カルティエは大阪・関西万博に合わせ、ウーマンズ パビリオンのオープニングセレモニー翌日、堺市民芸術文化ホールにて「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ インパクト アワード」授賞式を開催した。社会と環境に持続可能なインパクトをもたらす女性起業家9名が表彰され、800名を超えるゲストがその功績を祝った。
今回の授賞式は、「Forces for Good(変革をもたらすチカラ)」というテーマのもと、5月20日から23日まで行われたインパクト アワード ウィークの集大成として開催。冒頭では、音楽家の渋谷慶一郎とバイオリニスト廣津留すみれ、ダンサー堀田千晶による特別パフォーマンスが行われ、芸術と表現の力がイベントの幕開けを飾った。
セレモニーでは、カルティエ ウーマンズ イニシアチブの過去フェローから選出された9名に授与。選出は「地球の保護(Preserving the Planet)」「生活の向上(Improving Lives)」「機会の創出(Creating Opportunities)」の3カテゴリーに分かれ、それぞれが国連のSDGsを体現する取り組みを展開している。ホストを務めたのは、キャスター、作家として活躍し、ジェンダー平等の提唱者として知られるサンディ・トクスヴィグ。その軽快かつ人間味あふれるファシリテーションで9人の業績が紹介された。
受賞者は各10万ドルの助成金と、1年間のフェローシッププログラムへの参加資格を獲得。メディア露出、リーダーシップ育成、インパクト測定支援を含む新たなプログラムが彼女たちの活動を後押しする。プログラム中にはショートフィルム「Shaping the Future」や、コミュニティの絆を描いたメッセージ映像が上映され、世代を超えた連携の重要性が強調された。最後にはカルティエ カルチャー&フィランソロピーのシリル・ヴィニュロン会長が登壇し、「女性起業家には変革をもたらす力がある。彼女たちが次世代のために道を切り開き続ける力を讃えたい」と語り、セレモニーはKAORIaliveによるダンスパフォーマンスで締めくくられた。
【9人の受賞からのメッセージ】
同日午前にはジャーナリストとのラウンドテーブルが開催された。インスピレーションあふれる9人からのスピーチの中から、特に印象的だった言葉を紹介する。
「地球の保護」カテゴリー
トレーシー・オルーク/Vivid Edge 創業者(アイルランド)
“最も困難な課題こそが、最も革新的な解決策を生み出す。
だから私は、この時代にこそ希望を持っています”
アイルランド出身のトレーシー・オルーク(Tracy O’Rourke)は、長年にわたり大企業で金融・航空機リースなどの分野に従事し、数々の革新的なビジネスモデルを導入してきた。彼女が起業したのは、最新鋭のオフィスビルですら60%ものエネルギーを浪費しているという現実に気づいたことがきっかけだった。 Tracyは航空機リースの仕組みを応用し、「初期投資ゼロで導入できるエネルギー効率改善サービス」を開発。資金調達から設置・運用・保守までを一括で提供し、顧客企業は削減されたエネルギーコストの一部でサービス料を支払うというモデルを確立した。 「エネルギー効率」という地味だが影響力の大きい分野において、トレーシーは“資産として担保できないものに投資を集める”という難題に挑み、それを成し遂げた。「間違った方向に進んだ時、どう軌道修正するのか?」への返答が冒頭の通り。「問題の大きさは、解決の創造性を引き出す力になる」とも語る。
クレッセ・ウェズリン/Elvis & Kresse 共同創業者(英国)
“私たちは、“ただ与え、奪わない”ビジネスを設計しています。
それこそが、本当のラグジュアリーではないでしょうか?”
クレッセ・ウェズリン(Kresse Wesling)は、英国を拠点に活動するChrissyは、社会的・環境的に持続可能なビジネスを追求するブランド「Elvis & Kresse」の共同創業者。彼女の事業は、役目を終えた消防ホースやレザーといった廃材をアップサイクルし、高品質なバッグや財布へと蘇らせるだけでなく、利益の半分をチャリティに寄付するという大胆なモデルを持つ。 最初の10年は「いかに廃材を美しく変えるか」というクラフト中心だったが、次の10年ではビジネス自体を“再生可能”に進化。農場に製造拠点を移し、太陽光発電や水の浄化、土壌への炭素固定といった取り組みを導入した。「贅沢とは何か?」という問いに対し、彼女は“奪わず、与えること”こそが本質だと断言する。環境・地域・経済を横断的につなぐ、再定義されたラグジュアリーの姿がそこにある。
クリスティン・カゲツ/Saathi 共同創業者(インド)
“アクセスのない地域に生理用品を届けたかった。
でも、プラスチック製では別の問題を生む。
だから“使っても環境を汚さないナプキン”を開発した”
米国出身のクリスティン・カゲツ(Kristian Kagetsu)は、インドでの生活を通じて、女性の生理用品へのアクセス格差という深刻な問題に直面した。農村部ではナプキンの普及率が36%にとどまり、教育・就労・健康に多大な影響を与えていた。彼女はそこで、廃棄されるバナナ繊維と竹を用いた完全生分解性ナプキンを開発。Saathiというブランドを通じて、都市部と農村部の両方に製品を届けている。 「なぜバナナ繊維なのか?」との質問に対する答えが冒頭である。社会的な偏見や、工場設立時の拒否、設備導入の困難など、数多くの壁に直面したが、現地の女性たちを雇用し、教育し、チームとして共に成長することで乗り越えてきた。環境への負荷ゼロという製品設計に加え、女性たちが自らの手で“問題を解決する側”になるという、循環型で誇り高いエンパワメントを実現している。
「生活の向上」カテゴリー
ケイトリン・ドルカート/Flare Health 共同創業者・CEO(ケニア)
“ケニアでは、かつて救急車を呼んでも162分かかっていた。
今では15分。世界中のどこにいても、誰であっても、
緊急医療サービスにアクセスできる未来を一緒に築こう”
米国出身のケイトリン・ドルカート(Caitlin Dolkart)は、ケニアで15年間暮らしながら保健医療分野に携わってきた。彼女がFlare Healthを創業したのは、ナイロビの渋滞中に「サイレンが一度も鳴らない」ことに気づいた瞬間だった。「救急車がない」のではなく、「存在していても連携されていない」ことが問題だと悟り、Flareは国中の救急車を統合するデジタル緊急対応ネットワークとして誕生した。 当初は救急車の到着に162分かかっていたが、技術導入により現在は平均15分まで短縮。救急医療アクセスのなかった人々に対して、45,000件以上の救命対応を実現。特に出産に向かう女性14,000人の命を守った事例は、社会的な信頼を築く礎となった。 記者からの「救急医療という公共的な分野に、民間企業として挑戦することにためらいはなかったか?」への回答が冒頭の通り。「政府の不在こそが、私たちのイノベーションを可能にした」と語り、既存の仕組みの限界をチャンスに変えてきたことを共有した。
ナミタ・バンカ/Banka BioLoo 創業者・CEO(インド)
“女性である私たち自身が、
「きれいなトイレが必要だ」と声を上げてこなかったこと。
それが問題の始まりだったのかもしれません”
ナミタ・バンカ(Namita Banka)は、「トイレがない日常」が日常だったインドで、排泄と向き合うビジネスを立ち上げた起業家。2012年当時、インドの6億2,600万人がトイレを使っていなかったという現実に、企業として初めて“糞尿”を正面から扱う事業に挑んだ。 Banka BioLooは、鉄道車両へのバイオトイレ25万基の設置をはじめ、各地で排水処理や水再利用を実施。Clean India運動と連携し、CSRや世界銀行資金を引き寄せ、140,000人以上の生活に変化をもたらしてきた。 きっかけは、ある展示会で女性たちから「トイレを設置してほしい」と懇願された経験。設置後、「ありがとう」と涙ながらに感謝されたその瞬間が、彼女の人生を変えた。 “トイレを語ること”すら恥とされた文化において、声を上げ行動することで、「女性が語る衛生」という社会的沈黙を打ち破ったパイオニアである。衛生インフラは国の責任という見方が強いなかで、民間でこの分野に挑んだ理由について答えるなかで出てきたのが冒頭の言葉であり、声を上げることの重要さを訴える。
イヴェット・イシムウェ/Iriba Water Group 創業者・CEO(ルワンダ)
“水ATM1台で、毎日1500人の子どもたちに安全な飲み水が届けられます。
たった2000ドルで、命のインフラを動かせるのです”
イヴェット・イシムウェ(Yvette Ishimwe)が「水供給は本来政府の仕事。民間として取り組む意義とは?」と問われて返したのが冒頭の言葉だ。イシムウェがIriba Water Groupを立ち上げたきっかけは、家族で移り住んだルワンダの村で体験した「水のない日常」だった。生活用水を湖から買い、水タンクに注いで使う不便さに直面した彼女は、水浄化装置を取り寄せて家庭用に設置。それが近隣住民から大きな反響を呼び、事業化が始まった。 現在は、ソーラー駆動のスマート水ATM「Tap & Drink」を導入し、ボトル水より70%安価に提供。500,000人以上に清潔な水を届け、200以上の学校にも無償設置。カーボンクレジットを活用して資金調達し、2030年までに500万⼈に水を届ける計画を持つ。 政府とのやり取りでは、当初「民間企業に水設備の許可を出す制度がなかった」ことに阻まれたが、高官判断により突破。今では気候ファイナンスの担い手として、国際的にも注目されている。彼女の言葉は、「わずかな資金で命を守れる」という現実を、多くの人の行動につなげる力を持っている。
「機会の創出」カテゴリー
ラマ・ケヤリ/Little Thinking Minds 共同創業者(ヨルダン)
“中東では、子どもが1年間に読む教科書以外の本はわずか1冊、
6分。私たちは、それを読む喜びに変えたい”
ラマ・ケヤリ(Rama Kayyali)は、アラビア語を母語とする子どもたちの「読み書き能力の危機」に正面から取り組む教育起業家。彼女が共同設立した「Little Thinking Minds」は、中東の子どもたちのリテラシー格差を埋めることを目的に、アラビア語の学習アプリを開発・提供している。 アラブ諸国では、家庭で話されるアラビア語(口語)と、学校で教えられるアラビア語(文語)の間に大きな乖離があり、それが子どもたちの読解力不足を引き起こしている。ラマは、この言語ギャップが10歳時点で7割の子どもに影響していることを重く受け止め、読み書きの力を「子ども自身が自信を持てる力」へと変えるアプリを開発。 UNICEFなど国際機関と協働し、難民コミュニティでも導入。内容にはSDGsやジェンダー平等、気候変動といったテーマも盛り込まれ、すでに中東10か国・800校で50万人以上に届いている。読み書き能力の向上は最大で30%を記録し、証拠に基づいた成果を積み重ねている。ビジョンを問われての答えが冒頭だ。
マリアム・トロスヤン/SafeYOU 創業者・CEO(アルメニア)
“SafeYOUがなければ、私は死んでいたかもしれない。
その夜、アプリが私と子どもの命を救った。
今度は私が、誰かを救う側になりたい”
マリアム・トロスヤン(Mariam Torosyan)は、ジェンダーに基づく暴力という“世界的パンデミック”とされる問題に対し、テクノロジーと法制度を結ぶソリューションを構築してきた。彼女が立ち上げた「SafeYOU」は、女性が自分自身を守るためのモバイルアプリであり、同時に政府・警察・NGOと連携するAIベースのプラットフォームでもある。 1/3の女性が暴力を経験し、年間5万人以上が命を奪われている現状。「利用した女性たちから、どのような声が届いていたか?」の問いへの答えが冒頭の通りである。
SafeYOUは“保護・予防・起訴”という3つの柱で支援を行う。被害の証拠を安全に記録・保管し、必要に応じて提出できる機能、心理・法的カウンセリングの導線、そして女性同士のつながりを保つ「安全な空間」を提供。 すでに世界100万人以上の女性に届き、実際に危機を乗り越えた事例も300件以上にのぼる。国連のSDGs貢献プロジェクトとしても認定され、政策提言にもつながっている。社会的に“扱いにくい”テーマに正面から挑み、世界各国で制度との統合も進めている。
ジャッキー・ステンソン/Essmart 共同創業者(インド)
“起業なんてしない方がいい。
孤独で大変で、誰にも助けてもらえない。
それでもやり続ける人こそが、生き残る”
ジャッキー・ステンソン(Jackie Stenson)は、工学のバックグラウンドを持ち、アフリカ各地で水ポンプや農具などの現地向け製品開発を経験してきた。しかし、どれだけ優れたプロダクトを作っても、現場に届かなければ意味がないという課題に直面。その教訓から生まれたのが「eSmart」だ。 彼女の企業は、農村部の小規模小売店と提携し、農業用の省力化製品やソーラー機器など、生活を変える製品をラストマイルで届ける仕組みを構築。製品設計から流通まで、現地の声を反映させた“本当に使われる”仕組みをつくる。これまでに150万人以上に影響を与え、生産性向上・排出削減・コスト削減の実績も残している。 女性起業家として直面する孤独、育児と経営の両立、そして資金調達の壁を、彼女は“同じ境遇の仲間”との絆で乗り越えてきた。「本当に苦しい時に支え合える女性同士のコミュニティこそが、最大のリターンだった」と語るその姿勢は、多くの挑戦者にとっての励みとなる。「起業によって得られた価値」を問われての答えが冒頭だ。
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