阪神梅田本店のタイガース優勝セールに行列3000人 17ゲーム差独走で店側の準備は万全

阪神梅田本店の「祝 阪神タイガース優勝記念セール」が8日9時30分にスタートした。オープニングセレモニーには、吹奏楽団による「六甲おろし」の生演奏をバックに球団のマスコットキャラクターのトラッキー、ラッキー、キー太に加え、コラッキーも登場。関係者とともにくす玉割りをして祝祭ムードを盛り上げた。

西井秀麿本店長は「球団創立90周年という記念すべき年に、阪神タイガースが史上最速で優勝し、我々も史上最速で阪神優勝セールが行われることを大変喜んでいる。今回は全国の阪神ファンにむけて初めて、ECでも阪神のオリジナルグッズを販売するので、多くの来店を期待している」と語った。今シーズンは開幕当初から快進撃を飛ばし、終わってみれば2位に17ゲーム差の独走優勝だった。「2年前の優勝セールのときより余裕を持ってセールの準備ができたので、前回以上に多様な商品ラインナップを展開している」。

売り上げ目標は、大きな経済効果をもたらした前回並みの数字を計画。「通常の9月の1週間の売り上げの約3倍を目指している」という。ちなみに、1985年の優勝時は期間売り上げ40億円、2005年には同30億円を達成。2年前もそれに近い売上げを達成したいとしていたが、正確な売上げは公表していない。

開店時間には待ちかねた阪神ファンら約3000人が並んだ。18年ぶりの優勝に沸いた2年前が約2000人だったことを考えると、期待の高さがうかがえる。地下食品売り場では、記念ロゴ入り商品を販売する「たねや」「クラブハリエ」「アンテノール」に長蛇の列ができた。トラッキーのイラスト入り菓子缶を販売する「太陽の塔」でも、かわいいイラストに引かれて大勢の女性客が並んだ。

東大阪から始発でやったきた女性は1985年のバース時代からずっとファンという。「2年前はニュースを見て優勝セールがにぎわっているのを知った。だから今年こそは朝イチで商品を手に入れたいと思った。リーグ優勝記念ロゴ入りグッズやお楽しみ袋を買って帰りたい」と話した。西宮市在住の20歳の女子大生は「両親に連れられて子供の頃は月1回ペースで甲子園で応援した。今年はチケットがとれずなかなか行けなかったけど、今日は優勝記念ロゴ入りのどらやきを買いたい」と笑顔で答えた。

優勝記念セールは14日まで、阪神梅田本店全館(8割以上)と阪神オンラインストア「E-STORE」で開催される。オンラインストア限定のリーグ優勝記念ロゴ入り純金メダル(15万4000円)も。1階「阪神タイガースショップ TEAM SHOP CLUBHOUSE」では、「リーグ優勝記念ロゴ入り球団オリジナルグッズ」を17日から販売する。2階「イベントテラス」では、今回のために特別に用意されたビルマ産のルビーの指輪(9000万円)を展示し、注目を集めていた。

大阪では、大阪・関西万博が閉幕に向けてますます盛り上がりを見せている。そこに阪神優勝が重なったことで、関西人の消費意欲がさらに高まることが期待されている。

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「ゴアテックス」が25年秋冬で完全PFASフリー達成 8000メートル峰全14座登頂の登山家招きトークショー

「ゴアテックス(GORE-TEX)」は防水・透湿・防風性を備える素材として、アウトドアシーン向けのシェルとしてはもちろん、街着のアウターとしても支持を広げている。同ブランドは2025年秋冬で、全製品をPFAS(ピーファス)フリーに切り替えた。これに合わせ、日本ゴアは登山家の竹内洋岳氏、渡邊直子氏を招いたトークイベントや「ゴアテックス」製品の修理受付などのイベントをメディア関係者向けに開催。本国WLゴア&アソシエイツのサステナビリティ担当者によるプレゼンテーションも実施した。

PFASは1万種以上あるとも言われる有機フッ素化合物の総称で、安定性が高く水や油をはじく性質が重宝されて、衣料品のはっ水・防水加工にも長らく使われてきた。しかし、分解されづらく環境残留性が高い点が指摘されており、欧州や米国の一部州で規制やそれに向けての議論が進んでいる。

「ゴアテックス」では、まずは生地表面の加工に使うはっ水剤を18年からPFASフリーに順次切り替え、防水・透湿・防風性能のキモであるメンブレンと呼ばれる膜についても、PFASフリー化を模索。PFAS不使用の延伸ポリエチレン(EXPANDED POLYETHYLENE、略称ePE)のメンブレンを開発し、22年秋冬から一般アウトドア向け製品で切り替えを始めた。25年秋冬に、極限のアウトドア環境での着用を想定した「ゴアテックス プロ」製品もePEメンブレンに完全に切り替え、これによりPFASフリーを達成した。

WLゴア&アソシエイツのサステナビリティステークホルダーエンゲージメント担当というマリー・マウェ氏はプレゼンテーションで、製品のライフサイクルアセスメントにおいて、「製品をリサイクルをすることで減らせる環境負荷は最大でも20%であり、それよりも製品の耐久性(durability)を高め、長く使い続けることが重要」と強調。課題として、「衣服の耐久性を測定する業界共通の評価方法がない」ことを挙げ、スウェーデンのミッドスウェーデン大学で行われている機能性テキスタイルの研究に、「ゴアテックス」をはじめアウトドアブランドやワークウエアメーカーなど45企業・団体が参加していることなどを紹介した。

ePEメンブレンへの切り替えで、防水・透湿・防風性能は以前と変わらないが、フッ素化合物由来のはつ油性だけは失われる。ゆえに、洗濯など日々のケアが耐久性向上のためにはますます重要となる。それで、世界の8000メートル峰全14座の登頂に日本で初めて成功した竹内氏と、日本女性初の全14座登頂者である渡邊氏という、「ゴアテックス プロ」製品愛用者を招いてのトークショーを行った。

竹内氏は、1996年のエベレスト・K2連続登頂時に着用していた、「ゴアテックス」使用の「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のシェルを紹介しつつ、「あえてコインランドリーで、洗剤なしで洗う」という自身の「ゴアテックス」製品ケア方法を紹介。日本女性初の8000メートル峰全14座登頂者の渡邊氏は「私は手洗い派」と紹介しつつ、遠征中にシェルが破損した際のケア方法なども語った。

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「ゴアテックス」が25年秋冬で完全PFASフリー達成 8000メートル峰全14座登頂の登山家招きトークショー

「ゴアテックス(GORE-TEX)」は防水・透湿・防風性を備える素材として、アウトドアシーン向けのシェルとしてはもちろん、街着のアウターとしても支持を広げている。同ブランドは2025年秋冬で、全製品をPFAS(ピーファス)フリーに切り替えた。これに合わせ、日本ゴアは登山家の竹内洋岳氏、渡邊直子氏を招いたトークイベントや「ゴアテックス」製品の修理受付などのイベントをメディア関係者向けに開催。本国WLゴア&アソシエイツのサステナビリティ担当者によるプレゼンテーションも実施した。

PFASは1万種以上あるとも言われる有機フッ素化合物の総称で、安定性が高く水や油をはじく性質が重宝されて、衣料品のはっ水・防水加工にも長らく使われてきた。しかし、分解されづらく環境残留性が高い点が指摘されており、欧州や米国の一部州で規制やそれに向けての議論が進んでいる。

「ゴアテックス」では、まずは生地表面の加工に使うはっ水剤を18年からPFASフリーに順次切り替え、防水・透湿・防風性能のキモであるメンブレンと呼ばれる膜についても、PFASフリー化を模索。PFAS不使用の延伸ポリエチレン(EXPANDED POLYETHYLENE、略称ePE)のメンブレンを開発し、22年秋冬から一般アウトドア向け製品で切り替えを始めた。25年秋冬に、極限のアウトドア環境での着用を想定した「ゴアテックス プロ」製品もePEメンブレンに完全に切り替え、これによりPFASフリーを達成した。

WLゴア&アソシエイツのサステナビリティステークホルダーエンゲージメント担当というマリー・マウェ氏はプレゼンテーションで、製品のライフサイクルアセスメントにおいて、「製品をリサイクルをすることで減らせる環境負荷は最大でも20%であり、それよりも製品の耐久性(durability)を高め、長く使い続けることが重要」と強調。課題として、「衣服の耐久性を測定する業界共通の評価方法がない」ことを挙げ、スウェーデンのミッドスウェーデン大学で行われている機能性テキスタイルの研究に、「ゴアテックス」をはじめアウトドアブランドやワークウエアメーカーなど45企業・団体が参加していることなどを紹介した。

ePEメンブレンへの切り替えで、防水・透湿・防風性能は以前と変わらないが、フッ素化合物由来のはつ油性だけは失われる。ゆえに、洗濯など日々のケアが耐久性向上のためにはますます重要となる。それで、世界の8000メートル峰全14座の登頂に日本で初めて成功した竹内氏と、日本女性初の全14座登頂者である渡邊氏という、「ゴアテックス プロ」製品愛用者を招いてのトークショーを行った。

竹内氏は、1996年のエベレスト・K2連続登頂時に着用していた、「ゴアテックス」使用の「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のシェルを紹介しつつ、「あえてコインランドリーで、洗剤なしで洗う」という自身の「ゴアテックス」製品ケア方法を紹介。日本女性初の8000メートル峰全14座登頂者の渡邊氏は「私は手洗い派」と紹介しつつ、遠征中にシェルが破損した際のケア方法なども語った。

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「ハイドロゲン」が阪急うめだでポップアップを開催 高機能なゴルフウエアがそろう

イタリア発のラグジュアリースポーツブランド「ハイドロゲン(HYDROGEN)」が、阪急うめだ本店 8階 コトコトステージ82にて、ポップアップストアを9月10日から16日まで開催する。

本イベントでは、刷新されたゴルフラインの新作アイテムが登場するほか、高品質かつ高機能な素材を用いたスポーツ&デイリーウエア、アクセサリーなど、「ハイドロゲン」ならではの幅広いラインアップが展開。ブランドは2003年の設立以来、多ジャンルのスーパーブランドとのコラボレーションなどで注目を集めている。

ブランド名「ハイドロゲン」は“⽔素”を意味し、未来の“燃料”のように、常に前進し続けるブランド精神を象徴。今回のポップアップでは“未来的な融合”をテーマに、コアファン向けのアイテムから日常使いできる高機能ウエアまで、“進化し続ける「ハイドロゲン」”を体感できるコレクションがそろう。

ポップアップ概要

▪️「ハイドロゲン」ポップアップストア
日程:9月10日〜16日
会場:阪急うめだ本店 8階 コトコトステージ82
住所:大阪府大阪市北区角田町8-7

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「ハイドロゲン」が阪急うめだでポップアップを開催 高機能なゴルフウエアがそろう

イタリア発のラグジュアリースポーツブランド「ハイドロゲン(HYDROGEN)」が、阪急うめだ本店 8階 コトコトステージ82にて、ポップアップストアを9月10日から16日まで開催する。

本イベントでは、刷新されたゴルフラインの新作アイテムが登場するほか、高品質かつ高機能な素材を用いたスポーツ&デイリーウエア、アクセサリーなど、「ハイドロゲン」ならではの幅広いラインアップが展開。ブランドは2003年の設立以来、多ジャンルのスーパーブランドとのコラボレーションなどで注目を集めている。

ブランド名「ハイドロゲン」は“⽔素”を意味し、未来の“燃料”のように、常に前進し続けるブランド精神を象徴。今回のポップアップでは“未来的な融合”をテーマに、コアファン向けのアイテムから日常使いできる高機能ウエアまで、“進化し続ける「ハイドロゲン」”を体感できるコレクションがそろう。

ポップアップ概要

▪️「ハイドロゲン」ポップアップストア
日程:9月10日〜16日
会場:阪急うめだ本店 8階 コトコトステージ82
住所:大阪府大阪市北区角田町8-7

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【スナップ】「マルニ」がギンザシックスに世界初のカフェをオープン 桐谷美玲や桜田通、松井愛莉らが来場

「マルニ(MARNI)」はギンザシックス(GINZA SIX)に世界初の“「マルニ」カフェ”をオープンした。「マルニ」独自のアプローチで、既成概念にとらわれることのないフィロソフィー"カラー アウトサイド ザ ライン(COLOR OUTSIDE THE LINES)"を食のコンセプトとして表現したメニューを用意している。予約は公式サイトから受け付け中だ。

グラフィカルなテーブルウエアなど豊かな色彩

「マルニ」がパートナーシップを組む、ベルギー発のデザインブランド「セラックス(SERAX)」とのグラフィカルなテーブルウエアが店内に彩りを添える。店内は、「マルニ」らしい配色を組みわせて豊かな色彩を生み出した。黒い大理石のテーブルやポリッシュ仕上げのスチールは、壁やテーブルウエアのビビットな配色との対比を生み、モダンな印象を与えている。

素材の魅力を活かしたメニュー

アサコ イワヤナギ パティスリーと開発したメニューは、スイーツを中心に、味、鮮度、彩りにこだわったものに仕上げ、季節によって提供内容が変化する。グランドメニューほか、テイクアウト、オープンから14時までオーダーできる“マルニセット”(4種、6380〜7920円)を用意している。さらに、カフェで使用する“「マルニ」×「セラックス」コレクション “のテーブルウエアは購入可能。食卓を華やかに彩るアイテムが手に入る。

来場者スナップ

同店のオープンに先駆けて行われたレセプションパーティーでは、桐谷美玲をはじめ、佐藤晴美、桜田通、松井愛莉、本島純政らが、カフェのグランドオープンを祝した。

カフェ概要

▪️“「マルニ」 カフェ”
店舗名:「マルニ」 カフェ
オープン日:9月5日
時間:10:30〜20:30
定休日:ギンザシックスに準ずる
場所:ギンザシックス 3階
住所:東京都中央区銀座6-10-1
>公式サイト

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【追悼】「ジョルジオ・アルマーニ氏の訃報によせて」 伊藤忠商事 岡藤正広会長CEO

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)が9月4日、ミラノで死去した。91歳だった。世界的なデザイナーであるアルマーニ氏の訃報に、日本における「アルマーニ」ブランドを広めた立役者の一人である伊藤忠商事の岡藤正広会長CEOが追悼文を寄せた。

巨星墜つ ジョルジオ・アルマーニ氏の訃報によせて

ジョルジオ・アルマーニ氏のご逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
ファッション界の一時代を作り、大革命を起こしたアルマーニ氏は、類まれな才能を持つ偉大なデザイナーであると同時に有能な実業家でもありました。ファッションの領域を超えた多くの事業の隅々にまで彼の哲学を浸透させた、まさに天から二物を与えられた人でした。

伊藤忠商事は、およそ20年にわたって「アルマーニ」の日本におけるパートナーでした。1987年に、激しい争奪戦のすえ日本展開の権利を勝ち取ったのです。今だから言えることですが、その契約には伊藤忠側にリスクのある内容が多く含まれ、一方的と言わざるを得ない厳しい条件が課されたものでした。経営会議では幹部の猛反対にあい、社内を説得するのに大変苦労しました。また当時、アルマーニ氏の公私にわたるパートナーであったセルジオ・ガレオッティ氏がエイズにより亡くなり、それがアルマーニ氏の心身に深刻な影響を及ぼしビジネスの継続にも差し障るのではと、とても心配したことを思い出します。

しかしバブルの時代背景とともに、狙い通りアルマーニは大ブームとなりました。上品で柔らかな色使い、エレガントなシルエットかつ快適な着心地の服は、他と一線を画するものでした。アルマーニを日本に導入することでイタリアブームを先駆けて巻き起こし、イタリアの伝統・文化を日本に根付かせることに貢献できたことはとても嬉しく、私のキャリアにおいても生涯忘れられないブランドのひとつです。

創業デザイナーを失った今、ブランドがどうなっていくのか、今後の行く末に注目しています。私の経験上、創業者がいなくなるとブランド力はどうしても落ちる。数多くの高級ブランドが巨大グループの傘下に集約される中、一貫して独立経営を貫いてきたことは素晴らしいことですが、それはジョルジオ・アルマーニ氏の非凡な才能があってこそ。ブランドを後世に残していくためには、組織としての変革が不可避です。

世界を魅了した創造への情熱は、これからも多くの人々の心を動かし続けることでしょう。「ファッション界の巨人」の名にふさわしい、偉大なご功績に深甚なる敬意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

伊藤忠商事 代表取締役会長CEO 岡藤正広

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産地×デザイナーの協働から生まれる新しい工芸 「地産地匠アワード2025」発表

中川政七商店は9月3日、2024年から同社が主催するデザインアワード「地産地匠アワード2025」の授賞発表式を東京ポートシティ竹芝で開催した。同アワードは「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げる中川政七商店がものづくりの新たな循環を目指す取り組みで、産地のメーカー(地産)と地域のデザイナー(地匠)が協働して生み出すプロダクトを募集し、受賞後の販路まで支援するもの。受賞した製品は10月23日から「中川政七商店 渋谷店」や「ニュウマン高輪店」などの直営店とオンラインショップで販売する。

審査員は手工業デザイナーの大治将典Oji & Design代表、長田麻衣SHIBUYA109エンタテイメント SHIBUYA109 lab.所長、クリエイティブディレクターの坂本大祐オフィスキャンプ代表社員、矢野直子・積水ハウス業務役員兼デザイン設計部長が務めた。

「一番安い工芸」を100年売り続けるためのデザイン

プレエントリー112点、本エントリー69点からグランプリに選出したのは廣箸の2代目中磯まき子社長と菅野大門「A4/エーヨン」主宰による吉野檜の「大門箸」(奈良県)だった。製品の完成度に加えて地域と環境、文化を包括的に考えたアプローチと、デザイナーがメーカーに深く入り込み情熱を注いだ姿勢が高く評価され、満場一致での受賞となった。

開発に要したのは約2年。箸先を極限まで細くすることで料理の繊細な味わいを引き立たせる非対称の美しいデザインが特長で、無塗装の白木が持つ清らかな香りや軽さを活かした。半年から1年程度の耐久性があるため “使い捨てない使い捨て箸”を提案する。また、原料は林業で生まれる端材を活用しており、割り箸は山を維持するための間伐にも一役買っていることもアピールした。

廣箸はこれまで数社の問屋を介して割り箸を卸していたため、価格交渉が容易ではなかった。一方、自社ブランドとしての流通を目指す「大門箸」は、すでに小売店や飲食店、懐石料理店と直接取引を開始しており、収益向上による事業の持続性が期待できる。菅野は製品生産を始める前に、自主的に巻取り作業と機械化や帳簿・請求書のデジタル化、トイレや事務所改修、輸送効率改善など会社の基盤を整え、また、将来的に丸太から買って芯材は建材として端材を箸づくりに生かすことも提案しているという。単に割り箸をデザインするだけではない活動が目を引く。菅野は「『大門箸』は“日本で一番安い工芸”だと思っている。機械生産とはいえ自然のものを扱いその大部分は人の手によってつくられている。500年続く林業と日本の食文化に根付いている道具を広い目で見ると工芸と呼べるものではないか」と語る。

奈良・吉野は良質な杉や檜を育む500年の林業の歴史を背景に日本一の割り箸の産地だったが2000年代以降、安価な輸入品に押され国内生産は衰退し、技術継承も危機に瀕している。

審査員を務めた大治将典は「箸は一生物でも使い捨てでもなく、適切なタイミングで取り換えるのが理想だと『大門箸』は改めて教えてくれる。素材は建築用材を製材した際に出る外側の木片で、有効活用されることが少ない部位。ちょうどよい寿命を持つ箸は、吉野ヒノキの生態系サイクルを支え、日本が大切にしてきた“適切な更新性”という美徳を体現する道具でもある。こうした循環を前提にした道具こそ本当のラグジュアリーといえるのではないか」とコメントを寄せた。

「久留米絣」の特長を最大限に生かしたバッグ

準グランプリは下川織物の下川強臓三代目当主とHana Material Design Laboratoryの光井花代テキスタイルデザイナーによる久留米絣を用いた「KOHABAG」(福岡県)を選出した。デザイナーと職人のタッグのバランスを高く評価した。

光井は先染めの織物「久留米絣」の染め分けた糸を用いて文様を表現する製織工程で生まれる柄のズレを錯視効果として捉えたオリジナル柄「Optical illusion Ikat」を考案し、バッグに仕立てた。約38cm幅の小幅生地を無駄なく活用し、どの柄や色でも魅力が映えるようなシンプルで機能的なデザインに仕上げている。光井は今後も久留米絣のテキスタイル開発を続けるという。単なる伝統工芸として保存するのではなく、現代のライフスタイルに合わせて再解釈し、新しい価値を創造すること、また属人的にならず、工芸の存続を見据えていることにも言及した。

審査員を務めた坂本大祐は「つくり手とデザイナーの筋の良さを強く感じた。着物の幅がそのままバッグになる明快さと自分たちを超えて産地全体をも見据えたあり方に感銘を受けた。テキスタイルのユニークさにもこのタッグの良さが現れていた。伝統柄の素晴らしさは言うまでもないが次代の伝統柄になりえるものづくりに取り組む気概を感じるテキスタイルだった」とコメントした。

優秀賞はユニバーサルデザインのインナーと長く寄りそう軍手

優秀賞には石川メリヤスの3代目の大宮裕美社長とRosey Aphrodinaの久保田千絵デザイナーによる「三河軍手」(愛知県)と、アイソトープの浅田好一デザイナーとユニバーサルファッション協会の川村岳彦、錦織悦子、佃由紀子、東京都立産業技術研究センターの加藤貴司による「スパイラルインナー」(大阪府)を選出した。

「三河軍手」は使うほどに愛着が深まり、長く寄り添う軍手を提案。原料は「特紡糸」は三河地方の市場に出せない「B格」のワタを紡いたリサイクル糸にポリウレタンを加え、フィット感と保温性を高めた。

「スパイラルインナー」は斜行ニットで縦横、バイアスに伸縮し、動きに自然に寄り添うニットで襟ぐりからも着脱できるユニバーサルデザインが特長。綿100%強撚糸に縮絨をかけ、無縫製で仕立てたストレスフリーな着心地を実現した。

発表に先駆け、千石あや中川政七商店社長は「地産地匠アワード」の意義について語った。「近年、産地問屋の機能崩壊によって生き残りをかけてファクトリーブランドの展開を模索するメーカーからの相談が増えている。地方でブランドを立ち上げるとき、以前は都市部のデザイン事務所のドアをたたく以外方法がなかったが、今はそれだけではない。地域に拠点を置き、地域のものづくりと関わることを選ぶデザイナーが出現している。その活躍を目当たりにすると斜陽する業界の一つ希望だと感じている。こうした取り組みの新たなステージとして誕生したが『地産地匠アワード』だ。受賞製品は、われわれの販路や流通サービスを活かした販路支援を行うことにしている。これは、ブランドを作り製品が誕生しても販路を持たなければいずれ行き詰まってしまう、というこれまで直面した課題を解決したいと考えた」。

なお、第3回アワードのエントリー受付を開始しており、締め切りは2026年1月31日。

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故ジョルジオ・アルマーニを哀悼する業界人の声 ドナテラ、ミウッチャ、ドリス、マルタン・マルジェラら錚々たる顔ぶれ

9月4日、世界的なデザイナーのジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)氏がミラノで死去した。91歳だった。アルマーニ グループ(ARMANI GROUP)は、6〜7日にミラノ市内にあるアルマーニ/テアトロ内に弔問所を設置。敬意を込めて“モード界の帝王”や“マエストロ”とも称されたアルマーニに最後のお別れをするべく、6日には一般弔問客も含めて6000人以上が訪れた。なお、葬儀は故人の遺志によって親族のみで執り行うという。ここでは、ファッション業界に多大なる貢献をした同氏を悼む企業トップやデザイナーらの声を紹介する。

【企業トップ】

ベルナール・アルノーLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)会長兼最高経営責任者(CEO)

「ジョルジオの訃報に、深い悲しみを覚えています。彼は光と影を組み合わせたユニークなスタイルを作り上げ、起業家として事業を大きく発展させ、イタリアのエレガンスをグローバルに広めました。また、彼は本物の友人であり、フランスを敬愛してくれました。ご家族に心からお悔やみを申し上げます」

フランソワ・アンリ・ピノー(Francois-Henri Pinault)=ケリング(KERING)会長兼CEO

「深く大きな悲しみとともに、ジョルジオに哀悼の意を表します。比類のないビジョンを持った起業家として独立性を尊び、エレガンスを再定義し、時代にその名を刻みました。誰もが認めるイタリアン・クチュールのマスターである彼の影響は、ファッションの領域を遥かに超え、あらゆる世代をインスパイアし続けることでしょう。その素晴らしいキャリアに深い敬意を表し、ご家族やチームの皆さまに心からのお悔やみを申し上げます」

ピエトロ・ベッカーリ(Pietro Beccari)=ルイ・ヴィトン会長兼CEO

「真の先見性を持っていたジョルジオの逝去を、世界中が嘆き悲しんでいます。彼がエレガンスや品格に与えた影響により、ラグジュアリーはその姿を大きく変えました。同じイタリア人として、彼の勇気、尽きることのない情熱、厳格な規律性に心から敬意を抱いていました。彼を失い、ファッション界は深い悲しみを覚えています」

レオナルド・フェラガモ(Leonardo Ferragamo)=サルヴァトーレ フェラガモ(SALVATORE FERRAGAMO)会長

「一族を代表し、ジョルジオが逝去したことに深い哀悼の意を表します。彼は紛れもなくファッションのマスターであり、イタリアン・エレガンスのシンボルでした。比類のない人物であり、その名はイタリアのファッション史に深く刻まれています。彼の長期的なビジョンや価値観、起業家精神、そして素晴らしい作品の数々は長きにわたって生き続け、後世に大きなインスピレーションを与え続けることでしょう」

ジルド・ゼニア(Gildo Zegna)=エルメネジルド ゼニア グループ(ERMENEGILDO ZEGNA GROUP)会長兼CEO

「訃報に際し、深い悲しみを覚えています。マエストロ・ジョルジオ・アルマーニの尽きることのないインスピレーション、美しさに関するビジョン、そして“メード・イン・イタリー”のスピリットとカルチャーを世界に伝えてくれたことに、心からの感謝を。彼のレガシーはファッション業界を形作り、私たち全員を高めてくれました。彼への謝意が消えることはありません」

レンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)OTB会長

「比類のない存在を失い、イタリアと世界は深い悲しみに沈んでいます。ジョルジオと話すのは、いつでも本当に楽しい経験でした。彼は好奇心旺盛で、学ぶことに貪欲で、ファッションはもちろん、さまざまな分野について比類のない知識を持っていました。私たちの会話は洞察に満ちており、彼とのアイデア交換は常に刺激的でした。何事にもポジティブかつ情熱的な姿勢で取り組み、独自の視点で世界を見ていました。真のアイコンだったジョルジオがいなくなり、心から寂しく思いますが、そのレガシーは今後も生き続けます。彼が私たちに残してくれた最大の贈り物は、そのイモータリティー(不死、永続性)かもしれません」

レモ・ルッフィーニ(Remo Ruffini)=モンクレール(MONCLER)会長兼CEO

「子どもの頃からジョルジオ・アルマーニ氏を敬愛し、ロールモデルとしてきました。ファッション業界で私がこうなりたいと憧れた、シンボル的な存在です。その一貫性、エレガンス、先見性と勇気は一時代を築き上げました。自制と先進的なビジョンを持ち、一過性のトレンドに惑わされることなく、オーセンティック(本物)でタイムレスなスタイルを確立したのです。彼のようになりたいと多くが願いますが、誰も真の意味で彼のようにはなれません。彼は永遠に憧れの存在です」

ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=フランス・オートクチュール&モード連盟(Federation de la Haute Couture et de la Mode)会長

「ジョルジオは、イタリアとフランスのファッションの美しい結び付きを体現する存在でした。クラフツマンシップへの敬意とコミットメントを持ち、オートクチュール・ファッション・ウイークへも計り知れないほど貢献してくれました。そのタイムレスなクリエイションは、今後も大きな影響を与え続けるに違いありません」

【デザイナー】

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)「ヴァレンティノ」創業デザイナーとジャンカルロ・ジャンメッティ(Giancarlo Giammetti)

「ライバルではなく、いつも友人だと思っていたジョルジオの逝去に心から哀悼の意を表します。50年以上にわたって親交があり、いろいろな思い出がありますが、その比類のない才能やファッション界にもたらした変化、そして何より自身のスタイルへの揺るぎない忠誠心に、心からの敬意を捧げます」

ドナテラ・ヴェルサーチェ(Donatella Versace)「ヴェルサーチェ(VERSACE)」チーフ・ブランド・アンバサダー

「世界は今日、偉大な存在を失いました。ジョルジオはファッションの歴史を変え、世界中のスタイルを何世代にもわたって定義し、真の天才で、エレガンスのマスターでした。彼がいなくなったことは永遠の悲しみですが、そのスタイルもまた永遠のものです」

ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)「プラダ」共同クリエイティブ・ディレクター兼「ミュウミュウ」クリエイティブ・ディレクターと、パトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli)=プラダ グループ会長兼エグゼクティブ・ディレクター

「ジョルジオの訃報に、深い悲しみを覚えています。そのエレガンスとクリエイティビティーで知られたマエストロであり、イタリアおよびグローバルなファッションにおいて並ぶ者のいない主役でした。彼の尽きることのない貢献は、ファッションの歴史、そして彼を敬愛していた全ての人々の記憶に永遠に刻まれています」

ラフ・シモンズ(Raf Simons)「プラダ」共同クリエイティブ・ディレクター

「ジョルジオの逝去に、深い悲しみを感じています。彼は先見の明を持つクリエイティブの天才で、ファッションにおけるエレガンスと洗練とは何かを定義しました。その作品は世界中のさまざまな世代のデザイナーにインスピレーションを与え、彼のレガシーはファッション史における礎であり続けるでしょう」

マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)

「ジョルジオの逝去を心から追悼します。学校を卒業してすぐミラノに住んでいたころ、彼のチームの一員になりたいと強く思っていたことを鮮明に覚えています。ポートフォリオも準備したのですが、悲しいことに会うことはありませんでした。これからも彼への憧れと敬意が消えることはないでしょう。ありがとう、ジョルジオ!」

シルヴィア・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)「フェンディ」メンズ&アクセサリー アーティスティック・ディレクター

「ジョルジオの多大なる貢献により、ファッションの歴史は形作られました。真のレジェンドであり、クリエイティビティーと起業家精神に満ちていた彼は、情熱と献身、揺るぎのない緻密さを通じて、私たちにお手本を示してくれました。彼のレガシーは長きにわたって残り、後世に影響を与え続けるでしょう。幸運にもジョルジオと過ごすことができた時間は、私にとってとても大切なものです。彼のインパクトは、本当に大きなものでした」

ブルネロ・クチネリ(Brunello Cucinelli)「ブルネロ クチネリ」創業者兼クリエイティブ・ディレクター

「私の世界、つまり美と節制、そして仕事を愛する世界の中で輝いていたジョルジオ・アルマーニという類まれな星が、現世での光を失ってしまいました。現代における最高のアーティストの一人として明るく輝いていた彼は、今後は不死の魂の世界で、イタリアンファッションの絶対的なシンボルとして輝き続けるでしょう。偉大なる存在のためにある栄誉は、彼にこそふさわしいものです」

ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)「バレンシアガ(BALENCIAGA)」クリエイティブ・ディレクター

「ファッションおよび世界にとって悲しい日です。私たちは、比類のない才能を持つ本物の紳士を失ってしまいました。しかしジョルジオのレガシーは偉大なものであり、今後もパワフルに、誰もが認めるものとして生き続けます」

マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)「ディオール」前ウィメンズ・アーティスティック・ディレクター

「ジョルジオは、“メード・イン・イタリー”のエレガンスを世界に知らしめました。そのビジョンにより、ウィメンズおよびメンズファッションにおけるモダンで自由な言語の定義を手助けしたのです。彼のイタリアンファッションへの貢献、そのビジョンと品位は、永遠に私たちを導く光として輝き続けるでしょう」

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)

「脱構築(アンコンストラクテッド)のヒーロー。訃報を聞き、深い悲しみを感じています」

トム・フォード(Tom Ford)

「ジョルジオの訃報に深い悲しみと、驚きを覚えています。彼は不死の存在だと思える、類まれな人物でした。大いなる才能を持ち、誰もが知る傑物でした。私たちみんなにインスピレーションを与えてくれた存在で、彼がいないファッション界を想像することはとても難しい」

ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)

「ジョルジオとそのクリエイションに、昔から憧れていました。メンズのスーツに流れるような動きを、ウィメンズウエアにある種の規律と正確性を与えることで、最高に美しいスーツを作り出したのです。1970年代にファッション業界で働き始めたころ、『ジョルジオ アルマーニ』のアイテムを手に入れることを夢見ていたので、実際にレザージャケットを買ったときには夢が叶ったと喜んだものです。ブラボー、そしてありがとう、ジョルジオ!」

ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)

「ジョルジオが(ブランド設立)50周年を祝う直前に私たちのもとを去ってしまい、本当に悲しく思います。彼のように、常に大きな存在としてそこにいた人もいなくなるのかと思うと不思議な感じがします。私にとって彼は“一貫性の師”であり、スタイルはファッションより重要だと教えてくれた存在です。1970年代にファッションを志す学生だった頃、『ルウオモ・ヴォーグ(L'UOMO VOGUE)』に掲載されていた『ジョルジオ アルマーニ』の広告を覚えています。カット、カラー、素材における静かな革命のようで、深い感銘を受けました。(『ジョルジオ アルマーニ』が)大好きでよく着ましたし、私のビジョンを形作ってくれました。ありがとう、ジョルジオ!」

アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)「ヴァレンティノ」クリエイティブ・ディレクター

「ジョルジオの訃報に、深い悲しみを覚えています。彼はイタリアのファッション史の創始者の一人でした」

ラルフ・ローレン(Ralph Lauren)=ラルフ ローレン創業者兼エグゼクティブ・チェアマン兼チーフ・クリエイティブ・オフィサー

「ジョルジオには、揺るぎのないビジョンを持った素晴らしいデザイナーとしてだけでなく、家族や友人、母国を深く愛する人物として、以前から深い敬意を抱いていました。彼はファッション界のアイコンであるにもかかわらず、人間らしさと愛情を持って生き、仕事に向き合っていました。愛したもの全てを反映して築き上げたその世界は、彼のレガシーとして永遠に残るでしょう」

ポール・スミス(Paul Smith)

「親愛なる友であり、デザイナー仲間のジョルジオの訃報に際し、深い悲しみに暮れています。彼は長年にわたり、力強くクリエイティビティーを発揮しました。その一貫性や独立系の企業としての継続性、そして地に足の着いた人柄にいつもインスピレーションを受けていました」

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)「ディオール(DIOR)」アーティスティック・ディレクター

「ジョルジオの訃報を聞き、深い悲しみに暮れています。彼と同じく、私も百貨店のショーウインドーを飾ることからスタートし、後に自分のブランドを立ち上げたので、彼のストーリーに非常にインスパイアされました。その背景を思うと、彼が達成したことの数々にさらに深い感銘を受けます。帝国を築き上げただけでなく、ファッション史を形作ったのですから。彼を失ったことは寂しい限りですが、ファッションにおける彼の影響が忘れられることはありません」

マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)「シャネル(CHANEL)」アーティスティック・ディレクター

「私の世代にとって、ジョルジオ・アルマーニ氏は真にインスパイアされる存在でした。現代における最も偉大なイノベーターおよび先見の明を持つ人物の一人が失われてしまいましたが、そのスタイルは今後も生き続け、未来へと受け継がれていくでしょう」

マノロ・ブラニク(Manolo Blahnik)

「ジョルジオはエレガンスのマスターであり、現代における洗練を定義しました。彼のビジョンはタイムレスで、その影響は何世代にもわたって続いていくでしょう。彼がいなくなり、本当に寂しく思います」

ダイアン・フォン・ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)

「ジョルジオは、イタリアのレディ・トゥ・ウエア(既製服)業界を発明したと言っても過言ではありません。彼のメンズおよびウィメンズ向けのテーラリングはグローバルなファッション業界に大きな影響を与え、ホームコレクションのブランドを立ち上げたのも彼が初めてです。勤勉で、自身の会社の独立性を保ち、自分のやり方を貫きました。その一貫性は、比類のないものです」

ヘルムート・ラング(Helmut Lang)

「安らかにお眠りください、ミスター・アルマーニ。あなたは先駆者で、レジェンドでした」

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【スナップ】サブリナ・カーペンターからラブブまで 「MTV ビデオ ミュージック アワード」のレッドカーペット衣装を総まとめ

「MTV ビデオ ミュージック アワード」(MTV VIDEO MUSIC AWARDS以下、VMA)が9月7日(現地時間)、米ニューヨークのUBSアリーナで開催された。全米最大規模の音楽の祭典で、今年はレディー・ガガ(Lady Gaga)やドージャ・キャット(Doja Cat)、ポスト・マローン(Post Malone)、キャッツアイ(Katseye)らがパフォーマンスした。レッドカーペットには、同イベントのシンボルである“ムーンパーソン”に扮したラブブや恒例のシアールックに身を包んだセレブリティーらが続々と来場した。

サブリナ・カーペンターは定番のクラシックスタイルをアップデート

アルバム「Man’s Best Friends」をリリースしたばかりのサブリナ・カーペンター(Sabrina Carpenter)は、シアーな装いを披露した1人。大胆に赤いレースを全面にあしらったハイネックドレスを着用した。

 

メイクアップは、トレードマークの太いアイブロウと濃いチークは継続しつつ、新しいアプローチを取り入れた。目尻に跳ね上げラインと、ウオーターライン(粘膜部分)にもラインを施して目の形をシャープに見せ、顔全体をリフトアップした印象に仕上げた。さらに、肌になじむブロンザーを頬骨の下に入れて立体感を演出し、リップにはピンクローズウッドのシェードを使用した。ブロンドヘアは「Short n' Sweet」ツアー時よりもルーズなカールに、前髪はサイドに分け額を見せるスタイルにアレンジした。

アリアナ・グランデはポルカドットでビンテージスタイルに

アリアナ・グランデ(Ariana Grande)はトレンドのポルカドット柄をまとって登場。1980年代の「フェンディ(FENDI)」のドレスにインスパイアされた、シルヴィア・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)アーティスティック・ディレクターによるカスタム衣装を着用した。ストラップレス、スイートハートネックラインのドレスで、ウエストにあるボリューミーなペプラムが印象的だ。ジュエリーは、グランデがアンバサダーを務める「スワロフスキー(SWAROVSKI)」のもの。

タイラは90年代の「シャネル」を着用

タイラ(Tyla)は、 カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)がクリエイティブ・ディレクターとして在籍していた「シャネル(CHANEL)」93年春夏コレクションに登場したスリーブレスのトップスを、ミニドレスとして着用した。全体がクリーム色で、腰回りのポケットとネックラインは黒で縁取られている。ウエストにはゴールドのチェーンを巻き、「パンドラ(PANDORA)」のネックレス、ブレスレット、イヤリングを合わせた。

ラブブが「VMA」レッドカーペットデビュー

“ラブブ・デザイナー”として知られるマルコ・モンロー(Marko Monroe)は、「VMA」受賞者に贈られるトロフィーの“ムーンパーソン像”にちなみ、“ムーンブブ”と名付けた宇宙飛行士コスチュームのラブブを持って登場した。モンローは、BLACKPINKリサ(Lisa)のツアー衣装など、セレブ向けにラブブのカスタム衣装を制作し話題を読んでいる。

来場者スナップ

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「サンヨーコート」と老舗テディベアブランド「シュタイフ」がコラボ 数量限定100体

三陽商会のコート専業ブランド「サンヨーコート(SANYOCOAT)」は、145年の歴史を持つドイツのぬいぐるみブランド「シュタイフ(STEIFF)」とのコラボレーションアイテム“「シュタイフ」×「サンヨーコート」 テディベア ハウル”(8万8000円)を発売中だ。サイズは26cmで用意し、全国の「サンヨーコート」取り扱い8店舗および公式オンラインストアで限定100体を販売している。詳細は公式サイトに記載する。

同アイテムは、「サンヨーコート」を代表する“100 年コート”の高品質な生地や意匠を用いて、テディベア用の衣装としてトレンチコートを再現した。コートと同素材のキャップと、“100 年コート”の裏地にも使われている“三陽格子柄”のパンツを着こなした特別仕様になっている。“テディベア ハウル”はモヘヤ素材による上質な質感が魅力で人気のテディベアだ。

コラボは、両ブランドが共通して誇る長い歴史と品質への確かなこだわりをもとに実現した。「シュタイフ」は1880年の創業以来、職人の手による丁寧な製作と上質で可愛らしい世界観で多くの人々を魅了してきた。「サンヨーコート」はこれまで、70年にわたりニーズに対応したコートを提案し続け、世代を超えて受け継がれる製品づくりを追求している。

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資生堂の美の総合アカデミー「SABFA」 進藤郁子が新校長に就任

資生堂が運営する美の総合アカデミー「SABFA(サブファ)」の第9代目校長に、同社のトップヘアメイクアップアーティストである進藤郁子氏が2025年10月1日付で就任することを発表した。進藤氏は自身もSABFA卒業生であり、今後はAIでは創出できない"心揺さぶる美"を生み出す人材育成に注力していくという。

進藤氏は2007年3月にSABFAを卒業後、同年4月に資生堂に入社。資生堂ビューティークリエイションセンターに所属し、「マジョリカマジョルカ(MAJOLICA MAJORCA)」のビューティーディレクターとして宣伝広告のヘアメイクや製品開発に携わってきた。多くの女優やタレントからの指名を受ける一方で、ファッション誌や美容誌での活躍、ニューヨーク、パリ、東京でのコレクションのヘアメイク、美容師向けセミナーなど、幅広い分野で実績を残している。権威あるヘアアワード「ジャパン ヘアドレッシング アワーズ(JHA)」大賞部門において、13年にグランプリ、12年・17年に準グランプリを受賞している。

同氏は校長就任にあたり、SABFAの教育方針について「単に技術を伝えるのではなく、未来を創造する力を育む場」と位置づけている。技術と感性の両輪を備えた現役のヘアメイクアップアーティストが、実際の現場で得た経験を余すことなく伝える学びの場を提供していくという。「成功体験だけでなく、失敗から得た学びや、日々変化するトレンドを共有し、実践で活用できる“生きた力”へと変えていきたい」と話す。

また、自身もSABFA卒業生であることから、「高い目標を持つ仲間と切磋琢磨できる環境も提供している」と、アカデミーの特長を強調。「仲間と共に美の可能性に挑み、徹底的に自分を鍛えるトレーニングジム」と例え、「1年後には技術はもちろん、“情熱を帯びた自分”とも出会える」と期待を寄せている。

SABFAは1986年に開校した、資生堂が運営する美を総合的に学べるヘアメイクアップアカデミー。第一線で活躍する資生堂のヘアメイクアップアーティストや外部クリエイターが講師を務め、資生堂が長年培ってきた美容のノウハウを社会に還元している。多くの卒業生が国内外の広告・テレビ・雑誌、ファッションショーなどで活躍するヘアメイクアップアーティストや、サロンのエキスパートとして第一線で活躍していることも特徴だ。

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資生堂の美の総合アカデミー「SABFA」 進藤郁子が新校長に就任

資生堂が運営する美の総合アカデミー「SABFA(サブファ)」の第9代目校長に、同社のトップヘアメイクアップアーティストである進藤郁子氏が2025年10月1日付で就任することを発表した。進藤氏は自身もSABFA卒業生であり、今後はAIでは創出できない"心揺さぶる美"を生み出す人材育成に注力していくという。

進藤氏は2007年3月にSABFAを卒業後、同年4月に資生堂に入社。資生堂ビューティークリエイションセンターに所属し、「マジョリカマジョルカ(MAJOLICA MAJORCA)」のビューティーディレクターとして宣伝広告のヘアメイクや製品開発に携わってきた。多くの女優やタレントからの指名を受ける一方で、ファッション誌や美容誌での活躍、ニューヨーク、パリ、東京でのコレクションのヘアメイク、美容師向けセミナーなど、幅広い分野で実績を残している。権威あるヘアアワード「ジャパン ヘアドレッシング アワーズ(JHA)」大賞部門において、13年にグランプリ、12年・17年に準グランプリを受賞している。

同氏は校長就任にあたり、SABFAの教育方針について「単に技術を伝えるのではなく、未来を創造する力を育む場」と位置づけている。技術と感性の両輪を備えた現役のヘアメイクアップアーティストが、実際の現場で得た経験を余すことなく伝える学びの場を提供していくという。「成功体験だけでなく、失敗から得た学びや、日々変化するトレンドを共有し、実践で活用できる“生きた力”へと変えていきたい」と話す。

また、自身もSABFA卒業生であることから、「高い目標を持つ仲間と切磋琢磨できる環境も提供している」と、アカデミーの特長を強調。「仲間と共に美の可能性に挑み、徹底的に自分を鍛えるトレーニングジム」と例え、「1年後には技術はもちろん、“情熱を帯びた自分”とも出会える」と期待を寄せている。

SABFAは1986年に開校した、資生堂が運営する美を総合的に学べるヘアメイクアップアカデミー。第一線で活躍する資生堂のヘアメイクアップアーティストや外部クリエイターが講師を務め、資生堂が長年培ってきた美容のノウハウを社会に還元している。多くの卒業生が国内外の広告・テレビ・雑誌、ファッションショーなどで活躍するヘアメイクアップアーティストや、サロンのエキスパートとして第一線で活躍していることも特徴だ。

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「バブアー」と「キャプテン サンシャイン」がコラボ 全6アイテムが初のグローバル展開

「バブアー(BARBOUR)」は9月11日、日本発メンズウエアブランド「キャプテン サンシャイン(KAPTAIN SUNSHINE)」とのコラボコレクションを発売する。ラインアップは、“フィールドコート”(全3色、各9万200円)、“クルーザーフーディー”(全3色、各6万8200円)、“キルティングジャケット”(全3色、各4万6200円)のウエア3型に加え、キャップ2型、バンダナ1型の全6アイテム。「バブアー」および「キャプテン サンシャイン」の公式オンラインストア、「キャプテン サンシャイン」青山、その他取り扱い店舗で発売する。

「バブアー」のアーカイブをミリタリースタイルに昇華

日本のクラフツマンシップを元に、オリジナルファブリックを採用したデザインを共同開発して生まれた同コレクションは、コラボ初のグローバル展開となる。「バブアー」2020年カプセルコレクションで登用したモデルを、ドライワックスコットン素材で再構築した“フィールドコート”は、クレイ、カーキブラウン、ダークインディゴの3色展開。“クルーザーフーディー”は、アイロン、クレイ、グラックの3色をそろえ、ゆったりとしたシルエットの「バブアー」の名作“トランスポートジャケット”をベースに、マウンテンウールのフードを装備した。いずれも、ユニークなカラーバリエーションのデタッチャブルフードを採用することで、自分でカスタムできる遊び心を取り入れた。また、クレイ、カーキ、ブラックの3色を用意する“キルティングジャケット”は、インナーとしても着用可能なデザインに仕上げた。

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「バブアー」と「キャプテン サンシャイン」がコラボ 全6アイテムが初のグローバル展開

「バブアー(BARBOUR)」は9月11日、日本発メンズウエアブランド「キャプテン サンシャイン(KAPTAIN SUNSHINE)」とのコラボコレクションを発売する。ラインアップは、“フィールドコート”(全3色、各9万200円)、“クルーザーフーディー”(全3色、各6万8200円)、“キルティングジャケット”(全3色、各4万6200円)のウエア3型に加え、キャップ2型、バンダナ1型の全6アイテム。「バブアー」および「キャプテン サンシャイン」の公式オンラインストア、「キャプテン サンシャイン」青山、その他取り扱い店舗で発売する。

「バブアー」のアーカイブをミリタリースタイルに昇華

日本のクラフツマンシップを元に、オリジナルファブリックを採用したデザインを共同開発して生まれた同コレクションは、コラボ初のグローバル展開となる。「バブアー」2020年カプセルコレクションで登用したモデルを、ドライワックスコットン素材で再構築した“フィールドコート”は、クレイ、カーキブラウン、ダークインディゴの3色展開。“クルーザーフーディー”は、アイロン、クレイ、グラックの3色をそろえ、ゆったりとしたシルエットの「バブアー」の名作“トランスポートジャケット”をベースに、マウンテンウールのフードを装備した。いずれも、ユニークなカラーバリエーションのデタッチャブルフードを採用することで、自分でカスタムできる遊び心を取り入れた。また、クレイ、カーキ、ブラックの3色を用意する“キルティングジャケット”は、インナーとしても着用可能なデザインに仕上げた。

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黎明期から現在まで、「ゾゾタウン」の20年をキーパーソン2人と振り返る

黎明期から現在まで、「ゾゾタウン」の20年をキーパーソン2人と振り返る

アパレル業界では長らく「服はネットで売れない」と言われてきた。そんな常識を覆し、日本のファッションECをけん引してきたのが「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」だ。2004年12月開設から20年、数々の挑戦と転機を経て今日のプラットフォームへと成長してきた。黎明期の苦労から新領域への挑戦まで、その舞台裏を「ゾゾタウン」の立ち上げに携わった武藤貴宣 ZOZOファッションチアリーダーと、松田健ブランド営業本部長の2人のキーパーソンとともに振り返る。

【黎明期:2004〜06年】「ECで服は売れない」どころか門前払い

WWD:当時は「ECで服は売れない」と言われていました。そんな中でブランドをどう口説き、どのような出来事が黎明期のマイルストーンになったのでしょうか?

武藤貴宣(以下、武藤):2004年12月に「ゾゾタウン」をオープンしました。最初は27ショップ・250ブランドの取り扱いでスタートしました。それまでバラバラに運営していたショップ別の通販サイトを統一IDにまとめるところから始めたんです。当時の会社名はスタートトゥデイで、音楽のCD・レコードの通販と並行してアパレルを販売していました。スタッフも10〜20人程度。音楽と親和性の高いストリート系ブランドを扱っていました。

2004年の「ゾゾタウン」開始時のサイト画像

2004年の「ゾゾタウン」開始時のサイト画像

WWD:開設当初の売れ行きは?

武藤:よく売れました。それでも当時は「通販」という言葉自体が嫌がられて、営業のアポすら取れず苦労しました。ゾゾタウンの売り上げ実績を見せたり、取り扱いブランドのラインアップを説明したり、毎日のように根気強く丁寧にブランドと会話することで少しずつ開拓していきました。午前中に社員全員で出荷作業をして、時間があるときには午後から全員で都内へ営業に行っていました。ブランドの展示会では、人が少ない時間でないとアポイントが取れなかったり、発注数に上限が設けられるなど。本当に苦労の連続でした。われわれの強みは、常にユーザー視点を大事にし、お客さまの顔を思い浮かべながら運営を続けることで、売れるものが分かっていたこと。また、ブランドや商品の背景にある“想い”を深く理解し、その魅力をサイト上できちんと伝えることも重視していました。ブランドには、「通販でも売れる」体験をしてもらうことで拡大を目指しました。

WWD:その中で、2005年のユナイテッドアローズとの取引が転機になった。

武藤:営業をしていると、ユナイテッドアローズ(UA)がとても重要な存在なことが分かってきました。妻がUAで働いていたということもあり、奇跡的に創業者の重松理さんにアポイントが取れた。UA側もECを研究していたタイミングで、1週間後には千葉のオフィスに来てくれました。当時はまだ「ゾゾタウン」をオープンする前で、訪問してくれるのはヤマト運輸さんくらい。一緒に未来の話をしたり、倉庫として使っていたUSMハラーの棚を見て「かっこいいね」と言ってくれたりしました。その後、取締役会でプレゼンの機会をいただいたことで、取引の実現に大きく進みました。ゾゾタウンオープン時は同社の一部ショップが出店し、05年に「ユナイテッドアローズ」が出店しました。

自社セレクトショップ「EPROZE」のCG画像

自社セレクトショップ「EPROZE」のCG画像

WWD:サイトのUIや、3Dグラフィックへのこだわりも印象的でした。なぜそこまで時間とコストをかけたのでしょうか?

武藤:「ゾゾタウン」という名前は“想像(SOZO)”と“創造(SOZO)”の2つの“ZO”をとり、その名の通り、私たちは“想像と創造の行き交う街”をつくりたかったんです。参加するショップに、ネット上の架空の街に入ってもらうようなイメージです。リアル店舗ではできないことを実現するため、精巧なCGでモックをつくり、4カットくらいのバーチャルショップを構築しました。お金も時間もかかりましたが、それを見せながらブランドに対して「バーチャル上で理想の店をつくりませんか?」という提案をしていったんです。それが結果的に、ただ“売る場所”ではなく“ファッションに触れる場所”としてブランドの格を上げる、と考えてくれるブランドが出てきました。ユーザーにとっては「買い物自体が楽しくなるような体験」を設計しつつ、ブランドにとっては「独自の世界観を保ちながら共存できる」、そんな場所・空間を目指したんです。

武藤さんと松田さん

武藤さんと松田さん

武藤貴宣 ZOZOファッションチアリーダー(左)
PROFILE:(むとう・たかのぶ)東京情報大学卒業後、東光オーエーシステムを経て、2002年にスタートトゥデイ(現ZOZO)に入社。アパレルブランドの新規営業を担当。オリジナルセレクトショップ「ZICUE」「DEDUE」「HYBAA」のバイヤーなどを経て、新規営業先開拓を担当。2007年6月に取締役就任。EC事業部門でのテナント出店ブランドの運営・管理を行うストア運営管理部と商品の買い付けを行うストア企画開発部を統括。19年5月よりEC事業本部の管掌執行役員を務め、22年2月にファッションチアリーダー就任

松田健 ZOZOブランド営業本部 本部長(右)
PROFILE:(まつだ・けん)広告代理店勤務を経て、2008年にスタートトゥデイ(現ZOZO)入社。WEAR事業をはじめ多数の事業を経験した後、新規出店や出店ブランドのサポートなどを行うEC事業本部で営業を担当。2021年から現職

2004〜06年の主なトピックス

2004年12月 「ゾゾタウン」オープン
「“想像”と“創造”の行き交う街」というコンセプトで「ゾゾタウン」がオープン。当時は27ショップ・250ブランドの取り扱いでスタート

2005年 ユナイテッドアローズ、ビームスがオープン
日本を代表するセレクトショップが同時オープン

★2005年3月期:アクティブ会員数10万人を突破(11万9452人)

2005年 「ゾゾブック(ZOZOBOOK)」創刊
「ゾゾタウン」ユーザーに無料配布をしたカタログブック。企画から編集をほぼ自前で制作。掲載商品には2次元コードをつけて携帯電話から購入できるように

2006年 「ゾゾタワー(ZOZOTOWER)」「ゾゾレジデンス(ZOZORESIDENCE)」オープン
「ゾゾタウン」への出店増に伴い、ショップやブランドを集約した「タワー」を“街”の中にオープン。「ゾゾレジデンス」はファッション好きのコミュニティとして招待制の居住型SNS(2008年11月に終了)。

【勃興期:2007〜10年】「ファッションECプラットフォーム」の
原型はもうそこにあった!?

2009年(左)と2012年の「ゾゾタウン」のサイト画像

2009年(左)と2012年(右)の「ゾゾタウン」のサイト画像

WWD:「ゾゾピープル」「ゾゾウォーカー」など、当時はかなり多くのアイデアやサービスを実装していた。しかも必ずしも通販と連動しないようなサービスも多い。どう生まれ、なぜ実装したのか?

武藤:基本的には「面白いからやろうぜ」という感覚でしたね(笑)。「ゾゾナビ」は、全国のファッションの店をリスト化し、地図上にまとめた“ファッション版イエローページ”。ファッションの情報を全部ネット上にデータベース化してやろうと思っていて、当時から「ゾゾタウンを見ればファッションのことは何でも分かるようにする」ってことを本気で考えていた。損得勘定はあまりなく、むしろ「なんでこんなことを?」と不思議がられたこともありました。

武藤:「ゾゾレジデンス」は今でいう会員制のSNSで、ショップやスタッフも多く使っていた。著名人によるブログサービス「ゾゾウォーカー」はユナイテッドアローズ創業者の重松理さんや「デビロック」デザイナーの遠藤(憲昭)さんを筆頭に、多彩な顔ぶれの業界人・クリエイターが参加していました。「ゾゾレジデンス」のグラフィックは、インテリアデザイナーの片山正通さんに手掛けていただきました。

インテリアデザイナーの片山正通さんがデザインした「ゾゾレジデンス」のグラフィック

WWD:当時から「プラットフォーム」という意識があった?

武藤:正直、意識していたわけではありません。ただ「ゾゾナビ」のように直接的には1円も生まない仕組みでも、結果的にユーザーやブランドのためになればいい。そういう考え方が自然と積み重なって、今のZOZOの基盤につながっているのだと思います。

2010年の初代「ゾゾヴィラ」のサイト画像

WWD:2007年に「ゾゾリゾート」をオープンし、その後「ゾゾプレス」「ゾゾヴィラ」(いずれも2010年)へと展開。2009年には初のテレビCM、10年にはリゾートの全面リニューアルもあった。

武藤:この時期は一気にお客さまが増えて、モバイルの利用も急速に伸びてきました。常にA/Bテストを繰り返しながら、機能性とデザイン性の両立を探っていましたね。中でも「ゾゾヴィラ」はハイブランドのための高級ラインで、最初に参加いただいたのが「アンダーカバー」でした。CGを駆使して城を表現するなど、ぜいたくな世界観を打ち出し、ファッション業界からも注目を浴びることができました。

CGの街並み

CGの街並み

WWD:個人的には「ゾゾプレス」が印象に残っている。

武藤:「ゾゾプレス」はブログ全盛の時期に立ち上げた読み物コンテンツです。6つのカテゴリーを設け、撮影からディレクション、執筆まで自分たちで担当しました。平日はなんと毎日更新していて、情報発信の重要なコンテンツでしたね。

WWD:2010年には早くもユナイテッドアローズとの在庫連携がスタートした。

武藤:業界全体で「在庫」は大きな課題でした。それをテクノロジーで解決できないかと考えたのがきっかけです。ブランドと在庫を一元管理できたら面白いのでは、と。創業当初から「物流×IT」をずっとやってきていたので、本来であれば他社とのつなぎ込みに莫大なノウハウやお金、リソースが必要なところも、当社はけっこうあっさりできました。

2007〜10年の主なトピックス

「ゾゾピープル」(左)と「ゾゾナビ」(右)

2007年 「ゾゾナビ(ZOZONAVI)」開始
いわゆるファッション情報に特化したイエローページ。地域やブランドから全国のショップ情報を検索できる総合ショップリストサービス(14年11月に「WEAR」に統合、15年3月にサービス終了)

2007年 「ゾゾウォーカー(ZOZOWALKER)」開始
いわゆる著名人ブログ。ユナイテッドアローズ創業者の重松理氏らを筆頭に業界の大物からインフルエンサー、アーティスト、スケーターなどインフルエンサーが多く参加した(08年12月に「ゾゾピープル」に統合)

2007年 サイトを「ゾゾリゾート(ZOZORESORT)」としてリニューアル
「ゾゾタウン」を含む各種サービスを統合したインターネット上のリゾートとしてリニューアル

2008年 「ゾゾピープル(ZOZOPEOPLE)」開始
ヒト・コト(日記)・モノ(アイテム)に特化した情報発信サイト(14年11月に「WEAR」に統合)

2010年 「ゾゾヴィラ(ZOZOVILLA)」オープン
「ゾゾリゾート」内の新たな“島”として、デザイナーズブランドやラグジュアリーブランドを展開するサイト(14年11月、「ゾゾタウン」に統合)

2010年 「ゾゾリゾート」リニューアル
インターネット上の「街」というコンセプトを一新し、たくさんの「人」の想いや意見、表現が行き交うファッション総合サイトを目指し大幅リニューアル

2010年 「ゾゾプレス」開始
カジュアルやモードなど6ジャンルの最新ファッション情報を、雑誌の1 ページに見立てて発信(12年5月サービス終了)

【本格拡大期:2011〜15年】ECの普及とともに「ゾゾタウン」も飛躍

賛同した680ブランドの名前を入れた東日本大震災時のチャリティーTシャツと2014年に誕生し今や定番となった「ゾゾ箱」

WWD:2011年3月11日の東日本大震災のとき、「チャリティーTシャツ」はファッション業界に大きなインパクトがあった。どのように始まったのか?

松田健(以下、松田):「自分たちに何ができるか」という議論で、(前代表の)前澤(友作)さんのアイデアで「チャリティーTシャツをやろう」と決まりプロジェクトが始動しました。出勤できるメンバーをかき集めて、ブランドに電話をかけ、ブランド名入りのTシャツ販売に協力をお願いしました。

WWD:震災直後という中で、混乱や戸惑いは?

松田:社内では日ごろからチャリティーや突発的なプロジェクトを経験していたので、決まった瞬間に一丸となって動けました。それ以上に心を打たれたのは、ブランドの皆さんの対応です。自社の名前を他社の製品に載せるのは本来なら簡単なことではありません。しかも震災直後という状況にもかかわらず、最終的には680のブランドに賛同していただけた。ブランドとのつながりを強く実感でき、本当にうれしかったですね。

武藤:最終的に国内外で約17万枚を販売しました。街を歩いていると、実際に着ている人を何人も見かけましたし、取引先や知人からも「街で見たよ」とよく声をかけられました。自分たちが動けば、社会にポジティブなインパクトを与えられるんだと実感した出来事でした。

WWD:14年には「ゾゾ箱」が登場した。今でこそ独自デザインの梱包箱は一般的だが、当時はかなり珍しかった。誕生の経緯は?

松田:ゾゾは創業以来、「オフィスも倉庫もかっこよく」という文化がありました。その流れで「箱もかっこよく」というのは自然なことで、なにかきっかけがあったというわけではなかった。ただ、実際にやってみると想像以上の反響で、街中で配送業者が運んでいるときはもちろん、例えばマンションの段ボール置き場でさえ目立つ。ブランド発信の一環としても非常に効果が大きかったですね。

武藤:ただ、コストは大幅に上がりました(笑)。でもそれがZOZOらしさでもある。まずはやってみて、お客さまに喜んでいただければ、その後でコストダウンに取り組む。アートとサイエンスのバランスはいつも意識していました。そうした積み重ねがあるからこそ、今も続けられているんだと思います。

2011〜15年の主なトピックス

2011年 東日本チャリティーTシャツ
3月15〜31日まで680の賛同ブランドの名前を入れたチャリティーTシャツを予約販売。1着2100円で販売し、2000円を寄付。販売総数は17万6988枚、寄付金総額は3億5397万6000円、購入者総数は9万4270人だった。

★2011年3月期:アクティブ会員数100万人を突破(121万6698人)

2012年 初のリアルイベント「ゾゾコレ(ZOZOCOLLE)」開催
千葉・幕張メッセで初の一般顧客向け合同ファッション展示会を開催。約200ブランドが出店

2012年 「ゾゾユーズド(ZOZOUSED)」オープン
ブランド古着のセレクトショップとして「ZOZOUSED」をオープン

2014年 即日配送サービスを開始
東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県を対象にサービスを開始(現在は40都道府県が対象)

2014年 「ZOZO箱」による配送開始
一般的な段ボール梱包から、黒地に「ZOZOTOWN」のロゴが印字された「ZOZO箱」が誕生。当時ECサイトが独自性の高い梱包箱を使うことは珍しかった

★2014年3月期:アクティブ会員数200万人を突破(203万6803人)

【2016年〜現在】テクノロジーをフックに新時代へ

ゾゾスーツ(左上)とゾゾマット(右上)、ゾゾグラス(左下)、ゾゾ箱(右下)

ゾゾスーツ(左上)とゾゾマット(右上)、ゾゾグラス(左下)、ゾゾ箱(右下)

WWD:2017年に「ゾゾスーツ」の配布を開始した。ファッション業界という枠を超えて、日本中で大きな話題になった。当時、社内ではどんな反応が?

武藤:超盛り上がっていました。それまでとは違って、ファッションに関心のない人からも「ZOZOってすごいよね」と声をかけられることも多く、友人知人との飲み会では鉄板ネタで、とにかく「すごいことになっている」と実感していました(笑)。

松田:営業の現場としても「ファッション」を超えて、いろいろな場所に届いたことはとても大きかった。それまではファッションECという枠での評価軸だったのが、「ZOZOはすごい技術や面白い発想を持っている」と、テクノロジー企業としてのブランディングや評価につながった。

WWD:「ゾゾスーツ」の技術をベースに、20年に足の3D計測ツール「ゾゾマット」、21年には肌の色を診断できる「ゾゾグラス」を、こちらも無料配布した。「ゾゾマット」ではシューズの専門モール「ゾゾシューズ」を、「ゾゾグラス」ではコスメ専門モールの「ゾゾコスメ」の開設につなげた。

松田:会社として15年以降はアパレル中心の成長にフォーカスしていた中で、新たなカテゴリを開拓する必要があった時期でした。「ゾゾマット」や「ゾゾグラス」はテクノロジーを活用することで接点のなかった企業やブランドにアプローチできた。特にグローバルブランドや企業から、かなり興味を持ってもらえた。当社の立ち位置を、グローバル目線で再定義することもできたことは大きかったですね。

WWD:コロナ禍をきっかけに店頭支援のOMOプラットフォーム「ゾゾモ」もスタートした。「ゾゾタウン」上で、店頭の在庫を確認でき、店頭への送客などを行うといった仕組みだ。

松田:コロナ禍で緊急事態宣言が出て、不要不急の外出ができなくなり、リアル店舗が中心だったアパレル企業の多くがとても苦しんでいました。少し前からはファッション業界全体でECと実店舗の両立は課題でしたが、コロナ禍でさらに顕在化した。なのでブランドと直接やりとりしている営業の立場からすると、ブランドの方々に何かできることはないか、そういった議論がものすごく多かった。「ゾゾモ」はそういった視点が中心にありました。

WWD:ブランド支援という観点では、サービスに生産支援プラットフォーム「メイドバイゾゾ(Made by ZOZO)」がある。

武藤:アパレルビジネスにとって「在庫問題」は長年の課題でした。「ゾゾスーツ」やプライベートブランド事業に接点を持ったことで生産のノウハウを培い、当社自体がサプライチェーン全体の課題解決に繋がる仕組みを考えられるようになった。ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す「メイドバイゾゾ」は、今後も大きなポテンシャルを持っていると考えています。

WWD:最後に、改めてこの20年を振り返ると?

武藤:「売れない」と言われた時代から、ECが当たり前になったこの20年を振り返ると、話しきれていないことも含めてほんとうにいろいろなことをやってきたんだなと思いました。初期はブランド側にもECに対する不安や懸念があったと思います。そんな中でも出店し、ともにチャレンジしてくださったブランドの皆さまの存在は大きいです。私たちも、そんなブランドの皆さまが“「ゾゾタウン」で買ってほしい”と思っていただけるような売り場づくりを徹底してきました。さまざまな積み重ねで迎えられた20周年ですが、企業理念の「世界中をカッコよく、世界中に笑顔を。」の実現に向けて、この先の10年、20年も「ゾゾタウン」が愛されるように進化を続けていきたいです。

松田:20年の歩みの中で、「ゾゾタウン」は時代の変化に合わせて形を変えてきましたが、どんなに仕組みやテクノロジーが進化しても、その中心にいるのはブランドの皆さまやお客さま、当社のスタッフを含む「人」であることは変わっていません。その多くの「人」の思いや期待を常にナナメウエに越えていく「ゾゾタウン」であり続けることが、皆さまへの恩返しになると信じています。人間で言えばハタチになったわけですが、あまり大人になりすぎずに、ファッション業界の成長に貢献し続けられるような挑戦を続けていきます。

2016〜24年の主なトピックス

2017年 「ゾゾスーツ」の配布開始
採寸用ボディースーツ「ゾゾスーツ」(初代)を無料配布。その後、同年にプライベートブランドをスタート。ファッション業界にとどまらず、日本全体で大きな話題に

★2017年3月期:アクティブ会員数500万人を突破(511万2861人)

2018年 「ゾゾアド(ZOZOAD)」本格開始
「ゾゾタウン」の検索結果ページなどのPR枠に対象商品を表示する検索連動広告。いわゆるリテールメディア事業を本格的に開始

2019年 MSP(マルチサイズプラットフォーム)事業を開始
ゾゾスーツで得た100万件以上の体形データを活用して、ユーザーの身長・体重に応じた最適なサイズを展開するプラットフォームを出店ブランドに提供

2019年 「いつでも買い替え割」提供開始
過去にZOZOTOWNで購入したアイテムをいつでもZOZOポイントと交換できる下取りサービス

2019年9月 創業者の前澤友作氏が電撃退任
創業者の前澤氏が退任し、同時にヤフー(現LINEヤフー)の傘下入り

2019年 「ゾゾタウン  ペイペイモール店」(現「ゾゾタウン ヤフー店」)オープン
ヤフー(現LINEヤフー)が運営する「ペイペイモール」に「ゾゾタウン」が出店

2020年 「ゾゾシューズ(ZOZOSHOES)」オープン
独自開発した足の3D計測用マット「ゾゾマット」を無料配布。ユーザーは「ゾゾマット」を使うことで正確な足のサイズを計測できるように。ほどなく「ゾゾタウン」内に靴の専門モール「ゾゾシューズ」をスタート

2021年1月 「ゾゾグラス(ZOZOGLASS)」配布開始
フェイスカラー計測ツール「ゾゾグラス」を無料配布。肌の色を分析し、オンラインでも自分に似合うコスメを選べるという仕組みを開発

2021年3月 「ゾゾコスメ(ZOZOCOSME)」「ゾゾヴィラ」をオープン
「ゾゾタウン」の大規模リニューアルと同時に、コスメ専門モール「ゾゾコスメ」をオープン。また、ラグジュアリー&デザイナーズゾーン「ゾゾヴィラ」を復活オープン

2021年11月 「ゾゾモ(ZOZOMO)」開始
「ゾゾタウン」とブランドの実店舗をつなぐOMOプラットフォーム。リアル店舗の在庫を「ゾゾタウン」上で確認できるサービスなどを開始

2022年8月 「メイドバイゾゾ(Made by ZOZO)」開始
「メイドバイゾゾ」はブランドへの商品企画提案から生産までを提供し、受注から最短10日で発送まで行う生産支援プラットフォーム。ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す

★2023年3月期:アクティブ会員数1000万人を突破(1019万2333人)

★現在(2025年3月期)はアクティブ会員数1100万人を突破(1140万3391人)

問い合わせ先
https://corp.zozo.com/contact/

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黎明期から現在まで、「ゾゾタウン」の20年をキーパーソン2人と振り返る

黎明期から現在まで、「ゾゾタウン」の20年をキーパーソン2人と振り返る

アパレル業界では長らく「服はネットで売れない」と言われてきた。そんな常識を覆し、日本のファッションECをけん引してきたのが「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」だ。2004年12月開設から20年、数々の挑戦と転機を経て今日のプラットフォームへと成長してきた。黎明期の苦労から新領域への挑戦まで、その舞台裏を「ゾゾタウン」の立ち上げに携わった武藤貴宣 ZOZOファッションチアリーダーと、松田健ブランド営業本部長の2人のキーパーソンとともに振り返る。

【黎明期:2004〜06年】「ECで服は売れない」どころか門前払い

WWD:当時は「ECで服は売れない」と言われていました。そんな中でブランドをどう口説き、どのような出来事が黎明期のマイルストーンになったのでしょうか?

武藤貴宣(以下、武藤):2004年12月に「ゾゾタウン」をオープンしました。最初は27ショップ・250ブランドの取り扱いでスタートしました。それまでバラバラに運営していたショップ別の通販サイトを統一IDにまとめるところから始めたんです。当時の会社名はスタートトゥデイで、音楽のCD・レコードの通販と並行してアパレルを販売していました。スタッフも10〜20人程度。音楽と親和性の高いストリート系ブランドを扱っていました。

2004年の「ゾゾタウン」開始時のサイト画像

2004年の「ゾゾタウン」開始時のサイト画像

WWD:開設当初の売れ行きは?

武藤:よく売れました。それでも当時は「通販」という言葉自体が嫌がられて、営業のアポすら取れず苦労しました。ゾゾタウンの売り上げ実績を見せたり、取り扱いブランドのラインアップを説明したり、毎日のように根気強く丁寧にブランドと会話することで少しずつ開拓していきました。午前中に社員全員で出荷作業をして、時間があるときには午後から全員で都内へ営業に行っていました。ブランドの展示会では、人が少ない時間でないとアポイントが取れなかったり、発注数に上限が設けられるなど。本当に苦労の連続でした。われわれの強みは、常にユーザー視点を大事にし、お客さまの顔を思い浮かべながら運営を続けることで、売れるものが分かっていたこと。また、ブランドや商品の背景にある“想い”を深く理解し、その魅力をサイト上できちんと伝えることも重視していました。ブランドには、「通販でも売れる」体験をしてもらうことで拡大を目指しました。

WWD:その中で、2005年のユナイテッドアローズとの取引が転機になった。

武藤:営業をしていると、ユナイテッドアローズ(UA)がとても重要な存在なことが分かってきました。妻がUAで働いていたということもあり、奇跡的に創業者の重松理さんにアポイントが取れた。UA側もECを研究していたタイミングで、1週間後には千葉のオフィスに来てくれました。当時はまだ「ゾゾタウン」をオープンする前で、訪問してくれるのはヤマト運輸さんくらい。一緒に未来の話をしたり、倉庫として使っていたUSMハラーの棚を見て「かっこいいね」と言ってくれたりしました。その後、取締役会でプレゼンの機会をいただいたことで、取引の実現に大きく進みました。ゾゾタウンオープン時は同社の一部ショップが出店し、05年に「ユナイテッドアローズ」が出店しました。

自社セレクトショップ「EPROZE」のCG画像

自社セレクトショップ「EPROZE」のCG画像

WWD:サイトのUIや、3Dグラフィックへのこだわりも印象的でした。なぜそこまで時間とコストをかけたのでしょうか?

武藤:「ゾゾタウン」という名前は“想像(SOZO)”と“創造(SOZO)”の2つの“ZO”をとり、その名の通り、私たちは“想像と創造の行き交う街”をつくりたかったんです。参加するショップに、ネット上の架空の街に入ってもらうようなイメージです。リアル店舗ではできないことを実現するため、精巧なCGでモックをつくり、4カットくらいのバーチャルショップを構築しました。お金も時間もかかりましたが、それを見せながらブランドに対して「バーチャル上で理想の店をつくりませんか?」という提案をしていったんです。それが結果的に、ただ“売る場所”ではなく“ファッションに触れる場所”としてブランドの格を上げる、と考えてくれるブランドが出てきました。ユーザーにとっては「買い物自体が楽しくなるような体験」を設計しつつ、ブランドにとっては「独自の世界観を保ちながら共存できる」、そんな場所・空間を目指したんです。

武藤さんと松田さん

武藤さんと松田さん

武藤貴宣 ZOZOファッションチアリーダー(左)
PROFILE:(むとう・たかのぶ)東京情報大学卒業後、東光オーエーシステムを経て、2002年にスタートトゥデイ(現ZOZO)に入社。アパレルブランドの新規営業を担当。オリジナルセレクトショップ「ZICUE」「DEDUE」「HYBAA」のバイヤーなどを経て、新規営業先開拓を担当。2007年6月に取締役就任。EC事業部門でのテナント出店ブランドの運営・管理を行うストア運営管理部と商品の買い付けを行うストア企画開発部を統括。19年5月よりEC事業本部の管掌執行役員を務め、22年2月にファッションチアリーダー就任

松田健 ZOZOブランド営業本部 本部長(右)
PROFILE:(まつだ・けん)広告代理店勤務を経て、2008年にスタートトゥデイ(現ZOZO)入社。WEAR事業をはじめ多数の事業を経験した後、新規出店や出店ブランドのサポートなどを行うEC事業本部で営業を担当。2021年から現職

2004〜06年の主なトピックス

2004年12月 「ゾゾタウン」オープン
「“想像”と“創造”の行き交う街」というコンセプトで「ゾゾタウン」がオープン。当時は27ショップ・250ブランドの取り扱いでスタート

2005年 ユナイテッドアローズ、ビームスがオープン
日本を代表するセレクトショップが同時オープン

★2005年3月期:アクティブ会員数10万人を突破(11万9452人)

2005年 「ゾゾブック(ZOZOBOOK)」創刊
「ゾゾタウン」ユーザーに無料配布をしたカタログブック。企画から編集をほぼ自前で制作。掲載商品には2次元コードをつけて携帯電話から購入できるように

2006年 「ゾゾタワー(ZOZOTOWER)」「ゾゾレジデンス(ZOZORESIDENCE)」オープン
「ゾゾタウン」への出店増に伴い、ショップやブランドを集約した「タワー」を“街”の中にオープン。「ゾゾレジデンス」はファッション好きのコミュニティとして招待制の居住型SNS(2008年11月に終了)。

【勃興期:2007〜10年】「ファッションECプラットフォーム」の
原型はもうそこにあった!?

2009年(左)と2012年の「ゾゾタウン」のサイト画像

2009年(左)と2012年(右)の「ゾゾタウン」のサイト画像

WWD:「ゾゾピープル」「ゾゾウォーカー」など、当時はかなり多くのアイデアやサービスを実装していた。しかも必ずしも通販と連動しないようなサービスも多い。どう生まれ、なぜ実装したのか?

武藤:基本的には「面白いからやろうぜ」という感覚でしたね(笑)。「ゾゾナビ」は、全国のファッションの店をリスト化し、地図上にまとめた“ファッション版イエローページ”。ファッションの情報を全部ネット上にデータベース化してやろうと思っていて、当時から「ゾゾタウンを見ればファッションのことは何でも分かるようにする」ってことを本気で考えていた。損得勘定はあまりなく、むしろ「なんでこんなことを?」と不思議がられたこともありました。

武藤:「ゾゾレジデンス」は今でいう会員制のSNSで、ショップやスタッフも多く使っていた。著名人によるブログサービス「ゾゾウォーカー」はユナイテッドアローズ創業者の重松理さんや「デビロック」デザイナーの遠藤(憲昭)さんを筆頭に、多彩な顔ぶれの業界人・クリエイターが参加していました。「ゾゾレジデンス」のグラフィックは、インテリアデザイナーの片山正通さんに手掛けていただきました。

インテリアデザイナーの片山正通さんがデザインした「ゾゾレジデンス」のグラフィック

WWD:当時から「プラットフォーム」という意識があった?

武藤:正直、意識していたわけではありません。ただ「ゾゾナビ」のように直接的には1円も生まない仕組みでも、結果的にユーザーやブランドのためになればいい。そういう考え方が自然と積み重なって、今のZOZOの基盤につながっているのだと思います。

2010年の初代「ゾゾヴィラ」のサイト画像

WWD:2007年に「ゾゾリゾート」をオープンし、その後「ゾゾプレス」「ゾゾヴィラ」(いずれも2010年)へと展開。2009年には初のテレビCM、10年にはリゾートの全面リニューアルもあった。

武藤:この時期は一気にお客さまが増えて、モバイルの利用も急速に伸びてきました。常にA/Bテストを繰り返しながら、機能性とデザイン性の両立を探っていましたね。中でも「ゾゾヴィラ」はハイブランドのための高級ラインで、最初に参加いただいたのが「アンダーカバー」でした。CGを駆使して城を表現するなど、ぜいたくな世界観を打ち出し、ファッション業界からも注目を浴びることができました。

CGの街並み

CGの街並み

WWD:個人的には「ゾゾプレス」が印象に残っている。

武藤:「ゾゾプレス」はブログ全盛の時期に立ち上げた読み物コンテンツです。6つのカテゴリーを設け、撮影からディレクション、執筆まで自分たちで担当しました。平日はなんと毎日更新していて、情報発信の重要なコンテンツでしたね。

WWD:2010年には早くもユナイテッドアローズとの在庫連携がスタートした。

武藤:業界全体で「在庫」は大きな課題でした。それをテクノロジーで解決できないかと考えたのがきっかけです。ブランドと在庫を一元管理できたら面白いのでは、と。創業当初から「物流×IT」をずっとやってきていたので、本来であれば他社とのつなぎ込みに莫大なノウハウやお金、リソースが必要なところも、当社はけっこうあっさりできました。

2007〜10年の主なトピックス

「ゾゾピープル」(左)と「ゾゾナビ」(右)

2007年 「ゾゾナビ(ZOZONAVI)」開始
いわゆるファッション情報に特化したイエローページ。地域やブランドから全国のショップ情報を検索できる総合ショップリストサービス(14年11月に「WEAR」に統合、15年3月にサービス終了)

2007年 「ゾゾウォーカー(ZOZOWALKER)」開始
いわゆる著名人ブログ。ユナイテッドアローズ創業者の重松理氏らを筆頭に業界の大物からインフルエンサー、アーティスト、スケーターなどインフルエンサーが多く参加した(08年12月に「ゾゾピープル」に統合)

2007年 サイトを「ゾゾリゾート(ZOZORESORT)」としてリニューアル
「ゾゾタウン」を含む各種サービスを統合したインターネット上のリゾートとしてリニューアル

2008年 「ゾゾピープル(ZOZOPEOPLE)」開始
ヒト・コト(日記)・モノ(アイテム)に特化した情報発信サイト(14年11月に「WEAR」に統合)

2010年 「ゾゾヴィラ(ZOZOVILLA)」オープン
「ゾゾリゾート」内の新たな“島”として、デザイナーズブランドやラグジュアリーブランドを展開するサイト(14年11月、「ゾゾタウン」に統合)

2010年 「ゾゾリゾート」リニューアル
インターネット上の「街」というコンセプトを一新し、たくさんの「人」の想いや意見、表現が行き交うファッション総合サイトを目指し大幅リニューアル

2010年 「ゾゾプレス」開始
カジュアルやモードなど6ジャンルの最新ファッション情報を、雑誌の1 ページに見立てて発信(12年5月サービス終了)

【本格拡大期:2011〜15年】ECの普及とともに「ゾゾタウン」も飛躍

賛同した680ブランドの名前を入れた東日本大震災時のチャリティーTシャツと2014年に誕生し今や定番となった「ゾゾ箱」

WWD:2011年3月11日の東日本大震災のとき、「チャリティーTシャツ」はファッション業界に大きなインパクトがあった。どのように始まったのか?

松田健(以下、松田):「自分たちに何ができるか」という議論で、(前代表の)前澤(友作)さんのアイデアで「チャリティーTシャツをやろう」と決まりプロジェクトが始動しました。出勤できるメンバーをかき集めて、ブランドに電話をかけ、ブランド名入りのTシャツ販売に協力をお願いしました。

WWD:震災直後という中で、混乱や戸惑いは?

松田:社内では日ごろからチャリティーや突発的なプロジェクトを経験していたので、決まった瞬間に一丸となって動けました。それ以上に心を打たれたのは、ブランドの皆さんの対応です。自社の名前を他社の製品に載せるのは本来なら簡単なことではありません。しかも震災直後という状況にもかかわらず、最終的には680のブランドに賛同していただけた。ブランドとのつながりを強く実感でき、本当にうれしかったですね。

武藤:最終的に国内外で約17万枚を販売しました。街を歩いていると、実際に着ている人を何人も見かけましたし、取引先や知人からも「街で見たよ」とよく声をかけられました。自分たちが動けば、社会にポジティブなインパクトを与えられるんだと実感した出来事でした。

WWD:14年には「ゾゾ箱」が登場した。今でこそ独自デザインの梱包箱は一般的だが、当時はかなり珍しかった。誕生の経緯は?

松田:ゾゾは創業以来、「オフィスも倉庫もかっこよく」という文化がありました。その流れで「箱もかっこよく」というのは自然なことで、なにかきっかけがあったというわけではなかった。ただ、実際にやってみると想像以上の反響で、街中で配送業者が運んでいるときはもちろん、例えばマンションの段ボール置き場でさえ目立つ。ブランド発信の一環としても非常に効果が大きかったですね。

武藤:ただ、コストは大幅に上がりました(笑)。でもそれがZOZOらしさでもある。まずはやってみて、お客さまに喜んでいただければ、その後でコストダウンに取り組む。アートとサイエンスのバランスはいつも意識していました。そうした積み重ねがあるからこそ、今も続けられているんだと思います。

2011〜15年の主なトピックス

2011年 東日本チャリティーTシャツ
3月15〜31日まで680の賛同ブランドの名前を入れたチャリティーTシャツを予約販売。1着2100円で販売し、2000円を寄付。販売総数は17万6988枚、寄付金総額は3億5397万6000円、購入者総数は9万4270人だった。

★2011年3月期:アクティブ会員数100万人を突破(121万6698人)

2012年 初のリアルイベント「ゾゾコレ(ZOZOCOLLE)」開催
千葉・幕張メッセで初の一般顧客向け合同ファッション展示会を開催。約200ブランドが出店

2012年 「ゾゾユーズド(ZOZOUSED)」オープン
ブランド古着のセレクトショップとして「ZOZOUSED」をオープン

2014年 即日配送サービスを開始
東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県を対象にサービスを開始(現在は40都道府県が対象)

2014年 「ZOZO箱」による配送開始
一般的な段ボール梱包から、黒地に「ZOZOTOWN」のロゴが印字された「ZOZO箱」が誕生。当時ECサイトが独自性の高い梱包箱を使うことは珍しかった

★2014年3月期:アクティブ会員数200万人を突破(203万6803人)

【2016年〜現在】テクノロジーをフックに新時代へ

ゾゾスーツ(左上)とゾゾマット(右上)、ゾゾグラス(左下)、ゾゾ箱(右下)

ゾゾスーツ(左上)とゾゾマット(右上)、ゾゾグラス(左下)、ゾゾ箱(右下)

WWD:2017年に「ゾゾスーツ」の配布を開始した。ファッション業界という枠を超えて、日本中で大きな話題になった。当時、社内ではどんな反応が?

武藤:超盛り上がっていました。それまでとは違って、ファッションに関心のない人からも「ZOZOってすごいよね」と声をかけられることも多く、友人知人との飲み会では鉄板ネタで、とにかく「すごいことになっている」と実感していました(笑)。

松田:営業の現場としても「ファッション」を超えて、いろいろな場所に届いたことはとても大きかった。それまではファッションECという枠での評価軸だったのが、「ZOZOはすごい技術や面白い発想を持っている」と、テクノロジー企業としてのブランディングや評価につながった。

WWD:「ゾゾスーツ」の技術をベースに、20年に足の3D計測ツール「ゾゾマット」、21年には肌の色を診断できる「ゾゾグラス」を、こちらも無料配布した。「ゾゾマット」ではシューズの専門モール「ゾゾシューズ」を、「ゾゾグラス」ではコスメ専門モールの「ゾゾコスメ」の開設につなげた。

松田:会社として15年以降はアパレル中心の成長にフォーカスしていた中で、新たなカテゴリを開拓する必要があった時期でした。「ゾゾマット」や「ゾゾグラス」はテクノロジーを活用することで接点のなかった企業やブランドにアプローチできた。特にグローバルブランドや企業から、かなり興味を持ってもらえた。当社の立ち位置を、グローバル目線で再定義することもできたことは大きかったですね。

WWD:コロナ禍をきっかけに店頭支援のOMOプラットフォーム「ゾゾモ」もスタートした。「ゾゾタウン」上で、店頭の在庫を確認でき、店頭への送客などを行うといった仕組みだ。

松田:コロナ禍で緊急事態宣言が出て、不要不急の外出ができなくなり、リアル店舗が中心だったアパレル企業の多くがとても苦しんでいました。少し前からはファッション業界全体でECと実店舗の両立は課題でしたが、コロナ禍でさらに顕在化した。なのでブランドと直接やりとりしている営業の立場からすると、ブランドの方々に何かできることはないか、そういった議論がものすごく多かった。「ゾゾモ」はそういった視点が中心にありました。

WWD:ブランド支援という観点では、サービスに生産支援プラットフォーム「メイドバイゾゾ(Made by ZOZO)」がある。

武藤:アパレルビジネスにとって「在庫問題」は長年の課題でした。「ゾゾスーツ」やプライベートブランド事業に接点を持ったことで生産のノウハウを培い、当社自体がサプライチェーン全体の課題解決に繋がる仕組みを考えられるようになった。ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す「メイドバイゾゾ」は、今後も大きなポテンシャルを持っていると考えています。

WWD:最後に、改めてこの20年を振り返ると?

武藤:「売れない」と言われた時代から、ECが当たり前になったこの20年を振り返ると、話しきれていないことも含めてほんとうにいろいろなことをやってきたんだなと思いました。初期はブランド側にもECに対する不安や懸念があったと思います。そんな中でも出店し、ともにチャレンジしてくださったブランドの皆さまの存在は大きいです。私たちも、そんなブランドの皆さまが“「ゾゾタウン」で買ってほしい”と思っていただけるような売り場づくりを徹底してきました。さまざまな積み重ねで迎えられた20周年ですが、企業理念の「世界中をカッコよく、世界中に笑顔を。」の実現に向けて、この先の10年、20年も「ゾゾタウン」が愛されるように進化を続けていきたいです。

松田:20年の歩みの中で、「ゾゾタウン」は時代の変化に合わせて形を変えてきましたが、どんなに仕組みやテクノロジーが進化しても、その中心にいるのはブランドの皆さまやお客さま、当社のスタッフを含む「人」であることは変わっていません。その多くの「人」の思いや期待を常にナナメウエに越えていく「ゾゾタウン」であり続けることが、皆さまへの恩返しになると信じています。人間で言えばハタチになったわけですが、あまり大人になりすぎずに、ファッション業界の成長に貢献し続けられるような挑戦を続けていきます。

2016〜24年の主なトピックス

2017年 「ゾゾスーツ」の配布開始
採寸用ボディースーツ「ゾゾスーツ」(初代)を無料配布。その後、同年にプライベートブランドをスタート。ファッション業界にとどまらず、日本全体で大きな話題に

★2017年3月期:アクティブ会員数500万人を突破(511万2861人)

2018年 「ゾゾアド(ZOZOAD)」本格開始
「ゾゾタウン」の検索結果ページなどのPR枠に対象商品を表示する検索連動広告。いわゆるリテールメディア事業を本格的に開始

2019年 MSP(マルチサイズプラットフォーム)事業を開始
ゾゾスーツで得た100万件以上の体形データを活用して、ユーザーの身長・体重に応じた最適なサイズを展開するプラットフォームを出店ブランドに提供

2019年 「いつでも買い替え割」提供開始
過去にZOZOTOWNで購入したアイテムをいつでもZOZOポイントと交換できる下取りサービス

2019年9月 創業者の前澤友作氏が電撃退任
創業者の前澤氏が退任し、同時にヤフー(現LINEヤフー)の傘下入り

2019年 「ゾゾタウン  ペイペイモール店」(現「ゾゾタウン ヤフー店」)オープン
ヤフー(現LINEヤフー)が運営する「ペイペイモール」に「ゾゾタウン」が出店

2020年 「ゾゾシューズ(ZOZOSHOES)」オープン
独自開発した足の3D計測用マット「ゾゾマット」を無料配布。ユーザーは「ゾゾマット」を使うことで正確な足のサイズを計測できるように。ほどなく「ゾゾタウン」内に靴の専門モール「ゾゾシューズ」をスタート

2021年1月 「ゾゾグラス(ZOZOGLASS)」配布開始
フェイスカラー計測ツール「ゾゾグラス」を無料配布。肌の色を分析し、オンラインでも自分に似合うコスメを選べるという仕組みを開発

2021年3月 「ゾゾコスメ(ZOZOCOSME)」「ゾゾヴィラ」をオープン
「ゾゾタウン」の大規模リニューアルと同時に、コスメ専門モール「ゾゾコスメ」をオープン。また、ラグジュアリー&デザイナーズゾーン「ゾゾヴィラ」を復活オープン

2021年11月 「ゾゾモ(ZOZOMO)」開始
「ゾゾタウン」とブランドの実店舗をつなぐOMOプラットフォーム。リアル店舗の在庫を「ゾゾタウン」上で確認できるサービスなどを開始

2022年8月 「メイドバイゾゾ(Made by ZOZO)」開始
「メイドバイゾゾ」はブランドへの商品企画提案から生産までを提供し、受注から最短10日で発送まで行う生産支援プラットフォーム。ファッションブランドの在庫リスクゼロを目指す

★2023年3月期:アクティブ会員数1000万人を突破(1019万2333人)

★現在(2025年3月期)はアクティブ会員数1100万人を突破(1140万3391人)

問い合わせ先
https://corp.zozo.com/contact/

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「トム フォード ビューティ」が即完売アイシャドウ4色を復刻販売 ジェルアイライナーの限定色も登場

「トム フォード ビューティ(TOM FORD BEAUTY)」は、4色アイシャドウパレット“アイカラークォード”(1万3640円)で過去に人気を博した名作4色を復刻発売する。9月12日には昨年発売後に瞬く間に品切れとなった“メタリック モーブ”やファンの多い“デイドリーム”、「トム フォード(TOM FORD)」のランウエイにインスパイアされた“ジェルアイライナー”(6050円)の限定2色を全国で発売。10月17日には、復刻定番2色として“ドゥ ラ クレーム”と“メテオリック”の販売を開始する。

濡れたような艶感が特徴の“メタリック モーブ”

復刻する“メタリック モーブ”は、優美なモーブに濡れたような艶感が特徴。静寂と高揚が交差する誘惑のまなざしを演出。“デイドリーム"は、繊細な光と幻想的なパープルが織りなす夢想のレイヤーが魅力。洗練と遊び心を宿した大人のドリーミールックを実現する。10月発売の“ドゥ ラ クレームは、見た目は定番ながら仕上がりは別格という位置づけ。絶妙な色の重なりとなめらかに溶け込む質感で、目もとに自然な陰影と気品を与える。“メテオリック”は、星屑のような繊細なグリッターと肌にとけ込むようなニュートラルブラウンが特徴。夜空に流れるメテオのように澄んだ輝きで視線を惹きつける。

ランウエイにインスパイアされたジェルアイライナー

“アイカラークォード”の復刻にあわせて発売する“ジェルアイライナー”限定2色は、洗練されたコバルトブルーが目もとに都会的な抜け感と透明感をプラスする“コバルト”と、はミステリアスなバイオレットが視線にセンシュアルな余韻を残す“バイオレット”をラインアップする。

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「ゲラン」文化事業トップが語る マティスやイヴ・クライン、李禹煥とのコラボのこと

PROFILE: アン・キャロライン パラザン=ゲラン ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージ

アン・キャロライン パラザン=ゲラン ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージ
PROFILE: 仏インセック(INSEEC)ビジネススクールで国際マーケティングとファイナンス、美術史を学ぶ。2000年にゲランに⼊社。フレグランス部門のヘッドを経て、05年にゲランのマーケティング ディレクターに就任。メゾンを象徴するパリ・シャンゼリゼ通り68番地ブティックのリニューアルオープンを指揮した。その後、ゲランの代表的フレグランスコレクション“ラール エ ラ マティエール”につながる数々のオート パフューマリーの開発をリード。11年にインターナショナル フレグランス マーケティング ディレクターに就任。15年にシャンゼリゼ通り68番地ブティックのアーティスティック ディレクターに就任。21年から現職

「ゲラン(GUERLAIN)」は9月1日、ブランド最高峰のフレグランスコレクション“ラール エ ラ マティエール ”の新作“ベチバーフォーヴ”(50mL、3万6190円/100mL、5万270円/200mL、7万1940円)を発売した。同製品は、19世紀の英国人作家ラドヤード・キプリング(Rudyard Kipling)の小説「ジャングル・ブック」から着想を得て、ベチバーを主役にフィグやパイナップルのフルーティーなアクセントが効いた香りに仕上げた。コレクションを象徴するスクエアボトルは、ジャングルな植物をイメージした鮮やかな緑で彩った。“ラール エ ラ マティエール ”の開発に携わり、現在はメゾンの文化事業を統括するアン・キャロライン パラザン(Ann Caroline Prazan)=ゲラン ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージに、「ゲラン」が芸術家支援や文化活動を続ける理由を聞いた。

創業当時から続く
芸術との深いかかわり

WWD:改めて、「ゲラン」とアートのつながりは?

アン・キャロライン パラザン=ゲラン ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージ(以下、パラザン):創業者のピエール・フランソワ・パスカル・ゲラン(Pierre-Francois-Pascal Guerlain)が1828年に仏パリに最初の店舗をオープンした時から、フレグランスや化粧品は中身だけでなく、ボトルや箱まで美しく仕上げる必要があると考えていました。そこで彼は当時の最高の芸術家たちと協力し、非常に美しい香水瓶を生み出しました。化粧品の入れ物に美しい絵を描くだけでなく、ブティックの内装や広告デザインにおいても芸術家と協働しました。つまり「ゲラン」と芸術家の絆は創業時から非常に深く、その後も「ゲラン」は代々、パトロンやコレクターとして芸術家を支援し、コラボレーションを続けてきたのです。今も昔と変わらぬ姿勢を貫いています。

WWD:1800年代にコスメティックブランドが芸術家と化粧品作りをするのは珍しかった?

パラザン:当時はとても珍しいことでした。まさに、アートとのかかわりが「ゲラン」と他ブランドを差別化する要素となっていました。もちろん人々は最高の処方の化粧品を買いに来るのですが、それだけではありません。まるで宝石のように美しいボトルを手に入れたいのです。そして今なお私たちは、製品を宝石のように考え、開発し続けています。創業当初はシンプルなデザインから始まりましたが、2年後には四角いボトルが誕生し、それが“ラール エ ラ マティエール”コレクションのインスピレーション源となりました。その後もフランスの国旗を模したボトルなど、実にさまざまな美しいボトルが登場しました。「ゲラン」のお客さまは今も昔も「ゲラン」のバラエティー豊かな美しいボトルが「ゲラン」の魅力の一つであると考え、大切に所有し続けてくださっています。それらは細部に施された金細工や彫り模様が素敵なものです。

ヘッド オブ アート・カルチャー
・アンド・ヘリテージの仕事とは

WWD:ご自身はゲラン入社後、マーケティング領域を中心に20年以上にわたりキャリアを重ねた後、2021年に文化事業トップであるヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージに就任したが経緯は?

パラザン:当時のゲランのCEOだったヴェロニク・クルトワ(Veronique Courtois)に長くマーケティングを続けてきて、もっとチャレンジしたい、変化が欲しい時期に来ていると言ったんです。すると彼女は1年でマーケティングの仕事を終わらせるように私に言いました。確かに私は“ラール エ ラ マティエール”や“アクア アレゴリア”シリーズなどに当初からかかわっていましたし、最後までやり遂げなければならない仕事を抱えていました。その後、彼女は私に「あなたのために特別な役職を用意する」と言いました。私はとてもラッキーだったんです。しかもクリエイションやアーティストとのコラボレーションの仕事も続けさせてもらえることになりました。何か新しいものを作ることは、私にとって空気を吸うように自然なことの一つです。私の人生にとって大事なものはフレグランス、それから「ゲラン」、その次がアートなので、本当にラッキーなうれしい仕事です。

WWD:新しい役職であるヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージとしての仕事内容は?

パラザン:世界中にある「ゲラン」のブティックやスパ・ウェルネス施設のアーティスティックディレクションの仕事を与えてくれました。それから世界中の展覧会のキュレーションを担当しています。芸術、現代アート、写真なども手掛け、世界中の主要美術館と提携し、共同企画による展覧会も数多く行ってきました。例えば、昨年9月から今年1月まで、東京・六本木の森美術館で開催された「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」に協賛しました。20世紀を代表するアーティストの1人であるルイーズ・ブルジョワは「ゲラン」の香水“シャリマー”を愛用していたことで知られています。

そのほかにも、パリ市立近代美術館のエキシビションやスイス・バーゼルで開催される世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」とのコラボレーションの企画も担当しました。そのほかにも「ゲラン」の歴史やアートに関する書籍、コレクターズアイテムとなる書籍も制作しています。それから、ブランドの歴史にかかわる400点以上もの貴重なアーカイブの管理もしています。また、プレスやジャーナリスト向けだけでなく世界中の「ゲラン」関係者向けのツール、社内向けの雑誌や書籍も制作しています。記事を通して、「ゲラン」の歴史や遺産、家族、ブランドが大切にしているものを語るものです。私は社内の人々を教育し、「ゲラン」の未来を築く手助けをしています。なぜなら、自分たちが働く会社のルーツを知らなければ、最善の未来を想像することはできないと思うからです。

“とりあえずやってみる”精神の
オープンマインドなチーム

WWD:広範なプロジェクトを進める原動力は?

パラザン:成功するためには優秀なチームが必要です。私には非常に優秀なチームがついていて、チームワークがあるからこそ、多岐にわたるタスクを進めることができています。私だけではなく、チームメンバー全員が情熱的でエネルギッシュで行動力がありオープンマインド。とりあえずやってみようというマインドセットで常に仕事をしています。私にとってこれは仕事ではなく、情熱なのです。常に既存の枠を超えて考えるようにしています。私が挑戦したいと思うとき、ゲラン家のことをよく考えます。「彼らはこんなことをするだろうか?」と自問するんです。もちろん、彼らは多くの挑戦をしてきました。だからこそ、私たちは創造性や卓越性において、これからも大胆であり続けなければなりません。細部までが私にとって重要です。

ですが確かなことは、優れたチームがなければ何も成し得ないということです。私は「ゲラン」を家族のように思っていますし、気軽に話し合える環境があります。私の直接の上司である現CEOのガブリエル・サンジュニ・ロドリゲス(Gabrielle Saint Genis Rodriguez)が近くで支えてくれていますが、彼女の存在もとても大きいです。まず私をとても信頼して任せてくれていることにすごく感謝をしています。私がやりたい、やるべきだと思うことを自由にやらせてもらえています。そして彼女には私も遠慮なく自分が思い付いたクレイジーなアイディアを伝えられます。そうした関係性にもすごく感謝しています。

「企業がやるべきことと真逆」を貫く
芸術家とのコラボレーション

WWD:“大胆””クレイジー”というキーワードも挙がったが、手がけた企画で特に印象に残っているものは?

パラザン:1912年にジャック・ゲランが創作した“ルール ブルー”は、私も大好きな香水なのですが、2022年に“青の芸術家”として知られるイヴ・クライン(Yves Klein)の展覧会が東京で開催されました。このときにイヴ・クライン・アーカイブスと共同で特別なブルーのボトルをデザインしました。ボトルは鮮やかで深い青の顔料“インターナショナル・クライン・ブルー”をまとっており、2年をかけて、顔料をボトルに載せる方法を開発したのです。逆さハート型ボトルにはブランドの名前や製品名は一切載せず、完全に青一色だけ。企業がやるべきこととは真逆で、完全にクレイジーです。もちろん中身は“ルール ブルー”のエッセンスですが、本質は芸術品です。

もう一つは、韓国出身の画家であり、現代で最も国際的に有名な芸術家の一人、李禹煥(リ・ウファン)とのコラボレーションです。私が彼の傑作と出合ったのはニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館なのですが、私は彼の絵画が本当に大好きで、瞑想するかのようにその絵の前に立って、そのパワーや絵のエモーションを取り込んだほどです。李禹煥とコラボレーションしたいと周りに話をしたときは、無理に決まっていると口々に言われました。名だたるラグジュアリーブランドが全て断られているのだから、どうせ無理だよと。それでも私は会いたいと伝えたんです。なんとかして「ゲラン」のことを彼に伝えたい。「ゲラン」とアーティストは昔から非常に深い関わりがあることを伝えたかったのです。そして幸運にも、南仏とパリのオフィス、2度にわたり会う機会を得られました。パリにある私のオフィスに来てもらったときは、ライブラリーや私のデスク周りにある芸術の本や作品を見てもらいました。それらを全部見た後、数分間お互いに何も話さない静かな時間が流れて沈黙の後、彼が歌いだして、そして「分かった、一緒にやりましょう」と言ってくれたんです。その瞬間は、それはもう本当に最高の思い出の一つです。私にとって李禹煥は芸術家であるだけでなく、哲学家であり、1人の人としてとても素晴らしいのです。

最近では、フランスの画家アンリ・マティス(Henri Matisse)のご家族を通したコラボレーションもあったんですが、ご家族に会えるまでもとても大変でした。でもついに、私たちは初めてお会いすることができて、そして私は「ゲラン」について伝え、「どうか『ゲラン』を信頼してくださいと言いました。その結果として共にできた冒険は、本当に素晴らしいものでした。プロジェクトを通して、私は1年以上の期間、マティスという芸術家の人生、彼が好きだった花や彼の世界に没頭することができました。マティスや李禹煥などの芸術家とこのように活動することは、他のブランドではできないことだと自負しています。

「文化なくしてラグジュアリーなし」
現代の若者が求めるものとは?

WWD:そうしたコラボレーションやさまざまな文化事業は、新しい顧客との出会いやセールスにもつながるか。

パラザン:文化なくしてラグジュアリーは成り立ちません。それは確信しています。「ゲラン」はファッションブランドではなく、カルチャーブランドです。現代において、特に若い世代は真実を伝え、誠実で、本物のブランド、そして文化に裏打ちされたブランドから学びたいと強く求めています。 だからこそ「ゲラン」はまさに理想的なブランドなのです。創業以来、ほぼ200年にわたり、私たちはフレグランス、スキンケア、メイクアップのみを手掛けてきました。靴もサングラスも服も作らない。私たちが最も得意とする分野にのみ集中している。今日、人々はこれまで以上にそれを求めていると思います。私たちがアーティストとコラボレーションするのは、それが今流行っているからではありません。それは創業当初から今日まで途切れることなく受け継がれてきた伝統の証だからです。つまり、「ゲラン」というブランドは伝承される“メゾン”であり、ゲラン家が心の礎となっているのです。

文化事業やコラボレーションは確かに低収益なビジネスかもしれません。開発やその展開には膨大な時間を要します。けれども生まれるコラボ製品の生産数はごくわずかです。時には顧客から「もっと作ってほしかった」と言われることはありますが、数を限定することを徹底しています。希少であること、唯一無二であることが本当に重要だからです。例えるなら、流れ星のように現れてはすぐにいなくなってしまい、もうそれをつかむことはできないということです。

28年の200周年記念では
世界中のアーティストとタッグ

WWD:今後計画しているプロジェクトは?

パラザン:今準備をしているのは、28年の200周年を記念するものです。私の役割を考えると本当にクレイジーな仕事になりそうなのですが、きっと素晴らしいものになると思います。まだ多くをお話しできませんが、「ゲラン」の歴史や、ビューティ業界にもたらしてきた革命にフォーカスしたり、世界中の有名なアーティスト、日本はもちろんアメリカ、ヨーロッパ、中国など世界中の有名アーティストとのコラボレーションも考えています。もう少し近い時期では、本の発売を準備しています。「ゲラン」が“初めて成し遂げてきたこと(House of 1st)”をテーマに美容業界にもたらしてきた革新の軌跡を辿る本で、世界中で販売する予定です。

10月の終わりには、「アート・バーゼル・パリ」があります。今回は愛をテーマに、映画監督のヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)による素晴らしい映像作品を発表するほか、有名アーティストによる限定版の“シャリマー”も登場します。なぜかというと、”シャリマー”が今年で100周年なんですが、この香水には愛の物語が背景にあるので、それと関連したエキシビションを展開する予定です。それから仏パリのシャンゼリゼ通りにある「ゲラン」の本店ブティックで、エキジビションを開催する予定です。コンテンポラリーアーティストやデジタルアーティストと組んで制作し、若い人にも楽しんでもらえそうな、すごくポップでクレイジーな空間になる予定です。

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豊島の25年6月期は経常益130億円、3期連続で過去最高を更新

豊島の2025年6月期決算(非上場)は売上高が前期比1.8%減の2162億円、営業利益が同7.3%増の95億円、経常利益が同12.5%増の130億円、純利益が同13.5%増の92億円だった。配当は1株60円。

営業利益と経常利益は3期連続で過去最高を更新した。売上総利益率(粗利率)は15.1%で、前期から0.9ポイント改善した。本日9月8日付で代表取締役会長に就任した豊島半七氏は「同じ取引先でも高付加価値の商材にシフトしたことで利益が改善した。2期連続で経常利益が100億円を超え、この2〜3年で150億円を目指す」と語った。

部門別では素材部門が25億円の減収、製品部門が14億円の減収、建設・不動産などの非繊維部門が微増だった。素材は主力の綿花が取り扱い数量は増加したものの、綿花価格の下落が響いた。製品部門は急成長を続けるリカバリーウエアのテンシャルなどのヘルスケア衣料に加え、ワーキングの高付加価値商材が伸びたものの、主力のカジュアルSPAの取り扱いが減少した。「商社は『売り上げが立たずば利益が立たず』。製品部門については少額ではあるが、減収に歯止めをかけることができなかったのがややネガティブ要素。今期以降で巻き返す」考え。

25年6月期は売上高2150億円、経常利益130億円を計画する。

「2〜3年で経常利益150億円に」 豊島社長との一問一答

本日9月8日には、名古屋市内で決算会見を行った。会見の最後には、本日付で社長を交代するサプライズ発表もあった。メディアとの主な一問一答は以下の通り。

ーー3期連続で経常利益は過去最高を更新した。要因は?

豊島半七社長(以下、豊島):付加価値商品の開拓が寄与した。例えば同じ取引先でも付加価値の高い商材の採用が増えた。加えてヘルスケア衣料などの新規商材も拡大した。

ーー経常利益は130億円。今後の目標は?

豊島:経常利益は100億円を割らない体制ができてきた。「ライフスタイル提案商社」を掲げ、繊維やアパレルだけでなく、周辺領域の雑貨やリカバリーウエアなどの付加価値の高い商材の開拓も順調に拡大している。2〜3年で150億円を狙えるところに来た。

ーー経常利益150億円達成のためのポイントは?

豊島:少し前までは経常利益は70〜80億円ほどだったが、コロナ禍で社員の意識が大きく変わった。雑貨などの新規商材の開発や、ヘルスケア衣料といった新規分野の開拓が目に見えて加速した。加えて、オーガニックコットンブランド「オーガビッツ」などのサステナブル素材も基盤が固まってきた。今後は3〜4年をかけて、産業資材を大きくしていく。

ーー製品部門は増益だったが2年連続で減収を強いられた。どう見る?

豊島:減収と言ってもわずか1%ほど。致命的な数字ではない。とはいっても商社は「売り上げが立たずば利益が立たず」。特に製品部門は利益率は改善しているものの、減収を食い止めることが至上命題だ。課題は見えており、今期はそれを着実に実行する。

ーー今期の方針は?

豊島:主力取引先への売り上げ回復、付加価値商材の開発、雑貨などのアパレル周辺商材の深堀りの3つだ。素材部門は海外市場の開拓も重視する。しかし、最も重視しているのは、透明性のある商売を続けること。

ーー23年間の社長生活を振り返ると?

豊島:いろいろな失敗や経営判断ミスもあったが、そのたびに社員がカバーし、お取引先・お客さまにも支えられた。「お客さまとともに成長する豊島」と言ってもらえることは大変な財産だったと思う。

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豊島の25年6月期は経常益130億円、3期連続で過去最高を更新

豊島の2025年6月期決算(非上場)は売上高が前期比1.8%減の2162億円、営業利益が同7.3%増の95億円、経常利益が同12.5%増の130億円、純利益が同13.5%増の92億円だった。配当は1株60円。

営業利益と経常利益は3期連続で過去最高を更新した。売上総利益率(粗利率)は15.1%で、前期から0.9ポイント改善した。本日9月8日付で代表取締役会長に就任した豊島半七氏は「同じ取引先でも高付加価値の商材にシフトしたことで利益が改善した。2期連続で経常利益が100億円を超え、この2〜3年で150億円を目指す」と語った。

部門別では素材部門が25億円の減収、製品部門が14億円の減収、建設・不動産などの非繊維部門が微増だった。素材は主力の綿花が取り扱い数量は増加したものの、綿花価格の下落が響いた。製品部門は急成長を続けるリカバリーウエアのテンシャルなどのヘルスケア衣料に加え、ワーキングの高付加価値商材が伸びたものの、主力のカジュアルSPAの取り扱いが減少した。「商社は『売り上げが立たずば利益が立たず』。製品部門については少額ではあるが、減収に歯止めをかけることができなかったのがややネガティブ要素。今期以降で巻き返す」考え。

25年6月期は売上高2150億円、経常利益130億円を計画する。

「2〜3年で経常利益150億円に」 豊島社長との一問一答

本日9月8日には、名古屋市内で決算会見を行った。会見の最後には、本日付で社長を交代するサプライズ発表もあった。メディアとの主な一問一答は以下の通り。

ーー3期連続で経常利益は過去最高を更新した。要因は?

豊島半七社長(以下、豊島):付加価値商品の開拓が寄与した。例えば同じ取引先でも付加価値の高い商材の採用が増えた。加えてヘルスケア衣料などの新規商材も拡大した。

ーー経常利益は130億円。今後の目標は?

豊島:経常利益は100億円を割らない体制ができてきた。「ライフスタイル提案商社」を掲げ、繊維やアパレルだけでなく、周辺領域の雑貨やリカバリーウエアなどの付加価値の高い商材の開拓も順調に拡大している。2〜3年で150億円を狙えるところに来た。

ーー経常利益150億円達成のためのポイントは?

豊島:少し前までは経常利益は70〜80億円ほどだったが、コロナ禍で社員の意識が大きく変わった。雑貨などの新規商材の開発や、ヘルスケア衣料といった新規分野の開拓が目に見えて加速した。加えて、オーガニックコットンブランド「オーガビッツ」などのサステナブル素材も基盤が固まってきた。今後は3〜4年をかけて、産業資材を大きくしていく。

ーー製品部門は増益だったが2年連続で減収を強いられた。どう見る?

豊島:減収と言ってもわずか1%ほど。致命的な数字ではない。とはいっても商社は「売り上げが立たずば利益が立たず」。特に製品部門は利益率は改善しているものの、減収を食い止めることが至上命題だ。課題は見えており、今期はそれを着実に実行する。

ーー今期の方針は?

豊島:主力取引先への売り上げ回復、付加価値商材の開発、雑貨などのアパレル周辺商材の深堀りの3つだ。素材部門は海外市場の開拓も重視する。しかし、最も重視しているのは、透明性のある商売を続けること。

ーー23年間の社長生活を振り返ると?

豊島:いろいろな失敗や経営判断ミスもあったが、そのたびに社員がカバーし、お取引先・お客さまにも支えられた。「お客さまとともに成長する豊島」と言ってもらえることは大変な財産だったと思う。

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踊れなくとも憧れる 「チカ キサダ」、ダンサーが映すストイックな身体性と可憐

踊らない、踊れない人にとってバレエは「優美で可憐」というイメージが先行する。だが「チカ キサダ(CHIKA KISADA)」を通じて見えるバレエは、そこにとどまらない。テーマに「トレース」を掲げた今季は、アスリートであるダンサーの鍛えぬいた筋肉や骨格をなぞるような、そして自己コントロールされた呼吸の動きを服に映しとるような凄味がある。

2026年春夏コレクションのショーは小さな会場で、一ルックずつを小さな舞台に上げてスポットライトを当て、前後左右を360度から丁寧に見せる演出を選択。バレエダンサーたちの可憐さの奥にある強さや身体性、踊りの後の余韻など目に見えないをも浮かび上がらせた。

チュールとチュチュの再解釈

アイテムは今季も、ブランドの代名詞であるチュールやチュチュが多面的に展開された。そのアイデアの豊さはまるで「バレエの因数分解」。チュールは、肩パッドをむき出しにした脱構築的なジャケットの袖口やフラットシューズを飾ったり、ストラップやブラトップにアクセサリー感覚で用いたり。ポロシャツ地やシャツ地といったカジュアルな日常着の要素は、タイトなトップとボリュームあるミニ丈スカートのプロポーションバランスによりバレエ衣装にも見えてくる。そしてブランドのもうひとつのコアであるパンクの要素も忘れない。スタッズ使いや切り裂いたようなカットソーが甘いチュールの世界を彩る。

多様なダンサーとの仕事を経て

幾左田千佳デザイナーは今年7月、新国立劇場バレエ団のガラ公演において舞台衣装を手がけた。その経験を「これほどまでに大人数分を一度に作ったのは初めてで、衣装合わせでさまざまなダンサーの肉体と向き合い、その美しさに改めて衝撃を受けた」と語っている。舞台の現場で異なる骨格や筋肉、身長や可動域に対応した経験は、そのままプレタポルテのデザインにも還元されたのだろう。多様な身体にどう響かせるかという視点が、今季の「トレース」をより説得力あるものにしている。

バレエ的アライメントをプレタポルテに

バレエにおける「正しい姿勢=アライメント」は、骨格と筋肉が最も合理的に支え合う状態を指すと聞く。踊らない者から見れば不自然に見えるポーズも、実際には身体を自然に機能させた結果だという。「チカ キサダ」は骨格をなぞるようなカッティングや、呼吸を映すようなプリーツといった要素を用い、このアライメントを洋服に落とし込んでいるのだろう。

ダンサーが鍛錬を重ね、最後に舞台で表現するのは「力みのない美しさ」。「チカ キサダ」の服もまた、ストイックを経て美しさへと着地することに成功しており、バレエを踊らない女性たちにも「そうありたい」と憧れを駆り立てる。

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踊れなくとも憧れる 「チカ キサダ」、ダンサーが映すストイックな身体性と可憐

踊らない、踊れない人にとってバレエは「優美で可憐」というイメージが先行する。だが「チカ キサダ(CHIKA KISADA)」を通じて見えるバレエは、そこにとどまらない。テーマに「トレース」を掲げた今季は、アスリートであるダンサーの鍛えぬいた筋肉や骨格をなぞるような、そして自己コントロールされた呼吸の動きを服に映しとるような凄味がある。

2026年春夏コレクションのショーは小さな会場で、一ルックずつを小さな舞台に上げてスポットライトを当て、前後左右を360度から丁寧に見せる演出を選択。バレエダンサーたちの可憐さの奥にある強さや身体性、踊りの後の余韻など目に見えないをも浮かび上がらせた。

チュールとチュチュの再解釈

アイテムは今季も、ブランドの代名詞であるチュールやチュチュが多面的に展開された。そのアイデアの豊さはまるで「バレエの因数分解」。チュールは、肩パッドをむき出しにした脱構築的なジャケットの袖口やフラットシューズを飾ったり、ストラップやブラトップにアクセサリー感覚で用いたり。ポロシャツ地やシャツ地といったカジュアルな日常着の要素は、タイトなトップとボリュームあるミニ丈スカートのプロポーションバランスによりバレエ衣装にも見えてくる。そしてブランドのもうひとつのコアであるパンクの要素も忘れない。スタッズ使いや切り裂いたようなカットソーが甘いチュールの世界を彩る。

多様なダンサーとの仕事を経て

幾左田千佳デザイナーは今年7月、新国立劇場バレエ団のガラ公演において舞台衣装を手がけた。その経験を「これほどまでに大人数分を一度に作ったのは初めてで、衣装合わせでさまざまなダンサーの肉体と向き合い、その美しさに改めて衝撃を受けた」と語っている。舞台の現場で異なる骨格や筋肉、身長や可動域に対応した経験は、そのままプレタポルテのデザインにも還元されたのだろう。多様な身体にどう響かせるかという視点が、今季の「トレース」をより説得力あるものにしている。

バレエ的アライメントをプレタポルテに

バレエにおける「正しい姿勢=アライメント」は、骨格と筋肉が最も合理的に支え合う状態を指すと聞く。踊らない者から見れば不自然に見えるポーズも、実際には身体を自然に機能させた結果だという。「チカ キサダ」は骨格をなぞるようなカッティングや、呼吸を映すようなプリーツといった要素を用い、このアライメントを洋服に落とし込んでいるのだろう。

ダンサーが鍛錬を重ね、最後に舞台で表現するのは「力みのない美しさ」。「チカ キサダ」の服もまた、ストイックを経て美しさへと着地することに成功しており、バレエを踊らない女性たちにも「そうありたい」と憧れを駆り立てる。

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【スナップ】水原希子、窪塚愛瑠、大政絢らが来場 「サンローラン」が伊勢丹新宿店でポップアップストアをオープン

「サンローラン(SAINT LAURENT)」は9月9日まで伊勢丹新宿本店でポップアップストアをオープンしている。初日の3日には、水原希子、窪塚愛瑠、大政絢、佐藤晴美、SEIRA(セイラ)らが来場した。

同ポップアップでは2025年秋コレクションを紹介し、ギリシャ神話のイカロスにちなんだアイコンバッグ“イカール”シリーズの新作、“イカリーノ”の4色を先行販売している。

ポップアップ概要

◾️「サンローラン」ポップアップストア

日程:〜9月9日
時間:10:00〜20:00
場所:伊勢丹新宿店 本館1階 ザ・ステージ
住所:東京都新宿区新宿3-14-1

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【開業から1カ月】 広報マネージャーが直伝! 「ジャングリア沖縄」を大人が快適に楽しむコツとは

沖縄北部の今帰仁村に誕生したテーマパーク「ジャングリア沖縄」。開業から1カ月経ち、SNSなどではさまざまな評価が寄せられているが、それらの口コミと筆者が実際に訪れた経験、そして「ジャングリア沖縄」PRへの取材を通じて、パークやスパを快適に楽しむ方法を取材した。

狙い目はJTB旅行パッケージの「宿泊プラン」と『アフター2満喫チケット」

来場前の準備は「ジャングリア沖縄」のチケットを取る前からはじまる。「ジャングリア沖縄」の廣瀬里子 PRマネージャーは、「スムースにご来場いただくために、JTBの旅行パッケージで入場チケットとホテルがセットになった『宿泊プラン』か、さらに航空券がついた『宿泊+航空券付きツアー』をご予約いただく、もしくは、暑さも和らぐ時間帯からインパークする『アフター2満喫チケット』のご利用をおすすめします」と話す。

「というのも、JTBの旅行パッケージでは特典として、パークオープン15分前に入場できる“アーリー・パークイン”がご利用いただけるからです。すると、パーク入園直後にアトラクションにいち早くお並びいただけるほか、パーク内にある”パートナーラウンジ“が滞在中1回利用できるため、こちらでひと休みしていただけます。さらにパートナーホテルを選べば、ホテルからはシャトルバスも運行するため、パークやスパでお酒もお楽しみいただけるかと思います」。

では、県内在住者やパートナーホテルに宿泊しない場合の対策とは?「JTBの旅行パッケージのうち“アーリー・パークイン”ができるチケットと宿泊がセットになった『宿泊プラン』をお選びいただくか、お目当てのアトラクションがある場合は”プレミアムパス“をご購入いただくことをおすすめします。”プレミアムパス“は指定時間に待ち列をスキップでき、パーク入場後に先着順で取得となる整理券も不要のため、確実にご希望のアトラクションをご体験いただけます」。

さらに、名護市内のホテルに宿泊すればmobi(モビ)という定額乗り合い交通サービスが利用できるという。「最大8人まで乗り合いができるAIオンデマンド交通で、1乗車につき500円(小学生半額)の定額制です。アプリや電話で市内指定の247カ所で乗り降りができて、もちろん「ジャングリア沖縄」でもご利用できますのでホテル近辺から快適にご移動できるかと思います」。

通り雨対策として濡れてもいい服や速乾性に優れたウエアの着用を

パークでアトラクションを楽しむ際には、服装についてルールがあるタイプもあるので注意が必要。「一部のアトラクションはスカートやサンダル、ハイヒール、厚底靴などが不可です。そのため、スニーカーや長ズボンを着用していただくことをおすすめします」。

また、アトラクション体験時は傘の利用ができないため、コンパクトなレインウエアがあると便利。「沖縄は通り雨が多いため、アトラクション利用時に小雨がぱらつくことは珍しくありません。そのため、コンパクトに折りたためるレインウエアやポンチョがあると本当に便利です。また、水がかかるアトラクションもあるため、濡れてもいい服装や速乾性に優れたウエアであれば快適にお過ごしいただけるかと思います」。

キャップを被っていれば、その上からヘルメットを着用することが可能

加えて、沖縄の陽射しは秋冬であっても想像以上に強いため、帽子も必携したい。アトラクションにはヘルメットの着用が義務づけられているものもあるが、キャップの上からヘルメットを被れることは可能なので、直に被ることに抵抗がある人にはぜひ用意してほしい。ちなみにキャップ類はパーク内のショップでも購入できる。

著者おすすめアトラクションは「ダイナソー サファリ」
「スカイフェニックス」「ホライゾン バルーン」!

では、パーク入園後に楽しむべきアトラクションとは? まず筆者がおすすめしたいのは特殊車両に乗りこんでジャングルを疾走し恐竜と遭遇する「ダイナソー サファリ」だ。本物の大型車両に乗り込み、起伏にとんだ道を荒々しい運転で突き進むので迫力もスリルも満点! 

演出やストーリーにもこだわっており、予測不能な展開や立体的な音響効果によって臨場感のある体験に! 筆者は晴天時、雨天時と両方で体験しているが、天候が悪い時や夕方以降の薄暗い時のほうが恐竜との遭遇がリアルでより没入感を味わえる。こちらのアトラクションは夕方以降のほうが空いていることもあり、夜の時間帯もおすすめしたい。

ジャングル上空を爽快に飛ぶ「スカイ フェニックス」と標高200mまであがる気球「ホライゾン バルーン」もスリルを味わえるアトラクションだ。

「スカイ フェニックス」は一見、“ジップライン”に似ているが、“ジップライン”はワイヤーに座って滑り降りることが一般的だが、こちらは地上と並行の“うつ伏せ姿勢”となって滑空できるのが特徴。そのため、本当に鳥やスーパーマン(笑)のように、風を切って空を滑空することができることから浮遊感を堪能することができる。約280mを滑空していく途中、青い海や亜熱帯の森が目に入り、その壮大な自然にも感動。こちらは大人気のアトラクションなので、ぜひ朝イチで整理券を確保したい。

一方、「ホライゾン バルーン」は直径約23mの気球に乗り込み、地上200m地点から360℃のパノラマを楽しめる気球体験。上空からは今帰仁村の古宇利島や伊平屋島、伊是名島が見渡せるほか、別料金でスパークリングワインを楽しめるサービスもある。

沖縄で空のアクティビティとしてはビーチで楽しめるパラセーリングがあるが、気球アトラクションは沖縄初。しかも、沖縄にはスカイツリーのような高層展望台がないため、標高200mからの雄大な大自然鑑賞はこのアトラクションでしか得られない経験。ただ、気象条件が整った場合にのみ運行できるため、南寄りの風になる春から夏にかけて(ただし台風の影響を除く)がねらい目だ。 

また、パークでは7月25日の開業以来、ゲストのパーク来場状況などを鑑みて、14時からの入場チケットやプレミアムパスをセットにした「アフター2満喫チケット」の販売もスタートした。

こちらはパーク入場チケット、スパチケットに加え、「ダイナソーサファリ」か「トレジャーファイト」のいずれかを購入時に選択できるチケット。19時からは「ジャングリア花火」や「ジャングリアナイト フェス」が開催される日もあるため、アトラクション、スパ、食事、花火やフェスなどのショーをバランスよく楽しめることが魅力。日中はリゾートホテルや海でのんびりして、午後から「ジャングリア沖縄」に繰り出すのは強い日差しを避けられるというメリットも。

しかも、レストラン「パノラマ ダイニング」はディナーであれば予約が可能なので、美しい夕陽を眺めながら食事を楽しめる。鳥の巣のような“ネスト席”を予約すれば迫力ある花火を間近で楽しめるだろう。

また、9月以降は、9月1日~10月31日の入場が対象で、実質2860円ほど得する「沖縄県民特別チケット」を期間限定発売。さらに、さまざまな種類のチケットを企画中ということで、オフィシャルウエブサイトをぜひ確認してほしい。

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豊島が23年振りの社長交代、新社長に49歳の豊島晋一氏 現社長の半七氏は代表権のある会長に

豊島は9月8日付で新社長に豊島晋一専務(49)が昇格した。現社長の豊島半七氏(70)は代表権のある会長に就任する。半七氏は東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て1985年に豊島に入社。2002年から社長を務めていた。アダストリアを筆頭に大手専門店チェーンを開拓し、年間1億枚を取り扱う規模の繊維商社に育成。この数年は「ライフスタイル提案商社」を掲げ、雑貨などの周辺領域にまで事業を拡大した。

半七氏は交代について「順調に新カテゴリーの開拓が進み、経常利益が2期連続で100億円を超え、次のステップとして150億円を狙えるところまで来た。次の若い世代にバトンを渡すいいタイミングだと年始に交代を決めた」と語った。同社は取締役会の議長を社長が務め、今後は新社長の晋一氏が経営の陣頭指揮を取る。晋一氏は「変革や挑戦する社風は変えず、より一層社会に貢献できる会社になるようリードしていく」という。

新社長の晋一氏は1976年8月24日生まれ。2001年に東京大学工学部を卒業後、21年に豊島に入社。22年9月に取締役、23年7月に専務に就任していた。

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豊島が23年振りの社長交代、新社長に49歳の豊島晋一氏 現社長の半七氏は代表権のある会長に

豊島は9月8日付で新社長に豊島晋一専務(49)が昇格した。現社長の豊島半七氏(70)は代表権のある会長に就任する。半七氏は東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て1985年に豊島に入社。2002年から社長を務めていた。アダストリアを筆頭に大手専門店チェーンを開拓し、年間1億枚を取り扱う規模の繊維商社に育成。この数年は「ライフスタイル提案商社」を掲げ、雑貨などの周辺領域にまで事業を拡大した。

半七氏は交代について「順調に新カテゴリーの開拓が進み、経常利益が2期連続で100億円を超え、次のステップとして150億円を狙えるところまで来た。次の若い世代にバトンを渡すいいタイミングだと年始に交代を決めた」と語った。同社は取締役会の議長を社長が務め、今後は新社長の晋一氏が経営の陣頭指揮を取る。晋一氏は「変革や挑戦する社風は変えず、より一層社会に貢献できる会社になるようリードしていく」という。

新社長の晋一氏は1976年8月24日生まれ。2001年に東京大学工学部を卒業後、21年に豊島に入社。22年9月に取締役、23年7月に専務に就任していた。

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ポーラ ギンザをグローバル旗艦店にリニューアル 妹島和世氏、渋谷慶一郎氏ら起用し三位一体の体験を提供

ポーラは東京・銀座に構える旗艦店、ポーラ ギンザをグローバルフラッグシップとして12月12日にリニューアルオープンする。今回のリニューアルでは、「この世界を愛する力を」をコンセプトに掲げ、世界的建築家の妹島和世氏を、音楽家の渋谷慶一郎氏、照明家の豊久将三氏、嗅覚のアーティスト和泉侃氏など日本を代表するアーティストを起用。心と体の潜在美意識を呼び覚ます新体験を提供する。

有機的な空間で触れる特別な体験と製品

来訪者を出迎える1階にはシンボリックな「フローラの森」を作り上げた。すべての壁面から降り注ぐ柔らかな光や無限に変化を続ける心地よいサウンドがあらゆる感性を刺激する。妹島氏は「この空間に足を踏み入れると人々は突然、いつもの時間の流れと少しだけ異なるフローラの時間に迎え入れられます。薄明るく柔らかい、心地よい光の中をめぐりながら、一人ひとりが自分との対話をゆっくりとたのしみ、まだ見ぬ自分に出会います」と説明。

渋谷氏は膨大なサウンドデータがプログラムによってリアルタイムに組み合わされ、加工・変型されながら絶えず変化する「Abstract Music POLA version」と題したサウンドインスタレーション作品を手掛けた。照明家の豊久将三氏は森のような空間を包む全ての壁に、ある波長の光とその逆位相の光が互いに溶け合い、ゆるやかに明滅しながら柔らかく光を放つ照明を設計。空間、光、サウンドによる異空間により、日々の喧騒から離れ、自己との対話を促す空間を作り上げている。

また、嗅覚のアーティスト和泉侃氏は、対になる 2 つの香りを設計。サイエンスとクラフトマンシップ、静けさと刺激といった異なる要素が交差する場所から生まれ現在のポーラを象徴する香りと、植物や土のぬくもり、記憶の静けさに包まれながら自身の感覚に静かに気づいていく香りを創出している。

柔らかな光や土のぬくもり、木漏れ日を想起させる香りで満たした地下1階は完全個室のフロアとなり、ポーラ化成工業の独自技術を応用した「リセンススキャン」を使用した分析体験やオリジナルマスクによるフェイシャルケア、ラジオ波を用いた温感ボディーケアなどを提供。エステ予約は 11月1日からウェブ予約システムで受け付ける。

◼️ポーラ ギンザ
オープン日:12月12日
住所:東京都中央区銀座 1-7-7
店舗営業時間:10:00〜20:00

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ポーラ ギンザをグローバル旗艦店にリニューアル 妹島和世氏、渋谷慶一郎氏ら起用し三位一体の体験を提供

ポーラは東京・銀座に構える旗艦店、ポーラ ギンザをグローバルフラッグシップとして12月12日にリニューアルオープンする。今回のリニューアルでは、「この世界を愛する力を」をコンセプトに掲げ、世界的建築家の妹島和世氏を、音楽家の渋谷慶一郎氏、照明家の豊久将三氏、嗅覚のアーティスト和泉侃氏など日本を代表するアーティストを起用。心と体の潜在美意識を呼び覚ます新体験を提供する。

有機的な空間で触れる特別な体験と製品

来訪者を出迎える1階にはシンボリックな「フローラの森」を作り上げた。すべての壁面から降り注ぐ柔らかな光や無限に変化を続ける心地よいサウンドがあらゆる感性を刺激する。妹島氏は「この空間に足を踏み入れると人々は突然、いつもの時間の流れと少しだけ異なるフローラの時間に迎え入れられます。薄明るく柔らかい、心地よい光の中をめぐりながら、一人ひとりが自分との対話をゆっくりとたのしみ、まだ見ぬ自分に出会います」と説明。

渋谷氏は膨大なサウンドデータがプログラムによってリアルタイムに組み合わされ、加工・変型されながら絶えず変化する「Abstract Music POLA version」と題したサウンドインスタレーション作品を手掛けた。照明家の豊久将三氏は森のような空間を包む全ての壁に、ある波長の光とその逆位相の光が互いに溶け合い、ゆるやかに明滅しながら柔らかく光を放つ照明を設計。空間、光、サウンドによる異空間により、日々の喧騒から離れ、自己との対話を促す空間を作り上げている。

また、嗅覚のアーティスト和泉侃氏は、対になる 2 つの香りを設計。サイエンスとクラフトマンシップ、静けさと刺激といった異なる要素が交差する場所から生まれ現在のポーラを象徴する香りと、植物や土のぬくもり、記憶の静けさに包まれながら自身の感覚に静かに気づいていく香りを創出している。

柔らかな光や土のぬくもり、木漏れ日を想起させる香りで満たした地下1階は完全個室のフロアとなり、ポーラ化成工業の独自技術を応用した「リセンススキャン」を使用した分析体験やオリジナルマスクによるフェイシャルケア、ラジオ波を用いた温感ボディーケアなどを提供。エステ予約は 11月1日からウェブ予約システムで受け付ける。

◼️ポーラ ギンザ
オープン日:12月12日
住所:東京都中央区銀座 1-7-7
店舗営業時間:10:00〜20:00

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ポーラ ギンザをグローバル旗艦店にリニューアル 妹島和世氏、渋谷慶一郎氏ら起用し三位一体の体験を提供

ポーラは東京・銀座に構える旗艦店、ポーラ ギンザをグローバルフラッグシップとして12月12日にリニューアルオープンする。今回のリニューアルでは、「この世界を愛する力を」をコンセプトに掲げ、世界的建築家の妹島和世氏を、音楽家の渋谷慶一郎氏、照明家の豊久将三氏、嗅覚のアーティスト和泉侃氏など日本を代表するアーティストを起用。心と体の潜在美意識を呼び覚ます新体験を提供する。

有機的な空間で触れる特別な体験と製品

来訪者を出迎える1階にはシンボリックな「フローラの森」を作り上げた。すべての壁面から降り注ぐ柔らかな光や無限に変化を続ける心地よいサウンドがあらゆる感性を刺激する。妹島氏は「この空間に足を踏み入れると人々は突然、いつもの時間の流れと少しだけ異なるフローラの時間に迎え入れられます。薄明るく柔らかい、心地よい光の中をめぐりながら、一人ひとりが自分との対話をゆっくりとたのしみ、まだ見ぬ自分に出会います」と説明。

渋谷氏は膨大なサウンドデータがプログラムによってリアルタイムに組み合わされ、加工・変型されながら絶えず変化する「Abstract Music POLA version」と題したサウンドインスタレーション作品を手掛けた。照明家の豊久将三氏は森のような空間を包む全ての壁に、ある波長の光とその逆位相の光が互いに溶け合い、ゆるやかに明滅しながら柔らかく光を放つ照明を設計。空間、光、サウンドによる異空間により、日々の喧騒から離れ、自己との対話を促す空間を作り上げている。

また、嗅覚のアーティスト和泉侃氏は、対になる 2 つの香りを設計。サイエンスとクラフトマンシップ、静けさと刺激といった異なる要素が交差する場所から生まれ現在のポーラを象徴する香りと、植物や土のぬくもり、記憶の静けさに包まれながら自身の感覚に静かに気づいていく香りを創出している。

柔らかな光や土のぬくもり、木漏れ日を想起させる香りで満たした地下1階は完全個室のフロアとなり、ポーラ化成工業の独自技術を応用した「リセンススキャン」を使用した分析体験やオリジナルマスクによるフェイシャルケア、ラジオ波を用いた温感ボディーケアなどを提供。エステ予約は 11月1日からウェブ予約システムで受け付ける。

◼️ポーラ ギンザ
オープン日:12月12日
住所:東京都中央区銀座 1-7-7
店舗営業時間:10:00〜20:00

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「ギークス ルール」が渡辺信一郎のアニメ「LAZARUS ラザロ」とコラボ オリジナルのコラージュデザイン

「ギークス ルール(GEEKS RULE)」は、「カウボーイビバップ」を手掛けた渡辺信一郎監督によるオリジナルアニメ「LAZARUS ラザロ」とのコラボレーションTシャツを発売する。サイズ展開はM〜XXLで、価格は各1万2100円。9月13日11時から「グレイト(GR8)」にて店頭先行販売し、14日12時から「グレイト」オンラインで販売。15日12時から17日12時まで「ギークス ルール」オンラインで抽選販売する。※詳細に関しては、「ギークス ルール」公式インスタグラムとXで要確認。

本コラボTシャツは、今年4月から6月にかけて放送された「LAZARUS ラザロ」の世界観をイメージし、主要キャラクター5人をピックアップしたオリジナルコラージュを特別に制作。シルクスクリーン15版(15色)を使用し、ブラックマジック、ホワイトアンダーコントロールなどの技法を駆使し、「LAZARUS ラザロ」の世界観を表現している。

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「ギークス ルール」が渡辺信一郎のアニメ「LAZARUS ラザロ」とコラボ オリジナルのコラージュデザイン

「ギークス ルール(GEEKS RULE)」は、「カウボーイビバップ」を手掛けた渡辺信一郎監督によるオリジナルアニメ「LAZARUS ラザロ」とのコラボレーションTシャツを発売する。サイズ展開はM〜XXLで、価格は各1万2100円。9月13日11時から「グレイト(GR8)」にて店頭先行販売し、14日12時から「グレイト」オンラインで販売。15日12時から17日12時まで「ギークス ルール」オンラインで抽選販売する。※詳細に関しては、「ギークス ルール」公式インスタグラムとXで要確認。

本コラボTシャツは、今年4月から6月にかけて放送された「LAZARUS ラザロ」の世界観をイメージし、主要キャラクター5人をピックアップしたオリジナルコラージュを特別に制作。シルクスクリーン15版(15色)を使用し、ブラックマジック、ホワイトアンダーコントロールなどの技法を駆使し、「LAZARUS ラザロ」の世界観を表現している。

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「ランコム」最高峰ライン“アプソリュ”からリップバーム誕生 ふっくら若々しい印象の唇に

「ランコム(LANCOME)」は9月5日、ブランドの最高峰ライン“アプソリュ”から美容成分をふんだんに注ぎ込んだリップバーム“アプソリュ ザ リップバーム”(9900円)を発売した。

同製品には、ふっくら若々しい印象の唇に導く“ランコム ローズの恵み”や、乾燥ケアをかなえるローズ オイル 、ヒアルロン酸などの唇に潤いを与える成分をぜいたくに配合した。上質なリップケア効果と、優しく包み込むテクスチャーで唇を乾燥から守る。使い続けるほどにキメが整い、内側からあふれるようなハリと弾力のある唇に仕上げる。パッケージは“アプソリュ”の象徴であるゴールドの輝きが際立つ、高級感のある佇まいだ。

“アプソリュ”は、1965年に誕生した「ランコム」の最高峰エイジングケアシリーズで、ローズの秘めたる可能性に着目。過酷な環境の中、1年を通して咲き誇る“ランコム ローズ”を中心に、希少なローズエキスなどを配合している。シリーズを代表するフェイスクリーム“ソフトクリーム”(60mL、4万8400円/リフィル60mL、4万1800円)のほか、化粧水や美容液、アイクリームなどのスキンケアアイテムをそろえる。

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【募集終了】「カンペール」のローファーとバッグ2型 池袋パルコ店が8月22日にオープン 

今年50周年を迎えるスペイン発のシューズブランド「カンペール(CAMPER)」は8月22日に池袋パルコ店をオープン、29日に新丸の内ビル店をリニューアルオープンする。

池袋パルコ店は、「カンペール」の故郷・マヨルカ島へのオマージュをコンセプトに、地中海を思わせるタイルを使用し、ブランドを象徴する赤と白を基調にデザインした。また、リニューアルする新丸の内ビル店は、ナチュラルカラーの長方形の無垢粘土タイルとグリーンのコントラストで、地中海のアイデンティティーを表現した。

店舗概要

◾️池袋パルコ店

オープン日:8月22日
営業時間:11:00〜21:00
住所:東京都豊島区南池袋 1-28-2 池袋 パルコ 本館4階

◾️新丸の内ビル店

オープン日:8月29日
営業時間:月〜土 11:00〜 21:00/日・祝 11:00〜20:00
住所:東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング 4階

「カンペール」のバッグ・シューズを
全6名様にプレゼント!

「WWDJAPAN.com」は、「カンペール」の “ウォールデン(WALDEN)”(3万5200円)、“アルーガ(ARRUGA)(2万3100円)”、“クルバ(CURVA)”(2万900円)の全3種各2点を計6名様にプレゼントする。

「カンペール」を代表するモデル、“ウォールデン”は、プレミアムレザーのアッパーと頑丈なラバーアウトソールを組み合わせたクラシックなスタイルに現代的なひねりを加えたローファーだ。

 

スペイン語で“シワ”を意味する“アルーガ”には、ギャザーをたっぷり施し、ワッシャーの入った地厚のリサイクルナイロンを用いて丸みのあるフォームを表現した。ショルダーは結び目を変えて自由に長さ調節をすることができ、持った時に洋服の一部に見えるようなデザインになっている。A4サイズの書類が縦に入るサイズ感で、ユニセックスで着用可能だ。

 

スペイン語で“曲線”を意味する“クルバ”は、単一素材を使用することで、フォームのカーブが際立つように仕上げた。メイン素材には、ウエットスーツのような質感を持つリサイクルナイロンを採用し、付属の金具にはマット加工を施した。

【キャンペーン詳細】

<応募期間>
8月4日(月)10:00~9月8日(月)10:00

<対象プレゼント>
・ウォールデン(WALDEN)(3万5200円)各2点
・アルーガ(ARRUGA)(2万3100円)各2点
・クルバ(CURVA)(2万900円)各2点

受付を締め切らせていただきました。

【注意事項】

・応募はお一人様1回のみ有効となります。
・応募者多数の場合は抽選により当選者を決定いたします。
・抽選結果に関するお問い合わせはお受けできませんので、予めご了承ください。
・当選の発表は、賞品の発送をもって代えさせていただきます。
・同業者の方の応募はご遠慮ください。
・当社の判断で応募条件を満たさないと考えられる場合や、応募に関して不正な行為があった場合、当選を取り消させていただく場合がございます。
・本キャンペーンの応募時に発生するインターネット接続料、パケット通信料などの諸経費は応募者のご負担となります。
・本キャンペーンへの参加は、応募者自らの判断と責任において行うものとし、応募に際して応募者に何らかの損害が生じた場合、又は賞品に破損などの不備等があった場合、当社の故意または重過失に起因するものを除きその責任を一切負いません。
・複数のアカウントによる同一人物の応募は無効とさせていただきます。
・個人の属性等、アンケート項目への回答は、統計処理した集計値としてのみ使用いたします。
・当選者の個人情報は、当キャンペーンに関するご連絡にのみ使用いたします。法令により開示を求められた場合を除き、応募者の同意なしに第三者に対して開示・提供することはありません。この点については、下記プライバシーポリシーをご参照ください。
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「アディダス」×「ア ベイシング エイプ®」 がサッカーコレクションを発売 プレデターやサンバなど

「アディダス(ADIDAS)」は、「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」とコラボしたサッカーコレクションを発売した。同コレクションは、「アディダス」の一部直営店、取扱店および「アディダス」と「ベイプ®︎」の公式オンラインストアで取り扱う。

キャンペーンには、サッカー元ブラジル代表で、レアル・マドリードのレジェンド、マルセロ・ヴィエイラ(Marcelo Vieira)が登場した。

「アディダス」×「ベイプ®」コラボコレクション
“プレデター”や“サンバ”など豊富なラインアップ

コレクションでは、ストリートカルチャーとサッカーを融合したアイテムをラインアップする。「アディダス」の代表的スパイク、“プレデター エリート FT FG”(3万6300円)はゴールドロゴを配した折り返しシュータンを搭載し、“F50 エリート FG”(3万6300円)はアッパーに“ABC カモ”をあしらうなど、大胆にアップデートした。また、スパイクにマッチする“ABC カモ”をあしらったゲームシャツ(2万3100円)、ショートパンツ(1万3200円)、タイツ(9000円)、ソックス(5500円)と“BABY MILO®”サッカーTシャツ(9900円)も登場する。アクセサリーには、“ABC カモ”ダッフルバッグ(1万6500円)、“BABY MILO®”ショルダーバッグ(1万9800円)がそろう。

「ベイプ®」コラボサンバ

加えて、「ベイプ®」が再構築した “サンバ”は、アニリングレインレザーのアッパーを採用し、クラシックなシルエットをアップデート。特徴的なスエードトゥボックスオーバーレイの代わりにラバー仕上げの“SKULL STA” を施した。また、両側面のスリーストライプスは、一方をそのままに、もう一方には“BAPE STA”をあしらった。価格は2万6400円で、カラーリングは、ホワイトにブラック&グレーのディテールと、ブラックにホワイトのアクセントの2つを用意する。

商品画像

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パリ1号店を開いた着物の「やまと」 矢嶋社長が描く「洋服と着物が並ぶ未来」

着物の「やまと」の矢嶋孝行社長は、4月に開店したパリの直営店について「『非常に良い』とまで言うと言い過ぎだが、良い手応えを感じている」と話す。開店初日には入店待ちが出るほど盛況だった。落ち着いた今も地元も来店客を中心に賑わいが続く。文化の異なる欧州で和装を売ることにはさまざまな困難が伴う。それでも「パリでは日本以上に可能性を感じている」という。

パリに常設店を設けた狙いは、短期的な売り上げだけではない。「実際に店を構え、そこにいるからこそ次の出会いがある。パリでは“今まで出会えなかった人”との接点が圧倒的に増えた」と語る。国内外から集まるデザイナー、スタイリスト、バイヤーと接点を作り、和装の新しい取り組みにつなげる。

店舗のテーマは「小径」。導線の右側に女性向けの「キモノ バイ ナデシコ(KIMONO BY NADESHIKO)」、左側に男性向けの「ワイ&サンズ(Y. & SONS)」を配置し、奥には反物など伝統的な着物の世界を表現する。

スタッフは日本人3人。数カ月の語学研修を経てフランス語で接客し、織・染の背景や手入れ方法まで丁寧に伝える。

目標は「洋服の横に並ぶ」こと

販売動向で目立つのは、洋服の上から羽織る「羽織」だ。スカジャン風の着物など、日常の洋服にプラスできる商品が人気を集めている。「私たちは『着物だから着てください』とは言わない。『着たい』と思ったものが、たまたま着物の形をしていた。そんな状態をつくりたい」と矢嶋社長は強調する。

日本文化の「コスプレ的」な需要とは一線を画し、街に馴染むファッションとしての着物を提案している。その結果、来店者にはアーティストやデザイナーなど、アートやファッション業界の関係者が多い。また、日本の店舗で出会った米国在住の顧客がパリ店オープン時に訪れるなど、都市間の往来が盛んな欧米ならではの広がりも見えている。

目標は、やまとの商品を各国のセレクトショップに並べることだ。「自分たちの店だけで販売している限り、ファッションのど真ん中に入ったとは言えない。各国のセレクトショップでバイヤーが羽織やプレタ商品を“洋服の横”に並べる。そこが次の到達点だ。日本の百貨店でも2~3年内で1ラック、2ラックと展開できる可能性が現実味を帯びてくる」。

パリ常設店の意味は、物理的な距離の縮小にとどまらない。「例えばインドの伝統的なモノ作りと日本のモノ作りといった精神的距離も縮められる」という。「世界をつなげ、着物を人々の“生きている世界”に近づけたい。いくつかのコラボレーションの話が進行中ですが、まだ発表できる段階ではない。課題は時差と言語。それでも店を構えたからこそ始まった出会いが確実に次につながる」。

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仕入れ精度改革は店頭から マンガ「在庫管理の魔術」最終回に学ぶ成長の王道

WWDJAPAN.comは4月までマンガ版「ザ・ゴールシリーズ 在庫管理の魔術」を連載していました。在庫過剰に陥ると、つい値下げセールに頼ってしまう――。しかし、本当にそれしか方法はないのか? 利益を高め、最大化するための解決策を、アパレル在庫最適化コンサルで「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」「図解アパレルゲームチェンジャー」等の著者である齊藤孝浩ディマンドワークス代表が、同マンガを読みながら、解説していきます。

「店頭」という小さな単位から始める組織改革の王道

今回のテーマは「仕入れ精度改革は店頭から――マンガ『在庫管理の魔術』最終回に学ぶ成長の王道」です。

マンガ「在庫管理の魔術」の第16話は コチラ

マンガ「在庫管理の魔術」(全16話)を解説して来た当コラムも今回で最終回になります。最後に、これまでのストーリーを振り返りながら、アパレル経営や在庫運用に携わる読者のみなさんへの示唆をまとめたいと思います。

ストーリーの発端は、店舗バックヤード倉庫が水没して使えなくなるという災難でした。しかし主人公の徹は、その状況をただ嘆くのではなく、まず「店頭起点」で考えることから動き始めます。やがて倉庫や店舗間の在庫偏在を調整し、売り逃しを販売機会へと変えることで社内の需給ミスマッチを解消。結果として会社の業績を大きく押し上げました。

それをそばで見守っていたバイヤーのあいも、サプライヤーの利益を尊重しながら小ロット・短納期の供給体制を築き、外部とのミスマッチを改善。社内外の改革がかみ合ったことで、アパレルチェーン「ハンナズ」は業界平均を大きく上回る成長と収益性を実現したのです。

この過程が示しているのは、組織改革の王道です。改革は大きなところから一気に変えるのではなく、まずお客さまに最も近い「店頭」という小さな単位から始める。そして地域、全国へと段階的に広げ、上司や仲間の理解を得ながら浸透させていくことが成功の条件です。内部体制を整えずに、いきなり仕入れや外部取引にばかり手をつけても成果は限定的になりがちなもの。ハンナズが業界平均の倍の成長を遂げたのは、内部の仕組みを固めた上で外部連携に進んだからに他なりません。

各店の店頭在庫の最適化が出発点

最終話であるマンガの第16話では、単なるいち企業の「過去最高業績」というハッピーエンドではなく、さらに新しい展開が待っていました。

社長の安堂平磨(あいの父)が示したのは、フランチャイズ方式の導入です。内部と外部の流れを整えたうえで、競合が追随できないスピードで成長を加速させる仕組み――それがフランチャイズであり、現代で言えばプラットフォーマービジネスに通じる発想です。

フランチャイズには、多店舗展開のための資金をFCオーナーに委ねられる点や、地域に根差した経験豊富な人材を短期間で確保できる点など、多くのメリットがあります。日本のアパレル業界ではワークマン(WORKMAN)の事例がよく知られています。ワークマンでは本部が店舗を取得し、運営を地域の夫婦に委託する仕組みをとっていますが、これも“しくみ化された努力の結晶”があって初めて成立するビジネスモデルです。ハンナズが描く次の成長シナリオも、この流れに沿ったものといえるでしょう。

ここであらためて強調したいのは、「利は元にあり」という言葉どおり、アパレル事業の成否を分けるのは仕入れにある、という点です。但し、仕入れ精度を高める秘訣は、短期的なバイヤーのスキルの向上や、いきなり外部との交渉を行うことではなく、まず店頭にあります。チェーンストア内で在庫をいかに効率的に回すかを徹底し、その上で仕入れ判断の精度を磨いて行くことが不可欠なのです。

現在、多くの企業がサプライチェーン全体の在庫削減に取り組んでいますが、バイヤーやMDのグロスの仕入れ精度を高めるには、まずは各店の店頭在庫の最適化が出発点となります。徹やあいが仲間を巻き込みながら、ミクロからマクロへ改革を広げていったように、現場での改善を一歩ずつ積み重ねることが成功の秘訣です。そしてその過程を支えるのは、現場を理解する上司の支援と、トップマネジメントの強いリーダーシップに他なりません。

当連載の締めくくりとして、読者のみなさんにお伝えしたいのは次の一言です。

「仕入れ精度の改革は、店頭在庫の最適化から始まる」

そして、マンガの最後のセリフ「僕らには限界なんてない」って言葉にもシビれますね。

改革に挑む私たち自身を鼓舞するメッセージとして、ぜひ自社の現場を見直す第一歩に重ねあわせて前に進んでいただければ幸いです。

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