PROFILE: ルーシー・レイルトン/チェリスト、作曲家、キューレーター、サウンドアーティストPROFILE: イギリス出身。ベルリンを拠点に活動。幼少期からクラシックを学び、即興演奏や現代音楽、電子音楽まで表現の幅を押し広げる。4月に最新作「Blue Veil」を発表。PHOTO:NOAM LEVINGER
実験音楽やオーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介するプラットフォーム「MODE(モード)」が、2025年の第一弾プログラムを実施した。パティ・スミス(Patti Smith)と現代音響芸術集団のサウンドウォーク・コレクティヴ(Soundwalk Collective)による最新プロジェクト「コレスポンデンス(CORRESPONDENCES)」をエキシビション(会期は6月29日まで)と、パフォーマンスの二形式で手がけた。どちらも、深刻化する社会問題に焦点を当て、過去の芸術家や革命家を通して、アーティストの役割や人間の本質に迫る内容だ。
パティの9年ぶりの来日ということもあり熱い期待が寄せられた公演は、4月29日に京都で、5月2日と3日に東京にて開催された。詩、映像、音響が重なるダイナミックな演出で6つの作品を表現し、大盛況をおさめたが、その共演者も見逃せない。
中でも、チェロを担当したルーシー・レイルトン(Lucy Railton)に注目だ。幻想的な雪原に足を踏み入れる描写では、ひとたび彼女が弓を取ると一瞬で会場の「気温」が数度下がるような感覚を引き寄せる手腕の持ち主だ。時として、かすかに揺れる風の音や、人間の心の揺らぎすらも自在に「音」にしてしまう、繊細なアプローチが光っていた。
ロンドン王立音楽院を卒業し、現在はベルリンを拠点に「チェリスト」としての枠を超え活躍の場を広げているルーシー。過去には、コンサートの企画やフェスの共同創設者としても活動し、コンポーザーとしてA24が手がける「False Positive(フォルス・ポジティブ)」のサウンドトラック制作に参加。今年4月には、最新作「Blue Veil(ブルー ヴェイル)」をリリースし躍進を続けている。そんな彼女に、これまでの経歴から新作についてのみならず「コレスポンデンス」のパフォーマンスにおける秘話まで話を聞いた。
音楽家の両親のもとで育まれた豊かな感性
――まずは、クラシック音楽やチェロとの出合いから教えてください。
ルーシー・レイルトン(以下、レイルトン): 父は指揮者で教育者、母は歌手でサウンドセラピストという音楽家の家系に生まれました。幼い頃から両親のリハーサルやコンサートに同行する日々で、3歳ごろにはピアノを始め、6歳でチェロに出合いました。そこからの道のりはとても自然なもので「音楽家になりたい」という夢は明確でした。11歳ごろには父が率いる地域のオーケストラに参加し、本格的にクラシックのチェリストとしての道を歩み始めました。今はベルリンを拠点にしていますが、20代まではロンドンで過ごし、クラシックから現代音楽、実験音楽、即興演奏まで幅広いジャンルで演奏活動を行っていました。ダルストンにある音楽ヴェニュー「Café OTO(カフェ・オト)」では10年間にわたってコンサートを企画し、2014年に「ロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティバル(London Contemporary Music Festival)」を共同設立し、5年間プロジェクトに専念しました。
――現代音楽、実験音楽、即興音楽までジャンルの幅を広げたとのことですが、クラシックと比べて、どんな点に魅了されたのでしょうか?
レイルトン: 主に「自由である」という点ですね。ある時期から、クラシックの世界における、厳格な訓練や保守的な制度の中で生きることの難しさを感じていました。もちろん、その領域で学んだ技術や集中力は非常に価値あるもので、勉強もとても楽しかったです。一方で、もっとオープンで多様な世界と関わりたいという気持ちが強くなっていきました。自分自身の「声」や「言語」を育てることができる可能性を探りたかった。もっと言うと、社会的、政治的、創造的にも広がりが必要だったんです。また、音そのものを探求できることも魅力でした。電子音楽や即興演奏は、未知なる音世界への探検であり、私自身の世界に生きることでもあるんです。それは拡張性があり、無限に変化するものです。
PHOTO:NOAM LEVINGER
10年におよぶ「音の実験」でたどりついた場所
――4月に最新作「Blue Veil」を発表しましたね。電子楽器やペダル、エフェクトなどは使用せず、限りなくチェロにフィーチャーした作品ですが、こうしたアプローチに至ったのはなぜだったのでしょうか?チェロと対峙し原点回帰のような位置付けになるのでしょうか?
レイルトン: アルバムをリリースしながら、この10年間は音の実験を重ねてきました。まさに、未知の領域に足を踏み入れる冒険とも言える体験です。本作はベルリンでの経験から生まれたもので、ここで出会った素晴らしい音楽家たちとともに「純正律(Just Intonation)」という、倍音に基づいた特殊な音律の世界を知りました。そこでたどり着いたのが、自分との対話のような本作で、チェロを一人で演奏し、その音や振動、特別なチューニングによって生まれる色彩を聴くという「聴くことの実践」でもあります。これは音楽や旋律、ハーモニーよりも「運命」や「透明さ」に関わるものとも言えますね。一人でチェロを弾くことは私にとって最大の喜びであり、瞑想のようで、とても深い滋養を与えてくれます。
――「MODE 2023」で共ににプレイしたカリ・マローン(Kali Malone)とスティーブン・オマリー(Stephen O'Malley)によるプロデュースという点もとても興味深いのですが、彼らとは音作りにおいて、どんな点で共感、共鳴していると感じますか?
レイルトン: 私たちトリオやカリの音楽は、基本的に同じ「純正律」の実践に基づいています。しかし、共鳴しているのは音律だけでなく、音や存在を通じた「超越」に対する感覚ですね。スティーブンのバンド「Sunn O)))(サンオー)」は、その持続性・物質性・超越性に富んだパフォーマンスにおいて、身体で感じる音響体験、精神や身体への影響、振動の力を追求しています。これらは世界中の音楽的・精神的文化で探求されてきたアイデアでもあります。トリオでの演奏は、電子音、アコースティック音、増幅されたギター音を融合させ、古代と現代の音源を織り交ぜた「音のタペストリー」を作り上げていくような感覚です。これはチェリストとしても電子音の探究者としても、両方の自分を体現できるとても大切な場所です。
PHOTO:NOAM LEVINGER
「聴くこと」と「支え合う」ことで深まる「コレスポンデンス」
――今回は、パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴによる最新プロジェクト「コレスポンデンス」でのパフォーマンスのために来日ですね。どのような経緯で参加することになったのでしょう。また、先ほどもソロワークとは違うアプローチについても語っていただきましたが、このコラボレーションをどう捉えていますか?
レイルトン: 世間は狭いもので、私もサウンドウォーク・コレクティヴもベルリン拠点だったからです。このプロジェクトは非常に特別で、共同作業のあり方も独特です。私たちは全員がパティの言葉に鋭く集中し、パフォーマンスのダイナミクス、スピード、エネルギーに非常に敏感である必要があります。演奏方法はサプライズに満ちていて、非常に刺激的です。私の役割はある程度自由度があり、パティの言葉とサウンドウォーク・コレクティヴによる電子音の構造に即興で応えるというスタイル。すべてのコラボレーションにおいて言えることですが、大切なのは「聴くこと」と「支え合うこと」です。このショーは、エネルギーや空間を与え合い、言葉に反応し、音の質感を加える、という交換の場でもあります。自分が主導するのではなく、アートとメッセージに奉仕する立場です。音、映像、言葉が一体となった大きなビジョンの一部として、私はその世界に貢献する存在です。
――本プロジェクトにおける音作りのプロセスについて。サウンドウォーク・コレクティヴのステファン・クラスニアンスキー(Stephan Crasneanscki)のフィールドレコーディングをベースに、パティが詩と声を重ねていく作業を行なったと聞きました。そこから、あなたに求められたのはどんな「音」だったのでしょうか?
レイルトン: 私の役割はさまざまで、メロディやテーマ性のある要素を担うこともあれば、もっと背景に溶け込むようなサポート的な立ち回りもあります。サウンドウォーク・コレクティヴのステファンのフィールドレコーディングや、シモーネ・メルリ(Simone Merli)が制作した電子音に呼応するかたちで、私は多くの素材を録音しました。パティの詩を念頭に置きながらスタジオで即興演奏をし、小さな構造やモチーフ、メロディを生み出し、それが音楽の骨格を形づくる一助になればと考えていました。一方で、素材の質感や空気感を足すだけのときもあります。時には自分の音がミックスの中で完全に隠れてしまうようなことも。でも、それがこのプロジェクトの面白いところです。音の階層に上下がないというか、アンチ・ヒエラルキー的な美しさがある。ディエゴ・エスピノサ・クルス・ゴンザレス(Diego Espinosa Cruz González)のパーカッションが主役になることもあれば、氷が砕ける音や子どもの声が中心になることもある。私は誰にも聞こえないような「空気の音」を奏でるのも、はっきりとしたメロディを弾くのも、どちらも心地良い。ただ、パティの詩が伝える世界観を、音で共に形づくろうとしているのです。
――扱うテーマとして、原発事故、森林火災、絶滅危機といった深刻化する社会問題とともに、過去の芸術家や革命家を通して、アーティストの役割や人間の本質に迫っています。アーティストとしてあなたが感じたことや考えたことは?
レイルトン: とてもシンプルなことですが、私たち全員に役割があると思います。人々に気づきを与えること、責任ある行動をとること、人を励ますこと、そして互いに耳を傾けること。このプロジェクトは、私たち演奏者にも観客にも、そうした意識を呼び起こしてくれます。パティは本当にインスピレーショナルな人で、ほかの共演者含め、素晴らしいアーティストたちとともにステージに立てるのは大きな喜びです。観客も私たちも同じ空間で、彼女が提示する問いに向き合い、考えることができる。芸術が、集団的な体験や再評価の場となりうるということを、改めて実感しています。パフォーマンスの力は、私たちに問い続ける姿勢や意識を保つことの大切さを教えてくれます。
――最後に、直近のリリースやニュースを教えてください。
レイルトン: すでに触れていただきましたが、ソロチェロアルバム「Blue Veil」がリリースされました。いつか日本でもこの作品を披露できたらうれしいです。今はそれが一番のニュースです!
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