」は、自宅で新潟の食材を楽しむためのポータルサイト。レシピ動画の公開のほか、さまざまなオンラインイベントを紹介しています。今回、中村さんは新潟へ食材探しの旅を敢行し、そこで手に入れた食材とお酒を事前に参加者へ届けました。開催当日は、中村さんのオフィスのキッチンと参加者のキッチンをオンラインでつなぎ、料理教室がにぎやかにスタートしました。

「今日はお酒のお供になる料理を4品作ります。どれも簡単でシンプルなレシピですから、飲みながら、食べながら、楽しく進めていきましょう」と中村さん。まずは、全員で乾杯です。
乾杯のお酒は、長岡市摂田屋地区で470年以上続く日本酒蔵・吉乃川が、11月より販売を開始した発泡性純米酒「酒蔵の淡雪プレミアム PAIR」です。参加者からは「シャンパーニュのような泡立ち」「めちゃくちゃ美味しい!」と驚きの声が上がりました。ワインのインポーターである参加者も「香りの広がり方が素晴らしい」と絶賛です。4つの料理に合わせて、中村さんが吉乃川のラインアップから選んだ4種類のお酒をペアリングしていきます。

中村さんはメインの食材として新潟特産のふたつのブランド野菜を選びました。ひとつは長岡市の「大口(おおくち)れんこん」、もうひとつは五泉市の里芋「帛⼄⼥(きぬおとめ)」です。どちらも新潟県民にとってはおなじみの野菜であるものの、収穫量がそれほど多くはないため基本的に新潟県外に流通することはなく、全国的にはほとんど知られていません。中村さんは、大口れんこんや帛⼄⼥は、知られざる食の宝庫・新潟を象徴する存在だと話します。
「新潟に“食”のイメージがあまりないという方もいるかもしれません。ですが、実際には新潟はとても豊かな食材に恵まれ、奥深い食文化を育んできた土地です。暖流と寒流がぶつかる東西に長い海岸線と佐渡島を有することから、良質な海産物の宝庫となっています。コシヒカリはもちろん、酒米である五百万石の栽培が盛んで、日本酒の蔵の数は全国第1位。越後姫やル レクチエなどの人気のフルーツもたくさんありますし、ブランド豚やブランド牛などの畜産や酪農も盛んです。野菜に関しては枚挙にいとまがないほど多くの特産品があり、新潟県内では日常食として消費されています。今、新潟県民だけがそのずば抜けた美味しさを知っている大口れんこんと帛⼄⼥は、新潟の“食”のポテンシャルの高さを象徴する幻の野菜だと言えます」

【関連記事】NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1/平野紗季子×長田佳子 抽選で限定5名が参加できる「オンライン料理教室」を開催

「美味しい料理を作るなら、飲みながら」が中村さんのモットー。まずは参加者全員で乾杯します。

今回のメインとなる新潟食材である大口れんこんと帛⼄⼥について解説。

料理をしながら、帛乙女の畑をたずねて自分で収穫した体験談を話します。

時にドタバタと、時にゆるりとお酒を楽しみながら、6カ所での同時クッキングが進んでいきます。

新潟プレミアムライブキッチン食材の生産の現場を知り、生産者の声を聞く。それが、究極の美味しさへの近道。

1品目の「あっさり辛子レンコン」は、茹で上げたれんこんを使ってわずか5分ほどで完成。辛子れんこんと言っても、辛子味噌を詰めて揚げたものではなく、いわばれんこんの辛子和えです。

「大口れんこんの生産者たちは、口々にシンプルな料理を勧めるんです。辛子れんこんやきんぴらでさえ彼らにしてみれば調理しすぎで、本来の味が分からなくなっていると。実は辛子れんこんを作りたいと思ったのですが、そのアドバイスを受けて超シンプル版の辛子れんこんにしてみました」と、中村さんはレシピ考案の背景を話します。
参加者たちは「れんこんがこんなに美味しいものとは知らなかった」と、味見に手を伸ばし、グラスを傾ける回数が加速していきました。

2品目、素揚げした大口れんこんと中村さん特製のジェノベーゼソースの組み合わせには、また歓喜の声が上がりました。九州在住の参加者は「れんこんを口に入れた瞬間、新潟へ早く行かなきゃと思いました」と笑います。

中村さん自身も、これらの野菜を現地で試食した際は鮮烈なインパクトを受けたと振り返ります。とりわけ印象深いのが帛⼄⼥を使った新潟の郷土料理「のっぺ」です。
「正直、それまで里芋の魅力が今ひとつわかっていなかった。ぬめっともさっとしたところが苦手で積極的に選ぶ食材ではありませんでした。でも、長生館という老舗旅館でのっぺをいただいた時には、心から感動したんです。自分の知っている里芋とは全く別物で、なんてきめ細やかでさらっとした心地いい舌触りと。奥深い味わいなんだろうと」
その感動をもとに、中村さんは3品目の洋風のっぺを作りました。旅で立ち寄った、だし製品の直営店「ON THE UMAMI」で手に入れたトマトだしと、中村さんのお気に入りの食材であるグラノパダーノチーズを使った、ユニークなオリジナルのっぺです。

新潟県三条市出身の参加者は、「洋風アレンジののっぺは新潟ではあり得ませんね。いやぁ旨い。県外の人の自由な発想が入ると、料理がぐっと楽しく広がりますね」と唸ります。

最後の4品目は、中村さんの得意料理のひとつであるスペイン風オムレツ。本来じゃがいもを使うところを帛⼄⼥に置き換えて作ります。
「帛⼄⼥をくたっとさせて、そのまろやかなぬめりを半熟卵にくるんで楽しむ一品です。味付けは塩のみ。一見凝った料理のようですが、実は極めてシンプルです。帛⼄⼥そのものの独特な食感と、他の食材と調和する万能食材としての魅力を堪能できると思います」と中村さん。ペアリングには、「特別純⽶ 極上吉乃川」の人肌燗を勧めます。

とろりとしたオムレツと、米の旨味がしっかり感じられる燗酒を味わいながら、全品を無事に完成させたみんながホッと一息。ほどよい酔い心地です。

最後に、完成した料理とお酒を思い思いに楽しみながら、しばし語らいます。「実際に料理し、味わいながら新潟の食について楽しく勉強できて、とても有意義な時間だった」「毎月開催してほしい。こういう講座があったら絶対に参加したい」「新潟のイメージが変わった」といった声が聞かれました。
中村さん自身にも今回の体験は大きな変化をもたらしたようです。
「料理人たちがなぜわざわざ生産者を訪ねるのか。その理由が感覚的にわかりました。生産者は、自分が丹精込めて育てる食材のいちばんの魅力を知っている。そして、その前には魅力を高めるために努力を重ねてきているわけです。その食材がどのように生まれ、生産者はどのように考えているか。それを知ることは、料理人にとって目標である“美味しさ”にたどり着く最短コースであり、食の本質を深く理解するための唯一の道だと気づいたんです」

画面越しに大きくうなずく参加者たちの笑顔が、イベントの成功を物語っていました。

辛子れんこんの材料を示す中村さん。このように、中村さんの料理は至ってシンプルで手軽。それでいて、味は文句なし。

4品の調理とお酒のプレゼンテーション、旅の思い出トークと孤軍奮闘する中村さん。手慣れた包丁捌きは流石の一言。

時折、大口れんこんの収穫風景を見せながら、れんこんがどのように栽培されているか、収穫がいかに大変な作業であるかを伝えました。

「洋風のっぺ」に合わせたのは、吉乃川新シリーズの「純⽶⼤吟醸 50 PAIR」。骨格がしっかりしていて、和食洋食を問わず食中酒として光るタイプ。

「辛子れんこん」と吉乃川「酒蔵の淡雪プレミアム PAIR」

ON THE UMAMI だし屋の⽩だしと水で粉辛子をとき、れんこんと和えるだけで絶品のおつまみに。

新潟プレミアムライブキッチン【あっさり⾟⼦レンコン】

材料
*⼤⼝れんこん(1個)
*和がらし粉(適量)
*⽩だし(ON THE UMAMI だし屋の⽩だし・適量)
*⽩ごま(少々)

手順
1.⼤⼝れんこんを皮がついたまま硬めに茹で、皮をむき、5㎜幅に輪切りにする。
2.和がらし粉に、⽔と⽩だしを半々の割合で少しずつ混ぜ、ゆるいソース状に溶かす。(ゆるさはお好みで)
3.1に2のソースをかけ、⽩ごまを振って完成。
合わせるお酒
吉乃川「酒蔵の淡雪プレミアム PAIR」

「れんこんフリットのバジルソースがけ」と吉乃川クラフトビール「摂⽥屋クラフト」ペールエール(左)とヴァイツェン(右)

大好評だった中村さん特製バジルソース。酸味として梅干しを加えるのがポイント。

新潟プレミアムライブキッチン【れんこんフリットのバジルソースがけ】

材料
*⼤⼝れんこん(1個)
*オリーブオイル(適量)

《バジルソース》
*フレッシュバジル(ひとつかみ50gくらい)
*オリーブオイル(100ml)
*グラナパダーノチーズ(50g)
*カシューナッツ(素焼き・50g)
*梅⼲し(1/3個)
*塩(少々)

手順
1.⼤⼝れんこんを皮がついたまま硬めに茹で、皮をむき、乱切りにする。
2.⼩さめのフライパンや鍋にオリーブオイルを浅めに張って、1を素揚げにする。
3.ミキサーかジューサーにバジルソースの材料を塩→梅⼲し→オリーブオイル→バジル→グラナパダーノチーズ→カシューナッツの順に⼊れて、ペースト状になるまで仕上げる。
4.⽫に2を盛りつけ、3のソースを添える。

合わせるお酒
吉乃川クラフトビール「摂⽥屋クラフト」(ペールエールとヴァイツェン)

「洋風のっぺ」と吉乃川「純⽶⼤吟醸 50 PAIR」

「洋風のっぺ」の仕上げにグラノパダーノチーズをたっぷりふりかける。帛⼄⼥はコクのあるチーズとの相性もいい。

新潟プレミアムライブキッチン【洋⾵のっぺ】

材料
*ON THE UMAHI UMAMIだし トマト(1パック)
*帛⼄⼥(2個)
*鶏もも⾁(50g)
*⼈参(1/2本)
*グラナパダーノチーズ(⽿の部分を含む)
塩少々

手順
1.帛⼄⼥と鶏もも⾁と⼈参を⼀⼝⼤に切る。
2.切った帛⼄⼥と⼈参を軽く下茹でする。
3.鍋に300ccの⽔とだしトマトパックとグラナパダーノの⽿を⼊れ、沸騰させて5分間煮出す。
4.3に2を⼊れて全体に味が馴染んだら、塩で整える。
5.器に盛りつけ、グラナパダーノをマイクロプレイン、なければすりおろし器ですりおろして完成。

合わせるお酒
吉乃川「純⽶⼤吟醸 50 PAIR」

「帛⼄⼥のスペイン風オムレツ」と吉乃川「特別純⽶ 極上吉乃川」(燗)

スペイン風オムレツのコツは、具材を熱々のまま卵に加えながらも、卵が固まりすぎないよう加減すること。中村さんがその極意を伝授した。

新潟プレミアムライブキッチン【帛⼄⼥のスペイン⾵オムレツ】

材料
*帛⼄⼥(4個)
*⽟ねぎ(1/2個)
*オリーブオイル(適量)
*イタリアンパセリ(適量・なければパセリ)
*卵(3個)
*塩少々

手順
1.帛⼄⼥を1cm幅にスライスする。
2.⽟ねぎを千切りにする。
3.フライパンにオリーブオイルを⼊れて、1を柔らかくなるまで軽く揚げる。
4.3に2を加えて炒める。
5.卵をとき、その中に塩をふる。4を熱いまま⼊れて、帛⼄⼥を⼿早くつぶして混ぜながら3分待つ。
6.フライパンにオリーブオイルを少しひき、熱くなったら5を⼊れて焼く。裏面がきつね⾊になったらひっくり返して、両面がきつね色になったら完成。

合わせるお酒
吉乃川「特別純⽶ 極上吉乃川」


Photographs:JIRO OOTANI
Text:KOH WATANABE

料理の完成後は、茶室に移動してオンライン飲み会状態に。そこに美味しいお酒と肴があれば、オンラインでも人と人との距離はぐっと縮まる。

記事で登場した商品は、こちらから購入できます。

神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長を務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。http://www.dandy-nakamura.com/

(supported by 新潟県観光協会)

ソフトフランネルワークシャツ

秋冬定番ヘビーネル

  • 生地の表側を1回、裏側を2回しっかりと起毛させ、着た時の暖かさを重視。
  • 釦は昔ながらの樹脂製猫目釦を使用。
  • 強度のあるヴィンテージシャツの縫製仕様に倣い、縫い合わせは全て巻き縫い仕様。
  • そのため、裏もロック目のない綺麗な仕上がり。
  • 脇の合わせは昔ながらの雰囲気を残した三角マチ仕様で強度を高めています。
  • 柄は定番のバッファローチェックですが今までのアイアンにはなかったカラーリングが特徴です。
  • ワンウォッシュ済み

IHSH-258: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 68.5 40.0 102.0 97.0 63.0 10.5
S 70.0 42.0 106.0 101.0 63.0 10.5
M 71.5 44.0 110.0 105.0 64.5 11.0
L 73.0 46.0 114.0 109.0 66.0 11.5
XL 74.5 48.0 118.0 113.0 67.5 12.0
XXL 76.0 50.0 122.0 117.0 69.0 12.5
XXXL 77.5 52.0 126.0 121.0 70.5 12.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 綿:100%

ソフトフランネルワークシャツ

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  • 釦は昔ながらの樹脂製猫目釦を使用。
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  • ワンウォッシュ済み

IHSH-258: サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈 袖口
XS 68.5 40.0 102.0 97.0 63.0 10.5
S 70.0 42.0 106.0 101.0 63.0 10.5
M 71.5 44.0 110.0 105.0 64.5 11.0
L 73.0 46.0 114.0 109.0 66.0 11.5
XL 74.5 48.0 118.0 113.0 67.5 12.0
XXL 76.0 50.0 122.0 117.0 69.0 12.5
XXXL 77.5 52.0 126.0 121.0 70.5 12.5
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 綿:100%

21oz セルビッチストレッチスーパースリムストレート 

21oセルビッチにストレッチデニム誕生!

  • 21ozのセルビッチのヨコ糸にストレッチ糸を織り込んだアイアンハート2021年を代表するデニムを使った555シルエットのジーンズ。
  • 見た目はまんま21ozセルビッチデニム。ただし、すわったりしゃがんだりすると横方向に感じる伸びが細めのシルエットを可能にします。
  • 革ラベルは21oz専用の4mm厚の極厚革ラベル(牛革)を採用。
  • ワンウォッシュ済み

555ーSST: サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ ヒザ巾 裾巾 股下
W28 72.5 20.5 33.0 27.6 18.0 16.5 91.0
W29 75.0 21.0 33.5 28.4 18.5 17.0 91.0
W30 77.5 21.5 34.0 29.2 19.0 17.5 91.0
W31 80.0 22.0 34.5 30.0 19.5 18.0 91.0
W32 82.5 22.5 35.0 30.8 20.0 18.5 91.0
W33 85.0 23.0 35.5 31.6 20.5 19.0 91.0
W34 87.5 23.5 36.0 32.4 21.0 19.5 91.0
W36 92.5 24.5 37.0 34.0 22.0 20.5 91.0
W38 97.5 25.5 38.0 35.6 23.0 21.5 91.0
W40 102.5 26.5 39.0 37.2 24.0 22.5 91.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 前ぐり、後ぐりはベルト巾を含みません。

素材

  • 綿:98% ポリウレタン:2%

21oz セルビッチストレッチスーパースリムストレート 

21oセルビッチにストレッチデニム誕生!

  • 21ozのセルビッチのヨコ糸にストレッチ糸を織り込んだアイアンハート2021年を代表するデニムを使った555シルエットのジーンズ。
  • 見た目はまんま21ozセルビッチデニム。ただし、すわったりしゃがんだりすると横方向に感じる伸びが細めのシルエットを可能にします。
  • 革ラベルは21oz専用の4mm厚の極厚革ラベル(牛革)を採用。
  • ワンウォッシュ済み

555ーSST: サイズスペック

  ウエスト 前ぐり 後ぐり ワタリ ヒザ巾 裾巾 股下
W28 72.5 20.5 33.0 27.6 18.0 16.5 91.0
W29 75.0 21.0 33.5 28.4 18.5 17.0 91.0
W30 77.5 21.5 34.0 29.2 19.0 17.5 91.0
W31 80.0 22.0 34.5 30.0 19.5 18.0 91.0
W32 82.5 22.5 35.0 30.8 20.0 18.5 91.0
W33 85.0 23.0 35.5 31.6 20.5 19.0 91.0
W34 87.5 23.5 36.0 32.4 21.0 19.5 91.0
W36 92.5 24.5 37.0 34.0 22.0 20.5 91.0
W38 97.5 25.5 38.0 35.6 23.0 21.5 91.0
W40 102.5 26.5 39.0 37.2 24.0 22.5 91.0
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 前ぐり、後ぐりはベルト巾を含みません。

素材

  • 綿:98% ポリウレタン:2%

「今、人としてどう生きるかを問われている。食がもたらす役割、そのひとつの体験をより大切にしたい」pesceco/井上稔浩・井上景子

穏やかな表情だが、内には強い覚悟を秘めている井上シェフ(左)。「今のような世の中だからこそ、“食”を通して人々の心身を“元気”にしたい」と夫婦で語る。Photograph:AZUSA SHIGENOBU

旅の再開は、再会の旅へ。自分にできることを自分の場所でやる。“食”を通して、おいしいだけではない“力”もご提供したい。

時を遡ること2018年8月。島原のレストラン『pesceco』は、大きく舵を切りました。

町の繁華街で3年9ヵ月営んだカジュアルなイタリアンレストランを閉め、海沿いの一軒家に店を移して、新たな拠点として再スタートしたのです。完全予約制で、料理は昼夜ともおまかせのコースのみに。

当時を知る人であれば、「敷居が高くなった」と足を遠ざける地元客も出てしまいましたが、その一方、「ここでしか食べられない料理がある」、「店での食事を目的に島原へ旅する価値がある」と、『pesceco』を目指して旅する人も少なくありません。

ここを担う井上稔浩(たかひろ)シェフは、島原生まれの島原育ち。県外に、いや世界に伝えたい島原の素晴らしいところも、他の地方都市同様に抱えている多くの地元の問題点についても、誰よりもよく知っています。その上で「島原が好きだから」と、この地に根を張る道を選びました。

愛する故郷のために、料理人だからできることがある。

店のあり方を大きく変えた移転リニューアルは、井上シェフの「覚悟」にほかなりません。

「大変ありがたいことに国内外を通してお客様に恵まれていましたが……」と言葉を詰まらせる理由は、新型コロナウイルスによる激動激変です。しかし井上シェフは「僕らのスタンスは変わらない」と覚悟を口にします。「これまでも、周りがどうだからとかでなく、"自分たちなら?"と問いながら変化してきました。だから今回も、自分たちらしく、変化し続けるだけで”自分たちなら?”が根本にある 精神は変わりません」。

『pesceco』 は、2020年3月初旬には5月末まで予約が埋まっていました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、ほぼ全てそれは白紙に。緊急事態宣言発令時には、やむ得ずレストランを一時休業しました。

「もともと需要がないところからスタートしたので、予約が白紙になったことに危機感を抱くということはありませんでした。むしろ、開店当時の事を思い出し、"自分たちなら?"と今できることを冷静に考えることができました。店舗の再開時には1日2組に体制を変更し、昼、夜ともにおまかせコース一本にさせていただく決断をしました。今の状況下においても、心の安らぎを求めお越しくださるお客様に、より良い一皿を、より良い時間を安心して過ごして頂きたいと思っております。正直、営業すること自体、とても各々リスクがあり、シビアだということは理解しています。それでも粛々とやれることをやるしかない。感染対策を意識しながら営業をするスタンスを取っていました」。

新型コロナウイルスがもたらす地域の悲鳴は、テレビを始めとしたメディアでは取り上げられない現状が各々あります。

「島原は小さな観光土地でもあるのですが、緊急事態宣言が発令されてから夏のお盆ぐらいまで県外からの観光客はほぼいませんでした街は閑散としていました。9月ぐらいからは徐々に戻ってきたような感じはありましたが、それ以前から夜の街はは衰退の最中でしたので、昔ながらのお店が立て続けに店仕舞いを余儀なくされるところもありました」。

感染拡大の防止と経済の活動、一長一短であるため、その解決策は未だ見えません。

また、地域の場合、その土地に根ざした独特の距離感と手の取り合い方があると思います。レストランで言えば、地産地消がそれになります。地元の食材や生産者とのつながりが料理を支えており、ゆえに『pesceco』は、「田舎でしか食べられない料理」を表現できる場所に成長したと言えるでしょう。

「ひと皿を通し、お客様、地元の生産者、食材、自然をつなげることができると思います。その土地に根ざし、期待に応え続け、求められ続けることこそ、土地に存在し続けることの意義。それが『pesceco』の手の取り合い方なんです」と井上シェフは語ります。

それはメニューの最後に刻まれている「百姓」「漁師」「魚屋」「塩」が物語っています。

前回の取材時、「塩」は平戸市獅子町『塩炊き屋』の1軒で、他はそれぞれ2軒ずつ。「魚屋」の欄にはもちろん父・井上弘洋氏が営む『おさかないのうえ』の名も記されていました。最後は「自然」。自ら採取した野草、そして雲仙市西郷で汲む岩戸の湧き水。食材を茹でたり煮たり、出汁を取ったりする際に使う湧き水を汲みに行くことから井上シェフの一日は始まるのだと言います。

「これが全てです。逆に、この方々抜きでは、僕の料理、僕らの店は成立し得ない」。

今回の難局においては、食以外に関してもその手の取り合いを発揮しました。

「お店を守るため、資金集めに奔走していたこともありました。そんな時、色々な方々が親身にサポートの声をかけてくださいました。そんな優しさは、田舎ならではの距離感だと思います。日々のご縁や繋がりの有り難みに改めて感謝しています。また、島原に限っては、市を通して比較的早く、給付金などの手続きもしていただけました」。

どんなに辛いことがあろうとも、ここに残る理由は何か。それは前出の通り、「島原が好きだから」。そして、この渦中においても井上シェフは、冷静に言葉を続けます。

「今、このような世界をもたらしたのは、私たちの社会によるものです。つまり、人が生み出してしまったものだと思っています。新型コロナウイルスによって今までの当たり前や日常は奪われ、人としてどう生きていくのかを問われているのではないでしょうか。人間は自然の中で、地球の中で生かされています。このコロナ禍においては、直接会わなくとも画面越しに会話できるようになり、直接訪れなくとも物が届くようになりました。それが良い、悪い、とかではなく、私たち人間はそうしてお互いに繋がりながらでないと生きていけません。だからこそ今一度、人としての豊かさとは何なのか、人としてどう生きるべきなのかに向き合うべきだと思っています。自分は一料理人として、一人間として、"繋がりが見える料理"を作っていきたいし、食が心にもたらす役割を意識しながら、そのひとつ一つの体験をより大切にしていきたいです」。

2020年は、井上シェフに訪れた次なる「覚悟」の年になったことは間違いありません。それでも「レストランは人々の心身を豊かにすることを信じています」。レストランの語源でもある「レストレ」のごとく。

「世界中が未曾有の不幸に見舞われるという中、日々、レストランとしての存在意義と向き合っています。 少しでも自分たちと関わりがある人たちや来てくださるお客様が、“食事”を通して心身ともに元気になっていただければ嬉しく思います。“食”を通して、おいしいだけではなく、心のエネルギーになるような“力”もご提供したい。 そして、1日も早く心置きなく旅ができる日が戻ることを願います。まず、自分は自分の場所で、できることをしていきます。『pesceco』は、灯台のような存在でありたいと思います。また自由に旅が再開できた時、お客様とお会いできるのを楽しみにしています」。

淡いブルーグレーの建物が、海岸沿いの景色に溶け込む。店名はイタリア語で「魚」を意味する「ペッシェ(pesce)」と、景子さんの名前の「子(co)」を合体させた造語。

海をすぐそばに感じることができるレストラン。店内には余計な装飾はなく、真っ白なリネンが清々しい印象。

3人の子供を育てながら、店でサービスを担当する奥様の井上景子さん。井上シェフの大きな精神的支柱でもある。

住所:長崎県島原市新馬場町223-1 MAP
電話:0957-73-9014(完全予約制)
https://pesceco.com/

Text:YUICHI KURAMOCHI

青いカステラ饅頭!?

皆様こんにちは!

寒い日が続きますね:(;゙゚'ω゚'):

倉敷もすごく寒くて最近はお店の前の倉敷川も凍っていました


船渡しの船頭さんが氷を割って進まれていました



なかなか見られない光景です(・∀・)



さて、皆様は世の中に青い食べ物の存在を知っていますでしょうか?


青い食べ物といえば・・・そう、食欲がなくなる色ですΣ(゚д゚lll)

しかし、敢えてその色で作った食べ物がこちら



青いカステラ饅頭です!!


デニムストリート限定で販売!!

見た目に反して中はこし餡でお茶受けにピッタリです(o^^o)


しかも今ならなんと




半額で販売中!!


まとめ買いならさらにお得に(*´∇`*)


倉敷へお越しの際は是非デニムストリートで
食欲激減色の青いカステラ饅頭をお求めください(・∀・)

「外の発信から内の発信へ。地元に留まることによって見えた足元の価値を表現する」Araheam/前原宅二郎

肩の力の抜けた、気持ちのいい接客が印象的な前原宅二郎氏。お店は兄の良一郎氏と共同経営

旅の再開は、再会の旅へ。今できることにベストを尽くし、いつか鹿屋で再会したい

鹿児島県の大隅半島中央部・鹿屋(かのや)市に、グリーン好きの間では全国的に有名なショップがあります。

前原良一郎氏、宅二郎氏の兄弟が営む『Araheam(アラヘアム)』です。

そんなお店の周辺環境は、国道沿いにあるいくつかの大手チェーン店の他は、個人経営のお店は限られており、シャッターが下りている商店も少なくない場所です。

2018年、『ONESTORY』が訪れた取材では「ここで店をやることは、リスクだらけですよ」と語った宅二郎氏ですが、予想もしないリスクが2020年に訪れます。それは、周知のとおり、新型コロナウイルスです。

「新型コロナウイルス前は、新たな計画を立てていました。自粛や緊急事態宣言などによって二の足を踏む日々が続きましたが、気持ちは落ち着いていました。もちろん海外への買い付けができなくなったのは残念でしたが、今は仕方ないですね。販売に関しては波があり、直近の見通しもたたないため、仕入れやイベントなど、リスクが伴うことを考えると、やや消極的になっていました。感染が拡大してからはできるだけ市外へも足を運ばず、地元に留まり、できることを行ってきました」と宅二郎氏は話します。

前原兄弟に限らず、日本中、世界中が当たり前を奪われ、篭る日々が続きました。そこで改めて感じたこと。それは、「外の発信から内の発信へ」のシフトチェンジです。

「新型コロナウイルスの一番大変な時期はウェブでの販売に注力していました。自粛期間中、併設している喫茶店は休業しました。その後はテイクアウトメニューなども増やし、世間のニーズに合わせたメニュー構成にしています。これまでは外からのアイテムの発信が多かったのですが、これからは内からの発信をしたいと思っています。新たに地元の食を発信するプロジェクト『
LOCAL FOOD STOCK』を立ち上げ、インターネットでの販売、地域の情報発信を行う予定です。新型コロナウイルス収束後、このプロジェクトをきっかけに足を運んでくれる人が増えてくれたらと思っています」と宅二郎氏。

前回訪れた時、宅二郎氏はこんな言葉を残しています。「地に足をつけて自分たちの店をしっかりやる。元気な店作りをすることが、一番の町おこしなんじゃないかなと思うようになったんです」。

『Araheam』は『Araheam』のやり方で、地に足をつけ、一番の町おこしに向け、一歩一歩前へ進んでいます。

ちなみに、今回の取材対応も前回同様、宅二郎氏が担当。店頭に立っているのも多くが宅二郎氏です。

「僕は保守的ですが、兄は本能的!?とでも言いますか(笑)。野球のバッテリーでいったら兄がピッチャーで僕はキャッチャー」と、その兄弟の関係を明かしてくれます。

「まだまだ不安定な日々が続き、先が見えないこともあると思います。新型コロナウイルスの状況を様々なメディアで目にしますが、それに翻弄されている人が多いように感じました。国や政府からの情報もホームページやインターネットが中心のため、もう少し高齢者の皆さんにもわかりやすく届くといいなと思いました。また、業種や規模によってその制度も様々なので比べることはできませんが、もう少し地方へのご配慮もぜひお願いできれば幸いです」と宅二郎氏は話します。

一刻も早く日常が戻ることを願うばかりですが、『Araheam』は、温かくも落ち着いた空気感を保ちながら一致団結。兄弟や家族だけでなく、スタッフも含めたチームで乗り切ります。まさに全員野球。

『Araheam』は、逆から読むと『maeharA』。マエハラです。

『Araheam』は、兄・良一郎氏と弟・宅二郎氏の2人のコンセプトがひとつになり、形となる場所ですが、現在は更に父と三男の弟も欠かせない存在になっています。

『Araheam』の始まりは、父の経営する植物の卸し兼園芸店からスタート。「自社農園もあるのですが、その農園はもともと父が中心になって始めたことで、三男にあたる弟は現在その生産管理をしています」と宅二郎氏は話します。

現在の『Araheam』は、前原ファミリーがひとつになるための場のような存在。まるで呪文のような店名は、家族が一丸となって店に携わるための言霊だったのかもしれません。兄弟のバッテリーから始まった『Araheam』は、チームの『Araheam』へと絆を深めています。

そんな『Araheam』は、2020年7月に新たな挑戦を果たしました。

「東京・千駄ヶ谷に新店『Araheamy』をオープンしました。小さなお店ですが『Araheam』をギュッと詰め込んだ店舗となっています。今後の見通しが中々つかず、不安な日々が続きますが、みんなで困難な時期を乗り越え、収束後には元通りの生活に戻れることを切に願います。何も考えずに旅をして様々な出会いができる日が早く来ますように。そして、少し先になりますが、新型コロナウイルス収束後には、ぜひ、鹿屋にお越しください。再び皆様にお目にかかれることを楽しみにしています」と宅二郎氏

そっけないほどの外観は、ここが店舗と気付くかどうかさえ危うい佇まい。店内にはコーヒーショップを設け、今ではご近所の喫茶店代わりの存在。遠方から来た人には、旅の途中の安息所にもなっている。

種類、大きさ、高さも様々なグリーンが置かれている広々とした店内。もとは材木倉庫だった場所を利用。

お店の奥の部屋ではファッション、生活雑貨、鉢など、ライフスタイル関連の商品が並ぶ。

千駄ヶ谷の新店『Araheamy』。最後に「y」が付く意味を尋ねると「こぢんまりとしたお店なので「y」を加えて親しみやすい名前になればと思い、『Araheamy』にしました」と宅二郎氏。

住所:鹿児島県鹿屋市札元1-24-7 MAP
電話:0994-45-5564
http://araheam.com

住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-3-14 MAP
電話:080-9458-0108

Text:YUICHI KURAMOCHI

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

昨年度は倉敷デニムストリートをご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。

コロナウイルスの影響により一時期はお店を休業していることもありましたが沢山のお客様に来ていただきまして本当に感謝致します。

倉敷デニムストリートは年始も休まず営業を行なっております!

年始から3日間はお得な新春初売りも行っておりますので皆様のご来店をお待ちしております!






統括編集長・倉持裕一が振り返る、2020年の『ONESTORY』。

『ONESTORY』として、ひとりの人間として。この一年をどう生きたのか。

振り返ること2018年、毎年恒例に行われている京都『清水寺』が発表する漢字は「災」でした。しかし、その2年後に更なる「災」が訪れることを誰も知る由もありませんでした。

2020年2月。最悪の事態が始まってしまいます。以降、テレビやインターネットなどで「新型コロナウイルス」という言語を目にしなかった日は今日に至るまで1日もありません。

正直、最初は対岸の火事のような感覚でした。しかし、急速に自体は変化していきます。あっという間に自粛から緊急事態宣言。日常は奪われてしまいました。

『ONESTORY』に関して言えば、取材はおろか、地域を行き来することすらできなくなり、予定していた『DINING OUT』も全て白紙。2020年は一度も開催することができませんでした。

一方、これまで出会ってきたレストランやホテルなどは崩壊寸前まで追い込まれ、経営難になるところも少なくありません。前代未聞の難局ゆえ、国や政府の保証もすぐには可決されず、待ったなしで訪れるのは月末の支払いという現実。

それぞれの立場や環境も異なるゆえ、抱えている問題は多種多様。国民全てに満足のいく対応をするのは困難を極めます。

自分たちには何ができるのか、何もできないのか。無力さを感じた時もありました。

そんな時、あるシェフの活動を目にすることになります。

大阪のレストラン『HAJIME』の米田 肇シェフによる飲食店倒産防止対策の署名活動です。

 

忘れもしない2020年4月5日。一本の連絡からやるべきことが見えた。

前述、『HAJIME』の米田 肇シェフによる飲食店倒産防止対策の署名活動は、3月29日から始まりました。その後、4月5日に米田シェフから今回の詳細を伺い、翌日、4月6日に霞ヶ関への訪問後、付近で緊急取材を行いました。記事の公開は同日というスピード感。最速での配信となりましたが、その理由は、国の補正予算案が発表される前にこの活動を世に伝えなければいけないと思ったからです。

そして、この件をきっかけに『ONESTORY』としてやるべきことが見えたのです。

潰したくないお店がある。
なくなってほしくない場所がある。
応援したい人がいる。

何ができるかわかりませんでしたが、今、自分たちにできる「日本に眠る愉しみをもっと」伝えていかなければならない、届けなければならない。

それが、「#onenippon」という企画でした。

ゴールはありませんでしたが、それでも前へ進むことが大切だと思ったのです。

以降、医療従事者に食事提供する「Smile Food Project」やパリの『MAISON』渥美創太シェフ、ミラノの『Ristorante TOKUYOSHI』徳良洋二シェフ、伝統工芸に表現手法を置く芸術家・館鼻則孝氏など、様々な方々に取材。国やジャンルなど、垣根を超えた現実を記事化していきました。

そんな時に感じたことは、テクノロジーの利点です。

米田シェフや「Smile Food Project」の活動は、インターネットやSNSがきっかけでした。米田シェフは海外のシェフが署名活動を行った前例をインターネットで目にし、「Smile Food Project」は、『シンシア』の石井真介シェフのSNSコメントに『サイタブリア』の石田 聡氏が反応したことから始まりました。また、離れていてもパリやミラノを取材できるコミュニケーションが取れることも、そういった発展によるものと言って良いでしょう。拡散によって輪は広がり、誰かとつながることで安心を得られた人も多かったと思います。

今伝えたい、この瞬間に発信しないと意味がない、そんな情報が多かった2020年は、webの機能が最も有効活用された年にもなりました。雑誌などのように発行日が決まっているものや定期刊行物ではそうはいきません。毎日が生き物のように目まぐるしく循環した『ONESTORY』は、初めての体験でした。

しかし、個人が自由に発信できる場は、イイネなどの数字に左右されることもしばしば。更には、疑似体験を実体験と見紛う傾向も発生し、見たつもり、行ったつもり、食べたつもりなど、「つもり」現象という仮想空間も形成してしまったのではないでしょうか。本質を見失うだけでなく、人を傷つけてしまうこともあるため、誤った使い方をしない道徳心が問われていると思います。

2020年は、新型コロナウイルスによって、全てがリセットされたと言っても過言ではありません。

我々、ひとり一人は、これからどう生きていくべきなのか。

働き方改革ならぬ、生き方企画こそ、人類にとって必要なのではないでしょうか。

そこで新たな企画を始動します。

生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE」です。

 

人は特別な生き物ではない。我々は、今、どう生きるべきなのか。

生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE」の立ち上げは、「#onenippon」を製作中に見た海外のあるニュースがきっかけでした。それは、ネパールの首都・カトマンズから近代史上初めてエベレストが目視可能になったという内容でした。大気汚染が深刻な地域に起こったそれは、人の活動停止によって明らかに空気が澄んだ証拠です。

そこで、世界的にもっと環境改善された例はないか調べてみたのです。

すると、ほかにも様々な記述があり、 水の都として知られるイタリアの世界遺産・ベネチアでは濁った運河が透き通り、タイやアメリカなどではウミガメの繁殖が増えている報告もされたそうです。プーケットではウミガメの巣は10カ所以上も確認され、過去20年で見ても最多の数だとありました。フロリダの保護団体は、人工照明の減少によって生まれたばかりのウミガメの子が方向を見失うことが少なくなったと伝えています。観光客で賑わうハワイのワイキキでも海の透明度が増したと言われ、固有種の絶滅危惧種に指定されているハワイアンモンクシール(アザラシ)の数が例年より増加しているとニュースも報じられていました。

これらはあくまで一例に過ぎませんが、不謹慎を承知で言えば、新型コロナウイルスが人類にもたらした唯一の美点なのではないでしょうか。

奪われてしまった日常や当たり前などから生まれた時の停止は、様々な変化をもたらしました。

しかし、自然に関しては、人類との関係を遮断することによって野生がみなぎり、本来の姿を取り戻すきっかけになったかもしれません。

昨今、「サスティナブル」という言葉を耳にする機会も増えましたが、源は地球環境にあります。

その保全や配慮がない限り、我々の未来はないでしょう。

「生きるを再び考える」ことは、容易いことではありません。

その答えは、もしかしたら生涯見つからないかもしれません。

しかし、考え続けることに意味があるのだと思います。

 

もし日常が戻った時、自分はどんな旅をするのか。その答えは「再会」だった。

4月以降、上記のような企画を推進してきましたが、やはり気になるのは「旅」について。

早く取材を再開したいと思う気持ちはもちろん、それよりも、これまで出会ってきた方々の顔が一番に浮かびました。

もし日常が戻った時、自分はどんな旅をするのか。

いや、もっと言えば、例えワクチンが供給されたとしても、日常は戻ってこないかもしれない。これまでの常識は非常識になるかもしれない。当たり前とは何だろう? 旅の概念も変わってしまうのではないか?

様々な思いが錯乱するも、その答えだけは明確でした。「再会の旅」です。

今回の難局は、世界的に見ても人と人が触れ合う環境を遮断され、引きこもりや孤立した生活を余儀なくされました。

そんな時に芽生えるのは、誰かを思う心。

見る、食べるよりも出会うことを目的にした旅は、より一層、絆を深めるでしょう。

ご無沙汰しています! お元気でしたか? またお会いできて嬉しいです! そんな何気ない会話は特別になり、握手やハグ、肩組みなどのコミュニケーションは、心の底から込み上げてくる何かを感じるに違いありません。

そんな旅は、人生において忘れがたい時間になるはずです。

大切なことは、どこへ行くかではなく、誰に会いに行くか。

HOPE TO MEET AGAIN/旅の再開は、再会の旅へ」の企画は、新型コロナウイルスが終息するまで、コツコツと続けてきたいと思います。

ぜひ、皆様もこれまでの旅を振り返ってみてください。
遠い場所で頑張っている誰かを思い出してしてみてください。
そして、次の旅は、その方のもとへ足を運んでみてください。

旅の再開は、再会の旅へ。

 

さらに地域と向き合う覚悟。『ONESTORY』のこれから。

周知の通り、2020年は激変の年になってしまいました。これは、もしかしたら生涯を通して、最初で最後の苦行かもしれません。

なぜなら、全世界が同時に対峙する難局は、極めて稀有だと思うからです。

この時代をどう生き抜いたかは、各々が歩むこの先の人生を大きく左右するのではないでしょうか。

『ONESTORY』として、ひとりの人間として、未来の時間軸から今を振り返った時、恥ずかしくない生き方をできているのか? 後悔のない生き方をできているのか? 自問自答を繰り返してきました。

そんな『ONESTORY』の2020年は、「挑戦」の年となりました。

その理由は、これまでになかった新プロジェクトにあります。

メディアだけでない『ONESTORY』のカタチ。『DINING OUT』だけでない『ONESTORY』のカタチ。

弊社代表・大類知樹を中心に立ち上げた「FOOD CURATION ACADEMY」です。

メディアや『DINING OUT』を通じて我々が思うことは、食の定義への変化です。

おいしいはもちろん、シェフや料理人への共感、地域への敬意、土地が育む風土などが食を選ぶ理由となり、それらを体感できる場は、より社会的な存在になってきたと考えます。

これは、星やランキングでは評価しきれない領域です。

世界は日本の「進化」を追いかけられたとしても、「深化」までは追いかけられないでしょう。

我々が大切にしていることは、後者です。

そのほか、まだここでは発表できないプロジェクトを水面下で進めています。それもまた、イベントでもメディアでもないカタチです。

『ONESTORY』は、既成概念にとらわれることなく、時代と目的に合った表現をより強固にしていきます。カタチのないカタチ、その活動体が『ONESTORY』です。

2021年には、それを可視化できると思いますので、ぜひお楽しみいただければ幸いです。

そして、2020年も多くの読者様、地域の方々にお世話になりました。この場を借りて、深く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

どんなに時代が変わろうとも、『ONESTORY』は、まだ見ぬ日本の感動を探し続けます。

それでは、日本のどこかでお会いしましょう。

『ONESTORY』統括編集長・倉持裕一

「共鳴するパイオニア」 グレンフィディック×アンリアレイジ 森永邦彦

共鳴するパイオニア/グレンフィディック×アンリアレイジ森永邦彦道なき道を創造したパイオニア。グレンフィディックとアンリアレイジ 森永邦彦の邂逅。

1887年。

『グレンフィディック』の蒸溜所は、ウィリアム・グラント氏の手によって設立されました。

以降、一族で数々の苦難を乗り越え、挑戦を続けた結果、1963年にシングルモルトウイスキーを初めて世に売り出し、今では180ヶ国以上で愛されるようになりました。

その当時はブレンデッドウイスキーが主流だったため、「無謀な行為」と嘲笑う人も少なくありませんでしたが、信じれば道は拓ける、そう実証したのが『グレンフィディック』なのです。

今回、その杯に手を伸ばすのは、『アンリアレイジ』ファッションデザイナー・森永邦彦氏。

両者に共通することは、常に「挑戦」し続け、新たな道を「開拓」してきたということにあります。

―共鳴するパイオニアー

その物語は、最高の一杯から始まります。

常に「挑戦」し続け、新たな道を「開拓」してきた『グレンフィディック』と森永邦彦氏。両者の邂逅は、いつしか互いのルーツを振り返る時間を生む。

今回、森永氏が口にするのは、「グレンフィディック 12年 スペシャルリザーブ」。1887年から受け継がれる伝統の香りと味わいを堪能できる。仕込み、発酵に由来するフルーティーさ、バーボン樽とシェリー樽で熟成されたモルトによって、滑らかで繊細なコクを生み出す。洋梨やレモンを彷彿とさせる軽やかさも特長のひとつ。

1963年、業界で初めてシングルモルトを世界へ売り出し、ウイスキーを嗜好する人々に驚きと感動を与えた。 以来50年以上たった今も、世界販売数量No.1※のシングルモルトウイスキーの雄として世界180ヶ国以上で愛され、 圧倒的な存在感を放っている。その香りと味わいが認められ、世界中で数々の栄誉あるアワ ー ドを受賞。※IWSR2019

https://www.glenfiddich.com/jp/

1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中に「バンタンデザイン研究所」に通い、服づくりを始める。2003年『アンリアレイジ』として活動を開始。2005年、ニューヨークの新人デザイナーコンテスト「GEN ART 2005」でアバンギャルド大賞を受賞。同年、東京タワー大展望台にて06S/Sコレクションを『Keisuke Kanda』と共に開催。以降、「東京コレクション」に参加。2011年、第29回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。2014年秋、15S/Sよりパリコレクションデビュー。2015年、DEFI主催の「ANDAM fashion award」のファイナリストに選出。2019年「LVMHヤング ファッション デザイナープライズ」ファイナリストに選出。2020年『FENDI』の2020-2021秋冬メンズミラノコレクションではコラボレーションを発表。2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当。国内外を通して活躍。
https://www.anrealage.com

Photograph:KENTA YOSHIZAWA, KOH AKAZAWA
Text:YUICHI KURAMOCHI

(supported by サントリースピリッツ株式会社 )
ストップ!20歳未満飲酒・飲酒運転
お問い合わせ先:サントリーお客様センター

やむないフードロスを宝に変える! 壱岐の豊かさを知った若きホテルマンが焼酎蔵にジン造りを依頼する。[IKI’S GIN PROJECT/長崎県壱岐市]

写真右が今回のキーパーソン『壱岐リトリート 海里村上』のホテルマン・貴島健太郎氏。左はもうひとりのキーパーソン『壱岐の蔵酒造』代表・石橋福太郎氏。焼酎貯蔵タンクの上から、眼下に深江田原平野を望む。

壱岐ジンプロジェクトOVERVIEW

壱岐の焼酎メーカーが、クラフトジンを造る。
そんな話が編集部に届いたのは、国内で新型コロナウイルス感染第二波が押し寄せていた2020年8月でした。クラフトジン造りだけならば、今や世界中で一大ムーブメントが起きており、別段珍しい話でもありません。
そんな状況ですから、編集部では「今回のネタは流れる可能性が高いね」と話していました。しかしその後、編集部がわざわざ壱岐を訪れてまでジンを追いたいと思ったのは、ひとりのキーパーソンの熱意にほだされたからかもしれません。その人物とは、約1年半前にホテルへの就職が決まって壱岐を訪れることになった、壱岐とは無縁の20代のホテルマン・貴島健太郎氏。
「壱岐がとても豊かな土地だと感じて、ただ純粋にその素晴らしさを伝えたいと思ったんです。ですが、地元の人には壱岐の豊かさは日常。普通すぎて、僕の言葉にピンときてもらえないんです。この溝こそが、日本中の地方が抱えている問題だと思ったんですよね。そこをなんとかしなければと」と貴島氏は語ります。
ジンについての話を聞きに来たのですが、貴島氏は島の魅力について熱弁。そんな壱岐の豊かさこそが、今回のジン造りの原点。彼の熱意が伝播し島の人々を徐々に動かしていくことになるのです。そんな彼の熱量に動かされた人物が、今回のもうひとりのキーパーソン『壱岐の蔵酒造』代表・石橋福太郎氏です。
「今回のジン造り。2年前ならばたぶん断っていた。ですが、ここ数年のマーケットの変化に危機感を募らせていました。島の人口流出、雇用の減少、高齢化など、目を背けられない島の問題にも直面し、今やらなければいつやるんだと思ったんです」と石橋氏。
かくして若きホテルマンと、壱岐を代表する焼酎蔵の代表がタッグを組んだことで、今回のジン造りは大きく動き出すことに。ご法度・タブーの連続かもしれない焼酎蔵によるジン造り。しかし、常識にとらわれない若者の情熱こそ地域の課題を魅力に変える新たな装置にもなり得るのです。我々『ONESTORY』編集部もまた、地域の抱える問題への光明を見てみたいと、2021年に「Made in 壱岐」のジンができるまでを、追っていこうと考えたのです。

住所:長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520 MAP
電話:0120-595-373
http://ikinokura.co.jp/

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2 MAP
電話:0920−43−0770
https://www.kairi-iki.com/

Photographs:YUJI KANNO
Text:TAKETOSHI ONISHI

「コロナ禍に海は透き通り、煌めいた。それを持続させるために、改めて海と生きたい」プロサーファー・大野修聖

長きにわたり日本のサーフシーンを牽引してきた大野氏。今回は、サーファーとしてはもちろん、ひとりの人間として広義にわたり海について、水について考える。Photograph:JUNJI KUMANO

大野修聖 インタビュー勝ち負けよりも大切なことがある。表彰台から見る景色よりも大切な景色がある。

出身は静岡県。両親ともにサーファーという環境に育ち、「物心ついた時にはサーフィンをしていた」と言うのは、プロサーファーの大野修聖氏です。

「MAR(マー)」の愛称で親しまれている大野氏は、国内外で活躍するトップアスリート。今や多くの日本人サーファーが世界のコンペティションを賑わすようになっていますが、その礎を築いたのは間違いなく大野氏だと言って良いでしょう。

双子の兄、ノリこと仙雅氏とともに5歳からサーフィンを始め、16歳でプロに転向。2004年、2005年と2年連続で「JPSA(ジャパン・プロ・サーフィン・アソシエーション)」グランドチャンピオンに輝きます。2006年からはオーストラリアを始めとした海外に拠点を移し、「WCT(ワールド・チャンピオンシップ・ツアー)」にクオリファイすべく活動。以降、2009年にポルトガルで開催された「WQS(ワールド・クオリファイ・シリーズ) 6スター」では日本人初となる準優勝を果たすなど、自ら持つ日本人記録を次々塗り替えていきます。そして2013年、日本にカムバックし、8戦中7戦を優勝、残る1戦も準優勝という前人未到の記録で3度目の頂点を極める偉業を成し遂げます。

一方、サーフィン界の近況で言えば、2018年に大きな転機を迎えます。「ISA(国際サーフィン連盟)」は、2020年に開催される予定だった「東京オリンピック」に向け、選手委員会を設立。その目的は、サーフィンを始めとする関連競技において、選手達の意見をより反映していくことにあります。委員長には、これまで「ISA」のショートボード、ロングボード、SUPの3部門でメダル獲得経験のあるフランスのジャスティン・デュポン氏が任命され、日本からは唯一、大野氏が委員会メンバーとして抜擢されたのです。

「波乗りジャパン」という名のもと、日本チームのキャプテンとして、シンボルライダーとして、「東京オリンピック」の招致活動に貢献してきましたが、迎えたのは新型コロナウイルスによる開催延期です。

「誰もが予測しなかったこの世界を人類は受け入れるしかないと思いました。しかし、じっくりと与えられた時間は自分と向き合うことにもなり、それによって様々な気付きを得ることができたようにも思えています」と大野氏は言います。

その気づきは、長年にわたり、海に生きてきたからこそ。

「勝ち負けよりも大切なことがある。表彰台から見る景色よりも大切な景色がある」。

【関連記事】生きるを再び考える/RETHINK OF LIFE 特集・10人の生き方

「ただ波の音を聞くだけで心が穏やかになります。ずっと見ていられます。炎を見る感覚にも似ると思います」と大野氏。

大野修聖 インタビュー海はこんなに美しかったのか。煌めきと透明度にみなぎる力を見た。

今回、大野氏に話を伺った場所は、自身が住まう鎌倉。

「コロナ禍でサーフィンをしなかった時期もありますが、海には足を運んでいました。海は生まれてからずっと見てきましたが、ここ数ヶ月は本当にキラキラして。まるで海が喜んでいるように見えました。自粛や緊急事態宣言などによって世界は停止を余儀なくされ、サーファーや観光客は激減しました。それによって海岸のゴミなどが減ったのは実感としてあります。海は本来の姿を取り戻すきっかけになったのかもしれません」。

実は鎌倉の海に限らず、世界各地でコロナ禍によって「水」に関する好影響は多く見られています。

「例えば、イタリア。“水の都”として知られる世界遺産・ベネチアでは濁った運河が透き通り、水の底が見えるようになったというニュースを目にしました。大型クルーズ船や水上バスなどの増加による水質汚濁が社会問題として課題とされていましたが、人の活動停止によって水質は改善され、鵜が小魚を追い、白鳥が悠々と泳ぐ様も目撃されているそうです。そのほか、タイやアメリカなどではウミガメの繁殖が増えている報告もされたそうです。プーケットではウミガメの巣は10カ所以上も確認され、過去20年で見ても最多の数だとありました。フロリダの保護団体は、人工照明の減少によって生まれたばかりのウミガメの子が方向を見失うことが少なくなったと伝えています。観光客で賑わうハワイのワイキキでも海が綺麗になったと言われ、固有種の絶滅危惧種に指定されているハワイアンモンクシール(アザラシ)の数が例年より増加しているとニュースも報じられていました」。

これらは地球規模で見ればごく一部の情報ではありますが、少なくとも大きな事実がふたつあると考えます。

ひとつは、環境は改善できるという事実。そしてもうひとつは、残念ながら人の意志でそれが成されなかったという事実。

海の面積は、約3億6000万㎢と言われ、地球全体(約5億1000万㎢)の約71%を占めています(一般社団法人 日本船主協会HP参照)。つまり、海を綺麗にするということは地球を綺麗にするとうことにもつながります。さらには、魚つき保安林(魚つき林)という言葉があるよう、漁業者の間では海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があるという通り、海と山は一心同体。海と向き合うには山とも向き合い、山と向き合うには海とも向き合うことにもなるのです。

「生命体という視点で見れば、まだまだ地球上には未知の生物は多いと言われているそうですが、生物の重さで表した時、その90%は海洋生物だと言われているほど、種類、量ともに海は生命の宝庫(日本海事広報協会HP参照)。しかし、そんな海は外来によってその環境を脅かされていると思います。例えば、海の生命体がほぼ陸に上がることはないのに対し、陸の生命体が海に入ることは多分にあります。温暖化や海面温度の上昇なども陸が起こした海の問題だと思います。宇宙レベルで言えばおこがましい話かもしれませんが、少なくともその責任は人間にあると考えますが、地球上に生きる生命の総数で見ると人間は約0.01%という一説を見ました(WORLD ECONOMIC FORUM HP参照)。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだと思いますが、新型コロナウイルスはこの数値の生命体が発生した件だということは向き合うべきだと感じています」。

生物史上、人間は最も進化を遂げた種だと言っていいでしょう。しかし、それによって失ってしまったことや理に反したことがあったのかもしれません。

「人間の知能は紛れもなく素晴らしく、それによって得た恩恵もあります。その反面、環境において致命傷を負わせてしまったと考えずにはいられません。今から何が我々人間にできるのかはわかりません。なぜなら、その性格はすぐには変われないと思うからです。だからと言って何もしないわけにはいきません。きっと、それぞれができることは目の前に必ず何かあるはずです。ひとり一人ができる小さなことが何か実を結び、世界を変えるのだと信じています」。

取材は、鎌倉の海辺を舞台にゆっくりと時間をかけながら、夕刻まで。「もともとサーフィンの起源は、(ボードを使わない)ボディサーフィン。体だけで滑るそれは、非常に原始的でもあります。新型コロナウイルスによって当たり前は奪われる今だからこそ、人生もサーフィンも原点に還りたいと思う時があります」と大野氏。

大野修聖 インタビュー
台風の波によって気づかされる海の悲鳴。地球の悲鳴。

去る2018年、その年を表す漢字は「災」でした。それだけ多くの災害に見舞われ、地震や集中豪雨、台風、記録的な暑さ……。しかし、その「災」は日本だけではありませんでした。

ヨーロッパの異常な猛暑、インドネシアでは津波と地震、アメリカ本土では過去50年で最も勢いの強いハリケーン、カリフォルニアやカナダでは山火事、インドでは洪水、オーストラリアやドイツでは干ばつ……。

世界の海水温も観測史上最高を記録。驚くべきは、過去100年を振り返って見ても右肩上がりであり、日本の海域平均海面水温の上昇率は100年あたり+約1.14℃、世界全体で比べると約+0.55℃高く、深刻な問題です。それによって発生するのが大雨や台風です。近年の台風に関して言えば、2018年、2019年ともに発生個数は29回のうち、上陸回数は5回。2020年の発生回数は22回のうち、上陸回数はゼロ(2020年11月現在/国土交通省 気象庁HP参照)。このまま上陸しなければ、2008年以来、実に12年ぶりではあるも、接近するだけで暴風が吹き荒れ、土砂崩れや河川の氾濫など、その威力は凄まじいです。

「台風と言えば、サーファー視点だと波にばかり目がいってしまいますが、本来、問題視しなければいけない様々なことがあると痛感しています」。

若きより海外遠征も多かった大野氏は、「日本のサーファーと海外のサーファーを比べた時の意識の違いを感じます」と言葉を続けます。

「小さなことでもそれぞれができることを行動に移しています。マイボトルやマイバッグを持参したり、プラスチックをできるだけ使わない生活を取り入れたり。中には、海洋ゴミを使ったアートを製作し、メッセージとして表現したり。サーファーである前に海に生きる人としての意識が高いと思います」。

中でもその好例は、過去に11度も「ASP(Association of Surfing Professionals)ワールド・チャンピオンシップ・ツアー」のチャンピオンに輝いたプロサーファー、ケリー・スレーター氏の活動にあります。

「ケリー・スレーターは、サスティナビリティをコンセプトに掲げた『Outerknown(アウターノウン)』というブランドを立ち上げています。従来のアパレル業界のあり方を変えたいという思想のもと、環境に有害でない素材を使い、公正な労働環境で生産しています」。

「Outerknown」は、ブランドローンチ前からFLA(公正労働協会)に加入し、2年半で生産工程の完全認定を受けています。そして、ローンチ前の加入や2年半で完全認定されたのは、アパレルブランドとしては初。

「海のゴミを拾うことは大切なことですが、マイクロプラスティックのように拾いきれないゴミもあります。結果、それを魚が食べてしまい、場合によってはその魚を人が食べてしまうかもしれません。自分たちはゴミを拾う前にゴミを減らしていくことや日常で使うものの質を変えていくことが重要なのではないでしょうか」。

地球上に生きる生物でゴミを出すのは人間特有の行為かもしれません。もし、ほかの生物も人間同様にゴミを出していたら……。「想像を絶する感覚に襲われます」。

「そして、環境問題でもうひとつ真摯に考えたいこと。それは、世界中でビーチが減少しているということです」。

「海は生き方も思考もシンプルにさせてくれます。心身が不安定な時でも、僕にとっては病院に行くより海や山に訪れることがメディケーション」と大野氏。

大野修聖 インタビュー
温暖化の影響によって砂浜は激減。世界のビーチが失われつつある。

「昔の人に聞くと、ビーチはもっと沖まであったのだと言います」。

温暖化により南極棚氷の崩壊も加速、その気候変動と海面上昇により、このまま進行し続ければ世界の砂浜の半数が2100年までに消滅するかもしれないという研究論文さえ発表されています。

「水が温かくなると膨張するため、海水温度の上昇によって海全体の体積が増えていると思います。極地の氷も溶けるとなれば、より拍車はかかるのではないでしょうか。ビーチもしかり、海抜の低い島は危機的状況に陥っています。伝説の古代大陸、アトランティスではありませんが、海中に没するということになりかねません」。

数億年前に遡れば、過去に5~6回、地球上に誕生した生物は大量絶滅を経験していると言われています。しかし、その原因は火山の噴火や隕石の衝突などと言われており、避けては通れなかった災害と言っていいでしょう。しかし、今回発生した新型コロナウイルスにおける難局は人災から生まれたものだと思います。地球温暖化もしかり、人間が地球に負荷を与えていることに関して、どう改善していくべきなのか。

「コロナ禍においても海は淡々と生き続けている。波は、寄せては返し、返してはまた寄せて。自分はずっと前からサーフィンしかやってこなかったのですが、サーフィンによって色々な景色を見ることができました。旅はもちろん、人との出会いもしかり、大自然から生き方を学んだと思います。30年以上サーフィンをやっていてもベストなライディングは一度もありません。どんなに練習し、技術を高めても、自然を舞台にすることの難しさは常にあります。海の呼吸に合わせようと思っても、そう易々と味方にはなってくれません。海自体が自分の呼吸であり、全てを映し出してくれていると思っています。心が乱れれば波も乱れる。精神を整え、海、大自然と一体になることが大切なのだと思います。なぜなら、自分はこの星に生かされているから。人がこんなに窮地に追い込まれていても自然はウイルスにはかからない。強くたくましく生き続けています」。

大野氏が話す海との向き合い方は、サーファーに限ったことではないのかもしれません。幸福をもたらす海もあれば、不幸をもたらすのも海。

「海があるからサーフィンはできますが、海があるから津波も起こる」。

優しく人々を歓迎する姿もあれば、街や人を飲み込む姿も併せ持ちますが、全ては人間の問題。前述の通り、「海と一体になることが大切」なのだと思います。

アスリートの精神であるスポーツマンシップに則った生き方こそ、今の時代に求められているのかもしれません。

「Good gameをめざして全力を尽くして愉しむことがスポーツの本質です」。
「Good gameを実現する覚悟をもった人をスポーツマンと呼びます」。
「Good gameを実現しようとする心構えがスポーツマンシップです」。
(一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会より抜粋)

この「Good game」を「Good earth」に置き換えてみれば、より理解できます。

「Good earthをめざして全力を尽くす」。
「Good earthを実現する覚悟をもつ」。
「Good earthを実現しようとする心構え」。

スポーツマンシップの精神は、多くの問題を解決する糸口かもしれません。

「これまで海を始めとした大自然から、多くのものをいただき、学びを得てきました。自分は今、ひとりのサーファーとして、ひとりの人間として、地球環境との関わり方をしっかり考え、行動したいと思っています。世界を変えるなど、そんな大それたことはあまりにもおこがましくて言えません。しかし、考え続けることが、少しずつより良い社会になると信じています」。

※文中には諸説あるうちの一説や時期によって数値などが異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。


Photographs&Text:YUICHI KURAMOCHI

「色々なビーチや海沿いにあるお店でお水をくめるようなウォーターステーションがあったらと思っています。それがプラスティックやゴミを少しでも減らすことにつながるシステムになればと考えています」と大野氏。

1981年生まれ、静岡県出身。日本のサーフシーンを牽引し続けるトップサーファー。若くして海外プロツアー「WSL(ワールドサーフリーグ)」の「QS(クオリファイシリーズ)」を転戦し、世界大会において日本人史上初となる様々な偉業を成し遂げる。2013年、国内でも精力的に活動し、日本プロサーフィン史上初、国内外ツアー含め8戦中7戦連勝し、前代未聞の記録を樹立。そのほか、国内プロツアー「JPSA(ジャパン・プロ・サーフィン・アソシエーション)」グランドチャンピオンにも3度も輝く。近年は、2018年 に開催された「ISA WORLD SURFING EVENT」のキャプテンを務め、サーフィン日本代表 「波乗りジャパン」を日本初の金メダルへと導いた。プロサーファーをする傍ら、イベントのプロデュース、音楽活動、コラムニストなど、他分野でも活動の場を広げている。現在は、2021年に開催延期予定の「東京オリンピック」に向け、引き続き「波乗りジャパン」のキャプテンとして活動中。

若き料理人が情熱を注いだ「ル・テタンジェ賞」2020日本大会、最終審査結果発表[厨BO!YOKOHAMA/神奈川県横浜市]

10月28日に行われた国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会最終審査を終えて。

テタンジェ料理コンクール 54年の歴史の中で、生まれ変わった「ル・テタンジェ賞」。

秋晴れの10月28日、正午過ぎに始まったのは、国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会。1967年に世界的なシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」のクロード・テタンジェが創設したこの賞は、若き料理人を顕彰し、フランスの美食文化を発展・継承していくことを主目的に設立され、ジョエル・ロブション氏、ミッシェル・ロスタン氏、ベルナール・ルプランス氏といった数多のスターシェフを輩出してきました。今年は世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスにより世界中で社会的混乱が起き、一時は開催を危ぶむ声もありました。しかし、参加・受付の方法を見直し、例年のような授賞パーティーは取りやめるなど時世を踏まえた体制に改め、開催の運びとなったのです。

書類選考は10月7日に行われ、厳正なる審査によって3名のファイナリストが日本大会の最終審査にコマを進めました。横浜市中区にある東京ガス業務用テストキッチン「厨BO!YOKOHAMA」で行われた最終審査にて審査員を務めたのは、都下のフレンチ店で腕を振るう一流シェフや舌に覚えのある識者の計8名。

大会は、1984年にパリで開催された「ル・タンジェ国際料理賞コンクール・アンテルナショナル」にて日本人として初めてグラン・プリを獲得した『マンジュトゥー』の堀田大氏の挨拶から始まりました。今回、感染予防の観点から日本大会としては初めて、ファイナリストが下準備を整え、日本大会事務局が依頼した3名の料理人が仕上げの調理を担当。審査員は手元のルセットや調理風景をにらみつつ、各テーブルに配られた料理を試食審査しました。

【関連記事】テタンジェ/食べるシャンパン。それは、ひとりでは完結しないシャンパーニュ。

『リヨンドゥリヨン』オーナーのクリストフ・ポコ氏や『レストラン ラフィナージュ』オーナーの高良康之氏らに、毎日新聞社営業総本部補佐の山本修司氏や『料理通信』編集長の曽根清子氏らマスコミ人が加わり、計8名で試食審査を行った。

料理の仕上げは、ホテルオークラ東京『ヌーヴェル・エポック』料理長・髙橋哲治郎氏、同ホテル宴会調理副料理長・池田進一氏、『シェ・フルール横濱』総料理長・飯笹光男氏の3名が担当。

完成した皿の盛り付けをじっくり観察する『ジョエル・ロブション』総料理長のミカエル・ミカエリディス氏も審査員のひとり。

すみずみまで感染対策が施されたテストキッチンで、既定の時間内に調理を行う。若きシェフの今後がかかっているため、3名の代理料理人の目は真剣そのもの。

完成品をチェックした後、ディスタンスをとった場所で試食審査に移る。味はもちろん、見た目や全体の調和も重要な審査要素だ。

調理手順をチェックする審査員。パリ本選ではテーマと課題の2つのルセットを4時間以内に調理しなければならない。国内選考ではテーマに沿ったルセットを3時間以内で調理。

テタンジェ料理コンクール 思いのこもった皿が登場した試食審査。

今年のテーマは「牛肉(任意の部位/温製料理)」。合わせる食材に何を使うかは自由ですが、金額や調理時間に規定が設けられています。最初にお目見えしたのは、『東京會舘』神戸宏文シェフの「牛フィレ肉のウェリントン風 3本の人参」。東京オリンピックが開催された1964年にレイモン・オリヴェールが日本に伝えたウェリントンは、古き良きフランス料理。重たい古典料理というイメージを払拭すべく、全体的に軽い酸味を利かせ、スタイリッシュなウェリントンを目指して創作されたひと皿です。

次は『ひらまつ』石井友之シェフの「牛肉のアンクルート」。あえて和牛ではなく国産経産牛を使用したのは、独自の熟成方法によって使いづらい食材に付加価値をつけ、美味しくすることこそ料理人のあるべき姿なのでは?との思いから。また、海苔や柚子味噌を使用し、日本とフランスの食材の調和が取れるよう考えられています。

最後は、春菊や椎茸、紫蘇を使い、フランス料理に日本のエッセンスを取り入れた「パレスホテル」堀内亮シェフの「牛フィレのブリオッシュ」。センス溢れるルセット創作の経緯に、「フランスでの本選は冬の開催なので、その時、旬を迎える菊芋、トリュフ、ジャガイモなどを食材として選びました」とあり、世界大会を視野に入れた食材選びが印象に残りました。

3名のファイナリストが会場入りし、自ら考案した料理を前に結果発表を待った。参加資格は職歴5年以上、一般客が利用するレストランで働いている24~40歳までのプロの料理人。

審査はルセットの独創性30点、ルセットに使われる技能30点、ルセットのコンセプトと一貫性20点、盛り付けとプレゼンテーション20点とし、その合計点を算出する。

優勝した堀内シェフ(右から2番目)と審査委員長の堀田氏、審査員のクリストフ・ポコ氏、サッポロビール事業部部長の三上氏で記念撮影。

カップとディプロムを手にした堀内氏。1984年の堀田氏、2018年の『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』の関谷健一朗氏に続き、日本人で史上3人目の国際大会優勝に期待がかかる。

ディプロムと「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」を手にした2位の神戸シェフ。

3位の石井シェフ。コンクール参加がよい刺激となり、日本の料理界の活性化と料理芸術の発展に寄与することだろう。

ル・テタンジェ国際料理賞コンクール委員会主催で行われた日本大会も無事、閉幕。協力はシャンパーニュ・テタンジェ社およびサッポロビール株式会社。日本事務局はフランス文化を識る会。

日本大会を終えて、今大会への想いやコロナ禍によって厳しい状況下にあったガストロノミーと若いシェフを思いやった堀田氏。

テタンジェ料理コンクール 結果発表。パリ行きの切符を手にしたのは……。

ファイナリスト3名分の試食審査が終わり、採点に入りました。審査項目は、テクニック、デギスタシオン、ハーモニー、プレゼンテーションの4つで、各料理の最高点と最低点から平均点を算出し、その得点で順位を競います。審査員一同、己の感覚に全集中し、会場内には紙の上を鉛筆が走るサラサラという静かな音だけが響きました。どの料理も甲乙つけがたく、評価はバラけているようです。集計を出す間にファイナリストの3名が会場入りし、いよいよ結果発表となりました。

見事、最高得点を獲得し、来年1月に行われる「コンクール・アンテルナショナル」への出場権を得たのは堀内シェフ。サッポロビール事業部事業部長の三上氏より、第1位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ マチュザレム」、ファイナル準備金として2400€の小切手が贈られました。「自分では仕上げられなかった決勝戦でしたが、無事に勝つことが出来てよかったと思います。ここからが世界選に向けてのスタートだと思いますので、皆さま応援よろしくお願いいたします」と堀内シェフ。コンクールに出場すること自体が初めてだったそうで、最初から本選を意識していたのは「6年間フランスで修業をしてきましたが、日本のレベルは世界的にみても高水準なので、日本での優勝を目指すことイコール世界を目指すことと同義だ」と考えていたとのこと。この後、2位の神戸シェフ、3位の石井シェフにもそれぞれの順位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」が贈られました。

大会を終えた堀田氏に話を伺ったところ、「堀内シェフのソースが素晴らしく、メインも軽やかで、結果的に思ったとおりの順位になりました。今回、より審査の公平性を期すために点数制にして全審査員の前でひとりひとりの点数を発表する方式を取りましたが、皆さん自身の感性を信じて審査を行い、評価がバラけたのがよかったと思います。石井シェフと神戸シェフは惜しくも優勝を逃しましたが、この点数を励みに次回も頑張ってもらえたら」とのベストを尽くした3人にエールを送りました。

若きシェフの情熱と才能、フランスと日本の食材と調理法が美しく結実した料理を目の当たりにした日本大会。そこには、文化の壁を軽やかに越えていける今日の世界に必要な力が宿っていると感じました。彼らが創り出す料理は、今後もガストロノミーを通じて人々の心を動かし、新しい文化の礎となっていくことでしょう。


Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAO YAMAWAKI

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/

(supported by TAITTINGER)

若き料理人が情熱を注いだ「ル・テタンジェ賞」2020日本大会、最終審査結果発表[厨BO!YOKOHAMA/神奈川県横浜市]

10月28日に行われた国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会最終審査を終えて。

テタンジェ料理コンクール 54年の歴史の中で、生まれ変わった「ル・テタンジェ賞」。

秋晴れの10月28日、正午過ぎに始まったのは、国際シグネチャーキュイジーヌコンクール「ル・テタンジェ賞」の日本大会。1967年に世界的なシャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」のクロード・テタンジェが創設したこの賞は、若き料理人を顕彰し、フランスの美食文化を発展・継承していくことを主目的に設立され、ジョエル・ロブション氏、ミッシェル・ロスタン氏、ベルナール・ルプランス氏といった数多のスターシェフを輩出してきました。今年は世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスにより世界中で社会的混乱が起き、一時は開催を危ぶむ声もありました。しかし、参加・受付の方法を見直し、例年のような授賞パーティーは取りやめるなど時世を踏まえた体制に改め、開催の運びとなったのです。

書類選考は10月7日に行われ、厳正なる審査によって3名のファイナリストが日本大会の最終審査にコマを進めました。横浜市中区にある東京ガス業務用テストキッチン「厨BO!YOKOHAMA」で行われた最終審査にて審査員を務めたのは、都下のフレンチ店で腕を振るう一流シェフや舌に覚えのある識者の計8名。

大会は、1984年にパリで開催された「ル・タンジェ国際料理賞コンクール・アンテルナショナル」にて日本人として初めてグラン・プリを獲得した『マンジュトゥー』の堀田大氏の挨拶から始まりました。今回、感染予防の観点から日本大会としては初めて、ファイナリストが下準備を整え、日本大会事務局が依頼した3名の料理人が仕上げの調理を担当。審査員は手元のルセットや調理風景をにらみつつ、各テーブルに配られた料理を試食審査しました。

【関連記事】テタンジェ/食べるシャンパン。それは、ひとりでは完結しないシャンパーニュ。

『リヨンドゥリヨン』オーナーのクリストフ・ポコ氏や『レストラン ラフィナージュ』オーナーの高良康之氏らに、毎日新聞社営業総本部補佐の山本修司氏や『料理通信』編集長の曽根清子氏らマスコミ人が加わり、計8名で試食審査を行った。

料理の仕上げは、ホテルオークラ東京『ヌーヴェル・エポック』料理長・髙橋哲治郎氏、同ホテル宴会調理副料理長・池田進一氏、『シェ・フルール横濱』総料理長・飯笹光男氏の3名が担当。

完成した皿の盛り付けをじっくり観察する『ジョエル・ロブション』総料理長のミカエル・ミカエリディス氏も審査員のひとり。

すみずみまで感染対策が施されたテストキッチンで、既定の時間内に調理を行う。若きシェフの今後がかかっているため、3名の代理料理人の目は真剣そのもの。

完成品をチェックした後、ディスタンスをとった場所で試食審査に移る。味はもちろん、見た目や全体の調和も重要な審査要素だ。

調理手順をチェックする審査員。パリ本選ではテーマと課題の2つのルセットを4時間以内に調理しなければならない。国内選考ではテーマに沿ったルセットを3時間以内で調理。

テタンジェ料理コンクール 思いのこもった皿が登場した試食審査。

今年のテーマは「牛肉(任意の部位/温製料理)」。合わせる食材に何を使うかは自由ですが、金額や調理時間に規定が設けられています。最初にお目見えしたのは、『東京會舘』神戸宏文シェフの「牛フィレ肉のウェリントン風 3本の人参」。東京オリンピックが開催された1964年にレイモン・オリヴェールが日本に伝えたウェリントンは、古き良きフランス料理。重たい古典料理というイメージを払拭すべく、全体的に軽い酸味を利かせ、スタイリッシュなウェリントンを目指して創作されたひと皿です。

次は『ひらまつ』石井友之シェフの「牛肉のアンクルート」。あえて和牛ではなく国産経産牛を使用したのは、独自の熟成方法によって使いづらい食材に付加価値をつけ、美味しくすることこそ料理人のあるべき姿なのでは?との思いから。また、海苔や柚子味噌を使用し、日本とフランスの食材の調和が取れるよう考えられています。

最後は、春菊や椎茸、紫蘇を使い、フランス料理に日本のエッセンスを取り入れた「パレスホテル」堀内亮シェフの「牛フィレのブリオッシュ」。センス溢れるルセット創作の経緯に、「フランスでの本選は冬の開催なので、その時、旬を迎える菊芋、トリュフ、ジャガイモなどを食材として選びました」とあり、世界大会を視野に入れた食材選びが印象に残りました。

3名のファイナリストが会場入りし、自ら考案した料理を前に結果発表を待った。参加資格は職歴5年以上、一般客が利用するレストランで働いている24~40歳までのプロの料理人。

審査はルセットの独創性30点、ルセットに使われる技能30点、ルセットのコンセプトと一貫性20点、盛り付けとプレゼンテーション20点とし、その合計点を算出する。

優勝した堀内シェフ(右から2番目)と審査委員長の堀田氏、審査員のクリストフ・ポコ氏、サッポロビール事業部部長の三上氏で記念撮影。

カップとディプロムを手にした堀内氏。1984年の堀田氏、2018年の『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』の関谷健一朗氏に続き、日本人で史上3人目の国際大会優勝に期待がかかる。

ディプロムと「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」を手にした2位の神戸シェフ。

3位の石井シェフ。コンクール参加がよい刺激となり、日本の料理界の活性化と料理芸術の発展に寄与することだろう。

ル・テタンジェ国際料理賞コンクール委員会主催で行われた日本大会も無事、閉幕。協力はシャンパーニュ・テタンジェ社およびサッポロビール株式会社。日本事務局はフランス文化を識る会。

日本大会を終えて、今大会への想いやコロナ禍によって厳しい状況下にあったガストロノミーと若いシェフを思いやった堀田氏。

テタンジェ料理コンクール 結果発表。パリ行きの切符を手にしたのは……。

ファイナリスト3名分の試食審査が終わり、採点に入りました。審査項目は、テクニック、デギスタシオン、ハーモニー、プレゼンテーションの4つで、各料理の最高点と最低点から平均点を算出し、その得点で順位を競います。審査員一同、己の感覚に全集中し、会場内には紙の上を鉛筆が走るサラサラという静かな音だけが響きました。どの料理も甲乙つけがたく、評価はバラけているようです。集計を出す間にファイナリストの3名が会場入りし、いよいよ結果発表となりました。

見事、最高得点を獲得し、来年1月に行われる「コンクール・アンテルナショナル」への出場権を得たのは堀内シェフ。サッポロビール事業部事業部長の三上氏より、第1位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ マチュザレム」、ファイナル準備金として2400€の小切手が贈られました。「自分では仕上げられなかった決勝戦でしたが、無事に勝つことが出来てよかったと思います。ここからが世界選に向けてのスタートだと思いますので、皆さま応援よろしくお願いいたします」と堀内シェフ。コンクールに出場すること自体が初めてだったそうで、最初から本選を意識していたのは「6年間フランスで修業をしてきましたが、日本のレベルは世界的にみても高水準なので、日本での優勝を目指すことイコール世界を目指すことと同義だ」と考えていたとのこと。この後、2位の神戸シェフ、3位の石井シェフにもそれぞれの順位のカップとディプロム、「テタンジェ ブリュット レゼルヴ ジェロボアム」が贈られました。

大会を終えた堀田氏に話を伺ったところ、「堀内シェフのソースが素晴らしく、メインも軽やかで、結果的に思ったとおりの順位になりました。今回、より審査の公平性を期すために点数制にして全審査員の前でひとりひとりの点数を発表する方式を取りましたが、皆さん自身の感性を信じて審査を行い、評価がバラけたのがよかったと思います。石井シェフと神戸シェフは惜しくも優勝を逃しましたが、この点数を励みに次回も頑張ってもらえたら」とのベストを尽くした3人にエールを送りました。

若きシェフの情熱と才能、フランスと日本の食材と調理法が美しく結実した料理を目の当たりにした日本大会。そこには、文化の壁を軽やかに越えていける今日の世界に必要な力が宿っていると感じました。彼らが創り出す料理は、今後もガストロノミーを通じて人々の心を動かし、新しい文化の礎となっていくことでしょう。


Photographs:JIRO OHTANI
Text:MAO YAMAWAKI

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/

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12月26日、27日限定!パリの『MAISON』渥美創太シェフが銀座のフードトラックに登場![GEN GEN AN幻/東京都中央区]

パリのレストラン『MAISON』の渥美創太シェフ(左)と『GEN GEN AN 幻 in 銀座』を主宰する丸若裕俊氏(右)。2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』以降、2回目となるコラボレーションは、2日間限定のフードトラック!

GEN GEN AN幻銀座からパリへ。料理を通して旅をする。

2020年12月、『銀座ソニーパーク』に10ヶ月限定でオープンした『GEN GEN AN 幻 in 銀座』。

「こんな時代だからこそ何かに挑戦したかった。自分も含め、実験的な場にしていきたい」と話すのは、主宰する丸若裕俊氏です。

その第一回となる実験、それがゲリラ的に登場するフードトラック『Taki-Dashi』。

腕を振るうのは、パリで活躍する『MAISON』の渥美創太シェフです。

2020年、『MAISON』は、フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフベストレストランのダブル受賞を果たし、国内外で話題を呼んでいます。

「丸若さんとは10年以上前からのお付き合いなのですが、何か一緒にやりたいねってずっと話していて。ふたりの最初の仕事は、2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』でした。今回の仕事は、2回目です」と渥美シェフ。

今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』では、『MAISON』が新たに発足した『TOMETTE』名義にて参画し、主にアイスクリームやソルベなどのデザートや菓子などを開発します。

『MAISON』はレストランに対し、『TOMETTE』はプロジェクト。

「『MAISON』は、理屈抜きにお客様がおいしいと感じてもらいたい場所」と渥美シェフが言うも、その背景には溢れんばかりの想いが詰まっています。食材へのこだわり、生産者や農家とのつながりなどはその好例であり、「見える」キッチン以外にも、「見えない」多くの人、もの、ことが親和しているチームこそ『MAISON』なのです。

対する『TOMETTE』は、そんな見えない様々を可視化するプロジェクト。

伝えたい、共有したい、派生したい。

「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。

前出の通り、店舗では、アイスクリームやソルベなどのデザートがメインですが、「Colony」と題したピタパンも用意。これは、新型コロナウイルスによってパリがロックダウンした際、渥美シェフが医療従事者やホームレスの方々へ食事提供を行うボランティアに参加した時に作った料理です。

パリには、ホームレスに無償で食事を提供しているレストランがあります。その発起人たちがスーパーの賞味期限が迫る食材を集める場所を郊外に作って、そこから仕入れるもので食事を作っていました。レストランと大きく違うところは、日々どんな食材が来るのかわからないことと食べ手が明確だということ。医療従事者は、エネルギーや神経を使うので、味を濃いめにしたり、どうすれば少しでも元気になってくれるのかを考えました。そこで作った料理のひとつがピタパンでした」。

与えられた食材で何が作れるか。今の環境に合ったもので何ができるか。どうすればおいしくなるか。毎日がライブなそれは、レストランとは違った思考であり、「シェフ・渥美創太」というよりも、「人間・渥美創太」という人格が現れた料理だったのかもしれません。

「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。

そして2020年末、様々な体験を経て臨む次なる舞台がフードトラック。

この日のために、渥美シェフは『MAISON』からパンやチーズ、エディブルフラワーなどのピクルス、鹿タンなどを持参。供される料理は、下記を予定しています。

「オープンサンド/栗粉の自家製薪窯パン 24ヶ月熟成コンテチーズ 春に漬けた花の酢漬け」(トリュフバージョンもあり)
「古代麦のリゾット/うなぎの出汁と茶」
「鹿タンと牡蠣のチレアンチョ煮込み」
「オニオンスープ ブルーチーズのせ」(トリュフバージョンもあり)
「ゴーフル」
(2020年12月25日現在も鋭意制作中のため、料理写真のご用意はありませんが、当日のお楽しみに!)

予定は未定の2日限りのステージ。しかし、唯一わかることがあります。

そこにはレストラン顔負けの本気の料理が待っています。

フードトラックだからといって侮るなかれ。どんなライブになるかは乞うご期待。

是非、銀座でパリを堪能いただきたい。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

フードトラックでお腹を満たした後は、『TOMETTE』のアイスクリームやソルベが用意される地下の店舗へ是非。「Earth/玉緑茶」のアイスクリームは、茶葉の複雑かつ豊かな余韻が染み入るように広がる。球面はまるで惑星!

「本日の肉とハーブのピタパン&茶」。 この日のお肉はホロホロ鶏。是非、料理が生まれた背景も知り、おいしいを感じていただきたい。

ピタパンの具材もひとつ一つ丁寧に仕上げる。口に運ぶ度、おいしいだけでなく旅の情景が浮かぶのは、渥美シェフの想いが料理に宿るからなのか。

肉の食感、ハーブの香り、アクセントに効かせたスペインのビネガー・ペドロヒメネスの味わいをブリコラージュのパンがまとめ上げる。全粒粉ならではの食感と香りも見事に同調する。

フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランをダブル受賞したパリのレストラン『MAISON』渥美シェフの料理をいただける貴重な2日間! 自由に旅ができない今だからこそ、この機会をお楽しみいただきたい。

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park地上フロア MAP
期間:12月26日(土)・12月27日(日)
営業時間:11:00〜19:00 ※無くなり次第終了

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
https://en-tea.com/pages/gengenan

1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA」)参加。
http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1

12月26日、27日限定!パリの『MAISON』渥美創太シェフが銀座のフードトラックに登場![GEN GEN AN幻/東京都中央区]

パリのレストラン『MAISON』の渥美創太シェフ(左)と『GEN GEN AN 幻 in 銀座』を主宰する丸若裕俊氏(右)。2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』以降、2回目となるコラボレーションは、2日間限定のフードトラック!

GEN GEN AN幻銀座からパリへ。料理を通して旅をする。

2020年12月、『銀座ソニーパーク』に10ヶ月限定でオープンした『GEN GEN AN 幻 in 銀座』。

「こんな時代だからこそ何かに挑戦したかった。自分も含め、実験的な場にしていきたい」と話すのは、主宰する丸若裕俊氏です。

その第一回となる実験、それがゲリラ的に登場するフードトラック『Taki-Dashi』。

腕を振るうのは、パリで活躍する『MAISON』の渥美創太シェフです。

2020年、『MAISON』は、フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフベストレストランのダブル受賞を果たし、国内外で話題を呼んでいます。

「丸若さんとは10年以上前からのお付き合いなのですが、何か一緒にやりたいねってずっと話していて。ふたりの最初の仕事は、2016年に開催された『DINING OUT ARITA & with LEXUS』でした。今回の仕事は、2回目です」と渥美シェフ。

今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』では、『MAISON』が新たに発足した『TOMETTE』名義にて参画し、主にアイスクリームやソルベなどのデザートや菓子などを開発します。

『MAISON』はレストランに対し、『TOMETTE』はプロジェクト。

「『MAISON』は、理屈抜きにお客様がおいしいと感じてもらいたい場所」と渥美シェフが言うも、その背景には溢れんばかりの想いが詰まっています。食材へのこだわり、生産者や農家とのつながりなどはその好例であり、「見える」キッチン以外にも、「見えない」多くの人、もの、ことが親和しているチームこそ『MAISON』なのです。

対する『TOMETTE』は、そんな見えない様々を可視化するプロジェクト。

伝えたい、共有したい、派生したい。

「おいしいを知る」とは、奥様の明子さんの言葉。『TOMETTE』のディレクターも担います。「日本でもフランスでも生産者さんや農家さんたちと一緒に『TOMETTE』を発信していければと思っています。まずは日本からスタートしたかったので、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』が第一歩になります」と続けます。

前出の通り、店舗では、アイスクリームやソルベなどのデザートがメインですが、「Colony」と題したピタパンも用意。これは、新型コロナウイルスによってパリがロックダウンした際、渥美シェフが医療従事者やホームレスの方々へ食事提供を行うボランティアに参加した時に作った料理です。

パリには、ホームレスに無償で食事を提供しているレストランがあります。その発起人たちがスーパーの賞味期限が迫る食材を集める場所を郊外に作って、そこから仕入れるもので食事を作っていました。レストランと大きく違うところは、日々どんな食材が来るのかわからないことと食べ手が明確だということ。医療従事者は、エネルギーや神経を使うので、味を濃いめにしたり、どうすれば少しでも元気になってくれるのかを考えました。そこで作った料理のひとつがピタパンでした」。

与えられた食材で何が作れるか。今の環境に合ったもので何ができるか。どうすればおいしくなるか。毎日がライブなそれは、レストランとは違った思考であり、「シェフ・渥美創太」というよりも、「人間・渥美創太」という人格が現れた料理だったのかもしれません。

「今回、『GEN GEN AN 幻 in 銀座』で提供しているピタパンのパンは、『ブリコラージュ』さんにお願いしています。レシピを渡して作ってもらったのですが、ピタパンであればこっちの方がおいしくなるのでは?と、アレンジしたものも提案してくださり。小麦粉だったレシピから全粒粉に変えたのはそれなのですが、こっちの方が断然良かったです。実は、その考え方はパリでも同じで、発注が入ったものをそのまま提供するのではなく、より精度を上げられるためにはどうしたら良いかを各々が常に考えています。このピタパンもまた、みんなの想いが詰まった料理です」。

そして2020年末、様々な体験を経て臨む次なる舞台がフードトラック。

この日のために、渥美シェフは『MAISON』からパンやチーズ、エディブルフラワーなどのピクルス、鹿タンなどを持参。供される料理は、下記を予定しています。

「オープンサンド/栗粉の自家製薪窯パン 24ヶ月熟成コンテチーズ 春に漬けた花の酢漬け」(トリュフバージョンもあり)
「古代麦のリゾット/うなぎの出汁と茶」
「鹿タンと牡蠣のチレアンチョ煮込み」
「オニオンスープ ブルーチーズのせ」(トリュフバージョンもあり)
「ゴーフル」
(2020年12月25日現在も鋭意制作中のため、料理写真のご用意はありませんが、当日のお楽しみに!)

予定は未定の2日限りのステージ。しかし、唯一わかることがあります。

そこにはレストラン顔負けの本気の料理が待っています。

フードトラックだからといって侮るなかれ。どんなライブになるかは乞うご期待。

是非、銀座でパリを堪能いただきたい。

Photographs:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

フードトラックでお腹を満たした後は、『TOMETTE』のアイスクリームやソルベが用意される地下の店舗へ是非。「Earth/玉緑茶」のアイスクリームは、茶葉の複雑かつ豊かな余韻が染み入るように広がる。球面はまるで惑星!

「本日の肉とハーブのピタパン&茶」。 この日のお肉はホロホロ鶏。是非、料理が生まれた背景も知り、おいしいを感じていただきたい。

ピタパンの具材もひとつ一つ丁寧に仕上げる。口に運ぶ度、おいしいだけでなく旅の情景が浮かぶのは、渥美シェフの想いが料理に宿るからなのか。

肉の食感、ハーブの香り、アクセントに効かせたスペインのビネガー・ペドロヒメネスの味わいをブリコラージュのパンがまとめ上げる。全粒粉ならではの食感と香りも見事に同調する。

フランスの「GUIDES LEBEY」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランをダブル受賞したパリのレストラン『MAISON』渥美シェフの料理をいただける貴重な2日間! 自由に旅ができない今だからこそ、この機会をお楽しみいただきたい。

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park地上フロア MAP
期間:12月26日(土)・12月27日(日)
営業時間:11:00〜19:00 ※無くなり次第終了

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
https://en-tea.com/pages/gengenan

1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」、「ステラ・マリス」、「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、100年以上続く「クラウン・バー」のリニューアルに伴いオープニング・シェフを勤め、2015年、フランスで最も人気のあるレストランガイド「ル・フーディング」の最優秀ビストロ賞を受賞。2019年、自身初となるオーナー・シェフを務めるレストラン「MAISON」を開業。2020年、フランスの「ガイド ルベイ」にて肉料理部門・最優秀シェフとベストレストランのダブル受賞。また、「ONESTORY」が主催するレストランイベント「DINING OUT」には、過去2回(「DINING OUT ONOMICHI」、「DINING OUT ARITA」)参加。
http://sotaatsumi.wixsite.com/mysite-1

プリマロフト(R)キルティングマフラー

保温性抜群のプリマロフト(R)マフラー

  • 高機能中綿「プリマロフト(R)」を採用したマフラー
  • ダウン同等の保温性・コンパクト性・透湿性を誇りながら優れた撥水性も兼ね備えています
  • 肌にあたる裏地はマイクロフリースを使用

PRIMALOFT(プリマロフト)とは

  • 米国Albany社が開発したアメリカで軍の寒冷地用防寒着の中材として開発、使用され る高機能中綿 ダウン同等の保温性・コンパクト性・透湿性を誇りながら優れた撥水性も兼ね備えています

素材

  • 表地:ナイロン 100%
  • 中綿:ポリエステル 100%(プリマロフト)
  • 裏地:ポリエステル 100%

10ヶ月間限定、短期連載企画。『GEN GEN AN幻』が消えるまで。[GEN GEN AN幻/東京都中央区]

GEN GEN AN幻OVERVIEW

1966年開館、銀座のシンボルのひとつだった「ソニービル」は2017年に幕を閉じ、2018年に「銀座ソニーパーク」として開放しました。

その名の通り、公園のそこは、散歩を楽しんだり、お弁当を食べたり、はたまた通り抜けをしたり……。誰もが自由に使える場としてはもちろん、様々な表現を通して世間に驚きも与えてきました。

振り返れば、「買える公園」をコンセプトにプラントハンター・西畠清順氏がプロデュースした「アヲ GINZA TOKYO」やデザイナーであり音楽プロデューサー、ミュージシャンなど、様々な顔を持つ藤原ヒロシ氏をディレクターに迎えた「THE CONVENI」は、その好例と言って良いでしょう。

銀座の一等地は、変化し続ける壮大な実験の場となったのです。

そして、2019年12月、新たな実験が始まりました。

『GEN GEN AN幻 in 銀座』です。

前述、「ソニービル」が幕を閉じた2017年当時、『GEN GEN AN幻』は、渋谷に茶葉店を開業。以降、国内外から注目を集めています。

理由は、茶葉から作るその高い品質しかり、空間の表現力も大きな役割を担っています。お茶の世界とは似つかぬサブカルチャーを彷彿とさせるアンダーグラウンドな店内には、カセットテープがひしめく演出が成され、これまでになかったお茶との邂逅を体験できます。

主宰するのは丸若裕俊氏です。その活動は多岐にわたり、お茶屋だけでなく、日本各地で培われてきた伝統工芸や工業技術を再構築し、新たな提案も行なっています。

2016年に開催された「DINING OUT ARITA & with LEXUS」でもその手腕は発揮され、クリエイティブ・プロデューサーも担いました。そして、シェフを務めた人物は、フランスを拠点に活躍する渥美創太氏。

現在は、自身初となるレストラン『MAISON』のオーナーシェフでもあり、今回の『GEN GEN AN幻』では、『MAISON』が新たに発足したプロジェクト「tomette(トメット)」として、お茶に合う菓子を開発しています。

つまり『GEN GEN AN幻』は、『ONESTORY』としてゆかりのあるふたりが交錯する舞台でもあるのです。

「アヲ GINZA TOKYO」、「THE CONVENI」、『GEN GEN AN幻 in 銀座』。そして『DINING OUT』。

全てに共通していることは、消えること。

実は、「銀座ソニーパーク」自体も「新ソニービル」が着工するまでの場であり、消えてしまいます。期日は2020年秋まででしたが、新型コロナウイルスによってそれは延長され、現在は2021年9月までを予定。

『GEN GEN AN幻in 銀座』が与えられた命も同様になります。

10ヶ月間、どんな変化が待っているのか、どんな現象が起きるのか。

『GEN GEN AN幻in 銀座』が消えるまでを定点観測していきます。


Photograph:JIRO OHTANI
Text:YUICHI KURAMOCHI

住所:東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B1F MAP
https://www.ginzasonypark.jp/shop/06_2.html
https://en-tea.com/pages/gengenan

ホッとあったまろう(o^^o)

今日はテイクアウトで販売しているドリンクの紹介です(o^^o)



ホットレモネードです(・∀・)


夏はアイスで販売しておりましたが

寒くなったのでホットになって新登場!!

ビタミンcも取れるので風邪の予防にもなります!

お値段は400円で販売中!


ホットレモネードを飲んで心もほっとしてください(o^^o)



年末年始休業のお知らせ

【年末年始のお知らせ】
平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。
誠に勝手ながら下記期間を年末年始休業とさせていただきます。
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2020年12月29日(火)~
2021年1月4日(月)まで
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
※ 2021年1月5日(火)より、通常業務を開始します。
※ 休暇中のお問合せにつきましては、
2021年1月5日(火) 以降に対応させていただきます。
大変ご迷惑をお掛けいたしますが、
何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

シモンズシープスキンジャケット

待望のシープスキンジャケット!

  • 第二次世界大戦末期にB-3の後継フライトジャケットとして生まれたANJ
  • シープスキン特有の密度ある毛足で沢山の空気を抱え込みその暖かさは抜群で愛用されていました
  • そのフライトジャケットのANJ4を街でバイクで使えるようなサイズの見直しを施し作り上げたのがIH-ANJ4です!
  • 18ミリのシープスキンのボディに各部のトリミング、ポケット、腕の当てなどを牛革を当て込んだアイアンのANJ4はスコットランドのシモンズビルト社で両者のコラボアイテムとして生まれています

IH-ANJ4 : サイズスペック

  着丈 肩幅 バスト 裾回り ウエスト 袖丈 袖口幅
S 65.3 45.7 102.6 92.4 96.6 63.5 14
M 66 47.8 109.2 95.6 99 64 14
L 67.3 49.3 114.4 106.6 109.2 64.5 14
XL 67.8 49.8 118.4 107.6 111.8 65 15
XXL 68.1 50.3 124 113.8 116.8 66 15.2
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。

素材

  • 18mmシープスキン

「地元の食材を地元の人たちがいちばん愛してほしい」という大野シェフが料理教室を開催。[Chef’s Journey in Kagoshima Osaki/鹿児島県大崎町]

料理教室で作ったスッポンのリゾットを、大崎町を象徴する松や、スッポンの甲羅などで飾り、より深く表現してみせた。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎地域の課題を「おいしく」解決するのもシェフの役割。

11月の日曜日、大崎町のさまざまな産地を見てまわった大野尚斗シェフは、朝から大崎町公民館の料理講習室にいました。大崎町ならびに周辺の市町の人たちを集めた料理教室を開催するためです。

大崎町の食材を、世界中のレストランで腕を磨いてきた大野シェフと一緒に料理する。特別な料理教室開催のきっかけは、大野シェフが「大崎町の食材の魅力を、じつは住んでいる人たちがあまり知らないんです」という声を聞いたのがきっかけです。

「ふるさと納税の効果もあってウナギのことは知っていると思うのですが、それ以外の食材のことを地元の方々が知らないのはもったいない。胸を張って自分たちの地域の食材を自慢できた方がいいですよね? それならおいしく料理をして食べてもらわなきゃ」と大野シェフが提案したのでした。

さらに種牛から一貫して大崎町で育てられた「大崎牛」の塊肉、ウナギの養殖池で育てられたスッポンを料理教室のメイン食材にしたいと大野シェフ。大崎町の2つの大きな産業である養鰻業と畜産業を見学するなかで、時代の変化によって生まれた課題があることを知った大野シェフが、料理人がもつ知識と技術で「おいしく」解決したいとメニューを考えます。

【関連記事】Chef's Journey in Kagoshima Osaki/若き料理人、大野尚斗氏が見た“食材未開の地”鹿児島県大崎町が秘めるローカルガストロノミーの可能性。

朝9時30分から始まった料理教室には、5名の生徒が出席。大野シェフの手ほどきを受けながら、食材のカットや塊肉の火入れなどを分担して行った。

大崎牛の塊肉は、赤身主体で程よくサシが入ったイチボ(腰まわりのモモ)とサシが入った三角バラ(バラの先、肩バラとも)、2種類の部位が用意された。

スッポンは、前日から仕込みに入ってとった、大野シェフの得意料理コンソメに。このあとどんな料理になるのか、参加者も興味深々。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎きれいな味――。大崎町の気候や風土が肉の質にあらわれる。

大崎牛の塊肉を、一般家庭でも焼ける方法をお教えしたい。そんな想いを大野シェフが抱いたのは、大崎町内の焼肉店「肉のたかしや」で大崎牛の試食をしていたときでした。

肉のたかしやは、繁殖から肥育を一貫して行う前田畜産の前田隆氏の長男、隆博氏が町内で営む店。大野シェフは事前に、ロースやヒレ、肩ロースといった部位ではなく、カイノミ(ヒレに近いバラ)、ランプ(腰)、マクラ(前脚のスネ)といった希少部位の試食をリクエストしていました。

「ロースやヒレばかりが売れる一方で、他の部位がなかなか売れないという問題があります。すこしでも料理人の力で、そういった部位にも価値をつけていきたい」と大野シェフ。塊肉のまま焼き込んで、各部位の特徴を確認していきます。「塊肉で焼くと肉の旨味が逃げづらいので、焼き肉とは違ったおいしさがあります。また、塊で焼くことで大崎牛のきれいな赤身と脂の味が伝わるんじゃないかな」と大野シェフはいいます。

また「現在、大崎町では肥育農家さんが少なく、人工授精から出荷までを一貫して大崎町で行うには、規模がとても小さいというのが実情です。今後、羽子田さんや町と連携して肥育できる環境を整え、大崎牛としてのブランド力をもっと上げていきたいです」という隆博氏。

大崎牛が目指す一貫した畜産環境のヴィジョンを聞いた大野シェフは、「子牛を地域外から買い、肥育だけを地域でしたブランド牛が主流ですが、種牛から繁殖、肥育までを大崎町で行えるのは魅力的です。この土地の気候風土がDNAにまで埋め込まれているなんて、ほかにない価値があると思います」と、大崎牛のこれから描こうとする物語に強く共感。貴重な大崎牛のすべての部位を余すことなく使っていくためにも、料理教室では家庭でできる方法で塊肉を焼くことに決めました。

町内で大崎牛を食べるなら「肉のたかしや」がおススメ。前田隆氏の長男、隆博氏が店主を務める店で、大崎牛のさまざまな部位を食べることができる。

焼肉の網で、3種類の塊肉に火を入れていく大野シェフ。表面をできるだけ高温で火を入れてしかり焼き目をつけた後、アルミホイルに包んで余熱で火を入れていく。

3種類の部位を焼き上げて試食。「赤身も脂もすごくきれいな味。塊で焼くと、肉の旨味が逃げ出さず、素材本来の良さがでると思います」と大野シェフ。前田氏一家が手塩にかけて育てた大崎牛に可能性を感じていた。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎減り続けるウナギ、生産者は未来をスッポンに求める。

環境省は、2013年にニホンウナギを「絶滅危惧IB類」(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)としてレッドリストに掲載しました。翌2014年には、国際自然保護連合(IUCN)もレッドリストに掲載しています。

国内のシラスウナギの水揚げ量は、過去最低を記録した2013年以降、漁獲管理を中心とした資源保護に国や自治体、養鰻業者が取り組んでいます。しかし、生態のすべてが未だ解明されていないウナギの資源回復は、それだけでは難しく、なかなか効果が見えてきていません。

年によってシラスウナギを捕獲する量が大きく異なり、安定した生産ができづらくなってきている状況下で、大崎町の養鰻業者「鹿児島鰻」では、空いたウナギ用の池を利用できるスッポンの養殖を2018年から開始。これからより不安定になっていくと考えられる養鰻業を支える新しい事業として、今年から出荷が始まりました。

体長30センチ。1キロほどになったスッポンは、都市の料亭などに販売しているといいます。しかし一方で、スッポンの養殖のノウハウがまったくなく始めたことで、同じ生育期間でも大きさが異なる、たとえば個体が50センチにもなることも。その大きさでは料亭に引き取ってもらうことができず、売り先がなくなってしまう問題ができているのです。

「スッポンの出汁は、日本料理ではない僕のようなフランス料理人でも使ってみたいと思うはずです。スッポンでコンソメをひいたらおいしいかも。それなら個体の差は関係ないので、規格外のスッポンも使うことができます」と大野シェフ。町内の居酒屋「大野商店」に移動し、店主で日本料理人の大野貴広氏から、スッポンの捌き方を教わり、初めてのスッポン料理で料理教室に挑みます。

鹿児島鰻の川添靖男氏(右)にスッポンの体の仕組みを教えてもらう大野シェフ。「ウナギと同じ飼料を与えられるので、導入がしやすいんです。スッポンの赤ちゃんから育て始めて1年半、今年出荷できるまでになりました」と川添氏はほっとした様子。

獰猛な性格のスッポン、大野シェフを威嚇するために首をぬうっと伸ばして、牙をむける。大野シェフは、鹿児島鰻の規格外のスッポンを応援したいと、現在、別プロジェクトを進めているチームにその場で連絡をして、大崎町産スッポンを使った商品開発を提案。すでに実現に動き出している。

鹿児島鰻では、飼育したスッポンからとった卵をふ化させることに成功した。今後は、大きくなり過ぎない特徴をもつスッポンの卵を選んでふ化させていくことで、サイズのバラツキを抑えていきたいという。

甲羅と体の軟骨の場所を見極めるのが難しかったという大野シェフ。大野氏に学んだ経験を活かして、料理教室ではスッポンを使ったひと品を披露することに。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎シェフの知識と技によって、「食」で地域をアップデートしていく。

料理教室は大崎牛からスタートしました。イチボと三角バラの塊肉をフライパンで焼き始めます。「家庭でも簡単に再現できるように」と、今回はオーブンを使わず、フライパンとアルミホイルだけで塊肉を焼いていきます。表面にしっかり焼き目をつけたら、アルミホイルに包んで15分ほど放置し、余熱で火を入れていきます。「ええ、これだけですか??」と参加者から驚きの声があがります。

スッポンは、前日に仕込んでおいたコンソメ(フランス料理で澄んだスープのこと)を使います。コンソメは、素材を長時間煮出すことで旨味や香りだけを抽出する料理。とくに素材の良さや下処理の丁寧さがそのままスープに出てくるので、とても手間がかかります。それでも「スッポンの良さを知ってもらうには、コンソメが一番」と大野シェフは、時間をかけて旨味を引き出しました。

大野シェフは、このスッポンのコンソメでリゾットを作ります。その前に、まずは全員でスッポンのコンソメを味わいます。「スッポンの臭みがまったくなくて、すごくきれいな味!」と、初めてのスッポンのコンソメに参加者は驚いた様子。他にも、大崎町で栽培された不知火の鹿児島県ブランド「大将季(だいまさき)」のカルパッチョなども生徒と一緒に作ります。そして最後にアルミホイルで包んで休ませておいた大崎内のイチボと三角バラの仕上げに取り掛かります。

肉をアルミホイルから取り出し、バターを溶かしたフライパンに投入。弱火にかけながら、溶かしたバターを泡立てるように空気を入れながらフライパンの中でまわしかけていきます。肉の中心までやさしく火をいれながら、バターの香りをまとわせる、フランス料理の加熱技法「アロゼ」です。

フランス料理の醍醐味といえる技法に、「かっこいい!私もやってみたい」と参加者の一人の岡本昌子氏。大崎町の隣、東串良町で料理教室「ゆいまーる」を主宰する岡本氏は、「塊でお肉を焼くとこんなにおいしいんですね。今まで塊肉は敬遠していたのですが、意外と簡単だったので、ぜひ家に帰って焼いてみたい」と、塊肉を焼く楽しさとおいしさに、魅了されたようです。

「いちばんよかったのは、料理教室の雰囲気。みなさんが楽しんでいただけたのが僕としてもうれしかったです。知らなかった大崎町の食材を地域の方に味わっていただけて、みなさんからも大崎町の魅力を発信してほしいです」と話した大野シェフも手ごたえを感じていたようです。

食材だけでなく、食材を作る生産者、そして大崎町で暮らす人との交流も生まれた5日間の旅。地球環境の変化や急激な過疎化による後継者不足や財源不足など、さまざまな課題に直面している地域の苦労と、それを乗り越えようとするエネルギーも肌で感じることができました。「この旅が始まりになるように」といった大野シェフの言葉が象徴するように、シェフと地域との結びつきの中から、「食」をテーマにした地域復興・地域アップデートが進むことを十分に予感させる。そんな旅になりました。

終始、和やかで和気あいあいとした雰囲気になった料理教室。料理教室の経験はそれほどないという大野シェフでしたが、ポイントの教え方や支持が的確で、「プロの指摘や視点がとてもためになった」という声があがった。

弱火にかけて溶かしたバターを泡状に保ちながら、肉にかけまわし続けてゆっくりと火を入れていく加熱方法が「アロゼ」。肉の表面にバターの香りをまとわせるイメージでまわしかけていく。

焼き上がった肉は、世界各国で料理修業をしてきた大野シェフらしく、フランスの料理の定番「レムラード・ソース」と南米料理の定番ソース「チミチュリ」という両極にあるソースとともに。大崎町内の産地直売所で見つけた大葉を使うなど、使いやすい食材で簡単にできるようなレシピで、参加者からも好評だった。「もしも焼いたお肉が余ってしまったら」と大野シェフが用意したのは、醤油とみりん、昆布、酒で作った漬け汁。これに卵黄と肉をひと晩漬け込むと、冷めてもおいしいままでおすすめだという。

料理教室の後は、完成した料理を全員で囲んでのランチ会。塊肉のおいしさに全員が感激。大崎町在住でイメージコンサルタント「美人仕立屋」の名前で活動している救仁郷文(くにごう・あや)氏は、「大崎牛も、スッポンのことも知らなかったので、これから周りのお友だちに紹介していきたいです」と、シェフの想いに共感してくれた。

料理教室に参加した5名の生徒と大野シェフ。左から霧島市でお弁当や通信販売を行うブランド「かごしまのっける」で商品開発を行う吉崎千賀氏、「ママコト」で食のワークショップや地域の食材を使った加工品を販売する渡辺和泉氏、鹿屋市で「カラオケ 青春時代」を営む渡辺憲太郎氏。和泉氏と憲太郎氏は夫婦で参加してくれた。大野シェフの右から岡本氏、救仁郷氏。「地域のインフルエンサーの皆さんと一緒に、大崎町や周辺地域を一緒に盛り上げられたらいいですよね」と大野シェフは話す。

1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。

Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
 

(supported by 大崎町)

「一服、一煎、一献。誰かに頼るではなく、自分たちのできることを行動してゆく」万yorozu/德淵 卓

歴史から美術、器まであらゆる面に造詣が深く、話は簡潔で明解。茶の味だけでなく、話術でもカウンターのゲストを魅了する。

旅の再開は、再会の旅へ。お客様との距離感は変われど、つながりは深く。

「湯を汲む」、「茶を淹れる」。

一滴の液体に価値を付加し、思考を促す場。 茶と茶菓と、酒を等しく扱うこれまでになかった場。

それが『万yorozu』です。

主人は、徳淵 卓氏。

「1服の玉露、あまりに衝撃的だったその美味しさに導かれ、“茶”を自らの進む道と決めました」と話します。

現代の茶室とも形容できるそこは、カウンター中心の茶酒房。そのあり様は、かつて存在した「日本茶カフェ」とも「バー」とも異なります。

深い知識と日々のたゆまぬ研鑽が生む味わい、それを決して前には出さぬおもてなし。『万yorozu』には、そんな日本の美意識が凝縮されています。

2012年、福岡市中央区赤坂開業以降、その評判は徐々に広まり、国内外から炉を囲むカウンターにゲストが集います。

しかし、2020年、誰もが予想しなかった新型コロナウイルスにより、世界的に日常は奪われてしまいました。自由に旅ができなくなってしまったことをはじめ、自粛や緊急事態宣言。視野を広げばロックダウン……。

その間、『万yorozu』はどう過ごしていたのでしょうか。その答えは、実に前向きでした。

「リモートやオンラインショップなど、お客様との関わり方は変わりましたが、コミュニケーションはより人と人の繋がりが深く、親密になった様に感じます。ありがたいお言葉を頂戴することが多く、感謝しかありません」。

以前、『万yorozu』は午後3時から営業していましたが、現在(2020年12月)は、正午からオープンし、24時閉店。 また、オンラインショップを開設し、茶葉の購入も可能としました。

そんな『万yorozu』が人を惹きつけてやまない最大の魅力は、やはり集い。用意されたメニューの最初のページがそれを物語っています。

「人々が集い、出逢う茶屋でありたい。人々が語らい、愉しむ、酒場でありたい」。

この言葉通り、酒もまた茶同様に、この場に訪れた人々をもてなす大切なもののひとつ。

シャンパーニュをはじめとするワイン、日本酒、スピリッツ類と幅広く揃い、それぞれのセレクトに徳淵氏の審美眼と提案が光ります。更に「茶酒」の提案も用意。読んで字のごとく、それは茶を使ったカクテルのことです。玉緑茶のマティーニ、野草茶のカクテル、更には炒りたての焙じ茶で作るハイボール……。どれもとびきりの茶が使われているのは言うまでもないことですが、甘みの効かせ方、アルコールのボリューム感と香りのバランスなどからカクテルメイキングの技術の高さも感じさせてくれます。

1日も早く、それをもう一度体験したい。そう願う人は世界中にいます。

「一服、一煎、一献のお茶とお酒で不安な日々を忘れさせるよう、ごくわずかな時でも皆さまにより豊かなお茶の時間を過ごして頂けたらと常に考えて模索しております」。

以前の取材では、「必要最低限の道具さえあれば、どこでも茶が点てられる。茶の魅力を、そして日本の心を海外の方に知って頂ける機会があるのならば、どこにでも出かけていきたい」と徳淵氏は話していました。

「どこでも茶が点てられる」、「どこにでも出かけていきたい」。どこでも……という日常はいつ戻ってくるのか、まだ知る人はいません。

「誰もがはじめてのことで情報収集や対応に追われて正確な答えは未だ手探りだと思います。誰かに頼ることよりもまずは自分たちでできることから考えて行動していき、お客様へより安全な商品を提供できたらと思います。まだまだ不安な日常が続きますが、『万yorozu』が微力ながら皆様により良い時間をお過ごし頂けるよう努めてまいりますので引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます」。

ごく低温の湯で抽出する「伝統本玉露」の1煎目。液体に旨味が凝縮されている。

ナツメとクルミ、発酵バターを合わせたお茶菓子。濃厚なコクと凝縮感のある甘みが抹茶に合う。

8時間かけて抽出する水出し茶。グラスで供すうことによって香りが広がる。和洋中問わず、食事にも合う一杯。

茶酒の一例、日本の薬草でつくる薬草茶を使ったカクテル。ダークラムのベースにアールグレイの香りを添えて。茶酒のあては豆乳ショコラ。

茶酒より、玉緑茶のマティーニ。シェイクにより滑らかな口当たりで、苦みと甘みのバランスが素晴らしい。希少なオールドバカラのグラスで。

実は徳淵氏のキャリアのスタートは、バーテンダーだったといいます。学生時代からバーでアルバイトを始め、N.B.A(日本バーテンダー協会)主催のカクテルコンペティションで福岡代表として活躍したことも。

炉を囲むコの字型のカウンター。道具や器の一つひとつが美しく、場と調和している。

住所:〒810-0042 福岡県福岡市中央区赤坂2-3-32 MAP
電話:092-724-7880
http://www.yorozu-tea.jp/

Text:YUICHI KURAMOCHI

Vol.5 大地に、海に、この町に感謝をしつつ[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE・オマージュ/東京都台東区浅草]

フランス人シェフに“料理人よ地元に帰れ”という言葉を教わりました。自分も地元のために料理を作りたかった」と荒井シェフ。その舞台は浅草にて「どんな料理が出てくるのか楽しみです!」と角田さん。

オマージュ × 角田光代

 浅草寺を抜けて、言問通りを渡ると、浅草の町はがらりと印象を変える。各国の旅行者であふれるにぎやかさは消え、整然とした通りに、こぢんまりとした飲食店や商店が点在する、落ち着いた住宅街といった雰囲気だ。この浅草の町で生まれ育った荒井昇さんがシェフを務めるレストラン「オマージュ」は、この静かな町なかにある。
 今日いただく料理は、ビーツとキャビアの一品だという。厨房にお邪魔して調理の工程を見せていただく。ホイル包みにし、オーブンで一時間半ローストしたビーツを、ブナの木のチップでスモークし、それを細かく切っていく。ビーツの色鮮やかさにも驚くが、広がるスモークの香りの強さにも驚く。細かく細かくカットされていくビーツの、紫色に近いような深い赤は、ローストされただけなのに、ゼリーや飴のように加工されたうつくしさに見える。
 そのビーツに、粒くらい細かくカットされたエシャロット、ペースト状のケッパー、ホースラディッシュを加えて混ぜこみ、塩、エクストラバージンオイル、白胡椒をかける。
 セルクル(円形の型)に、ビーツ、キャビアを交互に重ねて抜くと、ケーキみたいなうつくしい一品になる。その上から冷たいヴィシソワーズをかけていく。

【関連記事】NEW PAIRING OF CHAMPAGNE/作家・角田光代が体験する「食べるシャンパン。」の特別連載エッセイ!

ビーツ、ジャガイモ、キャビアを食材のメインにしたひと品。海のものと山のものを合わせることによって味の奥行きを演出し、それが「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」の余韻とも絶妙なペアアリングを創造する。

調理の過程を見学する角田さん。キッチンでは荒井シェフとの会話も弾む。「今回も想像がつかない料理。どんな仕上がりになるのか楽しみです」と角田さん。

今回、荒井シェフが考案した料理のメインとなる食材はビーツ。レッドビーツを、ホイルで包み、180度のオーブンで1時間半ほどローストする。

上記の次工程は、レッドビーツを厚切りにカットし、ブナの木でスモーク。その後、香りを纏ったビーツを細かくカットし、食感にアクセントを加える。

「是非、香りをたのしんでみてください」と荒井シェフ。燻製したビーツの香りを嗅ぐ角田さん。「うわー、良い香り! うっとりします」。

燻製したビーツは牛肉のタルタルのように細かく刻む。仕上がった料理を食べた瞬間、「食感もタルタルのようになり、肉のような錯覚さえ感じます!」と角田さん。

燻製したビーツを細かく刻み、ケッパー、エシャロット、レフォール、アサツキ、白胡椒、塩、オリーブオイルなどを混ぜ、ベースは完成。

料理の仕上げにヴィシソワーズを流し込む。ヴィシソワーズは、薄切りの玉ねぎとポロネギをバターで炒め、スライスしたジャガイモ、ブイヨンを入れて煮る。ミキサーにかけて牛乳とクリームを加え、味を整えて冷やす。「これだけでもおいしい!」と角田さん。

オマージュ × 角田光代

 一口食べて、まずは言葉が出てこない。今まで食べたことのないものだ、ということだけがわかる。コントドシャンパーニュを一口飲み、また料理を一口食べて、ああ、おいしいとしみじみ口をついて出る。キャビアの塩気と香り、立ち上るスモークの香ばしさ、ビーツのほんのりした甘みと滋味深さ、ヴィシソワーズのクリーミーなやさしさが、みごとに調和している。ビーツのつぶつぶ感とキャビアのつぶつぶ感も、混じり合ってものすごくおいしい。
 そのあとでシャンパーニュを飲むと、きりっとひきしまった味が際立つ。食べていると、ビーツの赤い色がスープに溶け出して、ヴィシソワーズがピンク色になっていくのもおもしろい。それにしても、ボルシチ以外でビーツを食べたことのなかった私は、ビーツっておいしいんだ、と感動した。口に残ったつぶつぶの一粒まで、おいしい。
 テタンジェに、どうしてこの料理を合わせようと思いついたのか、荒井さんに訊いた。コントドシャンパーニュを飲んだときの印象が、大地の力強さと、泡のクリーミーさだった、そこからの発想だと荒井さんは言う。畑の作物ビーツと、海の恵みキャビアを組み合わせて、スモークで中和させる。さらに、テタンジェと料理をいっしょに味わうことで双方の味が微妙に変わっていくのがおもしろいと思い、ヴィシソワーズの色の変化をそれに重ねてみた、とのこと。発想の柔軟さ、ゆたかさにびっくりする。

ビーツとキャビアはミルフィーユ状に形成。味はもちろん、キャビアの粒と細かく刻んだビーツのサイズ感が見事な食感の融合を成す。「食べるたびにビーツの色が白いヴィシソワーズに溶け出し、美しい!」と角田さん。「その溶け出す見た目変化と味わいの変化、そして、同じく時間によって変化するコントドシャンパーニュの味わい。この3つの変化をお楽しみいただければと思います」と荒井シェフ。

「“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン”を飲んだ時、大地の力強さを感じました。それがビーツに結びつくのですが、シャンパーニュと言えばキャビアの印象もあり、それをどう組み合わせれば良いペアリングになるのかを熟考しました」と荒井シェフ。

「ビーツと言えば、ボルシチや酢漬けなどの印象ですが、今回のように手の込んだ料理で味わうビーツ体験は初めてです」と角田さん。

「泡の細かさ、クリーミーさが特に印象的でした。フランス料理の代表的なヴィシソワーズを採用することで、ノーブルなシャンパーニュに別のステージの味わいを表現したかった」と荒井シェフ。

オマージュ × 角田光代

 フランス料理の道に進んだのはたまたまだった、という荒井さんは、フランスの星つきレストランでもフランス料理を学び、2000年に自身の店をオープンさせた。フランス料理の伝統に敬意を払うことを信念としている。どんなに独創的な発想も、重厚なフランス料理を礎にしている。
 もう少し若いときは、頭のなかで思い描いて組み立てた味は、九割がた、そのままを実現できると思って調理していたけれど、今は、茹でかた、切りかた、火の通し具合、素材の組み合わせ、すべてにおいて試行錯誤をくり返し、それをスタッフ全員で共有することをだいじにしている、と話す。

「フランス料理で一番大事にしていることはなんですか?」という角田さんの質問に対し、「情熱を持ち続けること」と荒井シェフ。

「料理の核となるビーツやキャビア、ビソシワーズだけでなく、薬味も一体になっているのがすごいと思いました! 一口食べた後に“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン”を飲むとキリッと引き締まり、双方の味が際立ちます」と角田さん。

「今回、一流なシャンパーニュと一流な食材を合わせる料理を考案したくありませんでした。なぜなら、絶対合うのは当たり前だからです。ビーツやジャガイモのような一般的な食材を“コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン”のようなグランクリュの高貴といかに肩を並べられる味にできるかを挑戦したかった」と荒井シェフ。

「日本人である自分が異国の味を表現させていただいているので、よりフランス料理の文化に敬意を払いたいと思っています。正しい技術や思考を学び、曲がった発信はしてはいけないとも思っています」と荒井シェフ。「食べ物を通して人を呼べるって本当に素晴らしい」と角田さん。

オマージュ × 角田光代

 荒井さんの話のなかで興味深かったのが、2010年前後の、考えかたの変化についてだ。フランス料理に求められるものが、そのあたりから変化してきたと荒井さんは感じたのだそうだ。「これがフランス料理」という大きな枠ではなくて、もっとパーソナルなものが求められているように感じた。作り手の荒井さんも、料理における自分の表現のありかたを今まで以上に模索するようになった。あくまでもフランス料理の基礎をだいじにしながら、「今」のおいしさにアプローチしていきたい。そう思うようになって、作りたいものが明確になってきたという。料理の個性が、よりはっきりしてきたということなのだろう。
 荒井さんが感化されたフランス人シェフの言葉に、「料理人よ地元に帰れ」というものがある。地元の市場で食材を買い、地元の食に貢献せよ、ということだ。店名の「オマージュ」は、荒井シェフの抱く、食材への、生産者たちへの、ともに働くスタッフたちへの、フランス料理という世界への、そして生まれ育ったこの浅草への、すべてへの敬意をあらわす店名なのだろう。

「ペアリングは物語を大切にしたいと思っています。そうすることによって互いの価値を増したい」と荒井シェフ。「次回は、コース料理でペアリングの物語を体験してみたいです!」と角田さん。

住所:東京都台東区浅草4-10-5 MAP
TEL:03-3874-1552
http://www.hommage-arai.com

1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で第18回野間文芸新人賞、1998年『ぼくはきみのおにいさん』で第13回坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で1999年第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年第22回路傍の石文学賞、2003年『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞。2006年『ロック母』で第32回川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で第2回中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で第22回伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で第25回柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私の中の彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
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Photographs:KOH AKAZAWA

(supported by TAITTINGER)

風邪にはご注意!!

皆様いかがお過ごしでしょうか??
一気に冬が訪れて寒くなりましたね( ̄◇ ̄;)

コロナも中々終息しない中でインフルエンザも流行り出す時期ですので

出かける際には暖かい服装を!!

デニムベア君もストールを巻いて冬支度が完了しました(*^◯^*)

DNAまで大崎町産。種牛から肥育までを一貫して行う大崎牛の壮大な取り組み。[Chef’s Journey in Kagoshima Osaki/鹿児島県大崎町]

大崎町で牛の繁殖・肥育農家である前田畜産では、450頭ほどの牛を飼育している。シラス台地の上にある大崎町は、古来農業が盛んで、農耕具として牛を飼う家が多くあった。人々の生活の近くにあった牛が、戦後、畜産業になっていった。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎和牛の種を全国に届ける町、大崎町。

日本各地を旅しながら食材と、生産者を巡る日々を続けている若き料理人・大野尚斗シェフが向かったのは、"食材未開拓の地"鹿児島県大崎町。

大崎町中央公民館の郷土資料展示室には、『牛馬改帳』という江戸時代の調査報告書が展示されています。幕末の1864年(元治元)にまとめられたもので、当時の農耕従事の様子を知ることができる貴重な資料です。これによると大崎町には当時、42頭の牛馬がいたことが書かれており、古くから牛や馬が地域の暮らしのなかにありました。

そんな農耕具として牛を飼っていた歴史をもつ大崎町では畜産業が盛んです。畜産業は、種牛の精子を買って母牛に受精させ、妊娠、出産、仔牛の育成までを行う繁殖と、仔牛を買いとって出荷まで育てる肥育に分かれており、とくに大崎町では、繁殖農家が多いのが特徴。そのため大崎町の隣、曽於市には「曽於中央家畜市場」があり、子牛の出荷頭数は、日本一を誇ります。

さらに畜産の町、大崎町のもう一つの特徴は、家畜人工授精所として全国に名を知られる「羽子田人工授精所」があることです。体が大きくサシが入りやすい種牛を育て、その精子を採取して全国の繁殖農家に販売するのが、家畜人工授精所の役割。羽子田人工授精所は、1962年の創業で、種牛界のスーパースター「隆之国」を生むなど、全国的に評価の高い人工授精所です。現在は「隆之国」の子「隆安国」の種も評価が高く、全国の肥育農家から注文が殺到。出荷が2カ月待ちになっているといいます。

2003年生まれで、今年17歳の隆之国に対面した大野シェフ。種牛としての役目を終えて“隠居暮らし”をしていますが、「風格が違う!」とレジェンドとしてのオーラを感じとっていました。

【関連記事】Chef's Journey in Kagoshima Osaki/若き料理人、大野尚斗氏が見た“食材未開の地”鹿児島県大崎町が秘めるローカルガストロノミーの可能性。

取材班が訪れた10月の競りでは、3日間で1275頭が競り落とされた。総平均売却額は72万8273円。

曽於中央家畜市場には、大崎町の他、志布志市や曽於市の繁殖農家から子牛が集まってくる。子牛の体重は、雌牛が240~270キロ、雄牛(去勢)が270~300キロになる。

種牛としての仕事を終えた隆之国はのんびりと、羽子田人工授精所の牛舎にいる。岡山の「第6藤良」を祖先とする藤良系(糸桜系)の血統で、有名ブランドの素牛(子牛)にもなり全国的に知られている。羽子田人工授精所代表の羽子田幸一氏(中央)は、「A5、A4といった肉質等級や霜降りの入り方を示すBMS値などの評価を大事にしながらも、自分たちがおいしいと思った系統を大事にしてきました」と、あくまでおいしさを重視する。

採取された精子は、勢状をモニターで検査した後、2倍~5倍に希釈される。その後、ストローに入れ、液体窒素によって一瞬で凍結させる。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎親子二代が協力し大崎牛の確立を目指す。

肉牛の人工授精から繁殖、肥育を大崎町内で行える土地の利を活かしたブランド和牛を育てたい。そんな羽子田氏の思いから生まれたのが「大崎牛」です。

コンセプトは「大崎町で生まれ育った牛」であること。そのため大崎牛は、三代祖、つまり曾祖父にあたる種牛までが、羽子田さんの人工授精所で生まれ育った種牛であることを「大崎町生まれ」の条件にしています。

地域の名前がついた和牛は多くありますが、その多くは子牛を他の地域から買って肥育だけを地域で行っているのが実情です。大崎牛のように種牛までも同じ地域で育てているのはひじょうに珍しい例。大崎牛には、この地域の気候風土が“DNA”にまで刻まれているのです。

もともと繁殖が盛んで肥育農家が少ない大崎町ということもあって、生産量の拡大を含む大崎牛のブランド化はこれから本格化していきます。そのカギを握るのが、繁殖と肥育を一貫して行う前田畜産です。

前田畜産は、繁殖180頭、肥育200頭、子牛80頭を育てる地域でも有数の規模をもつ農場。「昔は、大崎町にも肥育農家がいたんですが、どこも20頭程度の小さな規模。それでも当時は、多い方だったんだよ。みんなやめちゃって、今では肥育をやっているのはウチくらいじゃないかな」と、長く地域の畜産を見てきた前田隆氏は言います。現在は、隆氏が肥育、次男の喜幸氏と三男の龍二氏が繁殖を担当。親子2世代で農場を守る前田畜産にとっても、大崎牛は大きな可能性を秘めているものです。

鹿児島県には「鹿児島黒牛」という県産ブランドがありますが、その規定では、「種牛から大崎町産」という大崎牛の価値は評価されず、鹿児島黒牛というブランドでひと括りされてしまいます。大崎町の畜産の特異性が正当な評価を受けることで、地域の畜産を盛り上げる。大崎牛は、そうした地域復興も可能にする前田氏一家の希望でもあります。

「種牛から大崎町で育った牛というのは、これまでのブランド和牛とまったく違う」と大野シェフ。「牛とともにある暮らし」が古くからあったからこそ生まれた大崎牛のストーリーに刺激を受けたようです。

前田畜産では、繁殖を息子たちに任せ、肥育に専念する隆氏。トウモロコシをベースに、ムギや大豆かす、キノコや黒糖など7種類を配合した飼料のほか、間におやつを1頭1頭の体調を見ながら与えて、体調を管理していく。

月齢9カ月の子牛を20カ月間かけてしっかりと肥育していく。出荷時の重さは800キロほどになる。

繁殖を担当している隆氏の次男、喜幸氏。前田畜産では繁殖と肥育を完全に一貫しているわけではない。一貫生産のデメリットの一つに、生まれてから成牛として出荷されるまでの2年半、収入がないことがあげられる。そのため、ときおり子牛を競りに出すことで牧場の経営をコントールできるのだ。

前田畜産の牧場を見学した後に立ち寄ったのが、大崎町にある鄙びた共同風呂の「篠段寿湯」。温泉好きの大野シェフも「なめらかな湯でほかほかになる」と絶賛。夏は8時から19時、冬は8時から18時までで入浴料は大人350円(タオルの購入は100円)。定休日は毎月1日、10日、20日、21日。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎リサイクル率全国1位の町が目指す「サーキュラーヴィレッジ大崎町」構想。

大崎町は、2019年1月14日に、住民参加による低コストかつ持続可能なリサイクル事業の国際展開と人材育成を中心にSDGs型リサイクル地域経営を目指す「大崎町SDGs 推進宣言」を発表しました。

環境省の「一般廃棄物処理実態調査結果」で12年連続資源リサイクル率全国1位を達成した大崎町では、家庭から出るゴミを27品目の分別を行なうことで、83.1%のゴミを資源に“再生”し(全国平均は約20%)、経済的利益と町内の雇用を創出。大崎町のリサイクルシステムは、世界からも注目されています。

大崎町では、こうした取り組みで得た利益で、若者の地元Uターンを促進するためするための「大崎町リサイクル未来創生奨学ローン」を設立し、大崎町の未来を創る若き人材に投資。2013年から始めている「ふるさと納税」も、町の持続性のために使われています。とくにこの旅で訪れた、養殖ウナギの加工品の返礼品が人気となり2015年にふるさと納税による納税額が全国4位に。返礼品は、今回の旅で訪れた大崎牛やハチミツ、南国の気候で作られるマンゴーなど、“食材の宝庫”にふさわしい品物ばかりです。

少子化が進む地方自治体にあって「住民がずっと住み続けられる町」であることが、大崎町が目指すヴィジョンだと大崎町企画調整課の竹原静史氏はいいます。必要なのは、地域の雇用を生み、優れた人材を大崎町に集めること。そのために、ゴミのリサイクルやふるさと納税といった税収以外の財源を活用することで、Iターン、Uターンを促進し、可能な限り地域内で人材や資源が循環するような新しい地方自治外のモデルを作り上げようとしています。

大崎町役場住民環境課の松元昭二氏の案内によってリサイクルの取り組みを見学する大野シェフ。まずは生ゴミを集めて堆肥化させる「そおリサイクルセンター」の大崎有機工場へ。

生ゴミの中から不純物を取り除いたのちに、造園などで出た草木を混ぜることで、草木に付着した菌が繁殖して発酵していく。発酵には、温度と湿度管理が重要。最後にヨモギの乳酸菌を添加して臭いを消す。

出来上がった堆肥は「おかえり環ちゃん」の商品名で、家庭菜園向けに販売され、町内を中心に消費されている。

大崎町は、莫大な建設費がかかる焼却施設を持たない。その代わり、町民が協力してゴミを分別することで、最小限のゴミだけを埋立地に埋める。15年でいっぱいになる予定だった埋立地は、30年経った今でもまだ想定の半分の量にもなっていない。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎大崎町のやさしさが町に現れ、食材に現れる。

大崎町では、月に1度、三文字地区の商店街で、「おおさきチャレンジ朝市」が開催されています。200メートルほどの商店街に30店ほどの市が並びます。町内の飲食店や商店のほか、町外からの出店もあり、ふだんはひっそりとした町がこの時ばかりは活気づきます。

滞在中に開催されていたこともあり、大野シェフとともに朝市を歩いてみると「食べていってよ!」「どこから来たの?」と、気さくに声をかけてくれます。都会にはない、人と人の温かい交流。「大崎町に5日間滞在して思ったのは、みなさん本当にやさしい。それが食材にも町の雰囲気にも出ています」と大野シェフはいいます。

アットホームで活気がある朝市を歩いていると、大崎町が掲げる大きなヴィジョンの達成は、この景色を未来まで残すためにあることに気づきます。そしてそれは、拡大から継続へ、社会の価値観が大きく変わろうとしている現代において、地方自治体が自立する大きな先例になるのではないでしょうか。

大崎町の取り組みを「食」を通じて応援していけることは、シェフにとっても、食という文化を愛する人にとっても大きな誇りになるはずです。

取材班のお気に入りで、滞在中に何度も訪れた末野菓子店の末野知春氏(左)とハル子氏。三文字地区の商店街で40年、その前には吹上地区で17年、菓子店を営んでいた。後継者が見つかっておらず知春氏の代で閉店することになるという。

末野菓子店の「けせん団子」。「けせん」は、シナモンのような香りがする葉。小豆団子をはさんで蒸し上げてある。噛むほどにじんわりと甘味がにじみ出る素朴な味。

人懐っこい大野シェフは、「食べみたい!」「これなんですか?」と、朝市に来ていた町の人たちとすぐに意気投合。10分ほどの予定だった散策が、気づいてみたら25分が過ぎてしまった。「だって、すごく楽しいんですもん」と、大崎のみなさんの温かさに触れて、一気に大崎町の人を好きになった瞬間だった。

大崎町の飲食店が特別メニューを持ち寄って賑わう。「おおさきチャレンジ朝市」は、新型コロナウイルスの感染症の拡大によって3月から中止になっていたが、ようやく10月から再開。町に活気が戻ってきた。

1989年福岡県出身。2010年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 「The NoMad」(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ「Alinea」(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山「レクテ」(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン「Fäviken」(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー「Central」(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。

Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
 

(supported by 大崎町)

ふたりが新潟で出会った、おけさ柿とヨーグルト。注目のオンラインクッキングイベントはほっこりおいしく、幸せな時間に。[NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1/新潟県]

新潟各地をまわって得たインスピレーションをオリジナルレシピに表現します。

新潟プレミアムライブキッチン限定5名が受講。新潟の「おけさ柿」を使った菓子作り教室。

11月7日(土)、「新潟ウチごはんプレミアム」とONESTORYのコラボレーション企画第1弾として、フードエッセイスト・平野紗季子さんと菓子研究家・長田佳子さんによるオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1』が開催されました。参加したのは、応募総数200名以上から約40倍の応募抽選を勝ち抜いた幸運な5名。スタジオと参加者5名の自宅キッチンをオンラインでつないで行われました。

新潟ウチごはんプレミアム」は、自宅で新潟の食材を楽しむためのポータルサイト。レシピ動画の公開のほか、さまざまなオンラインイベントを紹介しています。今回の料理教室では、終始インスタライブのような和やかな空気を共有でき、全員がリラックスしてお菓子作りに取り組むことができました。受講者が使い慣れたいつものキッチンと道具で調理できるのも、オンライン教室の魅力です。

平野さんと長田さんは新潟特産の「おけさ柿」に注目しました。ふたりにとって、柿は果物の中でもずっと気になっていた存在だったと言います。
「最近の果物屋さんは、本当にいろんなフルーツがあって華やかですよね。そんな中で、柿ってちょっと地味じゃないですか。でも、ものすごくおいしいし、あの心地いい甘さとすっきりした後味って、ほかに代わるモノないって思うんですよ。新潟ではいろんなおいしい果物が穫れるけど、長田さんのやさしいお味のお菓子には柿が合うんじゃないかなと思って」と平野さんは話します。
「私も柿は大好きだけど、お菓子の材料として選ぶことは少なかったんです。。柿っておもしろい果物で、パリパリいうくらい硬いものも、じゅくじゅくになった完熟のものも、それぞれにおいしいですよね。そんな熟し方の違いもお菓子で表現できたらおもしろいなと思っていたので」と長田さん。二人の興味がピッタリ合ったのが柿だったのです。

今回、新潟で見学した畑で大きく実った旬の「おけさ柿」を用意しました。そして、工場を訪ねた「ヤスダヨーグルト」の製品を使って、長田さんはふたつのレシピを用意してくれました。

【関連記事】NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.1/平野紗季子×長田佳子 抽選で限定5名が参加できる「オンライン料理教室」を開催

抽選を勝ち抜いた5名が自宅のキッチンからオンラインで参加しました。

材料に選ばれたのは新潟名産のおけさ柿とヤスダヨーグルト、そしてヤスダヨーグルト社が製造している発酵バター。必要な材料とレシピは、事前に参加者へ届けられました。

全員で「柿のタルト」と「柿のネクター」の2品のクッキングに挑戦しました。

新潟プレミアムライブキッチン現地の人も気付いていない素材の魅力を引き出す。

ひとつ目のレシピは「柿のタルト」。ヘーゼルナッツが香ばしい生地にキャラメリゼした柿をたっぷりとのせた贅沢な一品。ローズマリーの香りと、サワークリームのほのかな酸味があるクロテッドクリームが、全体を華やか、かつまろやかに調和します。

ふたつ目のレシピは「柿のネクター」。ネクターとは果実をすりつぶして作るドリンクのこと。ヤスダヨーグルトに柿のピューレをたっぷりと加え、カスタードクリームでアクセントをつけています。このカスタードクリームは、牛乳の代わりにヤスダヨーグルトを使い、ハーブティーなどに使われるエルダーフラワーで香りづけをしているのが特徴です。

これらのレシピは、「おけさ柿」の原木を取材した際のインスピレーションから生まれたとのこと。平野さんは、スマホで現地の写真を見せながら振り返ります。
「おけさ柿の原木は柿の木としてはものすごい大木なんだけど、普通の住宅地に1本だけすっくと立ってるんですよ。老木なのに、枝振りは力強くて、ちゃんと実もなっていて。どこか神秘的で、ふたりでずっと見とれちゃったんだよね。すると、どこからかローズマリーと金木犀の香りが漂ってきて……」(平野さん)
「あのなんとも言えない不思議で心地いい体験をレシピに表現できたらいいね、なんてことを帰り道で話したりして。そんなわけで、今回、ローズマリーと金木犀のニュアンスが感じられるエルダーフラワーを加えてみることにしたんです」(長田さん)

長田さんのお菓子は、身体への負担がなるべく少ない配合と調理法によって、素材の持ち味が引き出されています。素材を生かすために引き算されているから、工程もシンプルでお菓子作りのビギナーでも無理なくチャレンジ可能。5名の参加者も、見事に完成させることができました。

そして、試食タイム。
「柿のタルト」をほおばった平野さんは、おいしさにしばし唸ったあと「佳子さん、天才!」と一言。「よく柿を焼こうと思ったね。農家の人にもあれだけ熱を加える調理はご法度だと言われたにもかかわらず、に」
渋柿である「おけさ柿」は渋抜きの工程を経てから出荷されています。渋抜きといっても、じつは渋味成分であるタンニンは柿の中に残ったままで、人間の舌が感じないような処理がされているだけ。言わば、人間の舌を騙す状態になっているだけであり、熱を加えるとその渋味が戻ってしまうということを、ふたりは現地取材で学んでいたのでした。

長田さんはあえて渋柿に熱を加えるというチャレンジをしました。
「熱を加えても渋くならないギリギリ大丈夫な線があるはず、と思ったんです。逆に君はまだ甘いよって柿を騙せるギリギリのところが(笑)。実際に調理して、ここまではOKという線を見つけられたので」と長田さんは飄々としています。
このレシピには、柿農家の方たちもきっと驚くことでしょう。

「柿のネクター」を味わった平野さんは、またもや興奮しています。
「これ、すんごいヤスダヨーグルトに柿、カスタードクリーム、そしてエルダーフラワー! ワタシ、材料名しか言っていない(笑)。それぞれ単体でおいしいものが、一緒になって何十倍も美味しくなってるの」

参加者からも新鮮な体験になったという声が上がりました。参加者のひとり、新潟出身の方のコメントが印象的でした。
「長岡の出身なので、おけさ柿もヤスダヨーグルトもとてもなじみ深い食材でしたが、そのまま味わったことしかありませんでした。ずっと親しんできた食材が思いもよらないおいしいお菓子になって、とても楽しい体験になりました。そして、地元出身者として、本当にうれしかったです」

新潟の食を再発見し、その魅力を料理体験を通して分かち合ったひととき。みんなの笑顔がその充実ぶりを物語っていました。

現地で実際に体験したエピソードを紹介しながら、調理は和やかに進んでいきます。

旅の話をもっと聞きたいという参加者に「牛とふれあう神々しい佳子さんを見て」とスマホの写真を見せる平野さん。とっておきのエピソードが食材への愛着を一層深くします。

完成後、みんなで試食。直接会うことはできなくても、楽しさ、うれしいという体験を共有することはできます。

新潟プレミアムライブキッチン【柿のタルト】

材料
《タルト生地》
*米油30g(菜種、ひまわり油などでも可)
*水5g ※水と油を一緒に小さなボウルにはかっておく。
*きび砂糖15g
*薄力粉75g
*天然塩ひとつまみ
*皮付きヘーゼルナッツ20g ※170度で8分焼き皮をむきミキサーで細かく砕いておく

《クロテッドクリーム》
*サワークリーム45g
*生クリーム15g

《デコレーション》
*柿1個(固めのもの)
*バター5g (同封済み)
*きび砂糖5g
*フレッシュローズマリー1枝

手順
1.タルトをつくる。ボウルに薄力粉、きび砂糖、塩、ヘーゼルナッツを入れ、軽くゴムベラで混ぜる。
2.別のボウルに水と米油をいれ、1に加えたらゴムベラでひとまとまりになるまで混ぜる。
3.2の生地をクッキングシートにおき、めん棒で12cm程度の円形に平らにのばしたら生地の真ん中にフォークで穴を開け、鉄板にうつし170度で28分~30分を目安に焼きよく冷ましておく。
4.柿の皮をむき、ヘタもとったら12等分にカットし、フライパンにきび砂糖、バターを入れて溶けたらローズマリーと柿を入れて表面をキャラメリゼするように焼く。
5.クロテッドクリームをつくる。ボウルにサワークリームと生クリームを入れゴムベラでなじませたら、星の口金をつけた絞り袋にいれてタルトに絞る。
6.5の真ん中に4の柿を並べたら完成。

タルト生地を円形に平らにのばす。クッキングシートの上だと作業しやすい。

バターを溶かし、きび砂糖、ローズマリーを入れて、柿の表面をキャラメリゼするようにしっかり焼く。

長田さんがクロテッドクリームを絞り袋で絞っていく技を伝授。絞り袋を持っていない人には、スプーンで飾り付ける方法をアドバイスした。

「おけさ柿」の豊かな甘みを存分に味わえる一品が完成。

新潟プレミアムライブキッチン【柿のネクター】

材料
*完熟柿1個
*ヨーグルト200g程度
*エルダーフラワーひとつまみ
*卵黄1個
*薄力粉5g
*黄色系のエディブルフラワー

手順
1.柿を洗い、皮をむき、ミキサーでピューレにし冷蔵庫で冷やす。
2.ヨーグルトカスタードをたく。鍋にヨーグルト100gとエルダーフラワーをいれ弱火で温める。
3.ボウルに卵黄をいれ、薄力粉を加え、ホイッパーでよくかき混ぜ、2を加えたらしっかりかき混ぜ、鍋にこしながら戻す。
4.3を弱火で、プルンとするテクスチャーになるまでたき、たけたらボウルに入れて冷蔵庫で少し冷やす。
5.器に、残りのヨーグルト、柿のピューレ、カスタードソースを加え、最後にエディブルフラワーを飾る。

カスタードクリームは弱火で焦がさないようにかき混ぜながらたく。こっそり味見して、あまりのおいしさに手が止まる。

完熟したおけさ柿のピューレはツヤツヤのトロトロ。ヤスダヨーグルトにたっぷりと加える。

ネクターはスプーンで混ぜながらいただく。ヤスダヨーグルトの爽やかな酸味、柿の上品な甘み、カスタードクリームのコクが渾然一体に。

登場した商品は、こちらから購入できます。

※おけさ柿の出荷時期が毎年10月上旬〜11月上旬のため、現在は加工品のみ購入可能です。 (時期によって取り扱いしていない場合もございますのでご了承ください。)

1991年福岡県生まれ。小学生時代から食日記をつけ続け、大学生時代に日常の食にまつわる発見と感動を綴ったブログが話題になり文筆活動をスタート。雑誌等で多数連載を持つ他、イベントの企画運営・商品開発など、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。最新作は『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(マガジンハウス)。Instagram:@sakikohirano

レストラン 、パティスリーなどでの修業を経て、現在は「foodremedies」(「レメディ」とは癒しや治療するという意味)という屋号で活動。ハーブやスパイスなどを使ったまるでアロマが広がるような、体に素直に響くお菓子を研究している。著書に『foodremediesのお菓子』『全粒粉が香る軽やかなお菓子』(文化出版局)などがある 。Instagram:@foodremedies.cac


Photographs:JIRO OOTANI
Text:KOH WATANABE

(supported by 新潟県観光協会)

変わりゆく自然環境とともに生きる人たちに、シェフは料理でエールを送る。[Chef’s Journey in Kagoshima Osaki/鹿児島県大崎町]

志布志湾を臨む「くにの松原」で、砂浜の自然環境を守る下野氏(右)と大野シェフ。今回の旅は、この穏やかな海を100年、1000年先まで残すために、料理人が産地とどう関わっていけるかを見つける旅でもある。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎江戸時代から好漁場で知られる志布志湾にシラスウナギはやってくる。

10月下旬、鹿児島県東部の町、大崎町を訪れた新進気鋭の料理人・大野尚斗シェフは、町の主要産業の一つである養鰻業から食材の旅を始めます。しかし、なぜか最初に向かったのは国定公園の一部にも指定されている「くにの松原」の美しい砂浜。志布志湾を臨む白砂青松の海岸とウナギの養殖にどんな関係があるのでしょうか。

薩摩藩が治めていた志布志湾には、フィリピン北東から東シナ海、鹿児島県沖を北上して黒潮が流れ込んでいます。さらに一級河川の肝属川のほか、田原川や菱田川といった河川によって山の栄養も運びこまれ、藩政時代から「本藩中漁利を得るの多き」(『三国名勝図会』)とうたわれる好漁場だったそうです。この豊かな湾を目指して黒潮にのってやってくるのが、ウナギの稚魚「シラスウナギ」です。

急激な減少により二ホンウナギは、環境省と IUCNから絶滅危惧種に指定されています。シラスウナギ漁も漁期が厳格に規定されており、大崎町でシラスウナギ漁がおこなわれるのは、12月から3月。その時期に日没が過ぎると、菱田川河口には150人ほどのシラスウナギ漁者が腰まで海水に浸かり、ヘッドライトで海面を照らしながら体長6センチほどのシラスウナギを網ですくう姿を見ることができます。

大崎町の浜の近くに生まれ、8年前からボランティアで砂浜を守る下野明文氏は、70歳を過ぎた今でも、シラスウナギ漁が解禁になれば海に入ります。「シラスウナギも少なくなったねぇ。大崎の砂浜にはウミガメも産卵に来ていたけど、それも減ってしまった。地域の子どもたちに大崎のすばらしさを伝えていきたいと思って浜を守ってきたけど、もう難しいのかもしれない」と、すこし寂しそうに海を見ていたのは忘れられません。

「海洋資源の回復は、食材がなければ何もできない僕たち料理人にとって重要な問題です」と大野シェフ。SDGsやサステイナブルへの取り組みが経済に取り込まれようとしているなかで、現実的な課題として実感できたことは、大野シェフにとっても、大きな経験になったのではないでしょうか。

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菱田川の河口南側は大崎町、左岸は志布志市(有明町)の管理でシラスウナギ漁は行われる。漁期のほか網の大きさにも規定がある。写真提供:大崎町

今年73歳の下野氏は、2代目の浜の守り人。町内の小学生たちを案内しながら、故郷の豊かな自然を知ってもらおうとしている。少子化が進む中、大崎町のような地方自治体にとって故郷で暮らし続けたり、町から出た町民が戻ってきたりするような政策が重要になってくる。

穏やかな志布志湾に思いを馳せる大野シェフ。大隅半島の付け根に、ポッカりとくぼんだ志布志湾は、古来交通の要衝で商船の往来も多かった。そのため異国船の襲来に備え、大崎町には薩摩藩が設置した異国船番所・異国船遠見番所が置かれていた。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎高隈山地からの豊かな湧水がウナギの味を決める。

砂浜で採れたシラスウナギは、町内の14の養鰻業者に渡り1年から1年半かけて養殖されます。大崎町内と隣の志布志市に養鰻池をもつ鹿児島鰻は、国産の養殖ウナギの消費量が2万トン程度といわれているなかで、年間1000トンから800トンを生産する国内でも最大規模の養鰻施設をもっています。

鹿児島鰻の養殖場の一つ菱田事業所を訪れた大野シェフがまず驚いたのは、養鰻場で大量に使われている水でした。場長の川添靖男氏によると、使用しているのはすべて湧水だといいます。「町内でお昼を食べに入った定食屋さんのお水がきれいで雑味のない味でおいしかったんです。人の生活は水から始まるように、ウナギの養殖もこの水が身質に影響を与えると思います」と大野シェフ。

大野シェフが感じたように大崎町の水は、西に広がる高隈山地から流れこむ伏流水で、火山灰が堆積してできたシラス台地によって長い時間をかけてろ過されたもの。さらに菱田事業所は「平成の名水百選」に選ばれた普現堂湧水源から近く水質は事業所内でも有数だといいます。

素材の味は、食べたものによって決まる。そう考える大野氏は、さらにウナギにどんな飼料を与えているかが気になったようです。「ウナギはおいしいエサでないと食べない“グルメ”な生き物なのです。なので、飼料にはコストをしっかりかけています。魚粉を中心に、鰻の育成に適した配合飼料と水とフィードオイルを餅状に練り上げたもの。鰻が食べやすい形にするのもポイントです」と川添氏はこだわりを説明します。

その後、おおさき町鰻加工組合の加工施設を見学し試食をした大野シェフ。口にすると一瞬で笑顔がこぼれ、「嫌な泥臭ささがなくて、身質がすごくきれい。加工場で作られたとわ思えないウナギの火入れで、専門店の味と大きな差がないですよ!」と想定外のクオリティに心の底から驚いていました。

鹿児島鰻では、1年間で500万尾から600万尾のウナギを出荷する。ウナギは、背の文様と白い腹の境界線がしっかりと見えている方がおいしいという。

1年から1年半かけて成長したウナギは、初めに背骨が曲がったものを人の目で選別する。この後は機械に通され、重さごとに仕分けられる。

養鰻では、生けすでの飼育だけでなく、池あげ後の仕分けの間も大量に水が必要になる。大崎町は湧水が豊富で水質もよいため、養鰻に適した土地といえる。温暖な気候も、赤道付近で生まれるウナギにとっては重要なのだ。

鹿児島鰻などの養鰻業者が出資して設立された「おおさき町鰻加工組合」の加工施設を見学。1匹7秒ほどで背から開いて内臓を取って骨を抜く。正確で無駄のない熟練の技に驚いた大野シェフは、「勉強のために」と、スマートフォンで録画したほどだった。

開いたウナギは、ベルトコンベアにのせられて、焼きからタレ漬け、冷凍までの加工を一気にオートメーションで行っている。途中には本物の炭で焼く工程もあり、専門店の蒲焼きのような香ばしさが生まれる。

タレ漬けして加熱する工程を4度繰り返して完成。タレが焦げて香ばしく仕上がった蒲焼きを試食した大野シェフは「機械で焼かれたとは思えないおいしさです」と絶賛。ウナギのタレは、関東風と関西風、九州風の3種類ある。白焼きも製造している。

シェフズジャーニー 鹿児島大崎旅する料理人と旅する養蜂家。皿の上でどう出会うのか?

大崎町の北部、山間地域にあたる野方で養蜂業を営む「佐元養蜂場」の佐元和寿氏は、鹿児島から九州、東北を経て、最後は北海道まで、およそ3000キロをミツバチとともに移動しながら採蜜する旅する養蜂家です。移動養蜂自体は伝統的な採蜜法ですが、移動コストがかかることもあって近年減少しつつあります。

「温暖な気候を好むミツバチにとって大崎町は、飼育に最適な場所です。野方の山のなかでミツバチを病気にさせないように、600箱ほどの巣箱を管理しながら、その年の状態の良いミツバチが集まった箱を240箱ほど選んでハチミツ採取の旅にでるのです」

大崎町と宮崎県でレンゲのハチミツを中心に採取した後、5月末から青森に入ってトチのハチミツを。6月初旬に秋田に移りアカシア、6月中旬に北海道芽室に渡ってから大崎町に戻ってきます。

「大崎町だけでハチミツが採れればいいですが」という佐元さん。しかし近年の気候の変化で、鹿児島県内でハチミツの採れる時期が変わってきたそうです。採蜜量も減っていくなかで、これまで培ってきた全国のネットワークを使って良質なハチミツを採り続けたいといいます。

大野シェフは、ミツバチたちが大崎町周辺で集めてきたレンゲのハチミツに興味を示します。ひと舐めした大野シェフは、「クセのある独特な香りもいいですし、後味もスッキリしていてきれいな甘味ですね」と驚いた様子。「ハチミツの糖度が、例年なら78度程度なのですが、今年は81度と高い。つまり、水っぽくないのがおいしさの理由だと思います」と、佐元氏も自信をもって勧めた味を気に入ってもらったことで、自然と笑顔がこぼれていました。

巣箱にミツバチたちが集めたハチミツ。240箱から多ければ、500缶ちかくのハチミツを採ることができる。

採れたてのハチミツを味見する大野シェフ。透明でありがながら輝くような蜜の色に見入っていた。

佐元養蜂場は、小売り店として「ハニー・ハウスSMT」も運営している。旅の途中に立ち寄ってみたい。

雨の中、養蜂場を案内してくれた佐元氏(右)。よく管理された巣箱は貴重で、盗難にあうこともある。そのため町内の数十カ所にわけて巣箱を分散して管理している。

1989年福岡県出身。2008年4月 高校卒業後 福岡中洲の人気フランス料理店「旬FUJIWARA」にて見習いとして修業を開始。2011年、「The Culinary Institute of America」ニューヨーク本校へ入学。在学中に 『The NoMad』(ミシュラン一つ星)にて勤務。ガルドマンジェ(野菜)とポワソン(魚)部門シェフを務める。The Culinary Institute of America 卒業後、2014年から2年間、シカゴ『Alinea』(ミシュラン三つ星・在籍時、世界のベストレストラン50で世界9位)にて勤務、部門シェフを務める。帰国後、日本国内数店で研修し、包丁1本持ちヨーロッパをバックパッカーでまわった後、代官山『レクテ』(ミシュラ一つ星)に勤務、スーシェフを務める。その後、赤坂の1年限定会員制レストランにてExecutive chef を経験。2019年、スウェーデン『Fäviken』(ミシュラン二つ星)研修。2020年3月、ペルー『Central』(世界のベストレストラン50・世界6位)研修。現在は、2021年の独立に向けて準備中。

Photographs:JIRO OHTANI, KOH AKAZAWA
Text:ICHIRO EROKUMAE
 

(supported by 大崎町)

トップシェフ監修のアテと最高級日本酒ブランド『長谷川栄雅』のマリアージュを堪能する「日本酒体験」。[長谷川栄雅 六本木/東京都港区]

東京・六本木の星条旗通り沿いに位置する『ヤヱガキ酒造』の直営店であり、日本酒体験の舞台となる『長谷川栄雅 六本木』。

長谷川栄雅 六本木350余年の歴史を誇る酒蔵と野菜料理を極める料理人のコラボレーションが実現。

アテ(酒の肴)とは、酒を飲む際に添える食品であり、おつまみ。酒にアテが合うことから「アテ」と呼ばれ、例えばビールに枝豆、ワインにチーズなどの組み合わせは広く知られています。酒との相性が良く、互いに美味しさを引き立て合う相思相愛の関係性をじっくりと堪能することができたら……。そんな願いをかなえてくれるのが、『長谷川栄雅 六本木』による「日本酒体験」です。

『長谷川栄雅 六本木』は1666年(寛文6年)の創業以来、技術とものづくりの精神を受け継ぎ、最高品質の日本酒を醸す兵庫県姫路市『ヤヱガキ酒造』の直営店。最高級日本酒ブランド『長谷川栄雅』と日本を代表するトップシェフが監修するアテとともに堪能する「日本酒体験」が今秋リニューアルし、話題を集めています。これまでも名だたるトップシェフが登場しましたが、今回のアテは、「Top 100 Best Vegetables Restaurants 2019」初登場でアジア最高の17位を獲得。「野菜が美味しい世界のレストラン」として世界中のグルマンや料理人が注目する和歌山『ヴィラ アイーダ(villa aida)』オーナーシェフの小林寛司氏によるもの。知的好奇心を満たし、感性を揺さぶる日本酒とアテによるマリアージュの魅力をお伝えします。

酒質を際立たせる形状の酒器で味わう日本酒と5種のアテ。プレゼンテーションにも美学がある。

長谷川栄雅 六本木350余年の歴史を誇る酒蔵と野菜料理を極める料理人のコラボレーションが実現。

酒米の最高峰「山田錦」の名産地である播州に位置し、風通しが良く寒暖差がある気候条件に恵まれた兵庫県姫路市の郊外、城下町で知られる播州林田の地に創業した『ヤヱガキ酒造』。歴史ある酒蔵による「日本酒体験」は、直営店の店内に設けられた静謐なる空間が舞台。日本酒づくりに込めた思いをスタッフが丁寧に伝えてくれます。

「長谷川栄雅」の日本酒づくりは、米作りから始まるとのこと。使用するのはごく限られた特A地区、兵庫県加東市小沢地区で生産される最高級の「山田錦」。更に蔵元の個性を決定づけ、酒質を左右するといわれる仕込み水は、甘みのある軟水で、口当たりの柔らかな酒を生み出す名勝「鹿ヶ壺」を源流とする揖保川(いぼがわ)水系林田川の伏流水にこだわります。
更に特筆すべきは、製造方法。日本酒づくりで最も重要な工程とされる麹づくりは、古くから伝わる「蓋麹法」を採用。木製の麹蓋に米を小分けに盛り段々に積み重ねる方法で、上下で温度変化が生じるため、神経を注ぎながら2~3時間おきに積み直す作業を一晩中繰り返します。
搾りに関してもこだわりは同様です。一般的には機械で短時間に、かつ大量に圧搾するところ、『長谷川栄雅』では袋搾りに。酒袋にもろみを詰めてタンクに吊るし、袋から自然に染み出した一滴一滴を集めます。生きた酵母にストレスがかからないため、無垢な味わいのみを抽出することができるのです。手作業による時間と手間を惜しまない酒づくりだけに、量を確保することは難しく、それでも深く追求するのが『長谷川栄雅』の姿勢です。

1杯目「栄雅 純米大吟醸」とアテの「黒豆蜜煮」。黒豆は日本料理の保存食を超えた味わいを追求。

2杯目「栄雅 特別純米」とアテの「ドライトマト 梅塩」。スパイスを纏ったピクルスを添えて。

3杯目「長谷川 純米大吟醸三割五分」とアテの「柚餅子クリーム」。テクスチャーの妙味も楽しみたい。

4杯目「長谷川 純米大吟醸五割」とアテの「かぼちゃ みりん 七味」。カボチャとみりんの甘みが日本酒へとつなげる。

5杯目「長谷川 特別純米」とアテの「玄米 酒粕 生姜」。玄米と酒粕の2種の食感とインパクトのある生姜の風味が印象的。

長谷川栄雅 六本木普通の材料で新しい価値観を生み出す。

『ヴィラ アイーダ(villa aida)』オーナーシェフの小林氏は兼業農家の長男で、調理師専門学校卒業後は国内外の星つきレストランで修業。2007年に和歌山の自宅の敷地内にレストランをオープンしました。周囲の畑で130種類もの野菜やハーブを育てながら素材と向き合い、その持ち味をとことん突き詰めることで「ここでしか味わえない」料理を創る「アグリガストロノミー」の実践者です。「日本酒体験」で供される5種類のアテも、その哲学から生み出されました。
「日本酒とのマリアージュは初めての経験。どれも和歌山の畑で採れる普通の材料ですが、新しい価値観を生み出すことにこだわりました」と語ります。

例えば、ふくよかで澄み切った仕上がりの1杯目「栄雅 純米大吟醸」に合わせるアテ「黒豆蜜煮」は、「柔らかく甘く炊いた昔の保存食というイメージを、現代人の嗜好に合わせて変えたかった。自宅の畑で黒豆から作っています」と小林氏。少量の塩と砂糖の甘みがポイントで、日本酒の味わいにつなげます。

香りも十分で米の旨味が楽しめる2杯目「栄雅 特別純米」には、「ドライトマト 梅塩」。まず酒器の縁につけた梅塩を口にしてから、日本酒を味わうという趣向です。「お酒から感じられる酸味と熟成感、ミネラル分を意識しました。ドライトマトに合わせたピクルスに黒糖とスパイスをまぶすことで、お酒の味わいに寄り添うように仕立てました」と小林氏は話します。

旨味と甘みのバランスを追求したという3杯目「長谷川 純米大吟醸三割五分」には、柚子を丸ごと使った「柚餅子クリーム」を。柔らかな口当たりで、皮由来のほどよい苦みと果実味が口に広がり、お酒との見事な調和が楽しめます。
「柚餅子は毎年作っています。そのままお出しするのではなく、若干の味噌を加えてコクを出しました。テクスチャーを意識して食べ飽きないように心がけています」と小林氏は言います。
続く4杯目「長谷川 純米大吟醸五割」には「かぼちゃ みりん 七味」。カボチャのピュレにみりんでとろみをつけ、最後に七味の辛みで後味を引き締める一品です。
「カボチャとは散々向き合ってきて、ありとあらゆることをやってきました。そこにないものを掘り続け、あるものの中から新しいものを考え出しました」と小林氏。
最後の5杯目、香りは控えめながらとろみのある「長谷川 特別純米」には、「玄米 酒粕 生姜」。せんべいのような軽快な食感としっとりとした酒粕が渾然一体となり、生姜の風味がパンチを効かせています。

『長谷川栄雅』の酒づくりは、素材と正面から向き合い、その価値を最大限に引き出す小林氏の姿勢に通じる。

長谷川栄雅 六本木あるべき食について考え直す機会に。

『ヤヱガキ酒造』代表・長谷川雄介氏は、「日本酒は米と水でシンプルに造られたお米のジュース。小林シェフの素材を大事にしたシンプルな味付けの料理と『長谷川栄雅』は親和性も高い」と評価しています。
監修にあたり、小林氏も「日常生活の忙しさのあまり食事の時間は短くなり、食の大切さを考えることすら忘れてしまったかと思うことがあります。しかし今回の新型コロナウイルスの世界的な感染は、あるべき食について考え直す良い機会になったと考えています。私が創る『長谷川栄雅』のアテを通じて、“これからの食の豊さとは何か?”を考え直すきっかけになれればと思っています」と語ります。

斜めの天井が緊張感を醸し出し、小林氏をイメージした生け花の影が映えるよう室内空間が施されている。

長谷川栄雅 六本木名シェフのクリエイションを味わえる希少な機会。

これまで、福岡『La Maison de la Nature Goh』の福山 剛シェフ、美しいデザートで知られる『été』の庄司夏子シェフ、ミシュラン1つ星レストラン『Ode』生井祐介シェフ、「魚介フレンチ」レストラン『abysse』の目黒浩太郎シェフ、大阪のミシュラン2つ星レストラン『La Cime』の高田裕介シェフなど、今最も注目されているトップシェフが担当し、新しいアテの監修にあたった小林氏を推挙したのは美食評論家でありコラムニストの中村孝則氏です。それぞれの日本酒に合わせて作家が手がけたという酒器も楽しみのひとつです。
今回、限定的な素材を生かしながら新しいクリエイティビティに挑戦した小林氏。その料理が東京で食べられるのは12月末まで。前日20時までの要予約で、1回のセッションで4名まで受け付け可能です。日本のみならず世界で日本酒の価値を高めたいという『ヤヱガキ酒造』と、その思いに共感した小林氏との共演を、この機会にぜひご堪能ください

住所:東京都港区六本木7-6-20 1F MAP
電話:03-6804-1528
営業時間:12:00~20:00
定休日:火曜

1名様 5,000円(税別)
1組4名様まで
1日5組限定
所要時間:約40分
https://hasegawaeiga.com/?mode=f5


Text:MAMIKO KUME

待望の新商品

皆様こんにちは!!

12月に入り一気に寒くなりましたね( ̄◇ ̄;)

朝に布団から出るのが段々辛くなってまいります_(┐「ε:)_


話は変わり、デニムストリートファンの皆様に朗報です!!

当店には和蔵と言うオリジナルのブランドがあるのですが

和蔵のオーバーオールが遂に完成しました(*^◯^*)

結構オーバーオールをお探しのお客様も多かったんですよね〜


色は三色あって、ピッコリー、ピンク、マスタードの3色となっております( ´∀`)


着てみました!!

めちゃくちゃ動きやすい!!

ゆったり履けるのがGOOD👌

和蔵のロゴもしっかり入っております



お値段はヒッコリーが23.100円でピンクとマスタードが28.600円です。

新商品が気になる方やオーバーオールが気になる方は是非デニムストリートへお越しください(・∀・)



ちなみに、デニムストリートは12月6日から3月5日までは営業時間が短縮になり

10時〜17時の営業時間となりますのでお越しの際はお気をつけくださいませ。




「コロナ禍でも移転の決意は変わらなかった。僕は地元に必要とされるトラットリアでありたい」IL COTECHINO/佐竹大志

「イタリアでハムの仕込みは覚えられても熟成までは教わりませんでした。山形に戻り、試行錯誤しながら独学で熟成を試みて、ようやく自分のハム作りが見えてきました。イタリアと山形では環境が違いますからね」と佐竹大志氏。(Photograph:Zen Watanabe)

旅の再開は、再会の旅へ。こんな変わったスタイルのお店と僕を受け入れてくれた山形には感謝しかない。

東京の名店たちが愛する「ハム」が山形にあります。

「ハムだけで満足させたい」と、地元・山形に『IL COTECHINO』を開店させたのは、遡ること2012年。

声の主は、佐竹大志氏です。

その道のりは決して平坦ではありませんでした。いや、むしろ紆余曲折。6年にも及ぶイタリア修業や東京での研鑽を経て、佐竹氏が「これだ!」とたどりついた入魂は、「ハム」でした。

ここで注目すべきは、「イタリアン」ではなく「ハム」だったという点です。

『ONESTORY』が取材したのは2018年。その日も満席状態で、もちろんゲストの目的は佐竹氏のハム。それを食べるために旅をするファンは、全国にいます。

2020年、新型コロナウイルスがニュースを轟かすも、佐竹氏は冷静を保っていました。

「4月、5月中の自粛期間は店を閉めておりましたが、6月からは感染防止対策をしながら通常営業を再開させて頂きました。初めは静かでしたが、売り上げも7月には通常に戻りました。しかし、8月くらいに首都圏で第2波が始まると、前年に対して大分ご予約の数が少なくなりましたが、週末はお客様に助けられ、大きな不安もなく過ごすことができました」と佐竹氏は振り返ります。

多くの飲食店が苦戦する中、なぜ、『IL COTECHINO』は、大きな不安もなく過ごすことができたのでしょうか。その理由は、フーディーが行くレストランではなく、地元客や常連客が行くレストランの姿にありました。

「本当に感謝のひと言だけです。 地域の方々に守られていると感じます」と佐竹氏。

自粛期間中、『IL COTECHINO』ではテイクアウトなどを行っていましたが、「営業再開後は以前と変わることなく、ありがたいことにお客様にご来店頂けておりました」と佐竹氏は話します。


しかし、9月に再度お店を閉めました。理由は新たな挑戦をする準備のためです。

「移転」です。

この時期に!?と思う方も多いかもしれませんが、今回の大胆な行動にもおいても、やはり佐竹氏は冷静を保っていました。

「9月初旬から20日ほど、移転の準備、引っ越しなどでお店を閉め、9月26日から新店舗での営業をスタートしました。自分の好きなようにお店を作りたかったので物件から購入しました。正直、大分借り入れもしたため、不安がないかといえば嘘になりますが、ありがたいことに毎日たくさんのお客様にお越し頂いております。店が大きくなったこともあり、売り上げも前より伸びております。移転に関しては、随分前から決めており、新型コロナウイルスによってそれを諦めるという選択肢はありませんでした。新たな店作りに関しても変えた点はありません」。そう話す佐竹氏。表現したいことは、やはり「ハム」なのです。

そんな新店舗のために選んだ地は、同じ山形の中でも静かな郊外。「様々な友人、知人たちの助けによって作られました」と佐竹氏は話します。


「新たな『IL COTECHINO』は、友人たちが作ってくれたかけがえのない場所です。小さいコミュニティだからこその助け合いが育まれ、周りの方々にも助けられました。常連さんからもたくさんおめでとうの言葉を頂戴し、皆様の想いに恥じないよう、これまで以上に楽しんで頂ける空間を作っていきたいです」と言う佐竹氏。

様々な感謝を享受した佐竹氏が改めて思うこと。それは、地元への愛。

「山形に出店して良かった。この地域を選択したことに間違いはなかった」とその想いを噛み締めます。

「実は、食べ歩きをされている方々やグルメサイトなどを意識していた時もありました。しかし、今回の難局の中で時間を過ごしたことで、自分の方向、お店の方向がわかったような気がします。僕は、地元のトラットリアでありたい。地域の方々に愛される店を作っていきたい。こんな変わったスタイルのお店と僕を受け入れて頂けた土地柄です。それだけで人の温かさと許容の広さを感じています。世界的にも日常は一変してしまいましたが、それでも前を向いていきたいですし、僕だから表現できることを突き進みたい。大変なことはもちろんありますが、それ以上に今はやりがいがあります。また、皆様と再会できる日を楽しみにしています」と佐竹氏は話します。

熟成方法は基本的に独学。山形の風土に合わせた独自の手法を追求している。自らを「日の当たらないシェフ」だと笑う佐竹氏だが、ハムだけで人々を魅了する唯一無二の味は、ますます味わい深く熟成を重ねていく。(Photograph:Zen Watanabe)

新店舗のハムセラーは圧巻の存在感を漂わせる。その中には、様々なタイプのハムが格納され、出番を待っている。(Photograph:Zen Watanabe)

新店舗の外観。「移転先は中心地から離れた郊外。全く飲食店がない場所です」と佐竹氏が話すように、周りは静か。(Photograph:Zen Watanabe)

店で山盛りにして出しているルッコラは、父・長一郎氏が佐竹氏の要請により丹精込めて作る逸品。以前の取材では、小雨が降る中、ふたりがルッコラを摘む作業にも同行。

ハム登場の瞬間は、どのテーブルからも歓声が上がる。圧倒的な種類の多さとボリュームは衝撃的。非加熱タイプのハムは熟成期間が長く、香り豊かなものが多い。

住所:山形県山形市あこや町2-1-28 MAP
TEL:023-664-0765
https://www.ilcotechino.com

Text:YUICHI KURAMOCHI

全国の名だたるシェフが登場! レクサスが贈る「DINING INSIDE」のレシピ動画、第二弾公開! part2

ダイニングインサイド各地の風土に想いを馳せて。名シェフの想いがこもるレシピ動画。

遠出が憚られ、積極的に外食ができない以前に比べ、少しずつですが外で食事をする機会も増えてきたのではないでしょうか。ただ、それでも以前と同じように「食」を楽しむには、まだまだ時間がかかるのは間違いありません。

しかし、その一方で、コロナ禍は自宅で楽しむ「食の時間」の大切さを改めて我々に教えてくれました。自分で料理を作る楽しさ、人に料理を振る舞うことの喜び、大切な人と食卓を囲むひと時……。今まで身近にあったはずの「食の時間」の豊かさに改めて気付かされたことでしょう。
そればかりでなく、オンラインを通して、自宅で楽しむ「食の時間」に新たなる魅力と可能性をも見出してくれたのです。

それを象徴するのが、モビリティ・ブランドであるレクサスが、日本各地の一流シェフと考案した本格レシピを発信するプロジェクト『
DINING INSIDE』です。
日本のどこかで数日間だけ開店する、プレミアムな野外レストラン『
DINING OUT』のパートナーとして、レクサスが全国の一流シェフや真摯な生産者とつながってきた経験。それを生かし、『DINING INSIDE』では、これまでに『DINING OUT』で腕をふるってきた4人のシェフによるオリジナルレシピを公開してきました。そして今回、『ONESTORY』ではこれまで未公開だったレシピ動画をリリースしたのです。しかも、それらを考案してくれたのは、これまで『ONESTORY』が取材で出会ってきた全国各地の11人のシェフというから、なんとも贅沢なレシピなのです。
生産者とつながり、その土地の食材や調味料を使い、シェフの想いまでをものせる。ただ美味しいだけではない、全国各地の土地へ想いを馳せることができる『
DINING INSIDE』のレシピは、きっと、自宅で楽しむ「食の時間」に新たな豊かさをもたらしてくれるでしょう。
※掲載しているレシピは、2020年6月に考案頂きました。


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鶏肉の両面を焼き、漬け汁に5時間ほど漬けて完成。しっとりとした食感で、口の中に比内地鶏の旨味が広がる

ダイニングインサイド秋田県『日本料理たかむら』高村宏樹シェフの「比内地鶏の鶏ハム」

唯一の正統派江戸料理の継承者といわれ、秋田で江戸料理の魅力を発信し続ける『日本料理たかむら』の高村宏樹シェフ。今回は、店でも実際に出しているという、秋田を代表する食材、比内地鶏を使った鶏ハムのレシピを特別に公開して頂きました。調理自体は家庭でも簡単にできるレベルにありながら、アルミホイルの輻射熱を使いながら鶏肉に火入れしていくなど、さすがのテクニックを駆使。完成した鶏ハムは冷蔵保存で5日間ほどもつので常備菜にもぴったり。鶏ハムとしてそのまま食べられるだけでなく、漬け汁を煮玉子やチャーハンの味付けなどにも応用できる一品です。

讃岐うどんは、茹で終えて冷水で締める際によくもみ洗いをしてぬめりを取るのがポイント。食感が変わり、タレも絡みやすくなる。

ダイニングインサイド香川県『長江SORAE』長坂松夫シェフの「讃岐うどん冷やしタンタン」

かつて西麻布にあった『麻布長江』で一世を風靡した、中国料理界の重鎮ともいえる『長江SORAE』の長坂松夫シェフ。そんなスターシェフが考案してくれたレシピは、香川県のソウルフードでもある讃岐うどんを使い、長坂シェフ流に担担麺に仕立てた一品です。用意したのは長坂シェフもよく食べに行くという、『手打うどん 源内』という店のうどん。具材も鶏の胸肉やミニトマトなどで、特別な調味料を使うことなく家庭でも簡単に作れるようにアレンジしてくれています。気軽に作ることができるこちらの一品。そこには「料理の基本は家庭の中にある」という長坂シェフの思いも込められています

野菜は、種類によっては油で炒めてから混ぜることで、素材の香りや甘みを引き出している。

ダイニングインサイド新潟県『里山十帖』桑木野恵子シェフの「新潟 初夏の山と畑の白和え」

2020年7月に発行された『ミシュランガイド新潟』において、レッドパビリオンと一ツ星を獲得した宿『里山十帖』。その料理長を務める桑木野恵子シェフが考案してくれたレシピは、地の食材の魅力をナチュラルに、そしてストレートに表現する桑木野シェフらしい、地野菜の白和えです。野菜は、『里山十帖』の料理にも使われている『協同組合 人田畑』から届くもの。無肥料または微量な有機肥料のみを使ってじっくりと育てられるため、茎や皮までも味わえるのだそうです。塩と醤油で調えるだけの味付けも、シンプル極まりないですが、その分野菜の味わいをダイレクトに楽しめます。

手の込んだ鮮やかなグリーンのソースにはアサリの出汁とハーブの香り。味覚的にも視覚的にも奈良を感じられる。

ダイニングインサイド奈良県『アコルドゥ』川島 宙シェフの「景色と香り イツモソコニアルモノ。」

奈良の東大寺の旧境内跡地という絶好のロケーションでイノベーティブなモダンスパニッシュを提供する『アコルドゥ』。川島 宙シェフからは、味覚だけでなく、視覚でも奈良という土地に想いを馳せることができるレシピをお届けします。使用するのは、古くから粉ものの歴史と食文化が根づく奈良で、素麺の老舗として知られている『三輪山本』の手延べパスタめん。その麺に絡ませるのが、アサリの出汁と、ハーブやキュウリなどのピュレを合わせた鮮やかなグリーンのソースです。ソースを絡ませた麺をお皿にこんもりと盛れば、それはまさに山のよう。「お店から見える若草山をイメージしました」と川島シェフ。奈良を想起させるちょっとした遊び心が心憎い一品です。

濃厚な味わいの卵に、しっかりと魚介の出汁を含ませることでコクに奥行きをプラス。たっぷりの黒胡椒が味を引き締める

ダイニングインサイド鳥取県『AL MARE』飯田直史シェフの「魚介のカルボナーラ」

イタリア・ミラノで、ただひとりミシュランの星を持つ日本人の徳吉洋二シェフがプロデュースする『AL MARE』。ミラノでその徳吉シェフに師事した飯田直史シェフは、鳥取県の魅力を「魚介や種類豊富な農畜産物は、料理人にとって宝の山」と話します。そんな飯田シェフが作ってくれたのが、『大江ノ郷自然牧場』の天美卵という鶏卵を使ったカルボナーラです。海の目の前に店がある『AL MARE』らしく、具材はパンチェッタでなく魚介類。自家配合した飼料を与え、平飼いで育てた鶏の濃厚な旨味の卵に、魚介の出汁を合わせることで、いつものカルボナーラとは異なる深みのある味を楽しめます。

生産者の思いが詰まったソーセージと、化学肥料や農薬を使わずに育てた野菜が、栃木の魅力を伝えてくれる

ダイニングインサイド栃木県『Café&Bar Baum』水下佳巳シェフの「成澤菜園の初夏の野菜と白ソーセージのハニーマスタードソースがけ」

文化リゾートホテルの先駆けとして知られる『二期倶楽部』で料理長を務めた『Café&Bar Baum』のオーナー・水下佳巳シェフより提案頂いたのは、酪農王国・栃木の魅力が詰まったレシピです。その主役となるのが、『グルメミートワールド』の日光HIMITSU豚のふわふわソーセージ。日光連山の清らかな伏流水で育てられた臭みのない銘柄豚を使った、ドイツの朝食には欠かせない定番ソーセージ・ヴァイスブルストをイメージした白ソーセージは、肉の旨味とふわふわの食感が真骨頂。そのソーセージに『成澤菜園』の瑞々しくも力強い味わいの旬の野菜を合わせました。ハチミツとマスタードを使ったソースは、作り置きすれば様々な料理に使えます。

全国の名だたるシェフが登場! レクサスが贈る『DINING INSIDE』のレシピ動画、第二弾公開! part1

ダイニングインサイド各地の風土に想いを馳せて。名シェフの想いがこもるレシピ動画。

遠出が憚られ、積極的に外食ができない以前に比べ、少しずつですが外で食事をする機会も増えてきたのではないでしょうか。ただ、それでも以前と同じように“食”を楽しむには、まだまだ時間がかかるのは間違いありません。

しかし、その一方で、コロナ禍は自宅で楽しむ“食の時間”の大切さを改めてわれわれに教えてくれました。自分で料理をつくる楽しさ、人に料理をふるまうことの喜び、大切な人と食卓を囲むひととき……。いままで身近にあったはずの“食の時間”の豊かさを改めて気づかせてくれたことでしょう。
そればかりでなく、オンラインを通して、自宅で楽しむ食の時間に新たなる魅力と可能性をも見出してくれたのです。

それを象徴するのが、モビリティ・ブランドであるレクサスが、日本各地の一流シェフと考案した本格レシピを発信するプロジェクト「DINING INSIDE」です。
日本のどこかで数日間だけ開店する、 プレミアムな野外レストラン「DINING OUT」のパートナーとして、レクサスが全国の一流シェフや真摯な生産者とつながってきた経験。それを活かし、「DINING INSIDE」では、これまでに「DINING OUT」で腕をふるってきた4人のシェフによるオリジナルレシピを公開してきました。そして今回、ONESTORYではこれまで未公開だったレシピ動画をリリースしたのです。しかも、それらを考案してくれたのは、これまでONESTORYが取材で出会ってきた全国各地の11人のシェフというから、なんとも贅沢なレシピなのです。
生産者とつながり、その土地の食材や調味料を使い、シェフの思いまでをものせる。ただ美味しいだけではない、全国各地の土地へ想いを馳せることができる「DINING INSIDE」のレシピは、きっと、自宅で楽しむ “食の時間”に新たな豊かさをもたらしてくれるでしょう。
※掲載しているレシピは、2020年6月に考案頂きました。

【関連記事】全国の名だたるシェフが登場! レクサスが贈る「DINING INSIDE」のレシピ動画、第二弾公開! part2

洋の野菜やハーブなどで香りを加えた「玄米豚丼」。白米よりもさっぱりと味わえる。

ダイニングインサイド和歌山県『Villa AiDA』小林寛司シェフの「玄米豚丼」

自ら畑を耕し、種を蒔き、野菜を育て、収穫する。そんな畑で採れた野菜と、地元の食材をふんだんに使い感性溢れる料理を提供するレストラン『Villa AiDA』の小林寛司シェフが考案してくれたレシピが、この「玄米豚丼」。暑さが厳しく、食欲が落ちた夏には、シェフ自身もまかないとしてよく食べていたという一品です。この料理の味を支えるのが、『堀川屋野村』の三ツ星醤油と、香りのアクセントとして使う『かんじゃ山椒園』の手摘み臼挽き 粉山椒。レシピでは畑で採れたフェンネルシードを使うなど、ハーブを加えるあたりも『Villa AiDA』らしさ満載。小林シェフならではの一品をお楽しみください。

牛肉、野菜、中華麺を茹でるのもお鍋ひとつ。海の恵みを凝縮したXO醤が味の決め手に。

ダイニングインサイド宮城県『楽・食・健・美-KUROMORI-』黒森洋司シェフの「仙台牛と野菜のXO醤和え麺」

フカヒレ、干しアワビ、干しナマコといった海産物をはじめ、宮城県の海産物、農畜産物をふんだんに使った、ここでしか味わえない中華料理が信条。宮城県を代表するレストランとしてご登場頂いたのは、『楽・食・健・美-KUROMORI-』です。オーナーの黒森洋司シェフが考案してくれたのは、気仙沼『石渡商店』の「気仙沼旨味帆立とコラーゲンのXO醤」を使った、冷製中華和え麺。気仙沼産の帆立の貝柱や自家製ラー油など、天然素材の旨味を凝縮したXO醤をシンプルに生かした味わいは、まさに宮城の恵みを享受できる一品。麺を茹でる以外は、鍋ひとつで作れる手軽さもポイントです。

沖縄の食材だけでなく、食文化まで落とし込んだ琉球ガストロノミーを、家庭で気軽に再現。

ダイニングインサイド沖縄県『Restaurant État d'esprit』渡真利泰洋シェフの「宮古島のヤギのチーズを使ったサラダ」

沖縄の知られざる食材と食文化を、渡真利泰洋シェフの自由な感性で表現する琉球ガストロノミー『Restaurant État d'esprit』。今回、渡真利シェフが注目したのは、沖縄の食文化を語る上で欠かせないヤギです。ヤギ肉の料理はもちろん、沖縄ではかつてヤギのミルクを飲む習慣もあったことから、ヤギのチーズを使ったサラダを仕立ててくれました。合わせたのは鰹と、沖縄定番の常備菜であるニンジンしりしり。爽やかな酸味と甘味、さらっとした口溶けが特徴のヤギのチーズに、鰹、薬味的にニンジンしりしりをぶつけ合うあたりは、さすが琉球ガストロノミー。思わず泡盛と合わせたくなる一品です。

家庭では難しい低温調理も、電子ジャーを使うことで、手軽にチャレンジできる。

ダイニングインサイド神奈川県『季音-KINON-』村野敏和シェフの「鎌倉野菜とみやじ豚のカルパッチョ仕立て カカオビネガーのドレッシング」

サンフランシスコの三ツ星店(当時)『SAISON』にて薪火料理を学んだ村野敏和シェフが、その魅力を鎌倉から発信しようと2019年にオープンした『季音-KINON-』。「季節の野菜や相模湾の新鮮な魚介など、鎌倉エリアは食の宝庫」と話す村野シェフは、そんな食材の素晴らしさを伝えようと、家庭でも簡単にできる低温調理で、火入れが難しいとされる『株式会社みやじ豚』のブランド豚をカルパッチョ仕立てに。甘さ際立つ焼き野菜と、フレッシュ感溢れる生野菜を添え、『MAISON CACAO』のカカオビネガーを使ったドレッシングでまとめ上げました。家族や仲間で大皿を囲みたくなる一品です。

レシピでは下関の垢田のトマトを使用したが、市販されるトマトでも代用できる。

ダイニングインサイド山口県『レストラン高津』高津健一シェフの「菊川の糸と下関垢田のトマトの冷たい素麺」

劇場型のカウンターで、イノベーティブな料理を通して地の食材の魅力を伝える『レストラン高津』の高津健一シェフ。そんなレストランの味を家庭で気軽に味わえるとしたら? 実は、このメニューは「お店のコースでお肉のメインの後に実際にお出ししている料理」という一品。メインとなる食材は、下関市民なら誰もが知っているという素麺「菊川の糸」。今回は、小麦粉と塩水だけを使って生地を熟成、手延べで時間をかけて仕上げていく『加島製麺』の素麺を使用しています。合わせたのは、トマトウォーターの酸味と、セミドライトマトの甘味、そして大葉オイルの爽やかな香り。レストランの味を家庭で気軽に再現できます。

FRANCIACORTA(フランチャコルタ)&FARO(ファロ)、ふたつのFのコラボレーションがスタート。[東京都中央区/FARO]

イタリアを代表するスパークリング『FRANCIACORTA』と銀座『FARO』によるスペシャルな1ヶ月が開幕。

フランチャコルタ×ファロ ポップアップバー革新のイタリアワインと料理の邂逅イベントが銀座の名店で開催。

イタリアの文化やモードの発信地・ミラノから車で約1時間の距離にあるワイン産地の名、かつ同地において瓶内二次発酵製法で醸造するスパークリングワインの名称でもあるフランチャコルタ。イタリアワインの格付けの最高峰、統制保証原産地呼称(D.O.C.G)に認定された歴史は数多いイタリアワインの銘醸地と比べれば最近であり、その歴史は50年あまり。しかし現在、世界のワイン消費が鈍化する中で快進撃を続け、マーケットを広げている活気あるワインとして注目されています。一方、郷土料理、伝統料理というイメージの強いイタリア料理の枠を飛び出し、銀座からこれからの時代に求められる料理を、イタリア料理で培った知識と技術を土台に切り開こうと新たなガストロノミー料理を志向するリストランテが、イノベーティブイタリアン『ファロ』。イタリアの伝統をベースにしながら革新を目指すことで共通する両者が、2020年11月19日よりポップアップバーでタッグを組み、フリーフローや期間限定の特別コースメニューに挑みます。(期間:2020年11月19日(木)〜12月18日(金))。
このまたとない機会を楽しんでいただくべく、ONESTORYでは企画の注目のしどころをレポートさせていただきます。

ポップアップバーのフリーフローで供されるフランチャコルタはこちらの4種類。ロゼ、ドサッジョ・ゼロ(補糖ゼロ)、サテン、ミレジマートと、フランチャコルタのバリエーションを彩るラインナップ。

フランチャコルタ×ファロ ポップアップバー攻めすぎない泡とヴィーガン料理の可能性。

そもそもフランチャコルタとはどんなワインなのか、もう少し詳細に説明させていただきます。イタリアを代表する瓶内二次発酵スパークリングワインという枕詞で紹介されることの多いこのワインは、冷涼なアルプスから吹き下ろす冷たい風と温暖なイゼオ湖、北風と太陽に切磋琢磨されて健全に育つブドウ、氷河が削って運んだミネラル豊富な土壌に保水力の高い粘土質土壌、また、モンテオルファノという主要産地に陣取る山の麓には水はけの良い土地が広がり、小さいながらもモザイクのように豊かな微気候に恵まれています。よく比較されるところのシャンパーニュからすると生産規模は約1/20と非常に小さいのですが、近年イタリア国内消費も国外への輸出量も年々増加。

日本で人気となった理由は様々考えられますが、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵製法でありながら、泡のアタックが非常にソフトで自然な果実味があること、酸が強すぎずスムースな喉越しであるのは大きな特長で、広く日本人の好みにフィットしたと思われます。そもそもシャンパーニュは日照量が少ない冷涼な地域で、完熟しないブドウ果汁に糖を補って発酵を促し、酸化熟成などで風味を強めてその特色を確立。きめ細かく強いアタックの泡、強い酸、ドライ感が格式に繋がってきたのです。対して太陽に恵まれ、ブドウが自然に完熟する環境下のフランチャコルタは、丁寧な造りながらも緊張感を強いない、いい意味での隙があり、その緩やかさが今の時代の自然な風合いや軽さを求める料理に合っているのではないでしょうか。
こうしたフランチャコルタの特長を考えれば、『ファロ』のエグゼクティブシェフ、能田耕太郎さんが、自身が考案するヴィーガンメニューにフランチャコルタを合わせてみたいと考えたのは自然な流れなのかもしれません。能田さんは目下、日本でヴィーガンガストロノミー料理という分野のパイオニアとなることを自らに課してもいるのです。ファロのヴィーガン料理は、基本コースで提供されます。動物性食材を使用しない穏やかながら起伏あるコースにドリンクの構成はとても重要になります。期待したいのは、ワインと料理が互いを挑発することなく、しなやかな押し引きの中でバランスをとる関係性。今回は、19日にスタートするポップアップバーの企画と並行して提供されるヴィーガンコース料理(要予約制)を、いち早くフランチャコルタとのペアリングで体験させていただきました。

現在、ローマで料理長を務めるミシュラン一ツ星店『ビストロ64』と銀座のファロの二拠点で活躍する能田耕太郎シェフ。

フランチャコルタ×ファロ ポップアップバー多様な泡とヴィーガンのコース料理のマリアージュ。

今回のペアリングイベントのナビゲーターは、ワインジャーナリストの宮嶋勲さん。宮嶋さん自身もまた、クリエイティビティの高いヴィーガン料理コースを日本で体感するのは初めてということで、その反応もまた楽しみのひとつです。

ここからは今回の料理と合わせるフランチャコルタの一部をご紹介。
まずは、八寸×Brut Quadra “Green Vegan”。
八寸の皿はバジルのカゼッタ、切干し大根のタルト、ナスお米のチップス、菊芋のミルフィーユで構成。
日本料理の八寸からイメージしたアンティパストミスト(前菜の盛り合わせ)に、グリーン色のエチケット“Green Vegan”が、この日の食事の始まりを象徴的に物語ります。切干し大根や菊芋、日本の里山の冬を彷彿とさせる野菜が小さなポーションにぎゅっと詰まった八寸風前菜に、野菜のトーンのあるフランチャコルタが心地よく染み入るのです。

続いては、能田さんの名がイタリアの国内外で広く知られるきっかけとなったじゃがいものスパゲッティをヴィーガンバージョンで。通常は魚醤にアンチョビバターでコクを出すが、今回はセロリ醤油、甘みとコクにココナッツクリームを使用。歯ごたえを残してさっと炒めたじゃがいもは、エスニックな芳香を纏うとまた違う料理のような表情を見せます。合わせたフランチャコルタは補糖なしでドサッジョ・ゼロと表示されるタイプ。(同様に補糖しないフランチャコルタをNATUREと表示する場合も多い)

通常シャンパーニュなどでは、二次発酵時に酵母の餌となる糖を足して泡を醸成します。しかしフランチャコルタの場合、一次発酵を終えてなお完熟したブドウに糖が残っているため、そのまま糖をたすことなく瓶内で二次発酵が進むのです。ですから、近年このドサッジョ・ゼロは糖質のない健康的ワインとしても注目されているのです。キリッとしたドライなフランチャコルタが、味の複層的なじゃがいもパスタの輪郭をはっきりさせてくれます。

メインは肉厚な椎茸のファルス。椎茸の傘の中には干しゼンマイ、発酵ビーツ、ポルチーニ茸が詰められており、野菜由来の豊かな旨みに、熟成したフランチャコルタの厚み、伸びやかな酸が重なります。カ・デル・ボスコを代表するアンナマリア・クレメンティは、おそらくはシャンパーニュ好きも好むであろう、凛として重厚感のある、フランチャコルタにしては少々緊張感を強いるワイン。ミレジマートは、良年のみに造られて製造年度を記します。動物性の刺激のないところに、アンナマリア・クレメンティの良質でタフな泡が少し力強さを足す。メインで満足感をどう出すかがヴィーガンコースの難しさであり面白味と思いますが、そこにフランチャコルタの力を借りるというわけです。

また、デザートの面白さも特筆。
ファロをファロたらしめていのは料理だけではないのです。その一人が、菓子職人の加藤峰子さん。彼女が世界のベストレストラントップ50で何度も世界一位になり、殿堂入りを果たしたイタリア唯一のレストラン『オステリア・フランチェスカーナ』で菓子担当だったのはあまりに有名。素材の組み合わせに素晴らしいセンスを発揮する彼女の今回の提案は、紫蘇とアーモンドミルクのソルベ。チャーミングなフェルゲッティーナのロゼと一緒に味わえば、赤のニュアンスが増幅します。赤紫蘇は季節に収穫したものをシロップ(甜菜糖とメープル)に浸けて、横田農園のバラの香りとバジル、ラズベリーの香りが重ねられ、なんとも優雅な香り。さらに今回特別に事前注文できるアラカルトで、彼女のシグニチャーである花のタルトが登場しました。何度食べても毎回感動する花のタルトは、40数種もの花とハーブを一つ一つ、刺繍のように緻密に配した珠玉のタルト。農園の収穫次第で、少しずつ内容は変わり、お品書きに淡々と書き連ねられた花とハーブの名前は、読むだけでポエジーなのです。

ワインに関する圧倒的知識とユーモア溢れる話術で定評のある宮嶋勲さん。書いて、話して、笑わせてのご本人曰く「私のことをお笑いの人だと思っている人もいるかも」の自己紹介から会はスタートした。

日本料理の八寸からイメージしたアンティパストミスト(前菜の盛り合わせ)に、グリーン色のエチケット“Green Vegan”が、この日の食事の始まりを象徴的に物語る。

じゃがいものスパゲッティ×Dosaggio Zero Villa Crespia”Cisiolo”のペアリング。

フランチャコルタ×ファロ ポップアップバー感性を研ぎ澄ます料理とスパークリングの組み合わせ。

食事が終盤を迎えた頃、宮嶋さんがポソリ。「ヴィーガンのこれだけ洗練されたコース料理は初めていただきましたけれど、今日は赤ワインを飲もうという気には一切ならなかった。感性が研ぎ澄まされるような料理だったので、こういう料理には泡があうと思いました」
スパークリングワインは、開放的にもなるし、逆に内省的にもなるのかもしれません。繊細な味わいに自然と意識が集中するヴィーガン料理と一緒に味わえば、フランチャコルタの泡のサワサワとした川のせせらぎのようなかすかな刺激が1/fの揺らぎのごとく、食事しながらも私たちの心の奥深くをノックしてくるようなのです。

11 月19 日からスタートする『FF Pop-up Bar』では、記事で紹介した中の4種類のフランチャコルタ(なんと、カ・デル・ボスコのアンナマリア・クレメンティを含む)とフィンガーフードをフリーフローで楽しめるとともに、同時展開する4皿構成のショートのヴィーガンコース(ガストロノミーショートコースもあり)も、フリーフローのコースで楽しめます。今回紹介したメニューはあくまで一例で、ファロならではの日本各地の生産者ネットワークから届く素材で、まだまだ引き出しのあるヴィーガン料理が展開されるというから、一度コースで体験してみたい人にとっても、フランチャコルタのバリエーションを体感したい方にとっても良い機会になること請け合いです。

シェフパティシエの加藤峰子さん。イタリアで大学卒業後はヴォーグ・イタリアでアートディレクターを務めるが、菓子職人の道へ。

紫蘇とアーモンドのソルベ×Rose Brut Ferghettina 2015

1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一ツ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。

デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。「ファロ」では、"旅するように特別な体験として脳裏に残るようなレストラン”を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。

住所:〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目8−3 東京銀座資生堂ビル10階 MAP
電話:03-3572-3911
https://faro.shiseido.co.jp/

期間:2020年11月19日(木)〜12月19日(土)
場所:FARO (東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル10F)
電話:0120-862-150(03-3572-3911)※予約受付時間 11:00〜22:00(営業日のみ)
時間:フリーフローはディナータイムのみの展開
   ディナー 18:00〜20:30(L.O)
定休日:日曜日、月曜日、祝日、年末年始
同期間で提供する特別ショートコース:
ヴィーガンショートコース 前菜、パスタ、メイン、デザート(税込6,000円 サービス料別途)※メニュー内容は、季節や仕入れ状況により変動する可能性があります。
ガストロノミーショートコース(税込7,000円 サービス料別途)※ご希望のアラカルトメニューは、必ず事前予約をお願いいたします。

Photographs:MASAKATSU IKEDA
Text:KAORI SHIBATA

NEW栃木レザーベルト ギャリソンタイプ

アイアンの定番ベルトがリニューアルして再登場

     
  • 旧ベルトから、皮も金具も作るところも新たにして再登場
  •  
  • ウェッジレザーズの平尾氏の手による職人仕立て!
  •  
  • カラーはブラック,ブラウン,タンの3色
  •  
  • 皮は栃木レザーのミシバクロップを採用。上質なステアハイドです。
  •  
  • 金具は旧タイプと比べ、少しボリュームアップ。特にピンはひとまわり太いものを使用してます。
  •  
  • 旧タイプのベルトは、ベルトの裏にもオイルを入れて色を濃くしてましたが、それが時にジーンズに色移りするなどのトラブルを招くこともあったため、今回はオイルつけ、色つけをしてません。
  •  
  • ホールの個数を7個から5個に。ホールの形は、ピンが寝やすいように梨型に改善しました。
  •  
  • いつの間にか外れて無くなりがちだったビスは、大型にして締まりを良くし、外れづらくなりました。

【ステアハイド】

  • 生後6ヶ月に去勢された革製品の為に育てられた牛の皮革のこと。
  • 丈夫な上に、使えば使うほど味が出やすいので、ベルト製品に非常に適した素材です。


【バックル側でのベルトサイズ調整方法】

用意するものはマイナスドライバーまたは10円玉。

ドライバーは、軸が短めで軸先のマイナス部分が厚く広いものがお勧めです。10円玉が一番使いやすいですが、力をかけすぎてコインを曲げないようご注意下さい。この時に手が滑ってベルトを傷つけないようにご注意下さい。

1.先ずはベルト裏にあるビスを外します。

ビスを外すと個々のパーツに分かれます。※ビスは無くなると大変なので、無くさないようくれぐれもご注意下さい。

2.ベルト本体の端をお好みの長さでカット。

カットした後の本体にはビス穴がないので穴の位置決めをしなくてはなりません。

3.バックルを挟み込んでいるパーツを本体に合わせてビス穴に印をつけてから穴開けをします。

穴開けは錐などの先の尖ったもので先穴をあけてから、金棒などで広げる感じで穴の大きさを調整する事をお勧めします。ビスがグラグラしないように、小さめの穴で少しキツいくらいがお薦めです。

4.パーツを元に戻し、ビスを付け直して、調整終了です!

(作業自体は簡単ですが、一度切ってしまうと元には戻りませんので慎重にカットして下さい。)

【IHB-06】サイズスペック

NEW栃木レザーベルト

アイアンの定番ベルトがリニューアルして再登場

     
  • 旧ベルトから、皮も金具も作るところも新たにして再登場
  •  
  • ウェッジレザーズの平尾氏の手による職人仕立て!
  •  
  • カラーはブラックとブラウンの2色
  •  
  • 皮は栃木レザーのミシバクロップを採用。上質なステアハイドです。
  •  
  • 金具は旧タイプと比べ、少しボリュームアップ。特にピンはひとまわり太いものを使用してます。
  •  
  • 旧タイプのベルトは、ベルトの裏にもオイルを入れて色を濃くしてましたが、それが時にジーンズに色移りするなどのトラブルを招くこともあったため、今回はオイルつけ、色つけをしてません。
  •  
  • ホールの個数を7個から5個に。ホールの形は、ピンが寝やすいように梨型に改善しました。
  •  
  • いつの間にか外れて無くなりがちだったビスは、大型にして締まりを良くし、外れづらくなりました。

【ステアハイド】

  • 生後6ヶ月に去勢された革製品の為に育てられた牛の皮革のこと。
  • 丈夫な上に、使えば使うほど味が出やすいので、ベルト製品に非常に適した素材です。


【バックル側でのベルトサイズ調整方法】

用意するものはマイナスドライバーまたは10円玉。

ドライバーは、軸が短めで軸先のマイナス部分が厚く広いものがお勧めです。10円玉が一番使いやすいですが、力をかけすぎてコインを曲げないようご注意下さい。この時に手が滑ってベルトを傷つけないようにご注意下さい。

1.先ずはベルト裏にあるビスを外します。

ビスを外すと個々のパーツに分かれます。※ビスは無くなると大変なので、無くさないようくれぐれもご注意下さい。

2.ベルト本体の端をお好みの長さでカット。

カットした後の本体にはビス穴がないので穴の位置決めをしなくてはなりません。

3.バックルを挟み込んでいるパーツを本体に合わせてビス穴に印をつけてから穴開けをします。

穴開けは錐などの先の尖ったもので先穴をあけてから、金棒などで広げる感じで穴の大きさを調整する事をお勧めします。ビスがグラグラしないように、小さめの穴で少しキツいくらいがお薦めです。

4.パーツを元に戻し、ビスを付け直して、調整終了です!

(作業自体は簡単ですが、一度切ってしまうと元には戻りませんので慎重にカットして下さい。)

【IHB-06】サイズスペック

「人間はどう生きていくのか。生き抜いていくのか。今一度、真剣に考えていきたい」とおの屋 要/佐々木要太郎

1981年生まれの佐々木氏は、21歳の若さで遠野に戻り、どぶろくの醸造からスタートさせる。

旅の再開は、再会の旅へ。今までが当たり前ではなかった。それを認識させてくれたのは、新型コロナウイルスがもたらした唯一の良点。

「和食ではない。でもフレンチやイタリアンベースでもない料理は唯一無二」。

東京の飲食店や酒販店、ワイン関係者までもが声を揃えてそう絶賛するお店が岩手県遠野市にあります。

『とおの屋 要(よう)』がそれです。

店主の佐々木要太郎氏は、民話の里・遠野に初めてできた『民宿 とおの』の4代目も担います。

佐々木氏は、高校卒業後、飲食とは全く関係のない職に従事していましたが、久方ぶりに帰った故郷・遠野で「何かできることはないか」と始めたのが自家栽培米を使ったどぶろく醸造でした。

「遠野の地に根ざして生きていく」。

そう覚悟を決めてから、先代の父とともに厨房に入り『民宿 とおの』を全国から客を集める名宿に育て上げます。

そこから「自分の力だけで勝負できる場を」と一念発起し、2011年、民宿に隣接する敷地に和のオーベルジュ『とおの屋 要』をオープン。地元の食材を使った発酵食品や自家製加工肉をふんだんに取り入れたユニークな料理とどぶろくとのマリアージュは、国内だけでなく、世界からも注目を集めています。

しかし、そんな宿の運営は窮地を迎えます。2020年4〜6月の予約は全てキャンセル。理由は新型コロナウイルスによって発生した緊急事態宣言によるものです。

「緊急事態宣言後は徐々にお客様も戻っており、今(2020年10月現在)では、ありがたいことに『とおの屋 要』としては依然と変わらずお客様にお越し頂いております。 本館の『民宿とおの』は2021年3月まで休館予定です。理由は、3密に当てはまる施設状況の為です。休館後、『民宿とおの』は、1日1組の宿泊施設に変わる予定でおり、1階部分をカフェにし、都心部との距離を縮める場作りをスタートさせます」。

経済活動を再開する施策は展開されど、施設やレストラン、お店など、空間構成によっては、必ずしもすぐに受け入れ体制が整っているわけではありません。『民宿とおの』のようにスタイルを変える必要が出てしまうことやそれに伴う資金繰りなど、苦渋の選択を迫らせることも多々あります。

「地元全体として見ても観光業や飲食業は苦戦を強いられていると思います。また、遠野に関しては、Go To トラベルキャンペーンの効果はあまりないという情報も伺います」。

国や政府が講じる地方活性の施策は、全てに適合しているわけではありません。効果的な部分のみ報じるメディアの存在は、時に錯覚さえ起こします。では、適合していないところを報じるところはあるのかと言えば、それは中々ありません。

果たして、真実はどこにあるのか。

そして、佐々木氏が一番想うこと。それは食に対しての見直しです。

「このような状況になってしまったからこそ、食についてもっと掘り下げて考えてみてはいかがでしょうか」。

それは、佐々木氏自身も含め、国民ひとり一人が向き合うべき問題でもあると思います。

「コロナ禍の最中ですが、改めて思うことは、今までが当たり前ではなかったのだということです。それを認識させてくれたのは、唯一良い機会だったと感じています。 文明はとてつもないスピードで進化してきました。その逆に人間の感覚や感性は退化した事は言うまでもありません。 目先の数字に操られ、“人間”都合で全てを決め、生産・廃棄・自然環境破壊・悪循環農業。 こういったことを我々人間が行ってきたのは事実です。そして、こういった問題も地球上で人間しか解決できないのだということもまた事実だと考えています。 今、こういった問題に気が付き指摘し、正そうとする人たちの割合が少ないことは大きな問題ではないでしょうか。今こそ、イノベーションを起こしていく必要性を感じております」。

大袈裟に言えば、人間は地球を支配し、全てを変える力さえ手に入れてしまったのです。自然の営みから外れた不可能を可能にし、時に環境に負荷をかけ、私欲を正義に見せることもしばしば。

「今回のこの新型コロナウイルスという問題を含め、この現代において人間はどう生きていくのか。生き抜いていくのかを今一度真剣に考えて行くべきだと思っています」。

『とおの屋 要』と言えばどぶろく。どぶろくと言えば『とおの屋 要』。その味に惚れ込むレストランは国内だけでなく、バスクの『ムガリッツ』など、世界に名をとどろかすトップレストランばかり。

イニングと宿泊客用のリビングは吹き抜けに。六間継ぎ目なしの太い梁や建具の装飾など、建築された当時の構造、意匠を可能な限り生かしている。

モダンなデザインながら古い建物にしっくりなじむ椅子は、長野県木曽の木工作家・般若芳行氏のもの。

人間工学に基づき設計されたドイツ『ヒュルスター』社のベッドを設えるゲストルーム。

『とおの屋 要』のエントランスは、石が敷かれたアプローチの先に。建物は紫波町(しわちょう)の豪農が所有していた米蔵を移築、リノベーションしたもの。

以前の取材時、田んぼを歩いている間中、「うちの田んぼは綺麗でしょう」と繰り返す佐々木氏。2017年から地域の米農家を支援する「どぶろくの丘プロジェクト」も始動。

住所:〒028-0521 岩手遠野市材木町2-17 MAP
電話:0198-62-7557
http://tonoya-yo.com/

住所:〒028-0521 岩手遠野市材木町2-17 MAP
電話:0198-62-4395
http://www.minshuku-tono.com

Text:YUICHI KURAMOCHI

羨ましい(〃ω〃)

雑貨館に

ラブラブのクマさんが(*'▽'*)



ブランコに乗った可愛いカップルです(о´∀`о)

雑貨館にお越しの際は是非見つけてあげてください(*゚∀゚*)

写真を撮ると恋愛成就のお守りになる!!

かも??笑

中村孝則さんを講師に迎える「オンライン料理教室」第2弾。抽選で限定5名が参加できるスペシャルイベント [NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.2/新潟県]

新潟中之島名産「大口れんこん」を収穫する中村孝則さん。極上のれんこんを手に入れてご満悦。

新潟プレミアムライブキッチン新潟の食の魅力を体感するオンライン料理教室

12月6日(日)、コラムニスト・中村孝則さんを講師に迎えたオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.2』が開催されます。これは、新潟ウチごはんプレミアムとONESTORYのコラボレーションによって実現した特別企画。抽選を勝ち抜いた5名だけが参加を許される限定イベントです。
「新潟ウチごはんプレミアム」とは、新潟の食を支え育んできた生産者や料理人を通じて、全国の食卓に「新潟の食」を紹介するポータルサイトのこと。ONESTORYはフードカルチャーのトップランナーに新潟の食材を使ったレシピ開発を依頼し、新潟ウチごはんプレミアム」のオンライン料理教室を通じて、新潟の食の魅力を発信します。

講師を務める中村孝則さんは、ONESTORY『DINNING OUT』のディナーホスト役でもお馴染みの人気コラムニスト。「The World's 50 Best Restaurants」の日本評議委員長を務めるなど、フードカルチャーへの知見を生かしてワールドワイドに活動する一方、茶の湯の実践として茶事を定期的に催すなど、料理とおもてなしの研究に余念がありません。とりわけ、お酒との相性のいい料理の探究に情熱を傾けています。
今回、中村さんは、新たなレシピ作りのために、新潟へ食材探しの旅に出ました。自ら畑で土を掘り、沼に浸かって手に入れた食材たち。地元に連綿と受け継がれる食文化の一端にふれた中村さんは、一体どんな料理を教えてくれるのでしょうか?
ぜひ、イベントへふるってご参加ください。


【イベント概要】
ご自宅に届いた新潟の食材を使い、中村氏と一緒に調理を愉しむオンライン料理教室。事前に、レシピに使用される新潟の食材をご自宅に配送させていただきます。(調味料等ご自身でご用意頂くものは、当選者にご連絡させていただきます)

*日程
12月6日(日)19:00~20:30
*開催方法
オンラインイベント
お申し込み頂いた方の中から抽選で5名様に、イベント参加用のZOOMのURLをお送りいたします。
*定員
5名(主催者にて抽選)
*参加費
無料
*応募方法
下記ボタンより応募可能です。(パスワード:niigata)
*応募期限
11月28日(土)23:59

↑ボタンをクリック後、パスワード欄に"niigata"とご入力ください。

里芋は植え付けられた種芋(親芋)のまわりに子芋が実り、その子芋のまわりに孫芋が実る。一株には30個もの芋がついており、重さは5〜6kgにもなる。

新潟プレミアムライブキッチン知る人ぞ知るブランド里芋。五泉市の「帛乙女(きぬおとめ)」

新潟と言えば、コシヒカリ、日本酒、鮭、寒ブリ、ル レクチエ、おけさ柿、越後姫、雪下人参……名産品は枚挙にいとまがありません。そんな中、中村さんは冬においしくなるふたつの野菜に注目しました。里芋とれんこんです。新潟で里芋? れんこん? イメージできない人も多いでしょう。実は、新潟は里芋とれんこんの知る人ぞ知る名産地。極めて上質な里芋とれんこんが穫れるにもかかわらず、生産量がそれほど多くないためほとんどが県内消費。新潟県外の人にとっては、幻の逸品野菜となっているのです。

新潟県内でも里芋の産地として名高いのが五泉市。ここではブランド里芋、「帛乙女(きぬおとめ)」が栽培されています。折しも収穫の最盛期。中村さんは、芋掘り作業のお手伝いを買って出ました。
現在はトラクターで掘り起こし作業が軽減されるようになりましたが、今も変わらず手作業を要するのが、芋と芋の間に詰まった土を指でしごいて落とす“土はがし”作業。掘り起こした里芋の鮮度を保つためには適度に土が付いている状態が望ましく、土を洗い流すわけにいきません。芋を傷つけずに機械化する方法も確立されておらず、一株一株、丁寧に土はがしをしていくしかないのです。
「これはキツい! 想像以上に指先の力が必要で、ちょっとやっただけで腕がパンパン。普段剣道の稽古をしているから、握力には自信はある方なのだけど」と中村さん。「この土はがしさえなければ、里芋農家も後継者不足に悩まねえはずなんだけど」と笑いながらスピーディに作業していくJA新潟みらい 五泉園芸組織連絡協議会 野菜部会長・川口恵二さんの姿に目を丸くしています。

阿賀野川流域のこの地は、砂と壌土の中間の砂壌土に恵まれています。水はけのよい肥沃な土壌は、里芋の中でもひときわ美味とされる「帛乙女」を育む秘密です。ただし「帛乙女」は他の里芋同様に連作障害が厳しく、一度収穫した畑は3年間は他の作物を栽培することで土壌を改善する必要があります。そのため、人気があるからといって無闇に耕作地を広げることはできません。「帛乙女」が希少である根本原因はそこにあります。

JA新潟みらい 五泉園芸組織連絡協議会 野菜部会長・川口恵二さんに教わりながら、里芋の株の土はがし作業。体力と手間を要する重労働だ。

新潟プレミアムライブキッチン「大口(おおくち)れんこん」の驚愕の旨さ

延々と続く黄金色の田んぼ。長岡市中之島地区に入ると、その風景が一変しました。稲作の田んぼの代わりに、枯れた蓮に覆われた沼地がそこここに広がっています。「大口(おおくち)れんこん」のれんこん田です。
収穫期は8月上旬から翌年5月まで。栽培品種は早生品種の「エノモト」と晩成品種の「ダルマ」の2種で、「ダルマ」は中之島地区が全国唯一の産地となっています。

中村さんは「ダルマ」の掘り出し作業に挑戦しました。田んぼに入ると、長身の中村さんでも股近くまで水に浸かります。足元は重たい泥。その中にれんこんは横方向に伸びています。れんこん掘機が水圧で泥を吹き飛ばした場所を、手探りしてれんこんを収穫していきます。
見事に連なったれんこんを引き揚げた中村さんはニコニコ。泥まみれの笑顔です。
「何事も経験。れんこんがどんなふうになっていて、どうやって収穫されているか。それを身体で理解できるなんて。いやはや、歩くだけでも大変なのに、こともなげにやっている農家の皆さんは、本当にすごい。これぞプロフェッショナルです」

作業後、JAにいがた南蒲大口れんこん生産組合の事務所で、穫れたての「大口れんこん」を試食しました。腕をふるってくれたのは髙橋秀信組合長です。
「シンプルイズベストですよ。れんこんの料理というときんぴらを挙げる人が多いけど、れんこん自体が新鮮でおいしかったら、きんぴらにするのはちょっともったいないと思っちゃうね。刻んでドレッシングかけるとか、一夜漬けとか、ごくごくシンプルな方がれんこんの風味を楽しめる。特に、「大口れんこん」はシャキシャキした食感と、豊かな甘みが持ち味だから」

髙橋組合長が用意してくれた料理は、茹でた「大口れんこん」に醤油と七味をかけたもの、青じそドレッシングをかけたもの、そして「大口れんこん」をキムチの素で和えたもの、と至ってシンプルです。

中村さんは一口食べて、驚きの声を上げました。
「えっ、こんなに旨いものなの!? 甘みが上品で、食感も小気味よくて。醤油と七味だけだけなのに……れんこんのポテンシャルって、ここまで高かったのか。これを肴に日本酒がいくらでも飲めそう。キムチもいいなあ、こちらは泡盛が合いそうだ」と箸が止まりません。醤油を塗って焼いた熱々にかぶりついた時には、目をつむってしばし豊かな風味にひたっていました。

「大口れんこん」の収穫は8月に始まり、翌年の5月まで毎日続く。残暑の時期、厳冬期はとりわけ厳しい作業になる。

れんこん堀機が高圧の水を吹き付けた場所を手探りして、れんこんを取り込んでいく。深い泥の中を進み、かがむ作業は足腰への負担が尋常ではない。

焼いた「大口れんこん」は、中村さんが無言になってしまった旨さ。れんこんはビタミンCやポリフェノール、食物繊維が豊富な健康食。喉の保護や花粉症などにも効くという人も多いという。

JAにいがた南蒲大口れんこん生産組合・髙橋秀信組合長の収穫を分けてもらった。「れんこんの収穫はきついけど、それは早朝から昼まで。あとはお酒を飲んだり自由に過ごせるから、いい人生ですよ」と髙橋組合長。

新潟プレミアムライブキッチン新潟伝統の里芋料理「のっぺ」に感服

里芋を使った新潟の郷土料理と言えば、のっぺい汁(のっぺ)。五頭温泉郷・村杉温泉の宿「長生館」の荒木善行総料理長に、「帛乙女」を使ってのっぺを作ってもらいました。のっぺは里芋の他、人参やゴボウ 、椎茸、こんにゃくなどを醤油味のダシで煮る料理。お正月とお盆、冠婚葬祭に欠かせない行事食であり、冬は温かくして、夏は冷やして一年中食べる家庭料理として、新潟県民に親しまれています。「長生館」ののっぺは貝柱からとったダシを使い、灰汁をまわさないように丁寧に煮ることで澄み切った汁に仕上げています。

中村さんは唸ります。
「衝撃的な旨さ。帛乙女の品質の高さと調理技術がなせる究極の料理ですね。正直、里芋がここまで旨い食材だと思っていなかった。独特のヌメっとした歯応え、ダシのうまみをたっぷり吸ったコクのある甘味。まいったな、これを食べちゃったら、他に何を作っていいものやら」

「大口れんこん」を使ったれんこん蒸し、「帛乙女」を使った里芋まんじゅうもまた、里芋やれんこんの無骨なイメージを覆す、繊細な味わいです。
「荒木さんの料理は洗練の極み。とても参考になりました。僕は我が道を歩んで、レシピを練っていきます」

「長生館」荒木善行総料理長による「のっぺ」と「れんこん蒸し」。どちらも素材特有の食感とダシとの相性のよさを生かした洗練の味。

のっぺのあまりのおいしさに恍惚とする。結局、お代わりして平らげた。

「里芋がこう化けるとは」と中村さんが称賛した「里芋まんじゅう」。裏ごしした「帛乙女」を揚げ出している。

新潟プレミアムライブキッチン連綿と続く新潟の醸造文化の象徴「摂田屋」

新鮮な海山の幸に恵まれた新潟。素晴らしい食材の魅力を最大限に引き出す味噌や醤油、日本酒など伝統的な発酵食品の文化が根付く地域でもあります。中村さんは“醸造の町”として知られる長岡市「摂田屋」地区を散策しました。旧三国街道に面する交通の要衝に位置、上質な地下水に恵まれた摂田屋には、江戸時代から味噌、醤油、日本酒などを醸造する蔵元が集積し、醸造文化が栄えました。長岡市は戊辰戦争や第二次大戦の空襲などで甚大な被害を受けたものの、摂田屋は奇跡的に難を逃れ、歴史的建造物が立ち並ぶ、風情ある街並みを今に残しています。

今も醸造を続ける5つの蔵のひとつ「味噌星六」は、無農薬・有機栽培の大豆を使い、添加物を使わない古式製法の味噌造りを守っています。熟成させた2年物や3年物も人気で、店頭には真っ黒になった10年物も。店主の星野正夫さんは、熟成度合いによる味の違いを解説します。
「1年目の新味噌は人間で言えば10代、ピチピチとし若さが魅力です。2年物は20代、3年物は30代。人間は家庭を持つこの頃からまるくなってきますが、味噌も角がとれてまろやかになってきます。以降、人間は円熟味を増していくように、味噌も味わい深くなっていきますが、10年物までになるとかなりクセが出てきます。そのクセは好みが分かれるところ。頑固な年寄りに接しても、『このクソじじい』と怒る人もいれば、『味のあるじいさんだ』とおもしろがる人もいますよね」
そう笑う星野さんに、「僕はクセのある10年物、好みです。ちびりちびりなめるだけで、日本酒が止まらなくなって、楽しくなってくる」と中村さんは笑い返します。

創業470年、日本酒蔵として新潟県で最も歴史のある「吉乃川」では、酒蔵ならではの「米麹」を副原料としたクラフトビールを試飲し、摂田屋を後にしました。

古い醸造蔵など歴史的建造物が立ち並ぶ摂田屋地区。その多くが現役で使われており、時折、味噌や醤油の香りが漂ってくる。

「味噌星六」の店主・星野正夫さんに熟成した味噌の魅力をうかがう。「うちのお袋はいちばんの年代物で、106歳。まだかくしゃくとしているのも、味噌を食べているおかげかな」と星野さん。

日本酒蔵「吉乃川」を訪ねた中村さん。「すべては地下から汲み上げる信濃川の伏流水のおかげ。ミネラルをバランスよく含む清冽な軟水を仕込み水に使うことで、吉乃川の飲み飽きしない味わいが生み出されています」と蔵元の川上麻衣さん。

「吉乃川」の敷地内にある酒ミュージアム「醸蔵」にて。今年、新潟県内限定で蔵出しとなった発泡性純米酒「酒蔵の淡雪プレミアム」を試飲して、「まさに淡雪という印象の繊細なスパークリング。桃のような香りが心地いい」と中村さん。

移動中、業務用のダシや鰹節などを製造する「フタバ」の中央研究所へ立ち寄った。最新科学によって、謎に満ちていたうまみの世界は少しずつ解明されつつあるという。

フタバ中央研究所には、一般家庭向けのブランド「ON THE UMAMI」のショップが併設。鰹節や昆布など定番のダシの他、野菜4種のダシ、離乳食用など多彩な商品が揃う。

コーヒーのように、ハンドドリップで抽出したダシも味わえる。中村さんもスープとも違った新感覚のドリンクを堪能した。

新潟プレミアムライブキッチン入魂の中村孝則流料理術に、乞うご期待

充実したリサーチになったと満足する中村さん。オリジナルレシピの方向性も見えてきているようです。貴重な食材「帛乙女」と「大口れんこん」を堪能するスペシャルなオンライン・クッキングイベント『NIIGATA PREMIUM LIVE KITCHEN vol.2』。その参加資格を勝ち取って、中村孝則入魂の料理を一緒に楽しみましょう。
まずは、応募を。

↑ボタンをクリック後、パスワード欄に"niigata"とご入力ください。

旅の中で登場した商品は、こちらから購入できます。

神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。http://www.dandy-nakamura.com/

Photographs:KOH AKAZAWA
Text:KOH WATANABE

(supported by 新潟県観光協会)

『DINING OUT』から2年、琉球王朝時代からの聖地を舞台に地元スタッフだけでつくる幻のレストラン。[Sanctuary Dining/沖縄県南城市]

2018年に開催された「DINING OUT RYUKYU-NANJO」の感動が地元有志の力で蘇ります。

サンクチュアリ ダイニング「祈りの場」を舞台にしたレストラン、その感動を再び。

日本のどこかに数日間だけ現れるプレミアム野外レストラン『DININGOUT』。2018年11月に沖縄県南城市で開催された『DINING OUT RYUKYU-NANJO withLEXUS』は、琉球王朝創世の地を舞台に、『志摩観光ホテル』の総料理長・樋口宏江シェフが腕を振るい、参加したゲストを深い感動の渦に巻き込み、大盛況のうちに幕を閉じました。

15回目にして初めて女性シェフが厨房を預かることになったのは、琉球創世記の神話に登場する女神・アマミキヨにちなんでのこと。レセプションは五穀発祥の地で、沖縄県内でも最高の聖地といわれる久高島で行い、琉球王朝時代以前から続く拝所の一つ、知念城跡がメイン会場となりました。テーマは、「origin いのちへの感謝と祈り」。山羊やアグー豚、イラブー(ウミヘビの加工品)などの食材を、地元の食文化に寄り添う形で、まったく新しいフランス料理の一皿として表現。ライトアップされた知念城跡の幻想的な美しさ、神聖さとともに、土地の歴史と神秘性、豊かさを余すところなく伝え『DININGOUT』の歴史に新たな1ページを刻みました。

その感動から2年を経た2020年12月、再び南城市を舞台にした夢の野外レストランが『Sanctuary Dining』として蘇ります。主催は地元事業者を中心に設立されたSanctuary Dining in Nanjo実行委員会。開催にかける思いについて、2人のキーパーソンに話を聞きました。

県内最高の聖地として名高い久高島。カベール岬へ続く道は豊かな自然が、祈りの場として古くから形を変えずに残されている。

「DINING OUT RYUKYU-NANJO」で腕を振るった『志摩観光ホテル』総料理長の樋口シェフ。見事に地元の料理人をまとめあげた実績が、2年の時を経て繋がる。

沖縄の食文化を尊び、地元生産者、料理人すべての想いを一皿にした「ぬちぐすい」。

サンクチュアリ ダイニング次は地元から。食を通じた地域文化の発信・継承を、一回で終わらせないために。

キーパーソンの一人目は、南城市役所勤務の喜瀬斗志也氏。2018年の『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、主催地側の中心スタッフとして会場の提案、決定から開催までのあらゆることに尽力。琉球王国の歴史、神話、祭礼や伝統食文化について樋口シェフ、ホストを務めたコラムニストの中村孝則氏をはじめとする関係者にレクチャーし、二夜の宴を大成功に導いた影の功労者でもあります。

南城市には「琉球王朝のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界文化遺産に指定されている斎場御嶽をはじめ、国が重要文化財に指定する史跡を6か所も有する南城市。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』の話が浮上したのは、それらの有効な活用方法についての議論が進んでいた時期だったといいます。
「歴史公園などにするのが一般的ですが、ハード面だけでなく、ソフト面も含め、文化を発信する場として活用したい。そんな風に考えていた我々にとって、地域の多くの人々が関ることができて、歴史、伝統、食文化を包括的に発信できる『DININGOUT』は非常に魅力的で“これだ!”と、開催地として名乗り出たのです」

二夜のレストランを経験し、ハード面の整備ありきで考えていた史跡活用法が、がらりと変わることに。このままで、ありのままの姿で、場の力を十分に伝えられる。そのカギが、自分たちの足元に無数に眠っていたことに気付いたのです。
「この経験を、一回限りで終わらせないために、自分たちの手で、等身大の形で続けていきたい。そんな思いからSanctuary Dining in Nanjo実行委員会を立ち上げました。『DININGOUT』の反省点もある。例えば、南城市には素晴らしい食材がまだまだたくさんあり、それらをしっかりプレゼンすることで、広く沖縄ではなく、よりこの南城という地にフォーカスする形にできたのではないか、というようなこと。Sanctuary Diningに限らず、今後の課題にしていきたいです」

もう一人のキーパーソンは、『Sanctuary Dining』の一日目と二日目に料理長を務める那覇市の郷土料理店『月桃庵』の屋比久保シェフ。『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』開催時は、地元のキッチンスタッフを束ね、樋口シェフの右腕として活躍したベテラン料理人です。土地の食文化を伝える宮廷料理に取り組み、地元食材に関する知識も豊富な沖縄を代表するトップシェフ。

「『DININGOUT』と樋口シェフから学んだことの大きさは計り知れません。一番は食材からの発想力。イラブーの料理といえばイラブー汁と、地元の人間ほど固定概念にとらわれがちですが、予想もしない料理で、食材の素晴らしさとその背景を余すところなく伝えて下さった。スタッフ同士もほぼ初対面という“寄せ集め”チームをまとめ上げる厨房での統率力も、圧巻でした」

沖縄県内のホテル勤務を経て、2017年、『月桃庵』の料理長に就任して以来、伝統に即し、ときに創作を織り交ぜながら、より深く沖縄の食の魅力を発信し続けてきた屋比久シェフ。『Sanctuary Dining』の記念すべき第一回目は、やはり「宮廷料理で勝負したい」と話します。
「今回は、料理とあわせ、甕仕込みの古酒を含む泡盛とのペアリングをお楽しみ頂く予定です。琉球王朝時代、中国王朝への献上品としてつくられた琉球漆器の最高峰で、東道盆(トゥンダーブン)と呼ばれるお盆や、カラカラ、ちぶぐゎーといった伝統的な酒器をはじめ、器にもご期待下さい」

写真中央がキーパーソンの一人、南城市役所の喜瀬斗志也氏。裏方から地元スタッフ全員を支えたイベント成功の功労者。

重要文化財でありながら注目されて来なかった知念城跡も、演出の仕方で魅力的にできるという事を肌で感じた喜瀬氏。

写真右が屋比久シェフ。樋口シェフをフォローしつつ、自身もたくさんの学びがあったという。

沖縄の伝統食材・イラブーの生産者。『DININGOUT』の食材として、樋口シェフに紹介したのも喜瀬氏だった。

樋口シェフはイラブーをクロケット(コロッケ)にして提供。地元料理人の固定概念を覆した。

サンクチュアリ ダイニング「聖地×食×文化」が織りなす感動を南城から世界へ、『Sanctuary Dining』始動。

『Sanctuary Dining』は2020年12月11日(金)、12日(土)、13日(日)の3日間に渡り開催されます。会場は、『DININGOUT RYUKYU NANJO with LEXUS』と同じ知念城跡。『月桃庵』の料理長・屋比久保シェフと、山羊料理をメインにしたフレンチとして人気を博す『ビストロ ル・ボングー』の山口慎一シェフが厨房に立ち、ゲストを迎えます。ディナーの翌朝早くには、開場前の斎場御嶽を訪れ、黄金(くがに)色の朝日を拝む『Sanctuary Dining』参加者限定のオプショナルツアーも用意されています。

「守礼の邦=礼節を重んじる国」として、訪れる外国人をもてなしてきた琉球王国。特に中国皇帝から派遣された冊封使のもてなしに力を注ぎ、その歴史の中で育まれてきた宮廷料理や御用酒である泡盛、宴とともにあった芸能は、今も変わらず沖縄の人々の誇りであり続け、日常の中で親しまれています。王国時代から続く祈りの場を舞台に、個性豊かな沖縄食材の恵みや、神聖な琉球文化を体感できる『Sanctuary Dining』。琉球王朝神話における「はじまりの地」で、感謝や祈り、生命の起源にふれる特別なひとときは、単なる美食体験に終わらない特別な時間になるはずです。

Day1 : 12/11() 18:3021:15(琉球懐石料理,18時開場)
Day2 : 12/12() 18:3021:15(琉球懐石料理,18時開場)
Day3 : 12/13() 18:3021:15(琉球フレンチ,18時開場)
場所:知念城跡(沖縄県南城市知念字知念)
¥59,800(税込)/お一人様あたり
http://sanctuary-dining-nanjo.com/index.html#food

「本当の豊かさとは何か。今こそ、田舎に目を向けてもらいたい」pejite/仁平 透・君島北斗

「やりたいことをやる」という姿勢を貫いた仁平氏。「それができたのは、益子を始め、近隣の街に、やりたいことをやり、認められている良き先輩たちがいたからでした」。

旅の再開は、再会の旅へ。『pejite』同様、これからの未来に必要とされることは「リペア」の概念。

150年以上も前に生まれた益子焼を始め、様々な分野の作家が活動する栃木県芳賀郡益子町。

東京から車で2時間ほどの「田舎」ですが、年2回行われている「陶器市」や個性のあるショップ、カフェが話題となり、県外からも高感度な人たちが多く集まってきます。

そんな益子を代表するお店のひとつ『pejite』は、『仁平古家具店』を運営する仁平透氏が2014年にオープンしたセレクトショップです。築60年以上の大きな石蔵を舞台に、リペアした古家具のほか、陶器やアパレル、雑貨などが並んでいます。

『pejite』最大の特徴は、その空間を体感することにあり、「どこにいてもものが買える(売れる)時代だからこそ、実店舗に足を運ぶおもしろさを伝えようと努力してきました」と仁平氏は話します。

しかし、新型コロナウイルスによって生活は一変。人々は、旅を始めとした行動を奪われてしまいます。

「当店のある栃木県益子町は観光地でもありますが、新型コロナウイルスによって来客数が激減しました。4~5月は、特に辛い日々が続きました」と話すのは、スタッフの君島北斗氏。

人の動きが停止してしまったゆえ、インターネットとの共存は避けて通れません。通常であれば当たり前のことですが、店舗での体感を大切にしてきた『pejite』にとっては苦渋の決断でもありました。

「あくまで僕たちが大切な場所は実店舗であることに変わりはありませんが、今はインターネットの力も借りて、この先を乗り越えていこうと思います」と仁平氏。

一方、足を運べなくなったファンにとっては嬉しいことでもあり、「オンラインショップは、反応の高さを感じます。家での時間が増えたことによって、生活を見つめ直し、当店で取り扱っているような家具や器のようなインテリア全般が再注目されているように感じます。現在は以前より更にオンラインの更新に力を入れています」と君島氏。

益子は『pejite』同様、体感の街。前出の「益子陶器市」を始め、多くの来客を誇る人気イベントは軒並み中止になってしまいました。お盆を境に少しずつ人が戻ってきてはいるものの、不安な日々は続いています。

「益子は都心からもほどよい距離のため、日帰り旅行が可能な場所ということがとても恵まれていると思います。時間がゆっくりと流れ、少し車を走らせれば自然豊かな風景も広がります。新型コロナウイルスによるストレスを癒す場所としてもお勧めです。コロナ禍でも無理なく行ける場所として、これから更に注目される土地になると嬉しいです。まだまだ油断できない状況が続きますが、自分たちはできること(仕事)をするだけです。 暗い気持ちにもなりがちですが、この状況をプラスに変えられるように努めたいと思います」と君島氏。

「新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークなどが当たり前になりつつ今、 これからは東京離れが視野に入る人も少なくないと感じています。 こんなときこそチャンスと考え、自分の住む町の魅力をどんどん発信し、 移住のきっかけになってくれたらと思っております。 本当の豊かさを改めて考え、東京だけではなく、田舎にも目を向けてもらえると嬉しいです」と仁平氏。

以前の取材時、仁平氏はこう語っていました。

「こだわったのは、インターネットという販路でなく、あえて店舗を持つこと」。

「やりたいことをやる」という姿勢を貫いてきた仁平氏が今やりたいこと、それは今も変わらず、実店舗にあります。

昨今、様々なテクノロジーや文明の進化は、地球や人類が生きるスピードを超えてしまったのかもしれません。

新型コロナウイルスによって立ち止まざるを得ない時間をあえて好転して捉えるのならば、『pejite』の古道具同様、環境のリペア。

丁寧にリペアされたものは新たな価値を生みます。

そんな未来を信じ、『pejite』は今日も前を向いています。

蔦(つた)にびっしりと覆われた趣のある建物。作家の手による古材を使った扉に、仁平氏らしいセンスが漂う『pejite』の外観。

店内には、明治から昭和初期にかけて作られたショーケースや棚など、大型の什器の数々が並ぶ。それらの存在も手伝い、空間を回遊すれば不思議とノスタルジックな気分に浸ってしまう。この感覚こそ、実店舗だからこそ得られる体感の醍醐味。

リペアされた家具は、インターネットでも販売されていますが、新型コロナウイルス収束後は、是非、直接見て、触り、その風合いの良さを感じてほしい」と仁平氏。

住所:栃木県芳賀郡益子町益子937-6 MAP
電話:0285-81-5494
http://pejite-mashiko.shop-pro.jp/

Text:YUICHI KURAMOCHI

「今でも必要としてくれるお客様がいる限り、私は小さな火を灯し続ける」nagaya./吉田絵美

「3〜4月ごろの暗澹たるムードは少し薄れ、 どうやって対策をしながら過ごすか、光明は見えてきている雰囲気はあります。日本の感染者や死亡率が少ないことも、何十年後かの科学が理由を解明してくれるのかもしれませんね」と吉田さん。

旅の再開は、再会の旅へ。「日々の生活を彩るものが、こんなに気持ちをホッとさせてくれるんですね」。そんなお客様の言葉に救われた。

徳島県徳島市沖浜町。JR徳島駅からふたつ目の二軒屋駅より歩いて10分ほどの何の変哲もない住宅街に『nagaya.』はあります。その舞台となるのは、その名の通り、築50年の「長屋」です。

オーナーの吉田絵美さんの祖父母が借家として長年使っていたというそこは、およそ10年間誰も住んでおらず、まもなくその役目を終えようとしていました。そんな時、吉田さんがここを『nagaya.』として蘇らせたのです。

紆余曲折ありながらも順調に歩みを進めていましたが、「まさかこんな世の中になるとは誰も予想できませんでした……」と吉田さん。理由はもちろん、新型コロナウイルスによるものです。

「3月ごろから新型コロナウイルスが騒がれ始め、お店ではマスクを着用し、感染拡大防止に気をつけながら営業を続けていましたが、4月からお客様が激減。緊急事態宣言下では店舗をお休みしていました。決まっていた展示会を延期したり、オンラインへ移行したりと毎日ニュースで状況を観察しながら、それに対してお店をどうするか考える日々。情報収集と意思決定、実行を続け、慌ただしく過ごしていました。6月には県内のお客様は戻り始め、常連のお客様とは近況報告をしながらお顔を見て話せる喜びを改めて実感しました。9月ごろからは県外のお客様も戻り始めて、マスクをつけて感染対策は万全にするという違った景色ではありますが、徐々に元の店の日常に戻りつつあります」。

『nagaya.』は、生活雑貨を扱うショップとカフェを併設するお店です。ショップでは焼き物を中心とした食器類を展開し、特筆すべきは作家と吉田さんの関係性が強く結ばれていること。ゆえに、以前の取材時にも「これはどんな作家さんの焼き物ですか?」と尋ねれば、「この作品を作った方は佐々木智也さんといって、実家が妙楽寺というお寺なんですよ。だから名前は妙楽窯。住職として後を継ぐ一方で、作家さんとしても活動しているんです。境内の横にある自宅の庭に窯があって、土も自分で持ってきて作品に使うなど、チャレンジ精神旺盛な方ですね。最近はモダンな形の作品が増えている気がします」と、丁寧に解説をしてくれたのは、今でも記憶に新しいです。

今回、『nagaya.』の難局を救ったのは、そんな「もの」たちでした。

「もしカフェのみであれば、緊急事態宣言中の売り上げはゼロでした。私は、作家さんが作ってくださったものに救われたのです。というのも、2020年4〜5月の緊急事態宣言ごろから、今まで細々とやっていたオンラインショップの売り上げが急に伸び始めたのです。現在は予約制を取り入れ、店舗も再開し、感染対策をしっかりしながら通常営業に戻しています。喫茶スペースは4月からしばらく閉めていたのですが10月から席を減らしメニューを限定して再開しています。ただ、飲食店だけの方々はまだまだ厳しい状況が続くと思います。今後も厳しい業界には引き続き補助金などの検討も視野に入れて頂ければと思います」。

そんな暮らしの変化は『nagaya.』だけではなく、街や地域も同様です。

「徳島県は7月ごろまで感染者が少なかったので、正直、県外の方に排他的なムードで息苦しさがありました。7月から数カ所でクラスターが発生し、8月の阿波踊りも中止になってしまいました。お盆は例年一番お客様が多い時期なのですが、2020年は寂しい夏でした。9月以降は県内外のお客様も戻ってきているので、徐々に感染対策をしながら暮らしていくという方法が浸透していっている雰囲気はあります。また、店舗でお客様の客単価が上がっているようにも感じました。徳島は唯一の百貨店が今年の夏撤退するくらい、神戸や高松で買い物をする方が多いのですが、なかなか外出ができないこともあり、県内の小売店でまとめて購入しているのだと思います。地元でのお買い物の良さが見直されているのではないかと感じています」。

前述にあった作家との関係性が最たる例ですが、吉田さんが大切にしていることは「普遍的な仕事」。以前は東京でもデザインやインテリアに携わるも「トレンドと普遍の溝を感じていた」と言います。

そんな葛藤をしていた時、祖母の訃報が届きます。更に難は容赦なく襲いかかり、帰郷するために徳島へ向かう羽田空港で起こったのが3.11の東日本大震災。人生を大きく変えた出来事であり、同時に徳島で一からスタートをしようと決意したきっかけにもなりました。

「今回の難局で一番顕著だと思ったことは、弱者がより辛い状況になるということ。学生さんやお年寄りが不自由な暮らしをしていると思います。学校は今までのように授業を受けられるよう、万全な運営をすることを一番優先して欲しいです」と話す吉田さんは二児の母でもあります。

当たり前は、当たり前ではない。自分以外の誰かのことを気遣い、日常に感謝する。これは、今こそ、ひとり一人が感じなければいけないことだと思います。

苦しい渦中、吉田さんの心を救ったのは、あるお客様から言われたひと言でした。

―――
コロナ禍でも日々の生活を彩るものが、こんなに気持ちをホッとさせてくれることもあるんですね。
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「心に染み入りました。不要不急と思われる弊店のような雑貨店でも、必要としてくださるお客様がいらっしゃるという喜び、感謝、そして、勇気を頂きました。徳島の片田舎ですが、小さな火を長く灯せるよう営業していますので、もしご興味湧きましたらお立ち寄りいただければ幸いです」。

長屋の面影を残すカフェスペース。趣のある店内は、つい長居してしまう居心地の良さがある。

丁寧に並ぶ作品の数々。「作家さんの展示会はしばらく並行してオンラインショップでも販売します。ぜひご覧いただければと思います」と吉田さん。

以前の取材時、文中にも引用した佐々木さんの作品。伝統的な器の形である輪花や八角が人気。釉薬の種類が豊富で色違いも。佐々木さんの作品は現在、店頭にて展示会を実施中。11月17日からはオンラインショップでも販売開始。

住所:徳島県徳島市沖浜町大木247番地 MAP
電話:088-635-8393
http://nagayaproject.com/

Text:YUICHI KURAMOCHI

「地域の結束力はより強固に。今もこれからも、瀬戸内の価値を信じている」瀬戸内リトリート青凪/吉成太一

「『瀬戸内リトリート青凪』だからこそ提供できる“非日常体験”に大きな価値があると信じています。皆様の再開の旅で、お目にかかれますよう、ホテルスタッフ一同、お待ち申し上げております」と総支配人の吉成氏。

旅の再開は、再会の旅へ。学びは忘れず、常に進化し続ける。それは難局の渦中にあっても変わらない。

標高450m、総面積3,500㎡に対し、客室はわずか7部屋。天然温泉も有するそこは、本館、別館から成り、その全てが規格外。

瀬戸内が持つ風光明媚を独占できる『瀬戸内リトリート青凪』を手がけたのは、日本を代表する建築家、安藤忠雄氏です。

『ONESTORY』が出会ったのは、遡ること2018年。その後、数々の快挙を成し遂げますが、新型コロナウイルスによって迎える試練は、例外なく訪れています。

2015年の開業から2020年にかけ、我々『瀬戸内リトリート青凪』はお客様と優秀なスタッフ、地域のサポーター様に恵まれ、順調に成長を重ねて参りました。(『ONESTORY』の)取材後の2018年には、国内系ホテル初のミシュラン最高評価やワールドホテルアワード3冠、40ヶ月連続売上増などの記録を得ることができました。しかしながら、新型コロナウイルスによって緊急事態宣言が発令され、我々も4月から2ヶ月の休業を余儀なくされてしまいました」と話すのは、総支配人の吉成太一氏です。

吉成氏は、以前の取材でこんな言葉を残しています。
「同価格クラスなら“良い宿”であることは当然。その中でいかに突出した宿になれるか」
「安藤忠雄建築だけではダメ。僕たちは安藤先生に勝ちたい」。

『瀬戸内リトリート青凪』は作品なのか、ホテルなのか。

もちろん答えは後者ですが、安藤建築はそれほどまでに圧倒的存在感を放ちます。

当時、「安藤忠雄建築を入り口として泊まりに来るゲストがほとんど。しかし大事なことは、その中でサービスがずば抜けている、あるいは料理が抜群に美味しいという理由でお客様にリピートしてもらうこと。安藤忠雄建築というウリ文句にあぐらをかいていては、決して“スペシャル”にはなり得ないのです」と吉成氏は話を続けていました。

ゆえに、休業中も努力の歩みは止めず、更に進化したスペシャルをお客様に提供できる日に備え、できることを一丸となってしてきました。

「新型コロナウイルスによって止むを得ず迎えた休業中は、チーム全体で毎日のようにオンライン研修で学びを深めてきました。 新しいマーケティングや財務スキルなど、普段はホテルオペーレーション以外で接する機会が少なかったことにも積極的に向き合い、知識を深めてきました」。

2020年5月に緊急事態宣言は解除。6月から再始動した『瀬戸内リトリート青凪』は、その力を存分に発揮します。

「スタッフ皆で得た学びを再オープンと同時にアウトプットし、アートイベントなどの新企画を多数スタートさせてまいりました。もともと3密が発生しない構造の『瀬戸内リトリート青凪』は、GoToトラベルのスタートと同時に非常に多くのお客様がお戻りになり、大変ありがたいことに8月以降は過去最高の稼働が続いています」と吉成氏。周囲の様子も訪ねると「インバウンドのお客様も多かった道後温泉や松山城など、主力の観光地は、例に漏れず一時ゴーストタウンのような状態と化してしまいました。しかしながら、ローカルのパワーと結束力は力を増し、今は多くの国内の観光客で賑わいを取り戻しています」と言葉を続けます。

しかし、終息を迎えたわけではありません。両手を上げて喜べない件もあり、表裏一体の日々。

「政府の施策により旅行者が多くなったことは喜ばしい反面、もしGoToトラベル起因によって我々のホテルで感染者が出てしまった場合どうしたら良いのか……という心配も抱えています。実際に瀬戸内内ホテルでも感染者が出てしまい、休業を余儀なくされてしまいました」。

経済の再開は必要とされるも、それによって新たに生まれる懸念への補償が約束されているかと言えば、そうではありません。注意深くするも目に見えない相手ゆえ、一刻も早く「日常」が戻る日を願うばかりですが、美点の「非日常」が広がるのが『瀬戸内リトリート青凪』の最大の魅力。

「我々は、ホテルが提供する“非日常体験”にこそ大きな価値があると信じています。コロナ禍において、我々の日常は大きく変化してしまいした。しかしながら『瀬戸内リトリート青凪』は、今もこれからも圧倒的な“非日常体験”をお客様にご提供できればと思っています。体験した全てのお客様が、この宿泊体験によって何かを感じ、それがその方の人生にとってより良いものとなれば、それに勝る喜びはありません。皆様の再開の旅で、お目にかかれますよう、ホテルスタッフ一同、お待ち申し上げております」。

森に突き出すように延びる『瀬戸内リトリート 青凪』の象徴的なデッキプール「INFINITY POOL」。時間帯により様々な表情を見せる。

瀬戸内リトリート 青凪』オリジナルの寝湯が備わる浴室。湯には天然温泉が引き湯される。

天井高約8m、広さ約170㎡を誇る『瀬戸内リトリート 青凪』最上級の客室「THE AONAGIスイート」。

住所: 〒799-2641 愛媛県松山市柳谷町794-1 MAP
電話: 089-977-9500
http://setouchi-aonagi.jp/

Text:YUICHI KURAMOCHI

Vol.4 料理とシャンパーニュの、果てのない可能性。[NEW PAIRING OF CHAMPAGNE・アルテレーゴ/東京都千代田区神田神保町]

本に生きる角田さんにとっては馴染みある街、神保町が今回の舞台。「アルテレーゴ」の平山シェフは、どんなペアリングで角田さんをおもてなしするのか!?

アルテレーゴ × 角田光代

 路地を入ると、杉玉の下がったお店がある。和食のお店だろうと通り過ぎようとして、「アルテレーゴ」の看板に気づいた。
 濃いグリーンの壁が印象的な、すっきりした店内だ。お店に入ってすぐ右手に大きな機械が置いてあり、私はてっきり飾りとしてミシンを置いているのかと思ったのだが、生ハムを切る器機だという。いろんなことがさりげなく意外なリストランテである。
 今日の料理は「ボタンエビのタルタル」。シェフの平山秀仁さんが冷蔵庫から取り出して見せたくれたのは、海老の昆布締めならぬ生ハム締め。薄く切られた淡い桃色の生ハムのなかに、これまた淡い桃色の海老が並んでいる。その海老を細かく叩く。なんという贅沢な料理だろう。
 鍋にだいだい色の粒と少量の水を入れ火にかける。「クスクスに見立てた乾燥にんじんです」と平山さん。戻した乾燥にんじんと、みじん切りにした落花生のコンフィをエビのタルタルに混ぜる。にんじんがとびっこに見える。そのタルタルを器に置き、レモンジェルを少々、それからラルドと呼ばれる塩漬けした豚の油をかぶせるように敷いていく。それを、軽く火であぶる。エビの桃色とにんじんのだいだい色が、溶けた油の下からふわっと浮かび上がる。フェンネルの花、にんじんの葉、粉末状の乾燥黒オリーブをかけて、完成。

【関連記事】NEW PAIRING OF CHAMPAGNE/作家・角田光代が体験する「食べるシャンパン。」の特別連載エッセイ!

今回、平山シェフが「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」とのペアリングのために考案した料理は、「ボタンエビのタルタル」。丁寧に時間をかけた仕事と高い技術から生まれた味わいは、そのシンプルな料理名では語りきれない。

「食材はイタリアのものが多いですが、調理法は和の技術を活かしています」と平山シェフ。

昆布締めの要領でボタンエビを生ハムで締め、旨味を移し、タルタルに。「生ハムを食材としてではなく、調味料として採用するチャレンジしたメニューでもあります」と平山シェフ。

ニンジンをクスクスに見立てるために薄くスライスし、乾燥させ、細かく刻む。更に水に戻すと食感まで似る。それをバターと一緒に火にかける。一口だけ頂いた角田さんは「甘い! そしてニンジンの味か濃い!」。

生落花生にゆっくりと火を入れ、ホクホクに。角が取れた食感は、ねっとりとしたエビのタルタルと相性抜群に。

豚のラルド(背脂)を塩漬けし、胡椒、にんにく、ローズマリーとともに熟成。今回の料理は、それを薄くスライスし、エビのタルタルと合わせる。「角田さんが豚の脂が好きだという情報を見つけて料理に取り入れてみました」と、はにかみながら話す平山シェフ。「バーナーで炙ってラルドを溶かし、甘みを感じやすくします」。

薄く切った豚のラルドは、手のひらの体温で徐々に溶けてゆくほど。豚の品種は、イタリアはトスカーナ、シエナ産のチンタセネーゼを使用。

上記、豚のラルドを一口食べた角田さんは、「うーん!! 美味しい!!」とにっこり。

イタリアンだが入口には杉玉が。料理同様、レストランの容姿にも和の要素を取り入れる。更に言えば、ここは以前、和食の名店『神保町 傳』跡地。様々な角度からイタリアと日本が交錯する。

アルテレーゴ × 角田光代

 完成した品はもちろんのこと、料理の工程すべてがすでにうつくしい、なんと手の込んだ一品だろう。食べるのに緊張してしまう。
 ラルドの上品な脂気、エビのねっとり感、生ハムの塩気とうまみ、にんじんのつぶつぶ、落花生の香ばしさとコリコリした食感、フェンネルの香り、レモンの爽快さ、ほのかにこっくりしたバター……、と、びっくりするほど一口の情報量が多いのだが、口をついて出る言葉は「おいしい!」の一言。よく知っているような気がするのに、食べたことのないおいしさだ。
 コントドシャンパーニュを飲む。エビのタルタルが力強くて繊細なことがよくわかる。そして、このシャンパーニュの味と風味が、じつにしっかりしていることがあらためてわかる。この一品はコントドシャンパーニュの味を消さずに引き立てて、料理の味も消えずに引き立てられる。
 テタンジェの特徴は力強さだと平山さんは言う。それに合わせる料理としてコントドシャンパーニュに負けないものは何かと考え、このタルタルを思いついたそうだ。素人の私からしてみれば、いったいどのようにボタンエビを思いつくのか、いや、思いついたとしても、なぜそれを生ハムで締めようと思いつくのか、なぜ乾燥にんじんを、なぜ落花生のコンフィをまぜこもうと思いつくのか、まったく発想のみなもとがわからない。思いついたものが、実際にこうしてコントドシャンパーニュの強さに負けず、たがいの魅力を引き立て合っているのだから、感嘆するほかない。

コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブランは柑橘系の味わいも感じるリッチな味わいなので、それに合わせてレモンのジュレを少しだけ料理には忍ばせています」と平山シェフ。

ニンジンのクスクスは、まるでボタエビの卵のような見た目で馴染む。薄く切った豚のラルドの上にはニンジンの葉とフェンネルの花を添える。黒いパウダーは黒オリーブを乾燥させたもの。

「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」はボリュームのある味わいなので、料理も力強く。「豚のラルドとエビのねっとりした味わいが相乗効果を生み、より深みを出しています」と平山シェフ。

「イタリアンはもっとシンプルな仕上げの印象ですが、平山シェフの料理は良い意味で複雑。それがまたコント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブランと良く合うと思います」と角田さん。

アルテレーゴ × 角田光代

 アルテレーゴは、ミラノで、はじめてミシュランの星を獲得した日本人シェフ、徳吉洋二さんの店である。ミラノの徳吉さんとともに働いた平山さんが、アルテレーゴのキッチンをまかされている。アルテレーゴは「分身」という意味だ。
 平山さんがいちばん重要視しているのは何かと訊くと、「調和、バランス」だという答えが返ってきた。一品としてのバランス、コース全体の流れを通してのバランス、店内の雰囲気を含めてのバランス。そして、お客さんに楽しんでもらえる空間作りに心を砕いているとも話す。食事はリラックスして楽しむもの、というのが平山さんの信念だ。そのためにはシェフもスタッフもその場を楽しまなければならない。緊張しているお客さんがいれば、その緊張をほぐす。ミラノのお店では厨房にいてお客さんの表情を見る機会はなかった。けれどここ、アルテレーゴはカウンター中心なので、お客さんの様子がよくわかる。それぞれの表情を見ながらやりとりをする。

「いわゆるラグジュアリーなレストランの良さもありますが、カウンターでお客様の表情を見ながら料理をしたかった」と平山シェフ。取材時も角田さんと会話がはずむ。

「一番大切にしていることは、エクィリーブリオ。イタリア語でバランスや調和という意味になります。食材同士の調和、料理とコント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブランの調和。それを意識して考案しました」と平山シェフ。それをメモする角田さん。

アルテレーゴ × 角田光代

 ふだんのアルテレーゴはコース料理中心で、しかも、各皿とともにスープが出るのだという。スープと料理のペアリングを楽しむというコンセプトだ。料理とスープ、あるいはごはんとおかずなど、異なるものを口に含み、口のなかで混ぜ合わせて味わうことを「口中調味」というのだと平山さんに教わった。これができるのは日本人だけなのだという。まさに料理とスープという構成は、口中調味をたのしむためにある。シャンパーニュと料理の、こんなに完璧な組み合わせを思いつく平山さんだから、スープと料理もきっと一筋縄ではいかないのだろう。ただ「合う」だけではなくて、足し算引き算、かけ算割り算と、味も香りも食感も、無限に楽しめるのに違いない。

「最初は、ミシンかと思いました!(笑)」と見まごう角田さん。薄く綺麗に切れる生ハムは香りも豊かで、皿に並んだそれを見てうっとり。

手際よく生ハムを切る平山シェフ。「この器具は、ベイケルというイタリア制の老舗ブランドです。スライサー界のフェラーリって言われてるんですよ!」。

「まず手にかけて、香りを嗅いだ後に……」と、平山シェフより本場の生ハムの食べ方を指南される角田さん。その生ハムは、24ヶ月熟成のパルマ産・ガローニ。ほど良く効いた塩味となめらかな味わいが特徴。

店名である「アルテレーゴ」の意味は、ラテン語で「分身」。ミラノに本店を構える「リストランテ・トクヨシ」の分身という位置付けであり、両店のキーカラーはグリーン。角田さんのファションもグリーンだったため、「ご存知でお召しになってきてくださったのですか?」という平山シェフに対して「偶然です(笑)」と角田さん。

住所:東京都千代田区神田神保町2-2-32 MAP
TEL:03-6380-9390(ご予約:050-3184-4001)
https://alterego.tokyo

1967年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で第18回野間文芸新人賞、1998年『ぼくはきみのおにいさん』で第13回坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で1999年第46回産経児童出版文学賞フジテレビ賞、2000年第22回路傍の石文学賞、2003年『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞。2006年『ロック母』で第32回川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で第2回中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で第22回伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で第25回柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私の中の彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。

お問い合わせ:サッポロビール(株)お客様センター 0120-207-800
受付時間:9:00~17:00(土日祝日除く)
※内容を正確に承るため、お客様に電話番号の通知をお願いしております。電話機が非通知設定の場合は、恐れ入りますが電話番号の最初に「186」をつけておかけください。
お客様から頂きましたお電話は、内容確認のため録音させて頂いております。
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/

Photographs:KOH AKAZAWA

(supported by TAITTINGER)

川に可愛いお客様が

前に流れている倉敷川の川渡しに

森の可愛い仲間たちがいました(о´∀`о)


ハロウィン・・・は過ぎておりますが(´∀`*)


いや、中に人なんかいないんだ!!

森の愉快な仲間たちなんだ!(*゚▽゚*)

倉敷へ来ると今なら森の仲間に会えるかも・・・??


日本一の農産物に与えられる栄誉「天皇杯」に輝いた、行方市を代表する農産物。[NAMEGATA VEGETABLE KINGDOM・サツマイモ/茨城県行方市]

行方 ベジタブルキングダムOVERVIEW

年間60品目以上を生産し、通年新鮮な野菜を各地に出荷する行方市。そんな行方市を象徴する農産物をひとつだけ挙げるとしたら、サツマイモとなるでしょう。

なにしろサツマイモは『JAなめがたしおさい』の農業産出額およそ200億円のうち、実に約40億円を占めるほど。行方市では、多彩な品種を栽培し、そしてそれぞれの品種に合わせて熟成をかけることで、年間通じてサツマイモを出荷し続けているのです。

サツマイモは秋のもの、というかつての常識。しかし野菜王国・行方市が誇るサツマイモは、そんな歳時記さえも変えてしまうのです。
地元では甘藷(かんしょ)と呼ばれ、生産者の誇りでもあるサツマイモ。JAなめがたしおさい甘藷部会連絡会の現会長・高木雅雄氏の言葉をもとに、行方市のサツマイモの魅力に迫ってみましょう。

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Photographs:TSUTOMU HARA
Text:NATSUKI SHIGIHARA

(supported by なめがたブランド戦略会議(茨城県行方市))