江戸時代の宿場町の面影を残す奈良井宿から、地域に根ざす文化財と食を掛け合わせた新プロジェクトが始まる。
このプロジェクトは、令和5年度観光庁が実施する「地域の資源を生かした宿泊業等の食の価値向上事業」の実証事業の一環として、「ONESTORY」が事務局となり地域の方と協同して行う取組です。「文化財」をテーマとする実証先として、奈良井宿を起点とする長野県塩尻市の奈良井地域が選定されました。
奈良井宿は、江戸時代に整備された五街道のひとつである中山道(東京・日本橋と京都・三条大橋を結ぶ500kmを超える街道)のちょうど中間、34番目に位置します。
かつて多くの旅人を迎えた町の賑わいは「奈良井千軒」と謳われるほど。奈良井川に沿っておよそ1kmにわたり続く日本最長の宿場町として木曽路で一番賑わっていたといいます(※1)。街道沿いに旅籠屋形式の町屋が連なり、江戸時代の面影を色濃く残す町並みは、1978年に文化庁の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。
長い歴史の中で守られてきた景観や町並み、地域に伝承される漆器・曲物の伝統工芸なども含めた奈良井宿の「文化財」と、山々に囲まれた気候風土が育んできた発酵食などの地域の「食」を掛け合わせて、奈良井地域の「食」の価値向上に向けたプロジェクトが始動しました。
地域が守り伝承してきた発酵食文化「すんき」に光を当てる。
奈良井宿がある長野県塩尻市は、明治時代からぶどう栽培が盛んな桔梗ヶ原を中心に15ものワイナリーが集まる日本ワインの生産地(※2)。奈良井宿への玄関口ともいえる塩尻駅にも、塩尻ワインのワイナリー巡りを楽しむ観光客が多く訪れます。一方で、駅周辺や中心部に飲食店が少なく、ワイナリーを目指す人や奈良井宿を目指す人の通過点となってしまっていることが地域全体の問題となっていました。
また、奈良井宿においても、国内外から多くの観光客が訪れる一方、その大半が街歩きメインでの滞在。宿泊施設や飲食店の数が限られていることもあり、「食」という点から奈良井宿の魅力をなかなか提案できていないことが地域の問題でもありました。
そこで今回のプロジェクトが目指したのは、奈良井宿を起点とし、木曽漆器・奈良井の曲物といった工芸と、山深い木曽地域に伝承される発酵食と、塩尻のワインを活用して、奈良井宿の豊かな食文化を一連となった食体験として提供することです。
豊かな地域資源がありながらも、それらがバラバラに点在している現状に対して、地域の魅力を一体として感じられる、地域資源をフル活用したペアリングメニューを開発し、地域全体で「食」の価値を発信していけることを目指します。
メニュー開発の強力なアドバイザーとしてお迎えしたのは、「食の外交官」ともいわれる公廷料理人として、日本食の伝統や地域文化と向き合い、地域の資源を「和食」としてアウトプットするプロフェッショナルである出張料理人の工藤英良シェフです。過去にパリ、カナダ、中国において公廷料理人としてグローバルに和食を提供し日本文化を踏まえた「おもてなし」に尽力されてきた経験や、岐阜県飛騨市の「食の大使」として地域独自の食の魅力向上やブランディングに取り組まれた経験があり、文化を踏まえ地域の工芸や歴史的建造物の雰囲気を用いた食の提供を行うことへの知見が豊富であることから、今回のプロジェクトのアドバイザーを依頼することとなりました。工藤シェフと地域の料理人が伴走しながら、「文化財」を切り口とした地域の食のアップデートに向けて検討を進めました。
奈良井を訪れた工藤シェフが様々な地域食材の中から注目したのが、木曽地方に古くから伝わる保存食「すんき」。すんきは、木曽地域の在来品種である赤カブの葉を、塩を一切使わずに植物性乳酸菌で発酵させた漬物で「すんき漬け」とも呼ばれて、地元では刻んで味噌汁に入れたり、鰹節と合わせたり、そばに乗せたりして食べられています。
深い山間にある木曽地域で塩がとても希少だった時代、塩を使わずに、厳しい冬の間も野菜を保存するための知恵として生まれた保存食でした。生きるための知恵として受け継がれ、どの家庭でも作られてきましたが、独特な酸味もあり、最近では地元の若い人にとってはあまりなじみのない食材ともなっていました。
その独特な癖のある味わいに引き込まれたという工藤シェフは「乳酸発酵させたすんきと、乳酸発酵させた樽熟シャルドネとのペアリングは、すんきの可能性を感じさせる素晴らしい組合せでした。木曽の食文化と塩尻のお酒が組み合わさることによって、新たな価値を見い出せると確信しました」と振り返ります。「すんきと白ワインが合う」という工藤シェフのアイデアをきっかけに、地域の料理人と一緒に、すんきを軸にしたワインに合うおつまみの開発が進みました。
工藤シェフとともにメニュー開発を行ったメンバーの一人、奈良井宿の宿「BYAKU -Narai-」のレストラン「嵓 kura」の料理長・友森隆司シェフは、こう話します。
「メニューを考える上で、なぜこの土地ですんきが生まれたのか、そしてなぜ今若い人にはあまりなじみがなくなってしまったのかとか、そういう背景を大事にしました。すんきは、冬の貧しい時期を過ごしていくために生まれた食材。すんきそばがあるのも、他に食材がなかったから。そういったバックグラウンドを考えると、すんきが主役だからといって、華やかに盛大に『かき揚げ』とか作るのは、そもそものすんきの在り方とかけ離れていてバランスが崩れてしまうなと。外の方が驚くメニューよりも、地域の方が『こんな使い方もできるのか。今度家でも漬けてみよう』ってすんきの良さに気づいてくれることが大事かなと思いました。だからこそ、誰でも作れる親しみやすいメニューになるように意識しました。」
「酸っぱくてちょっと苦手なもの」という先入観が無くなり、「食べやすいもの」という気づきが生まれることで、地域の人にとってもすんきがより身近なものになる。そのことが、地域の「食」の価値を向上させ、その魅力を外へと発信する原動力にもつながっていきます。この土地ならではの工夫から生まれた守るべき食文化を、特別なメニュー開発で盛り上げるのではなく、継続して地域に根ざして発展していけるメニューとして再構築する。
試行錯誤を経て完成したのは、4つのおつまみ。「すんきポテトサラダ」「漬物テリーヌ」「市田柿とクリームチーズとすんきの生ハムロール」「鯖缶タルタル」です。メニューの詳細は塩尻市観光ガイド時めぐり「伝統食の新しい提案ー木曽のすんきを活用したレシピー」をご覧ください
実証実験の第一弾として11月26日(日)・27日(月)の二日間、塩尻駅の駅前広場で、開発した4つのおつまみにそれぞれ塩尻ワインをペアリングし、木曽漆器に盛り付けて提供するイベントが開催されました。
毎年秋に、塩尻駅前に特設される芝生の上で塩尻ワインを味わえる屋外イベント「ワインテラス」とのコラボイベントとして開催された実証実験。「ワインテラス」を主宰する、塩尻駅構内のワインバー「アイマニ」のご協力をいただき、グラスワインを注文された方に、それぞれのワインに合わせたおつまみを、木曽漆器に盛り付けて提供しました。ワインはもちろん全て塩尻ワインです。
おつまみを盛り付けた木曽漆器は、「木曽漆器青年部」が行う漆器の貸し出しサービス「かしだしっき」のワッパ皿。奈良井発祥の曲物の技術を使い、曲げわっぱのお弁当の蓋の部分を裏返したような形で日常に使いやすく、木の肌を残した木地にすり漆で仕上げた表面もナチュラルで暮らしになじみやすい印象です。
塩尻のワイナリー「ドメーヌ・スリエ」のすっきり清涼感のあるシャルドネ白ワインと合わせたのは「漬物テリーヌ」。すんき、赤カブの浅漬け、ワサビの葉、白瓜の粕漬けを白菜漬けで巻いて美しいテリーヌに仕上げた一品。様々な味わい、食感、香りの漬物が合わさった複雑な美味しさで、すんきがナチュラルになじみます。
つづいては塩尻で一番古い(※3)ワイナリー「五一わいん」のソーヴィニヨン・ブランの白ワインと合わせたのは「鯖缶タルタル」。すんきのつけ汁と卵と油で作った「すんきマヨネーズ」に、刻んだすんきと鰹節を加えてタルタルソースを作り、市販の鯖缶と合わせた一品。こっくり濃厚な鯖の味噌煮の旨さに、すんきの酸味が効いた爽やかでありながらコクのある仕上がりの「すんきタルタル」がぴったりはまります。
通常、すんきを絞った時に出る汁は切って捨てていたもの。その、すんきの旨みをたっぷり含んだ汁を「酢」の代わりに活用するというアイデアがメニュー開発の肝となりました。乳酸を含んだすんき汁特有のコクが、酢とは違うやわらかくまろやかな味わいを生み出すとともに、塩みも抑えられる。すんきが料理をマイルドな味わいに整えるとともに、乳酸の味わいとワインの相性が非常に良いということが、シェフたちにとっても大きな発見となりました。
3品目は、塩尻「井筒ワイン」の軽めの辛口赤ワイン、マスカット・ベリーAに合わせた「すんきポテトサラダ」。すんきマヨネーズで作ったポテトサラダの上に、さらにすんきで作ったドレッシングをかけたすんき尽くしの一品。ザクザクとした食感が楽しいすんきの酸味と、鰹節の旨み、すんきマヨネーズのコクが癖になる味わいです。
4品目は塩尻「サンサンワイナリー」の重めの赤ワイン、メルローと合わせた「市田柿とクリームチーズとすんきの生ハムロール」。生ハムとクリームチーズの塩味と、長野県の名産品である市田柿の優しい甘みと香りを、すんきの酸味がつなぎ、複雑な味わいのハーモニーが美味しい一品です。
会場には、今回提供されたメニューの紹介とともにレシピを紹介するウェブサイトへのQRコードが記載されたポップが用意され、その場でおつまみのレシピも知ることができる仕組み。実際に食べて美味しいと興味を持った人に「自分でも作ってみよう」と思ってもらうこと、地域の店舗の方が自由にアレンジして展開してもらえることを狙っています。土日の2日間で地元の方や観光客の方など50人以上がおつまみを試食し、評判は上々。「食べやすかった」「すんきはどこで買えるんですか?」とさっそくすんきに興味を持つ方もいました。
「今まですんきは地元の人でも若い世代にはなじみのない食材。扱うのも難しいイメージがあって、アレンジしてみようという発想もありませんでした。でも今回のおつまみはお客さんの評判も良くて美味しかったですし、レシピをアレンジしながらぜひお店でも使っていきたいなと思いました。奈良井宿と塩尻、それぞれの場所で活動している地域のプレイヤー同士が同じプロジェクトに取り組むこともこれまでなかなかできなかったこと。僕らが奈良井に行ったり、奈良井でやっている企画を塩尻に持ってきたり、一緒にプロジェクトをやれると、いろいろな可能性が広がるなと感じました」と、イベントに協力してくださった「アイマニ」のオーナー田中 暁氏。
新しいものをゼロから生み出すのではなく、もともとあった地域の資源を掘り起こし、地域に根ざし継続的に発展させていく今回のプロジェクト。今年は奈良井宿の宿「BYAKU -Narai-」でのおつまみのテスト提供ほか、塩尻のワイナリーでの提供も検討中です。誰もが知っているすんきという伝統食材が絶妙なバランスで他の食材と調和しマイルドなまとまりを作り出してくれるように、すんきを軸に、町並みも工芸もワインも、地域の持つ豊かな文化財が一連の体験としてまとまり、プロジェクトの具体的な取組について検討するための素地が整いました。長い冬のシーズンを迎える深い山間の木曽地域、今後の新たな取組についてじっくりコミュニケーションが始まるのはこれからです。
※1 「奈良井宿観光協会」
※2 「塩尻市観光ガイド時めぐり - 塩尻市のワイナリー」
※3 「五一わいん - ワイン醸造100年を越えて」
■開催概要
観光庁では、令和5年度「地域の資源を生かした宿泊業等の食の価値向上事業」において、 地域資源と地域食材の積極活用等により食の価値を高め、宿泊業の付加価値向上を進めると同時に、地域経済への裨益効果を増大させる取組のあり方について検証を実施いたしました。
これにともない、本事業の取組内容を発表する事業成果報告会を開催することとなりました。
観光産業関係者の皆様(宿泊事業者、自治体の観光部門担当者、DMO、観光協会、観光事業者)をはじめ、ご関心のあるすべての方のご参加をお待ちしております。
■日程
令和6年2月20日(火)15:00-17:00
■参加費
無料
■開催方式
オンライン(Zoom)














