渚の神事。7人のシェフが能登の6000年に向き合った、奇跡の二日間。[NOTO NO KOÉ/石川県七尾市]

七尾湾を望む旧塩津海水浴場の渚に、白いオクタゴンテントが張られました。五月の風が海の香りを運ぶなか、砂地に二十の席が整えられ、テーブルの向こうには七尾湾がひらけています。遠くに能登島が浮かび、波がゆっくりと砂浜に打ち寄せる。それ以外に音はありません。

2026年5月30日、31日の二日間、日本の食の歴史に刻まれるべき宴が、この渚で静かに幕を開けました。集ったのは、この国の料理シーンを牽引してきた7人のシェフたちです。東京・大阪を拠点に世界水準の評価を受け続ける料理人たちが、ひとつのコースをともに紡ぐ——。

これほどの顔ぶれが一堂に会し、ひとつの物語を共に創り上げることは、日本の飲食史においても稀有な出来事といえます。その舞台が、震災以降、客足がいまだ遠のいたままの能登半島・七尾の海辺であったことに、「NOTO NO KOÉ」という取り組みの本質があります。

七尾湾を望む旧塩津の渚に、白いテントが張られた。『Villa della pace』眼の前の海辺が、この日だけの舞台へと変わる。

6000年の歴史を現代に紡ぐ「能登饗藝料理」という思想

なぜこれほどのシェフたちが、能登に引き寄せられるのでしょうか。

その問いへの答えは、ひとりのフランス人シェフの記憶に遡ります。2018年、コラボレーションイベントの準備で初めて能登を訪れたリオネル・ベカシェフ(『ESqUISSE』)は、その光と景色に心を奪われました。以来、能登に通い続けた彼が出会ったのが、ホストシェフ・平田明珠シェフ(『Villa della pace』)です。東京から能登へ移住し、自然と食材の声に正面から向き合いながら料理を探求する平田シェフの姿に、リオネルシェフは「自分と同じタイプの料理人だ」と感じたといいます。

2024年1月の能登半島地震は、その絆をより強くしました。
同年5月、リオネルシェフは東京・銀座『ESqUISSE』で「NOTO NO KOÉ」第一回を開催します。炊き出しがようやく終わった頃、地震の傷がいまだ生々しかった当時、平田シェフはそのイベントを「希望だった」と振り返ります。「ノトノコエ」という言葉に導かれるように、会は第二回、第三回と能登の地で重ねられてきました。そして今回、初めて海を眼前に臨む屋外の渚へと舞台を移した第四回が実現しました。

リオネルシェフが一貫して語るのは、「美しいものを見せることに意味がある」という信念です。「自分はお金とか、そういうことではない価値を表現している」——不安を煽る情報があふれるなかで、料理を通じて能登の美しさと大切なものを届けることこそが、自分の役割だと言います。

その信念が、「能登饗藝料理(のときょうげいりょうり)」という思想と交わりました。平田シェフが提唱するこの概念は、能登の郷土料理や食文化を発想の原点に据え、現代料理へと昇華させていくものです。約6000年前から人が暮らしていたといわれる能登。人が自然と向き合い暮らしてきたこの悠久の歴史に、自身の思いを重ねることで生まれた思想です。

さらに半島という地形ゆえに古くから多様な文化が交わってきた能登では、外来の技術や感性が土着と混じり合うことこそが「能登らしさ」なのだと、平田シェフは言います。震災をきっかけに失われつつある食文化への危機感が、この思想をより鮮明にしました。

今回のコースが拠り所としたのは「あえのこと」。
田の神様を家に迎え、目に見えない存在を「あたかもそこにいるかのように」丁重にもてなす、能登に古くから伝わる農耕儀礼です。7人のシェフはそれぞれ、この神事に登場する伝統料理をテーマに割り振られ、各自のフィルターを通して一皿に落とし込みました。リオネルシェフの呼びかけに各地の料理人が自らの意志で応えたこの宴は、行政や組織が主導したものではなく、純粋に料理人たちが能登の食文化に向き合うなかで生まれた、自主的な試みです。
 

二十の席から、七尾湾がひらける。波音だけが聞こえるかつての海水浴場に整えられた食卓が、静かにゲストを迎えた。

この日の語り部を務めたナビゲーターのクリス智子氏。料理の背景に宿る能登の物語を、軽やかに卓上へ届けた。

ドリンクペアリングをディレクションした『Villa della Pace』のソムリエ・塩士卓也氏。七皿に寄り添うグラスが、食卓の奥行きを広げた。

七尾湾を前にしたアペリティフの時間。祭りの時期に家の門戸を開け放って提灯を吊るし、酒を酌み交わす「ヨバレ」という風習に重ね、皆で酌をしあう演出。

七皿が語る、能登の記憶

コースはまず、アルコールはシャンパーニュ、ノンアルコールはコンブチャと大谷塩を合わせたドリンクで始まりました。
口にした瞬間、穏やかな潮の余韻が広がります。乾杯で「ハレ」の空気を渚に満たすと、七尾湾を前にした二十名のゲストは、これから始まる神事への期待を高めました。

コースの口火を切ったのは、池端隼也シェフ(『L'Atelier de NOTO』)のアミューズです。能登出身の料理人として「ようこそ能登へ」と迎え入れる役を担った池端シェフは、鮎の塩漬けと春蘭、えごを合わせ、黒文字の香りで山の景色を一皿に宿らせました。繊細で素朴な食材たちが、能登の山と海の記憶を静かに呼び覚まします。

生江史伸シェフ(『L'Effervescence』)が担当したのは「豆腐」です。珠洲の豆乳と、震災を乗り越えて今も輪島の海に潜り続ける海女が手がける海藻を合わせた氷豆腐は、かつて能登に存在し失われつつある「輪島素麺」との出合いからも着想を得た一皿です。皿の上には透き通るような美しさが広がり、噛むほどに素材の誠実さが伝わってきます。

小林寛司シェフ(『villa aida』)が手がけた「あいまぜ」は、本来は冬の根菜料理です。10種の夏野菜と能登の伝統保存食「うち豆」のペーストで仕上げ、千切りにして混ぜ合わせるという伝統の所作はそのままに、鮮やかな色彩と生き生きとした香りが卓を賑わせました。「和歌山では今が真夏なのに、能登に来たら季節が少し戻った感じがする」と語った小林シェフ。その瑞々しさは、能登の初夏そのものでした。

魚料理を担ったリオネルシェフが選んだのは、神事において神様の視力回復を願うとされる大きな目の魚、カサゴです。自家製の麦味噌とアプリコット、フェンネルの花粉のソースが皿を照らし、「皿に光をもたらす」という言葉通りの一皿が届きました。噛むたびに土と風と光の香りが広がると、リオネルシェフは言います。能登の農漁家が費やしてきた時間と敬意が、ひと口に宿っていました。

高田裕介シェフ(『La Cime』)の肉料理は、驚きとともにテーブルに届きました。あえて強い食感を残し、黒文字と海藻でボイルすることで土地の香りを肉の奥深くへと宿らせています。添えられた干し肉は、半分はその場で食べ、もう半分は小さな袋に包んでお土産に。「後日食べたとき、今日の体験が蘇ってほしいのです」——その記憶は、食後も能登とともにあり続けます。

ホストの平田シェフがコースを締めたのは、中島町河内という在所の在来種「河内豆」を使った豆ご飯です。蓮の葉で包まれた一椀をほどくと、湯気とともに豆の甘い香りが漂います。担い手不足で存続の危機にある地元の祭り「塩津かがり火恋祭り」への思いを込め、「この町で採れるものだけで完結させたかった」と語る平田シェフ。草刈りをしながら見えた範囲の食材だけで完成したこの一皿は、この土地への、もっとも純粋な眼差しでした。

デザートを担った加藤峰子シェフ(『FARO』)が選んだ題材は「すいぜん」。能登の法事に伝わりながら日常の継承が途絶えた、幻の料理です。「水を食べる」をテーマに、米粉と天草で透明な質感のベースを作り、ベルガモットと黒文字、能登の野いちごで雨上がりの夕日の情景を描きました。その静けさと余韻が、長いコースをしなやかに結びます。
 

日本を代表するシェフたちが肩を並べ、和やかに言葉を交わしながら七皿を組み上げていく。めったに見られない厨房の光景。

野外に設えられた特設厨房では、調理そのものが風景になる。炎と香りが、渚の空気に静かに溶けていった。

言葉は少なく、動きで伝わる。一流のシェフたちが同じ厨房に立つとき、暗黙の連携が自然に生まれていた。

池端隼也シェフ「能登の記憶」。えご、春蘭、黒文字の香り——地元の山と野が、最初の一皿に静かに宿った。ペアリングはParmantier F&S  Les Oriseaux (シャンパーニュ)/郁子の花のコンブチャ、大谷塩。

生江史伸シェフ「輪島、珠洲の旅。」。珠洲の豆乳と輪島の海の記憶が、透明な氷豆腐として皿に結晶した。ペアリングはイタヤファーム 海のブラン アルバリーニョ2025(石川県羽咋市千里浜)/柚子の新芽のアロマウォーターで水出しにした玉露。

小林寛司シェフ「あいまぜ」。10種の夏野菜を千切りにして和える、冬の伝統料理の夏の再解釈。ペアリングは
モンガク谷 楢2023(北海道余市町)/ニセアカシアのコンブチャ、山独活、ホップ。

リオネル・ベカシェフ「静かな気配」。自家製の麦味噌とアプリコット、フェンネルの花粉が、皿に光をもたらした。ペアリングはセイズファーム プライベートリザーブ アルバリーニョ2023(富山県氷見市)/アオサ、金萱烏龍茶。

高田裕介シェフ「纏(まとい)」。まず干し肉を噛み締め、続いて黒文字と海藻でボイルした牛肉へ。土地の香りが肉に纏う。ペアリングはドメーヌタカヒコ ナナツモリ ピノノワール2024(北海道余市町)/ハマゴウ、香駿紅茶。

平田明珠シェフ「塩津かがり火恋祭り」。蓮の葉をほどくと、河内豆の豆ご飯が湯気と香りとともに現れた。ペアリングはくびき茶、レモンの花(ノンアルコールのみ食事のお茶として)。

加藤峰子シェフ「すいぜん」。「水を食べる」という命題から生まれた、透明で静かな最後の一皿。ペアリングは白藤酒造 奥能登の白菊 貴醸酒 2025BY(石川県輪島市)/冷やし飴、辛夷の枝、ホエー。

饗宴は終わり、能登の奥深さを知る

この日のゲストのひとりとして訪れた石川県の浅野大介副知事は、席上こう語りました。

「能登の食文化は、地元の伝統食からトップシェフの料理まで、幾層に重なる厚みのあるコミュニティになるべきだ。今、能登にはミシュランの星を持つシェフが5人いる。それを10人、15人へと増やしていきたい」

この言葉には、具体的な政策的意図が込められています。優れた生産者と豊かな自然を持つ能登の魅力を活かし、次世代の料理人を誘致すること。それは半導体工場を誘致するのと同じように、地域の未来を変えうる投資だと副知事は言います。「箱物を作るだけでなく、目に見えない食文化にも価値を見出し、予算化して保護する」——サン・セバスチャンのように食を目的に世界中から人が訪れる場所へ。能登のポテンシャルは、すでにそこへ向かい始めています。

7つの皿のそれぞれに、6000年の歴史が息づいていました。料理人たちの自発的な意志が集まり、行政が後押しし、食文化が次の世代へと確かに手渡されていく。「行っていいのかな、と思ったなら、まず行ってみてほしい」——この場で語られたその言葉こそ、今の能登へ向かう最良の羅針盤かもしれません。
 

食事の途中、シェフが卓にやってくる。料理の背景を直接聞けるこの時間が、一皿の奥行きをいっそう深めた。

マイクを握る浅野副知事。異なる立場からともに能登の未来を思う仲間として、熱量のある言葉を語った。

あるシェフはウェットスーツを着て海に潜り、あるシェフは周辺に生える草花を探す。シェフたちの自然との関わり方は真っ直ぐ。

おいしさだけでなく、思いだけでもなく、土地の記憶と作り手の誠実さが重なるとき、料理は体験になる。

潮の香りと山の緑、静かに広がる七尾湾。この半島の美しさは、一度訪れた人の記憶に長く残り続ける。


PHOTO:MOE KURITA

協力:北陸チャリティーレストラン
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